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2008-03-31

『繰り返す世界同時株暴落 自民崩壊・生活壊滅の時代』藤原直哉


 経済アナリストによる政治・経済コラム。サブプライム問題の構造をわかりやすく説明している。近年の経済問題が俯瞰できる内容だ。


日本の「地方」から反乱が起こっている


 2007年、日本は大きく変動しました。とくに政治情勢の変化は著しいといえます。中でも、729日の参院議員選挙における、与党の歴史的な大敗北は、これからの数年間の日本の行方を大きく変えました。

 与党・自民党は改選議席64議席に対して当選者はわずか37人。27議席減の惨敗でした。そして、公明党も改選議席12議席に対し、3議席減らして当選者は9人どまり。なんと、「自民党支持者の4人に1人が民主党に投票した」というのですから、自民党は勝てるわけがありません。

 今回の選挙では自民党の支持者の4分の1が離れてしまったのです。自民党が組織としてほとんど機能しなくなっていたということを味しますから、これは大きな変化といえます。

 この動きは、実は07年4の統一地方選の時にすでに起こっていました。統一地方選は、著な候補者たちが話題を呼んだ東京都知事選などを除くと、あまり大きく盛り上がらなかったのですが、全国で自民党の候補がたくさん落選していました。

 統一地方選の44の道府県議会選で、民主党は4年前の205議席から1.8倍増という375議席を獲得しているのです。310カ所の市議選でも主要な政党の中では唯一議席を増やし、374人を当選させました。

 また、川崎古屋の政令指定都市の市議選では自民党を上回り、民主党が「第1党」になっています。


 日本でも現在、本書で述べてきたように「年金問題」が政権の課題となっていますが、実は、旧ソ連の共産党政権が崩壊した直接の理由は「年金問題」だったのです。

 当時のゴルバチョフ大統領が「グラスノスチ情報公開」を進める中で、「実は年金財源はありません。みんななくなってしまいました」と公表したところからソ連共産党に対する猛烈な不信が広がり、最終的に共産党政権が崩壊したのです。

 つまり、「年金が払えません」と公表したら、それは政権も国家も崩壊する、キーワードとなっているということです。安倍前首相は「年金はすべてのみなさまに支払う」と言ったわけですが、実状がここまで深刻な事態であり、国家が崩壊するかどうかという大問題だと認識していたかどうかは疑問です。


繰り返す世界同時株大暴落―自民崩壊・生活壊滅の時代

2008-03-30

2008-03-29

ホッチキス針は、紙のリサイクルに支障がない


「『グラフSGI』からホッチキスを外すべきだ」と書こうとって、の為に検索してみたところ、何とリサイクルの支障にならないそうだ。危うくフライングをするところだった(笑)。

『ファストフードが世界を食いつくす』エリック・シュローサー


 骨太のノンフィクション。米国の食肉加工の歴史、政治との関わり、ファストフードショップの実態が克明に描かれている。マクドナルドのフライドポテトが美味なのは、香料を加えているため。米国は私が最も嫌いな国の一つだが、かの国の健全なジャーナリスト魂を見るいがした。


 医学研究者たちが、近代的な食品加工工程と、危険な染症の拡大との関連について、非常に重要な知識を得ている一方で、大手アグリビジネス企は、食品安全手順へのさらなる規制に断固として反対している。何年にもわたって、精肉大手各社は、ほとんどの消費財メーカーに機械的に課せられている義務を、なんとか回避しようとしてきた。現在アメリカ政府は、欠陥の見つかったソフトボール・バットや、スニーカー、ぬいぐるみ、気泡ゴム(フォームラバー)製の牛のおもちゃについて、全国的な回収を命じることができる。ところが精肉会社に対しては、生命を脅かす危険のある汚染挽肉を、ファストフードの調理場やスーパーマーケットの商品棚から撤去するように命じることができないのだ。これら大手精肉会社の例外的な影響力は、議会における共和党議員との密接なつながりと、彼らへの巨額の献金によって、維持されている。このような事態がまかり通っているのは、毎年どれほど多くの国民が食中毒にしみ、これらの染症がどれほど広がっているのかが、ほとんど理解されていないからだ。

 新しく確認された食品由来病原体は、一見健康そうな家畜によって運ばれ、撒き散らされる傾向にある。これらの微生物に汚染された食物は、食肉処理あるいはその後のプロセスにおいて、染した家畜の胃の中身や糞に接触した可能が高い。1996年に農務省が公表した全国調査によると、加工工場で採取された挽肉サンプルのうち、7.5パーセントがサルモネラ菌に、11.7パーセントがリステリア・モノサイトゲネスに、30パーセントが黄色ブドウ球菌に、53.3パーセントがウェルシュ菌に汚染されていた。これらの病原体はすべて病気を引き起こす可能があり、特にリステリアによる食中毒患者は、通常、入院治療を必要とし、しかも5人にひとりが死亡している。同じ農務省の調査では、挽肉の78.6パーセントが、おもに糞便によって撒き散らされる細菌を含んでいた。


 本来あるべき環境から切り離された肥育場の牛たちは、あらゆる病気にかかりやすくなっている。そのうえ、牛たちが食べさせられる餌が、病菌の蔓延に貢献している。穀物価格が上昇したため、より安い餌、特に牛の成長を早める高タンパクの飼料が求められるようになった。1997年8まで、わが国の牛のじつに75パーセントが、日常的に、畜産廃棄物――加工ずみの羊や牛の残骸――を食べさせられていた。年間何百万匹という猫や犬の死骸までが、動物保護施設から買い取られ、飼料にされていた。俗に「狂牛病」として知られる牛海綿状脳症(BSE)の大発生の原因になっていることが、イギリスの例からわかったため、こういう慣行は、食品医薬品局によって禁止された。にもかかわらず、食品医薬品局の現行規定において、豚や馬の死骸は、食鳥類の死骸とともに、牛の飼料として与えてもよいことになっている。しかもこの規程では、牛が食鳥の死骸を与えられるだけでなく、食鳥が牛の死骸を与えられることまで許可されているのだ。1980年代に6カ以上イギリスに滞在したことのあるアメリカ人は、現在、献血を禁じられている。BSEの人間版変異体であるクロイツフェルト・ヤコブ病の蔓延を防ぐためだ。しかし、牛の血液は今なお、アメリカの牛が与えられる飼料に混入されている。界誌《牛豚肉と食鳥肉(ミート&ポウルトリー)》の元編集者スティーヴン・P・ビャークリーは、細菌の牛用飼料の中身に愕然とする。「ひどいですよ。牛というのは反芻(はんすう)動物で、本来は、牧草や、せいぜい穀物などを食べます。牛が四つの胃袋を持っているのには理由がある――繊維質を多く含む植物を食べるためです。ほかの動物を食べるようにはできていないんですよ」

 敷きわら代わりのおがくずや古新聞を含め、鶏舎から出る廃棄物までが、牛の餌になっている。数年前、《予防医学》に発表された研究によれば、1994年には、アーカンソー州だけで1400トンもの鶏糞が、牛の餌になった。「責任ある医療をめざす医師委員会」の会長を務めるニール・D・バーナード博士によれば、鶏糞には、サルモネラやカンピロバクターなどの危険な細菌や、条虫やランブル鞭毛(べんもう)虫などの寄生虫、それに抗生物質残留物、ヒ素、重金属などが含まれている可能があるという。


ファストフードが世界を食いつくす


 以下の2冊を併せて読めば、更に見識が広がる。


もう牛を食べても安心か (文春新書) 本日より「時間外・退職金」なし―日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊 (Kobunsha Paperbacks 101)

2008-03-27

Skype覚え書き


 昨日からSkypeを使い始めた。まあ、凄いよ。FM放送並みの音質。我が家がADSL(1MB)のせいか、時々音が乱れる程度。


 実はヘッドセットを入手したものの、マイクの音が出なくて困り果てていた。その際、調べたページが以下――

 最初の音テストではちゃんと認識できたが、それ以降は全くダメ。詳しい人に訊いたところ、「マイクジャックが壊れているのでは?」と言われた。何度もパソコンを引っくり返し、ジャックを入れ替えていると、パソコン前面にもマイク&スピーカージャックがあることに気づいた。早速つないでみると、上手く行った。いやあ嬉しかったねー(笑)。初めてインターネットに接続した日をい出したよ。


 その日の内に二人と会話。いやあ快適快適。無料でこれほどの音質なら、お釣りがくる。


 親元を離れている大学生なんぞは、全員Skypeにすべし。で、親にパソコンを買わせれば通話は無料。実家が固定電話だとしても、Skypeクレジットを利用すれば、1分2.7円で済む。携帯電話との通話料は1分14.8円。Skype Proが対応されるようになれば、額300円で固定電話への通話料も無料となることだろう。そして、これらの料金は海外通話も同様で、主要30ヶ国については1分2.38円となっている。


 更に、25人までの電話会議が可能。ちょっとした打ち合わせなら、Skypeで済ませられる。昨日実したのだが、会話しながらチャットができるのも便利。URLをチャットで送信し、サイトを見ながら情報交換するのは中々効率的だ。


 唯一の点は、パソコンを立ち上げている必要があること。でも、それぐらいで文句を言っちゃ申しわけないね。


 Skype社はルクセンブルクの小さな会社だった。数年前に米オークション最大手のイーベイに26億ドルで買収された。ルクセンブルクはドイツとフランスに隣接する小国だが、GDPや国内総所得は世界1位。我々にとっては、チンギス・アイトマートフ氏がソ連の大使を務めた(1990〜93)ことで馴染みが深い。

2008-03-26

組織とは秩序である


 組織には必ず目的があり、目的遂行のための系列・系統によって成り立っている。つまり秩序である。組織に自由はない。役割分担が決まっていて、自分の役目を果たすことが最優先事項となる。例えば人体の場合、くるぶしが勝手に臓の真似をすることは出来ないし、許されない(笑)。ヘソでものを考えるのも同様。ま、茶を沸かすことは出来るかもね。


 人間社会の組織にあって、秩序を乱す者は処分される。企においても、宗教団体においても。処分には段階があるのだが、おしなべて上が下を裁く格好になっている。そう、組織とはヒエラルキー(階級)によって支配されているのだ。


 動物社会だと喧嘩の強い者がリーダーとなる。人間の場合は家柄、才覚、経験、学歴、コネ、財力、おべっか等々が複雑に絡み合い、「権力」を獲得した者がトップに登りつめる。いずれにせよ「力」で決まる。


 この「力関係」が平等なルールで決定されていれば、そこそこ組織は機能するとわれる。ところが、ありとあらゆるコミュニティの中で平等な競争が行われている形跡はない(笑)。人々がスポーツに熱狂するのは、平等なルールに則った“力と技の競い合い”が展開されているためだろう。つまり、逆説的にいえば、スポーツに熱狂せざるを得ないほど社会は不平等にできているのだ。


 学会組織も同様だ。地区が支部の下部組織となり、支部が本部の下部組織に甘んじているようだと、会員は必ずしくなってゆく。組織でまかり通るのは指示・命令・要求のみと化す。


 組織に信の歓喜を吹き込むところに“リーダーの戦い”がある。敷かれている座布団の上にぼうっと座っているような幹部が多いのは、こういうことを教える先輩がいないせいだろう。新任幹部が“再組織化”することなくして、使命もへったくれもない。いい味での“自分の組織”とするためには、自分が一人ひとりとネットワークを築くしかない。ここに人材育成のホシがあるのだ。


「信血脈」(1338頁)とは、組織の秩序を破折した御文と私は受け止める。信なき幹部を淘汰しなければ、昭和54年のような澱(よど)んだ創価学会となってしまう。


複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』を読んで、つくづくこのようにった次第である。

『複雑な世界、単純な法則 ネットワーク科学の最前線』マーク・ブキャナン


▼「奇遇だね」「世間は狭いなあ」。年末年始、旧交を温めたり、新しい出会いを結ぶなかで、そんな会話を交わした人も多いだろう▼実は、この実について学問的な研究がある。「六次の隔たり」と言って、世界のどんな人も、友人・知人をたどると、6人でつながるという。例えば、全くの赤の他人である東京のAさんとアフリカのBさんも、たった6人の向こうにいる“友だち”というわけだ▼それを最初に実験で裏付けたのが、アメリカの理学者ミルグラムで40年前のこと。最近では「なぜそうなるのか」の科学的研究も進み、脳の構造、インターネットの世界、地球の生態系なども、この人間関係と同じネットワーク構造だと分かってきた。すべての現象が互いに関連しあっているとする法の「縁起に通じる話ではないか▼「知り合いが少ない」「もう語り合う人がいない」――対話・拡大運動の中で、ついいがちだが、一歩、新しい出会いに踏み出せば、そこから先に、次の出会いが日本各地へ無限に広がる。カギはやはり「行動する勇気」なのだ▼「前進・勝利の年」が、晴れ晴れと開幕した。この一年、颯爽と友情を広げ、新しい自分、新しい広布の金字を築いていこう!(飛)


字の言/聖教新聞 2006-01-04】


 このコラムの殆どが本書からの引用である。剽窃(ひょうせつ)とまでは言わないが、せめて著作を挙げる程度の敬を示すべきだろう。字数制限があるので致し方ないが、実に短絡的な結論となっている。


 内外にあって「組織参謀」を自認する人は必ず読むべし。2200円だが、5000円以上の価値がある。


六次の隔たり」とはネットワーク理論の一つで、6段階を経ることによって、世界の現実が「スモールワールド・ネットワーク」となっていることを示したもの。


 なぜこれが逆説的かというと、強い社会的絆はネットワークを一つにまとめるきわめて重要なリンクのようにえるからである。しかし、隔たり次数に関しては、強い絆は実際のところ、まったくといっていいくらい重要ではない。グラノヴェターがつづけて明らかにしたように、重要なリンクは人々のあいだの弱い絆のほうであり、特に彼が社会の「架け橋(ブリッジ)」と呼んだ絆なのである。


「広い世界」を「狭い世間」に変えるのは「弱い絆である」というのがポイント。実際に行われた実験を見てみよう。ミシガン州のある中学で、1000人ほどの生徒全員に「親友を8人」親しい順番で書いてもらう。このリストから社会的つながりを明らかにした。まず、1番目と2番目の親友をたどってゆくと、生徒全体の一部にしかならなかった。ところが、7番目と8番目の前を書き出してゆくと、はるかに大きいネットワークであることが判明した。


