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2007-08-31

私が懺悔する時


 一度だけ、を出しての底から懺悔(ざんげ)したことがある。それは、御本尊の前ではなかった。ゆっくりと上がっていった富士急ハイランドのレッドタワーがピタリと止まった瞬間だった(笑)。直ぐ目の前に富士山が聳(そび)え立っていた。私は、かみさんの隣で「御本尊様、○○(かみさんの前)を大事にします。乱暴な言葉遣いも改めます!」とに出し、題目を唱えた(笑)。人間というのは、恐ろしい目に遭わないと懺悔できないことが、よくわかった。


 小罪なれども懺悔せざれば悪道をまぬがれず、大逆なれども懺悔すれば罪きへぬ(930頁)


 此の人人は改悔(かいげ)は有りと見へて候へども強盛の懺悔のなかりけるか(1523頁)


 それにしても、恐怖をじる対象が、男女でこれほど違うのは、どうしてなんだろう? 我が細君は、頭のネジが数本足りないのではないかとわれるほど、絶叫マシンを楽しんでいた。この時、私は生まれて初めてジェットコースターに乗った。もちろん、「フジヤマ」なんかではない。短いコースの代物だ。それでも十分、“命の危険”をじた。船が揺れるヤツも駄目だ。操作している人物を本気で殴りに行こうとったほどである。遊園地に私の居場所はない。


 色々と考えてみたのだが、やはり「自分でコントロールできない」ところに恐怖の原因があるとう。一方、女はお化け屋敷が手だ。私なんぞは、幽霊が出てきたら「オウ、時給はいくらなんだ?」と質問するほど余裕がある(笑)。お化け屋敷の場合、万が一絶体絶命になったら、火を放つことも可能だ。ジェットコースターは、そうもいかない。


「死の恐怖」が人のを正す。秋田のナマハゲも、同様の原理だろう。「死ぬかも知れない」とった瞬間、欲望なんぞは吹っ飛んで、どこかへ行ってしまう。


“死”を識せずして、“生”を十全に謳歌することは出来ない。「命を懸ける」とは「死を自覚する」ことであろう。


 破壊は一瞬

 建設は死闘

 惰は暗 希望は明

 後退は死 前進は生


【「建設の譜」 1969-01-01】

2007-08-29

分区・圏単位で「パワハラ委員会」の設置を望む


 大企には、「パワハラ委員会」が設置されていて、きちんと“権力の濫用(らんよう)”に歯止めをかける努力をしている。


 パワーハラスメントが注目されるようになったのは、千葉の中学校教諭が自殺してからのこと。パワハラセクハラは、日常的な問題と化しているところに根の深さがある。


 創価学会においては、各方面に情の窓口を設置していることになっているが、どこにあるのかさっぱりわからない。何となく、「設置しました」とアナウンスしているだけで、その実、方面中会館の事務長が、方面長に報告しているだけのような気がする。


会則」を見る限りでは、県審査会というのがそれに該当するのだろうか?


 いずれにせよ、もっと身近な窓口を望みたい。最低でも分区・圏単位がいい。ただし、審査するのは総区幹部以上にしておかないと、揉み消される可能がある。


 方面にしか窓口を設置してないのは、「問題は少ない方がいい」と望む、学会本部の姿勢を表したものだ。

「破邪顕正」といっても「破邪」が先


 戸田先生知らずに対しては、それはそれは厳しかった。こう指導しておられた。

「ひたすら現在の世相を見るに、人の道たる知・報の者が、ごく稀(まれ)である。ここに、社会の乱れが生ずるのである」

を報ぜぬということは人間の特権を放棄し、禽獣(きんじゅう)に同ずることである」

 そして先生は、学会の大を踏みにじり、和合僧に弓を引く人間とは、徹底して戦えと厳命されたのである。

 これまでも、学会のおかげで社会的な地位を得ながら、傲慢になり、ついには反逆していった人間がいた。

 ゲーテは述べている。

「愚昧な、狭量の連中こそ、だれよりも威張りたがる」(生野幸吉訳「西東詩集」、『ゲーテ全集2』所収、潮出版社)

 愚かな人間に限って、すぐに威張り散らし、人を見くだすものだ。こうした人間を絶対に許してはならない。

 イタリア・ルネサンスの大詩人アリオストは叙事詩で綴った。

「ああ、哀れなるかな、邪悪な輩に長きに渡り、唆(そそのか)されて、しみに引きずり込まれる者たちよ」(脇功訳『狂えるオルランド』(上)、古屋大学出版会)

 悪は放置すれば増長する。皆、だまされてしまう。悪人と戦わなければ、学会が破戒されてしまうのだ。

破邪顕正」といっても、あくまで「破邪」が先である。まず悪と戦い、悪を打ち破るのだ。

 それでこそ、「顕正」がある。悪を倒してこそ、初めて正義を明らかにし、宣揚することができるのである。

「破邪」が根本であり、その次が「顕正」だ。この方程式を、深く胸に刻んでいただきたい。

 戸田先生は、こうも言われていた。

「忘反逆の提婆達多は、一切の悪人を集めても、釈尊法には敵(かな)わないという証拠を残して、を受けて死んだ」

 日蓮聖人の正統である創価学会に仇をなした提婆のごとき輩が、哀れな末路をたどっていることは、皆さまがご存じの通りだ。


埼玉池田研修道場でのスピーチ 2007-05-08】


 善悪は立場で決まるものではない。どうも、「学会幹部は善で、敵は悪」と単純に考えている人が多い。かような党派性は、私の最も嫌うところである。一つ一つの行為を吟味せずして、レッテルを貼るようになれば、自分の頭でものを考えなくなる。


 先日、あるメンバーから電話があり、「うるさい先輩方がいなくなった途端、傲慢になったリーダーがいる。自分が権力を持った途端に豹変した」と語っていた。私に言わせれば、そうした生命の傾向を見抜けなかった先輩の責任だよ。


 傲慢な質は隠すことができない。必ず、厳しい訓練を避ける。役職が目的と化しているために、自分を鍛えようとする姿勢がないのだ。突っ込んだ話をして、どんどん追い込んでゆくと、黙り込むのが常だ。


“会員に奉仕するための役職”である。そこを履き違えているのが山ほどいるよ。


 法と申すは道理なり道理と申すは主に勝つ物なり(1169頁)


「道理は権力に勝つ」と大聖人は御指南されている。これだけデタラメな幹部が増えたのは、会員が道理を見失っている証拠だとう。徹底した御書拝読、スピーチ研鑚で、後輩に“道理”を叩き込め。学会は“信の団体”である。信で勝負せよ。

2007-08-28

三世諸仏総勘文教相廃立


 の不議を以て経論の詮要と為すなり、此のを悟り知るをけて如来と云う(564頁)


【通解】の不議なる実相を説き明かすことを、経や論の肝要とするのである。このを悟り知った人をづけて如来というのである。


 一切の社会現象は人間より始まり、人間に帰着する。その人間を支え、衝き動かし、翻弄するのが“”である。戦争も平和も、人のから生まれる。憎しみ合うも、愛し合うも、同じ“”だ。これほどの不議があろうか。


 その“”を置き去りにしながら、政治や経済のレベルで世の中をよくしようとっているところに、現代社会の病根がある。単純に市場原理を優先して、今まで以上に格差が拡大すれば、悪質な犯罪がどんどん増えてゆくことは間違いない。


 誰人にも、強いがあり、弱いがある。は、善にも悪にも染まる。我が己を、どのように方向づけてゆくのか――ここに人生の幸不幸を決定するカギがある。


を悟り知る」とは、自分の内なる可能を自覚し、無限の力を知ることに他ならない。“信じられないような不議な力”を発揮しながら、友のに染み入るような対話を実践して参りたい。

2007-08-27

人間として心が通じ合うかどうか


 リーダーは、どこまでも同志のことを祈ってゆくのだ。

 具体的に祈り、誠実に尽くしていけば、必ず反応がある。法は「依正不二」なのだから。

 とにかく祈る。

 そして、じよく接してゆくことだ。

 自分の「大きい」ができ上がっていけば、自然と「大きい結果」が現れてくる。

 大事なのは、の奥で本当に信頼し合えるかどうかである。

「あの人は好きだ」「あの人となら一緒にやっていきたい」となっていかなければ、本当の異体同ではない。

 権力でも、権威でも、組織でもない。

 人間としてのが通じ合うかどうかである。

 偉大な御(ごぶっち)のままに、本当の人間の絆を学会の中に築いてきたのが、牧口先生であり、戸田先生であり、その直系の弟子の私である。


埼玉池田研修道場でのスピーチ 2007-05-08】


 牧口先生の価値論では、「好き嫌い」が最も低い価値観である。であればこそ、万人に共通する情といえる。友人から、「学会は素晴らしいとうが、お前は嫌いだ」と言われるよりも、「学会は嫌いだが、お前は好きだ」と言われるのが好ましい。


 昔は副役職の幹部が嫌われ役だった。長が言えば皆のが離れてしまうような厳しい指導をし、団結の要となっていた。


 今はどうだろうね? 「好きでも嫌いでもない」幹部が一番多いね(笑)。ま、「いてもいなくても」いいような連中だ。


 一方、人材育成に当たっては、まず相手を好きになるかどうかが決定的な要素となる。「生気だ」「顔が気に食わない」「なめてんのか、この野郎」なあんてっていたら、そりゃあ絶対にが通わないよ(笑)。っていることは、言葉の端々や、ふとした表情に必ず表れるものだ。


 例えば、訪問すると快く話ができるのだが、一向に活動しないメンバーがいる。よく見られるケースとしては、「貴様、このクソ忙しい時に時間を割いて足を運んでいるのに、どうして会合に出ないんだ?」とを煮やす人が多い。私はそのようにわない。話ができるのであれば、こっちの話次第だろう。会話が可能であれば、絶対に何とかする自信がある。ドアが開くだけでも御(おん)の字だよ(笑)。


「好きになる」とは、相手に興味を抱くことである。すると、自然に「相手を知ろう」と努力するようになる。妙なことだが、相手を知れば知るほど、向こうもこっちを理解するようになるのだ。


 仍(よっ)て法界が法界を礼拝するなり自他不二の礼拝なり、其の故は不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向つて礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり云云(769頁)


 全幹部が会員を礼拝すれば、組織は一変する。今時ときたら、上には礼拝して、下には命令ばかりしているのが多い。

2007-08-26

「拝啓○○さん」やなわらばー

 傑作PV(プロモーションビデオ)。テロップに注目。初めて見つけた時は、1時間以上も聞き入った(笑)。レゲエっぽい味付けもグッド(ケツメイシのRYOJIがプロデュース)。私は、やなわらばーの熱狂的なファンである(笑)。


 まあ、見てごらんよ。座談会の見本がここにあるから。特に、オカマの指導が圧巻である。人生の辛酸を嘗(な)めてきた彼等であればこそ、味わい深い言葉がスッと出てくるのだろう。


歌ぐすい

『ものぐさ社会論 岸田秀対談集』


日蓮、現実を真に見据えた人


岸田●我々が「見ていない現実」というのは常に、都合の悪い、見たくもない現実ですけれども、その折々の「見たくない現実」というのは、時代によってそれぞれ内容は変わっているとはいます。日本だけではありませんが、とくに日本という国はいろいろな現実を隠蔽して成り立ってきた国ではないかといます。都合の悪い現実を見ようとする動きもむろんあるわけですけれども、隠そうとする動きもあって、見ようとする動きと隠そうとする動きが対立抗争してきて、むしろ隠そうとする動きが優位に立っているのが日本の歴史だ言えるといます。また、隠そうとするいう動きも別にまとまっているわけではなくて、いろいろな隠し方があり、あっちの人が見ていることをこっちの人は見ていない、こっちの人が見ていることをあっちの人は見ていないというようなこともあるわけですね。現代という時代を、日本人がいちばん見たがっていない現実とは何かという観点から見るならば、この時代の歪みというか閉塞状況といいますか、この時代には何かよく分からないようなことがいっぱいありますが、そういうことがいささか見えてくるんじゃないかと考えます。(中略)


石川●いまの岸田さんのおっしゃった発言の内容からいくと、やっぱり危機をどういうふうに受け止めるのか、あるいは持つのかという問題だろうといます。日蓮の時代は、いまも言われたように末法への識が非常に強いものがあったし、現実に飢饉だとか、疫病だとか、地震とかが起こり、「生と死」というものが非常に現実的に、絶え間なく起こっているというところがあるわけですね。そういう味ではしみというのが抽象的なものではなくて、まさに死体が町中にゴロゴロ転がっている。そういう現実が絶えずあるわけです。そういう味では、いつ死ぬか分からない。そして、もちろんそれによって家庭が崩壊する、親子、夫婦が途端に離れ離れになるといったような厳しい現実が眼前にあるということですね。そういうなかからの末法識というものが、非常に強くあったのではないかとうわけです。

 そのなかで、いったい人間というのはどういう点にの置き所をおくべきなのか。そういう問題が絶えず問われていたんじゃないかといます。いわば現代的に言うと、これは岸田さんのご専門ですけれども、まさに行動基準、あるいは人生の指針というものをどこに置くべきなのかということが絶えず問われていたということですね。

 そのなかで、日蓮の目というのは絶えず現実に注がれている。


岸田●北条の鎌倉幕府というのはおかしな政権で、正統がどこにあるのかよく分からない。鎌倉幕府というのは12世紀の終わり頃ですか、源頼が開いたということになっていますが、奥さんの北条政子の里の人たちが、いつの間にか取って代わって……(笑)、源頼がつくった鎌倉幕府は廷との関係がすっきりせず、果たして日本全国の支配者だったのかどうか、あるいは日本の支配権を京都の廷と二分していたのか、それとも廷に任命された征夷大将軍だったのか、その辺が曖昧だったんですが、その曖昧さはそのままで、そうこうするうちにいつの間にか源氏が北条氏になって、北条氏は執権と称したんですが、執権というのが将軍とどういう関係にあるのか、またよく分からない。そういう政権の正統の曖昧さを、日蓮がはっきり指摘したかどうか知りませんけれども、その曖昧さを直的にじ取っていたのではないか。


