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2006-01-27

嫉妬のデマの典型「香典泥棒」


 ドイツの詩人ハイネは語った。

「人間が偉大になればなるほど、中傷の矢に当たりやすくなる。小人(しょうじん)には中傷の矢さえ当たらない」

 創価学会も偉大なるがゆえに、幾多の中傷を受けてきた。当然、どれも事実無根のデマであり、「いつ」「どこで」「誰が」という具体的な証拠が全くない「作り話」である。そのことは裁判等でも既に明確になっている。


 悪の作り話の一つに「香典泥棒」のデマがある。このデマが流され始めたのは、昭和30年代。学会が「75万世帯の達成」(昭和32年)、「池田先生の会長就任」(昭和35年)、「300万世帯の達成」(昭和37年)と、旭日の勢いで発展していた当時である。

 デマの火元は、他宗の坊主らであった。学会の折伏で、信徒を奪われ、供養が減ると恐れたのであろう。だが、正論では、学会に全くかなわない。昭和30年3の「小樽問答」が、その象徴である。

 そこで学会に嫉妬した一部の坊主らが、デマ捏造し、悪辣(あくらつ)な嫌がらせを企てたのである。

 当時、学会には「香典泥棒」の事実など一切ない。その証拠に、デマが流布し始めた当初から、全くの噂だけで、具体的な「事件」も「事実」も「証拠」も「証人」も何一つなかった。

 実は当時、このデマを掲載した新聞も訂正記事を載せ、学会に謝罪している。

「茨新聞」(当時「いはらき」)が昭和37年41日付に「信徒の家に葬式があると、親せき知己(ちき)から集まる香典はすべて創価学会支部が持ち去ることになっている」などと大ウソを書いた。

 学会側は直ちに抗議。その結果、同誌は“事実の確証はなかった”として同17日付の1面に訂正記事を掲載した。

報道のあやまりを認め、学会関係方面にご迷惑をおかけしたことを遺憾に存じます」と明確に謝罪したのである。


 しかし、こういう「決着済みのデマ」を蒸し返す輩が、いつの時代にもいるものだ。放置しておけば、毒気(どっけ)に侵(おか)される人々も出てくる。

 先日も、ある青年部幹部が知人から「香典が」云々のデマを聞いた。そこで即座に「証拠はあるのか。40年以上も前から、事実無根だとハッキリしているデマだ。場合によっては訴えるぞ」と一喝したところ、平身低頭で謝ったという。

 デマは見つけ次第、即座に打ち破る以外にない。

 さあ、「伝統の2」! 我らは一段と正義の炎を燃やし、破邪顕正の対話を縦横無尽に繰り広げようではないか。


【青木理事長/聖教新聞 2006-01-27】

2006-01-25

聖教職員


 聖教新聞社の職員と(おぼ)しき人物から、愉快なメールを頂戴した。やや、支離滅裂な文章だが、以下に紹介しておく。


 25年前、宗門のどす黒い陰謀によって先生は、「会長」から「誉会長」にさせられた。本山内の所化どもは、「誉」と呼んでいたという。その悔恨極まりない呼称を平然と使用する聖教新聞社の覚を疑う。せめて、「SGI会長」とすべきだろう。


 ふざけるな! 宗門が我らが師に対してそのような呼び方をするから、我々は何がおかしい、世界を宣揚する偉大な師匠だと、聖教新聞の紙面で堂々と言い切っているのだ。言われてその通りするような弟子でどうする。

 個人的、恥かしき見を述べるな。腐ったおんしつやろう! ふざけるな。団結を乱すようなことは控えていただきたい。こんな文面残す暇があるなら青年を育てよ。つまらぬ壮年よ。あなたは青年ではない、壮年である。直ちにこのようなサイトはなくしていただくよう、指摘をいたします。 以上


 引用された私の文章は、「5.3を祝賀し 名誉会長が全同志に句」。


「こんじょう にんかい <ninnkainoomoide@hotmail.co.jp>」という差出人。で、多分、この人物、IPアドレスが残ることを知らなかったんでしょーな(笑)。IPは「202.213.201.227」。早速、IPアドレス検索で調べてみた。


 IPアドレス 202.213.201.227

 ホスト pd5c9e3.tokyff01.ap.so-net.ne.jp

 割当国 ※ 日本 (JP)

