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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2009-05-17

一時間置きに現れる悟り


 本来であれば私事はあまり書きたくないのだが、記録として残しておきたいゆえ、何卒ご容赦願いたい。


 父の件で好き勝手なことを書いているが、実はこれ悟りである。そこ、笑わないよーに! いや本当の話だ。大体、一時間に一つの悟りが現れる。明らかに脳内でシナプスのつながり方が変わっている。「あ、こうなんだな」ってな具合だ。ひょっとすると三千遍かも知れない。私のスピードだと45分を切る時間である。


 父が倒れたのが11日の午後のこと。で、「今日、明日がヤマです」と医師から言われた。私は15日から謝の唱題を捧げている。父は既に寿命を延ばしているとっているからだ。で、今日もまだ生きている。つくづくありがたいことである。本当に「有りい(有ることがしい)」とはこのことだ。


 命は三千にもすぎて候・而も齢(よわい)もいまだ・たけさせ給はず、而して法華経にあわせ給いぬ一日もいきてをはせば功徳つもるべし、あらをしの命やをしの命や、御姓並びに御年を我とかかせ給いて・わざと・つかわせ大日月天に申しあぐべし(「可延定書」986頁)


 初めは「親父が生きていて、ありがたいなー」とっていたのだが、「そういや、俺が生きているのもありがたいなー」となり、「先生もお元気で嬉しいなー」と、妙に生温かい情が湧いてきた。父の病が、“当たり前であることの幸福”を教えてくれているのだ。謝は尽きない。

『隻腕の剣士 教壇に立つ』浅野健治


 その夜、彰(あきら)くんが教師になって、剣道部顧問として頑張っている姿を、どうしてもその人に伝えたくて私はある人に電話をかけた。

 受話器から懐かしいが聞こえた。中学で中山彰を鍛え抜いた、“剣道の鬼”古屋監督のだ。

「そうですか、彰は頑張っているんですね」

 喜びを隠し切れないような弾んだでそう言った後、古屋監督はいがけないことを告白した。

「実はですね、あれほどまでに厳しくしたのは、一年のときに彰が書いた作文を見たからなんです。その作文には『母は労ばかりしている。その母に自分は何もしてやれない。できることといえば剣道しかない。だから、剣道で母を安させてあげたい』というようなことが書いてありました。だから私はどんなことがあっても、彰を全国大会に出そうと決したんです。しかし、できたばかりのクラブではしいですよ、全国は。だから、私はどんなに憎まれてもいいから“鬼”に徹しようとったのです。今だから言えますが、死に物狂いでかかってくるあの子の気迫に、私は何度も負かされそうになりました。しかし、指導者が「まいった」とは言えません。必死で彰の攻撃をかわしていました。あの子は不屈の精神で何事にも負けずに自分の剣道を貫き、そして勝ったのです。お母さんを連れて行った、福井の全国大会。あんなに嬉しかった日はありません。私にとって今でも最高の記日です。今、『隻腕(せきわん)の中山』は、宮崎では道徳の時間の教科書になっています。彰は私の誇りです。生徒に対して本気で叱ってあげられる教師になってもらいたいと、それだけを彰に伝えてください」

 電話を切っても、九州なまりのやさしい“鬼”のは、いつまでもの奥に響いていた。


【『隻腕の剣士 教壇に立つ』浅野健治(潮出版社、2001年)】


隻腕の剣士 教壇に立つ (Memories in life)