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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2007-08-15

最後は信心があるかどうか


こそ大切」である。

 どういう、どういう一で戦っているか。最後は、信があるかどうかが厳しく問われていく。

 日蓮聖人は、東海道で勇敢に信を貫いた南条時光に仰せである。

日蓮の弟子たちのなかで、法門をよく知っているかのような人たちが、かえって間違いを犯しているようである」(御書1546ページ、通解)

 大聖人の時代も、学識があるとされていた弟子のなかに、かえって邪義に染まっていく人間がいた。尊大ぶって師を教訓し、批判し、後に反逆していく輩もいた。

 創価学会も、こうした「師子身中の虫」と徹して戦った。善悪を明快に叫んできた。だから発展したのである。


東京・関東・東海道合同研修会 2006-08-17 長野研修道場


 呼吸が合ってきている。今日付の聖教新聞に掲載された「全国最高協議会 7」と重なる指導。


 男は「面子(めんつ)」のために戦い、女は「見栄」が目的となっている傾向が強い。そのが、組織の中で犠牲者を出す結果となる。


 特に婦人部幹部は、まともな社会経験が少なく、世間知らずが多い。“組織”という狭い世界が人生の大部分と化し、「役職が全て」という人物も珍しくない。本部職員も全く同様だ。


 現代における「法門をよく知っているかのような人たち」とは、職員・議員・創大出身者と考えれば間違いなかろう。対象者は信を奮い起こして、三位房になることなかれ。


 破折精神とは、間違っていることを「間違いだ!」と言い切る精神である。身内(学会員、及び幹部)に対して甘い人が、外に向かってまともな折伏など出来るはずもない。


 組織が正義によって貫かれていれば、会員は歓喜に満ちて活動しているはずだ。なぜなら、正しい信を貫けば、確実に幸福になっているからだ。日々、々、年々に成長の節を刻んでいることだろう。


 一方、小さな邪悪を見逃している組織は、ドブのように澱(よど)んでいる。上の連中は気づかないが、悪臭紛々となっていて、末端の人々は鼻をつまんで我慢しながら活動している(笑)。指の力がなくなった人々は、悪臭に耐えられず家に引っ込む結果となる。「下から上を動かせ」とは言うものの、実際のドブ掃除は実に大変だ。


 負け犬の惰弱なに、勝利の因を吹き込もうとされている先生のを知ろう。この下半期、「善良な会員」を讃え、「悪い幹部」を突き上げろ!

終戦記念日


 TBSラジオで、秋山ちえ子さんが『かわいそうなぞう』を朗読していた。毎年行っており、既に40回目を数えた。何度聴いても、胸が掻きむしられるようないがする。平和への地道な営みが尊い。秋山さんは既に90歳である。話もわかりやすく、実に姿勢の正しい人物である。


かわいそうなぞう