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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2006-02-23

ピーターの法則


 10人中、4番だった人が、100人でも4番ならば、よいのだ。

 100人になったら40番目になったのでは、ダメだよ。

 10人でも4番、100人でも4番、1000人でも4番、そういう人が人物だ。

(男子部の「水滸会」への指導)


【「忘れ得ぬ師の指導」9 若き日の誉会長の記録帳から/聖教新聞 2005-11-04付】


 この指導の凄さを理解するのに、ひとほどを要した。126日付の聖教新聞に、「成長する人と組織」という寄稿が掲載された。ここで紹介された「ピーターの法則」(ローレンス・J・ピーター/ダイヤモンド社)を知った時、初めてわかった。


ピーターの法則


「ピーターの法則」というのは、人間は階層社会をつくり、全ての人々が昇進を重ね、それぞれが無能のレベルに達するというもの。


 有能であれば必ず昇進させようという働きかけを受ける。

 しかし、有能であったのは昇進する前の立場であったからで、昇進してから有能であるかは分からない。有能であれば更に昇進の階段をのぼるわけだが、やがて無能の状態に陥るレベルに行き着く。そこで昇進圧力はかからなくなり、無能な人がそのレベルに留まり続けることになる。

 その必然的結果として、あらゆるポストが、職責を果たせない無能な人間によって占められるという、衝撃的な法則である。確かに何もせずに放っておいたら、そうなるような気がする。


栗山直樹/聖教新聞 2005-12-06付


 確かに頷ける話だ。力のある地区リーダーが、平凡な部長になることもあれば、優秀な支部婦人部長が、ありきたりの本部長になることもありますな(笑)。で、評価される内は、どんどん人事対象となり、遂には無能な位置に収まるってわけだ。こいつあ、恐ろしい指摘だ。ある真理を衝(つ)いている。そういや、成長している副会長ってえのは、お目にかかったことがない(笑)。


 これを打開するには、どうすればいいか? まずは、ワンランク上の責任に立つことである。地区リーダーであれば、部の責任を担う。支部長であれば、本部の責任を担う。そういう考えと行動に徹すれば、新たな立場になったとしても、全くの白紙状態ではなくして、何らかの青写真を描いた上で臨(のぞ)むことができる。


 界とは、ある固定した到達点ではなく、無限に成長しゆく軌道のことである。法が無上であることを証明するには、我々が死ぬ瞬間まで成長し続けるしかないのだ。「進まざるは退転」「戦わざるは敗北」としたい。


『ピーターの法則』が日本で発刊されたのは1969年。戸田先生はその十数年も前に、かような指摘をされていた。偉大なる先見の明に驚かざるを得ない。

2006-02-22

後輩の十回忌


 今日は、同志の10回忌。もう、9年も経つ。まだ、生きてるような覚がある。前に置かれた写真は、いつも笑ったままだ。


 そういや、見合いの時に、公務員のクセして「将来は漫画家になりたい」なあんて言って、駄目になったことがあったっけ(笑)。


 本部の拠点として使わせてもらっていたのは、もう12年も前になるんだね。つい、この間みたいにえるよ。


 私よりも、四つ年上だったけど、いつも怒鳴ってばかりで、ゴメンね。でもさ、謝を忘れたことはなかったよ。


 古谷さんが、私の後の本部長になって、「200万結集の地区大会」の時(1995年)、242%の結集を勝ち取って、総区一位に輝いたよね。さすがの私でも出来なかった見事な結果だったわね。


「本部の部長会なんだけど、私の話って長くない?」と訊ねたら、「本部長は、いつも楽しそうに話しているから大丈夫」って激励してくれたよね。


 元ちゃんと1に見舞いに行った時のことは覚えてる? 元ちゃんが怒鳴りまくってたよね。古谷さんは、脳腫瘍に冒されて、薄れゆく識の中で、「うん、うん。そうだね」と言ってたよね。元ちゃんはさ、古谷さんが死んだ時、「言いたいことを言っておいてよかった。後悔しなくて済んだから」って語ってたよ。


 今日さ、ブロックの唱題会で、古谷さんのことを皆に話しておいたよ。


 嗚呼、二二十二日――。毎年毎年、私は涙と共にこの日を迎える。そして、新たな決に奮い立つ!

