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2009-07-31

【09衆院選】公明が太田代表 北側幹事長の比例重複を検討へ


 公明党が次期衆院選で、東京12区(東京都北区と足立区の一部)の太田昭宏代表(63)と大阪16区(堺市の一部)の北側一雄幹事長(56)について比例代表との重複立候補を検討していることが30日、分かった。民主党への追い風が強く、かつてない戦が予され、支持母体の創価学会とともに太田氏らの比例重複立候補もやむなしとみているためだ。

 重複が決まれば2トップでは初めて。818日の公示日まで選挙情勢を分析し、最終判断する方針だ。

 今回の衆院選で民主党は太田氏の選挙区に"刺客"として元テレビリポーターで知度のある青木愛参院議員(43)を擁立。また、強い組織力を誇る関西でも民主党に追い風が吹き、「幹事長の北側氏でも安泰とは言い切れない」(学会幹部)のが実情だ。党関係者の1人は、「総議席数が増えたとしても代表・幹事長が落選すれば負けだ」と指摘。重複に抵抗の強い大阪など地元支持組織との調整を進める考えを示している。

 北側氏は30日の記者会見で「現時点でそういう話はない。私個人見は持っているがそれを言うのは差し控える」と含みを持たせた。公明党平成12年の衆院選で東京など4ブロックで6人を重複、比例復活で2人を当選させたが、その後は「重複だとかえって小選挙区での動きが鈍る」とみて重複を封印してきた。

 一方、新党日本の田中康夫代表(53)が立候補する兵庫8区(兵庫県尼崎市)の冬柴鉄三元国交相(73)は選挙区だけの立候補となる見通しだ。


産経ニュース 2009-07-31

2009-07-29

種というカテゴリー


 種はあいまいで、さまざまに変る境界を持っているのである。何がそれを種としているのかは、場合によって異なる。もしも種に全体を統一させる質があるのならば、それが何であるのか、私たちにはわからない。何かに属するということは、何かのクラスに属するということであって、何らかの本質が存在するという証明ではない。ある味でそれは一時的な状態であり、やり直し可能である。決して、永遠で必然的なものではないのだ。私たちが人間という種に属するのであれば、それは、私たちが何か特別な質を持っているからではなく、私たちが、自分の系統にそのように線引きをするからなのである。


【『人間の境界はどこにあるのだろう?』フェリペ・フェルナンデス=アルメスト/長谷川眞理子訳(岩波書店、2008年)】

人間の境界はどこにあるのだろう?

2009-07-28

トインビー対談


 この時、池田先生は44歳であった。後に対談の一部がレコードとなった。アンチ諸君は、せめてこの対談を読んでから学会を批判するように。

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二十一世紀への対話〈上〉 (聖教ワイド文庫) 二十一世紀への対話(中) 二十一世紀への対話(下)

2009-07-27

2009-07-26

感動するには対境が必要


 岡潔(1901-1978)は世界的な数学者。まるで、本尊を示唆するような内容だ。


岡潔●そうですね。原画であろうとなかろうと、動機なしに動するということはできない。ともかく何もないのに動せよと言ってもできませんから、むつかしいものですね。必ずはっきりした物があって動する。


小林秀雄●一人でイマジネーションを働かしていればいいわけなんですが、そうはいかない。複製でも物がなくては、きっかけがなくては、動できないということは不議ですね。


【『小林秀雄全作品 25 人間の建設』小林秀雄(新潮社、2004年)】

小林秀雄全作品〈25〉人間の建設

「幸福実現党」大川隆法総裁が出馬


 幸福実現党創立者で宗教法人幸福の科学」の大川隆法総裁(53)が22日、東京・調布市で講演会を行い、同党の総裁就任と830日投票の衆院選に東京比例区第1位での立候補を表明した。

 演説で大川総裁は、同党が全小選挙区と比例代表の全ブロックに候補者を擁立したことで「立候補数では日本一の団体。私自身、党の立案者として自ら責任を取るべきと考えた」と総裁就任の理由を説明した。また自らの出馬には「政権担当能力を高めるため」とし「今必要とされているのは政権選択選挙ではなく国にどう立ち向かうかということ。この国の根本から構造を変える」と語った。なお、大川総裁の妻・大川きょう子党首(43)は、東京比例区第2位で出馬する。


デイリースポーツオンライン 2009-07-23

2009-07-25

日本のマスコミ


 日本にいる海外メディアの記者たちは、電車やバスで移動して、その間に市井の人々と話したり、街の広告から情報を得たりと、一般の人と同じ目線で動き、考え、取材活動に活かしている。

 ところが、日本のマスコミの場合、ハイヤーを使ったりしているから、政治家経営者などと同じ目線になりがちになる。そして、次第に向こう側(権力側)の世界に入っていることに気づかなくなり、いつのまにか同化してしまう。


【『ジャーナリズム崩壊』上杉隆(幻冬舎新書、2008年)】

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)

2009-07-24

2009-07-23

日本人は中間に甘んじる


 老指揮官はいつになく厳しい口調でこんなことを言った。

「日本人は平均的な地位、中間に甘んじるきらいがある。野に欠ける。これは危険なメンタリティーだ。受身過ぎる。(精神的に)周囲に左右されることが多い。フットボールの世界ではもっと批判に強くならなければ」


