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2008-02-29

防衛省&自衛隊殿御返事


 全員でこの映画を見て、文を書くよう促したい。岡田資(おかだ・たすく)中将を描いた作品。日蓮宗の信徒だった。

冬柴国交相、身内の苦言に「毎日元気」


 冬柴鉄三国土交通相は28日の衆院予算委員会で、身内の公明党富田茂之氏に答弁姿勢を指弾される一幕があった。

 富田氏は「一生懸命答弁する冬柴氏は国交省を守っている、との厳しい見がわが党の支持者から寄せられている」と指摘。財団法人への天下りや役員の高額報酬の実態を次々と追及した民主党議員を「正しい」と評価した上で、「そこに切り込むのが政治家・冬柴鉄三の役目だ。目に見える成果を出してほしい」と厳しい注文をつけた。

 これに対し、冬柴氏は「改革を妨げていると手紙や電話をいっぱいいただくが、胸を張って毎日元気だ。オレも庶民であり、庶民の立場で判断して、どう言われても将来は必ず理解していただけるとっているからだ」と大見えを切った。

 ただ、その後に質問に立った民主党の岡田克也元代表は、党幹事長時代の冬柴氏がイラク戦争開戦時に大量破壊兵器の存在の可能を指摘したことを持ち出し、「都合の良い解釈をして良呵責(かしゃく)をじないのか。だからあなたの答弁を真に受けることはできない」とバッサリ切り捨てた。


【産経新聞 2007-02-28】


「身内を批判する勇気」は称賛に値する。これこそ、真の味での是々非々であり、民主主義であろう。

2008-02-28

電話


 今日、ずっとメールでやり取りしてきたメンバーから電話が。次から次へと襲い来る障と戦い続け、またしても困の風が吹き荒れた。を聞いて安した。冷静に経緯を話しながらも、笑いが明るかった。私からのアドバイスは「放っておけ」の一言(笑)。何と簡潔な!

官僚主義を許すな


 学会も絶対に官僚主義になってはならない。

 永遠に、ただ「広宣流布」を目的とする「同志」と「同志」の団結の姿でなければならない。そこに学会の永遠なる発展がある。

 皆で円陣を組むようにすれば、あらゆる角度を向き、しかもあらゆる人が第一線である。

「軍」という字は本来、「車」の円形を更に囲んだ姿を表す。「円陣」は、あらゆる陣形の基本をなし、最も強い形ともいわれている。

 また、最高の経は「円教」とも呼ばれ、「円」は完全無欠を表す。


 ともあれ、今後の社会のキーワードは何か。それは「創の一字だ」というのが多くの人の見である。先日、お会いしたマカオ東亜大学の薛(せつ)学長も、「創価」には、まことに深い義があると言われていた。

 これまでと同じような考え・発では道は開けない。どう一歩、新たなものを創り出すか、新たな発をするかである。

 創造、独創、創出、創、創見……。この「創」のエネルギーを高めたところが、21世紀の勝利者となっていく、というのである。

 その「創」のエネルギーを抑圧するものこそ、権威主義であり、官僚主義である。肩書社会である。その変革の模範を学会が示し続けなければならない。

 新しき時代を開くものは、権威でもない。肩書でもない。特別な立場の人でもない。みずみずしい精神と豊かな独創をもった民衆の行進なのである。

 いわんや正しき信は、無限の「創出」の源泉である。私どもの使命は重い。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


「創」の反対は「破壊」である。だが、そこに至る軌道として「怠惰」「腐敗」という段階がある。官僚とは、人の形をした腐敗物だ。肉体は死ねば腐る。官僚は生きながらにして魂が腐っているのだ。彼等にとっては、正義よりも立場の方が重要だ。保身のためとあらば、どんな煮え湯でも平然と飲む。安泰な人生と引き換えに、大切なものを次々と失ってゆく。


 頭のいい連中は利に敏(さと)い。例えば先日のイージス艦事故だ。多くの国民は、行方不明者が一日も早く発見されるように祈っていることだろう。メディアが向けるマイクに勝浦の人々が放つ言葉は、生々しい“人間の顔”を伴っている。それに引き換え、自衛隊関係者の言葉の何と空々しいことか。


 自民党の首脳であれば、「厄介な時に、厄介なことをしでかしてくれた」と々しくっているはずだ。反対に野党は色めき立つ。政治的惑をひた隠しにしながら、哀悼のを強調してみせる。国民情を刺激し昂(たか)ぶらせ、反自民を焚(た)きつける。メディアの連中は、不幸な事件や事故で飯を食っている。「さあ、飯のタネだ」と欣喜雀躍していることだろう。


 具体的な点を示しておきたい。なぜ、官僚主義が問題なのか? それは、人間が権威に弱いからだ。特に農耕民族には、「権威に従うDNA」が受け継がれている。日本にあっては家父長制を通じて、父親自体が権威の象徴だった。いたずらに「世間の目」を恐れる風習も、権威に弱い体質から生まれたものだろう。


 広宣流布の帰結として、当然社会と融合する段階がある。だが、「融合」と「迎合」は異なる。世間に媚びるようになれば、学会も単なる既成宗教と変わりがない。


「世の中をよくする前に、ここの組織をよくしてくれ」というは非常に多い。自分でやれ!

2008-02-27

林檎酒の青年


 既に書いたものとい込んでいたのだが、検索しても見つからなかった。


 戸田先生が訓練された水滸会については、『人間革命』第7巻の「水滸の誓」に詳しく描かれている。昭和27年1216日に38で結成され、2回の会合が行われた。半年を経た6末の会合の折り、忍び寄る惰が一人の学生の言葉となって表れた。「先生、林檎酒というのもありますが、あれはどうして作るのか知ってますか?」。新入会のメンバーとはいえ、師匠に対して軽口を叩き、自分の知識をひけらかすような態度だった。戸田先生は激怒され、いったん水滸会は解散となる。そして1ヶ後の721日、若き先生が「水滸の誓」を起草し、戸田先生の許しを請う。


 実はこの林檎酒の青年だが、私の後輩と同じアパートに住んでいた。水滸会の件があってから、20年以上が経過していた。彼は、戸田先生から叱責を受けた直後に退転していた。そして、「あの時、戸田先生は酔っ払っていた。自分は全く悪くない。誤解されただけだ。しかし、自分の件でまさか水滸会が解散したとは夢にもわなかった」と語っていたそうだ。


 ここに退転者の本質がよく表れている。注されても受け入れることができず、何だかんだと理由をつけては自分を正当化するのだ。わからない人間は、20年経ってもわからないのである。

日蓮本仏論


台密」を調べていたところ、こんなサイトを発見。「生命論」、「日蓮論」といったテーマが丁寧に記されている。トップページにリンクを追加。

2008-02-26

『生物と無生物のあいだ』福岡伸一


 助手に採用されるということはアカデミアのを昇るはしごに足をかけることであると同時に、ヒエラルキーに取り込まれるということでもある。アカデミアは外からは輝けるに見えるかもしれないが、実際は暗く隠微なたこつぼ以外のなにものでもない。講座制と呼ばれるこの構造の内部には前近代的な階層が温存され、教授以外はすべてが使用人だ。助手―講師―助教授と、人格を明け渡し、自らを虚しくして教授につかえる。その間、はしごを一段でも踏み外さぬことだけに汲々とする。雑巾がけ、かばん持ち。あらゆる雑役とハラスメントに耐え、耐え切った者だけがたこつぼの、一番奥に重ねられた座布団の上に座ることができる。古い大学の教授室はどこも似たような、死んだ鳥のにおいがする。

 死んだ鳥症候群という言葉がある。彼は大空を悠然と飛んでいる。功成りを遂げた大教授。優雅な翼は気流の流れを力強く打って、さらに空の高みを目指しているようだ。人々は彼を尊敬のまなざしで眺める。

 死んだ鳥症候群。私たち研究者の間で昔からいい伝えられているある種の致死的な病の称である。

 私たちは輝くような希望と溢れるような全能に満たされてスタートを切る。見るもの聞くものすべてが鋭い興味を掻きたて、一つの結果が次の疑問を呼び覚ます。私たちは世界の誰よりも実験の結果を早く知りたいがため、幾晩でも寝ずに仕事をすることをまったく厭(いと)うことがない。経験を積めば積むほど仕事に長(た)けてくる。何をどうすればうまくことが運ぶのかがわかるようになり、どこに力を入れればよいのか、どのように優先順位をつければよいのかが見えてくる。するとますます仕事が能率よく進むようになる。何をやってもそつなくこなすことができる。そこまではよいのだ。

 しかしやがて、最も長けてくるのは、いかに仕事を精力的に行っているかを世間に示すすべである。仕事は円熟期を迎える。皆が賞賛を惜しまない。鳥は実に優雅に羽ばたいているように見える。しかしそのとき、鳥はすでに死んでいるのだ。鳥の中で情熱はすっかり燃え尽きているのである。


 生命とは動的平衡にある流れである。


 内部の内部は外部である。


 機械には時間がない。原理的にはどの部分からでも作ることができ、完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することができる。そこには二度とやり直すことのできない一回というものがない。機械の内部には、折りたたまれて開くことのできない時間というものがない。

 生物には時間がある。その内部には常に不可逆的な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある。生命とはどのようなものかと問われれば、そう答えることができる。


生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)

学会は、ピラミッドではなく「同心円」の組織


 学会の組織は、いわゆるピラミッドではない。全員が「妙法」の前に平等である。その上で、敢えて例えればかねてより申し上げている通り、中者を囲む“同円”といえよう。

 宇宙もまた、中を巡る無限の回転である。衛星は惑星の周りを、惑星は恒星の周りを回る。そして、多くの太陽系が集まり、回転して銀河をつくり、銀河は更に多くの銀河団をつくっていく。

「宇宙の法」にのっとりつつ、それぞれが、それぞれの立場と使命をもって、着実な運動を続けている。何一つ止まっているものはない。

 いわば学会は、大宇宙と同形の組織なのである。

 太陽系においても、太陽に近い惑星だからといって、自転も公転も止められるはずがない。むしろ、近いほど公転速度は速い。組織においても幹部となればなるほど、人一倍の自己研鑚と行動が不可欠となる。

 飛行機も飛んでいるからこそ安定している。止まってしまえば、墜落するのは人間も同じである。


 要するに、「全員が開拓者」であるためには、「全員が自己開拓、自己変革の人」でなければならない。

 常に自らの惰と戦う。常に何か、現在の自分の能力を超えた、手にあまる仕事に「挑戦」する。

 自ら「山」をつくり、一つまた一つ乗り越えていく。「河」を「海」を渡っていく。弾む命で、その「冒険」を喜びにじていく。

 そのようにリーダーが率先して動き、走り続けてこそ、自分も、また組織も勝利していく。


 官僚体質、権威主義の弊害は大きい。

 日本人の「独創のなさ」は、つとに指摘されることだが、むしろ「独創をつぶす」体質こそ、問題にすべきであろう。

 世界中、人間の創造に、生まれつき、それほどの違いがあるはずがない。問題は、独創の“芽”を摘む社会か、伸ばす社会かである。それは一国においても、あるいは地域、団体においても同じことがいえる。

 日本の「肩書社会」「事大主義」(事大=大きなものに事〈つか〉える)の病根は深い。

 自分が食べるもの、着るものすら、自分の本当の好み以上に、ブランド(銘柄)で決める。学歴のない実力者を締め出す。何かを学ぶにも、「原典」ではなく「虎の巻」に頼る傾向もある。自分の“目”を信じるよりも、“権威者”の解説の方を信じるわけである。安易であるばかりか、自分の頭脳で考え、探求し、判断する力が弱い。

 このように、「虎(権威)の威光」を借りるばかりとなっては、真に「新しいもの」や「創造的なもの」は伸びる余地がない。いまだ権威はないが、本当の実力ある者――その人を見抜き、育ててこそ、物真似ではない真の創造的「文化」も花開いていく。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


 さすがの私も“支援の季節”になれば、本音を書くことができなくなる。だから、今の内にビシバシ書いておくことにする(笑)。


 エントロピーは増大する(熱力学第二法則)。大宇宙は諸行無常を奏でながら、成住壊空のリズムに則っている。完成されたもの、出来上がったものは必ず崩壊する。成長・発展が止まることは「死」を味する。


 組織の発展を妨げ、死の方向へと誘(いざな)う存在が官僚だ。人体であれば、コレステロールに例えることができよう。


 土地に呪縛された農耕民族型コミュニティでは、上下関係がそのまま「支配関係」になりやすい。一生懸命の語源が一所懸命だったことからも明らかなように、移動する自由が奪われているためだ。


 そもそも、職場が嫌になれば転職すればいいことだし、組織にウンザリしたら引っ越せばいいだけの話だ。ところがどっこい、そうは問屋が卸さない(笑)。なぜか? そこに私は農耕民族の遺伝子が脈々と伝わっているのだと考えている。


 だから、同じ創価学会でも日本の組織と海外の組織は全く違う。ノルマを課すような手法が通用するのは日本の組織に限られている。「お上に逆らわない」伝統が、権威主義を育む温床となっている。


 創価学会の目的は広宣流布である。であれば、最も広宣流布を推進した人がリーダーになるべきだ。個人折伏は当然のこと、折伏を推進する人材の育成をしてきた人が、より大きな責任を担うべきである。しかし、現実はそうなってない。ここに最大の問題がある。


 また現在は、半年、一年ごとの成果集計となっているが、複合的、総合的な視点も必要だ。例えば、5年、10年単位で折伏成果を平均すれば、全く違う結果が見えてくるはずだ。


