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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2009-09-30

2009-09-29

多忙


 誰でもみんな忙しい。誰にも悩みはある。娑婆とは堪忍という味である。子供でも遊ぶのに忙しい。大変である。野球の選手にしても、応援団にしても、テレビのタレントにしても大変だ。病人は病人で大変である。忙しいからこそ、その中で信して大功徳があるのだ。


【『指導メモ』1966-06-01(聖教新聞社)】


「忙」も「忘」も“を亡ぼす”と書く。我々はともすると「忙しくて忘れた」と言いわけをしてみせる。のどこかで「忘れた自分が悪いわけではなく、多忙な状況に問題がある」と考えているのだろう。その深層には「こっちはお前みたいな暇人じゃないんだよ」という罵りまで隠されていそうだ。


 忙しいからこそ集中する。これがスポーツの世界だ。打つのが忙しくてサインの確認を忘れたというバッターはいない。左ジャブが忙しくてガードするのを忘れたというボクサーもいない。レシーブが忙しくてアタックするのを忘れるバレーボール選手もいない。いかなるスポーツでも攻撃と防御が瞬時に繰り返される。


 だから、きっと人間は忙しい方が生き甲斐をじるはずだ。確かに暇も魅力的ではあるが、如何せん暇な時はやることがない(笑)。少年時代の退屈をい出してみるがいい。何もやることがない状況はポッカリと空いた穴そのものだった。


 どんなに多忙を極めても、花に水をあげるゆとりを持ちたいものだ。しかしながら現実は、我が子の沈痛な表情にも気づかぬ人が多い。

日妙聖人御書


 然れども法華経に対しまいらすれば妄語のごとし綺語のごとし悪口のごとし両舌のごとし、此の御経こそ実語の中の実語にて候へ(1217頁)


 爾前教と法華経とを相対された御指南。言論の真実、論理の整合、普遍的な実証をも示唆しているとじる。ウェブ上には悪の塊(かたまり)みたいな言葉が氾濫(はんらん)している。言葉は己から発せられた瞬間に、その人の考を方向づける。古(いにしえ)の人々はそれを「言霊」(ことだま)と称したのだろう。考は言葉によってなされる。すなわち言葉は脳を縛る。虚言に翻弄される人には、虚言を受け容れる土壌がある。「嘘つきは泥棒の始まり」という。嘘に対して鈍は、やがては犯罪をも容認する。他人の物を盗み取っても罪悪を覚えなくなる。組織利用を働く者に共通しているのは「病的なまでの虚言癖」である。嘘を見抜けない人は結果的に組織利用の片棒を担ぐ羽目になる。人がいいだけでは指導者の資格がない。妄語、綺語、悪口、両舌を瞬時に見破り、論破に論破を加えて鉄槌(てっつい)を下せる人のみが後輩を守れるのだ。

2009-09-28

2009-09-27

答え


 答えはいつだって目の前に転がっている。それに気づけないところに“境涯の壁”がある。ある時は先輩が教えてくれ、ある場合は本の中にあったりする。答えは必ず見つかるものだ。求めている限りは。そして、一つの答えが知恵となって、次々と他の何かとつながるから不議だ。


 私は46年間の人生で、数百人になんなんとする先輩に恵まれ、1000人を超える同志と戦い、3000冊ほどの本を読んできた。これらが融け合い、やっと自分なりのスープができつつある。


 それほど大した経験はしていないが、今確かに見えてきた世界が開けている。時間だけは人生の後半に入っているが、果たして人生の何合目に当たるのだろうか。それはわからない。


 私の悟りを教えて進ぜよう。「一念三千冊」(笑)。本当の話だ。

日本は資本主義の矛盾をアメリカに輸出してきた


 そんなふうに日本は過剰生産をしているんだが、その矛盾を輸出という形で解決している。アメリカとかヨーロッパとか、アジア諸国とかも、日本製品を買ってくれる国々があるから、特に、アメリカ人がバカバカ日本製品を買ってくれるおかげで、この数年間、日本経済も世界経済も順調だった。つまり、アメリカがアホな消費をして、世界経済を引っ張ってきたんだ。しかし、それももう限界を超えてしまった。

