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2008-06-30

『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記』レヴェリアン・ルラングァ


 ツチ族のジェノサイドは、よく言われているような「ルワンダ人のジェノサイド」ではない。確かにその虐殺は、ルワンダにおいてルワンダ人がルワンダ人に対して行い、ルワンダ人が終わらせたという特徴を持っている。しかし、1994年の4から7にかけて、4ヶの間に1日1万人の割合で殺害された――総計約100万人――が犠牲となったこの虐殺は、圧倒的な沈黙の中で行われた。ちょうど、ワシントンではホロコースト記館が開館し、西欧列強が連合国軍のノルマンディ上陸50周年を祝って、異口同音に「二度と繰り返すな!」と自ら言い聞かせていた時に。


 注目すべき特徴がもう一つある。この虐殺は、政府首脳が決定した政治的行為であり、フツ族の人口の相当数が実際に手を下したということである。つまり、この政策の立案者は、こうした展開になるように図して、あらゆる司法的追及から逃れようと画策したのだ。そのためには、民衆をできるだけ多く巻き込む必要があった。彼らの言うとおり、「全人民を裁判にかけることなどできやしない」のだから。

 およそ200万の人々――男、女、子ども、老人、軍人、司祭修道士、公務員ら――が、多かれ少なかれこのツチ族の組織的虐殺に加担した。


 飛行機事故。1994年46日午後8時10分ごろ、キガリ空港上空で、ルワンダ大統領ジュヴェナル・ハビャリマナの乗った専用ジェット機に2発のロケット弾が命中し、空中で爆発した(ロケット弾を発射した人物についてはいまだに不明である)。すぐに嫌疑をかけられたのはツチ族だった。こうして、フツ族のハビャリマナ大統領の死が、100日にわたるジェノサイドの引き金となったのだ。大統領を殺害した男は、100万人以上の犠牲者を生み出したことになる。


 だが実際には、わが小国はキヴ湖をめぐるフランスとイギリスの利権競争の争点になっていた。両国とも「アフリカへの支配力」を強化しようとしていたのだ。パリは当時、フランス語系のフツ族の政府を支持していた。ロンドンは英語系のツチ族が反抗の機運を盛り上げるよう手助けし、元イギリスの植民地であったウガンダをその後方基地に仕立て上げた。この対立が問題を紛糾させ、事態をひどくこじらせることになる。

 フツ族とツチ族は仲むつまじく暮していたのに、支配の都合上民族を分離して対立を促したのは、地の悪い植民地支配者だったと言ったら、こっけいに聞こえるかもしれない。しかし、それは決して間違いではない。


(ジェノサイドが始まった直後)私たちの羊飼いは子羊を見捨てた。さっさと逃げてしまった。子供を連れて行くことさえしないで、私には、両司祭が私たちを見捨てた事実を理解することも受け入れることできなかった。二人は小型バスに乗る前に、誰にともなくこう言った。

「お互いに愛し合いなさい」

「自分の敵を赦(ゆる)してあげなさい」

 自らの隣人に殺されようとしているその時の状況にふさわしい言葉ではあったが、それは私たちを取り囲んでいるフツ族に言うべきだろう。

 司祭の一人はベルギーに避した後、こうもらしたという。「地獄にはもう悪はいない。悪は今、全員ルワンダにいる」と。神に仕える者が、迷える子羊たちを荒れ狂うサタンの手に引き渡すとは、なことだ!

 ある修道女もトラックに乗る前に、周りに殺到してきた人々に向かって「幸運を祈ります!」と言っていた。ありがとう、修道女様。確かに幸運が来れば言うことなしなのだが。


 錠が飛んだ。扉が半開きになる。小さな弟たちや従兄弟たちが泣き、従姉妹たちが悲鳴を上げる。最初に扉の隙間から顔をのぞかせた男は、私の知っている男だった。シモン・シボマナという、繁華街でキャバレーを経営している無口な男。(中略)

 シボマナは怒鳴った。

「伏せろ、さあ、早く。地面に伏せるんだ!」

 ふと側にいる伯父ジャンの存在に気が付く。伯父は少しだけ左向きに身体を起こし、頭をのけぞらせて彼を見つめている。シボナマは素早い動作で伯父の首を切り落とす。ホースから水が噴き出すように、血しぶきが笛の音のような音を立てて鉄板屋根までほとばしった。

 伯父ががっくりとくずおれた時、一人の子供がとりわけ大きな叫びを上げた。9歳になる伯父の末子ジャン・ボスコだ。シボマナはマチューテの一撃で子供を黙らせる。キャベツを割るような音と共に、子供の頭蓋骨が割れる。続いて彼は4歳のイグナス・ンセンギマナを襲い、何故だか分からないがマチューテで切り付けた後で死体を外に放り投げた。(中略)

 血が血を呼ぶ。荒れ狂う暴力。シボマナは地面に横になっている祖母を踏んだ。暗くてよく見えなかったのだが、彼が祖母を殺そうとすると、祖母は断固とした口調で言った。

「せめてお祈りだけでもさせておくれ」

「そんなことしても無駄だ! 神様もお前を見捨てたんだ!」

 そして祖母を一蹴りしてから切り裂いた。

 私はその時何もじていなかった。恐怖、恐怖、恐怖しかなかった。恐怖にとらわれて私の覚は麻痺し、身動きすることさえできなかった。クモの毒が急に体温を奪うように。臓がどきどきし、汗が至るところから噴き出す。冷え切った汗。

 シボマナは切って切って切りまくった。他の男たちも同じだ。規則的なリズムで、確かな手つきで。マチューテが振り上げられ、襲いかかり、振り上げられ、振り下ろされる。よく油を差した機械のようだった。農夫の作みたいに、連接棒の動きのように規則的なのだ。そしていつも、野菜を切るような湿った音がした。


 母の死は、私が目撃せざるを得なかった殺戮の中でも最悪の残虐行為だった。


 そのとき私は、悪がこの世に存在することを知った。たった今、その瞳と視線を交わしたところだった。

 シボマナはまず、私に寄りかかっていたヴァランスに切りかかった。従弟の血が降りかかる。シボマナが再び鉈(なた)を振り上げる。私は反射的に左手で、頭の前、額の辺りを守った。まるで父親に平手打ちを食らわされる時のように。敵が襲いかかってくる。刃が振り下ろされ、私の手首をぱっさり切り落とす。左手が後ろに落ちた。温かい濃厚な液体がほとばしる。私はその場にくずおれた。


 1分間の大虐殺。ほんの100秒の間に43人が殺された。私の家族全員が死んだ。私は死んだのか? 残ながら、まだ生きている。


 シボマナが大笑いして、私に近付いてきた。

「おやおや、そこで外に鼻を突き出しているのは、ツチの家族の長男じゃないか!」

 そう言うと非常に機敏な動作で、私の顔から鼻を削いだ。

 別の男が鋲(びょう)のついた棍棒で殴りかかってくる。頭をそれた棍棒が私の肩を砕き、私は地面に倒れ伏した。シボマナはマチューテを取替え、私たちが普段バナナの葉を落とすのに使っている、鉤竿(かぎざお)のような形をした刃物をつかんだ。そして再び私の顔めがけて襲いかかり、曲がった刃物で私の左目をえぐり出した。そしてもう一度頭に。別の男がうなじ目掛けて切りかかる。彼らは私を取り囲み、代わる代わる襲ってきた。槍が、胸やももの付け根の辺りを貫く。彼らの顔が私の上で揺れている。大きなアカシアの枝がぐるぐる回る。私は無の中へ沈んでいった……。


「それは勇敢だな」

 ある晩、雪の小道で養父リュックにばったり出くわした。私が、この冷え切った暗闇を歩きながら幽霊を追い払おうとしていたのだと打ち明けると、リュックはこう言った。

「そうさ、怖がらないことが勇気なんかじゃない。恐怖に耐え、しみを受け入れることが勇気なんだよ」


 二人の間には敬のこもった愛情が織り成された。私たちの間には、随分押し付けがましい物言いもあれば、歯に衣着せぬ言い争いもあったが、言葉と沈黙を通して私たちは一緒に歩んでいった。

 例えば今日の午後も、二人の対話は随分白熱した。彼には既に話したことがあるが、私は母が腹を切り裂かれるのを見た時から信仰を失っていた。だから、模範的な説教なんかして、あまり私をうんざりさせない方がいい。私たちに生を与えておきながら私たちを死に置き去りにした、わが少年時代の司祭たち。彼らの説教をい出すと吐き気がする。


「ある文化の中で、服従することが神聖なことだと考えられるようになれば、人は良呵責なく罪なき人を殺すことができる」

 精神科医ボリス・シリュルニックはこう答える。大戦当時子供だった彼は、両親が捕まった時見事に逃げ出すことに成功した(両親はアウシュヴィッツに送られて殺された)という経験の持ち主だ。

「服従によって、殺戮者は責任を免れる。彼らはある社会システムの一員であるに過ぎないからだ。そのシステムに服従して行う行為は全て許される」


 私はもう神を信じていない。1994年420日、まだ子供だった私のの中で神は死んだのだ。人の教えてくれたところによると、虐殺を生き延びたユダヤ人には不可知論者になる者が多いらしいが、私にはその気持ちがよく分かる。エリ・ヴィーゼルはその著作の中で、強制収容所で忌まわしい光景を目撃した瞬間、当時子供だった彼のの中で神が死んだ経緯を語っている。ブナ収容所で、ある日かれは、少年が絞首刑にされるのを目の当たりにした。やせ細っていた少年は、ぶら下がっても死に至らないほど軽く、縄に吊り下がったまま身をよじらせて悶えしんでいた。そのしみはいつまでも続いた。子供だったエリは、居並ぶ人々の間からこんな言葉が何度も漏れてくるのをにしたという。

「神様はどこにいらっしゃるのか?」「神はどこにいる?」「神はどこだ?」

 やがて見守っていた人々の中から一つの答えが聞こえてきた。

「神はどこにいるかだって? ここだ。ここにぶら下がっているじゃないか、この絞首台に」

 神はこの少年と共に死んだのか?


 母は最期まであなたのことを信じていました。それはよくご存知でしょう。母がいくら祈っても、私がお願いしても、全能の神であるはずのあなたは指一本たりとも動かすことなく、母を守ろうとしませんでした。私はその乳とあなたの言葉で育ててくれた母は、喉の渇きにしみながら死んでいきましたが、あなたは自分のしもべの痛さえ和らげようとせず、干からびた母の唇に清水の一滴も注ごうとはしませんでした。その唇は最後の最後まであなたのを唱え、あなたを褒め称えていたというのに。


 伯父ジャンの喉元から血がほとばしり出た瞬間、私の信仰も抜け出ていきました。

 祖母ニィラファリのお腹から生命が逃げ去った瞬間、私の信仰も逃げていきました。

 叔父エマニュエルが串刺しにされた瞬間、私の信仰も串刺しにされました。

 殺戮の場と化した教会の壁にあの子供たちが打ち付けられて、その頭蓋骨が砕かれた姿を見た瞬間、私の信仰も砕かれました。

 私が愛した人々の命が燃え尽きた瞬間、私の信仰は燃え尽きました。

 鋲つきの棍棒で肩を粉々に砕かれた瞬間、私の信仰も粉々に飛び散りました。


 あなたには、無垢な人々を救う手さえないのですか?

 自分の子供の不幸も見えないほど目が悪いのですか?

 彼らの叫びも、助けを求めるも、悲嘆のも聞こえないほどが悪いのですか?

 彼らをずたずたに切り裂こうと襲ってくる汚らしいやつらを踏み潰す足さえないのですか?

 涙を流す人々と共に、涙を流すさえ持っていないのですか?

 か弱き者や小さき者を守るはずなのに、ゴキブリたちさえ守ることができないほど無力なのですか?

 つまりあなたは、闇の中にいて盲目の眼差しで私を見つめるだけの無力な神なのですね?

 しかしそんなことはどうでもいいのです。私のの中では、あなたはもう死んでいるのですから。

ルワンダ大虐殺 〜世界で一番悲しい光景を見た青年の手記〜

2008-06-29

会員を守る


 末端の会員は「無告の民」である。いかなる矛盾も飲み込み、どんな理不尽にも耐えている。時々、愚痴を吐いたり弱音を漏らすと、「エッ、どうして今更そんなことを言うの?」と冷ややかな対応が待ち受けている。無告の民はより一層、沈黙を強いられる。


 一人の会員の何気ない発言であっても、その人の信、生活、家庭、年齢など様々な状況を知り尽くした上で、なきをすくい取るがリーダーには求められる。


 ありきたりの正論、とってつけたような激励が、どれほど会員を追い詰めていることだろう。


 組織が弱いと、本当に悲惨な事態が続出する。特に本部幹部・区幹部に力がないと、無責任が横行し、問題があっても見て見ぬふりを決め込んで、平然と頬かむりする。ある中堅幹部は悩みながらも、「ここはそういう組織だから、仕方がない」とただ嘆くのみ。汝をミスター無気力と付けよう。


 かような組織で会員を守るためには、全幹部を敵に回すだけの覚悟が必要だ。つまり、「守るだけの力」がなければ、とばっちりを受けるだけで終わってしまう。


 私はそこそこ複雑な問題や、10年もの(アルコールか!)のトラブルも解決してきた。ある程度のことは何とかする自信がある。問題というのは解決するたびに、新しい方程式が見えてくるのだ。以下に一般的な問題の対処法を記しておこう。


 1.客観的な事実関係の掌握。

 2.誤解や行き違いがないかを確認。

 3.問題を放置しているのは誰か?→嘘を見破る。

 4.本来、責任をとるべき幹部の一段階上の幹部に相談。

 5.この段階で丸め込まれるとアウト。情報が少ないと負ける。

 6.学会トップダウンのため、幹部が動かない場合は、どんどん上に当たる。

 7.方面長でもダメな場合は、別の副会長に当たる。


 大体この程度で大丈夫だ。これでも解決できなかったら、引っ越した方がいいよ(笑)。「会員を守る」という自覚があるなら、これくらいのことはいつでもできるようにしておくべきだ。

25年ぶりに名著復刊! 『聞書 庶民列伝 牧口常三郎とその時代』竹中労


 当初、皓星社から発行される予定だったが、三一書房からの刊行となった。有為転変を経て、ようやく日の目を見た。潮版の全4冊が上下巻となっている。


聞書 庶民烈伝 (上) 牧口常三郎とその時代


竹中労は終わらない」(日新聞 7特集記事)――91年に死したあのルポライター・竹中労による「幻の大著(聞き書き=ルポルタージュ)」が2分冊で蘇る! 「創価学会」初代会長・牧口常三郎とその時代。牧口の“空白”ともいうべき生い立ちと事績の真実に迫り、「庶民」の側から明治大正・昭和の近現代史を縦横に旅する。「信仰は闘争である、折伏とはすなわち勝負である、原点に戻らねばならない。戦時下不退転の信仰をつらぬき、壮絶な獄死を遂げた初代会長。その全生涯を克明にルポルタージュする長征に私は出立する」。(「まえがき」より)

 解説/ふうに:暮尾淳

 解題/「竹中労と「庶民」像、その貴き「しがなさ」:加々美光行」。A5上製、450ページ

『完全図解 新しい介護』大田仁史、三好春樹


 ヘルパー2級講座の値段が、現在9万円前後である。実践的な側面から言えば、本書の方がはるかに価値がある。少々値が張るものの家族に身体障害者がいる方は必読。


すわることの九つの効用


1.食べやすい

 寝たままの姿勢での食事は食べにくいばかりか、誤嚥による肺炎のもとになります。少し前かがみになった状態が、いちばん食べ物を食べやすい姿勢です。


2.床ずれが治る

 いったん床ずれができてしまうと、なかなか治りにくいものです。日に何回もの体位交換をするよりも、すわることのほうがより効果がありますし、予防になります。


3.排便しやすい

 直腸内の便を押し出す腹圧は、「寝ている姿勢」より「すわっている姿勢」のほうが、大きくかかります。重力も活用できるので、便秘も解消されます。


4.筋肉が強くなる

 私たちが「筋肉」とよぶ骨格筋は骨にくっついてからだを動かします。すわると背中や首の筋肉に重力がかかって、姿勢を保つように収縮するので筋肉が強くなります。


5.バランスがよくなる

「すわる、立つ、歩く」ために大切な、からだの前後バランス、左右バランスが向上します。寝ているとその覚が鈍ってしまい、低下するばかりです。


6.表情がよくなる

 表情は顔面の表情筋が収縮することで現れます。すわると筋肉に重力がかかり、それに抵抗して目が開いて口が閉じ、しまった顔になります。


7.血圧調整がよくなる

 私たちのからだは、姿勢を変えるたびに全身の血圧を調整しています。寝てばかりいるとこの機能が低下し、すわっただけでめまいを起こしてしまいます。


8.肺活量が増える

 寝ていると肺が圧迫され、はたらきが悪くなります。すわることで、肺の入っている胸郭が拡張するので肺活量が増えます。


9.手足の拘縮を予防する

 すわって重力がかかると、脳卒中で上肢が固まっていくのとは逆の力がかかります。また下肢の関節がすべて曲がるので、ピンと伸びる方向に固まるのを防いでくれます。


「寝たきり」の9割はすわれる


「寝たきり」は、ただ寝たきりにさせている「寝かせきり」だといわれます。ある特別養護老人ホームでは、ほぼ半数が「寝たきり」だとわれていましたが、原因は「寝かせきり」であることが実証されました。ほぼ90%以上の人が、すわって生活できるようになったのです。昼間はすわって皆といっしょに食堂で食事をし、グループ活動で他の人とふれあうようになりました。昼間を活動的に過ごすと食欲もわき、夜間もよく眠れるようになりました。

完全図解 新しい介護

2008-06-28

大三国志展


 昨日、東京富士美術館で開催されている「大三国志展」に行ってきた。歴史の源遠長流をう。曹操と劉備玄徳は、竜樹とほぼ同世代。日本の卑弥呼やインドの阿育大王よりも古い時代である。鳩摩羅什(くまらじゅう)よりさかのぼること200年前後だから、教は中国に伝わっていたが、それほど盛んにはなっていなかったことだろう。


 それにしても、ポスターに配されているあの少女漫画みたいな絵には辟易させられる。現実を無視して極端に美化する姿勢が幼稚極まりない。婦女子を小馬鹿にする態度の裏返しといってよい。


 入り口にあった関羽だか張飛の像の足元に蜘蛛の巣を発見。すぐさま、役員に注。油断だ。


 今週のエレ片ポッドキャストでも紹介されている。


 創大近辺や信濃町界隈に行くと、どうしても任務モードのスイッチが入り、自動的に厳戒態勢となるため精神的に疲れる。

『テレビ標本箱』小田嶋隆


 具体的に言うと、この5年のあいだに、テレビの世界では、ドラマが衰弱し、スポーツ中継が弱体化し、落語が駆逐され、芸能ジャーナリズムが死滅し、その一方で、オカルトを吹き返し、界コネが幅をきかせ、番宣がはびこるようになり、現場では、いじめとやらせとパクリが横行するバラエティーの地獄が現出するようになっていた。

 つまり、テレビは社会を切り取る枠組みであることをやめて、もっと下世話な場所に向かって開かれたのぞき窓の如きものに変貌しつつあったわけで、それに合わせて私の書くコラムも徐々に下品な……というのは、わかっている。言い訳に過ぎない。


 自力で新聞を読みこなせない層のためのテレビ版新聞ダイジェストをニュースショーと呼ぶのだとするなら、ワイドショーは、ニュース解説に読後まで付け加えた一種の完パケ商品だ。「どう考えるか」のみならず「どうじるか」までをすべて丸投げにした完全なおまかせニュース商品。

 たとえば「アッコにおまかせ!」では、文字通り和田アキ子という一人の代理オヤジに世界の解釈が丸ごと委ねられている。で、日曜日のオヤジの無気力につけ込む形でアッコ節が炸裂する。末世だ。


「そう。客引きに大切なのは、のデカさと強引さだ。奥ゆかしさだとかは、案内した先の旅館の従員ががければいいのだよ」

 了解した。が、広告界はそれでオッケーなのだとしても、テレビ界がそれじゃマズいだろ? 客引きがだみ合戦を繰り広げるのは容認するにしても、肝の旅館のおかみが、がさつ者ではいかんだろうが。

 ここ数年、テレビから流れてくるCMの半分は不愉快CMと言っていい。それも、あえて狙った神経逆なでCMだ。(中略)

 ってことは、結局、現状のCM界は、「振り向かせるためには何でもやる」素人の大道芸みたいな世界になっているわけだ。


「ファイナルアンサー?」と、みのが迫る……カメラがぐぐっと寄る。約3秒間のアップ。画面いっぱいの、みの。驚異的な顔面圧力。窒的な引っ張り。凄い。……現代の悪代官みたいだ。

 水道メーターの談合でも、この顔を使ったんだろうか? 最終入札価格を調整する時、みのは、「ファイナルプライス?」と、言ったのだろうか。

 ……毎日、テレビをつけると、必ず、みのもんたが出ている。たぶん私は、親戚縁者の誰よりも頻繁にみのと会っている。いや、家族の誰よりも、かもしれない。

 いやだなあ。

 で、結局、私の書斎は、みの常駐型のテレビのおかげで、嫌いな上司が巡回しているオフィスみたいなじの、容易にくつろげない空間になっているわけだが、どうだろう、ソニーあたりが、みの強制削除機能付きのテレビを開発したら、オレは買うぞ。10万までは出す。みの排除機能が付くなら、さらに5万円出す。どうだ?


