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2008-09-27

『翻訳語成立事情』柳父章


 このような「交際」を基本にすえてみるとき、日本の現実における「交際」の特徴が明らかに現われてみえてくる。それは「権力の偏重」という実状である。

 日本にて権力の偏重なるは、■(ニズイ+合/あまね)く其人間交際の中に浸潤(しんじゅん)して至らざる所なし。……今の学者、権力の事を論ずるには、唯政府と人民とののみを相対して或は政府の専制を怒り或は人民の跋扈(ばっこ)を咎(とがむ)る者多しと雖(いえ)ども、よく事実を詳(つまびらか)にして細(こまか)に吟味すれば、……苟(いやしく)も爰(ここ)に交際あらば其権力偏重ならざるはなし。其趣を形容して云へば、日本国中に千百の天秤を傾け、其天秤大となく小となく、悉(ことごと)く皆一方に偏して平均を失ふが如く、……爰(ここ)に男女の交際あれば男女権力の偏重あり、爰(ここ)に親子の交際あれば親子権力の偏重あり、兄弟の交際にも是(これ)あり、長幼の交際にも是あり、家内を出でて世間を見るも亦(また)然らざるはなし。師弟主従、貧富貴賤、新参古参、本家末家、何(いず)れも皆其間に権力の偏重を存せり。

【『文明論之概略福沢諭吉 1875年明治8年)】

 まことに鋭い日本文化批評である。それは1世紀後の今日の私たちにとっても身近に迫ってくるような指摘である。この現実分析や批評の根本に、福沢の「交際」という概がある。福沢のことば使いによって拡張された味の「交際」が、他方「偏重」という相対立する味をもつことばを引き出し、さらし出してみせたのである。


 ここで、原文のindividualは、福沢の訳文の終りの方の「人」と対応している。

 ところで、「人」ということばは、ごくふつうの日本語であるから、individualの翻訳語として使われると言っても、それ以外にもよく使われる。他方、individualということばは、ヨーロッパの歴史の中で、たとえばmanとか、human beingなどとは違った的な背景を持っている。それは、神に対してひとりでいる人間、また、社会に対して、窮極的な単位としてひとりでいる人間、というようなとともに口にされてきた。individualということばの用例をみると、翻訳者には、否応なく、あるいは漠然とながら、そういう哲学的背景が得されるのである。


「恋愛」とは何か。「恋愛」とは、男と女がたがいに愛しあうことである、とか、その他いろいろの定義、説明があるであろうが、私はここで、「恋愛」とは舶来の概である、ということを語りたい。そういう側面から「恋愛」について考えてみる必要があるとうのである。

 なぜか。「恋愛」もまた、「美」や「近代」などと同じように翻訳語だからである。この翻訳語「恋愛」によって、私たちはかつて、1世紀ほど前に、「恋愛」というものを知った。つまり、それまでの日本には、「恋愛」というものはなかったのである。

 しかし、男と女というものはあり、たがいに恋しあうということはあったではないか。万葉の歌にも、それは多く語られている。そういう反論が当然予されよう。その通りであって、それはかつて私たちの国では、「恋」とか「愛」とか、あるいは「情」とか「色」とかいったことばで語られたのである。が、「恋愛」ではなかった。


 こうして考えると、私たちが西欧哲学の翻訳を、「存在」のような漢字二字の表現を中に行なってきたのには、まことにもっともなわけがあった、と言わなければならない。

 この翻訳用日本語は、確かに便利であった。が、それを十分認めたうえで、この利点の反面を見逃してはならない、と私は考えるのである。つまり、翻訳に適した漢字中の表現は、他方、学問・などの分野で、翻訳に適さないやまとことば伝来の日常語表現を置き去りにし、切り捨ててきた、ということである。そのために、たとえば日本の哲学は、私たちの日常に生きている味を置き去りにし、切り捨ててきた。日常ふつうに生きている味から、哲学などの学問を組み立ててこなかった、ということである。それは、まさしく、今から350年ほど前、ラテン語ではなくあえてフランス語で『方法序説』を書いたデカルトの試みの基本的態度と相反するのであり、さらに言えば、ソクラテス以来の西欧哲学の基本的態度と相反するのである。

翻訳語成立事情 (岩波新書 黄版 189)

中教審:法科大学院縮小を…定員見直し、初提言へ


 法科大学院のあり方を検討している中央教育審議会の法科大学院特別委員会は、30日に公表する中間まとめで「法科大学院全体の規模を縮小すべきだ」と提言する方針を固めた。新司法試験の合格率低迷や志願者数減少が続く大学院には、自主的な定員見直しを要望。入学時の適試験に合格最低ラインを設け、学生の質を担保することも盛り込む。国の諮問機関が法科大学院の規模縮小を提言するのは初めてで、再編統合が加速しそうだ。

 法科大学院74校の入学定員は約5800人。中教審や文部科学省は、大学院の自発的な取り組みでは、教育内容や学生の質の保証がしいと判断し、より直接的に大学院に働きかけることにした。

 特別委は(1)定員規模に見合う教員数を確保できない(2)入試倍率が低下し、質の高い学生が確保できない(3)修了者の多くが司法試験に合格していない状況が続く――などの大学院は「自ら定員見直しを検討する必要がある」と提言する。

 特に小規模な大学院や地方の大学院で教員の確保がしい場合は、他の大学院と積極的に統合することを推奨。入学時の適試験の点数に合格最低ラインを設けることや、大学院で習得すべき最低限の内容(ミニマム・スタンダード)を設定することも求める。

 教員数確保のため、学部教員兼任でも大学院の専任教員扱いとすることが13年度まで暫定的に認められているが、この措置を延長しないことも提言する。

 法科大学院に対しては、国の認証評価機関が調査して「適合」「不適合」を判定しているが、教育の質はほとんど問われていないのが実情。文科省は、今回の提言に沿った改善が行われているかを判定できるよう、評価基準を定めた省令の見直しを進める方針だ。

 法科大学院は、志願者数や入試倍率の低下が続き、今年は新司法試験の合格率が初めて3割台となるなど、法曹養成機関としてのあり方が問われている。このため、特別委は学生や教育の質を向上する方策を議論してきた。


【毎日新聞 2008-09-27】


 創大法科大学院への影響が懸される。