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2006-11-29

ご飯が美味い


 ご飯の出来がよくなった。


 結婚したとはいえ、諸般の事情から別居生活をしているので、殆ど独身時代と変わりがない。私は米にはうるさくないのだが、ご飯には少々うるさい。100円ショップで購入した出汁昆布を入れたり、サラダ油を入れたりと、工夫を凝らしてきたが、最終的に蜂蜜に落ち着いた。蜂蜜を一滴二滴垂らすとご飯は一層、美味しくなる。是非、お試しあれ。


 しかし、最近のご飯は格段に出来がよくなった。その理由がやっとわかった。私は、米を研ぐ際、食器洗いを必ず一緒に行う。大体、20分ほどかかる。あまり楽しい時間ではないので、音楽を流すことにしている。このため、CDコンポは流し台の脇に置いたままになっている。


 ご飯が美味しくなったのは、ジプシー・キングスの『ボラーレ! ベスト・オブ・ジプシー・キングス』を聞いているからだ。フラメンコの情熱とジプシーの哀愁とが、米を研ぐ指と掌(てのひら)の微妙な力加減を左右しているに違いない(笑)。

ボラーレ!― ベスト・オブ・ジプシー・キングス

厳しく画期的対応


 公明党と支持母体の創価学会との関係は「友好関係はあるが一体ではない」という考えが基本なので、支援者の理解さえ得られれば、(辞職願を提出した)区議らが無所属で立候補して当選することは可能だろう。次の選挙で別人を公認するなど、辞職区議らに事実上の“死刑宣告”を下したのなら、かなり厳しく画期的な対応だ。ほかの政党は「どこにでもある問題なのに、この程度のことで辞めなきゃいけないという風潮ができるのは困る」と虫をかみつぶすだろう。地方政治は公明党の基盤であり、クリーンさは公明党の生命線の一つ。党執行部は政治と金の問題で自民党と一線を画す方針と聞く。統一地方選で自民党との違いをアピールする狙いがあるのだろう。


【岩井奉信日大教授(政治学)の話/東京新聞 2006-11-25付】


 こんなもある。最後の一言を見る限り、決して友好的なコメントとはえない。それでも、公明党の決断を評価してもらえるのだから、救われたような気になる。でも、救われちゃダメだ(笑)。


 私が憤懣やる方ないのは、これが他党(中でも民主党と共産党)の不祥事であれば、公明新聞は全ページを紙上座談会にするぐらいの勢いで、徹底的に批判を加えたことだろう。それが、どうだ。自党の不祥事は事実を報じただけで、その後は沈黙を決め込んでいる。公明新聞に限らず、政党の機関紙が醜悪なのは、党利党略のための部分的な情報に終始している点であろう。我が田に引ける水以外は無視する傾向が強い。


 まず太田代表以下、全ての公明党議員が、創価学会を初めとする支持者にきちっと詫びを入れるのが先だ。それもしないで、ああだこうだと自分達の政治活動を宣伝したって、誰もを貸さないよ。

2006-11-28

ある公明党区議の見識を疑う


 公明党目黒区議団による不祥事の波紋があれば、是非コメントをお願いしたい。私の友人に尋ねたところ、「知らない」と言われてしまった(笑)。「何て、世間知らずなんだ!」と勝手に斬り返し、頼まれてもいないのにこっちから説明しておいた。


 コメントにもあるように、地方議員の政務調査費と、国会議員の政党助成金の使途をすべて明らかにし、問題のある議員に対しては速やかな処分を下すべきである。

 政党助成金がおかしいのは、「5人以上の政党」にしか支給されない点である。極端な話、国会議員の半分が無所属となれば、この連中には出ないのだ。これでは、「議員になる権利」を明らかに阻害している。これを逆手にとって、今、自民党が郵政造反組に揺さぶりをかけているのはご存じの通り。


 公明党ある区議会議員が、ブログで目黒の件に触れていた。私は彼の覚を疑う。


 区民から見を聴くために使用する車のガソリン代は「調査費」。帰りに買い物するのは「私的費用」。何処までが公務で何処までが私用なのかは、誰にも線引きできません。


 だからこそ、自分で厳しく線引きをするのが当たり前ではないのか? 区民の税金を使っている識すら窺えない。会社の経費と同様ぐらいにしかってないんじゃないのか?


 しかし、なぜ、この時期に問題視されるのか? メディア・リテラシーの観点から言えば、この問題を提起した人物が選挙に有利に働くような考えで……と考えるのが普通でしょう。


 それをバックアップするマスコミの目的は? ……やっぱりしいです。


 詭弁を弄するな! 「悪いことは悪い」と認める姿勢すら全く見受けられない。メディアの目的は権力の監視であるはずだ。にも関わらず、「メディア・リテラシー」を持ち出すとは笑止千万だ。自分が“権力の側”に身を置いている自覚すらない。ここにこの人物の本音が垣間見える。「オンブズマンよ、余計な真似はしてくれるな」と。


 私はそうはわない。オンブズマンはよくやってくれた。問題を指摘することによって、目黒区民の税金の損失を防いだからだ。これからも、どんどんやってもらいたい。不正を暴くためであれば、こっちから協力を申し出たいほどだ。

2006-11-27

創価薬王の集い

 五島勉の貴重なテキストがある。


 あまりにも素晴らしい内容なんで、ネットを探してみたところ、やっと発見。『池田大作という人 その素顔と愛と生き方』(若木書房)という1971年に発行された作品だった。主要な古書検索サイトで探したが見つからず。タイトルに見覚えがあったので、本棚を見直したところ、何と既に持ってたよ(笑)。先生のレコードや本を片っ端から買い込んでいるので、時々こんなことがある。


池田大作という人 その素顔と愛と生き方

ジェネラル・エレクトリック社の経営方法


 それではここで、社員を大切にして素晴らしい成果をあげたジェネラレル・エレクトリック社の例を紹介しよう。まずはこの会社の最高経営責任者(当時)であるジャック・ウェルチが、2000年620日付けのル・モンド紙のインタビューに答えた記事を引用する。なお、ウェルチ氏は、その革新的な経営方法でジェネラル・エレクトリック社を世界でもトップクラスの収益の高い企に導いたことで知られている。《うちの会社では、社員のひとりひとりが自由に発言できるようになっています。私たちは社員を尊重し、その言葉を大切にしているのです。それが私たちの会社の〈価値〉です。また、私たちは candid feedback (率直な反応)をがけています。すなわち、社員の働きぶりを見て、どうったのか、率直なを、社員に対して、直接フィードバックするのです。(中略)人から尊重されて、自分の言葉を大切に扱ってもらいたいとってない人はいません。ですから、管理職の人々には、私はこう言っているのです。「あまりもったいをつけるんじゃないよ。また、自分には権力があるとってはいけない」と……。ジェネラレル・エレクトリック社では、社内の上下関係にかかわらず、どんな地位にいる人でも自由に話をすることができます。その味では、きわめて風通しのいい会社なのです。(中略)また、社員に対してはこう言っています。「もし上司にひどいことを言われたら、負けずに言い返すがいい。それができないようなら、辞めてしまいなさい」と……》。また、ウェルチ氏は、企の効率が悪くなる最大の原因は官僚主義だと考えていて、これに対しては毎日のように戦わなければいけないとしている。《どうしてこれほど官僚主義がはびこるのか? それは〈自分の要求は正しく、相手の要求はまちがっている〉と考える人に都合がよいからです》

 さて、こうしたウェルチ氏の考えをもとに、ジェネラル・エレクトリック社では、社員のひとりひとりに信頼を置く経営管理を推し進める。その結果、たとえば管理職に対する評価なども、従来のように上からの一方的な評価ではなく、上司や部下、同僚など、一緒に働いている人々全員が評価を下す。〈360度評価制度〉が用いられている。また、潜在能力は高いが、まだ若い中間管理職は、もっと経験のある年配の社員の後見を受けながら、担当している部署を率いていく制度も採られている。それだけではない。社内で問題が起こった時には、その問題に関係する人々が全員集まって、相談するというシステムもできている(この会議の進行役は、その問題と関係がなく、またこういった役目をするのに特別な訓練を受けた社員が担当する。また、参加者がより自由な雰囲気で発言できるように、その問題に関係がなければ、上司も出席しない)。

 このように社員の力を信頼した経営方法を採用したからこそ、ジェネラレル・エレクトリック社は素晴らしい績を残してきたのだろう。だが、これは何もジェネラル・エレクトリック社にかぎった話ではない。社員というものは、それぞれの個を大切にしてやれば、潜在的に持っている豊かな能力を開花させるものなのである(これは経営管理に関係したすべての研究の結果が証明している)。能力というものはひとつの基準では測れない。社員ひとりひとりの個に応じた特別な能力があるのだ。ならば、それを活かしたほうがずっと得策ではないか?

 そうしたさまざまな能力を公平に評価する健全なシステムがあれば、社員たちは評価を恐れることもない。人はいずれ、なんらかの形で評価を下されるのである。もしそうなら、その評価のシステムはなるべく公平で健全であるほうがいい。そういったものができれば、それぞれの持ち場もはっきりするだろうし、問題が起こった時に、もっと自信を持って自分の見を言えるようにもなるからだ。


【『モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする』マリー=フランス・イルゴイエンヌ(紀伊國屋書店)】


 是非、学会でも導入してもらいたいものだ。三代会長が永遠の指導者であり、会長機能説が明確となった現在(いま)こそ好機だとうがどうだろう?


 創価学会組織では、分区以下の単位には予算がない(支部総会は除く)。ということは、学会組織における“権力”とは人事権に集中している。


 人事しさは、登用してみないとわからないところにある。失敗すると、本人も組織もダメになる。だが、その責任を誰も取らない。例えば青年部の場合、優秀な部長であったとしても、本部長にするとダメになるケースがある。現場で戦うのは得だが、部長を動かすことができないのだ。年齢やキャリアに対する遠慮が、指揮をぎこちなくさせることが多い。


 人事の公正さ、正当を担保するには、「誰が」「どのような形で」「判断し」「決定するのか」が問われる。


 学会の規定によれば、支部長の人事権はB長までにしかない。これは、どう考えてもおかしい。さほど動いてない本部長がいたとしても(山ほどいるよ)、その野郎が地区幹部を決定するのだ。自分の脇士を選べないのは当然だとうが、現行のままでは「支部長は、地区幹部を育てる必要はない」と言っているのも同然だ。


 上だけの判断で行われてきた人事によって、組織の大半は既に滅茶茶になっている。これを正すには、「下からの評価」を加えるしかない。


 ただし、「下からの評価」は、ともすると人気投票になりがちだ。だからこそ、上と下で評価・判断をする必要がある。


 また、人事が失敗した場合、最大の被害者は組織のメンバーである。ゆえに、リコール(解職請求)制も併せて導入するべきである。


 更に抜本的な改革として、本部職員、外郭職員、公明党議員は公募制にする必要がある。人脈だけで決めるやり方は公正さを欠いているし、談合的な要素が生まれかねない。


 余談になるが、GE(ジェネラレル・エレクトリック社)とは、エジソンを騙(だま)してつくった会社である。


【※引用文は、明らかな誤字を2ヶ所訂正した】


モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする

2006-11-26

鬱病の青年


 鬱病の青年を励ます。話していてったのだが、鬱病や身症などの精神疾患は、多分、過去のトラウマ的外傷)から自分のと身体を守っている状態のような気がする。酷い場合には、完全な記憶喪失となるケースもある。い出すと生きてゆけなくなるから、脳がそのように働くのだろう。だから、逆説的な言い回しになるが、精神疾患は健康である証だ。大切なことは、トラウマを客観視し、捉え直す作だ。

自分の身を守るためにモラルハラスメントを知ろう


 今、立て続けに胸の悪くなる本を読み続けている。一冊は読み終えたのだが、あまりの衝撃に所を記す気になれないほどだ。もうね、ラース・フォン・トリアー監督の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』と『ドッグヴィル』を合わせた以上の衝撃だ。


 サイコパス(精神病質→社会病質〈ソシオパス〉→反社会性人格障害〈APD〉)と呼ばれる人々が増えている。所謂(いわゆる)、「良をもたない人」である。善悪の概が欠落しているタイプの人間で、平然と他人を傷つけるところに特徴がある。


 現在、「創価スピリット」で、『希望対話』のいじめに関する指導を配信しているが、背景にあるのは大人社会のモラルハラスメントであると私はみている。犠牲者となるのは、真面目で善良な人々である。この人達は被害に遭いながらも、「自分を責める」ほど人がよく、驚くほど忍耐強い。夫婦間や職場でのモラル・ハラスメントによって、被害者は鬱病になったり、自殺に追い込まれるケースもある。


 私のように多少、腕っ節に自信があり、暴力的な格を備えていれば、まだ避けようもあるのだが、誰にでも強いることはできない。そこで、自分の身を守るために、以下の書籍を読むことをお勧めしておく。問題やトラブルというものは、前もって知識があれば、それなりに対処できるものである。無知が混乱をもたらす。既に、何らかの我慢を強いられ、強いストレスじている方であれば、一切に優先して読むべき書物である。なるべく、順番通りに読んで頂くと、理解が早いとわれる。


 尚、サイコパスの典型的な人物として山崎正友が挙げられる。阿部日顕も、かなり近いだろう。宗教的な観点からいえば、禅宗的な傾向だと私は考えている。

平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学  良心をもたない人たち―25人に1人という恐怖 モラル・ハラスメント―人を傷つけずにはいられない モラル・ハラスメントが人も会社もダメにする

2006-11-25

問題はあって然るべきだ


 人の集まりである以上、公明党にも学会にも問題があって当然だ。また、問題があればこそ、役職や責任が存在するといえよう。


 完璧な人間など存在しない。とは、無謬(むびゅう)の塊(かたまり)と化した人間を味する言葉ではない。むしろ、無上道という言葉自体が不完全さを示している。完全無欠であれば、もう打ち止めだ(笑)。


 わかりやすい例を挙げてみよう。昨今のいじめ問題がより深刻なのは、問題が起こった後の「対処の仕方」にある。「一人の子供を死に至らせた“いじめ”という問題」が、「学校や教育行政の体面の問題」に変質してしまっているのだ。そこには、「既に死んだ子供」よりも、「生きてる自分達の利益」を優先させる価値観がある。どう言いつくろっても誤化しようがない。


 組織という組織は、こうした形で自分達を守ろうとするベクトルを必ず持っている。これが保守的な勢力の温床となる。それが実は、どれほど深刻な打撃となっているのか全く気づかない。ここに組織の盲点がある。先生が青年部に期待を寄せて下さっているのは、青年の革新に対するものだとう。つまり、進化し続けることのできない組織は、否応(いやおう)なく腐ってゆくのだ。


 これでは、医師からオデキを指摘されて、体内の腫瘍を隠そうとしているようなものだ。小さな癌細胞が、やがて人体を滅ぼす。腐ったミカンが一つあれば、周囲に腐敗が広がる。デタラメな幹部が学会を崩壊させる可能があることを肝に銘じたい。


 私が見る範囲では、まだまだ学会も甘いとう。それは本人に対する慈悲なのかも知れないし、あるいは、反逆されることを回避するための政治的判断なのかも知れない。私の立場ではこれ以上知りようがないが、悪い幹部がいることは確かだ。


 学会首脳にお願いしたいことは、厳正・公正な信賞必である。たとえ、手足を失うような事態になったとしても、生き延びるためには仕方がないこともあるというのが私の考えだ。

公明党目黒区議団が不祥事 6名全員が辞職


 地元オンブズマン団体が、公明党区議団の政務調査費の使途を示す領収書の情報公開を請求。その後、不正な支出があるとして住民監査請求し、これによって発覚。TBSの「イブニング・ファイブ」が最初に報じ、公明党本部には100件以上の情が寄せられた。

 尚、公明党目黒区議団のサイトは既に閉鎖された模様。



 手弁当公明党を支援する我々が、どうしてこれほど煮え湯を飲まされなければならないのか? 立場が違えば、「金額も知れているし、たかが地方自治体の一部で行われたインチキに過ぎない」と考えることもできようが、我々はそうはいかない。


 学会員は、交通費を捻出し、額に汗し、時に暴言や罵倒に耐えながら、“民衆のための政治”を勝ち取るために戦っているのだ。今回の不祥事は、支持者である我々の顔を土足で踏みつけるような所だ。「信仰を同じくする人々」を利用し、騙(だま)した事実は断じて許されるものではない。学会からも即刻、除にすべきであると進言しておく。


 今回の不祥事については、公明党が明年の公認を取り消し、6の問題区議会議員が辞職する結果となった。党の判断は迅速で正しいものと評価できる。ただ、最大のネックは同様の問題が起こらないような手立てを公明党が打ち出せるかどうかによって、信頼回復度が大きく変わってくることだ。


 信していたにも関わらず、彼等は税金を流用した。ということは、個人倫理観を強化するだけでは無理があることを示している。大体、いい大人が「悪いことをやってはいけません」みたいな話をされて、言うことを聞くわけがないよ(笑)。


 つまり、チェック機能を強化するしか手立ては残ってない。各政党や自治体でそれができないのであれば、一々請求などしなくても、住民がスムーズに監査可能な体制をつくればいい。そうすりゃ、黙っていても、プロ市民や左寄りの連中が調べてくれるだろう。


 インチキとは、法を犯して自分の利益を求める態度のことである。国法は犯さないまでも、世法を犯す場合もある。デタラメな領収書を経費で落としたり、会社から支給される定期代を誤化したり、多過ぎる釣り銭を黙ってポケットに入れたり、などなど枚挙に暇がない。人間には、どうしようもないほど狡(ずる)賢い命がある。


 インチキがまかり通れば平等な社会ではなくなる。まして今、政治家や役人自らがインチキに次ぐインチキを繰り返しているのだ。


 真に平等な社会を支えるのは「フェア(公正)の精神」である。インチキ野郎は広布の担い手たり得ないことを知るべきだ。


 いずれにせよ、まだ守られている。これが、来年の2、3に発覚していれば、致命傷となったことだろう。何があろうと、それを上回る友情の対話で切り開いていけばよい。議員や党に問題があろうとも、政治に参加する私自身の権利を放棄するつもりはない。

2006-11-24

『わたしの出会った子どもたち』灰谷健次郎


 23日、灰谷健次郎氏が亡くなった。哀悼のを込めて、8年前に書いた書評を掲載する。


生き生きと躍り、飛び交う光の詩(うた)


 14年前にこの本と出会った。今再び読み返し、所を記そうとするとペンが中々定まらない。本の中に登場する数多(あまた)の「子どもたち」が、私の安直な言葉を許さないからだ。文章を飾ろうとすると「嘘をつくな!」と少年の叫びがし、中途半端な気持ちで原稿に向かうと、少女の涙が私の動作にブレーキをかける。


