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2007-06-30

創価wiki


 本日、「創価wiki」からの引っ越しを完全に終えた。何事も量が多いと大変である。ブログも宗教団体も(笑)。ああ、疲れたー。

2007-06-29

テレビ欄にしっかり載せろよ!


 今日の「奇跡体験!アンビリバボー」(フジテレビ系列)で、尾崎哲夫さんが取り上げられていた。私は偶然、途中から見た。しかし、どうしてテレビ欄で紹介しないのかね? 完全なエラーといってよし。脇が甘過ぎるんだよな。

成長が止まれば、死んだも同然だ


 人間の肉体は二十歳(はたち)前後で成長が止まる。脳細胞も減る一方だ(笑)。人間の動物としての寿命は三十数年という説もある。ということは、人間としての勝負は「精神の成長」にあることは疑う余地がない。広宣流布とは「精神闘争」の異である。


 20代はまだ純粋だ。30代は馬力がある。問題は、40代以降である。こう、何て言ったらいいんだろうね、にスモッグがかかっってくるんだよね(笑)。人生も半ばに差し掛かると、段々過去の経験に照らして物事を考えるようになる。「あ、それなら出来る」「そいつあ、やったことがないから無理だな」――。


 つまり、保守的になるのが40代と言える。「40代」ってところをクリックしてごらんよ。先生が実に厳しい指導をされてるから。


 40代の諸氏よ、日々の生活の中でドキドキする何かがあるか? ワクワクする出来事があるか? それがなければ、死んだも同然だ。「生ける屍(しかばね)」と言われても、弁解のしようがない。その人を私は「老人」とづけよう。


 決まりきった一日、ありきたりな24時間を、断固拒否しよう! 今日、死んでも悔いのない生命の完全燃焼を共々に!

2007-06-27

後輩に葉書を書く


 闘病中の後輩に、3枚目の葉書を出す。今、私に出来ることを死に物狂いで考える。結局、祈ることしか出来ない。しかし、祈ることだけは出来る。

2007-06-25

開眼について


 チト、時間がないので走り書きとなることを許されよ。


 沖浦氏と樋田(とよだ)氏の法論動画を見て、少しばかりじた点を。


 まず個人的な所になるが、私は以前から樋田氏に対して、ある種の敬を抱いてきた。さほど彼のことを知っているとは言えないが、出家僧侶ですら回避する「学会員との対話」を行っていることは評価に値する。しかも、抑制の効いたやり取りで、物怖じするところがない。やはり、場数を踏んできた分だけ鍛え抜かれた何かがある。私が人間を評価する場合、党派性は全く問わない。日顕宗や共産党にだって、人間として尊敬できる人はいて当たり前。学会にだって、おかしいのが結構いるよね?(笑)


 ただ、沖浦さんとの法論を見る限りでは、樋田氏の法論テクニックが裏目に出たと言わざるを得ない。沖浦さんは組織人ではない。つまり、広宣部の論法と異なっているのだ。「こう言われたら、こう切り返す」などといったマニュアルとは無縁の率直な言葉には確かな力がある。樋田氏が戸惑い、ペースを崩された原因はここにある。


 樋田氏の発言が一々あざとくじる理由は、「本尊の開眼」を論じることに終始し、「信」を不問に付しているからだ。これは、殆どの法華講員に共通している。


 御書の中で「開眼」という言葉は、14ヶ所(御書題名は除く)にわたって書かれている


 この内、実に9ヶ所が真言宗を破折した内容となっている。ということは、真言宗において大日如来などの像を開眼することは、当時の人々の常識だったに違いない。中には彫(ほ)り師が彫刻したものもあっただろうから、これを採用するに当たって坊主どもが「霊験新(あらた)かな」儀式を発明することは容易に像できよう。


 そうした行為を破折したものと考えなければ、大聖人自体が謗法となってしまう(笑)。「されば画像木像の開眼供養法華経天台宗にかぎるべし」(1144頁)。実際にやったという学会員は一人もいないだろう。法華講員だっていないはずだよ(笑)。大体、「天台宗でいいの?」ってレベルの話になっちまうよ。


 つまり、「開眼」に関した多くの御指南は、与奪の法門の「与えた」立場から論じられたものであることが明らかである。更に、真言宗破折の御文を挙げて、「御本尊開眼」の文証とすることは無理があり過ぎる。


 また、「但しの御開眼の御事はいそぎいそぎ伊よ房をもてはたしまいらせさせ給い候へ」(950頁)という御文があるが、これまた、富木常忍が「釈迦像を造立」したことに対する指導である。これをもって僧侶(伊予房とは六老僧日頂)による開眼を必要と読むことも極めて不自然である。そもそも開眼とは、法華経読誦に重きを置いていると私は受け止める。当時は読み書きの出来ない弟子も数多くいたことから、法華経の読誦は僧侶と一部信徒に限られた行為だったはずだ。


作って魂入れず」「作っても開眼せねば木の切れも同然」、「作って眼(まなこ)を入れず」などという諺(ことわざ)も多分、真言宗がベースになっているのではないだろうか。そこから敷衍(ふえん)して、「画竜点睛を欠く」なんてのも生まれたのだろう。


 御書のどこにも、「御本尊開眼」については書かれていない。そして、開眼については「法華経で行うべし」と御指南されているのみである。所詮、御本尊を受持した真実の日蓮門下が朗々と唱える題目こそ、正真正銘の開眼であろう。その味では、「毎日が開眼」であり、唱題なき人の御本尊開眼されてないと言えよう。


 樋田氏を始めとする法華講員が主張する「開眼論」は、あたかも功徳論であるかの如く論じられているが、これに過ぎる欺瞞(ぎまん)はない。功徳は「信の厚薄による」のであって、開眼など全く関係がないからだ。