 マルクス主義流に言えば、日本は資本主義の矛盾をアメリカに輸出してきたというわけ。


【『ドンと来い! 大恐慌』藤井厳喜〈ふじい・げんき〉(ジョルダンブックス、2009年)】

ドンと来い!大恐慌 (ジョルダンブックス)

2009-09-26

2009-09-24

沈黙の抵抗


 日本にいた時には、紛争や自爆テロのことばかりが伝わって来ていたパレスチナで、私が実際に見たインティファーダは、こうしたなき人々の、日々の暮らしの中でのインティファーダでした。

 それは「沈黙の抵抗」とも言うべきものでした。

沈黙」ゆえに、私たちはそれに気づかず、また気づこうともしてこなかったのではないでしょうか。

 その「無関」こそが彼らの「沈黙の抵抗」をあきらめさせ、自爆テロという「をあげる抵抗」を生みだしてしまってはいないでしょうか。

 彼らをこんなにまで闘わせているのは、一体誰なのでしょうか?

 彼らを押しつぶそうとする力の上に、私たちは少しも乗っていないと、彼らの前で言えるでしょうか?

 多くの「無関」が、パレスチナに対しても、イスラエルに対しても、加害者となっているような気がしてなりません。

 パレスチナの地で、私はそうした問いをいくつも突きつけられました。

 ナブルスで聞いた言葉がいつまでも頭から離れないでいます。


「無反応であるということ、無関であるということ、無視され続けるということは、軍事攻撃を受けるということと同じように私たちをしめ続けます」


【『「パレスチナが見たい」』森沢典子〈もりさわ・のりこ〉(TBSブリタニカ、2002年)】

パレスチナが見たい

2009-09-23

パスカルの賭け


 パスカルの賭けは、このゲームと似ている。ただし、使われる封筒の取り合わせは異なる。キリスト教徒と無神論者だ(実際には、キリスト教徒の場合しか分析していないが、無神論者の場合は論理的な延長にすぎない)。議論の便宜上、差し当たって、神が存在する見込みは五分五分だと像しよう(神が存在するとしたら、それはキリスト教の神だとパスカルが考えたのは言うまでもない)。ここでキリスト教徒の封筒を選ぶのは、信深いキリスト教徒であることに相当する。この道を選んだ場合、可能は二つある。信深いキリスト教徒なら、神がいない場合、死んだら無のなかへと消え去るだけだ。だが、神がいる場合は、天国にいき、永遠に幸せに生きる。無限大である。したがって、キリスト教徒であることで得るものの期待値は、


 無のなかへ消え去る見込みが1/2……1/2×0=0

 天国に行く見込みが1/2×∞=∞

 期待値=∞


 何しろ、無限大の半分はやはり無限大だ。したがって、キリスト教徒であることの価値は無限大である。では、無神論者だったらどうなるだろう。その考えが正しければ――神などいないのなら――正しいことによって得るものは何もない。何しろ、神などいないのなら、天国もない。一方、その考えが間違っていて、神がいる場合は、地獄にいき永遠にそこで過ごすことになる。マイナス無限大だ。したがって、無神論者であることで得るものの期待値は、


 無のなかへ消え去る見込みが1/2……1/2×0=0

 地獄にいく見込みが1/2×-∞=-∞

 期待値=-∞


 マイナス無限大である。これ以上小さい価値はない。賢明な人なら無神論ではなくキリスト教を選ぶのは明らかだ。

 しかし、私たちはここである仮定をおいている。それは、神が存在する見込みは五分五分だというものだ。もし1/1000の見込みしかなかったら、どうなるだろう。キリスト教徒であることの価値は、


 無のなかへ消え去る見込みが999/1000……999/1000×0=0

 天国にいく見込みが1/1000×∞=∞

 期待値=∞


 やはり同じ、無限大だ。そして、無神論者であることの価値はやはりマイナス無限大である。やはりキリスト教であるほうがずっといい。確率が1/1000でも1/10000でも、結果は同じだ。例外はゼロである。

