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2008-12-31

2010年までに各人が信心の総仕上げを


 まず、「2010年」の記事に目を通してもらいたい(※この行の右上にリンクがある)。


 先生は明後日のお誕生日で81歳となられる。2010年は、創立80周年と第三代会長就任50周年の佳節を迎える。


 明年は衆議院選挙と東京都議会選挙がある。で、選挙戦はいつだって組織を疲弊させる。と言われているが実際は違う。弱い組織が疲弊するのだ。強い組織はどんなしい戦いを強いられようと発展し続ける。


 先生が80歳になられてから、私は頭を抱えてしまった。「80歳になる師匠を戦わせてしまう弟子って一体どんな存在なのだ?」と。「いつまで経っても、先生からの激励がなければ戦えない弟子って何なのさ」と。


 もはや、「創価学会池田先生」ではなく「世界の池田先生」である。我々学会員は、いつまでも先生に甘えるのは間違っていると私は主張したい。


 振り返れば、先生はまだアメリカ創価大学にすら行かれていない。世界各国からの招聘(しょうへい)にも殆ど応じられていない。それをえば、「我が地域へ池田先生をお招きしよう」なあんてのは、単なる地域エゴに過ぎない。


 もうね、「会合だけで叫ぶ善悪」にはうんざりだ。「だったら、てめえが行ってケリをつけて来いよ」と私は言いたい。


 折伏精神とは闘争の異だ。戦う気概のない幹部が、学会の前進を阻んでいる。単なるスポークスマンやアナウンサーは不要だ。


 信とは立場でもなければ、キャリアでもない。闘魂をたぎらせて、師弟共戦の最終章に望みたい。今、千載一遇の時を向かえていることを忘れてはならない。


 それでは皆さん、この一年間お世話になりました。より謝申し上げます。

山崎正友の死に思う


 日蓮大聖人の殺害に失敗(竜の口の法難)した平左衛門尉頼綱が、その刃を弟子に振るったのが熱原の法難である。何の罪もない20人の農民信徒が拷問され、首謀者の烙印を押された神四郎、弥五郎、弥六郎は首をはねられた。平左衛門尉の私邸に、烈士の血潮が飛び散った。それから14年後に謀反を起こした廉(かど)で、頼綱父子は同じ場所で殺害されている。


 総講頭罷免(1990年1227日)から18年後に山崎正友が死んだ。先生が会長勇退の直後に向かった神奈川の地で。これが歴史の刻印である。


 熱原の法難を機縁にして、大聖人は御本尊を顕された。そして池田先生は、第二次宗門問題をきっかけにして創価学会を世界宗教へと飛躍させた。


 かかる日蓮を用いぬるともあしくうやまはば国亡ぶべし(919頁)


 絶対的な権力をもって大聖人を迫害し続けた鎌倉幕府も滅亡した。「立正安国論」を政策に取り入れなかったがために。

2008-12-30

急告 あの山崎正友が急死!


敗訴続きの「裁判地獄」から遂に「無間地獄」へ


裏切り、謀略、犯罪を繰り返し悲惨な末路


【『フェイク』第990号 2008-12-30


 山崎正友が1229日午後4時半過ぎに急死した。この日午後、神奈川県厚木市愛の自宅で倒れ、東海大学病院に緊急搬送されて救命救急センターで治療を受けたが、その甲斐もなくを引き取った。享年72歳。遺体は変死者として扱われ、警察で検屍されたということである。


 通夜・告別式などの日程は未定だが、年末年始の火葬場の都合などを考えると、直ぐに荼毘に付すことも出来ないようだ。法上でも、社会的にも空前絶後の極悪人にふさわしく、死後も象徴的な厳しいの醜態を晒すことになる。


 山崎は、これまで何度も死にかけたことはあるが、第一次宗門事件で陰謀の

片棒を担いだ原島嵩が7月6日に全身から悪臭を放って死亡した後を追うように半年を経ずして無間地獄に堕ちたのである。


 山崎はC型肝炎から肝硬変を患い、糖尿病を併発して腎不全になり、人工透

析を続けていた。晩年は裁判地獄に陥って負け続け、今25日にも北林芳典氏(報社社長)に訴えられていた件で、東京高裁において敗訴したばかりだ。


 最近では痩せ細って首筋の肉も落ち、体力は衰えて、裁判所にも女房の運転する車で通っていたが、遂に悪運が尽きたのである。


 山崎の犯罪、悪事を挙げると巨額の詐欺罪、商法違反、手形法違反罪、富士宮市議の殺人依頼、創価学園の撹乱等々、枚挙に暇がないが、何と言っても代表的な犯行は実刑判決を受けた恐喝と恐喝未遂事件である。


 昭和60年326日、東京地裁刑事第三部の吉丸真裁判長は、山崎に対して「被告人懲役3年に処する。未決勾留日数中120日を右刑に参入する。訴訟費用は全部被告人の負担とする」との厳しい判決を言い渡した。この第一審判決から6年後の平成3年1、最高裁の上告棄却の判決をもって山崎の刑が確定。225日に東京拘置所に収監されたのであった。


出所後も悪逆の数々


 山崎は平成5年427日、刑期満了まで半年を残して栃木県の黒羽刑務所を仮出所。山崎の悪逆非道ぶりは出所後も変わらず、自らの重罪を反省することはなく、正信会に面倒を見てもらいながら学会を逆恨みして陰険な謀略を繰り返した。また、身延派日蓮宗にも接近して「板御本尊に関して、もっと日蓮正宗を攻撃せよ」と煽っていた。


 その後は正信会を裏切り、山崎自身が真っ先に相承を否定した日顕に摺り寄り、その日顕宗の中でも「クズの集まり」といわれている妙観講に入講。講頭の大草一男を利用して学会攻撃の策謀を続け、また、原島との「妙」紙上での連載対談では嘘八百を並べて、学会を誹謗中傷していた。


 更には、ブラックジャーナリストの内藤国男(故人)らと共謀して学会攻撃文書をバラ撒き、妙観講員には学会批判のビラを配布させ、信平狂言訴訟を仕組むなど、悪辣な行為を続けていた。


 金と色に狂った山崎は、過去に食い物にした女にも訴えられ、裁判では騙し取った金と慰謝料を払うよう命じられるなど追い詰められ、病身と生活で悲惨な厳の姿を晒(さら)していた。

稀代のペテン師「山崎正友」が死去


 顧問先を恐喝して懲役3年の刑を受けた元弁護士「山崎正友」が29日夕方、神奈川県の自宅で倒れ、死去した。享年72。

 山崎は横浜地裁小田原支部などに10数件もの誉棄損裁判を起こし、係争中だった。最近は体調がわしくないのか、妻の運転する車で送り迎えしてもらっていた。最後に法廷に出廷したのは1217日に横浜地裁で行われた書籍「法主詐称」を訴えた裁判で、顔色は悪いながらも、いつもどおりの様子で、1中には主張をすべて終えたいと裁判の進行について語っていた。25日には本人は裁判所に姿を見せなかったものの、北林芳典氏に訴えられていた裁判で東京高裁で敗訴していた。

 今年76日、“盟友”の原島嵩も東京・立川市の病院で死去。2008年は原島・山崎が相次いで死去した年として刻印されることになった。

 一連の裁判は、家族が承継しない限り、取り下げられる見込み。葬儀は来年初頭に行われる模様。


柳原滋雄コラム日記 2008-12-30

2008-12-29

2008-12-28

麻生内閣支持21%、不支持73% 衆院選比例投票先、民主が自民逆転


 日本経済新聞社とテレビ東京が26-28日に共同で実施した世論調査で、麻生内閣の支持率は21%となり、11の前回調査から10ポイント低下、不支持率は73%で11ポイント上昇した。景気・雇用悪化への対応の遅れや政権内部の混乱が響いている。政党支持率は自民党が35%、民主党が33%だったが、次期衆院選の投票先(比例代表)は民主が37%で、自民の24%を逆転した。

 麻生内閣の支持率は政権維持の危険水域とされる30%を大きく割り込み、極めて低水準となった。不支持率が70%を超えたのは宮沢内閣末期の1993年6、7と、森内閣末期の2000年12、01年2の計4回だけ。両内閣とも2回続けて70%を超えた後に退陣した。