 作者は辛酸を嘗(な)め続けて来た半生を振り返り、子供たちの詩を添え、その優しいに救いを求める。散りばめられた詩の数々は動を誘わずにはおかない。平易な言葉で紡ぎ出される真実に、誰もが圧倒され、しさすら覚えるのではないだろうか。


 例えば「チューインガム一つ」(47p)という少女の詩。小学3年生のこの子が1年生の子を唆(そそのか)し、チューインガムを万引きさせるがバレてしまう。少女は「一年生の子がとった」と事実を記したあとで


 でも わたしがわるい/その子の百ばいも千ばいもわるい/わるい/わるい/わるい


 と続ける。悲しむ母親に折檻され、家から叩き出される。


 いつでもいくこえんにいったら/よその国へいったみたいな気がしたよ せんせい


 懺悔の叫びは、悪を正確に捉える善良なから発せられる。過ちに気づいた時、見慣れた世界からも拒絶された自分がそこにいた。


 小さな悪を厳しく見つめる少女の濡れた瞳は、小さな悪と妥協し迎合してしまう大人の日常茶飯の行為を見つめ返す。これは最早、子供の言葉ではない。“人間の言葉”だ。


 更に、関西弁がもつストレートな情表現によって言葉は一層、率直の加速度を増す。


 灰谷氏が小学校を去った時、それを聞いた子どもたちが「そんな殺生な」(116p)と叫んだという。私はわず笑い、泣けてきた。大好きな先生を奪われた子どもの情をこれほど見事に表現した言葉を私は知らない。


 もう一つ傑作を。「先生」(215p)という詩。


 おれ/もう先生きらいじゃ/おれ/きょう 目だまがとびでるぐらい/はらがたったぞ/おれ/となりの子に/しんせつにおしえてやっていたんやぞ/おれ/よそみなんかしていなかったぞ/先生でも手ついてあやまれ/「しんじちゃん かんにんしてください」/といってあやまれ


 芸術家の岡本太郎が「この子どもの怒りを、美しさとしてとらえることができる人がいますか?」と言ったそうである。


 これが小学2年生の詩というのだから驚く。この子には「目だまがとびでるぐらい」の正義が備わっている。これっぽっちも畏(おそ)れるところがない。怒りは正義から生まれる。怒ることを忘れた我々大人どもは、正義すらなくしてしまったのかも知れない。


 この本によって私は林竹二を知った。


 学んだことのたった一つの証は変わることである。(205p)


 こんにちの子どもの不幸は、先生がたが自ら変わろうとしないで、子どもに変わることだけを要求するところにあるのではないでしょうか。(208p)


 教育現場での格闘の果てから発せられる言葉の重みは計り知れない。


 灰谷健次郎の誠実さは、自分の人生の100パーセントを子どもに捧げているところにあるとう。写真週刊誌『フォーカス』(新潮社)が、神戸小六殺害事件の容疑者とされた少年の顔写真を掲載した時も、真っ先に抗議のを発した。灰谷氏は一歩も退かず、遂には新潮社と出版契約を解消するに至った。こうした行動も、子どもをう止(や)むに止まれぬ情の発露であろう。


 この人は多分、子どもから「先生!」と呼ばれる刹那に得もいわれぬ至福をずる人に違いない。


1998-10-15


わたしの出会った子どもたち

2006-11-23

『希望対話 21世紀を生きる君たちへ』/いじめ 2


聖教新聞社 2003-06-30発行


白土中等部長●中学生が書いた中に、こんながありました。

しいよ しいよ

 助けてほしい

 どこでもいいから

 逃げたい

 みんなから 自分から

 いたいよ しいよって

 うったえてる

 気づいてほしい

 ほほをつたわる

 涙の味を」


池田先生●本当に「気づかなければ」いけない!

 いじめている人は、自分がどんなに残酷なことをしているか、気がつかなければ!

 そして、いじめられている子のご両親も、先生方も、早く「気づいて」あげてもらいたいのです。何か、兆候はあるはずですから。

 口数が少なくなったとか、ぐずぐずしているとか、成績が急に下がったとか。

 何より、いじめている子の親が「『いじめる』ことは恐ろしいことだ」と気づいてほしいのです。

 それが非常に大事だと、私はいます。


いじめている側だから『安』」?


池田先生●しかし、中には「私の子は、いじめられてない。いじめている側のようだから『安』です」と言った人もいるという。

極端な例かもしれないが――。


村・前女子中等部長●いえ、そうとも言えないんです。本当に、「いじめている側」は、びっくりするほど鈍なんです。


池田先生●こんな考え方が、わずかでも大人の側に残っているかぎり、いじめはなくならない。「いじめる」子が、そのことで、どれほど自分の人間を破壊しているか、全然わかっていない。

 自分で自分の人間を破壊し、自分の知を破壊しているんです。


白土●この詩には、「いじめのない世界へ」というタイトルがついています。

いじめのない世界」を断じてつくりたいといます。


池田先生●本当にそうだ。それが大人の責任です。そして、今の10代の君たちのやるべき人権闘争です。人権とは「人が人を、いじめない」ということです。


白土●前回、取り上げたいじめは、「集団無視(シカト)」でした。そういう「精神的拷問」もありますが、いじめには「直接的な暴力」もあります。

 ある中学生は、殴る、蹴るのいじめを受けて、学校へ行くこともできなくなっています。


池田先生●そういうケースが、決して特殊じゃなくて、非常に多いんだね?


白土●そうです。しかも日本全国、都会にも田舎にもあります。


広がる暴力


村●最近は、女子のあいだにも暴力が広がっています。

「先輩の言うことには、後輩は絶対服従」みたいな風潮も、男女を問わず、強いようです。あいさつしないと、殴られたり……。


池田先生●それでは、まるで昔の軍隊みたいだ。本当に、日本の未来が配です。


白土●それで、きょうは、中学時代に、いじめにあった体験がある堀井さん(元・中等部長)に来てもらいました。


堀井広伸・元中等部長●よろしくお願いします。何か、お役に立つことができればとって、参加させていただきました。

 私もいじめにあって、不登校になり、しんだものですから。


池田先生●そうだったね。全部、聞いてます。よく乗り越えたね。

 お母さんも、お元気かな? お母さんも大変だったね。


堀井●はい、ありがとうございます。母は、おかげさまで元気です。母には一生、謝してもしきれません。


白土●堀井さんが被害にあったのは、中学に入ってすぐ……。


堀井●そうです。入学して1ヶくらいでしょうか、「口のききかたが、なれなれしい」から始まって、いじめの標的になってしまいました。

 同じ部活の子が主犯格で、その子に合わせて、10人くらいがグルになるんです。殴る、蹴るはもちろん、ロッカーに入れられたまま、3階から1階まで、ゴロゴロと階段を落とされたり……。


村●ひどい!


白土●もう「犯罪」ですね!


堀井●それから、「パシリ」というんですが、タバコを買ってこい、お菓子を買ってこいと、奴隷にされました。下校の時は、カバンを持たされるんです。

 小づかいも全部、取られました。それでも「足りない」「親のサイフから抜き取れ」と言われて――。

 自転車を売り、ゲームを売り、母の作ってくれた弁当を売ったこともありました。

 でも一番傷ついたのは、的ないやがらせでした。服をやぶられたり……。


「学校は地獄


池田先生●ひどいね。あまりにも、ひどい。


堀井●学校は地獄でした。「人間以下」の仕打ちにあい、先生も気づいてくれない。味方もいない。

 しくてしくて、「いつ死のうか」と、真剣に考えました。

 本当に自分は「生きている味」があるんだろうか? もう、これ以上、生きていても、しかたないんじゃないだろうか――そうじてしまうんです。

 だから、「いじめ自殺した」と言われる人たちのことが、人ごとじゃないんです。


池田先生●本当に残酷だ。実際に死ななくても、「死を考えた」という人は、何百倍、何千倍いることか。ものすごい数になるでしょう。

 しかし、それでも、鈍な大人はわからない。相変わらず、いじめなんて「昔から、よくあることじゃないか」とか「ちょっとくらいのことで負けるな」とかっている。


村●そうなんです。

 前回、先生が、いじめは「日本の大悲劇」だと言われましたが、それでも、「何を大げさな」とっている人はいるとうんです。その鈍さが、いじめがはびこる「もと」ではないでしょうか。

 痛みが見えない


村●こういうもありました。

いじめられてしんで自殺した人はいますが

 いじめたことをにして自殺した人はいません。

 いじめる人は、それだけ軽い気持ちで平気でいじめをします。

 いじめられる人の気持ちなど考えていません」


池田先生●その通りだね。特に、今のいじめは「一対一」ではなくて、複数で一人をいじめることが多いという。

 その場合、「二人で一人を」いじめたら、やっているほうは二人だから、何となく責任も「2分の1」くらいにじるかもしれないが、やられているほうは「2倍」のしみだということです。

 じる差は4倍です。

 それが、「5人で一人を」いじめたら、どうなる?


堀井●「5分の1」と「5倍」ですから……「25倍」です!


池田先生●20人のクラスメートに無視されたら?


白土●「20分の1」と「20倍」で、何と「400倍」ですね!


堀井●いじめる側の人数の「二乗」になる計算ですね。


池田先生●もちろん、精神的な痛を数字で表すことはできない。

 しかし、いじめる側が「軽く」したつもりのことも、被害者には何十倍、何百倍の圧迫になって襲いかかるということです。

「私だけじゃない」「みんなだって、やってる」とうかもしれないが、「みんながやってる」からこそしてはいけないんです。

 もちろん「一対一」でも絶対に、いじめてはならない。

 相手が自殺したり、転校しなければならなくなると、いじめたほうは「そんなつもりはなかった」と言う人が多いようだ。おそらく、そうなんでしょう。

 しかし、まさに「そんなつもりはなかった」ところに問題がある。そんなふうに「相手のしみがわからない」から、いじめがなくならない。


池田先生●だから、しんでいる人に、何回でも繰り返し、私は言っておきたい。

いじめられていることは、何も恥ずかしいことじゃないんだよ!」と。

 恥ずかしいのは、人の痛みに気づかない人たちのほうです。人がしんでいるのに、助けようとしない人たちのほうです。

 この一点を、多くの人がの底からわかるかどうか。それが「いじめ絶滅」の戦いのポイントです。


人の不幸をあざ笑う体質


白土●私は、日本の社会全体が、「いじめる」という暴力に対して甘い気がします。


堀井●マスコミを見ていても、本当にひどい「いじめ体質」だといます。「人の不幸をあざわらう」体質がある。

それが野放しになっている。

 その「毒」が、社会全体に回ってしまっているんではないでしょうか。


池田先生●ともかく、「いじめられるほうに問題がある」のではない。

 むしろ、いじめられている人は、卑劣な悪に加担していないんだから、正しい人なんです。その「誇り」をもってもらいたい。


使命があるんだ


池田先生●堀井さんの体験は、さらに聞かせてもらうとして、今、こうして立派にしみに打ち勝った。そして、そういう人が中等部長になった。

 全国で、いじめの悪を語りに語って、多くの中学生に「希望」を贈ってきた。

 大きな大きな「使命」があったんだね!


堀井●ありがとうございます。

 私は、だから、今、しんでいるみんなに「絶対に死んじゃいけない!」と叫びたい気持ちです。

 笑顔で話せる日が、必ず来る!


池田先生●その通りだ。

しい時は、「この闇が永遠に続く」ような気がするものです。

 しかし、そうじゃない。「冬」は、いつか必ず「春」になります。

 永遠に続く「冬」はないんです。

 永遠に続く「夜」はないんです。

 永遠に降り続く「雨」もないんです。

 いつか、絶対に、晴れ晴れと、「あんな時代もあったね」「あの時はしかったね」と、笑顔で話せる日が来ます。

必ず来ます。

 だから、生きて、生きて、生き抜いてもらいたい。

 そのために、私が応援します!

 みんなが応援します。お父さんも、お母さんも味方です。創価学会の先輩も、みんな味方です。

 誰よりもしんだ君は、誰よりも人のがわかる君なんです。

 誰よりもつらいいをしたあなたは、誰よりも人の優しさに敏なあなたのはずです。

 そういう人こそが、21世紀に必要なんです!

 そういう人が活躍してくれるのを、世界中の人が待ちに待っているんです。

 今の社会は、「人のがわからない」指導者が多いから、不幸なんです。

 だから、みんなのほうが勝たなければいけない!

 みんなこそが人材なんだから!

「悪」に負けてはいけない!

 応援するから!

 ひとりで悩まないで!

 そして、今まで、誰かをいじめていた人は、きょうから、ただちに、やめてもらいたい。

 そして、いじめられている友達がいる人は、そっとでもいいから、「自分は味方だ」ということを伝えてあげてほしいのです。

 その「ひとこと」が、小さな「メモ」が、大きな「支え」になることもあるのです。


堀井●本当にそういます。

 じつは当時、私も、「いじめられている」ことが恥ずかしくて、親にも、誰にも言えませんでした。

 帰宅したら、親に顔を見られないようにして、後は、じっとパソコンに向かっていました。


村●女子にも、「親に配かけたくないから、言えない」という子は多いんです。


堀井●私の母の場合、近所の学会員さんから、「堀井君が、カバンを10個くらい持たされていた」と聞いて、いじめを知りました。

 その日、帰宅すると、唱題をしていた母が、すごい顔で、私の前に立って、「いじめっ子の家に、どなりこむ!」と叫んだんです。

 私は「そんなこと、やめてくれ」と必死に止めました。「仕返し」がこわかったんです。

 でも、その時の母の顔は真剣でした。配してくれている。守ろうとしてくれている。それが、すごく伝わってきたんです。


池田先生●それが親だよ。当然です。怒るのが当たり前です。

 動物だって、自分の子が危ないとなったら、牙をむき出しにして、毛を逆立てて、戦う姿勢をとる。自分より何倍も大きい相手にだって、猛然とかみついていく。それが親です。

 もちろん、情的になれということではない。情的になっても、解決するわけではない。


冷静に「事実」を


白土●はい。中には、逆上のあまり、事実をよく確認せず、自分の子どもの言い分だけを聞いて、誰誰が悪いと決めつけ、人の言うことには、一切、を貸さないという親もいるようです。


池田先生●ともかく、まず冷静に「事実」を確認することが大事だ。

 第一、いじめっ子を「やっつける」ことが目的ではない。「いじめをやめさせる」ことが目的なんだから。


村●子どもの話をしんぼう強く聞いてあげて、何があったのか、できることなら、全部、話してもらうことだといます。

 誰に、いつごろ、どこで、どんなことをされたのか。

 そこを、はっきりさせ、紙に書いて、まず学校の先生に、いじめの事実を認めてもらうことも大事です。

 相手の親には、できれば、学校の先生から、まず話してもらうほうがいいかもしれません。親同士だと、情的になってしまうことが多いようです。

 子どもが「仕返し」されないように、よく話し合う必要もあります。


わが子による「いじめ」に厳しく


池田先生●ともかく、今、いじめている子だって、何かのきっかけで、びっくりするくらい「変わる」。「優しい」は、誰の中にもあるのだから。

 だからこそ親は、自分の子どもが「いじめをしている」ことに対して、真剣に対処してほしいのです。

 成績には、あれほど敏なのに、人格を育てることには、あまりにも無関な気がしてならない。


村●じつは、あるお母さんは、自分の子どもが「いじめっ子」だった時は、相手のお母さんから「何とかしてほしい」と言われても、口では「すいません」とあやまりながら、の中で「そんなに大さわぎしないでいいじゃないか。過保護じゃないか」とかっていたそうです。

 ところが、自分の子どもが今度は「いじめられる」ようになって、あわててしまったんです。

「もう学校に行きたくない」と泣く子を前に、わが身を切られるようないがする。そのことを話しても、相手の親も、先生も、前の自分と同じで、本気では相手にしてくれない。

 つくづく自分の身勝手さがわかったそうです。


堀井●いじめられる身になってみないと、わからないんです。


池田先生●もちろん、「いじめる子」にも、それなりの言い分があるでしょう。

いじめ」という行為で発散しなければおさまらない「いらいら」とか「さびしさ」もあるのかもしれない。

 しかし、どんな理由があろうとも、人を傷つけてはいけない。

 大人も「してはいけないことは、どんなことがあっても、してはいけない」と、はっきり教えなければいけない。


「どっちも、どっち」は間違い


池田先生●ここを「あいまい」にして、加害者も被害者も「どっちも、どっち」くらいにっているかぎり、いじめはなくならない。

 日本の風土には、善悪をあいまいにする悪いくせがある。

 正義の人が悪人と戦っている時でさえ、けんか両成敗――「『けんか』になるのは、どっちにも原因がある」などと言って、すましてしまう。


村●そういます。前回の「希望対話」で、池田先生が「いじめる側が100パーセント悪い」と語ってくださったことに、多くの共が寄せられました。


白土●ある婦人は、「自分は子どものころ、いじめにあって、絶対に自分の子どもには同じいをさせたくないと願ってきました。でも、実際には、子どももいじめにあい、学校にも相談に行ったんですが、あまり取り合ってもらえなかったんです。いじめている子の家にも行きました。ところが『あなたの言っていることのほうが、いじめだ』と言われ、反対に悪者あつかいされてしまったんです。これから、希望対話の励ましを抱きしめて頑張ります」と、涙ながらに語っておられました。


「被害者が責められる」転倒


堀井●よくわかります。いじめている側には、親も含めて、本当に罪の識が薄いんです。

 抗議されて、しぶしぶ、あやまったとしても、本当に形式的で「しかたなく」というじなんです。


村●だから、かえって被害者のほうが、さらに「いじめられる」場合が出てくるんです。

 ひどい例になると、いじめられている子を励ましてあげていた子が、いじめている子の親から「あんた、私の子どもに何か文句があるの。何か、悪口言っているそうじゃない」と、逆に「加害者」にされてしまった――そんなケースもあるようです。


堀井●自殺してしまった子どもの親ごさんも、陰で「自殺するような子は、弱いからいけないんだ」とか「親の育て方が、おかしかったんじゃないか」とか、「子どもが、そんなに追い詰められているのに、気づかない親も親だ」とか、追い打ちをかけるようなことを言われた人もいるようです。

 学校からも「面倒な事件を起こされて迷惑だ」と言わんばかりの仕打ちにあった親ごさんもいると伝えられています。

 さすがに、学校側も口では、そんなこと言わないでしょうが……。


あの日、父母が教えてくれた


池田先生いじめられている子に対して「負けるな」と呼びかけるのは大事です。

 しかし、そうやって、その子に要求するだけなら、あまりにも一方的だ。

いじめている側にこそ、その何倍も呼びかけるべきでしょう。

「すぐに、やめなさい!」と。

 もちろん、いじめをさせないよう、悩み、をくだいている親ごさんも、先生も多い。 ある青年は、こんない出があるそうだ。幼稚園のころ、道で障害者を見た。なにげなく、まねをして足を引きずって歩いてみた。

 その瞬間、一緒にいたお父さんに「体が吹っ飛ぶくらい、どつかれた」そうだ。


堀井●偉いお父さんですね!