 やたら「ゼロ地区」と騒いで、地区の人々をしめる馬鹿幹部もいる。こんなのは相手にしなくてよろしい。かような幹部がいればこそ、成果が出ないのだから(笑)。


 学会組織百年の大計をえば、この指導に基づいた具体的な組織改革が望まれる。「長の一念」という指導で、これからの若い人を納得させることはしくなることだろう。

2008-02-25

国の借金は過去最大838兆円、国民1人当たり656万円


 財務省は25日、国債や借入金などを合わせた国の借金(債務)の残高が2007年12末で過去最大の838兆50億円となり、3か前の07年9末から4兆3068億円増えたと発表した。

 借金残高は国民1人当たりにすると約656万円となり、この3かで約3万円増えた格好だ。

 借金残高のうち、一般会計の不足分を補う普通国債は、3か前に比べ3兆3653億円多い534兆5145億円となった。

 財務省は国の借金として、国債や財投債、金融機関からの借入金、短期的な財源不足を補うために発行する政府短期証券などの残高を合計して算出し、3かごとに公表している。

 これに対し、財政再建を進める際の指標となることが多い「国と地方の長期債務残高」(07年度末で約772兆円の見込み)は、国の借金から財投債や政府短期証券の残高を除いた上で、地方の借金(長期債務)を加えたものだ。


【読売新聞 2008-02-25】

2008-02-24

「創業は易く、守成は難し」


「創は易く、守成はし」(新たに事を創ることはやさしく、事をよく守り完成させることはしい)と言ったのは、唐の太宗(李世民/りせいみん)である。

 しかし実は、「創」も「守成」も、どちらも容易なはずはない。太宗の言を受けて『言志四録(げんししろく)』(佐藤一斎著)には、“よく創する者は、よく守成し、よく守成する者は、よく創する”と。

 とすれば、なぜ「守成」発展し続けることの方がしいのか。それは、いつしか「創」者のを後継者が忘れていくからである。


 唐が興隆から衰亡へと向かう分かれ目は、玄宗皇帝時代の反乱劇「安史の乱」(安禄山〈あんろくざん〉と史明〈ししめい〉の乱)である。

 大小の乱は常にあるものだが、興隆の時にはむしろ、それらさえ国を強くする方向に働く。これに対し、「安史の乱」が致命的打撃となるまで広がった背景には、唐の政治が草創の吹を失っていた事実があった。すなわち、「実力主義」ではなく「情実主義」、明確な「賞主義」ではなく「無責任体制」になっていた。

 これは他の中国王にも見られる伝統である。はじめ改革者であった玄宗も、やがて従来の因習に立ち戻ってしまっていた。

「情実主義」は甘えの温床となり、成長への厳しい姿勢をも腐敗させてしまう。「無責任」にいたっては、指導者として何をかいわんやである。学会でも、「慈愛」の包容に甘え、自分を律することを忘れて、堕落していった幹部もいた。


 要領よく立ち回った官僚だけが、いいいをする。これでは誰も一生懸命働く気力はなくなる。皆、国の繁栄に尽くすよりも、国から何を得るかばかり考えていた。

「全員が創立者」「全員が創者」の精神とは正反対の姿であった。

 栄枯盛衰は世の常である。その原因は経済の法則、その他さまざまに議論できる。しかし、やはりその根本は、人間の「精神」であり、「一念」なのである。

 法は「一念三千」と説く。その「一念」は「三千世間(如是)」という宇宙の全体と一体である。まして社会を栄えさせるのも衰えさせるのも、「人間自身」の問題に帰着する。その「人間自身」をダイナミックに成長させ続ける偉大な生命力を、法は与えるのである。


 東欧での変革も、その利己的な「官僚主義」体質の失敗が根底にある。

 そう見れば、いずこの国、いずこの団体でも、そこから教訓を得ることができよう。何を見ても、自分だけは関係ないと鈍に構え、他を批判しているだけでは、その人自身が既に“権威の虜”となって自分を見つめることができなくなっている証左である。

 官僚主義――組織が大きく、中央集権的になった結果、血液の循環が悪い不健康な身体のようになる。第一線の生活者のは、何を叫べども敏な「反応」が得られない。更にその「」すら抑えるにいたっては、民が完全に離れない方が不議である。

 本来、民衆のための指導者であり、民衆のための社会主義であったものが、権力のによって変質し、民衆を抑圧するものになってしまった。

 抑えたものは、いつか爆発する。当然のことである。まして人間は機械ではない。やむにやまれず東欧では、いよいよ民衆が立ち上がった。

 学会は真の「民衆勢力」である。「民主」の先駆を切って進んでいる。私どもの力で、「民衆の時代」を実現せねばならない。


 これらの例から、永遠にせねばならないことは、「全員が第一線に」「全員が開拓者に」という実践である。

 そのためには、「肩書主義」を排さねばならない。すなわち、「虎の威を借る」ではなく、一頭の「虎」にならねばならない。自分自身が「獅子」であらねばならない。


刺で仕事するな」という言葉がある。

 刺を見て、人が自分を丁重に扱ってくれるのは、自分個人の力ではない。その刺に書かれた肩書と会社の信用である。会社の信用と実力を尊重し、頭を下げているのであって、自分に下げているわけではない。

 その違いが、いつしかわからなくなると、狂ってくる。悪徳政治家にも、そうした実例は事欠かない。

刺で仕事するな」とは、肩書で勝負をするな、裸の自分の実力で勝負せよ、そのために自分を磨けということであろう。社会で堂々と勝利しながら、同時に自分という一個の人間を完成させてゆく修行、それが諸君の課題である。

 ダンテは『神曲』で描いた死後の世界において、人の“肩書”については、「かつて○○だった者」と過去形で書き、人の“前”については「○○という者」と現在形で書いている。

 両者を明確に使い分けたダンテにとって肩書などは、厳粛な「死」の前に無力に消えゆく幻に過ぎなかった。彼はその人の「生命」自体の実相を見つめていたのである。


 学会の幹部でいえば、役職も何も捨てた裸一貫の信仰者として、どれだけ「人格」と「力」が光っているか。「信力」「行力」「教学力」「指導力」、社会常識、信即生活の現実の姿、そして何より、どれだけ真剣に広布に尽くし、法に尽くし、子に尽くしているのか。

 人と会う時も、役職等をかなぐり捨てた一個の自分として大誠実で接するべきである。その時に、真の迫力、説得力、明快さが必要となり、鍛えられてくる。自分の本当の力が磨かれる。

 ゆえに、役職等が安易に適用しない外交戦を重ねることが不可欠の修行となる。地道な弘教、家庭指導をしていない人は、どんなに組織の表面で華やかに目立っていようとも、やがて人々の信頼を失っていくであろう。何より自分自身の人生が行き詰っていくに違いない。


 イソップの寓話に「神像を運ぶロバ」の話がある。

 ある人が、ロバの背に神像を載せて町へ行った。通行人が皆、ひれ伏して拝む。いつしかロバは自分が尊敬されているとい上がり、前に進まなくなってしまった。

 ロバの愚かな考えを見抜いた主人は、「馬鹿もほどほどにしろ。誰がお前なんかを拝むものか!」と棒で引っぱたいた、という物語である。

 人間が陥りがちな錯覚をわかりやすく説いている。


 戸田先生はかつてこう指導された。

「『長』たる者が、人に尊敬される資格はない。あるとすれば、大御本尊様の功徳であり、もったいないことである。この気持ちが、支部長、地区部長、班長、組長に通じたならば、そのまま御本尊様に通ずるものである」(昭和28年6度幹部会)と。

 自分などがの使いとして働くことができ、人を救っていける。もったいなく、ありがたいことだという気持ちで、人々に尽くしていけば、その信御本尊感応し、功徳が限りなくわいてくる。

 また、「法で説く和合僧ともいうべき広布の組織を尊重せよ。組織はどこまでも尊(たっと)んでもらいたい。各自が、自分の地位の荘厳なることを知ってもらいたい」(昭和28年4度幹部会)と。

 学会の組織法上、まことに深甚(しんじん)の義がある。不可議ともいうべき存在である。それは広宣流布のために出来上がった組織だからである。

 そして、正しく信組織にあってこそ、各人の道修行も進む。異体同の団結も生まれる。「広宣流布」が進んでいく。

 それほど大切な組織で活躍できる誉れを、戸田先生は強調されたのである。

 その上で、「(しかし幹部が)おのれの力でその地位を得たのだとったら、もってのほかです。ですら、もしを信ずるものがあるなら、のようにして立って迎えよとする」(同)と教えられた。

 法の世界のあらゆる指導者がせねばならぬ言葉とう。


 リーダーが肩書ではなく、謙虚に本物の「力」を磨かねば、「組織悪」になってしまう。大きく発展すればするほど、その弊害も大きくなる。これは、どこの団体でも同様である。

 よい味での「能力主義」、また厳しい「結果主義」が基本になってこそ活化がある。

 学歴学閥(がくばつ)、閨閥(けいばつ)、情実主義、年功序列主義などに侵されれば、動脈硬化の恐竜のようなものである。


 ゆえに戸田先生は、こうも言われた。

「学会のしんがりも、他の会ではやれないような、しんがりぶりをやってもらいたい。学会で一番弱いものでも、外へいったら一番強いものであるというようになりたいとう」(昭和28年11度幹部会)。

「ある学校で、ビリが60点だったとする。それが、程度の低い学校へ転校すれば、優等生になれる。学会は人材の集まりです」(同)と。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


 新任人事が発表されているが、どうも御しやすいメンバーが多いように見受けられる。これじゃあ、その辺の企人事と変わりがないよ。近頃は、役職が上になればなるほど、現場から離れていく傾向がある。総区男子部長クラスの人事も、その大半が学生部からの流れを引き継いでいる現状がある。


 もはや人事は滅茶茶である。これからは、一人でこっそり頑張ることにしよう(ニヤリ)。民間人は、とにかく社会に打って出ることだ。組織だけで旗を振っていたって仕方がない。広布の本舞台は、飽くまでも社会である。

大学生への仕送り額、20年ぶりに月8万円割る


 親元から離れて暮らす大学生が受け取っている仕送りの額が減り、20年ぶりに8万円を切ったことが19日わかった。

 全国大学生協同組合連合会(東京)が昨年10、36大学の学生を対象に調査を実施、9736人から回答を得た。

 それによると、アパートやマンションから通学している学生が親からもらう仕送りは平均7万9930円。「ゼロ」と答えた学生も8.8%いた。最も多かった1996年(10万2240円)に比べ、2万2310円減り、87年(7万9460円)の水準に戻った。1かの収入は13万4260円で、前年比2680円の増加。仕送りの減額分を、奨学金(前年比1240円増)、アルバイト(同3360円増)で補っている。

 また、自宅から通う学生の小遣いは1か平均1万5570円と80年以降最低となった。

「日常生活で気にかかっていること」の問いには「生活費やお金」を挙げた学生が06年の41.5%(複数回答)から46.5%(同)に上昇。「好景気と言われるが、保護者の収入は伸び悩んでいる。物価も上昇し、家計の先行きは不透明だ。それが学生の暮らし向きに反映された」と大学生協連では話している。


【読売新聞 2008-02-19】


 このままでは、地方格差が教育格差につながりかねない。合格できる実力を持ちながらも、東京の大学に進学できない高校生が増えることになるだろう。

公明党立党の精神


「大衆と共に語り、大衆と共に戦い、大衆の中に死んでいく」というのが立党の精神である。どうか、「自民党と共に語り、自民党と共に戦い、自民党の中に死んでいく」ことのないよう、公明党議員にお願いしたい。

2008-02-23

2008-02-22

石破防衛相が連絡遅れ批判


 石破茂防衛相は19日午前の記者会見で、海上自衛隊イージス艦と漁船の衝突事故について、「こういう事故が起こったことは極めて遺憾なことだ。捜索救助に全力を挙げ、原因究明を早急に行わなければならない」と述べた。その上で、事故発生から石破氏への報告まで約1時間半かかったことを明らかにし、防衛省・自衛隊の連絡遅れを強く批判した。

 防衛省によると、事故は同日午前4時7分に発生。海上幕僚監部、統合幕僚監部を経て午前5時に内局に情報が入ったが、石破氏に報告が上げられたのは、さらに後の5時38分になってからだった。

 石破氏は会見で「とりあえずの第一報はもっと早く大臣に入るべきだったとう。危機管理の上からも、もっと(連絡にかかる時間を)短縮できるはずだ」と対応の遅さを批判。早急に連絡体制の見直しを行うよう指示したことを明らかにした。

 防衛省は同日、イージス艦「あたご」と衝突した漁船「清徳丸」が所属する千葉県・新勝浦市漁協川津支所に江渡聡徳防衛副大臣を派遣し、現地での情報収集に当たらせる。

 一方、自民党の伊吹文明幹事長は同日午前の党役員連絡会で、イージス艦の衝突事故について政府側から状況説明を受け、「行方不明2人の捜査に全力を挙げてほしい。緊張をもって対応してほしい」と要請した。


【産経新聞 2008-02-19】


 報告が遅れたのは、何かを誤化し、何かを守ろうとしたためだろう。軍隊は最も理的な組織といわれるが、我が国の自衛隊は、憲法議論を別にしても、まともな軍隊ではないようだ。単なる官僚組織になり下がったが明らかであり、有事の際に迅速な行動が取れないことが露呈した。また、既に指摘されているように、小型船からの攻撃が憂慮される事態となった。1450億円もするイージス艦だが、高い買い物とえてならない。今回の事故だが賠償責任が発生した場合、そのお金も税金で支払われることを忘れてはなるまい。

「マタイ受難曲」バッハ


 私が持っている唯一のクラシックCD(3枚組)である。今日は古谷さんの命日であり、神田さんの告別式でもある。今は亡きお二方に捧げる。最初の動画は、数ある「マタイ受曲」の中でも屈指と言われる、カール・リヒター(指揮)のもので、1958年(昭和33年)の録音。戸田先生が逝去された年であることも、私には偶然とはえない。

