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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2006-09-30

死刑制度について


 奈良女児誘拐殺人事件の被告に対し、奈良地裁は求刑通り死刑を言い渡した。被告本人もそれを望んでいたという。


 死刑制度を論じる際にありがちなのは、理情が入り乱れることだ。「被害者の人権はどうなるのだ!」なんて見がその代表。ジダンの頭突きに共するのも、また同様。


 私が一番恐ろしいとじるのは、メディアの情報を鵜呑みにして、会ったことすらない人物を容疑者=犯罪者と決めつけて、安易に「死ねばいい」と判断する考回路だ。かような面々を私は密かに「死ね死ね団」と呼んでいる。情報化社会となった今、警察とマスコミがぐるになれば、どんな人物でも犯罪者に仕立てることが可能なのだ。オーウェルが描いた『1984年』の世界は既に現実となっている。


 死刑制度には、冤罪(えんざい)という影が常に付きまとう。裁判とは、限られた証拠の中で罪を論じるのであって、全てがわかっているわけではない。


 重いテーマだが、本音を書いておこう。まず、死刑は生産的でない。何も生まない。これが一つ。そして最も大事なことは、「理由があれば人を殺していい」という死刑制度の根底にあることだ。衝動に身を任せて幼い少女を殺した人間がいて、死をもって罪を償えという人々がいる。「殺す」理由は違っても、やってることは同じなんだよ。


 私の身内が他人を殺したら、間違いなく自分の手に掛けるだろう。殺された場合も同様だ。しかし実際問題として、拘留されてしまえばそれもかなわない。そもそも、死刑制度に賛成するのであれば、自分で殺しにいくべきだろう。そんな時だけ、国家を当てにし、裁判官を恃(たの)み、誰かがロープにぶら下げてくるのを待つのはおかしい。法律の壁なんぞ、あっさり越えてみせればいいのだ。


 犯罪者にも家族や友人がいる。メディアという凶器は、家族をも晒(さら)し者にする。凶悪な犯行であればあるほど報道は詳細を極め、これでもかと憎悪を煽り立てる。奈良女児誘拐殺人事件も同様だった。被告の父親は、連日の取材攻勢によって店舗を閉鎖せざるを得なくなり、引っ越しを余儀なくされ、挙げ句の果てに非の死を遂げた。だが、ニュースで報じられることはない。


 法の眼(まなこ)から見れば、相手のを絶つ行為が許されるはずがない。死刑制度は全国民が加担する殺人に他ならない。被害家族の情を法律で解決しようとすればするほど、問題は複雑になるだろう。


 私は断じて死刑制度に反対のを上げる。しかし、仇討ちを否定するものではない。

2006-09-29

2006-09-28

はてなメモ


利点

  • 無料の上、広告がない。
  • 有料プロバイダの場合、引っ越しに大変な労力が必要。
  • 書式が楽。
  • サービス内容が豊富(一部有料)。
  • blog(日記)には、「プライベート(非公開、または自分が認めた人だけが閲覧可能)」の設定がある。
  • グループ独自の辞書(キーワードリンク)をつくれる。グループは500人が定員。
  • タグが使える。
  • 左カラムの「最新タイトル」をクリックすると、アーカイブが表示される。
  • サブアカウントを2ヶつくれる(ただし、別メールアドレスが必要)。
  • テキストの容量は無制限(多分)。画像は30MBまで。
  • 日記データのバックアップが可能(はてなの日記データ形式、Movable Type形式、CSV形式)。
  • 「ビデオキ」機能を使うと、YouTubeの動画が簡単にアップできる。

  • 改行すると、自動的に頭が一マス引っ込んでしまう。ところが、引用文の場合は引っ込まない。 →テンプレートによって異なる
  • 空行を入れるには、2行の改行が必要。
  • blogモードにしても、1日1ページの設定が変わらない(大見出しで記事へのリンクは作成可能)。
  • はてな」以外へのトラックバックが自動で行えない。
  • サブアカウントを取得しても、一々ログインし直さなければならない。
  • IE以外のブラウザだと、「はてなブックマーク」が使えない。 →Graniには最初から組み込まれている。
  • カウンターが有料のため、「ページビュー」しか使えない。「ページビュー」は、どのページを見てもカウントされてしまうため、アクセスした正確な人数とはならない。

不明

  • 管理→設定→編集設定に、「見出しの時刻」というのがある。この選択によって、URLが変わるので要注。「保存する」の場合、URLの末尾に10桁の数字が付き、「保存しない」だと、p1、p2となる。URLを短くしたい人は、「保存しない」設定にした方がいい。

その他


こんなことも出来る(笑)。

私が立ち上げたのは以下――

2006-09-27

結集の呼びかけ


 この度の引っ越し騒動は怪我の功だった。これぞ、変毒為薬(笑)。


はてな」の進化は恐るべきものだった。何と、グループをつくって辞書を共有できるのだ! これは、PukiWikiのオートリンク機能より凄い。もうね、完全に「無上宝珠不求自得」状態だよ!


 私は以前から、インターネットこそが「末法における大乗教運動」を可能にすると考えてきた。大乗教は、釈迦滅後500年という時を経て、民衆の中から澎湃(ほうはい)と湧き起こった一大革命だった。法は固定化された教条主義ドグマ)ではなく、時代の波をかぶるごとに昇華・止揚・深化してゆくことを示す歴史であろう。二乗(エリート)に独占された法は形骸化せざるを得なかった。それを再び、釈尊の精神に立ち返って、民衆(自分)の手に取り戻す作(行学)が大乗の魂だったのだ。つまり、いつの時代にあっても法流布は、人間復興(ルネサンス)という方程式に則って展開されてきたのである。


 インターネットは、見知らぬ者同士のコミュニケーションを可能にした。しかし所詮、ツール(道具)に過ぎない。どのように使うかは、その人次第だ。「どうせ、バーチャルな世界だよ」という見方もあろう。だが、そうじゃない。ネットの世界が凄いのは「脳内コミュニケーション」を実現したことだ。私には、Web全体が「人類の巨大な脳みそ」に見えて仕方がない。


 まあ見ててごらんよ。ネット上に氾濫(はんらん)する、他人を傷つけて平然としているような獣は、必ず「古い皮質(情、本能、運動を司る部位)」になってゆくから。


 前置きが長くなり過ぎた。で、私が望む「末法における大乗教運動」を可能にするのが、「はてな」の機能なのだ。


 その第一歩として、「創価辞典」委員会を立ち上げた。ここに法用語と関連リンクを網羅して、世界中の同志が合流し、分流する一大拠点を築いてゆきたい。もちろん、「はてな」に登録すれば、自分の日記で辞書は使える。しかし、労もしないで泥棒猫みたいな真似をするのはできない。


 ってなわけで、真実の池田門下生よ、「はてな」に結集せよ!


はてな」の機能については、追って記す予定。

2006-09-26

引っ越し


 困ったものだ。「創価wiki」がサーバーに高い負荷をかけており、サーバー会社が勝手にパーミッションを変更した。PukiWikiを使用しているのが最大の原因。そんなに重いとは知らんかったぜよ。


 辞書機能(オートリンク)が使えないのは痛手だが、まあ致し方ない。


 2000ページ近くあるので、頭を抱えている。


 Wikiではないので、「創価wiki」改め「創価王道」とタイトルを変えることにした。


 コツコツやっていくので、今後とも宜しゅうお願い申し上げやす。

2006-09-25

皆の前で啓蒙用紙を見せる幹部


 会合で話をする際に「新聞啓蒙をしてきました!」と、啓蒙用紙を見せびらかす幹部がいる。見かける度に虫酸(むしず)が走る。こんな幹部は絶対に信用してはいけない。


 最前線で戦う方々は喝采なき舞台で黙々と動いている。新聞啓蒙ができた事実すら発表する機会のない人々もいる。それでも妙の照覧を信じ、ひたすら広布大道を歩んでいるのだ。


 幹部が率先して戦うのは当たり前だ。それを何だ。わずかな結果を出した程度で、よくもでかい口を叩けるものだ。啓蒙用紙は会合終了後に、そっと手渡しておけばいいのだ。臆面もなく啓蒙用紙を見せる幹部の姿が浅ましい。社内営も同然だ。こんな連中は、利の奴隷である断じておく。