 最後に、大聖人が説かれた「開眼」は、「開目抄」に尽きることを知るべきだと言っておこう。

呼吸


 本部幹部会の衛生中継が平日に行われているにも関わらず、日曜日に集まっている組織がある。師の呼吸を無視した愚かな組織と断じておこう。そんな会合は無視せよ。何も考えずに集う“羊千匹”になってはいけない。「戦いのホシ」を見失うな。

 『アングロサクソンの金融支配戦略』高橋雄二+アングロサクソン金融戦略研究会


 国債は「不況対策」と言える。戦後の復興期、高度成長期、80年代のバブル期を除いては、国債の発行が景気の振興に不可欠だったのが日本だ。国が歳出をカットすると需要減につながり、景気には必ず悪影響が出る。この点を忘れて、歳出減は財政赤字減って国が良くなるとの先入観を持つ人がいる。国の財政事情がよくなるとは、国民の生活レベルが下がる事を味する。バブル期、国の税収が増えて財政が好転し、国民も大層リッチになった。しかし、バブル崩壊後の日本を見れば、その様な事態こそ実は異常な状況だったという事実がわかる。

 その味では、無理に需要を作り出さずとも済んだ高度成長時代が理ともえる。但(ママ)、あの時代の生活レベルと、現在の生活レベルとを比較して欲しい。一人の人間としてどちらを選択するかとなると圧倒的多数の人が現代を選択するはずだ。安定成長時代には、財政赤字を減らせば国民の生活レベルを落とす事になる。豊かさに慣れ親しんだ日本人が我慢できるだろうか。少し景気が落ち込むと政府に不況対策を迫る。96年の3.5%成長はその典型例だと知って欲しい。公共事の不況対策効果に少し翳(かげ)りが出てきたとわかってきた現在は「所得税減税」の大合唱になる。減税の結果景気が回復し、減税がなくなると再び景気が悪化し始め再び……というくり返しになると考えるのが妥当だ。もうこうなると答の解っている芝居と同じで、建て前の財政改善と本音の景気対策との戦いが果てしなくくり返され、結果的には常に景気対策優位の図式が成立する。

 何故こうなるのか? 実は答えは外に簡単だ。そのヒントは日本の貯蓄率にある。日本の貯蓄率が14%台でアメリカの貯蓄率は4%大だが、貯蓄とは消費しないという事だ。景気が悪くなるのは当然だ。アメリカは、貯蓄が少ないがゆえに好況が続き易い。参考までにいうと、97年のアメリカの貯蓄率は3.8%となり、1939年以来58年ぶりの低水準となっている。96年も4.3%と低かったが、それをさらに大幅に上回るのだから好景気もうなづける。もっともデータの取り方に問題があるという識者もいるので、個人ローン中の破産者の数で比較するのも一つの方法だ。日本の場合、近年まで5万件以内だった破産者数が6万件、7万件となり、金融不安を説明している。ところがアメリカは論外だ。85年に40万件が、91年には80万件、96年には110万件となり97年も20%以上の伸びになりそうだ。人口比で考えれば異常といえる。


【オーエス出版社】


 日本の財政赤字は先進国の中でも最も深刻だが、実は純負債残高は一番少ない。政府が保有する金融資産(社会保障基金、外貨準備、国の預金・貸出金)が多いためだ(95年時点で378兆円)。


 アメリカの経常赤字は世界経済を支えるもので(アメリカが黒字になるいうことは、多くの国が赤字となる故)、ドルが世界の基軸通貨であるため損をしない仕組みになっている。


 尚、国債については「2008年問題」が憂慮されている。


アングロサクソンの金融支配戦略 ドル本位制がつくり出した世界支配の罠

2007-06-24

連絡事項


 明日、19:00より放映される「主治医が見つかる診療所 2時間スペシャル」(テレビ東京系列)は必見である。必ず録画しておくこと。私の知り合いが出るのだ(笑)。

6月21日付新聞


「正義の光 73日」と題した総東京男子部長の手記。「私は学生部の書記長の任を拝した直後」という箇所は不要だ。個人的な文章であればまだしも、新聞に掲載されることを踏まえれば、余計なことを書いた分だけ立場が曖昧になってしまう。


 もう一つ。「きょうの発」に、「何人もの友と対話しましたが、を傾けてくれません」と。何度も言うが、「くれた」はダメである。そもそも、「を傾ける義務」など友人にないのだから。まさか、「を傾けて下さい」と“お願い”しているわけではあるまい。随他の一折伏を阻んでいたと言えよう。


 尚、既に何度も書いているように、「きょうの発」と「」に関しては素人の文章であるが故に、私の抗議は聖教新聞社の校正に対して行っているものと理解されたし。


 時代も社会も、そして組織も信も、言葉から崩れてゆくのだ。小事と侮ることなかれ。

日本映画の楽しみ 聴覚障害者にも


公明都議の質問をTV番組が紹介


 21日、フジテレビ系の番組「とくダネ!」で、メーンキャスターの小倉智昭氏が「東京議会議員の公明党の高倉さんという方が」と切り出し、20日の都議会本会議で公明党の高倉良生議員が、日本映画への字幕表示の普及を訴えたことを紹介、反響を呼んでいる。


 コメンテーターとして番組に出演した作家の岩上安身氏は「目やの不自由な人たちのために、何とかアクセスする方法はないか、という試みは素晴らしい」と賛同を寄せた。


 議会質問の中で高倉議員は、ハリウッド映画『バベル』が、聴覚障害者らの署運動により、日本語音に字幕が付いて、日本で上映されたことを紹介。劇場上映やDVDなどの日本映画やアニメ作品に字幕を付けるべきとして、「字幕の法制化に向けた取り組みへの後押しや、事者に対する積極的な働き掛けを」と訴えた。