 都道府県 東京都


「我々は何がおかしい」と書いてあることから、聖教職員であることは間違いないだろう。


 ある見に対して賛否両論があるのは当然だ。また、反対見によって、よりよいものが生まれるのも確かだ。


 このメールに対する私の見は敢(あ)えて書かないでおこう。


 ただ、かような人物が聖教新聞社にいる事実を知って頂ければとう。


 新聞啓蒙が3部できているんだが、出すのをやめようかなあ(笑)。

2006-01-13

創価の魂


《池田青年から戸田先生へ》


 古の 奇しき縁に 仕えしを

  人は変れど 我は変らじ


戸田先生からの返歌》


 幾度か 戦の庭に 起てる身の

  捨てず持つは 君が太刀ぞよ


 色は褪せ 力は抜けし 吾が王者

  死すとも残すは 君が冠


1950-09-21】


 昭和25年の秋である。この年の5下旬頃から、戸田先生の会社の経営が境に陥る。若き先生は、外交戦で悪戦闘されていた。822日、務停止が決定。824日、法華経講義を終えられた戸田先生は、居合わせた参加者に理事長辞任の向を伝えた。後任は、戦前からの幹部であった矢島周平氏。


 地獄のような日々の中で22歳の先生は、「人は変れど 我は変らじ」と叫ばれた。否、叫ばずにはいられないほど、多くの人々が戸田先生の下(もと)を去っていった。中には家族を養うために致し方なかった人もいたことだろう。やむにやまれぬいを抱えながら、去っていった人もいたことだろう。一切を犠牲にしても尚、戸田先生を守った人物は、たった一人の青年しかいなかった。


 青年は文字通り「太刀」となって阿修羅の如く闘争を開始する。いかなる境にあろうと、生活の不如に呻吟(しんぎん)しようと、胸中には師の慈愛が脈動していた。青年は「死のう」とまで覚悟した。師子奮迅の闘争は、翌年の会長就任となって結実する。


 そして、21世紀となった今、世界の学術機関から先生に授与された誉博士・誉教授の称号は185を数えるに至った(決定通知を入れると210)。その本因は、昭和25年に戸田先生から渡された「君が冠」にあったのだ。


 師弟の魂は、境というの溶鉱炉で鍛え上げられる。

2006-01-10

本年初の地区協議会


 本年初の地区協議会。今までと何の変化もなし。「スタートが大事だ」との呼吸に反応する幹部は皆無。出遅れてしまった。宿命と戦う婦人にお裾分けする目的でカレーを作る。「いやあ、作り過ぎちゃったんで」と申し添えておく。

地区革命私論


「これからの5年は100年にも匹敵する」と先生は何度も仰せになっている。そこで、一つの私論を示したいとう。「地区革命」としたのは、現実の組織革命・会合革命としては、地区に革命を起こすしか道はないからだ。地区部長以上の方については、これに準じて、支部革命・本部革命・分区革命を起こしてもらいたいとう。


「私論」とは、非公式に述べる個人見だが、我見として読んで頂いても結構だ。ただ、20年以上にわたって活動し抜いてきた私なりの、一つの結論であることを申し添えておく。


自立せよ


 信仰の目的は、自立した人生を歩むことにある。一三千といい、依正不二といい、五重の相対といい、煩悩即菩提といい、随自意といい、全てに共通するキーワードは“自立”の二文字である。


 釈尊の遺言の一つに依法不依人がある。


『サムユッタ・ニカーヤ』(47-9「病気」)によれば、ヴェーサリーで大病にかかった釈迦は、アーナンダに向って次のように言いました。

「アーナンダよ、現在においても、また、わたしが死んだ後においても、自分を頼りとし、自分をよりどころとして、他人をよりどころとせず、法を頼りとし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとしない者は、わたしの弟子たちの中でも最上の修行者となるであろう」。

 釈迦が、このように繰り返し教えていることは、ただ、法(真理)を燈台として、その光に頼り、ただただ、自分自身を清め、自分自身で修行せよということだけであります。


【『仏教とキリスト教 イエスは釈迦である堀堅士(第三文明レグルス文庫)】


「アーナンダよ。私はもう八十となった。たとえば古ぼけた車が革紐の助けによってやっと動いていくように、私の身体も革紐の助けによって長らえているのだ。……。

 この世で自らを島とし、自らをよりどころとし、他人をよりどころとせず、法を島とし、法をよりどころとし、他のものをよりどころとせずにあれ」

 自分に頼れ。他のものに頼るな。「自分に頼れ」というのはどういうことか。それは、自分を自分たらしめる理法、ダルマに頼るということである。

 この強い確信は、ダルマに基づいているという自覚から現われます。「百万人といえども、われ行かん」という言葉がありますね。百万の人がぜんぶ自分に反対しても、自分はこの道を行く。なぜ「この道を行く」とあえて言い切れるのか。自分の行こうとしているこの道が、人間のあるべき道、あるべきすがたにしたがっているからです。だから他の人がどんなに反対しても、自分はこの道を行くのだといえる。すると、「自分に頼る」ということと「法に頼る」ということは、実は同じことなのです。釈尊の説法に、この点が明快に示されています。