【『オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(集英社インターナショナル、2005年/集英社文庫、2008年)】

オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える オシムの言葉 (集英社文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-07-22

クラフト(技能)とミステリー(秘伝)


 まるで「血脈」を示唆する内容。日寛上人(1665-1726年)が六巻抄を著したのが1725年(享保10年)で見事に符合している。


 西暦1700年か、あるいはさらに遅くまで、イギリスにはクラフト(技能)という言葉がなく、ミステリー(秘伝)なる言葉を使っていた。技能をもつ者はその秘密の保持を義務づけられ、技能は徒弟にならなければ手に入らなかった。手本によって示されるだけだった。


【『プロフェッショナルの条件 いかに成果をあげ、成長するか』P・F・ドラッカー/上田惇生〈うえだ・あつお〉編訳(ダイヤモンド社、2000年)】

プロフェッショナルの条件―いかに成果をあげ、成長するか (はじめて読むドラッカー (自己実現編))

小沢氏、国替え見送り 東京12区には女性新人


 民主党の小沢一郎代表代行は22日、国替えが取りざたされてきた東京12区からの出馬を見送り、同区に女の新人候補を擁立する方針を決めた。24日に都内で小沢氏が記者会見し発表する。小沢氏は地元・岩手4区から出馬する。党関係者が明らかにした。

 小沢氏は国替え見送りの理由として党関係者に「東京12区で立候補する公明党太田昭宏代表との直接対決は避けたい」と述べ、衆院選後の公明党との連携に含みをもたせた。

 国替えをめぐっては、鳩山由紀夫代表が幹事長当時に「小沢氏は岩手から出ない」と明言、民主党候補の空白区だった東京12区に注目が集まった。ただ、小沢氏が5に代表を辞任し、党内では「もはや国替えをする味はない」との見方が広がっていた。


共同通信 2009-07-22

2009-07-21

理想郷の伝説


『お前の生まれた島にも、そんな理郷の伝説があるのか』

「……さぁ、おれは知らないですね」

『そういう伝説は、たぶん、ないほうがいい。それだけ、現実の生活が厳しかったんだろう。そういう楽土をのなかで持たなきゃ生きていけなかったんだろうからな』


【『汝ふたたび故郷へ帰れず』飯嶋和一〈いいじま・かずいち〉(河出書房新社、1989年/リバイバル版 小学館、2000年/小学館文庫、2003年)】

汝ふたたび故郷へ帰れず リバイバル版 汝ふたたび故郷へ帰れず (小学館文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-07-20

柳田國男


 牧口先生に関する記事以外で、柳田國男が紹介されることは極めて珍しい。ひょっとすると初めてかも知れない。牧口先生の十回忌に当たる1953年(昭和28年)、戸田先生を決して『価値論』を復刊した。この時、若き池田先生が柳田國男のもとに『価値論』を届けている。詳細は記さないが、ここにも師弟のドラマがあった。尚、余談となるが、人なのだから「国男」ではなく「國男」と表記すべきだ。日本の組織ではいまだに男尊女卑がまかり通っていて、女の講義は極めて稀(まれ)で、信の実力(信力・行力)よりも差が重んじられている。海外の組織が羨ましいとうのは私一人ではあるまい。


 民俗学者の柳田国男が、「これこそ口誦(こうしょう)文学の最高傑作」と絶賛した『アイヌ神謡(しんよう)集』。著者の知里幸恵(ちり・ゆきえ)は19歳の時、失われつつあったアイヌ語の物語を日本語に翻訳し、不朽の作を完成させた▼現在、英語やロシア語などでも出版され、「アイヌ」の誇りを今に伝える(中井三好著『知里幸恵 十九歳の遺言』彩流社)。民族の文化を絶やすまいとしたいは、現在もアイヌの人々のに生きる。若き一人の女の決の行動の、何と素晴らしきことか▼先日、発表された女子部の「永遠の五指針」。昨年11に「池田華陽会」が結成されたカンボジアでも、早速、女子部がクメール語に翻訳。「華陽会総会」で発表され、大きな波動を広げている▼現地では、座談会の御書講義の担当など、女子部の活躍が目覚しい。青年部長のソチェット・ソクさんも、アメリカ創価大学出身の女リーダー。「指針の一節から“負けない!”を合言葉に、前進を誓い合っています」と。乙女たちの奮闘に、壮年も婦人も、拡大の勢いを増している▼御書に「女子は門をひら(開)く」(1566頁)と。女子部の活躍は、世界広布の“希望の扉”を開く原動力。きょうは「女子部結成記日」。次代を担う勝利の王女たちの健闘を祈りたい。(誼)


【「字の言」/聖教新聞 2009-07-19】

小説とは祈り


 では、祈ることが無力であるなら、祈ることは無味なのか、私たちは祈ることをやめてもよいのか。しかし、いま、まさに死んでゆく者に対して、その手を握ることさえ叶わないとき、あるいは、すでに死者となった者たち、そのとりかえしのつかなさに対して、私たちになお、できることがあるとすれば、それは、祈ることではないのだろうか。だとすれば、小説とはまさに祈りなのだ、死者のための。人が死んでなお、その死者のために祈ることに「救い」の味があるのだとしたら、小説が書かれ、読まれることの味もまた、そのようなものではないのか。

