Hatena::ブログ(Diary)

斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 創価王道を検索

2007-08-24

昭和54年問題


 今日付の聖教新聞に掲載された正木理事長の寄稿は、極めて重要である。研修会での指導が、今まで以上に具体的な内容となっていることを併せると、何らかの覚悟がじられる。


 個人的には、「第一次宗門問題」という見方から、「昭和54年問題」として総括されることになると見ている。


 正木さんは最も尊敬する幹部の一人だが、如何せん「当時は、権力がなかったので何もできなかった」という内容になってしまっている。昭和54年に正義が通らなかったのは、学会本部で政治が行われていた証拠である。


 更に決定的なことを書いておくと、山友を抑える責任があった当時の青年部幹部は、一体誰だったのか。そこまで明らかにする覚悟がなければ、せっかくの正木さんの話自体が、「新たな政治方針」で終わる可能がある。


 この問題は、副会長クラスでも口を噤(つぐ)んだままの幹部が多い。

能化の光久日康が日顕を批判


 能化の光久日康が公然と日顕批判のをあげた。批判発言の要旨は、1.今日の宗門の疲弊を招いたのは学会を破門したことに原因がある、2.宗門トップはその非を謝り、学会トップと話し合うべきだ、というもの。


 光久はこれまでも同趣旨の発言を非公式の場で繰り返してきたが、5、日如の台湾親修に同行した際、旅先で坊主たちを集め、“このままでは広宣流布はできない。学会との修復なくして、宗門に明日はない。若い人たちはやっていけなくなる”と話した。さらに6に入ると、法華講にも中を語ったようである。


 この光久の発言に対して、日顕は異常なまでに激怒。手先である八木、信彰を使って追及させた。


 光久を本山・宗務院に召喚して関東大布教区の大支院長と東京第一布教区の支院長を辞任に追いこんだようだ。さらに、29日の全国教師講習会の席で謝罪をすること、光久が住職をする妙縁寺に八木が行き、所属の法華講に今回の光久発言が大問題であることを話すことを決定した。


 日顕は、光久と会う前の八木と信彰を呼びつけ、事前に対応策を打ち合わせたうえでの処分を決めたようだ。


 光久発言の背景には何があるのか。光久は長年、日達法主のもとに仕え、学会と僧俗和合の道を歩んできた歴史の生き証人である。光久自身も学会寄進2ヶ寺目の軽井沢・妙照寺の住職となった経緯もあり、学会に対する認識も深い。富士宮の片田舎の弱小教団にすぎなかった宗門が学会の外護のもとで急発展し、隆盛した事実を誰よりも知っている。


 最近も、「以前からこういういでいた。このまま死んだら悔やまれる。今までの流れもわかっている。いたたまれないでいで話している。単純に批判しているのではない」と話している。


 それにしても、日顕が異常なほど自ら処分に関わろうとすることが何を味するのか。学会を破門して以降の日顕はやりたい放題であった。池田誉会長のに嫉妬し、学会員の取り込みを狙い、学会を破門はしたものの学会員が20万は宗門にくるだろうとの目論見は見事に外れ、法華講は全く増えず収入も激減、宗門は先細りの一方。約600ある末寺のうち、半数あまりが援助寺院に転落し、修理もできず荒れ放題の寺も出てきている。大都市の富裕寺院ですら預金を切り崩し、前途は暗い。こうした宗門の衰退を招いた張本人が日顕であることは明白であり、その事実が白日のもとにさらされるのを恐れるばかりに、日顕は光久の口封じに懸命なのである。


 次の舞台は29日、本山に全国の住職が一堂に会する全国教師講習会。そこで光久が何を発言するのか、集まった坊主たちがどんな反応をみせるのか、注目される。


【『短信』423号 2007-08-23

汝らの持場を守れ


「わがともがらよ、兄弟たちよ、汝らの持場を守れ」

 イタリア・ルネサンス期の大詩人アリオストの叫びだ。

 人間の尊厳のために、断じて守り抜くべき場所がある。

 正義の栄光のために、断固と勝ち抜くべき闘争がある。


【「世界の大学への道」11 イタリア ボローニャ大学/聖教新聞 2007-04-22】


 譲っていいところと、譲れないところが明確になっているかどうか。高貴なる魂は絶対に邪悪を許さない。傷つけられた人がいれば、瞬時に行動を起こす。これは、“考えて”できるものではない。


 闘争の基本は陣取り合戦である。


 第六天の魔王十軍のいくさををこして法華経の行者と生死海の海中にして同居穢土をとられじうばはんとあらそう、日蓮其の身にあひあたりて大兵ををこして二十余年なり、日蓮一度もしりぞくなし、しかりといえども弟子等檀那等の中に臆病のもの大体或はをち或は退転のあり(1224頁)


 我々の勝利は、民衆の連帯を築くことにある。その眼目は、リーダーの境涯を拡大することに尽きる。つまり戦いといっても、汝自身の胸中より始まり、汝自身の境涯によって決まるのだ。


 公明党が政権与党になってからしくなったのは、大義分がわかりにくくなった点である。ただ、それは世法のレベルの問題であって、法の大義とは別物である。


 複雑な社会の波が組織にまで及んでいる。その中で本物の池田門下生となるためには、正義の剣を抜いて戦うしかない。抜いたのはいいけど木刀だった――こんなんじゃ、しようがないよ(笑)。


 子を守るための力を蓄え、智を身につけることこそ、訓練の目的だ。


 今日は、先生の入会記日――。

2007年夏の甲子園決勝戦/広陵vs佐賀北


 広陵の監督が審判のジャッジを批判したとのこと。後味の悪さが残った。押し出しとなった一球だが、動画を見る限りでは微妙だ。


 そもそも、疑問にじることは、どうしてベンチにいる監督が正確なストライクゾーンを知ることができるのか? 無理だろう。とすると、ピッチャーの驚く顔や、キャッチャーがミットで地面を叩いて悔しがった動作から「ストライクと確信するに至った」ということなのだろうか。


 ミスジャッジ(誤審)について――。審判というのは、キリスト教のから生まれている。つまり、「神の審判」ということ。だから、“神様が間違えるはずがない”という強迫観に支えられている。でも、実際の審判は人の子だから、間違えることもある。


 広陵の監督に対しては、田部和裕参事が口頭で注をし、脇村春夫会長が「野球において審判の判定は最終のものなので、それに異議を挟むことはできない。指導者として十分注してほしい」と話した。まあ、この連中は官僚だから、予通りの展開といえる。審判の判断を絶対視する姿勢からは、「フェア(公正)なゲーム」よりも、審判の立場を重んじる封建的な体質が窺える。


「平等なルール」が損なわれる現実があるのだから、何らかの対策が必要だろう。こんなところにも、キリストの限界があるようにじる。


 でも、特待生制度という不平等が元々存在するんだけどね(笑)。公立の進学校である佐賀北の勝利は、普通の高校生でも全国制覇できることを証明したものであり、万人にありとした十界論に通じる。