2006-02-21

戸田先生の教え


 ここで、戸田先生のご指導をに刻みたい。

「常に学会員う幹部であれ!」

「常に広宣流布をう幹部であれ!」

知らずの幹部になるな! 不知の人間になるな!」

「会員が喜び、希望に燃えるように、指導できる幹部になれ!」

 これが戸田先生の厳命である。

 先生は、こうも言われた。

「人を救い、法を弘めていくために、大事な体だ。決して粗末にしてはいけない」

 どうか、健康第一で、疲れをためず、生き生きと若々しく、指導をお願いしたい。

 また先生は教えられた。

「人材は訓練しなければ、人材とはならない」

組織において、青年の伸びゆく道を塞いではならない」

「常に新しい構と、新しい決で進まなければ、広宣流布はできない」

 青年の訓練、新しい人材の登用に、一層、力を入れていかねばならない。

 先生は、さまざまな課題に直面する青年を、こう励まされた。

「人生は割り切ることだ。自分がこうしたい、こうありたいと考えることを、まず“こうするのだ”と決めきってごらん。それが哲学だよ」

 さらに先生は言われた。

「小さな仕事を完成できぬ人は、大きな仕事はできません。人にたよってはいけません。自分自身でやりなさい」

 そして「折伏聖教新聞の拡大が、広宣流布の両輪である。この二つが、地味ではあるが、一番大事な広布の推進力である」と。

 この根幹のご指導を、よくよく確認したい。


【全国総県長会議へのメッセージ 2005-12-09 創価文化会館


 後日、紹介するが、先生はこう言われた。


 今、私は、これまでの歴史を整理しながら、学会の万年の発展のために、一つ一つ手を打っている。

 戸田先生のご指導も、改めてまとめ始めている。


【代表幹部協議会 2005-11-25 創価文化会館


 私は頭をハンマーでガンと殴られたような地がした。先生が、いまだに戸田先生の指導を求め続けている事実に、無上道の究極を見るいがした。その厳しいまでの真剣さに触れて、我が身の不甲斐なさを大いに恥じた。


 紹介された指導は、一つ一つが珠玉の輝きを放っている。やさしい言葉でありながら、人生の勝利を勝ち取る方程式が明示されている。そして、智と勇気に裏打ちされた言葉が、私自身と私の組織の現実をあぶり出す。


 待望の『新・人間革命』第15巻(聖教新聞社)が発売された。

2006-02-20

率先垂範が指導者の要諦


 インド独立の父・ガンジーは、どんな指導者であったか。

 その後継者で、間近に見つめてきたネルー初代首相の洞察は、味わい深い。

「彼(ガンジー)が支持するすべての改革案、彼が他人に与えるすべての忠告は、真先に自分自ら実行する。彼は常に自ら始める。そして彼の言葉と行動は手と手袋のように互いにぴったり合っている」

 常に率先垂範! これが指導者の要諦といえよう。

 今、学会全体として総力をあげている「青年部の育成」そして「未来部の育成」についても、リーダーの皆さまが先頭に立って、励ましのをかけ、あらゆる手を打ち、全魂を注いでいっていただきたい。

 えば、日蓮大聖人は、門下の家庭の子どもたちを、広宣流布の後継者として、宝のごとく大切にされていた。大聖人御自身が、南条時光をはじめ、乙御前、経王御前等々、若き世代の健やかな成長を祈り、薫育していかれたのである。


【全国総県長会議へのメッセージ 2005-12-09 創価文化会館


 映画『遠い夜明け』や、『ホテル・ルワンダ』を見ると、ガンジーの偉大さがよくわかる。『スパルタカス』の時代に創価学会が出現していたならば、間違いなく“熱原の1500万烈士”という結末が待ち構えていたことだろう。