岸田●私はよく言うんですが、日本のテレビ番組の時代劇は水戸黄門とか、遠山金四郎とか、権力側の代表者が最後に出てきて事件を解決するという筋書きになっているのが多い。悪代官がいて悪いことをしている、そこに水戸黄門が出てきて解決する。村の人たちが怒って団結し、悪代官をやっつけたという時代劇がないんですね(笑)。だから国民の側に、全知全能の立派な為政者にすべてを任せれば、うまくやってくれるという期待があるんじゃないか。そういう虫のいい幼児的な期待を国民がもっていると、為政者の側としては非常に騙しやすいということになるんじゃないかとうんですけれど。国民を騙す為政者が出現するというのは、そういう期待を捨てない国民の責任ですよ。


ひろ●1232年(貞永元年)に「貞永式目」(正しくは「御成敗式目」)が制定されると養老律令が停止されてしまう。ですから、法然上人、親鸞聖人が島流しになったときは、まず僧籍を剥奪して、そして一般人に戻して流罪という刑を科しています。これは、僧にはいきなり国家権力は介入できない。教団は治外法権ですから。だから、一遍、僧を俗人に戻さないといけない。そうじゃないと処分できないわけですね。ところが「御成敗式目」以後はそうではない。日蓮はいきなり「首切り」の処分を受ける。これは単に悪口を言った、治安を乱したというだけでの処刑ですね。ですから、養老律令に照らしての処分じゃない。ただ軍事政権が、戒厳令政府が勝手にやったものですね。


【※岸田秀、石川教張、ひろさちやの3氏による対談】

ものぐさ社会論―岸田秀対談集 (岸田秀対談集)

民主、独自法案提出で攻勢…「政治とカネ」に重点


 自民党も、経常経費については「1円以上」の支出に領収書添付を義務づける方針だ。しかし、政治活動費については現行法を変えず、領収書添付は「5万円以上」の支出に限る方向で調整している。

 一方、参院選敗北のショックが大きい公明党は、民主党と同様、政治活動費と経常経費ともに「1円以上」の支出に領収書添付を義務づける方針だ。東順治政治改革本部長は「与党案として提出するのが本筋だが、どうしても自民党がまとまらなければ、公明党単独でも法案を出す」と強調する。

 民主党の鳩山幹事長24日の記者会見で、同法改正案について「公明党は民主党に近い部分もある。協力も得て、衆院で成立させられるのではないか」と公明党の賛成に期待を示した。

 民主党はさらに、塩崎官房長官の事務所で政治資金の二重計上問題が発覚したことなどから、領収書の写しではなく、原本の添付を義務づける法改正を検討する方針だ。


【読売新聞 2007-08-25】

参院選敗因「執行部の対応不十分」 公明党代表が陳謝


 公明党は22日、東京都新宿区の党本部で全国県代表協議会を開き、7の参院選結果について総括を行った。太田昭宏代表は敗因として、年金記録問題や政治とカネ、閣僚の失言など危機への対処が悪さから批判を招いたことを挙げ、「党執行部の対応が十分でなかったことも率直に認めざるを得ない」と陳謝した。

 太田氏は、政策面でも生活不安の解消を求める有権者と政権との間にズレが生じたと指摘、「(政策の転換などで)与党内で存在を示しきれなかったことも集票力の低下を招いた」と述べた。自公間の選挙協力についても「必ずしも効果が十分だったとはいえない」と振り返り、「両党間で建設的な協議をしていく」とした。

 これに先立って開かれた懇談会では、北側一雄幹事長は「次の選挙も自公の枠組みで戦う」と表明。このため、協議会の参加者からは「自公路線が揺るがないというのはわかるが、それはそれで大変なことだ。(次の選挙は)党存亡の危機となる」と懸するもあがった。

 このほか、「(自民党や政権に)言うべきことを言う、というのでは弱い。やるべきことをやらせるべきだ」「もっと独自の主張を出すべきだ」など存在をアピールする必要があるとの見が目立った。


【産経新聞 2007-08-22】

2007-08-25

「衆院は中選挙区制に戻すべき」 公明・太田代表


 公明党の太田代表は24日、衆院の選挙制度について「中選挙区制にすることが非常に大事なことだ」と述べ、中選挙区制を復活させるべきだとの考えを示した。ラジオ番組の中で語った。

 太田氏は、参院選の公明党の敗北は「基本的にとばっちりだ」と述べた上で「政策を勉強し、実績を上げてきたことが、ばんそうこうを張った人が出たら一瞬に吹き飛んでしまう」と指摘。小選挙区ではさらに「風」が選挙結果に影響を与えるとの考えから「小選挙区制は政権交代を可能にするというが、ポピュリズム大衆迎合)になる」と述べた。

 公明党は99年秋に自自公連立政権に参加する際に中選挙区制の復活を求めており、太田氏の発言はこうした党の考えを改めて強調したものだ。

 一方、太田氏は、民主党との連立を組む可能については「現時点ではない。自公連立であくまでいこうということは固まっている」と述べた。


日新聞 2007-08-24

『がんばれば、幸せになれるよ 小児ガンと闘った9歳の息子が遺した言葉』山崎敏子


 行間から祈りのが聞こえてくる――。


 先日の「24時間テレビ」でドラマ化された作品。ドラマの方は見るに堪(た)えない代物だったが、著作は「2冊買って、1冊誰かにあげあたくなる」ほど素晴らしい内容だ。


 山崎直也君は9歳でこの世を去った。ユーイング肉腫という悪の癌に侵(おか)されたのが5歳の時。短い人生の約半分を闘病に捧げた。


 平凡な両親の元に生まれた直也君は、“現代の竜女”といってよい。どんな痛みにも弱音を吐かず、再発する度に勇んで手術に臨んだ。


 それにしても、直也君の言葉は凄い。まるで、「年老いた賢人」のようだ。


「おかあさん、もしナオが死んでも暗くなっちゃダメだよ。明るく元気に生きなきゃダメだよ。わかった?」


 直也自身、少しでも体調が悪化すると、

「山崎直也、がんばれ!」

 そう口に出して、自分で自分を励ましていました。16日の呼吸困の発作のさなかにも、「落ち着くんだ」といっていたような気がします。

 あの日、しさが少し治まってから、直也はこうもいいました。

「おかあさん、さっきナオがあのまましんで死んだら、おかしくなっていたでしょ。だからナオ、がんばったんだよ。それでもしかったけど。おかあさんがナオのためにしてくれたこと、ナオはちゃんとわかっていたよ。『先生早く!』って叫んでいたよね。でも安して。ナオはああいう死に方はしないから。ナオはおじいさんになるまで生きたいんだ。おじいさんになるまで生きるんだ。がんばれば、最後は必ず幸せになれるんだ。しいことがあったけど、最後は必ずだいじょうぶ」


 夜10時過ぎ、直也は突然落ち着かない様子で、体を前に泳がせるようなしぐさをしました。

「前へ行くんだ。前へ進むんだ。みんなで前に行こう!」

 びっくりするほど大きな力強いです。そして、まるで、迫り来る死と闘っているかのように固く歯を食いしばっています。ギーギーという歯ぎしりの音が聞こえるほどです。やせ衰えて、体を動かす元気もなくなっていた直也のどこにこれだけの力があったのかと驚くほど、力強く体を前進させます。


 ある日、私が病院に行くと、主任看護婦さんが、「おかあさん、私、今日、ナオちゃんには動したというか、本当にすごいなとったんだけど」と駆け寄ってきました。直也は、

「この痛みを主任さんにもわかってもらいたいな。わかったら、またナオに返してくれればいいから」

 といったそうです。「えっ、痛みをまたナオちゃんに返していいの?」とびっくりして聞くと、

「いいよ」

 と答えたそうです。

「代われるものなら代わってあげたい」。よく私もそういっていました。でも直也はそのたびに力を込めて「ダメだよ」とかぶりを振り、

「ナオでいいんだよ。ナオじゃなきゃ耐えられない。おかあさんじゃ無理だよ」

 きっぱりとそういうのです。


 何だか自分が、ダラダラと走るマラソンランナーみたいな気になってくる。直也君は、人生を全力疾走で駆け抜けた短距離ランナーだった。「生きて、生きて、生きまくるぞ!」と言った通りに生きた。


 山下彩花ちゃんといい、直也君といい、幼くしての使命を果たす生きざまに圧倒される。

がんばれば、幸せになれるよ―小児がんと闘った9歳の息子が遺した言葉 (小学館文庫 や 6-1)

人の苦悩に対して想像力を広げることから「同苦」は始まる


 題目をしばらく唱え、鈴(りん)を叩いて御観文に入ろうとすると、伸一の背中に、ゴツンと後ろにいた青年の頭が当たった。

 視覚に障害があることから、伸一との距離がつかめなかったのである。

 頭をぶつけた青年は、慌てて後ずさりし、恐縮して小さくなっていた。

 伸一は、メンバーの労を深くじ取った。そして、皆が一人ももれなく、信を根本に強く生き抜き、なんとしても幸福な人生を勝ち取ってもらいたいと、ひたぶるに祈するのであった。

 一つの事柄から、何をじ取るか。人の悩に対して像力を広げることから、「同」は始まるのである。配慮とは、人をいやる像力の結晶といえよう。


【『新・人間革命』宝塔43/聖教新聞 2007-04-24付】


 どんな団体であれ、組織資本主義的な色を帯びるのは仕方のない側面がある。一つの目的に向かって「競い合う原理」が働かなくなれば、集まる味がない。


 だが、責任ある立場の人々が競争原理にどっぷりと浸(つ)かってしまえば、構成員は手段として利用される結果となる。我々の立場で言えば、「何のために広宣流布をするのか」ということが最重要となろう。


 先生の人間主義が、世界を潤(うるお)す時代となった。しかし、組織は悪しき成果主義に毒されている。皆、「おかしい」といながらも、沈黙を守っている。まるで、オメルタマフィアによる沈黙の誓い)のようだ(笑)。


 参院選挙の渦中、日新聞東京版に学会を批判する投書が掲載された。会館で行われた座談会の終了後に模擬投票をしたことを問題視する内容だと記憶している。投稿した方は、普段、活動してない会員で、講演を頼まれたと伝えられている。直後に何通かのメールが寄せられた。云く、「どうやって切り返せばいいんですか?」。


 これこそ、今の組織を象徴する問題であると私はじた。日新聞の政治的な惑は別としても、投書の内容は頗(すこぶ)るまともである。模擬投票という行為が、時に選挙権を侵害するケースも出てくることだろう。身内では“当たり前”とってきたことが、社会で通用しない場合もあるという好例である。このように、真っ当な見であっても、組織防衛の本能が優先的に働いてしまい、拒絶反応を示すのだ。


「上から言われることは正しい」とい込み、自分で判断することを怠ると、必ず誤解が生じる。先の問題は、「学会の成熟度」が問われているのではないだろうか。


 組織で打ち出しが多いのは、「指示を出さなければ末端は動かない」という民衆蔑視によって支えられている。利口な会員はロボットになる道を選び(笑)、器用じゃない人は大リーグボール養成ギプスを装着する羽目となる(笑)。


 学会は人間主義なんだから、人間で勝負しろ。

2007-08-24

昭和54年問題


 今日付の聖教新聞に掲載された正木理事長の寄稿は、極めて重要である。研修会での指導が、今まで以上に具体的な内容となっていることを併せると、何らかの覚悟がじられる。


 個人的には、「第一次宗門問題」という見方から、「昭和54年問題」として総括されることになると見ている。


 正木さんは最も尊敬する幹部の一人だが、如何せん「当時は、権力がなかったので何もできなかった」という内容になってしまっている。昭和54年に正義が通らなかったのは、学会本部で政治が行われていた証拠である。


 更に決定的なことを書いておくと、山友を抑える責任があった当時の青年部幹部は、一体誰だったのか。そこまで明らかにする覚悟がなければ、せっかくの正木さんの話自体が、「新たな政治方針」で終わる可能がある。


 この問題は、副会長クラスでも口を噤(つぐ)んだままの幹部が多い。

能化の光久日康が日顕を批判


 能化の光久日康が公然と日顕批判のをあげた。批判発言の要旨は、1.今日の宗門の疲弊を招いたのは学会を破門したことに原因がある、2.宗門トップはその非を謝り、学会トップと話し合うべきだ、というもの。


 光久はこれまでも同趣旨の発言を非公式の場で繰り返してきたが、5、日如の台湾親修に同行した際、旅先で坊主たちを集め、“このままでは広宣流布はできない。学会との修復なくして、宗門に明日はない。若い人たちはやっていけなくなる”と話した。さらに6に入ると、法華講にも中を語ったようである。


 この光久の発言に対して、日顕は異常なまでに激怒。手先である八木、信彰を使って追及させた。


 光久を本山・宗務院に召喚して関東大布教区の大支院長と東京第一布教区の支院長を辞任に追いこんだようだ。さらに、29日の全国教師講習会の席で謝罪をすること、光久が住職をする妙縁寺に八木が行き、所属の法華講に今回の光久発言が大問題であることを話すことを決定した。


 日顕は、光久と会う前の八木と信彰を呼びつけ、事前に対応策を打ち合わせたうえでの処分を決めたようだ。


 光久発言の背景には何があるのか。光久は長年、日達法主のもとに仕え、学会と僧俗和合の道を歩んできた歴史の生き証人である。光久自身も学会寄進2ヶ寺目の軽井沢・妙照寺の住職となった経緯もあり、学会に対する認識も深い。富士宮の片田舎の弱小教団にすぎなかった宗門が学会の外護のもとで急発展し、隆盛した事実を誰よりも知っている。


 最近も、「以前からこういういでいた。このまま死んだら悔やまれる。今までの流れもわかっている。いたたまれないでいで話している。単純に批判しているのではない」と話している。


 それにしても、日顕が異常なほど自ら処分に関わろうとすることが何を味するのか。学会を破門して以降の日顕はやりたい放題であった。池田誉会長のに嫉妬し、学会員の取り込みを狙い、学会を破門はしたものの学会員が20万は宗門にくるだろうとの目論見は見事に外れ、法華講は全く増えず収入も激減、宗門は先細りの一方。約600ある末寺のうち、半数あまりが援助寺院に転落し、修理もできず荒れ放題の寺も出てきている。大都市の富裕寺院ですら預金を切り崩し、前途は暗い。こうした宗門の衰退を招いた張本人が日顕であることは明白であり、その事実が白日のもとにさらされるのを恐れるばかりに、日顕は光久の口封じに懸命なのである。