 チト、もどかしいので、手っ取り早く何箇所か抜き書きしておこう。


 グラノヴェターは、だれにも騒乱に加わる「閾値(しきいち)」があるという発から出発した。大半の人は理由もなく騒乱に加わることはないだろうが、周囲の条件がぴったりはまったときは――ある味で、限界を越えて駆り立てられれば――騒乱に加わってしまうかもしれない。パブのあちこちに100人がたむろしていたとして、そのなかには、手当たり次第にたたき壊している連中が10人いれば騒動に加わる者もいるだろうし、60人あるいは70人が騒いでいなければ集団に加わらない者もいるだろう。閾値のレベルはその人の格によって、またこれは一例だが、への恐怖をどの程度深刻に受け止めているかによっても変わってくる。どんな状況におかれても、また何人が参加していようとも暴動に加わらない人もいるだろうし、反対に、自分の力で暴動の口火を切ることに喜びを覚える人も、ごく少数ながらいるだろう。


「閾値」とは機根に他ならない。各人の沸点ともいえよう。熱を加えるのが幹部の仕事だ。


 このような結果(「金持ちほどますます豊かになる」「有サイトほどアクセス数が増える」)は、理学でよく知られた「集団考」と呼ばれる考え方ともつながりがある。1970年に社会理学者のアーヴィング・ジェイナスは、何かを決めるとき人々の集団はどのような経緯をたどるのかを調べている。彼の結論は、集団内では多くの場合、集団力学(グループダイナミクス)のために、代替可能な選択肢をじっくり考える力が制限されてしまうというものだった。集団の構成員は、見が一致しないがゆえの理的な不愉快さを緩和するため、なんとか総を得ようと努め、ひとたびあらかたのところで合ができてしまうと、不満をもっている者も自分の考えを口に出すのがしくなってしまう。波風を立てたくなければ、じっと黙っているほうがいいのだ。ジェイナスが書いているように、「まとまった集団内では総を探ることがきわめて突出し、そのため、代わりにどんな行動がとれるかを現実的に評価することよりも優先されるのである」


 成長する人は加速度をつけてどんどん成長し、変わらない人は更に「変わらない自分」の(ごう)を固めてゆく。組織への帰属識が高まれば自覚が深まる。だが、それを別のメンバーに強要すると自由がなくなる。結局、リーダーが自由な見を引き出せるかどうかである。長が不断の努力を怠れば、組織は万人にとって不自由な足枷(あしかせ)となる。現在の組織の問題は、合形成がないことに尽きる。


『ティッピング・ポイント(文庫版=急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則)』(マルコム・グラッドウェル著)の中をなす考えは、些細で重要とはえない変化がしばしば不相応なほど大きな結果をもたらすことがあるというものだ。そう考えれば、急激に浸透していく変化は多くの場合どこからともなく生じ、産、社会、国家の様相を一変させるにいたるという事実も説明できるというのである。この考え方の要点は、グラッドウェルが述べているように、「だれも知らなかった本があるとき突然ベストセラーに躍り出るという事実や10代の喫煙の増加、口コミによる広まり、さらには日常生活に痕跡をとどめるさまざまな不議な変化を理解するいちばんいい方法は、こうした出来事を一種の伝染病と考えることである。アイデア、製品、メッセージ、行動様式は、まさにウイルスと同じように広がっていくのだ」。


 世間の人々が学会を褒めちぎり、「実は学会のファンなの」「エーーーッ、私もよ!」となれば広宣流布だ(笑)。


 こうした事実をもとにすれば、疾病管理予防センターの研究者たちが、ボルチモア市での梅毒流行の原因として、社会や医療の実情がほんの少し変化したことをあげた理由がわかる。病気がティッピング・ポイントを越えるには、ほんのわずかな変化が生じるだけで十分なのだ。1990年代の初期、ボルチモア市の梅毒はもはや消滅の瀬戸際にあったのかもしれない。一人の染によって引き起こされる二次染者数は平均では1未満であり、したがってこの病気は押さえ込まれた状態になっていたのかもしれないのだ。けれども、このときにクラックの使用が増加し、医師数が減少し、さらに市の一定地域に限定されていた社会集団が広い範囲に転出したために、梅毒は境界を越えてしまった。梅毒をめぐる状況は大きく「傾いた(ティップト)」のであり、こうしたいくつかの些細な要因が大きな差異をもたらしたのである。


 ティッピング・ポイントとは、時ともいえるし、機根ともいえるし、教法流布の先後ともいえる。強靭なる一念が外部環境をも変化させ、広布の波をうねらせる。組織や社会を、どちらの側に傾かせるか。とのシーソーゲームだ。


 だれもが知っているように、水が凝固して氷になるとき、実際には水の分子そのものはなんの変化もしていない。この変化は、分子がどのような振舞いをするかによる。水のなかの分子は、ひどい渋滞に巻き込まれてい身動きがとれなくなった自動車のように、ある位置にしっかりと固定されている。一方、水(液体)のなかでは、分子は固体のなかよりも自由に動き回ることができる。同じように、ガソリンが気化して蒸気になるときや、熱した銅線が溶けるとき、あるいは無数の物質がある形態から別の形態に突然変化するときも、原子や分子は同じであり、変化するわけではない。いずれの場合も、変化するのは、原子や分子の集団が作る全体としての組織的構造だけである。


 組織内の関係が変われば、劇的な変化がある。固体→液体→気体の違いは何か? それは原子や分子の自由度にある。一人ひとりの自由度が増すほど、皆の動きは拡散してゆく。これを中者の人間革命によって推進してゆくところに、創価法の独自がある。



 いずれも縁起や機根を示唆する内容で昂奮しっ放し。弱い絆の先に広い世界があるという視点には、蒙を啓(ひら)かれた。組織でいえば、Bクラスの存在が大事になる。今までだと、B、Cは「無くすべき存在」とっていたが大間違いだった(笑)。


 広宣流布のティッピング・ポイントを索する必要あり。これからの折伏は、もっと自慢気に行った方がいいかも(笑)。結局のところは「人の振舞」(1174頁)に行き着く。「楽しくて仕方がない」「面白くてしようがない」という実相が、多くの人々を惹きつけ、魅了するのだ。これからは、ウキウキしながら会合に行くようでないといけない。会員一人ひとりが、そうなれば以下の御金言が実現することだろう。


 ただをかせ給へ梵天帝釈等の御計として日本国一時に信ずる事あるべし、爾時我も本より信じたり信じたりと申す人こそおほくをはせずらんとおぼえ候(1539頁)

複雑な世界、単純な法則  ネットワーク科学の最前線

2008-03-25

新銀行東京追加出資、与党・公明の支援者に反発続々


 新銀行東京への400億円の追加出資案について、成否のカギを握る都議会公明党が態度を決めかねている。公明が同すれば賛成多数で可決が確実となるが、支持者から反発のが後を絶たない。95年に破綻(はたん)した信組への財政支援問題では、都税注入に反対した経緯もある。与党として自民とともに石原都政を支えてきたが、会派内は見が割れ、議案の賛否は流動的だ。

「追加出資には反対です」「賛成ならあなたのポケットマネーも出すべきだ」。ある公明都議の元には1日2、3通、新銀行東京に関する支援者のメールが届く。すべてが出資に反対の見だ。返信では清算や破綻処理、追加出資それぞれの案を説明し、「最後の最後まで審議します」と結ぶ。「支持者には低所得者層も多く、問題は深刻」という。

 19日の経済港湾委員会では、公明以外の4会派が議案への態度を示唆した。最大会派の自民が賛成で、民主、共産、生活者ネットワークは反対の方向だ。公明は「継続して調査研究し、慎重に賛否の態度を表明する」と態度を保留した。

 公明は青島幸男前知事時代の95年、経営破綻したコスモ信用組合に200億円を財政支援する予算案に「信組処理の責任は国にある」と反対。関係者の参考人招致を求め、委員会を一時空転させた。自民などの賛成で税投入されたが、ある公明幹部は「当時は野党的立場で厳しくやったが、立場が変わっても金融機関への都税投入という構図は同じ。対応はしい」と話す。

 公明は今回、水面下で清算の可能を都に打診し続けてきた。都側からは清算や破綻の際の負担の大きさを示されたという。25日の予算特別委員会では、改めて追加出資の根拠と再建計画の実現を追及する。

 会派内の見は様々だ。「何らかの条件を付帯決議につけて賛成せざるを得ない」とのがある一方、「議決までは徹夜で議論して賛否を決める」「賛成では支持者に説明できない」とのも上がる。中嶋義雄幹事長は「都民にとって最も負担が少ない選択を取る。最後の最後まで態度は表明できない」と話した。


日新聞 2008-03-22

運慶工房作「大日如来像」、クリスティーズ落札は真如苑


 鎌倉時代師・運慶の工房の作品とみられる「大日如来像」を、ニューヨークのオークションで、三越に依頼して1437万7000ドル(約14億円、手数料込み)で落札したのは、東京都立川市に総本部を置く宗教法人・真如苑(しんにょえん)だったことが25日、わかった。真如苑は、02年に旧日産自動車村山工場の跡地の約7割を739億円で買収したことでも知られる。

 落札した「大日如来像」は、村山工場跡地の整備が整ったらそこにまつり参観してもらえるようにする、それまでの5年間は、東京国立博物館などに預けて調査してもらいたいという。国外流出が懸されたこの像だが、日本にとどまることになった。

 真如苑は在家の教教団で、信者数は約84万人とされる。


日新聞 2008-03-25】

統一教会信者、無断侵入で書類送検


「世界基督教統一神霊協会」いわゆる「統一教会」の男信者が、訪問販売のためマンションに無断で侵入したとして、警視庁公安部は、この男信者を書類送検しました。

 住居侵入の疑いで書類送検されたのは、世田谷区に住む23歳の統一協会の男信者です。

 警視庁の調べによりますと、この信者は先5日、統一教会系のボランティア団体SHINZEN」の会員として、靴下などの訪問販売をするため、千代田区内のオートロック式のマンションに無断で侵入した疑いがもたれています。

 調べに対し男信者は、「統一教会の教えを実践するために訪問販売を行った」と供述しているということです。

 警視庁は先18日の「SHINZEN」への家宅捜索で、「オートロック式マンションの回り方」などが書かれた「訪問販売マニュアル」などを押収。

「SHINZEN」が海外支援や福祉を目に訪問販売などで集めた金が、統一教会の資金源になっているとみて、活動の実態解明を進める方針です。


TBS 2008-03-25】

2008-03-24

「反キリスト者」ニーチェ


 私はキリスト教を断罪したが、このことで私はそれと親近な一つの宗教に、信徒の数から言えばかえって優勢なそれ、すなわち教に、不正を犯すことをのぞんではいなかった。両者はともにニヒリズム的宗教に属しているが――いずれもデカダンス宗教であるが――、両者は最もいちじるしい仕方でたがいに異なっている。両社が現今比較されうるということ、このことに対してキリスト教の批判者はインド学者に深く謝しなければならない。――教は、キリスト教より100倍も現実主義的である、――教は、客観的に冷静に問題を設定するという遺産を体内にもっており、何百年とつづいた哲学運動ののちにあらわれた、教があらわれたときには、「神」という概はすでに除去されてしまっていた。教は、歴史が私たちに示す唯一の本来的に実証主義的な宗教である。その認識論(一つの厳密な現象主義――)においてもやはりそうである。教はもはや「罪に対する闘争」ということを口にせず、現実の権利を全面的にみとめながら、「に対する闘争」を主張する。教は――これこそそれをキリスト教から深く分かつのだが――道徳的概自己欺瞞をすでにおのれの背後におきざりにしている。教は、私の用語で言えば、善悪の彼岸に立っている。教がそれにもとづき、注視をおこたらない二つの生理学的事実は、第一にはの過大な敏さであって、これは痛を受けとる洗練された能力としてあらわれるものであり、第二には過度の精神化、概や論理的手続きのうちであまりにも長く生きることであって、このことの影響で人格的本能は損傷をうけて「非人格的なもの」に有利となってしまったのである(――この両者とも、少なくとも私の読者のいく人かは、「客観的な者たち」は、私自身と同様、経験から知るようになる状態である)。こうした生理学的条件にもとづいて或る抑鬱が発生した。これに対して陀は衛生学的な処置をとるのである。陀はその対策として、戸外生活を、漂泊生活を適用する。飲食の節制と選択、すべての酒類に対する用、同じく、癇癪をおこさせ、血をわかせるすべての欲情に対する用、おのれに対しても他人に対しても気遣いしないことなど。陀は、休をあたえるか快活ならしめるかのを要求する――彼は、これ以外のの悪習をやめさせる手段を発明する。彼は、善を、善をもつことを、健康を促進せしめるものと解している。祈祷は、禁欲と同じく排斥されている。なんらの断言命令も、総じてなんらの強制も、僧団内においてすらない(――人はふたたび還俗することができるのである――)。


ニーチェ全集〈14〉 偶像の黄昏 反キリスト者

2008-03-22

溝口敦


 調べた、あっけなく判った。溝口敦は日共、党ではなくとも強力なシンパであること歴然! 以下、竹中労の忠告にしたがって、私行(プライバシー)については触れない。が、とうぜん対応いかんでは公開を辞さないこと、また本稿とは別に詳細なメモランダムを用していることを付言しておこう。このメモは、当人だけではなく家系の死者にまで及ぶのだ。“池田大作の生い立ち”をおどろおどろしく描いた溝口、夫子自身も以尺報尺、ルーツを暴かれてしかるべきだが、信仰者を群体の戦列に入れた京太郎としては、「眼には眼を」という論理をいという留保する。

 さて……、溝口敦ナニモノか?(と竹中労の文体模写で)

 本、島田啓三、1942年75日生まれ(40歳)。住民登録による現住所は――(省略)――それ以前は長く川崎溝ノ口に住み、“共産党一家”として有だった。とくに祖母は(係累についてはすべて匿とする)、『赤旗』の配達責任者、熱活動家であり、亡くなった現在でも近隣の人々の語り草である。

 1965年、早稲田大学第一政経学部卒、“安保世代”にはやや遅れるが、核マル派とは接触していたという学友の証言がある。かくれ民青かは判明せず、学生運動の中では活動歴、とくに日共の痕跡を残していない。卒と同時に徳間書店入社、「アサヒ芸能」特集取材班に所属、同期入社の岸優はのちに三一書房に移り、『山口組ドキュメント・血の抗争』『小説・大塩平八郎』等の刊行をあっせん、72年に『堕ちる庶民の神』の出版を担当した。(中略)

