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2007-11-30

任用試験


 メールで相談を寄せてきたことがきっかけで知り合った新入会の友が、見事合格を果たした。宿命の嵐が吹き荒れる中で勝ち取った栄冠である。私の叱咤激励にもよく耐えた(笑)。自己採点では満点だったとのこと。涙が出るほど嬉しい。

釈尊の生没年


 インドでは、歴史や地理を記録するということがなかったので、釈尊の生存年代を決定するのは極めて困なことである。

 セイロン、ビルマ、タイなどの国は釈尊の生涯を、

  紀元前624〜前544年

 として、1956年に滅2500年の記行事を行なった。西洋の大半の学者は、マガダ諸王の年代論と一致しないことと、11世紀中頃より先に遡ることができないことを理由にこの説を拒絶している。その代わりに、セイロンの『島史』『大史』に基づいた算定を行ない、いずれも滅を紀元前480年前後としている。その中でも有力なものは、J.Fleet(1906、1909)、W.Geiger(1912)、T.W.Rhys Davids(1922)らによって採用されている

  紀元前563〜前483年

である。類似のものとして、H.Jacobiの「前564〜前484年」説もある。

 このほかMax Mullerの「前557〜前477年」説、Filliozatの「前558〜前478年」説もあるが、これは、異説の多いプラーナ(古伝書)やジャイナ教の伝説に依るものであり、最近では支持されていない。

『歴代三宝紀』に説かれる「衆聖点記」(大正修大蔵経、巻49、95頁以下)、すなわち弟子のウパーリが結集して後、毎年、夏安居(げあんご)が終わった時に代々の長老が伝持した律典に点を記したという記録に従って算定すると、「前565〜前485年」になる。けれども、律蔵が成文化されたのは滅後数百年後のことなので、その間は点を記すことができなかったはずであるという点がある。ウパーリもそのころまで生きてはずがない。

 これに対して、宇井伯寿博士は、滅からアショーカ王即位までを218年とするセイロンの伝説の信頼を批判し、北伝の資料に基づいてアショーカ王と滅の間隔を116年として、

  紀元前466〜前386年

と結論された。

 中村元博士は、宇井博士の説を踏まえつつも、アショーカ王と同時代のギリシア諸王の在位期間について西洋の学者が新たに研究した成果によって、アショーカ王の即位灌頂の年を修正して、

  紀元前463〜前383年

と改められた。この説の立脚点は、滅後100年にしてアショーカが出現したということだが、これは(1)マガダを中とする地域に古くから伝えられたものであること、(2)セイロン上座部を除く各部派に共通であること、(3)セイロン諸王の空位期間を説明しうること、(4)5人の師による伝承としては妥当な期間であり、セイロンの伝説は218年と長きに失するということ、(5)セイロンの伝記が4〜5世紀に作られたものであるのに比べ、北伝は滅後400年ごろに作製されたもので記録が古いこと――などの理由により確実がより高い。平川彰博士も、中村博士の見解を「妥当」と評価されている。


【『仏教のなかの男女観 原始仏教から法華経に至るジェンダー平等の思想植木雅俊(岩波書店)】


 釈尊入滅の年代については数十種類の説があるが、東洋古来の説は、周の昭王24年(紀元前1029年)48日生誕、同穆(ぼく)王52年215日、すなわち紀元前949年入滅と定め、『周書異記』にそれが出ている。天台、伝教もこれを基準とし、日蓮大聖人も用いられたことは「開目抄」によって明らかである。


【『日蓮正宗教学小辞典』創価学会教学部編】

2007-11-29

中途半端は、青年の大敵である


 現代にあっては、トルストイの言う「青春の力」の喪失の傾向は、あまりにも強くなってしまった、と言えるかもしれない。

 自分の殻(から)に小ぢんまりと閉じこもることが、利口な生き方にさえ見える世相になってしまった。しかし、それは自分で自分の首に軛(くびき)をはめ、これでいいんだと自己満足している姿に他ならない。それではわびしい。自分が哀れである。

 青年の無気力を嘆くは、いよいよ強い。そこには様々な背景もあるとう。だが私は、あえて言っておきたい。

「中途半端は、青年の大敵である」と。

 ぼんやりと過ごした「不完全燃焼」の青春は、大きな悔いを人生に残すに違いない。

 何より、それでは「新しい自分」への扉、「新しい世界」への扉を、みすみす閉ざしてしまうようなものである。

 ゆえに、ある味で何でもよい、全力で打ち込める「自分の道」を見つけ、「自分の使命」「自分の理」を見つけることだ。それに向かって、持てる「青春の力」をい切り発揮し、爆発させてゆくことである。

 それでこそ青春である。それでこそ悔いなき人生となる。二度と返らぬ青春を完全燃焼で飾れ、と重ねて申し上げておきたい。


【第2回創価栄光の集い 1989-11-03 創価大学中央体育館】


 青春時代は、人間としての核を築く季節である。長年にわたる私の研究によれば、17〜23歳までの期間を指す。俗に「三つ子の魂百まで」と言われるが、3歳の子が環境の影響を受けやすいのに対して、青春時代は人生の進むべき方向を、自分で選択している側面が強い。


 これは、信仰を持っているか否かは全く関係ない。「どう生きたか」だけが問われる。ロクでもない大人が掃いて捨てるほど存在しているが、周囲に流され、さしたる努力もしてない青春時代を過ごしたことが明らかだ。


 トルストイの言う「青春の力」とは以下――


 トルストイの若き日の作『コサック』に、“青春”を論じた忘れ得ぬ一節がある。

 トルストイによれば、人間は一生にただ一度だけ、「青春の力」をもつことができる。

「青春の力」――それは、自分という人間を、自らのうままに創りあげてゆく力である。

 更に、全世界をも自分のうままにしてゆけるとさえ確信する力である。

 この「青春の力」は、爆発的なエネルギーを秘めている。しかし、それを発揮するチャンスは、若き日にしかない。ひとたび手放してしまえば、チャンスは二度と戻ってこない。


 何と親切なブログだろう! 我ながら驚いている。不勉強な青年部に手を貸してやるのが私の趣味だ(ニヤリ)。


 便利な生活は、人間から“生きる力”を奪い取った。我々の鼻や舌は、既に毒物を選別することができなくなっている。どんなにクンクンと鼻を嗅がせてみても、食品表示の偽装も見抜けない。まあ、腹を痛めなければよしとしよう。


 動物園で飼い馴らされた動物たちは、餌の配が要らない。にも関わらず、檻(おり)の中が快適そうに見えないのはどうしたことか。食べるだけなら、彼等は幸せなはずだ。だが実際は、“与えられる餌”と交換に“野”を失う羽目となる。


 野生の動物は絶えず闘っている。食べることに始まり、天敵からの攻撃や縄張り争いもある。戦いに敗れることは死を味する。


 その味で、「満たされない飢餓」こそ青春のエネルギーであると断言しておこう。以下は、吉川英治氏が裕福な青年に語った言葉である――


 君は不幸だ。早くから、おいしいものを食べすぎ、美しいものを見すぎているということは、こんな不幸はない。喜びを喜びとしてじるが薄れていくということは、青年として気の毒なことだ。


【『吉川英治とわたし 復刻版吉川英治全集報』(講談社:絶版)】


 徒手空拳で理に向かって突き進むことが、青春の特権である。

2007-11-28

『マイティ・ハート 新聞記者ダニエル・パールの勇気ある生と死』マリアンヌ・パール


マイティ・ハート―新聞記者ダニエル・パールの勇気ある生と死


 アンジェリーナ・ジョリー主演で映画化され、1123日より公開中。


訳者あとがき(高濱賛)


 普通の精神の持ち主であれば、その悪夢など二度とい出したくもないだろうし、ましてや当時の経過を克明にたどり、本を書くなどということは考えられないはずだ。ジャーナリストとしての責任がそうさせたのか、その気丈さには舌を巻く。最愛の夫を殺された妻として、その悲しみや犯人への憎しみを彼女はどう克服したのだろうか。

「この悲しみに負けたら私は魂を失ったことになります。犯人たちを憎めば、夫と私を恐怖に陥れ、屈服させ、無力にしようとする彼らのう壷です。犯人を憎み、不幸をもたらした社会を恨み、人生を嘆くことのほうが本当は簡単なのに……。でも私は、父親の顔を見ることのなかった子を幸せにさせるために、この戦いに勝利しようと決めたのです」

 マリアンヌさんが夫に捧げた「A Mighty Heart」という本の原題はむしろ彼女自身にこそ当てはまるといっていい。

 読み進んでいくと、そのの強靭さは、彼女の信仰から出ていることがおわかりいただけるとう。落ち込んだとき、悲しみの極限に身をおいたとき、彼女を支えてくれたのは、18歳のときに入信して以来、ずっと信仰している教(創価学会インタナショナル)だったという。

 彼女は、米公共放送とのインタビューでこう述べている。

「このしい試練を通じて私に力を与えてくれたのは、教の叡智と識見でした」(アメリカン・パブリックメディアマリアンヌ・パールとの対話」2004年429日放映)

2007-11-27

息を吹き返す「族記者」たち


「08年度予算・消費増税」考


ジャーナリスト川邊克朗


「族記者」たちが再び霞が関や永田町界隈を徘徊している。記者クラブを根とする彼らは、「族議員」と同じく、単なる特定の政策分野に明るい専門記者として各省庁の応援団や利益代弁者の役割を果たすだけではなく、省庁からは“特ダネ”の提供はもちろん、審議会等の委員や専門委員として遇され、退職後は再就職先の面倒までみてもらおうという輩である。

 そんな彼らが、2008年度予算の概算要求締め切りが迫った8、「医師不足に160億円」(厚生労働省)、「地方ネット網を整備」(総務省)、「整備新幹線、789億円概算要求」(国土交通省)等々の、各省庁の“目玉予算”獲得に向けたアドバルーン記事を次々と打ち上げ、なかでも7の参院選挙までは封印されていた消費増税論議では、全国紙を中に、「『最大30兆円増税』内閣府試算」などと無批判に報じ、今や財務省や政府税制調査会等が公然と「消費増税の必要」を訴える環境づくりの露払い役となった。

 記者クラブ制度を巡っては、「官・報」癒着の温床になっているとして、かねてから内外ともに批判が集中している。通常、官僚は所管界の企、利益団体等から「情報」を吸い上げて政策立案し、そしてその実現に向けて役所にとって都合の良い情報だけを記者クラブを通じて一般に流布させてきた。この世論誘導のキーマンとなるのが記者クラブのベテラン記者である「族記者」の面々である。