 パスカルの賭けと呼ばれるようになったこの賭けは、神が存在する見込みがないのなら無味だ。その場合、キリスト教徒であることで得るものの期待値は0×∞だが、これはばかばかしい。誰も、神が存在する見込みはゼロだとは言わない。どんな見方をするにせよ、ゼロと無限の法のおかげで神を信じるほうが常にいい。賭けに勝つために数学を捨てても、どちらに賭けるべきかをパスカルが知っていたのは間違いない。


【『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概』チャールズ・サイフェ/林大訳(早川書房、2003年/ハヤカワ文庫、2009年)】

異端の数ゼロ―数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 異端の数ゼロ――数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-09-22

東陽町


 一夜にして約10万人が殺されたという米軍機による爆撃は、東京の頭部地域を火の海に変えていた。豊洲(とよす)から門前仲町(もんぜんなかまち)にかけては全焼し、東陽町(とうようちょう)などは折り重なった死体から道路に染みこんだ人間の脂(あぶら)が何年も消えなかったという。だが、奇跡的に枝川は焼けなかった。ここを出されたらほかに行き場がないという鮮人たちの、決死の消火作が功を奏したともいわれている。


【『蹴る群れ』木村元彦〈きむら・ゆきひこ〉(講談社、2007年)】


 その東陽町に現在、創価学会江東文化会館が建っている。枝川からは数多くの鮮人ストライカーを輩出しているとのこと。

蹴る群れ

2009-09-21

2009-09-20

対自相と対他相


 三世間の理解が深まるテキストである。


 それでは、人間が自分を自分自身や世界に対して定位するということはどういうことでしょうか。

 それは、「ばらばらになっている要素的な自己(覚、情、身体部分)を、その都度一つの自分自身にまとめること」です。これを自己定位の「対自相」といいます。そして、このまとまったものを「この私」として、世界に働きかけたり逆に世界から働きかけられたりすることが可能な状況へと立ち合せることが、「対他相」です。

 私たちは、普段識していませんが、世界に自分を表現する時や自分のことを考える時は、拡散状態になっている自己を、その都度(一瞬のことですが)一つのまとまりに収斂(しゅうれん)させていると考えることができます。これは自閉症というものの本質を探る上で、とても大切な考えです。


【『自閉症の子どもたち は本当に閉ざされているのか』酒木保〈さかき・たもつ〉(PHP新書、2001年)】

自閉症の子どもたち―心は本当に閉ざされているのか (PHP新書)

2009-09-19

自閉症者の苦悩


 私がどれほど懸命に努力しても、ほんもののひとたちは、まだ変われと言う、自分たちのようになりなさいと言う。

 それがどれほどむずかしいことか彼らにはわからない。気にもしない。私に変わってほしいとう。私の頭のなかにいろいろなものを入れて、私の脳を変えようとする。そんなことはしていないと彼らは言うが、彼らはそうしているのだ。


【『くらやみの速さはどれくらい』エリザベス・ムーン/小尾芙佐〈おび・ふさ〉訳(早川書房、2004年/ハヤカワ文庫、2008年)】

くらやみの速さはどれくらい (海外SFノヴェルズ) くらやみの速さはどれくらい (ハヤカワ文庫 SF ム 3-4)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-09-17

正しく見る


 開目抄観心本尊抄起させる一文である。


 対象そのもの、問題そのものをありのままに、ゆがめずにとらえるということであります。正しく考えるよりも前に、正しく見ることが必要なのであります。これは容易なことのようで、実際は非常にむずかしいことなのであります。元来、考えるということは何かについて考えるのであります。その何かを正しくとらえずに、ただ頭だけ、理論だけで考えては、それは無内容な、抽象的な惟になります。ドイツの文豪ゲーテは「目を開いて考えよ」と申したのでありますが、これは深く味わうべき言葉ではないかと考えます。


