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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2008-10-11

仏道修行におけるストレス理論


 ストレス学説とは、カナダの生理学者ハンス・セリエが『ネイチャー』誌上で発表した概である(「種々の有害作用から生ずる一症候群」)。1936年(昭和11年)のこと。そんな昔だったとは露知らず。私のはかない記憶を辿ると、昭和50年代後半ぐらいからよくにするようになり、その少し後になって「情報化社会」と言われようになった……はずだ。多分。違っていたらゴメンよ。


 先日、セリエ博士の弟子であるガボール・マテの『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された感情の代価』(日本教文社)を読んだ。幼少期に植えつけられた価値観に束縛され、自分を犠牲にすることを厭(いと)わない人々が、ストレスに侵(おか)され、ALS、慢関節リウマチ、多発硬化症などの病気を引き起こしている可能があるとしている。そうそう、乳癌やアルツハイマーも関連が指摘されていた。つまり、は「イエス」と何でも引き受けてきたが、身体が「ノー!」と悲鳴を上げている状態になっている、ってことだ。

 あな恐ろしや。だって、そうだろ? 我々地涌の菩薩には「一切衆生無辺誓願度」という誓いを立てている。それらしいデタラメを述べると、「世界中のストレスを引き受けますぜ」というスタンスになる。ただし、商売ではないためフリーダイヤルは用していない。


 確かにい当たる節(ふし)がある。私が現在住んでいる地域に引っ越してきて、まず驚かされたことは、学会員の愚痴の多さだった。知らない人ばかりということもあって、私は聞き役に徹した。以前住んでいた東京下町であれば、「フン、そんな下らん御託に貸すは持ってないぞ」と一蹴したに違いない。


 ストレスとは否定されるべき質の代物ではない。むしろ、適度なストレスは必要なのだ。するってえと、バランスの問題ってことになりますな。ストレスが掛かっているのは、バネを引き伸ばした状態に例えられる。すなわち過度のストレスや長期間にわたるストレスは、バネから弾を奪い、伸びたままの状態に陥ってしまう。ストレスまみれでフラフラになっている男子部のことを「伸び太」と呼ぶことを提案しておこう。


 問題はこういうことだ――同じ出来事や課題であっても、ストレスをじる度合いは人によって異なる。私はとても気が小さい。実際の私を知る面々からも理解されていないのだが、本当は神経質で細かい格なのだ。善で解釈すれば、だからこそ人一倍よく気がつく。私の辞書に「鷹揚(おうよう)」という言葉は存在しない。大体だね、反射神経がいいのは神経が敏だからなんだよ。だから、私はマッサージが嫌いだ。床屋で肩を揉まれるのも耐えられない。くすぐったくて仕方がないのだ。そして私の肩は、生まれてから45年間ただの一度も凝ったことがない。


 こうしたことからも明らかなように、私にはストレスが溜(た)まらない。「羨ましい格だ」とよく言われる。私にしてみれば、「一度でいいから、溜まった状態になってみたいものだ」とうほどだ。「ストレス希望者!」「ハイっ!」ってじだよ。


 では、解答を。私は人生の大半において主導権を握っている。これが答えだ。これだけじゃ、わかりにくいか。私はそこそこ訓練を受けてきているので、善悪の判断を素早く下せる。そして、ハヤブサのように行動する。これでも、わかりにくいよな。つまりだ、私は不要なストレスを与えられた場合、その場で吐き出しているのだ。「アン? 馬鹿なことを言っちゃいけませんぜ」(仕事用)とか、「大した動いてもいないクセに、偉そうなことを言わないで下さいよ」(学会の上位役職向け)とか、「冗談じゃありませんよ」(近隣用)、「ナメんなよ、コラァ!」(目付きの悪い若者向け)など、多彩な表現で情を吐露しているのだ。


 結論――ストレスは相手に溜めさせろ。以上。


 タイトルと内容が一致してないが、そんなことを気にするようではストレスが溜まるぞ(笑)。


身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価

解散、本音は先送り?=誤算続き、政策優先を強調−麻生首相


 衆院解散・総選挙をめぐり麻生太郎首相の歯切れがすっかり悪くなった。先22日に自民党総裁に選出された際は「選挙に勝って天命を果たす」とたんかを切ったが、その後定外のことが続き、発言はトーンダウン。解散についての質問には「政局より政策」などとかわすばかりだ。

 「民主党の方々は解散だけが目的ですか」。首相は10日、首相官邸で記者団の質問に答え、早期の解散を求める民主党をけん制。日経平均株価が9000円を大きく割り込む事態を受け、経済対策を優先する考えを強調した。

 もっとも、首相が今国会の冒頭での解散を真剣に考えていたことは間違いない。先下旬に書き下ろし、10日発売の刊誌「文芸春秋」に掲載された自身の手記には、「国会の冒頭、堂々と自民党の政策を(民主党の)小沢(一郎)代表にぶつけ、賛否をただした上で国民に信を問おうとう」「国民の審判を仰ぐのが最初の使命」などと書いており、多くの与野党議員に「やはり」とわせた。

 しかし、現実は首相の惑通りには運ばず、先28日には中山成彬前国土交通相が問題発言で就任5日で辞任。この日、記者団に今国会冒頭での解散について問われた首相は「そういった発言が政府から出たことはない」と言質を与えず。代表質問初日の1日には小沢氏が解散を迫ったが「解散についてはわたしが決めさせていただく」と切り返した。

 こうした首相が解散先送りの姿勢を強くにじませ始めたのは2日。参院での代表質問で「解散という政局より、景気対策などの政策を優先したい」と表明。以降「政局より政策」が首相の常とう句となった。6日の衆院予算委員会では、「いま解散の話を考えているわけではない」と言い切った。

 首相は9日には与党に追加の経済対策の検討を指示。自民党内に「(首相は)解散はしない。国民不在の選挙と言われる」(笹川堯総務会長)など、首相の本は解散先送りとの見方が広がりつつある。


時事通信 2008-10-11】