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2008-09-25

学会の発展は「一人ひとりを大切にしてきたから」


 昨年12中日友好協会の青年代表団の方々とお会いした。その際、“なぜ学会は発展したのですか”との質問に、私は「一人ひとりの学会員を大切にしてきたからです」とお答えした。すると中国の若き友人も、「やはり、そうでしょうね」と深く頷いておられた。

 学会員は尊い子である。善知識である。皆さま方は民衆と共に、更に我が同志と共に生き抜いていただきたい。これが、皆さま方が生きゆく大道であるからだ。間違いなき正道だからである。私は、このことを確信をもって訴え、お願いをしておきたい。

 同志を見下したり、利用するなど、とんでもないことだ。同志を軽蔑し、手段として自らの栄えを図ろうとした人間が、いかに哀れな末路の人生となっているかは、皆さま方がよくご存じの通りである。

 子である学会員を尊び、大切にしてこそ、広宣流布の発展があり、私どもの栄光の人生もある。私は会員の皆さまを守り抜くために、誰よりも非、迫害を受け、誰よりも戦ってきた。これが私の「魂の勲章」とっている。私は何ものも恐れない。これからも、大聖人の御遺命のままに、正法正義(しょうぼうしょうぎ)の道を進むのみである。


東京・小金井圏青年会議 1990-01-28 小金井池田文化会館


「一人ひとりの学会員を大切にしてきたからです」――この件(くだり)をにした瞬間、「中国に対する先生の指導だ」と私の下劣な直観が告げていた。中国は大きな国だ。中国政府が人口を掌握できないほどである。多民族、多言語でとても一つの国家とはえない。また、一党独裁のツケとして官吏の汚職がまかり通っている(今年310日の発表によると、過去5年間で21万人が摘発されている)。そして、人の命が軽い国だ。


 今再び読むと、「第2総東京に言われたのかな」ともう。第2総東京は東京を乗っているが、実は東京ではない。東京郡の三多摩地方である。その田舎度において、神奈川県を軽く凌駕している。つきまとって離れない劣等を払拭する目的から、創大・牧口記会館・富士美術館をテコに「今や世界広布の震源地だ」と勘違いしている連中が多い。こうした反応自体が田舎である有力な証拠となっている。ま、多摩ニュータウンの第1回目の入居が1971年だから、新興地域といっていいだろう。その中にあって八王子は古い地域であるため、新住民に対する閉鎖が強い。正真正銘の田舎だ。


 また、「本部長以上の幹部に言われたのかな」ともじる。本部長といえば、それなりに“偉い役職”だと末端会員は見る。本当は偉くも何ともないんだけどね。ただ単に会う機会が少ないから、“偉そーに”見えてるだけの話。でね、“偉そーに”振る舞っているのが多いんだよな。滑稽極まりない。本部長以上の役職で「一人ひとりを大切にしている」幹部は一人もいない。なぜなら、人数が多過ぎるからだ。とてもじゃないが、全員に会うことはしい。となると、“会った人”を大切にするしか手はない。しかし残なことに仕事量が多いため、その場限りのどうでもいい激励に終始しているのが実態だろう。


 このように考えること自体が、“己の外”に指導を置いている証拠であり、「信の評論家」に陥りやすい罠がある。ハイ、「信評論家・小野不一」です。


 人は、自分が大切にされた分しか、他人を大切にできない。「ここまで自分のことをってくれるのか」――その激が勇気に火を点け、猛然たる人間革命の闘争が開始される。子育ても同様であろう。親から蔑(ないがし)ろにされ続けてきた子供が、友達に優しく接することはできない。


「気になるか、ならないか」が境涯の分かれ目である。冴えない顔色、伏し目がちな表情、あやふやな言葉づかい――小さな変化を察知するレーダーを持つ幹部は少ない。だからこそ、自分が育て。理のリーダーに育て。

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