 次の舞台は29日、本山に全国の住職が一堂に会する全国教師講習会。そこで光久が何を発言するのか、集まった坊主たちがどんな反応をみせるのか、注目される。


【『短信』423号 2007-08-23

汝らの持場を守れ


「わがともがらよ、兄弟たちよ、汝らの持場を守れ」

 イタリア・ルネサンス期の大詩人アリオストの叫びだ。

 人間の尊厳のために、断じて守り抜くべき場所がある。

 正義の栄光のために、断固と勝ち抜くべき闘争がある。


【「世界の大学への道」11 イタリア ボローニャ大学/聖教新聞 2007-04-22】


 譲っていいところと、譲れないところが明確になっているかどうか。高貴なる魂は絶対に邪悪を許さない。傷つけられた人がいれば、瞬時に行動を起こす。これは、“考えて”できるものではない。


 闘争の基本は陣取り合戦である。


 第六天の魔王十軍のいくさををこして法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土をとられじうばはんとあらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵ををこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞくなし、しかりといえども弟子等檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転のあり(1224頁)


 我々の勝利は、民衆の連帯を築くことにある。その眼目は、リーダーの境涯を拡大することに尽きる。つまり戦いといっても、汝自身の胸中より始まり、汝自身の境涯によって決まるのだ。


 公明党が政権与党になってからしくなったのは、大義分がわかりにくくなった点である。ただ、それは世法のレベルの問題であって、法の大義とは別物である。


 複雑な社会の波が組織にまで及んでいる。その中で本物の池田門下生となるためには、正義の剣を抜いて戦うしかない。抜いたのはいいけど木刀だった――こんなんじゃ、しようがないよ(笑)。


 子を守るための力を蓄え、智を身につけることこそ、訓練の目的だ。


 今日は、先生の入会記日――。

2007年夏の甲子園決勝戦/広陵vs佐賀北


 広陵の監督が審判のジャッジを批判したとのこと。後味の悪さが残った。押し出しとなった一球だが、動画を見る限りでは微妙だ。


 そもそも、疑問にじることは、どうしてベンチにいる監督が正確なストライクゾーンを知ることができるのか? 無理だろう。とすると、ピッチャーの驚く顔や、キャッチャーがミットで地面を叩いて悔しがった動作から「ストライクと確信するに至った」ということなのだろうか。


 ミスジャッジ(誤審)について――。審判というのは、キリスト教のから生まれている。つまり、「神の審判」ということ。だから、“神様が間違えるはずがない”という強迫観に支えられている。でも、実際の審判は人の子だから、間違えることもある。


 広陵の監督に対しては、田部和裕参事が口頭で注をし、脇村春夫会長が「野球において審判の判定は最終のものなので、それに異議を挟むことはできない。指導者として十分注してほしい」と話した。まあ、この連中は官僚だから、予通りの展開といえる。審判の判断を絶対視する姿勢からは、「フェア(公正)なゲーム」よりも、審判の立場を重んじる封建的な体質が窺える。


「平等なルール」が損なわれる現実があるのだから、何らかの対策が必要だろう。こんなところにも、キリストの限界があるようにじる。


 でも、特待生制度という不平等が元々存在するんだけどね(笑)。公立の進学校である佐賀北の勝利は、普通の高校生でも全国制覇できることを証明したものであり、万人にありとした十界論に通じる。

2007-08-23

証拠を押さえろ


 様々な方から様々なメールを頂く。中には深刻な相談もある。悪しき幹部が、まだまだのさばっている。


 メールだけの情報だから、事実確認を慎重に行うよう掛けている。わかりにくい文章や、時系列が判然としないもの、はたまた方言が混じっていることもあって儀な作である。


 幹部からの報復行為を恐れて、二度と返事が来なくなる人もいる。もう、完全にあきらめているのだ。相手に戦う姿勢がなければ、こちらとしては手の施しようがない。冷たいようだが、元々私には何の責任もないのだ。しかし、相談者が真剣に問題解決を望むのであれば、私は全力で応える。そのためなら、どんな手段でも行使する。


 そんな経験から申し上げておきたいことがある。まず、組織内にどうしようもない悪党がいた場合、きちんと証拠を押さえておくことだ。学会幹部は、役職の高い方の証言を鵜呑みにする傾向が強い。ましてや、問題があれば自分の失点になると考え、揉み消す幹部もいる。組織が大きくなればなるほど、官僚主義に毒されることは避けられないのだ。


 こうしたことを踏まえ、まず時系列順に記録をつけておくことだ。次に、出来ることなら録音しておいた方がいい。ICレコーダーやMP3プレーヤー程度の出費は、「自分を守るため」だと割り切ること。そして、証言できる同志を一人でも二人でも用できれば完璧だ。


 最大の問題は、「誰に伝えるか」である。上位役職であるほど好ましい。ただし、副役職はダメ。最低でも総区長か総県長レベル。学会本部に手紙を書くという手もあるが、結局、後から地元幹部が来るので、まともな幹部を探す努力をした方が価値的だ。


 で、録音などの証拠は絶対に渡さないこと。証拠隠滅が考えられるし、操作ミスで消去される可能もあるからだ。それから、婦人部幹部に相談する場合は、なるべく壮年幹部にも立ち会ってもらうこと。大きな問題になると、婦人部幹部は臆病になる質があるためだ。


 あなたに出来ることは、ここまでだ。後は、じっと題目を唱えるのみである。それでも、問題が解決できなかったら、そんな組織には出る価値もない。あるいは、引っ越しを考えるべきだ。


 以上、対処法を書いてきたが、ありふれた組織の悩みとは異なり、犯罪の高いものや、被害者が多い場合に限られるのは当然である。

新鮮な話で感動を与えよ


 リーダーは

 話に新鮮味を。

 動を与えよ。

“かけ”だけでは

 皆が疲れるだけだ。


【「わが友に贈る」/聖教新聞 2007-03-20付】


 話に新鮮味がないのは、成長してない証拠である。生活の中で“新しい発見”があれば、は刺激を受ける。具体的には、まず学ぶことである。次に、新たな出会いをつくってゆくことだ。人間革命し続けている人は、常に環境が変化を奏でる。


“かけ”は官僚主義を示すものであり、その本質は「命令主義」である。既に皆、疲れ切っている。少しずつが変形してしまった壮年・婦人が大半だ。


 私が男子部の部長だった頃は、丸一ヶかけて支部活動者会の原稿内容を練った。原稿といってもメモ書きである。そのため、いつも支部長よりも長い時間を取ってしまった。それでも支部長は文句一つ言わず、やりたいようにやらせてくれた。お互いに腹蔵なく何でも話し合った。一緒に家庭指導もした。


 時に、「小野節」などと言われることもあったが、自分で話が上手いとったことはない。だからこそ、常に努力を怠らなかった。


 私の先輩方は100倍も話が上手い。雄弁な指導を聞く度にが痺れた。


 テクニックは関係ない。燃える闘魂があるかどうかだ。

汝の原野に挑め! 時代を開け!


人間共和の理郷・岩手


「わたしたちは一層新しい、一層力に満ちた世界へ、変化した世界のうえに進出するのだ」

 これは、岩手出身の詩人・富田砕花(とみた・さいか)氏が訳された、ホイットマンの詩である。

「岸辺を下り、隘路(あいろ)を越え、山々の険峻をのぼって、

 未知の路をわたしたちは行きながら征服し、占領し、敢行し、危険を冒す、

 開拓者たちよ! おお、開拓者たちよ!」

 私も青春時代、この詩を、高鳴る鼓動をもって、幾度も詠誦したものであった。

 立春を過ぎてもなお、今は、北国の同志にとって、最も厳しく、辛い寒雪の季節だ。

 しかし、大変な時にこそ、「さあ来い!」と、満々たる闘魂を燃やして戦い勝ってきたのが学会魂である。

 これが、わが栄光の岩手の同志の気だ。


岩手岩手らしく、“希望と開拓”をモットーにして進もう!」

 昭和47年の714日――私は、記撮影会のために、盛岡の県営体育館に集った3600人の友に、万いで、こう呼びかけた。

 風雪に耐え抜いた岩手の天地から、21世紀の広宣流布の新しき流れを巻き起こすのだ。私は、この日、愛する大岩手の新出発が本当に嬉しかった。

「希望」は、いずこより来るか。

 それは「必ず勝つ」「必ずこうしてみせる」という強きーから起こる。自分のいこそが未来を創る。「未来の果」は、「現在の因」に納まっているからだ。

 そして「開拓」とは、自分自身への挑戦だ。

 人は、誰でも未踏の原野をもっている。それも、どこか遠い彼方ではなく、ごく身近にあるものだ。

 手だからと、つい避けてきた課題。先入観から「どうせだめだ」と諦(あきら)めてきたり、「いつかやろう」といながら、いつも後回しにして手つかずだった問題……。

 最も手強い壁は、実はの中にある。ゆえに、勇気をもって自分と向き合い、「自己拡大の戦い」「人間革命の戦い」を起こすことだ!

「汝自身の原野」に雄々しく挑め! その人こそ、最も勇敢なる開拓者である。


 わが岩手の同志は、「団結」の二字で、勝利の道を開いてきた。

 岩手には、大いなる「宇宙への窓」がある。

 国立天文台「水沢観測センター」では、電波望遠鏡を使って銀河系の三次元地図を作る「VERA(ベラ)計画」が進んでいる。

 望遠鏡のアンテナの直径(口径)は20メートルと決して大きくはない。だが、これを、小笠原の父島、鹿児島、沖縄の石垣島に同じく設置されたアンテナと組み合わせると、実に直径2000キロのアンテナに匹敵する結果が得られるという。

 その威力は、なんとの上に置いた「1円玉」が見分けられるほどで、これまでの100倍以上の精度で観測できるようになる。

 団結の力も、まさに、このようなものではないだろうか。それは、単なる「足し算」ではない。何倍何十倍にも威光勢力を増す「掛け算」なのである。

 蓮祖は「異体同なれば万事を成し」(1463頁)と仰せだ。

 決然と立ち上がった勇者の強き結合のなかにこそ、不可能を可能にする、驚嘆すべき未曾有の歴史も輝きわたる。

 自らも悩みと格闘しながら、友の悩みをわがとして必死に題目を送り、励まそうと、吹雪のなかに飛び出して行く――これが、岩手の勇者の熱き気であった。この精神こそが、固い固い同志の絆を育んでいったのだ。

 仲の良い、和気あいあいとした団結の姿は、それ自体、人間共和の縮図である。

 この団結のなかにこそ、「境涯革命」がある。利己主義や自分本の我見では、皆とを合わせることができないからだ。ゆえに、団結できるということは、自身のエゴに打ち勝った人間勝利の証なのである。


 昨年、皆様の祈りに包まれてオープンした、“みちのく記墓地公園”から望む水沢市一帯には、民衆の「団結」の歴史が眠っている。

 時は延暦8年(789年)のこと。豊饒なる東北に支配権を伸ばさんと、都の将軍・紀古佐美の率いる約5万3000人の大軍が集結した。

 この時、民衆の抵抗戦を指揮したのが、胆沢地方の族長アテルイであった。昨年は、彼の「没後1200年」にあたっていた。

 北上川に沿って攻め来る、選り抜きの戦闘部隊を迎え撃ったアテルイ軍は、わずか2000人。しかし、神出鬼没の猛攻で、敵の精鋭を蹴散らし、圧勝したのである。

 史書にを残す「巣伏の戦い」である。その古戦場は、私たちの水沢文化会館にも、ほど近いようだ。

 当然、地の利を活かした優れた作戦もあろうが、根本の勝因は、郷土を愛する勇者たちの「鉄の団結」ではなかったか。

 御書に引かれた、周の武王が800人の団結をもって70万騎の殷軍を破った故事を目の当たりにするような、赫々たる大勝である。都の傲れる貴族たちを、あっと驚かせたにちがいない。


 今や「6分県」に発展した岩手は、いわば「六頭の師子王」が一丸となり、師子奮迅の大力で驀進する。

 頑張れ! 全国の友が皆様の前進を瞠目して見つめ、圧倒的な勝利を祈っている。

 妙法の闘将たる我らの武器――それが正義の言論だ。

日蓮が一門は師子の吼るなり」(1190頁)である。

 悪は断じて責めねばならぬ。悪と知りながら目をつぶることは臆病であり、無慈悲以外の何ものでもない。

「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」(236頁)とは創価の父・牧口先生が常に語られた一節である。

 正義は叫び抜かねばならない。を大にして、も惜しまず、内にも、外にも、堂々と語るのだ。いな、師子吼するのだ!

 御本尊の大功徳を、広布の使命に生きる喜びを、わが同志の敢闘を、そして学会の正義と真実を!

法華経功徳はほむれば弥功徳まさる」(1242頁)と、大聖人は教えてくださっている。

 自分が叫んだ分だけ、幸福の拡大、友情の拡大、栄光の拡大があり、わが身に無量の大功徳が噴き上がるのだ。


 昭和35年、第三代会長に就任し、世界広布の戦いを開始した私と共に、わが岩手の同志たちは、一つに敢然と立ち上がってくれた

 それが「岩手支部」の晴れの出発であった。

 戦う勇気がある限り、不二の磁力で結合した師弟の魂は、常に一体である。広布を誓った共戦の師子の絆は、誰人も切ることはできない。

「諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ」(「生徒諸君に寄せる」)と、岩手が生んだ宮沢賢治は歌った。

 今、我らの陣列には、「新しき世紀」を創る、偉大なる熱と力が漲(みなぎ)っている。

 今日も、また明日も、同志と勝鬨(かちどき)をあげながら、共々に築こうではないか!

 強き民衆の岩手を!

 世界第一の理郷を!