村●そうやって、「してはいけないこと」を教えたんですね。


池田先生●また、ある女は、小学生の時、けんかした友達に「○○ちゃんなんか、死んじゃえ!」と言ってしまった。

 それを知ったお母さんは真っ赤になって怒って、彼女の手を引いて、相手のうちに行き、いっしょに土下座せんばかりに、あやまったという。

 彼女は「あの日の母の剣幕は、本当にこわかった」と言っています。


村●すごいお母さんですね。


池田先生●中々できないことです。


白土●今は、簡単に「死ね」とか言いますから。


池田先生●言われたほうが、どんないがするか。しかも、みんなにそう言われた時には。

 いわんや、今までは友達とっていた人から、冷たい言葉を投げつけられたら。

 ともかく、「いじめという暴力に甘い」体質が大人にあるかぎり、だめだ。

いじめる側だから、安」などという考え方を、根っこから変えなければ、変わりません。

 いじめは「いじめる側」のを徹底的に破壊してしまうのです。

それを教えていかねばならない。

 みんな(中等部の担当者)がまとめてくれたいじめ」の資料の中に、こんな中学生があった。

 この通りだとう。本当に正しい。これを、すべての人に伝えたい気持ちです。

「人をいじめるための悪口。それは自分も傷つけています。

 友達の悪口を言うのはどこ?

 君の口だよ……。

 悪口を一番近くで聞いてるのはどこ?

 君のだよ……。

 じゃあ一番傷ついてる人は?

 君の大切な人だよ……。

 もう……いじめ やめようよ」

2006-11-22

父の誕生日


 今日、父の誕生日。もう67歳だ。父母のに報いていない己を反省しつつ、健康と長寿を祈る。17年ぶりの再会を果たした時、「お前には悪いことをしたな」との一言が、まざまざと蘇る。そんなことを言われるよりも、2〜3発、ぶん殴ってもらった方が気は楽だったのに。今い出しても、慙愧のが身体中を駆け巡る。

展望なき指導者が国を滅ぼす


 国が乱れ、滅ぶのは、なぜか?

「それは、安らかなときに危険になることをわず、治まっているときに乱れることを考えず、存立しているときに滅亡することを配しない、ということが招いたもの」(原田種成著『新釈漢文大系 第95巻』明治書院)と『貞観政要』には記されている。

 指導者は聡明でなくてはいけない。常に未来を見つめ、今どこに手を打つべきか。それを明確にし、迅速に手を打っていくことだ。

 だが、決して焦る必要はない。一つ一つでいい。あっちもこっちもでは、結局、何もできないまま終わってしまう。

 一つ一つ真剣に丁寧に取り組んでいく。そこに未来の勝利がある。


【全国最高協議会 3 2006-08-01 学会本部別館】


 夫れ賢人は安きに居て危きを歎き佞人は危きに居て安きを歎く(969頁)


 常さまには世末になり候へば聖人賢人も皆かくれ・ただ・ざんじむ(讒人)・ねいじん(佞人)・わざん(和讒)・きよくり(曲理)の者のみこそ国には充満すべきと見へて候へば、喩えば水すくなくなれば池さはがしく風ふけば大海しづかならず、代の末になり候へばかんばち(旱魃)えきれい(疫癘)大雨大風ふきかさなり候へば広きも・せばくなり道ある人も邪見になるとこそ見へて候へ(1095頁)


 国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る(19/31/78/536頁)


「佞人(ねいじん)」とは、口先巧みにへつらう、のよこしまな人のこと。「佞」の字には、「おもねる」「よこしま」のがある。佞の字がつく熟語は、いずれも胸の悪くなるものばかりだ。


 現代の言葉に置き換えれば「官僚」になろうか。官僚の目的は自分の出世だ。その過程で善悪は無視される。国益や省庁の利益、あるいは組織の体面のため、との言いわけを用しながらも、すべて“自分のため”である。


 官僚はスネ夫だ。ジャイアンには媚びを売りながら、ノビ太には威張り散らす。そう、官僚の本質は、「第六天の魔王他化自在天)を目指す畜生界」に他ならない。


「自分さえよければいい」という人物が増えれば、国家も組織も崩壊するのは目に見えている。官僚は、一身の栄誉栄達を手中にしながら、国家を破壊してゆくのだ。


 官僚タイプが多い組織では、当然、官僚的な生き方を求められる。泥棒の世界では、物を盗むことが正しいのと一緒だ。黙って指示に従う人々が好まれる。自分達ののままにならない人は、速やかに排除される。


 先日、暴力よりも経済力が勝ると書いた(「役職と信心」)。その経済力に勝るのが政治権力だ。そして、政治権力を倒すために暴力が行使される。これぞ、力の三角関係。


 政党政治は、政治家を党利党益で束縛する。SMの如し(笑)。私は政治史も学んでないし、興味もないので、いかなる経緯で政党政治が誕生したのかを知らない。だが、政党政治という仕組みそのものに疑問を抱いている。政治家は、あらゆる利益に縛られることなく、自由な立場を死守すべきではなかろうか。政治家を選ぶ側にいる我々も、政治家に対して利益を求めるべきではない。そうでなければ、いつまで経っても政治は、予算と利益の分捕り合戦の様相を呈するだろう。これぞ、山賊政治(笑)。


 自由とは、「個人」として存在することである(「真っ直ぐに師弟の道を歩め」、「封建主義が権威に隷属する精神性を形成」)。学会の発展をの底からうのであれば、「屹立した個人」の集いを組織すべきだ。役職や組織に依存する羊ではなく、師子の集いでなくてはならない。

2006-11-21

功徳論


 功徳に関する私見を述べ、問題提起としたい。


 蔵の財よりも身の財すぐれたり身の財よりの財第一なり、此の御文を御覧あらんよりはの財をつませ給うべし(1173頁)


 学会員であれば、誰もが知る御聖訓の一つである。とは言うものの、活動報告でまかり通っているのは、「蔵の財」が大半だ(笑)。「の財」は評価の対象にすらなってない気がする(笑)。


 広布部員の季節になると決まったように、幹部という幹部が極めて特異な体験やエピソードを次々と紹介する。「不議な収入シリーズ」だ(笑)。特に婦人部の会合は、こんな話で持ち切りだ。


 いあまった老婦人が呟いた。「今、生活が本当に大変なの。だから、どうしても功徳が欲しいので、財務を頑張ろうとう」と。私も若い頃は似たような考えをもっていた。「万馬券より堅い」「生命保険より確実だ」などと後輩に指導しまくった(笑)。


 ちょっと冷静になって考えてみよう。ここで言う功徳って何だろう? それは「蔵の財」である。つまり、供養が“投資”になってしまっているのだ。私の場合は、「ギャンブル供養」(笑)。


 これは、おかしい。大聖人に対して、海苔(のり)や餅、はたまた米や金銭を供養した弟子が、果たして功徳目当てで行っていたであろうか? 断じてそんなことはない。供養とは「喜捨」の精神で行うべきものだ。


「蔵の財」に執着するのが人の常である。それを「喜んで捨てる」こと自体が、貪欲(とんよく)から離れた行動であり、これ六根清浄である。


 功徳とは六根清浄の果報なり(762頁)


 志が欲に負けてしまえば、「餓鬼財務」と堕すことを戒め合いたい。


 また、闘争の目的が、功徳=蔵の財を目指すものとなれば、精神や人間革命を伴わない「強欲な動機」が原動力となってしまう。これでは、煩悩煩悩だ(笑)。


 信即生活であれば、無理をする必要はない。また、つまらぬ見栄を張れば、真が失われてしまう。自らの決のままに、自由に行うべきであろう。


 その上で、以下の供養の品々にいを馳せて頂きたい――


「白米一だ」(1561頁)、「十字六十枚清酒一筒薯蕷五十本柑子二十串柿一連」(1562頁)、「僧ぜん料米一たはら」(1563頁)、「はくまいひとふくろいも一だ」(1566頁)、「鵞目両ゆひ白米一駄芋一駄すりだうふ(摺豆腐)こんにやく柿一篭ゆ五十等云云」(1568頁)、「しら牙二石並びにいものかしら一だ」(1573頁)、「鵞目一貫文」(1574頁)、「聖人(すみざけ)ひとつつひさげ十か十字百あめひとをけ二升か柑子ひとこ串柿十くし」(1575頁)


 いずれも南条時光供養した品で、弘安2年の末から弘安4年の正にかけてのものである。弘安2年といえば時光は数えで21歳。熱原の法難に際し、日興上人の陣頭指揮のもと、師子奮迅の大闘争を展開した。これによって弾圧が始まり、重税を課せられることとなった。権力者による兵糧攻めといってよい。時光一家の生活はといえば、「身はのるべき馬なし妻子はひきかくべき衣なし」(1575頁)という有り様だった。その中でこれだけの供養をしているのだ。信の志なくしてできるものではない。


「師を守らずにおくものか!」――時光の轟くような叫びが、700年を経ても尚、私のを鞭打つ。

2006-11-19

常に師と共に生きる人生であれ


 今も私は、毎日毎日、先生をい、先生と対話しながら、生き抜いている。戦い抜いている。

 いつも師匠と一緒。いつも同志と一緒。このがあれば、何があろうと、断じて負けることはない。


【全国最高協議会 2 2006-07-31 学会本部別館】


 時に挫けそうになりながらも奮闘する君の後ろ姿を、先生はじっとご覧になっている。


 さあ、今日も頑張ろう! 明日も戦おう!

2006-11-18

広宣流布は連続革命


 戸田先生は明確に指導された。

「広宣流布という未曽有の大運動は、あらゆる分野にわたっての連続革命であり、連続運動である」と。

 時代は刻々と動いている。変化、変化の連続である。

 例えば少子化の流れも、像を超える速さで進んでいる。

 学会の未来部のあり方も、また私の創立した創価大学創価女子短期大学をはじめ、創価教育の展望についても、私は将来を見据えていち早く対応を協議してきた。

 今や、4割の私立大学(4年制)が「定員割れ」という現状なのである。

 伸びていくところと、落ちていくところがある。

 勝っているところは、どこも真剣である。瞬時に手を打っている。ボヤボヤしていたら、それだけ遅れる。負けの因をつくる。幹部の責任は重大なのである。


【全国最高協議会 1 2006-07-31 学会本部別館】


 日本が少子高齢化になることは早くからわかっていた。しかしながら、「2007年問題」が初めて指摘されたのは2003年だった。特に大型汎用機などの基幹系システムの維持が困になれば、深刻な問題となることが予される。


 不議にえてならないのは、こうした背景がありながらも定年制を守ろうとする日本人の習である。団塊の世代に支払う退職金で、倒産する企も出るといわれている。


 2050年には、中国・アメリカ・インドが経済主要国となる。この過程で、中国から日本は手痛いしっぺ返しを食らうことは避けられるだろうか? あるいは、中国とアメリカの顔色を窺いながら、コウモリのような態度で生き延びる方途を選ぶのか?


 数ヶ前、創価女子短大の幹部の話を聞く機会があった。少子化の影響は、4年生大学よりも短大の方が深刻とのことだった。「先生が早い時期から手を打って下さり、多くの学会員に支えられて、盤石な短大になることができた」と語っていた。


 広布史を振り返れば、民音を設立する時も、創価大学を創立する時も、首脳幹部は反対した。もっと前には、参謀室長をされていた先生が提案した、体育大会の開催も、軍楽隊・鼓笛隊の結成にも、当時の理事室は反対した。トップ以外の首脳は、官僚になりやすい傾向がある。責任があるようで、ないからだ。


 また、会長勇退以降ぐらいからだと記憶するが、先生の判断で全国の会館改修工事が次々と行われた。基礎の補強をメインにした工事だった。実は多くの人々が「改修するほど古くないのになあ」とっていた。会館の整備が終わった。そして起こったのが、北海道南西沖地震(1993年、マグニチュード8.2、死者230人)と阪神・淡路大震災1995年、マグニチュード7.3、死者6434人)だった。


 外典に曰く未萠をしるを聖人という内典に云く三世を知るを聖人という(287頁)


 未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ(231頁)


 個人も団体も、現状に満足し、保守化すれば、滅んでゆくことは避けられない。また、日々の課題に追われて、未来を見失えば、時代や社会の変化に流されてゆくだけの人生となろう。


 惰で進んでいれば、ハンドル操作は不要だ。アクセルを全開にし、ハンドルをしっかり握ろう。

2006-11-17

太田光とビートたけし


太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」が面白い。


 太田やゲストが極端なマニフェストを掲げ、賛否を問う内容。予外の反響があるようで、アメリカのニューヨーク・タイムズでも大々的に報じられた


 太田は非常に特異な経歴の持ち主で、高校時代は一人の友人もなく、誰とも言葉を交わさずに3年間を過ごしたという。にわかには信じい話であるが、現在の雄弁ぶりを目にすると、尋常ならざる沈黙の時を過ごした反動にもえる。彼は語った。「シカトはまだいい。存在を認めてもらっている。俺の場合、存在してないも同然だった。俺から見ると、はるかに良い状態だ」。


 この番組と類似したものを挙げるとすれば、「ビートたけしのTVタックル」しかないだろう。図しているのは、政治風刺である。


 ビートたけしは、ひたすら沈黙を保ち、一言で目的を達しようとするのに対し、太田光は饒舌なまでにまくし立てる。しかも、独特な視点から、自分の言葉で語っている。


 NHKで、太田が向田邦子のドラマについて講義をしている番組を見たことがあるが、実にシャープな切り口で論じていて、漫才よりも見事な内容だった。


 個人的な見方になるが、多分、ビートたけしという人物は口下手なのだとう。言葉では表現できないから、映画を撮影したのだろう。その点、太田は言葉が実に巧みである。言葉できちんと表現できている。だから、太田にはいい映画をつくることはしいだろう。太田の製作した作品は、極めて説明的なものになるか、あるいは誰も理解できないものになるに違いない。


 おしなべて芸術とは、「言葉にできない何か」なのだとう。自分のいや考えを言葉で表現できる人は、政治家か教師になるべきだ。


 太田はこの番組で、素晴らしい表現力を示した。それによって、漫才師である味を失った。


 人間はこのような矛盾に満ちている。だからこそ面白いともいえる。

2006-11-16

見習いは「威張る文化」だ


「学ぶ」の語源は「真似ぶ」であり、日本には“見習い”という文化がある。いや、あったと過去形にすべきか。中途半端な立場で職人の味方を演じる永六輔なんぞは、さも美徳であるかの如く、よく口にしている。


 同じ類いの言葉に「以」というのがある。「言わずもがな」とかね。多分、迦葉拈華微笑(ねんげみしょう)の故事に由来しているのだろう。


 共通するのは、相手に「理解すること」を強要している点である。「そんなこと、一々言わなくったってわかるだろうが!」という精神である。「不立文字(ふりゅうもんじ)」を掲げた禅宗の本質と一緒で、言葉に対する不信と否定が露(あら)わになっている。


 職人は実力の世界でもあり、畜生の世界でもある。仕事ができるというだけで威張る。古くからいるというだけで威張る。年長者だからと威張る。威張る場所が他にないから威張る(笑)。


 ちょいと待てよ。こいつあ、何も職人の世界に限ったことじゃなかったね(笑)。社会全体がこんな風になってるね。お上に額づいてきた遺伝子が捻(ね)じれて、何らかの権威によって“自分がお上の側になろう”とする根が垣間見える。


 社長だから威張る。政治家だから、医師だから、教師だから威張る。大人だから威張る、男だから威張る。そこに“自分”はない。あるのは肩書だけ。立場を失った途端、不遇な人生が待ち構えている。


「孤高」という言葉を私が愛してやまないのは、「俺は、俺だ。俺以外の何者でもない」というストレートな生きざまに魅了されるからだ。


 威張る生命状態を法用語で「勝他の」という。“他人に勝ろう勝ろう”とする命である。自分自身を見つめて努力をすれば、聞・縁覚となるのだが、如何せん“勝る”ことが目的と化して、自分を見失う生命である。


 修羅は、大海の水が膝の下に届かぬほど大きな姿を見せるが、力ある人物に正体を暴露されると蓮の中に身を隠す。結局、「自分を大きく見せる」ことに腐しているだけで、それは虚像に過ぎない。


 背伸びをし続ける人は、必ずふくらはぎがつるよ(笑)。少し屈(かが)むぐらいの方が、自由に動けるというものだ。


三類の強敵」も少し視点を変えると、「威張る人々」に見えてくる。一番、威張っているのが僣聖増上慢。確かに威張っていたね。今は見る影もないけど(笑)。


 広布とは、威張る人々を破折し尽くし、あらゆる人間が平等な社会を実現することだ。

2006-11-15

『人生地理学』


 国会図書館の「近代デジタルライブラリー」に、牧口先生の『人生地理学』がアップされていた。

「本物の学会」をつくれ


 学会も、いかに発展しても、広宣流布への真実の「精神」を失っては何にもならない。形ではない。中身である。正法の「魂」である。

 どこをとっても、みずみずしい「学会精神」が、強く清らかに流れている。脈打っている。そうした「本物の学会」を「本物の同志」の手で、いよいよ立派につくり上げ、広げていかねばならない。

 そして未来永劫に、一切の悪の侵略や支配・抑圧を許してはならない。それらから大聖人法を、また牧口先生戸田先生の精神を守り抜いていってこそ、真実の学会である。


【第8回全国婦人部幹部会 1989-09-06 創価文化会館


 我が信の背骨となっている指導の一つ。


 広布の組織は自然発生的なものでなくてはならない。「初めに組織ありき」ではないのだ。初めにあるのは、信であり、広布を成し遂げんとする志である。


 組織形骸化すると、そこで戦う人々は義務の奴隷となる。官僚が中者になると、人情の機微は無視される。会員のを結び合わせ、広宣流布を効果的に推進するべき組織が、仕事を押し付ける組織になってしまっている。最前線で戦う人々は、可哀なほどしんでいる。


 私は現在の地に引っ越し、B長を兼任してから3年が経った。男子部を卒した際、副支部長兼任の地区部長で壮年入りしたため、初めてのB長経験だった。下町とは地域も全く異なっていた。


 3年間にわたって、現場で戦う方々の「怨嗟(えんさ)の」にを傾けてきた。もうね、『犬神家の一族』さながらだよ(笑)。「あの幹部がどう」、「この幹部がどう」、「こんなことを言われた」、「こんな酷い仕打ちにあった」等々。