「若い頃はあれこれのめり込みましたが、この歳になるともうこれ一曲さえあればほかに何も要らないですよ。まあ、そんな境ですかね」

 そう言って彫り竜は、予備を何十枚も用してあるというレコード盤の一枚をターンテーブルにそっと乗せる。針を一番最後の曲の溝に合わせる。音量を上げる直前に、銀次にを押す。

 好みでなかったら遠慮なく言ってもらいたい。そのときはすぐにとめるから。

 しかし、そうはならない。

 大合唱が洞窟内に響き渡ると同時に、銀次のはたちまち魅了されてしまう。金縛りにでもあったように身動きできなくなる。しさすら覚えるほどだ。

 洞窟からあふれた荘厳な響きは、人のと楽器とが複雑に絡み合って、多重の放物線運動を繰り返す。

 その音波の軌跡は間違いなく真っ当な魂そのものが辿る道である。反復される主旋律は悪徳と正義の間隙を縫って突き進み、聴く者の卑しい根を叩き直し、開眼の方向へと押しやる。

 これに比するものなし。

 聴くほどにの痛みが薄らいでゆく。白と黒の際(きわ)やかな模様が胸のうちに広がって、魂の陰影がはっきりしてくる。そんな考えは通用しないという何者かのが骨に徹するたびに、激しい動悸を覚える。

 断じて幻惑などではない。

 迷夢から覚めるいが五体に広がって、細胞のひとつひとつに染み渡る。銀次は打ちのめされ、それ以上聴くことが堪えられなくなり、居たたまれなくなって、わず叫んでしまう。


【『虹よ、冒涜の虹よ』丸山健二


虹よ、冒涜の虹よ〈上〉 虹よ、冒涜の虹よ〈下〉

バッハ:マタイ受難曲

2008-02-21

2008-02-20

NY原油、終値初の100ドル台


 連休明け19日のニューヨーク商取引所で、原油先物の相場が再び1バレル=100ドルを突破した。

 国際的な指標となるテキサス産軽質油(WTI)の3渡し価格は一時、100.10ドルまで上昇し、13日に記録した最高値の100.09ドルを約1か半ぶりに更新した。

 終値も前週末比4.51ドル高の100.01ドルと、12日の最高値99.62ドルを更新。終値として初めて100ドルを超えた。

 石油輸出国機構(OPEC)の幹部が、「(35日の定例総会で)石油生産量は増えないだろう」と、生産量の据え置きや減産を示唆したと伝えられ、需給が逼迫(ひっぱく)するとの観測が出て買いが優勢となった。

 さらに、米テキサス州の石油精製所が火災で操停止に追い込まれたことや、産油国ナイジェリアの政情不安も重なり、原油の安定供給への懸が広がった。

 原油価格は12日に初めて100ドルを超えた後、1中旬以降は80〜90ドル台で推移していた。

 しかし、南米ベネズエラの国営石油会社が212日、米エクソンモービルへの石油輸出を停止したことを受け、再び上昇傾向に転じていた。

 19日のニューヨーク商取引所では金の価格も上昇し、金の先物は取引の中となる4渡し価格が、前週末比23.70ドル高の1トロイ・オンス(約31グラム)=929.80ドルで取引を終え、約3週間ぶりに終値の最高値を更新した。


【読売新聞 2008-02-20】

昭和18年の学会弾圧


 創価教育学会に対する治安維持法違反、不敬罪を理由としての弾圧の規模と経過を見ておこう。

 まず宗門が創価教育学会に「神札」を受けるよう命じた昭和18年6、そのに最初の逮捕者を出した。

 逮捕されたのは、創価教育学会理事の有村勝次と中野支部長の陣野忠夫であった。二人が逮捕されたのは629日、淀橋警察に留置された。

 つづいて76日には牧口常三郎会長が、折伏で訪れた伊豆の下田で逮捕され、下田警察に留置された。牧口会長は、翌7日警視庁に押送された。牧口会長の逮捕された6日には戸田外理事長(当時)も逮捕され、高輪警察に留置された。戸田理事長も、のち警視庁に留置される。

 76日は、ほかに理事・稲葉伊之助、理事・矢島周平などが東京で逮捕された。

 牧口会長が布教先の伊豆・下田で逮捕されていること、中枢幹部を一斉検挙していることからして、警察による長期間にわたる内偵がおこなわれ、逮捕にあたっては綿密な準備がなされていたと結論される。

 それは629日の理事・有村や中野支部長・陣野らの逮捕により弾圧が始まったのでなく、それは水面下で長期間つづけられてきた捜査が、顕在化するきっかけとなったと見るべきである。有村、陣野らを1週間、調べただけで、創価教育学会中枢に対する組織的な一斉検挙がなされることなどあり得ない。

 創価教育学会幹部の逮捕はその後も相次ぎ、720日には、副理事長・野島辰次、理事・寺坂陽三、理事・神尾武雄、理事・木下鹿次、幹事・片山尊が警察に逮捕された。この昭和18年7以降も逮捕が相次ぎ、昭和19年3までに総計21が逮捕された。

 国家権力による弾圧は、日蓮正宗の信徒団体である創価教育学会に対するものだけではなかった。日蓮正宗僧侶である藤本蓮(本=秀之助)も、創価教育学会の有村・陣野らが逮捕される少し前の616日に、不敬罪等の容疑により逮捕されている。

 藤本は昭和2年ごろ、日蓮正宗に入信し、昭和16年に出家し僧侶となった経歴の持ち主。この藤本と同時に、藤本にしたがう高塩行雄も逮捕されたが、高塩は逮捕直後より「改悛の情顕著」ということで起訴猶予となり、藤本のみが、922日に起訴となった。

 さて、この昭和18年6、7日蓮正宗僧俗に対する国家権力による嵐のような連続検挙に対し、宗門はどのような対処をしたのであろうか。

 戸田会長の書いた「御本山一統のあわてぶり、あとで聞くもおかしく、みるも恥ずかしき次第」(「創価学会の歴史と確信」より)とは、いかなる「次第」か。

 まず宗門は、あわただしく7に何回も長老会議、参議会を開き、局面の打開を協議した。それを受け日蓮正宗宗務院は730日付をもって日蓮正宗宗務院より「院達」を、全国の「教師住職教会主管者」宛に出す。

「院達」は、来る821日と22日に第1回目の、825日と26日に第2回目の「教師錬成講習会」を、総本山の富士学林で開催することを伝えるものであった。

「院達」には、「尚本講習會に於て特に重要事項の指示可有之に付理由無くして受講に應ぜざる者は宗制に照し處斷することあるべく爲申添へ候」と、厳しく参加を義務づけていた。そして、第1回目と第2回目の「教師錬成講習会」の参加者を、それぞれ次のように指した。


第1回目/中島廣政、井口琳道、青山諦量、中原顯照、渡邊慈海、渡邊孝英、小野眞道、細井精道、白石慈宣、野木慈隆、佐藤慈豊、鈴木義忍、椎法英、舟橋泰道、猪又法護、辰野開道、小川慈大、永澤慈典、崎尾正道、秋山教悟、岡慈契、太田慈晁、澁田慈旭、柿沼廣澄、高野法玄、佐野慈廣、前川慈寛、瀬戸恭道、佐野舜道、秋田慈舟、早瀬道應、木村要學、堀米泰榮、眞弓智廣、佐藤慈英、佐藤覺仁、佐藤治道、八木直道、磯野寛清、本江廣泰、本多妙鶴、長岡法頂、福重照平、高瀬養道、藤川徹玄、重住慈嚴、反橋智道、佐々木隆道


第2回目/渡邊慈海、大村壽道、青山諦量、東完道、伊藤達道、太田泰福、本多慈運、千草法輝、三野徹妙、上原一如、平山廣生、小野宏憲、佐野廉道、佐野周道、影山惠信、岡田諦齢、堀米泰榮、高橋信道、西方慈正、關戸慈晃、林信隆、淺井廣龍、渡邊智道、秋山圓海、豊田貫道、奥法道、能勢安道、川田利道、落合慈仁、鳥山馨道、野村學道、本締雄、市川眞道、大石菊壽、手塚寛道、小照道、早瀬義顯、渡邊廣順、宮澤慈悳、飯塚慈悌、佐藤舜道、石井觀境、辰野慈忠、菅野慈俊、崎尾正道、中島妙宣、岩瀬正山、花枝宏旭、長谷部道海


 この「教師錬成講習会」においては、第1日午前5時に起床し、国旗掲揚、勤行、食事などを済ませたのち、午前8時より同11時まで堀日亨上人が講義をなし、午前11時より正午まで教学部長・佐藤舜道より指示がなされた。

 食事をはさんで午後1時より午後2時まで、堀米泰榮教授(のちの堀米日淳上人)の講義、午後2時より午後3時まで教学部長・佐藤舜道が再び指示をした。夜は午後6時50分より2時間にわたり「協議会」をおこなった。

 第2回目も午前5時起床。国旗掲揚、勤行、食事などの後、午前7時より「英霊墓参」。午前8時より同11時まで堀日亨上人による講義、その後、正午までの1時間、報国課長・青山諦量より指示がなされた。

 昼食後、午後1時より午後2時まで堀米教授の講義があり、その後、食料増産をめざして農作をおこない、夕食の後、第1日目と同様、午後6時50分から2時間にわたり「協議会」をおこなった。

 では、宗門は該当者の厳正なる出席を求めた「教師錬成講習会」で、なにを徹底したのであろうか。哀れなことであるが、国家権力の弾圧に恐怖し、“神宮大麻(神札)を寺院の庫裡、あるいは僧や信徒の住宅に祀ることはやむを得ない”との宗門中枢の決定を徹底したのであった。

 昭和18年8日蓮正宗は一山あげて大謗法に染まったのである。江戸時代、徳川幕府の弾圧を恐れ、謗施を供養として受け取る大変節を宗門はなしたが、それに匹敵する一大教義違背を、時を隔て昭和の時代に再び犯したのである。

 日蓮大聖人曰く。

謗法と申す罪をば我もしらず人も失ともわず・但法をならへば貴しとのみいて候程に・此の人も又此の人にしたがふ弟子檀那等も無間地獄に堕つる事あり」(妙法比丘尼御返事)

【通解】謗法という罪を、自分も気づかず、また人も悪いともわず、ただ法を習っているのだから貴いとばかりっているので、この人も、またこの人に従う弟子、檀那なども無間地獄に堕ちるのです。


【「地涌」669/1993-06-15】

植木雅俊氏の新刊


 岩波書店から311日に発売される予定。


法華経 上―梵漢和対照・現代語訳 (1) 法華経 下―梵漢和対照・現代語訳 (3)

2008-02-19

学会は民衆運動の模範


 池田先生は25、26の両日、第31回「SGIの日」記提言を発表してくださった。新聞各紙も日、産経共同通信等が報じたのをはじめ、大きな反響を呼んでいる。

 先生は1983年以来、これまで24回の提言を発表。83年に提言された「米ソ首脳会談」は85年に実現。95年の「国際刑事裁判所」は2002年に設置で合。00年の貧困撲滅のための「グローバル・マーシャルプラン」は02年に「世界連帯基金」の設置で合されるなど、数々が現実となっている。

 要するに、ちっぽけな島国根の日本とはスケールが違う。歴史観、世界観が違う。

 本当なら政治家の仕事ではないか! どれだけ謝してもしきれない大ではないか!

 それを、やっかみ、焼きもちばかりで、あろうことか嫌がらせや弾圧まで仕掛けてくる。

 なんたる大非礼! なんたる不知か!


嫉妬の産物


 池田先生公明党を創立されたのも日本の低次元の常識を遙かに超越した「世界基準」の先見だった。こんなエピソードがある。

 米スタンフォード大学のネル・ノディング誉教授は、日本を代表する著な学者から“学会とは交流しないほうがいい”と訳知り顔で忠告された。理由を聞くと“学会は貧乏人と病人で出発した団体だから”だと言う。

 ノディング氏は「そうした庶民を救済するのが、まさに民衆運動の使命ではないでしょうか」と尋ねる。すると学者は、こうも言う。

“しかし今は政治的な力を持って、問題になっているのです”。ノディング氏は呆れた。

「庶民を糾合した団体が、社会的に大きな影響力を与えて、何が悪いのですか」と問い返した。学者は絶句してしまったという。

 要するに傲慢! 嫉妬! これが“日本”である。みっともない醜態ではないか!

 日本の愚劣な一部の政治家らが言う“政教一致”云々も、もとは共産系の宗教学者が最初に言い出した「嫉妬の産物」であり、日本だけの「島国根の産物」である。

 専修大学法学部藤本一美教授は、諸外国での政治と宗教の関係を論じて結論している。

 米英でも「支持団体との関係を指摘して相手の政党を批判・攻撃する場面を目にすることはない」。むしろ「相手の政党の支持団体に対しては理解を求め、いかにしてその団体を取り込むかを考える」。当然の道理である。

 ドイツやイタリアに至っては「宗教政党が長く国政の一端を担い重要な役割を演じてきた」。しかし「支持団体である宗教団体との関係をことさら問題視し、これを批判したというを聞いたことがない」と断言している。

 要するに日本の一部の政治屋が世界から見て、いかに未熟で愚劣で低級かということである。

 藤本教授も厳しく糾弾している。

公明党とその支持団体との関係をことさら問題にするのは、憲法のいう政治参加の原則を理解していない誤った認識」であり、「政党政治のルール違反であり、厳につつしむべきである」と。

“政教一致”云々と言う輩は、己のバカさ加減、無知無能を晒(さら)すだけなのである!

 御書に嫉妬の輩の本質を「弥よ瞋恚を懐いて是非を糺明せず唯大妄語を構えて国主国人等を誑惑し日蓮を損ぜんと欲す」(1068頁)と。

 嫉妬のデマを受けることこそ「正義の証」である。嫉妬のデマを粉砕してこそ「正義の拡大」がある。

「破邪」ありて「顕正」あり、なのである。「断じて正義を守る」と弟子の一念を定め、圧倒的な大言論戦を起こそうではないか!