【「随筆 新・人間革命」308/聖教新聞 2003-02-20】

2007-08-22

女子部・婦人部は速やかに帰宅を


 幸福の第一歩は

 つまらぬ事故を

 断じて

 起こさぬことだ。


 指導者

 そして男女を問わず

 幹部たちは

 女子部が

 そして若き婦人部が

 決して

 夜 帰宅が遅くならぬように

 教育指導していくべきだ。

 これが責任である。


 悪世の時代であり

 様々な事件がある世相だ。

 絶対に一人たりとも

 帰宅が遅くなって

 事故があってはならない。


 道理に反した生活はいけない。

 指導された通りの時間

 帰ることを

 厳格に実行していただきたい。


 自分の都合で

 引き止めるような幹部は

 解任されても仕方がない。

 首脳をはじめ

 指導幹部の方々に

 厳しく申し上げておきたい。


【「広宣流布に走る 若きお母様(ヤング・ミセス)に贈る詩(うた)」 2007-02-11 創価学会本部・師弟会館


 青年部時代、妹のように可愛がっていた女子部の幹部がいた。中々筋もよく、いつも懸命に戦っていた。唯一の問題は、帰宅が遅いこと。私がどんなに怒鳴っても言うことを聞かなかった。よく相談の電話をもらったが、早くて深夜12時過ぎ。遅いと2時ぐらいになることもあった。頑張っていることは誰よりもわかっていた。しかし、うら若き乙女が夜遅くまで、ほっつき歩いているような団体に、娘を預ける親はいないよ。


 八王子では、協議会が終わる度に「婦人部は残って下さい」と言う地区婦人部長がいた。一度、厳しく注をしたが効き目なし。「婦人部の大事な打ち合わせがあるんです」と開き直る始末。この幹部、個別で伝えるよう徹底されていることまで、皆を集めて落としていた。このため、壮年部、男子部よりも、婦人部の帰宅が遅くなった。


 特に独身の幹部は生活が欠けているので注が必要だ。例えば、家族の中に病人がいたり、受験生がいたりする方への像力が働かない。銭湯へ行かなければならない男子部だっていることだろう。


 夜、元気がいいのは、生命力が弱い証拠だ。活動が深夜に及ぶから、題目もあがらないし、研鑚する時間もない。次第にも起きれなくなる。悪しきリズムが生活を乱し、やがて信も狂ってくる。否、夜遅いということ自体が、信の狂いを示している。


 配達員さんについては、23:00までの就寝が徹底されているが、平気で23:00以降に電話を掛ける幹部もいる。非常識な行動は、多くの人々に迷惑をかけ、惑わす。


 最後に先生の指導を紹介しておく――


 今までうるさく言わなかったが、会合の後の打ち合わせも早く終えて、早く帰りなさい。その日のうちに寝なさい。これが大原則だよ。夜は帰ったら食べないことだ。そうしないと学会は潰れちゃうよ。




(会合終了後の打ち合わせについて)

 会合が終わってから、ダラダラと話が長過ぎる。だから帰りが遅くなり、寝るのが遅くなる。毎日のことだから、疲れを明日に残してはいけない。遅くまでダラダラしているのは、自分が酔ってしまっているからだ。が流されている証拠だ。「さあ、この辺で」と切り上げ、けじめを付けていかなければいけない。


【折々の指導 2003-12-28】

太田公明代表「安倍政権だらしない」


 公明党太田昭宏代表は21日、東京都日の出町で街頭演説し「『安倍政権がだらしない』ということは皆さんの言うとおりだろう」と述べ、安倍晋三首相の政権運営に不満を表明した。赤徳彦前農相らの問題などが参院選の与党敗北につながったことで、公明党や支持母体の創価学会にくすぶる安倍政権へのいら立ちを代弁したものとみられる。

 太田氏は「(赤氏の)ばんそうこうとかいろんなことがあり、とばっちりも受けた」と語り、参院選で政府・自民への批判に巻き込まれたとの認識を表明した。


【日本経済新聞 2007-08-21】

2007-08-21

幹部宅を訪問


 昨年、隣の分区へ引っ越した幹部のお宅に招かれる。私の結婚式の導師を務めていただいた方である。そのを忘れることはないだろう。


 地区で3人の方が入院。胸が痛む。祈る人はいても、責任を取る人なし。

弟子が師を決める


 真の信なき彼らは

 先生を師とは仰げなかった。

 本有無作なる

 先生の振る舞いを

 軽んじて

 広宣流布の師たる 内証

 知ろうとはしなかった。


【「師弟不二の詩(うた)/ああ 師 戸田城聖 先生」 2007-02-04 創価学会本部・師弟会館


 弟子の一が定まるところ、師弟の血脈は流れ通う。弟子の姿勢を厳しく問い掛けた一文。これが、わかるかわからないかで人生の軌道が変わる。果たして私は、師の内証を知るや否や――。「ソクラテスの指導」をう。

傾聴


――カウンセリングには、来談者中療法、論理療法、認知行動療法、精神分析など、さまざまな技法がありますが、すべてに共通する基礎技法として「傾聴」があります。実際に、どのように聴いていくのでしょうか?


柴田●まず大切なのは「何を聴くか」ということです。自分の聞きたいことを聴くのか、相手の言いたいことを聴くのか――そこに雲泥の差があります。人間というのは外なほど、自分の聞きたいようにしか聴いていないのです。


柴田博文/創価大学通信教育助教授、臨床理士》


【「池田誉会長の生死観に学ぶ」/『大白蓮華』2007年2号】


 あらゆる会合でこのテキストを紹介してもらいたい。「を傾ける」のは能動的な姿勢である。如是我聞にも通じるとう。文底とは、言葉にできない真実のこと。であれば、言葉にならないいを汲(く)み取ることが求められる。「士は己を知る者のために死す」と言う。も楽も分かち合って、同志の契(ちぎ)りは生まれる。「目も節穴なら、も節穴」と言われそうな幹部が多過ぎる。

2007-08-20

磐石な組織をつくれ


 創価学会組織を隅々(すみずみ)にいたるまで堅塁に──これが戸田先生の決であられた。

「隅々まで」である。どこか一部ではない。

 さらに戸田先生は、こう綴っておられる。

「人の休んだり、遊んだりする時間を、自分は様の為に使ったら、これこそ末法適時の修行じゃないか。ここに功徳あり」と。

 広宣流布のため、皆の幸せのために尽くして、功徳が出ないわけがない。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-18 長野研修道場


 幹部は成果を求め、会員は功徳を求める。境地冥合なきところに不幸がある。成果も出なけりゃ、功徳も出ない有り様だ(笑)。この傾向は、「体験談」を「活動報告」と称するようになった頃から顕著になり始めた。


 私がいる地域では、「本当の功徳が出ても、絶対に言わない。だって、妬まれるだけだもの」というが婦人部の間で囁かれている。いやあ、たまげたね。町内会と同じレベルの組織だよ。


 功徳も出さないで折伏するからしくなるのだ(笑)。さしたる体験もなく、先輩から煽られて友人のところへ足を運んだところで、「ヒイヒイ」言ってるようにしか聞こえないよ(笑)。


 功徳ある信は愉快だ。身もも軽い。そして、常に謝がある。「楽しい信」を貫けば、必ず功徳は出る。御書に云く「一随喜」と。

仕事の姿勢


 戸田先生は、仕事や生活上のことも、よく指導された。

「職をよくよく大事にして、あらゆる索を重ねて、成功をするよう努力すべきである」

「自分の勤めに、楽しみと研究とを持ち、自分の持ち場をがっちりと守る覚悟の生活が大事である」

 多くの人生経験をもった先生の言葉は、深い説得力があった。信の大確信が輝いていた。

法に一番忠実であることが、世法の上でも最も強い」

 広宣流布に忠実に生き抜く人が、人生でも、社会でも、間違いなく勝っている。

 私が言うのではない。師の指導である。それにのっとるのが、一番正しい。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-18 長野研修道場


 仕事も信も一生にわたる問題である。だが、仕事の場合、その大方は本人にしかわからない。だから、自分でしっかり考えることが大切だ。


 仕事で行き詰まり、指導を受けることも多い。しかし指導する側が、あなたの生活を保障してくれるわけではないのだ。無責任な幹部の言動に振り回されるのは、あまりにも愚かだ。


 婦人部の指導を破折しておこう。頑強なまでに「仕事をしてはいけない」という指導が目立つ。関東のある地域では、「福運がなくなる」といって脅している。これは、戦力確保を目的とした組織主義以外の何ものでもない。時と場合によっては、そうした指導もあり得るだろうが、婦人部においては完全な教条主義と化している。


 そして最大の問題は、指導する側の幹部が比較的生活に恵まれている点である。以前、ご主人を亡くした夫人が仕事を始めた時に、反対した婦人部幹部がいた。これには底、驚かされた。


 生活がしくても、他人には中々率直に話せないものだ。「ちょっと大変なんです」と言いながら、食うにも事欠くケースだってある。そうした人のが、わかるかわからないかが大事だ。


 真面目な会員ほどしんでしまう現状が嘆かわしい。少しぐらい不真面目でも構わないから、伸び伸びと信して欲しいものだ。


 仕事や夫婦のことを理解するのはしい。一概にこうあるべきだとも言い切れない。だからこそ、人間学が求められるのだ。


 人口が減少している今、景気がよくなれば、女労働力も求められることだろう。そうなれば、仕事の悩みに対応できるのは、ワークミセスの幹部となる。仕事や生活で労してない婦人部幹部の居場所はなくなるに違いない(笑)。


「文証無き者は悉く是れ邪偽(じゃぎ)彼の外道に同じ」(148頁)との御聖訓は、内外に通じるものである。おかしな指導をされたら、「御書で、そう説かれているのですか?」と質問すればよし。

2007-08-19

新しい発想、新しい協議、勝つための会議


 新しい発、新しい協議が大事である。

 戸田先生は「事態の推移とともに、新しい部門が生まれる。これは、きびきびして明朗闊達、学会が生きている証拠だ」と言われていた。

 きびきびと手を打ち、悠然と戦い、勝つ。

 それが学会の伝統である。

 だらだらと手をこまねいていて、勝てるわけがない。

 また、大事な会議で準備がいいかげんだと、戸田先生から容赦なく叱られたものだ。

 すべて戦いである。勝つための会議である。

 一事が万事で、リーダーのが後手になれば、結局、に食い破られる。戦わない人間が上に立てば皆が迷惑する。

 学会のため、広布のために、なすべきことは断じてなすのだ。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-18 長野研修道場


「“説会(せつえ)の四衆”で一番大事な人は誰か?」――青年部時代、部の活動者会に招かれた際に、よく問い掛けたものだ。質問をするのが発起衆(ほっきしゅ)、説法を聞いて理解できる人が当機衆(とうきしゅ)、その場では理解できないが後になってわかる人が結縁衆(けちえんしゅ)、説法を助ける人が影響衆(ようごうしゅ)。が法を説く時は、必ずこの四種類の衆生がいる。


 正解は「発起衆」である。なぜなら、「が法を説くきっかけ」をつくっているからだ。「――というわけで、何か質問はないか?」と切り出したものだ。


 私は高校生の頃から、10年以上にわたってテレビを見ない生活をしてきた。青年部時代もあまり見てない。そのため、テレビを見る時は異様なまでに集中する。


 私の好きな番組は、「さんまのスーパーからくりTV」、「学校へ行こう!MAX」、「笑ってコラえて!」、「銭形金太郎」などである。共通しているのは「素人の起用」だ。多分、バブル崩壊後、番組予算が減ったために、こうした企画が通ったのだろう。そして、“予測不能の笑い”が功を奏し、の長い番組となったに違いない。


「スーパーからくりTV」に“お父さんのためのメール添削講座”というコーナーがある。父親が娘に送るメールの内容を、女子大生が添削するというもの。このコーナーが凄いのは、女子大生からの鋭い指摘、適切なアドバイスによって手直しされたメールが、ほぼ100%に近い確率で成功しているところ。時に、サラリーマン(おぼ)しきお父さんが涙を流して喜ぶこともある。


「餅は餅屋」と言うが、やはり人それぞれに得分野があるものだ。“互いに学び合う”姿勢があれば、発なんぞいくらだって出てくる。


 質問や見を封ずる雰囲気の強い組織であれば、参加する必要はない。そんな会合は出るだけムダだよ(笑)。本当に成長したいのであれば、取捨選択することも必要だ。その代わり、自分が主催する会合を充実させるのは当然のこと。


“会合参加”が戦いだと錯覚している会員が多い。特に壮婦。かような人々は絶対に宿命転換できない。今の時点で既に負けているからだ。


 デタラメな人事高齢化によって、今後、組織は更に弱くなることだろう。自分でネットワークをつくることが大切になってくる。ただ、一歩誤ると、単なる派閥になってしまうのでお気をつけあそばせ(笑)。

2007-08-18

『日蓮入門 現世を撃つ思想』末木文美士


 天台の哲学は、中国で隋代に活躍した智ギ〈ちぎ〉(538-597)によって大成された。智ギの著作のうち、『法華玄義』『法華文句』『摩訶止観』の三書(正確にはこれらは智ギ自身の著作ではなく、講義録)は、天台三大部と呼ばれて、後に非常に重視される。『法華玄義』は『妙法蓮華経』という経題の解釈を通して、『法華経』の中を解明しようとしたもの、『法華文句』は『法華経』の本文に注釈を加えたもの、『摩訶止観』は「止観」という瞑の実践を説いたものである。


 ところで、消による布教という方法は、決して古いものではない。それが明確な形で出てくるのは法然あたりからであろう。しかし、法然の場合は数が少ない。比較的多くの消が知られるのは、親鸞である。親鸞は晩年、弟子たちを関東に残して京に上り、その間、関東の門人たちの間に様々な異義が生じた。それに対応するために、親鸞は門人たちに消を送り、正しい信仰のあり方を説いた。それらの消が後に編集されて、今日に残っているのである。

 しかし、親鸞の消日蓮の消とは、随分違うところがある。親鸞はあくまで教義上の問題について記しており、日蓮の場合のように、プライバシーにわたるような話題は取り上げられていない。また、その消は、あくまで門人たちの間で回覧されるべきものであり、特定の個人に宛てたものではない。それに対して、日蓮の消の多くは、銭やら食料やらの布施に対するお礼であり、きわめてプライベートなものである。そして、そのプライベートな情況にもとづきながら、信仰の絆が深められてゆくのである。固有を持った個人への個々の情況に応じながらの語り掛け――そこに日蓮と門弟たちとのきわめて個的な結びつきを見ることができる。


【すえき・ふみひこ】


増補 日蓮入門 現世を撃つ思想 (ちくま学芸文庫)

2007-08-17

手厳しく声を上げよ


 今日も戸田先生の指導を通して、少々お話をしたい。

 皆さんのおかげで、創価学会は未曽有の大発展を遂げている。

 だからこそ油断できない。油断すると悪い人間が必ず出てくる。これだけは絶対に許してはならない。

 民衆の尊き労で築かれた偉大なる希望と幸福を、断じて荒させてなるものか。

 人の善につけこむ悪人──そこにひそむのは「権力の」である。


 戸田先生は、権力を持つ者にはそれはそれは厳しかった。

「極悪を世に知らしめて、責めて責めて責め抜け! 最後まで!

