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2007-08-07

学会指導と私


 私は幼い頃から、かなりの量の読書にいそしんできた。家ではに1冊しか買ってもらえなかったので、図書室の本を片っ端から読んだ。5年生の時、ゲロという仇の図書委員を脅し、貸し出し可能冊数を越えて10冊の本を借りたこともある。直後にオールドミスのオバサン先生から呼び出しをくらい、反省文を書かせられた。図書室の本の3分の2には、私の前が記された図書カードが残っているはずだ。


 そんな小学生だったが、小説『人間革命』は何度かチャレンジしたものの、読了できなかった。後から刊行された少年版も読み終えた記憶がない。専ら私が愛読していたのは、みなもと太郎の『教学博士』だった(笑)。多分、軽く100回以上は読んでいる。十界論も三諦論も『教学博士』で学んだ。中学の授で、『教学博士』から学んだ知識を披露して、随分と褒められたこともある。


 子供に本を読ませるのは簡単である。親が読めばいいのだ。幼児であっても、親が本を読んでいると、物凄い気になるものだ。私の元には、母が本を読んでいる傍らで、幼い私が覗き込んでいる写真がある。


 学校へ行っていた時分はスポーツに明け暮れたが、常に本は読んでいた。中学3年で初めて上京し、信濃町の出版センターに行った際、母から「何か欲しいものはある?」と尋ねられ、「『若き日の日記』」と答えた。ということは、学会出版物も読んでいたようだ。


 私の人生を変えたのは、小説『人間革命』だった。最初に読んだのは高校3年の時である。3ヶぐらいで一気に10巻を読了した。それこそ、毎日のようにバレー部の部室で皆に講義をし、友人に教えまくった(笑)。私は動を自分の胸に秘めていることができない質(たち)なのだ。もうね、「凄い!」「凄い!」の連発だよ。読書文を学校に提出しようとしたが、母から止められた。


 それからというもの、家にある本棚二つの学会出版物を2年ほどで読み終えた。『折伏教典』を読んだ時は、直ぐに試してみた。アルバイト先の社長のお母さんが天理教の教会の会長をしていた。仕事をしながら、30分ほど破折しまくった。向こうは何一つ反論ができなかった。私は世界を制したような錯覚に陥った(笑)。


 23歳までに、学会指導を記したノートは13冊になっていた。同時に御書全編も二度、読破した。


 30歳になるまで、聖教新聞に掲載された指導は3回繰り返して読んだ。最初は赤で線を引き、次に青、最後は黒と変化をつけた。


 先生の言葉に打ちのめされるほどの動を覚えながら、私は青春時代を生きた。そして、貪るように求め続けた。


 宗門問題直後、小説『人間革命』が再び連載されることになった瞬間のあの歓喜! そして、古い指導を読むたびに学会の歴史が、私の骨肉に刻み込まれた。「先生の魂に触れることができる!」――これほどの動が他にあろうか。私にとっては、先生の言葉こそ無上の宝なのだ。


 私を形成している9割は、先生の言葉と、先輩から受けてきた訓練である。今の私があるのは先生のおかげだ。先生なくして、我が人生はあり得ない。


 残ながら、私よりも先生の指導を読んでいる学会員を見たことがない。古いものも含めて、私が読んでないのはトインビー以外の対談集だけである。


 だからこそ、若いメンバーには私以上に読み抜いて欲しいし、実践し抜いてもらいたい。


 というわけで、再び「創価データベース」のメンバーを募集! ふるってご参加願いたい。

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