 薬も水も一片のパンも、もはや何の力にもならない、餓死せんとする子どもの、もし、その傍らにいることができたなら、私たちはその手をとって、決して孤独のうちに逝かせることはないだろう。あるいは、自爆に赴こうとする青年が目の前にいたら、身を挺して彼の行く手を遮るだろう。だが、私たちはそこにいない。彼のために祈ること、それが私たちにできるすべてである。だから、小説は、そこにいない者たち、いなかった者たちによって書かれるのだ。もはや私たちには祈ることしかできないそれらの者たちのために、彼らに捧げる祈りとして。


【『アラブ、祈りとしての文学』岡真理(みすず書房、2008年)】

アラブ、祈りとしての文学

意外に深刻な公明党


 当たり前のことだが、大きなニュースが飛び込んでくると、新聞社の編集局内は途端に騒がしくなる。突発的な大事件、大事故はもちろん、総選挙の投開票日や内閣改造の日など、新聞社は一種の興奮状態に包まれる。

 最近では、東京都議会議員選挙の開票があった712日夜がそうだった。自民党敗北は予の範囲内だったとはいえ、編集局内は活況を呈し、刊1面には「自公過半数割れ」「民主第一党、54議席」の大きな見出しが躍った。

 さて、それから1週間が過ぎた。興奮が冷めて、落ち着いてもう一度、選挙結果を振り返ってみると、熱気に包まれた投開票日当日には見えなかったいろいろなことが見えてくる。

 まず、開票結果を眺めて、「おやっ」とうのは、議席数を激減させた自民党や共産党の総得票数が前回都議選(平成17年)よりも、逆に増えている点である。10議席減で「惨敗」と評された自民党は約12万票増、5議席減らした共産党も約2万7000票を上積みしているのだ。

 ただ、この数字をみて、自民党や共産党に勢いがあると考えるのは早とちりである。

 なぜなら、両党の得票が増えた原因のひとつは、投票率の上昇にあるからだ。今回の投票率(54.49%)は前回よりも10ポイント以上高く、有効投票総数は前回より126万5000票も多い563万4000票だった。

 その増加分を各党が分け合ったのだが、その大部分を吸収したとみられるのが民主党。このため、自民、共産両党は得票数を増やしたのに、それ以上に票を伸ばした民主党に負けたのだ。

 ところで、この開票結果でもうひとつ気になることがある。ほとんどの党が得票を伸ばす中で、全候補者を当選させた公明党が実は票を減らしている点である。

 公明党が選挙上手なのはよく知られており、勝てそうな選挙区に勝てそうな人数の候補者を立てて全候補者当選を目指す。今回もそれがうまくいって、前回と同じ23議席を確保した。実に見事と言うほかはない。

 だが、公明党の得票は前回78万6000票に対して、今回は74万3000票。約4万3000票の減少である。多くの政党が得票を増やす中で、得票を減らしたという事実は重い。議席数維持という表面上の勝利にもかかわらず、公明党にとって、事態は外に深刻なのではないか。


産経新聞 2009-07-20

2009-07-19

反共という政治力学


 第二次大戦後の世界を、反共という政治力学が席巻した。マルクス主義的なブームに過ぎず、学生運動なんぞは通過儀礼に過ぎなかった。それが証拠に学生運動の世代はその後、資本主義経済を力強く支え、見事な転身を図っている。


 いち早く反共に目をつけたのは統一協会だった。日本では1968年(昭和43年)に下部組織の「勝共連合」が結成されている。アメリカのワシントン・タイムズ紙を初め、UPI通信社をも傘下に収めている。


 この事実からも、反共という旗印がどれほどの効果を発揮するか知れようというもの。大戦後のアメリカは、反共を理由にしてナチス高官とも手を組んだ。結局、反共は経済力学に支えられ、政治力学として花開いた。


 反共は、米英を中とした世界において“正義”であった。今、世界が混乱しているのは、反共という対立軸を失ってしまったためだ。冷戦構造が崩壊した後、アメリカは「テロとの戦い」を標榜したが、決して上手く行っていない。なぜなら、テロリストを育てたのは冷戦時のアメリカであったからだ。


 40年近くにわたって、色々な本を読んできた。そして、少しずつではあるが世界のからくりが見えてきた。


 ユダヤ資本(アメリカのロックフェラー家、イギリスのロスチャイルド家)とキリスト、そして結社という文化が、先進国を先進国たらしめていた。日本も例外ではない。明治維新において、幕府側にはフランスのロスチャイルド家が、そして薩長側にはイギリスのロスチャイルド家が資金提供をしていた(苫米地英人著『洗脳支配 日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて』ビジネス社、2008年)。どちらが勝っても、ロスチャイルド家のコントロール下に置かれる運命にあった。