 これが男子部の後輩なら、「文句があるなら、やめればいいじゃねえか!」と言えるが、相手は私の親よりも年上の方々であるから、そうもいかない(笑)。私は黙ってを傾けた。傾け続けた。時には、何十年も前の話を持ち出されることも珍しくなかった。私は特殊なオーラを放っているようで、組織を超えて様々な人から、同じような話を聞かされる羽目となった。


 一方的な話だから真に受けるわけにもいかない。だが、私は真相には興味がなかった。「しんでいる人がいる」という事実を真正面から受け止めた。


 末端の学会員は本当に真面目で人がいい。しかし、弱い。この事実をい知らされた3年間だった。20年も30年も信をしてきて、文句ばっかり、愚痴ばっかりで、幹部に対抗する術(すべ)を知らない。にも関わらず、日常の活動はしっかりと行っている。こっちは、「出なきゃいいのに」っての底からっているのに(笑)。


 だが、これこそ、「愛すべき学会員」なのだ。これが現実の庶民だ。私が尊敬する幹部は、爪の上に載ったガンジス川の砂ほどしかいないが、尊敬しているオジサン、オバサンは山ほどいるよ。


 役職なんか幻だよ。一人の人間として、やむにやまれぬ責任から立ち上がれば、下から上を動かすことが可能になる。それができない人は、一生、誰かに面倒をみてもらうしかないね。


 破邪顕正の精神が失われれば、もはや学会の組織に非ず。

2006-11-14

犯罪は地獄


 世界的に犯罪が多くなり、アメリカや日本、そして世界の“理郷”といわれたマイアミにも犯罪が増加していることを私は憂う。犯罪は地獄である。不幸である。アメリカのある高校では約7割の生徒が麻薬(マリファナ)を吸っているとの話を聞いた。麻薬によって自らの人生、人間を破壊し、希望のない人生へと堕ちてゆくことは不幸であり、悲惨である。

 麻薬による快楽は、その時は楽しいかもしれない。だが、いつしか人生を破壊してしまうことになる。それに対し、信は修行であり、勤行することも、折伏をすることも、決して安易なものではない。しかし信は、希望と蘇生と充実の生き方をもたらしてくれるのである。


 社会にあっては、善良な人も犯罪に及ぶような人とともに生活していかねばならないことは、避けられない現実である。その中でどのように自分を、そして家族を守っていくかは、次第に切実な問題となっている。

「真実一切衆生・色の留を止むる秘術は唯南無妙法蓮華経なり」(1170頁)と大聖人は仰せである。勇気をもって題目を唱え続けてゆく人には、三世の菩薩、諸天の加護が働き、しぜんに悪の手を防ぎ、守られてゆくのである。ここにいわば、人生の“安全地帯”としての信の重要がある。南無妙法蓮華経を唱え、弘めゆくことによって、人々の悪しきを、善良のに変え、導いてゆくことができるのである。ここに折伏・弘教の深き義があるといってよい。


【マイアミ会館開館記勤行会 1975-02-18 アメリカ・マイアミ会館


 30年前の指導が現在(いま)、切実さを伴って迫ってくる。


 1951年(昭和26年)、覚せい剤取締法が制定された。それまでは、戦後の食糧不足や混乱も相俟(ま)って、乱用者がたくさんいた。ヒロポンの広告をご存じの方も多いだろう。


 人間は五官への刺激を快じる。そして、刺激を求めるのが人間の(さが)といってよい。ご馳走に舌鼓を打ち、植物のエッセンスが放つ香りに陶酔し、貴金属の光りに目を奪われ、落差と回転が生み出す風を求めて遊園地に足を運ぶ。


 芸術が及ぼす刺激が内省的であるのに対して、五官に及ぼす快は一過のものであり、刹那的・享楽的だ。やや、自分を見失う傾向が強い。ダイヤモンドの輝きにウットリしている瞬間、地道な将来設計を考える人は、まずいないよ(笑)。快楽は所詮、天界に過ぎない。


 薬物による快は一切を見失わせる。自分が死ぬことも無視できる。挙げ句の果てに、薬を手に入れるためなら、どんなこともしでかすようになる。


 夜回り先生こと水谷修氏によれば、薬物乱用者の1:3:3:3の法則があるという。1割は死ぬ。3割はやめることができる。3割が病院か刑務所送り。3割は行方不明というもの。そして、薬物は人を三度にわたって殺す。まず、が殺される。誰が配しようが、どうでもよくなる。次に、脳が殺される。考えることは三つしかなくなる。「いつやろう。どこでやろう。どうやって手に入れよう」。このため、恋人に売春を強要することも珍しくない。そして、身体を殺す。中毒者になると、荼毘(だび)に付しても骨すら残らなくなる。


 私の友人でシャブを使っている者がいた。を尽くして話すと、「やめたいんだよね」と言った。しかし、「やめる」とは絶対に言わなかった。「大体だな、何がそんなにいいんだよ」と訊くと、「注射の針が刺さる瞬間が凄い気持ちよくて、どうしても忘れられない」と答えた。


 私は医師に相談した。

「あなたは煙草を吸いますか?」

「はい」

「私が今、『煙草をやめなさい』と言って、やめることができますか?」

「ちょっとしいですね」

「煙草ですら、そうなんです。薬物は絶対にやめることはできません。今直ぐ、家族が警察に通報すべきです。それが、本人にとって一番いいことなんです。やめる方法は、鉄格子のある部屋に隔離するしかありません」


 結局、友人が落とした財布から覚醒剤が発見され、彼は逮捕された。出所後、再び逮捕。現在、やっとシャブを絶つことができた。


 私の先輩が語った。「30代半ばの年になっても、シンナーの臭いをかぐと、口の中によだれがたまってくる」と。一度、薬物に犯されると、こうした覚は一生にわたって付きまとう。覚醒剤と手を切った人が、20年、30年経ってから、再び使用するケースも珍しくない。


 1995年以降、検挙者が増え続け、第三次乱用期を迎えたといわれる。10代、20代の青少年が目立ち始めた。


 悪縁に取り囲まれた社会で生きる我々に、より一層の祈りが求められている。戒壇とは「防非止悪」の義。悪縁を遠ざける祈りとともに、悪を責め抜く言論戦が、社会の闇を打ち砕く。

2006-11-13

「兵衛志殿」の読み


小野不一


 先号の大白で、「兵衛志殿御返事」=「ひょうえさかんどのごへんじ」となっておりましたね。するってえと、兄も「たゆうのさかんどの」って読みになりそうですね。


 但し書きをしてくれると助かるんですがね。プラス、理由も。こっちが注深く読み取らないと、何も気づかなくなりそうで怖い(笑)。



 参考になるかどうか、御文を挙げておきます。すべて「兵衛志殿御返事(三障四魔事)」からです。


「ひやうへの志殿をぼつかなし」(1090頁)――対告衆である弟・兵衛志宗長


「さえもんの大夫殿は今度・法華経のかたきに・なりさだまり給うとみへて候」(1091頁)――兄弟の父・左衛門大夫康光


「ただこのたびゑもんの志どのかさねて親のかんだうあり」(1090頁)


「えもんのたいうの志殿は今度法華経の行者になり候はんずらん」(1091頁)――兄・右衛門大夫(志)宗仲


 全部「の」が入っています。


 呼びの中の、役所官位の区切りとして用いられていた「の」の省略は、まだ大聖人の時代でも一般的ではなかったようです。今でも「相模守」とか「上総介」などは、読むときに「の」を入れるのが普通です。


創価仏法研鑚掲示板より転載】

2006-11-12

「先生より、泰山も裂けんが如く、叱咤さる」


昭和29年/1954年》


 1227日() 快晴


 昨日、先生宅に、お歳暮にお伺いする。

 先生より、泰山も裂けんが如く、叱咤さる。

 厳父の怒り、先生の激烈なる大音に、身のすくむいなり。


 嗚呼(ああ)、われ過(あやま)てり。先生の仰せどおりなり。人生の落伍者にならぬためへの厳愛。

 敗戦の将軍とならざるための訓戒。

 ここ数日、自己の罪、宿命をみつめ、泣き、憤り、索して、先生のご期待に応えんと決する。


 先生の力、力の如し。先生の眼、眼の如し。真実の師弟の情、今ここに肺腑(はいふ)につきささる。お許しを乞い、生命を賭(と)して、更に広布の先陣に立つのみ。


 一日中、木枯らし吹く、寒き日であった。

 わが胸臆(きょうおく)と同じ暗さで――。


【『若き日の日記』】


 厳しき訓練と、偉大な人格は比例する。甘やかされて育った子供は、可能の芽を摘まれているのだ。


 昭和29年だから、既に蒲田・文京で指揮を執り、75万世帯達成への牽引力となり、部隊長を経て参謀室長となられていた。小樽問答の約2ヶ前である。


 その若き先生が、人の知れないところで、これほど厳しい訓練を受けられていた。戸田先生の厳しさは、まさしく、師子が我が子を千尋の谷に突き落とす様相を呈していた。師子の子は、突き落とされても突き落とされても、奮迅の力で谷を這い上がった。周囲の目から見れば、あまりにも理不尽な仕打ちだった。否、狂気の沙汰だった。それでも、師匠を信じた。信じて信じて信じ抜いた。


 真実の師弟とは、温もりや癒しとは無縁だ。修羅の如き葛藤を乗り越え、灼熱の温度を放って輝く太陽の世界なのだ。


 現在、これだけの指導をしてもらいながら、自分の中で革命のドラムが轟いていない人は、師じてない人であろう。

後輩の姿が聖教新聞に


 昨日付の新聞に、私の先輩が掲載されていた。雄姿を仰ぎ見るい。

2006-11-11

プライバシー


 個人プライバシーの守秘、すなわち個人の私事の秘密を守ることについて確認しておきたい。

 私どもは、多くの同志に囲まれて、互いにいやり、守り、支え合いながら、広布の活動に励んでいる。これほどありがたいことはないし、これほど美しく麗(うるわ)しい「の世界」は他にない。

 そこで、特に幹部の皆さまは、信の先輩として、後輩や友人から様々な相談を受ける場合が多々ある。その際、相手のプライバシーは絶対に尊重しなければならない。

 立場上、知り得た秘密を守ることは、いかなる組織、団体においても当然のことである。医師や弁護士などは、プライバシーを含めて、務を通して知った人の秘密を第三者に漏らした場合には、処されることが刑法第134条に規定されている。

 また、公務員についても、「守秘義務」が国家公務員法第100条、地方公務員法第34条に定められており、則の規程も国家公務員法第109条、地方公務員法第60条に明示されている。


 こうした職上の立場と学会の役職とは、もちろん次元が異なる。私どもにとって「プライバシーの尊重」は、何よりも人間としての信頼の問題である。

 信仰は、その人の人生の幸・不幸に深く関わる問題である。ゆえに学会の幹部には大きな責任がある。また、強いの絆で結ばれた信仰の世界であるがゆえに、相手は幹部を信頼し、学会を頼って相談してくれるのである。その“”を絶対に裏切ってはならない。その味で、個人プライバシーを守れない人は、法者として「失格」である。

 私も、多くの方々からお手紙をいただき、実に様々な報告も受けている。しかし、他人に言うべきでないことは、一度たりとも口にしたことはない。


 ところで、人生の様々な悩みについて相談を受けた時、自分一人では、指導し、解決できない場合には、先輩に相談することもある。

 更に、その人が抱えた問題を克服するために、皆で祈り、応援してあげたいという場合も出てくる。

ただし、そのような場合でも、プライバシーに関することは、本人の了解を得て、その人が本当に喜び、安できるよう細やかに配慮してゆくことが大切である。

 相談にきた本人が知らない内に、周囲の多くの人が知っていたというようなことがあってはならない。

 組織の中には、問題を抱えながら、誰にも相談できずにいる人もいよう。せっかく勇気を出して相談にきた人が、たとえ善からであったとしても、幹部の不用な言動によって不愉快ないをしたり、しむようなことがあれば、大きな誤りである。それでは、ますます相談しづらくなってしまう。

 触れられたくないプライバシーの問題を、無理に聞く必要もない。それを話すかどうかは本人のであり、幹部が強いて聞く権利もなければ、幹部に無理に話す義務も全くないからである。

 どうか皆さま方は、このような問題の一つ一つに賢明に対処し、一人ひとりの「人格」を最大に尊重しながら、他人に言っていいことと、言ってはならないことを峻別できる聡明な、責任あるリーダーであっていただきたい。


「秘密を守る」ということで、一つの極限状況を描いた映画がある。その映画はフランスの劇作家ポール・アンセルメの戯曲「われら二人の道義」を映画化したものである(ヒッチコック監督のアメリカ映画『私は告白する』)。

 この映画の舞台はカナダのケベック。主人公はカトリックの神父であり、信者の告白を他言してはならないという義務を負っている。

 ある時、彼は、自分が面倒をみていた男から、殺人の罪を犯したと告げられる。罪を償うように諭(さと)したものの、他言はできない。

 その内に、警察はあろうことか、この神父を殺人犯だと誤解して追及を始める。しかし、彼は頑として秘密を口外しない。ますます証は悪くなり、遂に逮捕され、裁判にかけられる。それでも彼は黙秘する。

 幸いなことに、決め手がなく、彼は無罪となる。

 しかし、宗教者としては、犯罪者の疑いを広められただけで致命的な痛手となった。釈放された彼を、裁判所の前で群衆が取り囲み、口汚い罵を浴びせ、嘲笑し続ける。

 人波の中をくぐってゆく彼の姿は、まさに殉教者のようであった。

 真相を知る犯人の妻は、とても見ていられず、わず真実を叫ぼうとする。

 それを止めようとした犯人が、妻を銃で撃ち、そこから全てが明らかになってゆく。

 卑劣漢の汚を着せられたこの神父が、実は最も自分の誓いに忠実な人間であった。やがて、この事実が証明され、映画は終わる――。


 これは少々極端な例かもしれない。また、国法上も、宗教的観点からも、多くの異論があろう。また、悪を助長させ、人間としての道を踏み外させてしまうことは、絶対にあってはならない。

 ただ、それはそれとして、プライバシーという次元ではあるが、自分がひとたび誓った「約束」「誓い」というものは、最後まで貫くべきものである。

 時には守秘によって自分が不利益を受けることもある。秘密を口外されないのをいいことに、秘密を守ってくれている人を裏切り、逆にその人を攻撃し、陥(おとしい)れようとする場合もある。

 私もこの40年間、こうした裏切りや堕落の姿を幾度となく見てきた。しかし、守るべき個人の尊厳や秘密は、厳として守り通してきたつもりである。それが、法者としての生き方であり、信だからである。


 日蓮聖人は「約束」ということについて、次のように仰せである。

「いふにかひなきものなれども約束と申す事はたがへぬ事にて候」(1512頁)――取るに足らない者であっても、約束というものは破らないのが習いである――と。

 約束は約束として守り通し、信義を貫いてゆく。ここに人間として、法者としての大切な姿勢がある。


 ロシアの作家プーシキンは『ベールキン物語』という小説の中でこう述べている。

「よしどんな種類の秘密にもせよ、総じて秘密といふものは、女ごころにとつては辛い重荷になるものである」(改造社版『プウシキン全集』第3巻、神西清訳)と。

 簡単に言えば、女にとって黙っているというのは大変な痛である(笑い)ということになろうか。

 また、「一人の女に話したことは、世界中に話したのと同じことである」(爆笑)と言った皮肉屋もいる。

 要するに、“女はおしゃべりだ”という味であるが(笑い)、実は男についても同じことが言える。

 結局、人の不幸を喜ぶようなゴシップを好んで話したり、広めたりする人は、薄っぺらな人格という他ない。何でもすぐにしゃべりたがるという軽率さは、戒めてゆくべきである。

 その点、明確な目的に生きる一流の人々は、こうしたゴシップを聞こうともせず、自分で話そうともしないものだ。政治家でいえば、イギリスのサッチャー首相は、そうしたリーダーの一人である。

 要するに、言うべきことは敢然と言い、一方、言ってはならないことは厳然と守るという「勇気」と「良識」――これが大切なのである。


【第8回全国婦人部幹部会 1989-09-06 創価文化会館


「大変な悩みを聞かされると、こっちの命がグーーーッと重くなる。相手の悩みを引き受けるというのは大変なことだ。祈れば祈るほど重たくなる。それに耐え切れなくて、関係ない人に話す。話せば自分は楽になれる。しかし、問題は絶対に解決しない」――私の父が、ある人にこう話していた。


 地域や組織によっては本当に酷いところがある。東北のある村では、指導を受けると、翌日には皆に知れ渡っているそうだ。


幹部に相談した内容が漏れたことがありますか?」の結果をよくご覧いただきたい。結婚が破談となったケースもあるようだ。


 口の軽い幹部どもによって、幹部不信が広がっている。


 また、私のように強烈なキャラクターの持ち主で、幹部の立場を脅(おびやか)かし、蔑(ないがし)ろにするタイプの場合だと、迅速な連係で対応策を講じつつ、「彼はしい、厳しい、怖い」というレッテルが貼られる。だから、私にちょっとしたエラーや失敗があると、それら全てが誇張され、増幅されて、幹部間を駆け巡る。ま、何があっても負けないけどね(笑)。


 学会も、いじめを傍観するような連中が増えれば、おしまいだ。学会員は誰よりもデマしめられてきた。デマは、それを流す連中と、鵜呑みにする人々によって支えられている。その学会の中で噂話が流れるとすれば、学会の組織とは到底いえない。

訃報


 草創期から学会を支えてきた柏原ヤスさんが肝不全のため逝去。享年89歳。謹んでご冥福を祈る。私の身内がお世話になっていたので、一度お会いしたかったのだが、かなわなかった。

2006-11-10

もう一歩の執念、粘り、努力、配慮


 さて、小堀遠州(えんしゅう)は、万事において磨きに磨き上げた完成品をつくり上げるまで、絶対に妥協しない人であったようだ。真実の信の人、また何事でも本物をつくろうとする人は、決して安易な妥協はしない。ここに世間でいう、いわゆる「一流」と「超一流」の違いがある。

 本当の本物をつくり上げるためには、もう一歩の「執」、もう一歩の「粘り」、もう一歩の「努力」、もう一歩の「配慮」が鍵となる。それはすべての分野においていえる。どうか、中部の皆さま方も、自身の人生の建設に、また地域広布の発展に、この「もう一歩」の努力を、最後まで忘れないでいただきたい。


