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2005-10-23

『フライデー』のニセ文書報道を破す(下)


【『フェイク』第634号 2005-10-23】


軍部権力に媚び諂った日蓮正宗


戦争賛美、神札受容、御書要文の削除


「本日米國及英國に對シ畏(かしこ)クモ宣戰ノ大詔煥發(かんぱつ)アラセラレ洵(まこと)ニ恐懼(きょうく)激ニ堪(た)エズ(中略)幸ヒ帝國ハ御稜威ノ下忠勇無双ノ陸海軍アリニ既ニ戰端開始第一日ニ於テ驚嘆スヘキ戰果ヲ擧ケラル我等謝ニ堪エス(後略)」


 この文面は昭和16年128日、日蓮正宗大石寺62世・鈴木日恭が「大戦ニ必勝ヲ期セ」と発した「訓諭」の一部である。開戦初日の真珠湾攻撃の大戦果に「謝」している。これが大東亜戦争における日蓮正宗の一貫した姿勢であった。


 最近、「妙」関係者から幾つかのガセネタの提供を受けている『フライデー』が、114日号でニセ文書「通諜」を悪用して学会が戦中、戦争加担文書を作成していたかのように中傷している。だが、前々号で詳述した通り『フライデー』が取り上げた「通諜」は戦後に法華講員が偽造したものだと判明している。戸田理事長(当時)が作った文書ではなく、関与もしていない。全く無関係の文書である事を重ねて強調しておく。


 ところが、鈴木日恭が発した冒頭の「訓諭」は、当時の宗門機関誌『大日蓮』に掲載された正真正銘の宗門の公式文書である。宗門は卑屈なまでに軍部権力に媚(こ)びへつらって戦争に加担し、勤行の御観文を皇国主義におもねる内容に改変したばかりか、「日蓮は一閻浮提第一の聖人なり」など重要な御書の要文を削除し、宗開両祖に対して大逆を犯していた。


 更に、宗門は伊勢皇太神宮の神札を受容したのに加えて、信徒にも神札受容を強要する前代未聞の大謗法を犯したのであった。


 新年の大御本尊御開扉や開戦記の毎8日の法要においては法主の導師の下、全山あげて大東亜戦争必勝を祈し、戦死者に対して「本宗宗徒の面目を全す」「本宗宗徒の無上の誉と亀鑑(きかん)たるべし」と戦死を賛美していた。


 大政翼賛会宗教報国組織の一環を担うため昭和17年11、「日蓮正宗報国団」を全国に結成し、国防献金や僧・檀信徒の錬成(米英撃滅の徹底)をなし、宗門の二大法要である御虫払会と御大会も本来の義から大きく逸脱させていた。


 例えば、昭和18年11の御大会は「米英撃滅必勝信昂揚の御大会」と銘打って「ユダヤの陰謀について」(報国課長・青山諦量)などの布教講演も行い、翌19年の御虫払会になると「敵米英撃滅の大国祷会」となった。まさに宗門あげての戦争賛美・奨励一色である。


 この結果、は厳然! 敗戦2ヶ前には本山の客殿・六壷・書院・大奥などの主要な堂宇が焼失し、法主・日恭の焼死という悲惨な結末を迎えた。


 一方、神札を拒否して獄中にあった牧口会長は取調官に対し「大東亜戦争等は謗法国である処から起きて居る」「天照皇太神等の神札を取り払ひ、焼却破棄させて居ます」と堂々と主張。戸田理事長も唱題を重ねて看守をも折伏していた。


 こうして反戦・平和を叫んだ牧口会長は殉教、生きて獄を出た戸田会長により広布の道が拓かれた。大聖人の法は学会歴代会長の命を賭した激闘によって守られ、流布したのだ。

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