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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2009-06-08

破良観等御書


 組織利用に加担する諸君へ今日も御聖訓を贈ろう。私はミスター親切だ。


 而(しかる)を此の邪義を人に信ぜさせんために或は大日如来より写瓶(しゃびょう)せりといゐ或は我まのあたり霊山にして・きけりといゐ或は師の果和尚(けいかわじょう)の我をほめし或は三鈷(さんこ)をなげたりなんど申し種種の誑言(おうげん)をかまへたり、愚(おろか)な者は今信をとる(1292頁)


【通解】その上この邪義を人々に信じさせるために、あるいは大日如来から相承した法門であるとか、あるいは霊鷲山で目の当たりに聴いた法門であるとか、あるいは師匠果和尚が自分を褒めたとか、あるいは唐から日本に投げた三鈷の金剛杵(こんごうしょ)が高野山にあった等のさまざまな嘘の話をつくったのである。それを愚かな人々は今も真実であるとっているのである。


「写瓶」は瓶(かめ)から瓶へと移すことで相承の。「法水写瓶(ほっすいしゃびょう)」って聞いたことがあるでしょ。三鈷は三鈷杵(さんこしょ)のことで、真言密教の祈祷に用いる道具(※詳細は「三鈷の松と飛行三鈷杵について」を参照されよ)。


 悪党は必ずデマを流す。誑言(※「きょうげん」とも読む)の誑は「たぶらかす、いつわる」とのである。正面から対決したのではかなわないから嘘をつく。そして今度は自分でついた嘘が因となって、事実を図的に歪(ゆが)めて解釈するようになる。これがまた次の因となって、更なる嘘を撒(ま)き散らすのだ。かような人物にとって真実とは、自分を大きく見せることだけであるがゆえに、いかなる嘘をつこうとも全部自分の中で正当化できるのだ。彼にとってそんな真似は飯前であり、些末なことに過ぎない。自分に注目が集まれば目的は達成される。


 もっと、わかりやすく述べよう。


 その上このチケットを買わせるために、あるいは「会長勇退の時から坊主の正体を見破っていた」とか、あるいは「会館で勝手に録音したテープを引用して文末に(趣)と書く」とか、あるいは「師匠の田山氏が自分を褒めた」とか、あるいは「チケットを大量購入した人に、ゆくゆくはプレミアがつくであろう限定ブルゾンを進呈する」とか……。


 こうして嘘の因果が無限に連鎖してゆくのだ。


 第二の法華経の怨敵は経に云く「悪世中の比丘は邪智にして諂曲(てんごく)に未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の充満せん」等云云(226頁)


 第二の敵(道門増上慢)は、狡賢(ずるがしこ)く、がへつらい曲がっていて、いまだ得てもいない悟りをこれ得たりと言って、慢が充満する――スケールは小さいけれど、大聖人の指摘はかの人物の正体を見事に言い当てている。

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