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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2007-11-26

実力、人格、内実を基準とせよ


 さて、今はテレビ時代。このテレビとともに生きてきた世代を「“どう見えるか”の世代である」と言った人がいる。つまり何にせよ、その「内実がどうか」というよりも、「どう見えるか」を基準にしてしまう傾向が強い、というわけである。

 確かに「どう見えるか」を気にする。「どう、いい格好をしようか」「どう自分を飾ろうか」とのいは、青年たちのに強いかもしれない。もちろん、それは若い世代だけのことではない。人間の常であるといってもよい。

 また「どう見えるか」が大事な場合も世の中にはあろう。だが、信の世界だけは、「こそ大切なれ」と仰せのごとく、「が一切を決める」世界である。「一三千」の法理で、「一」つまり「」が、「三千の諸法」――一切の現象を決めていく。

 ゆえに「どう見えるか」という、自分を飾った「虚像」ではなく、自分のが「どうあるか」という、自分自身の内実、「実像」が大事なのである。

 私どもの青年時代を、現代の青年たちと、一概に比較できない面もあるが、草創の青年部は“どう見えるか”とか、外見など一切関係なかった。“創価学会とともに、どう人生を生きるか”“どう広宣流布に戦うか”との一途のいで進んできた。いわば殉教の精神であった。その決でやってきた。

 どんなに会合で上手に話をしたり、立派そうに見えても、それは成には結びつかない。信とはまったく無縁のものである。そんな格好や、表面的な姿で信が決まるものではない。

 大事なのは、その人の「」がどうかであり、一個の人間としての「振る舞い」「修行」が、どうかである(拍手)。


 それに関連して、真の「人材」とは何か、「人材」を見る基準は何か、を述べておきたい。

 それは、結論していえば「信・行・学」があるか、ないかである。社会的地位がある。有である。人気がある――そんなものは信とは関係ない。そんなことにとらわれて、人を判断しては絶対にならない。

 あくまでも「信・行・学」が深いか浅いか。「法」のため、「広布」のために、どこまで戦っているかである。もっと具体的にいえば、一人の信仰者、修行者として、現実にどれだけ「折伏・弘教」をしたか。行学に励んでいるか。新聞啓蒙などによって、信の理解を広げたか。また人々の激励にどこまで行動したか。その「力」こそが、真の広布の人材の「力」なのである。

 根本の「信・行・学」を基準として、その上でさまざまな個や特長を尊重していく。そこに社会的に活躍している人も、すべて生かされていくのである。しかし、「才能」や「学識」だけでは、広宣流布はできない。いわゆる“個的な面白さ”だけでも、法は弘まらない。広宣流布は、そんなに簡単なものではない。


 また、「人」をうまく動かす人を見て“あの人は力がある”“人材だ”という人もいる。だが、根本の「信・行・学」を無視して、要領よく「組織」や「人」を動かし、それをもって、広布の“人材”と考えることは、大いなる誤りである。そういう人は、必ずといってよいほど、「人」を「人間」として見なくなり、「組織」の上にあぐらをかくようになる。そして、みずみずしい信を失って、堕落と退転の道を歩むことになる。ゆえに「人を使う」ことだけがうまい幹部であっては絶対にならない。「組織」の長の立場にある皆さまは、この点をよくよくに刻んでいただきたい(拍手)。

 人間を、その人の人間としての実力、人格、内実以外の基準で見ていくのは、根底は「人間」をバカにしていることになる。と同じく、「人材」を「信・行・学」以外の基準を根本として見ていくのは、信法、更には学会をバカにするである。信仰者として、これは許されることではない。


 次元は異なるが、先日もお話したように、吉田松陰は「忠義の人」と「功業の人」を峻別した。これも“どうあるか”、つまり、どう革命の大義に殉ずるかと、“どう見えるか”、つまり功(手柄)を得て、どう革命の中で評価されるか、との一の違いを鋭くとらえ、叫んだのではないだろうか。この「一」の違いは、小さいようであまりに大きい。


 ともあれ、“いつか広布の時が来るだろう”と、「時を待つ」臆病の人であってはならない。

「時」はつくらなければならない。「時」は自らつくるものである。時代の「変化」に応じ、「変化」についてゆくだけでは足りない。時代に負けないで、時代の新しき「変化」をつくり出してゆく。この人こそ広布の大人材であると私は申し上げたい。


【第22回本部幹部会 1989-10-24 創価文化会館


 かつては山崎正友(元顧問弁護士)も人材だった。原島嵩(元教学部長)も同様。竹入義勝(元公明党委員長)もまた然り。


 当時を知らぬ若い聖教記者が彼等を貶(けな)しているが、「悪人は悪い」という程度の内容にとどまっていて、全く参考にならない。それどころか聖教記者は、後々反逆した彼等に、人材と目されるだけの力量があったことすら無視している。こうした姿勢によって、会長勇退が単なる“過去の歴史”として位置づけられてしまい、現在と未来に生かす視点が抜け落ちている。


 多くの幹部や議員が反逆者について証言しているが、聖教記者と大差がなく、自分達の自戒や反省は皆無といっていいだろう。


 例えば、山崎正友の野に満ちた日常的な発言、原島嵩の酒癖の悪さ、竹入義勝の宝石漁(あさ)り――こうした事実を知っていた人々は少なくなかったはずである。学会本部に進言した義憤の人もいたことだろう。だが、そのは先生のに届くことはなかった。