 権力は、警察と軍隊という暴力装置を持っている。未成熟な社会で、これに逆らう者はあっさりと始末される。それも生半可なやり方ではない。徹底的に虐殺される。


 現代の国際社会においても、暗殺は有効な手段として機能している。


 民衆の連帯を築くには、がうねるようにして広まる必要がある。そして、多くの人々の共を集めるには、高潔な人格と強烈なリーダーシップが求められる。それを、現実に成し遂げたのがガンジーだった。


 学会の組織が弱くなったのは、リーダーが率先垂範の戦いをしなくなったからだ。


 幹部が個人折伏をしてない。折伏精神がないものだから、満足な家庭指導もできない。家庭指導が手だから、歩かなくなる。こうして、“会合型の幹部”が出来上がるのだ。


 折伏の経験が少ないために、見極めができない。誰かが入決をとると、状況判断ができずに、いつまでもダラダラと追いかける。味もなく、題目の応援を依頼する。


 題目の応援ってのはね、決まりそうな友人に対して行うべきものなの。が強くなるから、皆の祈りで跳ね返してゆくのだ。そこに至るまでは、個人の祈りで戦うのが当たり前。


 で、本部長以上も同じレベルだから、こういうことに気づかない。成果が出た時だけ、パチパチ拍手をしているようなのが殆どだろう。


 まあね、よーく幹部の話を聞いてごらん。「やりましょう」とは言っても、「やります」とは絶対に言わないから(笑)。


 言われてやるのが一番つまらない。自分の決と信で、誰が見ていようが見てまいが、淡々と折伏する人が本物だ。折伏しんでするものではない。

2006-02-19

僧侶は必要か否か?


 1990年(平成2年)の「総講頭罷免」に端を発した宗門問題以降、多くの学会員は怒りに打ち震えながら、打倒日顕の狼煙(のろし)を上げた。それ以降、学会は、黒い鉄鎖を断ち切ったかの如く、隆々たる発展を遂げた。


 それまでは、僧侶が不可欠と考えられた葬儀法要、入会の儀式も、本来あるべき姿となった。更に、最大の問題とわれていた「御本尊下付」を乗り越えることによって、大聖人直系の完璧な和合僧となった。


 今、殆どの学会員が、僧侶の必要じてないことだろう。


 また、古代インドにおいて、バラモン階級がアーリア人の特権を守るために形成されたことを踏まえると、出家という存在自体が差別識によって生み出されたことが理解できよう。


 そして、何にも増して致命的なのは、世間知らずの僧侶が、在家を指導できるはずがないという現実だ。


 こうして考えてみると、何をどう論じたところで、僧侶が必要という答えは出て来ない。


 しかし、ここで私は一石を投じてみたい(笑)。実は、私は僧侶という存在は「あった方がいい」と以前から考えている。どうか、「キビシー」とか言わないで、最後まで読んで頂きたい(笑)。


 私は若い頃から、人がバタバタと死ぬ映画を好んで見ている。様々な死の場面から、強烈な生への識が芽生えるからだ。で、殆どの作品に共通するのは、正義の味方が、自分の家族を人質に捕われ、悪党の要求を一時的に飲まされてしまうというケース。こうした場面を見るたびに私は、「やっぱり、究極は僧侶じゃなきゃ、いかんなあ」とってしまうのだ(笑)。極限状況においては、家族が足かせになることがある好例といっていいんじゃないか? まあ、僧侶であっても、親が人質になることも考えられるが、出家なんだから、親子の情に流されるようなことがあってはならない。


 北鮮による拉致や、アジアを中とする外国人による犯罪など、その背景には、「家族が人質となっている」現実がある。多くの犯罪の殆どが「やらされた」ものである。


 在家の我々が生活するのは“経済”という舞台であって、そこは六道輪廻の世界である。資本主義というのは「金のある奴が勝つ」という仕組みだ。人生の殆どの時間を、我々はそこに費やしているわけだ。