 ということは、番組は、コメントを逃げたのだろうか? そうとも言える。が、むしろ彼らは、「沈黙」という最も重いコメントを残したのだ。テレビの偉大さは、実に、ここにある。つまり、テレビの画面の中では、放置こそが、最も苛烈な批判になるのである。活字では、こうはいかない。活字の沈黙は、行間に過ぎない。行間で語るのが一流の文章ということになってはいるが、その実、行間が語るのは余韻とか余情といった程度の、シケたノイズに過ぎない。いずれにしても、たいした情報は発信できない。ラジオ沈黙も、無音以上のものではない。サウンドオブサイレンス。蛙飛び込む水の音。


 いずれにしても、格闘技は、エロと並んで、家族が打ちそろって見るのにもっともふさわしくない番組ではあるわけで、とすれば、問題は、むしろ、紅白歌合戦の視聴率が、ついに50パーセントを大きく割り込んだという事実のほうにある。紅白の視聴率は、翌日から始まる正のあり方を決定する数字だ。言いかえれば、伝統的な血族イベントとしての紅白共同視聴を果たしたファミリーだけが、正しい日本のお正を迎える資格を備えた、保守本流の花マル家族なのだ。

 紅白歌合戦の視聴率は、番組の出来不出来を反映しているわけではない。出演者の歌唱力の総和を味しているのでもない。あの45.9パーセントという数字は、大晦日の夜に、家族が一斉に打ちそろってテレビの前に座る家庭が、もはや、日本には45パーセントしか残っていない、と、そういうふうに考えるべきなのである。


 彼らは二言めには「オウム」という単語を繰り返した。

「オウムの例もありますから」という、この12文字が、あらゆる過剰な取材と失礼な報道を免罪する法の呪文だというみたいに。

 昔はこうではなかった。町外れにちょっと様子のおかしな人々がたむろしていても、住宅街の一角に奇天烈な風体の一団が蟄居していても、それだけではニュースにはならなかった。

 流れが変わったのは、オウム以来だ。

 えばオウム事件は、メディア(および視聴者)の「不寛容」と「野放図」が、正式に免罪されたという味で非常に義深いエポックだった。言い方を変えるなら、オウム事件を通じて、リベラルという立場は急速に力を失ったのである。「あんたら気取り屋のリベラルが、人権だのなんだのと甘えたことを抜かしてるから連中にサリンを撒かれたんだぞ」というわけだ。

 なるほど、オウム事件のピークでは、別件逮捕現場警官の裁量権の拡大を何よりも嫌っていたはずの人権派弁護士や市民派論客が、異口同音に警察に対して強権の発動を促していた。ってことは、結局、リベラルというないし立場は、気取りに過ぎなかったのだろうか。はっきりしているのは、白装束の一団が追い回されている理由が、危険だからでも違法が顕著だからでもないということだ。彼らは単に「絵になる」から、カメラの餌食になっているのであり、「不気味で頓狂で予測不能でスリリングで、つまるところ、極めてテレビ向けの素材」だからこそ、連日報道されている。


 そもそも、テレゴング形式の調査自体、調査というよりはプロパガンダ(だって、統計のモトになる数字が「自腹を切ってわざわざ電話をかけてくる人間の見」に過ぎない以上、到底プレーンな世論じゃないでしょ?)に近いのだからして、設問の言い回しが回答者に与える影響など、ほとんど無関係だ。


 とにかく、お台場をメジャーなスポットにせんとするフジテレビの策動を見ていると、単なる、そろばんずくの商魂とは別の、さらにいやらしい何か――すなわち東京を舞台としたモノポリーゲームに熱中する生臭い野望がじられるわけで、私のような場末の人間には、それがうっとうしくてならない。町(というよりは路線価格そのもの)をトロフィー(←勝ち組の証し)としか考えない東京人(あえて言えば上京人)のい上がり。東京双六の「上がり」を目指す田舎弥次喜多珍道中。そんなお台場格上げ計画のためにベッカムの貴族(←もちろんメディアの捏造だが)が利用されているのだとしたら、こんなに悲しいことはない。


 毎度毎度、五輪メダル獲得予がインフレ方向に傾く原因のうち、根本的なひとつは、テレビが「異論を排除する箱」だという事実のうちにある。そう。TVカメラを前にした人は、銃口を向けられた人間と同じく、とんでもない臆病者になる。

テレビ標本箱 (中公新書ラクレ (231))

2008-06-27

遂に文庫化! 『となりの創価学会』宝島編集部編


 賛否両論を掲載したことで、極めて中立の高い出来栄えとなっている。それまでのイエロージャーナリズムとは一線を画す内容で、出版された当初、多くの学会員が時代の変化をじた。


となりの創価学会 [宝島SUGOI文庫] (宝島SUGOI文庫 A へ 1-31)

『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二


 これは、7000年前の人間の頭蓋骨。7000年前っていうと、像もできないくらい遠い昔の話だよね。古代文明、たとえばメソポタミア文明、エジプト文明はいかまら4000年から5000年前のことでしょ。それよりももっと昔の人の頭蓋骨。

 この頭蓋骨の上の方の2箇所がへこんでいるのがわかる? これ、手術した跡なんだよ。なんで手術した跡とわかるかっていうと、いちど頭蓋骨を開けると、その穴を開けた部分の骨はもちろんなくなるよね。でも、この写真では、まわりの骨細胞が増殖して穴が埋められているんだ。

 もし事故や武器なんかで、脳を打って死んじゃった人の頭蓋骨だったら、ただここに穴が開いているだけだよね? だって、死んじゃったら増殖できないから。そうじゃなくて、これは手術して、しかもそれがちゃんと成功している跡なんだ。手術の後ちゃんと生きた。少なくとも頭蓋骨が再生するまではこの人は生きていた。


 ちょっと人間のケースで考えてみようか。交通事故で手を失ってしまった人が、義手をする。その人の体の一部は生身じゃない。その場合、その人はその人のままであり続けるか。もちろん「私は私」だよね。さらに足までが義足になったとしても、「私は私」。臓が人口臓に変わっても「私は私」だよね。

 そうやって、少しずつ体の部分を取り替えていったら、どこまで変えたら「私は私」じゃなくなるとう? たとえば顔を整形して見かけが別人になったら私じゃない? はもう自分ではなくなっちゃう?


 そこに電気を流して神経を活発化させるとものすごく気持ちいい場所、というのがある。

 それを知ったネズミは、自分でレバーを押して電流を流せるようになるから、自分の快をコントロールできる。そうすると、もう水も飲まない、餌も食べない、ずっとレバーを押し続ける。気持ちいいんだろうね。それで結果的にどうなるか? レバーを押し続けて死んじゃうんだ。そのくらい快じる場所があるというのは驚きでしょ。それで、その場所を〈報酬系〉と呼ぶようになったんだ。


「右側のヒゲが触られたな」とったときに、ネズミが右側に動く。すると報酬系が刺激されるようなリモコンをつくっておく。逆に、「左側のヒゲに何かが触ったな」とネズミがじて左側に動くと報酬系が刺激されて報酬が得られる。

 そうなると、ネズミは近くにもうどんなに美味しいご馳走があろうとも水があろうとも、全部無視。いまヒゲがじた方向に移動することだけを実行する。その〈報酬〉の快楽を一回知ってしまったらもう逃れられない。

 どんなに傾斜が急で危ない階段であろうと、どんなに幅の狭い高架橋であろうと――ネズミはそういう場所が嫌いなんだけど――、歩かされてしまうんだ。


 レバーを押したら水が出ることを知っているネズミに手術を施して、脳に電極を埋める。そして、ネズミが「レバーを押す」という行動中の脳の反応を検出して、それがあったらレバーとは関係なしに水が出るようにしておくんだ。レバーもまだ置いてあるんだけど、もうレバーは関係ない。レバーを押しても水は出ない。

 ネズミは最初、レバーを押して水を飲んでいたけど、レバーを押さなくても、レバーを押したふり、と言うか、押そうと像しただけで水が出る。そのことにネズミが気づくと、このネズミはレバーを押さずに力だけで水が飲めるようになった。これがワンステップ。1999年の論文に出ている例。


 で、こうして収集したデータを、次にロボットアームに直接つなぐ。そうすると、ロボットアームはその通りに動く。この場合は、サルはジョイスティックを使ってコントロールしているんじゃなくて、自分の神経細胞の活動から記録されたデータに基づいてロボットアームの動きを再現しているんだ。

 ということは、サルはジョイスティックを握って操縦している気でいるのかもしれないけど、本当はジョイスティックを経ずに、ロボットアームを脳から直接に遠隔操作していることになる。

 さらに、この実験の後で、実験者はサルの手を動かないように縛っちゃった。それでもサルは、巧みにロボットアームを操ることができた。これが、2003年の後半に出た論文の内容。


 ということは、いまや志という実体のなかったものが、はじめてこうやって目に見える形となったわけ。電気信号としての志がまさにここにデータとして存在してる。身体の外側にね。そうやって考えてみると、この実験、なかなかすごいことをやってるでしょ。そんなところがいまの脳科学の最前線なんだ。


 ということは、ここでに留めてほしいんだけど、さっきみんなに示した「脳の地図」は、じつはかなりの部分で後天的なものだってことだね。言ってみれば、脳の地図は脳が決めているのではなくて身体が決めている、というわけだ。


 あるときは識してる。普段は全然識してないけど、識して止めようとえば止められるでしょ。そういう味では「呼吸」という行動はちょうど識と無識の境目にある不議な行動だ。


 網膜から出て脳に向かう視神経の本数はどのぐらいあるとう? 100万本もあるんだ。片目だけでね。100万本ってすごい数だよ。


(陸上競技の100メートル走の記録は)何で小数点第2位までしか表示しないのか。小数点第1位でもいいし、小数点第3位まで、つまり1000分の1の位でもいいじゃない。なんで100分の1秒なんだろう。


 ――それ以下はわからない。


 そうなの。人間の脳にとってそれ以下の差は同時なんだよ。たしかに精巧な時計を使えば1000分の1秒単位くらい簡単に測れるんだけど、でも、人間にとって100分の1より小さい違いなんて味がないわけ。脳にとって10ミリ秒でもう十分に同時っていう味なんだ。


 もっと言っちゃうとね、文字を読んだり、人の話した言葉を理解したり、そういうより高度な機能が関わってくると、もっともっと処理に時間がかかる。文字や言葉が目やに入ってきてから、ちゃんと情報処理ができるまでに、すくなくとも0.1秒、通常0.5秒くらいかかると言われている。

 だから、いまこうやって世の中がきみらの前に存在しているでしょ。僕がしゃべったことを聞いて理解しているでしょ。自分がまさに〈いま〉に生きているような気がするじゃない? だけど、それはウソで、〈いま〉とじている時間は0.5秒前の世界なんだ。つまり、人間は過去に生きていることになるんだ。人生、後ろ向きなんだね(笑)。


 言ってることわかるかな? 順番が逆だということ。世界があって、それを見るために目を発達させたんじゃなくて、目ができたから世界が世界としてはじめて味を持った。


 でも、実際の人間の目は、世の中に存在する電磁波の、ほんの限られた波長しか知できない。だから、本来限られた情報だけなのに「見えている世間がすべて」だとい込んでいる方が、むしろおかしな話でしょ。


 ――「こわい」という情は動物は持ってないんですか。


 僕が像するに、たぶん持っている。ただ、情の多くは、つまりクオリアの多くは言葉の産物だろうから、人間ほど豊かな情は持っていないはず。


 リンゴって一個一個形が違うけど、どれも〈リンゴ〉ってわかるでしょ。まさか、世の中に存在するすべての〈リンゴ〉のパターンが脳の中に完璧に準備されていて、そのつど目の前にある現実の〈リンゴ〉と照合しながら判断しているわけじゃない。世の中のリングは多すぎる。むしろ、脳のなかにはきっとリンゴのモデル(理のリンゴ)があって、ある最低の条件を満たせば、いま見ているものをリンゴだと判断できるようになっているんだとう。

 この図形なんか典型的な例だね。六つの点の正確な位置関係を暗記するんじゃなくて、〈6個の点からなる正三角形〉みたいな覚え方で記憶するわけだ。

 だけど、おもしろいことに、この絵を鳥に見せるとね、そう、鳥というのは記憶力がすごいんだよ。写真のように覚える。だから、鳥にとって、この三角形はいつまでも正三角形とは違う図形なんだ。

 動物相手にしているとわかるんだけど、下等な動物ほど記憶が正確でね、つまり融通が利かない。しかも一回覚えた記憶がなかなか消えない。「雀百まで踊り忘れず」という言葉もあって、うわぁ、すごい記憶力だな……と、一瞬尊敬に近い気持ちも生まれるかもしれないけど、そういう記憶は基本的に役に立たないとってもらったほうがいい。だって、応用が利かないんだから。


 脳はそれ(新陳代謝)を排除しているんだよ。入れ替わらないように、つまり自分がいつまでも自分であり続けるために神経細胞の細胞は増殖しないんだ。だって「自分を生み出す脳」まで入れ替わっちゃったら自分じゃなくなっちゃうじゃん。


 まあ、実際、神経細胞ふたつ集まった集団ぐらいまでだったらわかるのね。神経細胞がもう1個つながっている状態を考えればいいわけで、ふたつぐらいまでだったらどう活動するかは理解できる。

 でも、世の中に「三体問題」という問題があるの知ってる? ……学校では習ってないか。「ニュートンの力学方程式」ってあるでしょ――加速度がどうのこうのというやつ、あれはすごく万能で、いろんなことを記述できる。ものの落下とか、投げたものがどこに落ちるとか、そういう日常の現象から、宇宙の天体の運行までも記述できる。でも、じつはけっこう簡単なことがわからないんだよ。(中略)

 こういう「解けない」っていう話が最初に出てきたのは、天体の運動からなんだ。太陽のまわりを地球が回っているよね。これは簡単にわかる。でも、地球のまわりにはが回っているよね。そうすると、全体としてのこの三つの天体がどう運動するのかが予測できないんだ。食が何年後に起こるとか、そのぐらいのレベルでは予測できるんだけど、でも式で書いてもそれが完全には解けない。物体がふたつだったら解けるけど、三つになったら急に解けなくなっちゃう。これを「三体問題」と言うんだ。

 神経でもこれは似ていて、ひとつだったら何とかわかる。ふたつでもかろうじて実験できる。でも、三つになると何が起こるかもう予測できない。強引にやれば近似の方程式はつくれるかもしれないけれども、でもやっぱり何が起こるかはやってみなきゃわからないってわけだ。


 その一方で、神経だけを見てても何もわからないぞ、という話もしたね。神経は1個では何もできなくて、むしろ互いに連絡を取り合ってはじめて機能できるということ。

 単独で何もできなくて、集団になってはじめて行動する。ということは〈相互作用〉が重要だということ。だから、互いに連絡を取り合うときの、そのつながりの強度が重要。つまり、神経の回路〈ネットワーク〉がどういう〈形〉をしているかが、脳の情報処理の重要なファクターになってくる。


 フィードバックというのは、一方通行だった情報の流れが、枝分かれして、前のほうに戻されたり、逆流したりする回路だ。こうなると、単純な一方通行とは違うやり方で情報が処理されるようになるよね。

 一対一じゃない情報の伝達を支える仕組み、そう、脳のような複雑な装置に絶対に必要な条件が「フィードバック」ってわけ。日本語だと「反回回路」と言うんだけど、こうした情報が「行ったり来たり」する回転が最低限必要なの。それによって情報を分解したり、変調したり、統合したりできるってわけ。情報のループを描かないとブラックボックスはワンパターンの出力しかできない。(脳内の1個の神経は1万個の神経に情報を送っている)


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 いま人間のしていることは自然淘汰の原理に反している。いわば〈逆進化〉だよ。現代の医療技術がなければ排除されてしまっていた遺伝子を人間は保存している。この味で人間はもはや進化を止めたと言っていい。

 その代わり人類は何をやっているかというと、自分自身の体ではなくて「環境」を進化させているんだ。従来は、環境が変化したら、環境に合わせて動物自体が変わってきた。でも、いまの人間は遺伝子的な進化を止めて、逆に環境を支配して、それを自分に合わせて変えている。車椅子とか義手をつくるなどというのはわかりやすい例だよね。

進化しすぎた脳 (ブル-バックス)

2008-06-26

米、テロ指定解除を決定 北朝鮮、中国に核申告


 北鮮の崔鎮洙駐中国大使は26日、核開発問題をめぐる6カ国協議合に基づき、核計画申告書を議長国の中国に提出した。これを受け、ブッシュ米大統領は同日、見返り措置として北鮮に対するテロ支援国家指定解除を決定、「45日後」に解除するために26日中に議会通告する方針を表明。長く対立してきた米は関係正常化に向けて大きく前進する転機を迎えた。

 協議筋によると、核申告でプルトニウム生産量は38キロとされた。6カ国首席代表会合が来週にも北京で開かれる見通しで申告内容の検証と非核化プロセスの第3段階となる核施設廃棄、解体などを議論する。

 テロ指定解除に慎重な対応を求めてきた日本は拉致問題解決に向け米国との協調体制立て直しを迫られる。ブッシュ大統領は26日の記者会見で拉致問題を「決して忘れない」と述べ、日本への配慮をにじませた。

 核申告は昨年末の履行期限からほぼ半年遅れで実現した。

 米国は1987年の大韓航空機爆破事件を受けて、88年120日に北鮮をテロ支援国家に指定。約20年6カぶりの指定解除となる。


東京新聞 2008-06-26】


 辞めることがハッキリしている大統領の発言を鵜呑みにする馬鹿はいないだろう。「国益から人類益へ」という先生の提言を、いつ、誰が、どのような形で実現させるのか。拉致被害者の中には学会員も含まれている。「国家に蹂躙(じゅうりん)される民」の姿は何一つ変わっていない。いつも視線が泳いでいる福田首相の言葉からは、決渋もじ取れない。

介護業倒産が最悪ペースに 今年1-5月、負債100億円超


 介護事者の倒産が2000年度の介護保険制度導入以来、08年は過去最悪のペースで増えていることが25日、民間信用調査会社東京商工リサーチの調査で分かった。1-5の5カで、負債総額は100億9300万円と過去最悪だった06年1年間の114億7900万円の9割近くに達した。件数も21件と過去最悪だった07年の年間35件の6割の水準。

 給付費抑制のため、事者に支払われる介護報酬が06年度の改定で引き下げられたことに加え人手不足が深刻化、人材を確保できない事者が増えたことなどが要因。競争激化や行政による規制強化も背景にある。利用者への影響も懸され09年度の次回改定では報酬引き上げを求めるが強まりそうだ。

 08年の倒産の内訳は訪問介護が9件、有料老人ホーム特別養護老人ホームなどの施設系が12件。07年は訪問介護が18件、施設系が17件、負債額は77億7300万円と06年より減ったが、訪問介護最大手だったコムスンの事撤退などは含まれていない。

 東京商工リサーチは「訪問介護は報酬引き下げが直撃した。施設系は食費と居住費が全額利用者負担となった影響で利用者が退所したり、全額を受け取るのがしくなり、減収に転じた事者が多い」としている。

 事者が倒産などで事から撤退すると、慣れたヘルパーから介護を受けられなくなったり、施設から退去を余儀なくされたりする可能がある。


中日新聞夕刊 2008-06-25】


 リハビリ民の次に、介護民が続出しそうだ。小泉政権の改革は、デブと年寄りに人権を認めない代物となっている。今年4から民間保険会社の保険金も、メタボリック症候群の患者に対しては「生活習慣病に対する自己責任を怠った」と見なし、少ない保険金しか出ない仕組みに変わった。政府は、まず医療保険から介護保険へと高齢者を追い出しておいて、次に民間保険へと締め出す準備をしているものとわれる。すると、金持ちは最先端医療の恵に浴し、貧乏人は病院にさえ行けない事態となることが予される。医療と介護事が儲かる仕組みを設計しなければ、姥捨て山に死屍が累々と積み上げられる事態を招くだろう。

僣聖増上慢


 或は阿練若納衣にして空閑に在つて自ら真の道を行ずと謂つて人間を軽賤する者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるることを為ること六通の羅漢の如くならん、是の人悪を懐き常に世俗の事を阿練若に仮て好んで我等が過を出さん、常に大衆の中に在つて我等を毀らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん、濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有らん悪鬼其身に入つて我を罵詈毀辱せん、濁世の悪比丘はの方便随宜の所説の法を知らず悪口し顰蹙し数数擯出せられん(6、21、174、224、539、622頁)


【通解】あるいは人里離れた閑静な場所に衣をまとい、静かなところで真の道を行じているとい、世事にあくせくする人間を軽賤する者があるであろう。私利私欲を得る目的で在家のために法を説いて、その結果、形のうえでは六通に羅漢のように尊敬されるであろう。この人は悪をいだき、つねに世俗のことをい、閑静な場所にいるとの理由だけで、自己保身のため、正法の者の悪口をならべたてるであろう。つねに大衆のなかにあって、正法の行者を毀るため、国王や大臣や婆羅門居士およびその他の比丘衆に向かって誹謗し、われらの悪を説いて、「これは邪見の人であり、外道の論義を説いている」と言うであろう。濁劫悪世のなかには多くのもろもろの恐怖する事件があり、悪鬼がその身に入ってわれら正法の行者を罵り、批判し、はずかしめるであろう。濁世の悪比丘は、が方便随宜の説法をしていることに迷い、経の浅深勝劣を知らず、正法の行者に悪口し、顔をしかめ、しばしばその居所を追い出すであろう。

2008-06-25

2008-06-24

America's Got Talent


 前に、「Britain’s Got Talent(ブリテンズ・ゴット・タレント)」を紹介した。コニー・タルボットとポール・ポッツの動画を私は軽く100回以上見ている。元々はアメリカで先に行われていた。こっちも凄いよ。


ビアンカ・ライアン


 何と11歳で優勝をかっさらった。賞金は100万ドル。歌ったのはジェニファー・ホリデイ曲である。聴き比べてもらおう。言っておくけど小学生だからね。

Bianca Ryan

20th Century Masters - The Millennium Collection: The Best of Jennifer Holliday


鳩山邦夫法務大臣は「死神」か?


