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2005-09-30

「新しき生命」は「新しき声」を伴う


 さて、「事を為す」という。この「」という力用については、いずれ、じっくりと論じるつもりであるが、過日、創価大学大学院出身の優秀な記者が、そのことについて興味深い話をしていた。それは、次のような話であった。

 ――島崎藤村は、『若菜集』などをまとめた合本の詩集の序文に、「生命は力なり。力はなり。は言葉なり。新しき言葉はすなはち新しき生涯なり」と書いている。自分が本当に変われば、の響きが変わる。「新しき生命」は「新しき」を伴う。「人間革命」は「革命」を伴う。

 ある研究では、話し手のを伝える力の内、30%強が「の調子や話し方」によるという。話の「内容」とともに、「」そのものが多くを語っているわけである――と。

 全く正しく、真理を言い得ているとう。

 同じ指導でも、生命力のあるとそうでない場合とでは、相手への感応が全く違う。それは、の大小ではない。に表れた一の強さなのである。


 次のような指摘もある。

 ――学会の勝利は、ある味で「の響きの勝利」であった。座談会個人指導、会合、御書講義。そこに響き合う確信の、朗らかな、弾む、そして、信の叫び、慈愛の励まし。それらに惹かれて多くの人々が正法の門をくぐったのだ――と。

 は正直である。文章は嘘をつくが、はごまかせない。人々の「」を動かす真の「」は、強く清らかな「」の反映である。また反対に、虚ろな響きしか出ない「」の人には、自分に弱さ・複雑のある場合が少なくない。


【第14回全国青年部幹部会 1989-04-25 創価文化会館


 この指導の衝撃は今もって私の胸に余韻を響かせている。この後、続けて「ドゴール」の反転攻勢の人生を教えて下さった。


 文字は嘘をつける。だが、で嘘をつくことはできない。は“生命の反響”であるからだ。


 が弱々しい人、勤行に響きのない人は、人間革命でてきない人だ。これは断言できる。常に環境に振り回され、他人からコントロールされ、受け身の人生しか送れなくなる。


 生命の壁を破った人はが変わる。別人のように変わる。


 正論であっても冷たいであれば、相手に届かない。一言でも、に染み入るもある。に境涯が出る。


 私の依処ともいうべき草創の大先輩が、地区部長の面接を受けた際の話である。戸田先生が、「皆から、何かないか?」と尋ねられた。ある人が、おずおずと手を挙げ、「実は生活に困っております」と語った。その場に居合わせた全員が貧しさと格闘している最中だった。「そうか。でも、必ず何とかなるさ」――この一言を今もって忘れることができない。あの慈愛を忘れることができない。そう話されていた。


 自由な語らいがあるところには、賑やかながさざめく。幹部の一方通行がまかり通っているところは、沈黙が存在するのみ。きっと、別の場所で幹部の悪口が囁かれていることだろう(笑)。

2005-09-29

小さな行為に大いなる功徳が


 一日の仕事を終え、遠路、駆けつけてくださった諸君である。中には、疲れている方もあろう。本来なら、もっとゆっくりと、食事をしたり、少々休憩をとってからともうが、会場や時間の都合でそうもいかず、気の毒ないでもある。

しかし、そのような中、広布の集いに参加することが、いかに素晴らしいことであるか。

法華経随喜功徳品第十八」には、次のような一節がある。

「若し復人有つて講法(こうぼう)の処に於いて坐せん。更に人の来ること有らんに、勧めて坐して聴かしめ、若しは座を分かつて坐せしめん。是の人の功徳は、身を転じて帝釈の坐処、若しは梵天王の坐処、若しは転輪聖王の所坐の処を得ん」(『妙法蓮華経並開結』535頁)

 ――もし、ある人が妙法の説かれる場に座し、更に後から来る人があれば、席を勧めて法を聞かせてあげ、また、自分の席を譲り分かって一緒に座らせてあげれるならば、その功徳によって、この人(席を勧めるなどした人)は、未来世におい帝釈天の座る場所、あるいは梵天王の座る場所、転輪聖王の座る場所を得ることができる――と。

 妙法を信じ、広宣流布のために行動しゆくならば、福徳を重ね、まさに王者の境涯と使命を得ることができるとの経文である。折伏に励み、大御本尊まします総本山に、ともに参詣することはもちろん、友と広布の集いに一緒に出席する。また、そうした人々を、創価班、牙会、白蓮グループ等の方々が、「ようこそ」と真の笑顔で迎えることなども、この経文に説かれた義に通じていこう。

 このように、日々の地道な活動の中で、実は計り知れない功徳が我が身に積まれているのである。そして、生々世々、今世の姿からは像もつかないほどの大福徳の境涯で生まれ、数多くの同志を悠々と守れるような立場となって、正法のために働いていくことができる。その限りない連動の中で、広宣流布は全地球上に壮大に展開していく。


【第14回全国青年部幹部会 1989-04-25 創価文化会館


 人間関係を疎(うと)ましくじる人々が多くなった頃に、ジュリーこと沢田研二が吐いた言葉が、「小さな親切、大きなお世話」。


 縁起を説く法で、この考え方は通用しない。「小さな親切、大きな功徳」だよ(笑)。


 幸福とは“価値の追求”であり、価値とは関係の中に生じるものである。これが牧口価値論の骨子。


 依正不二とは、自分と環境が密接不可分な関係であり、環境に振り回されることもあれば、環境を動かしてゆくこともできるという生命論。法では、環境や相手は、自分を映し出す“鏡”と捉えている。それも、“個人”という概ではなく、“生命の我(が)”という観点からである。


 一代の肝法華経法華経の修行の肝は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ(1174頁)


「振舞」とは、社会や人に関わる行動のこと。他者へのが深ければ深いほど、自分の振る舞いが価値を生み、幸福な関係となる。愛し合う二人の如し(笑)。


 牙会メンバーは、聞くところによると来世は門のついた家に生まれるそうだ。我々創価班は、「ケッ、俺達は守衛つきの家に生まれようぜ」と軽口を叩いたものだ。


 小さな善行が生命を清らかで逞しくしてゆく。会館で小さなゴミを見つければ直ぐに拾い、トイレを出る時は全てのスリッパを揃えることを、私は常としている。

高齢者を大切にして、周の文王は栄えた


 大聖人は、「日女御前御返事」で次のように仰せである。

「周の文王は老たる者をやしなひていくさ(戦)に勝ち、其の末・三十七代・八百年の間すゑずゑ(末々)は・ひが事ありしかども根本の功によりてさか(栄)へさせ給ふ」(1250頁)

 ――周の文王は、老いた者を大切に養って戦いに勝ち、その子孫は37代800年の間、末裔(まつえい)に至って、得違いの悪政の時代もあったが、根本である文王の功によって長く栄えることができたのである――。

 国であれ、団体であれ、長きにわたる繁栄を決定づけるものは、草創期における基盤づくりである。

 文王は、国と民の行く末をい、“800年”の土台を築いた。いわんや広宣流布末法万年への法戦である。私も今日まで、未来への完璧な広布の土台づくりを期し、死力を尽くしてきたつもりである。


 先の御書に、「老たる者をやしなひて」と仰せのように、文王は高齢の先駆者を大切に養った。王の徳政は、こうした陰の人をはじめ、目立たぬ立場の人々にも及び、民は喜び、国は栄えた。どこまでも陰の人を大切にし、を砕いた文王の姿に、指導者の重大な要件が示されている。

 とともに指導者は、民衆に“敗北”のしみと惨めさを味わわせてはならない。民衆と共に、民衆のために、堂々と試練に挑み、一切に勝利しゆく「勝利王」こそ、優れたリーダーたる証である。

 そのためには、勝ちゆくための知恵と力が不可欠である。聡明さと強さがなければ、戦いには勝てない。

 どうか、朗々たる唱題で、こんこんと豊かな知恵と生命力を湧かせながら、賢明なリーダーとして、見事なる勝利の歴史を重ねていただきたい。


【第16回本部幹部会 1989-04-19 岐阜池田講堂】


 昨今は、親や教師を平気でぶん殴るようなのが、随分といるようだから、日本が栄えてゆくのはしいだろうねえ。「高齢化社会」から「超高齢社会」に向かう中で、「少子化」に拍車がかかっている。2007年度からは、受験者数が大学の定員数を割ることが既に予されている。また、長寿社会とはなったものの、介護等の負担は今後ますます増えることだろう。


 お年寄りを大切にしない社会は、知らずの社会だ。先人への謝を失った時、エゴイズムが台頭し、人間関係は急速に稀薄となる。長幼の序を軽視することは、人間の尊厳を踏みにじることに等しい。固有の生き方を認め合うところから、互いに学び合い、啓発し合う関係が生まれる。


 今、日本の経済がやっと上向きになってきた。これを支えてきたのは、“リストラ”というの企努力だ。バブル期に広げ過ぎた風呂敷を畳むために、長年にわたって勤務し続けてきた社員の首を次々と斬り捨てた。これが社会の実相であろう。企は、ポイ捨てした社員の賃金分を利益に加え、外国人投資家が、とてつもない大きな網を仕掛けて、日本株を買い漁(あさ)っている。


 まあ、とてもじゃないが、日本が“栄える”ことは無理。その無理を承知で、革命に取り組んでいるのが我々だ。


 アフリカには、「老人が一人死ぬと、図書館を一つ失ったのと同じだ」という価値観がある。冷たい見方をすれば、そこには、文字文化が発達してない現実もあるだろう。だが、メディアやテキストによる洪水のような情報に、人の温(ぬく)もりはない。経験に裏打ちされた老人の言葉には、人間の智が秘められている。


 坊主という“癌”を切除してから、完全に“世界の創価学会”となった。先生は、世界から180の学術称号を授与され、190ヶ国にまで同志が存在する時代となった。かくも偉大な勢力となった源流は、代々の会長の指揮のもと、道なき道を切り拓いてきた草創の先輩方の大闘争にあった。


 個人折伏の数で役職を決めれば、大幹部の多くは末端に追いやられることだろう(笑)。折伏労は、折伏した人にしかわからない。広宣流布の労は、広宣流布を進めた人にしかわからないものだ。


「老いたる母の 築きたる」学会を、青年部は全存在を懸けて守り抜け。

2005-09-26

信仰の一念は瞬間瞬間の生命の発露となって表れる


 信仰とは実践である。その信仰の一は、瞬間瞬間の生命の奥底の発露である。目に見えざる信の一は、目に見ゆる具体的な実践活動に、更に、その当体においては、目の輝きに、言語に、そしての響きに、生き生きとした躍動が反映するものだ。


【「実践の将たれ」/文集『広布の礎』巻頭のことば 1966-04-02】


 広布第二章を戦い抜いた方であれば、誰もが知る指導。原島なんぞも、よく口真似をしてましたな。


 一三千であり、諸法実相である。


 又云く法界三千を秘妙とは云うなり秘とはきびしきなり三千羅列なり是より外に不議之無し(714頁)


 信は、絶対に誤化しが利(き)かない。それを、誤化せるとっているところに間違いがある。


「今日は題目が足りなかったから、明日、たくさんやろう」。こうした考え自体が誤っている。今日の分は、二度と取り返せないのだ。明日は明日の分である。かような考えの人に限って、明後日は休むものだ(笑)。


 一の奥底(おうてい)に義務があれば、そこに歓喜はない。幹部の力不足によって、末端の人々は義務の塊(かたまり)と化している。そこに、手を差し伸べる幹部は、爪上の土の如し。幹部の“雇われ根”が、広布最前線から“戦う喜び”を奪っている。これが、多くの地域の実態であろう。


 特に壮年部の場合、副支部長、副本部長、副区長、副総区長になった途端、正体不明になる人が多い(笑)。一体、何をしてるんだろうねえ。


 幹部は会合でハッタリをかますのが得だ(笑)。そんな姿を鵜呑みにしてはいけない。何気ないやり取り、日常の振る舞いの中に、生命の力強い反響があるかどうかである。


 自分自身の信と責任で、後輩を徹して守り切る人のみが本物の学会幹部だ。偽者は相手にするな。

2005-09-25

悪しきイメージがソクラテスを死刑にし、アテネを滅ばした


 ここで、少々しいかもしれないが、かつてお話したギリシャの哲人・ソクラテスについて若干触れておきたい。

「ギリシャ第一の知者」であり、「最も正しき人」であったソクラテスが、なぜ迫害され、死刑にされたのか。考えてみれば、まことに不議な話である。

 そこで見落とすことができないのが、「イメージの力」である。

ソクラテスは、国家の認める神々を認めず、青年を堕落させた」――これがソクラテス告発の理由であった。

 ところが、24年も前から上演されていたソクラテスを中傷する劇(アリストファネス『雲』)の“作られたソクラテス像”が、この告発理由とそっくり同じなのである。

 アテネの市民が、どれほど強く、この劇のイメージに影響され、踊らされていたことか――。

 勝手に作り上げた「虚像」を、無責任にまき散らし、広めていく。こうした無法は現代においては、比較にならないほど大規模に、また執拗(しつよう)かつ巧妙に行なわれている。

 民衆がいよいよ賢明にならなければ、その洪水のような「イメージの力」に飲み込まれ、押し流されていってしまう。その危険を指摘する人は多い。


 一人の人物の「虚像」と「実像」――。その“落差”は、実は人物の実像が巨大であればあるほど大きくなる。

 の狭い人々は、自分を超えた偉大さに対して、それを喜ぶどころか、反対に妬(ねた)み、嫉(そね)み、うとましくって、何とか自分のレベルまで引き下げようとする。

 無識にせよ、「実像」の大きさをじているからこそ、それを認めたくないために、ことさらに正反対の「虚像」を創作し、流布して、「実像」を隠し、偽りの安を得ようとする。悲しいことであるが、これが人間社会の一実相であろう。

 そして、ひとたび広められた悪しきイメージは、容易に拭い去ることはできない。ソクラテスの悲劇も、この「虚像」と「実像」の埋めがたき落差から生まれた。


 こうした味で「真実の人」は、実は人々のを映す「鏡」なのである。

 その人の中に、虚栄の人は同じく虚栄を映し見る。策の人は策を、野の人は野を見出し、非する。

 しかし、それらは全て、鏡に映った自分の醜い姿を相手に、猛り狂っているに過ぎない。

 反対に、素直に「より高きもの」を求め続ける求道の人は、鏡の中に向上への師表を見出す。ソクラテスにおけるプラトンがそうであった。

 同じソクラテスに対して、人々はそれぞれ全く異なる像を見ていたのである。


 ソクラテスをどう遇するか。実像にふさわしい国師としての礼か、それとも、虚像に目を覆われた死刑判決か。

 この哲学者への態度いかんが、アテネの命運を決定してゆく。それは、そのまま「真実」に対する彼らの態度を表明することになるからである。

 試されていたのは、迫害されたソクラテスではなく、むしろ、市民の方であった。

「真実」は、そして「真実の人」は、社会の土台であり柱である。そのかけがえなき存在を破壊したアテネは、外見はいかに華やかでも、内実はもはや、うつろなる虚構の社会である。