【秋谷会長の指導から/聖教新聞 2006-02-03】

『仮面を剥ぐ 文闘への招待』竹中労


 牧口常三郎は新潟の人、明治4年66日、佐渡をのぞむ荒浜という寒村に、貧しい船乗りの子として生まれた。父親は北海道に出かせぎに行ったまま帰らず、小樽の叔父にあずけられて学し、札幌師範を卒して教員となる。在学中、内村鑑三の著書『地人論』に啓発されて地理学者を志し、二千余枚の原稿をたずさえて上京。冨山房から明治36年、『人生地理学』を上梓した。この著書は8版を重ねて、牧口常三郎前は世間の所有に帰したが、官学アカデミズムの壁は厚く、教員生活に戻って東京下谷スラム街の貧困児童特殊学校に奉職する。

 その間、文部省教科書『小学地理』の編集にたずさわり、柳田国男南方熊楠(みなかたくまぐす)らの知遇を得、明治43年には柳田と共に山梨県南都留郡道志村を踏査した。さらに翌44年、九州筑後川の上流に山村の生活をルポルタージュ、『郷土研究』を著す。教育者・地理学者として、その績を認められてなお、牧口は生来の叛骨と差別された人々の側に立つ異端の信のために、教育界から迫害された。下谷の特殊学校ではおのれの俸給を投じ、日本最初の完全給食を実施して、社会主義者と目される。芝白金小学校校長に転じ、有数の優秀校に育て上げながら、廃校が決定していた麻布新堀小学校に追われて昭和7年、「自然退職」と称する首切り処分に付された。

 日蓮正宗への入信は昭和3年、やはり教育者である目黒学校の校長・三谷素啓の熱折伏による。牧口はすでに満57歳、信仰を得て晩年はいっそう過激であり不退転となり、戦闘的に燃え尽きる……。

 ライフ・ワーク『創価教育学体系』の刊行、その実践教育の場として学会設立をささえたのは、これも教育出身の戸田甚一(聖)であった。昭和12年、日中戦争が始まった年に「創価教育学会」公式に発足する。会員六十余、大東亜戦争にむかう過程で、東京・神奈川・福岡・古屋等に、中小商工者、小学校教員、サラリーマン、家庭の主婦など1500人をこえる会員を獲得する。

 昭和15年4、政府は宗教団体法を施行して、宗教界を統制しようとした。日蓮正宗の布教監・小笠原慈聞、これに迎合して神本迹論を唱え、日蓮宗との合同を推進する。学会は断固反対して、「神宮大麻」すなわち伊勢神宮への礼拝奉斎を拒否。“反国家神道団体”として、特高警察の標的となる。かくて戦時下の17年76日、牧口常三郎戸田城聖を検挙、他に19の幹部を捕えて、治安維持法違反と神社に対する不敬罪で起訴。きびしい取調べと拷問で、牧口・戸田を除く全員が信仰を棄てて退転した。

 牧口は毅然として、「天皇陛下は人間として尊崇し奉ればそれでよし。唯一の正法を信ずる我ら、伊勢神宮に神礼する必要はなし」と宗教者として非転向をつらぬく。戦局急迫する19年10、三男洋三の戦死を獄中で聞き、体力にわかに衰えて1118日、73歳で殉教の生涯を閉じた。奇しくもこの日は、昭和5年に『創価教育学体系』第1巻が刊行された日に当り、“学会創立記日”と戦後になって定められた。


【『仮面を剥ぐ 文闘への招待竹中労(幸洋出版)】

  • 外と知られてないが昭和18年の弾圧の際、理事の一人であった矢島周平氏も退転しなかった。戦後、戸田先生の後を受けて理事長となった人物。後に出家している。ただし、「当時の理事長も、師である戸田先生を誹謗したのである」(第2総東京最高協議会 2006-01-02 牧口記会館)と先生は振り返っておられる。
  • 矢島周平
  • 「日本最初の完全給食を実施」とあるが根拠が不明。「給食制度」も参照されたい。

「戦の一字を忘るな」中岡慎太郎


「戦(いくさ)の一字を忘るな」(中岡慎太郎幕末土佐の志士)という言葉があるが、いかなる世界も「永遠の戦い」である。人生も社会も、そして宇宙も――。“法は勝負”との御本のお言葉は、いくら強調してもし過ぎることはない。

 人間も外に打って出る気概がなくなり、動かなくなっては成長はない。第一、身体に悪い。太るばかりである(笑い)。

 組織においても、「戦い」の気概こそが、活化し、成長を続けていけるエネルギーなのである。

 その味で、リーダーが自分で戦わず、軍隊に「雇われ根」が蔓延したローマは、そこから社会が弱体化し、内から崩れていくのは、むしろ必然といえよう。


 率先して第一線に立つ――この精神をなくしたリーダーは、実はその姿自体が無責任な「雇われ根」であった。

「誰かがするだろう」「彼らが、うまくやるだろう」「多分、何とかなるだろう」――人を使っているつもりで、実は自分の方が、だらけた悪しき「サラリーマン」に陥っていた。責任もなければ、独立もない。

 楽なようでいてその実、“貴族”とはばかり。状況に支配された“環境の奴隷”“欲望の奴隷”であった。

 栄光のローマは、やがて民族大移動という歴史の大波の中、ゲルマン諸部族の侵入によって滅亡する(476年、西ローマ帝国滅亡)。

 しかし、外敵に破られる以前、ローマは既に内から崩れ、破られていたのである。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


 当時、私は26歳。男子部の副部長だった。第二次宗門問題のちょうど一年前のこと。


 仕事にせよ、活動にせよ、日常の中で妥協することは多い。サラリーマンの大半はうんざりしているし、活動家の多くはストレスまみれだ。職場や拠点に行く際、がワクワクしている人は幸せな証拠。


「戦う」ということは勝負である。その中身は、「状況を変える」ことができるかどうかだ。環境に流され、振り回されるか、環境を動かし、変えてゆくかが問われる。


 中岡慎太郎は武力による維新を目指していた。薩長同盟の立役者で、坂本龍馬と共に暗殺された。享年29歳。


 志とは 目先の貴賤で動かされるようなものではない 今 賤しいとえるものが

 明日は貴(とうと)いかもしれない

 君子となるか小人となるかは家柄の中にはない 君 自らの中にあるのだ


【『中岡慎太郎全集』(文久元年1126日 北川竹次郎宛手紙)】

2008-02-18

警視庁公安部、統一教会系団体を捜索


 世界基督教統一神霊教会、いわゆる統一教会東京にある関連団体に対し、警視庁公安部は18日から住居侵入の疑いで家宅捜索に乗り出しました。 住居侵入の疑いで警視庁公安部の家宅捜索を受けているのは、世界基督教統一神霊教会いわゆる「統一教会」関連のボランティア団体で、東京・世田谷区にある「SHINZEN」の事務所などです。

 ホームページなどによりますと、「SHINZEN」はアジアやアフリカの貧困国に対して教育や医療などの支援を行うボランティア団体ですが、警視庁公安部による捜索は「SHINZEN」の20歳代の男が今上旬訪問販売のため千代田区内のマンションに無断で上がり込んだ容疑で行われています。

 公安部は「SHINZEN」が海外支援や福祉を目にして、ハンカチや靴下などの訪問販売や募金活動などを行っては集めた金を統一教会の資金源にしているとみていて、活動の実体解明を進める方針です。

 警視庁公安部が、統一教会の関連施設への捜索に乗り出すのはきわめて異例のことです。


【テレビユー福島 2008-02-18】

橋下知事vsNHK大阪放送局

 実は以前から橋下徹氏には好を抱いている。メディアの中で「敢えて異を唱える姿勢」が見られるからだ。番組という番組が大政翼賛的ムードに包まれている中で、反対見を述べることはしい。そんなところに大阪人の気質が窺える。NHKに対する姿勢もグッド。「メディアが問題だ」と言う政治家は多いが、具体的にその場で指摘する人はまずいない。時に失敗することもあるだろうが、だんまりを決め込んでる連中よりはるかにマシだ。メディア戦略として橋下知事と東国原知事は正反対だが、両者ともに上手くメディアを利用しているとう。

2008-02-17

誰が歴史を編むのか?


 昨年から、『花形記者は転んだ ジャーナリスト内藤国夫の素顔』(丸山実、坂口義弘)、『破滅 島原高はなぜ一千万信徒を裏切ったのか』(大友俊太郎)、『仮面を剥ぐ 文闘への招待』(竹中労)などを読んできて、うこと多し。


 言論問題〜第一次宗門問題という流れの中で、事の本質を理解していた学会員がどれほどいただろうか。岡庭昇、竹中労加藤周一、猪野健治、高野孟といったジャーナリストは、危険を冒してまでリベラルな立場を堅持した。「学会擁護」と批判されることを承知の上で、彼等は権力者の図を鋭く見抜いていた。書くことに勇気を必要とする場合、ペンは剣と化す。


 彼等と正反対の位置に身を置いて、権力者の走狗となった作家の方が多かった。藤原弘達、内藤国夫、野坂昭如、隅田洋、植村左内、竹中信常、福島泰照、梶山季之らである。


 第一次宗門問題に至るまでのイエロージャーナリズムによる「反創価学会キャンペーン」は、創共協定を阻止する目的があった。『月刊ペン』編集長の隈部大蔵は陸軍中野学校出身だった。つまり諜報活動のプロといってよい。こうした背景の中でうってつけのトリックスターが登場した。山崎正友である。


 戦中、戦後からの保守勢力が共産主義を封じ込める一連の流れの中で、第一次宗門問題は起こった。この間、保守派に食い込んだのが統一協会であった。


 公明党が政権与党となったことを考えると隔世のがある。その味から言えば、時代は既に成熟してきたのかも知れない。しかし、権力の本質はそう簡単に変わるものではないはずだ。


 このような歴史が誰によって編まれてゆくのか? 学会本部が行うとすれば、それは官製のものとならざるを得なく、都合の悪い歴史は割愛された挙げ句、いたずらに先生の神格化を推進する結果となるだろう。


「大乗」という運動には、民衆による歴史編纂の義が込められているようにじる。当然、長い歳が必要となろう。民衆が歴史を記さなければ、民衆主役の時代は来ない。我々池田門下生自身が「歴史そのもの」と化すほどの闘争が求められる。

2月度本部幹部会


 師の指導、既に終了したあり。文豪や哲学者の言葉を多数引用するのは、人類の英知を留めておくためか。師、八十歳。残された時間わずにいられない。今後は、内容よりも、師の姿を瞼に焼き付けておくことだ。


先生滅後の展望


 1.平和提言は東洋哲学研究所と戸田国際研究所が力を合わせて発信してゆく。

 2.三代会長の指導要集を編年体化。

 3.学会公明党は距離を置いた方がよい。政権交代の可能があれば、公明新聞社が邪になる。

 4.外郭企の縮小、統合。

 5.民音は財団法人から株式会社にした方がよいのではないか。

 6.政治・経済・教育・メディアに関するシンクタンクの創設。

 7.草の根レベルの平和運動を推進。

 8.方面に権限を持たせつつ、監査機能を強化。

 9.正確な教史の研究。

 10.「池田大作」のを冠した賞を設ける。

 11.日蓮法を基底とした「池田ヒューマニズム」の宣揚。


【※210日に書いたもの】

公明新聞「六」殿御返事


 チト、適当なカテゴリがないため「聖教新聞社殿御返事」としたことをご了承願いたい。要は、「機関紙殿御返事」という味合いである。


北斗七星


子育て真っ最中の母親から「公明党のおかげで助かってます」と謝の言葉を先日掛けられた◆2歳半になる二女が最近弱視と分かり治療用の眼鏡が必要になった。「高額なのでは」。一瞬不安がよぎったが、保険が適用されると分かり、それを実現したのが公明党と知ってのことだった◆公明党は庶民の悩みを聞けば真面目に解決に取り組んできた。エミリー・ディッキンスンの詩の一節に「もし私が一人のを傷から救ってやることができるなら/私の生きることは無駄ではないだろう」。政党も同じ◆『甲子園への遺言〜伝説の打撃コーチ高畠導宏の生涯』(門田隆将著、講談社)で、著者が高畠さんにこの詩を贈っていた。「多くの若者と汗と涙を共有し、迷い込んだ道から彼らを救い、駆け足で人生を終えたあなたに――」と◆その高畠さんは、プロ野球在籍中の50代半ばで一念発起し、59歳で高校教師になった。がんで在任期間はわずか1年余。だが伯楽の生涯はNHKドラマ『フルスイング』になるほどだった。彼は言った。「夢をもって突き進めば、あきらめずにやっていけば、夢は達成できる」◆今年の新成人を対象に民間の調査会社が行ったアンケートで、「日本の未来は暗い」と考える人が約半数に上ったという。「夢をもって突き進め」と青年に語れる国づくりを進めたい。(六)


【公明新聞 2008-02-09】


 このコラムに引用されている著者の門田隆将は、本門脇護という。『週刊新潮』の副部長で、あの「白山氏への冤罪報道事件」や「信平狂言訴訟」において、嘘八百を並べ立て、なりふり構わず学会を攻撃した人物である。エラーや無知などといった言葉で済ませるわけにはいかない。公明党が滅んでゆく前兆とすらえる。「柳原滋雄コラム日記」の210、16日分を参照されたい。一面コラムは新聞の顔である。当然ながら、複数のチェックも入っていることだろう。図らずも、敵に対する警戒の薄さを露呈してしまった。今一杯で公明新聞の購読はやめるつもりだ。