 ところが、旧大蔵スキャンダルを機に成立した国家公務員倫理法(2000年4施行)によって、それまで界との「情報交換」の場となっていた「接待」が著しく減少したため、本当の「情報」の入手が困となり、同時に「官」から「民」へ、との時代的風潮が逆風となって、目敏い官僚たちは早々にサボタージュを決め込んでしまった。

 しかも漂流を続ける、「行政」と「政治」、更に「メディア」のすき間を衝いて忽然と登場した小泉内閣(01年4発足)の強烈なリーダー・シップによって瞬く間に政策決定の主導権が「官邸」に奪われ、「情報」もすべて各省庁から官邸に集中することになる。この政策決定過程の劇的変化によって、従来の「政・官・報」の既得権は完全に破壊され、当然その恵に浴してきた族記者もすっかり活躍する場を失ってしまった。

 ちなみに、この時代に跋扈(ばっこ)したのがテレビの人気バラエティー番組「なんでも鑑定団」をもじった「なんでも(首相)官邸団」である。よりな情報を聞き付けると、即首相にご注進する学者・文化人で、橋本内閣の頃からか、私たち仲間うちで流行り出した言葉だった。しかし官僚組織との協調路線へ再シフトした今の福田内閣になって、「なんでも官邸団」は姿を消した。

 一方「族記者」と生態を同じくする「派閥記者」とて、小泉首相が長年“政治アウトロー”だった故に、既存の大手メディアに何ら気兼ねしない、民放テレビ・ラジオ、スポーツ紙、雑誌重視のメディア対策に翻弄され、遂には特ダネからも見放された大手メディアは逆ギレとなって構造改革路線の小泉首相に「市場原理主義者」等のレッテルを張り、倒閣運動へと駆り立てることになる。

 奇しくも、先の福田自民党と小沢民主党の「大連立」構劇の仕掛け人として派閥記者全盛時代の元“大ボス”の暗躍が罷り通ったことは、最近の「族記者」の復活と軌を一にするものである。

 とはいえ、いずれも記者クラブ制度に巣くい、既得権益を“私物化”する、メディア改革とはおよそ無縁な“守旧派”だけに、12の予算編成大詰めを目前にした「族記者」たちの“健筆”ぶりを読者の皆様も、しっかり目を凝らしてお読みいただきたい。


【「メディア評」/聖教新聞 2007-11-27】


 いやはや、これは勉強になった。

授業で聞いた正視眼の声


 願かなってこの4から、法律学を学ぶ大学1年生です。後期から履修している「憲法」の講義で、教授が発した言葉に驚きました。

 その教授は「自分は無宗教で、あくまでも私的見解」と前置きしたうえで、「わが国における力ある宗教が創価学会である。日蓮によって訓練、淘汰された信に基づく規範識は、法律学的観点から見て、非常に優れた宗教であると言える」と。

 さらに、「宗教的規範とは規範識の中で最も高次元のものであり、その優れた宗教規範を根幹として政治活動を行う公明党は、日本の政党の中において特に信頼に値する政党であるとう」と。

 池田先生学会に対する世界からの顕彰は、本紙や学生部の会合を通してよく知るところでしたが、身近な大学の教授が学会の理を正視眼で理解してくださっていることに大変激して、うれしくいました。(後略)


【「」三重県四日市市 板谷将志(学生)18歳/聖教新聞 2007-11-26】


 文中、「淘汰」とあるが「陶冶(とうや)」の聞き間違いであろう。

新鮮な発想、無限の着想力を発揮せよ


 ともあれ、誰にも真似できない独創をいかに発揮するか。新たな分野をいかに開き、新たな波を起こしてゆくか。ここにこそ、真実の英知の発露があり、あらゆる戦いに勝利しゆく源泉がある。

 新鮮な発、汲めども尽きぬ無限の着力。それは、単なる「知識」から生まれるものではない。「知識」を活用し、生かしてゆく「知恵」こそ、その根本であり、一切の頭脳戦に勝ちゆく「力」である。「知恵」なき「知識」は、卑しい「見栄」や「飾り」となることが少なくない。


【第2回創価栄光の集い 1989-11-03 創価大学中央体育館】


 1985年にソ連共産党書記長となったゴルバチョフ氏が翌年、ペレストロイカを提唱。一躍、時代の寵児となった。ゴルバチョフ氏は共産主義という鋳型に「新考」という風穴を開けた。


 この指導がなされたのは、まだバブル経済の真っ只中である。NTT株が160万円の初値をつけ、わずか2ヶ後には318万円の高値となったニュース(1987年)を覚えている人も多いだろう。人々が好景気に酔っている中で、先生は次代を見据えて、本格的なスピーチを開始された。同時期には、「知の戦国時代」とも指摘されている。


 第二次宗門問題直後、本尊下付ができなくなった青年部は、大学校運動に邁進した。その時に拠り所(よりどころ)となったのが、これらの指導であった。


 云く、「昔の学会セミナーは入り口が広く、出口は狭かった。これからは、誰もが自由に出入りできる場が必要だ」(笑)。環境問題に取り組んだところもあった。牛乳パックや空き缶を集め、学会と世間の垣根を低くすることを眼目とした。


「知恵を出せ!」と若手メンバーが集められた(笑)。普段なら見向きもされない好き勝手な見が重用された。


 たった2年ほどだったが、凄まじい変化だった。本山で行われた夏期講習会と同じく、経験した者にしかわからない世界であった。

2007-11-26

実力、人格、内実を基準とせよ


 さて、今はテレビ時代。このテレビとともに生きてきた世代を「“どう見えるか”の世代である」と言った人がいる。つまり何にせよ、その「内実がどうか」というよりも、「どう見えるか」を基準にしてしまう傾向が強い、というわけである。

 確かに「どう見えるか」を気にする。「どう、いい格好をしようか」「どう自分を飾ろうか」とのいは、青年たちのに強いかもしれない。もちろん、それは若い世代だけのことではない。人間の常であるといってもよい。

 また「どう見えるか」が大事な場合も世の中にはあろう。だが、信の世界だけは、「こそ大切なれ」と仰せのごとく、「が一切を決める」世界である。「一三千」の法理で、「一」つまり「」が、「三千の諸法」――一切の現象を決めていく。

 ゆえに「どう見えるか」という、自分を飾った「虚像」ではなく、自分のが「どうあるか」という、自分自身の内実、「実像」が大事なのである。

 私どもの青年時代を、現代の青年たちと、一概に比較できない面もあるが、草創の青年部は“どう見えるか”とか、外見など一切関係なかった。“創価学会とともに、どう人生を生きるか”“どう広宣流布に戦うか”との一途のいで進んできた。いわば殉教の精神であった。その決でやってきた。

 どんなに会合で上手に話をしたり、立派そうに見えても、それは成には結びつかない。信とはまったく無縁のものである。そんな格好や、表面的な姿で信が決まるものではない。

 大事なのは、その人の「」がどうかであり、一個の人間としての「振る舞い」「修行」が、どうかである(拍手)。


 それに関連して、真の「人材」とは何か、「人材」を見る基準は何か、を述べておきたい。

 それは、結論していえば「信・行・学」があるか、ないかである。社会的地位がある。有である。人気がある――そんなものは信とは関係ない。そんなことにとらわれて、人を判断しては絶対にならない。

 あくまでも「信・行・学」が深いか浅いか。「法」のため、「広布」のために、どこまで戦っているかである。もっと具体的にいえば、一人の信仰者、修行者として、現実にどれだけ「折伏・弘教」をしたか。行学に励んでいるか。新聞啓蒙などによって、信の理解を広げたか。また人々の激励にどこまで行動したか。その「力」こそが、真の広布の人材の「力」なのである。

 根本の「信・行・学」を基準として、その上でさまざまな個や特長を尊重していく。そこに社会的に活躍している人も、すべて生かされていくのである。しかし、「才能」や「学識」だけでは、広宣流布はできない。いわゆる“個的な面白さ”だけでも、法は弘まらない。広宣流布は、そんなに簡単なものではない。


 また、「人」をうまく動かす人を見て“あの人は力がある”“人材だ”という人もいる。だが、根本の「信・行・学」を無視して、要領よく「組織」や「人」を動かし、それをもって、広布の“人材”と考えることは、大いなる誤りである。そういう人は、必ずといってよいほど、「人」を「人間」として見なくなり、「組織」の上にあぐらをかくようになる。そして、みずみずしい信を失って、堕落と退転の道を歩むことになる。ゆえに「人を使う」ことだけがうまい幹部であっては絶対にならない。「組織」の長の立場にある皆さまは、この点をよくよくに刻んでいただきたい(拍手)。

 人間を、その人の人間としての実力、人格、内実以外の基準で見ていくのは、根底は「人間」をバカにしていることになる。と同じく、「人材」を「信・行・学」以外の基準を根本として見ていくのは、信法、更には学会をバカにするである。信仰者として、これは許されることではない。


 次元は異なるが、先日もお話したように、吉田松陰は「忠義の人」と「功業の人」を峻別した。これも“どうあるか”、つまり、どう革命の大義に殉ずるかと、“どう見えるか”、つまり功(手柄)を得て、どう革命の中で評価されるか、との一の違いを鋭くとらえ、叫んだのではないだろうか。この「一」の違いは、小さいようであまりに大きい。


 ともあれ、“いつか広布の時が来るだろう”と、「時を待つ」臆病の人であってはならない。

「時」はつくらなければならない。「時」は自らつくるものである。時代の「変化」に応じ、「変化」についてゆくだけでは足りない。時代に負けないで、時代の新しき「変化」をつくり出してゆく。この人こそ広布の大人材であると私は申し上げたい。


【第22回本部幹部会 1989-10-24 創価文化会館


 かつては山崎正友(元顧問弁護士)も人材だった。原島嵩(元教学部長)も同様。竹入義勝(元公明党委員長)もまた然り。


 当時を知らぬ若い聖教記者が彼等を貶(けな)しているが、「悪人は悪い」という程度の内容にとどまっていて、全く参考にならない。それどころか聖教記者は、後々反逆した彼等に、人材と目されるだけの力量があったことすら無視している。こうした姿勢によって、会長勇退が単なる“過去の歴史”として位置づけられてしまい、現在と未来に生かす視点が抜け落ちている。


