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2008-09-30

組織利用を甘く考えるな

 このやり取りを読んでも理解できない面々は、以下の全てのページをつぶさに読んでもらいたい。

2008-09-29

2008-09-28

『仏の顔もサンドバッグ』小田嶋隆


 では、OA(オフィス・オートメーション)が定着し、事務が効率化したことは、素晴らしいことだったのかというと、話はそう単純ではない。

 なぜって、OAによって事務が効率化したにもかかわらず、ジャパニーズビジネスマンの超過勤務がたった半時間でも減ったわけではないからだ。

 そうだとも、考えてみようではないか。

 たとえばの話、これまで社員一人分の人事管理ファイルを更新するのに4時間かかっていたものが、データベースの導入によって2時間に短縮されたとする。

 と、人事部長は、

「さあて、今日からわが部は3時退社ということにしよう」

 と言うだろうか。

 言わないね。絶対に言わない。

 部長はきっと、

「よーし、今期から人事管理ファイルの項目数を倍にしよう」

 と言うか、でなければベテランの部員を子会社に出向させることを検討しはじめることだろう。

 おわかりになるだろうか。「事務の効率化」とは、つまり「単位時間内に一人の社員がこなせる仕事量の増加」にほかならないのであり、要するに「ノルマの増加」つまりは「労働強化」なのである。

 さらに地の悪い言い方をすれば、「事務の効率化」および「生産の向上」とは、単に「単位時間内にこなす仕事量の増加」のみならず、「一定の報酬を得るために必要な仕事量の増加」でもあるわけだから、これは給与生活者にとっては、相対的な貧窮化でさえあり得るのだ。


 12になると、街にユーミンの歌が溢れかえる。これは、もう10年も前から進行しているこの国の病気のようなものだ。

 なかでも「恋人がサンタクロース」というあの不穏な主張を含んだ歌は、最も高い頻度で、まるでシュプレヒコールみたいに脅迫的な調子でスピーカーから連呼される。

「ふざけるな、女に尽くすだけが男の甲斐だってのか?」

 まだ20代だったころ、私はこの歌に出てくるサンタ野郎に大いに反発して、「恋人が編んだズロース」という替歌を作ったことがある。恋人のために毛糸のズロースを編む男の哀れな姿を描写した歌だ。

 いい歌だった。

 が、だれもほめてくれなかった。

 何人かが片頬で笑っただけだった。


 本当のことを言えば、私は、盗人は、いつでも三分の理を持っているものだとっている。しかも、その盗人の掲げる三分の理は、われわれ常識人がなんということもなく信奉しているいかにも微温的な「七分の理」よりも、ずっと切実な基盤を持っているともっている。

 しかし、それでもなお、盗人は盗人で、三分の理は全面否定されなければならない。

 なぜなら、それが「正義」だからだ。

 正義のにおいて何かが語られるとき、「七割方は正義っぽい」だとか「ちょっぴり不正義だわな」といった調子の議論は成立しない。正義は、いつでも、100パーセントの白黒決着を要求する。

 別の言い方をすれば、正義というのは、これは一種の独善なのです。

 だから、正義は、常に徹底して不寛容であり、いつでも一方的にして排他的な形で貫徹されることになっている。どう間違っても、不正義の側の唱える「三分の理」を容認したりはしない。

 とくに、「国際社会」みたいな仮定的枠組のなかで語られる正義は、水戸黄門の正義と何ら変わるところのない、一刀両断の、馬鹿みたいに単純な正義だ。しかも、悪いことに、ここでは、水戸黄門的正義(「正義は勝つ」)が、みごとにでんぐり返った形(「勝った者が正義だ」)で適用される。


 さて、政府およびマスコミ関係の人びとがしきりに繰り返した「国際貢献」というのもまた、妙な言葉だった。「国際貢献」と彼らが言うときの「国際」とは、具体的にどこの国のことだったのだろう。

 しい問題だ。

 が、少なくとも、「全世界のすべての国」ではないことだけは確かだ。

 考えてみようではないか。

 平時ならいざ知らず、国と国が戦争をしている状況において、一方に対する「貢献」は、他方に対する「攻撃」にほかならない。とすると、この場合「全世界のすべての国」に「貢献」することは事実上不可能なのであるから、当然、「国際貢献」という言葉も味を失う。

 では、もう一度、「国際」とは、いったい誰のことだろう。

 単に「友好国」ということだろうか。あるいは軍事的経済的に優位を占めている国々、もっと露骨に言えば「戦勝国」のことだろうか。

 その通り。

「戦勝国」こそが、つまり「国際」なのだ。誰だって勝ちそうな馬の馬券を買いたがる。

 それだけの話だ。

仏の顔もサンドバッグ

2008-09-27

『翻訳語成立事情』柳父章


 このような「交際」を基本にすえてみるとき、日本の現実における「交際」の特徴が明らかに現われてみえてくる。それは「権力の偏重」という実状である。

 日本にて権力の偏重なるは、■(ニズイ+合/あまね)く其人間交際の中に浸潤(しんじゅん)して至らざる所なし。……今の学者、権力の事を論ずるには、唯政府と人民とののみを相対して或は政府の専制を怒り或は人民の跋扈(ばっこ)を咎(とがむ)る者多しと雖(いえ)ども、よく事実を詳(つまびらか)にして細(こまか)に吟味すれば、……苟(いやしく)も爰(ここ)に交際あらば其権力偏重ならざるはなし。其趣を形容して云へば、日本国中に千百の天秤を傾け、其天秤大となく小となく、悉(ことごと)く皆一方に偏して平均を失ふが如く、……爰(ここ)に男女の交際あれば男女権力の偏重あり、爰(ここ)に親子の交際あれば親子権力の偏重あり、兄弟の交際にも是(これ)あり、長幼の交際にも是あり、家内を出でて世間を見るも亦(また)然らざるはなし。師弟主従、貧富貴賤、新参古参、本家末家、何(いず)れも皆其間に権力の偏重を存せり。

【『文明論之概略福沢諭吉 1875年明治8年)】

 まことに鋭い日本文化批評である。それは1世紀後の今日の私たちにとっても身近に迫ってくるような指摘である。この現実分析や批評の根本に、福沢の「交際」という概がある。福沢のことば使いによって拡張された味の「交際」が、他方「偏重」という相対立する味をもつことばを引き出し、さらし出してみせたのである。


 ここで、原文のindividualは、福沢の訳文の終りの方の「人」と対応している。

 ところで、「人」ということばは、ごくふつうの日本語であるから、individualの翻訳語として使われると言っても、それ以外にもよく使われる。他方、individualということばは、ヨーロッパの歴史の中で、たとえばmanとか、human beingなどとは違った的な背景を持っている。それは、神に対してひとりでいる人間、また、社会に対して、窮極的な単位としてひとりでいる人間、というようなとともに口にされてきた。individualということばの用例をみると、翻訳者には、否応なく、あるいは漠然とながら、そういう哲学的背景が得されるのである。


「恋愛」とは何か。「恋愛」とは、男と女がたがいに愛しあうことである、とか、その他いろいろの定義、説明があるであろうが、私はここで、「恋愛」とは舶来の概である、ということを語りたい。そういう側面から「恋愛」について考えてみる必要があるとうのである。

 なぜか。「恋愛」もまた、「美」や「近代」などと同じように翻訳語だからである。この翻訳語「恋愛」によって、私たちはかつて、1世紀ほど前に、「恋愛」というものを知った。つまり、それまでの日本には、「恋愛」というものはなかったのである。

 しかし、男と女というものはあり、たがいに恋しあうということはあったではないか。万葉の歌にも、それは多く語られている。そういう反論が当然予されよう。その通りであって、それはかつて私たちの国では、「恋」とか「愛」とか、あるいは「情」とか「色」とかいったことばで語られたのである。が、「恋愛」ではなかった。


 こうして考えると、私たちが西欧哲学の翻訳を、「存在」のような漢字二字の表現を中に行なってきたのには、まことにもっともなわけがあった、と言わなければならない。

 この翻訳用日本語は、確かに便利であった。が、それを十分認めたうえで、この利点の反面を見逃してはならない、と私は考えるのである。つまり、翻訳に適した漢字中の表現は、他方、学問・などの分野で、翻訳に適さないやまとことば伝来の日常語表現を置き去りにし、切り捨ててきた、ということである。そのために、たとえば日本の哲学は、私たちの日常に生きている味を置き去りにし、切り捨ててきた。日常ふつうに生きている味から、哲学などの学問を組み立ててこなかった、ということである。それは、まさしく、今から350年ほど前、ラテン語ではなくあえてフランス語で『方法序説』を書いたデカルトの試みの基本的態度と相反するのであり、さらに言えば、ソクラテス以来の西欧哲学の基本的態度と相反するのである。

翻訳語成立事情 (岩波新書 黄版 189)

中教審:法科大学院縮小を…定員見直し、初提言へ


 法科大学院のあり方を検討している中央教育審議会の法科大学院特別委員会は、30日に公表する中間まとめで「法科大学院全体の規模を縮小すべきだ」と提言する方針を固めた。新司法試験の合格率低迷や志願者数減少が続く大学院には、自主的な定員見直しを要望。入学時の適試験に合格最低ラインを設け、学生の質を担保することも盛り込む。国の諮問機関が法科大学院の規模縮小を提言するのは初めてで、再編統合が加速しそうだ。

 法科大学院74校の入学定員は約5800人。中教審や文部科学省は、大学院の自発的な取り組みでは、教育内容や学生の質の保証がしいと判断し、より直接的に大学院に働きかけることにした。

 特別委は(1)定員規模に見合う教員数を確保できない(2)入試倍率が低下し、質の高い学生が確保できない(3)修了者の多くが司法試験に合格していない状況が続く――などの大学院は「自ら定員見直しを検討する必要がある」と提言する。

 特に小規模な大学院や地方の大学院で教員の確保がしい場合は、他の大学院と積極的に統合することを推奨。入学時の適試験の点数に合格最低ラインを設けることや、大学院で習得すべき最低限の内容(ミニマム・スタンダード)を設定することも求める。

 教員数確保のため、学部教員兼任でも大学院の専任教員扱いとすることが13年度まで暫定的に認められているが、この措置を延長しないことも提言する。

 法科大学院に対しては、国の認証評価機関が調査して「適合」「不適合」を判定しているが、教育の質はほとんど問われていないのが実情。文科省は、今回の提言に沿った改善が行われているかを判定できるよう、評価基準を定めた省令の見直しを進める方針だ。

 法科大学院は、志願者数や入試倍率の低下が続き、今年は新司法試験の合格率が初めて3割台となるなど、法曹養成機関としてのあり方が問われている。このため、特別委は学生や教育の質を向上する方策を議論してきた。


【毎日新聞 2008-09-27】


 創大法科大学院への影響が懸される。

2008-09-26

2008-09-25

天木直人


 元駐レバノン日本国大使。イラク戦争に反対し、外務省を解雇される。その後、『さらば外務省! 私は小泉首相売国官僚を許さない』がベストセラーになる。2005年、小泉首相(当時)と同じ選挙区から立候補するも、得票数はわずか7475票で終わった(当選した小泉は19万7037票)。


 Wikipediaによると、「立候補の際、新聞や公式サイトで民主党・日本共産党・社会民主党に自党候補の擁立断と自分を推薦すること、そして各野党支持者に自分への投票を呼びかけたが落選。民主党には自民党への吸収合併を、共産・社民両党へは『潔く消滅せよ』と解党を要求した」とのことで、身勝手な悩乱ぶりが露呈した。その後、2007年の衆院選に出馬するも、またまた落選。ドクター中と同じ道を歩んでいるようだ。


 そもそも制度上、キャリアとノンキャリアの試験がべつに設けられているのだから、優秀な者や志の高い者がキャリアの試験を受けるのは自然である。最初からノンキャリアの試験を受けるような奴は、歩留まりを見越した敗北者なのである。


【『さらば外務省! 私は小泉首相と売国官僚を許さない』天木直人】


 単なる差別主義者だったんだな。週刊誌情報を鵜呑みにして、ブログで垂れ流す愚か者でもある。

小泉元首相引退へ=次期衆院選に出馬せず


 自民党幹部は25日、小泉純一郎元首相が次期衆院選に出馬せず、今季限りで政界から引退する向を固めたことを明らかにした。後継は次男の進次郎氏になるという。

 小泉氏は、衆院神奈川11区選出で当選12回。2001年4から06年9まで首相を務めた。


時事通信 2008-09-25】

『山手線膝栗毛』小田嶋隆


 一つだけ紹介しておこう。これは凄いよ。小田嶋隆、34歳の時の天才的なコラム。もはや神がかりの領域に達している。ただし、「障りの良い言葉」という表現は間違いで、「あたり」が正解。


 川端康成に「川のある下町の話」という小説があるが、この小説が書かれた頃には、「川」とか「橋」とか「土手」という言葉にはもっと違った風情が含まれていたはずなのだ。

 たとえば初夏の夕刻は、川べりに涼風が流れたはずだし、その風は、当然、一片の重油の匂いも含んでいなかった。そして、土手の斜面に腰掛けて夕涼みをしている少女の長い髪は、どこからどう考えてみても、たおやかになびかなかったはずはないのである。

 ところが、わが平成の東京の川風は、メタンガスと廃油とアオミドロの匂いを乗せて、ビルの壁の間のひねこびた通路を灰燼を巻き上げながら通り抜けて行く。であるから、もちろんそんな場所で夕涼みをする少女なんてものはいるはずがないし、いたところでそういう女の奥歯には、いじきたなく食べ散らかしたピザの切れっぱしがはさまっているに決まっているのだ。

 環境破壊の話をしているのではない。

 私は、不動産屋の陰謀の話をしているつもりだ。

 つまり、具体的に言うと、「主に東京の西半分を拠点に土地開発を展開した私鉄不動産複合体財閥の連中が行なった悪質なる水辺蔑視定着活動の成果」の話を私はしているわけなのだ。

 川は水害と病原菌と公害の源泉であり、海抜高度の低い所に住むのは貧乏人でありまして、ですから丘の上に住むのでなければ貴族階級とはいえないのでござあますのよ、というこのは、決して確かな伝統を持ったものではない。せいぜい戦後半世紀足らずの間に醸成されたプチブルの典型例であるに過ぎない。


 欧米の事情はいざ知らず、わが国では、いや、もっと範囲をせばめて少なくとも東京では、と言い直しても良いが、少なくとも我らが東京では、山の方に住んでいる人間は田吾作だったのである。

「なんでえ、おめっちのとこにゃ橋もないってか」

 ってえくらいなもので、何が悲しいといって、江戸っ子が、運河も掘ってないような山奥に追いやられるほど悲しいことはないのである。

 しかし、それでも大手不動産屋たちは、「○○丘」や「○○台」こそが高級住宅地だ、という宣伝を怠らなかった。なぜかといえば、彼等がどう土地を売ろうとっても、東京で土地が余っていたのは内陸の台地ばっかりだったからだ。海辺や川べりの「一等地」(とあえて言うぞ、オレは)には、すでに由緒正しい江戸っ子が住んでいて、新しく東京に出てきた作蔵だの捨吉ずれに分けてやれるような半端な地面は、草深い「山の手」にしか残っていなかったからだ。

 であるからして、彼等、鉄地複合体制(鉄道および地上げ複合企体)は「郊外」という障りの良い言葉を発明した。そして、それをムジナが出るような二毛作の大根畑に当てはめる一方で、返す刀で東半分の旧東京を「水っぺり」呼ばわりにし、そのイメージの低下を促し続けたのである。

 ……と、何かにつけて私が繰り返しているこの主張は、考えてみれば、「東京者」という、結局のところ東京において最も田舎臭い存在におちぶれてしまった存在である私のような者だけが抱いている、一種のひがみなのかもしれない。

 このことは認めても良い。

 しかしながら、地方出身者にだって地方出身者のひがみがあるはずだ。

 たとえば、東京の西半分を造成した張本人である五島某太や堤某次郎のような人々は、地方出身者であったが、その彼等には「東京者だけが集まって田舎者いびりをしている旧東京体制」に対する敵があったはずだと私はっている。

 だからこそ彼等は、

「よおーし、そんならオラが新しい東京を作ってやるから覚悟してやがれ」

 と決したのであり、そうやって出来たのが、田園調布であり所沢であり多摩プラーザであり、つまり現在の東京であるわけなのだ。

 ううむ。とすると、ひがみのスケールとして、明らかに彼等の方が大きい。それに、おなじひがみと言っても質がまるで違うじもする。

 なにより、我々東京出身者がもっぱら過去の東京や少年時代の東京に拘泥しているのと比べて、彼等地方出身者は東京に自らの未来を見ている。

山手線膝栗毛

「補正」引き金に 11月総選挙へ


 麻生政権が24日、発足し、与野党は総選挙に向けて走り出した。「1021日公示―112日投開票」の日程を固めた麻生首相は「選挙の顔」として自ら衆院選の前線に立つ構えだ。対する民主党の小沢代表は「政権交代の秋」を掲げ、総力戦で臨む。


民主と協調でも決裂でも――麻生自民 10上旬解散


顔と景気

「政策を実際に実行し得る力は我々政権与党である自民党以外にあり得ない。民主党では断じてない」

 麻生首相は24日昼、首相指選挙を目前に控えた自民党両院議員総会でこう力説した。

 首相は衆院選に臨むにあたって、国民的人気の高い自らを「選挙の顔」として最大限利用する考えだ。通常は官房長官の仕事である閣僚簿の発表を自ら行ったのも、その一環だ。

 同時に、前面に打ち出したのが、景気重視の姿勢だ。財務・金融相には積極財政論者の中川昭一氏を起用。閣僚簿発表の際には、閣僚ごとに重視すべき政策を個別に挙げる中で、景気回復への決を示し、鳩山総務相には「地域の元気回復」、舛添厚生労働相には「雇用の安定」、二階経済産相には「中小・零細企の抱えている問題」への対応をさせると強調した。