 これが正法を行ずる者の使命であり役目である」

 忘れ得ぬ指導である。急所は全部、先生から教わった。

「大作が聞いていれば、全部実現されるだろう」。そう先生はわかっておられた。絶対の弟子として信頼してくださった。

 これまでも同志の真を踏みにじる、卑劣な反逆の人間が出た。

 とんでもないことだ。

 民衆が主人なのだ。権力者は“僕(しもべ)”だ。なのに威張って、ふんぞり返っている。今、民衆が覚醒しなかったら大変だ。

 極悪に対して黙っていたら、こちらまで悪になってしまう。手厳しくを上げるのだ。

 気地なしであってはならない。

 ずるい人間であってはならない。

 今こそ、新しい学会をつくる時である。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-18 長野研修道場


 ちょうど一年前の指導である。しかしながら、実践する人を見たことがないよ(笑)。私以外は。


 私が会館に入ると、ロビーに居合わせた幹部が2〜3人は逃げる(笑)。本当の話だよ。まるで、ゴキブリみたいな連中だ。


 わかりやすいリーダー論を書いておこう。喧嘩の弱い人間は、後輩を守れない。これが原則である。私の先輩は、上の言いなりになる幹部を「商人」と呼んでいた。「『聖人事』の聖人じゃないぞ」とも(笑)。「あの野郎は、ただの御用聞きだ」と手厳しかった。真面目で人柄がいいだけの幹部は、いざという時、全く役に立たない。


「役職が高いほど偉い」とうのは幻である。だらしのない副会長は山ほどいるよ。創価班書記長も見えなくなるのが多い。


 孤高の人物でなければ、我が道を歩み通すことはできない。池田門下生を乗るのであれば、独立不羈(ふき)の人であれ。「ずるい人間」にだけはなるな。

インチキな報告は許さない


 戸田先生は、よく言われた。

「報告が戦いだ。その代わり、インチキな報告をしたら許さない」

 正確な情報。迅速な情報。急所をつかむ情報。これが勝負を分ける。

 私が先生に「情報自体が間違っていることもありますが」と申し上げると、

「そうだな。しかし“におい”を嗅ぐことができる。それで真実がわかることもある」と言われていた。

 私は、友のため、広布のために、あらゆる情報を集めた。

 大事な情報は先生にすぐ報告した。

 先生はよく「いい情報だ」「いい見だな」と褒めてくださった。

 これまで私は、同志が安して前進し、勝利していけるよう、日々、人知れず、ありとあらゆる手を打ってきた。

 皆、広宣流布の「将の将」であるならば、全身全霊を捧げて、何か価値ある手を、建設的な手を打つことだ。

 立場ではない。責任さえあれば、智はいくらでもわくものだ。

 平和の大道を開き、正義を広げるために、痛快なる勝利の歴史を綴りたい。学会魂を燃やして!


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-17 長野研修道場


 それにしても、聖教記者のレベルの低さには目を覆いたくなる。自分で入力すると実できるのだが、主語と述語が離れ過ぎていて文章の行方(ゆくえ)がわかりにくくなっている。この指導だと、「私は〜集めた」「私は〜手を打ってきた」が典型。読点が多過ぎるのも、読みにくい理由の一つだ。


ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」は昔から徹底されてきた。自分で判断を下す前に、まず報告が優先だ。連絡・報告というのは癖みたいなもので、私の場合、条件反射となっており、努力する必要すらじない。


 戸田先生は、「報告をしない者は敵だ」とも仰せになっている。二十歳(はたち)の頃から肝に銘じている指導の一つ。


 人体に例えると、信指導が血管であり、連絡・報告は神経である。近頃では、梗塞(こうそく)状態の組織や、自律神経失調症気味の地域が多い。せめて、「死と隣り合わせ」の状態であることに気づくべきだろう。


 私が男子部本部長をしていた頃のスローガンは、「結んで、開いて、手を打って」だった。上手いでしょ?(笑)

熱中症に注意を


 昨日16日、埼玉熊谷(くまがや)市と岐阜県多治見市で40.9度を記録。観測史上最高気温となった。既に10人以上の方々が亡くなっており、東京町田市では中2男子がバスケットの練習後に倒れ、搬送先の病院で死亡した。


 独り暮らしのお年寄りがいれば、しっかりとを掛けて参りたい。電話一本で危険を回避できる。高齢になると喉の渇きをじにくくなるので、水分補給を識することが大切だ。特に入浴する際は、必ずコップ一杯の水を飲むこと。また、塗らしたタオルで首筋を冷やすのも効果的だ。


 昨日、私が住む公団の1階フロアでは雀が死んでいた。土の上に置き、題目三唱。

2007-08-16

創価野球、万歳!


 創価高校が2回戦で惜敗した。皆、よく頑張った。先生の下(もと)から出発し、見事に1勝を勝ち取った。きっと、学会嫌いの東京人も応援したことだろう(笑)。


試合終了後、創立者より


 あっぱれだ

  勝っても 負けても

      創価校

  

 戦いは

  一生涯だ

    創価校

  

 創価校

  天晴れ 地晴れ

     万歳だ

  

    創価校 万歳!

    創価校 大万歳!

孫子に学ぶ将軍学


 世界の哲人の言葉には、法に通じる智が光っている。

 それらは、法を深く知り、広々と展開していくための「序文」「流通分」であるとも言えよう。

 戸田先生はいつも私に、文学や歴史をはじめ、社会万般のさまざまなことを教えてくださった。

 先生にお供して移動する際も、飛行機の中でも、車の中でも、あらゆるところが「戸田大学」の校舎となった。

 戸田先生は、中国の孫子兵法についても語っておられた。

 先生は、漢文を好んで引かれた。さまざまな書物を、よく白文(=句読点や訓点のない漢文)で読んでおられた。

孫子』には、こう綴られている。

「戦闘に巧みな人は、その敵を攻撃する時の勢いははげしく、その攻撃する適切な時期は瞬時である」(天野鎮夫釈『孫子・呉子』明治書院

 時を逃さぬスピードと力。これは、あらゆる戦いの原則である。

 学会も、これをやってきたから勝った。

 また、『孫子』にはこうある。

「まず手柄を立てた兵士を表彰することを忘れてはならない」

「勝ってますます強くなるというのは、このことである」(村山孚訳『孫子・呉子』徳間書店

 功績を立てた人を、リーダーが顕彰する。皆で讃え合う。そうした組織は、生き生きと伸びていく。


 さらに、『孫子』には記されている。

「勝利は積極的につくることができる」(前掲・天野釈)

 安閑としていては、勝利は得られない。

「ふざけ」や「遊び」は敗北の原因である。

 戦いは、まず自分自身が「必ず勝つ」と決めることだ。祈ることだ。動くことだ。

 そして皆が「楽しく」「喜んで」進むところに勝利はある。

 勢いある前進をしていくことだ。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-17 長野研修道場


孫子』とは紀元前4〜5世紀頃に書かれた兵法書である。かのナポレオンも座右に置いた。


 訓練が行き届き、首脳が同じ目標に向かって戦う態勢となっていれば、電光石火の陣列となる。具体的には迅速な離合集散であり、連絡系統が生命線となる。特にスタートで後(おく)れてしまえば致命的である。


 次に、いかなる組織であれ、厳しき信賞必が実行されている限り、不平不満は出ない。降格人事という“”がなければ組織は腐る。


 そして、「長の一」である。どのようなマイナス要因があろうとも、「断じて勝つ! 勝ってみせる!」というが燃えているかどうかである。指導者の情熱が全軍に波動を与える。「冷めた分析」ばかりしていれば、皆のは離れる。


 若い内は中々しくじるかも知れないが、要は「人のを知る」ということに尽きる。

2007-08-15

最後は信心があるかどうか


こそ大切」である。

 どういう、どういう一で戦っているか。最後は、信があるかどうかが厳しく問われていく。

 日蓮聖人は、東海道で勇敢に信を貫いた南条時光に仰せである。

日蓮の弟子たちのなかで、法門をよく知っているかのような人たちが、かえって間違いを犯しているようである」(御書1546ページ、通解)

 大聖人の時代も、学識があるとされていた弟子のなかに、かえって邪義に染まっていく人間がいた。尊大ぶって師を教訓し、批判し、後に反逆していく輩もいた。

 創価学会も、こうした「師子身中の虫」と徹して戦った。善悪を明快に叫んできた。だから発展したのである。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-17 長野研修道場


 呼吸が合ってきている。今日付の聖教新聞に掲載された「全国最高協議会 7」と重なる指導。


 男は「面子(めんつ)」のために戦い、女は「見栄」が目的となっている傾向が強い。そのが、組織の中で犠牲者を出す結果となる。


 特に婦人部幹部は、まともな社会経験が少なく、世間知らずが多い。“組織”という狭い世界が人生の大部分と化し、「役職が全て」という人物も珍しくない。本部職員も全く同様だ。


 現代における「法門をよく知っているかのような人たち」とは、職員・議員・創大出身者と考えれば間違いなかろう。対象者は信を奮い起こして、三位房になることなかれ。


 破折精神とは、間違っていることを「間違いだ!」と言い切る精神である。身内(学会員、及び幹部)に対して甘い人が、外に向かってまともな折伏など出来るはずもない。


 組織が正義によって貫かれていれば、会員は歓喜に満ちて活動しているはずだ。なぜなら、正しい信を貫けば、確実に幸福になっているからだ。日々、々、年々に成長の節を刻んでいることだろう。


 一方、小さな邪悪を見逃している組織は、ドブのように澱(よど)んでいる。上の連中は気づかないが、悪臭紛々となっていて、末端の人々は鼻をつまんで我慢しながら活動している(笑)。指の力がなくなった人々は、悪臭に耐えられず家に引っ込む結果となる。「下から上を動かせ」とは言うものの、実際のドブ掃除は実に大変だ。


 負け犬の惰弱なに、勝利の因を吹き込もうとされている先生のを知ろう。この下半期、「善良な会員」を讃え、「悪い幹部」を突き上げろ!

終戦記念日


 TBSラジオで、秋山ちえ子さんが『かわいそうなぞう』を朗読していた。毎年行っており、既に40回目を数えた。何度聴いても、胸が掻きむしられるようないがする。平和への地道な営みが尊い。秋山さんは既に90歳である。話もわかりやすく、実に姿勢の正しい人物である。


かわいそうなぞう

2007-08-14

基本的な言葉遣い


確認事項」に追加しようかとったが、古いページはあまり見られない可能があるので、ここに書いておこう。


 目上の人の前で「俺」を使うな。そんなことも知らない若造が多い。私は高校生の頃から知ってるよ。国語の時間で習ったから(笑)。


 現代国語の先生云く、「自分を指す言葉は色々ありますが、何を使うかは相手によって変わります。『俺』に対して『お前』、『僕』に対して『君』、『私』に対して『あなた』がセットとなる。だから、先輩や先生の前で『俺』を使うのは失礼です。本当であれば『私』と言うべきだが、まあ、皆さんはまだ高校生だから、『僕』で勘弁して上げましょう」と。


 この先生、子供の自立を育む目的で、我が子を「さん付け」で呼ぶよう、奥方に強制しているとエピソードも紹介していた。


 頭の悪いお笑い芸人の影響が強いとわれるが、基本的な言葉のTPOも知らない者が話芸で成功するはずもない。

若き先生を折伏した戸田先生の言葉


 私の入信の日──昭和22年(1947年)の824日は日曜日であった。大変に暑い一日であったと記憶している。

 当時は入会の儀式の勤行が今よりもゆっくりで、慣れていない長時間の正座で足が痛くてしかったことをい出す。

 私は戸田先生の人格を慕い、深遠な哲学を求めて入会したが、宗教そのものには抵抗があった。

 父親は私の入会に猛反対であった。父と私の間に入って母は大変にしんだ。

 そうした私自身の体験に照らしても、新入会の方々の境がよくわかる。

 その味から私は、入会当時の戸田先生の激励のご指導を、そのまま伝えさせていただきたい。

 これも、私が若き日から記録し、留(とど)めていたものである。

「これから長い人生である。どういう宿命が待ち構えているか知れない。いつ、どのようになるかもわからない。一生涯、悠々と人生を生きていける信と哲学が、絶対に必要である」

「今後、年老いて振り返った時に、どれだけ自分が有義な人生を生きたか、価値ある人生を生きたかが大事である。

 特に、死という問題に立ち至った場合、悠々と総仕上げを飾っていけるかどうか。その時に悔いるようなことがあっては、断じてならない。人生は一瞬のうちに年をとってしまうものだ」

「一切の人生航路、生命航路の現実は厳しい。それを打開していく根本こそが、この大聖人法である。その法を、青年らしく勉強し、実践してみなさい」

 この師匠の指導の通りに約60年間、私は法を実践してきた。先生が教えてくださった通り、最高に有義な、最大に価値ある人生を生き抜いてくることができた。

 新入会の皆さんにとっても、入会の原点の日が10年先、20年先に、どれほど重要な人生の記日となっていくことか。

 そのことを、どうか晴れ晴れと確信し、良き先輩とともに、良き同志とともに、前進していっていただきたい。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-17 長野研修道場


 そして今日、師弟の邂逅(かいこう)から60周年を迎えた。それはまさしく、「人類の運命を変える出会い」だった。「長生きできない」と言われた身体で、半世紀にわたって指揮を執られ、世界に法を宣揚された。教史3000年においても、これほどの指導者は存在しなかった。既に世界中の識者が、「世界を救う言葉」として、先生のスピーチにを傾けている。


 その先生も間もなく80歳になられる。通説では、釈尊説法を終えたとされる年齢である。我々は、先生が死ぬまでこき使おうとしている。本当にそれでいいのか?

