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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2007-08-07

安全なところで怪我をする


「徒然草」の第109段には、有な“木登り”の話がある。

 木登りの手が、木から降りてくる人に対して、高い所にいる時でなく、地上に近づいてから、注を促した。

「私が『この程度の高さまで降りたからには、飛び降りることもできるだろう。それなのに、なぜそんなことを言うのか』と申すと、(木登りの手は)『そこが肝なのです。目が回るような高さで、枝も折れそうな間は、本人が気をつけているので何も申しませんでした。けがというものは、安全な所まで来てするものなのです』と言った」

 万事、最後の総仕上げが大事である。

「もう、大丈夫だ」とったところで、わぬ事故を起こしたり、失敗してしまう場合がある。

 広布の戦いであれ、仕事であれ、きちんと決着をつけ、有終の美を飾ることだ。


【徒然草と師の指導を語る 2006-08-11 群馬多宝研修道場


 特に高齢者は注して頂きたい。先日、私のブロックにいるオバアチャンが、エレベーター内で鏡を見ようと振り向いた途端、大腿骨が折れた。信じい話だが、「高齢者にはよくあること」と医師から告げられたそうだ。


 話は変わるが、事故を起こす人には傾向があるものだ。車の運転であれば、ウインカーを出すのが遅い、駐車している車の傍や横断歩道の手前で減速しない、バックミラー・サイドミラーの確認を怠る、等々。また、スリッパなどで、やたらと足音を立てる人、更には、店や会社などのドアを通り抜ける時、後ろを確認しない人、携帯や定期券など必要な物を忘れる人も同様である。


 共通するのは、「他者への像力」が欠如していること。「こんな運転をされたら、迷惑だろうな」「足音がうるさいと、嫌がられるだろうな」という程度の気配りもできない人々だ。


 自分の世界だけで生きている人は、例外なく自我が肥大しており、やや人格障害の気(け)がある。


 会員の人生を引き受ける学会組織にあって、「同じ失敗を繰り返す」人物は正役職に登用すべきでない。


 戦いにおいて有終の美を飾るためには、最後の最後まで勢いを出し続けることだ。人生もまた闘争である。ならば、60代、70代、80代と輝きを増してゆかねば敗北となる。ここがしい。

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