Hatena::ブログ(Diary)

斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 創価王道を検索

2004-10-04

親しみより破るべし


【問】佐渡御書の中に「大果報の人をば他の敵やぶりがたし親しみより破るべし(957頁)」とありますけれども、「親しみより破るべし」ということを具体的に教えてください。


【答】大御本尊を持(たも)っている人は大果報の人です。これ以上の大果報はありません。創価学会は大果報の人々の集まりです。これ以上、福運に満ちた、力強い大集団はない。これは絶対に外からは破れない。事実、どんな弾圧をされ、策略をされたとしても、今日まで創価学会は破れなかった。

「親しみより破るべし」――個人でいえば、自分のの中の油断である。学会でいえば、幹部の弛緩(ちかん)だ。幹部が王冥合の精神を忘れ、利に走っていく時、学界は破れていく。すべて破られるのは外からではなく内部からです。

 特に、信を忘れた世法的なつながりから団結は破れていく恐れがある。信もなく、「私はあの人がなんとなくお世辞を使ってくれるから好きだ」とか、「あの人は文句をいうからなんとなく嫌だ」といった世法的な行き方こそ、学会を破っていくものであると、厳しく互いに戒め合っていきたいとう。学会内に、信を忘れた、馴れ合いの妥協などがあったとしたら怖いことだ。飽くまでも峻厳な、純粋な信を貫いていくからこそ、学会は永遠に発展していくのです。

 病気を例に考えてみても、ほとんどが外からの原因で病気になるのではなく、内部の不調が病気の原因といわれている。一つの会社の繁栄・衰退も、多くの場合、内部がどうであるかによって決まる。一民族の興亡盛衰もまた大体、民族の内情によって決定されているともいえる。師子王のごとき、外敵にいっさい破られないものも、身中の虫のために倒されてしまうのである。

 したがって学会は、永久に異体同の団結、信の団結でいかなくてはいけない。公明党の場合においても同じことが言えるとう。段々発展して、何千人、何万人の議員ができる。すると今度は、あまりやかましく言う人もいなくなる。一方、市議会や都議会にいくと“先生、先生”と言われ、いい気になって、信を忘れてしまう。学会精神・革命精神を忘れ、その指導を聞こうとしなくなる。こうなったら大衆の味方でもなくなり、建設も開拓もなくなってゆく。本人も地獄に堕ちるし、その世界は破れていく。気をつけなければならないことです。


【『指導集 質問に答えて』 1967-04-02発行】


 もう少し前から引用しておく。


 外道悪人は如来の正法を破りがたし弟子等必ず法を破るべし師子身中の虫師子を食(はむ)等云云、大果報の人をば他の敵やぶりがたし親しみより破るべし(957頁)


 広宣流布を阻む一凶を示された御文と受け止める。重ねて御書に云く、


 法を壊乱(えらん)するは法の中の怨なり慈無くして詐(いつわ)り親しむは即ち是れ彼が怨なり彼が為に悪を除くは即ち彼が親なり(139頁)


 更にまた云く、


 其れに付いても法華経の行者は信に退転無く身に詐親(さしん)無く一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば慥(たしか)に後生は申すに及ばず今生も災延命にして勝妙の大果報を得広宣流布大願をも成就す可きなり(1357頁)


 されば、注し合えない(「彼が為に悪を除く」)人間関係が「詐親」に当たるか。小さな遠慮が、後継の道を途絶えさせる。


 戸田先生が仰せになった、「敵は内部だよ」との指針もこれに当たるとう。


 随分前になるが、池田先生のこういう指導もある。「学会員には強いが、功徳に弱い。10年、20年と信をして、功徳を受けて駄目になってゆくケースがある」と。


 昔、よくこんなことを先輩から聞かされた。「大きな会合で体験発表をすると、その人は更に伸びてゆくか、退転するかのいずれかである」と。


 皆から、「凄い、凄い!」と讃えられて、知らず知らずの内に増上慢となり、「凄い御本尊」から「凄い自分」へと錯覚してゆく。謙虚さを失った信は、脚光を浴びることでしか満足できなくなってゆく。こうして利の一丁上がり(笑)。


「信を忘れた世法的なつながり」とあるが、商売のための「組織利用」には十分気をつけて参りたい。


 但し、闇雲に注しまくって、不協和音を出すような真似は愚かだ。“信は厳しく、人間は温かく”というバランスが求められるのは言うまでもない。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/sokaodo/20041004/p1