 内閣を支持する理由(複数回答)は「自民党の内閣だから」が48%、「国際覚がある」が22%など。支持しない理由(同)は「指導力がない」が49%、「政策が悪い」が48%、「安定がない」41%。


【日本経済新聞 2008-12-28】


 全くどうしようもないな。公明党から退陣を要求した方がいいよ。

徳一

 最澄や空海の時代には、すべての教経典はブッダにより、この45年間に述べられたと一般には信じられていた。もっとも最澄と空海に論争をいどんだ会津の僧徳一(とくいち〈ママ〉)のように、教経典のあるものはブッダの滅後、数百年を経て成立したと主張する者もいたし、中国の天台宗の僧たちや最澄がどこまで素朴に「釈迦が一代で全経典を説いた」と信じていたかはわからない。ともあれ唐代(618-907)の天台宗は、それまでに知られていたすべての教経典は釈迦が一代で説いたという一般的な考え方に立って、それらの経典の説かれた五つの時期(五時)を設定し、すべての経典(群)にランク付けをなした。天台教学が重視する『法華経』は最後の時期に説かれたという。最澄も当然その説を引き継いだ。(18〜19ページ)


【『最澄と空海 日本仏教思想の誕生立川武蔵(講談社選書メチエ)】


 とするとだよ、日蓮大聖人は既に「大乗非仏説」を知っていた可能が出てくることになる。こいつあ、驚きだよ。ぶったまげたね。多分、「三一権実論争」ってのは、一筋縄じゃいかなかったことだろう。私が像するに、「哲学vsとしての宗教」ってなレベルの論争だったはずだ。徳一はリアリズムニヒリズムの立場で実在論を主張し、最澄(=伝教)は末法に展開しゆくとして一仏乗に立脚した平等論を説いたことだろう。何を隠そう、私自身がここで行き詰まっているのだ(笑)。


 ってことで、御書に書かれている徳一を調べてみよう――


 其の上此のは去る延暦大同弘仁の比南都の徳一大師が伝教大師破せし言なり、其の已に破れて法華宗を建立し畢んぬ。(180頁)


 されば未顕真実と云う事二乗に限る可しと云うは徳一大師の義か此れは法相宗の人なり、此の事を伝教大師破し給うに「現在の・食者は偽章数巻を作りて、法を謗じ人を謗ず何ぞ地獄に堕せざらんや」と破し給ひしかば徳一は其の語に責められて舌八にさけてうせ給いき(463頁)


 古の徳一大師と云いし人此の義を人にも教へ我がにも存してさて法華経を読み給いしを伝教大師此の人を破し給ふ言に「法華経を讃すと雖も還つて法華のを死す」と責め給いしかば徳一大師は舌八にさけて失せ給ひき。(547頁)


 三つ是一同なり誰か是れを疑はん、されば是れを疑いし無垢論師は舌五つに破れ嵩法師は舌ただれ三階禅師は現身に大蛇となる徳一は舌八つにさけにき、其れのみならず此の法華経並に行者を用ひずして身をそんじ家をうしない国をほろぼす人人支震旦に其の数をしらず(1380頁)


 ちなみに「法相宗」というのは唯識派のことである。これは、認識機能から生命を見つめる手法であり、現代の「認知科学」を先取りしたものと考えていいだろう。


 日蓮大聖人が比叡山で学んだ内容を調べる手立てはないだろうか。あるいは、「法相宗」に関する御書を学べば、多少なりとも根拠がわかるだろうか。


 この問題を私が重要視する理由は、大聖人が「的系譜、及び発展」を重んじたとすれば、「智者に我義」(232頁)を破らせないためにも、日蓮法を発展させる責任が生ずるからだ。当然ではあるが、大聖人が時代的制約を受けている以上、新たな歴史的事実や科学的発見によって理論を補完する作が必要になってくることだろう。ところが、学会組織にはこうした部門もなければ、研鑚運動をバックアップする体制すらない現状だ。あるのは、教学試験と、を覆いたくなるような御書講義だけである。


 末法の大乗運動が興(おこ)るとすれば、一体どのような形で始まるのか。今のところ全く見当もつかない。ただ、大乗仏教の無署が多くの弟子達の共同作であることを示しているのは確かだ。

2008-12-27

怪情報・都市伝説を鵜呑みにする人々


 最近だと、川田副会長(別幹部も多数)の「7.5Hz」、長谷川副会長の「15年後の青年部へ」が組織を席巻した。聞くところによればいまだに引用している総県幹部もいるそうだ。馬鹿丸出し、正真正銘の田舎者、サル以下の脳味噌だと言っておこう。


 実は私も最初は信じていた。もちろん転送もしたよ。そう。私はデマ増幅装置であり、デマ伝言ゲームのプレイヤーでもあった。大事なことは、訂正情報が速やかに伝わるチャンネルをいくつ持っているかって話になる。こういうところにインターネット効用もあるのだろう。デマがまかり通った組織で正義は通用しない。


 信仰の世界は信頼でつながっている。であるからして、我々学会員は同志の言葉を鵜呑みにする傾向が強い。しかも、だ。中堅幹部はいつだってインパクトのある指導や、華々しいエピソードを求めている。皆を動かすようなネタ(情報)が欲しくてしようがないのだ。力のないリーダーは、常に他人の褌(ふんどし)で相撲を取っている。


 若い頃こんな話を聞いたことがあった。「あらゆる角度から日本の高度経済成長の原因を調べたが判明しなかった。結局、創価学会の発展に伴って、日本社会が豊かになったとしか考えられない」(趣)と某副教学部長がセミナーで語っていたと。私は「ヘエー!」と唸(うな)った。教えてくれたのは理論派の部長だった。


 今であれば、噴飯物のデタラメ話であると2秒で判断できる。高度成長の遠因は鮮特需であり、近因はベトナム戦争だった。アメリカが戦争をするたびに、日本は発展し続けた。


 この手の話は多い。あたかも相関関係があるようなデータを引っ張り出して因果関係に摩(す)り替える手口だ。これを「擬似相関」という。


 例えば、「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺(ことわざ)をきちんと説明できる人は少ない。それでもこの言葉は人口に膾炙(かいしゃ)している。こんなじで手抜き指導を平然と行っている幹部が多い。


 自分の頭でものを考えることができないと、怪情報や都市伝説を鵜呑みにしながら、どこまでも前向きに頑張る学会員が続出する結果となろう。正邪の判断を他人に委(ゆだ)ねるな。それでは、邪宗と変わりがないからだ。

内閣法制局が答弁を撤回


政府「政教分離」答弁を撤回、公明の質問主書に答えて


 政府は24日の閣議で、衆院予算委員会での宮崎礼壹内閣法制局長官の政教分離に関する答弁を撤回する答弁書を決定した。

 公明党山口那津男参院議員の質問主書に答えたもので、憲法や法律に関する政府解釈を行う内閣法制局が国会答弁を撤回するのは異例だ。

 民主党の菅代表代行は107日の同委員会で、宗教団体による政治権力の行使に関し、オウム真理教教祖が党首だった「真理党」を例に引いて、「(国会などで)多数を占め、権力を使ってオウム真理教の教えを広めようとした場合、憲法の政教分離の原則に反するか」と質問した。これに対し、宮崎長官は「違憲になる」と答えた。

 この答弁に関し、山口氏は質問主書で、「事実関係を仮定しての質問に、法令を当てはめて答弁したことは不適当だ」と指摘した。

 答弁書では、宗教団体が支援する政党に属する者が国政を担当しても、団体が政治権力を行使することにならない、という政府見解を改めて示し、「見解を変更したと受け取られかねないことは指摘の通りで、内閣法制局として撤回したい」とした。

 菅氏は24日の記者会見で、「(公明党の支持母体の)創価学会という宗教組織に有利になるよう閣議決定が左右されている」と批判した。


【読売新聞 2008-12-25

 これは、2008年107日、衆議院予算委員会において、菅直人・民主党代表代行が行った政教分離原則に関する政府見解の質問に対する宮崎内閣法制局長官の答弁が問題となったものです。


菅直人・民主党代表代行:「もし真理党が(国会などで)多数を占め、権力を握り、政治権力を使ってオウム(真理教)の教えを広めようとした場合、これは当然、憲法20条の政教分離の原則に反すると考えると考えるが、いかがか」