【『ブッダ入門』中村元春秋社)】


ブッダ入門


「法に依る」とは“自立”を示しているのだ。


 私が、まず言いたいことは「幹部を頼るな」ということである。よき先輩に恵まれているからといって安閑としている人は、悪い幹部と巡り会った際、必ず落ち込むことになる。逆もまた真なりで、悪い幹部に翻弄される人は、“環境に振り回される弱い生命”であることを自覚する必要がある。


 自分が自分に依って立てば、妙な遠慮は不要になる。幹部は決して“偉い”わけではないのだ。責任範囲が異なるだけであって、過去に戦ったというだけの話である。学会で一番偉いのは、“今、戦っている人”なのだ。ここを勘違いしてはいけない。


 学会員はあまりにも純粋であるために、必要以上に幹部を持ち上げる悪い癖がある。それが、いつしか“役職という権威”の温床となってしまったことは否めない。学会の中では、“信”以外の権威を許してはならない。


 自立した信に本当の自由がある。自立してない人は、常に何らかの不自由さをじているものだ。自立せよ!


組織の現状を知れ


 学会の基本的な指導は「源遠長流」であるから、幹部さえ、しっかりしていれば組織は正常に機能する。もしも、あなたの所属する組織が、素晴らしい組織であるならば、このテキストを読む必要はない。


 私は数年前に現在の地域へ引っ越しをした。とにかく、幹部の力量のあまりの違いに吃驚(びっくり)した。前の地域の幹部と較べると、2段階ぐらいのレベルの差があった。地区も支部も組織の体(てい)を成してないのだ。普通であれば婦人部だけは、まともなんだが、その婦人部も、まるで駄目という有り様。その結果、婦人部のは全部、壮年の私に寄せられている。青年部に至っては、その惨憺(さんたん)たる状況に目を覆(おお)いたくなるほど。何代か前の東京男子部長から、「第2総東京は大変だ」とは聞いていたものの、よもや、これほどとはわなかった。


 だが、様々な地域の組織の現状を知るにつれ、これが平均的な組織なのかも知れないとうようになった。


 会合が楽しくなければ、それは、おかしな組織である有力な証拠。地区協議会・地区活動者会の大半が打ち出しに終始していれば、アウトだとっていい。本来の学会の組織でもなければ、先生のにかなった組織でもない。組織の現状を知れ!


地区部長・地区婦人部長に直言せよ


 ちょっとしたキッカケで直ぐに変わる組織もある。地区部長・地区婦人部長の人柄がよければ、きちんと直言してみることだ。地区部長・地区婦人部長に直言せよ!


信頼できる先輩と相談せよ


 組織に問題があるとったら、まず、信頼できる先輩に相談することだ。幹部なら誰でもいいというものではない。しっかりと人を選ぶことが大切。相手を間違えると、“単なるはねっ返り”というレッテルを貼られることも珍しくない。


 現状を客観的に述べ、自分の考えを簡潔に述べることがポイント。後々、妙な噂を流されたとしても、この幹部が守ってくれる。信頼できる先輩と相談せよ!


下剋上を起こせ


 これが最終手段(笑)。まともな幹部が一人もいない場合、一人立ち上がって見を述べよ。皆のを代弁するのが望ましい。


 ここで一つ注しておきたいことは、何を問題視するかは、その人の境涯によるということ。一通りの訓練を受けてない人の場合、小さな正義から、大きな落とし穴にはまるケースが殆どだ。単なる勘違いというケースすらある。少なくとも、地区の中で3人以上の方が同じようにじてなければ、自分に問題があると知るべきだろう。きちんとしたマーケティングが求められる。愚痴と見は質が違う。


 もう一つ。あまりにも長期間にわたって我慢を強いられていると、話が長々と情的になってしまうこともある。これも避けなくてはならない。見を開陳するに当たっては、あくまでも理を尽くすべきだ。また、遠回しに言ってはならない。端的にハッキリと述べること。