 アテネが年とともに没落し、滅亡への坂を落ちていったのも、ある味で必然であった。


【第7回全国婦人部幹部会 1989-05-09 創価文化会館

提婆達多の謀略


 この五箇条の要求それ自体をみる限り、デーヴダッタは、極めて純粋な修行者を装っているといえる。彼は、謀略がことごとく失敗に帰したので、最後の手段として教団に、最も純粋な出家者、厳格の修行のあるべき姿を提示することによって、内部の分裂をはかろうとしわけでしょう。

 ある味では、非常に手の込んだ策略である。当然、釈迦がこうした極端な戒律主義を採(と)るはずがなく、この五法の行は、即座に却下されたわけだが、これをあらかじめ計算に入れていたデーヴダッタは、この機会に、弟子の中で自己の主張に従う者を募った。

 要求それ自体は、極めて真面目出家者の態度を装っているので、釈迦の弟子の中でも、新しい者はそれに惹かれ、遂に新参弟子500人がデーヴダッタとともに、ガヤーシーサ(象頭山)に去ってしまった。釈迦教団にとって、初めての分裂が起こったわけです。


【『私の釈尊観』(文藝春秋)1973-01-15発行】


 モーツァルトを聴くと唾液の量が増えるそうだ(「に効く音楽」埼玉医科大学短期大学・和合〈わごう〉治久教授/聖教新聞 2005-09-18付)。眼を閉じてじっと聴くだけで、通常の1.2〜2.2倍にもなるというのだから凄い。唾液にはインシュリンや免疫物質が含まれるので、大層、健康によいとのこと。その上、ナチュラルキラー細胞が活化し、血圧や拍数も正常値に近づく――と、いいことずくめ。


 現代人の多くが、太陽のリズムを無視した昼夜逆転の生活を送り、働き過ぎが慢化している。過剰なストレスによって、交神経(緊張状態)と副交神経(リラックス状態)のサイクルが狂い出す。やがて、交神経が過敏に働き、アドレナリン濃度や血糖値が高くなる。音楽には、副交神経に直接働きかける力があるんだってさ。お試しあれ。


私の釈尊観』(現在は第三文明レグルス文庫)は、野崎勲さん(当時、男子部教育室長)が聞き手になって編まれたもの。その後、『私の仏教観』、『続 私の仏教観』が発行され、三部作となっている。夏休み中に読み直そうとってたが、急に忙しくなったため(笑)、2冊目に差しかかったところでストップしたまま。青年教学1級のメンバーは、この3冊と『法華経の智慧』『御書の世界』を通読してはどうか。の系譜をしっかりと学ぶことが大事だ。


 提婆達多釈尊に提案した五箇条の要求とは「五法の行(五事ともいう)」のことで、1.比丘は人里離れた所に住む。2.托鉢のみで生活し、供養招待を受けてはならない。3.糞掃衣(ふんぞうえ)のみを着て、施衣を用いない。4.樹下のみに坐し、屋内に入らない。5.魚肉、鳥獣類を食さない、という内容。このことからわかるのは、釈尊の教えが元々、極端な禁欲主義や戒律主義を採用してなかったという事実である。


 純粋そうに見える提案の底に込められたのは、邪悪な欲望であり、教団乗っ取りを謀(はか)った奸計(かんけい)だった。まんまと騙(だま)された500人は瞳が曇っていたのか、はたまた信が弱かったのか。いずれにせよ、師弟直結の信を貫けなかったところに、の隙(すき)が生じたのだろう。


 公明党を批判する内部アンチとそっくりだよ(笑)。


 その後、すかさず立ち上がった舎利弗と目連によって、500人の弟子は釈尊の元へ帰ることができた。悔しがった提婆達多は、その場で熱血を吐いたと伝えられる。


 20世紀の提婆達多ともいうべき阿部日顕は、C作戦をもって学会の分断を工作。「20万人が本山につけばよい」と述べ、札付きのジャーナリストと謀議の末、先生の総講頭罷免(ひめん)に至った。


 モーツァルトをたくさん聴いて、たまりにたまった唾を吐きかけてやろうではないか!

2005-09-24

言うべきことを言い切れ


 指導者が非を恐れて、正しい、言うべきことを言わなければ、もはや指導者とはいえない。ただ、うまく立ち回り、「悪」を放置したままにするならば、それは「偽善者」であり、「悪」をなすことと同じになってしまうからである。


【第3回中部総会 1989-01-29 中部池田記講堂】


 善悪とは社会的な価値である。周囲の人にを与えるのが悪で、楽を与えるのが善。慈悲とは抜与楽の謂(い)い。“楽”とは、気楽だとか、らくちんのことじゃないよ(笑)。成の方向へ進むのが、本当の楽。典においては、「楽(ねが)う」、「楽(ねがっ)て」と書かれているから、主体や自立をも含んでいるようにう。


 昭和54年424日に学会は一つのピリオドを打った。時流に屈し、宗門にひざまずき、あろうことか、師匠を表舞台から追いやった。


 組織が大きくなると、個の力が弱まる。個の力が弱まると、官僚がはびこる。官僚がはびこると、“”が失われる。こうして、組織には権威主義が横行し、義務や雇われ根がはびこるのだ。


 慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり彼が為に悪を除くは即ち彼が親なり(139/236/237/1003/1130/1159/1307頁)


 其れに付いても法華経の行者は信に退転無く身に詐親無く一切法華経に其の身を任せて金言の如く修行せば慥に後生は申すに及ばず今生も災延命にして勝妙の大果報を得広宣流布大願をも成就す可きなり(1357頁)


 国家神道という強風に、日の丸がはためいていた時、宗門は狡猾(こうかつ)にも、その場しのぎで神札を受け取った。だが、牧口先生はこれを拒否。「私が嘆くのは、一宗が滅びることではなく、一国が滅びることなのだ。今こそ国家諌暁の秋(とき)ではないのか!」と戸田先生に語られる。


 この瞬間、日蓮大聖人の血脈は、創価学会に流れ通ったのだ。


 法正当の衣鉢(いはつ)を継ぐ我々は、指導・激励にあっても、対話にあっても、正しいことを言い切る折伏精神を堅持しなくてはならない。


 遠慮もダメだし、言い過ぎもよくない。きちっと中道にかなった振る舞いをするには、祈りが必要だ。


 邪悪を許さぬ信によって、学会は日顕宗と決別した。偉大なる謗法払いだ。

2005-09-23

単己の菩薩


 MLの過去ログに面白いものがあったのでご紹介しよう。ある方が、「単己の菩薩」というハンドルを使用。私がこれにケチをつけた(笑)。ただ、この方、現在は参加されてなく、承諾も得てないので、「S」さんとしておく。


S


 小野さんより、


 地涌の菩薩の集いである学会に席を置きながら、「単己の菩薩」を乗るのは関いたしません。ハンドルを変えられた方がいいといます。要らぬ誤解を生みかねませんので。


 との、ご指摘を受けました。


 私としては、命の理由は従地涌出品の「単己にして遠離(おんり)の行を楽(ねが)える」という眷族のない地涌の菩薩味で、他掲示板での書き込みの際に使用していました。同時に、学会の「一人立つ精神」を表す言葉でもある(聖教のコラム)ので、引き続き使用していましたが、確かに小野さんのいわれる通り、「要らぬ誤解を生みかね」るので、本の一部をとって、「S]としました。


小野不一


 ああー、よかった(笑)。単己の菩薩とは、書かれていた通り、眷属のいない菩薩のことです。つまり、折伏できない菩薩のことなんです。昔はよく、個人折伏ができてないと、「お前は単己の菩薩か!」と怒鳴られたものです。単己を乗ると、役職否定、責任否定となりかねません。


 学会員は、皆、地涌の菩薩です。六万恒河沙の眷属がいることを強く確信します。


S


 組織・幹部が違うと色々ですね(笑)。私は、先に書いたように、「一人立つ」精神と教わりました。


小野不一


 それは誤りです。眷属がいないということは、一番最後に信するということなんです。だから、折伏ができないんです。


 学会員ではない人の方が多い現代にあって、単己の菩薩は登場するはずがありません。


 六万恒河沙の最後尾にいるのが単己の菩薩なのです。


S


 ちょっと待って下さい。それは違うといます。


 経文(従地涌出品)に、「是の大威徳の 精進の菩薩は 誰か其の為に法を説き 教化して成就せる 誰に従って初めて発し 何れの法を称揚し 誰れの経を受持し行じ 何れの道を修習せる 是の如き菩薩は 神通大智力あり」とあり、六万恒河沙の眷属ある菩薩も単己なる菩薩地涌の菩薩として差別を設けていないのです。


 また、先生も御義口伝の文をあげ「釈尊・所具の菩薩なるが故本地本化の弟子を召すなり」と仰っています。また、大聖人も「一人を手本として一切衆生平等」と仰せです。(『法華経の智』聖教ワイド文庫 280p)


 いかがお考えでしょうか?


小野不一


 切り文ですね。その前に、「単己にして眷属なく 独処を楽(ねが)う者」とあるのに、どうして無視するんですか?


 この本というのは、六万恒河沙の眷属を率いた地涌の菩薩が陸続と登場することを示し、「算数(さんじゅ)譬喩も能(あた)わず」という部分にあるのです。その中に、眷属を率いてない単己の菩薩が出てきます。わざわざ、こうした菩薩を登場させるところが、大変、数学的で面白いところです。


 また、大聖人も「一人を手本として一切衆生平等」と仰せです。


 全く見当違いですね。「一人」を「単己の菩薩」とするならば、誰一人、折伏できないことになります。


 差別云々ということではなくして、多様な姿で現れるということでしょう。


 単己の菩薩を「一人立つ」とした解釈は初です。多分、その先輩は勘違いしただけでしょう。一人立ち上がっても、眷属がいないんですから、孤独の極地ということになってしまいます。立ち上がっても、座る他ない(笑)。これを繰り返せば、ヒンズースクワットになりますわな。


『御義口伝講義』に関しては、手元にないのでわかりません。


 要は、「眷属がいない」ということを、どのように捉えるかということです。これは、「法を説く相手がいない」ということでしょう。


 だからこそ、「誤解を生みかねない」と注申し上げたのです。あとは、ご自分でよく索して下さい。


S


 まず、該当箇所の本は、「一一の菩薩は、皆、これ大衆の唱導の首(はじめ)にして」であり、そして「六万の恒河沙等の眷属を将(ひき)いたり。況んや、五万・四万 (中略) 況んや、また単(ただ)、己のみ遠離の行を楽(ねが)えるものをや」とそれぞれの菩薩への賛嘆の言葉が続きます


 この箇所のサンスクリット訳は


 このような偉大な人である菩薩たちに伴われ、大いなる侍者に伴われた集団の師のうちの六十のガンジス河の数と同じ幾百千コーティ・ナユタもの菩薩たち、その人たちが、サハー世界の大地の裂け目からここに一緒に出現したのだ。ましてや、五十のガンジス河の砂(の数)に同じ菩薩たちを侍者とする偉大な人である菩薩たちについては言うまでもない。ましてや……(中略)……ましてや、百・千の侍者を有する偉大な人である菩薩たちについては言うまでもない。ましてや、……(中略)……ましてや、四十、三十、二十、十、五、四、三、二の菩薩たちを侍者とする偉大な人である菩薩たちについては言うまでもない。ましてや、他の一人(の侍者)と一の偉大な人である菩薩たちについては言うまでもない。ましてや、侍者のいない、一人でいることを楽しんでいる偉大な人である菩薩については言うまでもない。


 この内の最後の一節が「単己の菩薩」と漢訳されています。侍者がいないという味で「単己」なのであり、一人でいることが何も悪いこととは言われていません。今何をすべきなのかが重要なのです。一人で勝手な行動をするというようなイメージをもって読んだ幹部の我見で、その誤りが独り歩きを始めたのだと考えます。


 釈尊も「サイの角のようにただ独り歩め」と何度も繰り返して説いています。


小野不一


 あなたが引用している経文は、いずれも地涌の菩薩を讃嘆したものであって、「父は若く、子は老ゆ」と同じ類いです。これは、久遠実成を示すところに目的があることを知るべきでしょう。


 私が考える単己の菩薩とは、例えば、病気が悩みで入会したが、間もなく亡くなった方なんかが当たるといます。眷属がいないということは、そういうことでしょう。そうであっても、立派な地涌の菩薩だということです。出産直後に亡くなった福子なども同様です。


 戸田先生は、「折伏とは、自分の眷属を見つけることだ」と仰せです。単己の菩薩乗れば、この指導を否定することになります。


dio


 Sさんのおっしゃる通り、地涌の菩薩に差別はありません。皆、五濁悪世の末法で南無妙法蓮華経を流布する使命を約束、自覚して生まれ出でた存在です。しかしながら、役割には違いがある。「遠離の行を楽(ねが)える」とは、まさに、たったひとりで孤独に戦い死んでいくことを今世においては自ら買って出て、その姿でもって人々を教化していく使命を担った菩薩であると私は捉えます。


S


 中々話がかみ合わないのは、話の角度が違うからではないかといます。小野さんは「単己の菩薩」とは、折伏をしない菩薩・出来ない菩薩の謂い。私は誰か特定の人を指すのではなく「一人立つ『精神』」と考えています。


 先生も『法華経の智』の中で「己です。法華経自体が釈尊の己説法であると戸田先生は言われました。序品や神力品の瑞相も、聞や菩薩たちとの対話も、宝の出現も、地涌の菩薩の涌出も、全部、釈尊己のドラマと見ることができる。」また、御義口伝の「釈尊・所具の菩薩なるが故本地本化の弟子を召すなり」、観心本尊抄の「上行・無辺行・浄行・安立行等は我等が己菩薩なり」等の文をあげて教えてくださっています。


 また、「眷属」という語を「折伏した人」「折伏する相手」と捉えているようですが、眷属という語は御書の中でも大雑把に言うと三種に使われています。「妻子・眷属」のように『一族・仲間』、「王の眷属」のように『従者』、そして、「迦葉阿難」をあげ『脇士』の三種です。ここでは、『仲間』が適当かといます。なぜなら、この「眷属」も地涌の菩薩なのですから。


 つまり、私もSGIが世界190ヶ国に広がったと聞けば六万恒河沙の同志と共に戦う喜びをじ、一人の友人と法対話をする時は、一人の法者として目の前の友人の幸せをから願い祈ります。