【※ここでいう幹部とは、支部幹部以上を指す(笑)】

2006-09-24

素晴らしい活動報告


 素晴らしい活動報告を聞く。多くの人の前で発表するとなると大抵は言葉を飾るものだ。だが、この婦人部地区幹部の方は、訥々(とつとつ)と、時にたどたどしく、静かに謝の言葉をもって締めくくった。言葉に全く嘘がなかった。凄い人物がいるものだ。「言われたから動いた」のではなかった。自らの志で、智を発揮し、工夫を凝らして人材育成に取り組む様子にを打たれた。

2006-09-23

死魔


 命あるものは必ず死ぬ。そんなことは誰もが知っていながら、人は死を恐れ、忌み嫌う。戦争や事故などで人間の原型すら保ってない遺体を見ると、考は停止する。像力も働かない。そこにあるのは単なるモノだ。動かなくなった死体を見て我々は、いつの日か自分もモノと化す恐怖を味わっているのではないだろうか。


「なぜ、死んだのか?」――時に人の死は、自分の人生にブレーキをかける。相手が若くして亡くなった場合、特にそれが顕著だ。学会員においては、そこから「信していたのに……」と引き継がれる羽目になる。これが怖い。「あんなに頑張っていたのに」となったら、完璧な不信だ。


 青年部時代、私の後任の本部長が亡くなった。まだ37歳だった。ずっと一緒に戦ってきた同志だった。亡くなったその日も、私は病院へ足を運んでいた。壮絶な姿で戦っていた彼の姿を私が忘れることはないだろう。


 後日、最高幹部で追善勤行会を行った。その頃、担当で入っていた東京男子部長も参加した。終了後、ある本部長が言った。「小野さん、どうしてあの人が死ななきゃならないんですか?」と。私の隣にいた東京男子部長が激励した。しかし彼は私を見つめて、「でも、俺は絶対に納得できませんよ」と言い放った。私は言った。「納得できなくて構わないよ。納得できないまま、一生引きずっていこうよ」と。


 私は鬼のように戦った。戦うことでしか悲しみを乗り越えることができなかった。それ以前にも数の男子部が亡くなっていた。亡き同志を胸に抱き、背中に背負って戦った。


 一年ほど経った頃、自分の甘さをい知らされた。先輩幹部を喪(うしな)った本部が壊滅状態となっていた。担当していた主任部長が言った。「本部長を始めとする多くのメンバーが、先輩の死に不信を抱いている」と。その愚かさに、私は怒り狂った。一列に並べて、ぶん殴ってやろうかとったよ。我が子を喪った母親のことをえば、我々の悲しみなんぞ、底が知れているのだ。


 人間というのは実におかしな動物で、何でも「わかりたがる」質がある。「納得できない」と極度な不安に襲われる。「なぜ、死んだのか?」と。江原啓之の番組を見ると、それがよく理解できる(笑)。疑問の裏側にあるのは、「なぜ、生まれたのか?」「そんなに若くして死ぬんだったら、生まれて来ない方がよかったんじゃないのか?」「そもそも、生まれてきた味があるのか?」といういだ。根っこにあるのはエゴイズムであり、遺(のこ)された我が身を苛(さいな)むセンチメンタリズムだ。


 これが死魔の本質だとう。死魔は、生きる気力を奪い、を過去に縛りつけ、悲しみで翻弄する。誰もが死魔に襲われる。そこから自分が一歩成長しない限り、克服することはできない。


 私は亡くなった同志にから謝している。彼等と出会ったことに対して。そして、共戦の確かなる歴史を築いたことに対して。彼等の存在なくして、現在(いま)の私はない。そして彼等は現在(いま)もこれからも、私の中で生き続けるのだ。

2006-09-21

葬儀の費用


 宮本さんのブログで「葬儀」に関する興味深い記事があった。誰もが気になるのは、やはり費用であろう。


 一番安いのは、区民葬・市民葬である。

 しかし、必ずしも安いとは限らないようだ。

 学会員が親しんでいる白蓮社や報社は、界では「高い」と言われている。


 葬儀屋というのは、「人の死」を商売にしているだけあって、中々商魂が逞しい。ご存じのように、祭壇の費用は段数で決まる。見栄を張る必要がなければ、一番安いのにすべきだろう。しかし一番安いものは、実はカタログに掲載されてない。「もっと安いのがあるんでしょ?」と訊ねない限り、教えてくれない。相手は、親切ではなく商売でやり取りしていることを自覚すべきだ。


 大切なのは真であって、葬儀費用の多寡ではない。

2006-09-19

昭和54年/1979年

ニュース


流行

  • 1979-07-01 ヘッドフォン・ステレオ「ウォークマン」第一号が発売(ソニー、3万3000円)される。
  • 1979-04 『週刊少年ジャンプ』で「キン肉マン」(ゆでたまご)が連載開始。
  • 1979-12 自動車電話のサービスが東京23区で開始。
  • カード型電卓が大ヒット。
  • ぶら下がり健康器。
  • ロッテ「パイの実」。

言葉


 エガワる/キャリア・ウーマン/公費天国/シカト/熟年/ダサい/ナウい/夕暮れ族


ヒット曲


 おもいで酒(小林幸子)/YOUNG MAN(西秀樹)/サンタモニカの風(桜田淳子)/魅せられて(ジュディー・オング)/いとしのエリー(サザン・オールスターズ)/燃えろいい女(ツイスト)/舟歌(八代亜紀)/美・サイレント(山口百恵)/関白宣言(さだまさし)/別れても好きな人(ロス・インディオス&シルヴィア)/異邦人(久保田早紀)/大都会(クリスタルキング)/贈る言葉(海援隊)/HERO(甲斐バンド)/さよなら(オフコース)/ガンダーラ(ゴダイゴ)/きみの(岸田智史)/青葉恋唄(さとう宗幸)/夢花(円広志)/季節の中で(山千春)/『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァーYMO

テレビ


 草燃える/白バイ野郎ジョン&パンチ/俺はあばれはっちゃく/ズームイン!!!/マー姉ちゃん/クイズ100人に聞きました/アニメ ドラえもん/機動戦士ガンダム/ルックルックこんにちは/探偵物語/西部警察/あさひが丘の大統領/3年B組金八先生


映画


 復讐するは我にあり/もう頬づえはつかない/その後の仁義なき戦い/クレーマー・クレーマー/地獄の黙示録/マッドマックス/ブリキの太鼓


ベストセラー

  • 『天中殺入門』和泉宗章(青春出版社)
  • 『四季・奈津子(上下)』五木寛之(集英社)
  • 『ジャパン・アズ・ナンバーワン』エズラ・F・ヴォーゲル(阪急コミュニケーションズ)
  • 『足寄より』山千春(小学館)

その他

  • 南沙織と篠山紀信が結婚。
  • 方弘樹と仁科明子が結婚。
  • ジョン・ウェン死去(612日)。
  • 水谷八重子死去(101日)。

2006-09-18

我が地域への指導を記せ


 先日、たまたま「沖縄創価学会」の公式サイトを見ていたところ、「永遠たれ“平和の要塞”」の素晴らしい一節が掲載されていた。全く記憶になかったので、全文はないものかと検索してみた。ところが、ただの1ページもヒットしなかった。


 気になった指導を見つけて、私がそのまま放っておくわけがない。家中の書籍を引っくり返し、何とか見つけたよ(『わが愛する友に贈る詩 天舞抄』1988-05-03発行)。早速入力し、一部だけアップしておいた。


 キーボードを叩きながら、怒りがムラムラと湧いてきた。「どうして、道産子の俺が、沖縄の長編詩を入力しなければならんのだ?」と(笑)。もしも可能であれば、沖縄青年部幹部会で私が気合いを入れてやりたいものだ。


 我が地域に対する指導には、深いい入れがあるものだ。何気ない言葉であっても、その地域に住む人にしか理解できない歴史・地域・実情を踏まえると、わぬ義が込められているものだ。先生は常に、一を通して万を教えて下さる。地域の国土世間・衆生世間に光を当てながらも、全体に通じる指導を展開されている。