 多くの幹部や議員が反逆者について証言しているが、聖教記者と大差がなく、自分達の自戒や反省は皆無といっていいだろう。


 例えば、山崎正友の野に満ちた日常的な発言、原島嵩の酒癖の悪さ、竹入義勝の宝石漁(あさ)り――こうした事実を知っていた人々は少なくなかったはずである。学会本部に進言した義憤の人もいたことだろう。だが、そのは先生のに届くことはなかった。


 学会本部にはびこる官僚主義が、彼等をして反逆させるに至ったと言ってよい。


 もしも今、学会に山崎正友がいたとすれば――私は慄然とせざるを得ない。


 この指導は実に重要な内容で、10年、20年と活動すれば身につくという代物ではない。

2007-11-25

『ママ、笑っていてね ガンと向き合い、命を見つめた娘の贈り物 』猿渡瞳、猿渡直美


ママ、笑っていてね ガンと向き合い、命を見つめた娘の贈り物


 今は亡き猿渡瞳ちゃんの3冊目の著作。


 弁論大会で発表した以下の作文は、既に中学の教科書にも採用されている――


「命を見つめて」(全文) 大牟田市立田隈中2年 猿渡瞳さん


本当の幸せは「今、生きている」ということ

 みなさん、みなさんは本当の幸せって何だといますか。実は、幸せが私たちの一番身近にあることを病気になったおかげで知ることができました。それは、地位でも、誉でも、お金でもなく「今、生きている」ということなんです。


 私は小学6年生の時に骨肉腫という骨のガンが発見され、約1年半に及ぶ闘病生活を送りました。この時医者に、病気に負ければ命がないと言われ、右足も太ももから切断しなければならないと厳しい宣告を受けました。初めは、とてもショックでしたが、必ず勝ってみせると決し希望だけを胸に真っ向から病気と闘ってきました。その結果、病気に打ち勝ち右足も手術はしましたが残すことができたのです。


 しかし、この闘病生活の間に一緒に病気と闘ってきた15人の大切な仲間が次から次に亡くなっていきました。小さな赤ちゃんから、おじちゃんおばちゃんまで年齢も病気もさまざまです。厳しい治療とあらゆる検査の連続でも体もボロボロになりながら、私たちは生き続けるために必死に闘ってきました。


 しかし、あまりにも現実は厳しく、みんな一瞬にして亡くなっていかれ、生き続けることがこれほど困で、これほど偉大なものかということをい知らされました。みんないつの日か、元気になっている自分をい描きながら、どんなにしくても目標に向かって明るく元気にがんばっていました。


 それなのに生き続けることができなくて、どれほど悔しかったことでしょう。私がはっきりじたのは、病気と闘っている人たちが誰よりも一番輝いていたということです。そして健康な体で学校に通ったり、家族や友達とあたり前のように毎日を過ごせるということが、どれほど幸せなことかということです。


 たとえ、どんなに困な壁にぶつかって悩んだり、しんだりしたとしても命さえあれば必ず前に進んで行けるんです。生きたくても生きられなかったたくさんの仲間が命をかけて教えてくれた大切なメッセージを、世界中の人々に伝えていくことが私の使命だとっています。


 今の世の中、人と人が殺し合う戦争や、平気で人の命を奪う事件、そしていじめにした自殺など、悲しいニュースを見る度に怒りの気持ちでいっぱいになります。一体どれだけの人がそれらのニュースに対して真剣に向き合っているのでしょうか。


 私の大好きな詩人の言葉の中に「今の社会のほとんどの問題で悪に対して『自分には関係ない』と言う人が多くなっている。自分の身にふりかからない限り見て見ぬふりをする。それが実は、悪を応援することになる。私には関係ないというのは楽かもしれないが、一番人間をダメにさせていく。自分の人間らしさが削られどんどん消えていってしまう。それを自覚しないと悪を平気で許す無気力な人間になってしまう」と書いてありました。


 本当にその通りだといます。どんなに小さな悪に対しても、決して許してはいけないのです。そこから悪がエスカレートしていくのです。今の現実がそれです。命を軽く考えている人たちに、病気と闘っている人たちの姿を見てもらいたいです。そしてどれだけ命が尊いかということを知ってもらいたいです。


 みなさん、私たち人間はいつどうなるかなんて誰にも分からないんです。だからこそ、一日一日がとても大切なんです。病気になったおかげで生きていく上で一番大切なことを知ることができました。今ではから病気に謝しています。私は自分の使命を果たすため、亡くなったみんなの分まで精いっぱい生きていきます。みなさんも、今生きていることに謝して悔いのない人生を送ってください。


 2ヶ後に他界。瞳ちゃんは見事に生ききった。立派に使命を果たした。合掌。


 猿渡瞳ちゃんの命懸けの叫びを澄ませろ。

2007-11-21

「謙虚な心」には余裕が、「傲れる心」には焦りが


 虚栄や策、慢を捨てた「謙虚」。これほど強いものはない。最終的に頼りになるものはない。

謙虚」には余裕が生まれる。「傲れる」には焦りのみが募る。

「余裕の人」は自分を客観視し、そこから知恵が生まれる。信頼と安を育む。ゆえに勢いが出る。「焦りの人」は正確に物事を見ることができない。愚痴と不安を育て、周囲には迷いばかりが増す。ついには自分をも見失ってしまう。自分が見えなくなった人に、本来の自分の力も、他人の力も引き出せないのは当然である。

 ありのままの自分となって、「十のものを十だけ出し切っていく」。その必死の「一人」に信頼は集まり、強固な結束が生まれる。そして、不敗の「勝利チーム」が形成されてゆく。

 だが、持てる「十を出し切る」ことは決して容易ではない。人間はどこかで力を抜き、余力を残しているものだ。それこそ命懸けの必死の戦いでなければ、本当の爆発力は出てこない。


 ある味で、信とは“手抜き”をしないことである。誰が見ていようといまいと、また、誰が何を言おうと、自分は自分らしく全力を尽くしてゆく。そこに信仰者の強さがある。今日の学会の発展も、全て「懸命な日々」の結実であり、勝利であった。

 私もこれまで「まず自ら動く」「ベストを尽くす」「寸暇を惜しんで働く」――率先してこの姿勢に徹してきたつもりである。

 策や要領のみの人生は、結局は行き詰まり、自ら墓穴に入るであろう。人生と一を真っ直ぐに広布に向け、ひたすら行動してゆくところに、最高の充実と満足がある。限りなく力が湧いてくる。

 ともあれ、本当の「自分」を発揮している人は美しい。輝いている。また、着実に勝利の人生を築いている。


【京都平和講堂落成祝賀 京都記幹部会 1989-10-18 京都平和講堂】


「傲慢」とは役職やキャリアなど、立場に固執する命のこと。「俺が上で、お前が下だ」という姿勢である。「謙虚」とは、池田門下生として同じ地平に立ち、スクラムを組む姿と言えようか。


 後輩からの相談を受けて、馬鹿の一つ覚えみたいに「とにかく、頑張ろう」「とにかく、お題目よ」と語る愚将が多い。「とにかく」の一言が、相手の状況を完全に無視している。悩みを解決しようとって先輩を訪ねたにも関わらず、悩みが増える羽目になることも珍しくない(笑)。


 幹部だからという理由だけで指導を受けると失敗するから気をつけた方がいいよ(笑)。今は、人を選ぶべきだ。では、どういう幹部が望ましいか? それは、「指導を受けている幹部」である。労している人は必ず先輩に体当たりで指導を受けている。だからこそ、人のがわかるのだ。トントン拍子で幹部になっている官僚は、往々にしてが浅い。


謙虚」といっても、相手の話にを傾けることに尽きる。学会幹部の多くは、病的なほど人の話が聞けない。

2007-11-20

「大連立で公明排除」小沢氏発言明かす


 民主党の鳩山由紀夫幹事長は19日、日本記者クラブで講演し、小沢一郎代表が今2日の福田康夫首相との党首会談後の民主党役員会で、自民党と大連立する場合に関して「公明党を入れるつもりはない」と説明したことを紹介。この点について小沢氏は「首相がどう考えているかは分からない」とも述べたという。

 鳩山氏はまた、次期衆院選で勝利した場合の政権の展望に関連し、「自民党全体ではないが、このままの自民党は望ましくないとっている(同党内の)人との連携はあり得る」と述べた。


【産経新聞 2007-11-19】

2007-11-19

一念を定めた祈りが宇宙を回転させる


 本日、まず私が申し上げたいことは、「祈りは具体的でなければならない」ということである。

 例えば、今日一日、無事故で自己の使命を果たせるように。また、出張や旅行等の出発の折も、無事に目的を達するように。

 その他、きちっと一を定めて具体的に祈してゆく。それでこそ祈りは御本尊感応し、「事の一三千」の法理に則って、宇宙のあらゆる次元の働きが、祈りの実現へと回転を始める。

 妙法を信じ、行ずる者の祈りは絶対にかなう。それも祈る側の「強き一」があってのことである。強き一は、目指す的が明確であり、具体的であってこそ生まれる。

 漠然とした定まらない祈り。義務的、形式的な勤行・唱題。それらは信の「惰」の表れである。惰の信は、惰と空虚の回転を生む。

 勤行しないと何となく叱られているみたいだから(笑い)とか、お父さんやお母さんがうるさいし、奥さんの急(せ)き立てるから逃れんがため(大笑い)、しぶしぶ壇に向かう(爆笑)。

 はじめは嫌々(笑い)、途中は“早く終わらないか”(大笑い)。予定通り早く終えて(爆笑)、“ああ、終わってよかった”(爆笑)。

 京都にはこんな人はいないとうが(笑い)、これでは諸天善神も活躍しようがない(爆笑)。


 はっきりしない一では相手に通じない。これは人間同士でも同じ道理である。

 例えば恋人同士でも、男が結婚したいのか、したくないのか、はっきりしない。何となく、そこにいるだけ(笑い)。指輪もくれなければ、プロポーズもない。具体的なものは何もない(笑い)。これでは女の方だって、イライラするのも無理はない(爆笑)。返事のしようもない。


 ともあれ、“法は道理”である。観的な、また真剣さのない祈では、明確な結果は出ない。

 広布のこと、一家と自身のことに関して、絶えず明確で具体のある祈りを重ねてゆく。そこに妙法流布の進展もあるし、宿命の打開もなされてゆくと私は考える。

 例えば「交通事故」にも、事故を起こしやすい傾向を持つ人がいる。無事故を日々真剣に祈っていくことによって、そうした悪い傾向をも修正してゆくことができる。また、諸天に守られてゆく。その他の宿命の転換の方程式も同様である。


【京都平和講堂落成祝賀 京都記幹部会 1989-10-18 京都平和講堂】


 当時、男子部地区リーダーとしてブロック座談会で叫んだ指導。


 祈る内容は何でもいい。自由である。ただ、10年以上も信していながら、自分にとって都合のいい幸福像を描いている人を見ると、吐き気を覚える。「あれが、こうなりますように。これが、ああなりますように」「これだけ祈ったら、このぐらいの功徳があるかな」――こんなものはエゴ以外の何ものでもない。


 そう考えると、信仰とは確かにエゴを肥大させる側面がある。「財務は倍返し」とかね(笑)。「そんな下らない信はやめろ」と言っておきたい。


「祈り」は「おねだり」ではない。「2時間、唱題したんだから、その分は功徳があるはずだ」――かような人を「信のパートタイマー」という。お前の功徳は時給か!


