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2009-07-16

竜の口の法難


 さては十二日の夜武蔵守殿のあづかりにて夜半に及び頚を切らんがために鎌倉をいでしにわかみやこうぢ(若宮小路)にうちいでて四方に兵のうちつつみてありしかども、日蓮云く各各さわがせ給うなべちの事はなし、八幡菩薩に最後に申すべき事ありとて馬よりさしをりて高に申すやう、いかに八幡大菩薩はまことの神か和気清丸が頚を刎られんとせし時は長一丈のと顕われさせ給い、伝教大師法華経をかうぜさせ給いし時はむらさきの袈裟を御布施にさづけさせ給いき、今日蓮は日本第一の法華経の行者なり其の上身に一分のあやまちなし、日本国の一切衆生法華経を謗じて無間大におつべきをたすけんがために申す法門なり、又大蒙古国よりこの国をせむるならば天照太神正八幡とても安穏におはすべきか、其の上釈迦法華経を説き給いしかば多宝十万の諸菩薩あつまりて日と日とと星と星と鏡と鏡とをならべたるがごとくなりし時、無量の諸天並びに天竺漢土日本国等の善神聖人あつまりたりし時、各各法華経の行者にをろかなるまじき由の誓状まいらせよとせめられしかば一一に御誓状を立てられしぞかし、さるにては日蓮が申すまでもなしいそぎいそぎこそ誓状の宿願をとげさせ給うべきにいかに此の処にはをちあわせ給はぬぞとたかだかと申す、さて最後には日蓮今夜頚切られて霊山浄土へまいりてあらん時はまづ天照太神正八幡こそ起請を用いぬかみにて候いけれとさしきりて教主釈尊に申し上げ候はんずるぞいたしとおぼさばいそぎいそぎ御計らいあるべしとて又馬にのりぬ。(912-913頁)


「まったく……」

 ふたたび日蓮を乗せた馬が動いて闇に消えて行くと、太郎と泰盛は道に出て笑した。

「どこまでも人を食うておる。八幡大菩薩源氏の守り神。それに文句をつけるは、すなわち将軍に従う北条を叱ること。真夜中にあの大では民らのにも聞こえる。説法上手の日蓮らしいやり口だ。八幡大菩薩に力がないと伝われば北条も顔が立たぬ。ひょっとして考えを変えるかも知れん」

「そこまで考えてのことかの?」

 泰盛は、まさかという目つきで言った。

日蓮の頭の良さは尋常ではない。本からの加護を願うのであれば釈迦に訴えるのが第一。八幡大菩薩が己れに味方しておらぬのは捕らえられたときから承知。いまさらの挨拶もあるまい。ま、自分に命乞いの気はなくとも、鎌倉の守り神など知れたものと言い残したかったのは確か」

 うーむ、と泰盛は唸った。いかにも法華経の行者である日蓮が八幡大菩薩に別れの挨拶とは奇妙である。

「しかし、ここに来てもああいう手をい付くとは……見上げた者ではある」

 太郎は笑って馬を進めた。


【『時宗』高橋克彦(NHK出版、2000年/講談社文庫、2003年)】

時宗〈巻の1〉乱星 (講談社文庫) 時宗〈巻の2〉連星 (講談社文庫) 時宗〈巻の3〉震星 (講談社文庫) 時宗〈巻の4〉戦星 (講談社文庫)

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