具体的な


 いくつか具体的な“発言”を用する。決して、悪用しないように(笑)。

  • 打ち出しの内容については、よくわかりました。ただ、今日のお話を聞く限りでは、全く“やる気”が湧いてこないんですが……。【怒りを表にするのではなく、悲しそうな顔つきをするのがコツ】
  • (幹部に対して)大変、失礼ですが、今まで何世帯の個人折伏をされてますか? また、その時の体験を教えて下さい。【「お前、本当にやってんのかよ?」という態度を絶対に出すな(笑)。求道あふれる好人物を演じよ】
  • あのう、協議会に出るたびに、何だか“仕事を押し付けられている”ようにじて、参加すればするほど元気がなくなってしまうんですけど……。これでは、ブロック員さんや、新入会のメンバーの参加はしいですよね?【ボソッと言う。おとなしい人が言えば、効果は絶大】

2006-01-08

「如是我聞」の心は「師弟不二」の心


如是我聞」のとは「師弟不二」のです。それが法伝持の極です。

一切衆生を救おうとするの一と、その教えを体得し弘めようとする弟子の一が、響き合う「師弟不二」のドラマ――それが「如是我聞」の一句に結晶しているのです。

 しかも、法華経は「滅後のための経典」です。「の滅後の衆生救済をどうするか。誰が法華経を受持し、弘めるのか」。序品の舞台からすでに、この根本のテーマが奏でられている。

 日月燈明の後を継いで、弟子の妙光菩薩法華経を説き、日月燈明の8人の王子をはじめ人々を成させてゆく――これも、その一つです。(97p)


【『法華経の智』第1巻(聖教新聞社)1996-03-16発行】


 四十を過ぎるとね、中々頭が回らなくなるのだよ(笑)。直観のメモとなることを了とされよ。


「私はこう聞いた」という阿難の叫びに、500人の阿羅漢が賛同したということは、“師の言葉によって全員の命が変わった”ことを示唆している。口承文化や伝言技術の問題でないことは確かだ。


 弟子は“変革された生命”で、師に代わって法を説く。この時点で、“救われる側”から“救う側”に変身しているのだ。この生命と生命の連鎖に、師弟の魂がある。五十展転といい、六万恒河沙の眷属といい、これらの根本にあるのは師弟義であろう。


 生命と生命が響き合い、とが共鳴する。この律動が世界を覆い尽くす時、我等の使命は達成される。


 の師とはなるともを師とせざれ(152/892/1025/1088頁


 この有な御聖訓が今までとは違った表情に見えてきた。「の師」となるためには、「師の言葉」が必要不可欠なのだ。

2006-01-07

全生命を傾けて仏の生命の響きを受け止めるのが「如是我聞」


「法体」「諸法の」とは、二十八品全体に脈打つ「の智」そのものです。その智が「南無妙法蓮華経」です。

 それを「その通りに聞く(如是我聞)」とは、「信」です。「師弟」です。師匠に対する弟子の「信」によってのみ、の智の世界に入ることができる。「法は海の如し唯信のみ能く入る」と、竜樹(大智度論)や天台(摩訶止観)が言っている通りです。

 この観点から言えば、法華経の「如是我聞」とは、全生命を傾けての生命の響きを受け止め、の生命に触れていくことです。「如是」とは「その通りだ」と聞き、生命に刻んでゆく信、領解(りょうげ)を表している。また、それが全人格的な営みだからこそ「我聞」とあるのです。

 全人格としての「我(われ)」が聞くのであって、単に「」が聞くのではない。

 また、この「我(が)」とは、普通は、経典結集(けつじゅう)の中者とされる阿難です。しかし、その「」は、末法の今、この自分自身が「我」である。自分が、日蓮大聖人の南無妙法蓮華経の説法を、全生命で聞き、信受してゆくのが「如是我聞」の本義なのです。

 大聖人は「廿八品(にじゅうはっぽん)の文文句句の義理我が身の上の法門と聞くを如是我聞とは云うなり、其の聞物(きくもの)は南無妙法蓮華経なりされば皆成道と云うなり」(794頁)と仰せです。自分の外に置いて読むのではない。すべて「我が身の上の法門」であり、「我が生命の法」であると聞くべきなのです。(95p)


【『法華経の智』第1巻(聖教新聞社) 1996-03-16発行】


 釈尊は自分が説いた法を文字にすることはなかった。これは、ソクラテスイエス・キリストも同様である。


 釈尊が逝去し、弟子一同は悲嘆の底に沈んでいた。すると、一人の年老いた比丘がとんでもないことを口にした。


「友よ、憂うるなかれ、悲しむなかれ。われらは、今や、かの大沙門より脱することを得たのである。『こは汝らに許す』『こは汝らに相応(ふさわ)しからず』とて、われらはしめられ、圧迫せられた。だが、今や、われらは、欲することをなし、欲せぬことをなさぬでよいのである」