 境涯は祈りとなって表れる。祈っている時の自分が本当の自分だ。だから信は、自分と御本尊にしかわからない世界なのだ。


「貪るは餓鬼」である。どれほど真剣に祈ろうとも、餓鬼界という境涯を脱することはできない。むしろ、強化される結果となるだろう。


 差し迫った生活の課題があるなら、それでも致し方ない。だが、いつまで経っても同じ境涯であれば、「人間革命できない自分自身」をしっかり見つめるのが先だ。


 御いのりの叶い候はざらんは弓のつよくしてつるよはく太刀つるぎにてつかう人の臆病なるやうにて候べし、あへて法華経の御とがにては候べからず(1138頁)


 弱い祈りに御本尊感応しない。御本尊を揺り動かすほどの強靭な祈りが、三千羅列の法界を回転させる。


 譬えば頭をふればかみゆるぐはたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず大地うごけば大海さはがし、教主釈尊をうごかし奉ればゆるがぬ草木やあるべきさわがぬ水やあるべき(1187頁)

2007-11-18

一切の理不尽に反撃せよ


 いかなる策謀、いかなる弾圧にも絶対に屈しない。必ず反撃する。自分の「自由」「信条」を侵(おか)すものは決して許さない。一切を弾き返す。そうした“強き個人”“強き人間”であっていただきたい。

 つまり、不当な圧迫や、いわれなき中傷をされて、弱々しくなってしまうような人間では、偉大な幸福者にはなれない。いかなる嵐の圧迫にも悠然と立ち向かい、切り返し、はね返し、笑顔で前に進む人には、幸福という勝利の旗が翻る。

 ともあれ、法は勝負である。信仰の勇者として、正義と信の戦いには、絶対に負けてはならない。


【創立60周年開幕 広島県記勤行会 1989-10-15 広島池田平和講堂】


 この指導だけ実践してゆけば、必ず勝者になれる。世間に媚び、組織に額(ぬか)づくことなかれ。人間としての矜持(きょうじ)を失えば、奴隷も同然だ。

創立記念日


 本日、創価学会創立77周年の佳節を迎える。私にとっては入会44年の日となる。「それにしても、成長しなくなったもんだ」と呆れ果てる(笑)。

2007-11-17

2007-11-16

創立記念日を祝賀して


 晴れやかに

  創立記

   祝賀せむ

  一千万の

   同志は万歳


 偉大なる

  師弟は不二なる

   広宣の

  輝く流布は

   世界と三世に


 いざや立て

  いざや進まむ

   新たなる

  広宣流布

   大道開きて


 創立記日11.18を

       祝賀記して


 大切な皆様方に謹んで贈る


 わが偉大なる同志 万歳

 わが偉大なる創価学会 万歳

 全世界の同志 万歳


                大作


 2007年1118日

2007-11-15

Spybot


 スパイウェアソフトである。無料で使い勝手がいい。色んなサイトを見ている内に、染しているケースがあるので、何らかの対策が必要だ。私はこのソフトで毎日チェックをしているが、必ず、5〜10ヶ程度が検出されている。

信心は「自分自身の内実」が問われる


 まことに厳しい御指導である。「のみ之を仮りて中に染まざる信薄き者」(537頁)であっては、絶対に成することはできない。むしろ堕地獄である、と。

 信は形ではない。役職のみでもない。年数でもない。「中」に、生命の全体に、「信」を染めきれるかどうかである。

 信の強さ、深さ、正しさというものは、外見ではわからない場合が多々ある。いわんや表面的な“組織の論理”のみでは、見えない場合があまりにも多い。

 あくまでも信は自分自身の課題である。自分自身の内実がどうであるか、その生命の因果の問題である。

 いかなる幹部であっても、それが前だけであり、無責任であれば、むしろ罪をつくってしまう。

 いわんや信を利用し、広布の組織を利用して、自身の利を得ようとするなど、その「」自体が既に地獄界のである。

 広宣流布への責任をもって、ある時はしみ、悩みながら、労を惜しまず、我が色を燃やし、用いてゆく。それは確かに大変であるけれども、責任が大きい分だけ、生命の中に種が大きく育ち、豊かに爛熟(らんじゅく)してゆくのである。三世永遠にわたる「不壊(ふえ)の幸福」の当体になってゆく。

 ゆえに中途半端であってはならない。不惜身命が信の骨髄である。その真の「信伏随従」によって、我が生命を妙法に染めきっていってこそ、成という無限の大功徳がある。

 学会は「広宣流布」へのの団体である。御本尊に照らされたこの妙法の世界で、真剣に信行学の活動をしてゆく。その信強盛の人こそ、現代における「信伏随従」の人である。


【創立60周年開幕 広島県記勤行会 1989-10-15 広島池田平和講堂】


 内道と外道が相対(そうたい)して、内道が勝(すぐ)れる。新入会でなければ、誰もが知る法の法理である。しかしながら現実は、先生が懸されている「組織の論理」がまかり通っている。


 本来であれば、とっくに処分されるべき幹部が、本部職員の立場で抜け抜けと禄を食み、過ちを反省しているメンバーを退会に追い込んでいる。先日、青年部時代の後輩から電話があり、「最近の組織は、まるで『株式会社創価学会』ですね」と言ってたよ(笑)。


 組織である以上は、皆の合が必要である。だが昨今は、会員の合ではなくして、一部幹部の勝手な判断で全てが決定されてしまっている。


 今にしてえば、会長勇退は「組織の論理」そのものではなかったか。学会に降りかかる火の粉を避けるために、師匠を切り捨てたのだ。当時、首脳の一人は言った。「時の流れは逆らえません」と。5.3の記式典の司会者は、「名誉会長に拍手はしないよう」アナウンスした。こうした幹部をどうこうしろと言い立てるつもりはない。最大の問題は、当時の首脳全員が与同罪を犯した事実なのだ。


「信伏随従」とは弟子の覚悟と生きざまである。それにしては、面従腹背の偽者が多過ぎやしないか? 「師弟の偽装表示」だよ(笑)。今度から、インチキ幹部を「事務次官」という仇で呼ぶことを提案したい。


 長い展望に立てば、人事は「会員による投票制」にするべきだとう。会長職は既に投票で決めているんだから、さほど問題はあるまい。

クレームに立ち向かえ! 苦情処理の企業戦略


 先日放映された「ガイアの夜明け」(テレビ東京系列)の番組タイトル。


 企に寄せられるクレームの総数は、1999年と2003年を比較すると約2倍となっている。番組では、小林製薬のお客さま相談センターに初めてカメラが入り、生々しいクレーム対応の現場が撮影されていた。


 寄せられた情は、直ぐ情報分析グループに伝えられる。定外の内容については、担当者がお客さんの自宅にまで足を運ぶ。こうした企努力を営々と築きながら、クレームから新商品を開発してきた。「クレームは宝の山」であり、「クレームがヒット商品を生む」という言葉が素晴らしい。「1件のクレームの背後には20件のクレームが存在する」とも。尚、情処理部門は社長直属の部署。


 番組冒頭では、クレーム処理のコンサルタントが登場。ある病院からの依頼を受けて、ノウハウを教えていた。「まず、クレームを言う側が被害を被っていることを理解しなくてはいけません」。続いて、コンサルタントから問題が出され、いくつかのグループに分かれて討議。テーマは「病院を訪れた患者さんの靴がなくなった。どのように対処すべきか?」というもの。


 私が考えた答えはこうだ。その日に来院した患者に片っ端から電話をし、靴を確認してもらう。靴をなくした患者さんには申しわけないが、取り敢えずサンダルで帰ってもらう――見事に外れた(笑)。


 答え――靴の代金を現金か商品券で渡す。たとえ、3万円の靴でも構わない。なぜか? こうすることによって、この患者さんや家族の方は、多分10年以上、「あの病院は本当にいい病院だ」と色々な人に言うことだろう。宣伝費と考えれば、実に安いものだ。


 共通しているのは、クレームを単なるトラブルとして受け身になるのではなくして、発を転換して能動的に捉えているところ。福井県では「情買います」というプロジェクトを行っている。

 ファーストリテイリングが、100万円の懸賞金をつけて「ユニクロの悪口」を募集したことがい出される。


 いかなる組織・団体であっても、情にを傾けるところが発展する。企にとって「お客様は神様」である。学会においても、「会員が様」という発が求められる。

2007-11-14

千日尼御前御返事


 但法華経計りこそ女人成仏悲母のを報ずる実の報経にて候へと見候いしかば悲母のを報ぜんために此の経の題目を一切の女人に唱えさせんと願す(1312頁)

人は見かけによらない


 今日、ショックなことがあった。この私がショックを受けるということは、その辺の男子部なら3回ぐらい退転してもおかしくないだろう(笑)。何年か経てば、ここに綴ることもあるだろう。


 人は見かけによらない。人それぞれに、複雑な事情があったり、不安や迷い、はたまた悲しみを抱えているものだ。典に云く、「常懐悲(じょうえひかん) 遂醒悟(しんずいしょうご)」と。


 強そうな人にも弱味はある。弱そうに見えて辛抱強い人もいる。表があれば裏もあるのが当たり前だ。裏がわかってしまえば、トランプなんぞ出来なくなっちまうよ(笑)。わからないからこそ人間関係は、信頼と誤解の間を行ったり来たりしながら、常に揺れ動いている。


 私は、そこそこ強い方だ。ふてぶてしいほど逆境に対する耐が身についている。そして、私には「寂しい」という情がないのだ(笑)。宅の細君が、「さみしいね」「悲しいね」とよく口にする。その度に私は、「じゃあ、いっそのこと首でも括ったらどうなんだ?」と親切にアドバイスをしている。


