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2007-08-24

能化の光久日康が日顕を批判


 能化の光久日康が公然と日顕批判のをあげた。批判発言の要旨は、1.今日の宗門の疲弊を招いたのは学会を破門したことに原因がある、2.宗門トップはその非を謝り、学会トップと話し合うべきだ、というもの。


 光久はこれまでも同趣旨の発言を非公式の場で繰り返してきたが、5、日如の台湾親修に同行した際、旅先で坊主たちを集め、“このままでは広宣流布はできない。学会との修復なくして、宗門に明日はない。若い人たちはやっていけなくなる”と話した。さらに6に入ると、法華講にも中を語ったようである。


 この光久の発言に対して、日顕は異常なまでに激怒。手先である八木、信彰を使って追及させた。


 光久を本山・宗務院に召喚して関東大布教区の大支院長と東京第一布教区の支院長を辞任に追いこんだようだ。さらに、29日の全国教師講習会の席で謝罪をすること、光久が住職をする妙縁寺に八木が行き、所属の法華講に今回の光久発言が大問題であることを話すことを決定した。


 日顕は、光久と会う前の八木と信彰を呼びつけ、事前に対応策を打ち合わせたうえでの処分を決めたようだ。


 光久発言の背景には何があるのか。光久は長年、日達法主のもとに仕え、学会と僧俗和合の道を歩んできた歴史の生き証人である。光久自身も学会寄進2ヶ寺目の軽井沢・妙照寺の住職となった経緯もあり、学会に対する認識も深い。富士宮の片田舎の弱小教団にすぎなかった宗門が学会の外護のもとで急発展し、隆盛した事実を誰よりも知っている。


 最近も、「以前からこういういでいた。このまま死んだら悔やまれる。今までの流れもわかっている。いたたまれないでいで話している。単純に批判しているのではない」と話している。


 それにしても、日顕が異常なほど自ら処分に関わろうとすることが何を味するのか。学会を破門して以降の日顕はやりたい放題であった。池田誉会長のに嫉妬し、学会員の取り込みを狙い、学会を破門はしたものの学会員が20万は宗門にくるだろうとの目論見は見事に外れ、法華講は全く増えず収入も激減、宗門は先細りの一方。約600ある末寺のうち、半数あまりが援助寺院に転落し、修理もできず荒れ放題の寺も出てきている。大都市の富裕寺院ですら預金を切り崩し、前途は暗い。こうした宗門の衰退を招いた張本人が日顕であることは明白であり、その事実が白日のもとにさらされるのを恐れるばかりに、日顕は光久の口封じに懸命なのである。


 次の舞台は29日、本山に全国の住職が一堂に会する全国教師講習会。そこで光久が何を発言するのか、集まった坊主たちがどんな反応をみせるのか、注目される。


【『短信』423号 2007-08-23

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