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2007-08-14

基本的な言葉遣い


確認事項」に追加しようかとったが、古いページはあまり見られない可能があるので、ここに書いておこう。


 目上の人の前で「俺」を使うな。そんなことも知らない若造が多い。私は高校生の頃から知ってるよ。国語の時間で習ったから(笑)。


 現代国語の先生云く、「自分を指す言葉は色々ありますが、何を使うかは相手によって変わります。『俺』に対して『お前』、『僕』に対して『君』、『私』に対して『あなた』がセットとなる。だから、先輩や先生の前で『俺』を使うのは失礼です。本当であれば『私』と言うべきだが、まあ、皆さんはまだ高校生だから、『僕』で勘弁して上げましょう」と。


 この先生、子供の自立を育む目的で、我が子を「さん付け」で呼ぶよう、奥方に強制しているとエピソードも紹介していた。


 頭の悪いお笑い芸人の影響が強いとわれるが、基本的な言葉のTPOも知らない者が話芸で成功するはずもない。

若き先生を折伏した戸田先生の言葉


 私の入信の日──昭和22年(1947年)の824日は日曜日であった。大変に暑い一日であったと記憶している。

 当時は入会の儀式の勤行が今よりもゆっくりで、慣れていない長時間の正座で足が痛くてしかったことをい出す。

 私は戸田先生の人格を慕い、深遠な哲学を求めて入会したが、宗教そのものには抵抗があった。

 父親は私の入会に猛反対であった。父と私の間に入って母は大変にしんだ。

 そうした私自身の体験に照らしても、新入会の方々の境がよくわかる。

 その味から私は、入会当時の戸田先生の激励のご指導を、そのまま伝えさせていただきたい。

 これも、私が若き日から記録し、留(とど)めていたものである。

「これから長い人生である。どういう宿命が待ち構えているか知れない。いつ、どのようになるかもわからない。一生涯、悠々と人生を生きていける信と哲学が、絶対に必要である」

「今後、年老いて振り返った時に、どれだけ自分が有義な人生を生きたか、価値ある人生を生きたかが大事である。

 特に、死という問題に立ち至った場合、悠々と総仕上げを飾っていけるかどうか。その時に悔いるようなことがあっては、断じてならない。人生は一瞬のうちに年をとってしまうものだ」

「一切の人生航路、生命航路の現実は厳しい。それを打開していく根本こそが、この大聖人法である。その法を、青年らしく勉強し、実践してみなさい」

 この師匠の指導の通りに約60年間、私は法を実践してきた。先生が教えてくださった通り、最高に有義な、最大に価値ある人生を生き抜いてくることができた。

 新入会の皆さんにとっても、入会の原点の日が10年先、20年先に、どれほど重要な人生の記日となっていくことか。

 そのことを、どうか晴れ晴れと確信し、良き先輩とともに、良き同志とともに、前進していっていただきたい。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-17 長野研修道場


 そして今日、師弟の邂逅(かいこう)から60周年を迎えた。それはまさしく、「人類の運命を変える出会い」だった。「長生きできない」と言われた身体で、半世紀にわたって指揮を執られ、世界に法を宣揚された。教史3000年においても、これほどの指導者は存在しなかった。既に世界中の識者が、「世界を救う言葉」として、先生のスピーチにを傾けている。


 その先生も間もなく80歳になられる。通説では、釈尊説法を終えたとされる年齢である。我々は、先生が死ぬまでこき使おうとしている。本当にそれでいいのか?