 これに対して、渡辺日佐夫・生活文化スポーツ局長は「国に字幕についての取り組みを要請するとともに、(都が支援する)東京国際映画祭関係者や、制作会社などに対して、日本映画等に日本語字幕を表示していくよう、さまざまな機会をとらえて働き掛けていく」と答弁。石原慎太郎知事は「手始めに、自分が関係する作品については、(字幕表示を)実現していきたい」と応じた。


【公明新聞 2007-06-22付】

2007-06-23

公明新聞「北斗七星」殿御返事


北斗七星


◆「酒は飲むとも飲まれるな」という戒めの言葉がある。「酒に飲まれた」としかいえない飲酒運転は、絶対にやってはならない愚挙である◆昨年8、福岡市で幼いきょうだい3人の尊い命を奪った飲酒運転事故があった。家族5人が乗った車が追突され、橋の欄干を突き破って博多湾に転落。目の前でわが子を亡くし泣き叫ぶ夫妻の姿は涙を誘った。事故を起こしたのは若い元市職員(懲戒免職)◆事故から10カ、先日開かれた福岡地裁での初公判被告は、事故を起こした罪を悔いながらも「危険運転」は否認。危険運転致死傷罪(最高刑懲役20年)の成否を最大の争点に双方が全面対決する構図となった◆夫妻は事故後、自宅を離れて転居。納骨も済ませていない。初公判に合わせ公表された手記には、短い文面の中に、無さ、悲しみが込められていた。の傷は癒えず、夫妻の不安と恐怖はいまも消えていないという◆この事故が飲酒運転防止対策の強化や厳化の論議を呼ぶ契機となり、「飲酒運転撲滅」の世論も高まったはずなのに、飲酒運転は、なかなか無くならない。「3幼子事故死」の教訓は一体、どこにいったのだろうか◆「飲んだら乗るな」。これは鉄則である。飲酒運転がばれるのを恐れて逃げるケースも増えている。いつまで、こんな行為を繰り返すのだろうか。真摯に考えてほしい。(尚)


【公明新聞 2007-06-20付】


 まず、冒頭の文章がおかしい。「酒に飲まれてなければ」運転しても構わないようにも受け取れる。余計な慣用句を引用したのが、そもそもの失敗。


 次に、「涙を誘った」もおかしい。まるで、芝居でも見ているような印象すら受ける。「あまりにも痛ましかった」「胸をえぐられるいがした」などとすべきである。


 そして最後の「真摯に考えてほしい」。「何を」考えるのかが示されてない。本来は戒めるべきことであって、「考えるべき」問題ではあるまい。


 実に中途半端で曖昧なコラムだ。こんなものは、労知らずの若造が書いているに決まっているよ。

野党が衆議院で河野洋平議長の不信任決議案を提出/小沢代表は欠席(笑)


 さて、一昨日(620日)は、衆参両院の本会議で荒れ模様になりました。衆議院では、河野洋平議長の不信任決議案が野党から提出され、否決。参院では、改正イラク特措法と教育関連3法の委員長報告・採決の前に、田浦外交防衛委員長および狩野文部科学委員長への解任決議案が野党から提出され、それぞれ否決されました。その後、法案は二つとも粛々と採決され賛成多数で可決されたことは、新聞報道の通りです。


 野党は相変わらず「強行採決だ」と騒いでいますが、マスコミも国民も冷めてきているようにじます。少なくとも参院では委員会での審議時間も野党に多めに確保するなど配慮して運営してきていますし、法律が成立しなければ国民の血税で運営されている立法府の責任を果たすことができないわけで、野党の選挙向けパフォーマンスの色合いが濃いことは言うまでもありません。


 それにしても笑止千万なのは、衆院での議長不信任案採決の際に、またしても民主党の小沢一郎代表が欠席していたことです。議長不信任というい決議案を突きつけた野党第一党の党首が、結局不在で一票も投じていないのですから、「拍子抜け」も甚だしく、民主党の若手議員の諸君は内忸怩(じくじ)たるいがあるのではないでしょうか。


遠山清彦

公明党参院議員の反乱


 公明党の福本潤一参院議員が離党のを表明し、記者会見公明党全体主義的であると批判した。今夏の参院議員選挙で公認が得られず引退を余儀なくされたことが不満での行動である。


 公明党1964年に結成されたが、それ以前に、56年に創価学会として3人の参院議員を当選させて以来国政に参画してきた。同党は、周知のごとくいわば「創価学会政治部」で、それ自体は法的にも政治的にも何らやましいことではない。日本教史上の巨星・日蓮の「立正安国」のを党是として、政治権力者たちが正しい考え方で行動してこそ、国家の独立と平和が保たれ国民が幸福に暮らすことができるという観点が同党の背景にある。


 公明党は、その本質が宗教系政党であるために、その組織決定のプロセスが、一見、上命下達的で、全体主義的に見えることは事実である。しかし、その点は、実は自民党と民主党も同じである。つまり、両党とも、まず、すでに十分に権力者である議員たちの投票や話し合いで選ばれた党首が、自由に幹部人事を行い、その任期中は、党の政策や運動方針の決定について党首の強い指導力が認められている。だからこそ、自民党で安倍「暴走」が許され、民主党で小沢「独裁」が許されている。


