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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2007-08-25

「衆院は中選挙区制に戻すべき」 公明・太田代表


 公明党の太田代表は24日、衆院の選挙制度について「中選挙区制にすることが非常に大事なことだ」と述べ、中選挙区制を復活させるべきだとの考えを示した。ラジオ番組の中で語った。

 太田氏は、参院選の公明党の敗北は「基本的にとばっちりだ」と述べた上で「政策を勉強し、実績を上げてきたことが、ばんそうこうを張った人が出たら一瞬に吹き飛んでしまう」と指摘。小選挙区ではさらに「風」が選挙結果に影響を与えるとの考えから「小選挙区制は政権交代を可能にするというが、ポピュリズム大衆迎合)になる」と述べた。

 公明党は99年秋に自自公連立政権に参加する際に中選挙区制の復活を求めており、太田氏の発言はこうした党の考えを改めて強調したものだ。

 一方、太田氏は、民主党との連立を組む可能については「現時点ではない。自公連立であくまでいこうということは固まっている」と述べた。


日新聞 2007-08-24

『がんばれば、幸せになれるよ 小児ガンと闘った9歳の息子が遺した言葉』山崎敏子


 行間から祈りのが聞こえてくる――。


 先日の「24時間テレビ」でドラマ化された作品。ドラマの方は見るに堪(た)えない代物だったが、著作は「2冊買って、1冊誰かにあげあたくなる」ほど素晴らしい内容だ。


 山崎直也君は9歳でこの世を去った。ユーイング肉腫という悪の癌に侵(おか)されたのが5歳の時。短い人生の約半分を闘病に捧げた。


 平凡な両親の元に生まれた直也君は、“現代の竜女”といってよい。どんな痛みにも弱音を吐かず、再発する度に勇んで手術に臨んだ。


 それにしても、直也君の言葉は凄い。まるで、「年老いた賢人」のようだ。


「おかあさん、もしナオが死んでも暗くなっちゃダメだよ。明るく元気に生きなきゃダメだよ。わかった?」


 直也自身、少しでも体調が悪化すると、

「山崎直也、がんばれ!」

 そう口に出して、自分で自分を励ましていました。16日の呼吸困の発作のさなかにも、「落ち着くんだ」といっていたような気がします。

 あの日、しさが少し治まってから、直也はこうもいいました。

「おかあさん、さっきナオがあのまましんで死んだら、おかしくなっていたでしょ。だからナオ、がんばったんだよ。それでもしかったけど。おかあさんがナオのためにしてくれたこと、ナオはちゃんとわかっていたよ。『先生早く!』って叫んでいたよね。でも安して。ナオはああいう死に方はしないから。ナオはおじいさんになるまで生きたいんだ。おじいさんになるまで生きるんだ。がんばれば、最後は必ず幸せになれるんだ。しいことがあったけど、最後は必ずだいじょうぶ」


 夜10時過ぎ、直也は突然落ち着かない様子で、体を前に泳がせるようなしぐさをしました。

「前へ行くんだ。前へ進むんだ。みんなで前に行こう!」

 びっくりするほど大きな力強いです。そして、まるで、迫り来る死と闘っているかのように固く歯を食いしばっています。ギーギーという歯ぎしりの音が聞こえるほどです。やせ衰えて、体を動かす元気もなくなっていた直也のどこにこれだけの力があったのかと驚くほど、力強く体を前進させます。


 ある日、私が病院に行くと、主任看護婦さんが、「おかあさん、私、今日、ナオちゃんには動したというか、本当にすごいなとったんだけど」と駆け寄ってきました。直也は、

「この痛みを主任さんにもわかってもらいたいな。わかったら、またナオに返してくれればいいから」

 といったそうです。「えっ、痛みをまたナオちゃんに返していいの?」とびっくりして聞くと、

「いいよ」

 と答えたそうです。

「代われるものなら代わってあげたい」。よく私もそういっていました。でも直也はそのたびに力を込めて「ダメだよ」とかぶりを振り、

「ナオでいいんだよ。ナオじゃなきゃ耐えられない。おかあさんじゃ無理だよ」

 きっぱりとそういうのです。


 何だか自分が、ダラダラと走るマラソンランナーみたいな気になってくる。直也君は、人生を全力疾走で駆け抜けた短距離ランナーだった。「生きて、生きて、生きまくるぞ!」と言った通りに生きた。


 山下彩花ちゃんといい、直也君といい、幼くしての使命を果たす生きざまに圧倒される。

がんばれば、幸せになれるよ―小児がんと闘った9歳の息子が遺した言葉 (小学館文庫 や 6-1)

人の苦悩に対して想像力を広げることから「同苦」は始まる


 題目をしばらく唱え、鈴(りん)を叩いて御観文に入ろうとすると、伸一の背中に、ゴツンと後ろにいた青年の頭が当たった。

 視覚に障害があることから、伸一との距離がつかめなかったのである。

 頭をぶつけた青年は、慌てて後ずさりし、恐縮して小さくなっていた。

 伸一は、メンバーの労を深くじ取った。そして、皆が一人ももれなく、信を根本に強く生き抜き、なんとしても幸福な人生を勝ち取ってもらいたいと、ひたぶるに祈するのであった。

 一つの事柄から、何をじ取るか。人の悩に対して像力を広げることから、「同」は始まるのである。配慮とは、人をいやる像力の結晶といえよう。


【『新・人間革命』宝塔43/聖教新聞 2007-04-24付】


 どんな団体であれ、組織資本主義的な色を帯びるのは仕方のない側面がある。一つの目的に向かって「競い合う原理」が働かなくなれば、集まる味がない。


 だが、責任ある立場の人々が競争原理にどっぷりと浸(つ)かってしまえば、構成員は手段として利用される結果となる。我々の立場で言えば、「何のために広宣流布をするのか」ということが最重要となろう。


 先生の人間主義が、世界を潤(うるお)す時代となった。しかし、組織は悪しき成果主義に毒されている。皆、「おかしい」といながらも、沈黙を守っている。まるで、オメルタマフィアによる沈黙の誓い)のようだ(笑)。


 参院選挙の渦中、日新聞東京版に学会を批判する投書が掲載された。会館で行われた座談会の終了後に模擬投票をしたことを問題視する内容だと記憶している。投稿した方は、普段、活動してない会員で、講演を頼まれたと伝えられている。直後に何通かのメールが寄せられた。云く、「どうやって切り返せばいいんですか?」。


 これこそ、今の組織を象徴する問題であると私はじた。日新聞の政治的な惑は別としても、投書の内容は頗(すこぶ)るまともである。模擬投票という行為が、時に選挙権を侵害するケースも出てくることだろう。身内では“当たり前”とってきたことが、社会で通用しない場合もあるという好例である。このように、真っ当な見であっても、組織防衛の本能が優先的に働いてしまい、拒絶反応を示すのだ。


「上から言われることは正しい」とい込み、自分で判断することを怠ると、必ず誤解が生じる。先の問題は、「学会の成熟度」が問われているのではないだろうか。


 組織で打ち出しが多いのは、「指示を出さなければ末端は動かない」という民衆蔑視によって支えられている。利口な会員はロボットになる道を選び(笑)、器用じゃない人は大リーグボール養成ギプスを装着する羽目となる(笑)。


 学会は人間主義なんだから、人間で勝負しろ。