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2007-08-26

『ものぐさ社会論 岸田秀対談集』


日蓮、現実を真に見据えた人


岸田●我々が「見ていない現実」というのは常に、都合の悪い、見たくもない現実ですけれども、その折々の「見たくない現実」というのは、時代によってそれぞれ内容は変わっているとはいます。日本だけではありませんが、とくに日本という国はいろいろな現実を隠蔽して成り立ってきた国ではないかといます。都合の悪い現実を見ようとする動きもむろんあるわけですけれども、隠そうとする動きもあって、見ようとする動きと隠そうとする動きが対立抗争してきて、むしろ隠そうとする動きが優位に立っているのが日本の歴史だ言えるといます。また、隠そうとするいう動きも別にまとまっているわけではなくて、いろいろな隠し方があり、あっちの人が見ていることをこっちの人は見ていない、こっちの人が見ていることをあっちの人は見ていないというようなこともあるわけですね。現代という時代を、日本人がいちばん見たがっていない現実とは何かという観点から見るならば、この時代の歪みというか閉塞状況といいますか、この時代には何かよく分からないようなことがいっぱいありますが、そういうことがいささか見えてくるんじゃないかと考えます。(中略)


石川●いまの岸田さんのおっしゃった発言の内容からいくと、やっぱり危機をどういうふうに受け止めるのか、あるいは持つのかという問題だろうといます。日蓮の時代は、いまも言われたように末法への識が非常に強いものがあったし、現実に飢饉だとか、疫病だとか、地震とかが起こり、「生と死」というものが非常に現実的に、絶え間なく起こっているというところがあるわけですね。そういう味ではしみというのが抽象的なものではなくて、まさに死体が町中にゴロゴロ転がっている。そういう現実が絶えずあるわけです。そういう味では、いつ死ぬか分からない。そして、もちろんそれによって家庭が崩壊する、親子、夫婦が途端に離れ離れになるといったような厳しい現実が眼前にあるということですね。そういうなかからの末法識というものが、非常に強くあったのではないかとうわけです。

 そのなかで、いったい人間というのはどういう点にの置き所をおくべきなのか。そういう問題が絶えず問われていたんじゃないかといます。いわば現代的に言うと、これは岸田さんのご専門ですけれども、まさに行動基準、あるいは人生の指針というものをどこに置くべきなのかということが絶えず問われていたということですね。

 そのなかで、日蓮の目というのは絶えず現実に注がれている。


岸田●北条の鎌倉幕府というのはおかしな政権で、正統がどこにあるのかよく分からない。鎌倉幕府というのは12世紀の終わり頃ですか、源頼が開いたということになっていますが、奥さんの北条政子の里の人たちが、いつの間にか取って代わって……(笑)、源頼がつくった鎌倉幕府は廷との関係がすっきりせず、果たして日本全国の支配者だったのかどうか、あるいは日本の支配権を京都の廷と二分していたのか、それとも廷に任命された征夷大将軍だったのか、その辺が曖昧だったんですが、その曖昧さはそのままで、そうこうするうちにいつの間にか源氏が北条氏になって、北条氏は執権と称したんですが、執権というのが将軍とどういう関係にあるのか、またよく分からない。そういう政権の正統の曖昧さを、日蓮がはっきり指摘したかどうか知りませんけれども、その曖昧さを直的にじ取っていたのではないか。


岸田●私はよく言うんですが、日本のテレビ番組の時代劇は水戸黄門とか、遠山金四郎とか、権力側の代表者が最後に出てきて事件を解決するという筋書きになっているのが多い。悪代官がいて悪いことをしている、そこに水戸黄門が出てきて解決する。村の人たちが怒って団結し、悪代官をやっつけたという時代劇がないんですね(笑)。だから国民の側に、全知全能の立派な為政者にすべてを任せれば、うまくやってくれるという期待があるんじゃないか。そういう虫のいい幼児的な期待を国民がもっていると、為政者の側としては非常に騙しやすいということになるんじゃないかとうんですけれど。国民を騙す為政者が出現するというのは、そういう期待を捨てない国民の責任ですよ。


ひろ●1232年(貞永元年)に「貞永式目」(正しくは「御成敗式目」)が制定されると養老律令が停止されてしまう。ですから、法然上人、親鸞聖人が島流しになったときは、まず僧籍を剥奪して、そして一般人に戻して流罪という刑を科しています。これは、僧にはいきなり国家権力は介入できない。教団は治外法権ですから。だから、一遍、僧を俗人に戻さないといけない。そうじゃないと処分できないわけですね。ところが「御成敗式目」以後はそうではない。日蓮はいきなり「首切り」の処分を受ける。これは単に悪口を言った、治安を乱したというだけでの処刑ですね。ですから、養老律令に照らしての処分じゃない。ただ軍事政権が、戒厳令政府が勝手にやったものですね。


【※岸田秀、石川教張、ひろさちやの3氏による対談】

ものぐさ社会論―岸田秀対談集 (岸田秀対談集)

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