 あんなデブの死神がいるわけないよ(笑)。そういや昔、全国おかみさん協会の会長が、「邦夫はいい。由紀夫はダメだ。由紀夫の女房が足を引っ張っている」と言ってたよ。今となっては、どっちもダメそう。「友達の友達がアルカイダのメンバー」だから、死神と書いちまえ! と日新聞は判断したのだろう。何とはなしに日新聞の焦りが窺える。いずれにしても、「人殺し」であることは確かだ。

2008-06-23

『日本仏教史 思想史としてのアプローチ』末木文美士


 ともあれ1世紀にはすでに教が伝えられ、2世紀には主要な大乗経典の翻訳が始まっている。しかし、教が本格的に中国に定着するのは、4世紀の道安(312-385)の努力と、その後5世紀初めに長安に来て訳経史上画期的な績を残した鳩摩羅什(くまらじゅう)(350-409頃。異説あり)の活動を経てからである。その後、5-6世紀の南北時代には教が大流行するとともに、教理・の面でも深い研究がなされるようになり、次代の隋・唐代へとつながってゆく。しかし、こうした南北期の教学が日本にはいってくるのにはもう少し時間がかかるのである。

 最後に、直接日本と関わる鮮の教はどうであっただろうか。4世紀頃から鮮は三国時代にはいり、7世紀後半の新羅(しらぎ)の統一までつづくが、教が最も早く伝わったのは北の高句麗(こうくり)で、372年のこと。つづいて384年には南から百済に伝わっている。新羅には私的には早くから伝わっていたとわれるが、公的には527年に公認されている。百済でも実際に盛んになるのは6世紀初めの聖王のときで、日本への伝来をそれほどさかのぼるものではない。まさに教は最新の文化として日本に伝えられたのである。


 親鸞がはじめて公然と妻帯したことは有であるが、その決もまた(聖徳)太子のお告げによるものと考えられている。


【私度僧(しどそう)】律令制下にあっては、一般の人の出家はそれだけ国家の負担を増すものであった。そこで政府は出家得度にあたっては、官の許可(官度)を条件とし、その許可なしに出家することを私度として禁じた。しかし、私度僧は後を絶たず、社会混乱の一因となるとともに、官の枠にはまらない自由な民衆教の展開の基盤ともなった。


 次に注すべきは、「宗」という概である。今日、われわれは何々宗というと、教内において教理・信仰を異にし、独立した組織をもつ集団を考えるが、南都六宗の「宗」はむしろ学派、あるいは一寺院内に諸宗が同居して研鑚にはげむ様は、今日の大学における学部あるいは学科のようなものと考えたほうがよい。当時の記録によると、各宗はそれぞれ寺院内で独立した研究所をもち、そこには図書が備えられ、また各宗に縁の深い菩薩や祖師をまつった厨子(ずし)が置かれていたという。


 さて、インドで初期の大乗経典のを体系化して哲学的に完成させたのは龍樹(ナーガールジュナ。150-250頃)であった。


 じつはもともと在家者向けであった大乗菩薩戒を出家者用に採用するのがのちの最澄であり、いわば鑑真のもたらした大乗戒の新たな応用とみられる。かつ、鑑真は戒律に詳しいと同時に天台の学者でもあり、中国の天台の著作を日本にもたらしている。このように日本の天台宗を開いた最澄の活動は鑑真に連なるところが非常に大きいのである。


 中国の天台では『法華経』の迹門と本門の両方に同じくらいの比重を置いて重視していたのに対し、日蓮は本門に高い評価を与え、永遠の釈迦の救済とそれに対する厳しい菩薩行の実践に生命を賭け、うち続く弾圧に耐え抜いた。強烈なエネルギーに満ちた日蓮の『法華経』信仰は、『法華経』に新たな生命を吹き込むものとして、大きな影響を残したのである。


 最澄(767-822)は近江国(おうみのくに)滋賀郡(現在の滋賀県)の出身で、父は三津首百枝(みつのおびとももえ)、渡来人家系であるという(生年や戸主のには異説あり)。宝亀(ほうき)11年(780)、近江国分寺大国師行表(ぎょうひょう)を師として出家得度。延暦4年(785)、19歳のとき、東大寺で受戒。ところが、その年、突如比叡山にこもってしまう。このとき著されたのが『願文(がんもん)』であり、そこには厳しい無常観と「愚の中の極愚」という自省、そして六根清浄という境地に達しなければ山を下りまいという強い決が示されている。


 以後、数年にわたって両者(最澄と空海)の交流がつづき、その様子は残された書簡などからうかがえるが、交流とはいっても、その多くは最澄の側からの密教経典の借用の依頼であり、弘仁(こうにん)3年(812)には実際に高雄山(たかおさん/神護寺)で、最澄は空海から両部の灌頂(かんじょう)を受けている。


 論争の具体的な過程をみると、最澄は弘仁9年(818)5、『天台法華宗年分学生式(てんだいほっけしゅうねんぶんがくしょうしき)』(六条式)、9には八条式、翌年3には四条式と続けて廷に提出し、このことを願い出た(以上の三つを合わせて『山家学生式(さんげがくしょうしき)』という)。それに対し、嵯峨天皇は法相宗の護命(ごみょう)をはじめとする南都の僧綱(そうごう)に見を求めたが、当然ながら強い反対の見が返ってきた。それを最批判したのが、この方面に関する最澄の主著『顕戒論』(820)である。その後も戒壇建立への努力を重ねたが、上述のように、ようやくそれが認められたのは最澄没後7日目であった。

 では、どうして最澄は晩年のエネルギーをこの戒壇建立のために費やしたのであろうか。しばしば挙げられる理由は、従来の制度では天台宗の僧養成がうまくいかないという実際的な理由である。すなわち、せっかく天台宗の年分得度者が認められたものの、従来の制度だと受戒のためにいったん比叡山を下りて東大寺に行かなければならないが、山を下りると、修行の厳しい比叡山へはふたたび戻ろうとしないで、他の宗に転じてしまう者が続出することになった。そこで、比叡山にも戒壇を設けてこのような事態を防ごうとした、というのである。

 確かにそのような面があったのも事実であるが、それだけならば従来と同質の戒壇を比叡山に設けるということでよいはずである。それをあえて大乗戒壇を主張したのには、しかるべき的な根拠が考えられなければならない。


 即身成仏とは、文字どおりこの身このままで悟りをひらいてになること。密教修行の目的とするところであり、具体的には『金剛頂経』にみえる五相成身観(ごそうじょうしんかん)などの行法がある。しかし、それを最も理論的に体系づけたのは空海の『即身成仏義』であろう。『即身成仏義』は短い著作であるが、即身成仏の問題を軸に、いわば空海の密教理論の集約ともいえるものである。


 ここでは平安初期の最澄・空海につづくものとして、円仁・円珍・安然(あんねん)などによる天台の密教化について簡単に触れておきたい。既述のように、国家や貴族が求めたものは何よりも加持祈祷といわれ、密教の呪術的な面で、最澄にはその点が欠けていた。そうした外的な面だけでなく、空海がもたらし、発展させた新しい教の魅力を知って、最澄の後継者たちは自分たちもその要素を学び、採り入れる必要を強くじたであろう。ここに円仁などによる大胆な天台の密教化がはじまる。それは台密とよばれ、真言宗東密東寺を中にするので、こうよばれる)にくらべられる。


 ただし、インド以来の経典では、末法は出てこない。また、正法像法というのもあくまで正しい法、正しい法に似たものということで、直接には時代を味する概ではない。

 中国において、はじめてそれらが時代をあらわす概に転ずるとともに、末法が加わって三時説が成立することになる。(※最も早く「末法」の語が見えるのは、〈515-577〉の『立誓願文』である)


『往生要集』といえばその巻頭の地獄の描写があまりに有で、ダンテの『神曲』にもくらべられる。それによると、地獄には8種類ある。等活・黒縄・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱・無間の八つである。


 インドの大乗教は紀元前後頃起こったが、その源流として崇拝があったといわれる。ブッダの死後、ブッダを敬愛する信者たちはその遺骨をストゥーパ)に納めて供養し、は信者たちの信仰運動のセンターとなってゆく。ところが、やがて死せるブッダの崇拝に対する不満から新しいが出てくる。それが大乗教運動で、その一つに現在他方の信仰がある。すなわち、確かにこの世界ではブッダは亡くなったが、この世界と別の世界が無数にあり、そこでは現在でも別のブッダが活動しているというのである。阿弥陀極楽浄土の信仰はその代表的なもので、大乗教として最も早い時期に成立したと考えられている。


本覚」という語はもと『大乗起信論』にはじまるもの


 そもそも「本覚」という考え方自体が、もともとのインドの教にはなかったものであり、異端的な質をもっているということもできる。


 悟りとは、何か別の次元に移るわけではなく、この世界の認識の展開であるから、いわば、存在論ではなく認識論が問題になっているということもできよう。


 自体はもともとインドに由来するものであるが、中国・日本へと渡ってゆくうちにさらにいっそうの展開を示すようになる。その一つは、凡夫からにいたる距離を圧縮してゆく傾向である。そして、現世においての悟りに達することができるとされるようになったのが、密教の即身成仏であり、禅の頓悟(とんご)である。また、衆生から草木にまでおよぼしたのが、先にもふれた草木成である。


 天台の本覚の特徴はどこに見いだされるであろうか。まず注目されるのは、それが本門と結びついていることである。


 建久9年(1198)は、日本の教史上忘れることのできない年である。鎌倉幕府ができて数年と経たないこの年、新教の旗手たる法然栄西がそれぞれ主著『選択本願集』と「興禅護国論」を著して自らの主張を明らかにしているのである。もちろん、彼らの主張は突然現れたわけではなく、先駆者としての模索を形づくられたものであった。


 戦国時代末期には、一向一揆の拡大や京を舞台とする法華一揆の展開が大いに大たちの肝を冷やし、宗教勢力にいかに対処するかが天下統一のうえでの重要な課題となった。とくに暴力的手段に訴えて一気に教勢力の壊滅をはかったのは天下を統一した織田信長であった。


(西欧における中世から近世へのの転換)

 第一に、神中から人間中の世界観へと転換した。このことはすでにルネサンスに顕著であるが、哲学の世界では、17世紀にデカルトが現れ、「我う故に我あり」と主張して、根本原理を神から人間の世界へと引き下ろした。また、世俗からの超越に優位を置く価値観から世俗に重点が移された。例えば、宗教改革においても修道院キリスト教から世俗のキリスト教へという傾向が顕著にうかがわれる。

 第二に、神学的世界観から科学的世界観へと転換した。これも、世界を超越した原理をもとめる立場から、現実の世界のなかに原理を求める立場への転換という点で、第一点と深く関係する。

 第三に、価値観の多様化が指摘される。この点で大きな味をもったのは宗教改革であり、唯一絶対であったキリスト教界が分裂し、それぞれ相手の立場をも認めざるをえなくなった。また、地理上の発見はただちに西欧以外の非キリスト教価値観の承認には結びつかなかったが、やがて時代が下るとともに、キリスト教以外にも優れた宗教・があることが知られ、キリスト教の絶対が崩れることになった。さらにまた、科学的世界観の普及は無神論無宗教の立場をも生み出すことになった。


 幕府は諸宗対策の一つとして各宗の教学の振興をはかり、諸宗の法度(はっと)にもそのことが明記された。ここから諸宗では檀林・学林などといわれる僧侶養成の機関を各地に設置し、宗学研鑚の場とした。


(身池〈しんち〉対論を経た後の)寛文9年(1669)には不受不施派の寺請が禁止された。こうして不受不施派は寺院から追い出され、地下に潜ることを余儀なくされることになった。


 ふたたび不受不施派が公認され、再興するのは明治9年(1876)のことであった。


 キリシタン時代に日本にやってきた宣教師は、最初は日本の教が東南アジアの教と同じ起源をもつ宗教だと気がつかなかったほどです。

日本仏教史―思想史としてのアプローチ (新潮文庫)

2008-06-22

メタボリック改善のために手足を斬り落とす


 2011年度にプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化を目指し、2007年度から歳出カットが始まった。政府・与党の皮算用では、5年間で11.4〜14.3兆円の削減となる。この内、社会保障のカットは1.6兆円となる予定。つまり、後期高齢者だ、リハビリ民だ、姥捨て山だと騒いでいるが、更なる削減によって、お年寄りが現実にバタバタと死に始めることだろう。メタボリックを改善するために手足を斬り落とすような真似をしているのが、今の日本だ。


 もう少しまともな例えにしてみよう。昨年のサブプライムショックに端を発し、原材料の高騰(WTI先物市場にマネーが集中)などが相俟って、世界経済が冷え込んでいる。資源や食糧の多くを輸入している日本は往復ビンタを食らったも同然の有り様となった。「失われた10年」で企リストラを断行した挙げ句に、社会保障費がカットされるとあっては、将来に不安が増すばかり。つまり、国民の体温度はマイナスを示している。寒くなると身体が震える。それを通り越すと凍傷に侵され、手足の指・・鼻・頬の皮膚が壊死する。内臓がやられると命取りになるため、致死の低い部位から犠牲にしてゆくのだ。今後、一本の指が数千人の高齢者となるかも知れない。


 更に医師を減らした上で、今度は患者を病院から追い出そうとしている。それも、治る見込みのない慢疾患の患者を。政府・与党は、医療保険から介護保険へ高齢者を追い出そうとしている。更に二重三重の罠が仕掛けられていて、長く入院すると保険報酬が少なくなる仕組みまで既に実施されている。あからさまにお年寄りを殺すわけにもいかないので、病院が儲からない仕組みをつくったのだ。


 結局のところ、財政赤字を減らすために、「年寄りは死ね」「障害者は邪だ」という明快なメッセージを国は発信しているのだ。それだけではとどまらない。消費税アップという二の矢で完全にトドメを打とうとしているのだから、この国は「人殺し国家」といっていいだろう。それでも、身内に犠牲者が出るまで気づかないのが、フツーの国民だ。


 公明党議員、及び党員からの反論を求む。

小泉改革「真の継承者は与謝野馨」発言の波紋


 中川は増税の前に特別会計の積立金などを精査して“埋蔵金”を発掘せよと「小さな政府」路線で対抗する。飯島が中川を突き放し、与謝野に傾くのはポスト安倍政局の遺恨だけではない。先の講演で衆院選は来年9の任期満了選挙と占い、その前に福田が行き詰まり、民主党も巻き込んだ政界再編が避けられないと予測した。つまり、ポスト福田政局は自民党総裁選と言うコップの中の嵐で終わらず、衆院本会議での首相指選挙を決戦場に民主、公明両党も入り乱れて激動が襲うとの見立てだ。


清水真人 2008-03-12】

最新刊


随筆 すばらしき地球家族へ ふるさとの光


 池田誉会長の全国各紙への特別寄稿は毎回好評を博しており、各地で大きな反響を呼んでいます。このたび、多くの読者の方々のご要望にお応えして、各地の新聞に掲載された随筆から厳選。テーマ別に収録し、一冊のエッセイ集として刊行。それぞれの内容には、地域の有識者や各機関が進めてきた先駆的な平和への取り組みなどが紹介されており、地元はもとより、全国にも21世紀の進路を示す、新たな波動を生む書籍となりましょう。内外に希望と勇気を贈る一書として、ご友人への贈呈にも最適でしょう。



青春の道 新装改訂版 随筆 私の若き日の記録


 平成15年の発売以来、5年が経過し、今なお、全国の読者より動のお便りをいただいております。 中に「できれば、持ち歩きに便利で、コンパクトな大きさに!」とのご見も多く寄せられ、今回、そのご要望にお応えして、「新装改訂版」として、表紙デザインも一新して、ソフトカバーで読みやすくいたしました。著者の少年時代のい出や、青年教師として赴任した、関西創価学園での日々、そして、SGI会長の代として、世界を駆け巡る中でのエピソードを綴った、に響く、動の一書です。(())

2008-06-21

『わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか』多田富雄


 世界的免疫学者の悲鳴にも似た叫びである。小泉政権が不良債権処理のために、どれほど社会保障を打ち切ったことか。医療制度の崩壊も小泉政権が招いたものである。本書では公明党が大々的に推進してきた「パワーリハビリ」も非されている。今、振り返ると銀行を先に救って、後から国民に負担を強いているように見える。公明党の責任も看過できない。


 文章を書いて反論することが、一障害者の私にできる唯一の抵抗であった。本にまとめておきさえすれば、この医療史上の一大汚点は、実とともに後世に残る。私にはそれを書き残す義務があるとった。


 非人間的な制度改定から一年あまりの間、私は命がけで新聞や雑誌に論文を書き続けた。その間、私の病状は、前立腺癌の再発によって、予断を許さぬ状況が続いた。でもこれだけは言っておかなければならないと、不自由な体に鞭打ってキーボードに向かった。私を駆り立てたのは、不幸にして障害を負ってしまった、社会の最弱者を狙い撃ちにしたような、冷たく執拗な厚労省の制度改悪だった。

 書いて行くうちに、これが単に私のような中途障害者の人権を守る運動ではない事に気づいた。リハビリ打ち切りは、小泉内閣が相次いで実施した、医療費削減のための冷酷な改革の一例に過ぎなかった。障害者自立支援法や療養病棟の廃止といった、一連の非人間的な医療改革の矛盾が、ここに一挙にむき出しになった象徴的事件だったのだ。

 これを看過したら、社会の最弱者である、重い障害を背負ったものの人権は失われてしまう。これは、人命より経済を優先させた小泉内閣によって、推し進められた医療破壊のい象徴なのだ。これから起こるであろう、生命と人権を軽視した政策の前哨戦でもある。

 さらに、こんなことが堂々とまかり通る社会は、弱者を兵器で犠牲にする社会、戦争に突き進んでしまう社会に直結するといういが、不自由な体をキーボードに向かわせた。人の10倍はかかる、左手一本の困な執筆である。これだって、リハビリの訓練で可能になったぎりぎりの身体機能である。


 私は日新聞に投稿された原徳壽医療課長の反論に対して、すぐさま再反論を投稿したが、今度は担当のデスクに掲載を拒否された。同じ主題で同一人物が、何度もこの欄に登場するのはまずい、という見があったからという。前に仲介してくれた記者は、正義あふれた人物であったが、この時点から日新聞は、厚労省寄りの提灯記事を掲載するようになった印象が拭えない。それから何度かインタビューを受けたが、そのたびに陰で厚労省の図が働いているという印象は否めなかった。突然変節したのは、何らかの圧力が掛かったに相違ないと疑っている。


君は忿怒佛のように


 君は忿怒佛のように

 今こそ

 怒らねばならぬ

 怒れ 怒れ

 怒って 怒って 地上をのたうち回れ

 虐げられた

 しむ衆生のために


 君は

 血まみれの衣を

 ずたずたに引き裂き

 腰からぶら下げ

 仁王立ちになって睨む

 口からは四本の牙をむき出し

 血の混じった唾液の泡を吹きながら


 君は軍荼利夜叉明王(ぐんだりやしゃみょうおう)のように

 戦いの甲冑に身を固め

 火炎の光背に

 護るべきものを押し隠す


 あらゆる不正を暴く

 牛頭(ごず)明王の目を半眼に見開き

 君は身の丈六尺

 九頭龍(くずりゅう)明王となって現われ

 弱者を救い上げ権力者を

 喰らい尽くす鬼となって


 背中に真紅の火炎を頂き

 不動の知恵の

 蛇の巻きついた利剣を垂直に立て

 怒りに右目を中空に見据え

 左目は血の涙を流す


 馬頭(めず)権現には

 慈悲と愛をたたえながらも

 なおも君は忿怒佛として

 怒らねばならぬ

 怒れ 戦え 泣き叫べ


 時には阿修羅王のごとく

 赤子を貪り食い

 女を際限なく凌辱するが

 次の日には懺悔に

 地上をのた打ち回る

 また次の日は

 孔雀明王となって

 中空に布施をばら撒く


 君の

 何とでも呼べ

 悪鬼鬼神の類(たぐい)は

 いつでもこの世に現われるものだ

 血のような花弁を振りまきながら

 雪の夜を泣きながら彷徨う

 君は忿怒佛となって

 怒りに身を震わせよ


 私は今ほとんど泣きながらこれを書いています。左に写したものは、この間亡くなった世界的社会学者、鶴見和子さんの「予兆」と題された最後の歌です。鶴見さんとは、往復書簡集『邂逅』(藤原書店刊)でご一緒でした。まずお読み下さい。


 政人(まつりごとびと)いざ事問わん老人(おいびと)われ生きぬく道のありやなしやと


 ねたきりの予兆なるかなベッドより

 おきあがることできずなりたり


 彼女(鶴見和子さん)は大腸癌でまもなく亡くなりましたが、その前にリハビリを打ち切られ、とうとう起き上がれなくなった現実が深く影を落としています。直接の死因は癌でも、間接的にはリハビリ打ち切りがこの碩学を殺したのです。

 彼女も生前しきりに「小泉に殺される」といっていたそうです。


「効果のはっきりしないリハビリが長期にわたって漫然と行われている」という専門家の指摘が、今度の診療報酬改定の最大の理由として、何度となく繰り返されてきた。「高齢者リハビリテーション研究会」の専門家からの指摘であると繰り返し主張された。

 ところが、(2006年)1128日の衆議院厚生労働委員会で、社民党の福島みずほ党首の質問で、大変なことが明るみに出された。高齢者リハビリ研究会の議事録をどんなに詳細に読んでみても、そのような指摘は一度もなされていない。こんな大事な発言が議事録に載っていないのだ。その上180日の上限日数など、議論された形跡はない。

 政府参考人の水田邦雄保険局長は、「議事録には載っておりませんけれども、一般論として申し上げまして、委員が共通認識として持っていることであれば、それは最終報告書の段階で見集約、調整の段階でそれが報告書に盛り込まれるということはそれはあり得ることであろうし……」と歯切れの悪い答弁をしている。


 すでに全国保険医団体連合会が、昨年(2006年)9末から1128日までの2ヶ間、20都道府県の562の医療機関にアンケート調査した結果、脳血管疾患だけでも1万7000余人の患者がリハビリ医療を打ち切られていることがわかった。この数字から、全国の医療機関でリハビリ医療で切り捨てられた全疾患の患者を推定すると20万人を超すと考えられている。


 い出すのは、界と結びついて厚労省が行った「介護予防事」である。介護予防は、民間の団体が補助金を湯水のように使って、高額な機器をそろえ、要介護度の低い老人を無理やり一堂に集めて、「パワーリハ」と称する健康体操まがいの指導をした。

 リハビリの専門知識もなしに始めたこの事は、瞬く間に馬脚を現し、見事に失敗した。施設は今閑古鳥が鳴いて、高額な装置は埃をかぶっている。リハビリ医学の常識を無視した施策は、税金を使って者を潤わせただけの事となった。