 先生が初めてソ連を訪問されたのは1974年(昭和49年)のこと。この行為自体が命懸けであったことがわかる。暗殺対象になっても、まったくおかしくはなかった。


 キッシンジャーとの対談や、サイモン・ウィーゼンタール・センターとの交流を見る限り、ユダヤ人とのパイプは完璧であろう。


 反共を叫ばずして、これほど世界的な運動を展開しているのは、多分創価学会だけだ。

イスラエルに住むアラブ人


「民主的」なイスラエルに住むアラブ人は、いかなる法的手続にもよらないで逮捕・投獄される可能がある。また法的手続き(ママ)も上訴権もなしで国外追放される可能がある。自分の土地で働くことを禁止されたり、電気・ガス・水道といった公共サーヴィスを拒否されたり、家から追い出されたり、土地を奪われたり、医療を拒否されたり、入学を許可されなかったり、町から町への旅行を禁止されたり、軍命令で家を爆破されたり、労働組合・政党・文化組織への参加を拒否されたりもする。


【『新版 リウスのパレスチナ問題入門 さまよえるユダヤ人から血まよえるユダヤ人へ』エドワルド・デル・リウス:山崎カヲル訳(第三書館、2001年/旧版、1983年)】

新版 リウスのパレスチナ問題入門

古田敦也氏が東京12区に民主党から立候補か


 民主党は、プロ野球元ヤクルト監督の古田敦也氏を今夏の総選挙に候補者として立てる方向で最終調整を進めていることが16日、わかった。“刺客候補”として自公の大物議員に戦いを挑むことになりそう。

 古田氏は、現役選手、監督としても人気者で多くのファンに愛された。その清新なイメージに早くから民主党は注目し、ラブコールを送り続けてきた。また古田氏は元々、民主党東京選挙区の鈴木寛参院議員とも親しく、集会でスピーチをしたこともある仲だが、幾多の誘いを固辞してきた。ただ、ここにきて政権交代の可能も高まるムードの中で、党と古田氏の間で「すでに話がまとまっている」(関係者)ともいう。

 そこで注目されるの選挙区だが、関係者によると、古田氏は兵庫県生まれのため当初は、冬柴鉄三・前公明党幹事長のいる兵庫8区が検討されていたという。だが、本人は現役、監督でヤクルト一筋で来たために東京にも深い愛着を持っているのだという。

 また、前回の総選挙で民主党は小選挙区では18区の菅直人・元代表しか議席を得ることができなかったため、是が非でもリベンジをしたい戦場。そこで自公連立政権の大将格でもある太田昭宏公明党代表の東京12区が候補に挙がっているという。ここは以前、小沢一郎・前代表を鞍替えさせるという案も出た場所で、民主党の強化指定地区でもある。

 首都決戦の場で「代打、オレ」が打席に立つか、注目が集まる。


サーチナ 2009-07-16

2009-07-18

自民3648人集団離党…長崎衆院議員の支持者


 自民党を離党した長崎幸太郎衆院議員(比例南関東ブロック、無所属)を支持する党員3648人分の離党届が18日、甲府市の党山梨県連に提出された。集団離党としては異例の規模だ。

 長崎氏は当選1回。2005年の前回衆院選で、郵政民営化に反対した堀内光雄・元総務会長に対する「刺客候補」として山梨2区から党公認で出馬し、比例選で復活当選した。党は昨年6、堀内氏を次期衆院選の公認に内定。長崎氏は、この決定を不服として離党届を提出。17日に正式に了承された。

 今回の大量離党は、公認を巡る党の決定に不満を持つ支持者が長崎氏に追随した形だが、内部対立やドタバタが尽きない自民党に嫌気がさした側面もある。

 離党届を提出した一人、党員歴42年という駒谷隆利・富士河口湖町議は18日、「党の上層部は言うこととやることがちぐはぐだ。ご都合主義の自民党になってしまった」と語った。


読売新聞 2009-07-18

大御本尊に対する沖浦某の邪義


 以下にプリン君の書き込みを転載――


 沖浦氏は、平成14年(2002年)改正の創価学会会則&規則において「本門戒壇の」の語句が改変されたことは、創価学会が「戒壇本尊否定論」を採用したことを示すものだとし、それは伊藤立教氏のような第三者たる他宗・日蓮宗の批評をして明らかだと主張する。


 当該、伊藤立教氏(日蓮宗現代宗教研究所主任)の批評はこれであろう。

 従来から、論理的考に欠けると指摘される沖浦氏だが、ここでもやはり文章の論理的読解力に欠けるようだ。以下、沖浦氏も引用した伊藤氏の批評を再引用する――


 創価学会の内部規範である会則が、この平成14年(2002年)41日に改正施行された。この時点で、宗教法人創価学会そのものの規範である宗教法人規則は変更されていなかった。

 会則・規則とも従前は日蓮正宗の外護をうたっているが、変更後の会則ではこの文言が削除されている。つまり、会則では日蓮正宗を外護せず、規則では日蓮正宗を外護することになって、矛盾することになった。この点をついた批判も、出た。

 その矢先の426日、規則が文部科学省の認可を受け変更施行されて、矛盾に対する批判は無味になった。これで、平成3年(1991年)の日蓮正宗による創価学会破門以来の会則・規則と実態との矛盾も、ようやく解消される形になった。