宮崎内閣法制局長官:「今、お尋ねのようなことは、まさに宗教団体が統治的権力を行使する、ということにあたるだろうとう。それは違憲になるだろうとう」


麻生内閣総理大臣:「今、法制局長官が答弁をされたのが基本的な考えだと、私もそうう」


 この宮崎長官の答弁は二重、三重に間違っている。


 まず、「真理党」は政党であって宗教団体ではない。したがって、そもそもが「“宗教団体が”統治的権力を行使する」場面にはあたらないのである。そもそもが政党と宗教団体とは、あくまで別個の法人格を有する別個の存在なのだから当然である。


 同様に、国家もまた宗教団体とは別個の存在だ。したがって、宗教団体の構成員が国家機関の要職につき国家権力の行使者となっても、彼はあくまで“国家機関の構成員として”権力を行使しているのであって、宗教団体の構成員として権力行使をしているわけではない。よってこれもまた「“宗教団体が”統治的権力を行使する」場面にはそもそもがあたらないのである。


 次に、「教えを広め」るということの定義のあいまいさだ。菅議員の曖昧質問に対する曖昧答弁としてこうなったのかもしれないが、あまりにもお粗末すぎる。「教えを広める」とは何か、如何なるものが「教え」であり、どこまでの行為が「広める」ことになるのか、それが「統治的権力」の行使場面とどのような関係にあるのか、これらが明確にならなげれば信仰者・宗教団体の政治参加が事実上閉ざされてしまう可能すらあるのである。


 そもそもが憲法20条1項後段の「政治上の権力」とは、本来的に国家機関が有するはずの「権力」、すなわち立法権・行政権・司法権を指すのであって、「宗教団体が行う政治上の権力行使禁止」規定も、これら統治的権力の宗教団体による“代理行使”を指すのである。そもそもが宗教の「教えを広める」ことは統治的権力の行使場面に含まれないのだ。問題となるとすれば、20条3項の「国家機関の宗教的活動禁止」規定であろう。本来的に、統治権に宗教の布教活動は含まれないために問題となるのである。


 この宮崎答弁は、翌日の審議(2008年108日、衆議院予算委員会)における、公明党・富田茂之議員による質問に対する答弁により事実上修正・撤回させられた。山口那津男議員の質問趣書への回答は、更なる確認の味も込められているようだ。


 政治に対する監視は怠るべきではないことの適例であろう。


プリン創価仏法研鑚掲示板より転載】

2008-12-26

学会本部殿御返事


 御返事ではなくてリクエストだ。昨日、王貞治氏について調べたところ、巨人入団から監督引退の今シーズンで、何と50年間にわたるプロ野球人生を送っていたことを知った(早稲田実高校から巨人入りしたのが1959年)。プロという厳しい世界で半世紀にわたって活躍することは至である。一つの道を極めたという観点からすれば、縁覚界の代表選手といってもよかろう。そこで、是非とも先生と王貞治氏の対談を実現してもらいたい。スポーツは文化であるし、王氏は国際センスを兼ね備えている。荒川コーチとの師弟関係からも、我々は多くを学ぶことができるだろう。ってことで、頼んだよ。

2008-12-25

12月25日


 メリークリスマス、というのは嘘だ。私は小学生の時分から、サンタクロースという胡散臭いオヤジが謗法の徒であることを知っていた。プレゼントとケーキには抗しきれなかったが、それとこれとは別の話だ(※「それとこれ」に味はない)。


創価スピリット」を発行してから今日で満5年となった。先生が江東文化会館を訪れたのは昭和63年のこの日だった。私は25歳だった。前の日に男子部本部長から電話があった。「ここだけの話にしてもらいたいのだが、明日は重要な会合がある。お前の代わりに出席させてもらうよ」と。この年、私は5世帯の個人折伏を成し遂げていた。不議なことに、新調した壇が届けられたのも1225日だった。私は御本尊に勝利を報告し、我が地域に師匠をお招きできた喜びに打ち震えた。


 あの日から、もう20年が経過する。全くもって信じられない。どうやら、誓いというものは変質しない限り、時間覚を圧縮する力があるようだ。


 振り返ると、初めて同時中継に参加したのも25歳の時だった。そして翌年の115日、メイン会場にて先生と相見(あいまみ)えることができた。若き日にで叫んだ「先生!」という大音(だいおんじょう)は今も尚、己に轟いている。

2008-12-24

2008-12-23

ヤング男子部殿御返事


青年は“青年である”というだけで、すでに“生命の王者”である」と先生は指導されている。同時中継から発せられた先生のが私の鼓膜に突き刺さった。「そうだ!」とで叫び、奮い立った。


 鮮やかな記憶が残っているため、ついこの間のようにじるが、何と既に20年が経過しようとしている。私は純真な青年から、地の悪い中年となっていた。開けてびっくり玉手箱。


 男子部の本部長時代はまだよかった。活動家は100前後だから、掌握できる範囲だった。ところが、分区男子部長になると見知らぬメンバーが増えてくる。こうなると直ちに認識できるのは地区リーダークラスまでと限られてくる。


 この頃から私はヤング男子部が嫌いになった。もちろん、今でも嫌いだ。理由はたくさんある。まず、礼儀知らずだ。言葉遣いさえ満足に知らない。次に、少しばかり活動した途端わかったつもりになる。そして、労をしていないが故に考えが浅はかだ。更に、私よりも長い将来があることにも我慢がならない。


 こう書きながら気づいたのだが、私は既に中年を通り越して、老境に入りつつあるようだ。


 であるからして、ヤング男子部に対する私の指導は厳正かつ適確なものとなる。「少しばかり結果を出したからといって図に乗るなよ」「でかい口を叩くのはまだ早過ぎるぞ」「知ったかぶりをして退転するなよ」「地べたを這いつくばって、眠れぬ夜も過ごしていないのに、悩んだふりをするな」「決意だけなら小学生にだってできるぞ」……。


 私は「ヤング男子部」という括(くく)りの中でしか元気になれない連中を憂慮し、群れの中でしか生きてゆけない若者を嫌悪するのだ。だから、総区のヤング男子部の会合に何度か招かれたが、全部断った。「嫌いだから」という理由で。


 若いうちから謙虚になる必要はない。自由奔放な精神こそ青年の特権であるからだ。ただ、そこに自立という魂がなければ、烏合の衆となってしまうことを君等は忘れてはならない。


 ヤング男子部、頑張れ!

2008-12-22

沖浦某がものに狂うを見よ


 組織利用の常習犯である沖浦某が、学会員である阿部日ケ〜ン氏の個人情報を募り、訴訟を起こそうとたくらんでいる。しかもこれ、法華講員の掲示板で行われているのだ。沖浦某のものに狂った姿をとくとご覧あれ。

20081222002219

2008-12-21

「説会の四衆」考


 基本的なことではあるが、四衆に二ある。一つは比丘・比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)。出家男女・在家男女のこと。もう一つは説会(せつえ)の四衆である。これは機根に応じたもので、つまりはランク分けといって構わないだろう。発起衆(ほっきしゅ)は質問する人、当機衆(とうきしゅ)は法理論を聞いてその場で理解できる人、結縁衆(けちえんしゅ)は聞いた時はチンプンカンプンだが、その場で縁を結んで未来に悟る人、影響衆(ようごうしゅ)とはの傍にいて説法を助ける人をいう。


 経文には「爾(そ)の時に世尊、四衆に囲繞(いにょう)せられ……」とあり、法のあり方が釈尊往時から座談会方式であったと推察できる。私が初めて学んだ時などは、「何だよ、たったの4種類しかいないのか。もっと多いだろう」とったりしたものだ。何せ個的なメンバーが多かったもので。


 これは、だ。が法を説く時には必ず4種類の人々が存在することを示したものであるから、つまりは「色んな人がいていいんだよ」という話になる。しかも、2種類の四衆があるということは、外面と内面における相違まで示していると考えられる。


 で、説会の四衆で最も重要な存在は発起衆である。なぜなら、釈尊が実際に行ったのは対機説法といって、一人ひとりの質問に答えたものであったからだ。小乗教も大乗教も、釈尊滅後に弟子が編纂(へんさん)したものである。


 戸田先生の時代は、日常的に質問会が行われていた。詳しくは小説『人間革命』でも紹介されているし、レコードを聴いたことのある人もいることだろう。また、戸田先生自らが学会本部で個人指導に当たられた。