 ここが、普段は品行方正な私の“裏”である。まあ、ブログなんぞでは像もつかないほど口が悪い。サラリーマンではないため、仕事先で怒鳴ることも珍しくない。そして、虐げられてきた人々が行使する暴力に、異様なほどの共を覚えてしまう。の中で何のためらいもなく正当を認め、「何もやらない奴等よりも、はるかにましだ」と大きく頷く。


 私は少々のことでは、へこたれない。問題があればあるほど燃えるタイプだ。だからこそ、弱さを抱えている人々の味方でありたい。他の幹部には言えないようなことでも、私にだけは聞かせて欲しい。常にそうっている。


 ちょっとした環境の変化――正役職を外れたり、引っ越しをしたり、病気になったり、身内に不幸があったり等々――で、人のはバランスを失うことがある。その時、いままで抑制してきた弱さが噴き出す。そういう人々は、予以上に多い。


「温かい一言」「のこもった挨拶」「屈託のない笑顔」――これだけで救われる人もいる。

2007-11-13

本部幹部会


 再々放映に参加。師の指導を拝する度に力が満ち、闘志が沸き、生命が蘇生するいがする。魂が充電されたことで、今抱えている問題の数々が、かなり小さくじられるから不議だ(笑)。


 昭和54年(1979年)の会長勇退の際、全国の同志から怒りの学会本部に寄せられた。一番多かったのが関西からの抗議だったそうだ。歴史の真実を示す重要な事実。東京は、「上の言いなり」になる傾向が強い。そのクセ、幹部が偉そうな顔をしているよ(笑)。

一人立つ


 一人立つと書いて、「一位」とは申すなり。

鉄腕・稲尾氏が急死


 元西鉄ライオンズの投手、稲尾和久氏が13日午前1時すぎ、悪腫瘍(しゅよう)ため、福岡市内の病院で死去した。享年70。1030日、福岡市内の病院に入院し検査を続けてきたが、この日、容態が悪化して帰らぬ人となった。

 現役時代は、まさに伝説の連続だった。西鉄に入団した56年ルーキーイヤーから3年連続日本一に貢献。58年の日本シリーズでは巨人に3連敗しながら、稲尾の4連投で4連勝。奇跡の逆転日本一の主役を演じ「神様、様、稲尾様」と呼ばれた。61年にはシーズン最多タイの42勝を挙げるなど、日本プロ野球界の歴史に大きくそのを残し、プロ野球ファンのに大きな印象を残した。西鉄の監督などを務めた後、ユニホームを脱いでからは、評論家として野球界の発展に寄与していた。

 日本が生んだ鉄腕。「神様、様、稲尾様」と呼ばれる伝説の投球を生んだ九州福岡の地を愛した右腕が伝説の人となった。

【日刊スポーツ 2007-11-13】


 謹んでご冥福を祈る。1028日付の聖教新聞に、元気な姿で登場されていたので驚いた。

2007-11-12

大臣室で「大阪で生まれた女」 舛添さんらBOROに酔う


 ミュージシャンのBOROさん(53)が12日、東京・霞が関の厚生労働省大臣室でヒット曲「大阪で生まれた女」(昭和54年)を熱唱、舛添要一厚労相に加え、BOROさんと親しい冬柴鉄三国土交通相も駆け付けて午後のひととき、渋い歌に酔いしれた。

 VIP室でのライブ直前、筋ジストロフィー症の綾佳ちゃん(享年9歳)との出会いをきっかけにBOROさんが設立した「AYAKA基金」から、同省所管の精神・神経科学振興財団へ100万円が寄付された。

「今、一番大変な両大臣をねぎらう味と筋ジストロフィー研究の推進を願って、1分ほどください」とゲリラ的に歌い出したBOROさんに、舛添厚労相は「いやぁ、大臣室で聞けるとはわなかった。最近、関西に行ってないなぁ」と無量の様子だった。


【産経新聞 2007-11-12】

2007-11-11

2007-11-10

「千手観音」中国障害者芸術団





 圧巻の舞踊である。更に驚愕させられるのは、彼女達が聴覚障害者であることだ。中国障害者芸術団による千手観音。が不自由な彼女達は、振動と共演者同士のだけを頼りに、絶妙なパフォーマンスを展開している。千手観音は観音菩薩の化身。「千の手」には“民衆を漏らさず救う”との謂(いわ)れがある。身体的ハンディをものともしない演技は、見る人をして「人間にとって“自由”とは何か」を考えさせる。尚、中国にはヤン・リーピンという傑出した舞踊家もいる。現代アートの世界においても、中国の画家達が抜きん出た活躍をしている。13億人民マンパワーは底が知れない。

2007-11-09

義母が入院


 1029日、義母が入院した。別の病院での医療ミスが原因だった。かみさんは大層憤慨していたが、私は「これで宿命転換できたな」と実した。


 初めて見舞いに行った時、「オウ、まだくたばってなかったか? 生きてんの?」と笑いながらを掛けた。そう、私は毒蝮三太夫よりも口が悪いのだ(笑)。


 しかしながら言いわけをさせてもらうと、実は私なりの深慮遠謀があるのだ。病人は死を忌避する傾向が強い。だが、死は誰人も避けようがない。死ぬことから目を背け、見ないように誤化すよりも、死と正面から向き合い、自覚することが私は大切だとっている。それが、人生に悔いを残さない秘訣であろう。


 前にも書いたが、ある座談会でのこと。方面指導委員をされている幹部が、退院したばかりのお年寄りにを掛けた。「そうか、危なかったんだ。退院できてよかったね。一番しかった時、『もう死ぬんじゃないかなあ』ってったでしょ? 配しなくていいよ。みんな必ず死ぬんだから」(場内爆笑)。


 あの、あっけらかんとしたユーモアが忘れられない。

小沢騒動の影響


 民主党のドタバタ劇が、支持者不在で行われたことに対して怒りのが上がっている。だが、小沢氏ほどの策士が情に任せて辞を表明することなど、絶対にあり得ない。必ず惑があるはずだ。進退を執行部に一任したことからも明らかである。


 私はどちらかというと、今回の騒動は民主党にプラスに作用するとっている。なぜならば、党内人事は国民にさほど関係がないからだ。誰の懐(ふところ)も痛まない(笑)。


 ところが、先日も書いたように今月から「値上げラッシュ」が始まる。こっちの問題は全国民に関わってくる。つまり、与党にとっては“時間の経過”がリスクとなる可能が高まる。


 私が民主党の代表だったら、値上げラッシュによって国民の不満が溜まりに溜まったところで、解散に追い込むところだ。総選挙が早まるのでは、と噂されているが、やはり明年の春になると踏んでいる。

魂の自由


 ともあれ、あらゆる権威を弾き返し、“魂の自由”を勝ち取ってゆく――。ここに本当の信仰の力がある。


【第11回関西総会 1989-10-12 関西文化会館


 昨日、関西池田記会館にて本部幹部会が行われた。実に7年ぶりの関西入りである。大関西、おめでとう!


 この指導に宗門問題の極があり、本質が言い尽くされている。例えば、上司にペコペコ頭を下げているサラリーマンは、「上司の肩書」の前にひれ伏しているのであって、人間に敬を表しているわけではない。“虎の威”と言ってよい。多くの場合、何らかの利害関係によって強者と弱者の立場が決まる。


 権威に弱い人々は、“魂が不自由”なのだ。世間に縛られ、既成の知識に盲従し、会社組織に隷属している。


 一見、最も自由であるように見受けられる「お笑いの世界」だが、実はデビューした年代で序列が決まっている。彼等の関係においては、芸ではなくキャリアがものを言う。チト、官僚臭いね(笑)。噺家(はなしか)なんぞの影響もありそうだ(入門順の序列)。「古いほど価値がある」というのは、骨董品の世界と変わりがない(笑)。


 家柄、学歴、人気、地位、誉、財産などの類いは、いずれも権威の象徴だ。影響力の大きさを考えれば、マスコミ政治家は更に権威の度を増す。そして、人間が精神によって支えられていることを踏まえれば、・信条に関わる権威が最大のものであり、宗教においては「衣の権威」と呼ばれる。


 淫祠(いんし)邪教の類いがなくならないのは、罪とを絡めたデタラメ話によって奴隷にさせられる人々が多いためだ。「信じること」と「騙(だま)される」ことは隣り合わせだ。オレオレ詐欺を見れば一目瞭然だ。嘘を信じた瞬間から、不幸な人生が始まる。


 我々は「衣の権威」に勝った。しかし多くの会員は、相変わらず「組織の奴隷」だ(笑)。私は違うよ。


 ただし、勘違いしないで欲しいのだが、自由を獲得するには、それなりの力が必要となるので、訓練期間を避けて通ることはできない。「自由」と「不自由」も紙一重だ。「わがまま」と「忍耐」という物差しだけで判断するのは軽挙に過ぎよう。


 下から上を動かせ。それが実現すれば、学会の成だ。真の自由とは、自立することである。青年よ、一人立て! で、その後座るな(笑)。

2007-11-08

薬害肝炎訴訟:“責任を認めない”責任


 薬害肝炎訴訟が大きく一歩前進した。今までの政治家官僚・薬品メーカーの連中には、“責任を認めない”責任があったのだろう。足を踏まれた人が抗議をしたところ、「私は踏んだ覚えはない」といって裁判をやってるようなものだ。しかも、足の跡まで残っているにも関わらずだ。どうやらこの国の法律は、国民の権利を守ってはくれないようだ。


 まともな神経の持ち主であれば、これまで放置されてきたこと自体が信じい。既に5人の方々が亡くなっている。いまだに誰一人、謝罪すらしてないのだ。法的責任については裁判所が判断すればいいが、道義的責任を無視する姿が浅ましい。特に、いけしゃあしゃあと言いわけを並べる官僚どもが、人間の皮をかぶった悪に見えて仕方がない。


 こんな世の中で、子供がまともに育つわけがないよ。裁判員制度が導入されていれば、「関係者全員にフィブリノゲン製剤を投与せよ」と私が命じたことだろう。こんな奴等は血液製剤よりも毒が強いから、死刑にしてもいいだろう。

2007-11-07

「大連立」が問いかけるもの


 小沢一郎党首に振り回されているがあるが、大連立が問いかける問題は深刻だ。衆参の「ねじれ国会」自体は、国民が選択したものである。つまり、民が自民党に「待った」をかけたわけだ。