【中部記幹部会 1988-03-28 中部池田記講堂】


 会合の前半で、「朝の敗北は一生の敗北に」と指導されている。


 古屋天守閣をつくり上げたのは加藤清正。そして、作事奉行が小堀遠州だった。遠州は後に、桂離宮などを設計。書や画、また建築や庭園なども含めた「総合芸術としての茶道」を確立した。遠州流茶道宗家第十二世の小堀宗慶(そうけい)氏は、何と先生のご自宅のお隣に住んでいるとのこと。


 人間革命とは端的にいえば、「できなかったことが、できるようになること」だ。スポーツに例えるとわかりやすい。捕(と)れなかった球が取れるようになった、打てなかったコースにスマッシュを決めれるようになった、などなど。


 芸術家やプロスポーツ選手は、縁覚界の衆生である。彼等の言葉が味わい深いのは、自分自身の限界を打ち破って、孤高ともえる境涯を獲得しているためであろう。これを法用語で“独覚”という。一流の職人にも共通する世界だ。


 彼等は、“ほんの少しの前進”を勝ち取るために、熾烈な格闘を続けている。才能+努力では足りない。それまでの自分を捨て去り、破壊するほどの覚悟がある。“積み重ねられた力”は、土を盛って少しずつ大きくなるボタ山のようなものではなく、破壊と噴火を繰り返すマグマをわせる。


 野球の場合、「あと一歩」の守備範囲が試合の勝負を決することも珍しくない。たった10cm、20cmの距離が、それまで積み重ねてきた皆の努力を木っ端微塵にするのだ。打撃に至ってはミリ単位である。


仏法は勝負」とは、法は戦いであるということだ。「頑張ったけど、負けました」――これは法に非ず。勝負を決する要素には、天の時、地の利、人の和がある。しかし、すべて我が一に収まっている。戦いが進んでゆくと、どうしても戦っていること自体に満足し、油断が生じる。勝利を見失う瞬間である。そこから、もう一歩戦い抜く。これが、人間革命だ。1時間の唱題をする。そこから、もう5分やり切る。これが戦いなのだ。


 是は御ために申すぞ古への御ざし申す計りなし其よりも今一重強盛に御志あるべし、其の時は弥弥十羅刹女の御まほりもつよかるべしとおぼすべし、例には他を引くべからず(1220頁)


 見えるところだけで戦っている内は、30点(笑)。

2006-11-09

秋谷・創価学会会長退任へ、後任に原田副理事長


 創価学会は9日、秋谷(あきや)栄之助会長(76)の任期途中での退任を内定した。

 後任には、原田稔副理事長(65)を充てる方向だ。9日中にも正式発表する。任期は5年間。

 秋谷氏は、1981年に北条浩第4代会長の急逝を受け、第5代会長に就任した。今年7に再任され、6期目を務めていた。

 池田大作誉会長の下で、公明党への選挙支援などを含む実務全般を指揮してきた。秋谷会長の在任期間は25年に及ぶ。

 来年の統一地方選と参院選は公明党にとって厳しい戦いが予されることに加え、9公明党代表に太田昭宏氏が就任し、新体制が始動したことから、世代交代を図る必要があると判断したと見られる。


2006年119日15時17分 読売新聞】


※14:30頃、テレビで報じられた模様。

トマス・モア


 信――それが「人格」と「人間」をつくる。歴史を動かす。そして、この信という言葉は本来、教で使われてきたものである。“信じ”“ずる”。その精神の不抜の力なくして、いかなる開拓もあり得ない。

 信――その究極は「信仰」である。


 先日、あるイギリスの方とお会いした。談弾(はず)み、トマス・モアの話になった。

 言うまでもなく、イギリス史上、「信」を貫いた英雄の一人として高い。

 彼は当時、イギリスのみならず、ヨーロッパを代表する大学者であった。人格も極めて高潔。人望もあった。社会的地位も高い。しかし、その彼の最期は、王による「死刑」であった。

 彼が自分の生命よりも大切にしたものは何か。それは彼の「信」であり、「信仰」であった。


 モアは、1477年(78年説も)、ロンドンに法律家の子として生まれた。

 若い頃から抜きん出た才能を示した。しかも、公平で清廉(せいれん)な人柄。ウィット(機知)に富み、雄弁でもあった。

 雄弁――広布の世界にも、真の雄弁の人が必要である。あらゆる場、あらゆる相手、あらゆる問題に、明快に正義を主張し、誰をも納得させてゆく力量がなければ、時代に後(おく)れをとる。

 真の雄弁は口先ではない。知のみでもない。「胸」と「腹」と「頭」と、全身全霊をかけた正義への戦いである。ゆえに雄弁は、組織の力に寄りかかった甘えからは生まれない。一対一の抜き差しならない百戦錬磨から生まれる。


 モアは、このように法律家として十分な器量を備えていた。やがて、弁護士になり、議員(参議会)、財務次官などを経て、国家の「法」を司る大法官となる。時は国王ヘンリー8世の時代。臣下としては最高の地位であった。


 彼の時代は、古典文学(ギリシャ・ラテン文学)研究の「ルネサンス」の波が、発祥地イタリアから、ようやくヨーロッパ全土に広がってきていた。

 モア自身、著ヒューマニスト人文主義者)であり、ルネサンスによる芸術・文化の最盛期を生きた。イタリアのミケランジェロやラファエロも、彼の同時代人である。

 また当時は、先日も大航海時代のお話をしたように、新しき「発見」の時代であった。モアがオックスフォード大学に入学した年は1492年。コロンブスがアメリカ大陸を発見した年である。

「人物」が出る“時”というものがあるのかもしれない。

 モアはオランダの高な学者エラスムス(1466または9〜1536年)とも親交があった。一流の人は一流の人と交際する。卑しきの人の周りには卑しきの人が集まる。


 このようにモアの半生は、あらゆる栄光に包まれた歩みであった。いわゆる出世街道でもトップに立っていた。

 その彼が1534年、悪高い「ロンドン」に幽閉される。やがて処刑。罪状は「反逆罪」。何が彼に起こったのか。


 当時、ヘンリー8世は、自分の離婚問題でローマ教皇と対立していた。カトリックでは離婚を認めなかったからである。そうしたことから王はカトリックから離れて、新たにイギリス国教会を樹立し、自分をその首長にしようとした(首長令)。

 王は、これに従わない者は徹底して弾圧した。大法官モアもその一人であった。


 ロンドンは私も訪れたが、まことに忌まわしい。権力悪の象徴である。どれだけ多くの正義の士が犠牲になったことか。

 モアは、ここに15ヶ間、幽閉される。その間、妻や娘から考えを変えるように説得された。モア夫人は言った。賢明の誉れ高いあなたが、こんな牢に閉じ込められて、何と愚かなことか、と。

 モアは家族らの無理解を悲しみながらも、決を変えようとはしなかった。

 戦時中の学会弾圧の折も、夫人らの説得で退転した幹部がいた。その夫人は、退転するよう掌(てのひら)に書いて夫に見せたという。後に、長く夫婦ともしんだ。戸田先生も、それは厳しく叱っておられた。

 三障四魔の中には、妻子等の姿をとって障害が現れる「障」がある。

 愛する家族の嘆きに痛まぬ者はいない。しかし、一家の内、「一人」が断固として信仰を貫く時、最期には他の家族をも救うことができる。これが法の偉大なる法理である。


 モアと同様、王の横暴に反対した者達が次々と処刑されていった。一人ずつ、生きたまま切り刻まれ、腸(はらわた)を抜き出すという残虐無比の刑である。

 それらを、モアはどんな気持ちで見、聞いていたことか――。


 裁判が始まった。モアを陥れようとして偽証が行われた。「嘘つき」はいつの時代にもいる。卑劣な「嘘」にだまされることほど愚かなことはない。そして、「嘘つき」に集中攻撃されることほど誉なこともない。真実の人である証明だからである。

 裁判で偽りの証言をしたのは、王の事務弁護士のリッチである。彼は誘導尋問で、モアの“反逆罪”の証拠をつかもうとするが、英知の人・モアは巧みに、その奸計(かんけい)をかわす。

 そこでリッチは、言ってもいない「モアの発言」をデッチ上げ、有罪に追い込んでいった。


 人のは恐ろしい。社会は残虐である。権力と立場を持った人間の悪は、特に罪が大きい。

 しかし、正義は絶対に負けてはならない。悪の社会であればあるほど、強くまた強く、賢明に更に賢明に戦い勝たねばならない。“法は勝負”である。悪に負ける弱き善は、悪をはびこらせ、増長させる。結局は悪にさえ通じてしまう。


 有罪となったモアは、ロンドン外のタワー・ヒルで打ち首と決まった。

 長い牢獄生活と、痛に満ちた審問のために、モアはすっかり痩(や)せ衰えていた。しかし、その瞳には「理知」と「志」の光が強くたたえられていた。

 死刑に臨んでも彼は悠然としていた。刑場でもユーモアを忘れないゆとりさえあった。

「私の首は短いからな」と、うまくやるように首切り人を“激励”した話は有である。全く、話が反対である。

 頭を台に載せてからも、彼は言った。「ヒゲをそろえさせてください。ヒゲは“反逆罪”を犯してないのだから」。こう最後のユーモアを飛ばしながら、堂々と処刑に臨んだ。

 信に徹した人は強い。信仰に生き抜いた人は美しい。妙法を知らないモアでさえ、この傑出した人格をつくった。まして、大聖人法には、人間としての生き方の真髄が説かれている。

 えば草創の友は強かった。迷いもエゴも愚痴も臆病もなかった。ただ、「信」があった。「ただ、広宣流布」のいで戦った。美しかった。立派であった。そういう無の勇者が今日の学会をつくったことを忘れてはならない。

 信の目的は、目先の利益等にあるのではない。何ものにも動じない、屹立した金剛のごとき「人格」「人間」を築き、完成しゆくことにある。


 死に直面したモアは語った。自分は「王の良き下僕」として、また、何よりもまず、「神の下僕」として死んでいく、と。自分にとって、信仰の世界が第一であると言い切ったのである。

 権力に媚(こ)びず、誉も地位も家族も捨て、そして、「死」をも恐れず、「信仰」の世界を守り通した。その味で、人間としての「勝利」の姿であった。(中略)


 処刑された彼の首は、ロンドン橋に置かれた。“さらし首”である。

 そればかりではない。モアが忠誠を尽くした王は、彼の家族まで迫害する。子のジョンも、ロンドンに監禁された。傲れる権威というものは、どこまでも残酷である。

むしろ、外国の人々が事態を冷静に見ていた。

 モアの死を聞いたスペイン王カルロス1世(神聖ローマ皇帝カール5世)は、「もし彼が私の臣下であったなら、そういう立派な参議院を失うよりは、むしろ領土内の最もよい都市を失(な)くした方がましであろう」(研究社版刊『トマス・モアとその時代』所収ウィリアム・ローバートマス・モア伝」昇太郎訳)と、その死を惜しんだという。


 ところで、特筆すべきことがある。獄中においてもモアの筆は自由であったということである。

 栄誉を極めた時期の作品が厳格であったのに比べて、獄中での作品は自由で楽しく、幸せな雰囲気が漂っていると評する人もいる。

「身体」は獄につながれている。しかし、「」を鎖でつなぐことは絶対にできない。

 私はう。モアのは、投獄という試練を経て、それまで以上に解き放たれていったのであろうと。胸中には、自由の青空がぐんぐん広がっていった。

 魂は、激しき試練を経てはじめて「自由」の翼を獲得する。自由は、わがままとは違う。放埓(ほうらつ)とも異なる。それは、闊達なる「精神の飛翔」であり、誰人もとどめ得ぬ「人間の奔流」である。

 その「魂の自由」は、安閑とした中で得られるものではない。自由は「戦い取る」ものである。

 泥にまみれ、雨に打たれ、汗を流し、叩かれ、圧迫され、それでもなお「信」を貫いた時、精神は自らの小さな殻を打ち破って、大いなる自由の空を翔(か)けはじめる。

 ここに私どもの「信仰」の精髄もある。「悩」即「幸福」へと転じゆく生命の法則と力がある。


【「8.24」記 第1回東京総会 1989-08-24 創価文化会館

2006-11-08

指導を咀嚼せよ


 ここで、まず申し上げておきたいことは、これまで私は数々のスピーチをしてきた。また、多くの学会の指導がある。

 各地の広布の指導者である幹部は、まず、自らが率先して指導を読み、咀嚼(そしゃく)し、自分のものとしていただきたい。

そうでないと、どんなに多くの指導がなされても、結局は空転となってしまう。

 指導を聞いては、ただそれを伝える。自分自身で考え、咀嚼しようとはしない。それで事足りると考えているのは、大きな間違いである。

 そうした形式的な、“官僚的”ともいえる存在に、幹部は絶対になってはならない。そこには、みずみずしい信の流れも、温かな魂の脈動も伝わらないからである。


【「8.24」記 第1回東京総会 1989-08-24 創価文化会館


「咀嚼」とは、口の中で噛み砕き、味わうこと。昔は今のように、幼児用の食品がなかったから、噛む力が弱い内は、大人が噛み砕いて与えたものだ。


 子供達の好きな食べ物の上位に、ハンバーグやカレーライスが登場した頃から、「噛む力が弱くなった」と指摘されるようになった。私の世代ぐらいからだ(1963年/昭和38年生まれ)。所謂、「新人類」とネーミングされた世代であり、校内暴力が社会に表面化した世代でもある。東京オリンピックの前年ということからもわかるように、日本が経済的に豊かになりつつある時代だった。


 そして、私の世代が親になった頃、極端に顎(あご)の細い顔が登場し出した。「噛む力」は確実に退化しつつあった。


 人間の消化機能は咀嚼から始まる。唾液に混ざっているアミラーゼによって炭水化物は、より小さな糖に分解される。だから、歯が悪い人は、知らない内に胃腸に負担をかけている。


 更に、よく噛むことで得られる効果としては――リラックスする、免疫力を高める、虫歯を予防する、ボケを防止する、視力が向上する、ダイエットに役立つ、姿勢がよくなる、美容効果などなど。(※「健康生活のアイデア」を参照した)


 一番最初となる衛星中継で先生は、「池田門下生を乗るのであれば、我が指導を如是我聞せよ!」と仰せになったのだと私はじた。この時、26歳。それ以降、31歳になるまで、新聞に掲載された指導は、必ず3回読むよう掛けた。、通勤途中で。そして、会社の昼休みに赤線を引く。更に、一日の闘争を終えて、要所要所を四角で囲った。我が青春は、文字通り師の指導と共にあった。その中で毎年、100冊以上の本も読んできた。


 砂漠の民がオアシスの水を貪るように、私は指導を読み抜いた。そこには、類い稀なる指導者論と将軍学があった。人生と生命の勝利の方程式があった。ものの本質を見抜く智史観があった。人と人とのを結ぶ慈愛があった。そして何よりも、大聖人のが脈打っていた。


 同じ内容であっても、全く新しくじることが幾度となくある。それは、先生の境が進まれているからに他ならない。80歳になろうとしながらも、今尚、一人の戸田門下生として、前へ前へと進み続けておられる先生の姿を見失ってはならないとう。とは、完成品ではなく、無上道そのものなのだ。


 現在、スピーチの量は降りしきる雨の如く、膨大な量となっている。その様は、既に我々に対してではなく、滅後の弟子に残されているようにすらじられる。だが、そんな惰弱なことを言っているようでは、後世の門下生に笑われてしまうことだろう。まして、消化不良を起こしているような幹部は問題外だ。


 我々が、現代の舎利弗となり阿難となり、四条金吾となり南条時光となることを望むのであれば、広布史に残る金字を打ち立てるしかない。

衛星中継


 本日は「壮年部の日」まことにおめでとう。そしてこの記の日に、第1回の東京総会が開催され、から祝福申し上げたい。

 先ほど話があったようにこの総会の模様は、初めて衛星通信システムにより、全国の中会館に伝えられている。これからは、日本全国はもとより、全世界へと広げられてゆくことになっている。

 まさに学会は、時代の最先端を歩んでおり、広布の活動のスピードも、ますます速くなってゆくに違いない。

 また、本日は私の入信記日でもある。私は今も、皆さま方の日夜のご労に対し、衷より敬を表するとともに、全会員の皆様が日々「幸福」で、「安穏」で、「長寿」であられるよう深く祈させていただいた。


【「8.24」記 第1回東京総会 1989-08-24 創価文化会館


 先生の呼吸を考えれば、817日に行われた第20回本部幹部会からスタートすべきだったとう。何らかの事情で遅れたのかも知れないし、あるいは本幹が長野で行われたことに理由があったのかも知れない。ま、いずれにしても、東京壮年部の誉れは高い。


 電話回線を使用した同時中継が昭和63年(1988年)頃から始まり、そして遂に、衛星中継が実現した。この時の動ったらありゃしない。まざまざと覚えている。私なんぞは、「これこそ、虚空会の儀式だ!」と確信したほどだ(笑)。やはり、映像の力は凄い。


 もう、何て言うんだろうね、「先生っ!」っていう言葉しか出て来なかったね。それで、全てが表現し尽くされていた。「先生っ!」っていう叫びが、弟子の中で脈動していれば、それだけでいいんだ。後は何もいらない。そんな気になったよ。


 私は今でも、先生のお姿に集中し過ぎて、スピーチがに入らないことが、しばしばある。先生の瞳にじっと見入っていると、それだけでが満たされ、拍手をすることも忘れてしまう。


 私はの中で、一人、先生の前に立つ。そして、「お前は師匠の前に立つ資格があるのか?」と問いかける。それから、我が法勝負を静かに反芻(はんすう)する。時々、及第点を下回ることもある。その場合は、叱責を覚悟の上で、あらん限りの信力を奮い起こして決する。


 私は先生のようになりたい。しかし、明らかに無理だ。それでも、なりたい気持ちを抑えることができない。そのためとあらば、どんなことでも耐えてみせようといながらも、勝ったり負けたりを繰り返す人生が続いている。「先生っ!」と大で叫んで、たとえ無視されるようなことがあったとしても、私は叫び続けることだろう。弟子になることは、自分で決めたことなのだから。

2006-11-07

いじめの思い出


 男子部の本部長をしていた時、いじめられている中等部がいると聞かされた。早速、私は足を運んだ。玄関先で握手をしたが、弱々しい反応だった。話しかけても、顔を下げたまま。「オウ、人と話す時は、きちんと目を見るもんだぞ」と言ってもダメ。仕方がないから、彼の視線の先まで私がしゃがんだ(笑)。「もしもよ、学校でいじめられるようなことがあったら、俺に直ぐ言えよ。20〜30人ぐらい連れてって、仇を取ってやるからよ」と言うと、小さなで「ハイ」と言った。結局、彼のしみを分かち合うことができなかった。私の負けだ。