 そうであれば、我が地域に対する指導を記すべきだ。まして、広布第一章で戦ってこられた先輩方が亡くなっている現実を踏まえれば、我が地域の広布史を一つでも書き残しておくことだ。世代間の断絶があれば、令法久住の命脈は絶たれてしまう。


 一番簡単な方法は、ブログをつくって、各都道府県ごとにリンクを貼り合い、トラックバックし合うことだ。インターネットは、ロムのみという傍観者が多い世界だが、自ら発信しなければ何の味もない。


 聖教新聞社から何か発行されるのを待つような姿勢じゃダメだ。民衆自らが、自分の志で、師弟の歴史を綴るべきだ。これが大乗の精神だ。

2006-09-17

完結


 私どもの人生は、何事にあっても完結させることが大切である。書物も、完結のない本は味がないし、映画やテレビでも、完結のない中途半端なものは無味といわざるを得ない。

 人生もまた同じである。ましてや、一切の根幹となる信にあっては、完結させゆくことが最も重要なことなのである。私は、皆さまの信と人生の、栄光の完結の生涯をから願っている。


【金会全国代表者会議 1986-02-22 創価学会本部】


 20年を経ても、いまだに余韻を残す指導の一つ。当時、私は23歳。鬼のように活動しまくっていた時期である。会合という会合は完璧に盛り上げ、雨が降っても、雪が吹雪(ふぶ)いても、家庭指導に向かった。まあ、宗教というよりは、スポーツに近い覚だったわね(笑)。


 この年(昭和61年)、実は金会の話があった。私は断った。これといった理由もないまま。同席した先輩から「お前、馬鹿だなあ」と言われた。すかさず、「信に特別な世界なんぞありませんよ」と応えておいた。


 商売は集金をもって完結する。恋愛は結婚をもって完結する。どんな世界でも、完結させることが勝利となる。


 男子部として完結したとしても、壮年部になると堕ちてゆく人も多い。昨日、後輩から電話があったが、そんな悲しい話をいくつか聞かされた。「あの時、一緒に戦ったのは何だったんだよ。貴様は、ただの嘘つき野郎か!」と言いたくなるね。


 年代を重ねるごとに、ってもみなかった境涯にならなくっちゃダメだ。


「信の完結」とは、人間革命の完結であり、宿命転換の完結であり、使命の完結でもある。ここにのみ、「人間」としての完結がある。


 完結までの道のりは遠い。まったく遠過ぎるよ(笑)。だからこそ、一日一日の完結に挑みたい。

2006-09-16

「永遠たれ“平和の要塞”」


我が愛する沖縄の友に贈る


 私は 沖縄を詩(うた)う

 私は 沖縄を愛する

 私は 沖縄に涙する

 そして 私は 沖縄

 民衆の幸の凱歌の潮騒(しおさい)を聞く


 かつて琉球王栄え

 古(いにしえ)より薫り高き

 固有の文化の花咲く沖縄

 人には

 おおらかなる海洋人(かいようびと)の気風があふれ

 気宇は広大にして 勇気猛(たけ)く

 荒波を越えて

 中国 東南アジアの国々に渡り

 大交易時代の要衝となる


 平和を愛する強く

 義に厚く 情また深く

 破せる異国の友を

 救いもてなすこと数を知らず


 ああ されど

 歴史の濁流は うるま島を襲い

 圧制のくびきは始まる

 過酷なる年貢に喘ぎ

 嵐 日照りあらば

 毒もてるソテツさえ食いて

 飢えをしのぐか


 星ながれ 時は移れば

 あの大戦の惨禍あり

 本土防衛の「捨て石」となり

 緑の山河は血に染まり

 この世に現じた阿鼻の叫喚(きょうかん)


 戦火に逃げ惑う無辜(むこ)の民に

「鉄の暴風」は容赦なく吹き荒れ

 砲弾は丘を崩し 大地を砕き

 火炎は壕(ごう)にこもれる兵士を 母を

 学徒を 乙女を 幼子を焼く

 はたまた 集団自決の命(めい)さえ下り

 ついに 二十万の尊き命を奪う


 敗戦の後(のち) また悲しく

 米国の統治の下(もと) 基地の島となり

 各所にミサイルの黒き影あり

 あのベトナムへも

 ここより爆撃機は飛び立っていった


 ああ 沖縄

 忍従と慟哭(どうこく)の島よ

 誰よりも 誰よりも

 しんだあなたたちこそ

 誰よりも 誰よりも

 幸せになる権利がある

 そうなのだ

 ここに安穏なくして

 真実の世界の平和はない

 ここに幸の花咲かずして

 人の世の幸福はない


 悲惨なる過去の歴史に

 ピリオドを打て!

 国土の宿命をば転じ

 必ずや 必ずや

 この天地に この島々に

 常楽の民衆の都を創らねばならない


1988-02-17 沖縄研修道場

2006-09-15

現代社会は「主師親」崩壊の時代


 法上、こういうことも言えるのではないだろうか。現代は、「主師親」の崩壊の時代であるということです。これは何も封建的な道徳観をいうのではなく、人間の向上を促すものとして展開すれば、「主」というのは社会的人間関係、「師」というのは教育的人間関係、「親」というのは家庭的人間関係。その基本的な人間関係の絆がボロボロに切れてしまっている。そのいわば、生きる上での最も基本的な人間関係から復興してゆくということではないだろうか。


座談会創価学会のめざすもの」/聖教新聞 1975-01-01付】


 20歳(はたち)前後で初めて読んだ時、「これだよ、教学ってのは!」と叫びをあげた指導。師匠という存在なくして、法を体得することは不可能だ。


 坊主なんかに広宣流布なんかできるわけがないよ(笑)。行もなければ、学もないんだから。きっと、頭が悪過ぎるから、ハゲにしてるのだろう。


 爾の時に多く飢餓の為の故に発出家するもの有らん是くの如きの人をけて禿人と為す(29頁)


 これが坊主の正体。所詮、食うためにやってるだけの話。禿人(とくにん)とは「ハゲ」の。若いお嬢さん達が、「あの目つきがイヤラシイのよ。ハゲオヤジが!」という使い方をする場合と全く同じ味である。それゆえ、日顕宗の坊主どもを「ハゲ」と呼ぶことは、御書に則(のっと)っていることを知るべきだ。


 注すべきことだが、髪の毛が“少数精鋭”となっている地区部長や支部長のことを、裏で「ハゲ」と呼んではいけない。どんなに動いてなかったとしても。そういや昔、婦人部幹部から「バーコード」と呼ばれていた壮年の本部長がいたっけ(笑)。私は呼んでないよ。ただ、頭を見るたびにの中で「ピッ」という擬音を鳴らしたのは確かだ。


 この指導がなされたのが昭和50年のこと。主師親の崩壊は、バブル経済が弾けて行き着くところまで行ってしまったがある。


 リストラに始まり、社会保障に対する不安、治安の悪化、国を司る官僚や警察における汚職・不祥事、多様化する詐欺犯罪、メディアリンチ、中韓との外交断絶、膠着(こうちゃく)状態になったままの拉致被害……。挙げ句の果てには、エレベーターや瞬間湯沸かし器までもが人の命を奪っている。


 小学校では児童がナイフを振り回し、塾の講師は生徒を殺し、先生が女児の身体に触れ、中学生は教師を殴る。子供達は、常に修羅場と隣り合わせで生活を余儀なくされている。ゲーム機や携帯電話を持ってない者は劣等の虜となり、繰り返されるイジメから身をかわすために、怯(おび)えながら同級生に媚(こ)びを売る。学校はジャングルだ。「イジメにあうこと」はジャングルでの死を味する。


 一昔前の親は子供を殺せなかった。だから、コインロッカーに捨てた。現在(いま)は、あっさりと殺してみせる。育児ノイローゼという理由を掲げて、母親は子供の首に手を掛け、ためらうことな絞(し)め上げる。殺されなかった子供は、熱湯を浴びせられたり、煙草の火を押し付けられる。あるいは、育児が放棄され、死ぬまで食べ物を与えてもらえない。暴力とは無縁であっても、親が勝手に敷いたレールの上を歩かされるケースも多い。「お前のためだ」と言いながら、実は単なる世間体。人間にとって、文字通り「最後の砦」である家庭も、子供を攻撃するリングと化している。親のエゴとゲーム脳に支配され、フラフラになりながらも塾や習い事を強制される日常。ここから脱出するには、キレるか、引きこもるか、リストカットするしかない。この国には既に子供はいない。人間の形をしたペットがいるだけだ。


 いささか、シニカルに描き過ぎたキライはあるが、現代の「主師親」はこんなじだろう。もうね、跡形もないよ。


 社会の闇が深ければ深いほど、我が使命は重い。生命の次元からの人間復興――私はこれを「創価ルネサンス」と呼ぼう。

まだ見ぬ同志より電話


 昨夜、まだ見ぬ同志より電話を頂く。秋の夜が熱気を帯びる。

2006-09-14

民衆よ黙するな


 民衆よ!