 今、質問会はなくなった。時折、先生がSGIメンバーに対して行っているだけである。御書講義においてすら、質疑応答の場面はない。


 青年部時代、私は必ず「何か質問はないか?」と尋ねることを掛けた。なぜなら、若い頃の私が質問だったためだ。毎週行われていた部活動者会の半分は、私の質問タイムであった。今振り返ると、部長もよく付き合ってくれたものだとう。


 質問や疑問は会合を生き生きとしたものに変える。式次第通りの予定調和というのが一番つまらない。民衆からの問いに応じる時、答える側にはとしての自覚が求められる。であればこそ、真剣勝負とならざるを得ない。いい加減な質問が出れば、容赦なく破折したものだ。問いに信の姿が表れ、答えに指導者の資質がにじみ出る。


「いい質問だ」と私が言う場合、これに2種類ある。一つは私が「答えにくいな」とったもの(笑)。二つ目は「普遍のあるもの」だ。


 質問は求道の表れである。昨今は本当に質問が出なくなった。幹部の力量不足も要因の一つであろう。で、自分の疑問すら自覚してないもんだから、問題識そのものが低下してしまう。小さなことをウヤムヤにして漫然と活動しているため、今度は後輩の質問にも満足に答えることができない。このようにして、「人が育たないスパイラル」が形成される。


 私の質問は年を経るごとに磨きがかかっている。親子ほど年齢差がある副区長に対して、「この地区を担当してから何人のメンバーを育てたんですか?」と問い質(ただ)し、「私よりも育てていませんよね?」と相手のの根が止まるほどの質問を平然と行っている。本当の話だよ。


 青年よ本気で問え。師弟の正道を、友を幸福にする方途を、自らが成長する軌道を。人生というのは、自分が求めたものしか手に入らない。

2008-12-20

公務員改革:再就職等監視委が空席 首相自ら天下り承認――閣議決定


 国家公務員の再就職を監視、承認するための「再就職等監視委員会委員長らの人事が野党の反対により国会で同を得られなかったことを受け、政府は19日、当面は首相が再就職を承認することを閣議で決定した。監視委は委員空席のまま31日に設置する。

 07年成立の改正国家公務員法は、公務員の再就職務を一元化させる「官民人材交流センター」と監視委を08年中に設置すると規定。3年間の移行措置として、監視委から承認を受けた場合に限り、各省のあっせんが可能とした。しかし、「ねじれ国会」の影響で監視委の委員人事が承認されず、首相自ら天下りあっせんを承認する異例の事態となった。

 25日に公布される政令は、許認可権にかかわる「利害企」への再就職禁止などの基準を定めており、首相もこの基準に従う方針。実質的には天下りにある程度の規制がかかるものの、民主党はセンターと監視委を「天下りの制度化」と強く批判している。

 河村建夫官房長官は19日の記者会見で「異例の事態ではあるが、法律事項を実効させるためにはこの方法をとらざるを得ない」と説明。

「できるだけ早く委員の任命をお願いしたい」と語った。

 一方、民主党の鳩山由紀夫幹事長は「『天下りをなくせ』という国民のを自ら否定するかのように、首相があっせんを承認する。法の規定に沿わない『官僚内閣』そのものだ」と批判した。


【毎日新聞 2008-12-20】

2008-12-17

2008-12-15

「比例は公明」完全解消も 古賀氏、協力見直しに言及


 自民党の古賀誠選対委員長は15日夜、各派閥事務総長と会談し、次期衆院選比例代表での公明党との協力関係を見直す可能に言及した。両党は原則的に「比例は公明」と呼び掛けないことで合しているが、公明党が自民党候補者に求めている実態があることを問題視し、完全解消も視野に入れる考えを示した発言。公明党の反発も予される。

 出席者によると、同席者が「宗教団体関係者から公明党を切るべきだと言われた。自民党の支持層が戻る」と指摘したのを受け、古賀氏は「比例の180議席をみすみす公明党に渡していいのか。『小選挙区も自民、比例も自民』だ。自民党は自民党の政策で戦わなければ弱体化する」と強調した。

 さらに古賀氏は「まさに今、自民党は比例票が問われている。比例票が入らないような変な言い方はやめるべきだ」と述べたという。

 また古賀氏は「私は公明党から推薦を受けていない」と発言。同席した菅義偉選対副委員長も「麻生太郎首相も私も受けていない」と応じた。

 出席者からは「定額給付金は非常に有権者の評判が悪い。見直すべきだ」との見も出たという。


共同通信 2008-12-15】

13日付の「名字の言」


 先ほど、13日付の「字の言」を読んだ。同じ日に私もガリレオ・ガリレイについて書いているが、これは決してパクリではない。私が「字の言」を読むことは殆どないからだ。で、気になる箇所があったので指摘しておこう。


 冬の星天は、ひときわ美しい。またたく光は、はるか彼方から長遠な時間を経て、私たちに降り注ぐ。宇宙は壮大だ。その探究の旅は約400年前、イタリアのガリレオ・ガリレイが“筒眼鏡”を夜空に向けた時から加速した(リチャード・パネク著『望遠鏡が宇宙を変えた』東京書籍)▼面の山や谷、無数の星の集合だった天の川――当時の天文学の常識を覆す発見。しかし、周囲の眼は冷たかった。“彼が筒眼鏡に惑星を張り付けたのだ”と癖をつける者もいた。その後も、天文学者たちが示す宇宙の実像は、にわかには受け入れられなかった▼“あり得ない”という世の人々の固定観。しかし、ガリレイら学者たちは自身の信を貫いた。彼らの真理探究への執が、新たな発見を生み出す原動力となった▼広宣流布という大も、未聞ゆえに社会からの批判にさらされてきた。しかし今や、創価法哲理は、世界192カ国・地域に。それを推し進めてきた力こそ、目の前の“一人”を救わずにはおくものか、との創価の同志の情熱である▼ 自分と環境は一体との「依正不二」とは、法の根本原理。自身の挑戦の吹、勇気の行動が、周囲を変革する。既成の壁を打ち破る力は、私たちの一念に備わっている。(馨)


聖教新聞 2008-12-13】


 問題箇所は「しかし、ガリレイら学者たちは自身の信を貫いた」の部分。一体全体どういう信があったというのか? そもそも、地動説は半世紀以上も前にコペルニクスが明らかにしている。コペルニクスの死後、『天球の回転について』が発行されたのが1543年(迫害を恐れたコペルニクスは生前の出版を拒んだ)。で、ガリレオ・ガリレイの第1回異端審問が1616年である(これによって『天球の回転について』が禁書扱いとなる/望遠鏡を自作したのは1609年)。しかも、だ。この裁判で彼は地動説を唱えないことを誓約している。更にガリレオは「天動説が誤ったものである」とは考えておらず、座標軸をどちらに置くかという相違に過ぎないことも理解していたのだ。


 一冊の書籍を鵜呑みにしてコラムを書く危険性は、公明新聞の「北斗七星」が実証済みである。サラリーマン記者が多いから、こんなデタラメなコラムを見過ごしてしまうのだろう。歴史を皮相的に捉え、組織プロパガンダのために利用する態度は浅ましい限りで、実にみっともない。

2008-12-14

交通安全マップ


 ドライバー諸氏は、「事故多発地点」と「ひやり地点」を必ず参照しておくこと。こうした情報は会館内に貼っておくと親切だろう。事故・火災の類いは起こるべくして起こっていることを知ろう。

2008-12-13

無神論者殿御返事


「神ももあるものか」――そう言われると「確かに」と返答したくなるような世相である。ま、言わないけどさ。私は常にこう答えている。「確かにそうだよな。飛行機やロケットが飛ぶ時代だから、天上に神がいないことは既に確認済みだ。で、なんだが、実はいるんだよなあこれが。会ってみたいか? そうか、じゃあしようがねえわな……。目の前にいるよ。そう。俺だ。そして、神もも信じていないお前すらなのだ。ざまあみやがれ」と。


 本当はもう少し色んなことを話している。「おう、生気を言う前にだな、てめえは神やのことをどれだけ知っているってえんだ? さっさと答えてみやがれ! 200字以内で定義してみせろや、こらあ!」とも言っている。多分、誰も知らなかったこととうが、私は聖人君子ではないのだ。あ、知ってた。そう。そいつあ、手間が省けて助かるよ。


