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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2008-12-28

徳一

 最澄や空海の時代には、すべての教経典はブッダにより、この45年間に述べられたと一般には信じられていた。もっとも最澄と空海に論争をいどんだ会津の僧徳一(とくいち〈ママ〉)のように、教経典のあるものはブッダの滅後、数百年を経て成立したと主張する者もいたし、中国の天台宗の僧たちや最澄がどこまで素朴に「釈迦が一代で全経典を説いた」と信じていたかはわからない。ともあれ唐代(618-907)の天台宗は、それまでに知られていたすべての教経典は釈迦が一代で説いたという一般的な考え方に立って、それらの経典の説かれた五つの時期(五時)を設定し、すべての経典(群)にランク付けをなした。天台教学が重視する『法華経』は最後の時期に説かれたという。最澄も当然その説を引き継いだ。(18〜19ページ)


【『最澄と空海 日本仏教思想の誕生立川武蔵(講談社選書メチエ)】


 とするとだよ、日蓮大聖人は既に「大乗非仏説」を知っていた可能が出てくることになる。こいつあ、驚きだよ。ぶったまげたね。多分、「三一権実論争」ってのは、一筋縄じゃいかなかったことだろう。私が像するに、「哲学vsとしての宗教」ってなレベルの論争だったはずだ。徳一はリアリズムニヒリズムの立場で実在論を主張し、最澄(=伝教)は末法に展開しゆくとして一仏乗に立脚した平等論を説いたことだろう。何を隠そう、私自身がここで行き詰まっているのだ(笑)。


 ってことで、御書に書かれている徳一を調べてみよう――


 其の上此のは去る延暦大同弘仁の比南都の徳一大師が伝教大師破せし言なり、其の已に破れて法華宗を建立し畢んぬ。(180頁)


 されば未顕真実と云う事二乗に限る可しと云うは徳一大師の義か此れは法相宗の人なり、此の事を伝教大師破し給うに「現在の・食者は偽章数巻を作りて、法を謗じ人を謗ず何ぞ地獄に堕せざらんや」と破し給ひしかば徳一は其の語に責められて舌八にさけてうせ給いき(463頁)


 古の徳一大師と云いし人此の義を人にも教へ我がにも存してさて法華経を読み給いしを伝教大師此の人を破し給ふ言に「法華経を讃すと雖も還つて法華のを死す」と責め給いしかば徳一大師は舌八にさけて失せ給ひき。(547頁)


 三つ是一同なり誰か是れを疑はん、されば是れを疑いし無垢論師は舌五つに破れ嵩法師は舌ただれ三階禅師は現身に大蛇となる徳一は舌八つにさけにき、其れのみならず此の法華経並に行者を用ひずして身をそんじ家をうしない国をほろぼす人人支震旦に其の数をしらず(1380頁)


 ちなみに「法相宗」というのは唯識派のことである。これは、認識機能から生命を見つめる手法であり、現代の「認知科学」を先取りしたものと考えていいだろう。


 日蓮大聖人が比叡山で学んだ内容を調べる手立てはないだろうか。あるいは、「法相宗」に関する御書を学べば、多少なりとも根拠がわかるだろうか。


 この問題を私が重要視する理由は、大聖人が「的系譜、及び発展」を重んじたとすれば、「智者に我義」(232頁)を破らせないためにも、日蓮法を発展させる責任が生ずるからだ。当然ではあるが、大聖人が時代的制約を受けている以上、新たな歴史的事実や科学的発見によって理論を補完する作が必要になってくることだろう。ところが、学会組織にはこうした部門もなければ、研鑚運動をバックアップする体制すらない現状だ。あるのは、教学試験と、を覆いたくなるような御書講義だけである。


 末法の大乗運動が興(おこ)るとすれば、一体どのような形で始まるのか。今のところ全く見当もつかない。ただ、大乗仏教の無署が多くの弟子達の共同作であることを示しているのは確かだ。

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