 溝口は68年に徳間書店をやめて、フリー・ライターとなった。5年ほど浪人をして、再び俸給生活者(サラリーマン)となり、博報堂のPR企画室に属する。参事(部長待遇)、このころから身辺にキナ臭いものがただようのだが、それはさておき……

 溝口の妻は、日共大衆団体「新婦人の会」のリーダーである。大南地区自治会集会所で、例の会合を主宰している。「子供会」「幼稚園の会」等々、活発なサークル活動を行い、活動家やシンパの出入りもはげしく、いうならば地域における日共市民対策部の観がある。とうぜん、『赤旗』の拡大にも熱であり、選挙のさいにはチラシの配布と、票の掘りおこしに専従している。川崎に住んでいた当時は、「学習会」を自宅で開いていた。75年の統一地方選では、日共県会議員候補者・直枝よし子の宣伝カーに乗り、街頭宣伝の先頭に立った。誰の眼から見ても、彼女はれっきとした党員である。

 断るまでもないが、このような情報を我々は内閣調査室や公安筋には求めず、たんに脚で歩いて聞き知り、その一部を公開したにすぎない。驚くべきことに、創価学会側にはまったく何一つデータがなかった。「あの人、右翼じゃないんですか?」という、ノンビリした返事しか得ることができなかったのである。それは裏返していえば、山崎正友のいうSCIAなど、教団に存在するべくもないことを如実に証明している。謀略とは無縁の体質を、我々は学会に発見した。京太郎の一人である信仰者・かくすまでもなく学会員だが、彼が主張していた通り、「裸の教団」であった。“溝口身上調査”のそれが最大の収穫である、と我々はう。【夢野京太郎】


【『仮面を剥ぐ 文闘への招待竹中労(幸洋出版)】

月刊ペン事件〜会長勇退


 猪野健治の分析によれば――、〔創共協定つぶしの経過を整理して言うなら、第一段階では公明党及び学会保守派を共産党と対決させて、協定を有無実化する。第二段階では学会と宗門の関係を悪化させ、池田を浮き上がらせる。第三段階では学会内反主流派をあおり造反を仕掛けて、池田復権を阻む。そして第四段階、学会と共産党の関係を修復可能なまでに決裂をさせる〕(巨大宗教“取り込み”の政治戦略、『新評』80年12号)

 明快ではないか。まさに事態はかくのごとく進行したのである。そして、高野孟(『マップ・インサイダー』編集長)は、いっそう端的にこう言い切る。〔反学会・池田の受け皿は、自民党なのである〕(なぜ創価学会が狙い撃たれたのか?、『第三文明』81年6号)。大平首相急死、葬式まんじゅう選挙は26議席増で自民党の圧勝、いっぽう公明党は解散前の58議席から一挙に25議席を減らして惨敗。この結果が何をもたらしたか? 「ヘソ下」スキャンダルで括られた反学会・池田大作攻撃キャンペーン、謀略工作である。

 猪野も高野も言わずもがな、創価学会支持者ではない。だが、まともなジャーナリストならからくりは見ぬける。君に見えぬのはなぜだ、内藤国夫?


 文目(あやめ)もわかたぬ白い闇、その闇の中にまた闇があり、核から血汐したたる。マスコミ仕掛人山崎正友。まぎれもないおまえだ。内藤はその掌(たなごころ)におどり、野坂は付和雷同した。原島? この人は金魚のウンコにすぎない。末尾に付して総括しよう。とうぜん、山友の背後には黒衣(くろこ)がいて、誰の眼にも正体まるみえ、自民党「宗教政治研究会」である。彼らの目的は、民衆の信仰を国が総括すること。すなわち、“宗教団体法”を形をかえて復権するところにある。出版資本(文藝春秋・講談社・小学館)はその片棒をかつぎ、JCIA米帝御用達謀略機関)が暗躍した。この機関は、“転び戦争犯罪人”“転び国家神道”である。


 そしていま、悪夢は再び襲う。山友をリモート・コントロールしているのは、天皇制の亡霊である。JCIAとは何か、創価学会はなぜ謀略の標的とされ狙い撃たれたのか?

 軍&政府機関に属していた諜報・撹乱工作員、掠奪屋そのほかの“人材”を、「内閣調査室」に組織したのは、第五次吉田内閣の官房長官、戦時下は情報局の総裁であった故・緒方竹虎。「内調」は、GHQ情報部の指示でCIAに倣(なら)った。すなわちJCIA、政府が正式に設けた情報・謀略機関である。初代室長は村井順(国警本部警備課長)、そして民間機関の責任者は誰あろう、「月刊ペン」社々長原田倉治(故人)であった。いま裁判の被告となっているもと同誌編集長・隈部大蔵は旧陸軍中野学校出身、撹乱工作のプロフェッショナルだ。


 周知の事実とうがのため、盗聴が発覚したのは昭和55年、山崎正友が自分が首謀者であると乗り出たからである。


【『仮面を剥ぐ 文闘への招待竹中労(幸洋出版)】

3.16から4.2へ


 来る年も来る年もこの時期になると、昭和33年の激闘をわずにはいられない。3.16の盛儀にあって、戸田先生は立つことが覚束ないほど体調を悪くされていた。

 戸田先生は若き池田先生に対し、「あと7年で、200万世帯まで闘いたい」と言われた(昭和32年1227日)。ところが、一ヶ半後の210日には「あと7年間で、300万世帯の学会にしたいな」と仰せになっている。昭和32年の暮れには、お手伝いさんに「僕は桜の咲く頃に死ぬんだ」と漏らされていた。迫り来る寿命との熾烈な格闘の中で、広宣流布への構はとどまることを知らなかった。そして戸田先生の遺志は、30歳の一人の青年に託された。


 昭和33年(1958年)43日、後継の青年は師子吼した。その叫びのままに「世界の創価学会」を築き上げた。遺言であった300万世帯は何と4年後に達成された(昭和37年1127日)。

光ファイバーの方が得だったとは……


 知らなかったよ(涙)。私の住む公団も昨年に開通したようで、2日に一遍ぐらいの割合でチラシが投函され、週に一度は営電話が掛かってくる。私の場合、営マンと営電話はいくらでも相手になる(笑)。テレフォンアポインターから見れば最悪の相手だ。まず、氏・会社の所在地・電話番号・勤続年数を確認する。その時点で向こうは戦喪失。「勤めて1年になります」という場合は、大体入社3ヶと考えればよい。そして、私は得々とコンプライアンスについて講義を行い、法律に反する営方法であることを丁寧に教え、転職するよう促すのだ(笑)。


 余談はさておき、仲のいい先輩に教えられて初めて知ったのだが、光ファイバーにすれば、電話の基本料金が掛からないという。すると、ADSLよりも光の方が断然得だ(ただし、一軒家の場合は高い/私の場合、今まで3600円+1600円だったものが4200円で済む)。というわけで、早速申し込んだ。チラシから申し込むよりも、価格.comの方が割引が大きい。

 更に、Skypeも使ってみることにした。ヘッドセットだけ購入すれば、世界中の人と無料で会話ができる。その内、ネット座談会をやろうかなあ(笑)。



 NTTから連絡があって判ったこと。結局、料金的にはトントンだ。割引分と回線スピードを考慮すれば、マンション型の光ファイバーはお勧めできる。一軒家の方は、よく料金を調べた方がよい。

2008-03-21

立川ビラ配り事件:有罪判決確定へ…最高裁が判決期日指定


 自衛隊のイラク派遣に反対するビラを配るため、東京都立川市の防衛庁(当時)の官舎に立ち入ったとして住居侵入罪に問われた市民団体メンバー3人の上告審で、最高裁第2小法廷(今井功裁判長)は判決期日を411日に指定した。2審を見直す際に必要な弁論が開かれていないため、3被告の上告が棄却され、金10万〜20万円とした2審・東京高裁の逆転有罪判決(05年12)が確定する見通し。

 上告審で弁護側は「ビラ配りを有罪とするのは表現の自由を保障した憲法に反する」と無罪を主張しており、最高裁判決がビラ配布の違法と表現の自由の関係について言及する可能もある。

 被告は市民団体「立川自衛隊監視テント村」メンバーら。1審・東京地裁八王子支部は04年12、立ち入り行為が住居侵入罪に当たるとしつつも「ビラ配布は憲法の保障する政治的表現活動で、住民のプライバシーを侵害する程度も相当低い」として無罪(求刑懲役6)を言い渡した。

 2審は、居住者の抗議後も立ち入ったことなどから「ビラによる政治的見の表明が言論の自由により保障されるとしても、管理者のに反して建造物等に立ち入ってよいということにはならない」と金刑を言い渡していた。


【毎日新聞 2008-03-21】

ヨーカ堂が「円高還元セール」・30品目を3割値下げ


 イトーヨーカ堂は21日、為替相場での円高進行を受けて「円高還元セール」を22、23日に実施すると発表した。米国産の果物を中に約30品目の価格を通常より約3割引き下げる。今回の円高局面で、大手スーパーが輸入メリットの還元をうたったセールを実施するのは初めて。

 ヨーカ堂は食品を取り扱う全国の175店で実施する。米国産のグレープフルーツ(販売価格78円)やオレンジ(同50円)のほかワイン、豚肉、加工食品など約30品目が対象。今後の相場動向を見ながら、継続的に実施することも検討する。


【日本経済新聞 2008-03-21】


 婦人部に教えてあげてね。

2008-03-20

胡錦濤主席、池田大作氏と会談へ


 5の来日が予定される中国の胡錦濤国家主席が、来日時に創価学会池田大作誉会長と会談する方向となっていることが19日、分かった。中国側が「胡主席が日本で会いたい民間人3人のうちの1人」として池田氏を指したという。胡氏は主席就任前の昭和60年と平成10年にも都内で池田氏と会っており、会談は今回で3回目となる。

 胡氏の来日について日本政府は、中国側に56日からの5日間の日程を打診中で、現在、正式な回答を待っている。胡氏は日本で天皇皇后陛下福田康夫首相と会談するほか、中国とゆかりの深い古都、奈良などを訪問予定で、この間に池田氏との会談をセットする形だ。

 中国は昭和47年の国交正常化の地ならしを行った池田氏について「井戸を掘った功労者」と評価している。また、「中国で池田氏は宗教家というよりも、強い力を持った政治家という位置づけだ」(日中外交筋)とされ、公明党などを通じた政界への影響力にも期待しているとみられる。


【産経新聞 2008-03-20】

2008-03-19

2008-03-18

既に伝説と化したスティーブ・ジョブズ氏の名スピーチ


 米国スタンフォード大学の卒式(2005年612日)でのスピーチである。知っている方も多いことだろう。翻訳つきの動画を見つけたので紹介しておく。

スティーブ・ジョブズ-偶像復活

痴漢でっち上げ:「人生台無しになると実感」…堺の会社員


 電車内で男女に痴漢行為をでっち上げられ、犯人扱いされた堺市北区、会社員、国分和生さん(58)が13日、毎日新聞の取材に応じた。「男女には徹底的に罪を償ってほしい。警察の取り調べも怖かった。こんなことが二度とあってはならない」と涙ながらに訴えた。 

 国分さんは21日午後8時半ごろ、大阪市内の地下鉄の車両内で、いきなり女(31)に「お尻触りましたよね」と訴えられた。少し離れた所にいた甲南大4年、蒔田文幸容疑者24)=虚偽告訴容疑で今11日逮捕=が、それを目撃したと主張。駆けつけた大阪府警阿倍野署員に事実を述べても「あかの他人が『見た』と言っている。白状したらどうや」と否定された。留置場では一睡もできなかった。翌日夜になって、関係者3人の言い分が食い違っているうえ、逃走の恐れもないとして釈放された。

 家族も不安な一夜を過ごした。帰宅しないので警察や消防に何度も電話。翌に捜索願も提出。2日午後3時ごろに面会した当番弁護士から連絡が入り、事情が判明。二女(23)は「痴漢と聞いた瞬間、仕組まれたに違いないとった」と憤る。

 同署によると、蒔田容疑者は今年1下旬に大阪・ミナミで女にをかけ、翌日から一緒に暮らし始めた。数日後に事件を起こし、その日のうちにけんか別れ。女は27日になり「『示談で金をせしめよう』と持ちかけられた」と自首した。同署は女についても同容疑で書類送検する方針だ。

 国分さんは同20日ごろ、女が自首したことを刑事に知らされ、謝罪を受けた。「冤罪(えんざい)は人ごととっていた。人生を台無しにしてしまうのだと実した」と語った。


【毎日新聞 2008-03-18】


 容疑者の学生は本日、退学処分となった。

日銀総裁人事のゴタゴタは芝居かも?


 日本の政界では、日銀総裁人事をめぐって与野党が対立し、総裁が決まらず、金融の政策決定に支障が出そうな事態になっている。これはひょっとすると、日本に損をさせるアメリカからの要請を断るための芝居として、福田首相と小沢民主党代表が事前に談合して演じていることではないかとも勘ぐれる。福田と小沢は、従来の日本の基本戦略である対米従属には未来がないとっている点で見が一致しており、日本を対米従属から引き剥がしていくための与野党大連立を、以前に画策している。

2008-03-16

『税金を給料1ヵ月分取り戻す本 誰でもできる256のポイント』奥村眞吾、中島 孝志


金券ショップ外な使われ方


 都ターミナル駅には金券ショップがたくさんある。新幹線、航空券の割引回数券やJRオレンジカードなどもたくさん販売されている。

 どこから、こんなにたくさん流れてくるのかといきや、大部分が一般企から持ち込まれているのである。

 なんのためにか?