2007-08-13

SGIは「組織のための信仰」でなく、「個人のための信仰」が貫かれている


 世界各地でSGI創価学会インタナショナル)の運動が注目され、その卓越

が評価されている。そういう時代に入った。

 アメリカの著宗教ジャーナリストであるクラーク・ストランド氏も、創価の人間主義に期待する一人である。

 氏は最近も、こう語っておられた。

創価学会の創立によって、教の本格的な国際化が始まった。私は、そう見ています」

SGIは、驚異的で強力な組織を持っています。しかも、そこに属する会員は、

個人が高いレベルで自らの力を発揮しています」

 世界の識者は正視眼で評価する。

 一人ひとりが自分らしく力を発揮し、幸福になっている。ゆえに、SGIは世界中に広がり、強い組織になった。

 一人も残らず友を幸福に──ここにリーダーの責務がある。なかんずく最高幹部は、会員の幸福のために捨て身になって進んでいくことだ。

 さらに、ストランド氏は分析されている。

組織が人々を制限しすぎると、組織は発展しません。しかし、制限を取り払うと、組織は分解してしまいます。

 その点、創価学会は、絶妙なバランスを保持しているといます」

「そのカギは、組織コミュニケーションを大切にしていることにあるのではないでしょうか」

SGIには、『組織のための信仰』でなく、『個人のための信仰』の実践が貫か

れています」

 だから、学会は伸びている。それがいかに至なことであるか。識者の目は

鋭い。

 その事を成し遂げる根本の力こそ妙法である。信の団結である。師弟の精神である。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-16 長野研修道場


 勘違いしちゃいけない。SGIの話だからね。日本にそんな組織はないよ(笑)。


 日本の伝統を踏まえると、組織は家族中にした方がよい。日本人は自己主張が手で、議論が成立しない。つまり、「個人」が確立するまでには、まだまだ時間がかかる。


 ものは試しで、一家で座談会をしてみてはどうだろう? ま、お父さんの御書講義は、綺麗事だけじゃ済ませられないはずだ(笑)。


 今の青年部の力では、まともな人材育成は困である。親が、きちんと子を育てた方が手っ取り早い。で、時々、別の家族と交流座談会を行う。結構、盛り上がりそうな気がするね。


「本音を言わせない」、「本音も言わない」――そんな会合は出るだけ時間の無駄だ。途中で帰るべきだと言っておこう。

「死身弘法・不惜身命  此の心は 学会精神のみにある」


 大の嵐の中の昭和54年42日──師の命日に私は書き留めた。

死身弘法・不惜身命

 此の

 学会精神のみにある」

 限りある人生。どうせ生きるならば、「あの人の生きたように!」と後世の人に希望と勇気を送る人生でありたい。

 かの熱原の三烈士のごとく、広布の鏡と仰がれる一生でありたい。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-16 長野研修道場


 この一文は、確か小説『人間革命』の扉に書かれたものだと記憶している。創立55周年を祝して開催された「特別記展」で展示され、傷だらけで学会を守り切った師匠の姿を弟子一同は仰いだ。「王爾の時に於て身に刀剣鉾槊(むさく)の瘡(きず)を被り体に完(まった)き処は芥子(けし)の如き許(ばか)りも無し」(28頁)。


 日蓮聖人は50歳の時、竜の口の法難・佐渡流罪に遭った。池田先生は51歳で会長勇退。そして、戸田先生は52歳で登山止めとなっている。


 大こそ、法華経の行者の証である。「大をもちてこそ法華経しりたる人とは申すべき」(1538頁)。


 稀有(けう)な師匠と巡り合いながらも、自分の幸不幸にしか関を持てない愚かな弟子であっては、千載一遇の時を逃すことになる。


 法勝負に敗れておきながら、呑気(のんき)に夏休みを過ごしてはならない。師匠が休んでないのだから。

2007-08-12

破邪顕正の陣列を具体的に整えよ


 使命深きリーダーの皆さまに、懇談的にお話したい。

『三国志』に登場する“五虎”の将軍は、ご存じだろうか?

 蜀の国で劉備玄徳とともに戦った、関羽、張飛趙雲(ちょううん)、馬超(ばちょう)、黄忠(こうちゅう)の5人。「五虎大将」とも呼ばれる。

 さらに劉備のもとには、希代の軍師諸葛孔明がいた。

 戦いは一人だけでは勝てない。衆知を集め、を一つにして事に当らなければ、インチキで邪悪な人間たちを打ち砕くことはできない。

 その態勢を具体的に整えることだ。

 これからの学会で大事なことは、全員が「広布の責任者」との自覚に立つことだ。一人ひとりが、しっかりすることである。

 学会の根幹は「師弟」である。「信」である。それさえ忘れなければ、恐れるものなど何もない。

 皆の自覚と団結で、わが地域から世界へ、新しい「勝利の鐘」「希望の鐘」を共々に打ち鳴らそう!


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-16 長野研修道場


 皆が皆、同じタイプであれば薄気味悪い(笑)。それじゃあ、軍隊みたいになっちまうよ。多彩な人材なくして、万人に開かれた宗教とはなり得ない。法華講員を見てごらんよ。まず、個がないから(笑)。


 組織に勢いがある時は、ワッと人材が現れる。そして、新たな一人ひとりが組織に新しい風を運んでくれる。


 青年部時代のこと。担当していた部の活動者会に友人が参加したことがあった。一緒に勤行唱題をしてから、懇談した。友人と私とのやり取りに、居合わせたメンバーは爆笑し続けた。


 会合を終えようとした時、副部長が「小野さん、内の弟に会いますか?」言ってきた。この副部長、普段は未活動の弟に男子部を会わせることを避けてきた。しかし、異様な盛り上がりが、彼のに変化を与えたのだろう。部長すら、まともに会ったことのないメンバーと対話できたことは、大きな収穫だった。


 形式や嘘がまかり通る組織ほど不幸なものはない。

自分一人で組織を育ててきた人は少ない


 戸田先生は常に青年に期待されていた。

学会も中核の青年がいれば、否、一人の本物の弟子がいれば、広宣流布は断じてできる」とよくおっしゃっていた。

 創立80周年へ、また創立100周年へ向けて青年が立ち上がる時だ。

 私はその時を待ち、時をつくっている。

 新たな広布拡大のリーダーが各地で誕生している。戸田先生は、組織の責任者に対して実に厳しかった。

「人のつくった地盤で幹部になり、その椅子にでんと座っている人が多い。自分一人で組織を育ててきた人は少ない」

 このように指摘されることもあった。

 また常々「指導者は、人を引き付ける力を持たなくてならない」と話しておられた。

 新たな役職は新たな成長のチャンスである。自身の壁を破り、拡大の歴史を見事に残していただきたい。それが私の喜びでもある。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 現在の地域に移り住んで、もう4年になる。この間、数の担当幹部が地区に入っていたが、地区部長・B長と一緒に家庭指導をした人は一人もいない。そもそも、回ってないよ(笑)。会合に顔を出すだけである。町内の寄り合いとあまり変わりがない状況だ。


 そろそろ、「悪しき成果主義」と決別するべきだ。先に行われた参院選からも、つくづくそうう。今、成果主義から育成主義への転換が求められている。


 成果主義は、どうしても短期決戦となる。そのため、折伏成果は上がっていても、一向に人材が増えていない組織が多い。水かさを増すどころか、よくてプラスマイナス0(笑)。ちょっと油断すると、減ってるところの方が多いんじゃないか?


 ただ、私がいくら叫んだところで、学会本部がこれを採用することはあり得ない(笑)。既に学会の組織実力主義ではなくなっていることを考慮すれば、道は更に険しい。


 結局、だらしのない上の幹部を当てにすることなく、自分で組織をつくり上げてゆくしかない。ブロックや地区という小さい単位であっても、それが出来る人は本物だ。

ベンジャミン・フルフォード


弓谷●デマといえば先日、アメリカの経済誌『フォーブス』(2004年96日号)が事実無根のデマ学会を中傷した。


野村●学会やアメリカSGI、それにアメリカ創価大学等について、ウソ八百の記事を並べ立てたんだ。


中島●アメリカの経済誌が、いったい何で学会の中傷記事なんて載せたんだ?(笑い)


弓谷●まったくだ。しかも記事の中身が悪辣千万。既に全ての裁判で「誉毀損にあたる」と明確に断罪された「東村山デマ事件」を蒸し返していた。あたかも学会が、東京・東村山の元市議の転落死に関与しているかのように書いていた。


原●バカバカしい! あの事件では、デマを掲載した『週刊現代』に200万円の賠償と謝罪広告の掲載が命令されている。また同様のデマで『週刊新潮』にも200万円の賠償命令が下っている。


野村●日本のマスコミ界でも知らない人は、いない。有な事実だ。


原田●それに問題の『フォーブス』の記事は、元市議の娘もコメントを載せているが、この娘も学会との全ての裁判で全面敗訴している。


弓谷●その通りだ。その娘は、自分が発刊しているデマのチラシでも、200万円の賠償を命じられ、学会への謝罪広告も掲載している。


秋谷●アメリカの雑誌とはいえ、全く事実無根のウソだらけの記事だ。学会、アメリカSGI、アメリカ創価大学の代理人であるバリー・B・ラングバーグ弁護士は先「27日、同誌の発行者らに文書で厳重抗議を行った。


原田●抗議書では、基本的な事実関係すら全くデタラメな記事の欠陥を厳しく指摘している。さらにまた、抗議書と秋谷会長の抗議文を同誌に掲載するよう強く要求。会長の抗議文については、すでに、その一部が掲載された。


秋谷●さっきも話が出た通り、日本の経済誌も謝罪した。今後とも、あくどいデマに対しては、法的措置も含めて、断固たる姿勢で臨む。手厳しく対処する。ハッキリ言っておく。


聖教新聞 2004-09-14】


 問題の記事を書いた人物がベンジャミン・フルフォードである。その後、フォーブス社を辞めている。検索すると公式サイトが見つかるが、日本のテレビ番組にも時々出演している。


 聖教新聞紙上座談会は、一見すると極めて攻撃的な印象を受けるが、外と個人を挙げることが少なく腰砕けのを拭えない。また、顔写真しか掲載されてないため、実際に行われているかどうかを怪しむまである。同記事を読んでいる会員は少なく、新聞啓蒙の妨げとなっているのが現実である。多分、聖教新聞社には反対見を言える人物が皆無なのだろう。

創価高校が甲子園1回戦を突破


 生き生きと

  青春走る

   勝利かな

  君らは英雄

   なんと嬉しや


 学園野球部万歳!

 大勝利万歳!


「日本中、世界中が沸き返った。ありがとう!」とのご伝言も。


 尚、対戦相手の愛工大電から、創価大学に進学して野球を続けているメンバーもいる。

2007-08-10

「民衆に尽くす志」を受け継げ


 特に、若い皆さんに伝えておきたい箴言がある。

 イギリスの作家オルコットは、「人格こそは金よりも階級よりも知よりも美よりもすぐれた持ち物である」と綴った(吉田勝江訳『続 若草物語』角川文庫)。

 私も同だ。

 法の眼からみれば、人生の本当の勝利のために必要なものは、学歴でもない。社会的地位でもない。それは信である。信で人格も鍛えられる。それは人生にとって最大の財産となる。

 現在の創価学会をつくり上げてきたのは、尊き無冠の庶民である。学会は庶民のための組織である。

 私は日本国内だけでなく、世界各地の同志に喜んでいただけるよう、周りから「そこまで気を配るか」と言われるほど、細かいところまで力を尽くしてきた。

 だから創価の世界は強いのである。この「民衆に尽くす志」を、今、青年の世代の諸君に伝えておきたい。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 大辞泉には、「独立した個人としてのその人の人間。その人固有の、人間としてのありかた」とあり、使用例として「相手の―を尊重する」「―を疑われるような行為」の二つが紹介されている。前のものは滅多にお目にかかれないが、後ろのやつは日常茶飯事だ(笑)。


 頭の悪い幹部ほど、「幸せになりたくて信したのだから、活動するのは当たり前」とい込んでいる。会員に対する謝もなければ、敬もない。で、成果が出れば全部、自分の手柄(笑)。気揚々と活動報告する様が実に醜悪だ。特に婦人部。


 大聖人は無の信徒を、それはそれは大事になされた。池田先生も会員のためにを砕かれている。子を大切にすることもなく、役職だけで勝負しているような幹部こそ、大聖人が糾弾された「僧侶の姿」そのものであろう。


 私を育ててくれた先輩は、数百人に上る。その一人ひとりが、本当に私を大事にして下さった。随分と気合いも入れられたが、その瞳には「お前を信じているぞ!」という期待が光っていた。通りいっぺんの指導や、ありきたりの激励で済ませた先輩は一人もいない。


 しい中で格闘している時に、ない言葉を吐いた先輩が何人かいた。この連中は皆、後でおかしくなっている。


 人生の風雪に耐えて、人格は築かれる。「労知らずの幹部」は邪だ。どけろ!