 私は昔から、ストイシズム禁欲主義)への憧れを抱いている(笑)。ストイックな自分になりたくて、「須藤一駆」というペンネームを使った時期もある(笑)。


 まあ、そういうこともあって、徹底して「行学の二道」に励んだら、どんな人間が出来上がるかを見たいのだ。


供養によって飯を食うのが僧侶ならば、本部職員は“現代の僧侶”といっていいんじゃないか?」という見もあるだろう。本当ならば、そうだろう。だが、多くの職員を見てきた私の結論は「ノー」だ。


 職員は権威に弱い。つまり、裏を返せば、権力志向が強い。職場での出世を考えるあまり、現場でのトラブルを回避する人物が多い。そもそも、開かれた採用法ではなく、出身大学の人脈や、副会長の子供などが重用(ちょうよう)されるような実態がある。彼等は、僧侶ではなく官僚だ。もっと、踏み込んだことも書けるんだけど、睨(にら)まれかねないので、この辺にしておこう(笑)。


 もう一点は、「研究者としての僧侶」の役割に期待したい。それなら、学者になりゃいいだろう? というも聞こえてきそうだが、学者の世界を貫いているのは利だ。どうしても、“学界から認められるだけの功績”が求められる。そこでは当然ながら、学界に額(ぬか)づくような姿勢も強いられるだろう。そういう世界とは距離を置いたところで、研鑚に次ぐ研鑚をしてもらいたいのだ。


 例えば、市井(しせい)の学究の一人に山中講一郎氏がいる。こうした人物が、俗世の仕事を離れて、研究に邁進(まいしん)すれば、どれほどの成果が上がるか計り知れない。現在、学会教学の保守に阻(はば)まれて、あまりにも評価されてない事実に、私は憤りすら覚える。


 僧侶は、本部職員とは異なり、志さえあれば誰もが門を叩ける。ここで、アスリートのような信仰者を育成し、ある場合には、学会に対しても見を突きつけるようなことがあっても、いいとう。


 真の僧侶の要件としては、妻帯禁止、寺院を持たない(借家住まい)、私有財産の禁止、位階の廃止などが考えられる。

2006-02-14

岡本太郎


 誤解される人の姿は美しい。

 人は誤解を恐れる。だが本当に生きる者は当然誤解される。誤解される分量に応じて、その人は強く豊かなのだ。誤解の満艦飾となって、誇らかに華やぐべきだ。




 彼はこう言っていた。

「誰でも、『誤解されたくない』と言うだろう。『私はそんな人間じゃありません』なんて憤然としたり、『あいつはオレを誤解している』と恨みがましくめそめそしたり。

 だけど、じゃあ自分の知っている自分って、いったい何なんだい? どれだけ自分が解っている?

 せいぜい、自分をこう見てもらいたいという、願望のイメージなんだよ。そんなものは叩きつぶしてしまわなければ、社会とは闘えない。

 自分がどう見られているかじゃなくて、自分はこれをやりたい。やる。やりたいこと、やったことが自分なんだ」


【『芸術は爆発だ 岡本太郎痛快語録』岡本敏子(小学館文庫)】

 人生は積み重ねだと誰でもっているようだ。ぼくは逆に、積みへらすべきだとう。財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は自在さを失ってしまう。過去の蓄積にこだわると、いつの間にか堆積物に埋もれて身動きができなくなる。

 人生に挑み、ほんとうに生きるには、瞬間瞬間に新しく生まれかわって運命をひらくのだ。それには身とも無一物、無条件でなければならない。捨てれば捨てるほど、いのちは分厚く、純粋にふくらんでくる。