 ズバリ、企の交際費や裏金づくりのためと推定している。

 新幹線や航空券の回数券を大量に買って、これを現金出納帳に記入しなければ、いつ、だれが、どこに出張に行ったのか、あとの税務調査で見きわめることはしい。

 こんなやり方で、使わない回数券を金券ショップで換金して、せっせと裏金づくりをしている会社もあるのだ(決して真似しないように!?)。


を引き取る前に、とっさの相続税対策


「余命いくばくもないだろう」と医師から宣告されたとき、相続税に関する緊急対処法は次の通り。


1.配偶者への居住用財産の贈与

 20年以上連れ添った配偶者には、「一生に一度だけ、マイホーム2000万円分を贈与しても贈与税がかからない」という特例がある。

 もし、この特例をまだ使っていないなら、すぐ実行すること。通常の贈与は、3年以内に相続が発生すると、その贈与財産は相続財産に取り込まれてしまうが、これは例外。を引き取る1時間前でもできるのである。


2.墓地、壇などは生きてるうちに購入する

「死んでからでも遅くない」と考えていたら、それはあまりにも税金オンチ。

 いくら立派な墓地、墓石、壇を残しても相続税はかからないのである。

 だから、できるだけ高価なものを貯金を崩してでも買っておく。預貯金が減れば、その分相続税は軽くなるし、買ったものは非課税になる。

 ただし、絶対に借金してまで買ってはいけない。この借金は債務として認められないからである。


3.ゴルフ会員権を買う

 ゴルフ会員権の相続税評価額は時価の70%だから、死亡直前に買えば購入価格の30%は評価減になる。


4.孫に贈与する

 相続発生3年以前の贈与が相続財産に加えられるのは、あくまで法定相続人に対してである。法定相続人がなければ関係ない。

 だから法定相続人でない孫に贈与すればいいのである。これは相続税と贈与税のそれぞれの税率を比較して決めればいい。


5.実子が1人かゼロの場合は養子縁組をする

 子の嫁(娘婿)か孫を養子にして相続人を増やす。


 景気がよくならない内は、利殖に励むよりも、税金対策をした方が効果的だ。ただし、税金に関する書籍は最新のものを参照しないと、法律が変わっている場合があるので要注


税金を給料1ヵ月分取り戻す本―誰でもできる256のポイント

進む円高ドル安、遂に100円割れ


 13日、米ドル/円が100円を割った。昨年の8は120円だったというから、半年あまりで20円も円が高くなっている。日本は、さしたる資源もなく、食糧の自給さえできない国のため、高い技術を武器に輸出で飯を食っている。でもって円高になるたびに、「輸出企が大変だ」と叫ばれる結果になる。ただし、これは昔の話。失われた10年の間に、企リストラを断行し、為替差損を回避するために海外へどんどん進出した。既に大手企の工場が世界のあちこちにできている。この間の企努力で、米ドル/円が100円になっても利益を出せる体制をつくり上げたと言われる。更に、最近の輸出動向を見ると、アジアの占める比率が格段に増えている。政府もまだまだ口先介入だけで、本気で介入するつもりはない。急激な為替変動は、何らかの図があると見るべきだろう。有り体に言えば、「米国で製造される武器が安くなる」という味であり、安保を依存している日本は山ほど武器を購入させられる羽目となるだろう。こういう状況になると、政府が内需拡大の道標(みちしるべ)をつくれないと、円高不況となってしまう。アメリカ大統領選挙は、「戦争をする予定」なら共和党のマケインで決まり。


【追伸】通常、円高になると輸入品は安くなるのだが、ここのところ原油や穀物の相場が高騰しているために相殺されてしまう。ただ、全般的に考えれば円高メリットの方が大きい。問題が複雑なのは、円が評価されているわけではなく、ドルの価値が落ちて来ているという実態があるため。円高不況からスタグフレーションという構図になれば、輸出に頼っている中小企はバタバタと倒れることになるだろう。サブプライムに端を発した米国の借金経済の破綻が、今後デリバティブに飛び火すれば、ブラックマンデー並みの暴落が待ち構えている。

「魂の炎のバトン」を君たちに


永遠の3.16を記――愛する青年部諸君に贈るメッセージ


3.16の精神 広宣の大空へ「永遠の青春」の翼


 青春には翼がある。嵐の海をも過(よぎ)り、天空の奥まで翔(か)ける。

 青空には果てがない。青春の力にも限りがない。

 青空は世界を包む。青年の気概には全世界さえも狭い。

 たとえ雲厚くとも、天の高みには「永遠の青空」が輝いている。

 広布の遠征に風強くとも、「永遠の青春」の翼ある限り、目的地へと烈風をも自在に操れる。

 学会の「永遠の青春」の原点、師から弟子へ、生命から生命へ、御本の御遺命たる「世界広宣流布」への魂を伝えゆく日、それが3.16である。

 33年前(1958年/昭和33年)のこの日、師のもと、広布の模擬的儀式が行われた。六千の地涌の若人の集ったこの日、私どもは「広宣流布記の日」とづけた。

 この年の初め、師はつぶやいた。「もう何もいらない。ただ、人材が欲しい」。

 今、私もまったく同じ気持ちである。いな戦野が世界に広がった現在、それ以上に、何百倍、何千倍の重厚な人材群が必要となっている。

「次の時代」を開くカギはまさに「人材の力」、そして「文化の力」にある――これは、過日、ユネスコ(国連教育科学文化機関)のマヨール事務局長と語り合ったことでもあった。


精神の不服従


 ここにユネスコが編纂(へんさん)した一冊の書――『語録 人間の権利』(日本語版は桑原武夫訳、平凡社刊)がある。

世界人権宣言」(1948年)の20周年を記し、古今東西の“人権への戦い”の言を集大成している。

 その中に日蓮聖人のお言葉も収録されている。「撰時抄」の一節である。

「王地に生れたれば身をば随えられたてまつるやうなりともをば随えられたてまつるべからず」(287頁)

 ――王の権力が支配する地に生まれたのであるから、身は従えられているようであっても、は従えられません――と。

 大聖人が佐渡御流罪から鎌倉に戻られた時のお言葉である。当時の権力者・平左衛門尉に対して、厳然と仰せになった。

 ――汝らは権力者である。私を処刑し流罪することも、また許して自由にすることもできよう。しかし、を縛ることまでは絶対にできない。断じて私は、彼ら権力者の奴隷にはならぬ、と。

 まさに大聖人の御生涯のひとつの核を凝縮したお言葉と拝される。

 問答無用の権力者と戦い抜かれた御一生であられた。ただ精神の力、ただ道理の力で――。

“汝は権力者という政治上の王者かもしれない。しかし、私は精神界の王者である”との御本の御確信が鋭く伝わってくる。

 そして、このお言葉は、私の胸の中で、師の師子吼と響き合う。かの3.16式典での“学会は宗教界の王者である”との大音(だいおんじょう)と。

 師の宣言は、弟子を立たせた。弟子は昼夜を分かたず、戦った。そして700年の時を越えて、御金言を世界に燦然と輝かしめたのである。

 いかなる巧言、いかなる奸計(かんけい)も、この事実の太陽の前には夜露のごとくはかない。

 大聖人のこのお言葉は、『語録 人間の権利』の中で「権力の限界」の章に収められている。

 どんな絶大な権力も精神までは縛れない。自由の叫びを抑えられない。正義そのものを殺すことはできない。何よりも真実を隠し通すことは不可能である――。

 この書のみならず、今、世界の多くの人々は、大聖人の御生涯に「人類のための人権闘争」を見ている。そして、まさに「人権宣言」の偉大なる先駆者と賛嘆し、崇敬(すうけい)しているのである。この御本の戦いを後継し、現代の大民衆運動として世界へと展開しているのが、我がSGI創価学会インタナショナル)である。

 日本では、これまで本格的な、また根本的な「人権闘争」がなかった。そのためか、人権に対する覚も鈍い。私どもの運動の崇高な義も、なかなか理解されない面がある。

「人間の権利」に鈍な者は、他人の人権を踏みにじりがちである。それでは、やがて自分の人権も奪われてしまうことになろう。

 断じて、そうした不幸な時代をもたらしてはならない。「人権の夜明け」を開かねばならない。そのために青年がいる。諸君がいる。


“未来を見る男”プロメテウスの受と栄光


「身は縛られてもは縛られぬ。権力者よ、汝らに何ができよう」――この御精神を拝する時、浮かんでくる古代ギリシャの物語がある。世界の多くの青年に贈る味でも触れておきたい。

 それは青春時代に知った“先を見る男”のの劇。民衆を愛するがゆえに、権力者ゼウス(英語ジュピター)と戦った男のドラマである。人間の理を描いた一つの文学として私は読んだ。

 男の前はプロメテウス。「先に知恵の出る者」という味である。ギリシャの伝承では、彼が人類をつくったとされる。ちなみに彼には弟がいる。そのエピメテウスは「後から知恵の出る者」という味である。

 洞察力のある兄に比べて愚かな弟は、ゼウスの策謀にかかってしまう。有な「パンドラの箱」の事件である。ゼウスの遣(つか)わした美女パンドラにそそのかされて、エピメテウスが箱を開けると、中からあらゆる悪としみが飛び出し、地上の世界に広まってしまった。ただ、最後に箱の底に「希望」が残っていたという。

 世に満ちた一切の悪と戦う力は「希望」にある。希望から勇気が、勇気から知恵が生まれる。そして信仰は無限の希望の源泉である。


“文化”を与えたゆえの迫害


 さて、兄のプロメテウス“先を見る男”は、“大地の子”である。大地ガイア子にあたる。

“天の独裁者”であるゼウスの怒りをかって、コーカサス山の岩に「金剛の鎖」で硬く縛りつけられていた。

 そして毎日、昼間は大ワシがやってきて、彼の肝臓をつついて食べてしまう。激痛を耐えていると、夜の間に体は元通りになり、昼にはまたつつかれる。不死身を得ていた彼は、死ぬこともできない。3万年(3000年とも)もの間、こうした残酷な刑を受け続けていた。


「知恵の火」「人権の光」「文化の灯(ひ)」で世界を照らせ


 一体、彼がどんな悪いことをしたのか? 何がゼウスを怒(おこ)らせたのか?――それは彼が人類に「文化」を与えたからであった。

 彼は、幼稚で何も知らなかった人類に同情した。寒さに震え、闇を怖がっている。獰猛な野獣たちの前にひとたまりもないだろう。

 そこで彼は人間に火を与えた。太陽の持つ火を植物の茎(くき)に移し、地上に持ち帰ったという。

 芳香あるウイキョウ(茴香、フェンネル)の髄(ずい)に、火を閉じ込めて彼は走った。愛する人類のために、これを届けてやるのだ。

 ウイキョウは古代ギリシャ語でマラトンと呼ばれる。マラソン競技の由来となったマラトンの地には、この草が群生していたという。

「火」のおかげで、闇と寒さを人間は恐れなくなった。暖かい火を囲んで、小屋を建てることも覚えた。

「火」からあらゆる技術が生まれた。土器をつくり、煮(に)、炊き、焼く料理を始めた。そして金や銀など鉱石を溶かす術を身につけ、そこから生活の道具や装身具が生まれ、武器や貨幣が生まれた。

 更に彼は人類に「言葉」を与えた。そこから「」と「学問」が生まれた。また「音楽」を与え、人々のを高めた。「医術」や、「建築」「天文」「数学」「牧畜」「航海」を教えた。やがて「都市(ポリス)」も出来た。彼はまさに“文化の父”であった。

 実は、これが独裁者ゼウスには気に入らなかった。ゼウスは“神々の父”と呼ばれ、恐れられていた。

 ゼウスは以前からこう言っていた。「火を渡すと、人間どもは『力』も『知恵』も、われわれ神にせまり、われわれは支配しにくくなるではないか!」。

 そして、こう決していた。「人類は無知のままにしておいたほうがよいのだ!」と。

 この“天の独裁者”の向に逆らい、“大地の子”プロメテウスは、民衆を賢くしてしまった。それゆえに、あの残酷な刑にあったのである。

 彼はゼウスの考えを知っていた。火を与えれば、彼をするであろうことも“先を見る男”はすべて知っていた。にもかかわらず、人間を愛するゆえに、あえて彼は「天の火」を手に走ったのだ。


善と力、知と慈愛兼備した勇士


「神のために人間が戦う」のではなく、「人間のために神が戦う」――ギリシャのヒューマニズムを最もよく象徴している物語である。

 多くの詩人がこのヒューマニズムの勇者をうたった。ギリシャの劇作家アイスキュロスが、またミルトンが、そしてユゴーが。

 バイロンは叫んだ。「プロメテウスよ! 誇り高き者たちが味わうしみのすべてを味わう者よ! 汝の崇高な罪とは、“人類への愛情を持つ”ことであった。自らの精神で、人間を強くしたことであった」(「プロメテウス」から)

 イギリスの詩人シェリー(1792〜1822)も、この“先を見る男”に共した一人である。彼が理とする「人権の闘士」のモデルと仰いだ。

 シェリーは28歳の時、詩劇『縛(いまし)めを解かれたプロメテウス』を書いた。その中で、プロメテウスは叫ぶ。

「ゼウスよ! あなたは憎しみに盲目となって、私を縛った。しかし、あなたの復讐もむなしい。私は打ち勝つ!

 ああ、私さえ妥協していれば、あなたも全能となっただろうに!」

 ――彼さえ屈すれば、権力者は全能となり、皆が黙って従ったことだろう。しかし、もう遅い。彼は「知恵の火」を人間に渡してしまった。やがて彼らは独裁者を倒すであろう。

「善も悪も無限だ。この宇宙のように。汝の孤独のように」――悪は無限に悪となれる。甘く見てはならないと“先を見る男”は言う。

 また独裁者は限りなく孤独である。悪の坂道を下りながら、孤独の深淵へと、どこまでも転落していくく。

 そして「汝は今静かに坐っているが、時いたれば、汝は、『の内の姿(地獄)』そのものとなって現れよう」と。

“先を見る男”には、ゼウスの転落の未来がありありと見えていた。だれがどうやってゼウスを倒すかまで知っていた。すべてを知っているゆえに、ゼウスは彼を恐れた。亡き者にしようと焦った。何とか屈服させたかった。

 そして彼がひと言、ゼウスの未来を教えれば、許してやると誘(いざな)った。しかしプロメテウスは黙して語らない。彼の受はこのように、どこまでも彼自らが選んだものであった。あまりにも彼は不屈だった。あまりにも彼は人間を愛していた。

「善」と「悪」と、巨大な悪に、優しき「善」が打ち勝つのは、容易ではない。シェリーは、「人間」を厳しく見つめていたがゆえに、「善」のもろさもよく知っていた。

 彼は嘆く。「善には力がない。力ある者には善がない」「賢い者には愛がない。愛ある者には賢さがない。そこに乱れが生じ、悪を生む」と。

「善」と「力」、「知」と「慈愛」を兼ね備えねばならない。それで初めて人類の「人権の闘士」となる。掲げた理を現実のものとする「勇者」が生まれる。

 縛られたプロメテウスの真実を、ほかの誰もが理解しなかった。嘲(あざけ)る者すらいた。

 彼は言った。「ゼウスのあの恐ろしい権力のもとにあって、私だからこそ、どんなことにも耐えられた。私は独裁者からあなた方を守る『防壁』となったのだ。かくもしみ、傷つきながら、その私がわからないのか?」と。


“自己を支配する”王者たれ “人を支配する者”は権力欲の奴隷


我が胸には平和が君臨する


 それでも彼は「我、王者なり」と平然としていた。

「天の奴隷ども、ゼウスの子分こそかわいそうなのだ。すぐにでも、自分自身を蔑むことになるのだからな!」

「一方、太陽の中には『光』が君臨するように、我がには、静かな『平和』が王座にいる」

「私は私自身の王だ。内なる悩や戦いの群れをすべて統治している」――。

「人を支配する者」でなく「自己を支配する者」こそ「王者」なのである。

 彼は剛毅であった。獄にあっても、自由な口をきいた。

 そもそも彼は、ゼウスよりも早くから活躍していた巨人族の一人であった。そしてゼウスが王座に就く際、「人間に自由を与える」という条件をもとに、ゼウスを助けてやったのである。

 ――悪のは、善いものをも悪に変えて受け取る!