3連休中日

 首相が衆院解散の前に2008年度補正予算の成立をさせるべきだと繰り返してきたのも、「景気重視の麻生」をアピールする狙いからだ。これが、衆院選の日程を、当初の与党の構から変えることになった。

 与党は当初、119日投開票で調整を開始。その後、自民党総裁選の余勢を駆って衆院選に臨む戦略から1026日投開票に前倒しする案が浮上。それが、首相の補正予算成立の可能を探る向を受け、112日投開票に落ち着いた。

 政府・与党は29日に補正予算案を国会提出し、各党代表質問のあと、106日から衆院予算委員会で審議を始める予定だ

 首相がまず頭に置くのは、民主党の協力を得て衆参両院で2日ずつ審議し、109日に補正予算案を成立させ、ただちに解散する「話し合い解散」だ。

 燃油高騰対策などを柱とする補正予算案は、首相が幹事長時代にまとめた緊急経済対策を具体化する内容で、麻生カラーを発揮する好材料と位置づけている。

 ただし、民主党が審議引き延ばしを図った場合は、補正予算案の衆院審議の途中でも、解散に踏み切る考えだ。「『民主党が景気対策の邪をした』と批判できる」との読みがある。麻生氏周辺は「これまでの民主党の対応をみれば、話し合い解散より、見切り発車の可能が高い」と語る。

 大島理森国会対策委員長は24日、補正予算案について記者団に、「一日も早い成立を願う」と述べた。その一方で、補正予算案には民主党が反対したガソリン関連税の補填分が含まれていることに触れ、「これは民主党の後始末をする補正でもある」と語り、民主党が法案の早期成立に協力するとは考えにくいとの見方をにじませた。

 投開票日となる112日は、土曜日を含めると3連休の中日にあたり、「行楽などで投票率が低くなることを狙っているのではないか」との批判が出ることを懸するが与党内にはあった。だが、最近は、期日前投票の活用が定着していることもあり、首相は反論できると判断したようだ。


合言葉

「いよいよ、最終決戦のスタートの日を迎えた。昨年は(参院選で)『逆転の夏』の合言葉どおりの結果を出した。今年はまさに『政権交代の秋』だ」

 民主党の小沢代表は24日の代議士会で、こう訴えた。

 野党共闘で政府・与党批判を強め、「政権交代ムード」を盛り上げるのが小沢氏の戦略だ。08年度補正予算案審議に当面協力する構えを見せるのも、予算委員会という、「政府・与党の不祥事を追及する舞台」を確保することが選挙に有利だとの判断からだ。24日夕には小沢氏と菅代表代行ら幹部が国会対応を協議、〈1〉農薬などに汚染された「事故米」〈2〉厚生年金の記録改ざんへの社会保険庁職員の関与〈3〉リーマン・ブラザーズ破綻――の「3点セット」の追及を決めた。菅氏は記者団に、「実質上の話し合い解散になるなら、我が党も対応したい」と語った。

 社民党の辻元清美衆院議員は24日、就任あいさつに訪れた首相に、「麻生さんの失言を引き出せるように頑張ります」と語りかけた。


史上最短

 社民党の福島党首は24日午前、首相が早期解散に踏み切る向であることを踏まえ、民主党の鳩山幹事長に、「『自民党史上最短内閣』にするべく頑張りましょう。自民党が与党である最後の内閣になるように」と呼びかけた。鳩山氏は「(最短の解散は)鳩山内閣だった」と笑わせた。

 民主党が補正予算案の審議に協力せず、首相が107日に衆院を解散した場合は、就任からわずか14日目での解散となる。現行憲法下では鳩山幹事長の祖父、鳩山一郎首相の46日目の解散が最短なので、麻生首相がこの記録を塗り替えるのは確実な情勢だ。

 就任40日目の112日の衆院選で敗れると、後継首相がすぐに選ばれれば、現行憲法下で最も在職期間が短い羽田首相の64日より短命となる。


比例は公明」呼びかけず

「効果ない」

 自民党は次期衆院選の小選挙区選候補に対し、「比例は公明に」と支持者に呼びかける選挙運動をしないよう徹底する方針を決めた。古賀選挙対策委員長が提案し、公明党太田代表も受け入れた。これまで、小選挙区選で公明党支持者の協力を得る見返りに、自らの後援会などに「比例は公明に」と呼びかける例が多かった。しかし、公明党からも「自民党支持者に反発され、効果がない」(幹部)と指摘が出ていた。


【読売新聞 2008-09-25】

学会の発展は「一人ひとりを大切にしてきたから」


 昨年12中日友好協会の青年代表団の方々とお会いした。その際、“なぜ学会は発展したのですか”との質問に、私は「一人ひとりの学会員を大切にしてきたからです」とお答えした。すると中国の若き友人も、「やはり、そうでしょうね」と深く頷いておられた。

 学会員は尊い子である。善知識である。皆さま方は民衆と共に、更に我が同志と共に生き抜いていただきたい。これが、皆さま方が生きゆく大道であるからだ。間違いなき正道だからである。私は、このことを確信をもって訴え、お願いをしておきたい。

 同志を見下したり、利用するなど、とんでもないことだ。同志を軽蔑し、手段として自らの栄えを図ろうとした人間が、いかに哀れな末路の人生となっているかは、皆さま方がよくご存じの通りである。

 子である学会員を尊び、大切にしてこそ、広宣流布の発展があり、私どもの栄光の人生もある。私は会員の皆さまを守り抜くために、誰よりも非、迫害を受け、誰よりも戦ってきた。これが私の「魂の勲章」とっている。私は何ものも恐れない。これからも、大聖人の御遺命のままに、正法正義(しょうぼうしょうぎ)の道を進むのみである。


東京・小金井圏青年会議 1990-01-28 小金井池田文化会館


「一人ひとりの学会員を大切にしてきたからです」――この件(くだり)をにした瞬間、「中国に対する先生の指導だ」と私の下劣な直観が告げていた。中国は大きな国だ。中国政府が人口を掌握できないほどである。多民族、多言語でとても一つの国家とはえない。また、一党独裁のツケとして官吏の汚職がまかり通っている(今年310日の発表によると、過去5年間で21万人が摘発されている)。そして、人の命が軽い国だ。


 今再び読むと、「第2総東京に言われたのかな」ともう。第2総東京は東京を乗っているが、実は東京ではない。東京郡の三多摩地方である。その田舎度において、神奈川県を軽く凌駕している。つきまとって離れない劣等を払拭する目的から、創大・牧口記会館・富士美術館をテコに「今や世界広布の震源地だ」と勘違いしている連中が多い。こうした反応自体が田舎である有力な証拠となっている。ま、多摩ニュータウンの第1回目の入居が1971年だから、新興地域といっていいだろう。その中にあって八王子は古い地域であるため、新住民に対する閉鎖が強い。正真正銘の田舎だ。


 また、「本部長以上の幹部に言われたのかな」ともじる。本部長といえば、それなりに“偉い役職”だと末端会員は見る。本当は偉くも何ともないんだけどね。ただ単に会う機会が少ないから、“偉そーに”見えてるだけの話。でね、“偉そーに”振る舞っているのが多いんだよな。滑稽極まりない。本部長以上の役職で「一人ひとりを大切にしている」幹部は一人もいない。なぜなら、人数が多過ぎるからだ。とてもじゃないが、全員に会うことはしい。となると、“会った人”を大切にするしか手はない。しかし残なことに仕事量が多いため、その場限りのどうでもいい激励に終始しているのが実態だろう。


 このように考えること自体が、“己の外”に指導を置いている証拠であり、「信の評論家」に陥りやすい罠がある。ハイ、「信評論家・小野不一」です。


 人は、自分が大切にされた分しか、他人を大切にできない。「ここまで自分のことをってくれるのか」――その激が勇気に火を点け、猛然たる人間革命の闘争が開始される。子育ても同様であろう。親から蔑(ないがし)ろにされ続けてきた子供が、友達に優しく接することはできない。


「気になるか、ならないか」が境涯の分かれ目である。冴えない顔色、伏し目がちな表情、あやふやな言葉づかい――小さな変化を察知するレーダーを持つ幹部は少ない。だからこそ、自分が育て。理のリーダーに育て。

2008-09-24

『民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう』薬師院仁志


 古代のアテナイでは、統治形態を三つに分類して考えるのが一般的であった。すなわち、王政、貴族政、民主政の三つである。この分類法自体は、それほど違和を与えるものではあるまい。むしろ、問題は、この分類が何を第一の基準にしていたのかという点にある。

 その解答を極めて単純に言うならば、志決定者の数だということになろう。具体的には、それが一人なのか、一部なのか、全員なのかということである。王政には一人の支配者がおり、貴族政には一部の支配者がいる。それに対して、全員参加の民主政が、「人民による支配」なのだというわけである。


 ともあれ、古代アテナイ型の分類法に従えば、今日の議会制民主主義は、本来の民主政ではなく、むしろ貴族政だということになってしまう。国権の最高機関にして唯一の立法機関である議会が、全員ではなく、ごく一部の者によって構成されているからである。

 とはいえ、現実問題として、大きな国では、全有権者が一堂に会して直接話し合うことなど不可能であろう。だからこそ、ルソーは、「一般に民主政は小国に適する」と指摘したのである。直接民主制、あるいは、少なくともそれに近い制度を実施しようとすれば、そうならざるを得ないだろう。


 ここまで言えば、ルソーが「抽籤による選任法は民主政の本質にかなう」と考えた理由は、もはや説明するまでもあるまい。全有権者(母集団)の縮図は、無作為抽出(ランダムサンプリング)によって構成する以外にはないのである。社会調査の常識が教えるとおり、標本抽出(サンプリング)は、あくまでも無作為(ランダム)でなければならない。ルソーが「抽籤による選任法は民主政の本質にかなう」とする理由もまた、「誰が選ばれるかは一切人間の志と無関係」だからというものである。

 全体(母集団)に忠実な縮図を構成するためには、一切の人為的要因を排除しなければならない。あえて極端な言い方をすれば、全員による民会には周囲から嫌われているタイプの人間も参加する以上、議会や会議もまた、そのような人間を実社会と同じ比率で参加させなければならないというわけである。だから、直接民主制をモデルにし、その論理を延長するならば、選挙のような人為的介入は、むしろ排除すべきものとならざるを得ない。


 代議制民主主義の定義に従えば、選挙で選ばれた者の発言力が大きければ大きいほど、その社会は民主的だということになり、選挙で選ばれてもいない者の圧力が幅を利かせるような社会は、極めて非民主的だということになる。国王であれ貴族であれ資本家であれ労働組合であれ宗教団体であれ市民団体であれ、選挙で選ばれてもいない者が、選挙で選ばれた者たち以上の発言力を持つのであれば、そもそも普通選挙で代表者を選ぶ味など全くないのである。

 もちろん、それらの見や立場を無視してよいというのではない。だが、選挙で選ばれた者たちが決定し、全体の奉仕者がそれを実行するという原則だけは、最大限に尊重されなければならないのである。


 フランスで最も有なレストランの案内書といえば、『ミシュランガイド』である。いろいろと問題も指摘されているが、依然として非常に権威ある案内書であることには変わりない。一方、アメリカで同じ地位にあるのは、これまた有な『ザガットサーベイ』である。どちらも、レストランの紹介と格づけを幅広く行っている点では、似たような案内書であるように見える。ただし、両者は、似ているようで、その本質は全く違うのである。

 フランスの『ミシュラン』の場合、レストランの格づけは、選び抜かれた専門家によってなされている。料理に詳しく味覚を鍛えた調査員が客を装ってレストランを回りながら、専門知識に基づいて評価を下すのである。一方、アメリカの『ザガット』では、一般読者の人気投票によってレストランの格づけが決められる。しかも、その投票権は、万人に対して同様に開かれている。誰の一票でも、一票は一票なのである。アメリカ型の民主主義は、エリートと庶民の質の差を認めない。むしろ、その差を消去することが民主的だと考えられている。だからこそ、頭数だけが問題にされるのである。おそらく、ミルやラッセルからすれば、『ザガット』的な決定法ほど、衆愚的なものはないということになろう。


 なお、選挙に立候補するのにバカ高い供託金を求められるという制度は、21世紀になっても全く変わっていない。これは、他の先進国には見られない日本の伝統である。アメリカやフランスやドイツやイタリアに至っては、今や供託金制度そのものが存在しない。

 また、1925年の「普通選挙法」を考える際には、それに先立って「治安維持法」が可決成立していたことを忘れてはならない。同法によって、まず「国体ヲ変革」する結社および運動の禁止が明確化されてから、その後になって、普通選挙が可決成立したのである。これならば、誰が衆議院議員に選ばれたところで、大日本帝国憲法下の体制が変わる可能は全くない。

民主主義という錯覚

2008-09-23

【国民新党代表代行】証人喚問問題で選挙応援持ち掛け暴露


 国民新党の亀井静香代表代行は23日、長野県塩尻市で講演し、麻生新政権について「解散や国会召集日まで(公明党の支持母体である)創価学会の言いなりだ」と指摘。その上で公明党について「矢野絢也元公明党委員長の証人喚問が『嫌だ』と言って、(喚問をやめる条件に)国民新党への選挙応援を持ち掛けてきている」と暴露した。

 亀井氏は、公明党側からの働き掛けについて「次期衆院選で国民新党の亀井久興、糸川正晃両衆院議員を応援するとの話が来た」と明らかにした。その上で「自民党は公明党に振り回されている。そんな政党に(麻生)政権が振り回されていいのか」と批判した。

 矢野氏は「言論活動を妨害された」として創価学会を提訴しており、亀井氏は民主党の菅直人代表代行らと共に臨時国会でこの問題を追及する構えを示している。


【毎日新聞 2008-09-23】

退転と不退転について


 ティラデンテスにとって、かつての同志の変など、小事であったに違いない。彼は自らの死をも超えて、祖国ブラジルの独立と自由を夢見、確信していた。死んでゆく彼のはどこまでも強く、勇気と慈愛の魂にあふれていたのである。

 ティラデンテスに報われたものは「死」であった。しかし彼は、「」の勝利、「魂」の勝利を勝ち取った。「」の強さこそ勝利である。革命精神を捨て、同志を裏切った者は、「死」は免れたかもしれないが、既に「敗者」であった。彼らは、「敗北」の汚を永遠に背負ってゆくことになった。

「勝利」も「敗北」も、「敵」も「味方」も、「幸福」も「不幸」も、すべて我が身の胸中、「一念」にある。外面に現れた姿は、一つの仮の姿にすぎない。真の実像は、「」の中に深く刻まれているものである。その味で、ティラデンテスこそ、真の勝利者であった。


 1792年421日、ティラデンテスは46歳で処刑された。ポルトガル政府は見せしめのために、彼の故郷で(原文は「に」)遺体をさらしものにした。そして、子孫3代にわたって制裁を加えることを決めたという。

 しかしブラジルの民衆は、一人の真の勇者を決して忘れはしなかった。彼の志は多くの人たちに受け継がれた。

 革命の火種は、やがて赤々と燃え広がり、ティラデンテスの死からちょうど30年後、ブラジルは独立を達成するのである。


東京・小金井圏青年会議 1990-01-28 小金井池田文化会館


 私の世代であれば「ティラデンテスの指導」を知らぬ者はいない。いたとすれば、そいつは田舎者(もちろん差別用語)だ。前を田吾作に変えるべきだと言っておこう。


 今、ネットで調べたんだが驚くほど情報が少ない。一般的には「チラデンテス」と表記されているようだ。ティラ=抜く、デンテス=歯で「歯抜き」。つまり、歯科技術を持っていたジョアキン・ジョゼ・ダ・シルバ・シャビエルの俗だ。ま、渾(あだな)といっていいのだろう。


 アメリカ合衆国の独立が1783年、フランス革命の発端となったバスティーユ牢獄の襲撃1789年のこと。つまり、ティラデンテスはナポレオンと同時代を生きたことになる。ポルトガルからの独立を夢見たティラデンテスは「貧しい」という理由でスケープゴートにされた。裕福で士でもあった他の9人も死刑になるはずだったが、結局、国外追放ということで落ち着いた。ティラデンテスはリオのランパドーザ広場で絞首刑となった。遺体は見せしめのため八つ裂きにされた。この広場は現在「ティラデンテス広場」とづけられている。

 調査は以上だ。本題に入ろう。疲れてきたので手短に書く。


 私は二十歳(はたち)の頃、会う人ごとにこんな質問をした。「『御本尊を踏まないと殺す』と言われたらどうする?」と。「エー、突然そんなこと言われてもなあ……」「と言ってる間に殺されるよ。さあ、どうする!」。少年部時代からの知り合いであるSがこう言ったのを今でもはっきりと覚えている。「その場で踏んで、家に帰ってから懺悔の唱題をする」。Sよ、お前ってやつは……何て正直者なんだ。この時、Sはまだ活動していなかった。


 我々は手がつけられないほど安易な姿勢で「不退転」を口にする。そのくせ実際は、勤行さぼりまくりの「退転の日々」を優雅に過ごしたりしている。退転と不退転の間には無限の距離が存在する。多分、エベレストの山頂よりも遠いよ。


 私がここで提示したい疑問はこういうことだ。「退転したっていいじゃないか」。相田みつをが既に言っていたかも知れない。私はなにも「ものわかりのよさ」を奨励しているわけではない。ただ、何とはなしに、もっと再チャレンジを認めてやってもよさそうなものだ、と考えているだけなのだ。ところが、人間社会(特に宗教団体)で「裏切り」は道徳にもとるものの最たる行為とされている。「裏切り者には死を!」ってじだよな。


 御書を開いても「退転することなかれ」のオンパレードである。ではなぜ、「退転しても構わないけど、また戻って来るんだよ」とは言われなかったのか? こういう自問自答をしないから、君の対話には説得力がないのだよ。淫祠邪教に洗脳された信者みたいのが学会には多過ぎる。まったく反吐(へど)が出そうだ。