 理も科学的根拠もなしに、日数だけで患者を振り分けて、とりあえず介護保険に誘導する。それに必要な高額な予算は、新規事として認める。介護予防の二の舞になりかねない。

 設備も人員も、新設には金がかかる。そこに群がる介護者には事欠かない。新たな利権が生まれる。

わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか

『ヒトデはクモよりなぜ強い 21世紀はリーダーなき組織が勝つ』オリ・ブラフマン、ロッド・A・ベックストローム


「スー族には、ある程度、中央集権的な政治制度があった。征服者に対して短い期間、見事に抵抗したけれど、実際には10年もたなかった。ところがアパッチ族は、何百年も征服されることなく戦い続けた」。アパッチ族が生きのびたのは、「政治権力を分散して、なるべく中央集権を避けていた」からだという。


 アパッチ族には、他の部族における首長にあたる存在の代わりに、ナンタンと呼ばれる精神的および文化的な指導者がいた。ナンタンは行動で規範を示すだけで、他者に何かを強要する権限は持たなかった。部族のメンバーは、ナンタンに従いたいから従うのであって、強制されたからではない。史上最も有なナンタンの一人が、アメリカ人を相手に何十年も部族を守ったジェロニモだった。ジェロニモは軍隊の指揮をとったわけではないが、彼が一人で戦い始めると、周囲の者もついて行った。「ジェロニモが武器を手にとって戦うのなら、たぶん、そうするのがいいんだろう。ジェロニモは今まで間違ったことがないから、今度も、彼といっしょに戦うのがいいだろう」というわけだ。ジェロニモについて行きたければついけ行けばいいし、行きたくなければ、行かなくていい。一人ひとりに権限があるので、それぞれがやりたいようにする。「するべきだ」という言葉はアパッチ族の言語に存在しない。「強制する」という概は、彼らには理解しがたいものだ。


ヒトデはクモよりなぜ強い 21世紀はリーダーなき組織が勝つ

『国家の自縛』佐藤優


 不作為ですよ。今の日本外交の一番の問題は不作為なんです。余計なことを背負い込むのは嫌だと。だから私はまだ外務省の処分を受けていない。処分するには弔問しないといけない。聴聞になった場合、マスコミに公開した形で行うということを代理人(弁護士)を通じて外務省に申し入れた。そこで私は今まで黙っていたことを話す。そう伝えたら外務省は処分について一切言ってこなくなりました。


(拉致問題の解決を命ぜられたら)先に述べたように、拉致問題は国家主権と人権の複合した問題です。中国は国家主権の点についてはわかるが、人権の味合いはわからないからです。だからこのオペレーションのパートナーになりません。さらに、ロシアにとって北鮮の存在は死活的に重要ではないが、延辺に鮮人自治区を抱える中国には死活的に重要です。死活的に重要な問題に関して人や国は目が曇るんです。ロシアと中国の方が北とのパイプは太いが、本当のことを教えてくれるかどうかということになると、ロシアの方が教えてくれる可能が高い。だからロシアを使います。


 実は私の見立てでは、中国で初めて中華ではなく、中国史における中国民族という、欧米でいうところの民族ができていると。ネーションビルディングが行われていると見ているんです。これは産化と一緒に起きてるんです。産化で流動が担保されるときに統一の空間というのが出てくる。結論から言うと、その時に「敵のイメージ」というのがとっても重要になるんです。

 チェコ人ができる時にはドイツ人を敵とする、「敵のイメージ」があり、ポーランド人が形成される時にはロシア人を敵とする、「敵のイメージ」があるんです。ロシア人がロシア人という識を草の根から持つのはナポレオン軍との戦争を描いたトルストイの『戦争と平和』が流行ってからですよ。ロシアではナポレオン戦争を祖国戦争と呼び、第二次世界大戦を大祖国戦争というんですね。「敵のイメージ」ができることによって民族ってできてくるんですよ。

 中国で今回初めて、内陸部を含めて本格的な産化、近代化が始まった。その中で日本は「敵のイメージ」を付与されてしまっているように私には見えます。だから中国との関係はなかなか良くならない。これを冷静に認識した方がいいといます。


 どういうことかと言うと、中華人民共和国になってから略字を大幅にとり入れる文字改革が断行されましたよね。どの国でも文字改革というのは、前の歴史との連続を切断するために行うんです。ですから、中華人民共和国で標準的な教育を受けている人間は、戦前の文献、古代の文献が読めないんですよ。

 ナチスのヒトラーも1930年代に文字改革してヒゲ文字のドイツ語をやめてしまった。これは19世紀と20世紀のドイツの高度な哲学的、的な遺産を労働者から切り離してしまうのが目的でした。同じように、ボルシェビキ以降のソ連・ロシアもやはり文字改革をして帝政時代の文字を読めなくしてしまった。新しい文字によって情報空間を隠蔽してしまうんですよ。これに逆らった者はみんな強制収容所に送られました。


 歴史とは死者と生者が連続しているという物語で、この物語を維持する仕組みを失ってしまえば、国家も歴史も崩壊する。戦没者顕彰ナショナリズムを維持する上での不可欠の機能で、私の理解では、靖国神社は戦没者を慰霊するというよりも顕彰する場所なんですね。


 ナショナリズムは一種のウイルスなんです。近代以降、このウイルスが人類に蔓延している。高度に産が発達した国家に生きている国民で、ナショナリズムというウイルスに染していない人はほとんどいません。このウイルスは通常は外部社会と極端な軋轢はもたらさない国際協調的愛国主義(パトリアティズム)という形で現れるんですが、ボタンを少しばかり掛け違えると排外主義に転化してしまうんです。


 率直に言いますが、私は「国家の罠」にとらわれている。神とか愛とか平和という「究極的な価値」は国家や経済という「究極以前の価値」を通じてしか実現できないと私は考えているんです。


 小泉さんはドイツでシュレーダー首相と一緒にワーグナーを聴いたんですが、外務官僚はなんでこれを止めなかったんだとうんですよ。ワーグナーとナチス・ドイツは一体で、ナチスの党大会でもベルリン五輪でも演奏されましたよね。イスラエルで一度ワーグナーが演奏されたら国を割る大変な議論になった。それを日独の首相が一緒に聴くことを世界はどう受け止めるでしょうか。恐ろしいのは、それが非の対象にならなかったことなんです。

 これはどういうことか。日本はプレーヤーとして認知されていないということなんです。これをアメリカの大統領がやれば次の選挙で落ちます。フランスの大統領がやれば国論を割る大問題になります。問題は全世界のユダヤ人たち、そしてイスラエルの人たちが日独首相の行為をどう受け止めているかということなんです。2005年はアウシュビッツ解放60年でもあるわけで、日本人はそのところのいを理解しなければいけない。


《佐藤氏は東京拘置所の独房での512日間の拘留中にも索を続けていた。読破した書籍は約160冊に及び、60枚綴りの「研究ノート」約63冊を書き上げ、毎日のように弁護団にしたためていた手紙は400字詰め原稿用紙に換算して5000枚にも達した》


 この(ハイエク型新自由主義)モデルには大きな前提があるんです。それは経済が持続的にどんどん、どんどん成長していくっていうことなんです。これは結論から言うと無理です。とくに非常に深刻な問題は、中国人が肉を食べ始めたからです。どういうことか言いますと、不議な法則があって、肉を食べることを覚えると、人間は絶対にその味を捨てることができないんです。人口13億の中国人が肉を食べ始めるようになったということは世界のエネルギーの消費量が今後ぐんぐん、ぐんぐん上がっていくことを味するんです。これは産社会じゃないとできない。産社会というのは資本がどんどん、どんどん膨れ上がっていく傾向がある。これが続くと成長の限界に突き当たり、そこで無理をすると人類が本当に食べていけない時代が来てしまいます。持続的成長は無理だという大前提からスタートしなくてはならない。

国家の自縛

2008-06-20

桂林の絶景


 中国写真界の第一人者として著な李亞石氏の写真。

『老人介護 じいさん・ばあさんの愛しかた』三好春樹


 一般に、育ちのいい、労をしていない人は、素直で率直だが、デリカシーというものに欠ける。悪気がないだけに始末が悪い。


「十八のときに嫁にいったんですの。でも3カで帰されたんですの。未だにその理由がわからないの」

 失礼ながら、本人以外はみんなわかっているその謎を解かぬまま、岡田マサさんは亡くなった。岡田マサは最後まで岡田マサであった。


 人間が丸くなるどころか、人格が完成するどころか、年をとると個が煮つまるのだ。真面目な人はますます真面目に、頑固はますます頑固に、そしてスケベはますますスケベに。

 私は自分の中に抱いていた勝手な老人像を打ち壊されたが、なぜかホッとしていた。人間、最後にこんなに個的になるのなら、若いうちから個的に生きていけばいいじゃないか、そうったのだ。


 私はこの過程を見ていてった。まごころ、なんてものは通じない、と。いや、正確にはこういうべきかもしれない。本当のまごころが相手に通じるということは、とてもきれいごとじゃないんだ、と。

 自分の“まごころ”で相手を変えてやろうという、その“図”そのものが、老人の反発を呼ぶのである。そこには、今あるがままのあなたは、本来の人間の姿ではないから早く人間らしい人間になりなさいよ、という、自分の人間観、老人観へ相手を誘導し閉じこめようとする気持ちが無識のうちにあり、それが老人のを開かせないのだ。


 病院からやってくる老人がオムツになっているのはやむを得ないものだとっていた。なかには“神経膀胱障害”なんてしそうな病がついたりしたから、オムツは老人の病気のせいなのだとわされていた。

 しかし、平さんにはなんの病気もなかったではないか。ただ、高すぎるベッドと、トイレにいけないならオムツという貧困な介護状況、というより介護の不在が、彼女を尿はおろか、おしっこがオムツに出ているかどうかもわからないような状態に追いこんだのである。これは“神経膀胱障害”でもなんでもない。原因は“神経”ではなく“ケアなき看護”ではないのか。私はそれ以来、“看護因膀胱障害”こそ、老人のオムツの原因であると考えるようになった。


 私たち、現場のシロウト集団の開き直りが始まった。病院では私たちシロウトには治せない病気を治し、命を救うことはできる。だが命を救っただけではそれは“生きもの”にすぎないのではないか。その“生きもの”が“人間”になること、つまり、目が輝いてきて自らの体の主体になることについては、病院という場はじつは無力ではないのか。いや、むしろそれを妨げているのではないか。私たちは命を救うことはできない。だが、ただ生きているだけの人や、生きていくのをやめようとっているような人に、もう一度笑顔を取り戻させることならできるかもしれない。


「ナースコールで呼んでも誰もきてくれん。それでおしっこを失敗するとものすごく怒られた。それでオムツをあてられて、気持ちが悪うて手で外すと、こんどは手を縛られてしもうと、情けのうて」

 すっかり落ち着いたあとに、池田さんが語ってくれた老人病院での体験である。ちなみに彼女、私たち3人が病院へ入所前訪問をしたときのことは、何も覚えていなかった。


 もちろん、すべての病院が老人をダメにしているわけではない。そして特別養護老人ホームならどこでも老人をイキイキさせているかというと、それもとんでもない話だ。

 ある病院の医師看護師が「近所の特養ホームに入所させると、あっという間に寝たきりになってしまう。いったいなんのために病院で治療したのか」と嘆いているという話もいくつも聞いたことがある。介護の不在は病院だけではなく、老人施設でも同じことなのである。

 それにしても病院はどうにかならないのか。よく医療専門家は「高齢のため適応力に乏しく」なんて高齢者のケース報告をしているが、適応力に乏しいのは病院のほうではないか。病院こそが老いへの適応力を欠いているのではないか。


 ナイチンゲールには『病院覚え書』という本もある。その書き出しはこうだ。「病院がそなえているべき第一の必要要件は、病院は病人に害を与えないことである」。なぜなら、とナイチンゲールは続ける。「病気のうちの多く、それも致命的な病菌の多数は病院内でつくられるからだ」と。

 これを彼女はなんと“病院病”とさえ命しているのだ。これらは、染症に対する知識がまだ乏しかったナイチンゲールの時代にだけあてはまるのでは決してない。むしろ、現代の老人をめぐる状況を予言していたのではないかとえるほどである。


 世の中は、下から見るとよくわかる。少なくとも、上からや横からは見えないものが見える。なぜなら、人は上に対してはいい顔を見せようとするが、下には無警戒にその素顔や本音を見せてしまうからである。


 日本看護協会は看護週間に“看護のをみんなのに”というなんとも厚かましいというか能天気な標語を使っているが、私は、「みんなが平気で手を縛り出しちゃ怖いじゃないか」なんて書いたことがある(『専門バカにつける薬』筒井書房)。介護職から見れば大多数の看護師とは、白衣の天使でもなんでもなく、“老人の手足を平気で縛る人”なのである。


 まず、入所してくる老人たちの大半が、リハビリテーションの対象とされないまま退院、入所に至っていたのである。脳卒中で倒れて入院しても、リハビリの対象となるのは若い病人だけで、高齢者は相手にしてくれないのだ。なにしろ、“老人の”と銘打ったリハビリ専門書に“リハビリ疎外因子”として“高齢”と書かれていたくらいである。つまり、若くてやる気があり、家族も回復を待ち望んでいる患者に行うのがリハビリテーションであるらしい。そのレールに乗らない人、たとえば高齢で、家族も待ってはおらず、当然ながら訓練欲も出てこないどころか、生きる欲すらなくなっている人はリハビリに適応しないということだ。

 私たちから見れば、そんな人こそ、リハビリテーションの対象にすべきだとうのだが、ある大病院のリハビリ専門医はこういった。「そんな人を対象にすると治癒率が下がる」と。彼の頭の中では学会で発表するデータばかりで、目の前の患者はその手段でしかないらしい。老人はその手段にすらしてもらえない。


 ところが、彼ら(PT、OT)は老人を知らない。当然ながら、彼らはリハビリの専門家ではあっても、老人についての専門家ではないのである。だから、既成のリハビリというレールに老人を乗せようとするのだが、そうはいかない個のかたまりが老人なのだからうまくいくわけがない。(中略)リハビリという専門が、老いへの適応力を欠いた代物であることを暴露してしまったのだ。


 老人が動かないよう手足を縛る安静看護。それが誤りだといって出現してきたリハビリテーションが、こんどは老人を無理矢理動かしている。やれやれ、と私はためまじりにう。安静看護にせよ、リハビリにせよ、老人は専門押しつけられる対象でしかないじゃないか、と。ちっとも、老人が主体として登場していないのだ。


 もちろん、これはこっちの勝手な深読みかもしれない。でも、日本人はこうした屈折したかたちで主体を発揮することが多いのである。“自己決定”なんかを待っていたら、訓練はもちろん、風呂にだって年中入らない老人ばかりになってしまう。そこで、私たちは老人の主体を引き出すために、自分の主体も発揮する。ときにそれは強引にもなるが、こちらの主体と老人の屈折した主体がクロスするところで、やっと介護が成り立つのだ。


「立ったよ!」と面倒臭そうに丸岡さんがいう。「立ったらこんどは歩いてみて」と私。またブツブツいいながらも、丸岡さんは危なげもなく歩き出す。そして、平行棒の端まできて「歩いたよ!」とまた無愛がする。私が「じゃこんどは向きを変えて帰ってきて」といったときに丸岡さんが返したコトバで、訓練室中の老人が大笑いとなった。

「帰らすくらいならいかさにゃええじゃない」

 丸岡さんはそれ以来、施設内の人気者になってしまった。訓練室にいた“三人娘”が「あの笑わんばあさん面白いで」といって歩いたのである。」


 人間関係の喪失によって作られたものは、人間関係によって治癒するのが原則である。化学物質、つまり薬によって治そうというのは、なんとも知恵のないやりかたではないか。


 よくいわれることだが、認知症の症状はその人にとって近しい関係の人にこそ強く表れる。だから、家族にとってはかなわない。それは、近しい人だからこそ、何かを必死に求めていることの表れなのだが、こんなときには家族という濃厚な関係からいったん離れることが必要なのである。


 ボケ老人を一人見るのは大変である。だから家族は疲れ果てる。でも二人になれば、会話にならない会話が成立する。ボケ老人同士の共的世界が成立するのだ。三人で秩序ができあがり、五人で誰がボケているかわからなくなる。

 認知症老人へのアプローチは、老人そのものを対象とした治療から、老人のまわりに人間関係を作り出していく“関係づくり”へと方向を転換していくのである。


 老いの味とは何だろうか。進歩主義という宗教の中に入っていると、老いも死もあたかも存在しないかに見えた。高度経済成長の時代、人々は進歩を求めて都会でがむしゃらに働いた。ある日突然、田舎に残してきた親が倒れ、この世代は初めて老いの問題に直面した。そして今、自分たちの老いを迎えるに至った。高度成長を支えた世代を襲った自らのアイデンティティを突き崩すショックが二つあった。一つはオイルショック。もう一つが「老いる」ショックである。


 医学書を開いてみる。老いについての記述はすべて「能力の低下」として記述されている。誰にくらべて? 若い世代にくらべてである。理学の本を読んでみる。老人の理的特徴もこれまた「低下」と悪口のオンパレードである。誰にくらべて? 若い世代にくらべてである。つまり、老いは常に若い世代との比較で語られるのである。ちょうど諸民族がヨーロッパにくらべて、すべてが遅れていると断じられたように。これが「自世代中主義」でなくてなんだろうか。

老人介護じいさん・ばあさんの愛しかた (新潮文庫 み 37-2)

2008-06-19

街の変化


 店が潰れている。うちの近所の大通りでは、コンビニまでが潰れている。大きな蕎麦屋も知らぬ間に潰れていた。先日、私の取引先も潰れた。事自体は拡大していたのだが、資金繰りが追いつかなかったようだ。窓口になっていた取締役が同郷の方だっただけに、残極まりなかった。2ヶ分のコミッションがパーになった。所謂、不良債権。私の実では、消費税を上げる状況にはない。今、税負担が増えれば、国民の体温度はぐっと下がり、景気はより一層冷え込むことだろう。「経済優先」を非していた往時が懐かしくい出される。経済優先じゃなくなったら、このザマだ。今の日本は、「国民にたかる国家」と化しつつある。

自殺、10年連続3万人超 うつ病原因、最多6000人


 2007年中の全国の自殺者が3万3093人となり、1998年以来、10年連続で3万人を超えたことが19日、警察庁のまとめで分かった。07年は03年に次ぐ過去2番目の多さで、特に全体の3分の1以上を占める60歳以上の自殺者数が過去最多を記録した。原因・動機別では「うつ病」がトップだった。

 警察庁によると、昨年は全体で前年に比べ938人(2.9%)増加。年代別では60歳以上が前年比8.9%(987人)増の1万2107人で、50歳代の7046人、40歳代の5096人がこれに次ぎ、中高年の割合が高い傾向は変わらなかった。男が前年同様、全体の約71%を占めた。

 警察庁は06年に自殺対策基本法が制定されたのを受け、原因・動機に関する側面を中に「自殺統計原票」を改正。昨年発生の自殺からは、遺書や診断書、ネット掲示板への書き込みなどを基に、より詳しい原因(複数計上)を記録する方式に切り替えた。

 この結果、具体的な原因が判明。「うつ病」が原因と判断された人は約18%に当たる6060人、「身体の病気」が5240人、「その他の精神疾患」が1197人で、原因・動機が特定できた2万3209人のうち「健康問題」が過半数を占めた。

「経済・生活問題」では、「多重債務」が1973人と最多だった。また、「借金の取り立て」と「自殺による保険金支給」が原因で合わせて320人が自殺した。

 職別では、学生を除く「無職」が全体の約6割を占めた。このうち、単なる失ではなく、病気などで職に就けない人のケースが9528人(約29%)、生活保護年金・雇用保険生活者は4982人(約15%)に上った。


【中日新聞 2008-06-19夕刊】

眼は脳の一部


 視覚は神経疾患の影響を受けることが多い。それどころか眼は、実は脳の一部なのだ。


【『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・シトーウィック】


 ということは、「開目抄」は「開脳抄」とも考えられる。

2008-06-18

「六甲のおいしい水」不当表示、成分説明に根拠なし


 公正取引委員会は17日、「ハウス食品」(大阪府東大阪市)の「六甲のおいしい水」(2リットルボトル)について、六甲山系の花こう岩のミネラル成分が含まれているとのラベル表示に根拠がなかったとして、同社に景品表示法違反(優良誤認)で排除命令を出した。

 同社は公取委の調査を受けて、今年1から表示を取りやめている。

 同社は2004年11から、2リットルボトルの製造を、六甲山系のふもとにある神戸市灘区の工場から同市西区の工場に変更。西区の工場は、六甲山系の花こう岩質から7キロ離れ、透水の低い粘土質の地層などに遮られており、公取委は、くみ上げた地下水に表示通りの成分が含まれている可能は低いと判断した。

 同社によると、不当表示期間と指摘された05年1〜08年1の同商品の売り上げは575億円。公取委は、排除命令を出した商品の売り上げとしては過去最高としている。

 同社は「商品表示の適正化に、より厳格に対応していきたい」としている。


【読売新聞 2008-06-17】

消費税上げは不可避=「決断の時期」と強調−福田首相


 福田康夫首相は17日午後、都内で主要8カ国(G8)通信社のインタビューに応じ、消費税について「日本は世界有数の高齢化社会だ。その国が5%でやっている。だからこれだけ財政赤字を背負っている。その辺のところを決断しないといけない。大事な時期だ」と述べ、税率引き上げは不可避との認識を表明。決断の時期を探っていることを示唆した。

 今秋の税制抜本改革では、首相が打ち出した道路特定財源の一般財源化の具体化が課題となる。加えて、基礎年金の国庫負担割合を3分の1から2分の1に2009年度から拡大するため、消費税を含む幅広い検討が必要となる。首相の発言は消費税増税を排除せず、本格的に議論する向を示したものだ。

 首相は同時に、「国民世論がどう反応するか一生懸命考えている」と述べ、世論の動向を慎重に見極める考えも示した。首相は一般財源化に当たって、少子高齢化や環境問題への対策を重視するとしている。首相としては、こうした方針を貫くことで消費税上げに国民の理解を得たい考えとみられる。


時事通信 2008-06-17】

2008-06-17

『見よぼくら一戔五厘の旗』花森安治


 素晴らしい本だった。「言葉の勁(つよ)さ」にぐいぐいと引き込まれた。私が育った札幌と、青春期を過ごした江東区のこと(東京大空襲)が歌われていて驚いた。B5版で3段組、写真も豊富。