 ゼウスよ、汝の権力は私なくしてありえなかった。その見返りに汝が寄こしたのは、この鎖だ!

 幾年、昼も夜も、私は太陽にあぶられ、雪に凍え、縛られている。汝の無慈悲な考えを実行する下僕たちから、私の愛する人類が踏みにじられている間にも!

 私への迫害も当然だろう!

 悪人は善を受け入れられないのだから。人に、憎しみや、恐れや、恥をじこそすれ、謝などはじられないのだ。

 悪をなしたのは自分なのに、私に仕返しをすると言うのだ。

 汝らのほうこそ、悪の奴隷だ!――。

 彼が言う通り、「謝しなければならない相手」がいること自体、悪人には痛である。謝することが、自分の威信を傷つけると信じているからだ。

 彼らは常に要求する。“我は偉大なり。我が階(きざはし)の下にひざまずけ。我をたたえよ”。

 確かに群を抜いてはいる。しかしそれは、の貧しさ、卑しさにおいてに過ぎない。そして「裁きの日」を迎えるまで、その顔は傲然と虚勢を貫こうとする。


「勝利の歌」こだまする(あした)を


人間に反する暴力は自滅する


 時が来た。「呪いの王者」ゼウスが倒れる時が――。

 自分が父を追い出して王座を奪ったように、ゼウスは自ら産んだ子供によって地獄の「底無しの淵」に堕(お)とされてしまうのである。

「助けてくれ! 助けてくれ!」

「ああ、まっ暗だ! 助けてくれ!」

 ゼウスは、自分が縛ったプロメテウスにさえ、最後は寄りかかる。

プロメテウスならばこんな無慈悲なまねはしないぞ。

 優しく、正しく、しかも恐れを知らない彼――世界の王者ならば」

 権力者は気どる余裕すらなく、「奴隷のようにふるえながら」堕ちていった。

 自分を堕とす相手に彼は叫ぶ。「お前はだれだ?」――「汝自身の罪だ」と“敵”は答えたに違いない。

「闘士」は解放された。世界が喜びに沸く。彼は「世界の太陽」となって立ち昇る。自然の精が合唱する。

「われらは大計を描こう。人類の新しい世界へ。それをプロメテウス(人権の闘士)の世界と呼ぶのだ」

 新世界の(あした)。勝利の歌がこだまする。闇が晴れる。旧(ふる)き戒めの鎖は断ち切られた――。

 こうしてシェリーは、自分の理をうたう。

 ――人類はもはや王笏(おうしゃく/独裁の象徴)もなく、自由で、平等な人間となる。階級もなく、種族や国家の別もなく、恐怖や屈従の宗教もなく、身分のわけへだても知らず、自己を支配する王者となり、正しく、優しく、賢い者となる、と。

 シェリーは、フランス革命など“大義の革命”が多くの犠牲者を出し、「いたるところ、死体が厚く積み重なっている」のを嘆いた。

 そして「暴力否定」の平和の人権闘争を信とし、情熱の詩を綴った。彼は「人間に反する暴力は自滅する」ことを見抜いていたのである。


愚民政策」とアヘン戦争の教訓


人民を賢くする奴は、邪だ!」――これが「支配者の論理」である。人民はおとなしく服従する「小羊の群れ」であるほど都合がよい。知恵ある人民は危険なのである。

 ゆえに彼らは、民衆の魂に“人間の火”を燃やす「文化」を嫌い、“英知の光”を点(とも)す「教育」を嫌う。

 彼らにとって「平和」とは、「人民の服従」と「自己の安泰」のみを味する。

 ――香港がイギリスに割譲される原因となったのが、19世紀半ばのアヘン戦争である。

 イギリスはアヘンの密貿易で莫大な利益をあげた。しかも、アヘンで中国を骨抜きにし、そのうえ、門戸開放だ、傲慢をこらしめるのだ、といいがかりをつけて攻め込み、領土を取り上げた。

 この戦争は、史上まれなる「不義の戦争」と言われた。

 こうした帝国主義の非は非として、一方、中国(清の政府)も、早い時期にアヘン禁止の勅令を出しながら、密貿易にはまったく無防備だった。北京の皇族にまでアヘン吸飲の習慣は広がった。事態の深刻さに気づいたときは、もはや手遅れだった。

 この大失政を招くにいたった要因は、当時の「愚民政策」にある。

 ある歴史家は指摘している。

 清(しんちょう)は、むしろ人民が賢明になることを恐れた。税金さえ納めてくれるなら、適当にアヘンをのんで「半睡(はんすい)状態」になってもらったほうが面倒がなく、ありがたかったのだ、と。

 為政者が、自らの人民を見下し、愚弄した結果、国そのものが滅亡してしまったのである。歴史の厳粛な教訓である。


「信は大聖人の時代に還れ」


 マルクスは「宗教はアヘン」と。レーニンもまた、宗教は人間の魂を酔わせ、理を奪う「酒」だと言った。

 人間を「賢者」「勇者」「勝者」とする宗教――大聖人の法を彼らは知らなかった。だからこその言(げん)である。

 その上で大聖人は、「日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし」(919頁)――日蓮を信仰したとしても悪しく尊敬すれば国は必ず滅ぶであろう――と仰せである。

 中国はかつてアヘンで滅んだ。

 次元は異なるが、大聖人の法も人類の大良薬(だいろうやく)であるゆえに、その正しき実践をあやまれば、反対に大いなる毒として作用してしまう場合がある。「にせ札は本物に似ていれば似ているほど、罪が重い」と牧口先生は述べておられる。

 そうなれば国は滅ぶ。大法も失われる。人類は永遠の「闇」と「寒さ」に震えながら生きることになろう。

 大良薬たる大聖人の法の精神を、どこまでも正しく、どこまでもその仰せのままに実践していかねばならない。絶対に歪(ゆが)めてはならない。

「信は大聖人の時代に還れ」――ここに師の根本精神があり、永遠の学会精神がある。


「人間の世紀(ヒューマンセンチュリー)」へ渾身の走破


広布は慈悲と権力との戦い


 人類に「太陽の炎」を分け与え、賢く、豊かにさせたギリシャの英雄――。文化と人権の勇士。

「広宣流布」とは、「大法」の太陽の炎を人類に贈り、最高に賢く豊かな、最高に自由で平等な「人間の世紀」「ヒューマン・センチュリー」を開く運動である。

 世界に「文化の火」「平和の光」「教育の灯」を点じ、「人権闘争の炎」を広げゆく行進である。

「慈悲」と「権力」との戦いが広宣流布なのである。

 一本の茎に日輪の炎をつけて、彼は走った。

 私も、戸田先生から正法流布の「炎のバトン」を受け継いで走った。

 彼はこの「知恵の炎」ゆえに身を縛られ、身をついばまれ、残虐な迫害に身を痛めた――。

 私も民衆を愛し、人類を愛し、「知恵の炎」を点じてきたゆえに、それを喜ばぬ者から迫害された。しかし、“先を見る者”であるゆえに動じなかった。

 そのバトンは人類の希望である。同時に我が身を焼き焦がす覚悟なくして握れない“峻厳なバトン”である。

 正義のためならば何ものをも恐れぬ獅子だけが、「自己を支配する」王者だけが、この栄光のバトンを受け継げる。

 願わくは愛する青年部諸君は、我が「魂の炎」のバトンを受け取り、高らかに掲げて、全世界へと、新世紀へと走り抜いていただきたい。


炎の走者と立ち、動き、祈り、語れ


 ギリシャの伝承は伝える。プロメテウスが人間をつくった時、直立させてこう言ったという。

「他の動物たちは、皆、下を向いている。人間よ、お前は空を見上げて生きよ。青空と語り、星々と語りながら生きるのだ!」

 我らの舞台は世界である。我らが見つめるのは永遠の宇宙である。

 青年よ、ちっぽけな世の波騒(なみざい)を見おろしながら、大胆に生きよう。何ものも恐れず、壮快に動こう。堂々と真実を叫ぼう。

 君が燃えなければ、時代を覆う生命の闇は燃やし尽くせない。君が走らなければ、正義の炎は、人々のいのちに届かない。君自身が、一個の「炎の走者」と立ち、動き、祈り、語り始めること、そこに3.16の本義があるのだ。

 諸君の力走の果てに、民衆の「栄光」と「勝利」の山脈が、都市が姿を現す時――その時こそ、我が「永遠の3.16」の儀式は、諸君の胸中に鮮やかに蘇り、新しき不滅の光を放ち始めるだろう。

 その時、私と諸君との真の絆が固まる。

 その日を私は祈りて待つ。信じて待つ。ひとり戦いながら待つ。


 一九九一年十五日


 諸君の人生の勝利を願いつつ――

2008-03-15

「世の中を知る」こと


「世の中を知る」とは「世の中の仕組みを知る」ことである。ところが、知れば知るほど自由な発ができなくなる。その典型が政治家や学者、メディア関係者などであろう。増えた知識に束縛され、真実が見えなくなる傾向が強い。

青は藍よりも青し


広宣流布の日」に若き友に贈る


 新しき(あした)は 青年のものである

 霜(あさしも) 鮮やかに 青き麦畑にも似て


 弥生・三とはいえ

 暁の富士の寒気は厳しい

 稲妻の閃光の如き

 突然の知らせに

 勇み馳せ参じたる

 若き地涌の同志(とも)六千


 吐くは白く

 いまだ 目醒めぬ

 大地を踏みしめる足音が

 未明の森に谺(こだま)す


 頬(ほお)を紅潮させた乙女がいた

 学生服のいとけなき少年もいた

 防寒具もなく

 しかし凛然と胸張る青年がいた


 その瞳は

 暗き冷気の中で

 夜明けとともに

 大いなる“時”を迎えんとする

 確かな鼓動に

 煌(きらめ)きを増していた

 ああ

 青年の純一なる生命の発露が

 清らかに力強く

 新しき燦たる太陽の上昇を告げる


 おお 不滅となれり

 3.16


 それは

 師のもとに

 広宣流布の大図式(モデル)を描いた日――

 そして

 未来永劫に変わらざる

 師弟共戦の誓いの日なり


 故に この日に甚深の義を留(とど)めて

「広宣流布記の日」と付く


 人類の嵐のような

 今世紀の大闘諍去りて

 広布脈動の源流は

 闇と雨に身を包み

 一人決然と立ちたる勇者の

 不惜の乱舞に発(はっ)した


 昭和二十六年 五三日

「七十五万世帯の達成なくば

 遺骨は品川沖に投げ棄てよ」

 との大地に響く宣言に

 同志の胸は炎と広がる


 以来七星霜

 寿命(いのち)を削る激闘また激闘

 今戦わずして 戦う時はない

 今一日 全力を挙げて戦うことが

 幾百千年の価値あることを

 示さんとするかのように


 ああ 過ぎし日々

 蘇生の友の歓喜の波動

 遂に 七十五万の地涌の勇者の

 陣列となる


 大聖哲立ちて七百年

 時の熟せるか

 否 時を創り招きたるか

 不議なる哉(かな)

 末法広宣の礎は築かれた


 昭和三十三年三一日

 外護の赤誠は

 待望久しき法華本門大講堂落慶となる

 先生の宿願一つここに達成するなり


 その時

 諸天の計らいか

 梵天・帝釈の来下(らいげ)か

 一国の宰相来るとの

 知らせあり

 その日は三十六日

 師いわく

 この日を一つの広宣流布の模擬的儀式にと――


 若き地涌の青年こそ

 盛儀の主人公なりと

 急の連絡(しらせ)に集まりし友六千

 広布の楽雄(がくゆう)の姿も見えた

 平和の天使鼓笛の乙女も

 勇壮に また華麗に

 その行進をば彩った


 厳寒の早 皆で食した

 あたたかき豚汁(とんじる)の美味

 師のは 身にもにも沁(し)みわたった

 身なりは貧しくとも

 使命に生きる幸せと誇りに満ちて

 師と共に生き

 師と共に進む歓びは

 会の笑みとなる


 家もいらず 誉もいらず

 財宝(たから)もいらず 功徳さえ

 ただひたすらに

 師と共に生き 尊き大法に

 すべてを捧げ殉じゆくことを願い求める

 清冽(せいれつ)にして雄渾なる魂

 その生死を超えた誓願の弘法(ぐほう)によってこそ

 御金言に説かれしままの

 の波浪も

 決して止めることのできない

 絶対なる勝利の歴史が刻印されたのだ


 えば昭和三十三年の元

 病との熾烈な格闘の渦中に

「あと七年 二百万世帯まで闘いたい」

 と漏らされし不撓の師の叫び

 その胸中を察し

 ただ一人 断腸のい深く

 たとえ大地にこの身を叩きつけても

 生涯を賭けて広布達成の明(たいまつ)を

 見事継承しゆくことを誓ったあの日


 多くの同志

 師の重体を知らず

 回復を楽観すれど

 我は一人来るべき広布の将来を展望し

 夢寐(むび)にも師の指導(おしえ)を忘るまいと

 胸奥(きょうおう)の一念を定めしなり

 師もまた常に側を離るるなと

 渾身の訓練(きたえ)あり


 私は忘れない

「もう何もいらない

 ただ

 信頼できる人材がほしい」

 との師のの叫びを


 ああ 三十六日

 宰相見えざるも

 その婦人と愛婿(あいせい)来たりて

 儀式始まりぬ

 師は病躯(びょうく)をおして

 自ら若き地涌の陣頭に立ち

 ここに広布達成への一念(こころ)を定めたり


 奇しくも 晴れの式典は

 後継の印綬の旗をば

 師から弟子へと

 託し渡しゆく

 厳粛なる儀式となれり


 衰弱した身体を押しつつ

 敢然と指揮を執らんとされる師父(しふ)