 小選挙区制は二大政党制を目指して導入された。で、日本の政治の実態は、自民党の「一党支配」が表立っているが、本質は「官僚主導」にある。


 国民が大連立を選択することがあれば、それは「官僚主導政治」を認めたことになる。それ故、「大連立を前提とした中選挙区制の復活」に私は異義を唱えたい。


 一番理的なのは、「政権交代可能な中選挙区制」を考えることだとう。

ブックマークの顛末(てんまつ)


「kechack」氏関連記事に対して、妙な反響があった。善きにつけ悪しきにつけ反応があることは好ましい。


 ブックマークのコメントをざっと一読すれば、ある共通点に気づく。「カルト」「キモい」「キチガイ」「騙(かた)る」などといった単純な印象、あるいは安易な定型化が見てとれる。


 多分、カルトとセクトの違いも理解してなければ、フランス国内におけるスカーフ問題も知らないのだろう。以下のテキストを参照されたい――

 アンチ学会の連中の辞書には「進歩」という言葉がないようだ。一ヶ所にとどまって澱(よど)んでいる様が、濁った水たまりをわせる。何はともあれ、言葉の貧しさに目を覆いたくなる。


 彼(あるいは彼女)等の本質は、学会員による強引な布教に対する劣等を払拭できない点にある。敢えて「強引な布教」と書いたのは、一歩譲っただけであって、一般的にどんな話であっても「熱」が相手に伝わらなかった場合、結果的に「強引」な印象しか残らない。私が、アンチを「おとなしい連中」と決めつける理由もそこにある。


 そのコンプレックスが瞳を曇らせる。例えば、ブックマークのコメントに「プライバシーの侵害」とある。私の行為は、「kechack」氏のサイトで公開されている情報に過ぎず、そのサイトはブログでも紹介されているのだ。


 既に数人の方から情報が寄せられており、「kechack」氏の住所は特定できている(多分)。だが、私が知り得た個人情報をネットでひけらかすつもりは毛頭ない。私は直接「kechack」氏を訪ね、「学会バカ」と言ったことに対して、詫びを入れさせるだけだ。私はその辺のチャラチャラした若造とは異なり、やると言ったら必ずやる男だ。私が「キモい」か「キモくない」かは、「kechack」氏に判断してもらえばいい(笑)。

2007-11-06

私は――


 どうやら私は、アンチ学会連中のナイーブな箇所に爪を立てる傾向があるようだ(ニヤリ)。私の気力が許せば、ブックマークしてくれた面々にお礼を申し上げにゆきたいと考えている。チト、期待外れであった。ま、骨のあるヤツはいないね。

人気沸騰中!


 随分とブックマークされているなあ(笑)。


 私はユーモアが巧みである。ただ、理解する人が少ないだけだ。


 チト、まだ忙しいので講評は明日に――。

2007-11-05

「kechack」さんをプロファイリングしてみる


「やってることが、嫌らしいんだよ! この学会バカ!」という文章から、小質が窺える。自分は好き勝手なコメントやテキストを記しておきながら、ひとたび自分が批判されるや否や、過剰な反応を示していることからも明らかだ。日常のストレスも溜まっているのだろう。つまり、中間管理職以下のサラリーマンと予測できる。50代であるとすれば、既に昇進を見込めない立場のはずだ。Web上に好き勝手なことを書いているのも、多分、日常の憂さ晴らしなのだろう。気の毒だとはうが、私がとばっちりを受けるいわれはない。


 また、「kechackのブックマーク」を見る限りでは、ネットに接続している時間が、かなり長いことがわかる。つまり独身者か、極めて友人の少ない人物といえよう。


 私の後輩は札幌に100人以上いる。多分、電話帳を片っ端から調べれば、3日以内に人物を特定できるだろう。

「kechack」さんからのプレゼント


 たった今、「はてな」から以下のお知らせメールが来た――


はてなから、ポイント受け取りのお知らせです。

sokaodoさん

kechackさんからポイント送信がありました。

ポイント送信明細

〜〜〜〜〜〜〜〜

ポイント送信者: kechack

ポイント受取者: sokaodo

送信ポイント : 1ポイント

コメント

〜〜〜〜

 やってることが、嫌らしいんだよ! この学会バカ!


 どうやら私は、kechack氏を怒らせてしまったようだ。でも、ポイントをもらったので相殺されたと考えることにしよう。ただし、私が最も大切にする「学会」と、悪口の代表選手である「バカ」が組み合わされたことを見逃すわけにはいかない。私としては、kechackさんが詫びを入れた上でブックマークのコメントを削除すれば、これらの記事を保存するつもりはなかったのだが。

「kechack」その二


 はてなダイアリーに、本人のサイトがリンクされていた。

 どうやら、「ひさたけ まさと」なる人物らしい。「久武正人」「久武雅人」「久武真人」「久武昌人」「久武政人」かも知れないし、あるいは、「久竹」というケースも考えられる。(「&札幌」の検索でヒットしたのは、「久武昌人」のみ)


「札幌に引っ越しました」と書いてあったよ(笑)。私の故郷である。後輩を動員して、電話帳から調べてみようとう。

 このページを見る限りでは、50代の可能も出てきた。先ほどの「30代説」は訂正しておきたい。

「kechack」なる人物を調べてみた


 先日書いた「民主党・石井一副代表の国会質問」がブックマークされた。リンク先には「石井一叩きに躍起です」とあった。ちょっと気になったので調べてみた。


 はてなのIDは「kechack」である。そこで、「hatena kechack」で検索した。

 はてなダイアリーの最新記事「民主党小沢代表辞任に関して」を読む限りでは、「知れない」の多用が目立つ稚拙な文章となっている。その他、カタカナ語の使い方から察すると、「30歳前後」の年齢と推定することが可能だ。また、石井一議員を擁護する姿勢が垣間見られることから、民主党支持内右派、あるいは元社民党支持者であることも予される。つまり、労働組合が存在する中堅企社員であることも考えられる。


 というように、Web上で一旦相手を怒らせると、追跡される羽目となる(笑)。今後も定期的に「kechack」なるキーワード定点観測を試みたい。

2007-11-04

検証――自・民『大連立構想』/お膳立て読売・渡辺氏か


 発端は、先25日夜に都内の料亭で開かれた会合だった。


 会合の出席者は、元首相・中曽根康弘や読売新聞グループ本社代表取締役会長の渡辺恒雄、日本テレビ取締役会議長・氏家斉一郎ら。渡辺、氏家は福田政権の誕生にも大きな役割を果たし、首相・福田康夫に、大きな発言力を持つ。民主党代表の小沢一郎とも「しょっちゅう会っている」(閣僚経験者)関係とされる。この席で、自民党と民主党の「大連立」が話題に上った。


 中曽根や渡辺は、宿願である憲法改正を実現するためにも、「大連立」を熱望している。ただ、大連立が実現するとしても、次期衆院選後だと考えていた中曽根は、「衆院解散前に大連立ができるんですか」と質問。渡辺は「できます」と応じた。


 28日には若いころ中曽根の秘書を務め、今も中曽根側近の前官房長官・与謝野馨が小沢と都内のホテルで共通の趣味である囲碁の公開対局を行っている。


 福田は翌29日、自民党幹事長・伊吹文明に党首会談の調整を指示した。「小沢氏は応じないのでは」と懸する自民党幹部もいたが、福田は「受けるでしょ」と軽くいなした。その言葉通り、小沢は同日夕、あっさり会談を承諾した。


「党首会談をお膳(ぜん)立てしたのは渡辺氏」。複数の与野党幹部は、こう口をそろえる。


 福田の「大連立」打診にはどんな背景があり、小沢はなぜ申し入れを拒むことになったのか。そして、傷ついたのはどちらだったのか。舞台裏を検証した。  (政治部与野党取材班、敬称略)


検証『大連立』頓挫


 福田、小沢の一回目の会談がセットされたのは1030日。福田は新テロ対策特別措置法案の成立に協力を求めたが、小沢は「自衛隊の海外活動は国連決議に基づくものに限るべきだ」との持論を展開。平行線が続き、再び会談することになった。二人とも連立は話題にしなかったと説明しているが、自他共に認める大連立論者の渡辺が仲立ちをして会談が実現することが広がると、与野党幹部の間では「当然、大連立の話もしているはずだ」との憶測が渦巻いた。


 2日午後3時から始まった再会談。福田は自衛隊海外派遣の恒久法を検討する代わりに、新法案への協力を求めた。


 しかし小沢は、ここでも原則を譲らなかった。平行線のまま一時間経過すると、福田は「あなたの原則と新法案が法的に合うか検討してみる」と中断を提案。会談をしていた国会から首相官邸に戻って、官房長官・町村信孝らと対応を協議した。


 小沢も、党本部に戻り民主党代表代行・菅直人や幹事長・鳩山由紀夫と対応を検討。鳩山らは「もし大連立を提案されたら、『小沢首相』の実現が条件だ。就任したら、すぐに解散すればよい」と小沢が安易な妥協をしないようくぎを刺した。


 午後6時半の再開後、福田は「国連決議で認められた活動に限るという前提で、恒久法がつくれるかどうかを検討する」と小沢の主張を丸のみする考えを示した。さらに、「今日の状況の中で力を合わせないと政策実現できない。連立を組んでいただけないだろうか」と、ついに本題を持ち出した。


 小沢は「そんな大きな話はここでは決められない」と回答を留保。約一時間で会談を打ち切り、党幹部と協議するため党本部に戻った。


 福田は、成算があったのだろう。会談後、伊吹に「もし、民主党がオーケーの返事を出したら、政策協議機関を設置して滞っている政策を中に実行する」と指示。直後に記者会見した伊吹は「ボールは民主党にある」と、民主党に決断を促した。




 だが、ほどなくして福田のもとには、期待に反する知らせが届く。


「誠ある対応をしていただきましたが、結果として、のめません」


 小沢は2日午後9時半すぎ、民主党本部8階の代表室で、福田電話で大連立拒否を伝えた。


 小沢は党首会談終了後、民主党の役員会に出席。「政策協議が(大連立の)入り口だが、どうだろう」と切り出した。


 小沢は「政策協議をしていけば、参院選で掲げた公約を実現できる。ただし、本当の味での政権交代ではない。国民がどう見るかも分からない」と、大連立参加のプラスとマイナスを説明した後、「両院議員総会を開こう」と提案した。小沢は最後まで連立への賛否は口にしなかったが、党の正式な議決機関である両院議員総会の開催を提案したことからも、小沢が連立に傾いているのは明らかだった。