 鮭の一生で、もっとも壮絶哀切をきわめるのは、ふるさとの川をのぼるときである。

 鮭が、じぶんの生まれた川を上ってゆくのは、そこで結婚するためであり、その初夜があけた、まちがいなく、死ぬためである。

 それは、鮭の生涯のうち、もっとも花やかなフィナーレであり、そのフィナーレは、突如として、一切の歌も踊りも停まり、まっくらな中に、ぶざまな幕が下りて、終りを告げるのである。


昭和39年12


 理の星をかかげた旗は、あっけなく下ろされてしまったが、このみじかい年に、開拓使がこの町に残していったいちばん大きなものは、ひろい道路でもなく、大きな官営工場でもなかった。

 札幌農学校である。

 開拓の中は、学問である、この考えが開拓使の方針をはっきりとつらぬいていた。

 その学問と技術の底に、〈精神〉をたたきこんだのが、初代教頭クラークであった。

 クラークは、明治10年4、ようやく雪のとけようというころ、札幌を去ってアメリカに帰った。札幌からおよそ25キロの島まで、学生たちは馬に乗って、見送っていた。

 いよいよ別れるとき、クラークは、学生たちに手をふって、いった。

 Boys(ボーイズ)

 Be Ambitius!(ビ アンビシャス

(諸君、

 理をつらぬこう)

 このみじかい一言は、学生たちのに火矢となってつきささった。クラークの点じたその火は、燃えて、生涯消えることはなかったのである。

 その一期生に、佐藤昌介(しょうすけ)、大島正健(まさたけ)ら、二期生に内村鑑三、新渡戸稲造、宮部金吾、町村金弥らがいた。


昭和39年2


 かつて、寒風にりんれつと鳴ったあの壮大な歌は、もうどこにも聞かれなくなった。

 この町は、歌うことをやめた。

 旗音はやんだ。

 理の星は消えた。

 かつて、かがやかしい理をかかげて立っていた時計台は、小ざかしい夜間照明に残骸をさらし、その破風(はふ)に星が打たれてあることさえ、しらぬ人がふえた。その鐘の音は、すさまじいトラックの騒音にかき消されて、きくすべもない。

 かつて、若い情熱をたぎらせ、新芽を空にのばした北大のポプラ並木は、枯死寸前、観光客の失笑のまえに、老残の身をさらしている。

 これが、札幌なのか。

 これが、かつて新しい町づくりの夢を託した札幌なのか。

〈理〉という言葉は、色あせ、汚れ、たれもかえりみなくなった。〈理〉なき人間が、したり顔で国つくりをいい、人つくりを説いている。

 そして、札幌は、いま泥まみれの盛装に飾られ、花やかな挽歌につつまれて、東京ご都合主義の指さす道を、歩こうとしているのだ。

 札幌よ。

 その鉛いろの空とビルの上に、

 いま一たび、新しき旗をかかげ、

 りんれつと寒風に鳴らしめよ。

 札幌よ。

 いま一たび、ここにかがやかしき星をかかげ

 りょうりょうと北風に歌わしめよ。

 老人すでに黙すとあれば、

 若き者たて。

 男子すでに志を失うとあらば

 女子立て。

 立って、日本にただひとつ、

 ここに、理の町つくりはじまると

 世界に告げよ。

 Boys and Girls,

 Be Ambitius!


昭和39年2


 あの夜にかぎって

 空襲警報が鳴らなかった

 敵が第一弾を投下して

 七分も経って

 空襲警報が鳴ったとき

 東京の下町は もう まわりが

 ぐるっと 燃え上っていた


 まず まわりを焼いて

 脱出口を全部ふさいで

 それから その中を 碁盤目に

 一つずつ 焼いていった

 1平方メートル当り

 すくなくとも3発以上

 という焼夷弾

〈みなごろしの爆撃〉


 三十日午前零時八分から

 午前二時三七分まで

 一四九分間に

 死者8万8793

 負傷者11万3062

 この数字は 広島長崎を上まわる


 これでも ここを 単に〈焼け跡〉

 とよんでよいのか

 ここで死に ここで傷つき

 家を焼かれた人たちを

 ただ〈罹災者〉で 片づけてよいのか


 ここが みんなの町が

〈戦場〉だった

 こここそ 今度の戦争で

 もっとも凄惨苛烈な

〈戦場〉だった


【「戦場」 昭和43年8


 戦争がだんだんはげしくなってきて、これは、敗けるかも知れないという重しい気持が、じわじわと、みんなのをしめつけはじめるころには、もう私たちのから、〈美しい〉ものを、美しいと見るゆとりが、失われていた。

 燃えるばかりの赤い夕焼を美しいとみるかわりに、その夜の大空襲は、どこへ来るのかとおもった。さわやかな明を美しいとみるまえに、折角の灯火管制が何の役にも立たなくなるのを憎んだ。

 道端の野の花を美しいとみるよりも、食べられないだろうかと、ひき抜いてみたりした。


昭和44年4


 終戦のとき、なにかでみた一枚の写真を、ぼくはいまでもおぼえている。

 汽車であった。いっぱいの人がぶら下っていた。タラップにまで二重三重になって、それでもあふれた人たちが、機関車の前部にもぎっしりしがみついていた。

 ほとんどが女の人である。どろどろのモンペにリュックを背負い、包を下げていた。芋であろう。

 政府なんて、なんの役にも立たなかった。しかし、デモ行進などやっている余裕もなかった。ギロンしているひまに、家族の今夜の、あすの食べる分を工面しなければならなかったのである。

 女たちは、だまって、買い出しに出かけていった。ながいあいだ、吹きっさらしのホームで汽車を待って、家畜以下のざまで、運ばれていった。やっとのおもいで手に入れた50キロ70キロの芋を背負って、歩きつづけ、ぶら下りつづけ歩きつづけて運んだ。

 終戦直後、ぼくたちの飢え死を救ったのは政府でも代議士でも役人でもなかった。この機関車にすずなりになった異様な写真をみたまえ。ぼくらを飢え死から救ったのは、この人たち、ぼくらの母や妻や娘や姉だったのだ……


昭和38年5

一戔五厘の旗

久保田博二氏


 今日付の聖教新聞に寄稿が掲載されていた。先日亡くなったコーネル・キャパ氏を悼(いた)むもので、実に興味深い内容だった。ライカを片手に単身渡米した久保田青年は公私に渡って、コーネル氏に世話になったという。寡聞にして知らなかったのだが久保田氏は、何とあの「マグナム」の正会員だった。日本人では久保田氏一人である。柔和な風采が、どこかコーネル氏と似た雰囲気を醸(かも)し出している。私は偶然にも、日本橋・三越で開催された「キャパ&キャパ」展で、コーネル氏の姿を見かけたことがある。からご冥福を祈る。

アジアと食料―久保田博二写真集 アメリカの肖像―久保田博二写真集

2008-06-16

福知山市長選 現職高日氏ら破る


山氏が初当選


 任期満了に伴う福知山市長選は15日投開票され、元京都府教育次長の山正治氏(70)=無所属=が、現職の高日音彦氏(68)=無所属・自民党、公明党推薦、民主党京都府第五区総支部支持=、共産党中丹地区委員会委員長の大槻公一氏(54)=共産党公認=を激戦の末に破り、初当選した。同市で助役経験者以外の市長誕生は54年ぶり。

 三和、夜久野、大江の旧3町との合併後初の選挙。市立市民病院をめぐる汚職事件の真相解明と再発防止、大型事の是非、地域活化を主な争点に舌戦が繰り広げられた。

 山氏は教師時代の教え子らによる支援団体を中に訴えを広げる地道な選挙戦を展開。汚職事件の徹底糾明や「住民参加型の市政への転換」を呼び掛け、支持を広げた。

 高日氏は1期目の実績を訴えたが、汚職事件への批判などが影響し、及ばなかった。大槻氏も立候補の出遅れなどが響いた。

 当日の有権者は6万4689人。投票率は58.82%。


開票結果(選管最終)

 当 15907 山 正治 無新

   15487 高日 音彦 無現

    6259 大槻 公一 共新


山正治氏(まつやま・まさじ)】京都府福知山市出身。東京大卒。福知山高教諭、府立海洋高校長、府教育次長など歴任。元市体協会長。日本ソフトボール協会副会長。70歳。福知山市川北。

2008-06-15

『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人』リチャード・E・シトーウィック


 1970年当時、この領域の研究(左右の脳の違い)ははじまったばかりだった。制御できない発作を起こすてんかん患者に、左右の脳をつなぐ部分(脳梁)を切断する手術が数多く実施され、その結果として研究が進んだのである。


 分離脳の患者のこのような検査から、言語は知的機能の一つにすぎないとわかる。私たちは長いあいだ、人間が言葉を話せるというただそれだけの理由で、言語が最高の能力であると傲慢に決めつけていた。しかし言語は数ある能力の一つにすぎないとわかった。私たちの理解や行動にかかわる能力のすべてが、言語とつながっている、あるいは言語で表現できるわけではないのだ。これは自分の個人的知識のなかに、内的考さえも立ち入れない部分があるという味だ。おそらくこれが原因で、人間はしばしば自分自身と争うのだろう。頭のなかでは、識が知りえないことも、起こっているからだ。


 視覚は神経疾患の影響を受けることが多い。それどころか眼は、実は脳の一部なのだ。


 本はみな、電子メールやそれに類した手軽な情報にはない、独自のリズムと一種の身体的な親密さをもっている。過剰なメディアはしばしば、情報と理解を混同する。追いまくられている気分のときに、本は奇跡のように、内省や熟考や精神的休のための時間を拡大してくれる。


 医師は集団として見たとき、政治家と同じくらいとらえどろこがなくなってきている。医師からじかに言を聞くのはむずかしい。機械が道具として、つまりは頭や覚の延長として使われるのではなく、頭や覚の代わりとして使われているからだ。患者は「検査結果がでるまで待ちましょう」と言われる。機械は「知識を通して」という味の診断(ダイアグノーシス)という言葉を――かつては人間の体と精神のなりたちについて、医師がもつ知識を示唆していた言葉を――崩壊させた。いまや「診断」は機械の結果がでるまで待つという味になった。私たち医師は、多くの場面で患者の満足のよりどころとなるのが、事実にもとづく知識や専門的技量ではないということを忘れてしまったようだ。


 創造は夢にでてくる神秘的なビジョンや、幸運な環境の結果ではない。創造と持続は同義なのだ。識的にせよ無識的にせよ、その問題についてたえず考えていると、偶然の出来事が解決の役に立つ可能が最大になる。


「異種覚連合の能力が言語の基礎であることは、ずっと以前から知られています。サルはこれができません。人間以外の動物で容易に確立できる覚と覚の連合は、快などの情動刺激と、視覚、触覚、聴覚といった非情動刺激との結びつきだけです。非情動刺激を二つ結びつけられるのは人間だけです。だからこそわれわれは、物に前をつけられるのです」


 サルは非辺縁系の覚を二つ、連合させることができない。人間はそれができる。そしてそれが、ものに前をつけ、より上位の抽象化のレベルを進んでいく能力の基盤となっているのだ。


 共覚は、いつでもだれにでも起こっている神経プロセス識がちらりとのぞき見ている状態だ。辺縁系に集まるものは、とりわけ海馬に集まるのは、覚受容体から入ってくる高度に処理された情報、すなわち世界についての多覚の評価である。


 コーンヒューバーの研究はほかの研究者によって追試、拡大されてきた。その結論によれば、各人が行動を決定する自由行為者であると私たちが信じているのは、いちがいである。そのような決定とは、決定を自覚するよりもずっと前に、自分自身の別の部分がどこかほかのところで開始した行動に対して、私たちがあたえた解釈である。つまり決定は、決定をするという考えを自覚する前になされているのだ。「私たち」が糸を引いているのではないなら、だれが、あるいは何が、糸を引いているのか? 内省でははかりしれない未知の部分、というのがその答だ。


共感覚者の驚くべき日常―形を味わう人、色を聴く人

スッタニパータ:バラモン少考


 昨日、アップした中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』についての少考。直ぐに書かなかったのは、青年部のためにならないとったから。


 スッタニパータとは、最初期経典と言われパーリ語で書かれている。ジャイナ教アートマン思想の影響も指摘されているが、最も釈尊の「生の」に近い教えであると考えられている。


 多くの学会員が知っているのは以下の箇所だろう。


650 生れによって〈バラモン〉となるのではない。生れによって〈バラモンならざる者〉となるのでもない。行為によって〈バラモン〉なのである。行為によって〈バラモンならざる者〉なのである。


 先生のスピーチで何度も引用されている。ところが、章の全体を読むとイメージが劇的に変わる。


 学会活動風に言えば、ヴァーセッタ青年が友人のバーラドヴァーシャ青年と対話をしたが、中々決まらない。そこで、釈尊の下(もと)へ連れ出し、めでたく折伏が決まった格好になっている。ところが、そうじゃないんだよな。


 まず、ヴァーセッタ、バーラドヴァーシャ両君は真摯な対話をしていた。一方がものを教え、一方が教えられるといった関係は見られない。しかも、結論から言えばヴァーセッタ青年の主張が正しかったことになっている。ところが釈尊の説法を聞き終わると、二人がともに歓喜し、弟子としての決を述べるのだ。今時の青年だったら、「それみたことか、俺が言ってた通りだろーよ」となりかねない(笑)。付けて馬鹿雪駄青年。


 身口意の三業の中では身が最も重い。とは、関係の中で発揮されるものである。個人よりも家族、そして社会へと、より開かれた関係の中で影響力は大きくなってゆく。


 学会に入ったから、池田門下生だとったら大間違いだ。


 生れによって〈池田門下生〉となるのではない。生れによって〈池田門下生ならざる者〉となるのでもない。行為によって〈池田門下生〉なのである。行為によって〈池田門下生ならざる者〉なのである。

2008-06-14

『ブッダのことば スッタニパータ』中村元訳


第三 大いなる章


9.ヴァーセッタ

 イッチャーナンガラ村にヴァーセッタとバーラドヴァーシャという二人の青年がいた。


 かれらはたまたま次のような議論を始めた、「きみよ。どうしたらバラモンとなれるのですか?」


 バーラドヴァーシャ青年は次のように言った。「きみよ。父かたについても母かたについても双方ともに生れ(素姓)が良く、純粋な母胎に宿り、七世の祖先に至るまで血統に関しては未だかって爪弾きされたことなく、かって非されたことがないならば、まさにこのことによってバラモンであるのである。」


 ヴァーセッタ青年は次のように言った、「きみよ。ひとが戒律をまもり徳行を身に具えているならば、まさにこのことによってバラモンであるのである。」


[しかし]バーラドヴァーシャ青年はヴァーセッタ青年を説得することができなかったし、またヴァーセッタ青年はバーラドヴァーシャ青年を説得することができなかった。


 そして、ヴァーセッタ青年が釈尊のもとへ行こうとバーラドヴァーシャ青年を誘う。釈尊とのやり取りは「594」から始まるが、後半部分を記しておく。


620 われは、(バラモン女の)胎(はら)から生まれ(バラモンの)母から生まれた人をバラモンと呼ぶのではない。かれは〈きみよ、といって呼びかける者〉といわれる。かれは何か所有物のいにとらわれている。無一物であって執著のない人、──かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。


621 すべての束縛を断ち切り、怖れることなく、執著を超越して、とらわれることのない人、──かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。


622 紐と革帯と綱とを、手綱ともども断ち切り、門をとざす閂(障礙)を減じて、目ざめた人(ブッダ)、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


623 罪がないのに罵られ、なぐられ、拘禁されるのを堪え忍び、忍耐の力あり、の猛き人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


624 怒ることなく、つつしみあり、戒律を奉じ、欲を増すことなく、身をととのえ、最後の身体に達した人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


625 蓮葉(はちすば)の上の露のように、錐(きり)の尖(さき)の芥子(けし)のように、諸々の欲情に汚されない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


626 すでにこの世において自己のしみの滅びたことを知り、重荷をおろし、とらわれのない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


627 明らかな智が深くて、聡明で、種々の道に通達し、最高の目的を達した人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


628 在家者・出家者のいずれとも交わらず、住家(すみか)がなくて遍歴し、欲の少い人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


629 強くあるいは弱い生きものに対して暴力を加えることなく、殺さず、また殺させることのない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


630 敵ある者どもの間にあって敵なく、暴力を用いる者どもの間にあっておだやかに、執著する者どもの間にあって執著しない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


631 芥子粒が錐の尖端から落ちたように、愛著(あいじゃく)と憎悪と高ぶりと隠し立てとが脱落した人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


632 粗野ならず、ことがらをはっきりと伝える真実のことばを発し、ことばによって何人の情をも害することのない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


633 この世において、長かろうと短かろうと、微細であろうとも粗大であろうとも、浄かろうとも不浄であろうとも、すべて与えられていない物を取らない人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


634 現世を望まず、来世をも望まず、欲求もなくて、とらわれのない人、──かれをわたしはバラモンと呼ぶ。


635 こだわりあることなく、さとりおわって、疑惑なく、不死の底に達した人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


636 この世の禍福いずれにも執著することなく、憂いなく、汚れなく、清らかな人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


637 曇りのないのように、清く、澄み、濁りがなく、歓楽の生活の尽きた人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


638 この傷害・険道・輪廻(さまよい)・迷妄を超えて、渡りおわって彼岸に達し、瞑し、興奮することなく、執著がなくて、安らかな人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


639 この世の欲望を断ち切り、出家して遍歴し、欲望の生活の尽きた人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


940 この世の愛執(あいしゅう)を断ち切り、出家して遍歴し、愛執の生活の尽きた人、──かれをわたくしは〈バラモン〉と呼ぶ。


641 人間の絆を捨て、天界の絆を超え、すべての絆をはなれた人、──かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。


642 〈快楽〉と〈不快〉とを捨て、清らかに涼しく、とらわれることなく、全世界にうち勝った健(たけ)き人、──かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。


643 生きとし生ける者の生死をすべて知り、執著なく、幸せな人、覚った人、──かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。


644 神々も天の伎楽神(ガンダルヴァ)たちも人間もその行方を知り得ない人、煩悩の汚れを減しつくした人、──かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。


645 前にも、後にも、中間にも、一物をも所有せず、すべて無一物で、何ものをも執著して取りおさえることのない人、──かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。


646 牡牛のように雄々しく、気高く、英雄・大仙人・勝利者・欲望のない人・沐浴した者・覚った人(ブッダ)、──かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。


647 前世の生涯を知り、また天上と地獄とを見、生存を減し尽くしに至った人、──かれをわたしは〈バラモン〉と呼ぶ。


648 世の中でとし姓として付けられているものは、称にすぎない。(人の生まれた)その時その時に付けられて、約束の取り決めによってかりに設けられて伝えられているのである。


649 (姓は、かりに付けられたものにすぎないということを)知らない人々にとっては、誤った偏見が長い間ひそんでいる。知らない人々はわれらに告げていう、『生れによってバラモンなのである』と。


650 生れによって〈バラモン〉となるのではない。生れによって〈バラモンならざる者〉となるのでもない。行為によって〈バラモン〉なのである。行為によって〈バラモンならざる者〉なのである。


651 行為によって農夫となるのである。行為によって職人となるのである。行為によって商人となるのである。行為によって傭人となるのである。


652 行為によって盗賊ともなり、行為によって武士ともなるのである。行為によって司祭者ともなり、行為によって王ともなる。


653 賢者はこのようにこの行為を、あるがままに見る。かれらは縁起を見る者であり、行為()とその報いとを熟知している。


654 世の中は行為によって成り立ち、人々は行為によって成り立つ。生きとし生ける者は(行為)に束縛されている。――進み行く車が轄(くさび)に結ばれているように。


655 熱な修行と清らかな行いと官の制御と自制と、これによって〈バラモン〉となる。これが最上のバラモンの境地である。


656 三つのヴェーダ(明知)を具え、安らかに、再び世に生まれることのない人は、諸々の識者にとっては、梵天や帝釈[と見なされる]のである。ヴァーセッタよ。このとおりであると知れ。


 このように説かれたので、ヴァーセッタ青年とバーラドヴァーシャ青年とは師に向って言った、「すばらしいことです。ゴータマ(ブッダ)さま。すばらしいことです。ゴータマさま。譬えば、倒れた者を起こすように、覆われたものを開くように、方角に迷った者に道を示すように、あるいは『眼ある人々は色やかたちを見るように』といって暗夜に灯火をかかげるように、ゴータマさまは種々のしかたで理法を明らかにされました。いまわたくしはゴータマさまと真理と修行僧のつどいに帰依したてまつる。ゴータマさまはわたくしたちを、在俗信者として受けいれてください。わたくしたちは、今日から命の続く限り帰依いたします。」

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)


ブッダのことば スッタニパータ(ワイド版)

指導の空白期間が二度ある


 一つは、昭和54会長勇退前後。『広布第二章の指針 第14集』から『広布と人生を語る 第1巻』までの間。書籍や対談集は出されている。


 もう一つは、『会長講演集 第13巻』から『池田会長講演集 第1巻』までの期間。約2年半に渡る。この間に出されているのは、『巻頭言・講義集 第4巻』、『指導メモ』、『指導集 質問に答えて』、『指導要言集』、『科学と宗教』、『政治と宗教』、そして『人間革命 第1巻』、『御義口伝講義』など。


 幹部用小冊子の『前進』をお持ちの方がいれば、是非ともお貸し願いたい。


 正確な期間については、再度調べた上で記録しておきたい。

2008-06-13

寺請制度と大石寺の関係


 これを調べる必要がありますな。圭室文雄、宮田登著『庶民信仰の幻想』によれば、秀吉の時代には日蓮宗が6番目という位置にあったことが判り、更に


 これに勢いをました身延山久遠寺は、寛永9〜10年の全国寺院の本末帳提出の折には、日蓮宗すべての派の総括を行なうようとの命令を幕府から得た。


 とのことだから、身延の軍門に下った可能が高い。そもそも大石寺の歴史は以下のようなものだった。


 仏勅創価学会が出現するまで、日蓮正宗はたった四十数ヶ寺の小さな小さな教団だった。遠く江戸時代には「勝劣派」と号し、明治に至ってからは「興門派」、「富士派」と乗っていた。所詮、日蓮宗の中の“吹けば飛ぶような派閥”に過ぎなかったわけである。