2007-08-09

24時間テレビ


 来る818〜19日に日本テレビ系列の24時間テレビで、ドラマ『君がくれた夏 ガンと闘った息子の730日』が放映される。原作を書いた山崎敏子さんは、神奈川県のヤングミセスの方である。ドラマの殆どが事実に基づいているとのこと。必見。


がんばれば、幸せになれるよ―小児がんと闘った9歳の息子が遺した言葉がんばれば、幸せになれるよ―小児がんと闘った9歳の息子が遺した言葉 (小学館文庫 や 6-1)
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タッキー&深キョンで夫婦ドラマ…日テレ24時間テレビ 司会に続き主演


 日テレ系「24時間テレビ30 愛は地球を救う」(818〜19日)でメーンパーソナリティーを務める人気ユニット「タッキー&翼」の滝沢秀明(25)が、番組内のスペシャルドラマ「君がくれた夏〜がんばれば、幸せになれるよ〜」(同18日夜)に主演することが19日、分かった。小児がんを患った男児と家族の闘病記を基にした物語で、初の父親役を演じる。妻役には深田恭子(24)を迎え、家族愛の尊さを描く。


 タッキーがパーソナリティーに続き、24時間テレビの看板を担うことになった。同番組でのドラマ主演は98年「の扉」、04年「父の海、僕の空」以来、最多の3回目となる。


 今回は小児がんの一種で、10万人に1人といわれるユーイング肉腫(しゅ)と闘い、逝った男児の母親の手記「がんばれば、幸せになれるよ」(山崎敏子著、小学館刊)が原作。タッキー演じる木崎真人は、ともに高校を中退したトキコ(深田)と、できちゃった婚。とび職に就き、2人の子供にも恵まれるが、5歳になった長男・直也が病だと分かる。


 このほど、神奈川・平塚市内でクランクイン。治療費を工面するため、乗っていたバイクを売却する場面の撮影に臨んだ。原作を読んだタッキーは「(文章の)温度がすごく、お母さんの叫びが聞こえて情が震えた」と、いつにも増して硬い表情でカメラの前に立った。


 初めての父親役には「自分も実際に子供がいておかしくない年。役づくりは特に考えず、素直にじたままに演じたい」とタッキー。深田もこれまで出産する役はあったが、子育てするママ役は初めてで「家族のきずなを勉強させてもらい、すてきなお母さんを演じたい」と気込んだ。


 発病から抗がん剤治療、手術、再発…。長く厳しい試練にも負けない直也のに、タッキー&深キョンの若年夫婦が必死で応えようとする。「一言で言えば、家族愛。子供がいるから、親の生きる道が広がったともじた」。自身もぬくもりのある家族にあこがれるというタッキーは「病気のことや家族の大切さなど、温かいメッセージを伝えたい」と誓った。


【スポーツ報知 2007-05-20】

破折精神を忘れた者は生ける屍だ


「悪と戦う」について、戸田先生は厳しくおっしゃった。

「破折精神を忘れた者は生ける屍(しかばね)だ。破折精神を忘れた者が幹部になれば、会員が可哀だ」

 悪を悪と言い切る。敢然とをあげる。その勇気なきリーダーは「生ける屍」だ。

 その本質は見栄であり無責任だ。しむ人を見ても“知らん顔”をする。これほど“ずるい”ことはない。

 悪と戦い、ずるいと戦う。これが人生勝利の根本である。

 ある時には幹部に対して、「広宣流布の途上にあって、絶対に五老僧のごとき存在にだけはなるな!」とも危惧されていた。

 五老僧とは、師の教えを軽んじ、自分の身の上だけを考える増上慢の存在である。

 どんなところにも「中」がある。リーダーは「中」を重んじなければならない。学会の中は会員である。師弟である。

 増上慢は、この中を認めようとせず逆に破壊する。そうした存在とは断固、戦わねばならない。

 広布のリーダーは一面から言えば、自分自身との厳しき戦いが不可欠である。そしてその戦いに勝利すれば、境涯も大きく開ける。宿命転換も実証も大きい。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 この指導がなされた群馬総県に悪党がいる。学会本部が掌握してないため、のうのうと役職を汚(けが)している。


 何度も同じ指導を繰り返されているので見落としがちだが、「学会の中は会員である」との指摘は重要だ。先生は、「中幹部」とは言われなかった。ここに、宗門問題以前の“組織が主で、会員を従としてきた”悪しき組織主義からの脱却がある。


 ハッキリと書いておくが、組織が弱くなるのは、「上もダメなら、下もダメ」だからだ。つまり、マイナスの呼吸が一致しているのだ。無責任、無慈悲の境地冥合といえよう。


 幹部の陰口を叩く者は山ほどいるが、直言できる人は少ない。末端の会員は評論家と化し、傍観者になっているのが現状ではないか。


 会員の覚は鋭い。しかし、それをきちんと説明できない。その上、幹部に対する遠慮がある。


 私は面白くない会合には出ない。例えば、毎1回、分区の壮年勤行会が行われているが、全く参加してない。区長を家に招き、その旨も伝えてある。「内容を充実させたので、是非来ていただきたい」と区長から言われたら、まあ、見学に行ってやってもいいよ(笑)。


 欧米では音楽コンサートであっても、興味を引かなければ1曲目で席を立ち、帰ってしまう人が多い。「お金は損をしても、時間までは損をさせない」という自立の精神の表れであろう。


 全ての会員が、学会の諸会合に同じ姿勢で臨めば、幹部という幹部は本気で動き出すことだろう(笑)。


道修行とは我慢することだ」と勘違いしている人が多過ぎやしないか? 自分で価値判断ができなければ、私はそれを“盲信”と呼ぼう。


 仕事を押しつけてくるような内容の会合は、全て拒否して構わない。“を死なせながら”そんなものを我慢しても全く味がないからだ。


 多少なりとも力があるメンバーであれば、徹底して上の幹部と戦え。大切な後輩のために。

私の発想


 私は、人が集まるところに異様なほど興味を掻(か)き立てられる。かみさんとイトーヨーカ堂へ行くたびに、「凄い結集だな!」と嘆のを上げる。そして、「たくさんの人が集う要素」を、ひたすら考え抜く。品数なのか、目玉商品なのか、家が近いのか、必要に迫られているのか……。


 20年ほど前になるが、高等部を担当していた頃、ある部員がプリンセス・プリンセスのコンサートへ行った。私は間髪を要れず「結集はどうだった?」と尋ねた。「凄かったッスよ、超大結集です」。居合わせた高等部員に、私は重ねて問い掛けた。「何で、プリプリのコンサートには金まで払って大勢の人が集まるのに、内の部員会には十数人しか来ないんだ?」と。まあ、色んな見が出たよ(笑)。


 また、こんなこともあった。デパートに男子部数で行った際のことである。エレベーターに「20人乗り」という表示があった。私は同行した部長に言った。「お前の部で、このエレベーターを満員に出来るか?」と。「厳しいですね」と部長は笑いしていた。


 私には、もう一つ妙な癖がある。ファミリーレストランなどに行くと、「今、ここで立ち上がって学会正義を叫んだら、何人を納得させられるか?」と考えることである。そして、「全員は無理だろうな。半分もしい。せいぜい1割か2割だろう」と気消沈するのが常である(笑)。


 それでも、「人が動く」ことに興味は尽きない。

2007-08-08

人材抜擢が人事の根本


 さらに、戸田先生の指導者論に触れておきたい。

「たとえ自分には力がなくとも、自分の部下に、自分にはないものを持っている人を用いていけば、自分にはなくとも、あるのと同じになる」

 広宣流布は、「長の一」が重要であるとともに、決して一人だけで成し遂げることはできない。皆の協調と知恵によって、組織を一新させることができる。

 また、こうも言われていた。

「年をとって、だんだん上に上がっていくというようなかたちは悪い。広宣流布は、みんなの手でできるのだから、新人を抜擢していくことが大事である」

 若手に新しい責任を与えることが、人材育成にもなり、組織も生き生きとする。ここに、リーダーの見識が現れるといってもよい。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 今時の幹部ときたら、人事を評価と錯覚しているのが多い。


 もっと根本的な問題は、学会人事が非常に不透明な点である。誰が決めているのかわからない。ゆえに、失敗したとしても責任を取る人がいない。何らかの情報公開が必要になってくるとわれる。


 若手を抜擢するのが学会人事の特徴ではあるものの、男子部上がりで壮年幹部となった場合、極端に力を発揮できないケースが目立つ。気づいたことがあっても、言い切ることが出来ない。遠慮がちに接し、世間話に興じるのがやっとという具合である。つまり、リーダーに牽引力がなくなりつつあるのだ。


 試しに、幹部という幹部に個人折伏を何世帯やっているのか訊いてごらんよ。パッと言わないのが殆どだから(笑)。その程度のレベルで幹部面しているんだから、たまったもんじゃないわな。


 折伏も満足にしてなければ、教学もなさ過ぎる。これでは、烏合の衆となることを避けられない。


 その辺をよく見極めた上で登用しなければ、本人にとって役職が負担となる。座談会の話を聞けば、そんなことは瞬時に判断ができよう。壮婦を納得させるだけの話ができていれば問題ない。


 これからは超高齢社会となる。ある程度の重鎮を揃えておかないと、安倍内閣みたいになるよ(笑)。

恥を恐れるな


「一芸を身につけようとする人は、『まだ下手な間は、うかつに、人に知られないようにしよう。ひそかに習得してから人前に出れば、それこそたいへんりっぱに見えるだろう』と言いがちであるが、こんなこと言う人は、一芸も物にできないのである。

 まだまったく芸が未熟なうちから、上手な人の中に交じって、けなされたり、笑われたりしてもに介さず、平気でその時期を過ごして打ち込む人は天分はなくても、中途半端な状態にとどまらず、自己流に走らないで年を送れば、天分はありながら集中力のない人よりは、最後に人の域に達し、長所も伸び、人から認められてを得ることになるのだ」(第150段)

 これもまた、深い示唆のある一節だ。

 学会活動はもちろん、どのような向上の道であれ、遠慮はいらない。

「私には力がないから」とか、「もう少し確信が深まったらやります」とか、そう言っているうちに、人生は終わってしまう。

 まず一歩を踏み出すのだ。うまくいかないことがあっても、「よし!」とい直して、何度でも挑戦すればいい。その連続のなかに成長があり、幸福もある。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 結局、求道が強いのか、あるいは見栄が強いのかということに尽きる。周囲の視線を気にするような腰抜けに、三類の強敵を叩き伏せる矜持(きょうじ)はない。


 30代になっても、40代になっても、うだつの上がらない人物を見ると、「お前は本当に生きているのか?」と訊きたくなる。


 例えば、幹部として雄弁でありたいと誰もが望むことだろう。だが現実は、あまりにも稚拙な話が多い。御書やスピーチを引用するものの、深い捉え方などなく、空疎な内容が大半だ。大した味もない褒め言葉を連発する幹部も多い。副会長クラスであっても、他人のエピソードを紹介するだけで平然としているのもいる。


 本当に雄弁になりたいのであれば、人知れず努力するしかない。だがその前に、「どうしても、これだけは伝えたい! 否、伝えずにいられない!」というメッセージが、自分の中にあるかどうかを見つめるべきだろう。「話すのが手で……」なんて言ってる幹部は、絶対に信用するな。「話したくて、話したくて仕方がない」ぐらいで丁度いいのだ。


 この数年間で、組織の力はがっくりと落ちた。原因は色々あるだろうが、やはり安易な携帯用御守り御本尊の授与が影響しているとう。また、宗門問題を知らない世代が増えていることも見逃せない。そしてこの間(かん)に、広布第一章で活躍した方々が、どんどん亡くなっている。


 今後、少子化によって青年部がどんどん少なくなることが予される。そして、組織での人材育成は困を極めている。今は、自分で力をつけるしかない。運よく、「これは」とう幹部を見つけたら、直ちに指導を求め、学ぶべきことを速やかに吸収することだ。

2007-08-07

学会指導と私


 私は幼い頃から、かなりの量の読書にいそしんできた。家ではに1冊しか買ってもらえなかったので、図書室の本を片っ端から読んだ。5年生の時、ゲロという仇の図書委員を脅し、貸し出し可能冊数を越えて10冊の本を借りたこともある。直後にオールドミスのオバサン先生から呼び出しをくらい、反省文を書かせられた。図書室の本の3分の2には、私の前が記された図書カードが残っているはずだ。


 そんな小学生だったが、小説『人間革命』は何度かチャレンジしたものの、読了できなかった。後から刊行された少年版も読み終えた記憶がない。専ら私が愛読していたのは、みなもと太郎の『教学博士』だった(笑)。多分、軽く100回以上は読んでいる。十界論も三諦論も『教学博士』で学んだ。中学の授で、『教学博士』から学んだ知識を披露して、随分と褒められたこともある。


 子供に本を読ませるのは簡単である。親が読めばいいのだ。幼児であっても、親が本を読んでいると、物凄い気になるものだ。私の元には、母が本を読んでいる傍らで、幼い私が覗き込んでいる写真がある。


 学校へ行っていた時分はスポーツに明け暮れたが、常に本は読んでいた。中学3年で初めて上京し、信濃町の出版センターに行った際、母から「何か欲しいものはある?」と尋ねられ、「『若き日の日記』」と答えた。ということは、学会出版物も読んでいたようだ。


 私の人生を変えたのは、小説『人間革命』だった。最初に読んだのは高校3年の時である。3ヶぐらいで一気に10巻を読了した。それこそ、毎日のようにバレー部の部室で皆に講義をし、友人に教えまくった(笑)。私は動を自分の胸に秘めていることができない質(たち)なのだ。もうね、「凄い!」「凄い!」の連発だよ。読書文を学校に提出しようとしたが、母から止められた。


 それからというもの、家にある本棚二つの学会出版物を2年ほどで読み終えた。『折伏教典』を読んだ時は、直ぐに試してみた。アルバイト先の社長のお母さんが天理教の教会の会長をしていた。仕事をしながら、30分ほど破折しまくった。向こうは何一つ反論ができなかった。私は世界を制したような錯覚に陥った(笑)。


 23歳までに、学会指導を記したノートは13冊になっていた。同時に御書全編も二度、読破した。


 30歳になるまで、聖教新聞に掲載された指導は3回繰り返して読んだ。最初は赤で線を引き、次に青、最後は黒と変化をつけた。


 先生の言葉に打ちのめされるほどの動を覚えながら、私は青春時代を生きた。そして、貪るように求め続けた。


 宗門問題直後、小説『人間革命』が再び連載されることになった瞬間のあの歓喜! そして、古い指導を読むたびに学会の歴史が、私の骨肉に刻み込まれた。「先生の魂に触れることができる!」――これほどの動が他にあろうか。私にとっては、先生の言葉こそ無上の宝なのだ。


 私を形成している9割は、先生の言葉と、先輩から受けてきた訓練である。今の私があるのは先生のおかげだ。先生なくして、我が人生はあり得ない。


 残ながら、私よりも先生の指導を読んでいる学会員を見たことがない。古いものも含めて、私が読んでないのはトインビー以外の対談集だけである。


 だからこそ、若いメンバーには私以上に読み抜いて欲しいし、実践し抜いてもらいたい。


 というわけで、再び「創価データベース」のメンバーを募集! ふるってご参加願いたい。

安全なところで怪我をする


「徒然草」の第109段には、有な“木登り”の話がある。

 木登りの手が、木から降りてくる人に対して、高い所にいる時でなく、地上に近づいてから、注を促した。

「私が『この程度の高さまで降りたからには、飛び降りることもできるだろう。それなのに、なぜそんなことを言うのか』と申すと、(木登りの手は)『そこが肝なのです。目が回るような高さで、枝も折れそうな間は、本人が気をつけているので何も申しませんでした。けがというものは、安全な所まで来てするものなのです』と言った」