 しかし、これに対し「政権に入ることが目的なのではない。政権交代が目標だ」「大政翼賛会的で国民の反発を招く」と反論が続いた。発言者は六人。全員反対だった。


 小沢は「みんながそう言うのなら、分かった」と決断。大連立構は表に出てから、わずか数時間で頓挫した。


 町村は記者団に「答えがこんなに早く出るとはわなかった。しかも、ノーという答えが。外であり、かつ残だ」と福田いを代弁した。




 自民党の連立パートナー、公明党代表・太田昭宏に大連立打診の可能福田から知らされたのは、2日午後2時半の与党党首会談の席だった。大連立が実現すれば、公明党は自民党から使い捨てにされかねず、党内は動揺した。


 小沢が連立の打診を持ち帰った後、公明党は、常任役員会を開いて対応を協議。その最中に、民主党が申し出を拒否したとの一報が入ってきた。


 ある幹部は「ボールを投げたとったら、あっという間に返ってきた。そして、ボールはなくなってしまった」と皮肉な笑いを浮かべた。


 小沢は、提案を持ち帰ったことで党内の疑暗鬼を招いた。


 福田はいきなり切り札を切ったのに成果は得られず、公明党の不信も買った。


福田も小沢も両方傷ついた」


 自民党の閣僚経験者はこうつぶやいた。


東京新聞 2007-11-04】

小沢氏、党代表辞任の意向


 民主党の小沢一郎代表が党代表を辞任する向を固めたことが4日、分かった。小沢氏は同日夕、都内の党本部で会見する。小沢氏は1030日と今2日の2回にわたって福田康夫首相と会談。2日の会談では、首相から連立政権に向けた協議の打診を受けた。小沢氏は民主党役員会に諮ったが、「政権交代が目的であり、政権に入ることが目的ではない」などと反対を受けて、首相の提案を拒否。民主党内からは首相と2人だけの会談に応じた小沢氏への批判が出ていた。

【産経新聞 2007-11-04】

速報


 民主党・小沢党首が辞を固める。

【FNN】

2007-11-03

首相、衆院の中選挙区制示唆


 福田康夫首相(自民党総裁)は2日午後、国会内で民主党の小沢一郎代表と2回目の党首会談を行った。首相は、自民党と民主党の連立協議を打診。民主党関係者によると、首相は現在の衆院小選挙区制を中選挙区制に見直すことを示唆したという。連立協議について小沢氏は回答を留保したが、民主党は会談後の役員会で拒否することを決定。小沢氏が電話で首相に「連立はのめない、受諾できない」と伝えた。


「大連立」構が表面化したことで、政局は一気に流動化する可能が出てきた。


会談で小沢氏は、自衛隊海外派遣を随時可能とする恒久法制定に前向きな姿勢を表明した。これに対し、首相は、インド洋での海上自衛隊の補給活動を再開するための新テロ対策特別措置法案の今国会成立に向けた協力を改めて要請。小沢氏は恒久法検討を条件に協力する考えを示した。首相は民主党が連立協議に応じれば恒久法などに関する「政策協議機関」を設置する方針だった。


会談後の2日夜、首相は首相官邸で記者団に、連立協議について「連立というか、新体制。要するに政策実現のための体制だ」と説明。公明党との関係は「全く変わらない。従来と同じようにやっていく」と強調した。


 これに関し、小沢氏は同日夜、「役員会は政策協議に入ること自体が反対だという人が多数だった」と述べた。


 一方、公明党は会談後に党本部で臨時役員会を開き、しばらく事態を冷静に見守ることを確認した。浜四津敏子代表代行は記者団に「静観する以外ない。首相は事前に太田昭宏代表に『自公関係は必ず維持する』と言っていた」と述べた。


【産経新聞 2007-11-03】

「衆院選前後に再編の動き」自民・加藤氏


 自民党の加藤紘一元幹事長は3日、都内で講演し、福田康夫首相が民主党の小沢一郎代表に連立協議を提案したことに関連し「次期衆院選の前後に新たな政治の在り方を模索する時が来るのではないか」と述べ、政界再編の可能があるとの認識を示した。

 同時に「小選挙区制での政界再編はしい。政界再編と中選挙区制への移行問題は非常に密接に絡んでくる」と指摘、中選挙区制への復帰も検討すべきだと強調した。

 首相の連立提案に関しては「連立という激しい石を投げたので民主党はとりあえず拒否したが、まじめに論議すべきテーマだ。自民、民主のどちらにとって失点が大きいかという次元の話ではない」と述べた。


【産経新聞 2007-11-03】

「小沢総理なら連立引き受けた」民主党・鳩山幹事長


 2日の党首会談の内容が次第に明らかになってきました。民主党の鳩山幹事長は京都市で講演し、福田総理大臣が自衛隊派遣について民主党案を了承したうえで、連立を打診してきたことを明らかにしました。


 民主党・鳩山幹事長:「小沢代表の自衛隊派遣の原理原則、自民党としてもそれを守りましょうと丸のみを提示された。『連立を一緒にやることを考えて頂けませんか』福田総理から言われた」

 鳩山幹事長は、会談が中断している間に党3役で対応を協議した際、「大連立を引き受けるなら総理を引き受けてくれ」という会話を交わしたことも明らかにしました。


 民主党・鳩山幹事長:「『引き受けるとしたら総理を引き受けて下さい。小沢総理と向こうが言ってくれば、分かったと言って下さい』という話をしたら、結局、小沢総理という提案はなかった」

 鳩山幹事長はまた、衆議院解散の時期について、「今すぐに解散総選挙という状況は、自民党にとってメリットはない。来年度予算案の成立時期あたりに、政権を追い詰める状況になるのではないか」と述べました。


ANN 2007-11-03】

2007-11-02

自民・民主の次のシナリオ


 民主党が大連立を拒否したことによって、沈静化しながらも様々な憶測が飛び交っている。いずれにせよ福田・小沢両氏は、それぞれの惑と戦略があって、今日の会談に臨んだことだろう。


自民党の戦略

  • 民主党が大連立に乗らないことは織り込み済みで、「一緒にやろう」と手を差し伸べたにも関わらず、「嫌だね」と答えた民主党の悪印象を際立たせる。
  • 増税・憲法改正を乗り切るまでの大連立構
  • 単なるブラフ

民主党の戦略

  • 小沢党首が役員会に持ち帰ったことで、「ものわかりのよさ」を示す。
  • 自民党が弱気になっていて、主導権が民主党にあることをアピールできる。
  • ここのところ、小沢党首の個人的な発言が目立っていたが、役員会に持ち帰ったことで、民主党カラーを出せる。
  • 強気の姿勢を示すことで、民主党の空白小選挙区へ自民からの離党が見込める。

首相、連立政権協議を提案 民主は応じぬ方針


 福田首相は2日、民主党の小沢代表と国会内で会談し、自民、公明両党と民主党による連立政権樹立に向けた政策協議を始めることを提案した。首相はまた、小沢氏の主張でもある、自衛隊の海外派遣の枠組みを定める恒久法(一般法)の検討を条件に、インド洋での海上自衛隊の給油活動を再開するための補給支援特措法案への賛成を求めた。小沢氏は党内で検討したうえで回答する向を伝えたが、民主党は同日夜の役員会で、連立政権協議には応じない方針を決め、小沢氏が首相に伝えた。同党内では、あくまで総選挙を通じて政権交代を実現すべきだとの見が大勢を占めているためだ。補給支援特措法案の行方は、再び、見通しが立たない状態に陥っている。

日新聞 2007-11-02】

「テロ特措法」から見えるもの


 政権が激しく揺れ出した。


 1031日の時点では、(自民・民主両党の大連立の可能について「頭の中では何でも出来るが、現実社会の問題としてはどうか。考えるのは自由だが、実行可能なことを考えてもらわないといけない」と慎重な姿勢を示していた(読売新聞)。これに対して小沢党首は、111日に宇都宮市内で記者会見をし、自民・民主両党による大連立について「考えていない」と否定した。その上で「何としても今度の衆院選で過半数を取ることが当面の最大の目標」と述べ、あくまでも次期衆院選で勝利し、政権を奪取する決を示した(時事通信)。そして、先ほど行われた党首会談で、福田首相から連立を打診した。


 米国からの強い向があることは理解できるが、ここまでテロ特措法に固執するのは尋常でない。振り返ると、安倍前首相が「私には大きな責任がある。テロとの戦い(として)現在行っている自衛隊の補給活動を継続させるためには、あらゆる努力を行わなければならないと決している。民主党をはじめ野党の理解を得るために、職を賭して取り組んでいく」(APECが開催されたオーストラリア、シドニーでの会見要旨)と発言したのも極めて大仰(おおぎょう)な決だ。まるで、日本の首相としての責任よりも、インド洋で油を補給する仕事の方が重要だと言っているに等しい。しかも、国連決議がない上、米国が勝手に「テロとの戦い」だと定義しているにも関わらずだ。


 大連立となれば、キャスティングボートとして存在してきた公明党の影響力が弱まるのは必至である。しかし、そんなことは小さなことだ。私の胸に去来するのは、戦時下で弾圧を受けていた中での牧口先生の言葉である。


「私が嘆くのは一宗が滅びることではない。一国が眼前でみすみす亡び去ることだ。宗祖大聖人の悲しみを、私はひたすら恐れるのだ。今こそ、国家諫暁の秋(とき)ではないか。いったい何を恐れているのだろう? 戸田君、君はどう考える?」


 昨日、「国益と民意の乖離(かいり)」について書いた。大連立は民に基づくものではあるまい。米国からの圧力が、日本の首相をここまで揺さぶることが、国民のためになるとは到底えない。


 グローバルスタンダードとは、アメリカンスタンダードのことであり、「俺(米国)が胴元をしている“分捕り合戦”に、お前も参加しろよ」という味なのだ。このままいけば米国の国益のために、日本が犠牲を強いられる羽目になるのは明らかである。


 私が嘆くのは一党が滅びることではない。一国が他国の捨て石と成り果てることだ。

大連立構想再燃か…動揺する与野党 公明に焦り


 衆参ねじれ国会の打開を目指して、福田康夫首相(自民総裁)が30日、民主党の小沢一郎代表との党首会談に踏み切ったことにより、自民、民主両党の「大連立」構が再燃している。7の参院選後、自民党の中川秀直元幹事長や山崎拓元副総裁らが相次いでぶち上げた構だが、いざ現実味を帯びると与野党には動揺が走った。中でも「二大政党」の間に埋没しかねない公明党は焦りの色を募らせている。