寺院寄進 2004-08-11】


 当然、現在とは異なり宗教法人といった識はない。日目上人以降はパトロンであった南条家の向を汲む形で法主が選ばれた形跡もある。僧侶の権力が弱まる中で、身延との合従連衡(がっしょうれんこう)を試みたとしてもおかしな話ではあるまい。


 そして、大石寺にも「宗門人別帳」が存在するはずだ。日蓮法の教義の上から破折することはもちろんだが、今後、日本史の中での位置づけを明確にする必要もあるとわれる。


 何かご存じの方がいれば、是非とも教えて下され。

『庶民信仰の幻想』圭室文雄、宮田登


 寺院がキリシタン摘発のため寺請をはじめた時期に照応するというのが現在の学界の通説である。ではその寺請はいつ頃からはじまったのか。この時期については定説を得ているとはまだ言いがたいが、現在有力な説としては二つある。第一は、慶長18年(1613)説である。これは板倉周防守重宗が京都において外人宣教師を追放し、日本人のキリスト教徒に改宗をせまった年であり、この時教寺院に改宗を証明させたことが『金地(こんち)因崇伝日記』や片桐勝元が有馬大膳に送った書簡などで明らかにできるからである。そして時代が下るにつれて寺請は各地にひろがり、全国的に施行されたのは寛永14〜15年の島原の乱後である。としている(豊田武『日本宗教制度史の研究』)。

 これに対する第二の説は、寛永12年(1635)説である。その理由として一つは、領主が民衆にはじめて寺請を強制した法令がこの年にみえること、二つめには、寺の過去帳にこの頃から姓のない民衆のものが急増すること、三つめには、寺請証文がこの頃から使用されるようになったこと、などである(藤井学・千葉乗隆の一連の研究)。

 現在の近世教における大きな見解は、この二つである。しかしいずれも、寛永期に民衆への寺請の定着を考えている点では共通している。


 宗門人別帳の記載形式が全国的に統一されるのは、寛文11年(1671)10「宗門改之儀ニ付御代官江達」という法令が出されてからである。これでは、一人ずつに宗派・生国・年齢・前・続柄・檀那寺が書き上げられ、家ごとにまとめ、巻末に寺と台帳が村単位で統一的に作成されることになったわけである。この頃になると、寺請証文作成の段階におけるキリシタン摘発務という、追いつめられた檀家と寺の関係から、むしろ村の戸籍台帳の手続として寺が介在するというきわめて形式的な方向に変ってきた。そのことは、宗門人別帳作成の責任者が村役人に移ったことによっても裏付けることができる。


 貴族・武家などごく少数をのぞき、庶民が寺と寺檀関係をもつようになったのは、1635年以降であり、庶民が墓を作るようになるのも1700年頃からのことである。


 秀吉が先祖の菩提を弔う目的で毎千僧供養会を催している様子がわかる。千僧の内訳とその座次については、


 最初真言宗・第二天台宗・第三律宗・第四禅宗・第五浄土宗・第六日蓮宗・第七時衆共・第八一向衆共なり。


 となっており、それぞれ8宗の僧が参加しており、さらに日蓮宗が第6番目に位置づけられていることもわかる。


 これに勢いをました身延山久遠寺は、寛永9〜10年の全国寺院の本末帳提出の折には、日蓮宗すべての派の総括を行なうようとの命令を幕府から得た。一方、不受不施派の頭目と目された妙覚寺に対しては、きびしい探索を行なうとともに、寛永10年の段階でもまだ不受不施のを持っているかどうかを本末帳の中に1カ寺ごとに書き入れさせた。

 それからさらに、身延山久遠寺は幕府権力を背景にしつつ不受不施派弾圧にのり出していった。その手口は、幕府の法要のたびごとに不受不施派の不参加を口実に上訴するということであった。また久遠寺は寛文7年(1667)に江戸ならびに武蔵国などその周辺の不受不施派寺院を調査し、幕府にその弾圧をしばしば要請している。その結果、幕府は不受不施派に対して改派をせまることになった。しかし江戸だけでも242カ寺という不受不施派寺院の勢力は依然根強く、多くの人々の信仰をあつめており、簡単にはいかないようであったが、寛文9年(1669)4には、日蓮不受不施派寺院が寺請をすることを禁じている。さらに元禄4年(1691)不受不施派とともに悲田宗をも禁止している。このようにして完全に不受不施派は禁制されることになり、その後公的な形での布教活動は困になった。

庶民信仰の幻想

民主などが矢野元公明党委員長から聴取 公明党・創価学会の関係


 民主党の菅直人代表代行や社民、国民新党など野党の有志議員が13日午前、国会内で元公明党委員長で政治評論家の「矢野絢也さんより話を聞く会」を開き、公明党と支持母体の創価学会との関係などについて説明を求めた。

 矢野氏は「創価学会から平成17年から機関紙などで中傷されたり、言論活動の中止や莫大(ばくだい)な寄付を強要されたりした。身元不詳の人物から尾行監視も受けた」などと説明。「学会会館は非課税で建てている。選挙時に使用したが、私の(委員長在任中の)ころには対価を払ったことはない。政教一致かどうかは議論すべきだ」と指摘した。

 また、矢野氏は国会での参考人や証人としての招致について「呼ばれるなら喜んでいく」と述べた。

 これに対し、公明党太田昭宏代表は13日の記者会見で、矢野氏の会合出席を「情けないし、許せない」と非した。

 矢野氏は評論活動をやめるよう強要されたなどとして、今年5創価学会に対する損害賠償請求訴訟を起こしており、公明党創価学会と対立している。

「聞く会」の呼びかけ人は民主党の菅氏のほか、石井一副代表、社民党の渕上貞雄氏ら。民主党の輿石東参院議院会長、鳩山由紀夫幹事長も出席した。


【産経新聞 2008-06-13】

2008-06-12

日本の制度、世界的には非常識 派遣残酷物語 


 派遣社員という隠された「格差社会」。派遣社員から「もう生きていけない」など多数の相談を受けている「派遣ユニオン書記長の関根秀一郎氏は「派遣が絶望の温床となっている。このままでは、ほかにも許されないことを考える人が出てきても不議ではない」と警鐘を鳴らす。

 関根氏は「彼(秋葉原通り事件の容疑者)のような行為は絶対に認められない」としながらも「誰でも希望が持て、壊したくないとうような将来が見えれば、あのようなことはしない。いつクビになってもおかしくない今の派遣労働者に将来を考える余裕はない」と語る。

 関根氏の元に駆け込んできた一人は仕事中に指を骨折したが、「辞めたら食べていけない」と骨折したまま1カ間働き続けて指がパンパンに腫れ働けなくなった。「労災隠しなんて頻繁にある」(関根氏)。

 派遣問題に詳しい龍谷大学の脇田滋教授も「日本では派遣元が企に、正社員一人のコストで二人使えるなどと売り込んでいたりする。ほかの国では『同一労働同一待遇』が原則で、派遣の差別待遇は禁止されているのに日本の常識は世界の非常識だ」と指摘する。

 日本では「身分が下の労働者という識もある」といい、正社員がいじめて暴力までふるわれた派遣社員を、派遣元が守らずに「一緒になっていじめた」ケースや、暴力団のクレーム処理を押しつけられた派遣の女自殺するなど悲惨な話も後を絶たないという。

 脇田教授は「1986年に労働者派遣法が施行されて以来、国は規制を緩和し続け、こんな状況を放置、容認してきた。防ぐには仕組みを変えないといけない」と語る。関根氏も「法律を見直して、絶望的な働き方はなくさないといけない」と訴えている。


【ZAKZAK 2008-06-12】


 小泉首相時代の性急な改革が、様々な形のしわ寄せとなって現れつつある。政府与党の責任は大きい。

2008-06-11

訃報:チンギス・アイトマートフさん=キルギスの作家


 チンギス・アイトマートフさん79歳(キルギスの作家)タス通信によると10日、入院先のドイツ・ニュルンベルクの病院で死去。重度の腎不全で5から入院していた。

 旧ソ連キルギス共和国生まれ。農村女の恋愛を描いた小説「ジャミリャ」(53年)でを確立。文明による自然破壊を告発した「処刑台」(86年)などでソ連を代表する作家になった。ソ連末期には改革派の言論人として活躍。90〜93年にソ連(ロシア)の駐ルクセンブルク大使、その後キルギスの駐ベネルクス3国大使を務めた。


【毎日新聞 2008-06-11】


 プリン君からの情報。


池田大作全集 (15)

『ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき』佐藤優、魚住昭


 日本の〈下品な社会民主主義〉では、公共事、つまり土建屋のオッサンが政治家に口利きを頼み、それで社会・経済面で構造的に弱い地域に中央政府が集めた富を再分配するというゲームが展開された。利権が絡むので、当然、腐敗・汚職が構造的に生じる。しかし、政府による直接給付という形はとらないので、官僚による監視をミニマムにすることができる。


 私は情報(インテリジェンス)務に長期間従事していたが、よい情報を得るためには、情報源よりも情報を引き出す質問者の方が重要なのである。情報という仕事はまさに共同作で、情報源の中に混沌として、渦を巻いた泥のようになっているものから形をつけていく作だとう。


魚住●まず議論の前提としてとは何かという話から始めましょう。私の中にはとても浅薄だけど拭いがたい疑があります。それはいくらと言っても、戦前の左翼のように苛烈な弾圧にあえばすぐ転向しちゃうのじゃないかということです。特に私のように臆病な人間がいくらをうんぬんしたところで仕方がないんじゃないかと。


佐藤●魚住さんがおっしゃる「」というのは、正確には「対抗」なんですよ。


魚住●どういうこと?


佐藤●いま、コーヒーを飲んでますよね。いくらでしたか? 200円払いましたよね。この、コイン1枚でコーヒーが買えることに疑を持たないことが「」なんです。そんなものだなんて考えてもいない。当たり前だとっていることこそ「」で、ふだん私たちがと口にしているのは「対抗」です。護憲運動や反戦運動にしても、それらは全部「対抗」なんです。


佐藤●マルクスが解き明かしたことの中でも重要なのが「国家」と「貨幣」の機能だといます。両者とも人と人との関係から生まれてきたものなのに、人のに構うことなく人を動かすことができる。それほどの〈暴力〉を帯びていることを明らかにしました。


魚住●「国家」も「貨幣」も人間がつくったものにもかかわらず、人間を支配してしまったということですね。


佐藤●ええ、そうです。加えて「国家」と「貨幣」は人間を超越したものとしてじませんか。たとえば、「国家」のにおいて人を殺すことができる死刑制度、あるいは人に人を殺しに行けと命令する戦争。それらは正当化されていますよね。「貨幣」で言えば、必要以上に欲しくなる。預金通帳の数字が増えるのを見てニンマリとすることがそうでしょう。「国家」と「貨幣」には〈呪術〉もあります。


佐藤●イエスの戦いというのは「国家」と「貨幣」に対するものだったのです。


佐藤●さて、善悪の知識の木の実を食べたふたりは、自分たちが裸だということに気付いて、イチジクの葉をつづりあわせて腰を覆います。その日、エデンの園に神様がやってきました。足音を聞いたふたりは隠れます。神様は「あんたら何してるんだ。あれを食べたのか?」と。男の方は「女に言われて食った」と女のせいにするわけです。女は「蛇がだましたので、食べました」と。

 神様はびっくりしました。「食ったか?」と聞かれたら、「食べました」「食べてません」と答えればいい。なのにこいつら平気で嘘をついたり、話をねじまげたりすると。自分に似せてつくったはずなのに、とんでもないものをつくってしまったと。責任を取ろうとしない、人に言われた話を勝手に膨らます、この構造の中に「原罪」を見るわけです。いわば、嘘つき物語の始まりなんですね。「原罪」とは何か。ひとことで言うと、人間は「嘘をつく向がもともとある」「嘘つき動物」だということになるでしょう。


魚住●じゃあ、ウサマ・ビンラディン的なありかたをイエスのようにキャラクターにたとえると何になりますか。


佐藤●星飛雄馬ですね。


魚住●『巨人の星』の?


佐藤●ええ。ストーリーをい出してください。飛雄馬は「い込んだら試練の道を」行きますよね。その行路には内省の契機を見出せません。そしてその道を進めば進むほど、親友であるはずの伴宙太との関係もメチャクチャになるし、飛雄馬をとりまく人々の恋愛はうまくいかなくなります。最後は彼自身も廃人になる。本人は「主観的には」いいことをやっているとい、正義の実現に走っていても「客観的には」周囲の関係は壊れ、破滅してしまう。ですから、私はウサマ・ビンラディン的な「星飛雄馬」とイエス的な「ねずみ男」どっちの生き方を選ぶかと聞かれたら、ためらうことなく、ずるい「ねずみ男」を選びますね。


魚住●それで佐藤さん、トートロジーで訴えても大多数の国民の支持を得ることができ、衆議院の3分の2以上を与党で占めることができた小泉首相が、ファシズムを完成させるのに欠けてるものって何なんですか。


佐藤●「やさしさ」です。


魚住●へぇ、ファシズムって、やさしいんですか。


佐藤●そう、やさしくなければファシズムじゃないですよ。


佐藤●なかでも私は、インターネットの巨大掲示板「2ちゃんねる」の書き込みを、現在の日本におけるナショナリズム形成との関連で注視しておくべきだとっています。匿が担保されていますから、より過激な言説が優位に立つ。言説がどんどん先鋭化していくという、ナショナリズムの病理が最も高まりやすい状況が形成されています。


佐藤●国家の目的は何かというと、自己保存なんです。そのためには国民から富や労働力を収奪しなければならない。国民に対して福祉という優しさを示すのも、ある程度、国民に優しくないと国民が疲弊して収奪できなくなるからです。金融面での規制を緩和して起を促したのも、新たな収奪の対象をつくりだすという側面があったといっていいでしょう。小泉政権における新自由主義的な経済政策も、新たに富める者をつくりだして収奪するためだといえます。


佐藤●差別は実体概ではなく関係概だといます。


佐藤●国家や民族ではないもので、非常に強力な共同主観を帯びたもの、要するに宗教です。これが国境を超えた共同体を形成しうるのではないか。というのも、その共同体のの下に自己の生命を差し出すことのできる人間を継続的に作り出すことに成功しつつあるのではないかと私にはえるからです。ただ、自爆テロが国際的なものになってまだ10年たっていませんからね。少なくとも3世代経たないことにはシステムとして定着しているかどうかの判断は下せませんが。それでも国民国家ではない“国家”が存在しているのではない、という大きな疑問符をつけてもいいのではないでしょうか。


佐藤●私はナショナリズムの病理を発症させる上でいちばん大きな役割を果しているのが官僚だと考えます。なぜなら、“国家の実体は官僚”だからです。

ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき (朝日文庫)

2008-06-10

只今、充電中


「指導の通解を求む」という内容のメールが寄せられた。ここのところ、全く指導の所を綴っていない。実は今年になって初めて気づいたのだが、冬から春にかけて私は毎年、スランプに陥っているのだ。何だか、書く気が起こらない。大した理由はないんだけどね。で、今年はというと、「どんな本を読んでいるのか教えて欲しい」というメールが来て、鬼のように本を読み続けている。頭をフル回転させると、ブドウ糖が足りなくなっていることを実できる。只今、充電中である。御書とスピーチへの理解を深めるために、徹底して本を読み抜くつもりだ。最も多忙を極めた男子部本部長時代に年間196冊読んだことがあるが、今年は軽く抜きそうだ。

韓国内閣が総辞職、米牛肉輸入問題で国民の批判高まる


 韓国内閣は10日、米国産牛肉の韓国市場開放に向けた政府の交渉が、大規模な抗議運動を招いたことを受け、発足からわずか3カで総辞職した。

 首相官邸スポークスマンは「(李明博(イ・ミョンバク)大統領との)今の定例会議で、首相が内閣の辞表を提出した」と語った。

 これより先、地元メディアは、李大統領が、少なくとも3人の閣僚と複数の側近の辞表を受理する見通しだと伝えていた。

 農水産品相、教育科学技術相、保健福祉相が数日中に辞任するとみられている。また外交通商相、企画財政相も交代する可能がある。

 聯合ニュースは、首相官邸の匿のある関係筋の話として「首相は牛肉問題をめぐる批判を受け、自らを含む全閣僚の辞を表明した」と伝えた。

 李明博・大統領への支持率は最近、20%程度まで急落している。


ロイター 2008-06-10】

2008-06-09

『国家の自縛』読書中


 佐藤優氏を読むこと3冊目。『ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき』と併読。該博な知識、傑出した外交センス、類い稀な比喩を可能にする語彙力に圧倒される。『ナショナリズムという迷宮』では漫画から怪獣モノまで(いわゆるオタクネタ)を引用し、本書では聖教新聞から、神崎前代表とロシア大使の会談にとどまらず、先生の『大道を歩む 私の人生記録 3』(毎日新聞社)までフォローしている。半分ほど読んだが既に付箋だらけだ。佐藤氏の著作を読むたびに、私が天才になりつつあるような錯覚すら覚える(笑)。これほどの人物を切って捨てた外務省は、馬鹿としか言いようがない。

国家の自縛

沖縄県議選で与党過半数割れ、後期高齢者医療に批判


 沖縄県議選(定数48)は8日投開票された。改選前に27議席だった自民、公明などの県政与党は22議席にとどまり、過半数を下回った。野党は5議席伸ばして24議席、中立が2議席。後期高齢者医療制度(長寿医療制度)などに対する批判が影響したとみられる。

 野党は仲井真弘多(ひろかず)知事が推進する米海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の県内移設に反対しており、与野党逆転により、移設計画にも影響が出そうだ。投票率は57.82%で過去最低。改選時の県政与党の過半数割れは革新系の大田昌秀知事時代に保守系が多数を占めた1992年以来、16年ぶり。

 仲井真知事は8日夜、那覇市で記者会見し、後期高齢者医療制度に対する与党への逆風が主な敗因との認識を示した。代替施設をキャンプ・シュワブ沿岸部(同県護市)に造る普天間移設計画に関しては「県内移設は貫く」と述べた。

 県議選には14選挙区に計74人が立候補(2選挙区3人は無投票当選)した。

 自民、公明両党は福田政権初の国政選挙となった4の衆院山口2区補欠選挙に続く敗北。

 当選者は、与党が自民16(改選前20)、公明系会派5(6)、無所属1(1)。野党は社民系会派8(9)、民主4(1)、共産5(3)、諸派5(5)、無所属2(1)。中立は2(1)。改選前は欠員1。


【読売新聞 2008-06-09】

「この街で」フォー・セインツ


 これは座談会でも歌える。デビュー40周年を記して、本格的に再結成したフォー・セインツの新曲。団塊の世代は涙を流すかもよ(笑)。

この街で

沖縄県議選、自公過半数割れ 高齢者医療への反発響く


 沖縄県議選(定数48)が8日投開票され、県政与党の自民、公明は公認、推薦を合わせても過半数に届かなかった。後期高齢者医療制度などをめぐる有権者の反発が激しく、支持を広げられなかった。就任から1年半を迎える仲井真弘多知事は厳しい県政運営を強いられることになり、米軍普天間飛行場の護市移設など基地問題にも影響が出るのは必至だ。

 自民、公明両党の公認、推薦候補は各選挙区で戦。改選前は27議席を占めた与党系は、定数の半数(24議席)に達しなかった。一方、改選前20議席だった野党系は順調に票を伸ばし、初めて公認候補を擁立した民主も議席を獲得した。

 投票率は57.82%で、前回の58.72%を下回り、過去最低だった。

 今回の県議選で野党各党は告示前から党首クラスの幹部が繰り返し沖縄入り。後期高齢者医療制度を争点に据えた選挙戦を展開した。国会に同制度の廃止法案を提出し、県議会での与野党逆転が制度の廃止につながると訴えてきた。

 仲井真知事は、県議選の争点は「県政に対する評価」と位置づけ、自ら街頭に立って与党系候補を応援したが、後期高齢者医療制度などをめぐる政府・与党への逆風をかわしきれなかった。

 少数与党になる仲井真知事は今後、予算編成などで、野党側に一定の譲歩を迫られることになる。また、知事が推進の立場をとっている普天間飛行場の移設をめぐっては当面、県議会の同や了承が必要となる局面は予定されていないものの、野党各党はそろって県内移設に反対しており、仲井真知事はしいかじ取りを迫られることになる。

 また、11に任期満了を迎える那覇市長選にも影響を与えそうだ。


日新聞 2008-06-08 23時43分】


 投票率が過去最低であったことを踏まえると、学会票が自民候補を拒否した可能が高い。当たり前だ、ざまあみやがれ!