2008-02-16

訃報


 今日、神田學志さんが老衰のため逝去された。享年90歳。古い学会員にとっては、神田学忠という前で知られていることだろう。昭和28年の入会で草創の蒲田支部矢口地区出身。後に戸田先生の面接を受けて地区部長となられる。板橋で区議をされた後、江東で最初の公明党都議会議員となった。晩年になっても、創価高校副理事長、東弘の取締役などを歴任。私は青年部時代から昨年に至るまで、数十回にわたり指導をして頂いてきた。冬木町のご自宅に伺うと、いつも指導を受けてる方の姿があった。何千、何万の人々を激励し抜いた一生だった。からご冥福を祈るとともに、広布後継を固く誓う。

2008-02-14

「主婦の友」が休刊へ=創刊91年の歴史に幕


 主婦の友社(東京都千代田区)が発行する刊誌「主婦の友」が5発売の6号(通巻1176号)で休刊することが13日、明らかになった。同誌は1917年に「主婦之友」として創刊された老舗の女誌。ピーク時には単号で約180万部に達したこともあったが、直近の平均発行部数は約16万部(日本雑誌協会調べ)に低下していた。

 同誌は戦後、「主婦と生活」「婦人倶楽部」「婦人生活」とともに4大婦人雑誌と言われたが、女の価値観の多様化とともに部数が低迷。他の3誌は80〜90年代に休刊し、最後の1誌となっていた。


時事通信 2008-02-13】

2008-02-13

「同志の心」が隆盛への熱きエネルギー


 いかなる団体にせよ、志を同じくする「同志の集い」は強い。この「同志の」がみなぎっている限り、それが隆盛への熱きエネルギーとなる。

 反対に、無責任な「雇われ根」や、また出来上がった結果に安住する保身的な「権威主義」が、はびこり始めれば、もはや滅びの坂である。

 そこでは、全体の発展が「目的」ではなく、自分の栄達、利が「目的」となり、団体を「手段」にしているからである。

 それでは獅子の身中に入り、その肉を食らって生きる虫の存在に他ならない。

 獅子である学会にも、断じてこうした悪を許してはならない。戦わねばならない。悪と戦わない人は、自分自身が悪の病原菌に負けてしまう。信を毒し、生命の“病”になってしまう。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


 全学会員の志は広宣流布であるはずだ。「必ず幸せになれる!」と聞いて入会を決した人もいれば、生まれた家が学会員というだけで何となくやっている人もいることだろう。だが、ひとたび一生成を目指して功徳を実すれば、我が使命の自覚が急速に深まってくる。


 御義口伝に云く大願とは法華弘通なり(736頁)


 学会員であるならば、広布大願に生きる人でなくてはならない。池田門下生を乗るならば、折伏の達人でなくてはならない。


 最前線で戦う同志の方々は皆純真だ。おしなべて真面目で人がいい。ところが幹部はといえば、地域によってかなりレベルが異なる。現在、私がいる組織は、目を覆いたくなる惨状だ。原因は明らかだが、ここに書くことは控えよう。既に直接、方面長には伝えてある。


「同志の」が脈打っているかどうかは、見る人が見れば一瞬でわかる。一念からにじみ出る“生命の発露”は歴然としている。絶対に誤化せない。「戦っているふり」をしてもムダだ(笑)。


師子身中の虫」は癌と同じだ。切除しなければ死に至るケースもある。問題は、先生がご存命の間に切れるかどうかだ。

2008-02-12

幽霊の話


 まだ班長(現在のニューリーダー)の頃だ。友人が「ところで、幽霊っているのか?」と訊いてきた。「幽霊か……。ちょっとわからんな。部長に質問しておく」と答えた。いい加減なことは言えなかった。若くても、私は学会の全権大使なのだ。


 部の活動者会が始まるや否や、早速質問した。部長は、「それはしいな……。指導部に相談した方がいいだろうな」と言った。翌日、近所に住んでいる本部指導長のところへ足を運んだ。「幽霊はいないよ。法では、“霊”という存在を認めてないんだ。生命と霊とは違うよ。ただ、宇宙に冥伏(みょうぶく)した生命が、何らかの縁によって目に見える姿になることはあるかも知れない」と教えられた。


「お前のせいで、あっちこっちへ行く羽目になった(本当は“あっち”にしか行ってない)」と私は経緯を語り、指導長の話を伝えた。友人は納得した。


 大体ね、幽霊が存在するんだったら、せめて私のところへ挨拶に来るべきだ。本気でそううよ。そうしたら、目一杯折伏してやるよ。「何が恨めしいんだ! そんな弱い命だから成できないんだぞ! 俺が鍛え直してやる!」と気合いを入れてやろうかな。


 何といっても致命的なのは、人間以外の幽霊がいないことだ。ゴキブリや蚊の幽霊がいないのはおかしいだろう。ツボカビで大量に死んだカエルの幽霊も聞いたことがない。バルサンなんか使用したら、ダニの幽霊だらけになるはずだ。まして冬を迎えれば、昆虫の幽霊は人間の人口を軽く上回ることになろう。


 しかし一方で、「幽霊が見える」という人が存在するのも確かだ。特に通力がある人ほど、その傾向が強い。多分、霊としての実体ではなく、その人の人生を取り巻く怨みたいなものを、霊という形で認識しているのだろう。


 以前、あるメーリングリストで、幽霊に関する投稿に対して、主催者が「オカルト」と切り捨てたことがあった。直後に、主催者がその投稿を嘲笑する内容の私信が、誤ってメーリングリストに送信された。立派な人物だったが、根を垣間見たいがした。


 なぜ、ダラダラとこんな話を書いているかというと、実は義母が退院してから、幽霊が見えるようになったのだ。以来、妻の実家では不審な物音に悩まされた。出入りしているヘルパーさんが、「除霊の覚えがあるから」と盛り塩などをしてくれ、何とか家から追い出すことに成功した模様。すると、どうも玄関先にいるようで、今度はドアのバタンバタンという音がするようになった。


 義母は全く怖がってないので、私はさほど配してない。それどころか、かっこいいオジイサンの幽霊らしく、結構気に入っているようだ。ナイス・ミドル。


 私は妻に言った。「俺のところに来るように幽霊に伝えておけ」と。多分、幽霊の方が私に対して恐れを抱く羽目になるだろう。「こんなことなら、化けて出て来なければよかった」と泣き顔で愚痴をこぼすことになるはずだ。御本尊は怖いけど、幽霊なんか全然怖くないよーだ。

書き換わる聖徳太子像


 実在から非実在へ、聖徳太子像が大きく書き換えられようとしています。戦後歴史学がたどりついた成果とも、真実追究の学問がもつ非情さともいえるでしょうか。


 聖徳太子を知らない日本人はまずいません。教科書風にいえば、6世紀末から7世紀前半の飛鳥時代、日本の伝統精神に教や儒教の外来を身につけ、日本の国力と文化を飛躍的に高め世界の先進国入りさせていった皇太子です。


「和を以て貴しと為す」との教えや貧しい者への優しい眼差(まなざ)し、太子の言葉とされる「世間虚仮(せけんこけ)唯是真(ゆいぶつぜしん)」の無常観などは、いまも人のにしみて揺さぶります。


常識になった非実在


 もっとも、一時に8人の訴えを聞いて誤りなく裁いたことから、八皇子(やつみみのみこ)と呼ばれたとの伝承や生まれたときから言葉を話し高僧の悟りに達していたとの伝説、その未来予知能力や中国の高僧の生まれ変わりで、最澄は玄孫などの輪廻(りんね)転生の説話などには訝(いぶか)しさをじさせるものではありました。


 誇張や粉飾があったにしても、実在と非実在では話の次元が全く違ってしまいます。ところが、積み重ねられた近代の実証的歴史学の結論は「聖徳太子はいなかった」で、どうやら決定的らしいのです。


 聖徳太子の実在に最後のとどめを刺したとされるのが、大山誠一中部大学教授の1996年からの「長屋王家木簡と金石文」「聖徳太子の誕生」「聖徳太子と日本人」などの一連の著書と論文、それに同教授グループの2003年の研究書「聖徳太子の真実」でした。


日本書紀に政治


 それらによると、聖徳太子研究で最も重視すべきは、日本書紀が太子作として内容を記す「十七条憲法」と「三経義疏(さんぎょうのぎしょ)」。数多くの伝承や資料のうち太子の偉大さを示す績といえば、この二つに限られるからだそうです。


 このうち十七条憲法については、既に江戸後期の考証学者が太子作ではないと断定し、戦前に津田左右吉博士が内容、文体、使用言語から書紀編集者たちの創作などと結論、早大を追われたのは有です。


 三経義疏は教の注釈書で太子自筆とされる法華義疏も現存しますが、これらも敦煌学権威の藤枝晃京大教授によって六世紀の中国製であることが論証されてしまったのです。


 世に知られた法隆寺釈迦(しゃか)三尊像や薬師如来像、中宮寺の天寿(てんじゅ)国●帳(こくしゅうちょう/※●は繍の旧字)も、その光背の銘文研究や使用されている暦の検証から太子の時代より後世の作であることが明らかになってきました。


 国語・国文学、美術・建築史、宗教史からも実在は次々に否定され、史実として認められるのは、用明天皇の実子または親族に厩戸(うまやど)王が実在し、斑鳩宮に居住して斑鳩寺(法隆寺)を建てたことぐらい。聖徳太子が日本書紀によって創作され、後世に捏造(ねつぞう)が加えられたとの結論が学界の大勢になりました。


 太子像が創作・捏造となると、誰が何のために、その源となった日本書紀とは何かが、古代社会解明の焦点になるのは必然。そのいずれにも重大な役割を果たしたのが持統天皇側近の藤原不比等というのが大山教授の説くところ。長屋王や唐留学帰りの僧・道慈が関与、多くの渡来人が動員されたというのです。


 日本書紀は養老4(720)年完成の最古の正史で、その編纂(へんさん)過程に律令(りつりょう)体制の中央集権国家が形成されました。隋・唐の統一と東アジアの大動乱、それによる大化の改新や壬申の乱を経て、古代社会の「倭(わ)の大王」は「日本の天皇」へ変わったとされます。


 大変革の時代の日本書紀の任務は誕生した天皇の歴史的正統と権威の構築です。それが、高天原−天孫降臨−神武天皇−現天皇と連なる万世一系と論理、中国皇帝にも比肩できる聖天子・聖徳太子の権威の創作、書紀は政治的図が込められた歴史書でした。


 大山教授の指摘や論考は、歴史学者として踏み込んだものですが、隋書倭国伝との比較などから「用明、崇峻、推古の三人は大王(天皇)でなかったのではないか」「大王位にあったのは蘇我馬子」などの考も示しています。「日本書紀の虚構を指摘するだけでは歴史学に値せず、真実を提示する責任」(「日本書紀の構」)からで、日本書紀との対決と挑戦が期待されます。


千年を超えた執


 日本書紀が展開したと論理は1300年の現実を生き現代に引き継がれました。憲法と皇室典範は「皇位世襲」で「皇統に属する男系の男子がこれを継承する」と定めています。


 しかし、万世一系は子孫を皇位にと願う持統天皇のあくなき執と藤原不比等の構によって成り、その父系原理も日本古来のものとはいえないようです。建国記の日に永遠であるかのような日本の原理の由来と未来を探ってみるのも。


社説/中日新聞 2007-02-10】

2008-02-11

「米軍は引き揚げろ」/少女暴行に沖縄県民激怒


 少女暴行容疑で米兵が逮捕される事件がまた起きた。「犯罪を根絶できないなら米軍には引き揚げてもらうしかない」――。沖縄では強い憤りのが上がった。

 米兵による犯罪被害者らの聞き取り調査に取り組んできた沖縄人権協会の福地昿昭理事長は「平成7年に起きた少女暴行事件を起させる。『再発防止』『二度と起こらないように』という言葉が何遍も繰り返されてきたのに」と指摘。

軍紀が乱れていては沖縄は人の住める場所ではない。一軍人の犯罪では済まされず、日本政府も人権上の問題として取り上げるべきだ」と語気を強めた。

 過去10年の沖縄県内では米軍人・軍属、その家族ら米軍構成員による刑法犯の検挙人数が、15年の133人を最多に4年連続で減少。昨年は46人だった。

 しかし1には沖縄市の路上でタクシー運転手をウイスキー瓶で殴ったとして、普天間飛行場所属の海兵隊員2人が同じ沖縄署に逮捕されたばかり。米国のケビン・メア駐沖縄総領事は同末の記者会見で「こういう事件はたとえ一つでも多すぎる。事件をなくすため一層努力する必要がある」と強調していた。

 今回の事件発生は10日夜、米空母艦載機移転を最大の争点とした山口県岩国市長選の開票が大詰めを迎えていた時間帯だった。


【産経新聞 2008-02-11】


 日米の安全保障のために、沖縄県民が米兵による犯罪を我慢するという法はあり得ない。もしもこれが逆の立場で起こったら、どうなるか? 米国は断固たる制裁を加えるだろう。「それでも米軍が必要だ」と言う政治家がいるなら、彼等の娘さんを米兵に差し出すべきだろう。私は同胞として、絶対に許さない。沖縄県民がここまで辛いいをさせられるのであれば、日米安保を破棄して日本は軍隊を持つべきだと考える。

「早春賦」

 子供の頃は何ともわなかったが、四十半ばにしてに染み入る。文語調の歌詞が、体重を削ぎ落としたボクサーのように精悍。日本語の持つ節回しが郷愁を掻き立てる。作詞の吉丸一昌氏が、大正時代の安曇野の情景を書き上げた。「賦」とは、比喩などを用いないでじたことをありのままによむ詩の叙述法。「法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる、いまだ昔よりきかずみず冬の秋とかへれる事を、いまだきかず法華経を信ずる人の凡夫となる事を」(1253頁)。春への淡い期待にひたるのではなくして、厳寒の中を突き進む覚悟の人が法華経の行者だ。今日、師・戸田城聖先生のお誕生日。