 最初に結論を述べておきますが、“単己の菩薩”という捉え方は、特別な菩薩を表しているようで、私は否定的です。地涌の菩薩の中にも、単己の場合があるというだけで、十分な気がします。それ以上に特別な味があるのなら、出典or文証を紹介してください。


 法華経では、従地涌出品第十五に2ヶ所にできてきます。少々長いですが、該当箇所を引用します。


1.『一一の菩薩、皆是れ大衆の唱導の首なり。各六万恒河沙等の眷属を将いたり。況や五万、四万、三万、二万、一万恒河沙等の眷属を将いたる者をや。況や復、乃至一恒河沙、半恒河沙、四分の一、乃至千万億那由佗分の一なるをや。況や復、千万億那由佗の眷属なるをや。況や復、億万の眷属なるをや。況や復、千万、百万、乃至一万なるをや。況や復、一千、一百、乃至一十なるをや。況や復、五、四、三、二、一の弟子を将いたる者をや。況や復、“単己にして、遠離の行を楽えるをや”。是の如き等比、無量無辺にして、算数譬喩も知ること能わざる所なり』(453p)


2.『一一の諸の菩薩の 所将の諸の眷属 其の数量有ること無く 恒河沙等の如し 或は大菩薩の 六万恒沙を将いたる有り 是の如き諸の大衆 一道を求む 是の諸の大師等 六万恒河沙あり 倶に来って供養し 及び是の経を護持す 五万恒沙を将いたる 其の数是れに過ぎたり 四万及び三万 二万より一万に至る 一千一百等 乃至一恒沙 半及び三四分 億万分の一 千万那由佗 万億の諸の弟子 乃ち半億に至る 其の数復上に過ぎたり 百万より一万に至り 一千及び一百 五十と一十と 乃至三二一 “単己にして眷属無く 独処を楽う者” 倶に所に来至せる 其の数転た上に過ぎたり 是の如き諸の大衆 若し人籌を行いて数うること 恒沙劫を過ぐとも 猶尽くして知ること能わじ』(459p)


 1は、地涌の菩薩の登場後にその姿を描いたシーンです。2は、地涌の菩薩に疑問を持った弥勒菩薩の質問の中で、弥勒が地涌の菩薩を描写しているところです。2の直前には、『時に弥勒菩薩摩訶薩、八千恒河沙の諸の菩薩等のの所を知り、並びに自ら所疑を決せんと欲して合掌し、に向かいたてまつりて偈を以って問いて曰さく』とあり、2は偈文になっています。形は違えど、基本的に、1と2はほぼ同一内容のもので、内容的には繰り返しです。


 1と2を読んでみると分かるといますが、地涌の菩薩はさまざまな形態をなしています。もの凄い数の眷属を率いているものから、少々の眷属だけのもの、わずか数人の弟子を引き連れているもの、そしてたった一人で遠くの地で修行に励んでいるもの等々。


 なぜこのように描写しているのか? それは、地涌の菩薩は、あらゆる場所に存在し、しかもその数は無量無辺だからです。大中小とさまざまなグループを織りなし、そしてたった一人の場合もあると。要するに、ここでは数を挙げているが数が問題なのではなく、いろいろな(ありとあらゆる)地涌の菩薩がいるということでしょう。これは、さまざまな国・社会・環境の中に、地涌の菩薩が存在するということを味しているのだと考えます。


 ただ、1では『遠離の行を楽える』、2では『独処を楽う者』とあります。“楽”を“ねがう”と訓読みしてますが、願うなのか、たのしむなのか。手元に現代語訳がないので分かりませんが、おそらく字義(語源)通り、たのしむだといますが、古語や漢文には素人なので、正解は分かりません。“たのしむ”だとすると、独(ひとり)りを楽しんでいるように見えますが、地涌の菩薩ですから、孤独というにも負けず遊楽し、広布に励んでいる姿と考えます。


 現代風に俗っぽく言えば、単己とは単身赴任とも言えるでしょう(笑)。また、自分の住む地域に信をしている人が他に誰もいなければ、これも単己でしょう。また、海外広布にひとりで頑張っている人、海外でたった一人で信している人は、まさに単己と捉えても良いのではないでしょうか。


 つまり、単己とは、あくまでも数を言っているだけで、そこに特別の味はないと私は考えます。この点は、Sさんと小野さんとも異なります。眷属がいないという表現をどう捉えるかの問題はありますが、折伏ができないとするのは早計だといますし、飛躍しすぎだとも考えます。


 一人立つ精神とは、単己の場合には特に強く必要でしょうが、地涌の菩薩の共通の要諦です。それを顕しているのが四弘誓願であり、すべての地涌の菩薩がこの誓願をしているはずです。そうであるからこそ、地涌の菩薩に法を付嘱されたわけです。


 涌出品では、「師子は伴侶を求めず」の趣旨で単己になったということは描かれてませんので、単己である故に一人立つ精神を強調していると捉えるのも間違いではないが、これも飛躍であるといます。


 ただし、訓読みされている“楽(ねが)う”を、願う・誓願と解釈した場合は、そうした一人立つ精神を強調しているといえますが、漢和辞典を当たっても楽=願の味は見出せませんでした。それが、先に“たのしむ”と捉えた根拠にもなっています。


 また、眷属について。


 これは、第一次宗門問題の時、坊主どもから、地涌の菩薩は大聖人に限るのであってお前らはその眷属である。よって、自分たちを地涌の菩薩と称することは謗法だと癖をつけた。しかし、法華経での描写を見れば分かるとおり、眷属は集団として捉えています(もちろん、眷属にはもっと深い味があるわけですが、本題からそれるので省きます)。眷属も地涌の菩薩であることに代わりはなく、その中からリーダーを排出しているだけでしょう。当然、ある場合には、リーダー自らが折伏をして眷属を増やしているでしょう。まさに、現代の私たち学会の姿です。


 最後にまとめれば、単己とは、現時点では眷属がいなくて、たとえ独(ひと)りでもいかなるにも負けず、信に広布に励んでいる地涌の菩薩を指すのだと私は考えます。


 しかし、単己の菩薩と称して特別に捉える必要を私はじません。どれほど眷属がいようとも、究極は一人ひとりの信がすべてであり、肝要です。涌出品でいう単己は、こうした究極の信を表したものでもないと考えます。


 単己の菩薩と称すると、何か特別の菩薩であるかのようなを持ちかねません。全員が、地涌の菩薩でよいのではないでしょうか。御書や天台の三大部にも当たってみましたが、単己について見あたりませんでした。『御義口伝講義』も手元にありませんので、特別な記載があるのかどうか分かりませんが、地涌の菩薩であっても、たった一人っきりの時・場合もあるというこで良いのではないでしょうか。私には、それだけで良いようにうのですが。


 大聖人の戦いも、たったおひとりからの出発でした。お一人だった当時の大聖人を、ざわざ単己の菩薩と称するのでしょうか?


 また長くなってしまいましたが、単己の菩薩として取り上げることまでを否定はしませんが、特別称する必要も私はじません。


小野不一


 さあて、またぞろ蒸し返しましょうか(笑)。


 最初に結論を述べておきますが、“単己の菩薩”という捉え方は、特別な菩薩を表しているようで、私は否定的です。


 私としては、既に書いたように、「眷属がいない」という点に着目せざるを得ません。


 数学的で面白い見方だといます。つまり、例えば、六万恒河沙の眷属がいたとすれば、“六万恒河沙人目”の菩薩は単己ということになりましょう。無限に現れると、涌出品が終わらなくなってしまいます(笑)。その味からも、起承転結というか、成住壊空というか、地涌の菩薩の登場を完結させるために、敢(あ)えて登場させているような気がします。


 また、単身赴任であっても、後輩の面倒をみたり、新たな友人を折伏してゆけば、単己とはならないと考えます。海外のメンバーについても同様です。


 ですから、前に書いた、例えば、生まれて直ぐに亡くなった子供がいたとしても、親に信を教えるケースもあるわけですから、これは厳密にいえば単己ではありません。親が眷属となるでしょうね。


 結論的に申し上げると、世界に信してない人が一人でもいれば、単己の菩薩とはならない。地球が滅亡する寸前に入会した人が、単己の菩薩ということになる、というのが私の考えです(笑)。


 ちなみに、御書を検索してみたところ、「単己の菩薩」とうい言葉は、1ヶ所もありません。



 さあて、またぞろ蒸し返しましょうか(笑)。


 了解(笑)。


 私としては、既に書いたように、「眷属がいない」という点に着目せざるを得ません。


 ここは、同です。というか、この部分が一番の問題点だと考えます。


「単己にして眷属無く」のところは、弥勒(みろく)の質問の中で弥勒の視点からの描写ですので、眷属がいないということに私は特別な味はないと考えました。ここでの眷属とは、リーダーに従う集団・グループという味が中・表になっていると考えます。


 しかし、弥勒の視点といえども久遠実成の釈尊の己説法であることに代わりはありませんので、“現時点では”集団を率いていないと捉えるのが正解かなと考えたわけです。


 なぜこう考えたかと言えば、天涯孤独であっても眷属がいないというのはあり得ないとうからです。眷属とは、自分に縁のある人の総称だと捉えます。その範囲は、同志を初めてとして、信の有無にかかわらず、親族・友人・知人・同僚・顔見知り等々もです。中でも、似たような格・傾向・宿の人を特に眷属と称する場合もあります。


 ここからは、完全な我見であり、飛躍ですが(笑)、私はもっと広範囲に眷属を考えています。同時間(時代)・同空間(国土)に存在するものすべてが眷属ではないかと。こう捉えると、全宇宙すべてになってしまうわけですが、そこまで広げると実がなくなってしまうので(笑)、取りあえず、同時代に生きている人(有情)、存在するもの(非情)すべてが眷属であるというのが、私の考え方です。もちろん、三世(時・空間)を超えて宿縁深きつながりも眷属です。


 でも、こう捉えるとき、まったく見知らぬ人であっても、生涯出会うこともないであろう人々であっても、私は身近にじられるようになったからです。実際に身近にいる人々(出会った人々)との違いは、宿縁の浅深の差だといます。


 よって、眷属がいないというのは、本来あり得ないことだと考えるわけです。ちょっと、話がそれましたが(笑)


小野不一


 よって、眷属がいないというのは、本来あり得ないことだと考えるわけです。


 いや、そうなんですよ。


 迹化の菩薩達が、滅後の弘教を誓い、これをしりぞけるところから涌出品は始まります。で、釈尊が地涌の菩薩を紹介する。「是の諸人等能く我が滅後に於いて、護持し、読誦し、広く此の経を説かん」。


 つまり、滅後の弘教をするのは、この人達なんだよ、って紹介しているのに、眷族がいない菩薩がいるのは、本来、おかしいですよね?(笑)


 そこに、数学的な概があるような気がしてなりません。


S


“楽”を“ねがう”と訓読みしてますが、願うなのか、たのしむなのか。


 サンスクリット語原典では「楽しむ」だそうです。しかし、それを鳩摩羅什は敢(あ)えて「楽(ねがう)」と訳したのは、私は、「楽しんで願う」(自ら進んでそれを希望する)としたのではないかといますが、いかがでしょうか?


S


 聖教のコラムに「単己の菩薩」があったと以前に書きましたが、遂に、その切り抜きを見つけました。16年間保管していた教学試験の問題の切り抜きの中から出てきました。以下がそれです。


明鏡「単己の菩薩聖教新聞


 十人十色というように、人にはそれぞれ個がある。法華経に登場する地涌の菩薩にも、「単己の菩薩」という“個派”がいる。

「単己にして眷属無く独処を楽う者」

 自分だけ眷属がなく、一人でいることを願う人……それぞれが無数の眷属を引き連れている菩薩たちの間では、ちょっと変わった存在だ。

 その人間像をい描いてみると「自立の人」「孤独を愛する家」といったタイプだろうか。利他行に励む菩薩にとって、他者とのかかわりは生命のはず。いつも一人でいたがるのは菩薩の身上とも違うはずである。

 ところが、この単己の菩薩は、実は個派どころか“最大多数派”である。

 経文には「その数うたた上に過ぎたり」、つまり眷属を率いた菩薩よりも数が多いと説かれているのだ。(略)

 たとえば眷属がなくとも地涌の菩薩……その本質は、他の誰をも頼らずただ一人でも広布に向かって進む人格の輝きを言ったものとも考えられる。

 ともあれ、そうした多彩な人々が堂々たる菩薩たちの一員として描かれていること自体、「地涌の菩薩」が全人類を包むことの象徴といえよう。

 同志とともに広布の第一線で活躍する人はもちろん、そうでない人も、それぞれの尊い使命がある。学会の会友運動の広がりは、万人の人間の開花を目指す「地涌の法」の理的な歩みである。独善と抑圧の日顕宗は、地涌とはベクトルが正反対の「天宗」だ。(泊)


小野不一


 小野です。まだ、続くとは予外(笑)。


 地涌の菩薩にも、「単己の菩薩」という”個派”がいる。

「単己にして眷属無く独処を楽う者」


 署が(泊)となっているところを見ると、小泊(こどまり)さんでしょうかね。眷属のいない単己という存在を「個」と考えるのは、どうなんでしょう? 孤独な人を「個的」とは普通言いませんよね。


 ところが、この単己の菩薩は、実は個派どころか“最大多数派”である。

 経文には「その数うたた上に過ぎたり」、つまり眷属を率いた菩薩よりも数が多いと説かれているのだ。(略)

 たとえば眷属がなくとも地涌の菩薩…その本質は、他の誰をも頼らずただ一人でも広布に向かって進む人格の輝きを言ったものとも考えられる。


 これは誤りです。正確には、眷属の多い菩薩から順番に記述され、その最後に、


 百万より一万に至り 一千及び一百

 五十と一十と 乃至三二一

 単己にして眷属無く 独処を楽(ねが)う者

 倶(とも)に所に来至せる 其の数転(うた)た上に過ぎたり


 と書かれているのです。つまり、六万恒河沙の眷属を率いている菩薩より、五万恒河沙を率いる菩薩の数は多く、それよりも一千人の眷属を率いる菩薩は多く云々ということですから、単己の菩薩が一番多いといっているわけではなく、「一千以下から単己に至るまでの菩薩」に掛かっている言葉でしょう。


 しかも、その直後で、「恒沙劫という時間を経ても数えることができない」と書かれているのですから、一人ぼっちの菩薩が一番多かったという観察自体が成り立たないと考えます。ちなみに一人ぼっちの語源は、一人法師(笑)。