 今までの自分なんか、蹴トバシてやる。そのつもりで、ちょうどいい。

 ふつう自分に忠実だなんていう人に限って、自分を大事にして、自分を破ろうとしない。社会的な状況や世間体を考えて自分を守ろうとする。

 それでは駄目だ。社会的状況や世間体とも闘う。アンチである、と同時に自分に対しても闘わなければならない。これはむずかしい。きつい。社会では否定されるだろう。だが、そういうほんとうの生き方を生きることが人生の筋だ。

 自分に忠実に生きたいなんて考えるのは、むしろいけない。そんな生き方は安易で、甘えがある。ほんとうに生きていくためには自分自身と闘わなければ駄目だ。

 自分らしくある必要はない。むしろ、“人間らしく”生きる道を考えてほしい。

“忠実”という言葉の味を考えたことがあるだろうか。忠実の“忠”とは〈まめやか、まごころを尽くす〉ということだ。自分に対してまごころを尽くすというのは、自分にきびしく、残酷に挑むことだ。

 ところが、とにかく忠君愛国のように、主君はたとえ間違っていても、主君である以上それに殉ずるとか、義理だの、仇討ちだの、狭い、盲目的な忠誠ととらわれることが多い。

 だからぼくは、忠実なんて言葉はあまり使ってもらいたくない。

“実”にしたって、何が実であるか、なんてことは抽象的で誰にもわかるもんじゃない。識する“実”はほんとうの味での“実”じゃない。

“実”というのはそういう型にはめた識を超えて、運命に己を賭けることなんだ。

 自分に忠実と称して狭い枠のなかに自分を守って、カッコよく生きようとするのは自分自身に甘えているにすぎない。

 それは人生に甘えることでもある。もし、そんなふうにカッコウにとらわわれそうになったら、自分を叩きつぶしてやる。そうすれば逆に自分が猛烈にひらけ、モリモリ生きていける。

 つまり自分自身の最大の敵は他人ではんく自分自身というわけだ。自分をとりまく状況に甘えて自分をごましてしまう、そういう誘惑はしょっちゅうある。だから自分をつっぱなして自分と闘えば、逆にほんとうの味での生き方ができる。

 誰だって、つい周囲の状況に甘えて生きていくほうが楽だから、きびしさを避けて楽な方の生き方をしようとする。

 ほんとうの人生を歩むかどうかの境目はこのときなのだ。

 安易な生き方をしたいときは、そんな自分を敵だとって闘うんだ。

 たとえ、結果がうようにいかなくたっていい。結果が悪くても、自分は筋を貫いたんだとえば、これほど爽やかなことはない。

 人生というのはそういうきびしさをもって生きるからこそ面白いんだ。


【『自分の中に毒を持て』岡本太郎(青春文庫)】

 岡本太郎を20代で読んでいれば、私の人生は、もっと違ったものになっていたことだろう。今、深い動と共に、悔恨のが噴き上げてくる。

芸術は爆発だ!―岡本太郎痛快語録 (小学館文庫) 自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか (青春文庫)

2006-02-13

スタートが肝心


 創立80周年を目指して、「偉大なる勝利、勝利の前進」の第一歩を、気軒昂に踏み出していただきたい。

「肝なのはスタートではあるまいか。どんなことでも最初の第一歩によってその将来は左右されるものなのだ」とは、ロシアの文豪ドストエフスキーの言葉である。


【全国総県長会議へのメッセージ 2005-12-09 創価文化会館


 短距離になればなるほど、スタートの差が大きく影響する。100m走の如し。創立80周年までの5年間は外と長くじるかも知れない。では、ここで5年前のことを振り返って頂こう。つい、この間のことのように鮮やかにい出せるだろう。次に、この5年間で何をしてきたかを挙げてもらおう。


 どうだろうか? 案外、「可もなく不可もなく、相変わらずの5年間だった」という方が多いのではなかろうか? 5年なんぞは、アッという間だ。これで、“師弟共戦最終章の5年”が短期決戦であることが、ご理解できるだろう。