 さて、よく「俺は無神論者だ」などという人がいます。

無神論」という言葉が、例えばヨーロッパではどのような戦いの中で、勝ち取られてきた言葉か――自称「無神論者」の人たちは理解しているでしょうか。「神」の権威を振りかざす王や権力者との間で行われた戦いの熾烈さを、起しているのでしょうか。少なくとも、「真の無神論者」は、真剣に信仰に生きている人をバカにしたりはしません。おそらく「真の無神論者」がもっとも嫌悪するのが、年中行事として形骸化した葬式でしょう。それこそが、権力者が作り上げた「虚構の共同体の維持装置」なのですから。

 しかし、日本の自称「無神論者」はしっかり、初詣には行くのです。神殿の前でしっかり、「本年一年無病災、商売繁盛」と祈るのです。言葉の厳密な味で「無神論者」が最も批判するのは、日本的な「仮称無神論者」かもしれません。

「初詣は宗教じゃない。みんなやっている習慣なんだ」。しっかり神だのみをしている事実を覆い隠すように「仮称無神論者」は言います。この「習慣」というのが曲者(くせもの)なのです。「習慣」とは、権力者が作り上げた「虚構の共同体の維持装置」なのです。ミシェル・フーコーが「権力のまなざし」としてじ、ヴァルター・ベンヤミンが「勝者の歴史」と見抜いたものに通じるのです。そして、まさに教が疑問を投げかけた、サンカーラそのものなのです。


【『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』友岡雅弥(第三文明社、2000年)】


「サンカーラ」というのは、通常は「行」とか「反応」と訳されているようだが、友岡氏は「皆が当たり前と考えている常識および社会構造」という味合いで使っている。ま、菩提樹の下に座る前の釈尊が、行を否定したことをい合わせれば何となく理解できるだろう。


 善悪というものは固定された価値観ではない。時に、小さな親切が大きなお世話となることも珍しくない。例えば我々学会員は、世界中から善を掻き集めたほどの自覚で折伏を行じているが、果たして本当に善なのだろうか? そうとは言い切れないだろう。強引な布教が「学会嫌い」を育成している場合もある。大体だな、純粋な折伏自体が少なくなっている事実に目を伏せてはいけない。幹部から煽られて、何とか成果にこぎつけているような姿が多い。広宣流布を「やらせられている」のが多いんだよな。


 話を戻そう。西洋における“神の否定”は、絶対的な権力として君臨していた教会と闘うことを味していた。中世の西洋史をひもとくと、そこには陰惨なまでの残虐さに満ち、死臭が立ち込めている。教会は「女狩り」と称して、自分達に歯向かう者を拷問してから死に至らしめた。「のろのろと燃える生木の火刑」では、1時間以上も死ぬことができず、「もう少し薪(たきぎ)を加えて下さい」という絶叫も無視された(森島恒雄著『魔女狩り』岩波新書)。


 中世においては、教会の許可がなければ勉強することすらままならなかった。であるがゆえに、かの時代の高な科学者はいずれも教会関係者だった。19世紀のイギリスにおいてですら、女が「本を買うこと」はなかったのだ。現代科学の父ともいうべきニュートンですら、論文の発表を躊躇(ちゅうちょ)していた。ダーウィンの『進化論』も同様だ。


 つまり、だ。神を否定することには命懸けの覚悟が必要だったのだ。地動説を唱えたガリレオは異端裁判にかけられ、その後の余生は軟禁状態を余儀なくされた。ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世ガリレオ裁判の誤りを認めたのは、実にガリレオの死後から350年後のことだった。ところが現在のローマ法王ベネディクト16世は、ガリレオ裁判を正当化するような発言をして物議を醸(かも)している。教会ってえのあ、一筋縄ではいかないようだ。


 無神論者を乗る人は大抵の場合、金銭的な価値を重んじている。その程度の価値判断しかできないため、神と同様、自分すら信じていないのが実態だ。

ブッダは歩むブッダは語る―ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う

2008-12-12

ドル一時88.10円、13年ぶりの円高水準


 午後3時過ぎのドル/円は89円後半で取引されている。米上院で自動車メーカー救済法案が廃案になったことをきっかけに、まずはドル売りが活発化、その後は円の全面高となり、一時88.10円と13年ぶりの安値を更新した。

 88円台ではトレーダーらによる利食いのドル買い戻しが先行し、現在は安値から約半値戻しの水準にある。

  市場では、「ドル反発は利食いの買い戻しが中だった。ドル安トレンドに変わりはなく、下値もまだ全く確認できていない」(運用会社マネージャー)とのも聞かれ、今後もドルの下落余地が大きいと見る向きが多い。

 ドルは方91.88円の高値を付けたが、東京時間の昼過ぎに最大140億ドルのつなぎ融資を骨子とする米自動車メーカー救済法案が上院で廃案になったとの報道を受けてドル売りが加速した。「一瞬ドル売りのあとは、市場は円買い一色になり、特に89円を割り込んでからは、ジェットコースター的な展開だった。気配が88.80/90円の直後に88.10円が取引され、その直後に88.70/80円に急反発した」(邦銀)という。

 円全面高のもと、ユーロ/円は122.55円の高値から、117.74円まで急落。その後119円台に急反発するなど、めまぐるしい動きとなった。

 自動車メーカー救済法案が廃案となったことで、米ダウ先物も300ドルを超える下げを見せたほか、日経平均は前日比5.56%安の8235.87円で取引を終えた。アジア株も全般的に下落した。

 米ホワイトハウスのフラット大統領副報道官は11日、140億ドルの米自動車大手救済法案を通過させる議会の交渉が決裂したことを受け、今後とり得る選択肢を検討すると述べた。報道官は「今夜、議会が合できなかったことに失望している。(法案)不成立を視野に選択肢を検討する」と語った。

 ブッシュ政権は、10に議会で可決された総額7000億ドルの金融安定化法を利用した自動車大手救済には反対の向を表明している。


ロイター 2008-12-12】

「公明党はカルトの命令下に」 民主・石井副代表発言


 民主党の石井一副代表は11日、東京・丸の内のパレスホテルで講演し、公明党と支持母体の創価学会について、「公明党なんて政党はない。創価学会だ。党の人事から予算まで全部後ろのカルト集団の命令下でやっている」と批判を展開した。また、「自民党は公明党の票で生き延びている。創価学会が政権を振り回してきている。文句を言うのは当たり前だ」と強調した。

 これに対し、公明党北側一雄幹事長は同日の記者会見で「とんでもない発言だ。公党に対する侮辱もはなはだしい。謝罪と発言の撤回を求めたい」と反発した。その上で「創価学会がフランスでカルト集団と認定されていると言うが、そのような事実は全くない」と反論した。法的措置については「今のところ考えていない」と述べた。

 石井氏は10にもテレビ番組で公明党を「バイ菌みたいなもの」と批判するなど、民主党内でも公明党創価学会攻撃の急先鋒(せんぽう)だ。


【産経新聞 2008-12-11

「公明の後ろにカルト集団」=民主・石井氏


公明党なんて政党はない。創価学会だ。全部後ろのカルト集団の命令でやっている」。民主党の石井一副代表は11日、都内で開いた支持者の会合で、公明党とその支持母体である創価学会をこう批判した。

 石井氏は、国会審議で公明党創価学会の「政教分離」問題にたびたび言及。10には創価学会池田大作誉会長の国会招致もちらつかせた。会合では「(公明党創価学会が)政権を振り回している。これに文句を言うのは政治家として当然だ」と強調した。

 これに対し、公明党北側一雄幹事長は同日の記者会見で「本当にひどい発言だ。公党に対する侮辱も甚だしい」と反発、発言の撤回と謝罪を求める考えを示した。 


時事通信 2008-12-11

第三文明社殿御返事


 昨日、友岡雅弥著『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』(第三文明社)の入力を終える。全部で2万字ほど。それにしても校正が酷い。本書を担当した者は大馬鹿野郎という他ない。せっかくの著に瑕疵(かし)をつけてしまっている。ミシェル・フーコーが後ろの方で「ミッシェル・フーコー」になっていたりする。私は頭を抱えてしまったよ。会社として二流であることがよく理解できた。