 君はなにゆえに

 の嵐をおさえて

 圧制の巌(いわお)の下のみが

 己の運命とっているのか!

 なにゆえに

 古い鎖を切り落とさないのか!

 君には

 死者の歴史より生者の歴史の

 主人公としての権利が あるではないか


 流された血は償うべくもない

 溢れた涙は返すべくもない

 ああ しかし――

 君よ 黙するな

 君よ 諦観してはならない

 君よ 倦怠してはならない

 ひとにぎりの権力者が支配する

 愚劣な歴史の反復(リフレイン)に終止符を打つために

 その哀しい啜(すす)り泣きに止(とど)めを刺すために

 民衆の群舞の波で

 未来の民衆(とも)のために

 勝利を飾らなければならない


 今こそ――

 権謀めぐらす元老

 佩剣(はいけん)鳴らす将軍や

 きらびやかな貴顕富豪のみが往来する

 虹の劇の幕を下ろすのだ

 そして

 天を仰ぎ 地に転びながら

 君たちが舞台の主役となる

 もう一つの歴史の劇を作しゆくのだ


【「民衆」/1971-09-28】


 民衆を信頼し、民衆に敬を示し、民衆の背骨に筋金を入れる言葉の数々。師のから紡(つむ)ぎ出された言葉は、不軽菩薩が民衆を南無した姿を起させる。


【※指導は、近藤氏の投稿によるもの】

2006-09-13

『東京のローカル・コミュニティ ある町の物語 1900-80』玉野和志


東京のローカル・コミュニティ―ある町の物語一九〇〇‐八〇

(東京大学出版会)2005年330日発行


 学術書である。ある方から教えてもらわなければ、一生手にすることはなかっただろう(笑)。


 社会学的見地から、ある町のコミュニティの形成・変遷を追ったモノグラフである。町の前を明かしてないが、多分、大田区内だろう。


 六章で構成されているが、何と丸々一章を割いて、地域内の創価学会について記されている(第五章)。著者は学会員ではないにも関わらずだ。


 この事実は、戦後の地域社会を俯瞰(ふかん)する上で、創価学会が無視できない存在であることを示したものと考えてよい。著者は「もうひとつの地域」と題して、七節から考察している。


 日本の地域社会にはあまり正面から取り上げられることのない、「もうひとつの地域」とでもいうべき、地域においてきわめて強い社会的結びつきを有している人々が存在する。諸外国の都市でいえば、(中略)しばしばアンダーグラウンドな世界と通じていたり、空間的に隔絶されたスラムを形成したりしているが、日本ではかなり異なった形態で存在している。しかもそのためかえって存在しないかのように扱われがちなものである。それは地域によってさまざまな形態をとっているが、この町ではある信仰をともにする人々として組織されてきた。創価学会に属する人々がそれである。(203p)


 冷静な視点から、公正を期して書かれている。脚注顕正会の言い分が紹介されるほど公正だ(笑)。教義・組織・活動内容の概観に触れ、3体験談を紹介。世代の変化に伴い、学会が社会と融合する様を巧みに切り取っている。


 学術的アプローチからの見事な卓見があるので紹介しよう。


 この御本尊にたいして題目を唱えたり、勤行を行うのが、創価学会員の主たる信仰行為である。この学会員にとってもっともポピュラーな信仰行為の味が、これまで創価学会を扱った議論の中でほとんど言及されてこなかったのはどういうわけであろうか。学会が実は教学を重んじてきたことがあまり問題にされなかったことと同様、それは創価学会宗教団体としてまともに扱われることがなかったことの表れなのかもしれない。(212p)



「幸せになれる宗教がある」という言い方は、単に他力本願に現世利益を追求する通俗的な信仰とは異なった、創価学会がもつ人生にたいするある前向きで積極的な姿勢を示すものなのである。(239p)



 創価学会が戦後、教学を重視してきたことは、会員たちの知識欲や言語能力の向上にとってきわめて重要な義を持っていた。ここでもまた学会員たちはそれ以前には身につける機会を得ることができなかったハンディキャップを克服したり、逆にそれなりの能力を身につけてきた人々をも引きつけるだけの教義内容を示すことができたのである。その結果、自らの困を打開し、幸せになっていくための仲間たちからの精神的な支えだけでなく、具体的な課題解決の武器となる言語能力の習得や知識にもとづく社会的権威のヒエラルキーに対しても、ひるむことなく立ち向かうことを可能にしたのである。(241p)



「幸せにするシステム」は、少なくとも現在の創価学会の支配的な部分(それは必ずしも数的に多いとは限らない)にとっては実際に社会的な上昇を実現し、幸せにしてきたと考えてよいだろう。(243p)


 ね、面白いでしょ(笑)。


 アンチ学会の連中が読めば「肯定的過ぎる」とうだろう。しかし、生っ粋の学会っ子である私からみれば「まだまだ甘い!」と言わざるを得ない(笑)。


 社会学が階層に捉われると、極めて陳腐な印象を受けてしまう。経済を豊かさの尺度とした途端、人間の顔は消え、ビリヤードの球みたいに資本が移動する様を見せられている気になる。それを「社会」とするならば、あまりにも皮相的だ。


 例えば、マズロー理学で言うと、学会の信は、人間革命・宿命転換という「自己実現」を目指したものである。しかしながら本書においては、「自我自尊)の欲求=他者からの承認と自尊の欲求」に止(とど)まっているキライが強い。


「地方出身の若者を取り込んだ」のではなく、青年に活躍の舞台を与えているのである。親はもとより、学校も企も青年を育てることができない中で、学会はこれを実現してきたのだ。そうであれば、学会は時代の先取りとして、理のコミュニティを形成しているといえよう。


 また教学への取り組みは、民衆による大哲学運動であり、学会が「校舎なき総合大学」と呼ばれる所以(ゆえん)である。年配者の方が「こんな無学な私が――」と語るのは、貧しい時代が育んだ「学歴に対する幻」であろう。また、それとは反対に「学問に対する敬」も込められているに違いない。


 今回、初めて気づいたのだが、体験とはモノローグ(独白)である故に、理論的な根拠をしっかり示さないと、学会員しか共できなくなるという落とし穴がある。情が前面に出ると独善になる傾向が強い。


 巻末の「付録」で著者は、


 時間と事情が許すならば、座談会や唱題会、さらには御書学習会なども実際に参加させてもらったり、サーベイ調査とまではいかなくても、事例から得られた仮説の間接的な検証の手続きとして『大百蓮華』の時期を隔てた内容分析による比較なども(中略)是非やってみたいところである。(292p)


 と綴っている。素晴らしい探究だとう。出たり、出なかったりする男子部はせよ(笑)。


 余談になるが、


 しかも重要なことは、勤行やお題目をあげることが、学会組織における地位よりも一般信者にとって重く見られていることである。「幹部といったってろくに信してないのがごまんといるんです」とは、創価学会の一般信者が外なほどよく口にする言葉である。(212p)