 釈尊の本眷属ともいえる地涌の菩薩が数えることのできないほど現れるところに元があるのです。



「明鏡」で一番問題な箇所は、小野さんの指摘通りですね。


 今回の問答?(笑)で、私が気になるのは、「単己の菩薩と称してなぜ“単己”がことさら取り上げられるようになったのか」ということなのですが。単己の所だけ、単純な描写ではなくその姿勢も描かれているからなのでしょうが。


 最初に述べたとおり、該当箇所は、地涌の菩薩があまりにも大多数なのでその有り様を描写しているだけだとうのですが。で、「その中には単己で登場してきた者もいる」と。「眷属無く」の眷属とは、この場合数の描写ですから広義の味で「集団・グループ」を表していると考えるのが妥当だといます。ですから、眷属がいないor持たないということではなく、“集団を引き連れていない単独”という単純な味だといます。単己の理由として「遠離の行を楽(う)」「独処を楽う」と描写されているわけです。


 そこに何らかの義・解釈を見いだすことも味はあるでしょうが、飛躍しすぎるものは、やはり考え物です。


「楽」に関してですが、“楽しむ”ではなく、やはり“願う”の味が正解のようです。または、両方の味を含んでいるのかもしれませんが。他の箇所にも出てきますが、訓読も、味からも、願うに当たりますね。法華経の訓読は、学会版以外にも他にもあるのですが、他のものも“ねがう”と訓読されているようです。古文・漢文に詳しい方が解説してくださるとありがたいのですが。


 この点は、今後の課題にして、私も勉強してみます。

単己の菩薩:関連指導


 法華経の従地涌出品第十五に、六万恒河沙の地涌の菩薩の出現が説かれた。その中に“単己にして眷族無く、独処を楽(ねが)う者”という“単己の菩薩のことが述べられている。

 チームワークを保って戦ってゆく人は、福運を積める人である。独りよがりの人は、単己の菩薩である。それでは福運は積めない。


【『指導メモ』 1966-06-01発行(聖教新聞社:絶版)】


「単己にして眷族無く 独処を楽(ねが)う者 倶(とも)に所に来至せる 其の数転(うた)た上に過ぎたり」

 これは、たとえ組織から離れ、たった一人で御本尊を拝んでいるような人がいたとしても、因果の法則に基づき、必ずや広宣流布の流れの中へと最終的には帰ってくるとの文である。

 ともかく、集合離散を繰り返しつつ、それが広宣流布への大河の流れとなってゆくわけである。


【立宗記勤行儀式 1977-04-28 古屋・中部文化会館

2005-09-22

ナポレオン「勝利は、わが迅速果敢な行動にあり」


 私が青年時代から好きだったアレキサンダー大王を讃えた叙事詩に、こうあった。

「勇敢な人びとに克服できないものは何もない」

 深く胸に響く言葉だ。

 創立75周年の栄光へ、わが創価学会が、また一つ、広宣流布の大きい、大きい山を登る時が来た。

「勝利は、わが迅速果敢な行動にあり」

 これは、かのナポレオンが結論した戦闘哲学である。

 人生は勝負だ。

 法も、また勝負だ。

 ゆえに、この一生、断じて勝たねばならない。

 勝てば幸福であり、負ければ不幸である。

 大切な人生である。何があろうが、最後に痛と悔恨を残してはならない。

 そのために、君よ、君たちよ、勝負の時を逃さず、断固として立ち上がれ!

「一瞬たりとも失ってはならない」とは、ナポレオンのモットーであった。


 日蓮大聖人は、「命と申す物は一身第一の珍宝なり一日なりとも・これを延(のぶ)るならば千万両の金(こがね)にもすぎたり」(御書986頁)と仰せである。

「一日」が宝である。

 いな、「一瞬一瞬」が、かけがえのない宝なのだ。

 今、1時間があれば、どんなに多くの友を励ませるだろうか。遺言のいでスピーチも残せる。今、30分があれば、どれだけ有義な語らいができるだろうか。

 この5分があれば、必死のあの同志、この同志に揮毫を残してあげられる。

 この1分があれば、闘のあの友に伝言を託すことができる。この1秒があれば、目であいさつができる。

 だから、私は決めたのだ!

 義ある一日一日を生きるのだ! 「今」を生き抜き、断じて勝つのだ!

 この86日で、私が小説『新・人間革命』の原稿の執筆を開始してから12周年。いつしか、新聞への連載も3500回となった。

 この連載を始める前に、私は「限りある命の時間との、壮絶な闘争」と書い たが、実際、今の私には、眼前の1分1秒が惜しい。

 今、小説をはじめ、多くの原稿に向かう胸から離れないのは、わが尊き同志の幸福であり、勝利である。

 すべての勝利は、広宣流布のためにある。

 友よ、断じて勝て!

 友よ、断じて負けるな!

 私は、懸命に祈り、必死に呼びかけながら、次の50年の完勝への指揮を執っている。


【「随筆 人間世紀の光」93/いざ創立75周年の大山へ 聖教新聞 2005-08-14付】


 911日に投開票が行なわれた衆議院選挙において、公明党は898万7620票という史上最高の比例票を獲得した。3議席は減らしたものの、今回の選挙の最大の目的は小泉首相が明言した通り、「自公で過半数」だった。つまり、民主を減らすってこと。我々の闘争は勢いあまって、自民の圧勝にまで貢献したというのが衆目の一致するところ。


 この夏、先生は真剣勝負で人材育成に精魂を注がれ、来る日も来る日も、聖教新聞にスピーチが掲載された。しかもその内容は、信の具体に迫るものばかりで、角度のついたものだった。これほど長期間にわたって、こうした指導がなされたことは、いまだかつてなかった。創立75周年から80周年への峰を前にして、今再び、陣列を整えようとされたのだとう。


 先生から直接、指導を受けた我々は、スピーチを読んでは壁に挑み、祈りを深め、友情の拡大に奮闘してきた。生命のリズムは師のと共鳴し、沸騰するような勇気を胸に、走りに走り抜いてきた。信の歴史を築くことに勝る幸福はない。


 スピード勝負を教えられたこの指導は、全軍に衝撃を与えた。あまりにもお元気な先生に対する弟子の甘えを衝(つ)かれたようないに駆られた。師弟共戦できる時間が、どんどん少なくなってゆく現実をい知らされた。1分1秒を惜しまれる師のに涙した。


 学会はスピードで勝ってきた。「誰かが大変だ!」と聞くや否や、直ちに駆けつけるスピードによって。打てば響くように敏に応える青年によって。迷いなく確信に満ちたリーダーの果断によって。


 スピードが遅い組織は、責任回避の狡賢(ずるがしこ)い官僚が多い証拠だ。


 任用試験の日程が発表された。受験する大半の方々は、初めての教学試験となる。法用語にも慣れてないし、勉強に必要な辞典や書籍なども持ち合わせていないだろう。だからこそ、大いなる人材育成ができる。だからこそ、偉大な運動となる。先手必勝で、まず幹部自らがしっかりと研鑚に挑もう。

美しく老いる


 本日は、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のヤング総長、また、ミラー副総長のご招待をいただき、アメリカの知を代表するキャンパスで講演できることを、の底から喜んでおります(拍手)。これからのアメリカを、否、21世紀の世界を担う皆さんへの、満腔の期待と敬を込めつつ、講師としてというよりも、むしろ、ともに未来を語り合う友人として、話をさせていただきます(大拍手)。

 一昨年、及び昨年の5、イギリスの歴史学者であり、哲学者でもあるトインビー博士の招待を受け、10日間にわたって真摯な討議を行いました。私は、人間対人間の中に、相互の触発があると信ずる一人である。ゆえに、対話を最も重んずるのであります。

 ご存じの通り、トインビー博士は現代の誇る最高の知の一人であり、人類の巨大な財産であります。85歳でありながら尚、かくしゃくとして創造的な仕事を続けておられる。

 トインビー夫妻は、いつも6時に起床しておられるようであります。この時間は、諸君はまだ睡眠中かもしれないし(笑い)、お手洗いにいって、もう一度、寝床に入る時間かもしれない(笑い)。起きられると直ぐに、お二人でベッドを片づけ、の食事をつくるそうであります。そして、9時になると博士は、用事があってもなくても、ご自身の机に向かうそうであります。

 私はこの姿を拝見して、美しく老いたいものだとった。諸君のように、若さという美しさもあるが、老いた美しさには尊さをはらんだ美しさが漂っているようにえてならない。さて諸君も、お父さん、お母さんが美しく老いていかれるよう、落第したり、落胆させるようなことをしないよう、切望するものであります(笑い、拍手)。


【「ヒューマニティの世紀に」UCLA講演 21世紀への提言 1974-04-01 カリフォルニア大学ロサンゼルス校】


 先生が、大学や学術機関で行なった講演は31回に及ぶ(一覧)。この講演は、記すべき初講演である。先生、46歳の時である。


 1968年(昭和43)に創価学園(高中)、1971年(昭和46)に創価大学が開学。1972年(昭和47)に正本堂が落成。1972年、1973年(昭和48)と二度にわたって、トインビー博士との対談が行なわれた。これ以降、先生は満を辞して、鳳(おおとり)の如く世界へ雄飛される。


 この講演はレコードとなっている。信の古いお宅を探せば、見つけることが可能だろう。ぜひ一度聞いてもらいたい。


 私は、講演の内容もさることながら、学生諸君の反応のよさに驚かされた。「むしろ、ともに未来を語り合う友人として、話をさせていただきます」の後では、「イェーーーッ!」と歓があがる。


 この次からは相当しくなります。東洋法の真髄に入ります。休む人は、今の内に休んでおきなさい(笑い)。

【※『広布第二章の指針』第4集では割愛されている】


 ユーモアを交えた部分になると、弾(はじ)けるような笑いで手を叩く。


 偉大なる“自由の気風”は、ストレートな情表現となり、魂の交流が繰り広げられた。


 私はいたずらに文化の相違をもって卑下するつもりはないが、の底から羨(うらや)ましくったことは確かだ。日本人は、どうしてもかしこまってしまう傾向が強い。


 美しく老いるには、リズム正しい生活と、生涯、学び続ける求道の姿勢にあるとの教え。年をとるごとに、の美しさが増すのか、それとも、醜さが増すのか。豊かな人生の岐路がここにある。

2005-09-21

尉繚子


 それ将は、上、天に制せられず、下、地に制せられず、中、人に制せられず。ゆえに兵は凶器なり。争いは逆徳なり。将は死官なり。ゆえにやむを得ずしてこれを用う。上に天なく、下に地なく、後(うしろ)に主なく、前に敵なし。一人の兵、狼のごとく、虎のごとく、風のごとく、雨のごとく、雷(らい)のごとく、霆(てい)のごとく、震震冥冥(しんしんめいめい)として、天下みな驚く。勝兵(しょうへい)は水に似たり。それ水は、至って柔弱(じゅうじゃく)なるものなり。然れども触るるところの丘陵必ずこれがために崩る。異(い)なきなり。(せい)専(もっぱ)らにして触るること誠なればなり。今、莫邪(ばくや)の利、犀兕(さいじ)の堅(けん)、三軍の衆をもって、奇正(きせい)するところあらば、すなわち天下、その戦いに当たるなし。ゆえに曰く、「賢を挙げ能を用うれば、時日(じじつ)ならずして事、利あり。法を明らかにし令を審(つまびら)かにすれば、卜筮(ぼくぜい)せずして吉(きつ)を獲(え)、功を貴び労を養えば、禱祠(とうし)せずして福を得(う)」と。また曰く、「天の時は地の利にしかず、地の利は人の和にしかず」と。古(いにしえ)の聖人は、人事を謹むのみ。




 将帥とは、つねに主休を保って天文気象に支配されず、地勢の不利にも動揺せず、他人の見に盲従せず、縦横に独歩すべき者である。

 だからこそ、勝敗の帰趨を握ることができるのだ。

 そもそも、武器は不吉な道具であり、争いは望ましからぬ行為であり、軍人は人を殺すのが使命である。

 したがって、武力に訴えるのは、万やむを得ぬ場合の手段でなければならない。

 だが、ひとたび戦端が開かれたなら、天をも恐れず、地をも顧慮せず、君命がどうあろうと、敵勢がどうあろうと、全軍一体となってさながら猛獣のごとく、風雨のごとく、雷霆のごとく、測り知れぬ猛威をふるい、その威武によって天下を震動させるようでなければならない。

 勇猛なる軍隊は、水にたとえることができる。水はきわめて柔く弱いが、しかも行く手に当たる丘陵をかならず崩し流し去る力を持つ。

 それはほかでもない。

 水の質が終始一貫して変わらず、その運動法則も不変の理に基づいているからである。

 以上のごとき戦争の本質を休得した将帥が、鋭利な武器と堅牢な甲胃とを具備した大軍を率い、変幻自在の采配を揮ったなら、これに対抗し得る者は天下にあるまい。

 だからこそ、次のようにいわれているのである。

「賢を挙げ能を用うれば、時日ならずして事、利あり、法を明らかにし令を審(つまびら)かにすれば、卜筮せずして吉を獲、功を貴び労を養えば、祷祠せずして福を得」と。

 また、こうもいわれている。

「天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず」 と。

 昔の聖人が重視したのは、ただ人事を尽くすことのみであった。



【『尉繚子(うつりょうし)』は兵法七書の一つで、秦の始皇帝に仕えた兵法家・尉繚が著したもの。戦争は悪であり、国民にとって好ましくないという考え方に立っている】

互いを見つめ合うのではなく、同じ方向を見つめよ


 ところで、愛情というものほど、捉えどころのない移りやすいものもないのだ。時に幸福への基盤でさえなくなってくる。愛情をもとめて、愛情に傷つく人生が氾濫(はんらん)しだした。愛情の確認は、幸福の確認であってみれば、たがいに相手のを覗(のぞ)こうとするのも、無理のないことである。しかし、覗いたところで、あるいは解剖したところで、というものが解るはずもない。刹那の手応えしかわからない。

 ――あなたを永遠に愛します。

 誓いは、その刹那、嘘ではなかったろう。ところが、一年たって、同じ人間が次のように怒鳴ることも、また、その刹那、嘘ではないはずだ。

 ――顔をみるのもいやだ。

 どちらも、その時その時で、たしかに真実を語っていた。彼は、あるいは彼女は、断じて嘘はいわなかった。どうして、相手を責めることができよう。

 愛情の基盤というものは、このように危うく、したがって現代の家庭の不安は、愛情というものの不安に由来する。この不安からのがれるために、人びとはさまざまに工夫をこらす。今日の芸能人たちに見かける契約結婚とか、婚姻届を出さない内縁関係とかは、気休めの不幸退避法だ。賢(さか)しいつもりで当人たちはいたとしても、が傷つくのはおなじだとは知らない。