 弟子が用した

 一台の車駕あれど

 厳として

「大きすぎて戦の役に立たない」

 との叱咤あり

 されど

「弟子が真で作りしもの」

 とその車駕に乗られたり

 深き

 無限の言葉を交わしつつ


 ――成否を誰かあげつらふ

 一死 尽くしし身の誠――


 五丈原孔明の雄姿にも似て

 車駕上の師の姿は

 今も不滅の光芒を放つ


 ――我らは宗教界の王者なり と

 七百年の杉の巨木に

 広布不世出の大英雄の

 厳たる叫びは谺(こだま)した


 それは

 かのアレキサンダー大王の

 大遠征でさえ色褪せる

 末法万年

 全世界に轟きわたりゆく

 民衆王者の誉れの凱歌なりと

 私は 訴え残したい


 先生の病は

 あまりにも重かった

 その腕(かいな)を支える私に

 生命(いのち)をふり搾(しぼ)って

 毅然と言い遺された一語は

 今なお 朶(じだ)に鮮やかに蘇る

「これで私の仕事は全部終わった

 いつ死んでもよいとっている

 大作 あとは頼むぞ」と


 この時 師五十八歳

 弟子三十歳

 師より寿命を受け継ぎし故か

 今 師の代わりに還暦を迎えた

 青年の君たちよ

 今 師のい そのままに

 後継を頼まむ


 ああ 今も深き深き

 謝をもってい起こすは

 終始見守り下さった

 第六十五世日淳上人の

 大慈悲なり


 幾度も激しき戦の指揮を

 敢然と執り終えし先生は

 今やその身を病床に横たえ

 ある時は

「今 何の本を読んでいるか」と

 学べ また学べとの

 厳愛の叱咤なり

 また ある時は

「メキシコへ行った夢を見た」

 と温かき慈眼(じがん)

「君よ 世界を頼むよ」と。


 我はその師のとして

 世界広布への飛翔を誓った

 大鵬(おおとり)の空をぞ かける姿して との

 言葉のままに


 そして逝去四日前

 厳格に かつ 凛冽(りんれつ)に放たれた

「追撃の手をゆるめるな!」

 との師子吼は

 門下の怒涛の前進の支柱となった


 ああ 忘れ得ぬ 四二日

 万朶(ばんだ)の桜に見送られて

 霊山に向かわれた

 そして遺された分身の生命は

 広布達成へ

 毅然たる追撃の生涯を開始せり


 時の日記に私は記した

「一人の 戸田門下の青年は進む

 一人 凛然と 北風に向って」


 あれから三十星霜

 一人烈風に身をさらしつつ

 一人烈日に身を焦がしつつ

 愛する我が同志を守り抜かんと

 一切の障との対決に

 一歩も退(ひ)かぬ一日 また一日


 所詮 法は勝負なるを

 知悉(ちしつ)したが故に

 怒り狂う波間にあって

 一瞬の停滞も逡巡もなかった

 真の丈夫の姿をば

 阿修羅の如く示し残さんと


 栄光の「3.16」に集った

 あの懐かしの兄弟も

 また

 敢然と また健気(けなげ)にも

 三十星霜

 不退の長征に

 見事なる栄冠の戦譜(せんぷ)を

 私と共に歩んだ


 三類の嵐は

 幾度となく

 我らの前途に立ちはだかった


 卑劣な怒涛の日もあった

 邪知の小才子(こさいし)の裏切りもあった


 しかし 私たちは

 晴れ晴れとして 完勝した

 希望の翼をもって

 幾多の風雪を乗り越え

 若き乙女たちは今

 幸の金風(きんぷう)に包まれた女王として

 青年は偉大なる人間の

 尊き平和の砦(とりで)の柱として

 堂々と 揺ぎなき基盤を築いた

 久遠に結んだ不議なる同志の

 異体を同とする団結の力

 御聖訓の理に殉ぜんとする

 峻厳なる絆をば

 金剛不壊の中軸として

 万年への広布の基盤は できあがった


 限りなく続く青年の気が

 碧(あお)き水平線の彼方

 今日も明日も 白雲の如く湧き起こり

 再び新世紀の天空を駆ける時

 障の黒き雲はない

 凛々しき子の青年の顔(かんばせ)輝き

 一陣の薫風に花びらが舞う


 青年は無限の財宝

 いかなる労

 はたまた 勝利も敗北もすべて

 すばらしき躍動の飛躍台となる

 君よ 君たちよ

 新たなる第二の「七つの鐘」を頼む


 法理のままの東漸(とうぜん)

 日本に教伝来し 七百年にして

 太陽の如く 大聖哲出ず

 それより七百年して不議なる会生まれる

 正法の広宣の波は今ここに西漸(せいぜん)

 アジアの そして世界の海辺を洗い始む

 今まさに 妙法という

 生命史上の大いなる光明は

 青き地球を包みゆかんとするか


 その広布の大河の流れが

 歴史の必然であるか否かを

 君よ問うなかれ


 汝自身の胸中に

 自らの汗と労により

 広布を必然たらしめんとする

 熱情のありや無しやを 常に問え


 広布とは――

 大聖人の御遺命のままに

 尊極(そんごく)なるの生命の座を

 人類の魂に打ち据えて

 爛漫たる生命ルネサンスの華を

 この地球の大地に永遠に

 開花させゆくことだ


 天台云く「従藍而青(じゅうらんにしょう)」

 青は藍より出でて藍より青し


 君もまた 宇宙の森羅万象を貫く

 根本の法をもち

 生命の内奥より

 無限の光彩を放ちつつ

 民衆凱歌の歴史の軌跡を

 う存分描いてくれることを

 私はひたすら祈る


 いかなる約束なるか

 青年世紀の開幕に

 陸続と躍り出でたる

 使命の勇者あり

 ああ

 新たなる三十年の

 大遠征が 今始まる


 君たちが

 また あなたたちが

 未聞(みもん)の険の尾根を堂々と踏破し

 新たなる世紀の暁鐘を

 晴れがましく乱打することを

 私は信じている。


 時は巡り来り

 ここに迎えた広宣流布記の日

 この日こそ我が愛する門下の

 新たなる希望の(あした)だ


 青年よ

 あくまでも 日々の研鑽の労

 敢然と挑みながら

 朗らかにして 逞しき

 青春の詩(うた)を

 高らかに 高らかに謳(うた)いたまえ


 そして生涯崩れぬ黄金のスクラム

 ただひたすらに

 人類史の新しき扉を開きゆく

 この聖を完遂してくれたまえ


 昭和三十三年三十六日早より儀式のため寒風のなか登山して下さった全出席者の友により謝し ご多幸とご長寿を祈りつつ

 合掌

 桂冠詩人

 一九八八年三九日

2008-03-14

波斯匿王のダイエット


 釈尊は友の悩や問題を直視し、ともかく、それを取り除くことに力を注ぎ、時には生活の指導もした。

 ある時、拘薩羅国の波斯匿王(はしのくおう)がやって来た。彼は美食家で、大食漢でもあり、体は、はち切れんばかりであった。その姿を見ると、釈尊は詩をつくって朗詠した。

「常に 注を怠らず

 適量知って 食する人は

 しみ少なく 老い遅く

 その命こそ守られる」


 それを聞くと、王は家臣に、食事のたびに、この詩を諳んずるように命じた。

 王は、食事時に必ず詩を聞いて、釈尊の注を守った。そして、肥満は解消され、健康を取り戻した。

 釈尊は、詩をもって友を励ます、「桂冠詩人」でもあったようだ。


【『新・人間革命』第3巻 「陀」】


 原典は以下の通りで、勝手に翻訳してみた。誤りがあればご指摘願います。


 雑阿含経 

 宋天竺三藏求那跋陀羅譯

(一一五〇)

 如是我聞。一時佛住舍衞國

 祇樹給孤獨園。時波斯匿王其體肥大。

 擧體流汗來詣佛所。稽首佛足退坐一面。

 氣長喘。


 ある時は舎衛国の祇園精舎にいた。ブクブクに太った波斯匿王が 汗だくの体での所へ詣でた。の足に自分の頭がつくぐらい深く頭を下げ、さがって法の座に座った。ゼエゼエハアハアをしている。


 爾時世尊告波斯匿王。大王身體極肥盛。

 大王白佛言。如是世尊。患身肥大。

 常以此身極肥大故。慚恥厭


 その時波斯匿王にこう言った。陛下は肥満を極められましたね。

 波斯匿王は言った。そうなんです先生、患い(病気)もどんどんひどくなる一方で。それもこの肥満を極めた体ゆえの事でして。恥ずかしくも情けなく、このしみどうにかならぬものかと。


 爾時世尊即説偈言 

 人當自繋毎食知節量

 是則諸受薄安消而保壽。


 そこでは偈を説いてこう言った。

「常にがけて 量を適切に知って食べる人は

 しみも少なく、老いも遅く長生きする」


 時有一年欝多羅。於會中坐。

 時波斯匿王告欝多羅。汝能從世尊。

 受向所説偈。毎至食時爲我誦不。

 若能爾者賜金錢十萬。亦常與食。


 このときウッターラという少年がその場に居た。

 波斯匿王はウッターラに言った。

 おまえは世尊の説かれた教えをしっかり聞いて覚えて、わしの食事の度にわしの為に唱えてきかせてはくれぬか。ちゃんとやってくれたら褒美に金銭を十万やろう。食事もいつも一緒にしよう。


 欝多羅白王。奉教當誦。

 時波斯匿王聞佛所説。

 歡喜隨喜作禮而去。


 ウッターラは王に言った。世尊の教えをしっかり受けて大王様の為に唱えます。

 波斯匿王のこの教えを聞き歡喜隨喜、(これでわしも痩せれるぞと物凄く喜び)にお礼を言って帰っていった。


 時欝多羅知王去已。至世尊前受所説偈。

 於王食時。食食爲誦。白言大王。

 如佛世尊如來應等正覺所知所見。

 而説斯偈

 人當自繋毎食知節量

 是則諸受薄安消而保壽

 如是波斯匿王漸至後時。

 身體■細容貎端正。

 處樓閣上。向佛住處。

 合掌恭敬右膝著地。三説是言。

 南無敬禮世尊如來應等正覺。

 南無敬禮世尊如來應等正覺。

 與我現法利益。後世利益。

 現法後世利益。以其飯食知節量故。


 大王が帰ったあとウッターラ少年は世尊の前に行き、所説の偈をしっかり受け、偉大なるブッダはその智見識からこのように説かれましたと、大王の食事の前に大王に唱えて聞かせた。

 かくして波斯匿王はしばらくして後、体はほっそりとカッコ良くなった。波斯匿王は楼閣に登ってのいらっしゃる方角に向かい、手を合わせ右の膝を地に付けて最敬礼して三度こう言った。

 南無敬禮世尊如來應等正覺。南無敬禮世尊如來應等正覺。

 様のお蔭で節制を知り、今はこんなにやせて未来も健康で長生きできる 全くありがたい功徳をいただいた。これからは自分もしっかり法で後世の人々を利益していこう。


覚え書き


 1.太ってきつそうな大王の姿()を、ブッダは見逃さなかった。

 2.「肥満を極めてますね」とユーモラスで人間味あふれる問いかけ。これが大王のを開いた。肥満を恥じている、後悔(自覚)している、しい情を吐露させた。

 3.「食べすぎたらダメ」と頭ごなしでなく、偈という詩的な表現で智を授けた。「理屈」ではなく「」。誦したとあるが、歌と言ってよいとう。

 4.「爲我誦不」私の為に唱えてくれないか? 強い命令口調ではない、大王の人となりが何となく見えてくる。少年に対し褒美の金銭拾萬、毎回食事を共に(わしと同じうまいもの食わせてやるゾ)、という太っ腹。少年にしてみれば褒美に関係なく、普通は大王の申し出を断れない。王法は賞

「汝能從世尊。受向所説偈。」少年に、「先生の今の話(偈)を、もいちどしっかり指導受けて覚えてきてくれ。」大王は物覚えが悪かったのか? そうではない。真面目な指導者というのは自分のことはそっちのけ、正直かまっていられない、覚えて帰る余裕もないというのが実像であろう。この偈が「詩」「歌」であれば、尚更一字一句違わず正確に、ということになろう。真面目な指導者ならそのストレスは並大抵のものではなかろう。その重圧が招いた美食・大食・肥満ではなかったろうか。


 雑阿含経は短編の経文集といった趣がある。この短い経文にも、ブッダと大王のすこぶる人間的なの交流がうかがわれる。大乗教の原型が垣間見え、人を触発する豊潤な世界がある。阿含部と言っても、決してお高くとまった所謂二乗丸出しのものではない。まぎれもなく人類の貴重な文化遺産である。五重の相対を振りかざして斬り捨ててそれでよしとしても、不毛なだけだろう。教判と言っても、根底は「人の振舞」にこそあるのではないか。


 問題はこうした文化遺産を、(バイブルもコーランもそうであるが)を日蓮法、創価からどう開いていくかだ。


【fwik】

2008-03-12

『官邸崩壊 安倍政権迷走の一年』上杉隆


「人間は物語に生きる動物である」――昨年以来、私はこう考えるに至った。とは物語を紡ぎ出す源泉であり、その究極が「縁起」だとう。


 前評判の高かった本書だが、一読して圧倒された。とにかく、「物語を編む力」が凄い。この作品は間違いなく、10年、20年を経ても読み継がれるテキストになるだろう。


 安倍政権の失敗は人事に起因した。


 案の定、内閣官房関係者は大変な憤りを示していた。旧自治省、旧厚生省など旧内務省系の事務次官経験者が歴任してきた聖域を荒らされた霞ヶ関全体に衝撃が走る。その衝撃は怒りに変わり、官僚たちのある決を促すのだった。

 なぜ安倍は事務副長官(官房副長官)の人事に手を突っ込んだのか。正気の沙汰ではない。霞ヶ関全体に対する宣戦布告か。これで役所は動かなくなるだろう――。


 スタート直後から、役人のサボタージュが始まった。血筋のよさ、小泉という後ろ盾、「史上最年少総理」と騒がれたことなどが相俟(ま)って、強大な自信となったことだろう。そこに油断があった。更に脇士である官房長官人事を誤る。