 呵々大笑。

2006-09-12

青春の誓い


 若き日を

  嵐の如く

    広宣に

  この身捧げし

   その日忘るな


【「創価草創の集い」を記して 1983-04-30 東京会館


 青年部を卒した瞬間から、私の胸に刻み込まれている歌である。死ぬまで手放すことはないだろう。

麒麟爺氏、逝く


 麒麟爺氏が8月23日に亡くなったことを、先ほど知った。衷より哀悼のを表する。


 73歳で、闘病中にも関わらずblogを立ち上げ、以来、数通のメールを頂戴していた。あまりにも謙虚な文面に、私の方が恐縮した。


 体調を悪くしても尚、「オマケの人生どう生きる」と題して、キーを叩かれている。深刻な問題を笑い飛ばすような達観。永遠の生命を直視する瞳。病を押して記される謝のい。そして、死ぬまでメッセージを発信し続けた積極。ご子によれば、右手の人差し指一本で入力されていたとのこと。その指先に込められた力は、数多くの同志を鼓舞した。


 最後に記された御書は二つ――


 適(たまたま)法華経を信ずる様なる人人も世間をはばかり人を恐れて多分は地獄へ堕つる事不便なり(1437頁)


 身命をばほろぼすとも正法をかくさざれ、其の故は身はかろく法はおもし身をばころすとも法をば弘めよ(496頁)


 これが遺言となった。多くの幹部が忙しさにかまけ、またはインターネットを軽視し、何も発信してない事実を考えれば、何と崇高な生きざまであろうか。


 麒麟爺氏は、最後の最後まで「広宣の闘士」であった。私も後に続きたい。

2006-09-11

君でなければならない君のイメージを抱け


 時とともに

 革命の厳しき河は流れる

 今日も そして明日も――


 若き君よ

 清新の光を放つ君よ

 君でなければならない

 君のイメージを抱き続け

 山河鮮かに

 強靭な 堤防を築くことだ


 君よ 走れ

 民衆のために 走れ

 君の無辺の限界を探(たず)ねて 走れ


【「革命の河の中で」/1971-09-05】


 詩の冒頭部分。言論問題を乗り越えた生命力が、詩のあちこちに横溢(おういつ)している。前年(昭和45年)に書かれた「青年の譜」とは一線を画す何かをじる。


 理情の融合。先駆者のみが知る悩と、後継者への万の期待。詩を貫いているのは「生命と生命の紐帯(ちゅうたい)」だ。師のに触れて、私の血はたぎる。毛細血管の隅々(すみずみ)まで脈々と血潮が流れ通う。


 理を求め、希望に生きる中で、「清新の光」が放たれる。大人は計算高く、野とエゴで動く。未来を託すことができるのは青年だけだ。見通しが悪い時代であればあるほど、希望に燃える人は光り輝く存在となる。


 そして、10年、20年後の自分自身のイメージ(理像)を抱き、更には、学会と社会のイメージを描き、具体的な広宣流布の軌道を、まだ見ぬ地図の上に記すのだ。「堤防」とは、「生命の安全地帯」である「学会の組織」だ。革命の河は岸辺を洗い、大地を肥沃(ひよく)にする。氾濫(はんらん)させてはならない。いかなる暴風雨・増水にも耐える、磐石な堤防が必要だ。


「一身の安堵」(31頁)を願う青年は、革命の担い手たり得ない。マイホームを手に入れて満足する程度の人生しか歩めないだろう。青年であれば、動なき人生を拒絶せよ。ドラマなき日常を断固として拒否すべきだ。もなき人々から絶賛され、「あの人ありて」と口々に謳(うた)われる自分を志向するのだ。


 それにしても、この詩を書かれたのは、43歳の時である。現在(いま)の私の年だよ。わずか数行の中に四菩薩義すら窺える。「嗚呼(ああ)――」とためをつくまい(笑)。


 大を乗り越えて前に進む人間――私はその人をと呼ぼう。


【※指導は、近藤氏の投稿によるもの】

2006-09-10

オバサン達との会話


 隣の地区のオバサン方につかまり、荷物を持たされる。「今度からさ、買い物する時は、スーパーの前で待っててやるよ」と愛を振りまく。午前も午後も地区総会に参加するというオバサンに、「そんなに活動してたら、もう成しちゃったんじゃないの? いつ死んでも配ないね」と私が言うと、「家族からもさ、『後がつっかえてる』って言われてるんだよ」と、すかさず応答。一同、大笑い。

2006-09-09

壮男一体って?


 本幹衛中。北海道で書かれた昭和33年の『若き日の日記』が紹介され、背骨がキリリと伸びた。日付が私の誕生日だったからだ(笑)。ただし、私が生まれたのは5年後のこと。野村さんの姿を久々に拝見したが、北海道男子部長だった頃と殆ど変わらぬ若々しさで、見事なの響きだった。私が班長の時、部活動者会に入ってもらった様子をい出した。


 本幹の席上、男子部長より壮男一体の指導体制が発表された。男子部が壮年部の下部組織に甘んじるということか? よくもまあ、みっともない真似ができるもんだ。大体だな、俺は頭に分け目の入ってない男子部幹部は、でえっ嫌いなんだよ。他に方法はなかったのか。少子高齢化が加速度を増しているのだから、「男子部45歳定年制」でもよかったんじゃないか?


 そういや、昨夜見た映画『ALWAYS 三丁目の夕日』も昭和33年を描いた作品だった。最初の予告編も入れて、41分後に『冒険少年』が登場した。なあんか不議だね。


ALWAYS 三丁目の夕日 通常版

2006-09-08

最も「魅力的な市」、第1位は札幌市


 嬉しいニュース。我が故郷(ふるさと)が1位だ。驚くべきことに、上位20位のうち6市を北海道が占めている。

2006-09-07

学会の代表という責務に立て


 ここで、戸田先生のご指導を紹介したい。

 先生は言われた。

「外へ出れば、一人であっても学会全体を代表しているのである。個人ではない。学会の代表という責務に立たねばいけない」

 この自覚が大切だ。

 また先生は、「貧相な姿では、立派な外交の仕事はできない」とも言われていた。

 戸田先生は、こういうところにも気をつかわれた。貧相ではバカにされる。それだけで負けてしまう。

 先生は叫ばれた。

「臆病者は学会から去れ! 気地なしは学会から去れ! 学会と生死を共にする者だけが真実の同志だ」

 その通りだ。臆病者の集まりでは広宣流布はできない。世界広布はできない。

 今、私は全生命を賭して世界広布のために戦っている。ただ広宣流布のため ──その責任を担う私の人生には、自分の楽しみなどなかった。

 第三代会長に就任した時に住んでいた小林町(大田区)のわが家は、大変に質素だった。

 私の家を訪ねてきた人が、気づかずに通り過ぎてしまう。それくらいの小さな家だった。

 昭和41年(1966年)に信 濃町に引っ越しをした。その自宅もまた、質素なものである。

 私は、私財をなげうって広布を支えた。血の滲むような努力をして、師の教えのままに、すべてを学会に捧げてきた。これほど尽くしてきた弟子は他にいない。


【本部代表者会議 2006-03-04 創価文化会館


権威を笠に着るのは“魔物”の存在」に続く指導。


 外交戦にあっては、「いい服を着て行け」との指導。これは先日行われた研修会でも紹介されている。


「相手の地位よりも低い紹介者刺を持っていくのは愚かだ」

「人を訪問する時には、良い服を着て行け」


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-18 長野研修道場


 戸田先生は、「人を見る時に、身なりで判断しては絶対にならない」(趣)とも指導されている。しかし、他人が自分を判断する時、当然、第一印象で大きく左右される。そういう人間学を教えて下さっているのだ。


 前にも書いたが、ある支部長がこういう話をした。「昨日と同じネクタイをしていると、婦人部のうるさ方から『あそこの奥さんは、だらしがない』と言われる。たとえ、自分でネクタイを選んでいたとしてもだ。だから、同じネクタイを二日続けて着用しないようにすべきだ」と。


 当時、私は20代だったが、「大事な話だな」と率直にった。「人のは、そういう動き方もするのだな」と初めて知った。実際に、悪口を言う人がいるとか、いないとかは二の次、三の次。


 そういや、こんなこともあったよ。高等部を回っていた時のこと、あるお宅の玄関先でお茶を出された。「どうぞ、お構いなく」と言ったのだが、せっかく出してもらったのでご馳走になった。数日後、そこのお母さんが、「小野さんが来て、私にお茶を出させた」と陰口を吹聴していた。「ギョエーーーッ!」といながら、ネクタイの話をしてくれた支部長にその話をした。