 生命尊厳を説く法が、殉教を奨励する。この矛盾の中に鍵が隠されている。殉教者は遺された人々の魂に火を点ける。ティラデンテスも吉田松陰も同じ方程式だ。イエスソクラテスも同様だ。たとえ殺されたとしても、断固として曲げない信が人々の背骨に鋼鉄のごとき芯を打ち込むのだ。一人の死が万人の生に生かされる――これが殉教の本質であろう。


 と書いていて気づいた。不退転のゴールはエベレストの山頂である。つまり、そこで待ち受けているのは“確実な死”に他ならない。不退転=殉教である。今日は冴えているぞ。


「中々折伏が決まらなくて」とか、「うちの組織は人材が少ないんだよね」とか、「近頃はクソみたいな幹部しか見当たりませんなあ」とか、「新聞啓蒙さえすりゃあ、いいのかよ!」とか言っているようじゃ、エベレストの麓をうろうろしているようなレベルだろう。諸君を「1合目グループ」と命しよう。


 エ? 何? 私? そうだなあ、私のレベルはどうだろうね。青年部時代は「歌って踊れる創価班」を目指していたのは確かだ。本部担当の総括を降りる際、「安室奈美恵のような若い女と結婚する予定である。これからは私のことを“亀戸のサム”と呼ぶように」と皆に強要したことも間違いない。後輩を殴ったり蹴ったりしたのも事実である。ということで、私のレベルを公正に判断すると、4合目くらいでしょーな。


 誤解のないように断わっておくが、私の能力があと60%ほど未開発であるという味ではない。あと60%ほど、私の知らない妙法と師弟の世界があるだろうとの予測である。


 人生は短い。余命3ヶも、余命3年も、余命30年も大した差はない。生まれたばかりの赤ん坊だって、余命70年なんだよ。こんな短期間で誰もがになれるというのは真っ赤な嘘だ。なれるはずがない。そんなものは「創価都市伝説」だ。なぜなら、になれるのは不退転で一生を歩み続けた人だけなのだから。

2008-09-22

2008-09-21

『青い虚空』ジェフリー・ディーヴァー


 ジェフリー・ディーヴァーの作品は、二転三転どころでは済まない。読者は残された本の厚みによって物語が終わらないことを辛うじて確認し、ホッとする。ハッカー犯罪の究極の姿を描いた内容だが、夫婦や家族といったテーマが通奏低音となっている。タイトルはインターネットを示すディーヴァーの造語。この由来にも実は一ひねり利かせている。そしてラストは、まさかのナックルボール。ディーヴァーはいつも、予測不能な変化球を投げつけてくる。


 題は〈青い虚空(ブルー・ノーウェア)の生活〉。コンピュータは理学から娯楽、知、肉体的な快適、悪にいたるまで人間生活のあらゆる側面に影響をもたらす歴史上初の技術的発明であり、そのため人間と機械の関係はますます接近していくというテーマに沿って、この変化は恵がある一方、危険も多くはらんでいるとしていた。“ブルー・ノーウェア”という言葉はコンピュータの世界を示す“サイバースペース”と置き換えてもいいし、あるいはマシン・ワールドと呼ぶこともできる。ジレットの創り出したフレーズのなかで、“ブルー”はコンピュータを動かす電気を味し、“ノーウェア”は実体のない場所を指している。


 希望は一片でも持ってはいけない。監獄では、期待が死への第一歩だ。


 はじめに神は高等研究計画局ネットワークを創造され、それはARPAnet(アーパネット)と呼ばれた。ARPAnetは栄えてMilnetを生み、ARPAnetとMilnetはインターネットを生み、やがてインターネットとその子孫であるUsenet(ユーズネット)のニュースグループとワールド・ワイド・ウェブが三位一体となって、神の民の暮らしを未来永劫変えた。

青い虚空 (文春文庫)

2008-09-20

『制度と文化 組織を動かす見えない力』佐藤郁哉、山田真茂留


 もっとも、文化化と言っても、個人が自分の置かれた文化的環境の中に埋没してしまうことは、個人や社会にとって必ずしも望ましい状態であるとは言えません。むしろ、時には自分が生活する社会や集団の決まり事や約束事に対して一定の距離をとることこそが、個人の精神衛生上も、また組織自体の健全という点から言ってもより望ましいことが少なくありません。たとえば、会社の文化に完全に染まり、その中に埋没している社員は、社風改革や企風土改革に対する「抵抗勢力」になってしまうことが少なくないでしょう。同じように、界レベルの通や既存の界文化にどっぷりつかっている企にとって、新しいビジネスパラダイムビジネスモデルを自らの手で構築していくことは非常に困な課題になるでしょう。


制度と文化―組織を動かす見えない力

投票先は民主31%、自民29%=政党支持とねじれ−時事世論調査


 時事通信社が12-15日に実施した9の世論調査によると、政党支持率は自民党が前比0.2ポイント増の20.9%、民主党は同2.2ポイント減の12.8%。一方で、次期衆院選比例代表の投票先を尋ねたところ民主党を挙げた人は31.3%で、自民党の28.8%を2.5ポイント上回った。支持する政党と実際の投票先とでねじれがみられた。

 自民党は総裁選を通じて政策をアピールし、ムードを維持したまま新首相の下で、来上旬に衆院を解散する戦略を描いているが、調査結果からは、大きな効果は期待できそうにない。 

 政党支持率では、自民と民主の差が前の5.7ポイントから8.1ポイントに拡大。40歳代で唯一民主が自民を上回ったほか、民主支持が男(17.0%)に比べ女が極端に低い(8.8%)のが目立った。

 このほかは、公明3.2%、共産2.2%、社民0.5%、国民新と新党日本がそれぞれ0.1%で、支持政党なしの無党派層は56.9%だった。

 比例代表の投票先では、民主、自民に次いで公明が3.7%。以下、共産2.5%、社民1.6%などと続いた。勝敗のカギを握る無党派層に限ってみると、「分からない」が半数近くを占めたが、28.1%が民主と答え、自民の17.8%を10ポイント超上回った。

 次期衆院選の時期については「年内」が35.0%でトップ。2位の「新首相の下で即刻」(31.0%)と合わせると、全体の3分の2を占め、早期解散を求めるが強いことがうかがえる。


望む政権、大連立が依然トップ


 一方、望む政権の枠組みを尋ねたところ、「自民、民主などの大連立」の21.4%が最も多かったが、前より2.6ポイント低下。2位は「自公連立」の15.3%で、「民主単独」(12.8%)を逆転した。

 調査は全国の成人男女2000人を対象に個別面接方式で実施。有効回収率は66.7%だった。


【時事通信 2008-09-19】

韓国:国民年金公団、米への投資で500億ウォンの損失

 預貯金、保険・年金の掛け金はマーケットという海へ流れ込む。マネーは流動そのものである。金融市場はゼロサムゲームだ。誰かの損が誰かの得になる。問題は誰が得をしているのか、ということ。

後期医療廃止方針、公明から疑問の声


 舛添厚生労働大臣は20日、TBSの報道番組に出演し、後期高齢者医療制度の廃止に改めて言及しました。これに対して、連立を組む公明党から疑問のがあがりました。

「後期高齢者医療制度を見直すことについて、麻生幹事長は全く同じ考え方で、仮に彼(麻生氏)が総理になれば、彼の政策として出します」(舛添要一 厚労相)

 番組に出演した舛添厚労大臣は、後期高齢者医療制度に代わる新たな制度の創設について、麻生政権が誕生すれば政権の方針となり、所信表明演説にも盛り込まれると述べました。これに対して、連立を組む公明党から疑問のがあがりました。

「私はいやしくも公明党の政調会長なんです。事前にこういう話はきいてません。今まで良い制度だから、大臣がお勧めになるから与党の議員はみんな大臣を支えて、国民のみなさんに説明してきたわけですよ」(公明党 山口那津男 政調会長)

 しかし、放送終了後、報道陣に囲まれた舛添大臣はこう強調しました。

「やっぱり、失敗したら改めるべきです。国民の批判に謙虚を傾けるべき」(舛添要一 厚労相)

 舛添大臣の後期高齢者医療制度の廃止をめぐる発言は、衆院の解散・総選挙をにらんだものとみられますが、突然の方針転換を民主党は「選挙対策の単なるパフォーマンスだ」と批判、与党にも困惑が広がっています。


【TBS 2008-09-20】


 自民党ですら廃止しようとしている後期高齢者医療制度を、公明党は死守したいのか?

走る姿にも色々ある


 大事なことを書いておこう。ただし、婉曲な表現とならざるを得ないことをご理解願いたい。


「走」の字は、人が右方向へ走る姿を象形化したもの。ヒトが進化の歴史の中で勝ち抜いてきたのは、長距離を走ることができたためであると指摘するもある。チーターなどネコ科の動物は短距離専門である。


 我々にとって「走」といえば、やはり「広布に走れ」ということになろう。元々は学生部の愛唱歌として誕生した。


 活動家は皆、広布のために走っている。時々、歩いたり、道草したり、止まったり、引き返したりを繰り返しながら。一日一歩、三日で三歩、三歩進んで十歩ぐらい下がっている奴もいるな。多分、目的を見誤っているのだろう。そう、オウンゴール。広布に走れではなく、不幸に走れ。広布の自爆テロ


 走る姿にも色々ある。まずは「鬼ごっこタイプ」。楽しいだけで、一向に前へ進まない。同じ場所をぐるぐる回っているだけ。しかも、鬼という貧乏くじを引いた者が、一番走らなくてはならない。役職ですかね?


 そして「ジョギングタイプ」。自分の健康のために走る。飽くまでも自分のためである。他人はどうでもいい。目的は明確だが、“健康のための手段”となっているため、惰に陥りやすい。何となくやらされているような。時に面白くなくても頑張る悲壮が漂う。そうさ、君は孤独なランナー。長所は、本人が納得していること。でも、指導は受けない。


 次に「避タイプ」。生命の危険をじて走る様相。これには2種類ある。実際に被害に遭った場合と、危機情報を与えられた場合と。避タイプの走り方は混乱を極める。確かな情報が少ないからだ。“どこ”へ逃げればいいのかがわからない。だから、闇雲に走ってしまいがちだ。そして二次災害を招く。やたらと危機を煽る幹部、涙しながら仇討ちを説く幹部は信用するな。そんなものは単なる演出に過ぎない。本物の決は底知れぬ湖のように静かなものである。


 更に「バーゲンセールタイプ」。特売品を買い求めるために走る主婦。もうね、形相が凄い。ザ・餓鬼界。他人を押しのけても商品を確保。それで幸せになったかといえば、天界止まりだ。功徳目当ての浅ましい信といえよう。幹部が説く功徳は、その殆どが欲望を満たす内容となっている。まるで、壷を購入すれば病気が治るとでもいうように。こんな信をしていれば、死ぬまで功徳の間で戦う羽目となる。幹部から煽られて成果を出すタイプだ。その内、叩いても埃(ほこり)すら出ないようになる。どんなことがあろうとも一喜一憂せず、功徳と罰を超克しながら前進することが正しい。


 最後に「マラソンランナータイプ」。これぞ一生成。42.195キロどこじゃないよ。20歳から70歳まで毎日1キロ走ったとしても、1万8250キロになる。まず、ゴールが明確である。コースから外れることもない。ペース配分も練られている。だけど、「火の信」だと水分補給を忘れて、途中でミイラになっていることもある。我が人生のゴールを広布と一致させるところに、本当の充実と満足がある。広宣流布の成果とは、「深き信」の人を増やすことだ。

伊の極右議員、「豚」発言でイスラム教徒の反感買う


 イタリアの極右派の上院議員が13日、同国北部のボローニャに建設予定のモスクに抗議する「豚の日」を呼び掛けたことにより、イスラム教徒の反を買った。

 移民反対を掲げる政党「北部同盟」のロベルト・カルデローリ上院副議長は明で、モスクの建設予定地に自分が飼っている豚を連れ込んで「汚す」準備があると述べた。イスラム教徒は豚肉を食べない上、豚および豚肉は不潔なものとみなしている。

 同国のイスラムコミュニティの有な指導者はロイターに対し、「このような言葉は非常に無礼かつ下品だ。これらの言葉をイタリアの議員が発したとすればなおさらだ」と述べた。

 カトリック教徒が多数派を占める同国では、イスラム教徒の人口増加に伴って新設されるモスクの場所について、コミュニティ間での対立が後を絶たない。

 港町ジェノバでは12日夜、モスクの建設が予定されている土地が教会に近いために不快だとして、約20人が抗議活動を行った。

 昨年12には、トスカーナ州で抗議者が建設中のモスクの外に切断された豚の頭部を置き去る事件も発生している。


【ロイター 2008-09-13】


 欧州各国の極右政党が、イスラム教徒をテロリスト扱いするキャンペーンを行っている。イタリアでは連立与党の北部同盟が「モスク禁止法案」を提出した。世界全体の右傾化が強まっている。右派勢力は人々のフラストレーションを煽り、怒りに火を点じようと画策する。その矛先(ほこさき)は、異質なもの、理解しいものへと向けられる。そして、不安におののく庶民は、猟犬に追い立てられる羊みたいに誘導されてしまうのだ。右傾化が示しているのは“暴力の台頭”である。

2008-09-19

井上マー


 前にも紹介したが、井上マーのこのネタが大好きだ。何度見ても死ぬほど笑える。定型化によるユーモアとしては、丸山健二の『千日の瑠璃』や、サブ監督の『ポストマン・ブルース』などと相通ずるところがある。ちなみに尾崎豊は学会員であったが、活動はしていなかったようだ。

2008-09-18

10月26日総選挙へ 3日解散、自公合意


 自民・公明両党が103日に衆院を解散し、1014日公示、26日に投開票する総選挙日程で合した。複数の与党幹部が明らかにした。公明党創価学会は119日の投開票で調整してきたが、自民党は新首相の支持率が高いうちに総選挙を実施したほうが有利と判断し、公明党も受け入れた。

 自民党総裁選で優勢な麻生太郎幹事長が22日に新総裁に就任した後、最終決断する。

 自民党内では、総裁選の勢いを衆院選につなげるため、選挙日程として1026日、112日、同9日の投開票で検討していた。一方、年末年始の解散・総選挙を定していた公明党側は、支持者へ浸透させる準備期間を確保するため、1028日公示―119日の投開票を求めていた。

 一方、米証券大手のリーマン・ブラザーズの経営破綻(はたん)に伴う金融不安が広がり、自民党内では臨時国会で08年度補正予算の成立を優先させるため解散を先送りすべきだという見も浮上した。ただ、衆院選の時期を遅らせれば、新政権発足の「ご祝儀相場」の効果が薄れるうえ、「いずれ景気が悪くなるから、むしろ早いほうがいい」(自民党町村派幹部)として早期に総選挙を実施する方向となった。

 こうしたなか、自民党の古賀誠選挙対策委員長が16日、大阪市内で公明党の支持母体である創価学会の関係者と接触。1026日投開票の日程で内諾を得た。公明党側も容認する方針で、創価学会は週内にも支持者に伝える。

 古賀氏は17日、麻生幹事長と会談し、こうした経緯を説明した。

 臨時国会では、野党側に補正予算など重要法案の審議を求めるが、野党側と日程などで折り合える見通しがないため、代表質問最終日の103日に解散する。補正予算案は衆院選後、年内に成立させる考えだ。


日新聞 2008-09-18】

2008-09-17

新銀行東京:融資口利きの都議ら、8社から献金164万円


 東京都が出資して設立した新銀行東京(新宿区)に対し、都議らが融資の口利きをした企から政治献金を受けていた問題で、07年にも衆院議員や都議ら計7人が代表を務める政党支部や後援会が、融資の相談を受けた計8社から計164万円の献金を受け取っていたことが分かった。うち5社は融資が実行されたことも判明。いずれの議員も「見返り」ではないと説明しているが、新銀行への政治的介入の実態解明を求めるが上がっている。

 都選挙管理委員会が17日公表した07年分の政治資金収支報告書や関係者の証言などによると、献金を受けたのは▽自民党の衆院議員1人、前都議の区長1人、都議3人▽民主党の都議1人▽公明党の都議1人。計8社から3万〜52万円の献金を受けた。うち自民党の衆院議員と都議2人は04〜06年にも、同じ企から33万〜132万円の献金を受けた。

 07年に都内の不動産管理会社から計52万円の献金を受けた自民党都議は、新銀行側に同社が受けている融資の条件を緩和するよう口利きしたことを認めたうえで、「お金を借りようとしている人から見返りをもらうなんて論外。労をしている人に政治家として精いっぱいのことをしたまで」と献金との関連を否定している。

 前自民党都議の区長は07年5、融資の相談を受けた電機関連会社から、自ら代表を務める党支部に3万円の献金を受けた。同社は融資を受けたが、区長は「通常の都政相談の一つとして窓口を紹介しただけ」と説明。同4公明党都議が代表を務める党支部に20万円を献金した都内の飲食者は「相談はしたが融資は受けられなかった。公明党を支持しており、献金は陣中見舞い。融資と関係ない」と話している。

 新銀行東京総合企画部は「どこからの融資の紹介でも厳正な審査をしている。政治献金問題は了知していない」とコメント。岩井奉信・日本大教授(政治学)は「不正かどうかは別にして、こうした献金は口利きとのつながりを連せざるを得ない。新銀行東京の経営危機にこうした政治的介入も寄与したとすれば、事実関係を解明すべきだ」と指摘している。


【毎日新聞 2008-09-17】

公明党:太田代表が無投票再選


 公明党は16日、党代表選を告示し、太田昭宏代表(62)だけが立候補を届け出たため、太田氏の無投票再選が決まった。23日の党大会で正式に承認される。太田氏は再選確定後の記者会見で「近々にも予される衆院選に勝利することが、私に課せられた責務だ」と決を示した。