【『私の仏教観池田大作、野崎勲、本和夫(第三文明社)】


 つまり、「小うるさい師匠がいなくなったのだから、これからは好き勝手ができるじゃないか」と言ったのだ。まあ、見ていてごらん。先生亡き後、「年老いたベテラン幹部」の中から必ず同じようのが出てくるから。


 これを聞いた迦葉は、じっとしていることができなかった。直ちに500人の最優秀の弟子を集め、典結集(けつじゅう)を行った。500人というと、学会の副会長クラスをわせますな(笑)。


 そこで、釈尊に常随給仕をし、多聞第一と謳(うた)われた阿難が法門を誦(そら)んじる。「是の如きを、我聞きき――」と。この作は、500人の弟子全員が賛同するまで繰り返された。


 ここで注目せざるを得ないのは、まず、「是の如きを、説きき」ではない点である。これは法が、修行する側の受け止め方に重きを置いている証左といえよう。客観ではなく主観である。しかも、500人の弟子が「我も聞けり」というのだから、阿難の我見は許されない。この労作を経たからこそ、法は更なる普遍を手に入れた。


 涙に掻(か)き暮れた500人の弟子は、ありし日の釈尊を彷彿(ほうふつ)とさせる阿難の言葉を聞いて、更なる涙を流しながら「確かに、そうだ!」と叫んだことだろう。そして、悲嘆のどん底から誓いの太陽が昇った。


 師匠に依存する弟子から、師匠の側に立つ弟子として自立した瞬間だった。


 大聖人は極寒の佐渡の地で、このようにお認(したた)めになられた。よくよく味わって頂きたい。


 日蓮は其の座には住し候はねども経文を見候にすこしもくもりなし、又其の座にもやありけん凡夫なれば過去をしらず、現在は見へて法華経の行者なり又未来は決定として当詣道場なるべし、過去をも是を以て推するに虚空会にもやありつらん、三世各別あるべからず、此くの如くひつづけて候へば流人なれども喜悦はかりなしうれしきにもなみだつらきにもなみだなり涙は善悪に通ずるものなり彼の千人の阿羅漢の事をひいでて涙をながし、ながしながら文殊師利菩薩は妙法蓮華経と唱へさせ給へば、千人の阿羅漢の中の阿難尊者はなきながら如是我聞と答え給う、余の九百九十人はなくなみだを硯(すずり)の水として、又如是我聞の上に妙法蓮華経とかきつけしなり、今日蓮もかくの如し、かかる身となるも妙法蓮華経の五字七字を弘むる故なり、釈迦多宝未来日本国の一切衆生のためにとどめをき給ふ処の妙法蓮華経なりと、かくの如く我も聞きし故ぞかし、現在の大いつづくるにもなみだ、未来の成うて喜ぶにもなみだせきあへず、鳥と虫とはなけどもなみだをちず、日蓮はなかねどもなみだひまなし、此のなみだ世間の事には非ず但偏(ひとえ)に法華経の故なり、若(もし)しからば甘露のなみだとも云つべし、涅槃経には父母兄弟妻子眷属にはか(別)れて流すところの涙は四大海の水よりもををしといへども、法のためには一滴をもこぼさずと見えたり、法華経の行者となる事は過去の宿習なり、同じ草木なれどもとつくらるるは宿縁なるべし、なりとも権となるは又宿なるべし。(1360頁)

本幹への連れ出し


 本幹衛星中継。Tさんを連れ出す。数年ぶりの参加。もう、お一方は仕事の連絡を待っているとのことで、参加を見合わせる。会合終了が20:45。会合革命が全く進まず。男子部幹部の話は最悪で、怒り頭に達す。地域によって、師弟の覚にこれほどの相違があるとは。先生、のっけから一人ひとりを激励される。指導の内容は、昨年11から一貫している。何度も何度も同じ話を繰り返されている。「女子部を育てよ」との厳命。その味を推し量る。

2006-01-06

呼吸:2006年1月


新年勤行会


2006-01-01】


 先生は信濃町。本部第2別館にて。


『新・人間革命』「師」17


聖教新聞 2006-01-01付】


「さあ、出発しよう!

悪戦闘をつき抜けて!