「おう、そうなんだよ。あそこの家じゃ、水を出されたって飲んだらダメだぞ。必ず悪口を言いふらされるから」

「しっかし、同じ学会員なのに信じられない話ですね。空気を吸うのも、嫌になっちゃいますよ」

「そうだ。なるべくもするな」


 と、二人で大笑いした。


 京都じゃ、ご飯を勧められても絶対に鵜呑みにしない方がいいらしいね。オオ、やだやだ。


 先生は昨年から今年にかけて、一貫して若き日の闘と覚悟を教えて下さっている。私には、「21世紀の池田大作よ、出でよ!」との叫びに聞こえてならない。


 イチローや井のような人材は必ずいる。この夏、高校野球で早稲田と駒大苫小牧が話題をさらったが、高校生でも日本中を沸(わ)かせることができることを見事に証明した。


 全幹部に、「成果」よりも「人材育成」の競争を望みたい。

2006-09-06

川邊克朗氏


創価wiki」は今現在、1800ページの記事がある。PukiWikiのシステム上の問題で、4000ページを超えるとオートリンク機能が使えなくなる。単純計算すれば、あと6年ということになる。どなたか、いい方法をご存じでしたら教えてやっておくんなせい。


 最近で最も目を惹いた記事の一つ。

 家庭指導、数件。回るほど、生命力が満ちてくるのが不議。

2006-09-05

権威を笠に着るのは“魔物”の存在


 以前も申し上げたが、組織は「上」から腐る。上の幹部が要領を使い、威張ってばかりいたら、全体が腐ってしまう。人材も育たない。

 それでは皆が可哀だ。そういう幹部は、下からを上げて突き動かしていくことだ。

 権威を笠に着るのは“物”の存在だ。

 学会は最高の「人間の世界」である。清らかな信の世界である。

 全員が平等である。学会のため、広宣流布のため、同志のために、どれだけ働いたか──ただそれだけが、その人の「偉さ」を決める。

 不惜身命の行動をした人を、日蓮大聖人は御称賛くださるのである。

 会員のために尽くすのが学会の本当のリーダーである。会員に尽くすことが、御本尊に尽くすことになる。それが広宣流布に尽くすことになるのである。

 自分は偉くない。偉いのは広布へ戦う同志である──そうからって、「ご労さまです」「ありがとうございます」と称(たた)え、謝していくのだ。

 そして、幹部は仲よく、互いにを合わせ、力を合わせて、異体同で進んでいただきたい。


【本部代表者会議 2006-03-04 創価文化会館


仏法の真髄は『師弟』に」に続く指導。


「先生、もう腐ってます」――そんながあちこちから聞こえてきそうだ(笑)。悪臭紛々(ふんぷん)たる“腐れ幹部”の下で戦う方には、「ご愁傷さまです」としか言いようがない。どうか、便所に咲く蓮の華を目指して頑張ってもらいたい。


 先生が何度も「下から上を動かせ」と指導されている味はあまりにも重い。トップダウン官僚主義を打破することが、既に不可能であることを示唆しているとう。また学会総体が、人事を刷新したところで改革できる規模ではなくなっている。


 組織が大きくなると、一人ひとりの責任が弱まる。自ら訓練を受けようとする積極も薄くなる。こうして、随自意の精神が失われ、組織全体を義務が覆い尽くす。義務の虜(とりこ)となった会員は奴隷と化す。千匹の羊は、たった数匹の番犬によって行く先を決められる。


 こんな組織が多過ぎやしないか?


「権威」とは役職だ。役職があるにも関わらず力がない。力がないから、後輩を納得させられない。納得しない後輩は幹部不信を抱く。話せば話すほど、後輩のが離れてゆく。


 指導者が無能だと、民衆が不幸になる。ゆえに、無能な指導者は「悪の存在」となる。


 い切って、副会長全員をB長にすることを提案したい(笑)。最前線で通用するのは、どのぐらいいるだろうね? ま、半分いりゃいい方だろう。現場はそれほど甘くないよ。

仏法の真髄は「師弟」に


 私は師匠を守るために命を懸けて戦った。すべてを捧げて戸田先生に仕えた。

 先生は本当に厳しかった。今の時代では像できないほどの厳しさだった。

 真夜中や夜明け前に「すぐに来なさい」と戸田先生から電話がかかってくる。そういうことが何度もあった。

 先生のお宅は遠い。そんな時間ではタクシーも中々つかまらない。それでも手を尽くして、何とかして先生のもとへ駆けつけた。

 普通の人間なら反を持ち、退転していたかもしれない。それほどの厳しい訓練だった。

 それでも私は広宣流布のため、師匠のために、喜び勇んで馳せ参じた。

 法の真髄は、そして人間の生き方の真髄は「師弟」にある。

 お金もない。何もない。大変な時代だった。その中で先生に仕え切った。横着など一切しなかった。

 今の人達には、いくら口で説明してもわからないかもしれない。しかし、命を賭して私は戦った。

 先生のお宅へ行って夜通し、先生をお守りしたことも度々あった。になると、そこから会社へ出かけていった。

 戦って戦って、戦い抜いた。

 私は医者から「30歳までもたない」と言われたが、本当に28歳くらいで死ぬかもしれないとっていた。妻もそうっていた。そういう戦いをしたのである。


 ある時、戸田先生が大泣きをされた。

 ──大作は30歳までに死んでしまう。身体が弱いのに、労ばかりかけて、大作が死んだら、学会の将来は真っ暗だ──

 そう言って、私の妻の父たちの前で涙を流された。

 それほど私は命懸けで、不惜身命で、死に物狂いで戦ってきた。口先で言うのではない。事実としてその通りに戦い抜いてきたのだ。

 戸田先生の事が破綻(はたん)した時も、私はただ一人、先生を守り抜いた。

 先生に対しては囂々(ごうごう)たる非刑事告発をされる恐れさえあった。先生は本当に真っ暗の、極限まで追い詰められた状態におられた。

 そんな中で、一人残った私は阿修羅のごとく猛然と戦った。寒くなっても、開襟シャツ。給が半分以下の時もあった。全く出ないこともあった。

 しかし、給料がどうとか、時間がどうとか、そんなことは問題ではなかった。私は働いて働いて働き抜いた。

 あの時はどこに行っても「学会の戸田か! インチキめ!」と、嫌なことばかり言われた。それでも私は戦った。先生に一切を捧げた。

 そして、遂にこのを乗り越えて、先生は第二代会長に就任された。先生と共に、広宣流布への道を開いたのである。

 折伏もそうだ。

 遅々として進まない折伏の状況を見て先生は、「大作、立ち上がってくれないか」と。

 私は全国の各地で折伏の旋風を巻き起こした。戸田先生の願である75万世帯の拡大への突破口を開いた。

 そうして現在(いま)の学会ができ上がったのである。これが真実の師弟の姿である。

 他の誰でもない。牧口先生戸田先生がつくられた基盤の上に、今の学会をつくったのは私である。私がいなければ現在(いま)の学会はない。

 この厳粛なる「師弟」の一点を忘れたら学会は崩れてしまう。将来、大変なことになる。

 自分自身のことであるが、未来のために、今日はこのことを明確に申し上げておきたい。


【本部代表者会議 2006-03-04 創価文化会館


大切なのは、本気で戦う一人」に続く指導。


「俺なら、退転してる」――ある時代の青年部長が率直に語ったことがある。像を絶する厳しさは、イジメに等しいものだった。ほんのいくつかのエピソードを知る私ですら、ここに書くことができないほどだ。


