Hatena::ブログ(Diary)

斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


WWW を検索 創価王道を検索

2009-05-21

一歩前進


 たくさんのお見舞いメールをお寄せいただいた。より謝申し上げる。


 今、一番下の妹から電話があり、「先ほど父の目が開いた」と。目の焦点は合っているものの、まだ識があるとは言いいようだ。多分、視覚野が機能し始めたのだろう。こいつあ、ビッグニュースだ。本当に嬉しい。皆の題目のおかげ。


「目は、むき出しになった脳である」という指摘もある。五官の中でも情報量が最も多く、他の四つの器官が物質を介在するのに対して、目は同時並列で一瞬にして情報を処理する。父の脳にもたくさんの刺激を及ぼすことだろう。


 脳幹は、脳と身体との間にあり、生存本能を支えている場所である。大脳は人間の考を司っており、小脳が運動機能を調整している。情動を支えているのは大脳辺縁系といわれている。そして、意識と生命を維持しているのが脳幹である。


 そこは、煩悩の嵐が渦巻く世界であろう。脳幹こそは、生と死を分かつ崖っ淵といってよい。欲望よりももっと根源的な本能がメラメラと燃え盛り、十界の原動力となっているのだろう。父は、そこで上半身を此岸にしがみつかせ、下半身を彼岸にブラブラさせているような状態であると察する。


 脳幹は医師の手をも拒絶する。そして、我々家族の手も届かない。生死の淵で辛うじてつなぎ止めているのは、まさに「祈り」だけである。私がつらつら書いている悟りは、まだまだ考の次元に過ぎない。私自身が脳幹で祈る必要がある。考や情よりも奥深くに存在するであろう“祈る本能”を引きずり出して、御本尊に体当たりするのみだ。


 なづき(頭脳)をわりみ(身)をせめて・いのりてみ候はん、たださきのいのりとをぼしめせ(908頁)

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/sokaodo/20090521/p2