 万事、最後の総仕上げが大事である。

「もう、大丈夫だ」とったところで、わぬ事故を起こしたり、失敗してしまう場合がある。

 広布の戦いであれ、仕事であれ、きちんと決着をつけ、有終の美を飾ることだ。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 特に高齢者は注して頂きたい。先日、私のブロックにいるオバアチャンが、エレベーター内で鏡を見ようと振り向いた途端、大腿骨が折れた。信じい話だが、「高齢者にはよくあること」と医師から告げられたそうだ。


 話は変わるが、事故を起こす人には傾向があるものだ。車の運転であれば、ウインカーを出すのが遅い、駐車している車の傍や横断歩道の手前で減速しない、バックミラー・サイドミラーの確認を怠る、等々。また、スリッパなどで、やたらと足音を立てる人、更には、店や会社などのドアを通り抜ける時、後ろを確認しない人、携帯や定期券など必要な物を忘れる人も同様である。


 共通するのは、「他者への像力」が欠如していること。「こんな運転をされたら、迷惑だろうな」「足音がうるさいと、嫌がられるだろうな」という程度の気配りもできない人々だ。


 自分の世界だけで生きている人は、例外なく自我が肥大しており、やや人格障害の気(け)がある。


 会員の人生を引き受ける学会組織にあって、「同じ失敗を繰り返す」人物は正役職に登用すべきでない。


 戦いにおいて有終の美を飾るためには、最後の最後まで勢いを出し続けることだ。人生もまた闘争である。ならば、60代、70代、80代と輝きを増してゆかねば敗北となる。ここがしい。

2007-08-06

優先すべきことをなせ


 群馬出身の日寛上人も文段の中で、徒然草を引用されている。

「妙法尼御前御返事」の文段で、「老いたるも若きも定め無き習いなり」(老いた者も若い者も、いつどうなるかわからないのが世の常である)との御聖訓に関して、次のように記されている。

「徒然草の四十九段に云く『速やかにすべき事をゆるくし、ゆるくすべき事をいそぐなり』と」

 すなわち、早急にすべきことを後回しにし、後にすべきことを先にしている。そのうちに、一生は過ぎ去ってしまい後悔する──というくだりである。

 優先すべきことは何か。それを知れ。まず、それをなせ。さもないと、悔いを残すぞ。そう戒めているのである。

「一生のうちで、とくに望むことの中でどれがたいせつかと、よくい比べて、いちばんたいせつなことをい決めて、それ以外は断して一つの事に励むべきである」

「一つの事をかならずし遂げようとうなら、他の事がだめになるのを残がってはならない。人の嘲りを気にしてもならない。万事を犠牲にしないかぎり、一つの大事が成るはずがない」(第188段)

 人生の一大事とは何か。

 それは、永遠に崩れない、絶対的幸福をつかむことだ。嵐にも揺るがない、不動の自分を築くことだ。その根本の力は、妙法である。

 妙法を唱え、広めて、自分も、人も、幸福になる。全人類の宿命を転換する。それを広宣流布という。

 戸田先生は言われた。

「人間は、権力や金のために汲々とするか、信のために死ぬか、どちらかである。

 大理に生きて、そのもとにわれ死なん、というすがすがしい気持ちで諸君は行け」

 何のために生きるのか。その一点を忘れてはならない。


 第92段に有な一文がある。

「ある人が弓を射ることを習うのに、二本の矢を手にして的に向かった。

 すると、その師が『初者は二本の矢を持ってはならない。後の矢をあてにして、初めの矢を射る時に油断が生ずるからだ。毎回、失敗せずに、この矢一本でかならず当てようとえ』と言った。わずか二本の矢しか持たず、しかも師匠の前で彼が一本の矢をおろそかにするつもりはあるまい。

 しかし、二本の矢に現れたのゆるみは、本人は気付かなくても、師匠がそれと洞察したのである」

 師匠は、弟子のがよくわかるものである。

 これは万事に通ずる。師匠ありてこそ、本物となる。その道の“達人”となれるものだ。

 いわんや、法は、最高の人間道である。師弟こそ、法の根幹であり、学会の土台である。

 師匠の一言一言を大事にして、将来にわたる指針とするのだ。そこに、師の精神は永遠に生きていくのである。

 第92段は、こう結ばれている。

「ただ今の一において、ただちにする事のはなはだ(かた)き」

(その事をい立った瞬間にすぐに実践するということは、なんとむずかしいことだろう)

「あとでやろう」と先延ばしにするな。やるべきことを、今、この時に直ちになせ、というのである。

 創価学会は、「臨終只今」の一で、真剣勝負の行動に徹してきた。

 だから、ここまで発展してきたのである。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 優先順位の内容が(ごう)を決定する。「好きなこと優先」では堕落するに決まっている。かといって、嫌なことを我慢しながらやってもストレスが溜まるばかりだ。


「仕事と学会活動」――これも多くのメンバーにとっては一生の課題であろう。闇雲に「学会活動を優先させる」愚かな幹部が多いから、お気をつけあそばせ(笑)。


 優先順位は時と場合によって変わってくる。病気であれば、健康を勝ち取ることが一切に優先する。無理と強信を履き違えるな。


 人生の季節においても優先順位は異なる。壮年であれば、家族を食べさせることが最優先だろうし、青年ならば訓練と勉強が第一である。


 結局、ホシ(急所)がわかっているかいないかである。近視眼でも遠視眼でもダメだ。優先順位を誤ると、人は必ず不幸になる。二乗は「自分の悟り」を優先した。提婆達多は「権力」を優先した。


 闘争にもホシがある。組織にもホシがあり、育てるべき人材にもホシがある。中者に、血を流すような決がなければ、戦いを起こすことは出来ない。

2007-08-05

「はてな」の仕様が変わった


 大方のページで最初の段落だけ太字となっているのは、「はてな」の仕様が変わったためである。こういうのが無料ブログの弱みだ。文句も言いにくい。既に言ってあるけど(笑)。メールの返事はまだ来ない。


 今年の16日より更新が途絶えていたが、明日より復活する予定だ。

「自民と一体」が敗因 公明、安倍離れ加速も


 公明党は2日の中央幹事会で、参院選惨敗を踏まえた選挙総括を内にまとめることを決めた。自民党出身の閣僚らの失言、事務所費問題が世論の厳しい視線にさらされる中で「有権者に自民、公明両党が一体と映っていた」(党幹部)ことが最大の敗因との見方が大勢で、太田昭宏代表が与党内での独自色の発揮をにらみ、安倍晋三首相と一定の距離を置く姿勢を強めるのは間違いない。


年金記録不備や、政治とカネの問題、閣僚発言などが厳しい結果につながった」。太田氏は参院選で目標に掲げた13議席を大きく割り込み9議席の「歴的敗北」(幹部)を喫した要因を分析した。


 ただ敗退した埼玉、神奈川、愛知選挙区での得票は過去最高だったと説明し、「わが党の戦い、実績は評価していただいた」とも指摘した。


 支持団体の創価学会も1日の本部幹部会議で「9議席に惜敗したが、この逆風の中で健闘した」(原田稔会長)と総括。与党の過半数割れは「自民党側の責任」との認識でほぼ一致しており、「大田代表―北側一雄幹事長」体制に動揺は見られない。むしろ自民党との選挙協力区に指定した埼玉、愛知両選挙区に関して「自民支持層の票の2割が民主党に流れ、公明党には1割程度」(学会幹部)との不満がくすぶっているのが実情だ。


 太田氏が730日の安倍首相との与党党首会談で「憲法改正論議も大事だが、中央と地方の格差問題など、より国民生活に直結する課題に焦点を当てるべきだ」とくぎを刺したのも、“直言路線”の強いアピールが必要とい定めたからにほかならない。


 公明党のベテラン議員は「問題閣僚の首の一つや二つ取って、毅然とした姿勢を見せられなかったのが敗因。安倍首相と距離を置いていかないと、今度の衆院選でも惨敗する」と語る。


 創価学会幹部は「首相は公明党の言うことを聞くしかない状況になった」との見立てだ。国会の展開次第では早期の衆院解散の可能が出てきたため、安倍首相は公明票を重視して、“タカ派路線”から中道に軸足を移さざるを得ないというわけだ。


 ただ党の存在の発揮が時として、首相の指導力不足を際立たせて与党全体の“地盤沈下”につながるとのジレンマもあり、太田氏はしい党運営を迫られそうだ。


【中国新聞 2007-08-03】

2007-08-03

阿久悠氏、死去


阿久悠さん死去 詞主導の歌追い求め、時代すくいとった旗手


 歌謡曲からポップス、アニメソング、童謡と幅広いジャンルで、ヒット曲を量産し、“怪物”“言葉の術師”などさまざまな異を取った阿久悠さん。旺盛な創作活動の原点にあったのは「言葉が光る時代にしたい」との熱いいだった。 


 広告代理店時代に培ったコピーライターとしての力量と、豊かな、鋭い観察眼。音楽界からも「時代をすくいとる力」を高く評価されていた“時代の旗手” 阿久さんは、作詞家生活31年を迎えた1998年、東京・銀座で、自筆の詞やレコード大賞のトロフィー、写真、履歴書などを集めて展覧会を開いた。自らの存在を誇示するかのような催しをあえて開いたのは、「今の歌謡界には、聴く人のの琴線に触れる歌詞が少なくなってしまった」との危機からだった。


「今はサウンド中の音楽が全盛で、歌詞を吹き飛ばしている。僕は歌詞に重きを置いたソングを復活させたい。日本人に西洋風の踊りは似合わない」。本紙のインタビューに阿久さんは熱い口調で胸中を明かした。


 曲主導から、かつてのような作詞主導へ。このいの結晶が、自作の百編の詞を収録した「書き下ろし歌謡曲」(岩波新書)の出版だった。


 99年の紫綬褒章受章の際には、「今の音楽は言葉より音中。詞がすてきとう人がどれくらいいるのか。聴いて、人に伝えたくなる歌も必要」と言を呈す一方、「常に一番新しい、面白いものを歌の言葉で表してきた」と自負をにじませながら喜びを語った。


「阿久悠の前でこんなに長く活動するとはってもみなかった。気が付くと自分でも驚くほどの作品が後ろにあった」と、しみじみ述懐していた阿久さん。725日には、芸能生活55周年を迎えたペギー葉山から懇願されて作詞した「神様がくれた愛のみち」(宮川彬良作曲)がリリースされたばかり。長い歌手人生に謝のをささげるような情豊かな詞。病と闘いながら最後の力を振り絞って生み出されたであろう詞は、自身の創作人生も重ね合わせてのものだったのかもしれない。


東京新聞放送芸能部・安田信博)


【中日新聞 2007-08-02


 誰よりも高校野球を愛し、見事なまでに謳い上げた阿久悠氏が、夏の甲子園を前にして亡くなった。「甲子園の詩」を毎年、待ちにしていたファンは多い。私もその一人だ。関東は81日に梅雨が明けたばかりだが、の中を無の風が吹き抜ける。だがきっと、甲子園の青空に舞う白球の上から、球児達を見守っていることだろう。


 野球が好きな人も、そうでない人も、是非一度読んで頂きたい。「阿久悠公式サイト」の左下にリンクがある。

創価高校、決勝戦でのエピソード


 東京ではNHK(総合/首都圏)と東京MXテレビ(独立UHF局)がテレビ中継を行った。7回裏の創価高校の攻撃が始まろうとした時、東京MXのアナウンサ−が「さあ7回裏、創価学会の攻撃です」と言い間違えた(笑)。そうだ! 創価学会の攻撃はこれからだ!

2007-08-01

安倍首相が何をやっても上手くいかない理由


 赤農相の更迭には少々驚かされた。殆どの国民が「何を今更……」とったのではないか。これでは、後出しジャンケンをしておきながら負けたようなものだろう。説明も相変わらずの曖昧節。きっと、首相という役を演じるのが精一杯で、何も考えられない状況なのでは。


 安倍首相の福運のなさは、小泉政権の次にバトンが回ってきたことが証明している。誰がやったところで上手くいきそうにない。更に人事の拙(つたな)さが、首相の器ではないことを物語っているようにじる。


 彼が何をやっても上手くいかない理由は、「憲法二十条を考える会」の一員として、創価学会を弾圧したことに原因がある。これをと言わずして何と言おうか。因果の理法は厳粛なり。

選挙協力機能せず 参院選で与党大敗


 今回の参院選で与党が大敗したひとつの原因に、自民、公明両党の選挙協力が進まなかったことがうかがえる。なかでも、産経新聞と共同通信による出口調査結果を見ると、公明党支持者は比較的自民党に協力したのに対し、自民党支持者の公明党への「非協力」ぶりが顕著に出た。

 自民、公明両党は今回の参院選で、改選議席3人区のうち、埼玉、神奈川、愛知で自民党が公明党公認を、千葉公明党が2人の自民党公認をそれぞれ支援する「与党協力区」と決めて戦った。

 出口調査結果によると、千葉では公明党支持者の6割以上が自民党公認の2人に投票した。しかし、民主党の勢いの前に自民党は1議席しか獲得できなかった。

 これに対し、公明党候補が全員が落選。愛知では、自民党支持者のうち公明党候補に投票したのはわずか11.3%、民主党公認の2人に投票したのは26.7%にのぼった。埼玉、神奈川でも、自民党支持者の票は公明党より民主党に流れた。

 1、2人区では、茨と宮崎を除く38選挙区で自民党公認を公明党が推薦、岐阜で無所属元職を自民、公明両党が推薦した。公明党支持者は66.0%が自民党候補に投票し、一定の協力態勢がみられたが、勝敗を決するとされてきた29の1人区で自民党候補が当選できたのは群馬、和歌山、山口など6選挙区にとどまった。

 これに対し、複数の野党が推薦した5人の無所属候補が全員当選したほか、自民党王国とされてきた島根で民主党推薦の国民新党公認が勝利するなど、野党の選挙協力は前回以上に進んだ。

 ただ、出口調査では与党支持者の一部が野党系候補に流れていたこともわかり、与党が自滅したともいえそうだ。


【産経新聞 2007-07-30 02:17】


 こうした事実をよく踏まえて、選挙協力をしている地域の学会員は今後、賢明に判断すべきだろう。いつまでも、お人よしであってはいけないとう。

赤城農相が辞任


 赤徳彦農林水産大臣が辞任の向。次の大臣は、2ヶ間のアルバイトみたいなものとなる。何と気の毒な!