 学会本部にはびこる官僚主義が、彼等をして反逆させるに至ったと言ってよい。


 もしも今、学会に山崎正友がいたとすれば――私は慄然とせざるを得ない。


 この指導は実に重要な内容で、10年、20年と活動すれば身につくという代物ではない。

えすえす 2010/11/01 19:42 ”先生の耳に届くことはなかった。”届くようにするにはどうすればいいのでしょうか?小野さん、教えてください。

ひとり言です。ひとり言です。 2010/12/09 03:51 先に書きますが、振る舞いの悪い幹部や議員や、
日蓮正宗の坊主たちも含めて、反逆者は共通して
己の誤った過去の行いを、反省しようという発想が、生まれません。
一番にタチが悪いのは、認めようとも、しないことです。日顕も山友もそうですね。

師弟があっても、例え、師弟がなくても(どこの会社や団体でも)
本物の幹部や議員は、己の誤った過去や行ないがあった時には、
部員さんの前で、支持者の前で、泣きながら謝っているのです。
こちらが、どうして泣いているのだろうと、思うぐらいに、
自分自身の信心の眼から、支持者に対する感謝の念から、猛省しているのです。
創価学会の幹部ならば、同志に対して、先生に対して、御本尊に対して、
心から、深く深く、猛省して泣いて、謝るものなのです。
普通のまともな会社でも、志のある上司なら、部下に対して、
すまなかったと、泣いても、泣かなくても、謝るものなのです。

では、山崎正友、原島嵩、竹入義勝、その他の反逆者もそうですが、
あと、日蓮正宗の坊主たちも含めての反逆者もそうですが、
創価学会に行ったことは、池田先生に、創価学会に、直接、弓を放ったことです。
反逆者と非反逆者の違いは、学会に弓を放ったか、放ってはいないかの違いです。
本質的な違いは、それだけです。それ以外に関しては、全く持って、学会職員と
何ら変わりありませんし、あれだけボロクソに書かれていますが、ボロクソでも、
現在の学会職員よりも、山友等は、会員に対しては、遥かにパワフルで、
エネルギッシュだったと、思われても仕方ないと思います。
ですが、現在の聖教新聞でも、部長会以上の会合でも、そうですが、
反逆者のことは、ボロクソに言いますが、本来は、もっとボロクソに
言わないといけない、一度は反逆を犯した組織があるのです。そもそも、
これらのボロクソの反逆者を生み出した根本原因は、学会本部であります。
本当に、慈悲があるのならば、どうして、これらの反逆者を傍観できたのでしょう。
どうして、池田先生が、第3代会長を勇退しないと、いけなくなったのでしょうか。
会長勇退と言うことは、池田先生を殺して、日蓮正宗に学会を渡したことです。
何が時代の流れでしょうか。日蓮正宗に学会の魂を売り渡したのは、学会本部です。
幹部は皆、反逆者のことをボロクソに言いますが、根本原因がわかってしまうと、
ボロクソだったのは、反逆者の前に、池田先生を一度は殺した、学会本部であり、
涙を流して、猛省しないといけないのは、私たちであり、学会本部であります。

歴史を冷静に考えれば、誰もが不思議に思えてしまいますが、現在に至るまで、
会長勇退に関する、池田先生に対して、当時の当事者もそうですし、誰一人として、
公式に池田先生に、謝罪するものが、何一つありません。
別にないことが問題ではなく、未だかつて、会長勇退に対しての学会本部の
自己反省を、職員側の人間からも、一度も聞いたことがないのが、不思議なのです。
山崎正友のことを、真正面から斬れるのは、池田先生だけであって、
聖教新聞でも、創価新報でも、ありません。批判する対象が、見当違いです。
反逆者や日顕宗の坊主の批判ができる程、学会本部は綺麗では、ありません。
【 株式会社 創価学会 】と、世間から揶揄されても仕方ない状況です。
池田先生へすじを通すためにも、二度と同じ過ちを犯さないためにも、
会長勇退に関わった、当時の学会本部の内情を、徹底的に会員が納得するまで、
批判と検証をして下さい。あのドイツだって、第2次世界大戦後に、
国家の戦争犯罪を猛省してますよ。
別に官僚主義であっても、非を認めることが出来れば、官僚主義でもいいんです。
別に歴史と供に、本部の意向で、指導の内容がコロコロと変わっても、いいんです。
戸田先生の全集を絶版にしたとしても、時代と供に、仏敵をコロコロと変えて、
仏敵と仲良くなっても、それはそれで、もう、いいんです。仕方ないですから。

ですが、会長勇退に直接として、関わった、当時の創価学会本部と言うものを、
弟子の立場で、猛省して、歴史に残さなければ、それが、出来ないのであれば、
やはり学会本部には、池田先生の本物の弟子が、いなかったのかと、
志のある世界中の学会員は、本当に残念に、思ってしまいますし、
それは、確信となり、日本の学会本部としての態度が、
池田先生の会長の勇退(死刑)を、反逆者と坊主と、ついには弟子(学会本部)が、
結託したとして、紛れのない事実として、広布の負の歴史に、永遠に残ります。

既に、東洋広布から、世界広布の時代は、始まっています。
海外のメンバーは、歴代会長と同じように、投獄され、法難と闘っています。
現在は、池田先生が、師匠が、ご健在だからこそ、広布の中心は、日本であり、
池田先生がいる場所が、広布の中心であります。学会本部では、ありません。

池田先生の想いは、平和ボケしている日本からは離れていると思います。
本当に苦しんでいるのは、海外のメンバーなのです。
日本では、逆立ちしても考えられないような、過酷な状況で、環境で、
獅子奮迅の闘いを、命懸けで、行なっています。

いよいよ、これからは、日本も含めた世界中のメンバーへ
師匠から本門の弟子へ、100年先を目指す、広布のバトンが渡されます。