2008-06-08

「私がJR東労組と創価学会を好く理由」佐藤優


 佐藤優氏は元外交官で「外務省のラスプーチン」との異を持つ人物。国策捜査によって鈴木宗男氏と前後して逮捕された。気鋭の論客で、あの田原総一朗氏ですら佐藤氏に教えを請うほどである。とにかく博覧強記で、世界情勢に通暁している。更に、同志社大学で神学を修めていて、宗教・歴史にも詳しい。刊誌『潮』に書かせるだけではもったいないほどの人物だ。先生との対談をセッティングすべきだとう。佐藤氏がまだ40代であることを考えると、これからの日本の論壇で最も重要な人物といってよい。


 これ(JR東労組)とは全く別の問題で、一部の人々が筆者を激しく非する。「いつからあんたは池田大作をよいしょするようになったのか、幻滅した」、「創価学会の手先に未来はないぞ。それでもクリスチャンか」といった類の批判である。あるいは「創価学会はあなたを利用しようとしているのだから、一回は騙されても、これ以上深入りしない方がいい」という好的助言もある。そのきっけかとなったのは、『潮』(潮出版)2007年11号に「池田SGI会長の『民間外交』が果たす義」という記事が掲載されたこととうが、ここで筆者が語ったのは創価学会池田大作氏に対するリップサービスではない。1991年4ゴルバチョフ訪日は、日本外務省の失態を池田氏がカバーすることで、ようやく実現したという、筆者が知る事実を明らかにしただけである。あのとき池田氏が大きなリスクを負ったにもかかわらず、それが歴史に正しく刻み込まれていない(要するに外務省が真実を隠蔽し、手柄を横取りしている)ことはおかしいというのが筆者の認識だ。

 ちなみにこの真実については既に2005年に筆者が産経新聞社から上梓した『国家の自縛』でも言及したことがある。同じ内容でも産経新聞社から出した本ならば非されず、『潮』に載せると非されるなどというのは実に理不尽だ。

 それから、戦時中、創価学会牧口常三郎初代会長が獄中死し、戸田城聖第二代会長も逮捕、投獄されたことは、国家権力の不当な圧力に屈しなかった宗教団体があったという点で、日本宗教史の誇りだというのも筆者の正直な認識だ。筆者はキリスト教徒なので、創価学会に阿(おもね)る必要はさらさらない。しかし、他の宗教、宗派に対しても公正な目だけは失いたくないとう。

 それから、創価学会の影響下にある公明党が与党であるということは、新自由主義政策によって日本が内側から破壊されることを阻止する上で大きな味をもつとう。創価学会の教義からして、公平配分に親和的であると考えるからだ。

 恐らくJR総連・JR東労組も創価学会も、同列に並べられることを喜ばないとう。労働組合と宗教団体が本質的にことなる組織原理をもつことは筆者もわかっている。とにかく筆者はこの二つの組織が好きなのである。なぜなら、新自由主義政策によって日本国家が内側から弱ると共に、弱い国家を実態として支える官僚が暴力を増大し、平気で嘘をつくようになっているときに、新自由主義と官僚が作り出すうずまきに巻き込まれずに、あくまでも自立していこうとする組織がもつ味は、民主主義を保全していく上でとても重要だと認識しているからである。


【『創』2007年12号】

NY原油急騰=上げ幅10ドル超え 最高値更新、140ドルに迫る


 週末6日のニューヨーク商取引所(NYMEX)の原油先物相場は、ドル安やイランの核開発をめぐる緊張の高まりを背景に急騰。米国産標準油種WTIの中7物は一時1バレル=139.12ドルをつけ、522日以来2週間ぶりに取引途中の最高値を更新、140ドルの大台に迫った。

 同限は過去最大の上げ幅となる前日比10.75ドル高の138.54ドルで終了し、終値べースの最高値も更新した。過去2日間の上げ幅は13%に達した。

 イスラエルの閣僚が、同国の新聞に対し「イランの核計画を止めるためには攻撃は避けられない」と発言。これを受け、イランの石油供給に対する懸が一気に高まり、相場は急騰した。


時事通信 2008-06-07】

与野党 過半数かけ激突/県議選 きょう投開票

医療制度 基地争点/仲井真県政に審判


 任期満了に伴う第10回県議会選挙が8日投票され、即日開票される。無投票当選の南市区、石垣市区を除く12選挙区の候補者71人は選挙戦最終日の7日、打ち上げ式で気勢を上げて9日間の運動を締めくくった。経済振興や米軍基地問題のほか、後期高齢者医療制度が争点に急浮上。仲井真弘多県政の与党が過半数を維持するのか、あるいは野党が逆転するのか。結果は仲井真知事の県政運営を大きく左右し、米軍普天間飛行場問題や振興策など県政の課題の行方にも影響を与える。

 投票は県内282カ所で、一部を除き午前7時から午後8時まで行われ、全当選者の判明は午後11時すぎになる見込みだ。

 立候補者は与党32人、野党39人。与党側は自民20人、公明3人、与党系無所属9人。野党は社民6人、社大4人、共産6人、政党「そうぞう」一人、民主4人、野党中立系無所属18人となっている。


沖縄タイムス 2008-06-08】

『いのちの作文 難病の少女からのメッセージ』綾野まさる、猿渡瞳


「ママ、わたしね、いっぱい、いっぱい、泣きたいだけ、泣いたの。そしたらね、答えが見つかったの」

「えっ、どういうこと……」

 お母さんは、夢のなかにいるのかといました。

「ママ、わたしが、がんで、ほんとうによかった」

「えっ、いま、なんていったの」

「わたしが、がんでよかった、っていったの。ほんと、ママが、がんじゃなくてよかった。ママが、がんになったら、わたし、つらくて、生きていけなくなってしまう。でも、わたしだったら、がんなんかに負けないもの。わたし、えらばれたとっている」

 瞳ちゃんは、お母さんのせなかを、両うででつつみながらいいました。


 その夜。だいぶおそくなってからです。

 ベッドのわきにシートをしいて、そこでうとうとしていたお母さんは、なにやらもの音で目がさめました。

「瞳ちゃん、どうしたの!?」

「ごめん、ママ、ベッドからおろして。ね、おねがい、ママ……」

 いつめたような瞳ちゃんの顔に、お母さんはおどろきながら、ようやく瞳ちゃんを、ベッドからおろしました。

 瞳ちゃんは、両手を床について、少しずつはいながら、ドアのところに向かいました。

「ど、どこにいくのよ」

 お母さんは、瞳ちゃんの頭がへんになったのかといました。

「ママ、わたしね、わたしね」

 ろうかにはってでた瞳ちゃんは、二つ先の病室のまえにやってきました。はーはーとをあえがせながら、瞳ちゃんは両手を合わせて、お祈りをしました。その病室には瞳ちゃんとおなじ病気の女の子がいました。

(じぶんもしいのに……、この子は、こんなときも、ほかの人のことをいやっている)

 しずまりかえった深夜の病院で、お母さんは、ただぼうぜんと立ちつくしました。


「わたし、この病気でよかった。たくさんの人たちのいたみを知って、たくさんの人たちに出あうことができたもの。骨肉種さん、ありがとう、っていいたいくらいよ。みんなが、こんなにわたしをね、っていてくれる……。だから、わたし……、世界一、しあわせ。ねぇ、ママ、わかってくれる」


 それから、一時間くらいがたったときでした。

「おばあちゃん……、わたしね……」

「なーに、瞳ちゃん」

「わたしね、病気が、なおったのよ。もう、わたしの演技はね、おわったの。これからは、世界じゅうで病気でくるしんでいる人たちを、救いにいくんだから……。これからわたしはね、はばたかなくちゃいけないのよ」

 てんじょうを見つめて、瞳ちゃんは、きっぱりといいました。おばあちゃんは、びっくりしながら、目をしばたたかせました。

いのちの作文―難病の少女からのメッセージ (ドキュメンタル童話シリーズ)

学会員を狙った詐欺に注意


 東北の会員から寄せられた情報。建設乗り、話が弾んだところで「買いませんか?」と先生、奥さまのパネルを持ち出す。値段は39万円也。福島ナンバーの車両ということ。東北、関東の組織は注されたし。尚、交渉事が得なメンバーは、相手の刺などを入手し、できるだけ個人情報の特定をして頂きたい。

2008-06-07

2008-06-06

元公明委員長・矢野氏から事情聴取も


 民主党の菅代表代行と国民新党の亀井代表代行らが会談し、元公明党の委員長で、先公明党の支持母体の創価学会を提訴した矢野絢也氏を、来週にも国会周辺に招いて事情を聴く準備を進めることで一致しました。

 公明党で委員長を務めた矢野絢也氏は、先、評論活動をやめるよう強要されたなどとして、公明党の支持母体である創価学会を相手取り、損害賠償を求める訴訟を起こしています。

 これに関連して4日午後、民主党の菅直人代表代行や国民新党の亀井静香代表代行らが会談し、来週にも矢野氏を国会周辺に招いて本人から直接事情を聴くよう準備を進めることで一致しました。

 亀井氏は記者団に対し、「オープンな場で話を聞きたい」と述べ、場合によっては国会で矢野氏から真相を聞きたいという考えを示しました。

 与党、公明党への揺さぶりと見られますが、実現するかどうかは不透明です。


TBSニュース 2008-06-04

大阪関連ニュース


「甘い幕引き」不信の…大阪市裏金最終報告


 調査のたびに膨れあがる大阪市の裏金は、5日発表の最終報告で7億円を超えた。アルバイトのカラ雇用者への預け金、団体委託金の不正管理……。職員らは、様々な捻出(ねんしゅつ)方法を編み出したが、「公的支出に充てられた裏金が大半」として職員らが返還を求められたのは2億5697万円のみ。返還対象となったものの、ボウリングなどに費やされた裏金も、私的流用とは認めなかった。「ウミを出し切っていない」。甘い幕引きに、市議や識者からは不信のが上がる。→続きを読む


【読売新聞 2008-06-05】

『やっぱり変だよ 日本の営業 競争力回復への提案』宋文洲


 宋文洲(そう・ぶんしゅう)氏は1985年に国費留学生として中国より来日。天安門事件で帰国を断。自らが開発した建築・土木解析ソフトを販売し、ソフトブレーン(株)を立ち上げた人物。後に東証マザーズの上場を果たし、現在は東証一部。


学生でもできる営管理


「何だよ、この数字。もっと頑張れ!」、「今はよかった。よくやった!」などなど……。

 確かに結果の悪い人を怒ったり、結果のよい人をたたえたりしてやる気を起こすことは、営管理に必要です。しかし、数字の裏には努力だけがあるわけではありません。やり方と経験の有無、担当分野・地域・商品だけではなく関連務やタイミングの問題など、いろいろな要素が重なった結果として数字が出ます。

 結果にしか興味がない営管理をしていると、どんな結果が生まれるでしょうか。

 まず、社員は本当の情報をあげなくなります。どうせ結果が悪いと怒られるだけですから、あげても味がありません。

 次に、管理職は怠慢になります。根を入れてやれば何とかなるとい込み、戦法・戦術の研究を怠り、効率悪化を放置します。

 最後の、経営者は傲慢になります。モノが売れるかどうかは営マンのやる気次第だと信じ込んで、自社の事や製品の社会的味を問わなくなり、顧客の気持ちを無視してしまいます。

 また、結果にしか興味がない営管理をしていると、どんな企になるのでしょうか。

 まず社員は、モチベーションが下がるでしょう。会社側は戦略、事と仕組みについて努力しないのに、社員には犠牲を強いているからです。

 次に人材が育ちません。精神論信者が増え、管理職は権威と権限にしがみつき、井の中の蛙になるからです。

 最後に、経営者は裸の王様になります。過去の成功を人格やカリスマに結びつけ、その威厳を振りかざして組織を追い立て、営現場や顧客の中で起きている小さな変化を読み取ろうとしなくなるからです。


やっぱり変だよ日本の営業―競争力回復への提案

2008-06-05

保険負担増 沖縄が最高/高齢医療厚労省調査


新案でも全国2位/低所得者ほど重く


 厚生労働省は4日、後期高齢者医療制度の導入に伴い、市町村運営の国民健康保険(国保)から移行した1000万人強の保険料の変化について、全国調査の結果(速報値)を公表した。都道府県別で保険料が増える世帯数の割合は、沖縄は64%と全国平均31%を大幅に上回り全国最高。自民、公明両党がまとめた負担軽減案を実施した場合でも39%(同平均25%)に達し全国2位だった。

 沖縄の割合が高い要因について厚労省は「県内41市町村の国保保険料が赤字覚悟で低く設定し、不足分を一般予算から繰り延べていた。(同制度導入で)全県単位で運営すると保険料が全国並みに上昇したため」と説明した。

 負担増となった全国の世帯割合を所得別に比べると、年金収入が年177万円未満の「低所得」で39%、177万円〜292万円未満の「中所得」で25%、292万円以上の「高所得」で22%と、所得が低い世帯ほど保険料負担が増えたと推計。

 同省は「所得の低い層は負担減、高い層は負担増の傾向にある」としてきたが実態は異なり、説明が覆った形だ。同省は「三種類ある国保保険料の算定方式のうち、約8割の自治体が採用する一種類の方式で説明してきた」と釈明した。

 実態調査は5中旬、全国の1830市区町村で実施。4形態の世帯類型と3形態の収入区分を組み合わせた12のモデル世帯の保険料変化に関し自治体の報告を基に推計した。

 国保保険料の算定方式の違いで比べると、東京23区など大都市部に多い「均等割」と「所得割」を合算した方式の自治体で、負担増となった世帯が49%と顕著に多い。うち世帯の所得別では低所得の78%、中所得の50%で負担増となったのに対し、高所得の負担増は15%にとどまった。


沖縄タイムス 2008-06-05】

財務省職員、深夜タクシーから金品受け取る


 財務省は5日、深夜にタクシーで帰宅する職員が運転手から金券などを受け取っていた問題で、全職員を対象に利用実態を調査した結果を公表した。商品券やビール券など金券の提供を受けていた職員は19人。5年間にわたって合計で230万円相当の現金や商品券を受け取っていた職員も1人いた。財務省は国家公務員倫理法違反の可能もあるとみて、関係者の処分を検討する。

 民主党の長妻昭衆院議員の指摘を受け、本省の2681人に聞き取り調査した。30代の主計局係長は約5年間、2000〜3000円の現金やクオカードを年150回程度受け取っていた。ビールやお茶の提供を受けた職員は364人に上った。いずれも提供者と務上の利害関係はなかったという。ただ国家公務員倫理法には、「利害関係者以外からでも、社会通上相当と認められる程度を超えて利益供与を受けてはならない」との規定がある。

 同省は調査結果を国家公務員倫理審査会に報告する。職員には受け取った現金などを提供者に返還するよう求める。


【日本経済新聞 2008-06-05】


 省内の処分なんぞ当てになりませんなあ。市民が訴えることのできる制度があればいい。

『戦後青春 食わず嫌いのスーパースター』岡庭昇


「戦後青春」とは――


 著者は、“新生日本を生み出すエネルギーに満ちた時代”であり、“基本的に生き生きとした民衆たちが、困に耐えて身体(しんたい)からの自己表現に取り組んだ季節”と定義します。


昨今、「戦後」がまるで否定の代詞のように語られている


 戦後63年――ABE前総理などが「戦後レジームの清算」と勇ましくをあげていますが、格差社会という機能不全に陥った社会政治情況のいま、大きな境を乗り越えた「戦後」の価値を、もう一度見直すことにこそ味があるのではないでしょうか。


池田大作「から」日本戦後現代史を見る


 戦後数多く派生した民衆運動のなかで、一貫して自前の活動をこんにちも持続しつづけ、大集団を組織している「池田大作」を、なぜ私たちは評論しないのでしょう。本書はあえて、「池田大作」の存在を戦後史の中に位置づけました。


 1991年220日の「聖教新聞」に、わたしは門外漢なのに折からの宗門(出家)との軋轢(あつれき)にずうずうしくも発言した。「在家教団としての方向に学会は進んでもらいたい」と希望した。その原稿依頼自体が訝(いぶか)しいものだったが、職場にみえた編集長が切り抜きを持っていて納得した。それは70年代の「現代の眼」の切り抜きだった。

 わたしは当時、左翼誌の代表的な一つである同誌の常連執筆者だった。同誌で「週刊誌時評」を連載していたとき、週刊誌各誌にあまりにも「創価学会叩き」が多いのであきれた。いったいどういう事実を指して「批判」しているのか検討しようとしたが、これだけ登場しているのに証拠が分からない。その結論に誰が責任を持つのか。肝のことが不明なものばかりで、驚きかつあきれる他はなかったのである。その上、判で捺したように、結論は「ともかく否定」なのだ。いかに論拠が不明でも、創価学会はとにかく悪いのである。

 初歩的な報道のルールだが、報道する主体はこんなふうにあいまいなムードをまき散らすべきではない。そこでわたしは、創価学会に対するときマスコミは、基本的なルールさえも消滅させてしまうのかと「週刊誌時評」で書いたのだった。91年、わたしの前に登場した編集長は、客観的なことさえ書いてくれる人は少ない、うところを書いてくれないかとの仰せである。で、いかなる制約もなくうところを書いた。そういうことがあった。

戦後青春―食わず嫌いのスーパースター

2008-06-04

低所得、39%負担増 後期高齢者医療の保険料


 後期高齢者医療制度(長寿医療制度)導入に伴い、市町村が運営する国民健康保険(国保)から移行した1000万人強の保険料の変化について厚生労働省が全国の実態を調査したところ、負担増となった世帯割合を所得別に比べると低所得で39%、中所得25%、高所得22%と、所得が低い世帯ほど保険料負担が増えたと推計されることが4日分かった。

 厚労省は「所得の低い層は負担減、高所得層は負担増の傾向にある」としてきたが実態は異なり、これまでの説明が覆った形だ。

 同省は「3種類ある国保保険料の算定方式のうち、過半数の自治体が採用する1種類の方式で説明してきた」と釈明している。

 実態調査は5中旬、全国の1830市町村で実施。4形態の世帯類型と3形態の収入区分を組み合わせた12のモデル世帯の保険料変化に関し自治体の報告をまとめ、これを基に推計した。


【中日新聞 2008-06-04】

学会員ブログへの警鐘

 当然の見だとう。セミナーなどのテープ起こしをアップしているサイトを見つけたら、どんどん注してゆくべきだ。本人は「師子身中の虫」となっていることにも気づいていないのだから。以下のページも参照されよ。

「見よぼくら一戔五厘の旗」花森安治


 花森安治氏は『暮しの手帖』の編集長。同誌は昭和23年(1948年)に創刊。戦後の何もない時代から一貫して「暮らし」に光を当て、豊かな時代になっても徹底して読者の側に立った編集方針を貫いた。本書は花森氏が綴ってきたエッセイの集大成ともいうべき自選集。「見よぼくら一戔五厘の旗」は、戦中、戦後から高度経済成長期の公害問題に至る国民情を謳い上げた詩である。遠慮がちでお上に弱い精神風土を「の中のチョンマゲ野郎」と揶揄し、庶民として立ち上がることを赤裸々に謳い上げている。


 軍隊というところは ものごとを

 おそろしく はっきりさせるところだ

 星一つの二等兵のころ 教育掛りの軍曹が 突如として どなった

 貴様らの代りは 一戔五厘で来る

 軍馬は そうはいかんぞ

 聞いたとたん あっ気にとられた

 しばらくして むらむらと腹が立った

 そのころ 葉書は一戔五厘だった

 兵隊は 一戔五厘の葉書で いくらでも

 召集できる という味だった

(じっさいには一戔五厘もかからなかったが……)

 しかし いくら腹が立っても どうすることもできなかった

 そうか ぼくらは一戔五厘か

 そうだったのか

草莽(そうもう)の臣〉

陛下の赤子(せきし)〉

〈醜(しこ)の御楯(みたて)〉

 つまりは

〈一戔五厘〉

 ということだったのか

 そういえば どなっている軍曹も 一戔五厘なのだ 一戔五厘が 一戔五厘を どなったり なぐったりしている


 いま 日本中いたるところの 倉庫や

 物置きや ロッカーや 土蔵や

 押入れや トランクや 金庫や 行李の隅っこのほうに

 ねじまがって すりへり 凹み 欠け

 おしつぶされ ひびが入り 錆びついた〈主権在民〉とか〈民主々義〉といった言葉のかけらが

 割れたフラフープや 手のとれただっこちゃんなどといっしょに つっこまれたきりになっているはずだ


 さて ぼくらは もう一度

 倉庫や 物置きや 机の引出しの隅から

 おしまげられたり ねじれたりして

 錆びついている〈民主々義〉を 探しだしてきて 錆びをおとし 部品を集め しっかり 組みたてる

 民主々義の〈民〉は 庶民の民だ

 ぼくらの暮しを なによりも第一にするということだ

 ぼくらの暮しと 企の利益とが ぶつかったら 企を倒す ということだ

 ぼくらの暮しと 政府の考え方が ぶつかったら 政府を倒す ということだ

 それが ほんとうの〈民主々義〉だ

 政府が 本当であろうとなかろうと

 今度また ぼくらが うじゃじゃけて 見ているだけだったら

 七十年代も また〈幻覚の時代〉になってしまう

 そうなったら 今度はもう おしまいだ


 今度は どんなことがあっても

 ぼくらは言う

 困まることを はっきり言う

 人間が 集まって暮すための ぎりぎりの限界というものがある

 ぼくらは 最近それを越えてしまった

 それは テレビができた頃からか

 新幹線が できた頃からか

 電車をやめて 歩道橋をつけた頃からか

 とにかく 限界をこえてしまった

 ひとまず その限界まで戻ろう

 戻らなければ 人間全体が おしまいだ

 企よ そんなにゼニをもうけて

 どうしようというのだ

 なんのために 生きているのだ


 今度こそ ぼくらは言う

 困まることを 困まるとはっきり言う

 葉書だ 七円だ

 ぼくらの代りは 一戔五厘のハガキで来るのだそうだ

 よろしい 一戔五厘が今は七円だ

 七円のハガキに 困まることをはっきり書いて出す 何通でも じぶんの言葉ではっきり書く

 お仕着せの言葉を 口うつしにくり返して ゾロゾロ歩くのは もうけっこう

 ぼくらは 下手でも まずい字でも

 じぶんの言葉で 困まります やめて下さい とはっきり書く

 七円のハガキに 何通でも書く

 ぽくらは ぼくらの旗を立てる

 ぼくらの旗は 借りてきた旗ではない

 ぼくらの旗のいろは

 赤ではない 黒ではない もちろん

 白ではない 黄でも緑でも青でもない

 ぼくらの旗は こじき旗だ

 ぼろ布端布(はぎれ)をつなぎ合せた 暮しの旗だ

 ぼくらは 家ごとに その旗を 物干し台や屋根に立てる

 見よ

 世界ではじめての ぼくら庶民の旗だ

 ぼくら こんどは後(あと)へひかない


【『暮しの手帖』8号・第2世紀 昭和45年10

一戔五厘の旗

2008-06-03

『偽善系II 正義の味方に御用心!』日垣隆


 前作(『偽善系 やつらはヘンだ!』)よりもパワーアップ。精神障害者による犯罪、日本人の死に方、佐高信批判、田中知事誕生以前の腐敗しきった長野県政(長野五輪の予算の使われ方は、官僚覚が窺える貴重な資料)、書評、買い物日誌と、てんこ盛りの内容。長野県知事に田中康夫氏を指したのは日垣氏とのこと。しかしながら、選挙戦は一切手伝っていない。通読してじるのは著者が「喧嘩巧者」であること。それは、暴力的な示威行為によるものではなくして、「常識を貫く」見識に支えられていてお見事。私の大嫌いな佐高信がこてんぱんにされていて痛快。