 師子が我が子を千尋の谷に突き落とすような訓練また訓練、悪口罵詈(あっくめり)の如き指導――その中で若き先生は、戸田先生を信じて信じて信じ抜いた。


 そして先生は、何気なく漏らした戸田先生の一言まで現実のものとされた。


 この師匠と共に生まれ合わせた事実こそ、最高最大の福運であり、奇蹟といってよい。法興隆の一翼を担える使命に、武者震いを憶(おぼ)える。

2006-09-04

大切なのは、本気で戦う一人


 先生は、「外交のできない人間は信頼してはならない」と言われた。

 私は戸田先生のもとで、学会の初代渉外部長を務めた。徹底して訓練を受けた。

「誠実」と「智」、そして正義のために戦う「勇気」──これが渉外の要諦である。外交の基本中の基本だ。これがあれば大丈夫である。

もしこの精神が失われたとすれば、それは、その団体が滅びていく兆候といえよう。

 強く、また誠実に、情熱をもって進むのだ。

 渉外部長だった私は、戸田先生や学会に対し、事実無根の中傷を行う雑誌社や新聞社があれば、即座に飛んでいって厳重抗議した。相手が非を認めるまで許さなかった。

 悪質なデマや誹謗をまき散らす連中とも言論で戦った。臆することなどなかった。単身、乗り込んでいった。

 交通費がなければ、歩いてでも行った。

 大切なのは、本気で戦う一人である。だらしのない、気地のない人間が大勢いても、何の役にも立たない。

 本気で立ち上がる人間がいなければ、何も変わらない。


【本部代表者会議 2006-03-04 創価文化会館


 草創の学会は元気がよかった。他宗の大きな会合に、大勢の男子部で乗り込んで、徹底的な破折を加えた。気揚々と引き上げ、盛り上がる男子部の中にあって、先生はこうした手法に批判的だった。


 真の革命は、デモンストレーションでもなければ、イベントでもない。どれほど皆が喜んでも、一過のものであれば味がない。


「外交」は外と交わると書く。学会の全権大使として、異なる団体の人々と交わる。何をもって交わるか? それはたった一つ――人間。「学会は大嫌いだが、あなたのことは気に入った」、こう言わさしめれば勝ち(笑)。


 そこに駆け引きがあれば、単なる営だ。


 敵陣に乗り込むことを普通、外交とは言わない。私の辞書によれば、それは「喧嘩」と書かれている。あるいは、「殴り込み」。


 これを、外交と捉える精神力が凄い。先生は、「ミスター・タフ」としか言いようがない。つまり、相手に悪質なデマを認めさせた上で、学会の味方にしたということだ。その辺の圧力団体とは天地雲泥の差である。


「先生、そうは言っても、中央の執行部から『勝手なことはするな』と釘を刺されてるんです」と弁解する男子部幹部は、山ほどいるだろうね(笑)。


 師匠の言葉よりも、組織の支持が優先される。これこそが最大の問題である。

チョウドリ対談


 それにしても、昨日付のチョウドリ国連事務次長との対談は圧巻だった。私はを飲み、手に汗握り、読み終えてためを吐いた。人間がこれほど信頼し合える事実に驚嘆した。既に5回読んだが、どうにもこうにも興奮が収まらない(笑)。

 下から3行目に「Soka University」とある。リンク先では、創価大学から誉博士号を授与された記事が掲載されている。国連のサイトにこんなページがあるとは知らなかった。


 英語がダメな方は以下で翻訳できる。

2006-09-03

魚は頭から腐り、組織は上からダメになる


 今日は、全国の方面長、方面婦人部長の皆さんが集ってくださった。大事な会議である。

 永遠の創価の構築のために、戸田先生の遺言ともいうべきご指導に学んでまいりたい。

 戸田先生は言われた。

「幹部だ。幹部で決まる。指導者が自分を変えるしかない」

権力を持つと、人間はに毒される。

 魚も頭から腐る。

 組織も、ダメになるのは「上」からだ。

 幹部は、常に常に「慢」を排し、自身を変革していくしかない。

 戸田先生は、こうも指導された。

「今こそ、最高幹部が目の色を変えて働く時だ。そして同志を守り、新たな突破口を開いていけ」

 最高幹都ならば、結果を出すことだ。「さすがだ」「立派だ」といわれる模範を示すことだ。そして、第一線の同志を守っていくのである。

座談会にせよ、講義の席上にせよ、指導者は、学会精神の鼓舞をはかれ」  ──これも戸田先生の指針である。

 歓喜も決もなく、連絡事項を伝えて終わり──それでは、せっかく来てくれた皆さんに申しわけない。

 集った友が「やろうじゃないか」「戦おうじゃないか」と燃え上がって帰っていくような会合にしていく。それが幹部の使命である。

 また先生は、「指導者が大局を見ていることが大事なのだ」「動きを見て、どこへ手を打つか考えよ」「いつも四手先、五手先まで考えていけ」と指導された。

 皆が楽しんでやっていけるように手を打つのが指揮である。同志をしめるのは下の下である。いわんや、威張る幹部など論外である。それが先生の教えであった。

 さらに戸田先生は厳しくおっしゃった。

「今日の学会は、昨日の学会ではない。今年の学会は、去年の学会であってはなるまい。一日また一日、一年また一年の充実をがけよ!」

 日々、前進!

 日々、挑戦!

 日々、成長!

 日々、動!

 これが我らの「広宣流布の人生」である。


【方面長会議 2006-02-25 創価文化会館


 学会の組織はパーソナル(個人)に支えられている側面が非常に強い。このため、ろくでもない幹部に当たってしまうと、組織はアッと言う間に停滞する。その上、信仰を基としているので、見が言いにくい土壌がある。


 本当はそうじゃないよ。しかしながら、最前線で黙々と戦う人々は、「団結」「異体同」「中者に呼吸を合わす」といった目の下(もと)で自分を殺している。


 特に婦人部で問題のある幹部がいると、その下で戦う人々の多くが口にする科白(せりふ)がある――「仕方がない」。


 この諦(あきら)めが、功徳を出にくくしている最大の元凶だ。


 パーソナルに支えられている最大の問題。それは、活動のリズムが変わってしまうこと。


 例えば、仕事が忙しい人物が支部長になったとする。支部の会合は殆ど開かれることがなく、伝達事項は婦人部経由で落ちてくるようになる。


 また、家庭指導をしない、あるいは手な人物が本部長になったとしよう。この人は絶対に、支部長や地区部長に対して「家庭指導の重要」を教えることはない。活動のリズムは当然、会合型になる。


 婦人部幹部で目立つのは「唱題会型信」。強制的に人を集めて、無理にでも結果を出そうと頑張る。目標は、“成果”というの手柄だけ。だから、人が育たない。悩みに手が入らない。人間革命も進まなければ、功徳も出ない。


 10年後、20年後に振り返って、い出の一つも残ってないような活動なら、やめた方がいいよ。身体に毒だから(笑)。


 自主的な活動のリズムがないと、打ち出ししか存在しなくなる。本来、打ち出しとは最低限の目安に過ぎないのだが、打ち出し主義の場合、やり取りが教条主義的な雰囲気になる。打ち出しには、理由・動機・必要じないものだ。幹部がどれほど言葉を巧みに飾っても、結局「やれ」という押し付けになってしまう。こうして、多くの無気力な奴隷がつくられる。


 今、大切なことは、真の同志をつくること。真の同志とは、弟子としての覚悟を分かち合い、共できる人。組織の中でも外でも構わないとう。縛られる必要はない。まず、一人。そして、もう一人。更に、もう一人――。


 そのネットワークが後々、創価学会の底力となることを確信して。

堕落した幹部を厳しく責め抜け!


 大聖人は、厳格に戒めておられる。

「我が一門の中でも、信を貫き通せない人々は、(初めから信じないよりも)かえって罪があるのです。(地獄に堕ちて、その時)日蓮をうらんではなりませんよ。

 少輔房(しょううぼう)、能登房(のとぼう)ら(退転した門下の末路)を、よくごらんなさい」(1168頁、通解)と。

 幹部でありながら、信を失い退転する。学会に反逆する。これ以上の哀れな末路はない。

 だからこそ、威張って同志をしめる幹部、学会利用の堕落した幹部が現れたならば、厳しく責め抜いていくことだ。それが慈悲である。

 戸田先生は、「臆病者は大聖人の弟子たる資格はない」と叱咤された。

 たとえ相手が上位の幹部であっても、下から上へ言っていくのである。

 婦人部、女子部の皆さんも、悪に対しては、断固として、正義のをあげ、糾弾していただきたい。

 19世紀ペルーの女作家カベヨ・デ・カルボネラは叫んだ。

「裏切り、醜行(しゅうこう)、反逆は、狂気の沙汰というよりも、人間の弱さが起こすのです」

 この通りである。

 女の皆さん、よろしく頼みます!