2008-02-10

本部幹部会再放映の字幕に誤字

  • ×御智→○御(ごぶっち)
  • ×気を使う→○気を遣う

 言葉の誤り・乱れが、の乱れに通じる。複数のチェックが入ってない証拠であり、油断以外の何ものでもない。

交通事故に関する覚え書き


 ここ数年、交通事故死が減少していることはご存じのこととう。厳化や違法駐車取り締まりの強化などが功を奏しているのだろう。ところが、以下のグラフを見て驚いた。

 確かに死亡者数は減っているが、事故発生件数と負傷者数が増えていることを知らなかった。負傷の内容は定かではない。しかしながら、後遺症しむ人や障害が残る人々がいることは容易に像がつく。


 更に「年齢別死者数の推移」を見ると、65歳以上の死亡が、若者の3倍となっている。そして、「状態別死者数の推移」によれば、自転車乗車中の死亡が一番多い。


 大小さまざまな会合で、以下の点についてしっかりと注を喚起して参りたい。特に、自転車を使っている配達員さんにお伝え願いたい。


 1.交通事故死は減っているが、事故件数と負傷者数は増えている。

 2.65歳以上の死亡事故が多い。

 3.自転車乗車中の死亡事故が多い。

 4.自転車で交差点を渡る場合、青信号であっても必ず右側の確認を怠らないこと。特に、自動車運転免許を持たない人々は注が必要だ。また、普段利用している道路での油断が事故につながっているケースが多い。

『通貨バトルロワイアル』浜田和幸


 アメリカ人労働者は、日本と比べ今や年間3週間も長く働かされているのである。そして労災で死亡するアメリカ人は年間24万5000人にも達する。保険大手のオールステイトが2002年夏に行なった調査によると、アメリカ人の52%は「退職後の生活資金に不安をじている」と答えている。その割合は前の年に比べて倍増している。

 その一方で、一握りの経営者は膨大なストック・オプションを行使して破格の収入を得ている。かつて古代ギリシャの哲学者プラトンは「指導者と市民の賃金格差が4倍を超えると、その社会は内部崩壊を始める」と説いていた。同じくアリストテレスも「極端な貧富の差は国家の安定を覆す」と警鐘を鳴らしたものである。

 それを踏まえて言えば、今のアメリカの最高経営責任者には一般社員の1000倍以上の収入を得ているケースがゴロゴロしている。

 15年前のアメリカで最高の報酬を得ていたのはクライスラーのリー・アイアコッカ社長で、2000万ドルであった。2001年の最高報酬額はオラクルのラリー・エリクソン会長の7億600万ドル。これらはすべてストック・オプションを行使した結果、手に入れた報酬である。


 スティグリッツ氏自身の経験によれば、エチオピアで初の民主的選挙で大統領が選ばれた際、世界銀行とIMFは新大統領と経済政策について協議した。その時、世界銀行とIMFは「海外からの援助金をアメリカ財務省の特別口座に預け入れるように」と命令したという。そうすれば4%の利が支払われるとの提案だった。

 しかし、エチオピアがアメリカの民間の金融機関から援助の一環として受けることになったドル融資には、12%の金利が付けられていたのである。世界銀行とIMFの言うことを聞けば、差し引き8%の金利となり、エチオピアの財政は新政権の発足から大赤字になることは明々白々であった。

 当然のことながら、エチオピアの大統領は「国民の生活を改善するために融資を使いたいのでアメリカの財務省に預けることは勘弁してほしい」と懇願した。しかし、その願いは受け入れられず、アメリカの銀行から融資されたドルはそのままワシントンの財務省の口座に移し換えられたのである。

 これが事実とすれば、「世界銀行やIMFはアメリカ帝国主義の手先だ」とするデモ隊の批判も一理あるといえよう。ちなみに、この衝撃的な内部告発をしたスティグリッツ氏は2001年のノーベル経済学賞の受賞者であり、決して根拠のない問題提起をしているとはえない。


通貨バトルロワイアル

すぐろく、すごろく、双六、雙六


大勝利


 すぐろくの石は二つ並びぬればかけられず。車の輪は二あれば道にかたぶかず(1171頁)


 車の輪の譬はなんとなく味は解るような気がするのですが……。すごろくの「かけられず」とはどういう味でしょう?


「賭けられず」だとしても、二つ並ぶと賭けれないとはどういう状況でしょう? 御書講義も調べたのですが載ってないので、どなたかお知りでしたら教えて下さい。



 検索してみました。鎌倉時代には普及していて、賭けも行われ、幕府による「禁止令」まで出ていたようです。

 一部抜粋――


 起源は古代エジプトで遊ばれたセネトという遊びであるとされているが、後の盤双六の原型と呼べるものはローマ帝国で遊ばれた12×2マスの遊戯盤とされている。

 これがシルクロードを経由して中国に入ってきた。東大寺正倉院には生前の聖武天皇が遊んだとされる盤双六が納められている。


盤双六の弊害


 この盤双六はゲームの進行に際して複雑な考と同時にさいころの偶然に頼る要素が大きく、賭博として行われた。

『日本書紀』によれば、689年に初めての禁止令が出されており、また平安時代の白河法皇も「雙六の骰子(盤双六のさいころ)」を天下の三不如のひとつとして挙げたとされている。

 また、鎌倉幕府や江戸幕府の禁令にも度々見られている。

「賭けられず」だとしても、二つ並ぶと賭けれないとはどういう状況でしょう。


 御文の内容までは分かりませんでしたが、遊び方はいろいろあったようで、時代によっても異なるようですから、「石が二つ並んだときには、賭けることができない」というルールがあったのではないでしょうか。推測ですが。


小野不一


 恋さんが紹介してくれたページにこうあります。


 さいころの目にあわせて二つの石を動かすか、あるいは一つの石を目の合計数進めることができる。あともどりは出来ず、相手の石が二つ以上ある場合にはそこに進めない。


 この時代の双六は賭博です。

大勝利


 いや〜、スッキリしました。なるほど。そういうことだったんですね。私は「すごろくの石」とはサイコロの事だとばかりっていました。進むコマ石の方だったんですね。


 四条金吾へのお手紙には他にも「四条金吾御書」で、同じように譬えられています。


 雙六は二ある石はかけらず、鳥の一の羽にてとぶことなし(1176頁)


 相手の石が二つ以上ある場合にはそこに進めない


 四条金吾への身を用して一人で行動しないように促すのにピッタリの言葉ですね。恋さん、小野さん、ありがとうございました。


fやん


 蛇足かもしれませんが……。


 当該箇所は折伏の際に単独行動をするなという味で引用される部分です。「かけられず」とは「(手に)掛けられず」ということで、「殺されない」という味も含んでいるといます。双六(といってもバックギャモンですが)のルールで、ある場所に自分の駒が一つだけしかないと、そこに相手の駒が入る、一度盤上から出されます(まさに手に掛けられるわけです)。そして、ゴールから一番遠いところに再配置されますから、ゲーム上不利になるわけです。ところが、二つ以上あるとブロックできるので、相手の駒が入れません。このブロックが双六の戦術上のキモになっていて、六つ連続でブロックされているると相手は全く駒を動かせず、双六ではブロックした側の勝利になります。


小野不一

 

 fやん、詳しいねえ。「双六」というネーミング自体に色んな味が込められてそうですな。


小野不一


 御書には、他にも「囲碁」に触れた箇所もあります。


 囲碁と申すあそびにしちようと云う事あり一の石死しぬれば多の石死ぬ(1046頁)


 ゲーマーによる、鎌倉時代の遊び(=風俗)に関する研鑚を望む。

2008-02-09

拍手と万歳の歴史


 日本に拍手が輸入されたのは明治22年(1889年)のこと。翌年の明治23年(1890年)から万歳も導入された。牧口先生北海道尋常師範学校の3年に編入されたのが明治24年(1891年)。

時津風部屋の傷害致死に思う


 17歳の少年力士が稽古後に死亡したのは制裁目的の暴行によるものとして、元親方と兄弟子3が逮捕された(27日)。メディアでは公開されてないが、凄惨な遺体の写真が出回っている模様。愛知県警は当初、事件はないものとして病死と判断していた。


 本質的な問題は、「閉ざされた世界でまかり通る特異な力関係」であろう。往々にして暴力が振るわれることになる。相撲部屋に限ったことではなく、運動部に所属していた人なら誰もが経験しているだろうし、日顕宗を始めとする邪宗教の類いにリンチはつき物だ。


 会社内にもこうした力が働いている。売れない営マンなんぞは、社内で人間扱いされることはない。胃に潰瘍ができるまで罵られる。


 最初は皆、「変だな」「おかしいな」とっているのだが、その場に居続けると、“特殊な状況”が“日常”と化し、“おかしなやり方”が“普通”となる。


 閉ざされた世界は、特異な力によって支配される。明確な上下関係によって生み出される「空気」――それは「いじめ」だ。この小さな世界では、上の人間が下の人間をいじめることを全員が承認している。


 閉ざされた世界の怖さはここにある。学会組織においても同様だ。どんな会合であれ、「いつ友人に来てもらっても恥ずかしくない」と参加者全員が言えるだけの内容を堅持すべきだ。

2008-02-08

後期高齢者医療制度について


 とうとう、6日付の公明新聞に掲載された。

 私の所は「やれやれ」という一言に尽きる。数年前には「100年安」と言ってたはずだが……。

 結局、ここに書いたことが補強される結果となった。


 一番腑に落ちないのは、自公与党が高齢者に「負担増をお願いした」形跡がないことだ。ま、「国会で議論した」って言いわけするんだろうけどね。社会保障費をカットした上で負担が増えるんだから、高齢者にとっては往復ビンタを食らうようなものだ。それでも政治家は、「高齢社会なんだから仕方がない」と言い切るのだろう。


 公明党の理を踏まえると、自民党がイラク戦争を支持した時点で下野すべきだったと私はう。ガソリン暫定税つなぎ法案にまで賛成するとあっては、既に自民党と中するつもりなのだろう。


 公明党は展望を持て。大連立となれば、完全に弱小政党となることは火を見るよりも明らかだ。

2008-02-07

現在の発展を安易に考えるな


 何事も決して簡単に出来上がるものではない。一つの大学、一つの組織が「信用」を得、栄えていくには、陰に並大抵でない労がある。この点、創大も学会もあまりに隆々と発展しているゆえに、いつしか安易に考える傾向が出てくることを私は配する。


東京、練馬・豊島区代表者会議 1989-12-28 聖教新聞社】


 千鈞の重みがある一言。学会の隆盛は、三代会長の死闘があったればこそ。創価大学の発展は、創立者が真剣勝負で世界にネットワークを築けばこそ。


 我々は、をつくる側にいるのか、それとも出来上がったを眺める側にいるのかが問われる。


 人路をつくる路に迷う者あり作る者の罪となるべしや良医薬を病人にあたう病人嫌いて服せずして死せば良医の失となるか(257頁)


 師が切り拓いた「創価の大道」は「人類の正道」である。建設の労に謝し、開拓のに報いるのが真の池田門下生だ。

安楽死


 安楽死とは「楽な方法で人工的に死なせること」と辞書にある。だが、死んだ後の世界は間違いなく「楽」なのだろうか。安楽死が社会的に認知されたら、歯痛で死を願う子供が出てくるかも知れない。痛を忌み嫌う生き方が社会を覆い尽くしかねない。母親の産みのしみを経てこの世に躍り出た私の命は、どんな痛よりも尊厳あるものだと確信している。


 1996年頃、毎日新聞に掲載された私の投書である。「安楽死」というテーマ投稿だったが、反対したのは私と女子中学生だけだった。この投稿のモチーフとなっているのは、『二十一世紀への対話』である。




 創価王道の「安楽死」に関して。


 10年以上前に、トインビー対談をご自分なりに咀嚼され、ここまでの投稿ができた小野さんに敬服します。全くその通りだといます。


 4年前のSGI提言で先生が引用された森岡正博『無痛文明論』をい浮かべています。少し長いのですが引用させていただきます。


 その点、森岡正博氏(大阪府立大学教授)の近著『無痛文明論』(トランスビュー)は、現代文明病理を鋭くえぐり出していて興味深い。

 氏は、「聖教新聞」紙上(本年元旦号)で、その着を、「『無痛文明』とは、しみを避け、快楽を追い求めるための仕組みが、社会の津々浦々にまで張りめぐらされた社会」のことであり、「無痛文明は『しみ』を徹底的に避けようとするがゆえに、『生命のよろこび』を経験する可能を人間から奪ってしまい、その結果、人間は、深いよろこびのない空虚な生を、モノと金に囲まれて生きるしかなくなる」としています。

「かなしみ」がないから「よろこび」もない。

しみ」がないから「楽しみ」もない。そうしたひっかかりのない、ぬるま湯のような社会にあって、致命的に衰弱し欠落(けつらく)していくのが「他者」であり、「他者への眼差し」であるといってよい。

 氏は同書の中で、こう指摘しています。

「みずからのしみを徹底して無痛化していった者こそが、もっとも他人のしみをじとらず、もっとも他人の訴えかけを聞こうとせず、他人を一方的に押しつぶしておいてそのことにもっとも気づかない」

「他者と衝突(しょうとつ)しても、自分のほうの『枠組み』を変えようとしないから、真の対話はおとずれず、『他人を押しのけてまでも』自分を拡張していくことになる」と。

 まさに「他化自在天」というのはたらきそのものであります。こうした袋小路から脱出する力は、どこにあるのか。氏はそれを、人間を内側から変える「生命」の力に求め、その復権が急務であることを訴えています。


【第29回「SGIの日」記提言/聖教新聞 2004-01-26】


 トインビー対談からこの提言に至るまで、先生のおっしゃっていることは一貫していること、決してぶれていないことを、改めて痛します。


 この時の提言では『ケータイを持ったサル』の正高信男氏の「家の中主義」も引用され、現代社会の病理とその処方箋を述べておられました。


 なお蛇足ですが、この『無痛文明論』と『ケータイを持ったサル』とは、たまたま私が興味を持って読んだばかりで、「少しは呼吸が合ったのかな」と変な満足にひたったことを覚えています。さらに蛇足ですがこの時の提言で見出しにもなった「足下を掘れ、そこに泉あり」は、1986年の大学会結成の

