Hatena::ブログ(Diary)

斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 創価王道を検索

2005-05-31

法華行者逢難事


 一切の諸人之を見聞し志有らん人人は互に之を語れ(967頁)

  • 文永11年(1274年)114日 53歳御作(誕生日前であるが数えで計算する場合、11日に加齢されるとのこと)
  • 於佐渡
  • 与河野辺殿等中、大和阿闍梨御房御中、一切我弟子等中、三郎左衛門尉殿、謹上 富木殿
  • 真蹟:中山法華経

「与」は「あたう」と読む。発音は「あとう」。「与四条金吾」は「四条金吾にあたう」と読み下す。


 我が地区では、毎週、順番で自分の好きな御書を語るコーナーがある。宝寿会の副支部長が、自発的に本文と通解をワープロ打ちして下さっている。昨年暮れに行われた地区討議で、たまたま入った壮年副本部長の提案によって始まったもの。


 提案に込められていたのは、皆が来てよかったといえる会合にしようという気持ちと、地区婦人部長の独演会で終わってしまうことに対する杞憂が込められていたことと察する。ただ、皆が遠慮深く、い出を交えた一言で終わってしまっているのが現状だ。


 そして、いよいよ来週が私の出番となった。『要文集』や『指導要文集』をパラパラとめくり、考えあぐねた結果に選んだ御文がこれである。私はこの御聖訓を引っさげて、地区に革命を起こして進ぜよう。


 この御書は2ページほどの内容。「追て申す」と始まっているのは、紙幅が尽きて、冒頭に結論部分が書かれたため。真蹟を拝すと、余白部分から本文の行間に至るまで筆を走らせておられる。

 一(ひとつき)前の文永10年127日には、武蔵の前司であった北条宣時(のぶとき)が、唯阿弥陀等の直訴を受けて、次のような布告を佐渡の地へ発した。


 佐渡の国の流人の僧日蓮弟子等を引率し悪行を巧(たくら)むの由其の聞え有り所行の企て甚だ以て奇怪なり今より以後彼僧に相い随わん輩に於ては炳誡(へいかい/厳しく戒めること)を加えしむ可し、猶以て違犯せしめば交を注進せらる可きの由の所に候なり、仍て執達件の如し(966頁)


 ところが、宣時が執権・時宗に報告すると、214日に大聖人の赦免を決定した。このことから、恐らく時宗は、大聖人が無実であることを知った上で、生命の危機にさらされることを避けるために、政治的な果断を下したものと像される。つまり、この御書は、大聖人がいつ命を奪われるかも知れない極限状況の中で認(したた)められたものであり、その末尾に書かれたのがこの御文である。


 其の時の大・在世に超過せん(966頁)


 だが、必ず法華経の行者が現れるであろう。釈尊が受けた九横の大は、日蓮が今現実に受けているところである。日蓮は、釈尊・天台・伝教に比肩する法華経の行者(三国四師)であり、地涌の菩薩棟梁である四菩薩が出現して、末法の民衆を救うために三大秘法が説かれることを知ったのである。(大


 各各我が弟子たらん者は深く此の由を存ぜよ設い身命に及ぶとも退転すること莫(なか)れ。

 富木・三郎左衛門の尉・河野辺・大和阿闍梨等殿・原御房達各各互に読聞けまいらせさせ給え、かかる濁世には互につねにいゐあわせてひまもなく後生ねがわせ給い候へ。(965頁)


 と結ばれている(冒頭部分)。「遂に末法広宣流布の時が来た! たとえ、命に及ぶ大が襲いかかろうとも退転してはいけない! 法華経の行者と共に戦い、成できる千載一遇のチャンスである! 諸君、迷うことなく私の後に続け!」とのおがひしひしと伝わってくる。


 信の志が微塵でもあるならば、互いにこれを語ってゆかねばならない。


 しかし、現実はどうだろうか。来週の地区活動者会で、これを語り合えるだろうか? 曜日が打ち出し地獄になってる地区はないか? 楽の体験を語る機会すら奪われ、ただ一方的に話を聞かせられる側に甘んじている人はいないか?


 発展しない組織の最大の原因は、この御聖訓に背いているところにある。「互に之を語れ」と言われているのだから、これに背けば謗法だ。そういう組織は、先生が標榜する人間主義を踏みにじり、会員を幹部の言いなりにしようとする権威主義が横行している。最前線を走る方々は、信がある故にじっと我慢をしている。今の幹部は、本当に家庭指導をしなくなった。だから、愚癡を聞いてもらうだけでが軽くなるような人々までが放置されている。


 会合へ行く足取りが軽くなければ、私は開催する味がないとう。義務は人々から信の歓喜を奪い、主体を失わせるからだ。


 この5年が最後の訓練の時となるだろう。幹部に依存する時代は、もう終わった。これからは、信仰者としての“個”が問われる時代になる。完全に自立した信を培っておかないと、いつの日か必ずに紛動される時が訪れる。


 何でも自由に語り合える組織学会組織だ。人間を抑圧するような組織があれば、日顕宗と同じだ。