 私は自分の人生を振り返ってみた。小学校2年までに二度、転校をした。転校するたびに気をつかうものだから、おとなしくならざるを得なかった。小学3年の時にドッジボールでファインプレーをして私は変わった。小学4年の時に野球でファインプレーをして私は更に変わった。物凄い自信がついた。5年、6年とクラス委員となった。私のクラスにいじめは存在しなかった。弱い者いじめをしている連中がいれば、後ろから私が飛び蹴りを入れた。少年部のモットーは、「育とう正義の人に」(笑)。こうした行為は、中学になっても実行した。勤行唱題を欠かすことのなかった私は、元気一杯、蹴りを繰り出した。


 高校生になってからは一年の間、毎日ヤキを入れられた。運動部に所属していたためで、これは伝統だったから致し方ない。


 で、私の人生にいじめがなかったかというと、そうでもない。社会に出てから、幾度かあった。いずれも学会員だからという理由だけで。一番最初は、口を利いてくれなくなった。「ま、いいや」とった。二度目は、机の上に広げられた私の私服に煙草の吸い殻が山盛りになっていた。犯人をぶん殴ってやった。三度目は、勤めたばかりの会社で半年間に渡って無視された。半年だけ我慢した後、全員に私が罵を浴びせ、胸倉をつかんで脅した。相手は父親よりも年上の職人連中だった。それからというもの、皆、“いい人”になった(笑)。


 冷静に考えると、とてもじゃないが、いじめられたとは言いい。「やられたら、やり返せ」というのが私の信条なのだ。それも、倍にして(笑)。


 だから私は、本当の味でいじめられた人の気持ちがわからない。これは減点対象となる。だが、もしも私の身近でいじめに遭っているメンバーがいれば、私が本人に代わって速やかに仕返しをするだろう。

婦人部幹部からの相談


 昨日、地区副婦人部長が「相談したいことがある」と、やって来た。私の母親より年長の方である。聞けば、取るに足らないことだった。「じゃあ今度、私が行きましょう」と言うと、から安していた。「どうしてか、わからないんですけど、上の幹部には言いたくなかったんです。小野さんしか頭に浮かばなかったんで……」と。内のかみさんには、「あなたのご主人が、私のの支えなんです」とも語っていたそうだ。そいつあ、過大評価が過ぎるというもの(笑)。でも、そう言われりゃ、何でもしてあげたくなるのが人のだ。幹部はロクなのがいないが、最前線で戦う人々は本当にいい方ばかりだ。謝せずにはいられない。「私にできることがあれば、何でもさせて下さい」という気持ちで一杯になる。

人間と人間の出会いの中に仏法は脈動する


 法のリーダーは、ともかく「人に会う」ことである。特に、新しく入会された方々に、どんどん会っていただきたい。人間と人間の出会いの中にこそ、法は脈動するからである。

 御書にも、「直接、会うこと」の大切さが種々示されている。

「人間対人間」のつながりを、どうつくるか。ここに発展のカギがある。あらゆる国家も、企も、団体も、この一点に注目して今、しのぎを削っている。

 それには「会う」以外にない。

 会ってこそ人はつながる。は結ばれる。人材も育っていく。

 学会は、一対一の膝詰めで対話してきたからこそ、今日の世界的な発展がある。これが鉄則である。

 観論や空論ではない。戸田先生ご自身が徹して会員と会われた。一人の人と会い、から励まし、共に広宣流布に進んでいく。その行動の中にしか、創価の魂はないのである。

 わざわざ会いに来てくれれば、人は「自分を認めてくれた」とう。「会えて嬉しい」「あの人と一緒に頑張ろう」となるものである。

 また、会合が終わっても、「一人で、さっさと帰る」のではなく(笑い)、帰る道々、後輩の話を聞いてあげることだ。

 会合で話せないことでも、一対一になれば話せることもあるだろう。

 一緒に語り、一緒に動くのが学会の根本精神である。策でも、方法でもない。

 いわんや青年部は、決して偉ぶってはいけない。真込めて、後輩を大切にしていくことである。友に尽くしていくことである。

 仕事や家事で忙しい時もある。それでも尚、やりくりして、時間をつくって会っていく。それが慈悲である。の振る舞いに通ずる。これしか道はない。

「人間対人間」のつながりが法の組織であり、広宣流布の組織なのである。

 それを失ったなら、組織は“お役所仕事”になってしまう。もはや法ではなくなってしまう。


【全国最高協議会 1 2002-08-02 創価文化会館


 私は先日、ちょいとばかり「下から上を動かす」行動を起こしたところだ。一計を案じた末、幹部という幹部を迎撃する態勢が整っている(笑)。


 昨年の6、ある幹部に「指導を受けたい」と申し出たところ、まんまと逃げられた(笑)。それ以降、半年ほどは、会館で私の姿を見かけるなり、ゴキブリのような動きで、私を避け続けた。先方も中々やるものだ。私と会えば、必ず何か仕事をさせられることを知っているのだから(笑)。


 組織の問題で指導を受ける場合には、必ず、いつまでに何をどうしてくれるのかを、幹部にきっちりと約束させることだ。単なる精神論で誤化されるのが一番愚かだ。まず、事実を伝える。で、問題点を理解させる。理解するまで話をしなければいけない。最近は、「確認している」振りをして、ウヤムヤにするのが多いから要注


 私の周りには家庭指導をしている幹部が一人もいない。新入会のメンバーも誰一人、面倒をみていない惨状だ。しようがないから、隣のブロックのメンバーも私がカバーせざるを得ない状況だ。


 連絡はできても、対話ができない。そんな幹部ばっかりだ。私のところに来る幹部は、婦人部からの情を伝えに来るだけである。一年に一回ぐらいかな。まともな家庭指導は、引っ越して来た時に支部長と区長が訪れたのと、この間、副区長が来た2回だけ。つまり、2年に一度しか家庭訪問されてないのだ(笑)。「私を育てる気があるのか!」と言いたいね。完璧なお役所仕事だ。


 この間、来て下さった副区長は、私が引っ越して来てからずっとお世話になっている方である。多分、私に言いたいことがあって来たのだとう。だが私は、それを言わせなかった。注文をつけられる前に、注文をつけた。こっちは注文のフルコースだ(笑)。もう、おとなしくしているつもりはない。様子を見る時間が長過ぎた。この間、どれほど多くの人々が嫌ないをしてきたことか。


 私は、最前線で戦うオジサン、オバサンの味方だ。その人達をしめる幹部がいれば、徹底的に戦う。喧嘩の仕方は得ているつもりだ。


 ハッキリと言っておくが、幹部が家庭指導をしてない組織であれば、適当にやった方が宜しい。中途半端な活動が一番ダメだ。不信を起こしながら活動したところで、功徳なんか出るはずがない。「功徳の出ない信はやめろ!」と言いたい。

2006-11-06

カレーの市民


 次に、これも「捕われの身」に関連するが、真実の勇者、真の戦士とは誰か、いかなる人物かということに触れておきたい。


 ――大海の深き淵は見えない。青空の遠き奥も見えない。

 大いなる勇気も、浅き世間の目には見えない。それどころか、しばしば臆病にさえ見える場合がある。

 今春、卒式で、彫刻家ロダンのお話をした。彼の傑作の一つに「カレーの市民」がある。これは14世紀の史実に題材をとった作品である。

 カレーとは、フランス北端の港町。ドーバー海峡をはさんでイギリスと向かい合っている。

 物語は、イギリスとフランスとの「100年戦争」(1337〜1453年)中のことである。

 1347年。カレー市民は、イギリス軍に包囲されていた。もう、一年間もこんな状態が続いている。

 市に助けを出すべきフランス王フィリップ6世にも、見捨てられてしまった。

 その時、市民はどう生きたか――。この極限の状況のなか、今なお全ヨーロッパの人々に語り継がれる人間のドラマが、カレー市に生まれたのである。

 その魂の劇を描いたのはドイツの作家ゲオルク・カイザー(1878〜1945年)。反ナチスの作家としても有な彼の戯曲「カレーの市民」は、全世界の人々に銘を与えた。

 日本でも上演され、またよく読まれた。原作は少々しい面もあるので、本日は、青春時代の記憶に基づき、ごくあらすじのみ、お話しさせていただきたい。


 その日のカレーの市民たちのもとに、イギリス王エドワード3世からの使者が届いた。「町を破壊されたくなかったら、一つの条件をのめ」というのである。負け戦のカレー市としては黙ってを傾ける以外にない。

 負けることは惨めである。悲惨である。人生もまた断じて勝たねばならない。

 その条件とは――。使者は言う。

「明日のまでに、6人の代表の市民を英国王のもとに差し出すのだ。その6人は、帽子をつけてはならぬ。靴もはいてはならぬ。裸足(はだし)で、哀れな罪人の衣を着、首に縄をかけて来い。そして国王の前に命を差し出すのだ。そうすれば、町は破壊から救われよう」

 屈辱的な要求であった。人間を愚弄する傲慢の言であった。

 戦争の場合でなくとも、優位な立場をカサに、人を見下し、抑えつけ、利用しようと、威張る人間は、いつの世にもいる。そうした権威・権力に断じて負けてはならない。


 市民たちは怒った。とうてい、こんな申し出を聞くことはできない。「武器をとろう!」。があがった。しかし玉砕は100パーセント確実である。

 女も、子供も、老人も全員が、犠牲になるであろう。町も港も破壊されよう。

 それでも、「皆、共に死のうではないか!」というが優勢であった。フランス軍のデュゲスクランが、そうした人々を煽(あお)った。

「戦おう!」隊長のは勇ましかった。人々は興奮状態にあった。

「華々しく突進して死ねばよいのだ!」その方が潔いし、この長いしみからも逃れられる――。隊長の剣(つるぎ)の上に、一人また一人と、誓いのための手を置いていった。この若者も、あの老人も――。

 しかし、一人だけ手を置くことを拒んだ者があった。それまで静かに議論を聞いていたサンピエールだった。彼は言った。

「私は反対だ。我々は、何よりも大切なこの港を守らねばならない。後から続く人々のためにも――」

「この港は、我々市民が営々たる労働でつくったものである。市民が自分の腕(かいな)で重い石を運び、背を曲げ、ぜいぜいを切らして働いた結晶である。こうして、湾は深く掘り下げられた。立派な防波堤が築かれた。あらゆる国の船が安して停泊し、航海できる港ができたのだ」

「6人の市民を犠牲にすることは、もとより断腸のいである。しかしカレーの港は、我が命よりも貴(とうと)いとわねばならない。なぜなら、この港は、世界の万民に幸福をもたらすからである」――。

 この学園も一つの、人類のための“幸福の港”である。

 大切なこの宝の港を断じて守り抜かねばならない。悪に蹂躙(じゅうりん)されてはならない。権威に利用されてもならない。人類のために、正義のために――。

 その“港を守り抜ける”真実の勇者は一体、誰なのか。ここに問題がある。建設するのも人間、破壊するのも人間。一切は人間で、人物で決まるからだ。


 無謀な戦闘をいさめるサンピエールの言に人々は、「何という臆病者だ!」「卑怯ではないか!」と口々に罵(ののし)った。

 しかし、諄々(じゅんじゅん)と説くサンピエールの冷静なに、次第に賛同の見が増えていった。

「それでは――」。一人の市民が発言した。「誰がイギリス国王の前に行くのか!」

 自ら死ぬ者は誰なのか――。この問いかけに、場内は一瞬にして、水を打ったように静かになった。誰もが顔をこわばらせた。そして……。

「では、私が行こう!」 立ち上がったのはサンピエールだった。本当に偉い人物は、いざという時にこそ泰然自若としているものである。


 人々の間に異様な動が走った。もう彼のことを臆病者などと言う人間はいない。いるはずがなかった。

 私はう。人々をけしかけて、無謀な玉砕へと赴かせるような人間が“勇者”なのか。自らの生命を捨てて人々を守り、祖国を守る者が“勇者”なのか。

 大勢の人々に命令し、でき上がった組織を使って、何かをやらせることは簡単である。また華々しいし、力があるようにも見える。また、それが必要な場合もあるかもしれない。しかし、それは真の「勇気」ではない。


 一人立ったサンピエールのもとに、もう一人の市民が、静かに寄りそった。「2人目」であった。魂は魂を揺さぶる。「よし、おれも!」、3人目も立った。4人目、5人目と続いた。あと一人である。人々をけしかけた、あの隊長は乗り出ない――。

「よし、私が!」2人の兄弟ジャックとピエールが同時にをあげた。6人でよいところが、7人になってしまったのである。予外の出来事であった。どうするか。「では、クジ引きで一人を除こう!」。場所を変えて、抽選することになった。


 それは恐ろしい光景であった。はじめ7人は、命を捨てる覚悟だった。ところが、ここで生命が助かる新しいチャンスが出てきたのである。妻の顔、子供の顔が浮かんでくる。母が、恋人が、「どうか、あの人がくじに当りますように!」と泣き崩れる。

 勇者のの宇宙にも、暴風雨が吹き荒れた。自分の「勇気」はもう、申し出ることで立派に証明した。助かってもいいのではないか? 人間の理は微妙である。次々と不安と悩の黒雲がわきおこってきた。

 布をかけた皿に7人が一人ずつ手を入れる。青い玉なら死。命を賭けた、クジである。1人目、青い玉だった。2人目、また青い玉だった。3人目、4人目、5人目、皆、青い玉だった。「どうなっているんだ!」。耐え切れず、一人が布をあけた。

 何と7つとも全部青い玉だった。驚く人々にサンピエールは言った。

「私がそうしたのだ! なぜか? はじめ我々は命を捨てる覚悟だった。しかし、皆に迷いが起こってしまった。決が緩(ゆる)んだ。これでは命を捨てての大を成し遂げることはできない!」

 誰が選ばれても、選ばれなくとも、皆のに恨みと悔いのシミを残してしまう、と考えたのである。皆の、目に見えない「一の緩み」を彼は見逃さなかった。彼一人は、いささかもが揺れていなかったからである。

 結局、彼の提案で、明、市場に最も遅れて着いた者が、犠牲を逃れることになった。


 翌――大勢の市民が市場に集まっていた。誰が最初にくるか? 皆、サンピエールが一番だと疑わなかった。ところが――。

 3人の勇士が相前後して着いた。人々は彼らに罪人の衣を着せ、裸足にし、首に縄をつけた。

「サンピエールは、一体どうしたのか?」「次にきっと来るよ」。しかし4番目も別の人であった。皆の瞳に動揺の色が濃くなった。5番目、そしてついに6番目!

 それでもサンピエールは来ない。これでは、この6人が犠牲になるのか――。

「我々はだまされた! 彼は初めから来ないつもりだったのだ。今頃、我々の馬鹿正直を笑っているだろう!」6人の内の一人が叫んだ。

 市民の全てが怒った。「彼は我々皆を裏切った!」殺気だった人々が彼の家に押しかけていこうと走った。その時――

 黒い布をかけた一つの棺(ひつぎ)が、しずしずと運ばれてきた。そばにはサンピエールの老父が立っていた。老父は言った。

「これはサンピエールです。子はこう言いました。“私は先に行くから、6人の人よ、あとに続いてくれ”。そう言い残して死にました」

 サンピエールは、ひとたび立った勇士たちを、誰一人、迷わしてはならないとったのであろう。誰が最初とか、誰が最後とかではなく、自ら立った“選ばれた勇士”の誇りを皆に全うさせたかった。そのためには、自分が真っ先に、手本を示す以外になかったのである。

 ここに真正(しんせい)の「勇者」がいた――。6人の魂は奥底(おうてい)から震えた。そして大磐石の決で、皆が見守る中、町の外へと歩み始めた。

 もう何の迷いもなかった。晴れ晴れとしていた。姿は罪人でも、皇帝であった。王者であった。たとえ世の非を一身に受け、牢につながれる身となろうとも、は永遠の王者である――これが師に仕えて以来、貫いてきた私の不変の生き方である。ゆえに私は何ものも恐れない。

 いかなる批判と偏見、中傷と誤解が渦巻こうとも、また同志すら、私のがわからない場合があろうとも、「真実」は必ず後世に証明されると信じているからである。また諸君が必ずや証明してくれると信じているからである(大拍手)。


 この出来事は、いち早くイギリス王のもとにも伝わっていた。6人の前に王の使者が走ってきた。「まだ、遅れてはおりません!」6人は使者にそう言った。責められるかとったのである。ところが使者は「国王の特別のはからいで『誰の命も絶ってはならない』との命令である! カレーの町は救われた!」と告げた。

 やがて王が町に入ってきた。そしてサンピエールの棺の前に、王自らが膝を折り、その前に額(ぬか)づいたのである。敵味方を超えて、人間としての本物の戦士に敬を表するために。こうして、一個の美しき高貴なる魂によって、カレーの町も、港も、市民も救われたのである。


 人生は戦いである。人は皆、戦士である。戦人(いくさびと)として生きねばならない。それが生命の掟(おきて)である。戦いを避けることはできない。それ自体、敗北である。

 しかし、戦いが常に華々しいものとは限らない。むしろ地味な、孤独な「自分との戦い」が、その99パーセントを占める。それが現実である。

 ある場合は、人前で格好よく旗を振ることも大事であろう。しかしそれ以上に、他の人を守るために、あらゆる犠牲を「忍耐」して、一人、前へ進む人のほうが偉大である。真の勇者は、時に格好悪く、地味そのものなのである。

 また、大勢、仲間がいる時は誰でも勇気が出てくる。「戦い」を口にすることも容易である。しかし、新の「責任」をもった人間かどうかは、一人になった時の行動で決まる。

 私のモットーは、一つは「波浪は障害に遭うごとに、その頑固の度を増す」である。そして、もう一つは「一人立てる時に強き者は、真正の勇者なり」である。これは16歳からの私の信となっている。


 先日、関西で「ノブレス・オブリージュ(指導者には高貴なる義務あり)」のお話をした。その後、こうした哲学と指導者論が国際化時代には不可欠であるとの言論も、多く見られるようになった。

 それはそれとして、この「カレーの市民」は、フランス人の勇者が、イギリス王のをも動かした歴史である。それをドイツ人が物語った。

個人」が、あらゆる艱(かんなん)を超えて、高貴なる信に生き抜いていく――。そこにヨーロッパの最良の伝統がある。

 私が、この話をする理由も、何より諸君が、個人として偉大であれ、崇高であれ、高貴であれと望むからだ。

 卑しい人間だけにはなってほしくない。浅はかな人生を生きてほしくはない。他人はどうあれ、自分は自分の信として、偉大な自分自身の人生を創っていっていただきたい。

 集団主義の熱狂と、無責任。権威へのよりかかり。無定見に「煽(あお)る」人間にだまされ、乗せられやすい風土が日本にはある。

 そうした精神土壌とは、全く異なる新しい人材を私は育てたい。世界的な人物を、「本当の人間」を、この学園で育てたいのである(大拍手)。

 特に若い間は、派手な活躍に憧れがちである。それも決して悪いことではない。成長のバネになる場合もある。また時に広い舞台で、い切り暴れることも大事であろう。

 しかし、諸君の本格的な活躍の舞台は、21世紀である。その時に、先輩の築いた“幸福の港”を守り、責任をもって勝利していくために、今は満々たる闘志を秘めながら、じっと忍耐する勇気、勉強しぬく勇気と根を貫いていただきたい。