 代表任期は10年9までの2年間。太田氏は会見で、代表1期目について「自公の関係は成熟し、ものを言い合える関係になった」と連立与党体制を評価。そのうえで「わが党が主張し、国民生活を基軸にした運営をすることが大事だ」と述べ、連立体制の中で一定の緊張関係を保つ必要を強調した。民主党の小沢一郎代表が次期衆院選で、太田氏の選挙区である東京12区に転出するとの見方が浮上していることについて、太田氏は「いかなる状況であろうと衆院選に勝つ」と答えるにとどめた。


【毎日新聞 2008-09-17】


 党代表が選挙によって決められていないのは、公明党と共産党だけである。無党派層の支持を広く集められない理由は、組織型政党に非民主的な臭いをじているせいであろう。更なる問題は、こうした点について我々学会員が何の疑問も抱いていない事実である。「余計なことは考えるな。動け。もっと。汗を流せ。お前ならできる」――まるで、ビリーズ・ブート・キャンプ


 97日に放映された「サンデー・プロジェクト」(テレビ日系列)で象徴的な発言があった。「あなたは代表だから、監督でしょう」という田原総一郎に対し、太田代表は一瞬言葉に詰まったあと「私は監督ではなくプレーヤーの一人、現場に立ってますから」と答えた。期せずして本音がポロリとこぼれ落ちた印象を受けた。


 公明党の代表選を実(じつ)のあるものとするためには、公明党の議員を選挙によって決めるしかない。そうでなければ、いつまで経っても学会人事の延長と見られてしまう。国民が納得できる方向へ、勇気を持って舵を切るべきだ。

2008-09-16

共産党が衆院選公認候補予定138人、前回から半減


 共産党は16日、次期衆院選小選挙区の公認候補予定者138人を発表した。

 今後数人を追加公認するとしているが、前回2005年衆院選は275人を公認しており、ほぼ半減となる。

 共産党が候補を擁立しない選挙区では、共産支持票の多くが民主党候補に流れると見られ、選挙戦の行方に影響を与えるのは確実だ。

 共産党の市田書記局長は16日の記者会見で、公認を絞った理由について、「比例選に力を最大限投入するのが望ましい。『身の丈にあった選挙』をやるということだ」と語った。

 民主党に有利に働くとの指摘に関しては、市田氏は「他党のことは一切頭にない」と語り、共産党独自の判断だと強調した。比例選は、前回(491万票)を大きく上回る650万以上の得票を目指すとした。

 小選挙区の供託金は候補者1人あたり300万円で、得票率が10%に達しない場合、没収される。財政負担を減らすのも目的だ。

 共産党は07年9、全小選挙区での候補者擁立を目指す従来の方針を改めることとし、候補擁立の目安として〈1〉07年7の参院比例選で得票率が8%以上の小選挙区〈2〉各都道府県で1選挙区以上――などを決めた。こうした方針に基づき、具体的な調整を進めてきた。

 共産党の候補者半減の影響は大きい。共産党が現段階で候補者を決めていない162選挙区について、03年、05年衆院選の結果をもとに、共産党候補の得票が民主党候補だけに流れると仮定して試算すると、小選挙区での勝者が大きく変わるからだ。

 例えば、共産党得票の8割が民主党候補の得票に上乗せされた場合、03年は14選挙区(北海道5、宮3、茨3、埼玉9・13、千葉13、岐阜3、愛知9・10・13、滋賀4、兵庫5・12、岡山2)、05年は8選挙区(北海道3、群馬2、千葉7、愛知5・6・8、兵庫11、山口2)で勝者が自民から民主に入れ替わった。

 民主党幹部は16日、「『反自公政権』ということでは、共産党と一致できる。共産党の候補絞り込みは結果的に民主党に有利になる」と語った。「共産支持票のうち2〜3万票は民主党候補に流れ、50選挙区ぐらいで自民、民主の勝敗そのものを左右する」という見方も出ている。

 共産党は、穀田恵二国会対策委員長が立候補する京都1区を必勝区と位置づけている。この点について、民主党内からは「民主党に対し、『京都1区の候補擁立を見送って欲しい』というメッセージだ。それを受け止め、共産支持層の吸収に努めるべきだ」との見が出ている。

 一方、自民党は「衆院選はどの選挙区も民主党との接戦になる。共産票が民主に流れるのは痛い」と危機を募らせている。「『共産党と連携する民主党に政権を任せていいのか』と訴え、保守層を自民党に引き寄せたらどうか」(中堅)と指摘する向きもある。


【読売新聞 2008-09-16】

2008-09-15

70歳以上、2000万人超す 「敬老の日」推計人口


 総務省が「敬老の日」に合わせて発表した915日の推計人口によると、70歳以上の人口は前年より57万人多い2017万人となり、初めて2000万人の大台を超え過去最高を更新した。後期高齢者医療制度の対象となる75歳以上は1321万人で、総人口に占める割合は初めて1割に達した。15-64歳人口は8234万人と、2007年より69万人減った。

 総務省統計局が国勢調査を基に推計した。65歳以上の高齢者全体は昨年より76万人多い2819万人で、総人口に占める割合は昨年より0.6ポイント多い22.1%になった。総人口は昨年より5万人少ない1億2771万人だった。

 就構造基本調査によると、65-74歳の高齢者でふだん働いている人の割合は07年101日時点で32.2%となり、5年前の前回調査時に比べると1.1ポイント上昇した。高齢になっても農や製造などに引き続き従事する人が増えている。


【日本経済新聞 2008-09-14】


 いよいよ、「超高齢社会」に突入。

2008-09-14

NHKスペシャル


 先ほど放映された「戦場 心の傷(1) 兵士はどう戦わされてきたか」を見た。再放映は火曜日深夜。これは見るべきだ。善良な兵士ほど、人殺しに手を染めた後でおかしくなっている。兵士の悩と将校の態度の落差が凄い。戦時においては、効率よく多くの人々を殺すことが求められる。兵士はPTSDにしみ、将校は更なる高効率を目指す。チックのような症状が現れる兵士の映像は初めて見た。他人を破壊する行為が、自分を破壊する。ベトナム戦争のソンミ事件で母子を殺害した米軍兵士は、自らの体験をテレビカメラの前で赤裸々に語り、数年後ショットガンで自分の頭を吹き飛ばした。日本は、アメリカが戦争を行うたびに経済的な恵を被ってきた。大企は何らかの形で軍需産に加担している。アメリカと手を組むとはこういうことだ。風が吹けば桶屋が儲かる。米軍が人を殺せば日本が儲かる。明日の22時から「戦場 心の傷(2) ママはイラクへ行った」が放映される。

『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン


 ビッグバン以降の世界の成り立ちが、たったの639ページでまとめられている。さすがにベストセラー作家だけあって軽妙洒脱な文章で読ませる。トイレに置いておけば、便座の上で科学史を学ぶチャンスが訪れることだろう。これが本当の「ウン蓄」。キリスト教の教義が科学の発達を妨げてきた場面が、何度となく出てくる。ダーウィンは進化論を隠し続け、発表するのをやめようとさえしていた。イエスの精神が教条主義と化した時、キリスト教は人々を拘束する道具となった。


 太古から恵まれた進化の系統に属してきたことだけでも、あなたは十分に運がよかったが、あなた個人を終点とする長い長い系図にも、極上の――奇跡と呼ぶしかないほどの――幸運がちりばめられている。38億年間、山河や海洋が生まれるよりもっと昔から、あなたの母方と父方、両方のすべての先祖が、配偶者を見つけるだけの魅力を持ち、繁殖可能な程度に健康で、なおかつそれを実践できるほど長生きする運と環境に恵まれていたのだ。その中の誰ひとりとして、巨獣に踏みつぶされたり、生で食べられたり、海に溺れたり、岸に打ち上げられて鰓(えら)呼吸ができなくなったり、不慮の怪我で生殖機能を損なわれたりすることなく、しかるべき時にしかるべきパートナーと遺伝的材料のささやかな授受・結合を行ない、しかるべき形質の組み合わせを次々ととぎれることなく送り継いで、最後の最後に、ほんの束の間、あなたというゴールへ行き着くたった一本の驚異の道をたどってきた。これがどんなに稀有なことか、考えてみるといい。


 すぐ気づくのは、今までに見た太陽系の地図がどれも恐ろしく縮尺を無視して描かれていることだ。学校にある地図ではおおむね、惑星と惑星が近所付き合いのできそうな間隔で並んでいるように見える――外側にある巨星が互いに影を落とし合っているようなイラスト画を見かけることさえ少なくない――が、これは同一紙面にすべてを収めるためにどうしても必要な、騙し絵なのだ。海王星は実際には木星のちょっと先にあるわけではなく、木星のはるか彼方――地球から木星までの距離の約5倍、木星から離れたところ――にあって、あまりの遠さに、木星が得る太陽光の3パーセント分しか海王星には日が当たらないほどだ。

 こんなに拡散していては、現実問題として太陽系を一定の縮尺率で描くのは無理だ。たとえ教科書の端に幾重にも折りたたんだ紙を貼り付けても、長い長いポスター用紙を使っても、正確な縮尺率とはかけ離れたものにしかならない。地球の直系が豌豆豆(えんどうまめ)くらいになる縮尺で太陽系を作図すると、木星は300メートル先、冥王星は2.4キロ先になる(しかも大きさはバクテリア程度だから、どのみち見ることができない)。同じ縮尺率を用いた場合、太陽系にいちばん近い恒星プロキシマ・ケンタウリに至っては、ほぼ1万6000キロの彼方だ。全体の縮尺率を上げて、木星が文末のピリオド、冥王星がせいぜい分子のサイズになるように縮めたとしても、冥王星はまだ10メートル以上向こうになる。

 というわけで、太陽系はまったくもって、とてつもなく広い。わたしたちが冥王星にたどり着くころには、太陽から遠く離れすぎて、あの暖かで、肌を小麦色に焼き、活気をもたらす麗しいお日様は、ピンの頭ほどのサイズになっている。ちょっと大きめの明るい星といったところだ。


 要するに、相対理論が示しているのは、空間と時間は絶対ではなく、観測者と観測されるものの両方と相対的な関係にあり、一方が高速で動くほど、その影響が顕著になるということだ。わたしたちはけっして高速度まで加速することはできず、努力するほど(そして速く動くほど)、外側にいる観測者たちに対してゆがんだ存在になっていく。(中略)

 この効果は、じつはあなたが動くたびに起こる。飛行機でアメリカ横断の旅をすれば、降りるときには、あとに残してきた人たちよりも数千億分の1秒程度若くなる。部屋を横切るだけでも、ほんのわずかではあるが、自身の時間と空間の経験を変化させていることになるのだ。時速160キロで投げられた野球のボールは、ホームプレートにたどり着くまでに0.000000000002グラム質量を増すと計算されている。つまり、相対理論の効果は現実であり、計測することができる。問題は、そういう変化があまりにも小さいので、検出可能な最小の差異を作ることさえ困である点だ。しかし、宇宙に存在するそのほかのもの――光、重力、そして宇宙そのもの――にとって、これらの変化はとても重要な味を持つ。


 中子と陽子が、原子核を占めている。原子核はとても小さい――原子全体の10億分の1の、さらに100万分の1しかない――が、驚くほど密度が高く、原子量のほぼすべてがここにある。クロッパーの喩えによれば、原子を大聖堂の大きさにまで拡大しても、原子核は蝿くらいの大きさしかない。ただし、大聖堂より何千倍も重い蝿だ。あり余るこの空間、圧倒的な予期せぬこの広大さが、1910年にラザフォードの頭をひどく悩ませた。

 原子のほとんどが何もない空間から成り、わたしたちが周囲のものにじている固さは錯覚なのだというとらえかたは、現在でも驚嘆に値する概だ。現実の世界で2個の物体――解説で最もよく使われるのはビリヤードの玉だ――が衝突するとき、2個は実際にはぶつかっていない。ティモシー・フェリスの説明によると、「むしろ、2個の玉の負の電荷を帯びた場が、はじき合っているというのが近い……もしどちらも電荷を帯びていなかったなら、無傷で互いを通り抜けていくだろう」。あなたが椅子に坐ったとしても、正確にはそこには坐っておらず、1オングストローム(1億分の1センチ)ほど浮き上がっている。あなたの持つ電子と椅子の持つ電子が、それ以上の接近をかたくなに拒む。


 DNAの存在理由はただひとつ。より多くのDNAを創り出すことだ。人間の体内には大量のDNAが存在する。ほぼすべての細胞に長さ約2メートルのDNAが畳み込まれているのだ。そして、その長さのDNAひとつひとつに、32億の暗号文字が含まれ、10の34億8000万乗の組み合わせを可能にしている。クリスチャン・ド・デューヴの言葉によると、「考えうるかぎりの予をすべて裏切る独特な組み合わせが保障されている」のだ。30億個以上もゼロが並ぶのだから、無限に近い可能だと言っていい。「その数字を印刷するだけで平均的な厚さの本5000冊分を上回る」と、ド・デューヴは述べている。自分の姿を鏡に映して、今眺めているのは1兆の1万倍の数の細胞であり、そのほぼ全部に約2メートルのぎゅっと圧縮されたDNAが含まれているという事実をい返してみれば、人ひとりがどれほど多くの可能を持ち歩いているか認識できるというものだろう。ひとりぶんのDNAを編み合わせて一本の細い鎖にすると、地球からまでの距離を一度や二度ではなくくり返し何度も行き来するのに十分な長さになる。ある計算によると、人間は、全長2000万キロものDNAの束を体内にかかえ込んでいるという。

人類が知っていることすべての短い歴史

2008-09-13

出光興産、9月後半のガソリン卸値を4.9円下げ


 石油元売り大手の出光興産が、ガソリンなど石油製品の9後半出荷分の卸値を9前半に比べ1リットル当たり4.9円引き下げることが13日、分かった。原油価格の下落が理由。8日時点で1リットル174.5円をつけているレギュラーガソリンの店頭価格(全国平均)などの一段の値下がりにつながりそうだ。


【日本経済新聞 2008-09-13】


 WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の石油先物が150ドルをつけようとしたのが7の半ば頃だった。それ以降、反落。現在は100ドル前後をうろついている。OPEC(石油輸出国機構)は本格的な減産体勢でこれを巻き返そうとたくらんでいる。既に金融経済には実体経済の4倍ものマネーがうごめいていて、実体経済への影響が懸されている。

小沢代表は太田公明党代表の東京12区へ「鞍替え」出馬の構え


 民主党の鳩山由紀夫幹事長が党本部で会見を開き、次期総選挙の第1次公認候補187を発表した。

 民主党が12日発表した次期総選挙に向けた第1次公認候補者の中で注目を集めているのは岩手4区。小沢一郎代表が中選挙区時代の1969年から13回連続で当選している選挙区だが、そこに小沢氏の前がなかったからだ。

 赤広隆選挙対策委員長によると、小沢氏が「俺のところを開けておいてほしい。どこへでも行ってできる態勢、どういうふうでも動ける態勢にしておいてほしい」と希望したためという。太田昭宏公明党代表の東京12区へ鞍替え出馬する説も取りざたされており、第1次公認では見送り、公明党に揺さぶりを掛ける戦略をとったものとみられる。


JANJAN ザ・選挙 2008-09-12

2008-09-12

『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』洋泉社ムック編集部編


〈私よりも幸せな人を全て殺せば、私も幸せになれますか?なれますよね?〉(324日の書き込み)


本田●いわゆる「大きな物語」が死んだと言われて久しいわけじゃないですか。「小さい物語」として恋愛とかいくつかのパターンがあって、オタクになるというのもそうしたパターンの一つだろうといますが、結局彼の場合、そうしたシナリオのどれにも乗れなかったんだといます。2ちゃんねるでも居場所がなくて、携帯サイトの個人掲示板という誰も読まない場所に行っちゃっただろうけど、どこのコミュニティーにも入れなかったので、自分の物語がまったく持てず、自分が何者かわからなくなったのではないか。そういう人が最終的にどうなるのかというと、スキルがなくても物語の主人公になれる方法としてはテロリストになって一日だけでも主役になろうとする。あれと同じですよ。昨年アメリカで起こったヴァージニア工科大学の32人殺し。犯行明のビデオに執拗にセレブ層に対する怒りを叫びまくった在米韓国人、チョ・スンヒの銃乱射事件と同じだといます。

(特別対談 本田透×柳下毅一郎)


安全神話崩壊のパラドックス』でも書きましたが、昔は生活空間の中で「危ない地域」と「危なくない地域」が明確に分かれていました。「危ない地域」がいくらあっても自分が行かなければ怖くなかった。そもそも「治安が悪い」というのは警察の手が届かない地域がどれだけあるかということです。日本はそうした地域が少なかったから非常に治安はよかったのですが、むろん、警察の手の届かない場所があってもそんな場所へ行かなければ一般人には関係がないわけです。

 それでは犯罪が減少傾向にある中で、なぜ体不安をじるようになったのか? それは「危ない地域」と「危なくない地域」、すなわち、繁華街と住宅街、昼と夜といった境界がなくなったからだといます。たとえば、最近話題になっているコンビニエンスストアの終夜営規制、これは非常に大きいのです。治安のためにはむしろコンビニエンスストアは開いていたほうがいいという見がありますが、夜に外を出歩く人が減れば治安は格段によくなります。治安をよくするための最強の手段は夜間外出禁止令であることをい出してほしい。警察の取締りが、格段に楽になります。夜歩いている人は、皆不審人物ですから。(河合幹雄


 ですから、今回も様々な見が言われていますけど、仮にもっと人間関係の濃密な社会に戻すことができたとしても、誰かが加藤容疑者に注していたら、今度はその人が殺される可能が高い。通り事件は減るだろうけど、一家殺しは増えるという、とても皮肉な結果がおそらく待っているのです。実際、殺人事件が減少しているのは、むしろ、人間関係が希薄になってもっとも多かった子殺しなどのケースが激減したからなのです。そしていまは配偶者殺しがトップです。(河合幹雄)


