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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2006-03-17

“精神の戦国時代”の到来


 また、個人だけにとどまらず、いかなる団体にせよ、時代の急速なテンポについてゆけないところは、みるみる淘汰され、消えてゆく時代である。古き、古き表現もまた同様である。

 その味で21世紀は、あらゆる団体が生き残りを賭けた“新たな戦国時代”ともなるにちがいない。

 それは、もはや軍事力の戦いではない。経済力のみの競争でもない。人々の精神の宇宙をどう開き、を充実させ、人間としての尊厳を実現していけるのか。誰がそれを成せるのか。その一点に焦点を定めた戦いである。その味で、知恵と精神の力の限りを尽くした、まさに“精神の戦国時代”が到来するであろう。

 それは同時に、知力の勝負ともいえる“知の戦国時代”でもある。

一面、大変厳しい時代でもある。しかしその反面、いくらでも伸び、拡大してゆくチャンスが広がっているともいえる。むしろ、痛快にして面白い時代ではないだろうか。


第20回本部幹部会 1989-08-17 長野研修道場


“大変”だからこそ、“大きく変わる”ことができる。この積極こそ、本因妙の魂だ。手をこまねいて嘆くだけなら、誰にでもできる。


 今、先生は一貫して「女子部を大切に」と指導されている。「先生、そりゃ、ちょいとばかり過保護じゃないッスかね?」と言いたくなるほどの徹底ぶりだ。


 若い女は、社会の中でも最も軽んじられている。職場でも、「どうせ、結婚するまでの腰掛けだろう」という冷たい視線にさらされている。「何もできないくせに生気だ」とか、コピーやお茶を頼まれたり、色んな労があることだろう。言ってみれば、“一人前の大人”として扱われてない現実がある。


 創価の新時代を迎えるに当たり、先生はそこに手を入れられた。当然、社会に対する警鐘の味も込められているだろう。不安定な時代にあって、“次代の母”を育てられようと、全魂を打ち込まれている。


 大体だね、援助交際をしていた世代が既に母親となりつつあるのだ。放っておけば、世の中が滅茶茶になるのは火を見るよりも明らか。喪失されつつあるモラルを回復するためにも、創価の乙女の健闘を祈らずにいられない。


 この指導を実践するためには、結局、民衆の機根を知るしかない。人々が何を求めているのか。どこへ向かおうとしているのか。何が満たされてないのか。何を見失っているのか。こうしたことは、一人ひとりのに分け入るような対話があって、初めて知り得ることができよう。


 また、世間のあらゆる動きを敏に察知すれば、そこに象徴される何かが必ずあるものだ。


 諸法実相の観世音なれば地獄餓鬼畜生等の界界を不議世界と知見するなり、音とは諸法実相なれば衆生として実相のに非ずと云う事なし、寿量品の時は十界本有と説いて無作の三身なり、観音既に法華経を頂受せり然らば此の経受持の行者は観世音の利益より勝れたり云云(776頁)


 観世音菩薩は、世の中の音を観じて人々を救ってゆく。民衆のなきを鋭く察知し、悩をすくい取ってゆくのだ。


 鶴見祐輔著『ナポレオン』(潮文学ライブラリー)の中で、ナポレオンが大地にを当てるシーンが何度となく描かれている。民の鼓動にを澄ます様が劇的であった。


 人類の新たな歴史は、いずれも動乱の中から生まれた。そして、革命は常に無の青年によって成し遂げられた。


 歴史を創るは この船たしか

 我と我が友よ 広布に走れ