折、先生からいただいた大切な大切なご指導でもありました。


 書き込みたいことはもっとあるのですが、明日が早いため、ここまでにしておきます。長々と失礼しました。


【鋏/創価仏法研鑚掲示板より】

2008-02-06

「火の鳥」Viento


 九州で活動するユニット。ケーナやオカリナとシンセサイザーが奏でるヒーリングミュージック。1980年代のクスコ姫神わせるサウンド。Viento(ビエント)とはスペイン語で「風」の味。軽やかな音楽でありながらも、音色に気骨が窺える。九州のローカルテレビでは番組テーマ曲に採用された作品もある。地道な活動を展開していて、既に韓国でもコンサートを行っている。曲も素晴らしいが、動画も秀逸。作り物ではない地元の風物詩と絶妙にマッチしている。


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2008-02-05

前提がデタラメな記事


 2008年25日付、文化欄に掲載された「持続可能な世界への道標」(9)という記事。小水力発電を紹介しているのだが、この前提が全くなってない。「経済を追求するため大規模化してきたダム式の水力発電」とあるが、その実態は巨大なダム利権であり、ムダに次ぐムダな工事をしてきたのだ。更に、「このような大規模な水力発電所を新たに建設できる経済的に有利な候補地はもうほとんどない」というのは全くのデタラメ。電力会社は、揚水発電のダムだけでも500前後の候補地を挙げている。揚水発電とは、ダムを二つ造り、夜間の安い電気で下のダムから上のダムへ水を汲み上げる発電方式。「電気の捨て場」と言われていて、原子力発電所の近くには必ず造られることになっている。原発は、テレビのようにつけたり消したりというわけにいかないため、夜に発電した莫大な電気を捨てるために、揚水発電ダムが必要になるという寸法。書いているのは天谷永(あまがい・ひさし)氏という創価大学教授だが、政権寄りの嘘が散りばめられていて悪質極まりない記事になっている。尚、揚水発電所は建設コストが5000億円ほどかかり、原子力発電所と大差がないことも付け加えておこう。




 小野さんの25日付「前提がデタラメな記事」について、全面的に賛同するとともに、揚水発電については小野さんのご指摘同様というか、それ以上に原子力発電の欺瞞を糊塗するインチキさと政官財界による陰謀のようなものをじざるを得ません。


 その上でもう一点、どうも同社の校閲能力というか、この教授の原稿を担当している記者(たぶん優秀だけれど世間知らずの若い子だとう)のケアレスミス(たぶん)が、看過できない論理の破綻を呼んでいることを、小野さんの尻馬に乗って指摘させていただきます。


 それは一番上の段の後ろから2行目の、段落が変わっているところからの文です。「70年代の石油危機以前は電力供給の中的役割を担っていた。火力発電や原子力発電……」


 ここで文章を区切っている句点が大間違い。これはたぶん読点。句点にしてしまったことで論理がさらに滅茶茶になっています。しかも、一歩譲って読点だと仮定して読んであげても論理は適当ではありません。原子力が薄汚い“国策”でのしてきている今日ですら、火力発電が日本の「電力供給の中的役割を担ってい」る事実に変わりはないからです。ですからもちろん、小野さんのご指摘通り、この筆者の論理構成自体がしっちゃかめっちゃかなのです。この筆者の論点が後半の小水力発電にあるからといって、この論理の破綻は黙認できるものではありません。


 しかしだからといって、編集者としての怠慢が免罪されるわけではありません。記事の文脈で読むと、石油危機までは水力発電が日本の電力供給の中だったとしか読めませんが、ではなぜ、「石油危機」を契機にそうではなくなっていったのか? ちょいと理を働かせれば、論理が変だなと気がつくはず。仕事を少しばかり覚え、もらった原稿をろくに読みもせずやっつけ仕事のルーティーンでこなそうとするからこうなるのではないでしょうか。自戒も込めて指摘させていただきます。


 ケアレスミスですが、このミスは担当者の怠慢・惰を物語っています。水力発電がエネルギー供給源としての比重を軽くしていく中で、むしろ黒四ダムのような大規模発電所が、その工事自体を目的として多数造られるようになっていったことを踏まえた小野さんのご指摘に、屋上屋を重ねるようなことは、ここでは申しません。


 担当者同様反省すべきは、きっと担当記者以上に惰に陥っているだろうデスクや整理・校閲記者かもしれません。


【鋏/創価仏法研鑚掲示板より転載】

スタジオジブリ社長に、元ディズニー・ジャパン社長が就任


 星野氏は1956年札幌生まれで、1981年に創価大学後、米国ニューヨーク州立大学でMBAを取得。米国で建材メーカー、カーナビゲーションメーカーでの勤務を経て、90年にウォルト・ディズニー・ジャパンに入社した。同年ディズニー・ホーム・ビデオ・ジャパンに移籍し、1995年にヴァイスプレジデントに昇格。シニア・ヴァイス・プレジデントを経て、2000年に全ディズニー・グループを統合し、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社の代表取締役社長に就任と同時に、エグゼキュテイヴ・ヴァイス・プレジデントに昇格し、日本国内でのディズニーのコンテンツビジネスを指揮してきた。

 星野氏は2007年に会長に就任後、2008年1末にディズニーを退社。その後、スタジオジブリ代表取締役社長に就任し、三鷹の森ジブリ美術館理事も勤めている。

 一方、これまでスタジオジブリの顔として知られていた、鈴木敏夫氏は代表取締役社長を退任し、スタジオジブリ代表取締役プロデューサーに就任。鈴木氏は「プロデューサーという立場に戻り、より一層、映画制作に注力してゆく所存です」とのコメントを発表している。


【MarkeZine 2008-02-04】

「疲労回復に」道路特定財源でマッサージチェア23台


 冬柴国土交通相は5日の閣議後の記者会見で、道路整備などに従事する国交省職員が使うマッサージチェアなどを、道路特定財源の一部を使って購入していたことを明らかにした。

 マッサージチェアは1989年度〜2001年度に、疲労回復などの目的で計23台買っていた。このほか、97年にはカラオケセット1台を購入していたという。

 02年度以降は購入しておらず、国交省は05年に「国民一般から誤解や批判を招く恐れのある物は購入しない」とする通知を出した。冬柴国交相は記者会見で、「ガソリン代が上がっている中、国民から不適当と評価を受けるようなものはやめたい」と説明した。


【読売新聞 2008-02-05】


 国民の肩は凝るばかり……。

権力者は民衆を手段に


 要するに、悪しき権力者は必ずとなる。現実に私どもは、嫌というほどそれを見た。自分を守るため、また自分の権威を守るために、我々を“手段”とした。

 真の指導者は自分自身を捨てて、民衆を“目的”とし、民衆を守る戦いをする。の権力者は、「姿」は似たように見えても、根本的に「」が違っている。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


 創価学会は、民衆救済のための組織である。幹部の功を満足させるための組織ではない。リーダーのひとつで、権力者にもなれば指導者にもなり得ることを銘記したい。


 末代に法華経を失うべき者はには一代聖教を知りたりといて而もには権実二経を弁へず身には三衣一鉢を帯し或は阿練若に身をかくし或は世間の人にいみじき智者とはれて而も法華経をよくよく知る由を人に知られなんとして世間の道俗には三明六通の阿羅漢の如く貴ばれて法華経を失うべしと見えて候(6頁)


 この御聖訓は、「衣の権威」で学会員を足蹴(あしげ)にした日顕宗を示すものであるが、そこで索が止まってしまえば、「の外」に御書を置いていることになる。これからの「三衣一鉢」とは役職であろう。役職がどんどん上がっていって、信を失うことを指弾されたと拝する。周囲から「凄い凄い」とおだてられてダメになってゆくのだ。


 道修行の目的は「一生成」にある。であるならば、一生を通して見ないと、その人の真価は判らない。どんな紆余曲折を経ようとも、人生最後に勝てばよい。


 その味で言えば、事件のある問題を起こした学会員に自主的な退会を促しているような節があるが、私はおかしいとう。宗教団体なんだから、世間以上に敗者復活の余地を残すべきではないか。多くの会員に迷惑をかけたのであればともかく、個人的な過ちはもっと大目に見てあげるべきだと考える。

2008-02-04

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎


 日本軍の戦略策定は一定の原理や論理に基づくというよりは、多分に情緒や空気が支配する傾向がなきにしもあらずであった。(中略)沖縄作戦の策定にあたって最後まで科学的合理を主張した八原高級参謀が、日本軍は精神力や駆け引き的運用の効果を過度に重視し、科学的検討に欠けるところが大であると嘆じたのはまさにこのことをさしているのである。第15軍がビルマで因パール作戦を策定したときにも、牟田口中将の「必勝の信」に対し、補佐すべき幕僚は、もはや何をいっても無理だというムード(空気)につつまれてしまった。この無謀な作戦を変更ないし中止させるべき上級司令部(ビルマ方面、南方軍)も次々に組織内の融和と調和を優先させ、軍事的合理をこれに従属させた。さらに統帥の最高責任者である杉山参謀総長が、寺内南方軍司令官のたっての希望ならという理由で、反対見の真田作戦部長に翻を迫り、真田も杉山の「人情論」に屈した。


 ガダルカナル島での正面からの一斉突撃という日露戦争以来の戦法は功を奏さなかったにもかかわらず、何度も繰り返し行なわれた。そればかりか、その後の戦場でも、この教条的戦法は墨守された。失敗した戦法、戦術、戦略を分析し、その改善策を探究し、それを組織の他の部分へも伝播していくということは驚くほど実行されなかった。これは物事を科学的、客観的に見るという基本姿勢が決定的に欠けていたことを味する。

 また、組織学習にとって不可欠な情報の共有システムも欠如していた。日本軍のなかでは自由闊達な議論が許容されることがなかったため、情報が個人や少数の人的ネットワーク内部にとどまり、組織全体で知識や経験が伝達され、共有されることが少なかった。作戦をたてるエリート参謀は、現場から物理的にも、また理的にも遠く離れており、現場の状況をよく知る者の見がとり入れられなかった。したがって、教条的な作戦しかとりえなくなり、同一パターンの作戦を繰り返して敗北するというプロセスが多くの戦場で見られた。


失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

「役員で採用」中高年から500万詐取…警視庁が4人逮捕


 中高年の再就職希望者に「役員として採用する」と偽り、互助会費の目で約500万円をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は4日、東京都豊島区東池袋の雑貨販売三共システム」の実質的経営者、田島瀧三郎容疑者(69)(住所不定)ら4人を詐欺の疑いで逮捕したと発表した。

 同社に役員として採用された人は中高年を中に約60人に上り、同課は、田島容疑者らが総額1億円以上を詐取したとみて調べている。

 調べによると、田島容疑者らは2002年3〜06年5、求人広告を見て応募してきた千葉県船橋市の男(60)ら中高年の4人に、「役員の採用が決まれば役員互助会への入会が必要となる」などと偽り、一口70万円の入会金計490万円をだまし取った疑い。同社はJR池袋駅近くに事務所を置いていたが、実態はほとんどなく、採用した人に報酬をほとんど支払っていなかった。

 別の被害者によると、互助会費の返還を求めても、同社は「資金繰りが悪い」と応じず、中には自費で購入した車を社有車として取り上げられたり、クレジットカードで勝手に買い物をされたりした人もいるという。


【読売新聞 2008-02-04】


 定年退職した団塊の世代を狙った詐欺とわれる。悪鬼がうごめく社会であることを自覚しよう。

悪鬼は生命力を貪る


 悪鬼はそのの通り、餓鬼界の生命である。餓鬼界は「貪り」の命である。何を貪るのか。

 それは妙法を持(たも)つ者の「生命力」であり、これは「奪命者」の働きである。また、「奪功徳者」として、妙法による「功徳」を奪おうと動く。

 更に、「立正安国論」等に示されたごとく、人々から正常な考を奪って、社会を乱していく。また、道修行への「信」を食い破ろうと邪をする。

 末法が進んだ現代は、こうした悪鬼がいよいよ充満し、飢えた餓鬼のごとく、妙法を持(たも)つ人と、広布の世界に押し寄せ、群がってくる。

 ゆえに、そのことを識し、自覚せずして、「悪鬼」と「」を寄せつけない戦いが必要である。

 それらをすべて打ち破っていく強き一念と祈りが不可欠である。

 その用と日々の祈り、また団結と知恵がなければ、虎狼の群れに一人、無防備で入っていくように危険極まりない。

 それが末法なのである。その悪の世界にあって、清浄なる妙法の信仰子を、どう守り、正法の世界を広げていくか。

 指導者の孤忠もここにある。夢にも簡単なものにってはならない。


 善と悪との壮絶なせめぎ合い。これが、この世の永遠の劇である。

 宇宙は常に、善と悪との闘争の舞台なのである。

 広宣流布が進んでいけば、組織が大きくなれば戦いは楽になってくるだろう。そう錯覚したとしたら、それ自体が既に悪に破れつつある姿である。

 また、自分はこれだけ信したから、もう配はないだろう。誰にもそんなことは言えない。

 法、信は永遠に前進であり、永遠に闘争である。その「前進」が即「安穏」なのである。朗らかに堂々と「戦い続ける」姿が、そのまま「勝利」の生命なのである。

 飛行機も飛び立った以上は、懸命に飛んでいる時こそ、最も安定している。エンジンの回転をゆるめれば、失速し、やがて墜落する以外ない。


 そして大切なのは、との戦いに「中間」はないということである。その本質が「の軍勢」なのか、「王の軍勢」なのか。どちらかである。

 一人の人間が3割だけの側で、7割はの陣営だとか(笑い)、だけれども、言っていることを聞けば、ちょっとだけの味方だとか(大笑い)、それらは法の眼(まなこ)から見れば、生命の実相を知らない滑稽な考え方といわざるを得ない。

 徹頭徹尾、“法は勝負”なのである。この基本が皆中々わからない。私は常に誰も気づかないうちに、「」という本質を見抜く。悪に対しては厳しく戦い、打ち破る勇者でなければ、大切な子を守りゆく使命は果たせないからである。


東京文京・台東・板橋区代表者会議 1989-12-24 東京上野池田講堂】


 この指導の一年後に宗門問題が起こった。最近の本幹では「宗門事件」と表現しているが、ピンと来るネーミングではない。


 学会は宗門問題に勝った。圧勝といってよい。若干、退転者が出たが、それによって一層清浄となった(笑)。


 次に定される「悪鬼」は学会幹部である。組織悪に目をつぶり、関わろうともせず、無責任を決め込んでいる連中だ。


 学会本部は、職員にとっては職場である。そこには当然序列があって、正義を叫ぶ余地は存在しない(笑)。しかも、守秘義務に縛られているため、相談もできない。例えば、悪い幹部を見つけた青年職員がクビを覚悟で糾弾できるかというと、かなりしいだろう。生活は何とかできたとしても、組織内で悪しきレッテルを貼られることが明らかだ(笑)。


 問題のある幹部がいても、人事にすら手を入れられない。これが現状だ。


 先生亡き後を考えれば、人事のあり方を変えるしかない。B長、地区部長は立候補制とし、支部長以上は選挙によって決めれば、現在よりもはるかにまともな組織にできるだろう。人事権を上の幹部が握っている内は、それが悪の温床となる。


 いずれにせよ法は勝負である。何があろうとも「勝つ」とを定めることだ。特に青年部は、「小さな悪」に鈍であってはならない。上の幹部と喧嘩できるだけの力を持て。

2008-02-03

正座考


 からぐらの風に「正座の習慣について」というテキストがアップされていた。実は私も同じ疑問を抱いていた。ただ、あれで「確実となった」と断定するのは、どんなもんだろう?


