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2006-03-31

現実を甘くみれば敗北


 王子の偉大さは、夢の実現のために周到な準備をしたことである。「現実」を決して甘くみなかった。

 何事も現実を甘くみることは敗北につながる。いわんや法は、どこまでも厳しく現実と戦い、現実を向上させゆくところにこそ、根本の精神がある。

 では、エンリケ王子はその「現実」に勝利するために、どのような手を打ったのか。

 まず彼は、最新の「情報」「学問」「知識」、そして「人材」を集めに集めた。

 第二に、それらを目的のために使い切る「組織」を確立した。個々人がバラバラであれば、大いなる事も成し遂げられない。一人ひとりの力や才能を結集し、知識を集め、それぞれの持ち味を存分に生かしてゆく。その時、「足し算」ではなく「掛け算」の力が発揮できる。ここに組織の力と必要がある。

 それまでは、どちらかというと「個人」の「経験」のみに頼る航海であった。いわば、あらゆる人材の団結が時代を変えたのである。

 学会の発展も、妙法の力用は当然として、戸田先生の鋭き先見と指導力によって築かれてきた「組織」があったがゆえである。


第20回本部幹部会 1989-08-17 長野研修道場


 学会の歴史を振り返ると、三つの周到な準備があったとわれる。それは、聖教新聞の発行、御書の刊行、そして、衛星中継である。もしも、これらがなかったら、地域格差が学会全体の足を引っ張り、世界宗教へと飛躍することは困だったに違いない。


 今から10年以上前になるが、ある副会長が「皆さんの命の中にある師弟を眠らせたまま、5.3を迎えたくない」と切り出し、会長勇退の歴史を教えて下さったことがある。


 今日、東京は新体制になった。これが、法華経本門最終段階の東京となるだろう。先生が一切の犠牲となって会長を勇退されたのは、ここ東京であった。日顕によって背後から斬りつけられたのも東京だった。そうであれば、東京は“現代の竜の口”といえよう。


 完璧な師弟不二の東京を築いて参りたい。

香典


 友人葬については、香典不要というのが原則となっている。持っていくか、いかないかは、飽くまでも自由だ。金額に関しても、世間の常識にとらわれる必要はない。


 以前、「男子部で“部一同”として香典を出そうかと考えているんですが……」と相談されたことがある。私は、「やめておけ」と言下に否定した。組織で行えば、そこに必ず強制力が生じる。口の軽い愚か者がいれば、金額の多寡も漏れてしまう。そもそも、通夜・葬儀に参加するかしないかは、個々人の自由なのだ。


 故人の死を悼(いた)む気持ちが尊いのであって、世法を気にするあまり、を失ってしまえば本末転倒だ。


 大幹部であっても、家族のみで行っている場合もある。また、故人のにより、香典を受け付けず、参列者に甘酒を振る舞った通夜もある。


 亡き同志を偲(しの)び、その方の分まで、広宣流布の主戦場で戦うことを誓うのが、創価学会の通夜である。