 たがいのを見つめることが、どんなに果敢(はか)ないかを知った時、『夜間飛行』の作者サン・テグジュペリの賢い言葉を、私はい出す。

「愛する――それはおたがいに見つめ合うことではなくて、一緒に、同じ方向を見つめることである」。

 男女のこの世の人生飛行法の極は、こんなところにあるらしい。


【『家庭革命』(講談社)1966-09-20発行】


 40年も前の随筆でありながら、全く古さをじさせない。それどころか、『契約結婚』という昼ドラが放映されている今、実にタイムリー。我ながら、見事なチョイス(笑)。


「好きだから結婚する」という考え方は、「嫌いだから離婚する」という考えとセットになっている。同じカードの表と裏だ。愚かな恋愛は、浅はかな人間に支えられている。


 不安定な情に流されることなく、理を働かせることが幸福の永続につながる。


 一方、理を働かせるあまり、“恋愛や結婚自体を認めない”女子部の幹部も多い。教条主義に毒された連中は、自分が責任も取れないくせに、執拗なまでに反対し続ける。その本音は、「後任者がいない」というだけの理由が殆ど。組織の都合で、他人の人生の邪をするんじゃねーよ。こうした結果、人生の新たな門出を祝福するどころか、嫉妬の炎で包囲してしまう惨状となる。


 だから、基本的には、恋愛や結婚の相談は、女子部の先輩にすべきではない。これが私の持論だ。婦人部に相談した方がよし。


 その上でハッキリ言っておきたいことは、恋愛や結婚によって、信を失う女が多いことだ。生活の疲れや、子育てストレス、婦人部による地悪など、様々な理由もあることだろう。だが、その本質は、環境の変化によって、若き日の誓いを見失った惨めな敗北の姿に他ならない。見せかけだけのインチキ信をしていると、こういうことになりがち。獄中にあっても尚、信を貫いた初代・二代会長をえ。


 女子部が自分の方から追いかける恋愛は駄目。情は人を盲目にさせる。熱くなればなるほど、足下(あしもと)がおろそかになる。


 30歳を過ぎた青年部、また、部幹部以上のメンバーの場合、直接、アプローチするのは避けよ。必ず、壮年・婦人を間に入れること。これが、基本的なルール。


 いずれにせよ、節度を保ち、広布共戦のいを深め合う関係が理だ。焦る必要は全くない。

パワーハラスメント


 上司による部下へのイジメが増加しているとのこと。これを、パワーハラスメントと呼ぶ。セクシャル・ハラスメントが的嫌がらせのことだから、ま、職権的嫌がらせといったところ。モラル・ハラスメントというのも含まれるらしい。

 背景には、バブルが崩壊した後、不良債権を抱えた企が一斉にリストラを始めたことが挙げられる。「アン? 文句があるなら、会社を辞めろ!」ってなじなのだろう。


 星一徹が子の飛雄馬に、大リーグボール養成ギプスを着用させたのは、絵に描いたようなパワー・ハラスメントだ(笑)。だが、私なんぞも、ポカポカ殴られながら育てられたが、あまり被害者識がない。そんなことは一昔前なら、そこここに存在した。


 今、こうしたことが問題になっているのは、人格障害(おぼ)しき人々が増えたことと、ガラス細工みたいに、ひ弱な精神の者が増え続けているためだ。


 猟奇的な犯罪が起こるようになった頃から、境界性人格障害(ボーダーライン)という言葉を、やたらとにするようになった。それ以前から、アダルト・チルドレンやピーターパン・シンドローム、シンデレラ症候群など、社会からの逃避的傾向が強まっていたことも見逃せない。それらが、パラサイト・シングルや引きこもりに進化したと考えられる。


 肥大した自我で社会を無視する者と、自我を確立できずに不安を抱いた者が出くわすと、パワー・ハラスメントが生まれる。「ハイ」という返事を強要する人物と、「ノーと言えない」人物による悲劇。双方に共通しているのは“の闇”。


 こうしたことから、普通に注しただけでも、相手が痛を訴えるような複雑なケースまで生まれている。


 パワー・ハラスメント社会問題化しているのは、被害者が鬱病になったり、出社できなくなったりして、家族にまで被害を与えているからだ。


 創価学会が社会の縮図であるならば、組織においても同じような問題があることだろう。威張りくさっている幹部がいれば、徹底して戦うことだ。皆がに負担をじているとすれば、それは幹部が悪いのだ。子のための組織であるが故に、会員をしめる輩は、日顕宗の眷属といってよい。問題を知りながら、見過ごしているような幹部も、また同様。いてもいなくてもよい幹部は、去ってもらった方がよし。


 組織の中で、信以外の“権威”を許すな。

2005-09-20

病気は大いなる境涯を開く突破口


 生命は永遠であり、三世を貫いていく。ゆえに一時期、病等にしんだとしても、その人の立場、立場で最後まで信を全うしていけば、必ずそれが次の生への大きな推進力となる。

 御書に、「病によりて道はをこり候なり」(1480頁)――病によって道を求めるは起こるものです――と仰せのごとく、病気が信の発の機縁となることも少なくない。また、そのしんだ経験が人格を深め、慈愛のを豊かに育んでいく。要するに、病気のしみに絶対に負けないことだ。それを、信で打開し、克服しながら、大いなる境涯を開きゆく突破口としていくこともできるのである。


【第4回全国婦人部幹部会 1988-11-24 創価文化会館


 戦いを終えた913日の早、新聞を開いて驚嘆した。たっぷりと勝利に酔い痴れていた私は、冷や水をぶっかけられたいがした。眼の前には「健康対話」の文字があった。先生は既に、新たな闘争を開始されていたのだ。

 対談内容は、今まで全く見落とされていた内容ばかりで、万人に開かれた組織となるための大事な課題ばかりだ。良識と社会を損なえば、どんなに正義を叫んだところで、“独善”の謗りを免れない。


 病気が治っただけの状態を我々は功徳と呼ばない。以前より、はるかに元気となって、人間革命が進んだ時、我々はそれを功徳と称し、報謝のの底から叫ぶのだ。


 人間には様々な悩みがあるが、病気が一番大変である。は“能奪命(のうだつみょう)”と訳されるが、その典型が病である。


「人間にとって恐ろしいものは、白血病でも癌でもない。生きる生命力のなくなった弱い自分なのだ」




「『死』の恐怖を乗り越え、病気と立ち向かう人生観を確立することが、健康な時になすべきことであるといます」


【『聖教グラフ』1988-09-21号】


 これは、若きドクター部の指摘だ。生と死の淵をさまよう多くの患者を見てきた医師の率直な実であろう。


 病を克服した人々の確信は深い。しんだ分だけ、健康に対する謝のいがある。信にブレがない。


 私は大病の経験はない。だからこそ、病気になったと聞けば、誰よりも真剣に祈り、ご祈を徹底して訴える。入院した方がいれば、真っ先に見舞いに駆けつけ、可能な限り何度でも足を運んでいる。こうした行為によって、私自身の病気の宿命転換が進んでいることを確信する。


 ある大先輩が、病と闘うメンバーに語った。


「病院は地獄界だ。健康な人間でも病気になってしまう。周囲は病人だらけで、同じ病室の人が亡くなる場合もある。その中で、生命力を奮い起こし、病を打破するには、徹底した唱題しかない。絶対に負けてはならない」


 病気のしみは、本人にしかわからない。しかし、一緒になって真剣に祈ってゆく中で、相手のしみを我が生命にじる瞬間が、確かにある。


 また、ウイルスや腫瘍などが、生命全体を損なわせることを考えると、やはり小事が大事であることを痛させられる。

2005-09-17

崩れざる幸福は“積極的な生命の姿勢”に


 では、崩れることのない、ほんとうの幸福の条件とは何か。

 その第一にあげられることは、あくまでも主体的に、積極的に、人生の問題にとりくんでいく、生命自体の姿勢である。客観的状況のみに支配され、受動的に運命を考えるのではなく、どこまでも、主体的に、自分の力を、そうした状況や、運命にぶつけて、少しでも切りひらいていこうとする欲である。

 そうした積極的な生命の姿勢は、およそ生命体なら、すべてのものがもっている質といってよい。とくに植物より動物、動物のなかでも、進化の度の高い動物ほど、この傾向は強い。人間が、万物の霊長であるといううのも、この特質をもっとも強くそなえているからではあるまいか。

 とすれば、人間は、いかに不利な条件に直面しても、つねに主体的に、積極的に、これととりくみ、挑戦していくべきだとう。これが人間生命の、本然的な特質であり、特権だからである。そして、人生において味わうことのできる最高の幸福が、そこにあるからである。

 幸福は、けっして山のかなたにはない。自己自身の内にある。しかし、坐して安閑としている自分ではなく、あくまで、かなたにあるものをめざして、けわしい尾根に挑戦し、障害を一歩一歩、克服してすすんでいる“戦う自分”の生命の躍動の内にあるのだ。


【『女性抄 箴言と随想』(グラフ社):1971-04-29発行】


 有情と非情、また、動物と人間の違いを、「積極的な生命の姿勢」と鋭く指摘されている。この一点だけでも、大いなる論点たり得るが、先生はわずかなワンセンテンス(一節)でさらりと書かれている。しかも、そこから、女に特有の五障三従を破折する展開は圧巻といってよい。更に結論として、本果妙ではなくして、本因妙の生き方を示されている。


 わかりやすい言葉は、万人に納得を与える。小しい理屈は、独りよがりになりがちだ。


 幸福は完成された姿や境涯にあるのではない。不幸に束縛されることのない自由な境涯にある。


 以下に澤瀉久敬(おもだか ひさゆき)氏のテキストも紹介する。索の一助とされたい。


 生物を無生物から区別するものは、生物は自分で動くということ、つまりactivityすなわち発動力をもっているということですが、機械文明はそのactivityを失わせるという格を本質的にもっているのです。しかも、このことは単に身体について言われるだけではなく、特に精神について語られねばなりません。いったい、精神こそ自由なものであり、新たなものを創造するものです。私はこの点を、すなわち精神の自由と創造を、を大にして強調したいのです。人間が動物に優るのは、自由をもっているということと、他から強制されずに動くということ、いや、単に自発的に動くだけではなく、未だかつてなかったものを、自ら創造するということですが、それを人間にゆるすものは精神なのです。ところが、いっさいを機械化することは、人間の精神をも眠らせ、その創造を人間から奪う結果となるのです。


【『「自分で考える」ということ澤瀉久敬(第三文明レグルス文庫)】

竹内さん


 本幹で、竹内さんが初登場。少し緊張していたように見えた。先生から「長嶋」の愛称で呼ばれている人物。荒川の区男時代に折伏全国制覇も成し遂げている。それにしても、荒川区からの人材輩出には目を瞠(みは)るものがある。私が知る限りでも、金委員長東京青年部長、東京創価班委員長、牙会委員長等々。やはり、都議選2人区を勝ち抜く激戦の中から人が育ってくるのだろう。

2005-09-16

“内から外へ”の方向性


 一流のリーダーは緻密(ちみつ)である。大言壮語なら誰にでもできる。他の人が気づかない、それでいて切実な「急所」というべき点に目をとめ、一つまた一つ、仕上げていく。そこに懸命な責任のあらわれもある。

 ともあれ大切なのは、着実に内を固めることであろう。華やかな外にばかり目が向いていたのでは、見栄っ張りに通じる。また、足元をすくわれる危険が大きい。

 社会を大事にすることと、社会に媚(こ)びることは違う。学会においても、社会の人々に正しく理解していただく努力は当然として、何か褒められることを期待し、それのみで事足れりと満足するようながあれば、あまりにも浅はかである。

 学会は学会らしく、厳然と、朗らかに「我が道」をいけばよい。そして、我が同志を守りに守り、我が友がはつらつと活躍できるように、全力を注いでいくべきである。この根本の路線の上に一切の展開もある。磐石な“内”から“外”へ――。諸君は、この道理の筋道を転倒させてはならない。


【第9回全国青年部幹部会 1988-10-29 創価文化会館


 大事な将軍学の一つ。


 信の目的は幸福になることだ。具体的には、人間革命に尽きる。人間革命の姿をもって、広布を拡大してゆくのだ。それ故、幹部の仕事は、“自分自身の人間革命を通して、会員の人間革命を加速させること”になろう。


 ところが、わかりやすい成果が目的と化すと、人間革命が不問に付されてしまいがち。上辺だけを取り繕うテンプラみたいな成果も、時折、目にする。こうなると、人間革命のチャンスを奪われたも同然。


 一つの結果を出すには、必ず“不議”なことが起こらなくてはならない。折伏でいえば、の出現によって相手のが揺れ、そこからもう一度、引っくり返す作が必要。こうして、動的なドラマがつくられる。紹介者にとっては、信の確信を深める絶好の機会となるのだ。


折伏を決める方法が一つだけある。知りたいか?」。私はよくそんな話をした。「どうしても教えて欲しいか? じゃあ、ここだけの話だぞ。絶対、誰にも言うなよ」と、散々もったいをつけて、「それは――自分が変わることだ」と囁いた(笑)。


 社会で実証を示すのも、一歩間違えると単なる利で終わりかねない。三悪道、四悪趣の世界で戦うのだから、もちろん、野が必要になる場合もあろう。だが、その野をそのまま組織に持ち込めば、信の堕落になってしまう。


「我が友がはつらつと活躍できるように、全力を注いでいくべきである」――全幹部がすべき指針である。集まるのが楽しい、動きたくてしようがない、という実相が我が組織にあるかどうかだ。

2005-09-15

自分で決まる


 全ては、「自分で」決まる。「自分が」決めるのである。


【全国最高協議会 2005-08-02 創価文化会館


 厄介なことになると、その原因を周囲に求めるのが人の常。仕事が、幹部が、組織が、なあんて風になりがちだ。何をどうじるかは、境涯の問題。自分自身を直視せずして、根本的な解決は不可能だ。


 まず、「決める」ことだ。「現状はこうだ。だが、必ず、こうしてみせる!」と。肚が決まれば、祈りの中で具体的な行動が浮かんでくる。先輩に指導を求めながら、目標に向かって、前進に前進を重ねれば、いかなる問題でも解決することができよう。


 昨夜、ある幹部の元へ相談に行く。面子(めんつ)を重んじる権威主義、問題を摩(す)り替える政治手法、自分達のにそぐわないと、悪しきレッテルを貼りつけるデマゴギーが、我が地域で横行している。「その現状を知るべきだ」と言われた。そんなものは知りたくないよ(笑)。一時は激論となるも、私に寄せる先輩のいを知った。言われたことは何一つ納得できるものではなかった。立場上、言いにくいニュアンスを臭わせた瞬間、私ははたと理解した。