 公明党も、私の知る限り、議員や幹部が最前線の支持者のを聞いたうえで、幹部が協議し政策や運動方針が決められている。そしてその際、ほとんど唯一最大の支援組織である創価学会と協議の機会を持つのは当然で、その影響を受けないと言ったらうそになる、と言うよりも同党が結成された味がなくなってしまう。これも結社の自由である。


 実は、公明党の議員は自分の実力で選挙などしてはいない。それどころか、立候補自体が本人のではなく、支援組織が候補者を発掘して来る。だから、当選させて、党議員として「使って」みて、その上で、どうも党の方針と支援者のいに合わない言動をする議員だと分かったら候補者を取り替えてしまえる能力が同党の組織にはある。むしろ、この点は「民主的」ではなかろうか。


 だから、縁あって候補に推薦され公明党議員になった者が、党や支援者と見が合わなくなったにもかかわらず再度の公認を期待することにそもそも無理がある。公認するしないは、憲法で保障された結社の自由の一環として党と支援者の選択の自由である。


《小林節(こばやし せつ)》慶応大学教授。弁護士。日本海新聞・大阪日日新聞客員論説委員。1949年東京都生まれ。1977年慶応大学法学部博士課程修了。ハーバード大学客員研究員。法学博士。『憲法守って国滅ぶ』(KKベストセラーズ)、『そろそろ憲法を変えてみようか』(致知出版社)ほか多数。


【大阪日日新聞 2007-06-19付】

軽度要介護者に用具貸与


「古屋さんの質問で実現」日本福祉用具供給協会が


「古屋さんの国会質問がきっかけとなり、軽度の要介護者にも福祉用具の貸与が認められるようになった」。公明党の古屋範子衆院議員は21日、都内で開かれた日本福祉用具供給協会の懇親会に参加し、同協会から謝のが寄せられた。


 昨年(2006年)4の介護保険法改正で、軽度の要介護者(要介護1、要支援1、2)への電動ベッドなどの福祉用具の貸与が保険の対象外とされていた。


 古屋さんは、昨年(2006年)1025日の衆院厚生労働委員会の質問で、軽度の要介護者であっても、「ぜんそくや臓疾患などで、しいときにだけ(電動ベッドなどが)必要な人もいる」と指摘。これを受け、厚労省は同11に全国調査を行い、パーキンソン病やがんの末期、呼吸器疾患など、日や時間帯で状態が変わる場合、軽度の要介護者にも福祉用具の貸与を「例外給付」として認め、今年4から実施した。


 同協会の懇親会であいさつに立った古屋さんは「病者や高齢者の介護をめぐる問題に、これからも真剣に取り組む」と力強く決を語った。


【公明新聞 2007-06-22付】

2007-06-22

税源移譲に伴う住民税の改正について


 地方分権の推進を図るために、国税(所得税)から地方税(住民税)へ3兆円の税金が移し替えられることになった。6から住民税がアップすることとなり、市町村の窓口には問い合わせが殺到している模様。


住民税:今から引き上げ


 今からサラリーマン世帯の大部分で個人住民税(地方税)がアップする。国から地方への税源移譲に伴う措置だが、今年全廃された定率減税分と合わせ、給料袋が「軽くなった」とじる人が増えそうだ。


 税源移譲は、小泉内閣時代の「三位一体の改革」に伴うもので、所得税(国税)を個人住民税に振り替える形で地方へ3兆円の税源を移す。これにより、源泉徴収される所得税は今年1から先行して減税される一方、住民税は6から増税となる。


 総務省は、所得税と住民税を合わせた年間納税額は同額と説明するが、景気対策のため99年から導入されていた定率減税が廃止されたことで、税負担の総額は増加することになる。


 同省の当たりの給与試算によると、夫婦と子ども2人がいる年収700万円の世帯では、所得税は昨年の額1万2880円から今年は7160円に減った。一方、住民税は今から、税源移譲に伴う増額と定率減税廃止による増額分と合わせ、1万5100円から2万4500円と大幅増となる。


 つまり、1から5までは一時的に減額されていたものの、6からは減税分を超えて増税され、同じ世帯だと6から9400円分が増税となる計算だ。


 民間のシンクタンク野村証券金融経済研究所の経済見通しによると、1〜3期の実質国内総生産(GDP)は、消費が前期比で0.9%増えたが、このうち0.4%分は所得税の先行減税の影響と分析。しかし、6からの増税で7〜9期は消費を0.5%程度押し下げるとみており、「税制変更は、高額所得者の消費活動に大きな影響を及ぼしやすい」と指摘している。


【毎日新聞 2007年61日 11時36分】

 まず整理をすると、


 1.今年の1から先行して所得税が下がった。

 2.国から地方へ税源移譲をするため、住民税が6から上がる。

 3.景気対策の暫定的な措置として行われてきた定率減税が廃止。


 となる。税源移譲分に関する税負担の増減はない。問題は平成19年度から住民税率が変わることだ。

  • 200万円以下――5%
  • 200万円超700万円以下――10%
  • 700万円超――13%

 というこれまでの税率が、一律10%となる。つまり、定率減税の廃止分に加えて、所得が200万円以下の人は実質的な負担増となる。


 参院選も近いことから当然、与党への批判は高まることだろう。そうしたを聞いたら、丁寧な対話が必要だ。私の場合、「じゃあ貴様は、今までの減税にどの程度、謝してたんだ?」と切り返す。あ、全然丁寧じゃないね(笑)。


 まず、与党として景気が低迷する中で、定率減税という措置をとって政策努力してきたことを、しっかりと打ち込むことが大切。次に、根本的な問題となるが、国家の借金=国民一人ひとりの借金、との自覚が必要だ。