 伊藤氏はここで、平成14年(2002年)の創価学会会則&規則の改正により、「平成3年の日蓮正宗による創価学会破門以来の会則・規則と実態との矛盾も、ようやく解消される形になった」と評価するわけだが、ここで伊藤氏の言及する「矛盾」というのは、従来記載のあった「日蓮正宗の外護」の文言のことなのである。


 要は、破門後も創価学会の会則&規則には『日蓮正宗の外護』の記載があったが、平成14年(2002年)改正により当該文言が削除された結果、かかる『矛盾』は解消されたと評価しているのである。


 伊藤氏はここでは「戒壇本尊」云々については言及せず、改めて項を分けて論じている。したがって、伊藤氏のかかる評価をもって、創価学会が「戒壇本尊否定論」を採用したかのごとく主張するのは“牽強付会”としか言いようがない。


 では、問題となる「大御本尊」の表現につき、平成14年(2002年)改正では何がどのように変わったのか。改正された会則&規則の趣旨や解釈については、当然のことながら、改正権者たる創価学会の公式見解がある。

 実は、伊藤氏の批評にも続きがあって、沖浦氏も勿論読んでいるはずなのだが、我見に染まり悩乱仕切った彼においてはそれが読めないらしい。伊藤氏の要約を借りれば、当該改正部分の趣旨&解釈について創価学会の公式見解は次のようになる(以下、引用)――


 本尊について、聖教新聞330日号に載っている、全国総県長会議での斉藤教学部長の「創価学会会則の改正について」という記事の中で、


 次に「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊を信受し」とあります。これは、創価学会に貫かれてきた「大御本尊への信」の本義をしめしたものです。


 と説明し、弘安2年1012日に大御本尊を図顕された大聖人に呼応する信こそ「大御本尊を信受する」という味で、一閻浮提総与の語に大御本尊の本義が明らかで、


「分身散体」の義に照らして、弘安2年の大御本尊を書写した御本尊を正しい信で受持することはそのまま大御本尊の受持になります。(中略)したがって、各自が家庭に御安置した御本尊を拝することが、そのまま大御本尊を信受することになるのです。どこか特定の場所に参拝しなければ成できないという日顕宗(筆者注−現日蓮正宗阿部日顕法主を用いて日蓮正宗を揶揄攻撃する言葉)のような誤った考えは大聖人の御本ではありません。


 と論じている。総本山大石寺への参詣を絶対視していたことへの釈明は、ない。「日顕宗」という言い方には、現法主が悪い、伝統ある宗門は別、という味があるのか。

 

 創価学会の公式見解によれば、「弘安2年1012日に大御本尊を図顕された大聖人のに呼応する信こそ「大御本尊を信受する」という味」なのであるとする。そして、当該「大御本尊」こそは「一閻浮提総与・三大秘法の大御本尊」と定義されるものなのであって、「三大秘法」総在の「“大”御本尊」とは、本門戒壇の大御本尊と同義であることは明らかであるから、結論として、「弘安2年1012日に図顕された大御本尊」をして、未だ創価学会は「本門戒壇の大御本尊」としていることになるのである。


 当該「大御本尊」は“一閻浮提総与”であって、これを「分身散体」の義に照らせば、それを書写した御本尊の受持もまた「大御本尊の受持」になる、と言っているのだ。何も矛盾はない。


 創価学会が、従来と変わらず大御本尊信仰の根幹とすればこそ、伊藤氏をして「総本山大石寺への参詣を絶対視していたことへの釈明は、ない。」と癖をつけるのである。


 伊藤氏の評価は、大御本尊に対する創価学会のスタンスが“不変”であることを前提にしないかぎり成り立たない主張だからだ(当該、伊藤氏の癖についての反論は省く)。


 かかる創価学会の公式見解が存在するにも拘らず、あたかも創価学会が「戒壇本尊否定論」を採用していると強弁するならば、沖浦氏はそれをあらためて立証せねばなるまい。


 ちなみに、改正された会則&規則において「戒壇本尊」の文言が改変されたのは、「正本堂」が破壊されたことと関係があるのだろう。「本門戒壇の大御本尊」とは「本門戒壇に御安置すべき大御本尊」をさすが、創価学会にとり「正本堂」こそが「本門の戒壇」だったのであり、それが破壊された今日においては未だ本門の戒壇は存在しないことになるからだ。


 正しい信の者が建立してこそ、戒壇堂が「本門の戒壇」になるのである。当該大御本尊は不幸にも邪宗・日顕宗が占有しているのであって、正しき信の者たる創価学会が邪宗に戒壇堂を供養することはありえないのであるから、事実上、これからも「本門の戒壇」は存在しえないことになる。


 存在しえない「本門の戒壇」をもって「本門戒壇の大御本尊」とするのは、自己矛盾以外のなにものでもない。沖浦氏は、邪宗が建てた安普請の「奉安堂」をこそ「本門の戒壇」とでもいうのだろうか?