アキバ通り魔事件をどう読むか!? (洋泉社MOOK)

2008-09-11

政府、イラク空自の年内撤収を発表


 政府は11日午前、イラクでの復興支援のため現地に派遣している航空自衛隊を年内に撤収させると発表した。多国籍軍が駐留する根拠となる国連安全保障理事会の決議が12末で期限切れになるためで、米国によるイラク駐留米軍の削減方針も考慮した。高村正彦外相が同日午前、外務省で記者団に「年内をめどにイラクの航空自衛隊の任務を終わらせる方向で具体的な検討に入る」と語った。

 自衛隊の活動はイラク復興支援特別措置法に基づき、来年7に期限切れとなる。現在は航空自衛隊のC130輸送機がクウェートを拠点に、バグダッドなどとの間で国連職員や医療品などを運んでいる。

 安保理決議が失効する来年以降も多国籍軍が駐留を続けるには、イラク政府と新たに地位協定を締結しなければならない。現在、最大の派遣国である米国がイラクと大詰めの締結交渉を進めている。ただ現地の治安情勢は一定の改善が見られ、ブッシュ米大統領は来年2までにイラク駐留米軍を 8000人削減する方針を表明している。


【日本経済新聞 2008-09-11】


 お付き合いもほどほどに。インド洋での給油活動もやめるべきだ。

『テレビ救急箱』小田嶋隆


 オダジマンこと小田嶋隆のテキストは「読む快楽」といってよい。天才的なボキャブラリーセンスが、正確な矢となって突き刺さる。本人が描いたイラストも秀逸。


 テレビの使命は「倫理」や「道徳」ではない。放送コードにしたところで特定の団体の「情」や「圧力」への反応に過ぎない。だから、テレビの下品さについては、もう何も言わない。でも、せめて、キワ物の自爆芸を「お笑い」にする習慣だけはやめてもらいたい。

 だって、モラル云々は別にしても、あんまり哀れで見てられないから。

 にしおかすみこ、小島よしお、ムーディ某、あるいはちょっと前のHGや桜塚やっくんあたりを交ぜてもよいが、彼らが見せているのは「芸」ではない。個人的な「恥」に過ぎない。

 芸人修の初期の段階で、「恥部」をさらけ出す根が求められるという側面はあるのだろう。が、だとしても「恥」そもののは「芸」ではない。

 現状、若手芸人が求められている役回りは、イジメ被害者の「モガキ」だ。で、その七転八倒を、われわれは「笑い」として消費している。要するに、われわれの社会は、誰かが恥をかいたり、痛い目に遭ったりしている姿を大勢で眺めて笑うという、集団リンチにおける爆笑発生過程みたいなものを産化しているわけだ。でなくても、お笑いの世界は、新人部員に裸踊りを強要する体育会系や、準構成員を家畜扱いする暴力団組織と同質のサル山構造でできあがっている。

 だから、もともとは人を笑わせたくてお笑いの道に入ったはずの芸人も、お笑い組織の準構成員として、やぶれかぶれの恥辱露出芸をやらされているうちに、いずれ、ヤクザじみた人々に変質する。と、それに合わせて人生観も、「面白い人」としての自覚よりも、「道を外れた人間」の自識を「芸人魂」と解釈する方向に修正される。かくして、

「ワイらは、素人とは違うデェ」

 ぐらいな覚悟が、彼らのプライドないしは虚栄のよりどころとなり、それゆえ「いかに変わったことをするか」「いかに極端な逸脱を見せるか」「いかに耐えい恥辱を晒(さら)すか」ということが、芸人としての「格」になる。


 春は昔から出会いと別れの季節だった。それゆえ、詐欺まがいの訪問販売者や、街頭で新鮮なカモを探索するキャッチセールスの皆さんにとっても年に一度の書き入れ時だったわけで、つまるところ、春は、どさくさにまぎれて何かをはじめたり、うやむやのうちにその場から逃げ出したりするためにはぴったりの季節なのである。でなくても、3から4にかけて、町には新入生や山出しや事情を知らない新参者があふれかえっている。とすれば、その混乱と傷と興奮に沸く春霞の空気は、テレビにとって、願ってもない背景なのだ。だからこそ、テレビの見世物小屋は、桜咲くこの季節に、古いテントを畳み、新しい花茣蓙(ござ)を広げる作を繰り返してきたわけです。そう。テキ屋の皆さんと一緒。桜前線とともに各地の祭りを北上しつつ、その場限りのテンポラリーな商売を楽しむ、と。縁日。


(※亀田)大毅の態度は擁護できない。容認もできない。が、パンチは、自分に返って来る。ボクサーというのはそういう存在だ。ボクサーである以上、下品なマナーはファンの反発を買うし、分不相応な大言壮語は赤っ恥の原料になる。天に向かって吐いた唾は残らず自分の顔に落ちて来るし、傲慢は惨敗というこれ以上ない屈辱として、わが身に返って来る。おまけに反則はライセンス停止を招き、不用切腹発言は、本人の背中に臆病者の烙印を焼き付ける結果になった。で、ひっくり返った亀は、二度と起きあがれない。あわれだ。

 一方、亀の背中に乗って竜宮で遊んでいた連中は、まったくの無傷だ。

 みのもんたは、一番はじめに手の平を返した。テリー(伊藤)に至っては、亀田を非するのみならず、TBSはぬるいとまで言い切った。これまでずっとそのTBSの番組内で全力を挙げて亀田を擁護し、亀田関連の仕事で一番潤ってきたのがほかならぬ自分自身であるにもかかわらず、だ。


 1966年にビートルズが来日した折、「ビートルズ台風と呼ばれていることについてどういますか?」という問いに対して、ジョージ・ハリスンは、こう答えている。

「台風を起こしているのは、あなたたちマスコミではないのか?」

 と。これが、もう40年も前の話だ。そう。マスコミは変わっていない。まるで成長していないのだ。自分たちで騒ぎを起こしておいて、「この騒動をどういますか」と、他人事のように問いかける手法を、いまだにやめていないのだ。

テレビ救急箱 (中公新書ラクレ 274)

宗教の功罪


 人類、生命といった普遍的価値――高等宗教も、まさにそこを志向している。

 ゆえに、そうした「宗教」は「国家」の権力も、他のいかなる権威をも超越する。それらに屈しない人間をつくっていく。

 東欧の変革の底流にも、ポーランドを始め、「宗教」の土壌を背景にした“人間”の決起が、「イデオロギー」で鎧(よろい)した“権力”を打倒した――この革命劇は一面、このように見ることもできるかもしれない。

 歴史を見ても、「宗教」の力は、まことに巨大である。あらゆる「権力」「権威」が、宗教の力を恐れ、封じ込めようとしたり、利用しようとした事実も、十分に理由のあることなのである。


 問題は、その「宗教」もやがて権威をカサに、しばしば人間を抑圧する存在となることである。人間を解放するはずだった宗教が、制度化するにしたがって、反対に人間を抑えつけ、縛りつける悪の顔を示し始める。

 僧侶の立場を利用して、子を迫害した悪侶らも、その典型であった。

 ここに、制度化された「宗教」の悪に打ち勝つ、生きた「信」「信仰」の力が絶対に必要になってくる。

 人間を外から縛ろうとする「宗教」の悪の面に対して、人間の内面から、限りなく挑戦し、打ち破っていく。この真実の「信」を民衆に教え、根づかせているのが、日蓮正宗創価学会なのである。


 要するに、「宗教」は「権力の悪」にも打ち勝つ力を持つ。その「宗教の悪」に打ち勝つ力、人間解放の究極の力が「信」なのである。

 私たちは、この「信」の力を奮い起こして、幾たびとなく「策謀」や悪知識の「権威」に勝ってきた。


 人間は、いかなる権力、権威の奴隷になってもならない。それでは民衆は利用され、永遠に流転の悲劇となる。この悲劇を転換するために、日蓮聖人は戦われた。国家権力と既成宗教の権威との連合に対して、ただお一人、常に命に及ぶ迫害の中、真実の自由への闘争を続けられたのである。

 どんな権力、権威にも侵されない一個の人間の力、その絶対の証明を大聖人はしてくださった。「人間の旗」「勝利の旗」を打ち立ててくださった。

 この大聖人の御精神、代々の御法主のおを破壊しようとしたのが、かの悪侶らであった。これからも、日蓮正宗創価学会の中に同様の動きが現れてくることがあるかもしれない。それらに負けては、広宣流布はない。人類の真の「幸福」と「安穏」と「満足」への道も消え去ってしまう。

 ゆえに、妙法への正しき「信」を教え、信仰という「魂」を脈々と伝え、永遠に広げていかねばならない。そこに「創価学会」を創立された牧口先生、そして戸田先生の誓いもあった。私は真っ直ぐにその軌道を歩んでいる。


「信」による一個の人間の確立。何ものにも屈せず、「魂の自由」を貫く人間群の育成。私の現在の行動の焦点もここにある。

 それは、状況の変化次第で右に左に揺れる日本人の“自我なき精神風土”を根底から変革する戦いでもある。今のままでは日本人は不幸である。確たる基準がないゆえに、何を見ても正しく判断することもできない。情や利害、先入観等の奴隷となって、自分を見失い、歴史の動向をも見失ってしまう。

 また、人間として信用されず、国際社会にあっても孤児のようになっていこう。


東京・小金井圏青年会議 1990-01-28 小金井池田文化会館


 21世紀の基調とすべき指導である。宗教は人間を自由にする跳躍台でもあり、束縛する大リーグボール養成ギブスでもある。


 宗門問題の前夜ともいうべきタイミングでの絶妙なる指導。我々が気づいたのは、ずっと後になってからのこと。知らないうちに予防接種をされていたようなじだな。いつだって、そうだ。後になってから先生の指導の味を知り、自分の人生の義を勝手に深めている。先生は、偉大なナレーターなのか? 「この時まだ彼等は気づいていなかった。人類史の新たな扉を開いていることを――」。


 坊主の権威には勝ったものの、まだまだ奴隷が多い。いわば「創価のクンタ・キンテ」。役職の奴隷、活動の奴隷、打ち出しの奴隷、成果の奴隷、書類の奴隷などなど。尚、奴隷の定義については「やりたくないことをやらされている状態」としておく。自分の頭でものを考える機会がなかった2世、3世のメンバー。そう、君のことだ。教学的な裏づけが乏(とぼ)しく、まだまだキャリア不足の若い婦人部。そう、あなたのことだ。


 ここで問題にしている「自由」とは、勝手気ままという味ではない。「自分の力を最大限に解き放つ」という次元である。100メートルを走ることに関しては、ジャマイカのウサイン・ボルト選手が一番自由である(北京五輪で9秒72の世界新)。イチローや北島康介も自由だ。トインビー博士は、最も自由に歴史を読み解いたといえる。


 このように考えると、宗教とは「信じる自由」を追求する世界であることが理解できる。その割には、学会員ってえのあ頑(かたく)なだよな(笑)。どうも不自由とみえる。


 日蓮大聖人は封建的な束縛された時代の中で、最大に自由であった。牢獄に縛られた戸田先生も自由な境涯だった。どうして我々は、自由な環境にいるにもかかわらず、これほど束縛されているのか? ひょっとしてSM趣味があるのかも知れない。もっと鍛えて、鞭打って、ローソクたらして……。


 がんじがらめのロープは、社会の至るところに張り巡らされている。これほどの情報化社会になると、「自分の考え」など存在しない。昨夜、君が友人に語った政治的な見は、先週の「サンデープロジェクト」で田原総一郎が話していた内容だ。


 宗教革命が単なる階級闘争となれば、新たな階級が跋扈(ばっこ)する結果となるのは必然であろう。そこに現れるのは、「新たな束縛」に過ぎない。紙上座談会が「赤旗的」な異臭を放っているのは、組織防衛という目的のために、会員の自由を蔑(ないがし)ろにしているからだ。


「確かに自由が大切であることは認めるが、方向を誤ると大変なことになる」という本部長クラスのが聞こえてきそうだ。だが、配には及ばない。自由には自覚が伴うからだ。自由であるからこそ失敗に気づく。「つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの――みつを」。だから、つまずくのは早い方がいいんだよ。元暴走族少年なら勘弁しようもあるが、現役中年暴走族はダメだろ? 「ちょいワルおやじ」はファッションのことだが、極悪おやじでは堪(たま)ったもんじゃない。


 当然、自由にだってルールがある。それは、人を傷つけないことだ。そして真の自由を獲得した者のみが、多くの人々を幸せへと導いてゆける。

2008-09-10

2008-09-09

『数学的にありえない』アダム・ファウアー


 アダム・ファウアーは新進気鋭のミステリ作家。1970年生まれというのだから恐るべき才能。統計学、確率論、物理学、量子論を散りばめた傑作ミステリ。佐藤勝彦監修『「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!』と、V・S・ラマチャンドラン著『脳のなかの幽霊』、ビル・ブライソン著『人類が知っていることすべての短い歴史』、苫米地英人夢をかなえる洗脳力』を事前に読んでおけば、面白さが倍増する。間違いなく映画化されることだろう。


「オーケー、わかりました」とスティーヴがいった。「でも、なぜそれが重要なんですか」

「それは、確率論がどういうものかを具体的に説明してみせたからだ。現実を予言する最高の方法は、正しい答えを計算することではなく、間違っている可能がいちばん低い解答を考えることである――そうラプラスは示したわけだ」


「よし、いまいったように、クオークには12のちがうタイプがある。ただし、おれたちが生きている現実世界の物質はすべて、アップとダウンのふたつ、それにレプトンというクオークに似た素粒子だけから成り立っている」ジャスパーはをついだ。「理解すべき重要な点は、クオークとレプトンは実際には物質ではないことだ」

「なら、なんなんだい?」とケインは訊いた。

「エネルギーさ。わかるか? 量子物理学によれば、物質は現実には存在していないことになる。古典物理学が物質と考えていたものは、原子からできている元素の合成物であり、その原子はクオークとレプトンからできている――いいかえればエネルギーというわけだ。かくして、物質はエネルギーだということになる」ジャスパーはいったん説明を休み、自分の説明がケインの頭にしみこむのを待ってから先をつづけた。「では、エネルギーでできているもうひとつのものはなにか」

 ケインは点と点をつないでいった。すると突然、ジャスパーの複雑な説明がひとつに結びついた。

考だ」とケインはいった。

「そのとおり。識も無識もひっくるめて、すべての考は、脳のなかのニューロンが電気的なシグナルを発することで生みだされる。それは知ってるな? すべての物質がエネルギーであるように、すべての考もエネルギーだ。ゆえに、すべての物質と考はたがいに結びついている。そこから導きだされるのが集合的無識――現在、過去、未来にわたってこの地球上に存在したすべての生物の無識が共有され、つながった-ものだ-斧だ-ロトだ-友だ」

「オーケー」ケインは兄がいまいったことをなんとか理解しようと努力しながらいった。「集合的無識の形而上的な顕現がほんとうにあるとしよう。でも、どうしてそれが時を越えられるんだい?」

「なぜなら、時間は相対的なものだからだ」とジャスパーはいった。「考えてみろ。光速よりも速い唯一のものは――」

考のスピードだ」ケインはあとをひきとった。最後のピースがカチッと音をたててはまった。

「そのとおり。とくに、無識の考だ。粒子が光速に近づくと、静止状態にくらべて時間の流れは遅くなる。ゆえに、無識は永遠だと考えることができる。したがって、無識は文字どおり時間を超越しているんだ」(中略)

「東洋の宗教哲学はすべて、宇宙はエネルギーだという考えに基づいています。それが現代の量子物理学によって裏づけられたってわけですよ。それに東洋では、宇宙において人間のは基本的にひとつだと信じられています。これは、ユングの集合的無識を起せずにはいられません。

 教徒は、万物は永遠ではないと信じています。ブッダは、この世界のしみはすべて、人間がひとつの考えやモノに執着することから生まれると説きました。人はあらゆる執着を捨て、宇宙は流れ、動き、変化するものだという真理をうけいれるべきだとね。教の視点からすると、時空とは識の状態の反映でしかありません。教徒は対象をモノとしてではなく、つねに変化していく宇宙の動きと結びついた動態過程とみなしています。彼らは物質をエネルギーとしてとらえているんですよ。量子物理学と同様にね」


数学的にありえない〈上〉 数学的にありえない〈下〉

総選挙を斬る 「麻生嫌われる理由」亀井氏インタビュー


 自民総裁選は、「本命」の麻生太郎幹事長をはじめ、与謝野馨経済財政担当相や小池百合子元防衛相、石原伸晃元政調会長ら複数の候補者が乱立する混戦模様となっている。自民党の裏を知る国民新党の亀井静香代表代行が夕刊フジのインタビューに応じ、福田首相の投げ出し辞職から候補者の実像、解散総選挙の見立てなどを明らかにした。

「ひどい総裁選だ。かつては永田町の荒波で自らを鍛え、経済や外交、内政など総合的な政策を身につけた実力者が『私は日本をこうする』『私はこうだ』と競い合って迫力があった。それを誰でも参加できるお祭り騒ぎにするなんて」

 亀井氏は呆れ果てる。

 福田首相の辞任表明は与党内でも驚きだったが、亀井氏は「定の範囲内。少し早かったがね」といい、「完全な公明党政局。臨時国会の召集時期や定額減税の受け入れなど、首相は公明党の言いなりになるしかなかった。総選挙を控え、最大の支持団体の向は絶対だからね。首相はそれがイヤになって無責任に投げ出したわけだが、国民の目先をそらす『お祭り騒ぎの総裁選』や『新首相の誕生』も、公明党の狙い通りだ」と続けた。