ブッダは歩むブッダは語る―ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う

2008-12-11

吉川英治の書


 9に両親が上京した。その際、時間があったので青梅の吉川英治記念館へ行った。展示室の玄関を入って左手に、宮本武蔵の言葉を記した大ぶりの書が掲げてあった。


 身を浅くひ世を深く


 これは宮本武蔵の遺言ともいうべき「独行道」より。

株価と解散総選挙


「日経平均株価が12000円を超えれば、どんなタイミングでも解散するだろう」という話をマーケット関係者から聞いた。一つの見識ではある。

2008-12-09

確認くん


 研鑚板で鯖君が教えてくれた。アクセスすると、あなたの様々な情報が検出される。サイトを閲覧するだけで、これほどの情報が筒抜けになっていることを自覚すべきだ。更に、一部の携帯端末では番号まで表示されるとのこと。

所帯を持った池田青年に対する戸田先生の指導/『池田大作 行動と軌跡』前原政之


 遅ればせながら『池田大作 行動と軌跡』を読んだ。労作である。何にも増して文章がいい。先生の著作を一通り読んだ者であれば、二番煎じ的な印象を受けるかも知れない。だが、それは底の浅い読み方である。著者の図は、飽くまでも池田大作という人物の全体像を描くことに力点が置かれ、妙な粉飾を斥(しりぞ)けていることがわかる。つまり、著者が定しているのは創価学会員ではない。先生を知らない人、または先生を誤解している人にこそ向けられた書籍といってよい。


 そして、私ほど先生の著作に親しんできた者であれば(←自慢だよ♪)、時代の変遷(へんせん)と、学会における歴史的義の変化までもが読み取れる。抑制された文章の上辺に捉われるとそこが理解できない。我々学会員は、せめて著者と同じ程度に先生の著作をひもとくべきだろう。


 池田先生が結婚された時の以下の指導を、私は初めて知った――


 昭和27年(1952年)53日、池田が白木香峯子と結婚すると、戸田は「これからは鉄ではなく金を鍛えるぞ」と宣言し、私生活の上でも口やかましく指導し始めた。池田が粗悪品を買ってくると「みっともないことをするな」と睨(にら)みつけた。礼を尽くすべき相手への贈り物も一流品を買わせ、「高い安いではない。真を届けるのだ」と自ら店を指定した。池田の結婚披露宴でも花嫁の香峯子にむかって「ダイちゃんが悪くなったら、みんなあなたの責任ですぞ」と断言し、池田に「どんなに偉くなっても中流生活、どんなにおちぶれても中流生活を守れ」と厳命した。さらに、男子のたしなみとして、座布団一枚のうえで舞を舞う足運びさえ池田に伝授した。


【『池田大作 行動と軌跡』前原政之(中央公論新社、2006年)】


 カテゴリを「将軍学」としたが、実際は「帝王学」ともいうべき内容である。形式だけの儀礼を嫌い、中流生活を勧める戸田先生の発言が、釈尊の初期経典で説かれる「バラモン」をい起こさせる。豊かな暮らしが、庶民の姿を見えなくする。また、贅沢(ぜいたく)は人のから謝を奪い去る。そして、欲望は確実に肥大してゆき、傲慢な人間が醸成されるのだ。


「人の振舞」(1174頁)と口にすることは易(やさ)しい。だが、そこに具体がなければ、人のには刺さらない。戸田先生の言葉は、宝石の如き至言であり、襟を正さざるを得ない響きをじる。


池田大作 行動と軌跡

支持率急落 「迷走する政治」の限界だ


 目を覆いたくなるような支持率の急落ぶりである。内閣の発足からわずか2カ半で「政権末期」の様相とは、極めて異常と言うほかない。

 報道各社の世論調査で、麻生内閣の支持率が急降下した。その1つ、共同通信社の調査では、麻生内閣を「支持する」という有権者は、11の前回調査から15.4ポイントも下落し、25.5%だった。

 一方、「支持しない」という人は19.1ポイント増え、61.3%に達した。支持率が4人に1人の割合に落ち込み、不支持率は6割を超えたのだから、「末期的症状」と診断されても仕方あるまい。

 なぜか。理由は次々にい浮かぶ。まず麻生太郎首相は「いまは政局より景気対策だ」として衆院の解散・総選挙を先送りした。臨時国会を延長しながら、その景気対策を裏打ちする第2次補正予算案の提出は、年明けに持ち越した。

 2次補正の目玉となる定額給付金も「選挙目当てのばらまき」と野党から痛烈に批判され、給付対象者の所得制限の是非をめぐって首相発言は揺れ動いた。

 道路特定財源の一般財源化で地方に配分する1兆円を「地方交付税」と明言したかとえば、翌日に「交付税でなくても構わない」と軌道修正した。基礎年金の国庫負担割合の引き上げ問題でも、来年4実施をめぐって二転三転した。

 総理大臣といっても、生身の人間である。単純な勘違いや不得手な分野の理解不足もあるだろう。漢字の読み間違いなどで揚げ足を取るつもりはない。

 しかし、国民生活に直結するような基本政策の根幹部分で最高責任者の発言が右往左往するのはいただけない。「医師には社会的常識が欠落した人が多い」といった一連の問題発言は論外である。

 支持率急落のもつれた糸を解きほぐしていけば、そもそも麻生内閣とは何を目指す政権か――という核に行き着く。

 安倍晋三、福田康夫両首相が2代続けて政権を投げ出した非常事態を受け、麻生首相は衆院の早期解散を断行し総選挙で国民の信を問う指導者として、与党から圧倒的な支持を取り付けた。

 発足当初は次期衆院選を戦うための選挙管理内閣だったはずだ。解散・総選挙を棚上げにしたまま、突発的な金融危機への対応や山積する政策課題の実現に、にわか仕立てで政権の存在義を見いだそうとしても、やはり無理がある。

 内閣支持率の異常な急落が物語るのは、単に麻生首相の「不人気ぶり」だけではあるまい。経済、雇用、社会保障、そして国民生活も危機的な状況に直面しているのに、事態打開の展望を描ききれない政治の迷走と劣化を嘆く国民の悲鳴にこそ、を澄ますべきである。

 早期の解散・総選挙で民を問い、国民の信任を得た政権が敢然と危機の克服に立ち向かうべきだ。「非常に厳しい数字だ」と受け止めた首相にとっても、それが政権を立て直す一本道ではないか。


【「社説」/西日本新聞 2008-12-09】

2008-12-08

2008-12-07

その後の沖浦某


 Web上で知り合った学会員に対して、「熱原の三烈士公演」のチケット(2500円)を20枚単位で販売している沖浦某が、持論である「人本迹論」を破折し尽くされたことに逆ギレし、今度は10人前後の学会員を相手に裁判を起こすそうだよ。理由は不明だが来年の6以降の提訴という予定らしい。一般の会員は、とにかくこのような人物と関わり合うべきではない。メールアドレスなど、個人情報を知られてしまえば、どんなことに利用されるかわかったもんじゃない。自分の牽強付会な論理が通用しないと見るや否や、今度は被害者面をして訴訟をネタに相手を脅す戦法に出たようだ。その異常さが窺える書き込みを記にアップしておく。

20081207215139

自民・渡辺元行改相、離党や新党結成に含み


 自民党の渡辺喜美・元行政改革相は2日、テレビ日の番組で、麻生首相の政権運営に批判的な発言を繰り返していることについて、「自民党から『出て行け』とか、ずいぶん言われ始めたので、もっと言われるとそうなってしまう可能がないわけではない」と述べ、将来的な自民党離党や新党結成に含みを残した。

 自らに同調する人数については、「そう簡単に20人、30人もカジを切れるという状況にはない。今は地道に仲間を増やしていくしかない」と述べた。

 これに対し、同党の大島理森国会対策委員長は2日夕、「政治家としての器が小さい。誰も信用しなくなる。テレビに出て自分の組織の批判をすれば、国民は面白いかもしれないが、面白いだけの政治家になってはいけない」と渡辺氏を批判した。


【読売新聞 2008-12-02】

2008-12-06

創価学会の底力


 友岡雅弥著『ブッダは歩むブッダは語る ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う』(第三文明社)読了。創価学会の底力を示す快著。青年1級か教授以上で、多少なりとも教に造詣のある方は必読。中途半端な者が読めば不信を増す結果となるから要注。釈尊の姿を、これほどまでに生き生きとじたのは初めてのこと。鼓動すら聞こえてきそうだ。友岡さんには一度ご挨拶をしたことがあるが、こんなことならサインでももらっておくべきだった。後日、いくつかのテキストを紹介する予定。