【「沖浦さんの誤謬をガンガン破折スレ創価法研鑚掲示板】

システムの安定性


 空仮中の三諦の参考になる。


佐治●その万物流転の中で、昨日も僕は佐治晴夫だったし、今日も佐治晴夫なのですが……。


養老●それを僕はシステムの安定と呼んでいるんです。要するに北里大学だとか日本政府と同じでしょう、と。北里大学は、仔細に見ると、毎年毎年設備が変わっていますね。もしかして100年経ったらなくなっているかもしれない。


【『「わかる」ことは「かわる」こと』佐治晴夫、養老孟司(河出書房新社、2004年)】

「わかる」ことは「かわる」こと

2009-07-17

再現性


 不正の可能は常にあるので、科学者が科学的事実を確立するには、注目すべき実験結果をすべて再現できなければならない。


【『黒体と量子猫』ジェニファー・ウーレット/尾之上俊彦、飯泉恵美子、福田実訳(ハヤカワ文庫、2007年)】


 脚色の可能は常にあるので、信仰者が信仰的経験を確立するには、注目すべき信仰体験をすべて再現できなければならない。

黒体と量子猫〈1〉ワンダフルな物理史 古典篇 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ) 黒体と量子猫〈2〉ワンダフルな物理史 現代篇 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

2009-07-16

竜の口の法難


 さては十二日の夜武蔵守殿のあづかりにて夜半に及び頚を切らんがために鎌倉をいでしにわかみやこうぢ(若宮小路)にうちいでて四方に兵のうちつつみてありしかども、日蓮云く各各さわがせ給うなべちの事はなし、八幡菩薩に最後に申すべき事ありとて馬よりさしをりて高に申すやう、いかに八幡大菩薩はまことの神か和気清丸が頚を刎られんとせし時は長一丈のと顕われさせ給い、伝教大師法華経をかうぜさせ給いし時はむらさきの袈裟を御布施にさづけさせ給いき、今日蓮は日本第一の法華経の行者なり其の上身に一分のあやまちなし、日本国の一切衆生法華経を謗じて無間大におつべきをたすけんがために申す法門なり、又大蒙古国よりこの国をせむるならば天照太神正八幡とても安穏におはすべきか、其の上釈迦法華経を説き給いしかば多宝十万の諸菩薩あつまりて日と日とと星と星と鏡と鏡とをならべたるがごとくなりし時、無量の諸天並びに天竺漢土日本国等の善神聖人あつまりたりし時、各各法華経の行者にをろかなるまじき由の誓状まいらせよとせめられしかば一一に御誓状を立てられしぞかし、さるにては日蓮が申すまでもなしいそぎいそぎこそ誓状の宿願をとげさせ給うべきにいかに此の処にはをちあわせ給はぬぞとたかだかと申す、さて最後には日蓮今夜頚切られて霊山浄土へまいりてあらん時はまづ天照太神正八幡こそ起請を用いぬかみにて候いけれとさしきりて教主釈尊に申し上げ候はんずるぞいたしとおぼさばいそぎいそぎ御計らいあるべしとて又馬にのりぬ。(912-913頁)


「まったく……」

 ふたたび日蓮を乗せた馬が動いて闇に消えて行くと、太郎と泰盛は道に出て笑した。

「どこまでも人を食うておる。八幡大菩薩源氏の守り神。それに文句をつけるは、すなわち将軍に従う北条を叱ること。真夜中にあの大では民らのにも聞こえる。説法上手の日蓮らしいやり口だ。八幡大菩薩に力がないと伝われば北条も顔が立たぬ。ひょっとして考えを変えるかも知れん」

「そこまで考えてのことかの?」

 泰盛は、まさかという目つきで言った。

日蓮の頭の良さは尋常ではない。本からの加護を願うのであれば釈迦に訴えるのが第一。八幡大菩薩が己れに味方しておらぬのは捕らえられたときから承知。いまさらの挨拶もあるまい。ま、自分に命乞いの気はなくとも、鎌倉の守り神など知れたものと言い残したかったのは確か」

 うーむ、と泰盛は唸った。いかにも法華経の行者である日蓮が八幡大菩薩に別れの挨拶とは奇妙である。

「しかし、ここに来てもああいう手をい付くとは……見上げた者ではある」

 太郎は笑って馬を進めた。


【『時宗』高橋克彦(NHK出版、2000年/講談社文庫、2003年)】

時宗〈巻の1〉乱星 (講談社文庫) 時宗〈巻の2〉連星 (講談社文庫) 時宗〈巻の3〉震星 (講談社文庫) 時宗〈巻の4〉戦星 (講談社文庫)

2009-07-15

田中康夫氏が兵庫8区から衆院選出馬へ


 新党日本代表の田中康夫参院議員は15日、次期衆院選で兵庫8区から出馬する向を固めた。田中氏の関係者が明らかにした。

 兵庫8区は公明党の冬柴鉄三元国土交通相の地元。田中氏は民主党などの支援を受ける見通しで、与野党激突の注目選挙区になりそうだ。来週の衆院解散後、正式に記者会見して発表する。

 民主党の小沢一郎前代表は昨年秋以降、田中氏に衆院くら替えを打診。田中氏は当初、太田昭宏公明党代表が出馬する東京12区への小沢氏の国替えとの「東西セットのサプライズ」(田中氏周辺)を目指していた。西建設巨額献金事件などもあり、同時転出は沈静化したが、鳩山由紀夫代表も衆院くら替えを強く要請。田中氏は15日、小沢、鳩山両氏と都内で相次ぎ会談し、出馬の向を固めたもようだ。