 つまり塩崎は、調整能力が待たれる官房長官という役職にあって、政策能力を誇示する人物だった。

 その塩崎が官房長官に就任した時、政治記者たちから一斉に警告が発せられた。これで官邸は機能しないだろう。次期政権は必ず行き詰まる。


 塩崎は優秀な政治家だったが、官房長官は適所ではなかった。そして、チーム安倍の連絡系統が乱れる。


 連携の取れていない世耕、塩崎、井上がそれぞれ独自の情報を安倍に上げる。もちろん井上が、塩崎や世耕に事前に伝えることはない。そんなことをしたら、彼らの手柄になってしまう。別の事務秘書官や参事官、役所からの情報は基本的に井上経由で伝えられる。

 確かに、安倍の元には情報が集まりはする。だが、これらの情報がすべて有効であり、同じくらい精確であるとは限らない。時には矛盾した情報が同時に上がり、安倍を混乱させるのだ。安倍にしてみれば、整理されず、多元的に上がってくる情報は迷惑以外の何ものでもなかった。


 更に側近の足並みがおかしくなる。


 井上(首相政務秘書官)は、安倍総理はすごいよ、本当にすごい人だ、と懸命に自らのボスを褒め上げる。記者たちには、具体的に何がすごいのか、十分に伝わらない。そうした彼らの反応を受けて、井上の言葉はますます熱くなる。安倍総理はいかに優しいか、周囲の人間のことをいつも考えてくれている人物か、まさに礼賛の嵐、絶賛の波状攻撃、抽象的な絶叫の連続。


「政権のプロデューサー」を自認する井上は、塩崎・世耕らと対立する。


 公務員改革の旗揚げで役人を敵に回した安倍は、自民党内にも敵をつくってしまう。これが、今国会で審議されているガソリン暫定税率に踏み込んだ政策だった。


「揮発油税を含めて、見直しの対象としなくてはなりません」

 揮発油税――。道路特定財源ならまだしも、法定財源である揮発油税に触れたことで、道路族の立場は決まった。無遠慮な首相官邸の「小僧たち」にい知らせてやる、というものだった。

 道路族は一斉に不快を示し、チーム安倍にも直接情が届く。世耕は慌てた。なにしろ情報が一切入っていなかったのだ。広報担当でありながら、安倍の発表まで、何も知らされていなかった。官邸内の連絡不足が露呈する。そうしている間にも、道路族は着々と手分けして「仕事」に取り掛かっていた。


 もう一つ引用を。北海道洞爺湖で開催されるサミットの会場「ザ・ウィンザーホテル洞爺リゾート&スパ」が決まった経緯について。


 表向きの決定理由は、開催費用を少しでも抑えるために、比較的警備のしやすいこの会場を選んだということになっている。ほとんど困の伴わない安倍の決断が、官邸を通じて盛んに喧伝されるが、実際は、すでに記したように警察庁長官の漆間巌の強い向によって決まっていたのだ。

 この美しいホテルは数年前まで廃墟と化していた。前のオーナーが経営破たんし、営停止に追い込まれたからだ。ホテルに向かう一本道の道路も立ち入り禁止となった。高価な調度品は、警備も雇えないことからそのまま放置され、若者たちや不良グループが忍び込んでは、カネ目のものを盗み出していった。地元では近づく者もおらず、ただただ荒れ放題であった。

 2000年、セコムグループがその「廃墟」を約60億円で買い取った時でさえ、地元住民は好奇の目で眺めるばかりだった。あまりに高価な買い物であったのだ。

 警備会社大手のセコムには、数多くの警察OBが天下っている。さらにマスコミの中には、安倍とセコムの親密な関係を疑い続ける者もいた。北海道の土地を調査するジャーナリストも現れた。こうした情報が噂されるのと平行するように、まるで英断と言わんばかりに安倍が「決断」という言葉を使う回数も増すのであった。


 そして、安倍首相の辞任を予させる文章でこの本は締め括られている。


 最初から最後に至るまで、静かではあるが確実に響いてくる通奏低音がある。それは――「2世、3世議員の甘さ」だ。つまり、2世、3世の世代が増えつつある学会にとっても、他人事では済ませられない問題なのだ。もしも学会が同じコースを歩んだ場合は、外部監査を導入するしかないだろう。


官邸崩壊 安倍政権迷走の一年

2008-03-11

「私と小鳥と鈴と」金子みすゞ


 今日付の『新・人間革命』(「人間外交」8)で引用された詩。


 私が両手をひろげても、

 お空はちっとも飛べないが、

 飛べる小鳥は私のやうに、

 地面(じべた)を速くは走れない。


 私がからだをゆすっても、

 きれいな音は出ないけど、

 あの鳴る鈴は私のやうに、

 たくさんな唄は知らないよ。


 鈴と、小鳥と、それから私、

 みんなちがって、みんないい。


わたしと小鳥とすずと―金子みすゞ童謡集

2008-03-10

3月10日


 今日、江東青年部の日。東京大空襲の日でもある。昭和20年のこの日、東京の下町は焼き尽くされた。


 Tさんの見舞いに。病院へ行ったところ一足先に退院したとのこと。急遽、自宅へ向かう。慢性硬膜下血種との診断。先々週にスキーに行った際、頭部を強打したという。この病気が恐ろしいのは、2週間ほど経ってから身体に変調が現れるところ。たんこぶ程度でもなるケースがあるようだ。土曜日に地区部長から電話があった際、既におかしかった模様。本人は電話に出た記憶がない。翌日曜の壮年勤行会のため待ち合わせていたが来なかったため、地区部長が訪問したところ既に自宅で倒れていた。元看護師の地区婦人部長が救急車では間に合わないと判断。最寄りの脳外科に直接連絡を取り、入院する運びとなった。発見がもう少し遅れていたら死亡していたとのこと。「命拾いしましたね。地区部長がいなくても、地区婦人部長がいなくても、ダメだったことでしょう。なるべくしてなった病気です。余生は(笑)、オマケだとって『ああ、今日も長生きできたあ!』って喜ばなくっちゃいけませんね」と話す。「今まで、信をサボっていたから、これからは真面目にやらないと……」と言ってきたので、「それは違いますよ。学会員の悪い癖です。と受け止めるのはマイナス志向です。使命があるから、ちゃあんと助かるようになってるんですよ」と励ます。私の父と変わらぬ年齢の方である。他人とはえない。で、私が差し入れたのは、スキーの本(笑)。

『「分ける」こと「わかる」こと』坂本賢三


 考察すること一般を、俗に「分析する」といったり(政治分析、経済分析、現状分析など)、理解すること一般を「分かる」といったりするのであるが、ただ、やみくもに分析したり分解したりすることで、つまりバラバラにすることで「わかった」ということにはならない。分析といっても、分析することで原理に到達し、そこから再構成してみてはじめて、「わかった」ということになるのである。そしてこの基本線は、アリストテレスからデカルトまで、古代哲学から現代科学まで貫かれているといってよいであろう。

 分けてしまうことは、ヘーゲルが『精神現象学』の序論で述べているように、じつは、殺してしまうことである。植物を根・茎・花と分解してしまえば、植物は死んでしまう。動物も解剖すれば死んでしまう。無生物でも、たとえば水を酸素と水素に分けてしまえば、水でなくなってしまう。だから、それらの要素からもう一度もとの姿を再生するのでなくては、対象を把握したことにはならない。分ける働きは、既に述べたように悟(Verstand)のものである。

 ヘーゲルは悟を超えて再生することを、弁証法という仕方で綜合したのであるが、彼は、だから悟はだめだとはいわなかった。悟を排除して、直的に生きた全体をとらえることを主張したのはシェリングである。ヘーゲルはその態度を批判したのである。美的に、直的に知ったというのは、たんに表象に移しただけのものであるという。ただ知っているものに移しかえたとしても、それだけでは「わかる」ということにはならないという。「知られているからといって認識されているわけではない」という彼の有な言葉は、この味で語られているのである。

 ヘーゲルは、はっきりと「分析するということは表象として既に知っているという形式を棄てることだ」という。表象を根源的な要素(エレメント)に分解したその到達点は、固定し静止した規程だとはっきり述べる。そして、「この分けられたもの、非現実的なものこそ、本質的な契機をなすものだ」というのである。だから分けられたものは非現実的であり、死であると彼は明言する。無力な美的直観は悟を忌避し死を直視しない。死んだものをしっかりととらえるには最大の力がいる。それが悟の威力だという。そして、「死を忌避し、破壊から免れようとする生ではなく、死に耐え、死の中で自己を維持する生が精神の生だ」というのである。

 死を直視し、非現実的なものを、本質的な契機であると見てとらなければならないが、そのなかで自己を維持すること、否定的なものを直視し、そのもとに身を置くこと、そのうえで固定した規程を乗り越えて、一般的なものを現実化し生き生きさせることが必要だ、というのである。


「分ける」こと「わかる」こと (講談社学術文庫)

2008-03-09

『官邸崩壊 安倍政権迷走の一年』上杉隆


 安倍家の広い交流範囲は、経済界だけに留まらない。宗教界、とくに強大な政治力を持つ創価学会との友好関係は、刮目に値すべきものであった。

 2006年922日、首相就任直前の安倍は、東京・信濃町の創価学会施設を訪れている。幹部との面会後、誉会長・池田大作との会談に臨んだ。話題は、安倍家と創価学会の因縁浅からぬ関係に及ぶ。祖父と戸田城聖(第二代会長)との交流、父と池田との交友、さらに安倍自身も池田の次男とは高校の同級生であった。1週間後には、今度は首相として公明党大会に出席し、祝辞を述べている。

 初当選の頃、安倍は反創価学会の議員や宗教団体の集まりである「四月会」に集会に参加している。だがそうした過去は問われない。「何か特別な運命をじる」と語りさえすれば、現世の政治的利益が優先される。安倍家と創価学会の3代にわたる関係とはそういうものであった。


官邸崩壊 安倍政権迷走の一年

2008-03-08

創価リングに参加されている皆さんへ


 創価リングですが、はてながリングのサービスを中止することになりました。2008年4末日をもって、創価リングもなくなりますので、何卒ご了承下さい。残ながら、無料サービスにはこういったアクシデントが付き物です。

2008-03-07

本部幹部会


 いよいよ涅槃経の段階となるか。「方便現涅槃」の経文をわずにいられない。新部長への部旗授与の際にすくっと立ち上がる先生の姿を見て、草創期の緊張が蘇る。

2008-03-06

階段に挑む


 今日はランニングではなく、階段にした。11階建てなんで、14段×10=140段となる。これを5往復した。終了後、太腿が笑うようにブルブル震えていた。そして、またしても私は運動量を上回るカロリーを摂取することになるだろう。きっと。

人事の基本は実力主義


 いかなる人を指導者に選ぶべきか。いかなる人を真のリーダーと呼ぶべきか。ここに、社会であれ団体であれ、その未来を決定する最大のポイントがある。

 決して、や家柄だけで判断してはならない。現実に、力はあるのかどうか。一個の人間としての輝きがあるのか否か。ここに判断の基準がなければならない。

 いい味の実力主義、能力主義こそ、民主の時代の基本である。


【神奈川県、青年・学生部代表者会議 1990-01-15 神奈川文化会館


 既に聖教新聞で報じられているように、婦人・男子・女子各部長の新人事が発表された。三井婦人部長の就任は喜ばしい。偉ぶらないし、率直である。労も知っている。何てったって人気がある(笑)。女子部長を経験してない婦人部長は初めてじゃないか? これも望ましいことだ。妙な不文律ができてしまえば、学会もおしまいだ。


 敢えて本質的なことを書いておきたい。学会の人事は「職員主義」である。その味で職員は、現代の二乗であり、21世紀の坊主といってよい。民間人の総県長・勤め人(サラリーマン)の副会長は存在しない。これが、民衆から遊離する最大の原因となっている。


 学会がこれほど大きくなった以上、それは致し方がない側面もある。優秀な人物を職員として採用し、人材育成すること自体が間違っているとは言えないだろう。ただ、その時点でも「実力主義」とはなってないのが現状だ。幹部の子弟や出身大学で優遇されている面が否めない。先生が本部職員となったのは昭和33年(1958年)のことだが、その時点では高卒だったことを忘れてはなるまい。


 どこの企でも優秀な人材を求めるのは当然だが、学会本部は企ではない。個人的には、官僚や公務員も同様だと考えるが、優秀でなくても真面目な人を選ぶべきだとう。頭のいい人間は、必ず利害を求めるようになるからだ。


 今は、先生の出版物があるから利益も出ている。だが、先生がいらっしゃらなくなれば、職員の給与は完全に「財務」から捻出されることになろう。そう考えると、職員は薄給であるべきだ。本当は「托鉢(たくはつ)しろ」と言いたいところ(笑)。


 そこで一つ提案をしておきたい。新卒の職員採用は見合わせ、総区男子部長を職員として採用する。更に学会総体の学歴パーセンテージに合わせて、高卒・中卒の職員も採用する。こうしておけば、かなり「実力主義」に沿ったものとなるだろう。昨今は、「職員だから総区男子部長になる」という本末転倒の状態となっている。


 既に何度も書いている通り、将来的には選挙人事の方が望ましいと考えている。それぞれの役職を輪番制にし、上下関係が生まれないようにした方が、和合僧に相応(ふさわ)しいとう。

2008-03-04

中国の国防費17.6%増、20年連続で2ケタの伸び


 中国の全国人民代表大会(全人代=国会)の姜報道官は4日午前、北京の人民大会堂で記者会見し、2008年の中国の国防予算が前年実績比17.6%増の4177億6900万元(約6兆744億円)になると明らかにした。

 中国の国防費は1989年以来、20年連続で2ケタの伸びとなり、ハイペースの軍備増強に国際社会の懸が一段と強まりそうだ。

 国防費を含む国家予算案は、北京で5日開幕する第11期全人代第1回会議に提出される。

 姜報道官は、国防費増加分の使途として、(1)人件費など待遇の向上(2)物価上昇に伴う適切な食費の上昇(3)訓練・教育条件の改善費用(4)情報技術(IT)化に伴う防衛作戦能力の向上――などを挙げた。

 その上で、報道官は「近年、国防費の伸びは財政収入の伸びを下回っている」と強調し、「中国脅威論」の払拭に努めた。

 中国の国防予算は、実際の額が公表額の「2〜3倍」(米国防総省報告)とされ、透明度が極めて低い。昨年1ミサイルによる衛星破壊実験を行ったが、戦略目的など具体的な説明をしないまま、「宇宙の平和利用」を主張している。