 近代以前の日本では、共同体に損失をもたらしたことがの根拠だった。あだ討ちは、その損失回復の手段としてあったわけである。

 近代刑法が裁こうとしているのは、あくまで犯行の動機(悪)であり、刑正当化できるのは、個人にのみ責任能力があるという前提に立つからにほかならない。神喪失への不可測(英米では not guilty by reason of insanity =精神障害により無罪)は、精神障害ゆえに動機を裁けず、責任能力がないゆえに刑を正当化しえない、というフィクションに基づいている。

 現在、このフィクションのほころびが露わになりつつある。


 いん唖者(いんあしゃ)とは、《聴覚障害及び言語機能を共に先天的若しくはごく幼少時に喪失した者》(1991年122日、東京高裁判決)と定義され続け、いん唖者は、たとえば次のように形容されていた。

《言語化された考が得られないため反省考、抽象考を欠き、人間的知能の正常な発達を妨げられ、人間化への過程を阻害され、真の味の人間的存在とはいいい程度の知能しか有することが出来ず極めて僅かの具体的知識を有するのみ》(1965年1122日、広島地裁福山支部判決)


 よく知られているように、少年犯罪者には少年院リフォーム・スクール)などの処遇施設が日本にもある。けれども驚くべきことに、先進資本主義国のなかで唯一日本だけが精神障害犯罪者を処遇する(治療と刑事処分をともに配慮された)施設が一つも存在していない。

 これはすでに国際的スキャンダルの領域に達する大問題である。


 精神病院の入院患者たちに最も恐れられている独房(特別保護室)は、刑務所にさえ存在しない非人間的な私刑(リンチ)房であり、精神障害犯罪者専門処遇施設(日本になく欧米にはある)ならば特別保護室への則的収容は通常一日が限度とされているのに、日本の精神病院における特別保護室には3カ以上も収容されている患者が2000人、しかも実に1年以上も監禁されている患者が1000人におよぶという、私のような〈人権派〉にはあまりにも信じがたい現実がある(日本精神病院協会の実態調査による)。

 神喪失認定による免責と事実不問と強制入院こそ“病者の人権”のためだと言い募ってきた人々は、この現実を何と釈明するつもりだろうか。


 たとえば、精神分裂病にともなう妄ゆえに放火や殺人をおかしてしまうことはありえても、通貨偽造や贈収賄を分裂病との因果で論じる必要はない。また横領や恐喝や務上過失致死傷は、精神障害者のほうがそれ以外の者より犯しがたい犯罪である。つまり、全刑法犯を分母とし精神障害犯罪者を分子としたものだけをもって、あたかも精神障害者のあらゆる犯罪が少ないかのように見せかけるのはフェアではなく、それは事実の隠蔽というほかない。

 青木医師や笠原誉教授もよくご存知のように、なるほど《犯罪率は刑法犯でいえば検挙人員で0.1%、有罪人員では0.6%》だとしても(笠原前掲書)、《しかし、この比率は罪種によって大きく異なり、放火(検挙人員の6.3%、有罪人員の14.8%)や殺人(同6.5%、12.2%)などの凶悪犯罪では著しく高まる》のである。(前掲『精神分裂病と犯罪』)。

 日本における精神障害犯罪者の実態を初めて明らかにした法務省調査によっても、確かに精神障害犯罪者÷成人刑法犯検挙人員(1980年)は0.9%だが、こと殺人ともなればその比率は8.5%、放火は15.7%に跳ね上がる(「資料 精神障害と犯罪に関する統計」=『法務総合研究所研究部紀要』第26巻2号、83年)。

 殺人や放火という凶悪犯罪において、精神障害犯罪者の比率が1割前後にも達する事実は、これまでマスコミにおいては伏せられてきた(タブーというより記者たちの不勉強によるところが大きい)。「0.1%」というような数字は、ほとんどの読者は初めて目にしたのではないかとう。

 諸外国の統計によっても、殺人や放火などの凶悪犯罪で、精神障害者による犯行はきわめて高い比率を占めている。たとえばアイスランドでは80年間に生じた全殺人のうち37.8%が精神障害者による、という(Petursson.H. & Gudjonsson,G.H.:Psychiatric aspects of homicide.Acta psychiat,64,1984)。「精神障害者による犯罪は多くない」という主張は、退場すべき過去のイデオロギーによる産物だった。


 昭和60年812日、御巣鷹山への航空機墜落事故で、520もの命が失われた。その便を予約しながら、たまたま知人との食事が長引いて乗りそこない、新幹線で大阪に戻った男がいた。

《あの晩遅くもどった男は、テレビ・ニュースで、自分が乗るはずだった機が行方不明になり、墜落したらしいということを知って、安堵した。妻も驚き、偶然の無事を喜んだ。そして、酒を飲んだ。風呂に入ったのは、もう夜中だったという。そこで彼は転倒し、頭を強く打った。どこを、どんな具合に打ったのか(中略)。よほど場所が悪かったのだろう、救急車で運ばれた病院で、男は死んだ。

 嘘のような、ほんとうの話である》(吉岡忍『墜落の夏』新潮文庫)


 御巣鷹山以外での(航空機)事故死者は合計10しかいない。ところが同じ年に、風呂場や床での転倒によって亡くなった日本人は1482人もいるのである(厚生省『昭和60年 人口動態統計(下巻)』)。同様の最新データによれば、平成10年に国内の飛行機事故で亡くなった日本人は22人だが(『航空事故調査委員会事務局報 平成10年版』)、足元を滑らせ風呂場などで転倒して亡くなったのは3053人、このほかに、浴槽内での居眠りや遊びや事故による溺死者は3178人にも達している(『平成10年 人口動態統計〈下巻〉』)。


 一年間における、全世界の飛行機事故犠牲者よりも、日本一国で殺される被害者のほうが多い、という事実も知っておきたい。平成10年の殺人、傷害致死、放火致死などによる犯罪被害者は合計1350人(『平成11年版 犯罪白書』)。毎日4人が殺されている計算になる。

 一般的にいって、ワイドショーや週刊誌に限らず新聞記事でも、希少なケースこそが大きく取り上げられる。その繰り返しによって、あたかも、滅多にない事例が多数現象であるかのような錯覚が、視聴者や読者に与えられてしまう。

 たとえば、階段から落ちて死んだ日本人は一年間に687人もいる(『平成10年 人口動態統計〈下巻〉』)。蛇口からの熱湯に接触してショック死した人は117人である。農薬や睡眠薬やガスなど「有害物質による不慮の中毒及び有害物質への曝露」によって亡くなったのは合計559人いるが、この人数は、自然の高温や暴風雨など「自然の力への曝露」によって亡くなった982人よりも少ない。誤解を恐れず事実のみに即していえば、この年に限らずいかなる年の統計を見ても、サリンや砒素や麻薬で亡くなった人より、たとえばスズメ蜂に刺されて亡くなる人のほうが、ずっと多いのである。


 警察(警察庁)は24時間以内の死だけを交通事故死として認識している。医療現場(厚生省)は、一年以内に交通事故を原因として死亡した場合をすべて交通事故死として計上し、それ以上生存した場合には「後遺症による死亡」とする。ただし警察としては日ごとごとの速報値を出さなければならないという使命がある。しかし、欧米諸国では30日以内の死者をすべて交通事故死としてカウントしている。警察の速報とキャンペーンのために死者がいるのではないことを、日本の警察にも自覚してもらいたい。法務省での会合時に与党代議士たちから聞いた話によると、刑法39条(神喪失)事件および少年事件とともに交通事故は、頻度が高い割には警察官の勤務評定にほとんど加算されないので、どうしても捜査が非常に甘くなりがちだという。抜本的に正されるべき事態だ。


 平成10年に日本人で人口妊娠中絶により殺された胎児は33万3220人にのぼる。(→最新データ


 日本は世界一の生命保険大国であり、圧倒的に50代以下の男女が加入しこれを支えている。日本の国民の一人当たりの保険金額は、たとえばオーストラリア人の17倍、イタリア人にお50倍である(生命保険文化センター『1999年版 生命保険ファクトブック』)。

 だが、日本人は男60歳、女69歳になって、ようやく(という表現は不謹慎だが)10人に1人が亡くなるに過ぎない。生保に対して私たちは、1割の確率枠に大金を賭けていることになる。競馬の単勝より大胆なギャンブルである。生保は、掛け捨てで充分だろう。

 平均寿命に達すると過半が死んでしまうと勘違いしている向きも多いようだが、男の平均寿命たる77歳での生存者は、同じ年に生まれた10万人あたり6万103人である。つまり、平均寿命に達しても同年齢の10人中6人以上が生きている。女の平均寿命たる84歳では、生存者は10万人あたり6万980人。ようやく(失礼)半数が没するのは男で81歳、女は87歳からなのだ。


 かわいそうに。

 彼には、自らへの批判に対する免疫がなかったのである。この現象は実に興味深いことではないだろうか、と私はうようになった。

 毒のない辛口スナックゆえ、またタイトルを見れば結論がわかるゆえに、安して読まれてきた彼は、他社への罵詈雑言で生活の糧を得ておきながら、自己への批判には耐えられず、少なくとも私が直接確認できたものだけで合計五つの出版社に執拗な圧力をかけ、私の仕事を奪おうとした(未遂に終わった五つだけが、強迫を受けた編集者から私に連絡があった。既遂は何件あったのか佐高氏に聞かないと正確にはわからない)。

 私はそのことにまったく腹を立てていない。不当な圧力がかかるのは、私のような書き手には必ずついてまわるリスクであり、総会屋まがいの圧力ごときに屈する編集者と、まともな仕事ができるとはえない。


 彼が最も得とするのは、外見への差別詰である。明らかに佐高信は病んでいるとう。誰か止めてあげる友人はいないのか。ついでながら、写真で見る彼の事務所の汚さは常軌を逸している。論理的混乱の外在的表現であろうとわれる。


 この人は刊佐高とか週刊佐高と自称するほどの本を現在執筆中であるが、おおむね共通するのは、中身の大半が書物の引用、またはパクリ、あるいは単なる書物の紹介に終始している点だ。


 このようにいつでも彼の文章は、《という》や《といわれる》のオンパレードである。まともな書き手は、《という》や《といわれる》に接して、それを徹底的に確認または疑うことから仕事を始める。


 断言してもいいが、佐高氏は今後最低10回は、石原(慎太郎)氏への批判の唯一の柱として、自分との対談での小さなエピソード(「変に気が合った」とか)を使い続けるだろう。対談をステータス向上運動に使い続けてきた人だからである。小渕首相と握手したことさえ、《幸か不幸か私も見つけられ、無断で手を握られまして、振り払うのも大人気ない。ならずも握手してしまった。(中略)「クレゾールで洗っても落ちないぞ」……》(「週刊金曜日」2000年128日号)などと10回以上も自慢してしまう。私はこの人を13年前から「小学生新聞記者の信ちゃん」と呼んでいる。


 わずか数行だけ触れる記述でも正確さを期すため、今度は現代日本の新興教団についても全部チェックしておきたくなる。だから毎の本代は40万円を越えてしまう。


 行政の変革者は、行政組織の外から現われる必要がありました。残ながら、これは進駐軍的な外科手術です。落下傘で降り立ったパブリック・サーヴァント型の知事がなすべきことは、初期には公約を矢継ぎ早に実現させつつ外部の人材も活用して県庁職員と地元マスコミの目を覚まさせ、4年以内に内部から「外部の眼をもった」有能かつ型破りな人材をわんさか引き出すことに尽きます。しばらく前まで、たとえ変革者が善戦しても「行政手腕が未知数」だと地方マスコミの人々は能天気に書いてきてしまったわけです。しかし実のところ、「行政手腕」の実態とは「庁内のあれやこれやの旧態依然に染まりきっている」というだけのことだったのです。つまり、旧来の首長は、庁舎内のことしか知らなかった。だから、中央政府の下請け機関であれば済んだ時代には、それでまあ「うまく」いっていたわけです。


偽善系―正義の味方に御用心! (文春文庫)

この50年の研究伸展一目瞭然


 植木雅俊訳『梵漢和対照・現代語訳 法華経』は、法華経研究に携わる世界中の学者であれ、法華経を学ぶ学生たちや一般読者であれ、アジアの宗教の根本的な文章である法華経を本格的に熟読しようと志す者にとって、画期的な書となることは間違いない。

 筆者は時間を見つけては、この美しく分厚い2巻を開いている。ページをめくればめくる程、深くする。サンスクリットの精密な校訂文と、400ページにも及ぶ詳細な文献学的、言語学的な注釈と、的な解説は専門家が今まで抱いていた数多くの問題点や疑問点を解明してくれる。

 学問の泰斗、坂本幸男・岩本裕(ゆたか)両先生の残された績を過小評価するつもりは毛頭ないが、植木氏の大作と学生時代からの座右の書としていた岩波文庫『法華経』を比較すると、この50年、研究がいかに進んだかが一目瞭然だ。

 翻訳の面から見ても、植木氏はあらゆる問や困を避けることなく、終始研鑚を重ねていてする。顕著な例を一つだけ挙げると、植木氏は、ダルマという梵語の翻訳に当たり、簡単でありながら極めて有効な単語を選ばれた。漢語の「法」「諸法」をそのまま用いるならば、どこまで翻訳といえるか疑問が残る。長い伝統の末に聖なる位置を占めるようになった「法」という訳語は、現代人にとって「法律」以外、いったい何の味を持つといえるのか。

 植木氏は、そのインドのの一番義深い観の一つを「ものごと」という優しく平凡な日本語で表わした。それは、大胆かつ極めて効果的な選択である。

 私は、10年ほど前に鳩摩羅什(くまらじゅう)訳の法華経フランス語に翻訳した。そこで私は、この例に関する方便品の「諸法実相」「十如是」に対応する個所を植木氏の訳に探してみた。この二つの教義は梵語の原文になく、鳩摩羅什訳にしかないことは周知の事実だが、「諸法実相」の相当個所に「あらゆるものごと」という馴染み深い日本語を見つけ、かつての激を新たにした。

「ものごと」という語から、中世の法文歌(ほうもんか)をい出したからだ。慈円などの歌では、「諸法」という漢語は「津の国の波(なにわ)のこと」(言い換えると、「なにごとも」という掛詞を以て比喩的に表現されている。

 梵語の原文を忠実に翻訳しようと努力しながら、わず中世の学僧の詩歌の響きを蘇らせる結果に至るとは、偉大な翻訳者の(わざ)というべきであろう。漢訳典を超えて、大和言葉の歌と梵語原文の妙なるつながりが明瞭になっている。

 私も、梵漢和対照の植木版法華経を導きにして、長らく滞っていた教梵語の勉強に戻りたくなった。


【ジャン=ノエル・ロベール/フランス学士院会員、パリ国立高等研究員教授/中外日報 2008-05-27】

法華経 上―梵漢和対照・現代語訳 (1) 法華経 下―梵漢和対照・現代語訳 (3)

政治は官僚を牛耳れるのか 土壇場決着の公務員制度改革


 改革を断行したかった安倍晋三首相(当時)は、渡辺喜美さんを指した。渡辺喜美さんというのは、無派閥孤立している。派閥に縛られていたら何もできないと考え、父である故・渡辺美智雄さんの派閥(現・山崎派)を出たのだ。彼は、相当の一匹狼で、やりたいことをやる、という男なのだ。

 ここから、公務員制度改革の入り口である、天下りあっせん禁止に向けた取り組みが始まるわけだが、一筋縄ではいかなかった。とにかく、渡辺さんの部下も、自民党役員も、閣僚も、さらに自民党の中の行革推進本部まで、全部丸ごと渡辺さんが掲げる公務員改革に反対したのだ。渡辺さんを外そうと、無茶茶なことをやった。


 冬柴国土交通相もその一人だった。身内の公明党議員が苦言を呈すほど、官僚に取り込まれている。

2008-06-02

「議員定数削減などを」 自民・国家戦略本部が提言報告へ


 自民党の国家戦略本部が週内に正式決定する政治体制改革プロジェクト報告案が1日、明らかになった。議員定数を衆院200(現行480)、参院50(同 242)に大幅削減し、比例代表を廃止した単純小選挙区制を導入するのが柱。与党内の反発は必至だが、同報告の仕掛け人ともいわれる中川秀直元幹事長らの支持もあり、「政界再編にらみ」との観測も出そうだ。

 報告では定数削減と共に政党助成金を現行の国民1人当たり250円から1000円に引き上げることも提言。首相任期中は党首選挙をせず、万が一首相が代わる場合は、衆院を解散すべきだ、とも指摘した。さらに(1)基礎年金の全額税方式化(2)消費税を地方の基幹税として移譲(3)主計局の機能を財務省から分離――なども盛り込んだ。


【日本経済新聞 2008-06-02】


 議員定数削減には大賛成だ。「伊吹発言に公明反発」というニュースもあるが、こういうのは先に政策を示すことが必要だ。いまの公明党じゃ、わあわあ囃(はや)し立てたところで、喧嘩にもならないだろう。先日の「サンデープロジェクト」に出演した中川氏の話によれば、定数削減は道州制導入後とのこと。

『精神科医になる 患者を〈わかる〉ということ』熊木徹夫


 そんななか、それとなくじていた疑問が再燃してきた。それは平たくいえば次のようなものである。

「なぜ精神科では、一人の同じ患者にカウンセリングをしながら、薬を処方しているのか」

「治療者はどのようにして患者のことをわかろうとするのか」

「ありのままにの中のことを話せ、と言われるけれど本当にできるのか」

「精神科医は、患者が病気であることを本当に証明できるのか」

「病気なのか〈甘え〉なのか、見極めがつかないといったことがあるのか」

「診断をつけずに治療をするなんてことができるのか」


 まるで位相の異なるはずの二つの治療法(薬物療法と精神療法)が、一人の患者に混合して施行され、ハーモニーを形作っている。どうしてこういう事態が起きるのか。その疑問を噛み砕いて言うならこうである。精神疾患をこころの病と考えるなら、それにどうして薬物が効くのか。また、逆にいえば精神疾患を脳の病と考えるなら、それにどうして精神療法が効いてくるのか。


 そもそも、精神科臨床の方法論にのっとり、個々の症例について厳密に「物語」を紡いでゆくなら、その延長線上に社会へ向けての「物語」など成り立たず、安直な社会評論はできないはずである。このようなことを続けていると、いつか社会の側から精神科のあり方に疑問が発せられ、精神科臨床の方法論の基礎が掘り崩される時がくるだろう。これは精神科だけでなく、ひいては社会の損失のはずである。

 さらにこのような精神科医には、自らの専門のおおもとである「物語」作成のすべを臨床から転用して、すべての社会事象に説明を与えようとする〈説明強迫〉傾向の強い人々が多い印象を受ける。実はこの〈説明強迫〉もよくない。精神科医がある犯罪者の奇行に説明をつけることにより、本人の独善的行状に社会的容認を与えてしまっている可能がある。言葉による現象の追認にすぎないとわれるものも多い。わからないものは説明せず「わからない」と話す勇気も必要ではないか。

 あらゆる社会事象に理学的な説明が求められるということもあるだろう。しかし、そういう今だからこそ、精神科医の責任は重大である。いたずらに精神科患者の範疇を拡張しないように、各々の医師してゆかねばならない。本当に精神科医療が手をさしのべるべき相手はだれか。それをしっかり識すべきである。加えて一般の方々も、自らが精神科の医療サービスを受ける立場になるかもしれないことを定して、先に示したような事情に自覚的になれるとよいだろう。「物語」の逸脱に対し抑制の働く治療者を、選びとる眼を皆がもてるようになるならば、精神科医各人も襟を正さずにはいられなくなるはずである。

精神科医になる―患者を“わかる”ということ (中公新書)

2008-06-01

『セックスボランティア』河合香織


 衝撃的なタイトルだが、「障害者と」を真面目に考察したノンフィクション作品。


 竹田さんはビデオでこんな言葉を語っていた。

介護を受けるってことは僕らにとっては最大の屈辱なんだ。我慢してるよ。生きるためにね」


【『セックスボランティア』河合香織(新潮社、2004年/新潮文庫、2006年)以下同】


「ソレデモ……」とかすれたでつけ加え、竹田さんは目を細め、ゆっくりと瞼を閉じた。

「イチド デ イイカラ カノジョ ト セックス シタ……カッタ」

 風俗店では、みどりさんのことを店の女に重ねている。亡くなって20年以上たってもなお、彼女へのうしろめたさのようなものをじるという。

「おんな の こ と あそびに いきたかった けっこんも したかった こども も ほしかった きょういくも うけたかった でも そう おもうことさえ ゆるされなかった」

 文字盤の上に、静かに涙がこぼれ落ちた。


 オランダでは「セックスボランティア」という仕組みが自治体の援助を受けて、組織化されているという。


 安積さんもワークショップの講座内容にはまだ満足はしていない。大阪での報告会で知的障害者の結婚についてグループで話し合っていた。そこで、養護学校の教師が「知的障害者の結婚についてどううか?」と質問を投げかけてきたので、「では、あなたの結婚観はどうですか?」と安積さんは教師に聞き返した。すると、その教師は「私のことは別にいいですから」と答えたという。


 優生保護法は不良の子孫の出生を防止することを目的として1948年に作られた法律である。遺伝のや精神疾患や顕著な遺伝身体疾患に加え、遺伝ではない精神障害者や知的障害者にも本人の同なしで生殖機能を断つことができるという内容になっていた。

 河東田さんによると、

1953年に出された厚生省のガイドラインでは、審査に基づく優生手術は、本人のに反しても行うことができ、やむを得ない場合は、拘束しても、麻酔を使っても、騙してもいいと明示されていた。とんでもない内容です。この法律は96年に改正されましたが、長い歴史の中で積み重ねられてきたマイナスイメージを払拭することは容易なことではありません。したがって、優生保護法が改正されてもなお、障害者は子どもを作ることすら認められないという状況があるのです」

 と言う。

 さらに、優生保護法でさえも、卵管や精管の結紮(けっさつ)、切断しか認められていなかったのだが、経の介護の軽減を目に、女障害者に対して子宮摘出手術が行われてきた事例もある。

セックスボランティア (新潮文庫)