 とは言うものの、政治家官僚によるムダづかいに対しては、厳しいを上げなくてはならない。当たり前である。更に、税というコストに対して、政府のパフォーマンス(遂行)が高いか低いかを見極めることが、「政治への監視」となる。


 国民が不満を基準にして投票行為に及ぶようなことがあれば、選挙は単なる人気投票ということになりかねない。

東証大引け・6日続伸――年初来高値を更新・2部も6日続伸


 21日の東京株式市場で日経平均株価は6日続伸。前日比28円62銭(0.16%)高の1万8240円30銭と、226日の年初来高値(1万8215円35銭)を更新し、2000年52日以来、約7年ぶりの高値水準になった。


【日経ネット 2007-06-21


「株価は半年後の績を反映する」と言われる。景気は着実に上向きになっている。これが、年金の安材料ともなる。

2007-06-21

民主党区議が公職選挙法違反の疑いで書類送検


経歴詐称、世田谷区議を書類送検


 公職選挙法違反の疑いで書類送検されたのは、森学世田谷区議(38)です。


 調べによりますと、森区議は2001年から2003年にかけて在ルクセンブルク大使館に「三等書記官」として勤務していましたが、今年4に行われた世田谷区議会選挙で選挙公報やポスターなどに「一等書記官」とうその記載をした疑いが持たれています。


 書類送検について、森区議は21日、JNNの取材に対し次のように答えました。


「私がしたことが罪になるならば、それはしかたないことですから、ちゃんとお受け致します。間違えたのは事実ですし、一等書記官だと信じて投票してくださった方には、本当に申し訳ないことをしたとはっています」(森学・世田谷区議)


 森区議は7500票余りを獲得してトップ当選しましたが、当選直後に経歴詐称疑惑が発覚し、警視庁に刑事告発されていました。


TBS 21日 11:29

参院選挙 7月5日公示、22日投開票


国会会期12日間延長を確認 与党国対委員長会談


 自民、公明両党の衆参国対委員長は21日、東京都内のホテルで会談し、23日までの国会会期を75日まで12日間延長することを最終的に確認した。21日午後に安倍晋三首相と公明党太田昭宏代表が会談し、会期延長を正式に決定する。これに伴い、参院選の日程は当初予定していた75日公示−22日投開票から1週間遅れ、712日公示−29日投開票となる。


75日公示、29日投開票


 与党衆参国対委員長会談では、公務員制度改革関連法案の成立に万全を期すため、12日間の会期延長を再確認した。会期延長は安倍−太田会談を経て、与党幹事長が河野洋平衆院議長に延長を申し入れる。22日の衆院本会議で河野議長が発議し、与党の賛成多数で議決される見通しだ。


 政府・与党は会期を延長することで、安倍政権が重要課題に掲げる社会保険庁改革関連法案と年金時効撤廃特例法案を29日に、公務員制度改革関連法案を74日にそれぞれ成立させる構えだ。ただ、残代の割増率引き上げなどを盛り込んだ労働関係3法案は、会期を延長をしたとしても審議日程が窮屈との理由から、成立を断した。


 一方、民主、社民、国民新の野党3党も21日午前、国会内で国対委員長会談を開き、終盤国会の対応を協議した。政府・与党が会期延長を正式に決めた場合、衆参両院の予算委員会開会を求め、年金記録紛失問題で政府をさらに追及していく方針だ。


 ただ、野党側は会期延長を既定路線とも受け止めている。内閣不信任案の効果的な提出のタイミングを見極めながら、重要法案成立阻止に向けて抵抗を強める構えだ。


産経Web 2007-06-21 10:54】

四菩薩造立抄


 今に始めざる御志(おんこころざし)言(ことば)を以て宣べがたし何(いず)れの日を期してか対面を遂げ中の朦朧(もうろう)を申し披(ひらかん)や(987頁)


 種々の品々を供養した富木常忍へ礼を述べられたお手紙。やはり、「顔を合わせて」対話することが大切だ。一人の友のもとへ足を運び、相手の聞きたいこと、知りたいことに、きちんと答えてゆく。その誠実な行動が友好を深める。「対面を遂げ」て、輪郭の定まらないモヤモヤしたいを、ハッキリと伝えてゆこう。

2007-06-20

『君よ、志を持って生きてみないか 橋本左内『啓発録』を読む』石川洋


 本日、読了。ただの一度も本を閉じることなく読み終えた。人生で二度目のことである。著者はクリスチャンではあるが、私以上の法者といえる。「人間と生命の深さを知らしめる」――私はこれを法とづける。


 私は5歳で父に死に別れているので、父の記憶はほとんどありません。でも、父の臨終の模様だけははっきり覚えています。父は死の床で私の手を握り、「(私は)先に逝(ゆ)くけれど、広い道をつくっておくから安してついてきなさい」といった。私はその父の言葉を、片時も忘れたことはない。その父の言葉があるからこそ、どんなときでも道は開かれている、と私は信じています。

 目の前に開かれている道をどう進むのか、あるいはその道が見えるか見えないかは、結局のところ、すべて自分の問題だということを、父は最期の言葉を通じて私に教えてくれたのでしょう。それ以来、「道はつねに開かれている。問題は自分の生き方だ」という考え方が、私自身の信仰になっています。

 父は45歳で、29歳の母と4人の子供を残して亡くなりました。でも、今わの際で父は身を起こし、坐を整え、「肉体は無くなっても魂はなくならない。だから悲しいいはするな」と、悲しみに暮れる親類縁者を逆に慰めていました。そして「万事オーケー」といって、父は絶えたのです。


君よ、志を持って生きてみないか―橋本左内『啓発録』を読む

中部歌「この道の歌」


 中部、おめでとう! 既に勝因は積まれた。本幹の合唱は本当に素晴らしかった。私は北海道で生まれ育ち、東京の下町で訓練を受けてきたが、なぜか「この道の歌」を歌える(笑)。

2007-06-19

20代の青年部諸君へ


 吉田松陰は25歳で下村塾を設立し、29歳で斬首された。たった4年間で、明治維新の原動力となった志士を育てた。橋本左内は15歳で『啓発録』を著し、26歳の時に安政の大獄で斬首された。


 青年ならば、歴史をつくれ!

