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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2008-05-20

キリシタン弾圧策としての寺請制度は百姓町人を管理統制した


 当時、江戸で仕事をするには、誰かに請人(うけにん)になってもらわなければならなかった。多くは口入れ屋が代行したが、その際、請人は保証先に対して、奉公をする者の寺請の有無を保証書に記載する決まりだった。寺請証文は、キリシタン弾圧策として考え出されたものであったが、時を経るにしたがって変貌し、しだいに百姓町人の生活全般を管理統制する道具になったのである。幕府が、藤右衛門のような転びキリシタンの子孫をキリシタン類族として執拗に戸籍上で追跡したのは、その政策を守るため、百姓町人に対して見せしめにしたのだとわれる。


【『青い空海老沢泰久

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