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2006-03-14

人材育成の基本


 人材育成については、次の基本的な問題がある。


 第一には、登用してみることである。多少不安や力不足があっても、この人を将来、立派な幹部にしていきたい。また、理事になるよう育てていこうと考えたならば、まず登用して、それから育成していくことである。


 第二には、人生・社会の多くの経験を通して指導力をつけさせることである。ある時はダイナミックな指導、ある時は優しく細かい点に気を配った指導など、幹部自らが範を示して、信を根本とした生活全般の指導力をつけさせてゆくことである。


 第三には、教学力を身につけさせなければならない。どんなに信が強盛でも、大きな事件や、三障四魔に直面した時に、教学がなければ確信がなくなってしまう。また、自由自在に人々を納得させることのできる教学がなければ、法の、社会の指導者にはなれない。


 第四には、その人の人柄である。信頼できる人柄の人物を育てるべきである。根底からにじみ出る純真な人柄であってこそ、多くの人々から信頼されるし、指導者として適当な人といえよう。ただし、人は上辺の顔形だけで判断できるものではない。結局は誠をもち、終始変わらざる一貫のある人が、将来、立派な人材として成長する人といえよう。


【『指導メモ』 1966-06-01発行】


 タイミングとしては、育ち始めた時に登用するのだ。育ってからでは遅い。一段落した後では必ずが入るからだ。


 人事とは“戦う場”を与えることに他ならない。単なる階級の授与とは全く味が異なる。信の自覚が高まってきた瞬間を捉えて、次に進むべき戦野を指し示すことなのだ。だから、必要以上に萎縮したり、嬉々とするような人は、どこかがおかしい証拠(笑)。


 指導力とは、信の確信に尽きる。ただし、人情の機微を知らねば、押しつけで終わってしまう。


 教学は、求道の発露。信即生活の中で、学ぶ時間を捻出する努力が求められる。学は光、学ばずは卑し。師曰く「勉強せぬ者は、戸田の弟子に非ず」と。


 人柄は信の純粋に影響する。何らかの作為や功がある人を登用すると、後々トラブルが尽きない。嘘のない人、素直な人、正直な人、誠実な人、真面目な人でなければ、後輩がしむ結果となろう。


 所詮、力あるリーダーのもとからは幾多の人材が輩出され、無能な幹部のもとでは育つべき人も育たない。広布と信の世界にあって、“力”とは信力・行力しかない。一年間で一人も育てられないような幹部は愚将である。いない方がましだ。

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