 私は、組織における政治に興味はない。直情径行を絵に描いたような格で、その上、極端に気が短い。スピード勝負が信条だ。私が易々(やすやす)と幹部の言いなりになることは、まずない。自分の立場や、幹部のご機嫌なんぞは、どうでもいいことだ。最前線で戦う同志の悩みを解決することが最重要の課題なのだ。


 いくらでも反論はできた。しかし、先輩のを知った瞬間、私は反省した。父と同じ年齢の先輩が言いたかったのは、「真っ直ぐに育って欲しい」という一点にあった。


 組織革命をするには、こうした関係を広げてゆくしかない。


 今はよし後をごらんぜよ(895頁)

衆院選終え 党改革へ


過去最高898万票の大善戦


 今回の衆院選で、民主党は政権交代どころか公示前よりも64議席を減らす大惨敗。同党は今、解党的出直しが迫られている。


 一方、公明党は3議席減で解散時の議席34には届かなかったが、比例区で898万票の過去最高票を獲得。「大衆とともに」の立党精神を掲げ、日本の政治に責任を担う公明党にとって、有権者の1割、1000万票の獲得は大きな目標であり一里塚だ。今回、超短期決戦にもかかわらず目標へ大きく近づけたのは、「庶民の党」「政策実現政党」として公明党が国民の信頼と期待を得ている証といえる。


 今年は7に都議選もあった。実は、これまでも都議選の直後に国政選挙となるケースは多く、最近5回の都議選のうち05年、01年、93年、89年の4回はそうだ。


 01年は都議選で23人全員当選した後、7の参院選で818万票の過去最高得票を獲得。93年は、25人全員当選した都議選後の7の衆院選(中選挙区制度)で6議席増の51議席を勝ち取っている。


かつて党に大打撃与えた「明電工」


 ただ、89年の場合だけ、まず都議選で3議席減、直後の参院選でも比例区で134万票減、議席も減らしている。


 原因は何か。調べてみると、本紙「議員OB座談会」で詳しく取り上げられていた矢野絢也元委員長が絡んだ「明電工疑惑」が大きく影響していた。


 84年から86年にかけて、節電装置メーカー・明電工のオーナーの中瀬古功氏ら幹部が、株取引をめぐって巨額の脱税事件を起こし逮捕された明電工事件。捜査の過程で、中瀬古氏が行った政治家との株取引や献金疑惑の相手の一人に、矢野元委員長の前が取りざたされた。


 その上、明電工関連株に絡む2億円の現金が矢野氏の自宅で授受されたことなど、明電工関係者と矢野氏を結ぶショッキングな事実が明るみに出て、世上を騒がす一大スキャンダルとなり、結局、委員長辞任に追い込まれたのだ。


 党の顔である委員長自身のカネまみれの不祥事は、公明党の「清潔」イメージに大打撃を与えた。


 矢野氏の委員長時代(86年12〜89年5)、国政・都議選はなかった。しかし、89年夏の都議選と参院選の惨敗は、委員長辞任直後のことだ。翌90年2の衆院選でも前回選挙(86年7)で獲得した57議席から、一挙に11議席を減らした。矢野氏も委員長辞任後のこの選挙に立候補したが、結果は2万2000票減の最下位当選だった。


公明の前進を10年間も遅らせた


 要するに、矢野氏の委員長時代をはさんで、公明党は、衆院57議席→46議席、参院743万票→609万票、都議会29議席→26議席へと、党勢が大きく後退した。現職委員長のスキャンダルによって、公明党が国民の信頼を大きく失ったからにほかならない。


 公明党の比例区(参院)票が委員長就任前の86年743万票を再び超えたのは、98年(774万票)になってからだ。矢野氏の不祥事は、公明党の前進を、実に10年間も遅らせたのである。


 その間、党の信頼回復のため、血のにじむような労と努力を強いた党員・支持者に対し、矢野氏はいまだに一度も謝罪してはいない。


【公明新聞 2005-09-15付】

2005-09-14

第44回衆院選の結果分析


改革進める公明党に期待


 改革の是非が問われた第44回衆院選で、有権者は公明、自民の連立与党に327議席を与えた。公明党は改選時議席には届かなかったものの31議席を獲得、比例区で900万票に迫る過去最高の898万票を獲得した。大善戦した今回の衆院選を分析した。


自公で絶対安定多数


国民から圧倒的な信任得る


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 今回の衆院選で自民、公明の連立与党は全常任委員会で委員長を独占した上に、委員数でも野党を上回る絶対安定多数(269議席)を大きく超える327議席を獲得、国民から圧倒的な信任を得た。


 小泉純一郎首相は郵政民営化に反対する議員を公認せず、広島6区(無所属堀江貴文氏と国民新党の亀井静香氏が対決)を除いて、小選挙区では自民、公明の民営化賛成の候補者と、反対派が激突する図式を作り上げた。


 参院で民主党などの野党と自民党の造反者によって否決された法案をめぐって衆院を解散することに当初、異論もあったが、「郵政」の重要は一気に国民に浸透、「郵政民営化の是非」が最大の争点になったのである。


 これに対し、民営化法案に反対した民主党は「政権交代」を強調、年金子育て支援を訴えたが、国民からは与党が突き付けた郵政民営化の争点から逃げているように受け止められた。


「小泉・自民党対自民造反組」の対決がクローズアップされたことで、民主党への注目度が極端に減少。「風頼み」で議席を伸ばしてきた民主党は、小泉首相や与党にだけ強い追い風が吹く中で失速してしまった。


 公明党は郵政民営化が他の構造改革と深く連動することから、民営化を改革の要と位置付け、マニフェスト(政策綱領)の柱に据え、その重要を訴えぬいた。


 総選挙では小選挙区で郵政民営化賛成派の自民党候補を全力で支援、自民党の小選挙区での勝利を支えた。郵政民営化に反対した前職が出馬した33小選挙区で当選者は半分以下の15人にとどまった。


 自民の圧勝が国民に強烈な印象を与えているが、「公明の協力があったからこその好成績」(小泉首相=11日夜のテレビ番組)であることは間違いない。


 公明は、惜敗した沖縄1区を除いて8小選挙区で民主候補を大きく引き離し圧勝、比例でも898万票以上を獲得し、23人の当選を果たした。


 出口調査では、〈自民党候補のいる290小選挙区で公明党支持層の78%が自民党候補に投票し、自民党候補がいない小選挙区では自民党支持層の68%が公明党候補に投票した=読売新聞12日付〉という報道もある。


 自民、公明が一体で進めた郵政民営化の是非を問う選挙戦は、明確な争点を掲げた与党に軍配が上がった。


 有権者から強い支持を得た自公連立政権。日本再生への改革への期待に応えていきたい。


公明党の戦い 小選挙区


全選挙区で得票増、8議席獲得


 公明党としては3回目となる衆院選小選挙区への挑戦は、9選挙区に公認候補(いずれも前職)を擁立。すべての選挙区で大幅な得票増を達成した。その結果、沖縄1区では惜敗したものの、東京12区、神奈川6区、大阪3区、同5区、同6区、同16区、兵庫2区、同8区の計8議席を獲得した。


 東京12区の太田昭宏氏は得票を前回より1万936票増やし、10万9636票(前回比11.1%増、得票率43.2%)を獲得。次点の民主候補と3万5693票の大差で連続当選を果たした。


 神奈川6区の上田勇氏は、得票をやはり前回より4万771票増やし、12万3040票(前回比49.6%増、得票率49.9%)を獲得。前回536票差で辛くも退けた同じ民主党候補に、今回は2万611票差をつけ連続当選を果たした。


 大阪、兵庫の6選挙区では3回連続当選を果たした。


 大阪3区の田端正広氏は、得票を2万1674票増やし、11万9226票(前回比22.2%増、得票率49.4%)を獲得。次点の民主候補を3万4049票差で退けた。


 大阪5区の谷口隆義氏は、得票を2万6224票増やし、11万8574票(前回比28.4%増、得票率47.7%)を獲得、次点の民主候補に3万1572票差をつけた。


 大阪6区の福島豊氏は、得票を2万5865票増やし、12万7157票(前回比25.5%増、得票率52.7%)を獲得、次点の民主候補に4万2595票の大差をつけ快勝した。


 大阪16区の北側一雄氏は、得票を2万5201票増やし、9万9919票(前回比33.7%増、得票率51.5%)を獲得。次点の民主候補に2万9871票差をつけた。


 兵庫2区の赤羽一嘉氏は、得票を2万2677票増やし、10万6056票(前回比27.2%増、得票率48.1%)を獲得。次点の民主候補に2万2676票差をつけた。


 兵庫8区の冬柴鉄三氏は、得票を1万5551票増やし、10万9957票(前回比16.5%増、得票率46.3%)を獲得。次点の民主候補に2万6669票差をつけた。


 沖縄1区の白保台一氏は、前回より9210票増やし6万7540票(前回比15.8%増、得票率40.8%)獲得したものの、無所属元職に4844票の差で惜しくも及ばなかった。


 一方、公明党が推薦した自民党公認239人のうち、190人が小選挙区で当選、34人が比例区で復活当選した。当選率は小選挙区で79.5%(前回67.2%)、比例区での復活当選を含めると93.7%(前回79.8%)に達した。


公明党の戦い 比例区


過去最高の898万票に伸長


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北海道比例区・丸谷佳織/私の妹が遊説隊長を務めた】


 比例区選挙は11ブロックすべてを合わせて、900万票に迫る過去最高の898万7620票を獲得。前回衆院選(2003年)で記録した公明党の過去最高得票873万3444票をさらに25万票も上積みする大前進となった。


 得票率は自民38.18%、民主31.02%に次いで、公明は13.25%。共産7.25%、社民5.49%などを大きく引き離し、「日本の政治は自民、公明、民主の力関係で動く」(劇作家の山崎正和氏)形が一層明確になったといえる。ここ数年の国政選挙のたびに形成されてきた自民・民主の二大政党と公明党による「2+1政党制」はすっかり定着した。


 ブロック別の得票数を見てみると、北海道東海で前回衆院選より下回ったものの、残る9ブロックは軒並みアップを果たした。なかでも北関東ブロックは1議席減となったものの、得票数では約8万票も伸長。同じく1議席減となった近畿ブロックも、得票数は2万2000票以上も増やした。前回より約1割近く得票を伸ばした東北ブロックの健闘も光った。


 得票率では、九州沖縄ブロックが全国で最も高い15.95%。次いで中国15.74%、近畿14.95%、四国14.80%と続いている。都道府県別に見ると、トップは和歌山県で18.92%。福岡(18.42%)、鳥取(17.98%)、宮崎(17.70%)、高知(17.38%)、大阪(17.30%)、岡山(17.15%)などの各府県も高い得票率を示した。


存在ない共産、社民


「国民」「日本」も有権者はソッポ


 共産、社民の両党、国民新党、新党日本の2新党は、選挙期間中、最後まで存在を示すことができなかった。


 共産、社民両党は、最大の争点である郵政民営化とは別の争点を設定しようとしたが、「大増税反対」「9条を守れ」という、相も変わらぬ「ためにする批判」の域から一歩も出ることがなかった。


 組織票をまとめることで何とか共産党は公示前の議席を維持(9議席)、社民党は2議席増(7議席=ただし、うち1議席は、比例区東京都ブロックで自民が獲得した8議席のうち、自民の候補者不足で生じた1議席が回ったもの)となったものの、もはや、国民の間に支持を広げることはしいことが明らかになった。特に社民党は、秘書給与詐取事件で衆院議員を辞職した元議員を比例1位で重複立候補させ当選させたが、公党としての良識を問うも上がっている。


 郵政民営化反対で自民を離党した議員が中となって、重複立候補する比例区での当選を目指して結成された国民新党、新党日本の2新党は、公示前から民主党の小沢一郎副代表との連携報道などもあって、「選挙互助会」「総選挙後の政局狙い」の図が誰の目にも明らかになった。


 そのため、支持を広げることはできず、国民新党は4議席、新党日本は1議席どまり。しかも与党の圧勝によって、その存在もかすんでしまった。


説得力ない民主の政策


年金、子育ても公明に軍配


「政策を正面から掲げて戦ったが、年金・子育て、財政再建の訴えが今一歩、(有権者に)届かなかった」。民主党・岡田克也代表の敗戦の弁だ。


 民主党の主張が浸透しなかったのは、小泉純一郎首相が国民に呼び掛けた通り、郵政民営化の是非が最大の争点となったことに加え、同党の政策自体に説得力が欠けていたことが挙げられる。


 例えば年金。「いま民主党が唱えているのは、自営の国民年金にも厚生年金のような所得比例部分を上乗せして一元化するという、やや空的なものである」(日本経済新聞7日付「大機小機」欄)。


 民主党案では、自営者の保険料は現行制度に比べて約2〜8倍にハネ上がる。果たして自営者の理解は得られるであろうか。また、年金給付の財源に消費税を導入することは、保険料を払い終わった高齢者に「第2の負担」を課すことになる。


 しかも個々の国民にとっては、負担がいくらで、どのくらいの給付があるのか、全く分からない。これでは判断のしようがない。


 こうした疑問は、昨年の参院選でも随分と指摘されたが、今回の衆院選でも民主党から回答は示されなかった。イメージ先行のままで具体、現実のない年金政策は、長く有権者の支持を引き付けることができないのは自明だった。


 公明党は100年先までの財政見通しを確立した昨年の抜本改正に関して国民の理解を広めるとともに、厚生年金と共済年金の一元化や国民年金保険料の未納問題の解決を図る。


 また、子育てに関して民主党は、目玉政策として1万6000円の「子ども手当」の創設を掲げた。しかし、約3兆円の費用に対して具体的な財源を示したのは1兆9000億円分のみで1兆円以上が不足。政策がおおざっぱで詰め切れていない。


 これに対して公明党は連立政権参加後、3回にわたって児童手当を拡充してきた実績を踏まえ、2006年度に対象年齢を小学校6年生までに引き上げ、所得制限を1000万円に緩和するという、年次を区切った訴えが共と信頼を広げた。


【公明新聞 2005-09-14付】

正しき信心は“師弟の道”に


 広宣流布にとって、何が一番大事なのか。それは取りも直さず「信」の二字である。いかに大きな権威の建物があっても、そこに法があるわけではない。いかに才知に優れ、いかに教学があるからといっても、信が弱ければ味がない。また、いくら人数が増えたとしても、一人ひとりの信が強盛でなければ、将来の発展は望むべくもない。

 たとえ今は、人数的には小さな存在であっても、正しき「信の道」、法の正しき「筋目」ともいうべき「師弟の道」を厳然と貫いていく――その姿それ自体に「広宣流布」がある。つまり、正しき「信の道」を一分の狂いもなく歩んでいる、その中にこそ「因果倶時」で、大いなる未来の発展という「果」がはらまれている。ゆえに、やがて時とともに、妙法の力用(りきゆう)によって、像もできなかった広宣流布の発展がなされることは、絶対に間違いない。現に、日本における60星霜に及ぶ学会の発展の歴史がそれを如実に証明している。