【『「自分で考える」ということ』澤瀉久敬〈おもだか・ひさゆき〉(文藝春秋新社、1961年/第三文明レグルス文庫、1991年)】

「自分で考える」ということ

2009-09-16

最澄と徳一の論争


 最澄が、とくに『法華経』を円教としてもっとも崇拝したのは、この経が、差別的な偏見をしりぞけ、ものごとを平等にみる教理を述べていたからである。藤原仲麻呂の子で著法相宗の徳一(とくいち)との論戦も、人間の差別を宿命づける法相宗の教説に対し、『法華経』の平等から、強く反論するためであった。最澄は『法華経』を、差別するままを平等にみる経典である、と解釈し、のちの日蓮のように、差別を否定する統一を主張していない。だから最澄の場合は、円・禅・戒・密の四宗が、差別のまま共存を認められるのである。のちの比叡山が混合主義(シンクレチズム)の総本山となり、異質の教の母胎となりえたのも、一宗だけにこだわらない最澄のこういう寛容な精神に由来していた。しかし寛容といっても、唐代の教を輸入することだけで精一杯だった最澄には、四宗の優劣を批判するだけの独創的な力量はまだなかったのである。


【『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮』戸頃重基〈ところ・しげもと〉(中公新書、1967年)】

鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮

2009-09-15

自民・公明の醜態


 衆院選の投開票日のこと。田原総一朗の番組だったとうが、自民党の山本一太公明党の高木陽介が「民主党のお手並み拝見」と語っていた。エラーを見つけ次第、いつでも足を引っ張ってやろうとでも考えていたのだろう。まるで、「傍観者」の態度だ。政党政治である以上、党利党略による駆け引きは常に存在するのだろう。だが、それにしてもこの発言は何なのだ? 政権を取れなければ傍観者になるというのであれば、野党の政治家は小学生にだって務まることだろう。そんな根だからこそ、負けたのだと私はう。スポーツの世界であれば、“爽やかな敗者の弁”は決して珍しいものではない。政治家はとにかく薄汚くてダメだ。

竹下登の二大政党論


 以下、プリン君からの情報による。


 政治記者の現役時代、故竹下登首相から聞いた話をい出している。あの竹下氏はあまり知られていないかもしれないが、「二大政党論者」であった。「社会党(現社民党)や共産党は一服の清涼剤として国会の隅にいてくれればいい。いずれ、保守二党制の時代が来るよ」と予言していた。

 その対立軸はどういうことになるのか、と聞いたことがある。「君らは、大きな政府と小さな政府だの、アメリカとの関係だの、憲法をどうするかといった話を持ち出すが、そんなものではない。二大政党の分かれ方は、公明党創価学会を容認する保守と容認しない保守だ」。

 その率直な言い方に驚いたことを覚えているが、いかにも政治の現実を踏まえ、現場覚に裏打ちされた言であった。

学会容認保守vs反学会保守」という竹下氏流の区分けの仕方は、その後の展開に照らし合わせるといかにも興味深いものがある。政治と宗教は不即不離の関係にある。政治は「まつりごと」であった。

 公明党に対して政教分離の原則からの批判がつねに存在するが、筆者はリアリズムで見たい立場である。憲法が規定する政教分離は国家が特定宗教に偏してはならないというものであって、宗教団体が政党をつくることを禁じているわけではない。「幸福の科学」が今回の総選挙にあたって幸福実現党を結成したのも、何ら怪しむものではない。

 創価学会は政党を結成する道を選択しただけのことであって、反創価学会系教団の筆頭格である立正佼成会は政党をバックアップすることで組織維持を図ろうとした。かつて自民党と民社党(当時)を支持していた立正佼成会は、公明党が自民党との連携を強化したため、現在は民主党支持の立場にある。


「民主・公明“連立論”」花岡信昭(拓殖大学教授)/『Voice』】

「ほとけ」の語源


 いつから「」を「ほとけ」と読むようになったのか、どうして「ほとけ」と読むのか、これに答えられるたしかな資料も、はっきりした説明も現在のところありません。研究者の間でも定説がありません。

 いろいろ説はありますが、ある考えを紹介しましょう。buddhaの発音をそのまま漢字にしたことばに陀のほかに浮図(ふと)・浮屠(ふと)の「ふと」、あるいは「ぷと」の読みを「」に当てて使っているうちに、いつの間にか「ほとけ」と訛(なま)り、読み習わされるようになったとも考えられています。