 亀井氏が知る総裁候補者像はどうか。まず麻生氏について「最近、麻生氏は小泉改革路線を否定しているが、重要閣僚や党幹部として小泉改革に手を貸してきた張本人。国民生活をここまで破壊した責任者の1人だ。ほおかむりしてきれい事を並べるのはおかしい。自らを総括し国民におわびするべきだ」と手厳しい。

 自民党内には強烈な「麻生嫌い」が多いが、「華麗な生まれ育ちを鼻にかけ、『私はエリートだが、あなたは…』と他人を蔑視する傾向がある。相手は決して忘れない。遠くからながめる国民は分からないが、同僚議員はよく知っている。彼には国民の痛みなど分からない。野中広務元幹事長など『身をていして麻生首相を阻止する』と話していた」という。

 与謝野氏はどうか。

テクノクラートだ。方程式を与えれば答えを出す能力はずぬけている。ただ、日本を信で切り開く政策を生み出す力はない。財務省の言いなり。あと暗いな」

 小池氏や石原氏には、「小池氏は、その時々の実力者の間を渡り歩いてきた。政治家として能力があるかどうかは分からない。石原氏は政治家としての実績がない。総裁選に出て、何をしたいのか分からない。(国民の目先をそらす)チンドン屋は1人でできないから、出てきているだけだろう」と指摘する。

 有力候補を切って捨てる亀井氏は「自民が破船になった証拠だ。公明のエンジンで何とか動いているが、船長が代わってもどうにもならない」と批判。

 そのうえで、解散総選挙について「臨時国会の冒頭解散が濃厚だろう。新首相誕生で、ご祝儀もあって内閣支持率は50%以上いく。われわれ野党は臨時国会で、公明党の矢野絢也元委員長言論弾圧問題を徹底追及すると表明している。公明党は阻止するため、冒頭解散で対抗しようとするはず。新首相でも公明党向には逆らえない。ただ、国民生活を破壊した与党の罪は消えない。国民のために政権交代を果たす」と話している。


ZAKZAK 2008-09-08

 魚住昭著『野中広務 差別と権力』によると、麻生太郎は過去に野中に対する差別発言をしたとして、2003年911日の麻生も同席する自由民主党総務会において、野中は以下のとおり批判した


「総務大臣に予定されておる麻生政調会長。あなたは大勇会の会合で『野中のような部落出身者を日本の総理にできないわなあ』とおっしゃった。そのことを、私は大勇会の三人のメンバーに確認しました。君のような人間がわが党の政策をやり、これから大臣ポストについていく。こんなことで人権啓発なんてできようはずがないんだ。私は絶対に許さん!」


 これに対して、野中の激しい言葉に麻生は何も答えず、顔を真っ赤にしてうつむいたままだったと同書には記されている。


Wikipedia


野中広務 差別と権力 (講談社文庫)


統一教会との関係


 勝共推進議員の一人であり、国際勝共連合から送り込まれた一人の統一教会(世界基督教統一神霊協会)信者を秘書として受け入れ、1988年の勝共推進議員教育報告書や1988年の統一教会総支部活動報告書にも前を連ね、統一教会支部結成貢献ランクは「B」と評価されていた、などと一部メディアにおいて報道されたが、本人は週刊誌の取材に対し、統一教会との関係を全面否定している。


Wikipedia

11年度から消費税10%、経団連要望へ


 日本経団連は8日、中期的な税制の抜本改革案として、消費税率を2011年度から5%引き上げて10%とするよう政府に要望する方向で最終調整に入った。

 正副会長による正式な組織決定を経て9末にも公表する。

 経団連はこれまで、07年1御手洗冨士夫会長のビジョンという形で、15年までに2段階で消費税率を事実上10%まで引き上げるよう求めていた。しかし最近の試算によって、医療年金などの社会保障制度を安定的に持続させるためには、消費税率を一気に引き上げ、引き上げ時期も前倒しせざるを得ないと判断した。

 試算にあたっては、日本経済が安定的に発展する条件として、政府が目標とする11年度の基礎的財政収支(プライマリーバランス)黒字化を前提とした。さらに、消費税率引き上げによる負担増が個人消費に打撃を与えないよう、中所得者層以下への負担軽減策も組み合わせる必要があるとみている。

 具体的には、子育て世代への減税策や、中所得者層以下への所得税の戻し減税など数兆円規模の大規模減税策を要望に盛り込む方針だ。


【読売新聞 2008-09-09】


「経団連」とは現代における貴族階級のことである。もちろん、自民党とグルになっている。「日本の将来を本気で考えているのは我々だ」というい込みが強く、一般大衆のことは一顧だにしない連中だ。メガバンクなどは過去最高益を出しておきながら法人税はゼロ。こっちの方がはるかに問題だろう。資本主義国家の税制は大企が優遇される実態がある。

東京地検 vs. 公明党


 とくに怪しいのが『週刊日』だ。

「(新銀行東京の)内部データによれば、600件超ある“口利き”案件のうち、公明党関係者による件数は200件を超えている。実に3件に1件の割合なのだ」(『週刊日』前掲記事 p.150 )などと、いかにも公明党が諸悪の根源のように書いているが、単純な引き算でわかるとおり、公明党以外の政治家が斡旋した口利き融資案件は約400件もあるのだ。もしそのうち300件が自民党関係者によるものなら、最大の悪党は自民党ということになるではないか。


 ところが、どういうわけか、両記事ともに自民党政治家の「口利き」の違法や摘発の可能には一切ふれていない。

 両記事の担当記者が自分の足で歩きまわって新銀行東京の問題を調べた結果、たまたま偶然、公明党関係者に限っては、具体的に贈収賄や政治資金規正法違反で摘発されそうな案件ばかりがみつかり、自民党関係者の摘発されそうな案件は1つもみつからなかった、ということか……そんな偶然があるわけはない。上記の2つの記事は、それぞれの担当記者の取材の成果ではなく、単に東京地検特捜部の「捜査の方針」を告げているだけではないのか。


週刊アカシックレコード 2008-09-08


 佐々木敏というのは、像力を駆使して「絵を描く」のが巧みな人物である。つまり、情報の確度は“デフォルメされた似顔絵”程度と考えるべきだ。ジャーナリストでないことは確かだ。

2008-09-08

『夢をかなえる洗脳力』苫米地英人


 苫米地流「摩訶止観」といった内容。一見すると本覚論っぽいが、私は本因妙と善に解釈している。


 競争は必ず勝者と敗者を生みます。誰も敗者となることは望みませんから、競争社会では常に勝ち続けることを要求されます。勝ちを放棄した瞬間は負けを味しますから、いつも何かに勝負を挑み続けなければならなくなってしまいます。

 ですが、必ず勝者と敗者が生まれる以上、常に勝ち続けられる人など皆無といっていいでしょう。つまり、競争社会は「敗者を大量に生産するシステム」といえるわけです。この敗者たちは、敗北を味わいます。これは幸福とは対極にあるものですから、敗者(敗者と認識した人)は幸福を得ることができません。次こそは勝ちたいといういをもち続けながら、次への競争へと挑んでいきます。このスパイラル幸福を味わえないことは明らかでしょう。(中略)

 勝っても負けても幸福を味わえないシステム、それが競争原理です。人を幸せにしない、そのようなシステムがいったいなぜ採り入れられ、みな、疑いもなく最善と信じて、日々、活動しているのでしょうか。


 過去が現在や未来を決めているのだとしたら、現在や未来は過去に起こったことから生じる必然ということになりますから、私たちはそうやって過去からやってくる現在や未来を何もできずに黙って受け入れるしかないということになります。

 つまり、過去に起こったことが原因で、未来があるのだとしたら、過去は変えられませんから、現在や未来も変えられないということになります。ただ、創造主に与えられた情況を黙々と生き続けるしかありません。

 私はよく、「それでは人間はサーモスタットと変わりがないではないか」と言います。サーモスタットとは自動的に温度を一定に保つ装置のことです。熱くなったら冷やし、冷たくなったら温めるのです。そこに自由志はありません。まわりの状況に応じて、物理因果により自動的に反応して行動するのです。私たち人間はそれでいいのでしょうか。

 改めて言います。「時間は過去から未来へと流れているのではなく、未来から過去へと流れている」のです。これは、現代分析哲学における結論でもあり、東洋哲学では、アビダルマと呼ばれる哲学での古くからの主張でもあります。


 現在だとった「瞬間」、その「瞬間」は過去へと流れますが、あなた自身は、現在に留まっているわけですから、そのった「瞬間」から見ると今のあなたは、未来にいることになります。現在の「瞬間」を、あなたの五や脳内情報処理が認識するには、わずかながらも時間がかかりますから、その味では、あなたは常に未来に生きていることにもなるわけです。

 この覚は一度理解できると外なほど腑に落ちるものです。自分に向かって未来がどんどんやってきては過去へと消えていく覚。あなたが過去から未来へと向かっているのではなく、未来のほうがあなたに向かって流れてくる覚です。そして、現在、起きたことが、どんどん過去になり、より過去に遠ざかっていくという時間の流れの覚です。

 こう考えることができれば、現在は過去の産物ではなく、未来の産物であることがわかります。このときの未来とは固定されたものではありません。未来とは無限の可能のことであり、過去ではなくさらに未来の因果によって決まるものです。


 だとすると、こういう考え方が成り立ちます。

 現在は未来における過去ですから、現在の定義、解釈は未来が決めることになります。もし、未来において夢を叶え、幸福を手に入れることになると仮定すれば、今現在、どんなに不幸なようにえても、夢を叶えた未来から見るとそれは不幸な体験ではなくなっているはずです。つまり、未来において夢を叶える人にとっては、現在がどんな状況であろうとも不幸なことではないのです。夢を叶えた瞬間、現在の出来事はすべて夢を叶えるための伏線であると解釈されるはずだからです。

 もう一歩、突っ込んでみると、こんなふうにも考えられます。

 現在の状況を不幸だと考えているあいだは、決して夢を叶えたり、幸福をつかんだりすることはできません。いつまで経っても過去の出来事の解釈を変えることができないからです。逆に言えば、現状を最高だと考えられる人は未来において夢を叶え、幸福を手にしているも同然です。

 つまり今の自分を最高だとえる人だけが、未来において夢を叶えることができるのです。


 彼は小さいころからいい大学に行って、医者になって、大学で教鞭をとるようになれば幸せになれると誰かから教えられて頑張って競争に勝ち続けてきたのでしょう。でも、その行き先にあったのは「何のために生きているのかわからない」だったのです。

 本当に自分がやりたいことではなかったことをやりたいことだと勘違いしてやり続けてしまうと、こうした不幸に陥ってしまいます。みなさんも今、これが夢だとっていることがあったとしても、もう一度よく見つめ直してみてください。もし、自分の夢が自分のものでないとしたら、手遅れになる前に、一度、自分の夢を疑ってみてください。

 自分で考えて決めた夢だとっていることでも、たいていは純粋に自分で決めたことではありません。多くの場合、他人の価値観に影響された、あるいは知らないうちに強制されたものです。

「買いたい」とうものの多くは、単にそれを売っている企の戦略に載せられているだけですし、「したい」とうことも誰か、あるいはどこかの企に影響を受けていることがほとんどです。

夢をかなえる洗脳力

2008-09-07

良書を読み抜き、自在の対話を


 ともあれ諸君は、「良書」を求め、読み抜いていただきたい。どこへ行っても、どのような人に対しても、自在に話を展開し、深い銘を与えるだけの力を培っていただきたい。青春時代の今やっておかなければ、必ず悔いを残すことになる。ゆえに私は、若き諸君に繰り返し申し上げているのだ。

 信仰者として、「御書」を肝に染めていくことを根本として、更に幅広い勉強が必要である。そうでなければ多様な現実の大地に生きる人々に、「妙法」の偉大さを理解させ、証明してゆくことはできないからである。

 私は、戸田先生のもとで「読む」ことを徹底して鍛えられた。「論語読みの論語知らず」であってはならない。

 教の教義しか知らず、あとのことは何も論ずることができないようでは、「法」まで偏頗(へんぱ)にしてしまう。法の序分であり、流通分である一切の「学問」も必要となるのである。


【静岡県青年会議 1990-01-21 富士宮国際文化会館


 今、つくづく読書の大切さをい知る。


 私の家には本棚が12本あり、それぞれの棚に前後2列ずつ本が並んでいる。その上、床には本の山が林立していて、ハードルみたいになっている。約5000冊所蔵。もちろん、全部読んだわけじゃない。20年間でこれだけ買ってきたのだが、随分と嗜好も変わってきた。


 10代の頃から毎年、100冊以上は読んできた。だが今にしてえば、2倍は読めたと反省している。所詮、「好き」という範疇(はんちゅう)では、守備範囲が広がらないのだ。大失敗。


 そんな反省から、今年は200冊ペースを維持している。幼い頃から読んできたものを含めると、多分3000冊は読んできているとう。一念三千ではないが、3000冊読んで見えてきたものがある。それは、知識が概にまで高められると、ものの見方が激変することだ。つまり、価値観がガラリと変わり、人生そのものが変化する。


 一冊、また一冊と読み続けるうちに、考の根は枝分かれを繰り返し、どんどん地中深く食い込んでゆく。樹木の大きさは根に等しい。地中には、木の枝と同じ幅の根が広がっているのだ。


 優れた人物との出会いを求め、私は今日も本を開かずにはいられない。

新銀行東京、融資にブローカー暗躍…都議に口利き依頼も


 経営に陥っている新銀行東京(東京都新宿区)の融資に絡み、少なくとも5人のブローカーが介在していたことが読売新聞の調べでわかった。

 一部のブローカーは、仲介の見返りに、出資法が定める上限(5%)を超える手数料を融資先の中小企側から受け取ったほか、融資の審査が通るよう決算の改ざんにかかわった疑いがある。ブローカーが自民、公明両党の都議らに口利きを依頼したケースもあった。都が1400億円を投じた新銀行で、不透明な仲介ビジネスの存在が初めて浮かんだ。

 新銀行を巡っては、甘い審査実態がすでに判明。ブローカーの介在が新たに明らかになったことで、現在検査を進めている金融庁の対応が、厳しいものになる可能が強まった。

 融資を受けた企側などの証言によると、5人のブローカーは、「簡単に融資が下りる」「政治家に顔が利く」などと持ちかけ、新銀行の融資が実行されると見返りを要求していた。

 仲介は、〈1〉ブローカーが都議らに新銀行側への口利きを依頼〈2〉ブローカーが企に助言しながら新銀行に融資を申し込む――などのパターン。5人がかかわった融資は、少なくとも約20件に上る。判明しただけで、企側はそれぞれ3700万〜300万円の融資を受け、融資額の約7〜1%(150万円〜20万円)の手数料をブローカー側に支払っていた。融資後、経営破たんや休眠状態に陥り、返済が延滞している企もある。

 都内の飲食店経営会社は2005年6、知人に紹介されたブローカーの男から「政治家を動かせるので、融資を受けられる」と持ちかけられた。同社幹部はこのブローカーを通じ、都議らに口利きを依頼した後、新銀行へ融資を申し込んだ。翌7に3000万円が融資され、同社はブローカーに150万円の手数料を支払った。昨年末ごろから返済が滞っている。

 05年冬、別のブローカーから「赤字会社でも融資が受けられる」と誘われたという、機械設計会社の社長。赤字の決算書類を預け、約10日後に戻ってきた決算書を持って新銀行で融資を申し込むと、1週間後に満額2000万円が融資された。社長はこのブローカーに60万円を支払ったことを認めたが、「決算がどのように変わったかは覚えていない」としている。

 別の食品加工会社の社長は、06年に受けた300万円の融資の謝礼に約7%にあたる20万円をブローカー側に支払ったことを証言した。同社は昨年から休眠状態で、返済が延滞している。

 新銀行東京・総合企画部の話「融資にブローカーが関与しているかどうかは把握できない。法的な問題があるなら、刑事告訴など厳しく対処したい。議員から融資先の紹介を受けることはあるが、審査は厳正に行っている」


読売新聞 2008-08-31

米軍内の自殺者数、過去最多となる見通し


 米軍当局は4日、米軍内での自殺者数が、過去最多となった前年の記録を破る勢いで増加しており、ベトナム戦争時代以来初めて民間人の自殺率を超える見込みであることを明らかにした。

 今年の米軍兵士の自殺者数はこれまでのところ93人となっており、米軍史上最多となった前年の115人に迫っている。米軍の人事部幹部のEddie Stephens大佐は、「今年はあと4か残っていることを考慮すると、(自殺者数は)115人を超えるだろう」と語った。

 また、現在のペースで米軍の自殺者数が増えると、最新の民間人の自殺者の割合である10万人あたり19.5人を超えるという。この数値は米疾病対策センター(US Centers for Disease Control and Prevention、CDC)が2005年に発表したもので、若者層が多い米軍に合わせて調整されている。

 米軍兵士の自殺率が民間人を超えたのは、ベトナム戦争が行われていた1960年代後半から70年代前半以来だという。


AFP 2008-09-05

『人間はどこまで耐えられるのか』フランセス・アッシュクロフト


 したがって、高山病は何世紀も前から知られていた。昔の人にとっては謎の病気であり、神の住む場所だから人間は気が狂うのだとか、山の植物が毒を発散しているせいだとか考えられていた。


 古代ギリシャ人も、オリュンポス山の山頂(標高約2900メートル)ではしくなることから、山頂は神々が住むところで人間が足を踏み入れることは許されないのだと信じていた。


 言うまでもなく、激しく動くほど(速いペースで登るほど)より多くの酸素が必要になる。標高7000メートルでは、海抜ゼロメートルに比べて体の動きは4割以下に落ちる。したがって、無酸素登山のペースはかなり遅くなる。1952年にレイモンド・ランバートとテンジン・ノルゲイがエベレストのサウスコルを登ったときは、わずか200メートルに5時間半かかった。ラインホルト・メスナーとペーター・ハーベラー山頂が近づくにつれて、疲労のあまり数歩ごとに雪の中に倒れ込み、最後の100メートルに1時間かかった。