 田中氏は阪神大震災の際、被災地ボランティア活動に従事した経験がある。


スポーツニッポン 2009-07-15

2009-07-14

今後のスタンス


 ブログを書き続けるコツは、自分自身のために綴ることである。だから、個人的なことであるほど好ましい。学会員ブロガーはともすると、会合での発言みたいに、画一的な話題を紋切り型の口上で述べることが多い。それが「活動家を演じる」ような胡散臭さにつながっている。


 例えば、ここで私が東京都議選に関する勝因を分析し、次の衆院選に向けてどう戦うべきかを書いたとしよう。その瞬間に、私は“指導する側”となり、読者は“指導される側”と化すのだ。


 実は少なからず、そうした文章を綴ってきたのだが、私がこのブログで求めているのはそのような関係ではない。私が待ち受けているのは、恐るべき情熱と真剣さで、私をたじろがせるような問いを発する青年である。


「頑張ってます」なんて話はどうでもいい。戦うのが当たり前の世界で、自分をよく見せようとすることに味を見出すことはできない。やる気があろうがなかろうが、やってのけるが当然だ。


 読者を定すると、どうしても言葉を飾ってしまう。そして、何となく偉そうな態度になる。これが怖い。


 運動論は政治を帯びる。は常に自省的であらねばならない。組織は人を動かす。信は自分を動かす。


 私が私であるためには、私自身を生きるしかないのだ。それゆえ、私の「個」と「孤」を記してゆく所存である。

2009-07-12

2009-07-09

「創価スピリット」をまぐまぐで発行します


 この度、「E-Magazine」での発行を中止することにしました。ご存じの方も多いことといますが、怪しい株式情報のメールマガジンが多数発行されており、システムダウンにつながりかねないものと判断しました。


 今後は「まぐまぐ」にて発行いたします。元々、「まぐまぐ」での発行を躊躇していたのは、携帯で受信できない不便さがあったためですが、今回のシステム強化によって携帯受信が可能となりました。


 お忙しいところ、まことに恐縮ですが、以下のページより購読手続をしていただければ幸いです。

民主党・藤井裕久最高顧問のデタラメぶり


 7日の常任幹事会。大蔵省OBで蔵相を務めた藤井裕久最高顧問は、財源を論じる若手議員にこう語りかけたという。「財源にはそこまで触れなくていいんだ。どうにかなるし、どうにもならなかったら、ごめんなさいと言えばいいじゃないか


読売新聞 2009-07-08

2009-07-08

【都議選】関心高まる 期日前投票出足好調


 東京都選挙管理委員会は6日、都議選の期日前投票の中間状況を発表した。告示翌日の4日と5日の2日間で、計14万9604人が投票。前回(平成17年)の同時期に比べ1.68倍増となっており、好調な滑り出しをみせている。

 都議選の投票率は低下傾向にあり、前回は2番目に低い43.99%。都選管は「投票率アップが期待できそう」としている。

 区市町村の内訳では、区部が10万7706人(前回比1.67倍)、市部が4万1368人(前回比1.72倍)、町村部が530人(前回比1.45倍)となっている。

 期日前投票者数の多い区市は、八王子市が1万1798人と最多。次いで練馬区が1万1721人、世田谷区が1万554人。

 前回の都議選に比べ増加率が高いのは、国分寺市の13.74倍、三鷹市の4.04倍、日野市の3.51倍。

 期日前投票は都内272カ所で実施。投票日前日の11日まで一部を除き、午前8時半から午後8時まで行うことができる。


【産経新聞 2009-07-06】

2009-07-07

勢い


 激水(げきすい)の疾(はや)くして石を漂(ただよわ)すに至る者は勢(せい)なり。鷙鳥(しちょう)の撃ちて毀折(きせつ)に至る者は節なり。是(こ)の故に善く戦う者は、其の勢は弩(ど)を■(弓ヘン+廣/ひ)くが如く、節は機を発するが如し。


【せきかえった水が岩石までもおし流すほどにはげしい流れになるのが、勢いである。猛禽がものをうちくだいてしまうほどに強い一撃をくだすのが、節(ふしめ)である。こういうわけで、戦いに巧みな人は、その勢いはけわしく〔してはげしさを増し〕し、その節(ふしめ)は切迫させ〔て強さを高め〕る。勢いは石ゆみを張るときのようで、節(ふしめ)はその引きがねを引くときのようである】


【『新訂 孫子』金谷治〈かなや・おさむ〉訳注(岩波文庫、2000年)】

孫子 (ワイド版岩波文庫) 新訂 孫子 (岩波文庫)

(※左がワイド版、右が文庫本)

2009-07-06

公明、都議選直後の解散に警戒感


 公明党が、東京都議選(712日投開票)直後の衆院解散に警戒を強めている。麻生首相が都議選期間中に、前もって解散を「宣言」する可能もくすぶっており、太田代表ら幹部は神経をとがらす日が続いている。