 我々は断じて、雪山の寒鳥になってはいけない。日々、創価革命の旗を振り続け、自分自身に対して、残酷なまでに厳しく望んで参りたい。

開目抄


 地観経に曰く「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」等云云(231頁)


 何かをはじめても、つづかないんじゃないか、三日坊主に終わってしまうんじゃないか、なんて余計な配はしなくていい。気まぐれでも、何でもかまわない。ふと惹かれるものがあったら、計画を考えないで、パッと、何でもいいから、自分のやりたいことに手を出してみるといい。

 それでもし駄目なら――つまりつづかなかったらつづかなかったでいいんだ。いいとうべきだ。

 計画なんていうことにこだわらず平気で捨ててみて、つまらなかったらやめればいい。

 途中で放棄しても、放棄してしまったということは余り考えない。日記を書きたい、書こうとったら、つづくかつづかないか、よりも書こうとったことの方が大事で、それをつづけなければならないと義務に縛られて書く必要はない。

 つまり、計画をもって日記なら日記をつづけて書こうとしても、すぐにつづかなかったら、また別の計画をもって、他のことをやってみる、それでまた長つづきがしなくて駄目になる。

 こういうふうにしょっちゅう計画が駄目になるということも、計画のうちに入るかもしれないんだ。

 つまり、さまざまのバリエーションで自分の運命を試すという“計画”を持つことになる。その方が、面白いじゃないか。

 ぼくは、昔から三日坊主でかまわない、その瞬間にすべてを賭けろ、という主義なんだ。だから、三日坊主になるという“計画”を持ったっていいとう。

 もう一つ。

「いまはまだ駄目だけれど、いずれ」と絶対に言わないこと。

“いずれ”なんていうヤツに限って、現在の自分に責任を持ってないからだ。生きるというのは、瞬間瞬間に情熱をほとばしらせて、現在に充実することだ。

 過去にこだわったり、未来でごまかすなんて根では、現在をほんとうに生きることはできない。

 ところで、とかく「いずれそうします」とか「昔はこうだった」と人は言う。そして現在の生き方をごましている。だから、ぼくはそういう言葉を聞くたびに、怒鳴りつけてやりたくなる。

“いずれ”なんていうヤツに、ほんとうの将来はありっこないし、懐古趣味も無責任だ。

 つまり、現在の自分に責任をとらないから懐古的になっているわけだ。

 しかし、人間がいちばん辛いいをしているのは、“現在”なんだ。やらなければならない、ベストをつくさなければならないのは、現在のこの瞬間にある。それを逃れるために“いずれ”とか“懐古趣味”になるんだ。

 懐古趣味というのは現実逃避だ。だから、過去だってそのときは辛くって逃避したんだろうけれど、現在が終わって過去になってしまうと安だから、懐かしくなるんだ。

 だから、そんなものにこだわっていないで、もっと現実を直視し、絶対をもって問題にぶつかって、たくましく生きるようにしていかなければいけない。


【『自分の中に毒を持て』岡本太郎(青春文庫)】


自分の中に毒を持て―あなたは“常識人間”を捨てられるか

2006-02-12

少数精鋭主義


 少数精鋭主義とは、例えば一つの支部で、支部長を中にして地区部長が団結して、支部全体が成長してゆく核になることである。


 少数精鋭主義は、単に人数が少ないということではない。どんなに多数になっても、それが烏合の衆ではなく、整然と一体になってゆくためには、優秀なリーダーが何人か団結して、全体をリードしてゆく方式である。


 大会社でも少数精鋭主義といえる場合がある。発展している会社は最高首脳部が優秀であり、強力に、賢明に全体をリードして仕事をしている。


 桶狭間(おけはざま)の戦いに勝った織田勢は少数精鋭主義であった。今川勢は大軍であったけれども連合軍であり、団結がなかった。もしも、大将を中として精鋭が10人なり20人なり団結して、強い核になっていれば、それで少数精鋭主義に変わり、大軍を生きもののように動かすこともできた。それがなかったから負けたともいえよう。