 多分、絵画となっているのは、「膝をついて爪先立ち」した姿だとう。大行列なんかで、「頭が高い!」と怒鳴られた時の農民の姿と一緒。「正座」というようりは、「ひざまずく」ことに重きがあったのではないだろうか。


 テキストにもかかれているように、正座の習慣は江戸時代から広まったとされる。つまり、畳が広く使われるようになったのが江戸時代ってこと。確かに、板敷きの床で正座するのは不自然だとう。


 個人的には胡座だったのではと考えている。要は、「姿勢を正す」という行為自体が時代に左右される質があるため、鎌倉時代は胡座で、現代は正座であっても一向に構わないというのが私の判断だ。

暫定税率の怪


 昨年廃止された定率減税(所得税)が、実は恒久減税だった。恒久減税はなくして、ガソリンの暫定税率は維持するってのもおかしな話だ。ま、昨今の政治は何から何までおかしいわな(笑)。

はてなダイアリーには文字数制限があった


 何と、先ほど初めて気づいた。ただし、1ページ単位の話。ブログ全体のテキスト量は無制限のはずだ。


十如是問答」を見たところ、半分以上が途切れていた。1時間以上かけて直した次第である。


 でも、やっぱりあれだね、掲示板のログの方が読みやすいかも(笑)。

公明党が「つなぎ法案」に賛成した意味は重い


 つなぎ法案とは、「税金を取り続ける法案」だ。自民党内ですら反対見が出たこの法案に、公明党が賛成した味はあまりにも重い。政府与党というのは、大体において税金を上げる時はあっさりと法案を通すものだ。発泡酒なんかがいい例だろう。


「上げる時」はあっさり、「下がりそうな時」は死に物狂い――ここに権力者の本質が如実に出ている。


「ガソリンの暫定税率を廃止した場合、財源はどうするのか?」と反論する自民党議員も多いが、国の仕事を減らせばいいだけの話。あるいは、大幅な公務員のリストラを行なうという手もある。国会議員を減らすのも望ましい。


 インド洋給油法案ですら、「つなぎ法案」は出さなかった。ということは、米国からの圧力よりも、税源確保が政治家にとっては大事と見える。結局、道路利権を死守したい道路族と、その恵に与(あず)かろうとする企が、隠然たる力を持っているということなのだろう。


 公明党は与党入りしてから、社会保障費のカット、テロ特措法継続、ガソリン暫定税率維持に賛成してきた。これによって、「中道」という政治的スタンスは完全に崩壊した。実態は「リベラル保守」と言えよう。ま、そもそも中道勢力自体が存在しないから、もう中道に味はないよ。


 太田代表は就任時の挨拶で、「自民党に言うべきことは言う」と安倍首相(当時)の前で宣言した。あれは、単なる脅し文句だったのだろうか。

2008-02-02

第33回「SGIの日」記念提言について


 まずは、一般紙報道を紹介しておこう。


創価学会池田大作氏が平和提言 北極非核化など訴え


 創価学会池田大作誉会長は25日、「平和の天地 人間の凱歌(がいか)」と題する平和提言を発表した。地球温暖化で海氷の減少が懸される北極について、軍事利用の禁止と非核化を定める北極非核地帯条約の制定を訴えた。

 また、日本が7北海道洞爺湖サミットで議長国を務めることから、「温暖化防止の先頭に立つことを強く望む」と主張。さらに、多数の子爆弾をまき散らすクラスター爆弾についても禁止条約の早期締結を提唱した。


【毎日新聞 2008-01-26】


創価学会誉会長が平和提言


 創価学会池田大作誉会長は25日、「平和の天地 人間の凱歌(がいか)」と題する平和提言を発表した。提言は、人類が取り組むべき課題として、「不戦の制度化」「地球生態系の保存」「人間の尊厳」の3つの観点から、北極の軍事利用禁止や低炭素・循環型社会への移行などを提案している。


【産経新聞 2008-01-26】


 ちなみに、「第33回」というのは「SGIの日」にかかっていて、「33回目の平和提言」という味ではないので、誤解をしないように。


 平和提言は1975年11月9日から発表されている。学会員が考えている以上に、世界的なレベルの反響がある。多くの識者が先生を知るきっかけになっているのは、『二十一世紀への対話』(トインビー対談)か平和提言という方が大半である。


 そういう味では、本来最も学ばなければならないテキストといえる。しかし現実には、殆ど学ぶ人がいない上、会合で平和提言に触れる幹部も皆無という惨状だ(笑)。少々前向きな男子部幹部であっても、「勤行と一緒で味がわからなくても功徳はあるはずだ」と頑張っている連中が多い(笑)。


 私の場合は、27歳の時に壮婦からのリクエストがあって、座談会で研究発表をしたのが最初のこと。当時、男子部の部長だった。そこそこ好評だった。以来、真剣に読むようになった。


 昨年、仕事の関係で懇談した壮年区幹部は、「去年の平和提言を読んで、仕事のプロジェクトをいついた。そして今年の平和提言で、プロジェクトが正しいことを確信した」と興奮気味に語っていた。


 実は、平和提言には恐るべき政治的配慮が施されている。例えば、平和に携わる活動をしている世界中の多くの人々は、必ずといっていいほど「反米」の旗を掲げている。中には世界平和よりも、米国打倒に宗旨替えしたような運動すらある。それほど、米国のやり方は酷い。私も同だ。世界の癌は、米国とイスラエルだと考えている。


 しかし先生は、いたずらに差異を強調することなく、世界が賛同できる提言をされている。内容は具体的で、平和願望を抽象的に論じるものではない。


 今年の平和提言を読んで、「世界は、本当にしい時代に突入したな」という印象を受けた。冒頭で述べられた「新世界秩序(ニュー・ワールド・オーダー)の退潮」という指摘はあまりにも重い。先生の立場で発言すること自体が、警鐘だとえてならない。


「テロとの戦い」を理由に、米国が振るう暴力は正当化された。しかも、経済が世界的に混乱する中で、既に国家戦略として大量の兵器を米国は売り出そうとしている。今後も、世界の至るところで軍事的緊張を演出しながら、兵器のセールスに取り掛かることだろう。米国の基幹産が軍需産である以上、こうした事態を変えることはしい。


「日中韓とASEAN」については、ほぼ毎年触れられているように記憶している。日本がリーダーシップをとってアジア外交を展開してゆくことが重要。「アメリカべったり」だけでは、アジア諸国からも信頼を失いかねない。大体、自国の政策や金利すら決められないのだから、独立国とは言い難いだろう。全部、アメリカの言いなりである。


 サブプライム問題で、世界の経済が冷え込もうとしている。元々は米国の住宅ローンの焦げ付きに端を発しているが、金融が国家の枠を超えて世界規模で動いているため、世界中に影響を及ぼしている。小口化された債券の行方が掌握できず、各国が長期戦を強いられることになるだろう。だが、逆から見れば、一国の問題が世界に飛び火するということは、世界が一つになりつつある証拠でもある。

『問いつづけて 教育とは何だろうか』林竹二


 ――とくに切り捨てられるという状況に追い込まれた子どもたちにとっては、先生というのは、何ともこわい存在になっているようですね。


 だから、そうさせるものはいったい何なんだろうかということをじゅうぶん掘り下げて考えてみる必要があるとうんです。もちろんこれは、教師だけの責任にしてそれで片づく問題ではないだろうとは私も考えています。教師だけの力ではどうすることもできない力がいろいろ働いて、それが教育の方向を左右する場合も少なくない。そういう問題が当然かかわってくるといます。そのことはお話の中でだんだん考えていかなければならないとうんですけれど、私は、教師にとって、子どもというものが教える対象でしかないということ、あるいは教える対象としてしか子どもを見ることができないという事実が根本にあって、教師をひどく冷たい、非人間な存在にしてしまっているようにじているのです。


 ――教える対象でしかないということは、ただ単に一方的に教えるだけ、ということでしょうか。


 そう。「教える」という行為以前の教師の姿勢に問題があるとうんです。子どもにたいして、人間と人間として向き合うという場面がなくて、あらゆる瞬間に、片方が教師であり、片方は生徒であるという、そういう関係でしか子どもに対していないということが、やはり問題ではないかという気がするのですけれど。


 学びたいという願いを、子どもはみな持っているんですね。しかしそれに答えるものを学校教育は与えていない。私がよく言うように、パンを求めている子どもに石を与えているのがいまの学校教育です。そこでの優等生なんかは、石でも、うまい、うまい、というような顔をして食べてみせるわけですね。ところが、「石なんか食えるか」と言ってそれをはねつける者、拒む者は切り捨てられるのです。


 林先生の授を受けると、子供達には革命的な変化が起こる。たくさんの写真が、内面の深いところで格闘する生徒の表情を見事に捉えている。子供をう林先生の言葉に涙が溢れる。『教育の再生をもとめて 湊川でおこったこと』と『授業 人間について』を先に読んでおけば、これらの写真のインパクトは倍増する。尚、林竹二氏の著作は、先生のスピーチでも何度か引用されている。

問いつづけて―教育とは何だろうか

本部相談室


 以前、「聖教職員は名乗らなくてよい」ことを書いた。先ほど聞いたのだが、本部相談室も担当者が「乗らない」そうだ。責任回避以外に、どのような目的が考えられるだろうか? そもそも自分の前も言わないで、責任ある指導が可能だろうか? 匿で会員と接する姿は、聖教職員と本部相談室の「2ちゃんねる化」であると断じておこう。

2008-02-01

民主・小沢代表、解散戦略を転換 秋以降に照準


 民主党の小沢代表が、秋以降の解散・総選挙に政局の照準を移す。4政局を仕掛けて早期解散をめざしてきたが、つなぎ法案をめぐる攻防で解散に追い込む実質的な攻め手を奪われたうえ、サミット後に先送りする福田首相のが固いと判断した。総選挙前に9民主党代表選を迎える事態を定し、党内の求力保持を優先する「長期戦略」に転換する。


 小沢氏は31日、若手政治家発掘のために自ら塾長を務める「政治塾」であいさつし、中国経済が混乱する可能に触れたうえで「日米の選挙は、こうした状況が深刻になり、誰の目にもわかる時期に重なってくるのではないか」と語った。114日投開票の米大統領選と並べることで、解散・総選挙は今秋以降だとの認識を示したものだ。


 ガソリン税の暫定税率期限切れでガソリン代値下げを実現し、与党が再議決を強行するタイミングで首相問責決議案を提出して解散を迫る――。小沢氏はこれまで、こうした4政局に照準を合わせてきた。しかし、期限を延長するつなぎ法案の取り下げには成功したものの、議長あっせんでほぼ同様に値下げに持ち込む攻め手を縛られる事態になった。


 補給支援特措法案の本会議再議決を退席した騒動と、それに続く大阪府知事選の敗北で、小沢氏に対する党内の不満はくすぶっている。国会の現場ではなお値下げ実現の道も模索するが、解散に追い込むことをめざして失敗すれば求力が急低下する懸もある。このため小沢氏は、つなぎ法案をめぐって30日の最終局面で鳩山由紀夫幹事長に議長あっせん合を促し、収束に動いた。


 小沢氏は2以降、総選挙の公認候補絞り込みに時間をかけつつ、地方行脚を再開する方針だ。


日新聞 2008-02-01】

『生きがいについて』神谷美恵子


 ほんとうに生きている、というじをもつためには、生の流れはあまりになめらかであるよりはそこに多少の抵抗が必要であった。したがって生きるのに努力を要する時間、生きるのがしい時間のほうがかえって生存充実を強めることが少なくない。ただしその際、時間は未来にむかって開かれていなくてはならない。いいかえれば、ひとは自分が何かにむかって前進しているとじられるときにのみ、その努力やしみをも目標への道程として、生命の発展のじとしてうけとめるのである。


生きがいについて (神谷美恵子コレクション)