 決められた決勝点は取り消すことができないのだ」(ホイットマン


 勇み戦う人のは青年である。そこにのみ、新しき躍進がある。


 舞台は厚田村。


 年が明けた2、戸田は山本伸一に、会員300万世帯の達成とともに、一千万人の同志の誕生を遺言として託した。


第2総東京最高協議会(上)


2006-01-02 牧口記会館聖教新聞 2006-01-04付】


 創価の三代の師弟。


 輝く「学会創立80周年」への5年間は、100年に匹敵する、まことに大事な時である。

 その最初の一年である今年は、まさしく次の50年の勝ち戦を決定づける重要な一年であると、私は確信している。


 同志をしめる邪悪に対しては、徹して強く、勇気の言論で戦っていくべきだ。


「先生、私が必ずやりますか。ご安ください」


 当時の理事長も、師である戸田先生を誹謗したのである。


 きれいな、誠実ので、師弟不二の法に徹し抜いた人間が勝つのだ。


 生命の劇。


 無理に押しつけたりして、皆がしむようなことがあってはいけない。


 皆さんが幸福になるための信仰であり、学会なのである。


 ともあれ、「青年・躍進の年」の焦点は「人材育成」である。


 一人が二人分、三人分の力を持った、新しき「人材の大」を、皆で総力を挙げて築いてまいりましょう!


第2総東京最高協議会(下)


2006-01-02 牧口記会館聖教新聞 2006-01-05付】


「立派な目標を成し遂げるには、よいスタートを切ることが最も大切だ」ペッチェイ博士


 勢いよく、生命を大回転させてまいりたい。


 一切の勝利の源泉は「祈り」である。


 私は、病気と闘っている皆さんのお前をうかがっては、毎日、真剣に題目を送っている。


 最後の最後まで、前へ前へと、凄まじい気迫で戦い抜いた戸田先生であられた。


 ほんの少しでも気を抜けば、一瞬にして崩壊が始まってしまうことを、周総理は、深く知悉(ちしつ)しておられた。


 不惜身命で悪と戦う勇者がいる限り、善は守られる。しかし、もしその精神が失われれば、崩壊はすぐに始まってしまう。このことを、よくよくに留めていただきたい。

 学会利用、信利用の、醜い利己の輩を絶対に許してはならない。また、皆がおかしいとっても、それを口に出せないような特別な存在を、つくってはならない。学会は、峻厳な師弟の精神に貫かれた、平等な同志の世界である。

 悪に対しては、勇敢にを上げることだ。徹して強く責めることだ。臆病ではいけない。臆病はずるい。ずるいのは「悪」である。

 悪を見ながら放っておいて戦わないと、自分が悪と同じになってしまう。積んできた福徳も消してしまう。

 今年は、敢然と悪と戦う一年としたい。


 本当の「善人」とは「悪と戦っている人」のことである。

 法は、人間を不幸にするとの「限りなき闘争」である。

 悪を厳しく責めるのは、それが「正しい」ことだからである。そして、「正しい」ことは「強い」ことである。強くなければ、正義を貫くことはできない。

「正義」は「勇気」なのである。


 本年は、地区を中座談会を最重視してまいりたい。


 この一年、元気でいこう!

 張り切って進もう!

 生ある限り、戦おう!


創価大学協議会


【八王子市 2006-01-02/聖教新聞 2006-01-06付】


「(元日は)わたしたちにとって生命の一日、活気のある一日、勇気の一日、気高い予の一日、仕事を始めるために自己をしっかり集中する一日、仕事を成就し完成し実現することに対して固い信をもつ一日であるべきです」(『ペスタロッチー全集 第10巻』平凡社)


 ますます「一人ひとり」に光を当てることが大事になってきた。


 をこめた「」には、偉大な力がある。黙っていてはいけない。


学生たちからは、いろんな貴重な見が出ました。私も驚くほどです。これからも、どんどん見を言ってもらいたいといます。たとえ、に痛いような見であっても、聞いていきたいのです」モスクワ大学・サドーヴニチィ総長

2006-01-05

諌暁八幡抄


背景

  • 弘安3年(1280年)12 59歳御作
  • 於身延
  • 対告衆不明
  • 真蹟大石寺
  • 一部、日興上人が代筆

585頁1行目


 今日蓮は去ぬる建長五年[癸丑]四二十八日より今年弘安三年[太歳庚辰]十二にいたるまで二十八年が間又他事なし、只妙法蓮華経の七字五字を日本国の一切衆生の口に入れんとはげむ計りなり、此れ即母の赤子の口に乳を入れんとはげむ慈悲なり(585頁)


2006年1座談会拝読御書】


 この御書に異を唱えたのが阿部日顕である。


「宗門に古来、宗旨建立が建長5年の328日という義があり、さらに428日と、二重にわたって宗旨建立の義、また、その法門等が伝えられておるのであります」(2002年28日)


 何てことはない。供養をかすめ取る機会を増やそうという魂胆(笑)。結局、「開宣法要」という目で供養集めを実行した。波田陽区でなくても、「残っ!」と叫びたくなるだろう。(以下の記事を参照されよ)


杉山●先の末に、また日顕が、バカバカしい説法をしたそうだ。


林●またですか! 今度は、何を言い出したんですか?