ブッダは歩むブッダは語る―ほんとうの釈尊の姿そして宗教のあり方を問う

2008-12-05

400万ヒット達成


 300万ヒットが5月14日だったので、一日平均アクセス数は4900前後。今年は読書に力を注いでいるため、ブログはやや手抜きとなっている。充電中とって頂ければ、これ幸い。

公明党が竹入氏と和解 「互いに誹謗中傷せず」


 公明党が竹入義勝元委員長に対し、党の資金を着服したとして550万円の損害賠償を求めた訴訟は4日、東京高裁(宗宮英俊裁判長)で和解が成立した。

 関係者によると、和解条項では「双方が相手方に違法な誹謗中傷をしないことを確約する」と明記。竹入氏が遺憾のを表明すれば、請求棄却の1審判決に対する控訴を党が取り下げることが盛り込まれたという。

 公明党側は「竹入氏は委員長在任時の1986年6、7ごろ、党の資金を着服し、百貨店で妻の指輪を購入した」などと主張していたが、今年3の1審東京地裁判決は「当時は衆参同日選の最中で、竹入氏が百貨店で妻を伴って買い物をする余裕があったか疑わしい」と退けていた。

 竹入氏は67年2から86年12まで、公明党委員長を務めた。


共同通信 2008-12-04】

2008-12-04

人物年表


 少しずつ充実させてゆく予定。青年部は世界史の系譜を学べ。

加藤・元自民幹事長:「自民党、歴史的使命終えた」超党派の協議、必要性強調――講演


 自民党の加藤紘一元幹事長は3日、埼玉県上尾市で講演し、党の現状について「反共と経済成長という結党時の歴史的使命を終えた。ものをまとめる責任能力が評価されてきたが、安倍晋三、福田康夫両首相の政権投げ出しで、統治能力にクエスチョンマークが付いている」と懸を表明した。

 加藤氏は参院で野党が過半数を握る「ねじれ国会」について「次期衆院選で現有議席の維持は不可能で、衆院の3分の2以上の賛成で再可決するメカニズムは働かない」と指摘。「話し合いのプロセスを大きく持たないと、日本政治は暗礁に乗り上げる」と述べ、超党派による協議が必要との認識を示した。


【毎日新聞 2008-12-04 東京刊】

インド仏教における空の思想


 ある基体(y)にあるもの(x)が存すると考えられる場合、xをダルマ(dharma 法)とよび、その基体yをダルミン(dharmin 有法〈うほう〉)と呼ぶ。「法」という語にはさまざまな味がある。掟という味もあり、義務、正義でもあり、教え、さらにはあらゆるもの、存在をも味する。一方、哲学的な論議においてダルミン(有法)と対になった場合には、ダルマがそこで存在する基体を味する。

 もう一度白い紙を考えてみよう。この紙には、無色透明ではあるが基体として一つの場があって、その場には白色という属があり、さらに大きさ、形、匂い、重さといった属も存すると考えられる。

 さて、これらの属を取り除くことができたと仮定してみよう。白色を取る、匂いを取り除き、重さを取るというようにして、すべての属を取り除くことができたとしよう。最後に何か残ると考える人もいるだろうし、何も残らないと考える人もいるだろう。

 結論的にいって何も残らないという方が教的なのである。無色透明ではあるが基体と呼ぶべき何ものかが存在するというのが、バラモン正統派の考え方である。神という基体から白色などの属を全部取り除いた後にも、目には見えない、匂いもしない、しかし、それがなければ成立しないというような場が残る。何かそのような場なければ、さまざまな質が集まった現象世界が成立しないだろう、というのはインドのバラモン正統派の考え方である。


【『空の史 原始教から日本近代へ』立川武蔵(講談社学術文庫)、以下同】


 シャンカラバラモン正統派の唯名論を代表する人物、8世紀に活躍し30代で死亡)のモデルとして、フルーツゼリーを考えてみよう。ゼリーの中に入っている小さく切られたオレンジ、ピーチ、サクランボなどの「具」は、すべてゼリーの中に閉じ込められている。ゼリーがブラフマンにあたり、オレンジなどが属にあたる。フルーツの色や形などの現象はゼリーを通して見ることはできる。しかし、ゼリーという基体の外では存在しない。シャンカラによれば現象世界は幻(マーヤー)なのである。幻といっても現象世界が無だというわけではない。それなりの存在は認められているのであるが、このブラフマンに付随する質として、このようにわれわれに視覚されるのみだと考えられている。


 次に「空」という語の味を考えてみよう。「空」という漢字は、サンスクリット形容詞「シューニヤ」(sunya 空なるもの)と抽象詞「シューニヤター」(sunyata 空なること、空)との両方の訳語として用いられる。抽象詞である場合は「空(くうしょう)」と訳す場合も多い。また「シューニヤ」という語はゼロを味するが、現在のヒンディー語でも「シューニヤ」はゼロの味に用いられている。

「空」という漢語の味の一つは、すいているということだ。例えば「教は電車がすいていた」という。これは客車の乗客が少なかったことをいう。また、「腹がすいた」というときは、腹自体がないのではなくて胃の中にあるべきものがないことをいう。入れ物であるyの中にあるべきxがないのが「空」という漢語の基本的味なのである。


 極めて薄い膜でできた袋があり、その袋の中に水を入れることができたとしよう。この場合、水は自にあたり、水の入った袋全体は構成要素に当たる。水つまり自がなくなったときには袋(基体)のみが残るのであるが、この基体はほとんど無に等しい。空とは自がないことだというのは、袋に入った中味がなく、袋もあるかなきかのものであるゆえに、結局は袋もその中身もないような状態を指しているのである。後ほど見るように、オブラートのように極めて薄い袋とその中の水とは、空における基体(y)とその中のもの(あるいは上のもの、x)とに例えることができるのである。

 xがyにないという場合、xとyがどういう関係にあたるかということが空の核である。空とは基本的には、xがyにないということであるが、xがないという場合、xの非存在の場所が必要となろう。しかし、空ではxの存在すべき場であるyは存在しないという。要するに空は「xはyに存在する」という命題を認めないというのである。ということは、「犬に歩くことがある」つまり「犬が歩く」ということも、「花が咲く」ということも、すなわち「あるおのが動作をなす」という命題を認めないことになる。もっともこれは空の有する否定的側面なのであって、肯定的側面は、いちど無へと導かれた言葉がよみがえると主張するのであるが、後世には空の味は変化してきた。少なくとも、中国や日本においては空のの力点に変化が見られるのである。何々がないという否定的な側面が強調されるのではなくて、中国や日本では空が肯定的に解釈されて、真理の味になってしまうのである。

空の思想史―原始仏教から日本近代へ (講談社学術文庫)

中国の仏教史


 中国教の歴史は、次のような四期に分けることができよう。


 第1期 伝来の時代 後漢(紀元25〜220年)から西晋(紀元265〜316年)まで

 第2期 定着の時代 五胡十六国(紀元316〜439年)から南北(紀元420〜581年)まで

 第3期 成熟の時代 隋唐時代(紀元581〜907年)

 第4期 民衆浸透の時代 宋(紀元960〜1279年)以降の時代


【『空の思想史 原始仏教から日本近代へ立川武蔵(講談社学術文庫)】

空の思想史―原始仏教から日本近代へ (講談社学術文庫)

インドの宗教史


 インドの宗教史は、おおよそ以下の6期に分けることができる。


 第1期 紀元前2500年頃〜前1500年頃 インダス文明の時代

 第2期 紀元前1500年頃〜前500年頃 ヴェーダの宗教の時代(バラモン教の時代)

 第3期 紀元前500年〜紀元600年頃 教などの非正統派の時代

 第4期 紀元600年頃〜紀元1200年頃 ヒンドゥー教の時代

 第5期 紀元1200年頃〜紀元1850年頃 イスラム教支配下のヒンドゥー教の時代

 第6期 紀元1850年頃〜現在 ヒンドゥー教復興の時代


【『空の思想史 原始仏教から日本近代へ立川武蔵(講談社学術文庫)】

空の思想史―原始仏教から日本近代へ (講談社学術文庫)

2008-12-03

2008-12-02

ヒマラヤの語義


(※阿頼耶識〈あらやしき〉の)「アーラヤ」とは、基体とか蔵(くら)を味する。例えば、ヒマーラヤは「ヒマ(雪)のアーラヤ(基体、存する場)」を味するのである。


【『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』立川武蔵(講談社学術文庫)】

空の思想史 (講談社学術文庫)

