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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2006-03-10

仏の別名は勝者


 さて、の別に「(軍の攻撃に打ち勝った)勝者」とある。

「絶対に負けない」というのがである。

「絶対に勝つ」「断じて勝ってみせる」──これがである。

 法を持(たも)った皆さん方が負けるわけはない。

 いかなる障も、醜い陰謀も、断じて打ち破っていける。絶対に勝っていけるのである。

 戸田先生の時代もの連続であった。

 相次ぐ事の挫折。獄中闘争で病んだ先生のお体は限界に近かった。

 その中で、私は一人立ち上がり、戸田先生をお守りした。

 全財産、全青春、全生命を、師匠である戸田先生に捧げた。

 これが私の永遠の誇りである。

 法の究極は「師弟」である。「師弟不二」である。

法を持つ」ということは、「師弟不二」に生き抜くということである。

「師弟、師弟」と口先では何とでも言える。しかし、現実はそんな簡単なものではない。

 私は本当に全生命を賭して、戸田先生をお守りした。

 師匠をお守りすることが、広宣流布を守り、創価学会を守り、愛する同志を守ることになると知っていたからだ。

 戸田先生と私は深きで結ばれていた。

 亡くなられた今も、そして、来世も、再来世も、私は戸田先生と一緒である。

 それが「法の師弟」の甚深の法則である。

【第55回本部幹部会 2005-12-08 東京牧口記会館


 今、何度も何度も繰り返し、創価の源流を教えて下さっている。私は新聞の文字を目で追いながら、“何となくわかった気になる”自分を恐れる。戸田先生のあまりにも厳しい訓練のエピソードは、私もいくつか知っている。しかしながら、ここに書くことすらできぬ内容だ。


 言葉は、いくらでも飾ることができよう。ちょいとばかり結果を出せば、活動報告をして脚光を浴びることも可能だ。「凄い、凄い!」と口々に褒められ、拍手をもらえることだろう。で、戦いはそこで終わってしまうのだ。これを“活動報告型信”とは申すなり(笑)。かような人物は往々にして、他人の結果を嫉み、あらゆる努力をもって、「凄い自分」を演出してみせる。まあ、広宣流布や一生成とは縁のない種類の人だわな(笑)。


「何が、私の弟子だ!」。そう先生は仰せになっているとう。「後輩の前で偉そうなことを言うのであれば、私と同じ青春を歩んでみろ!」と。昨日付の本部代表者会議(2006-03-04)の指導を読んで、そんな先生のじてならなかった。それは、何が何でも、従藍而青(じゅうらんにしょう)の弟子にしてみせる、という先生の慈悲に他ならない。


 この指導を、群馬の地で闘する我が同志に捧げる。像を絶する問題と格闘する彼こそは、どの学会員よりも“勝者”に近い位置にいる。人間と社会の深い闇を知る人物こそが、真の光を発することができるのだ。渋と辛酸をなめ尽くし、絶望と希望の崖っ淵に立ち、それでも前へ前へと歩みを止めない。その一歩一歩に偉大なる人間革命と、強盛なる信があると、私は信ずる。

プリントアウトの方法


 プリントアウトの質問が寄せられたので、わかる範囲でお答えしておく。ブラウザの表示に忠実に印刷したい場合は、まず、「紙 2001 ver.1.95」という無料ソフトをインストールする。その上で、大見出しから文末までを選択して、右クリック→「ページを紙に取り込む」をクリック。で、「紙」を立ち上げて、保存されたページを右クリックで印刷する。ただ、この方法だと、リンク部分の文字の色が薄くなることを申し添えておく。やっぱり、Wordで作した方が、きれいでしょうな。


 他にいい方法をご存じの方がいらっしゃれば、教えておくんなさい。