「首相が8〜10日にイタリアで開かれる主要国首脳会議サミット)の最中、同行記者に解散を宣言しようとしているらしい。何としても阻止しないといけない」

 太田氏は2日、国会内で漆原良夫国会対策委員長と会い、こうした危機を共有したという。

 都議選を重視する公明党と支持団体の創価学会は、目下、全国の党所属地方議員と創価学会会員を東京に動員し、親類や知人のつてをたどって票の掘り起こしに全力を挙げている。このため、同党は、衆院選の時期について「都議選と1か以上離してくれないと困る。8下旬以降の投開票が望ましい」と、首相に要望し続けている。

 これに対し、首相は同党に一切言質を与えていないようだ。しかも、都議選後に「麻生降ろし」の動きが強まることを警戒し、「都議選直後に解散。8上旬の投開票」を模索し、事前の解散宣言も検討している。

 公明党としては、都議選と衆院選が切れ目なく続くと運動員の負担が大きい。まして、都議選期間中に解散宣言されてしまうと、「事実上の解散と同じ。運動員が地元に帰らなければならなくなり、都議選の活動が失速しかねない」(党幹部)というわけだ。

 太田氏ら幹部は手分けして、自民党実力者に対し首相の「解散宣言」を阻止しようと働きかけを強めている。

 公明党向を受け、自民党の森元首相は630日、都内のホテルで首相と会談した際に「都議選の期間中に(解散を)言って負けたら『首相のせいで負けた』と恨みを買うよ。それでもいいのか」と忠告。だが、首相は明言を避けたという。

 解散戦略について首相の真をつかめない中、2日の党常任役員会では「最悪の事態を考えて準備しよう」として「8上旬投開票」も定して対応すべきだとの見も出された。

 自民党内では麻生降ろしが顕在化しているが、公明党は昨年9福田前首相退陣では、「流れをつくった」と批判を浴びただけに、麻生降ろしには及び腰で、党内には手詰まりも漂っている。


【読売新聞 2009-07-05

本日


 46歳となる。先生がUCLAで講演した年齢である。私の誕生日は、牧口先生戸田先生が逮捕された日(昭和18年)でもある。

都議選、「民主に」投票が「自民に」を上回る 各紙世論調査


 2009年712日投開票の東京都議選について、新聞各紙の世論調査結果がまとまった。

 それによると、日新聞社の4、5両日の世論調査では、民主党候補に投票が28%、自民党候補に投票が15%。

 読売新聞の調査では、民主党候補が29.4%、自民党候補が16.9%、毎日新聞では、それぞれ26%、13%だった。

 静岡県知事選に続き、都議選でも自民党は劣勢の状況。

 近く衆議院を解散する構えの麻生太郎首相にとっては、麻生降ろしに発展しかねないしい状況になっている。


Jcastニュース 2009-07-06

2009-07-04

闘争の目的


 数字のために戦うな。世の中をよくするために戦え。


 組織のために戦うな。自分自身のために戦え。


 友と戦うな。自分の弱さと戦え。


 そして、民衆の敵と戦え。

2009-07-03

2009-07-02

戦術上の三大原則


 次の三つのものを記憶せられよ。すなわち力の結集、機敏、そして、誉の戦死をとげようとの確固たる決。私のあらゆる作戦において常に幸運を与えてくれたのは戦術上のこの三大原則であった。死は何でもない。しかし敗れて栄光もなく生きることは、毎日死ぬことである。〈35歳〉


【『ナポレオン言行録』オクターブ・オブリ編/大塚幸男訳(岩波文庫、1983年)】

ナポレオン言行録 (岩波文庫 青 435-1)

2009-07-01

昭和の初めに「生活」という言葉が流行した


「大善生活実験証明座談会」というネーミングも、こうした時代背景の中から生まれたのだろう。文明開化によって産の合理化が進み、余裕ができた証拠と言えるかも知れない。


『生活の探究』(島木健作著、昭和12年)の続編が出てさかんに版を重ねていたその年(昭和13年)の秋に、この小説とは趣きを異にした『生活の発見』という書物が出版されて、それもまた1年あまりで十数版を売りつくした。著者は中国からアメリカへ渡った中国人林語堂(リン・ユータン)で、その内容はいかにも中国の文人らしく“生活の哲学”を軽妙洒脱な筆で説いたものだった。『生活の探究』と『生活の発見』、前後してこの4冊(『生活の発見』も続編と合わせ二巻仕立てだった)が、ともにベストセラーとなったことに、私はあらためて興をひかれる。なぜなら、両者はともにけっしてたんなる処世術を、すなわち、うまい世渡りができる技術を教えようとするものではなかったからである。いや、まったく反対である。要領よく人生を生き抜ける術を処世術というなら、この両書はそれとはおよそ正反対な不器用で実用にならぬ、教養の書ともいうべき格のものだった。だから読者が求めたのは、こうすればこんなにうまくゆく、などといった功利的なノウ・ハウではなく、そんな技術(テクニック)などまったく眼中にない生きることへの根源的な味への問いかけであり、その解答だったといえる。つまり、人びとは軽薄に生きる技術を、ではなく、真面目に生きる知恵を探究しつづけたのである。


【『生き方の研究』森本哲郎(新潮選書、1987年)】

生き方の研究