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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2007-12-07

“死”は虚飾をはぎ取った「生命それ自体」の戦い


 いわゆる世間的に「偉くなりたい」と願う人は多い。しかし、人間として「偉大になろう」とを定める人は少ない。

 人の称賛と注目を浴びたいと願う人は多い。

 しかし、「死」の瞬間にも色褪せぬ「三世の幸(さち)」を、自分自身の生命に築こうとする人は少ない。

「死」――それは人生の総決算の時である。も富も地位も学識も、それのみでは何の役にも立たない。虚飾をはぎ取って裸になった「生命それ自体」の戦いである。厳粛にして、公正な勝負の時である。

 この戦いの勝者こそ、真の勝者なのである。


【11.18記合同幹部会 1989-11-12 創価文化会館


タタール人の砂漠』(ディーノ・ブッツァーティ著)を引用しての指導。私は未読。


 欲望には際限がなく、決して満たされることはない。幸福の鍵は「少欲知足」にある。また、理と野望は異なる。タッチの差だ。理とは自分の信に恥じない生きざまであり、野望は自分以外のすべてを手段にする狡猾(こうかつ)な生き方である。


 どんなに財産があったとしても、病はどうすることもできない。いくら有であっても、人間関係で悩む人は多いものだ。


 先日、NHKの「おはよう日本」から取材を受けた。私は界の裏事情を説明した。すると再び連絡があり、「上司と相談したところ、小野さんの話の方が面白そうだってことになったんですよ。お忙しいとはいますが、番組に出てもらえませんか?」と言われた。私は直ぐに断った。幹部をいじめ過ぎて、最近人相がよくないのだ(笑)。「実は、指手配犯なんだ」と煙(けむ)に巻いておいた(笑)。


 個人的に、賞状やメダルの類いを部屋に飾るのも好きじゃない。間に掲げてあるのは、先生の写真と「創価班」の揮毫、それから結婚式で頂戴した短冊だけである。


 私は、「無冠こそ青年の魂」という箴言(しんげん)をこよなく大切にしているのだ。人生最大の贅沢(ぜいたく)は、書物を堪能し、音楽に躍らせ、時々絵を見にゆくことである。これに過ぎるものはない。