 この方程式は、いかなる時代、いかなる地域や国にあっても同じである。それゆえに私どもは、信にだけは妥協も、安逸もなく進んできたわけである。

 逆に、いかに表面的に立派そうに見えても、正しき信の大道を踏み外してしまえば、もはや正法の世界ではない。


【第10回本部幹部会 1988-10-19 創価文化会館


 組織を運営する以上、そこには必ず政治が生まれる。就中(なかんずく)、組織上の問題を対処する際は、役職が高いほど楽だ。下から上に向かって、これを行なおうとしても、中堅幹部がデタラメだと、恐るべき労力が必要となる。


 今、ざっと組織を見渡すと、「上昇志向が強く、失点を避けようと頑張る人」、「旦那が職員のため、猫をかぶっている婦人部幹部」、「長年にわたって同じ役職をしているため、惰の軌道に入っている人」、「とばっちりを恐れて、人間関係のトラブルにはタッチしようとしない副役職」、「社会で実証を示すことのみに専している壮年幹部」、「尾ひれのついた噂話を垂れ流す“悪事をなす”女幹部」、「家のローンを支払うのが人生の目的と化した“ローン・レンジャー”」などがウヨウヨしてますな(笑)。


 自分の一段上、二段上に、こんな幹部がいたら、もう大変だ。何か行動を起こす度に、こっちが悪者に仕立てられてしまう。組織を“政治”が覆うと、かようなことになる。


 東京下町の男子部の合言葉は、「信で勝負しろ!」。数でもなく、キャリアでもなく、年齢でもない。長い間、戦っていると、組織の政治に敗れるような場面も出てくる。だが、広宣流布の世界なのだから、信で勝てばいいのだ。簡単な話だ。でも、一番しい(笑)。


 やるべきことを全てやり切り、祈りをもって万全の態勢を整える。大宇宙のリズムにギアがはまった瞬間から、どのような問題でも、唸(うな)りを上げて回転し出す。問題やトラブルは、組織が革命するためには不可欠な要素なのだ。


 これができないと、妙なプライドが頭をもたげて、必ず退転する。和合僧から離れてしまえば、成の軌道から外れる。我見を根本とした自転だけでは、求力を失い、どんどん中からかけ離れてゆく。


 大宇宙の根本法則である妙法には誰人も逆らえない。そうであれば、祈り深き人には、誰もかなわない。真っ直ぐに、御本尊を見つめ、師匠を見つめ、迷いなく戦おう。

2005-09-13

舎利弗と目連


 提婆が500人の弟子を誘惑し、破和合僧をはかった時、敢然と提婆のいる本拠地に乗り込んで戦ったのが、舎利弗と目連の二人である。

 傲り高ぶった提婆は、やってきた舎利弗と目連を見て、この二人の高弟までが釈尊のもとを出て、自分になびいたものとい込む。が、実はそうではなかった。二人は師・釈尊の正法正義を証明するためにやってきたのである。

 提婆が二人に500人の弟子への説法を任せた時、二人の戦いは始まった。舎利弗と目連は、釈尊の教えの正義と、“和合僧”の重大な義を訴え、それを破らんとする悪知識・提婆の反逆を弾劾した。

 二人の勇気の言動、真実のによって、一時は分別のつかない愚かなのために提婆に引きずられるままであった500人は、自分たちがだまされて道を誤ったことに目覚める。


 こうして舎利弗と目連は、500人の弟子を無事に提婆の手から取り戻し、師の釈尊のもとへ連れ帰ってくることができた。

 釈尊の教団の分裂という事態は、二人の弟子の活躍によって回避された。自らの策謀に致命的な鉄槌を加えられた提婆は、悲憤のあまり熱血を吐いたとも伝えられている。

 悪逆の提婆の計略を打ち破り、師の正義を見事に証明した――ここに釈尊の弟子を代表する舎利弗と目連の誉れと真価があるといってよい。

 後継の弟子の見事な活躍ぶりを、釈尊もさぞや賛嘆したであろう。私は広宣流布の未来を担いゆく青年部諸君の活躍も、かくあってほしいとの願いを込めて、このエピソードをい起こす昨今である。


【港・目黒渋谷合同支部長会 1988-09-12 東京・麻布文化会館


 智第一の舎利弗と、神通第一の目連は、十大弟子の双璧といってもよいだろう。迅速にして勇猛果敢な反転攻勢によって教団は守られた。舎利弗と目連は“言われて”動いたのではなかった。打ち出しを、ただ“こなして”いるような姿勢では、敵を打ち破ることはできない。二人のには、「自分はどうなってもいい。だが、邪悪な人間に騙(だま)され、正しい師匠から離れ去る人々を見捨てるわけにはいかない」という、焔(ほのお)の如き責任と使命が燃え盛っていた。


 この二人、実は釈尊よりも先に亡くなっている。法流布の途上で、若き命を花と散らし、「本物の弟子よ、かくあれ!」との堂々たる生きざまを示した。


 我々は、去る衆議院選において大勝利を収めることができた。我等の連戦連勝の姿を仰ぎ見て、日顕が血を吐いて倒れるまで、戦いの手を止めるな。

2005-09-12

反対意見


 反対見があってこそ、自分の考え方の偏ったところ、一人よがりなところなど、不完全さが発見でき、より正しい考えに到達できるのです。ある場合には、自分の見が全くの誤りであったことに気づくことさえあるものです。

 どんな人の見も聞くべき点は必ずあるはずです。お互いに自分の見をいい、相手の見を聞く――よりよい結論は、そうした中に生まれてきます。そのための討論、議論であり、見の交換なのです。


【『未来をひらく君たちへ 少年少女との対話』(金の星社)1972-09発行】


 反対見が言える組織は健全だ。最近は、不健全な組織が多いね(笑)。反対見どころか、見すら言えない雰囲気もある。中者が打ち出しをとうとうと並べ立て、皆に沈黙を強いるようなことがあれば、そこに師弟の精神はない。


 皆から見を引き出し、やる気を引き出し、信力・行力を引き出すのがリーダーの役目だ。


 さしたる力もないくせに、幹部面(づら)している人間が多過ぎる。広宣流布の邪だ。

衆議院選挙:2005年開票結果


 自民公明民主共産社民国民日本その他
今回29631113974119
選挙前21234177954333
小選挙区219852012018
比例区77236196211

 沖縄小選挙区は残な結果となったが、短期決戦でありながら、898万7620票という過去最高の比例票を勝ち取った。昨年の参院選は、873万3444票だった。先生の陣頭指揮のもと、我々は新しい歴史を築いた。


 今日は、竜の口の法難の日。

2005-09-11

持妙法華問答抄


 又命已(すで)に一にすぎざればは一随喜の功徳と説き給へり(466頁)


 大好きな御文の一つ。一の奥底に随喜が脈打っているか否か。随喜なく、ほんの少しの義務があれば謗法


 随喜のも留(とど)め侍(はべ)らば謗法の分にやあるべかるらん(3頁)


「歓喜の中の大歓喜」(788頁)なれば、大歓喜なきも、またこれ謗法なり。あな恐ろし(笑)。

2005-09-10

乙御前御消息


 されば妙楽大師のたまはく「必ずの固きに仮(よ)りて神の守り則ち強し」等云云、人のかたければ神のまほり必ずつよしとこそ候へ、是は御ために申すぞ古(いにし)への御ざし申す計りなし・其(それ)よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりも・つよかるべしと・おぼすべし、例(ためし)には他を引くべからず、日蓮をば日本国の上一人より下万民に至るまで一人もなくあやまたんと・せしかども・今までかうて候事は一人なれどものつよき故なるべしと・おぼすべし(1220頁)


 最も好きな御聖訓の一つ。「今まで、よく頑張ってこられた。しかし、もう一歩戦え!」との御指南を拝する度、奮い立たずにはいられない。法は無上道。限りなく前進し続けなければ退転。「例(ためし)には他を引くべからず」の文字は立ち上がってくるほどの勢いに満ちている。「私を見よ!」との大確信。「私に続け!」との大号令。小さな自分の悩みは吹き飛び、大目的に生きる崇高な使命の自覚を促される。強き一頭の師子となって、最後の勝利をもぎ取ろう!


 さて、小堀遠州(えんしゅう)は、万事において磨きに磨き上げた完成品をつくり上げるまで、絶対に妥協しない人であったようだ。真実の信の人、また何事でも本物をつくろうとする人は、決して安易な妥協はしない。ここに世間でいう、いわゆる「一流」と「超一流」の違いがある。

 本当の本物をつくり上げるためには、もう一歩の「執」、もう一歩の「粘り」、もう一歩の「努力」、もう一歩の「配慮」が鍵となる。それはすべての分野においていえる。どうか、中部の皆さま方も、自身の人生の建設に、また地域広布の発展に、この「もう一歩」の努力を、最後まで忘れないでいただきたい。


【中部記幹部会 1988-03-28 中部池田記講堂】

2005-09-09

別当御房御返事


 大を計るものは小耻(しょうち)にはぢずと申して、南無妙法蓮華経の七字を日本国にひろめ震旦高麗までも及ぶべきよしの大願をはらみて其の願の満すべきしるしにや、大蒙古国の牒状しきりにありて此の国の人ごとの大なる歎きとみへ候、日蓮又先きよりこの事をかんがへたり閻浮第一の高なり(901頁)


 大いなるをはかるものは、小さな恥にとらわれない。小さなことで、くよくよするな。そんなのは、目的地に向かう途中で、ウンコを踏んだようなものだ(笑)。大事なのは、広宣流布に向かって進んでいるのかどうかだ。

2005-09-08

妙一女御返事


 汝等は人をかたうどとせり・日蓮日月・帝釈・梵王を・かたうどとせん(1259頁)


 権力者を味方につける聖職者を痛烈に批判している御文。郵政公社を味方にする人あり。労働組合を味方にする人あり。学会への反を煽って味方にしようとする者あり。


 我々は透徹した信で、無数の諸天善神を呼び現してみせる。

戸田先生「人間は感情の動物である」


 戸田先生は、こうも指導された。

「裏切られたり、足をさらわれたり、ひどい目に遭(あ)って、人を見る眼も肥えていく」

「人間は情の動物である。一人ひとりのを、どう捉えていくかが大事だ」

「時代の動向を肌でずることができれば、いかに時代をリードすべきかも、おのずからわかるようになってくる」

 本当に先生は鋭かった。偉大なる民衆の指導者であった。


【本部代表者会議 2006-03-04 創価文化会館


 ちょいとばかり忙しくなって書くのをサボっていたら、メールマガジンと70以上も差が開いてしまった。2ヶ以上前に発信した指導の理由や根拠を、どうしても失しまう。弱ったね。


 この指導を、数ヶ前に江東区から私のもとを訪れた部長に捧げる。


 戦っている人ほど悩みが深くなるものだ。無責任な人は悩まない。嫌なことがあればあるほど、「偉大なリーダーになるための階段を一段一段登っているのだ!」とを決めることが大事だ。


法は勝負」だから、強い方が勝つ。正しいから勝つとうのは甘えだ。の異の一つに「勝者」とある(「仏の別名は勝者」)。であれば、とは最も強い人間であらねばならない。


 強靭なる生命力を開拓するためには、誰よりも早く目を覚まし、御本尊と相(あい)対し、朗々と今日一日の闘争を宣言することだ。浅はかな「願い」や、淡い「希望」ではいけない。人間を依存させ、隷属させるのは邪宗教の行き方だ。力ある大宗教が志向するのは自立と自律の人生だ。御本尊の前で、宿の殻(から)を叩き割り、胸の中から妙法を取り出す作が勤行唱題である。「妙と申す事は開と云う事」(943頁)なれば、生命(いのち)を開いた分だけ、こんこんと清らかな水がほとばしる。これが生命力の根源だ。


 満々と充電した生命力があれば、どんな大きな機械でも動かせる。豆電球しか点けられないような弱い生命力ではダメだ。充電と発電の往復作に、信即生活の輝かしい実証がある。


 力強い生命力は必ず、真剣・情熱・誠実となって発現する。その姿に後輩は信頼を寄せ、後に続くのだ。策や方法はいらない。裸の自分で勝負することだ。


 祈る、健闘を。祈る、勝利を。祈る、大成長を。

辧殿尼御前御書


 貞当(さだとう)は十二年にやぶれぬ・将門は八年にかたふ(傾)きぬ、第六天の魔王十軍のいくさを・をこして法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土を・とられじ・うばはんと・あらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵を・をこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞくなし、しかりと・いえども弟子等・檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転のあり、尼ごぜんの一文不通の小にいままでしりぞかせ給わぬ事申すばかりなし(1224頁)


 勇壮を誇った阿倍貞任(あべのさだとう)も、平将門も滅んだ。興亡盛衰は世の常なれど、一切衆生を救済しゆくの軍勢に敗北は許されない。


 第六天の魔王他化自在天のこと。大智度論九に「此の天は他の化する所を奪って而して自ら娯楽するが故に他化自在天と言う」(大正25巻123ページ)と。


 この世の本質は、の軍勢が、取ったり取られたりを繰り返す熾烈な闘争の世界。


 十軍とは、十種の軍を指す。1.欲 2.憂愁(うしゅう) 3.飢渇(飢えと渇き) 4.渇愛(五欲に愛着すること) 5.睡眠 6.怖畏(おそれること) 7.疑悔(ぎけ/疑いや後悔) 8.瞋恚(しんに) 9.利養虚称(財を貪って空しい評判を得ること) 10.自高蔑人(驕りたかぶり人を卑しむこと)


 勝利の方程式は、自分自身に勝つこと。


 大兵とは、諸天善神であり、末法万年に出現するであろう弟子達のことであろう。本物の一人が立ち上がれば、陸続と眷属が現れる。


 闘争が激しくなればなるほど、“十分、戦った”気になる。油断こそ退転の因。最後の最後まで勝ち続けることなくして、真実の勝利はない。


 辧殿尼は日昭縁故の婦人。妙一尼日昭の母)という説も。教養なくとも、「一歩も退(ひ)かない」無の母の信を称讃されている。

2005-09-06

鎌倉時代の人口


 鎌倉時代人口については諸説がある。一般的には800万人とする説と、1000万人とする説がある。これは、食糧の生産量から推測しているようだ。以後、室町時代1500万人、江戸時代3500万人、明治4000〜4500万人、そして、昭和になると1億人と推移している。


 大聖人は御書の数ヶ所で「四十九億九万四千八百二十八人」と明記されている。「億」は現在の「10万」を表すので、499万4828人となる。


 執筆年次が判明しているものは以下となる――

  • 諌暁八幡抄 弘安3年12(587頁/588頁)
  • 曽谷殿御返事 弘安2年8(1064頁)
  • 曽谷二郎入道殿御返事 弘安4年閏7(1066頁)
  • 六郎恒長御消 文永元年9(1369頁)
  • 新池殿御消 弘安2年5(1437頁)
  • 上野殿母御前御返事 弘安3年10(1569頁)

 文永元年から弘安3年までは16年間。飢饉や疫病による死亡者が多く、人口は激しく流動していたことだろう。とすると、文永以前のある年代の統計があったのかもしれない。


 日蓮云く夫れ日本国は道は七国は六十八箇国郡は六百四郷は一万余長さは三千五百八十七里人数は四十五億八万九千六百五十九人或は云く四十九億九万四千八百二十八人なり、寺は一万一千三十七所社は三千一百三十二社なり(1066頁)


 具体的な記述からは、地政学的な視点すら窺える。一国を救わんとされる大慈悲は、あらゆる社会事象を見極め、国の行く末を厳しい瞳ではたと睨(にら)んでおられたに違いない。

2005-09-03

宗教弾圧のデマは許さぬ


中谷●ところで先30日、学会本部が千葉県選出の永田寿康前衆院議員(民主党)を誉毀損で刑事告訴の申し立てをした。


中島●知ってるよ。先日の聖教新聞にも出ていた。彼は先28日、千葉県習志野市内の党事務所で集会をもった。そこで数十人の市民らを前に悪質なデマを言い放った。“学会が都議選で住民票移動”云々と大ウソをついたんだ。


斉藤●まあ、呆れた。またウソを言ったのね! この男は国会でも大騒ぎして、衆議院の議長からも、民主党からも、大顰蹙(ひんしゅく)を買ったばかりじゃないの!