加山雄三


「♪膿(うみ)よぉ〜 俺の膿よぉ〜〜」と歌いながら一人笑い飛ばす。離党や政務調査費が、なんぼのもんじゃい

2007-06-18

関西各テレビ局にて放映が決定


日中国交正常化35周年記番組「櫻花時節 〜めぐり来る桜花の季節〜」


《放映日時》

中国で、2回にわたり放映!
大反響の特番が、日本語版として放映決定!!

 明年、創立45周年を迎える民音が、長年にわたって推進してきた中国との文化交流の足跡を、中国最大のテレビ局である中央電視台が制作。去る527日(前編)と63日(後編)の2回にわたって、計90分の特別番組が放映されました。さらに、3回の再放送があり、前後編合わせて実に8回もの放映となりました。


 民音が1975年から毎年、中国の珠玉の芸術文化を日本に紹介し、1250回を超える公演を通じ、200万人に及ぶ観客に動と友情の舞台を提供してきた事実、そしてその淵源には民音創立者による1968年の「国交正常化提言」や、文化交流を通した平和実現への信が脈打っていることを、様々な歴史的事実をもとに報道されました。


 この度、中国での放映の大反響を経て、中央電視台の許諾のもと、日本語版として30分に凝縮され、放映が決定致しました。


 日本版では、両国のさらなる友情が、新しい時代、新しい世代へ受け継がれてゆく象徴として、今秋来日する「中国雑技団 龍鳳伝説」公演の見どころについてもダイナミックに紹介しています。

2007-06-17

『図解雑学 孫子の兵法』水野実


軍隊の指揮のあり方


 軍隊においては指揮系統が一貫している必要があるが、統帥権(とうすいけん)を持つ君主の介入は、指揮系統を混乱させて勝利を逃す事態を招きかねない。


 軍を乱して勝ちを引く。

【訳】軍隊を混乱させて勝利を逃す。


●君主の介入と敗戦


 軍隊を混乱させて勝利を捨て去る状況を生んでしまう要因には、さまざまなことが考えられるであろうが、孫子はそれを君主の要らぬ口出しによるものとして大きく取り上げた。


 1.軍隊のおかれた状況を知らずに進退を命ずる。

 2.軍隊の内情も知らずに軍隊に対して口を出す。

 3.軍隊の応変の措置を知らずに指揮に口を出す。


 このように君主が介入してくるのは、君主が統帥権を握る当時の軍制下においては致し方ないことであったが、将軍には頭痛の種であったろう。指揮命令系統が不統一であれば、兵士は困惑し、軍隊は混乱する。後の兵法家はこの題に対して、兵権を完全に掌握する猛将の姿を描き出した後、「前に敵無く、後に君無し」(『六韜(りくとう)』)と表現したのは、君主の介入を否定する図からである。


「君主」を担当幹部・上位役職に置き換えれば、すんなりと理解できるだろう。

図解雑学 孫子の兵法 (図解雑学シリーズ)

「年金問題」は自分で考えよ


 年金問題の議論がどうもスッキリしない。参院選に利用すべく、与野党共に瑣末な問題を取り上げているせいだろう。野党は口を揃えて危機を煽り、与党は「安」を繰り返すばかり。確かに無駄遣いはよくないが、無駄遣いが経済を支える側面も否定できない。


「すべての政治家が清廉潔白になると、国民生活はしいものになる」(趣)とは谷沢永一氏の持論だが、確かに首肯できる。少々の行き過ぎや過(あやま)ちは大目に見る余裕があってしかるべきだ。


 とは言うものの、社会保険庁がやってきたことは、全くけしからん話で、国民にとっては百害あって一利もない省庁と化している。さっさと潰してしまうべきだろう。


「『年金相談のコールセンター設置』は与党のパフォーマンスに過ぎない」という指摘があるが、これは正しい(笑)。フリーダイヤルパンクすることは当初から予されていたし、人件費電話料金も国民負担になることは、わかり切っていた事実である。参院選へのダメージを払拭したいがための窮余の策と言えよう。


 なぜ、パフォーマンスと断言できるか? それは、年金加入記録の照会は、社会保険庁のサイトへアクセスすれば出来るからだ。ところが、こっちは全く宣伝されてない。


 一方、我が組織においては、婦人部幹部を中に「100年安」を高に主張する輩がいる。「とにかく、友人に言い切りましょう!」と鼻が荒い。多分、総区や分区から言われた話を真に受けているのだろう。何の根拠も示さず、安もへったくれもあるまい(笑)。


 大体、100年先のことなど誰にもわかるわけがないのだ。経済アナリストですら、来年の景気予測も当たらないんだよ(笑)。勢いだけの対話は自己満足に終始し、必ず引っくり返される。五重の相対とは、根拠によっての勝劣を判じたものだ。


「100年安」とは、出生率やインフレ率が与党の前提通りであった場合に言えることであって、現段階での政策においては、よりベターなものである――というのが正解。更に本格的な議論としては、現行の賦課(ふか)方式から、スウェーデン方式に移行しながら積立方式にしてゆくのがベストだとわれる。