「小沢氏のことだから何を仕掛けてくるか分からない。大連立や解散の話も出かねないので、しっかり気を引き締めなければならない」


 党首会談を控え、30日、国会内で開かれた自民党の臨時役員会で、伊吹文明幹事長は厳しい表情でこう語った。


 伊吹氏はこの直後、公明党北側一雄幹事長と会い、「小沢氏を穴から引っ張り出したのはいいが、福田さんが穴に落ちないようにしなければならない」と強調。党首会談直前にも首相に「新テロ対策特別措置法案以外の話はすべきでない」とを押した。


 党首会談が決まった直後から、自民党執行部には、公明党から不安のが次々に寄せられた。公明党細川政権以来、小沢氏に翻弄(ほんろう)されてきたからだ。加えて党首会談を軸に今後の国会運営が進むようになれば、公明党の存在が薄まることは確実だ。


 大連立構の旗振り役となったのは参院選後に読売新聞の渡辺恒雄・グループ本社代表取締役会長だ。自民、民主両党の幹部らに「自民、民主で大連立を組み、憲法や社会保障改革などを一気に進めた上で中選挙区制に戻すべきだ」と力説して回ったとされる。


 これと連動し、中川、山崎両氏のほか、古賀誠選対委員長武部勤元幹事長、中曽根康弘元首相らも相次いで大連立構に言及した。渡辺氏は福田政権樹立にも一役買っており、首相も「選択肢の一つ」と考えている節がある。


 ただ、大連立構は早期解散への流れを加速することにもなる。各小選挙区で自民、民主が対立した状態では連立協議を進めようがないからだ。党首会談後、首相は公明党太田昭宏代表に電話し、「解散についてはご配なく」と釈明したが、公明党の動揺は収まりそうもない。


 しかも首相と小沢氏は45分にわたり2人だけで会談しており、真相はやぶの中だ。首相は会談後、記者団に「政治情勢について一般的な見交換をした。だいぶ話ができた」と満足げに語り、大連立構についても「衆参分かれちゃった状況の中、何らかの工夫はしないといけない」と含みを持たせた。


 一方、小沢氏は30日夕の民主党役員会で「会談を拒否すればみなさんに迷惑がかかるので受けたが、大連立とか解散など政治的な話は一切なかった」と語った。周囲には「首相は弱り切って困り果てた様子だった」と漏らし、手応えをじた表情だったという。


【産経新聞 2007-10-31】

福田首相、党首会談で連立協議を打診


 福田康夫首相(自民総裁)と民主党の小沢一郎代表は2日午後、国会内で2度目の党首会談を行った。この中で、首相は小沢氏に連立政権協議を打診した。会談は午後3時すぎから約1時間行われ、中断した後、午後6時半から再開され、約1時間で終了した。

 小沢氏によると、前半の会談で、首相はインド洋での海上自衛隊による給油活動を再開するための新テロ対策特別措置法案の必要を強調、今国会での成立に協力を重ねて求めたが、小沢氏は憲法違反であり認められないとの持論を展開した。

 小沢氏の発言を受け、首相が「いったん休憩して考えをまとめたい。再開して話し合いたい」と述べた。これに関し自民党幹部は「法制上の問題点があり、そこを詰めるために首相が持ち帰った」と説明した。

 首相はこれに先立ち、公明党太田昭宏代表と会談し、小沢氏との会談に臨む方針を伝えた。太田氏は「首相を信頼しているのでお任せする」と述べた。

【iZa 2007-11-02】

福田首相、民主に連立政権を打診


 与党幹部によると、2日夕の福田首相と小沢民主党代表との党首会談で、首相は小沢氏に自民党との連立政権協議を打診した。また、首相は、民主党が求める自衛隊の海外派遣に関する恒久法を検討する代わりに、民主党が海上自衛隊のインド洋での給油活動再開を可能にする補給支援特措法に賛成するよう小沢氏に要請した。

日新聞 2007-11-02】


「与党幹部」というのは、公明党の北側幹事長

福田首相・小沢党首会談


 福田首相が、小沢党首に連立を打診。小沢氏は党に持ち帰って協議する。

中古ソファベッドの中から絵画、ベルリンの学生に大金


 ベルリン在住の女子学生が、のみの市で買った中古ソファベッドの中からバロック様式の油絵を発見、この絵画は競売で1万9200ユーロ(約318万円)で競り落とされた。競売会社が30日に明らかにした。

 学生は昨年、ソファベッドを150ユーロで購入したが、後に、折りたたみ式になった部分に絵が隠してあるのを見つけたという。 

 競売会社のスポークスマンは「学生は絵が隠されていることにすぐには気づかず、しばらくソファベッドを使っていた」と説明。絵がなぜソファベッドの中に入っていたかは分からないと話した。

 学生は競売での売り上げから約1万6000ユーロを手にした。

 専門家によると、「Preparations for the flight to Egypt」と題する同油絵は、ベネチアの画家カルロ・サラチェーニとつながりのあった無画家によって1605-1610年ごろに描かれた作品と考えられている。


ロイター 2007-10-31】


 現代版「衣裏珠の譬え」か(笑)。

今月から「値上げラッシュ」


 今から値上げが予定されているものは次の通り――ガソリン、灯油、小麦粉、ちくわ、かまぼこ、コーン缶詰、カレー&シチューのルウ、ティッシュ、トイレットペーパー、コピー用紙、ハム、ソーセージ、スパゲティなどなど。明年1には、カップ麺、ワイン、電気、ガス料金が。そして2からはビールも値上げの予定。


 そう。上がらないのは給料だけ(笑)。


 生活はもとより、仕事に影響が出る人もいることだろう。敏に反応しながら、知恵と工夫で乗り切ろう。生活がしい時ほど、元気一杯にはつらつと進もう。

2007-11-01

中日ドラゴンズが優勝


 日本シリーズは、初戦でダルビッシュに13三振を喫した中日ドラゴンズが、シリーズ第5戦を完全試合で勝利し、見事優勝。中日の優勝は実に53年ぶりで、落合監督が生まれた年以来のこと。今年、危うく野球浪人になりそうだった中村紀洋がMVPを獲得した。優勝インタビューで、落合監督は早くも「いまだかつて実現したことのない連覇を目指す」と宣言し、中村紀は「ドラゴンズさんにお礼を言いたい」と謝を述べた。今シーズン、最も多く1点差を制してきた中日には、勝利への執じられた。何てったって、ユニフォームの色がいい。創価班のブレザーと同じ色だ(笑)。私の嫌いな色は、言うまでもないがエンジ色である。でも、楽天は好きよ(笑)。明日は、「創価班の日」。

選挙目当ての小細工はみっともないぞ


 与党高齢医療制度に関するプロジェクトチーム(PT、鈴木俊一座長=自民)は30日、衆院第1議員会館で会合を開き、高齢医療費の負担増「凍結」について、75歳以上の後期高齢者の一部が来年(2008年)4から新たに負担する予定だった保険料を半年間(2008年4から9)免除し、その後の半年間(同10から09年3)は9割軽減する――ことで決着した。後の半年間の保険料については、公明党が重ねて強く主張し、9割軽減で合に達した。

 また、2008年4から予定していた70歳から74歳の窓口負担の1割から2割への引き上げを1年間見送り、現在の1割に据え置くことでも一致した。


公明新聞 2007-10-31


 今後、断続的に党首会談が行われる予定で、自民・民主の間で腹の探り合いが続いている。だが、この記事を見る限りでは、明年春の解散が決定的になったと私は考える。選挙目当ての小細工とうが、既に病気や障害を抱えている方々や要介護者・病院関係者などは、与党に対して怒りの矛先(ほこさき)を向けている。私も、生のを直接聞いたが、全く反論ができなかった。


 政治には、国民の安全と生命・財産を守る義務がある。しかし現実は、自治体が生活保護打ち切り、死者・自殺者が出ている。

国益と民意


 何となく政治に閉塞が漂っている。新進党が結成された前後の躍動が懐かしい(笑)。あの頃は国民の間に、“新しい変化への期待”が確かにあった。10年を経過した今、「結局、自民党かよ」といったあきらめにも似た情と、生活による将来不安に駆られる現状となっている。


 そんな国民を尻目に、自民党の財政改革研究会(与謝野馨会長)が「消費税17%」説をぶちまかした。さしずめ、大きく言っておいて、小さく上げるつもりなんだろう。彼等の言い分は、「社会保障費(医療介護)が現在の給付水準なら」という理由に基づいている。


 先日、竹中平蔵元総務相がテレビで反論を述べていた。「消費税17%は、“景気がよくならない”という前提に立ったものであり、利上げではなく、マネー量を増やすの先だ」と。しかも、民間人ので提出されているが、実は官僚でっち上げた作文とのこと。どうやら、なりふり構わず消費税をアップしたい向のようだ。


 日本の景気状況をわかりやすく言えば、「貿易ではしこたま儲けているんだけど、給料に反映されてない」ということになる。では、賃金が上がれば消費が喚起されるかというと、そうは問屋が卸さない。10年以上の不況下でリストラを経験してきた日本国民は、消費よりも貯蓄に精を出すことだろう。我が国の預貯金は先進国の中でも群を抜いていて、世界の半分以上を占めている。ここに目をつけたのが、ハゲタカ米国である。日銀にゼロ金利政策を続行させておいて、日本の預貯金が米国に流れる仕組みをつくった。現在までのニューヨーク相場の株高を支えているのは日本のお金である。


 大体だな、こっちの生活がよくならないのに、どうしてタダでアメリカの船に給油しなきゃいけないんだ? 国会で語られる国益と、民がどんどん離れていっている。政治の閉塞の元凶はここにある。議会制民主主義(間接民主制)の行き詰まりが露呈しているのだ。


 例えば、イラク戦争創価学会は反対している。開戦直後に、野崎副会長(故人)でアピールを聖教新聞に掲載した。殆どの学会員も同見のはずだ。ところが公明党は、「イラク戦争には参加しないけど、お手伝いはしますぜ」という法案に賛成しているのだ。明らかに民に反する政治判断である。


「用棒(日米安保)をしてくれている米国との付き合いがあるんで、仕方ないんスよー」とでも言えば、まだ可愛げがあるんだけどね。


 先の参院選で自民党が敗北した理由の一つに、農民の民を無視したことが挙げられる。


 消費税をアップするのであれば、政権与党による経済失政の責任を取るのが先だ。税金は、無能な政治家に与える小遣いじゃないんだよ。