【『指導メモ』 1966-06-01発行】


 大事な将軍学の一つ。核を中組織を築く。核の団結が強固なのは物理の世界でも同様で、この力を利用したのが核爆発。自分と同じいに立つ人を3人つくれば、組織は動き出す。師曰く、「青年よ、一人立て! 二人は必ず立たん。三人はまた続くであろう」と。核が一つにまとまらなければ、組織内で温度差が生じる。そして、低い温度が会員の伸びゆく力を奪ってゆく。呼吸を一つにするには、祈りを合わせるしかない。少数精鋭主義に人材育成の眼目もある。これが、本末究竟等の原理である。


 はわき房さど(佐渡)房等の事あつわら(熱原)の者どもの御ざし異体同なれば万事を成し同体異なれば諸事叶う事なしと申す事は外典三千余巻に定りて候、殷(いん)の紂王(ちゅうおう)は七十万騎なれども同体異なればいくさ(軍)にま(負)けぬ、周の武王は八百人なれども異体同なればかちぬ、一人のなれども二つのあれば其のたが(違)いて成ずる事なし、百人千人なれども一つなれば必ず事を成ず(1463頁)

2006-02-09

元初の太陽を満々と胸中に昇らせよ


 元初の太陽を

   満々と胸中に昇らせ

  君よ! 君たちよ!

   この三世につながりゆく

    金の大舞台で

     瞳を輝かせ

      黒髪をなびかせながら

    完全なる軌道を

     悠々と進みゆくことを

      深く誓い合いたいものである


【『価値の日々』 1990-02-11発行】


 忙しくなると、全く文章を書く気がしない。ひとほど、ここも放置していた。過去の文章の手直しをするのが精一杯。「創価スピリット」の発行すら、ままならなかった。今日の新聞によれば、先生は『大白蓮華』の3号から「巻頭言」まで書いて下さるという。あな、恐ろし。それにしても、我々は先生に対して、いつまで、おんぶに抱っこを続けるのか? 「『是非、池田先生にご執筆を』との多くの要望があり」なあんて書いてるが、そんな話は鵜呑みにできないよ(笑)。いずれにせよ、先生の怒涛の如き偉大なる生命力を、ただ仰ぐのみ。


 この箴言(しんげん)は、確か私が25歳の時(1988年)の「創価新報」の元日号に掲載されたもの。創価班を中とする我が部の面々は、頭を抱え込んだ。あるメンバーが言った。「これ、厳しいッスよね。あっ、いや、先生が厳しいということじゃなくって……」。そう、我々には「なびかせる黒髪」がなかったのだ(笑)。あの頃はね、どこまで刈り上げて、短く七三に決められるかで勝負していたのよ。私がそれを“参謀室長カット”とづけた。


 そして、別のメンバーが弱々しく漏らした。「この指導を、もなく実践できるのはY君だけです」と。Y君はミュージシャンを目指している10代の青年で、髪を腰のあたりまで伸ばしていた。確かに彼なら、スキップでも髪をなびかせることが可能だろう。そこで、私が答えを出した。「わかったぞ! 少し整髪料の量を減らして、それでも髪がなびくだけのスピードを出せばいいんだ!」。我々はその場で腿(もも)上げを開始した(笑)。


 まあ、冗談とも本気ともつかぬやり取りだったが、この先生の言葉から受けた我々の動は抑えいものがあった。青春の日々を、決また決の連続で過ごすことができたのは、ひとえに師の言葉があったればこそだった。我々は文字通り、燦々(さんさん)と降り注ぐ陽光のような指導を浴びて、革命児と育った。

2006-02-01

降格人事の復活


 最近、各方面に情を受け付ける窓口が設置された。悪質な組織利用については、除措置が取られることは既に発表された通り。


 そこでもう一歩、組織悪を排除するために、降格人事の復活を望みたい。それだけで、組織は格段に改善されることだろう。