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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2007-01-03

牧口先生、戸田先生の教え《抜粋》


「愚か者に広宣流布の指揮は執れぬ!」

「打てば響くような人間になれ!」

末法道修行とは、人々が一緒に並んで、一緒に手を組んで、一緒にかけをかけながら、勝ち進んでいくのだ!」

「信を根本として、団結してやっていけば、失敗はない」

「戦えば戦うほど、そして強くなればなるほど、法勝負の実証は、早く出てくる」(牧口先生

「大人というのは、人が成功した後を追っていく。保守的だ。

 青年は革新的でなければならない。時代に生き、新しいものを求めていくところに若さがあるのだ」

「戦いというのは、最後は『本当に楽しかった』と言えるまでやらなければならない。そうでなければ、本当の戦いとはいえない」

「男が怯(ひる)めば男ではない。覚悟の信に立て! 覚悟の人生を生きよ!」


《※牧口先生と注記したもの以外は戸田先生の指導》


【関西・九州・中国・四国合同研修会 2006-08-07 長野研修道場


 大聖人は「法と申すは道理なり」(1169頁)と仰せだ。私は今まで、「法は道理にかなっている」と読んできたが、最近になって変わった。「法は道理そのものである」という風に読めるようになった。つまり、「法≧道理」ではなくして、「法=道理」ということである。


 大聖人は続けて「道理と申すは主に勝つ物なり」(同頁)と指南し、四条金吾に対して具体的で細やかなアドバイスをされている。「道理は権力(主)に勝つ」とされているが、現実はどうだろう。「無理が通れば道理が引っ込む」傾向の方が強い気もする。


 我々はともすると御消文に書かれた一文を、教条主義的に捉えがちだ。植木雅俊氏の『釈尊と日蓮の女性観』(論創社)を読むと、そのような教条主義的な読み方が、いかに皮相的なものであるかがよくわかる。


 そう考えるとこの御聖訓は、四条金吾が仕えていた江間氏が「道理を弁(わきま)える人物だった」という前提のもとで書かれたのかも知れない。


 大聖人は道理を尽くし、三度にわたって国家権力を諌(いさ)めたものの、聞き入れられることはなかった。では果たして、大聖人は「主に勝てなかった」のだろうか。


 そうではあるまい。大聖人には民衆からの支持があった。そして今、世界190ヶ国の民衆が日蓮法を渇望し、日本においては代表メンバーが政権与党の一員となっている。


 万人が納得するのが道理である。理だけでもなく、道だけでもない。理と道とが一体となった智そのものである。そして、道理を貫いているのは、人間平等の精神だ。


 先師、師の教えは、厳しいようでありながらも、道理にかなっている。誰もが頷(うなづ)ける内容だ。


 道理を踏みにじるリーダーは、会員を犠牲にしている。そんな輩は断じて許してはならない。昂然(こうぜん)と叫びを上げよう。「先生の指導と違うではないか!」と。


 前は創価学会でも、実体が創価学会じゃない組織があるよ。

fwikfwik 2007/01/05 13:04  植木さんの著書お読みになったとのこと、大変嬉しく思います。今月号の大白に弓箭御書が出てますが 「結婚式なんかでよく引用されるあの有名な一節、ホントはちょっと違う文脈の中で語られてるんですよ」と、学生時代に植木さんから教えていただきましたが、この2、3年でようやく、その意味がわかりかけてきました。

 幕府は 大聖人の諫言に頭では納得していたのでしょうが、もうどうにも出来ないところまで 病んでしまってたのでしょうね。結局、大聖人が四条金吾に、このままじゃほどなく幕府は滅ぶでしょうと言われた通り、破滅の坂をころげ落ちていきましたから。堀日亨も富士日興上人詳伝の中で、熱原法難の際に日興上人等が訴え出た折、大聖人の教風にはとても太刀打ちできないから相手しないよう、部下に申し伝えていたのではないか、逃げの一手を決め込んでいたのではないか、というふうな内容のことを書いていました。