人間はどこまで耐えられるのか (河出文庫 ア 6-1)

2008-09-06

友と会えば生命はダイナミックに回転を始める


 小さな自分のカラに閉じこもった生活――そこには躍動がない。真の創造も、喜びもない。ゆえに生きた知の深まりも、価値ある行動の広がりもないであろう。

 ところが一歩、人間への行動を起こす。友と会い、語る。一緒に悩み、考える。すると中には、限りない慈しみと知恵が湧く。それが、い切った実践となっていく。いつしか生命は、ダイナミックに回転を始める。「友情」が、生命にみずみずしい触発を与えているのだ。

 友への断ちい熱情。会って確かめ合う信頼と誓い。しみを分かち合うの強さ、潔さ。「友情」はを強くし、人生の行き詰まりを破り、越えてゆく大いなる力となる。


【静岡県青年会議 1990-01-21 富士宮国際文化会館


「小さな自分のカラに閉じこもった生活」――これって、アンチ学会の連中そのものだよ。奴等の行動は、「アンチアンチによるアンチのための書き込み」に集約されている。生きがいは“創価学会を貶(おとし)めること”である。結構だ。そういう人生があってもいいだろう。アンチアンチ同士で固まって、ビッグバン以前の宇宙ぐらいの大きさになってゆくに違いない。多分、鼻クソぐらいの大きさになる予定である。


 で、今度は我々だ。友達と会えば生命が「ダイナミックに回転を始める」とは限らない。「ダイナミックな空転」はありがちだ。そこの男子部、お前さんのことだよ。幹部から無理矢理背中を押されて、ヨロヨロと慣の法則で友人のところに辿り着いているような姿もある。そう、君はサッカーボールだ。地球の引力に敗れて、必ず止まることになっている。


 これはだ、志がどこにあるのかという問題だ。「中々やる気は起こらないのだが、中堅幹部なんで取り敢えず既成事実をつくっておくか」――これが根のない部幹部の活動スタイルだ。数は上がっても実(じつ)がない。皆無。ゼロ。ブラックホール。穴があったらお前が入れよ。


 大組織になればなるほど、相対的に自分の志が小さくなる。企も教団も変わらない。人間は管理下に置かれ、手足のように動かされる羽目となる。「俺はロボットなのか?」――そう、ロボットだよ。


 突っ込んだことを書いておこう。組織というものは、「組織する」場合においてのみ本来の目的を果たすことができる。つまり、自分が中となってネットワークを拡大すれば、そこに集うのは「志を同じくする」人々となるのだ。だから、出来上がった組織の一構成員という自覚では、自分の志が欠落してしまう。


組織を守る」ことは正しい。だが、「組織に生きる」ことはやめるべきだ。「組織のための自分」なのか、あるいは「自分のための組織」なのか――こうしたことを考えている学会員は極めて少ない。創価学会幸福になるための組織である以上、正解は後者となる。だから本当は、「自分の人生をよりよいものとするために、創価学会を使ってみる」という姿勢こそ正しいのだよ。これぞ、究極の組織利用。このあたりを、反対にい込んでいる会員が目に余る。自分を犠牲にしながらの学会活動だ。まるで祭壇に捧げられた生贄(いけにえ)。そんなものは、殉教の精神とは異なるマゾヒズムに過ぎないよ。


 洗い物をする時はタワシを使う。遠くに出掛ける場合は飛行機を使う。幸せになるためには創価学会を使う。これでオッケー。


 まあ、色々と回りくどいことを書いているが、結局、随自意とはここから始まるのだ。自分が自分の志で動く。そうすると、生命はダイナミックに回転を始める。試しにやってごらんよ。活動が楽しくなるから。


 尚、以上のテキストは、25歳以下の青年と入会3年以内のメンバーに対して書いたものである。それ以外で該当する人がいたら、一度脱会して、再入会した方がいいかもな。もちろん本気で言っている。

井手よしひろ殿御返事


ブログに逆切れ? 茨城県議会が傍聴の規制強化」の記事を私は最初読み違えていた。で、書き直した。それでも、「わかりにくい」というが寄せられている(スンマセン)。井手よしひろ氏本人がブログで取り上げているので、これに応答しておこう。


 井手県議は、議会事務局に対して「もし、議長が指摘した不適切な写真を公開した本人が、再度傍聴に訪れ、傍聴の申請を出した場合はどのような対応をするのか」と、具体的な運用について質問しました。事務局は「撮影を許可することは出来ない」と明言。これに対して、井手県議は、「今時代は大きく変わっている。世界に向けて主張するブロガーもおり、時代は変わってきた。特定の議員を非することが公益的な議論に反しているかどうかはわからない。傍聴制限の運用に対しては、慎重に対応してもらいたい」と発言しました。


ほっとメール@ひたち


 質問の視点が低い(おお、ベッチー風)。しかも結論は「慎重に対応してもらいたい」と来たもんだ。議長は慎重の上にも慎重を期し、撮影を拒否することだろう。政治家が多用する「慎重」「議論」「善処」「前向きに」「踏み込んだ」というキーワードに重要な味は全くない。軽い惑すらないことだろう。井手氏は問題を指摘しているだけで、反対見を表明してない。ひょっとして入会前はだったのかも。


 茨県は田舎だ(←差別用語)。大体、「いばらき」と発音してもらえない。民放あたりじゃ、平気で「いばら“ぎ”」と呼ばれている。田舎ぶりの最たるものは七五三である。何と茨県では七五三を結婚披露宴並みにホテルを貸し切って行うのだ。私に言わせれば「ハレの日」というイベントに金をかけるのは田舎の証拠となる。また、我が八王子も同様だが、都に近いほど田舎が自覚されるというパラドックスが確かに存在する。八王子の若い女の子でも、「この間の休みにぃ〜、東京に行って来たんですよぉ〜」と言ったりする。多分、彼女の深層理が「天下の大都会東京」に八王子を加えることを拒否しているのだろう。八王子は、神奈川か山梨、はたまた茨あたりに存在しているのかも知れない。だって、10センチ以上の大きさの蛾がいるからね(笑)。


 茨県議会は公(おおやけ)のものではなくなった。秘密裏に行われるのは談合レベルと相場が決まっている。ある茨県民は、議会がある度に「撮影許可の申請」を行うべきだ。今直ぐ10万人程度が行動を起こせば、茨県議会は吹っ飛ぶことだろう。

「10月上旬解散」濃厚、11月9日投票軸に与党調整


 政局の最大の焦点である衆院解散・総選挙について、24日召集予定の臨時国会で新首相の所信表明演説と各党代表質問を行った直後の10上旬に衆院を解散する方向で、自民党が公明党と調整に入ったことが5日、明らかになった。

 麻生太郎幹事長ら5人以上で争われることになった自民党総裁選の余勢を駆って選挙戦に臨むほうが有利と判断したとみられる。自公両党は「1028日公示、119日投開票」を軸に選挙準備を加速させる方針だ。

 最終的な決断は総裁選で選任される新総裁(首相)によって行われるが、複数の与党幹部によると、929日に新首相が所信表明演説を行い、これに対する衆参両院での各党代表質問を101日から3日間の日程で行った直後、3日か6日のいずれかに衆院を解散する案を検討している。

 公明党には「新内閣の支持率が最も高いタイミングでの選挙が望ましい」として、臨時国会冒頭の解散論も根強い。これに対し、自民党側は「1996年10の衆院選で、所信表明演説と各党代表質問をせずに解散したところ、論戦を避けたとの批判が出た」との理由で色を示し、代表質問後の10上旬解散案が有力となったものだ。

 自民党は、岩手1区など公認候補が決まっていない六つの「空白区」の候補者選考を党本部主導で進める方針だ。年末年始の解散を定していた公明党と支持団体の創価学会も、衆院選の準備を前倒しで始めた。

 衆院選の投開票日は、公示までに必要な準備期間を考慮すると、1026日、112日、9日のいずれかとみられる。このうち、2日は「土曜日を含め3連休の中日のため、選挙日を設定するのはなじまない」(自民党幹部)との判断から除外する方向だ。


【読売新聞 2008-09-06】

『心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション』苫米地英人


 優秀なリーダーかどうかは、情報空間をいかに高い視点から俯瞰できるか、にかかっているのです。


 視点を高くすることを、カント以降の分析哲学では、抽象度を上げる、と言います。


「会社に貢献すれば給料を上げますよ」というような“人参ぶらさげ式”が多いですが、それでは社員が自分のことを考えるようになってしまいます。すると、決定の視点が下がってしまいます。視野が狭くなって、決定を誤る可能が高くなります。

 だからこそ、煩悩を捨てなければならないのです。


 その真逆をやっているのが、アメリカなどではよく行われている、いわゆるエクセレンシープログラムです。

 これは有能な兵士をつくるプログラムです。目の前にいかにエサをぶらさげるか。そうしてインセンティブを上げるものです。アメリカの企はみんなといっていいほど導入しています。

 けれども、これは100万人のソルジャーにはいいが、リーダー育成にはよくないプログラムです。つまり、ただ組織の手足となって命令されるだけの人間を育てるにはいいのですが、彼らをリーダーにするわけにはいきません。

 軍全体には参謀が必要です。兵隊をつくるプログラムとしては人参ぶらさげ式でいいのですが、それでは参謀が育ちません。参謀を人参ぶらさげ式で育てるわけにはいかないのです。


 アメリカの軍隊も、昔と違って、個々の兵士が自律して行動する柔軟な組織になっています。どの人間でもいつでもリーダーになれるような訓練がなされているわけです。

 それはどういうことかといえば、タスクごとに担当が決まっているのです。役割分担です。

「この分野、この仕事では俺がリーダーだけど、この仕事では俺はソルジャー」ということです。タスクによって、リーダーになり、ソルジャーになり、と、役割を変えるのです。このように、マルチな次元が組みあわせられるシステムをつくっているのです。

 そうしないと、旧来のツリー状の組織では、どんどんボトルネックができてしまいます。ボトルネックの部分をやられると、それより上と下とが完全に切れてしまい、情報伝達ができなくなってしまいます。

 太い電線を一本切れば、そこから分岐していた電線すべてに電気が供給されなくなり、大規模な停電が起こるようなものです。

 切れなくても、何らかの理由でそのボトルネックで情報が停止すると、そこから下のツリー全体が機能停止します。

 これを防ぐためには、全員がリーダーになれる組織をつくる必要があります。そうすることで、状況に応じて柔軟に対処できるようになります。

 そのためには、組織のメンバーの誰もが視点を上げてものを考えられるようにならなければなりません。

心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション 心の操縦術 (PHP文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2008-09-05

10月解散-11月衆院選 与党が模索、支持率改善前提に


 自民、公明両党が臨時国会冒頭の「代表質問後の衆院解散」を軸に「10解散-11総選挙」を模索していることが4日、分かった。自民党総裁選を経て内閣支持率が大幅に改善することが前提。最終判断は新首相に委ねられるが、与党にとって、総裁選の勢いを維持したまま衆院選に突入するのが得策との認識だ。複数の与党関係者が明らかにした。

 補正予算案に野党が賛成するか、賛成しないまでも早期成立に協力する場合は、補正予算案成立後の10中旬ごろまで解散を先送りする案も検討されている。


【下野新聞 2008-09-04】


 それにしてもブラックジョークみたいだね。「げや新聞」とは! 正しい読みは「しもつけ新聞」で、栃木県のローカル紙。

『「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!』佐藤勝彦監修


「電子は見ている時は粒だが、見てない時は波である。そうでないと説明できないことが多いから、そうしておこうぜ」ということらしい。科学の世界も究極までゆくと信仰と変わりがないようだ。


 私たちが物体を観察するとき、そのもっとも一般的な手段は「目で見る」というものです。「見る」という行為は、物体に当たって反射した光が目の網膜(もうまく)の中にある視細胞(しさいぼう)を刺激して、その結果生じる電気信号が脳に伝わって識に上ることで成立します。つまり見るためには(自ら光を放つ物体を除いて)必ず光を対象物に当てなければなりません。

 私たちがふだん目にするマクロの世界の物質に光を当てても、物質の質量が十分に大きいので、その位置が変わってしまうようなことはありません。しかしミクロの世界の小さな物質の場合には、たとえばその物質が「どこにいるのか」を観測しようとして光を当てると、当てた光のエネルギーによってミクロの物質が動いてしまうために、もともといた位置がわからなくなったり、物質の運動方向が変わってしまうといったことが起こります。つまりミクロの世界を「見る」場合には、その対象物を「見る前の状態のまま」で見ることはできないのです。


 何だかいい加減なこと、あいまいなことだらけで、私たちが信じてきた「整然とした自然」とは正反対ですが、それが自然の本当の姿なのだと、量子論を築いた物理学者たちは考えました。量子論は、物質や自然がただ一つの状態に決まらずに非常にあいまいであることを、そしてあいまいさこそ自然の本質であることを私たちに示したのです。


 量子重力理論は物理学の「大統一理論」の完成に重要な役割を果たすことになります。大統一理論とは、自然界の多種多様な現象を統一的な法則ですべて説明しようという、物理学の究極の目標の一つです。量子重力理論や大統一理論の完成がいつになるのかはまったく不明ですが、そのためにはまた新たな革命的理論の登場が必要とされるのかもしれません。

「量子論」を楽しむ本―ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる! (PHP文庫)

2008-09-04

ブログに逆切れ? 茨城県議会が傍聴の規制強化


 茨県議会での議員の言動がブログ(インターネット上の日記)で批判されたことが契機になり、議会の傍聴規則が3日改正され、規制が強化された。必要と認められると傍聴希望者は身分証の提示を求められ、写真撮影や録音の許可が下りにくくなった。全国の都道府県議会で身分証明書の提示を求める傍聴規則は初めて。ブログは情報の発信手段として近年重要視されていることから、一部県議からは撤廃を求めるも上がっている。

 都内在住の男が作成するブログが問題視された。男は茨空港をテーマに多数の記事を掲載、傍聴した6定例県議会も取り上げた。常任委員会などでの県議や県幹部の言動について論評し、居眠りする県議の写真を載せた。

 ブログを見た一部の県議が「傍聴目的として適切なのか」とを上げ、傍聴規則改正の動きが出始めた。議会事務局によると、男は「資料のため」という目的で本会議の撮影許可は得たが、常任委員会については許可申請していなかったという。

 改正規則では、傍聴者による写真撮影や録音は、県政記者クラブ所属の報道関係者と「公益的見地から必要と認められる者」に限定。後者は市町村の広報担当者や会派関係者を頭に置いている。

 新規則に従うと、「資料のため」という目的で男がカメラの持ち込みや撮影を希望しても、「今後は『許可できない』として処理する」(議会事務局)という。

「公益的」の定義については、規則改正について議長報告があった議会運営委員会内でも異論が出た。自身もブログを積極的に活用している公明党の井手義弘県議は「世界に向けて主張するブロガーもおり、時代は変わってきた。特定の議員を非することが公益的な議論に反しているかどうかはわからない」と語り、議長が「公益」を判断することに疑を呈した。

 改正規則には「議場の安全確保」を目的に、必要があれば傍聴希望者に免許証などの身分証明書の提示を求めることも盛り込んだ。事務局は「身分証明書を確認することはめったにないと言っていい。傍聴を制限するものでは一切なく、極めて限定的に運用する」と説明する。

 地方自治法は「会議公開の原則」を定めており、本会議の傍聴や報道の自由が認められている。大内久美子県議ら共産党は、規則の改正について「情報公開の流れに逆行する」と主張し、自由を最大限保障することや、住所・氏の記入や物品の携帯などの規制撤廃など規則の抜本的な規制緩和を求めている。

 傍聴規則の改正は議長提案で報告され、出席議員の採決なく改正が決まった。8日から施行される。

 男は傍聴規則改正について、「インターネットに違和を持つ世代の人もいるとうが、今回の県議会の対応は旧態依然としたものだとう」と語り、今後も議会の傍聴とブログでの紹介を続ける考えを示した。


日新聞 2008-09-04】


 公明党の井手義弘県議ってえのあ、言葉づかいが自民党みたいだね。「議会で居眠りしている議員を注するのが、いいかどうかはわからない」と言ったも同然。自分達の不祥事には甘い体質がよく現われている。傍聴の規制強化に賛成した議員は、次の選挙で落とした方が茨県のためになるとわれる。こうした言葉づかいが、民衆から遊離している事実を物語っている。

『子供の「脳」は肌にある』山口創


 このように、母子のスキンシップと、父子のスキンシップの効果は異なっているようである。母親とのスキンシップは、前述のとおり、自分が受け入れられ大切にされているのだ、という自信を強め、その温かさから、「人は信頼できるものだ」、ということを肌で学んでいく。これに対し父親とのスキンシップは、世の中に識を向け、人と協調して自分を出したり引っ込めたりするような社会を伸ばすのだとわれる。


 たとえば、電車で座っているときに、お年寄りが乗ってきたとしよう。このとき、「席を譲らないといけないな」と考えて席を譲るのと、「立っているのはつらいだろうな」と相手の情を察して譲ることの違いである。前者(第一のタイプ)は道徳の知識やマナーとしての行動であるのに対し、後者(第二のタイプ)はいやりとしての行動である。


 このようなときでも、子どもから接触を求めてくる場合には、やはりなるべく受け入れてあげることは必要だ。ただ、親がそれを多少不快にじ始めるというのは、順調に子離れが進んでいるからこそでもある。

 不快にじるのに無理に触れるのはよくない。不快なのに無理やり触れようとすると、必ず触れ方に影響が現われる。たとえば、手のひら全体で降れずに指の腹だけで触れるようになる。すると触れられた子どもは敏にそれを察知する。そして触れてもらっているのに地よくない、という矛盾をじるようになる。