「麻生首相では総選挙戦えない」 政権2カ月、失速状態


 麻生首相では総選挙を戦えない――。政策の迷走と相次ぐ失言などで内閣支持率が急落し、与党内でこうした見方が急速に広がっている。「選挙の顔」から「解散ができない首相」へ変わり果て、麻生政権は発足から2カ余りで早くも失速状態に陥った。

「2次補正を今国会に提出して、もし民主党の抵抗にあえば、解散に打って出ることもできるんじゃないか」

 1119日夜、東京都帝国ホテルの一室。首相は自民党の細田博之幹事長と「腹」の大島理森国会対策委員長を極秘に呼び、に秘めてきた「年末年始解散」への未練をのぞかせた。

 だが、細田、大島両氏は真っ向から反対した。

「総理、小沢の言うことに乗ってどうするんですか!」

「本気で12、1に解散するというのなら、腹を固めて反対しますよ」

「今は麻生では戦えない」という党内の懸を2人は肌身でじていた。無理に解散風を吹かせれば「自民党下野」が現実味を帯び、党分裂の引き金を引きかねない。解散カードをちらつかせて求力を保ちたい首相の身勝手を許す余裕はもはやなかった。

「本予算が41日からスタートできるよう全力を挙げたい」。首相は29日、小沢・民主党代表の地元・岩手県でこう語り、解散を来年度予算の成立後まで封印するしかなかった。

 それでも、失速は止まらない。1日には日本経済新聞などの世論調査で内閣支持率は31%に急落。「麻生では戦えない」ことがデータで裏付けられた。

 動揺が広がる自民党内では分裂・政界再編を見据えた動きが活発化しそうな様相だ。30日の講演で、党内若手の首相批判を牽制(けんせい)した森元首相でさえ、懸を隠そうとしなかった。「こういう状態だと、自民党の方が自壊をして、再編成に乗らないといけないことになりかねない」


支持率急落 解散封じに自民必死


「あまり露骨に小沢代表個人攻撃をしないでください」

 麻生首相が小沢民主党代表と初めて向き合った1128日の党首討論を前に、自民党の大島理森国対委員長は首相にこう進言した。

 大島氏の狙いは、「解散回避」に徹するため、対決ムードを無用に高める事態を避けることにあった。首相は大島氏の「振り付け」に従い、ひたすら低姿勢で乗り切った。

 来年度予算が成立する来春まで守りに徹し、実績を積み重ねて解散の好機が訪れるのを待つ――。「忍耐」に活路を見いだすしかない、というのが党執行部の判断だ。細田博之幹事長は30日のテレビ番組で、「年末も年始も解散はありません」と完全に否定してみせた。

 党執行部が、そこまで「解散封印」にこだわるのはなぜか。今の自民党には、ちょっとした動きで結束が崩れかねない「ミシン目」が、至る所に走っている。主張がまちまちな面々がそれでも自民党にとどまっている理由は、政権与党であるからだ。

 もし、首相が解散に踏み切る姿勢を見せればどうなるか。総選挙敗北→自民党下野のシナリオは現実味を帯びる。党内の諸勢力は自らの生き残りをかけて独自路線を強め、民主党との連携を探るかもしれない。「ミシン目」が「破れ目」になる可能が否定できないのだ。一部が離反すれば、衆院再可決に必要な「3分の2」の議席に届かなくなり、麻生政権はたちまち「ねじれ国会」で立ち往生してしまう。

 しかし、首相の解散権を縛って「守り」のシフトを敷いた反作用も出始めている。

「あぜんとした」。日経新聞が1日に報じた世論調査に首相周辺は、言葉を失った。内閣支持率は31%で、10末の前回調査から17ポイント急落。不支持率は19ポイント上がり62%。さらに衝撃だったのは「次の首相にふさわしい人」で、麻生氏と小沢氏が17%で並んだことだった。前回は麻生氏が36%で、小沢氏の16%を引き離していた。

「しゃべるな、しゃべるなと、みんなが首相を抑えるからいけない」。1日の政府・自民協議会。首相側近の一人がこう訴えた。奔放な物言いが人気の秘密と考えてきた首相周辺も「党首討論は遠慮しすぎだ。まわりから萎縮(いしゅく)させられて、よくない」と党執行部の方針に異を唱える。

 首相官邸や党執行部の予を超えた事態の進行が、政権内部に亀裂を生んでいる。ただ、首相は1日夜、支持率の急落を記者団に聞かれ、こう語るだけだった。

「国民の批判っていうのは謙虚に受け止めなければいかんもんだとっております」


分裂・再編…「ミシン目」走る


「ミシン目」は、中堅・若手から、幹事長経験者らベテランにまで走っている。

「選挙管理内閣として期待された内閣だったのに、選挙も先送り、景気対策も先送りでは、求力がなくなるに決まっている」。渡辺喜美元行革担当相は1日、記者団の前で、支持率が急落した麻生政権を批判した。

 衆院議員の任期満了まで1年を切った。渡辺氏や塩崎恭久元官房長官ら中堅・若手グループは、2次補正提出を先送りした党の方針を公然と批判している。「麻生首相では総選挙を戦えない」という危機の裏返しだ。渡辺氏は「自民も分裂、民主も分裂して政界再編をやるのが理型」、後藤田正純衆院議員も「今回選挙が延びたので、再編というのが選挙前にあってもいいんじゃないか」と踏み込んだ。

 若手だけではない。11下旬には加藤紘一、山崎拓両元幹事長と小沢氏との密会が報道された。加藤氏は「自分はこの国が困にある時、どの方向に持っていくか、交通整理をやれる人間の一人だ」と公言し、政界再編への欲を隠さない。一方、山崎氏は地元・福岡2区で若い民主党新顔を相手に戦が伝えられるだけに、派閥領袖(りょうしゅう)として一定の勢力を持つ同氏に連携をにおわせて揺さぶる小沢氏側の図も見え隠れする。


「ミシン目」は、政権中枢にも及んでいる。

 消費増税による財政再建を重視し、官僚を重用して政策実現を図る与謝野経済財政相。官主導の政策決定システムを打破し、政治主導で経済活化を進めようとする中川秀直元幹事長。「犬猿の仲」の2人が最近、数年ぶりにマージャン卓を囲み、「政局近し」という観測を政界に広めた。経済政策の対極に位置する両巨頭の「手打ち」は倒閣運動への布石ではないか、と受け止められたのだ。

「政治の話は全然しなかった。でも人間は不議なもので、やっぱり卓を囲むと少し親近が増すみたいだ」。2人と親しい議員は「マージャン会談」をこう解説する。

 与謝野・中川両氏は小泉政権下で対立したが、ばらまき政策に批判的な面では一致する。財務省内には「与謝野氏と中川氏の主張は、景気重視の首相よりも実は近い」との見方もあるほどだ。

 ともに民主党との接点もある。与謝野氏は小沢氏と囲碁仲間で、中川氏は前原誠司副代表らと親交がある。「麻生政権が行き詰まった時点で民主党との連携を探るのでは」との観測も絶えない。中川氏に近い自民党議員は「選挙前政局」の可能を、こう指摘する。

「解散時期が見えない中で新党結成に動くのはリスクが高い。ただ、選挙間近になれば分からない」


日新聞 2008-12-02】

2008-12-01

大連立の次は超大連立 小沢氏、周辺に漏らす


 民主党の小沢一郎代表が1128日に党首討論を終えた後、「(次の政権は)超大連立だ」と麻生政権後の政界再編を頭に、自民、公明両党との連立も視野に入れた政権構を語っていたことが30日、分かった。

 民主党幹部によると、28日夜、小沢氏は鳩山由紀夫幹事長、新党日本の田中康夫代表と都内のすし店で会食した。その席上、小沢氏は「(麻生政権は)長くはもたない。通常国会をいつ投げ出すんだろうな」と述べた。その上で、「いずれにしろ、(次の政権は)選挙管理内閣になる。全党入れた内閣になるかもしれない。超大連立だ」と語ったという。

 自民、民主両党の大連立構をめぐっては、昨年11、当時の福田康夫首相と小沢氏との会談で浮上したが、民主党内の反発で立ち消えとなっている。


【産経新聞 2008-11-30】