 その「勇気」ある人は、いざ、自らの“武器”をもって戦うべき時には、真っ先に敵陣を破る英雄となるに違いない(大拍手)。

 巨匠ロダンの手で見事に魂を得た「カレーの市民」の像は、今もカレー市庁舎の前に厳然とあり、市民を見守っている。

 諸君には、これから長い長い人生がある。今日の私のスピーチが、その素晴らしい勝利のために、何らかの糧(かて)になれば幸いである。本日は本当におめでとう。素晴らしい演技もありがとう(大拍手)。


創価学園第23回栄光祭 1990-07-17 創価学園池田中央体育館】


 この指導の衝撃は、今尚、私のに深い余韻を残している。


 そして私は数年後に知った。前日に「西片会議」という謀議が行われていたことを。この歴史の刻印を忘るるなかれ。


 善と悪とは無始よりの左右の法なり(997頁)


 サンピエールは、第一次宗門問題の際の先生のお姿そのものである。滑稽なまでに右往左往する愚かな民衆は、当時の学会幹部だ。


 学会が、リストラするかの如く師匠を見放した時、奥様は先生に言った。「学園生がいるではありませんか」と。先生は10年後、20年後を見据えて真の池田門下生の育成を開始された。次男の久さんがお亡くなりになった時ですら、マスコミのフラッシュに晒(さら)されても尚、先生は学園生と共にいた。


 学園生が謝するのは当たり前の話である。いくら謝しても足りることはない。しかし、あろうことか、師匠の方が学園生に謝を捧げているのだ。それが、この指導であると私は拝する。その味で、「吉田松陰の指導」と軌を一にしているとう。


 師のはあまりにも深い。果たして自分に「先生」と呼ぶ資格があるのかどうかすら覚束(おぼつか)ない。


 学ぶべき指導も学ばずして、青年部で調子こいて指揮を執っている幹部がいるとすれば、この私が許さない。無知は、ある種の悪なのだ。青年部は、学会の歴史と指導を徹底して学べ。


【※会場は、J女史に教えていただいた】

2006-11-05

功徳と罰を超克しながら前進せよ


 現実の人生は、幸せに見える時もあるし、不幸に見える時もある。すなわち、法で説くところの「功徳」と「」の姿である。「功徳」の人生を生きていきたいのが当然であるが、その裏には不幸という「」の現実もまた避けることができないのが人生である。

 ゆえに、両者の現実を超克しながら、潔く、どこまでも前進してゆくところに、信仰者のあり方があることを忘れてはならない。


【豊島区第2回信懇親会 1985-01-12 東京戸田記講堂】


 現実に振り回されることなく、願望のみに傾くことなく、中道を歩めとの指導。足元に目を落とせば、遅々とした歩みになってしまう。反対に、望遠鏡を覗きながら歩けば、石につまずくことは明らかだ。人生を幸福にするキーワードは「正視眼」。御書に云く「をばとさとり楽をば楽とひらき」(1143頁)と。同じ現実であっても、自分が下敷きになっているのか、踏みつけているのかで道は大きく分かれる。


 辛酸を嘗(な)め尽くさなければ、人生の味わいは出てこない。また、の力も証明することができない。菩薩とは、他人の悩を引き受ける生命のこと。労を避ける腰抜けは学会に不要だ。


に徹すれば珠と成る」――あらゆる人々を救う力が欲しいのであれば、忍耐という資質が不可欠だ。の別を能忍とは申すなり。

先生達も自殺


 茨県の高校校長が必修科目の履修漏れ問題をに首を吊った。鹿児島県では、中学の女教諭がパワーハラスメントを理由に自殺千葉でも同様の自殺があり、遺族は公務災害申請を求めている。


 子供達は、「人生に行き詰まったら、死ねばいいんだ」ということを学びはしないだろうか。そこまでいかないにせよ、大なり小なり影響を受けることだろう。


 平和な日本で、生命が脅(おびや)かされている。この現実を誰も直視しようとしない。「自殺いじめ因果関係があったことは確認できていない」――学校関係者は、教育委員会の圧力に屈して、同じ科白(せりふ)を繰り返す。私が出て行って、彼等が死にたくなるほど、いじめてやりたいものだ。


 取り敢えずは対症療法として、教室にカメラを設置すればいい。更に、いじめによって自殺者が出た場合、加害者には殺人幇助(ほうじょ)の罪を適用する。たったこれだけで、いじめは激減することだろう。


 だが、誰もやろうとしない。交通事故と同じだ。自分の身内が死ななければ、本気で考えることもできないのだろう。


 日本は平和だ。能天気なほどに。

役職と信心


「役職」と「信」について、戸田先生は次のように指導されている。

学会組織は、御本尊を信ずるという点においては、会長もなければ、組長もありません。皆、同じです。ただ広宣流布のため、折伏のための行程としての組織があるのであって、信の上では組長であっても、支部長より信の強い人がいるかもしれません。また、地区部長だといっても、それこそ一組員より信がない人がいるかもしれません。

 功徳は信で論ずるもので、組織の位置をもって論ずるものではない。そのところを、よくよく間違わないようにして下さい」と。

 要するに学会の役職は責任職である。役職に就いた人は、その自覚を強くもつべきであるし、ますます信を強盛にしていかねばならない。しかし組織上の役職というものは、すべての人が就くわけではない。また、役職がないからその人が信がないとは絶対にいえない。役職がなくても信の強盛な人は多くいる。ゆえに役職の上下と信の厚薄を混同してはならないし、妙法の世界は、ただ信によって、その人の偉大さが決まっていくことを忘れてはならない。

 さらに、戸田先生は、「信」と「組織」について、次のように述べられている。

「だからといって組織がいらないとは絶対にいえない。組織は広宣流布のためにある。組織がなければ広宣流布はできない。どこまでも組織組織として、厳存しなくてはならない。そして、どこまでも、異体同の精神がなければ広宣流布ができないと、(大聖人は)おっしゃっている」と。

 広布の活動も新たな発展への段階を迎えている今日、信組織の基本を示された、この戸田先生の指導をしっかりと汲み取っていくべきである。


【第2回中部総会 1987-09-21 中部池田記講堂】


 役職は、信のレベルを表すものではない。人事で登用されることが、成功の道標(みちしるべ)と考えている愚か者を時々見かける。それこそ、信のない姿を露呈したも同然だ。


 21世紀に入り、青年部の力が格段に落ちた。まず、婦女一体が打ち出され、今年になって遂に壮男も歩調を合わせることとなった。青年部幹部が折伏を決められない。また、年長者からの相談に応えることができないといった窮状を反映したものだと像する。


 学会青年部も既に3世、4世が占めるようになりつつある。きっと、恵まれ過ぎた環境で育ってきたために、求道のカケラも持ち合わせてないのだろう。任務中の創価班を見ても、とにかくだらしがない。ただ、突っ立っているだけだ。役員と何ら変わりがなく、「警備」という識すら見受けられない。


 広宣流布を最大限に価値的に推進するための組織である。そして、民衆を守るための組織である。信強盛な人が責任ある立場となっていけば、皆が安して活動に励める。ところが、中枢にいるのは本部職員と創大出身者のみとなってしまった。ここに組織弱体化の最大の理由がある。このような実態がある中で上昇志向を抱くのは馬鹿げている。


 信とは個人レベルの世界である。どんな組織にいようと関係ない。戸田先生のように、牢獄の中ですら自由な境涯を獲得することができる。そこでまず第一に提案したいことは、「信を深めよう」ということだ。広宣流布は一人立つことから始まる。であれば、まず、組織に依存する精神を捨てろと言いたい。正役職をしているならば、口が裂けても「やりましょう!」と言うな。全部、自分でやれ。


 第二に「力をつけよう」。社会で生きてる以上、力がないと馬鹿にされる。誤解を恐れずにいえば、一番わかりやすい力は腕力である。ところが文明の発達に伴って、武器が作り出されるようになると力関係は一変する。より精巧で破壊力の強い武器を買える人間が力を手中にした。ここにおいて、腕力よりも経済力が勝るのだ。大企をみてごらんよ。みんな、武器を製造しているから(笑)。力の基本は暴力であることが明白だ。


 特に男諸氏に言っておきたいことは、本部職員と比較した時、我々民間人の方が有利なのは、「いくら金儲けをしても構わない」という一点だけである。“金儲けをする自由”が与えられていることを忘れてはならない。


 第三に「個を磨こう」。個とは自分らしく生きる中で自然と現れる輝きである。皆が進む方向に、さしたる理由もなく付いて行くような人に個はない。個のない人は面白みに欠ける。人間革命を通して、強烈な個を発揮すべきだ。


 以上の三点を私は叫んでおきたい。先生がいなくなった後、問題を起こすのは職員か創大出身者と相場は決まっている。多分、公明党からは出ないだろう。そのために今、散々叩いているのだ。私が提言する三点を多くの学会員が実行してゆけば、どのような問題が起きようとも、組織は磐石になるはずだ。


 組織の上に乗っかるな。自らが組織をつくれ。「組織する」という発をもて。

白川静氏、逝く


 1030日、漢字研究の泰斗・白川静氏が亡くなった。“巨星堕つ”といったがある。これから学ぼうとしていた人物だけに無の風がを吹き抜ける。学・独学の人物。60歳まで無。70歳を過ぎてから13年をかけて、前人未到と評された『字統』『字訓』『字通』の三部作を世に問うた。たった独りで、実に4000ページにわたる漢字の新世界を構築した。通説を真っ向から批判し、権威に阿(おもね)ることのなかった反骨の人でもあった。享年96歳。謹んでご冥福を祈る。

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2006-11-04

58歳


 初代会長の牧口先生は、護法のために獄死された。不惜身命の殉教のお姿であった。日蓮大聖人の御聖訓通りの実践の方軌を、近年において立派に示してくださった。また、第二代会長の戸田先生も、牧口先生と共に入獄し、出獄後はあらゆるを乗り越えて、立派な広宣流布の基礎をつくってくださった。

 その戸田先生が願を成就し、逝去されたのは58歳であった。また、第四代の北条会長も58歳で使命の道に逝(ゆ)いた。そうした今までの方軌から、この58歳は一つの学会の宿命にも似た年齢であった。

 私は、この2日で59歳となった。完全に学会の宿命を転換したと確信している。ともあれ、昨年は58歳という大きな節を乗り越えたことは事実である。ゆえに、ますます広宣流布の前途は洋々と開け、皆さまと共に希望に満ちた一年の出発ができたことを確信している。


【第2東京新春代表者会議 1987-01-04 創価学会新館】


 前日に私は、友人の入会決を勝ち取った。上京して初めて迎えた正のこと。やっとのいで境から這い上がりつつある頃だった。この年、5世帯の個人折伏を実らせることができた。4には両親と連絡を取ることができた。上京したことは親に知らせていなかった。1年以上、私は行方不明となっていたのだ(笑)。ついこの間のことのように、ありありと覚えている。


  前の年の10に、仕事の都合で江東区へ引っ越した。何か目に見えない力が働いていた。それは、父と母の祈りであったと私は信じている。


 師の一に包まれて私は、「江東男子部」という史上最高の組織で訓練を受け抜くことができた。折伏戦における全国制覇は19801988年にわたって、実に9連覇を成し遂げ、その後、19971999年にかけても3連覇を果たした。


 会長勇退の翌年から、大折伏をもって師に応えてきた江東には、師弟直結の魂が赤々と燃えていた。恐ろしい先輩は掃いて捨てるほど存在した(笑)。あまりにも強烈な個の持ち主が多く、中央からは毛嫌いされていた。1ヶ間で5000部の新聞啓蒙をしたこともあった。13本部70部の陣容だったから、部平均にすると71部である。この時も、中央からは完全に無視された。


 我々は官僚からの評価を求めるために戦っているわけではなかった。「師に応えん」とする生命はあまりにも純粋だった。いかなる権威にも屈することがなかった。


 戦うたびに絆は固まった。勝利するたびに団結は強まった。真剣勝負の緊張の連続だった。


 そして今――壮年部の何と暇なことよ(笑)。

いずこにあっても光る人に


 ともあれ、光っている人は、いずこにあっても光っている。誰が見ていなくとも、また、いかなる立場であっても、広宣流布への我が行動は、自分自身のが見つめている。御本尊がお見通しである。「冥の照覧」は絶対なのである。


【ブラジル代表協議会 2001-07-25】


 光りといえば誰もが真っ先にい浮かべるのが太陽。太陽の光りは、いつも同じようでありながら、新しくじるから不議だ。ひょっとしたら我々は、フレアなどの活動を微妙にじ取っているのかも。


 普段は目立たないものの、いざとなるといぶし銀のような光りを発する人がいる。反対に、眩(まぶ)しいばかりの光りを放っているように見えながら、何かが起こって急速にくすんでしまう人もいる。前者は、や蛍のようなタイプで、後者はネオンサインみたいなものだろう。


 石田次男福島源次郎、原島嵩山崎正友――彼等は確かに、光り輝いていた時期があった。それは、現在の青年部幹部の比ではなかった。そんな彼等だったが、第一次宗門問題で黒い本を露呈した。彼等は皆、優秀だった。しかし、信がなかった。一種のタレントといってよい。


 そして時を同じくして、学会を取り巻く環境と、学会自体が光りを失った頃、突然、光りを放ち始めた人々がいた。どこの支部にも、どこの地区にも存在した。この方々は無だった。無であるが故により一層の光りを発した。こうした方々が、学会を築き、支えて下さっているのだ。役職の高かった幹部が、おしなべて宗門に屈した歴史を忘れてはならない。


法華経の行者」の身分証明書は三類の強敵である。坊主どもは、いつの時代も迫害に屈し、創価三代の会長は「強敵の科」(1589頁)を顕した。どうやら、“衣の権威”は身内にしか通用しなかったようだ。


 一方、我が組織にあっても、役職が変わる度に“光り方”が変化する人もいる。彼、あるいは彼女達は、自らの欲望を役職に反射させているだけである。つまり、高度に直截的(ちょくせつてき)な表現を許してもらうならば、「クソ野郎」ということになる。


 組織が人の集まりである以上、時に限界を覚えることもある。その最大の理由が“自分の役職”となっている時は――自分が光ってない証拠だ。


 譬へば人のために火をともせば我がまへあきらかなるがごとし(1598頁)


 燃やすのは我が生命である。火を点けるのは、もちろん自分自身だ。速やかに発火点を目指そう。


 法華経の信をとをし給へ火をきるにやすみぬれば火をえず(1118頁)

2006-11-03

『希望対話 21世紀を生きる君たちへ』/いじめ 1


聖教新聞社 2003-06-30発行


《※本書は聖教新聞2000年4〜12、中学生文化新聞に2000年52001年3まで連載された「池田先生希望対話」を収録したもの/小冊子版は、1巻:2000年730日発行〔「聖教新聞」および「中学生文化新聞」連載の「池田先生希望対話」第1回から第5回まで(2000年4〜6)〕、2巻:2000年1012日発行〔同、第6回から第11回まで(2000年6〜8)〕、3巻:2000年1210日発行〔同、第17回から第21回まで(2000年9〜12)〕、4巻:2001年316日発行〔同、第12回から第16回まで(2000年8〜9)〕、5巻:2001年73日発行〔同、第22回から第26回まで(2000年112001年3)〕》

(※ebihara氏のご教示による)



白土(しらつち)健治中等部長●今回から「いじめ」の問題を取り上げさせていただきたいといます。そこで、前の女子中等部長の村典子さんにも来てもらいました。


村・前女子中等部長●よろしくお願いします。中等部を担当させていただき、「いじめ」の相談をたくさん受けました。乗り越えた人もいますが、悩み続けている人もいます。このテーマで語ってくださることが本当にうれしいです。池田先生から謝いたします。


日本の大悲劇


池田先生●こちらこそ、皆さんの努力に謝します。

 この連載が始まってからも、世間ではいじめにした中学生自殺もあった。「ひとり」でもそんな子がいるということは、大変な問題です。社会全体の大悲劇です。10代による残酷な事件も続いているが、背景に「いじめ」がある場合がしばしばだという。

 しかし、日本人の覚がマヒして、「いじめ」と聞いても、なんとなく「またか」というじになっている。そんな危険をじる。恐ろしいことです。の堕落です。の闇です。子どもの悲鳴が聞こえなくなっている。


いじめは卑怯な「暴力」 絶対に許すな


池田先生●「いじめは昔もあった。大したことない」とか「こんな時代だから、少しくらい、しかたがない」などというもあるが、とんでもないことです。

 誰が何と言おうと、「いじめ」は絶対に「悪」です。現に、こんなにもしんでいる人がいるのだから!

「どんな『いじめ』も、断じて許さない!」という強い強い志が、大人になければいけない。中学生にもなければいけない。それが、すべての大前提です。


白土●本当に、そういます。担当者も、その決で頑張ります。

 今回、悩みを寄せてくれたのは、中学2年生の男子です。

「今、ぼくはクラスで孤立しています。クラスでリーダー的な人が、ぼくを『無視』したことから始まりました。その人に、他の人も合わせているんです。

 何かあって『無視』されたんなら、まだわかるんですが、そうじゃないので、話そうとっても、また『無視』されるんじゃないか、答えてもらえないんじゃないかとって、接するのがこわくなるんです。

 自分にも何か原因があるのかもしれませんが……。

 まわりの人が笑ったりしていると、ぼくのことを笑っているんだとったりして、すごく不安になります。きっと、『無視』している人たちは、そういうぼくの姿を見て、楽しんでいるのでしょう。それが悔しいです。まだ授中はましなのですが、休み時間や昼食の時間が、きついです。すごく長くじます。ぼくは、どうすればいいのでしょうか」


村●「無視」――「シカトする」と言うんですが、とても多い「いじめ」です。

ある日、突然、誰も話しかけてくれなくなる。近づいたとたんに、さっと逃げる。理由を聞こうにも、全然、口をきいてくれない。

 これは、つらいです。


ゲーム覚?


池田先生●残酷だ。やっている側は、「軽い気持ち」でやっているのかもしれない。「ゲーム」のような覚で、やっているのかもしれない。

 しかし、やられている側は、大変なショックです。地獄しみです。

 そのしさがわからない。目の前のクラスメートがしんでいるがわからない。恐ろしいことだ。

 わかってやっているとしたら、もっと恐ろしい。

 人を「いじめる」人間は、その時、自分の「が死んでいる」んです。

 が人間じゃなくなっている。畜生になっている。野獣になっている。

 ある青年が言っていた。

「きょう食べた食事のことよりも、中学時代に受けた、いじめの記憶のほうが鮮明なんです」。楽しいはずの中学時代が、何と、かわいそうなことか!