迫本●131日に大石寺で、突然、“今まで「立宗の日」は428日とされてきたが、実は328日である”と言い出したんだ。


林●エエーッ! 「328日」?


館野●とうとう、「本当に」狂っちゃいましたね。


迫本●それで日顕は“328日にも大法要をやる”なんて言っている。


橋本●なんだ、なんだ。立宗の法要を2回もやるのか。


迫本●しかも日顕は、“御書の記述も328日に変える”と言い出したそうだ。(中略)


館野●日顕は、いったい、何を根拠に、こんな呆(あき)れた「妄説」を言い始めたんですか?


杉山●日興上人が書かれた「安国論問答」と、第四世の日道上人が書いた大聖人の伝記「御伝土代」のようだ。そこには、「三二十八日」という記述がある。


迫本●それで日顕は、“「三二十八日」をおろそかにしてはいけない。このことは328日の法要の時に話をする”なんて、もったいぶって言い始めたようだ。


中野●なんだ、そんなことか。日興上人の仰せに「三二十八日」という記述があることくらい、我々は、とっくに知ってるよ(笑い)。

日興上人の「安国論問答」や、日道上人の「御伝土代」に書かれているのは、知っていたよ。それを偉ぶって。


佐藤●その上で、堀日亨上人も、日淳上人も、日達法主も、「428日」と言われてきたのではないか。


聖教新聞 2002-02-13付】

2006-01-04

先生が会館を視察


 新年早々、ビッグニュース。何と、3日に先生が我が地元の会館を視察。今日付の聖教新聞で報じられていた。その上、一面トップの写真は江東区と来たもんだ。「100年に匹敵するこの5年」の勝因は既に積まれた。昨日から、勤行・唱題の調子がすこぶるいいのも、この故か。

2006-01-03

健康の本質


 対談集(『健康と人生 生老病死を語る』ルネ・シマー、ギー・ブルジョ、池田大作/潮出版社)で、ブルジョ博士は、健康とは「どこにも病気がない」状態や、「単に安定した状態」をいうのではない、と指摘されている。

 むしろ「健康とは、崩れやすい均衡状態と、その均衡状態をいつも確立しておこうとする恒常的なダイナミズムとの間の緊張状態である」と喝破されていました。

 少々しいかもしれませんが、病気がないことが健康ではありません。要は、生涯、何かに挑戦する。何かを創造する。前へ前へと自分の人生を開拓してゆく。この創造的人生こそ、博士のいわれる「ダイナミズム(活力)」であり、真の健康人生といえるのではないでしょうか。


【「生老病死と人生」を語る/第2回 法と医学 聖教新聞 2005-12-02付】


 ブルジョ博士の指摘は鋭い。例えてみるならば、平坦な道を歩むのが健康ではなく、片一方に谷底を見つめながら、バランスを保って崖っ淵を歩むのが健康であるということ。


 三木清がこう書いている。


 実際、今日の人間の多くはコンヴァレサンス(病気の恢復)としてしか健康をじることができないのではなかろうか。


【『人生論ノート』(新潮文庫)】


 確かにそうだ。人は当たり前のものには、中々謝しない。そうして、健全な身体に病んだ精神が宿るのだ。失って初めて気づく幸福といったところ。マイナスになって知る、ゼロのありがたさ。


 夫れ賢人は安きに居て危きを歎き佞人(ねいじん)は危きに居て安きを歎く(969頁)


 ブルジョ博士の卓見は、この御聖訓に迫っている。安全な時こそ、危機管理をすべきなのだ。そこに求められるのは、人生全般に対する像力であろう。


 人として生を享(う)けた以上、病は避けられない。生老病死、成住壊空が大宇宙のリズムなのだから。そうであれば、常に病気に備え、病と闘う覚悟が必要だ。


 南無妙法蓮華経は師子吼の如しいかなる病さはりをなすべきや(1124頁)


 本有の病と達観すれば、いかなる病であろうとも、広布の使命の前に障害となることはない。


 家族の宿命を一手に引き受けて病気になることもあれば、組織に警鐘を鳴らすために病気になる場合もある。いずれにせよ、病気の方と同し、から励まし、祈り続けることによって、自分の病気の宿命をも転換していることを確信したい。