 具体的には、2050年時点で1.39の出生率、インフレ率が0.5%(手っ取り早く言えば、年収が毎年、0.5%上がること)であれば、平均寿命まで生きた人々は支払った額よりも多くの年金を受け取れる。私の率直な印象では、「多分、大丈夫だろう」といったところだ。ここまで持って行った公明党の功績は大したものだとう。中道とはベターということだ。極端な批判や正論は実現不可能であろう。

 昨今の世論はメディアの影響を受けやすい。そうであれば我々学会員は、テレビや新聞に対しても、一刀両断できるだけの見識を持つべきだろう。

2007-06-16

2007-06-14

国民が不安を持つ必要はない 「宙に浮いた年金記録」問題を分かりやすく


 まずきっちりと訴えなくてはならなかったことは、「決して年金が消えたわけではない」ということだ。「消えた年金」などとセンセーショナルな言葉を使って、徒(いたずら)に国民の不安を煽る向きがあるが、とんでもないことである。平成9年の基礎年金番号導入前は、転職や結婚を機に年金記録が複数作られることがあり、約3億口の年金記録が存在した。これらのうち約5000万口の記録が統合されず未処理となっているというのが真相だ。未処理データが全部支給漏れになっているわけではなく、「短期間しか加入しなかった等、そもそも受給資格に結びつかない記録」や「会社から退職後統合し忘れた記録」なども多数含まれている。


世耕弘成(自民党参議院議員)

年金問題と民主党


 以前から野党は、「公的年金は破綻している」などと国民の不安を煽ることにご執のようですが、破綻と言うからには年金が遅配したり不払いになったりしているという事実がなければ言えないはずです。しかし、圧倒的大多数の国民は年金の給付を遅滞なく受けているわけであり、大げさにいっても「破綻」という表現は使えないはずです。何しろ3000万人もの国民が年金の給付を受けているわけですから、もし仮に日本の年金制度が野党の言うように本当に「破綻」していたら、今頃大暴動が起こっているはずですが、現実には起こっていません。


遠山清彦 2007-06-11

打倒佑ちゃんへ各大学がアピール


 全日本大学野球選手権(神宮、東京ドーム)が12日に開幕する。参加する全国26大学の監督と主将が11日、都内で記者会見に臨んだ。


 打倒斎藤へ、記者会見では各大学がアピールした。勝ち進めば準決勝で当たる創価大・岸雅司監督(51)は「何とか早大とやりたい。ハンカチ王子対(所在地)八王子です」と気込んだ。上武大・谷口英規監督(38)は「同じ群馬県出身の選手(斎藤)が大学球界を盛り上げている。群馬旋風を起こしたい」。初戦突破すれば早大と当たる九州国際大・伊藤健治監督(56)は「早大とできるように精いっぱい頑張る」と話した。


【日刊スポーツ 2007-06-12付】

2007-06-13

コメント機能を停止


 今までコメントしてくれた方々には申しわけないが、コメント機能を停止することにした。


 さほど活発でないという理由が一つ。更に、有義なコメントが少な過ぎるため。癖小僧に反論するのも面倒臭いし、教えて君に応じるつもりも全くない。煩わしいのでやめた、というのが本音である。


 私の元にはほぼ毎日、見知らぬ学会員の方々からメールが寄せられている。これらには全て返答しているが、相手にしたくない人物も多い。


 1999年からインターネットを始め、実に多くの学会員を見てきた。だが、実際に会った人は10人に満たない。日常的にメールでやり取りしている方は、十数といったところだ。残ながら、私が信頼できる学会員はこれしかいない現状である。それはそれで構わない。機熟し、時来たれば、新たな出会いもあろう。


 というわけで、何卒、ご容赦のほどを。

パンディ副議長(インド国立ガンジー記念館)


 25歳の時、(パンディ)博士は師(ガンジー)の逮捕に抗議するストライキの指揮を執った。無抵抗で横たわる博士らを騎兵隊が馬で激しく踏みつけた。博士は膝を砕かれた。

「私はかつて権力に立ち向かい、投獄され、その結果、満足に歩けない身体となりました。だからこそ私には、池田会長のご労がよくわかるのです」

 海を越え、杖をつき、一歩一歩を踏みしめながら、はるばると博士は来日した。誉会長を求めて。


誉会長アルバム 対話の十字路 第63回/聖教新聞 2007-06-13付】


 私は弟子を乗っているが、先生のことをまだまだわかってないのかも知れない。学会という組織の内部では、それなりに戦い、結果も残してきたつもりだが、社会を変革するほどの結果は出していないのだ。

ゴルバチョフ元ソ連大統領


「私も、人の評価がどうであろうが構いません。それよりも、池田会長と共に仕事をすることができれば、それでいいとっています」




「今日は池田会長にお会いし、義深い語らいができ、本当に動しています。

お会いするたびに、会長のの深さと言葉の高みに動するのです」


【2007-06-11 東京牧口記会館

2007-06-12

年金問題は、社会保険庁の自爆テロ


年金調査「できなければ政治責任」 自民幹事長


 自民党の中川秀直幹事長は7日、東京都内で講演し、政府が08年5までに「宙に浮いた年金記録」5000万件の照合作を終える方針を示したことについて「安倍総理が責任を持つと言った。これ以上重い言葉はない。『できなければ私が政治責任をとる』という味だろう」と述べた。


 また、中川氏は年金記録の問題が次々と明らかになる状況について「社会保険庁を国家組織として存続させたい勢力が(社保庁改革法案を廃案にするため)自爆テロをしかけている。これからも自爆テロが続くことを覚悟しなければならない」と語った。