いじめ」という文字を見ただけで、ぞっとして、吐き気がしてくるという人もいる。

「無視」だって、それは、人のを傷つける「暴力」です。人のに「クギ」を打ちつけているようなものだ。

 たとえ、クギを抜いても、クギの穴は残る。ずっと残る。とんでもないことだ。

 質問してくれた彼も、どんなにつらかったか。よく耐えてきた。えらいよ!


相談することは恥ずかしくない


池田先生●そして今、こうして「相談する勇気」があった。これが、中々できないんです。

 相談することは、全然、恥ずかしいことじゃないんです。このことを、特に強調しておきたい。

 ひとりで悩まなくてもいいんです。

 なぜか。いじめられている君は、全然、「どこも悪くない」からです。

 質問に「自分にも何か原因があるのかもしれませんが」とあったが、そんなことを考える必要はありません。君は、どこも悪くない。

いじめている」側が、100パーセント悪い。1000パーセント悪い。

いじめられている」側に問題があるのではない。「いじめる」側が、自分の中の「もやもや」とかを、ぶつけているだけです。「原因」は、いじめている側の「の中」にあるんです。


村●たしかに、今のいじめは、突然、理由もなく、やってくるんです。たとえば、クラスで力のある子が「あの子、むかつかない?」と言えば、みんなも「うん、むかつく」と。そして「シカトしようか」となるんです。


白土●彼は、夏休みの中等部の研修会に来ていて、自分から私にをかけてくれたんです。話を聞いて、びっくりしました。

 明るくて、はきはきした子で、いじめに悩んでいるようには見えなかったからです。

 彼自身は「ぼくは、堅くて、柔軟がないから、人の見を聞けなかった面があるからかもしれません」と言っていましたが……。


いじめられて当然の人」はいない


池田先生●そうじゃないんだよ!

 もし、かりに、そういう面が自分にあったとしても、どうしてそれが「いじめられてもしかたがない」ことになりますか。

 誰だって、完全な人間なんかいない。欠点だらけです。だからといって、その人を「いじめていい」ことになりますか。

 そんなことを言ったら、「いじめている」側のほうが、よっぽど不完全で、卑怯ではないか。人間として最低でしょう。

「みんながやっているから」「誰かが言ったから」「いっしょに、いじめないと、今度は自分がやられるから」

 もしか、そんな理由で、簡単に人をいじめるのを「柔軟」と言うのならば、そんな「柔軟」なんか、ないほうがいい!

 そんなのは柔軟ではなく「付和雷同」という。日本人の一番悪いところです。

 だから、「いじめられている」人は、決して、自分を恥ずかしいとってはいけない。自分を、みじめにってはいけない。

「恥ずかしがらないといけない」のは、いじめている側です。そちらのほうが、本当は「みじめな人間」なんです。

 だから、胸を張りなさい。目を伏せてはいけない。そんな、くだらない人間の仕打ちに負けてはいけない。負けたら、自分が損だよ!


いじめ」がなくならない原因


村●今、ったんですが、たしかに「いじめ」について話していると、「いじめられる側にも問題がある」という考えの人が、けっこう多いんです。

 時には、学校の先生方にも、そういう考えの人がいるようで、びっくりしました。

 この考え方が“いじめが、中々なくならない”大きな原因ではないでしょうか?


池田先生●「いじめられる側の問題」というのは、例えば?


村●よく聞くのが、「暗いから」とか「わがままだから」とか「なまいきだから」とかです。


白土●体つきのことや、「目つきが悪い」とか、「勉強ができる」というのも理由にあげられます。


池田先生●しかし、反対に、勉強ができないことが、いじめの原因とされることもあるでしょう?


白土●そうなんです。


池田先生●勉強ができても、できなくても、いじめられる。

 太っていても、やせていても、いじめられる。

「暗いから」といって、いじめられ、反対に「目立つから」といって、いじめられ、じゃあ、どうしたらいいのか。


村●どうしようもありません。


池田先生●だから、いじめられる側の責任じゃないんです。

 100パーセント、いじめる人間が悪い。

 第一、「暗い」とか何とか、どんな表情をしていようと、個人の自由じゃないですか! 何も、そんなこと、人からとやかく言われる義務はない。何も悪くない。


白土●その通りだといます。

 ただ、その子が「うそをついた」とか「約束を破った」とかが、いじめの原因になる場合もあるようなんですが……。


理由にならない


池田先生●それが事実だとして、「だから、いじめていいんだ」ということになりますか?

 たとえ、相手が悪くても、いじめてはいけないんです。

 相手がうそをついたら、ナイフで傷つけてもいいのか。

 そんなことはない。

 相手の格が悪かったら、殴っていいのか。

 そんなことは、絶対にない。

 それと同じです。

いじめ」は暴力です。どんな理由も、理由にならない。

いじめられる側にも原因がある」というのは、いじめる人にとって、つごうがいいから、そう言うのです。

 また、いじめを「見て見ぬふり」をしている人が、自分の勇気のなさをごまかす「言いわけ」です。

 私は、そうう。


村●本当に、そうです。もしも、何かの理由があって「気にいらない」なら、それを友情をこめて伝えて、なおすように努力してもらえばいいんですから。

 だけど、そんなことはしないんです。「いじめの材料」に使っているだけです。


「いくじなし」だから被害者に?


白土●父親に相談したら、「いじめられるなんて、お前に『いくじがない』からだ」とか言われて、いじめられている自分のほうが悪いように責められた人もいるようです。

 いじめられるのは「弱い」からだ、強くなればいいんだ、というはよく聞きます。


池田先生●それも、まちがいです。

 いじめを増やしている原因です。

 それじゃあ、いじめている人間が「強い人間」なのか。そうじゃないでしょう。

 人をしめる人間の、どこが強いんですか。

 人間として、一番弱い、一番醜いではないですか。

 自分で自分の醜いに負けている「弱い人間」ではないですか。

 そういう暴力人間を「強い」ように勘違いしているところに、「いじめ」の根源がある。日本社会の狂いがある。

 昔も日本は、お隣の韓半島(鮮半島)や中国を侵略しておいて、「日本が強く、相手が弱い国だったからだ」と、まるで相手が悪いようなことを言っていた。

 その狂った論理が、今も抜け切っていない。社会全体が、今なお「人間としての正義」ということがわかっていない。ここに問題があるんです。


白土●よくわかりました。


村●いじめ自殺した子に対して、「死ぬのは、本人が弱いからだ」と言った人がいました。私は、死んだ子が、かわいそうで、涙が出てきました。

 死ぬところまで追い詰められて、どんなにしかったことか……。それなのに、死んだ後まで、なんで、そんなことを言われなければならないのか!

 だから、池田先生が「いじめたほうが1000パーセント悪い」と、はっきり言ってくださって、本当にうれしいです。


自信を失うな


池田先生●そうだよ! だから、いじめられている人は、「自分が悪いんだ」などとってはいけない。自信をなくしてはいけない。

「どうせ自分のせいなんだ」などと、あきらめてはいけない。

 反対に、「自分は、正しいんだ」「いい人間なんだ」「自分には、すごい使命があるんだ」と言い聞かせなさい。本当に、そうなのだから!

 の中で、「君たちが何をしようと、自分は負けない! まちがっているのは、君たちだ! 人の悲しみがわからない君たちのほうが『悪』なんだ!」と叫びなさい。

 そして「自分は、一生、人をいじめるような人間にはならない」と決することだ。


白土●本当は、いじめる相手に対して、「やめろ!」と言えれば、一番いいんでしょうが……。そうすると、「反抗」したために、よけい、いじめられるようになる場合もあるんです。


池田先生●それは状況しだいだし、いじめがひどくならないよう、賢く対処しなければならない。

いじめは狂犬にかまれたようなものだ」と言った人がいる。正しい反論が通用するような状況でないことが多いでしょう。

 だからこそ、「いじめ」という狂ったことをするのだから。

 しかも、今のいじめは、大人が像できないほど陰湿で、暴力的になっていると言われる。まともに相手をして、けがをしてもしかたがない。

 具体的にどうすべきか、これから一緒に考えていきたいとうが、ともかく、どんな状況にあろうと、まず「では負けない」ことだ。「あきらめない」ことだ。

「絶対に、乗り越えてみせる!」と、まず決めることだ。そう決めれば、状況によって、いろんなやり方があるはずです。


ひとりで悩まずに


池田先生●もちろん、状況は千差万別 だから、「こうすれば絶対、解決する」という「マニュアル(手引)」はないとも言える。

 ただ、どんな場合にも言えることは、「ひとりで悩まないほうがいい」ということです。

 親にでもいい。信頼できる先生にでもいい。未来部の担当者にでもいい。話が通じそうな友達や先輩にでもいい。

 誰にでもいいから、「いじめ」の事実を伝えることだ。

 相手に、陰湿に逆襲されないような工夫はあるはずです。

 大人に伝えるのは「告げ口」ではない。

 それは、君たちの「武器」であるし、これから他の子が同じような犠牲者にならないためでもあるんです。

いじめている」側は、それを多くの人に知られることが一番いやなんです。

「親に配かけたくない」という人もいるだろうが、相談してくれた方が、親はよっぽど、うれしいんです。

「あんまり大さわぎしないでほしい」とう人は、きちんとそれを言った上で、やはり知っていてもらった方がいいとう。

 人に助けを求めることは、恥ずかしいことではない。誰でも、それが必要な時があるんです。

 また相談を受けた人は、ともかくまず、じっくり話を聞いてあげてほしい。途中で話をさえぎらないで。

 黙って、とことん聞いてあげることが、まず一番必要なことです。

 ともかく、いじめを「我慢しなければならない」理由なんかありません。人権侵害には、反撃することが正しいんです。


最後に勝つ人


池田先生●「いじめる」人間は最後は堕落し、きらわれ、敗北していく。かわいそうな人間です。直してあげなければいけない人間です。

 むしろ、「いじめられた」人間の方が最後は勝つ。

 また、勝たなければならない。

 そのために何ができるのか、それをこれから一緒に考えていこう。

寄る年波


 私は違いがわかる男だ。ネスカフェ・ゴールドブレンドのCMに起用してもらいたいほどである。我が処世訓によれば、「人生はトラブルと共に深みを増し、人間の真価はトラブルによって試される」ことになる。これが、小野不一流の煩悩即菩提だ。


 昨年、厄年を迎えたが何事もなかった。実に残なことだ(ニヤリ)。結婚してからは、せっかくだから、嫁と姑の軋轢(あつれき)を経験したいと望んでいたが、これまた平穏無事そのもので、退屈を持て余すほど。どうせなら、嫁と姑の刃傷沙汰とか見てみたい。もしも事が起こったら、嫁には出刃包丁を、母には鉄パイプを手渡す予定である。そして私は手をクロスさせて叫ぶのだ――「ファイト!」。


 後厄となった今年、私の体調に変化の兆しが現れた。まず、年齢を間違えるようになった。実際は43歳なんだが、あまりにも厄年に執着したせいか、「42歳」と答えてしまう。そして先日、トイレで立ち上がろうとした瞬間、ドアがどちらの方向にあるかわからなくなった。軽い見当識障害だ。


 記憶力の低下が著しい。きっと、30歳から飲み始めたウィスキーが、夥(おびただ)しい数の脳細胞を死滅させているのだ。このまま行けば、10年ほどで痴呆症状が出るに違いない。


 こうして文章を書いていても、文末がパターン化していて、論理よりも情に傾いてしまう。っていることを、言葉として紡(つむ)ぎ出せない。


 それでも、任天堂の「脳を活化させる何とか」に頼るつもりはない。やるとすれば、ランニングとサイクリング、そして、御書の暗誦(あんしょう)である。本当はバドミントンもやりたいのだが、如何せん近所にサークルがない。


 ゆくゆく呆けたとしても一向に構わないが、脳味噌をフルに使ってないのは問題だ。


 寄る年波が、頭脳を衰えさせ、体力を奪い去ることだろう。今まで出来たことが出来なくなった時、精神までが衰退してゆく。これだけは避けたい。何としても避けたい。


 でも、どうせ波が来るなら、大きな波を望みたい(笑)。そして私は、Def Techの曲に合わせて、波乗りを楽しむのだ。

2006-11-02

創立55周年


 創立50周年の時は、策謀と逆風の荒れ狂うさなか私も勇退し、当時の北条前会長はしんでいた。私は北条会長に「というものは、1000年も2000年も続くものではない。創立55周年は、見事なる祝賀の上げ潮をつくるから安してほしい」と励ましたことを覚えている。

 その時に語った通りの妙法大興隆の現在となったことは、喜ばしい限りである。


【第1回幸会大会 1984-11-01 東京会館


 我が青春の“原点”となる指導の一つ。当時、私は創価班大学校生だった。卒の時期が刻々と近づいていた。詳細は割愛する(笑)。


 その頃、勤務していた会社の社長を折伏した。21歳の私は、危険なほどの元気に満ちていた。


「社長! 創価学会は、本来であれば最大に祝福すべき創立50周年を、会長勇退という悲劇で迎えてしまいました。しかし今、池田先生は世界中から称賛され、来年の創立55周年を目指して、いまだかつてない盛り上がりをみせてるんです。社長、一緒にやりましょうよ!」(全部、大

「いや、俺は『やらない』とは言ってないよ」(たじろぐ)

「じゃあ、これ書いて下さい! あと、印鑑も」(ほとんど命令形)

「エッ、あ、うん、わかった」(印鑑を取りに行く足がよろめく)


 社長は素直に入会希望カードに署捺印した。本当に、このやり取りだけで決めたのだ。車の中で待機していた地区リーダーの隣に乗り込んだ私は、ガックリと肩を落とした。

「小野さん、どうだった?」

「ダメだったよ」

「エーーーッ、そう……」

「畜生!」

「いや、でもさ、また次があるよ、きっと」

「ねえよ、そんなもん!」

 車内で沈黙が凍りついた。


 で、私の家についた。

「嘘だピョン、決めたよ!」私は入決カードを出した(笑)。

「なあーーーんだぁーーーっ! 吃驚したぁー。俺さー、小野さんが怒って、 もう口も利いてくれないかとったんだよ。いやあ、凄いねー、さすがだねー」

 私は、周囲を盛り上げることに長(た)けているのだ。それから、直ぐに区男のもとへ二人で報告に行った。


 会長勇退後、全軍を挙げての本格的な反転攻勢は、この指導から始まった。そして、栄光の60周年から、絢爛(けんらん)たる70周年へと創価転教の歴史は続き、現在に至っている。


 今日は、創価班結成の日。

2006-11-01

「生死一大事血脈抄講義」抄録 7


「法」という漢字は「サンズイ」に「去る」と書く。水が流れるという味になる。水は平らかで、悠久であり、公平にして全宇宙に普遍的な味をもっており、「去る」は久遠の過去から永劫の未来への流れを象徴しているかのようであります。また、悪を去らしめるための存在という味も当然含んでいるとの古文書もあります。

 山深き渓流から迸(ほとばし)る飛沫も、滔々(とうとう)たる大河のうねりも、瞬時としてとどまることなく上流から下流へ、そして大海へと注ぎ込まれていく。法の眼(まなこ)が、起きては滅し、隠れては現れる森羅三千の現象を、因果の尺度でとらえております。したがって事物の流れの中で「法」をみているということになる。静止した、抽象的な法をみるのではないのであります。その故に法を水の流れに象徴してとらえたのでありましょう。現実生活に即し、生命の実の中に法はある。「諸法」を現象と訳すのはその故であります。


【『「生死一大事血脈抄」の池田会長講義』/聖教新聞 1977-04-18、20、22、25、27、30日付】


 以前、掲示板で「“如来”というが、“如去”という言葉はないのか?」と書いたら、その後、存在することを知った。それどころか、元々は「如去」といったらしい。


 輪廻というは、教以前から古代インドや古代ギリシアに存在した。インドでは、生死生死の繰り返しから脱却して、彼岸へ行ったままの状態になることを望ましいと考えたようだ(=輪廻からの脱却)。十号の一つである「善逝(ぜんぜい)」にはそういう味があるそうだ。だから、元々は「如々として去る」と表現したことが考えられる。これが、大乗教によって図的に「如来」と訳されたという(宮元啓一著『教誕生』による)。実に興味深い歴史だ。


 ちょっと私見を述べておこう。「大乗教は釈尊が説いたものに非ず」(大乗非仏説)という見方がある。私もそうう(笑)。釈尊が亡くなってから何百年も経ってから編纂(へんさん)されたのだから、直説(じきせつ)とは言いい。そして私は、小乗教も釈尊が説いたものだとはってない。だって、釈尊が亡くなってから200年後に書かれたんだもの。


「じゃあ一体誰が説いたんだ?」って話になる。BGMは「ガッチャマンのテーマ」(笑)。「♪誰だ 誰だ 誰だぁーーー “時”のかなたに躍る影」――それはね、どう考えても、やっぱり釈尊だよ(笑)。他の人であったならば、署をするはずだ。そりゃそうだろう。エゴを打ち破る大乗の精神こそ、教の魂であり、人類を革命するキーワードなのだから。誰が何を考えようが、その奥底に釈尊のがあったことは疑う余地がない。


 ここで寄り道を(笑)。私は数日前に、「付法蔵の二十四人は、なぜインドに限定されているのだろうか?」と掲示板に書いた。それは多分、歴史を文献として残す文化がインドになかったことに由来しているのだろう。伝承者こそが、歴史の体現者だったはずだ。


 付法蔵の過程で教は進化し、止揚され、深化し続けてきた。それを象徴するのが三国四師だと私は考える。


 そこで疑問となるのは、誰がどうやって大乗教を編んだのかということである。以下、完全な我見となるので要注(笑)。それは、無の弟子が信を奮い起こして、亡き釈尊に直結し、師弟一体となった時に誕生しただった。師弟とは、「時空を超越してつながる人間生命の不可議の境涯」と義付けておきたい。そのように考えると、師匠は先に亡くなるので「如去」であり、弟子は次々と誕生するので「如来」と位置づけることが可能になる。そしてこれこそが、“生死一大事の血脈”だと私は確信する。創価血脈が色に横溢(おういつ)する時、我々は“池田大作”と化すのだ。


 中々ナイスな考えだとはうが、間違っているとを受けるので、これに執着するものではない。率直に批判を仰ぎたい。


※尚、創価スピリットでの「生死一大事血脈抄講義」の連載は、一旦休み、後日再開する予定である。