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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2005-01-14

目標


 第五に「目標」について申し上げたい。あなたにはあなたの目標がある。私には私の目標がある。それはそれでよい。

 しかし、あなたと私の共同目標、いや御本日蓮大聖人との共同目標がある。そしてまた、人類全員との共同目標がある。あとの二つは自覚の問題であり、強制されて納得できる問題ではありません。

 この大きな共同目標、それは真の自由に基づいたところの各人個々の自受用身の判断権行使上にのみ輝いているのであります。人間相互の純然たる「規則(ルール)承認の約束事(エンゲージメント)」の自主的実践のうえに実現していく崇高なるものであります。

 ゆえに、目標なくして価値ある人生の展開はありません。あくまでも目標あっての使命である、と得ていただきたい。

 人生の目的は、自発して立てた目標によってのみ決まるものであります。後輩の養成も大事な目標であります。お互い同士の尊重も大事な目標であります。能動の人間革命、新文明の建設は、さらに大事な目標であります。

 親愛なる同志諸君、みんな仲良く共通の広宣流布という大目標を堅持して、いかなる批判にも耐え、開き、午前8時の太陽のごとく、雄々しく進んでまいろうではありませんか(大拍手)。


【第21回男子部総会 1973-02-18 東京・日大講堂】


 宮本さんの「旭日大学校」で紹介された指導を読み、探し当てた指導。


 目標なき闘争は、バーのない走り高跳びと同じだ。自分の実力を知り、それを少しでも上回るところに人生の大いなる喜びがある。


 目標は欲求に支えられている側面がある。自分が何をしたいのか、何に対して幸福を抱くか、どうなりたいのか……。電車に乗る際、切符を買わない人はいない。必ず目的地が決まっている。だが、人生行路にあって、行き先が決まってない人々は大勢いる。


 自分がどこに向かって進んでいるのかわからない。どこを目指すべきなのかもわからない。社会の安全や機構などが大きく変化する時、これらの不安が噴き出してくる。


 我々学会員の目的は一生成と広宣流布である。それは、一つの形に人間を押し込めるものではなくして、一人ひとりの生命を開花しきって、社会全体が花園のように形成される世界だ。個人幸福と、社会の繁栄が完全に一致し、他人の不幸の上に、自分の幸福を築くこともない。


 翻って妙法を知らぬ人々の幸福とは、どういった種類のものであろうか? 若者であれば、カッコイイ車と彼女がいれば幸福だ、というのが大半か(笑)。少し、年を取れば、恵まれた結婚(家つき、カーつき、ババなし→チト、古過ぎるか?)、仕事のキャリアアップ、スキルアップなどが考えられる。その後は、職場での地位、財産、我が子の学歴〜自慢できる就職口。以上、終わり。こんな人生が大半ではないのか?


 私は高校の時から地下鉄通学を始めた。混雑する車内を見渡しても、ギラギラと野に燃えている男もいなければ、キラキラと輝きを放つ女もいなかった。無表情な大人どもの顔を見て、私は密かな確信を抱いた。「この連中は、人生の大半を会社との往復に費やし、土日に遊びに行く場所すら、あらかじめ決まっているのだろう。これじゃ、長い鎖につながれた飼い犬同然だ」と。


 当時、マイホーム主義なる言葉が出回っていて、男子の出世の本懐は、一軒家を持つことなんて話があった。「それじゃあ、まるで、金持ちの家の飼い犬になるのと同じだ」と私は直した。批判精神旺盛な高校生の目に映る大人達は、座敷犬のように見えた。


 好き勝手なことをして、楽をするのが幸福だと勘違いしているのも多い。かような面々は、コタツで丸くなっている猫が理だとでも言うのだろうか?


 そんな、半分死んだような生き方に輝きはない。生きてるだけなら、ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな生きているんだ♪(笑)


 アメリカの理学者マズローが、自己実現理論を説いている。


 1.生理的欲求

 2.安全の欲求

 3.所属愛の欲求

 4.承認欲求

 5.自己実現の欲求


 詳細は、「マズローの自己実現心理学」を参照されたい。


 欲求を階層化したマズローは、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定した。極めて楽観的なアウトラインだが、いかんせん、実現するための具体的な方途が示されてない。まさか、エスカレーターのように自動で5段階を上昇してゆくわけではあるまい。


 哲学は説のみあって修行法がない。本物の宗教のみが如説修行を説き明かす。真の自己実現とは自体顕照のことである。


 そのための目標を明確に。先生との誓いを具体的に。