【方面長会議 2006-02-25 創価文化会館


 退転は、最後に0を掛けたも同然だ。しかし、周囲に対する悪影響があるから、大いなるマイナスとなる。まして、反逆したとなれば、マイナス何桁になるか像もつかない。


 先日、「処分を厳しくすべきだ」と書いた(「悪人は容赦なく責め抜け!」)が、それは組織論の上から論じたものだ。現場においては、「後輩が嫌ないをさせられる姿」となって現れる。「あれっ、おかしいな?」という類いのことは山ほどあるよね。


 そこで叩き潰しておけ、というのが先生の指導。だけど、実際は中々そうは問屋が卸さない。上の幹部がまともであれば、正しい方が勝つのだが、最近はまともなのが少ないからねえ(笑)。


 学会の組織といえども、所詮は人の集まりだから、これには、ある程度の力量とテクニカルな根回しが必要だ。やり方を間違えると、自分の方が大変な目に遭うことは火を見るよりも明らか(笑)。


 負担や被害に最も敏なのは、最前線で戦う婦人部だ。幹部は除く。この人達は、見事なまでに正しい評価を下し、密かに悪口を言い合っている(笑)。しかしそれが、上の幹部に伝わることはない。


 民衆は賢者である。上手く根拠や理由は説明できなくとも、ちゃあんと鼻で嗅ぎ分けてる。この鼻に、全幹部は教えを請うことだ。そうすれば、少しはまともな幹部になれるだろう。

2006-09-01

悪人は容赦なく責め抜け


 戸田先生は、悪い人間に対しては、それはそれは厳しかった。

 将来、学会の中から反逆者が出ることを予見され、「インチキな人間は追放しろ」と遺言のごとく語っておられた。

 残ながら、その後、同志のおかげで社会的に偉くなりながら、学会に反逆し、を仇で返す卑劣な人間が現れた。

「人間の最大にして最多の悲惨は、不幸以上に人間の不正に基づいている」(御子柴善之訳「コリンズ道徳哲学」、『カント全集20』所収、岩波書店)とは、ドイツの哲学者カントの言葉である。

 尊き同志を馬鹿にし、陰に隠れて不正をなすような人間、私利私欲を貪るような人間を絶対に許してはならない。

 また、フランスの文豪ロマン・ロランは、小説のなかで綴っている。

「自分たちと同じようにひたすら正義のための熱にうごかされているものとばかり彼らが信じていた人々、彼らのたたかいの僚友であった人々が、ひとたび敵が敗退するやいなや、利権に飛びつき権力を独占し、栄誉と地位とをかっぱらい、正義を踏みにじるありさまを彼らは見た」(片山敏彦訳「ジャン=クリストフ」、『ロマン・ロラン全集 3』所収、みすず書房)

 こうした浅ましい、愚かな人間は、どこにでもいるものだ。

 御書には「前車のくつがへ(覆)すは後車のいまし(誡)めぞかし」(1083頁)と記されている。

 学会に仇をなし、反逆していった人間は皆、哀れな末路をたどっている。これは後世への戒めであり、重大な教訓なのである。

 同じことを繰り返さないためにも、悪の根は断ち切っておかねばならない。そのためには正義の言論で、徹して戦っていくことだ。最後まで、容赦なく責め抜くことだ。

 悪と戦うのがリーダーである。

 要領ではない。また、曖昧であったり、中途半端であってはいけない。

 悪と戦わないのは、結局、悪と同じになってしまうのである。


【第2総東京代表協議会 2006-02-20 東京牧口記会館


 学会は折伏の団体である。折伏とは慈悲の異なり。だから学会は、反逆者は叩くが、退転者は叩かない。叩いてもよさそうなものだが、退転した副会長なんぞは無視して、気にも留めない。


 物事には、許していいことと悪いことがある。これは、人によって基準が異なる。真剣に戦えば戦うほど人は神経質になる。勝利への執は、わずかな油断やスキも見逃さない緊張に支えられている。


 人間に欲望がある以上、悪事に手を染める人物が出るのは当然だ。あそこにもいれば、ここにもいるよ(ニヤリ)。学会といえども100人いれば、1人ぐらいは悪党かも知れない。とすると、1000人いれば10人、1万人いれば100人……1000万人いれば10万人は悪党という計算になる。1%でも、こんなにいるんだね。吃驚(びっくり)!


 問題は処分の仕方だ。処分が甘ければ甘いほど、組織に澱(よど)みが生じる。まして、放置しようものなら組織は腐る。最近の幹部はお利巧さんが多く、問題の発覚が失点になると考える傾向が強い。だから、問題があっても隠す。知らぬ顔の半兵衛を決め込む。


 人体は腐り始めると、死に至る危険がある(壊疽〈えそ〉、褥瘡〈じょくそう〉など)。組織も同様ではないのか。


 ひとたび悪の存在を許せば、湯飲み茶わんにこびり付いた茶渋みたいにが汚(けが)れる。こうなると、もう多少こすったところで取り除くことはできない。後は、汚れる一方だよ。既に、黒光りしているのがゴロゴロしてますな(笑)。


 信からほとばしる吹のない幹部よ――汝のは「ミスター妥協」なり。邪だから、どこかへ行ってくれ。

会えない部員


 結論から書いておこう。「会えない部員」は存在しない。「会う努力を怠っている自分」がいるだけだ。


 まず、本気で「会いたい」とっているかどうかが問題だ。殆どってないよ(笑)。結集とか、投票の対象にしかなってない。だから、やっと会えたにも関わらず、平気な顔で会合の連絡をする。その瞬間、目の前の人間は不在となり、自分の都合だけが優先されている。


 拠点に戻り、「会えました!」「よかったな」以上、で終わる。人が育ってない組織は皆、こんなもんだよ。会えたという表面的な事実よりも、どんな“やり取り”をしたかが重要なのだ。


 何も知らない若いメンバーのために、アプローチの仕方を書いておこう。

  • 普段から、留守のメンバーには必ずメモをドアに挟んでおく。
  • メモがなくなっている時間を確認する。
  • 日曜日の午前中に訪ねる。
  • 「どうしても、お会いしたいので、また1時間後に来ます。ご都合が悪ければ、お電話下さい」と書いたメモを1時間ごとに投函する。ま、24:00前には帰ってくるよ(笑)。

 で、会えた時に、電話番号・携帯番号・勤務先の電話番号を聞いておきゃいいのだ。たった、これだけの話。


 数年前になるが、女子部の副部長から相談を受けた。「約束をしても破るメンバーがいます。どうすればいいでしょうか?」と。「そうやって広宣流布のために動くこと自体が尊いし、動いた分だけ必ず相手のを揺り動かしているんだよ」と言うことも可能だったが、やめた(笑)。


「約束の仕方がまずいか、馬鹿にされているかのどっちかだろう。どうして黙っているんだ? なぜ注しないんだ? 約束を破っているのに、それを黙認しているんじゃないのか?」。


 泣き出した彼女に向かって、私は二の矢を放った。「そうやって泣く弱さに本質的な原因があるんだ。泣いたって何も変わらないよ」。


 本部担当の創価班といえば、絶対に遅刻・欠席が許されない世界だ。それでも時折、前々日の指導会に欠席するメンバーがいた。私は指導会終了後に、欠席者の職場にまで足を運んだものだ。


「そこまで、やるのか?」というが聞こえてきそうだが、「その程度はやるべきだ」と言っておきたい。


 厳しい現状の中で努力をし続ける。会えないメンバーがいれば、会えるまで努力する。動かない後輩がいれば、動くまで面倒をみる。こうやって、「努力し続ける自分」がつくられてゆく。努力の果てに智が湧き、智の向こうに動がある。


 海外の同志の労をえば、日本で文句を言っているようじゃ、が出るよ(笑)。

先生の「国連提言」


 830日に先生がチョウドリ国連事務次長に手渡した「国連提言」が紙面に掲載される。9.11以降、「テロとの戦い」という目でアメリカはやりたい放題を続けてきた。国連はその歯止めにすらならなかった。アナン国連事務総長の任期は今年一杯。無力が漂い、求力すら弱まりつつある国連に対し、先生は凄まじいテコを入れられた。


 そして、この日より、『新・人間革命』第19巻「虹の舞」の章の連載が開始される。