 これは「ダブル・バインド」とよばれ、子どものを二つの異なるメッセージで板ばさみにしてしまうことになる。「愛している」というメッセージと「でも触れたくない」という二つのメッセージの矛盾に気づいた子どもは、どちらを信じたらよいのか分からず混乱してしまうのだ。


 電車の中で化粧をしている若い女が目立つようになってから10年以上は経つだろう。彼女たちは、一見すると、誰の視線も気にしていないようだが、実は親しい友達や恋人からは少しでも綺麗に見られたいとって化粧をしているわけだ。ここでも親しい相手に対してと見知らぬ他人に対してとで、行動をはっきりと二分させていることがわかる。

子供の「脳」は肌にある (光文社新書)

政権投げ出しフシギ 外国人に聞く首相の辞任


 悪事で逮捕されたわけでもないのに、一国のリーダーがあっさり職務を放棄する“不議の国”ニッポン。世界の国々では、辞任を求められても辞めないのが政治家の常識。日本在住の外国人の目に、安倍晋三前首相に続く福田康夫首相の政権投げ出し現象がどう映ったのか。

 米国生まれカナダ育ちのコラムニスト、ジョン・ギャスライトさん(46)は「カナダなどはリーダーが信を持って最後まで辞めない。だから国民は辞めさせようとして労する。日本は逆に、リーダーを維持するのに労している」と話す。

「日本は経済大国で世界のリーダーシップをとれる国なのに、今や風が吹いたら流される船のようだ。世界を引っ張るエンジンになる政治家が必要だ」

 首相の退陣を求める市民と軍が衝突するタイ。東京江東区で飲食店を経営するタイ人女、二階堂ノンギャオさん(46)も「タイの首相はどんなに国民に求められても全然辞めない。日本と逆ね」と笑する。だが「自分のポケットにお金を入れるために辞めないタイと比べて、日本の総理大臣の方がクリーンなのかも…」と評価した。

 ソウル新聞の朴弘基東京支局長は「(福田首相の)辞任の記事を書きながらも、全く理解できない」とあぜん。「韓国では野党勢力の方が強い『与小野大(少数与党)』は当たり前。ねじれ国会を理由に首相が簡単に辞めてしまう自民党も、政権交代を狙って反対ばかりしている民主党も、本来最も考慮すべき国民をないがしろにしている」と批判した。

 東京都内で翻訳や語学教師など英文関連の仕事をする60代の米国人女、川嶋ロイスさんは「米国ではあり得ない、いかにも日本的な現象。総理を国民が選ぶ制度じゃないことも責任を薄くした原因ではないか」と分析。「日本の政治は、コネ社会と派閥争い。福田首相はリーダーシップがない。本当の味での政治家がいないままでは、日本は沈没してしまう」と懸する。

「責任が強いはずの日本人なのに…」と首をかしげるのは40代の英国人フォトジャーナリスト、ロバート・ギルフーリーさん。「安倍前首相も福田首相も欧州ではあり得ない短期政権で、異様に見える。わずか一年の在任で政策は実現できるわけがなく、国民に対して無責任だ。本人は悔しいいもあるのだろうが、悔しさは頑張る方につなげてほしかった」と話した。


東京新聞 2008-09-04】


 きっと、総理大臣もフリーター化し始めたのだろう。

福田首相辞任:4月から「辞めたいなあ…」


 福田康夫首相の退陣表明から一夜明けた2日、首相の存在は忘れられたかのように総裁選への手続きが進んだ。首相はマスコミとは接触したくないと、記者団との「ぶら下がり取材」を拒否。の動揺は隠し切れなかった。

 退陣会見は突然のものだったが、首相にはすでに今年4から退陣の2文字が頭をよぎっていた。

 首相が後見人でもある森喜朗元首相に辞を漏らしたのは、改正租税特別措置法の衆院再可決を前にした今年4だった。

 大連立構の破綻(はたん)に始まり、日銀総裁の空席、ガソリン税の暫定税率失効と「ねじれ国会」にくたびれ果て、「辞めたいなあ。もう外遊もしたくないよ」と、森氏に赤裸々に語っていた。

 首相は、4末から5大型連休にかけて予定していたロシアとイギリス、ドイツ、フランスの欧州3カ国訪問を取りやめたいと漏らした。

 ロシアとのパイプが深い森氏は「少なくともロシアだけは行くべきだ」と説得した。

 その結果、首相は欧州3カ国歴訪は見送ったものの、ロシアには出向き、メドべージェフ、プーチンの新旧大統領と会談した。

 森氏らは、北海道洞爺湖サミットが終了後、高に内閣改造熱をあおった。

 森氏は福田首相が内閣改造(81日)を断行する半ほど前の7中旬、周辺にこう語った。「おれは福田さんの背中を押してやるだけだ。自前の内閣を作って、9までしか持たないかもしれないが、そこまでは頑張ってほしい」

 人事を断行しても支持率は低迷。身内の公明党からも揺さぶられ、臨時国会の乗り切りは誰の目から見ても容易ではなかった。

 森氏が首相から、退陣表明の連絡を受けたのは1日午後7時半過ぎ。緊急会見のわずか2時間前だった。2人の関係からすれば水くさいものだ。

 驚いた森氏は「待て。慌てるな。これから官邸に行く。話し合おう」と電話口で食い下がった。

 首相はきっぱり拒否した。「来なくていいですよ。もう遅い。記者会見をすでにセットしたから」

 決断できないリーダーと言われた福田首相の最後の決断だった。


「負け幅」縮めるシナリオ


 小池百合子元防衛相が自宅で飼うメスのヨークシャーテリアのは「ソウ」。いつかは、と総理大臣のソウから付けた。

 小池氏は2日東京都内の自宅前で記者団に総裁選出馬への欲を示し、午後には「(総裁選では)文明論、経済対策論、そして何より希望を示すべきだ」と語った。

 福田康夫首相の退陣、麻生太郎幹事長と小池氏で総裁選、新首相のご祝儀相場で解散・総選挙。自民党議員が期待交じりに口にしていた、衆院選での「負け幅」を縮めるためのシナリオだ。小池氏の出馬の有無は、総裁選が国民注視の“大興行”になるかのカギになる。

 キーマンはともに小泉改革を支えた中川秀直元幹事長。小池氏には自ら推薦人を集め、総裁選戦略を巡らす力はない。小泉純一郎元首相や中川氏らの担ぐみこしに乗るしかない。



 安倍晋三前首相と福田氏の母体である町村派は「党に迷惑をかけた」という理由で派閥の推薦候補を見送る方向だ。2日、他派閥が総裁選に向けた総会を開く中、町村派は同日の総会を開かなかった。

 2日午後、中川氏の個人事務所には、塩崎恭久元官房長官、渡辺喜美前行革担当相、猪口邦子元少子化担当相ら「改革派」や「小泉チルドレン」と呼ばれる議員が訪れた。

 中川氏は渡辺氏に「誰を選ぶかではなく、何をするかが大事だ。改革を続行しなければいけない」と語気を強めた。

 小池氏も午後5時過ぎから約40分間、中川氏と見交換。小池氏は記者団に「国内外の情勢について見交換しただけです」とだけ説明した。

 幹事長に就くように麻生氏を口説いた森喜朗元首相は、周辺には「1人になっても麻生さんを支持する」と言う。参院幹部は「森さんは派閥をバラバラにしたくないと考えているようだが、町村派はもうバラバラだ」と語った。



 古賀派は幹部が派閥事務所に集まり、今週中に対応を決定することを確認。同派の谷垣禎一国土交通相は記者団に「首相にはもう少し頑張ってほしかった。まったく考えていない」と出馬を否定した。

 派閥会長の古賀誠選対委員長は麻生氏と疎遠だが、派内には菅義偉選対副委員長のように、麻生氏を推そうというメンバーもいる。

 山崎派も総会を開き情勢を見守ることを確認したが、同派の甘利明前経済産相は麻生氏支持を鮮明にして、一枚岩でない状況は古賀派と同じだ。

 山崎派の石原伸晃元政調会長は記者団に「20人の推薦人がない限りは出られない。派閥を率いていないので、そういうハードルが目の前にある」と語った。



「(総裁の)資格はあるのかな。福田首相がやりたくてもやれなかったこと、やらねばならないことを実行していきたい」

 本命と言われる麻生氏は2日午前の記者会見で総裁選立候補を表明。会見では、記者の追加質問を「1社1問だ」と退けた。麻生派はこの日、2度の緊急総会を開き結束を固めた。

 ただ、「本命」の根拠は希薄だ。昨年の総裁選で派閥包囲網を敷かれながら善戦したことと、世論調査で示される高い人気がよりどころだ。

 過去3回の選挙で敗れている麻生氏は、「4度目の正直という言葉自体はないんだけどね」と笑った。



 自民党選対関係者は笑いをかみ殺す。「いや、もう誰と誰が戦うかという話ばっかりでしょう。みんな、福田さんのことなんか、すぐ忘れるよ」


【毎日新聞 2008-09-03】

公明都議、献金後融資口利き…元都議は相談役報酬100万円


 新銀行東京東京都新宿区)からの融資を巡り、公明党の現職都議と元都議が2005〜06年、都内の中小企から献金を受けた後に融資の口利きをしたり、口利きした中小企から相談役として報酬を受け取ったりしていたことが、読売新聞の調べでわかった。

 元都議の報酬総額は100万円を超える。両社は融資を受けた後に、事実上、経営が破たんしている。ブローカーの介在が判明した新銀行の融資で、政治家と企との不透明な関係も新たに浮かび上がった。

 機械部品販売会社の社長は都議選前の05年6、都議の選挙事務所開きの日に陣中見舞いとして現金10万円を献金した。資金繰りに窮していた社長はこの都議に新銀行への口利きを依頼し、翌7、新宿支店長(当時)を紹介されたという。

 同社は、不動産を売却した03年度を除き赤字だったが、申し込みから約10日間で2000万円が融資された。社長は「短期間での融資実行は都議の力だとった」と振り返る。

 社長はこの直後、お礼として、新宿区の飲食店で都議を接待(1人約1万5000円)した。融資から7か後、同社は破たん、ほぼ全額が焦げ付いた。

 都議は「都の担当課に『相談に乗ってほしい』という電話はした」と口利きは認めたが、「『政治活動に有効に使ってください』と言われ献金を受け取った。融資仲介の対価とはっていない。会食も見返りではない」と話した。

 この献金は、都議が都選管に提出した資金管理団体の政治資金収支報告書(05年分)に記載されている。

 一方、元都議は05年夏、ソフトウエア開発会社の社長の依頼を受け、一緒に新銀行の新宿支店(当時)に出向き、「将来があるのでよろしく頼む」と融資を依頼。元都議は4回当選し、01年7に引退していたが、自分が元都議であることは電話で事前に伝えていた。

 約1週間後、3000万円の申し込みに対し1400万円が融資された。元都議はその後、同社の相談役となり、06年1から約10かにわたり、20万〜10万円の報酬を受け取った。

 同社はその後、資金繰りが悪化し、社長は今年に入り、家財道具を残し自宅から姿を消した。

 元都議は「相談役として報酬をもらうことになっていたこともあり、有望な企なので、できる限り協力した。道義的責任はあるかもしれないが、事失敗は経営者の問題」と語った。

 中小企向けの融資保証制度を巡り、口利きの見返りに違法な手数料を受け取った都議らが逮捕された事件を受け、都議会は00年12、「疑惑が再発しないよう、襟を正す必要がある」と決議している。

 読売新聞が今年3に行った都議アンケート調査では、自民党6人、民主党2人が新銀行融資の口利きを認めたが、公明は全員が回答しなかった。


【読売新聞 2008-09-04】


 早速、紙上座談会で取り上げるべきだろう。それとも、味方の悪事には目をつぶるのかな?

民主政治の本質


【問題】括弧の中に入る言葉を、下記の1から6の中から選び、番号で答えなさい。

 モンテスキューやルソーは、議員や統治者を(   )によって選ぶことが民主政治の本質にかなうものだと論じた。


1.選挙 2.世襲 3.魚屋の見 4.くじ引き 5.決闘 6.占い


 実は、この問題、それほど常識的なものでもなければ、学校のテストに出題されるような代物でもない。むしろ、こんな問題が出題されることは絶対にないだろう。選択肢がふざけたものであるからではない。正解が4、すなわち「くじ引き」だからである。何も怪しげな珍説を持ち出しているのではない。事実として、ルソーの『社会契約論』(1762年)には、次のように明記されているのである。


「抽籤(ちゅうせん)による選任法(suffrage par le sort)は民主政の本質にかなうものだ」と、モンテスキューは言っている。これはわたしも賛成である


 モンテスキューもルソーも、「抽籤」こそが「民主政の本質にかなう」と明言している。これは、厳然たる事実である。しかも、この見解が、枝葉末節に関わる問題ではなく、まさに「民主政の本質」として示されているということを軽視してはならない。

 たしかに、ルソーの発言は、我々の常識と相反するものであろう。だが、常識に反することは切り捨てるという態度は、考停止の最たるものなのだ。


【『民主主義という錯覚 日本人の誤解を正そう』薬師院仁志】

民主主義という錯覚

2008-09-03

『失語症者、言語聴覚士になる ことばを失った人は何を求めているか』平澤哲哉


 著者の平澤氏は大学生の時、交通事故に遭い頭蓋骨を骨折。脳内出血から失語症となった。失語症とは、脳梗塞や脳出血で言語野にダメージを受け、聞く・話す・読む・書く行為に障害が現れた状態で、高次脳機能障害の一つ。損傷の程度によって多様なケースがある。一般的には、脳の左半球へのダメージ(右半身麻痺)の方に多く見受けられる。ただし、言語野は利き腕によっても異なるので、右麻痺=失語症ともいえない。


 言葉を失うということは、世界が崩壊したに等しい。なぜなら、世界は認識によって構成されており、これを説明するのは言葉であるからだ。特に左脳は論理を司っているため、患者は悲観的になる傾向が強い。


 体験記であるため、理論的な記述は少ないが、それでも失語症の世界がよく理解できる。著者は、リハビリ時間が短縮されたことが、現場にどのような影響を及ぼしているかも指摘している。政府与党の面々は、この本を読んでよくよく反省してもらいたい。


 医療制度の変革で、以前にも増してSTによる言語訓練が受けられなくなっています。私が2002年4から始めた訪問ケアの目的の一つは、変革によって不利な立場に立たされている失語症者へのサービスを行うことです。訓練の時間も病院では長くてもたいがい40分程度とわれます。人によっては、“何もしていないうちに終わってしまった”と、いう印象だけが残ってしまうでしょう。

 ST(言語聴覚士)自身も多くの患者さんを次から次へと、時計をチラチラ見ながら“こなして”いかざるをえません。コミュニケーションを楽しもうというゆとりはないといます。


 さっそく、山梨県の各地から電話がかかってきました。

「本当に家まで訪問してもらえるのですか」「こちらにはSTのいる病院がいないので、助かります」

 こういう、STにかかりたくても困である患者さんがいることは、何となく予していましたが、

「入院して2カなのですが退院してくれと言われて困っています」

「3カ訓練を受けてきましたが、よくならないので限界ですと言われました」

「訓練と言ってもいつもカセットテープのが相手で、ひどいものです」

「入院患者さんが重視なので、外来患者さんを切っていくというのです」

「訓練室に入れてもらえず、症状の説明もないので、何をされているのかちっともわかりません」

 などなど、STの訓練を受けている患者さんの家族から、悲痛ともわれるような訴えが私のところへ届きました。それはなかば“ST相談電話”でした。


 私が訪問している患者さんの奥さんがこんな話をしてくれました。

「いつもSTに叱られて嫌ないをしました。『毎日やっているのに何故できないの。しっかりやりなさい』と怒られてばかりでした」

 これでは何のための言語訓練なのかということになります。訓練に対する効果、という単純な図式を失語症にも当てはめて、必死でやりさえすれば必ずよくなると考えるSTもいるのです。これは、失語症の方たちにはとても迷惑な話です。

 できないのは患者さんの努力が足りないからではなく、失語症の特徴なのです。このことがわからなくてかえって大きな関係障害を起こしています。

 できないことが、訓練によってできるようになって満足するというのは、確かに素晴らしいのですが、“できないまま”でも満足に生活できるようにしていくことが、プロとしてもっと大切なことではないでしょうか。むしろ、そのニーズのほうが強いといます。なぜならば、ことばが本人の満足のいくように回復するには、相当な期間と努力が必要なはずですから。


失語症者、言語聴覚士になる―ことばを失った人は何を求めているのか

2008-09-02

自民総裁選:浜四津・公明代表代行が麻生氏支持 幹部で初


 公明党浜四津敏子代表代行は2日、党本部で記者団に、自民党総裁選に出馬表明した麻生太郎幹事長について「明るくて、はっきりしていて(総裁・首相として)いいのではないか。公明党の党員・支持者からも受け入れられる」と述べ、いち早く支持を打ち出した。党幹部で麻生氏支持を表明したのは初めて。福田康夫首相を事実上先頭に立って退陣に追い込んだ公明党が、今度は「麻生禅譲」戦略もリードしようとしているようだ。

 浜四津氏は支持母体・創価学会の中核である婦人部から絶大な支持があり、大きな党内発言力を持っている。閣僚の問題発言などで、公明党が辞任を迫る時には浜四津氏が口火を切るケースも多く、「麻生氏支持」発言も同党全体の姿勢を示唆しているとみられる。(後略)


毎日新聞 2008-09-02


 浜四津さんは、麻生太郎が沖縄で何をやったのか忘れたのか? 沖縄の同志は、公明党本部に情を入れるべきだ。

  • 電話 03-3353-0111
  • 所在地 〒160-0012 東京都新宿区南元町17

先輩逝く


 江東区の小森さんが本日午前一時、胃癌のため逝去。関係各位に追善の祈りを請う。無――。

2008-09-01