【読売新聞 2008-03-04】

薬害エイズ事件、厚生省元課長の有罪確定へ


 薬害エイズ事件で、エイズウイルス(HIV)に汚染された非加熱血液製剤を投与され、染、死亡した肝臓病患者について、務上過失致死罪に問われた厚生省(現厚生労働省)の元生物製剤課長・村明仁被告(66)の上告審で、最高裁第2小法廷は、村被告の上告を棄却する決定をした。

 古田佑紀裁判長は「被告はエイズ対策に関して中的な立場にあり、薬事行政上、必要かつ十分な対応を図るべき義務があった」と述べた。決定は3日付。村被告を禁固1年、執行猶予2年とした1、2審判決が確定する。

 行政がやるべきことをやらなかった「不作為」について、官僚個人の刑事責任が最高裁で確定するのは初めて。これにより、「産・官・医」の刑事責任が問われた薬害エイズ事件は、すべて終結する。


【読売新聞 2008-03-04】


 1800人の被害者を出し、400人の方々が死亡したことを踏まえれば、あまりにも軽過ぎる量刑だろう。最大の被害を与えたミドリ十字は、後に薬害肝炎も引き起こしている。これだけの事件を起こしながらも潰れないところを見ると、何らかの利権を担っているのだろうと考えざるを得ない。


ミドリ十字三菱ウェルファーマ田辺三菱製薬

ネット相談室(宣伝)


 この度、「ネット相談室」なるメールマガジンを発行することとなりました。その理由と動機は以下の通りです――


 1.組織に相談できる先輩がいない。

 2.Web上で情報発信できる学会員が極端に少ない。

 3.まともな学会員同士の交流の場がない。

 4.私の頭が固くなってきている。

 5.私が結構暇である。

 6.自由に参加でき、尚且つ刺激的な場がない。


 本来、悩みというのは固有のものですが、人間に共通するパターンがあるのも事実です。一人の人生における経験は限られたものですが、たくさんの同志と共有することによって、豊かな人生観を培うことができるものと確信します。


 Webマガジンの設定上、全て公開されることとなりますので、何卒ご了承下さい。また、一応携帯でも受信できるようにしておりますが、文字数制限などは考慮しておりませんので、ご承知おき下さい。


★質問&アドバイスには、必ずハンドルネームを書いて下さい。いずれの場合も、メールマガジンに返信すれば届くようになっております。またアドバイスに関しては、「○○(ハンドル)殿御返事」というタイトルでお願いします。尚、掲載につきましては、私の一方的な判断で行いますので、怨嫉してはいけません。更に、質問もアドバイスも寄せられない場合は、発行できないまま私が不貞腐れることになります。発起衆(ほっきしゅ/質問する人)に一番功徳があることは間違いありません。

世界が置かれている現実


 ここのところ、田中宇(たなか・さかい)氏のメールマガジンから目が離せない。我々が唱える「世界広布」は単なる精神論に過ぎない。世界が置かれている現実を知れば、先生が戦っておられる舞台が少しは理解できる。世界を動かしている原理は、大国の欲望を背景にした政治・経済である。そこで勝負できる学会員が果たして何人いることか。公明党の議員ですら、その数に入らないだろう。以下のテキストは必読である。

部下との会食に管理職手当 日本綜合地所、月最高30万


 マンション分譲の日本綜合地所は3日、管理職社員を対象に、部下の人数に応じて毎10万円から30万円を支給する「部下手当」を4から導入すると発表した。部下との会食や冠婚葬祭などへの出費を援助し、上司と部下のコミュニケーションの円滑化を図るのが狙い。

 部長級の場合、部下の人数が20人以上の場合には毎30万円、19人以下の場合は20万円を支給する。手当の位置付けを明確化するため、通常の給与振り込み口座とは別に「部下手当」専用の口座を設けてもらい、振り込むという。

 日本綜合地所は首都圏を中にマンションを販売する東京証券取引所第1部上場の不動産会社。これまでにもたばこを吸わない社員や禁煙を宣言した社員に10万円を支給するなど、ユニークな制度導入で知られる。


共同通信 2008-03-03】

2008-03-03

知識を深く掘り下げよ


 現代は、「情報」が氾濫しているゆえに、一つのことを深く掘り下げて理解しようとするよりも、多くのものを「浅く」「覚的に」頭の片隅にとらえておくだけで済ませる傾向がある。

 しかし、これからは「知力の時代」である。深く正確な「知識」がなければ、「知恵」を発揮することもできない。

 広宣流布を進めていく上においても、単に「この信は素晴らしい」と言うのみでは、幅広く法への理解を広げゆくことは到底できない。あらゆる角度から語りに語り、多彩に表現してこそ、より多くの人々を納得させられる時代である。

 ゆえに諸君は、瑞々しい向上をもって「知識」を探求しゆく努力を忘れないでいただきたい。


【神奈川県、青年・学生部代表者会議 1990-01-15 神奈川文化会館


味のない会合に参加するぐらいなら、家で勉強しろ」と言っておきたい。私の基本的な考え方としては、「1000円払っても参加したい」という会合だけ出席すれば十分だ。


 地道な行動は大切だが、5年、10年と活動しながら、折伏もできなければ、家庭指導もできない活動家じゃしようがないよ。


 何かしらテーマを持って勉強することが望ましい。各人が生涯に一冊の本を出版できるぐらいの専門知識を身につければ百人力だ。


 他人のブログを覗(のぞ)いてしている内は30点!

民主・小沢代表 「国替え、今はない」にドキッ


 民主党の小沢一郎代表は1日、盛岡市で記者会見し、自身の衆院岩手4区から東京12区への選挙区変更が一部で取りざたされていることについて、「僕自身のことはいろいろ言われているが、選挙ということになったらお答えする。一切、今はそんな考えは持っていない」と述べ、否定してみせた。ただ、「今は考えていない」という含みのある発言だっただけに波紋を呼びそうだ。

 東京12区は、公明党太田昭宏代表の選挙地盤で、自公の選挙協力の象徴となっている。一方、民主党は候補のいない空白区で、小沢氏が「国替え」して立候補すれば「自公との最終決戦の象徴となる」(民主党ベテラン)と解説するもある。このため、公明党や同党の支持母体の創価学会が神経をとがらせている。


【産経新聞 2008-03-01】


 プリン君からの情報。

ネット相談室


 今まで色々な呼び掛けを行ってきたが、どうも反応が今ひとつだ。創価データベースは数の希望者、SNSは10余りといったところ。ただ、SNSに関しては、予以上の収穫があった。研鑚板ディスカッションモードが高い敷居になっている模様。


 そこで、新しいメールマガジンを発行することにした。題して「ネット相談室」。様々な質問・疑問に読者が答える場を提供して参りたい。興味深いテーマがあれば、私もどんどん応じるつもりである。3.16を記して発行する予定。


 Qグループ、Aグループ(Q&A)のどちらでも結構なんで、どしどし登録して頂きたい。

 取り敢えず、最初の質問は以下のフォームからお寄せ願いたい。

2008-03-02

近道は険しい


 一日に三つほどのアイディアをいつくのだが、如何せんメモすら残してない有り様で、一日に四つのアイディアを失しているような気がする。今日はさっさと書くことにしよう。


 私はミスター・メタボリックだ(あるいは「ただのデブ」)。20代からの不摂生と、30代で嗜(たしな)み始めたアルコールがタッグを組んだ時、私の腹部は見事な成長を遂げた。実は妊娠3ヶである(ウソ)。胎児のキックが待ち遠しいワン(更なるウソ)。


 脂肪まみれの身体を何とかすべく、一日置き、あるいは二日置き、または三日置き、はたまた一週間置きにジョギングを行っている。4kmほどのコースを走っているのだが、起伏に富んでいるため直ぐにへばってしまう。


 最終コーナーの手前に200mほどの上り坂がある。この辺りは真っ暗で時折、ハクビシンやタヌキが現れる。


 私は強靭な志の持ち主だが、その一方で面倒くさがり屋だった。この上り坂を回避するには階段を上れば済む。400mほどの距離を短縮できるのだ。ただしこの階段は145段もある。


 人生も全く一緒だ。若い内から労している人々は、人生の近道を歩んでいるのだろう。そう確信できれば、しくても楽しい。最初から最後まで平坦な道を歩む人生が、一番不幸だとう。

流動性なきコミュニティは「たこつぼ社会」


 先日、『生物と無生物のあいだ』(福岡伸一)を紹介した。福岡氏の著書を読むたびに驚嘆させられるのは、蝶のように舞う“考の自在”だ。聖教新聞社は、全力を挙げて福岡氏を先生につなげるべきだ。


もう牛を食べても安心か』を読んだ時もそうだが、私はテーマ以外の部分に異様なほどの共を覚える。『生物と無生物のあいだ』では以下の箇所である――


 ポスドク(ポスト・ドクトラル・フェロー/博士研究員)の賃金は安い。私が雇われていた頃で二万数千ドル程度であった(もちろん年俸である)。今でもそれほど変わってないはずだ。ニューヨークやボストンといった都会にいれば、まずレント(家賃)だけで給与の半分は飛ぶ。

 それでもポスドクが日々ボスのために研究に邁進できるのは、次に自分がボスになる日を夢見てのことである。ポスドクの数年間に重要な仕事をなして自らの力量を示すことができれば(成果は論文として表れ、筆頭著者にはポスドク、最後の責任著者にはボスの前が記される)、それはそのまま独立した研究者へのプロモーションの材料となる。科学専門誌の巻末には必ずおびただしい数のポスドクの求人広告がある。少なくともたこつぼではなく流動のある何か、あるいは風なのだ。


 私はこの一文を読んで悟りを得た。いや本当の話だよ。これこそ、農耕民族型コミュニティの本質を解き明かす鍵なのだ。「流動の欠如」――簡にして要を得た言葉が、私の脳内で閃光を放った。日本社会の悪しき流れを変えるには、流動をいかにして担保するかで決まる。


 動のあまり、考えがまとまらないので、また今度――(笑)。

真言諸宗違目


 慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり彼が為に悪を除くは即ち彼が親なり(139頁)


 この御聖訓を、自民党で問題が起こるたびにダンマリを決め込んでいる公明党に贈る。真の友党であれば、言を呈することがあって当然だ。

2008-03-01

洗い物


 私ほど洗い物が好きな人物もそうはいないだろう。先ほど、大切に溜(た)めておいた1週間分の洗い物を片付けた。皿という皿がタワー状に積み上げられ、ガスレンジの上には汚れた鍋が重ねてあった。フライパンに浮かぶ油が私の闘争を煽る。数日前に作った麻婆豆腐をい出した。私が作る麻婆豆腐は陳建一に匹敵する。なぜなら、「陳建一の麻婆豆腐の素」を使っているからだ。


 私が好む料理はことごとく後片付けが面倒だ。カレー、パスタ、シチューなどなど。フライパンを1週間ほど放置しておくと悪臭を放ち始める。特に夏は酷い。雑菌が元気一杯活動しているのだろう。2週間も放っておけば、一つの物質が三つに分かれ、ベム・ベラ・ベロが生まれるはずだ。


 油汚れは、どんなに水を注いでも落ちない。毒は毒をもって制し、油は油をもって制するのだ。つまり、洗剤を使うってこと。


 ここに重要なヒントがある。その辺の幹部の激励・指導は、「水を注いでいる」ようなものだろう。相手が変わるはずもない。油まみれのフライパンは、何年放置しておいても、きれいになることはない。むしろ、汚れが頑固になってゆく。


 少々力がある幹部であっても、後始末がきちんと出来ないのが多い。フライパンの場合、引っくり返すか、吊るすかして、乾かす必要があるのだ。油汚れが落ちたからといって油断していると、油分の残った水分がベットリと油の痕跡を残す。


 真のリーダーは、金(かね)タワシのような存在だ。相手が秘めている輝きを現すことができる。ま、金タワシといってもだね、力を込めなきゃ味がないんだけどね。


「そう言われても、もう時代が違う」と配することなかれ。大体、テフロン加工しているような未活動のメンバーなどいるはずがないのだから。

「完全にもう頭にきました!」橋下府知事、NHKにぶちギレっ!


 先日紹介したインタビュー動画(「橋下知事vsNHK大阪放送局」)のロングバージョン。

【追伸】前に紹介した動画が既に削除されていた。ニコニコ動画も同様。NHKが強烈な監視体制を組んでいると見える。ってこたあ、やっぱり不利なんでしょーな。

未来の実像は「青年の胸中」にある


 さて、「未来の社会」「これからの地球」といっても、その実像はどこにあるのか――。それはすべて未来を担いゆく若き君達の胸中にある。法の「一念三千」「因果倶時」の法理では、そのように捉えることができる。

 今、諸君のにどのような未来が、どのような希望が描かれているのか――ここに、すべてがかかっているといってよい。

 その味で21世紀は、もう始まっている。諸君の胸の中で刻々と育まれ、胎動している。

 ゆえに私は、広宣流布の大いなる「明日(あした)」を開くために、全魂を込め、諸君の胸中の“21世紀”に向かって語りかけたいのである。


 21世紀はどんな時代になるのか。それは、若き諸君自身が決めていく以外にない。「どうなるか」ではなく、「どうするか」である。


【第19回全国青年部幹部会 1990-01-08 創価文化会館


「決めて、祈って、動く」のが信のリズムである。を定めない祈りは、淡い期待に過ぎない。また、祈りなき行動は必ず空転する。


 未来といっても、断絶した時の彼方(かなた)にあるわけではない。「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(231頁)。


 学会の将来は、現在の青年部・未来部によって決まる。ゆえに、壮年・婦人部は全力で応援し、育成する必要がある。しかし、私の周囲には育てるべき青年部が存在しない(笑)。男子部も女子部もいないのだ。で、持て余した力を、こうしてキーボードに叩きつけてるわけだ(笑)。


 会社においても同様だ。若い社員をどれだけ大切にしているかで、会社の命運は決定される。若い連中をアゴで使っているような会社は、いつの日か滅んでゆくことだろう。


 キーワードは「希望」。若いメンバーのに希望を描く日々の行動でありたい。会長就任から数年を経た頃、先生がよく「20年後を目指しなさい」と青年部に指導されていたことがい出される。


 青年は爆発する力を持っている。おとなしい青年は、ただ発揮できないだけだ。昔の文化祭や夏期講習会のように、青年が絶叫し、狂喜乱舞する舞台が必要だ。ラインの活動だけだと、どうしても小ぢんまりとなってしまう。