中谷●その通りだ。彼は78日、衆議院の倫理選挙特別委員会で、公明党と学会を中傷した。「公明党の支持団体の方々の住民票が東京都に移されている疑がある」などと言い放った。


鈴木●公明党は直ちに厳重抗議。この前代議士の「懲動議」も、自民党とともに衆院に提出した。


中島●当たり前だ! いったい「いつ」「誰が」「どこからどこへ」移動したのか。具体的な事実が何一つないじゃないか。これこそ最悪最低のデマの典型だ。


斉藤●全くその通り。これで国会議員だなんて、全く呆れるわね。


秋谷●政党が政党を批判するのは、いい。しかし政党が、他党の支持団体を中傷する。しかも、全くの事実無根のデマで誹謗する。言語道断だ。


民主党も大迷惑


鈴木●この件については720日、学会青年部の代表が本人に直接、会って話をした。私も同席して“住民票移動”云々が、いかに事実無根のデマであるかを、丁寧に、詳細に説明した。


中谷●だいたい、この種のデマは、これまで騒いだ政治家や、新聞、雑誌が、ことごとく謝罪している。この座談会でも語り合ってきた通り、みなが発言を撤回し、訂正し、学会にお詫びしている。天下周知の事実だ。


河村●国会議員のくせに、そんなことも知らないのか。


鈴木●この話し合いの席上、彼は「組織的に指示し、住民票移動したという図の発言ではない」と弁明した。そして「学会攻撃をする図で取り上げたつもりはなかった」「自分の発言によって学会員の方々を傷つけたことは、非常に残です」と語った。私が、こので聞いた事実だ。明確な記録もある。


中島●要するに彼は「自分は、学会が住民票を移動したとは言っていない」と断言したんだな!


鈴木●その通りです。


斉藤●本人の言いわけはともかく、この件は大問題になった。民主党も公明党に「遺憾の」を表明したじゃないの。


河村●先4日、民主党理事が国会の公明党控室を謝罪に訪れた。そして「大変遺憾にう。今後は国民から選ばれた公党として、互いの立場を尊重し合って、しっかりと注深く対応していきたい」等と明言した。


斉藤●この永田という前代議士のせいで、民主党まで謝罪することになった。民主党も大迷惑じゃないの。


告訴は当然


中谷●まったくだ。だいたい、この男は、いままで暴言、失言で、何度も問題になってきたことで有だ。


鈴木●国会で懲動議を出されたケースだけでも、今回で何と4回目だ。


河村●新聞にも“「ミスター」と呼ばれている”と書かれていた。


鈴木●しかも彼は議員を5年しかやっていないのに、4回も懲動議だよ。こんなのは日本の憲政史上でも前代未聞だろう。


河村●とにかく悪質だ。さっきも話が出た通り、河野洋平衆院議長(当時)すらも「本人も相当深刻に受け止めなければいけない」と厳しく語っていたほどだ。


中島●結局、彼の発言に対して、民主党も「遺憾の」。衆院議長も厳重に注した。異例中の異例のことだ。自分の発言で、どれだけ周りに迷惑をかけたか。どこまで彼は責任を自覚しているんだ?


鈴木●本人は、われわれ青年部代表に「学会員の方々を傷つけたことは、非常に残」と語っていた。ところが、その舌の根も乾かぬうちに、今度は「創価学会」と前を挙げて、宗教弾圧のデマを言い放ったんだ。告訴は当然だ。


中谷●告訴状によると、何でも彼は「いとこが学会員であるという静岡県在住の人間からの手紙」とやらを紹介するかたちで、こう言い放った。「(学会員だという人物が)東京都議会議員の選挙をやるときに、3回にわたって東京都に住民票を移して選挙活動をやっていた」と言ったんだ。


鈴木●さらに前代議士は、こう話した。「創価学会は宗教団体として認められていない。東京都から宗教団体の認可をもらうためには、どうしても学会系の議員を増やして都に対して圧力をかけていかなければならない。だからやっているんだ」――このように「いとこの学会員」とやらが話していたというんだな。


荒唐無稽のデマ


中島●バカバカしい。彼は、その手紙とやらの内容を、自分できちんと確認したのか? そもそも創価学会が東京都知事から宗教法人の設立の認証を受けたのは、50年以上も前の昭和27年827日のことだ。


秋谷●その通りだ。戦後、宗教法人法が施行されると、すぐに東京都知事から規則の認証を受け、宗教法人としての法人格を取得した。


斉藤●学会の公式ホームページにも出ている。ちょっと調べれば、すぐに分かることよ。


鈴木●そのいっぽう、学会が選挙の支援活動を始めたのは、昭和30年4の「第3回統一地方選挙」からだ。学会が支持する都議会議員も、この時、初めて誕生した。


中島●学会が宗教法人を取得した時に“学会系の議員”なんか一人もいない。都議会はおろか日本中に誰一人いない。それどころか、学会は支援活動すらしていない。これで、どうやって「圧力」をかけたというんだ? バカバカしい。


秋谷●まったく事実無根、支離滅裂、荒唐無稽千万のデマだ。


中谷●民主党も大変だな。こんなのを抱えて。


河村●いや、党内でも「手におえない」という話だよ。


秋谷●とにかく政治家ならば、自分の発言にきちんと責任をもつべきだ。そして、自分の誤りを認める潔さ、度量をもつべきだ。我々は今後の経緯を厳しく見ていく。監視していく。


聖教新聞 2005-09-03付】

四月会


会は政治屋と宗教団体との卑しい野合


 邪悪と戦ってこそ正義である。極悪への怒りの闘争なくして極善の拡大はない。

 大聖人は建治2年、「今年は法の邪正ただされるべき年か」(御書893頁)と宣言されている。

「正邪の戦いの決着を」との並々ならぬ御覚悟。事実、以降、門下による弘教の炎は燎原の火のごとく燃え広がり、「熱原の法難」へとつながった。そして、日興上人をはじめ弟子が立ち上がり、権力のの謀略を粉砕した。


政治屋と宗教屋の卑しい野合

「完勝」とは「弟子の戦い」であり「正邪の決着」である。

 立正安国の戦いは権力のとの一騎打ちであり、嫉妬の大は必定である。

 かつて平成6年6公明党の政権入りに反発し、立正佼成会霊友会など、学会の前進を妬む 一部宗教団体や評論家、学者らによって「四会」なる集団が結成された。

 裏では一部の政治家が深く関与し、集会には多くの政治家が群がって学会攻撃を煽った。

 狙いは明瞭明白である。公明党の躍進を封じ込めたい政治屋と、隆々と発展する学会を封じ込めたい宗教団体との卑しい野合である。

 中でも白川勝彦は、四会の前進といわれる「憲法20条を考える会」から、会長代行を務めるなど、四会でも一貫して旗振り役となり、宗教団体を学会攻撃に駆り立てては、宗教票漁(あさ)りに狂奔した。

 その弾圧の道具が「白山信之氏への冤罪報道事件」「東村山事件」「信平狂言事件」といった前代未聞のデマ事件である。

 これらの事件は、いずれも裁判において悪質なデマであるとして、厳しく断罪された。

 そして陰で四会を利用し、金儲けに血眼だったのが、凶悪な恐喝事件を起こし懲役刑に処せられた極悪ペテン師の山崎正友であり、内藤国夫である。

その末路はどうか。卑劣な宗教弾圧の輩は皆、惨めな敗残の骸(むくろ)を晒(さら)している。

 四会は誰からも相手にされなくなり、平成13年に空中分解して解散。

 元代議士の白川は、国政選挙で3回の落選。市長選でも大惨敗。今や立候補すらできない。

 四会の動きと歩調を合わせて“証人喚問、証人喚問”と狂ったように騒いだ村上正邦元参議院議員はKSD事件で逮捕、起訴。

 久世公尭元参議院議員も特定企から数億円もの資金提供を受けていたことが発覚し、金融再生委員長を更迭。昨年、引退した。

 いずれも「立正佼成会」「生長の家」「霊友会」といった宗教票の“ヒモツキ”である。

 他にも四会系議員はバタバタと落選した。

 党首自ら四会に関与した「旧社会党」や「新党さきがけ」など政党ごと雲散霧消した。

 かたや山崎は今も裁判地獄。内藤は山崎に利用され抜いたた揚げ句、がんで死んだ。


「終にほろびざるは候はず」

末法法華経の行者を軽賤する王臣万民始めは事なきやうにて終(つい)にほろびざるは候はず」(御書1190頁)――これが御本の確信である。

「一度(ひとたび)は/死する命ぞ/恐れずに/の敵を/一人あますな」――これが戸田先生の遺訓であり、永遠の学会精神である。

破邪顕正」の戦いで、創価の正義を満天下に示そうではないか。


【首都圏会議での秋谷会長指導/聖教新聞 2005-09-01付】

憲法二十条を考える会


◎役員(設立時)

  • 代表代行/田沢智治
  • 副代表/村岡兼造、佐藤信二、玉沢徳一郎、与謝野馨、麻生太郎、桜井新、高村正彦、平沼赳夫、中馬弘毅白川勝彦、宮崎秀樹、下稲葉耕吉
  • 事務局長/額賀福志郎
  • 事務局/自見庄三郎、尾身幸次、村上誠一郎、衛藤晟一、石原伸晃、安倍晋三、成瀬守重、尾辻秀久、西田吉宏
  • 幹事/亀井善之、野中広務、大島理森、町村信孝、木村義雄、武部勤、谷津義男、長勢甚遠、岡利勝、森英介、野田実、藤井孝男浦功

 四月会


【顧問】3


【代表幹事】1


【常任幹事(団体)】6団体


【常任幹事(個人)】8


【監事】6

  • 佐藤欣子(弁護士/スパイ防止法制定推進)
  • 真田芳憲(中央大学教授)
  • 金子量重(アジア民族造形文化研究所所長)
  • 飯坂良明(学習院大学教授)
  • 清水雅人(宗教評論家/元「新宗教新聞」編集長)
  • 天谷忠央(中央学術研究所所長)

【団体会員】6団体


個人会員】13

  • 井上昭夫(天理やまと文化会議事務局長)
  • 芝祐弘(九品寺住職)
  • 田原勇(天元教責任役員)
  • 小池義人(大本山須磨寺管長
  • 市川一美(大山みこと/命神示教会)
  • 神野龍幸(僧侶)
  • 植村左内(著述/創対連代表者)
  • 北山宏明(僧侶)
  • 柳坂特道(日蓮正宗教妙寺住職)
  • 久保田雄啓(日蓮正宗興福寺執事)
  • 田山一郎(法華講員)
  • 上山芳子(法華講員)
  • 丸山幸子(法華講員)

2005-09-02

戦い切って集え


 こうして協議会を行うたびに、私は、不世出の人間教育者であった戸田先生い出す。

 先生は厳しかった。

 来た人をひと目見れば、頑張っているか、たるんでいるのか、たちどころに見抜いた。

 堕落した人間やインチキな人間、うまく困を避けて、自分だけいい子になって戦わない人間──そういう人間には百雷が落ちた。

 そうやって、全魂込めて青年を鍛えてくださったのである。


創価大学創価学園代表協議会 2006-02-20 八王子市】


 不議な指導である。これは、学会の会合ではないのだ。「代表協議会」となっているが多分、教職員の会合なのだろう。


学生のためにどれだけ戦って、私のもとに集ったのだ?」という先生からの厳しき問いか。あるいは、事務員根に対する破折か。


 役職を一つ一つ担っていくと段々わかってくるのだが、人が集まる時、その登場の仕方に生命(いのち)の状態が表れる。


 私が青年部の頃は、本部幹部になると30分前、分区幹部になると1時間前に会館に行くのが当たり前だった。これは先輩から教えられたことではない。後輩を迎え入れるために、自然とそういう体制になっていた。


 何か後ろめたいいを抱えているメンバーがいれば、直ぐにわかる。もうね、ゴキブリみたいに怪しい動きなんだよね(笑)。そのクセ、下駄箱への移動が早い。受付に来ると、誰かの後ろに隠れている。すかさず私は轟くようなで「オイ!」とを掛け、肩をい切り叩く。ある時は襟首をつかまえ、ある場合は蹴りを入れる。会館の受付は実に賑やかだ。


 本当に配なメンバーがいれば、その場で先輩幹部を呼びつけて確認する。そして後日、家庭指導に行く。


 会館で行う会合は大体、盛り上がるものと相場は決まっている。それは、会館までの距離を乗り越えてきた生命力によるものだ。だから、会館に来ても元気のない顔をしている後輩がいれば、“戦い切れない何か”がある証拠だ。


 地涌の菩薩は、釈尊が大地を叩き割るや否や、巍々(ぎぎ)堂々と出現した。あまりの貫禄に、釈尊の姿が霞(かす)んで見えたほどだ。使命を深く自覚した時、我々はこの本来の姿になる。