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2009-06-15

虚実混合している伝統的日蓮思想観


 私は教の専門家ではないので、本書(※ジャクリーン・ストーン著『Original Enlightenment and the Transformation of Medieval Japanese Buddhism(本覚と中世日本教の変容)』)の学問的義を論ずる資格はないが、私の問題関上には大きい義を持っている。私の個人的関創価学会義を現代の文化、社会の中で解明するということにあるが、創価学会がその母教団である日蓮正宗の伝統的教義に固執していることに関しては、以前から疑問を持っていた。特に明治以降の教学や日本教の学問的成果と、それらの学問が成立する以前の室町、江戸時代に形成された宗学の間には大きなギャップが存在することを、創価学会が無視しつづけることは困であろうとっている*1

 日蓮正宗の宗学への批判は、まず現代の日本研究者の文献学的考察から生じている。浅井要麟、執行海秀などから始まる日蓮遺文の文献学的考察が明らかにしたことは、現在日蓮遺文として使用されている文献には、通常の歴史学における文献考証の基準から見ると、明らかに日蓮自身の著作とは認められない文献が数多く含まれているということであった。室町時代に日蓮に仮託されて偽作された日蓮遺文が、その後の宗学形成期に日蓮自身のを示す文献として使用され、日蓮宗各派の宗学の基礎となっていた。

 現代の日蓮研究は、このような歴史的経過によって虚実混合している伝統的日蓮観を、どのような方法論によって日蓮自身のを明らかにするかという反省から生じている。その一つの方法論は、歴史学的にも珍しい事例である豊富な日蓮の真筆文献を基礎にして、そこから日蓮を再構成しようという試みである。


【『東洋哲学研究所紀要第 18号』宮田幸一】

告別式


1901年12)17日の葬式は、彼(※中江兆民)の遺言により、一切宗教的儀式を排するために、「告別式」という形で行われた。これが日本における「告別式」の始まりである。然るに、すべてをあいまい化してしまう日本人は、やがて「告別式」のほかにも依然二重の手間をかけて「葬式」は行い、兆民の考えた「告別式」と別の形態のものにしてしまった。

 兆民は墓さえ作らせなかった。


【『人間臨終図巻』山田風太郎(徳間書店、1986年/徳間文庫、2001年)】

人間臨終図巻〈1〉 (徳間文庫) 人間臨終図巻〈2〉 (徳間文庫) 人間臨終図巻〈3〉 (徳間文庫)

*1:歴史的に見るならば、創価教育学会は牧口の『尋問調書』に示されるように、日蓮正宗の信仰に価値創造論を加えた在家教団体であった。しかし戦後戸田城聖創価学会の独自の宗教法人資格を取得するために日蓮正宗と合した3項目により、創価学会日蓮正宗の教義を信奉することを義務づけられた。戸田や池田大作日蓮法を現代の文化状況に適合させるためにさまざまな現代的解釈をしてきたが、日蓮法の教義解釈権については、第一次宗門問題後に確認されたように、日蓮正宗の教導権を認めざるを得ず、日蓮正宗の教義を検討することは不可能であった。第二次宗門問題以後、法主の権限をめぐる教義的解釈問題などから、日蓮宗教学への学問的検討が可能となり、2002年には創価学会の規則から正式に日蓮正宗への言及部分が削除され、教義的にも独立した。今後創価学会が独自の教義を再構築するにあたって、私は、教、日蓮、歴代会長による現代的解釈の三つを統合する必要があると考えている。その場合に、現代の教学、歴史学の成果をある程度踏まえて現代の学説に大きく離反しないようにすべきだと考えている。