健康と人生―生老病死を語る (上) (聖教ワイド文庫 (038)) 健康と人生 下―生老病死を語る (聖教ワイド文庫 39) 人生論ノート (新潮文庫)

2006-01-02

未来に生きる人こそ青年


「過去」を食べて生きている人は「老人」である。「現在」を食べて生きている人は「中年」である。それに対し、「未来」を食べて生きる人こそ「若人」であり、「青年」である。

 これは年齢の問題ではない。人生を生きゆく一の姿勢の問題であり、の境涯の問題に他ならない。

 ましてや、大聖人の法は本因妙の法であり、現当二世の大法である。現在から未来にわたり、永遠にして絶対の幸福を構築しゆく「法」といってよい。

 ゆえに私は、常に未来を志向し、時代を先取りしながら前進してきた。胸中には既に100年、200年の構が湧き出でている昨今である。また、皆さまの胸中にも、それぞれ大いなる希望が輝いているにちがいない。その味で、21世紀は「既に始まっている」のである。


第20回本部幹部会 1989-08-17 長野研修道場


「青年・躍進の年」明けまして、おめでとうございます。


 それにしても、壮年部になると静かな正ですなあ。任務に明け暮れていた青年部の頃をうと、何だか悪いことでもしているような気にさせられる。


創価ルネサンス」のエポックメーキングとなった指導の冒頭部分。会長勇退から、ちょうど10年後。「遺恨十年」であり、「十年一剣を磨く」期間であった。時を稼ぎ、時を待ち、先生は本格的な反転攻勢に打って出られた。宗門問題が起こるのは、この16ヶ後のこと。


「私と共に、未来を目指して進め!」との烈々たる師の叫びである。先生はこの時点で、“宗門問題後”をも見つめておられたに違いない。180を超える学位がそれを物語っている。


 青年とは、向上の坂を上りゆく人の異である。闘争の吹を満々と湛(たた)え、成長また成長を続ける人の謂いである。


 戸田先生は、「牧口門下に第三代会長は譲らない」と仰せになった。「5.3」を読めば、その理由も理解できよう。


 立場と経験だけで話すようになれば、もはや老人だ。老人は組織で政治を行う。若い人を抑えつけ、見にを傾けることなく、問題があっても見て見ぬ振りを決め込む。


 青年の吹をもって、大躍進を勝ち取る一年として参りたい。


 今日は、先生の78歳のお誕生日。八王子は雪。

2006-01-01

新年勤行会


 新年勤行会。7を連れ出す。皆、快活。気軒昂。口々に上る「おめでとう」の言葉が、何とも言いい温もりとなって谺(こだま)する。八王子は少し雲のかかった晴天。師と共に在る正に身震いを覚える。


 勤行会の運営の拙劣さに目を覆いたくなる。ここの青年部は全くなってない。訓練の「く」の字も知らない烏合の衆だ。この事実が、壮年の無責任さを雄弁に物語っている。

  • 「妙法独り繁昌せん時」(502頁)
  • 乱世であるほど「法華経兵法」(1193頁)が光る
  • に打ち勝つ一
  • 日蓮が弟子等は臆病にては叶うべからず(1282頁)

 今日付の『新・人間革命』「師」17より――


 さあ、出発しよう!

 悪戦闘をつき抜けて!

 決められた決勝点は取り消すことができないのだ!


 これは、会長勇退直前にも叫ばれたホイットマンの言葉。その時の“決勝点”は、1979年53日だった。そして今の“決勝点”は、師弟共戦の最後の瞬間ともいうべき2010年1118日であると確信する。その第一年目となる本年、徹底して基本に忠実でありたい。基本とは、勤行・唱題と御書と座談会である。具体的な行動としては、折伏と家庭指導だ。ここで戦わない者は、2010年まで持たない。信の「厚薄歌合戦」が始まった。

  • 2006年 基礎体力をつける
  • 2007年 自分が育成した人材による、人材育成
  • 2008年 各人に使命を与えながら、理的な団結を築く
  • 2009年 令法久住の流れ・本格的な後継者の育成
  • 2010年 何らかの力をもって、全学会員が社会をリード

 この5年間で、学会の大乗化を図る。抑えても抑えても抑え切れない民衆の力によって、下から創価学会を動かしてゆく。これが、生命線だ。一切の膿(うみ)を出し尽くし、患部を切除する果断が求められよう。何かを当てにし、何かに依存する人々が落伍してゆく期間でもある。自立した信の人のみが生き残る時代に突入した。