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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2006-03-13

受け身の人


 受け身の人に、組織の問題提起をしてはならない。根本的な責任の相違から、どうしても歯車が噛み合わないからだ。

佐渡御書


 彼(かの)軽毀の衆は始は謗ぜしかども後には信伏随従せりき罪多分は滅して少分有しが父母千人殺したる程の大をうく当世の諸人は翻すなし譬喩品の如く無数劫をや経んずらん三五の塵点をやおくらんずらん。

 これはさてをきぬ日蓮を信ずるやうなりし者どもが日蓮がかくなれば疑ををこして法華経をすつるのみならずかへりて日蓮を教訓して我賢しとはん僻人等が者よりも久く阿鼻地獄にあらん事不便とも申す計りなし、修羅がは十八界我は十九界と云ひ外道が云くは一究竟道我は九十五究竟道と云いしが如く日蓮御房は師匠にておはせども余にこはし我等はやはらかに法華経を弘むべしと云んは螢火が日月をわらひ蟻塚が華山を下し井江(せいこう)が河海をあなづり烏鵲(かささぎ)が鸞鳳(らんほう)をわらふなるべしわらふなるべし(960頁)


 牧口先生座談会で、よく引用された御文。「アッハッハッハッ」と呵々大笑されたと聞く。軍部政府から弾圧され、座談会場を刑事が監視するような状況下にありながらだ。増上慢の本質を暴(あば)き、法華経の行者の自負を高らかに宣言された御聖訓。群盲象を撫でるも、の巨大な姿を知らず。ただ能く信ずる者のみが、その輪郭を辛うじて知り得るのだ。