日新聞 2007-06-08 07時26分】

2007-06-11

フェラーリの譬え


 フェラーリの運転席に座った自分を像してみよう。まず、車高の低さに驚く。殆ど地べたに座っているも同然だ。「これじゃあ、前が全然見えないよ」。シートも何となく狭しい(違っていたらゴメンナサイ)。シフトレバーの使い方も、よくわからん。


 恐る恐るエンジンを掛け、前に進む。急発進したとった途端、エンストだ(笑)。周囲からはクラクションの雨。「御免なすって」――。


 信号待ちで車内を見回すと、どうもシートの色が気に入らない。二人しか乗れない上に、燃費も悪そうだ。そもそも、普段は車を利用することが少ないので分不相応だ。


 信号が青に変わった。周囲の流れに合わせてアクセルを踏む。前を走っているのは、錆(さび)だらけの軽トラックだ。追い越し車線が空いてるものの、抜く気にはなれない。ぶつけでもしたら大変だ(笑)。


 そうこうする内に渋滞に巻き込まれた。これじゃあ、折角のフェラーリも台無しだ。側道を走る自転車が次々と私を通り越してゆく。


 とっぷりと日が暮れる頃、私はディーラーにフェラーリを返したのであった。私には、フェラーリの馬力を引き出す能力もなければ、技術もないことをい知らされた。


 何の話をしているかわかる? これを大白牛車(=御本尊)に置き換えてごらんよ。「普段は利用してない」男子部も多いことだろう(笑)。環境に流されてばかりいる“主体なき信”では、渋滞に巻き込まれた車と変わりがないよ。


 大白牛車に打乗つて権門をかつぱと破りかしこへおしかけここへおしよせ真言禅律等の八宗十宗の敵人をせむるに或はにげ或はひきしりぞき或は生取られし者は我が弟子となる、或はせめ返しせめをとしすれどもかたきは多勢なり法王の一人は無勢なり今に至るまで軍やむ事なし(502頁)


 大白牛車を乗り回して、全ての知人友人を「生けどり」にしよう(笑)。

2007-06-10

柴田昌治


を強くする組織風土


 ――近頃、日本にアメリカ型の成果主義はなじまない、といった見をしばしばにします。企組織のあり方について、なかなか見方が定まりません。


 例えば、アメリカ式成果主義を導入したとしても、その効果的な運用のためには、組織内の個々人に、改革への識、さらにはその機軸となる“価値観”が共有されていなければ結局、失敗してしまいます。実は企組織には、建前と本音がある。掛けスローガンがどれほど立派でも内実が伴っていなければ、単なる“キレイごと”で終わるのです。

 企組織が成長する上で重視すべき点は、組織内に問題を抱えているか否か、ということではありません。問題の兆しが見えているにもかかわらず、具体的な解決策が講じられないことの方が問題です。




 ――対話や討論が活発に行われる「企風土」であれば、社員のやる気を十分に引き出すこともできる、と主張されていますね。


 仲間が身近にいることで、何かを発言しようとする勇気をもつことができます。また、議論や発言の中で考える力も養われます。

 例えば、組織内に不平不満をもつ社員がいたとしても、その不平不満は改革への大きな足掛かりになり得ます。経営者や上司は自由な発言を促すだけではなく、そのを傾けることが大切でしょう。不平不満の背景を探ることで、組織の抱える問題の本質が見えてくるかもしれません。(中略)

 考える力を育み、何でも自由に議論できる風土は、社員に内発的動機を喚起します。経営層や管理層が社員の識改革をいくら訴えたところで、社員に内発的な動機がなければ、根本的な変革につながりません。日本では「働く喜び」を軽視しがちですが、それは本来とても重要だといます。


スコラ・コンサルタント代表》


聖教新聞 2007-06-10付】

2007-06-09

組織が抱える問題


 どんな組織でも常に問題を抱えている。そもそも、問題がなければ幹部は不要だよ(笑)。ありもしないユートピアを望むのはだ。Web上で公明党にケチをつけてる連中なんぞが、その類いだろう。


 大事なことは、問題解決に要するスピードである。「問題解決」に時間がかかること自体が、「問題のある組織」であることを証明している。挙げ句の果てには、「問題に振り回される状態」が(ごう)と化す。「問題のある組織」を支えているのは、「問題のある幹部」に決まってる。それこそが問題だ(笑)。

2007-06-08

年金関連記事


 要熟読のこと。

 野党は、積み残し記録の解消にめどがつかない限り、社保庁の後継組織の形を定められないと主張した。それは、社保庁改革を先送りする、と言っているに等しい。喜ぶのは、現在の組織を延命したい社保庁官僚や職員労組だろう。


【読売新聞社説】

2007-06-07

三原淳雄


 地獄への道は小さな正義の石で敷きつめられている。

2007-06-03

真剣勝負の師子吼を! 


 リーダーの話は

 真剣勝負であれ!

 渾身の師子吼を!

 幹部革命から

 勝利の吹を!


【「今週のことば」/聖教新聞 2007-05-28付】


 大決戦の戦場にいれば、冗談やユーモアなど全く必要ない。陣中に戯言(ざれごと)なし。

2007-06-02

「最後のニュース」井上陽水


 私が評価する井上陽水は、大麻事件の渦中に作成された『white』と、「なぜか上海」が収められた『スニーカーダンサー』までである。


white スニーカーダンサー


「リバーサイドホテル」(『LION&PELICAN』に収録)以降、陽水から毒と狂気が消えた。


 そんな私でも、この曲には衝撃を受けた。末法の雰囲気が巧みに描かれていて、オーウェルの『1984年』と、いい勝負だとうがどうだろう。

 奥田民生のカバー動画があったので紹介しておこう。陽水と較べると、かなりファンキーな味付けになっている。

GOLDEN BEST