【『人間ブッダ』田上太秀〈たがみ・たいしゅう〉(第三文明レグルス文庫、2000年)】

人間ブッダ

2009-09-14

決断とスピード


 彼の部屋には次から次へと大勢の人々があらわれる。皆、マスードの決断を仰ぎ、書類や手紙へのサインを求める人たちだ。彼は部屋いっぱいになった訪問者たちの相談事を次々と片づけていく。ある者にはやさしく肩をだきかかえて話し、ある者には叱り飛ばす。その処理の速さに私は驚いてしまう。

「アフガン人は討論、討論で、何も始まらない」というのが、私のアフガン戦士観だったからだ。「貴方の仕事ぶりの速さはすごい」というと、「速いのはいけないのかい」と微笑んだ。


【『マスードの戦い』長倉洋海〈ながくら・ひろみ〉(河出文庫、1992年/『峡谷の獅子 司令官マスードとアフガンの戦士たち』日新聞社、1984年に一部加筆)】

マスードの戦い (河出文庫)

2009-09-13

敗北の深い意味


 勝利したところで、すべてが終る。

 敗北したところから、すべてが始まる。それが敗北の深い味である。


【『石原吉郎詩文集』石原吉郎〈いしはら・よしろう〉(講談社文芸文庫、2005年)】

石原吉郎詩文集 (講談社文芸文庫)

2009-09-12

「語る」意味


「カタル(語る)」は、語源的には「カタドル(象る)」に由来すると言われている。それでは何を象るのかと問われれば、「経験」と答えるのが最も適切な応接であろう。言葉はわれわれの経験に形を与え、それを明瞭な輪郭をもった出来事として描き出し、他者の前に差し出してくれる。本人にのみ接近可能な私秘的「体験」は、言葉を通じて語られることによって公共的な「経験」となり、伝承可能あるいは蓄積可能な知識として生成される。「語る」という行為は、人と人との間に張り巡らされた言語的ネットワークを介して「経験」を象り、それを共同化する運動にほかならない。


【『物語の哲学 柳田國男と歴史の発見』野家啓一〈のえ・けいいち〉(岩波書店、1996年/岩波現代文庫、2005年)】

物語の哲学 (岩波現代文庫)

2009-09-11

祈りが遺伝子のスイッチを入れる


 喜怒哀楽のような情にまで遺伝子は一役買っています。そのことは、笑いに関する研究からわかってきたことです。

 最新の研究によると、ヒトの全遺伝子約2万2000個のうち50個くらいは、笑いで反応します。また、笑いによりオンになる遺伝子は、免疫力の向上や糖尿病による臓器疾患を抑制する働きまで見られるのです。

 祈りでも同じような働きがあるのではないかと推察されます。笑いによって血糖値が下がるのであれば、祈りではどんな身体変化が起きるのでしょうか。

 これは大変に興味深いことです。すでにアメリカでは、祈りによって奇跡的に病気が回復した例が多数報告され、それに関する科学的な研究がはじまっています。日本もこれから、祈りの遺伝子研究がはじまるといます。


【『人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はそのを聴いている』村上和雄、棚次正和〈たなつぐ・まさかず〉(祥伝社、2008年)】

人は何のために「祈る」のか 人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はその声を聴いている (祥伝社黄金文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-09-10

パレスチナ人というだけの理由で殺される人々


 インティファーダが始まるとアサーフ(※アブドゥルハミードの愛称)は緊急医療チームに志願し、ほとんどの時間を負傷者の救助や彼らの看病に費やすようになった。

 2001年17日、彼の遺体はネツァリーム交差点の近くで見つかった。前夜11時に父親の家を出たのちの彼の行方は分からない。翌、遺体が発見されたとき、片手の指はすべて切り落とされ、親指がかろうじてぶら下がっているだけだった。もう片方の手と腕とあごの骨は折られ、身体じゅうあざだらけだった。両手首の傷は、彼がきつく縛られていた証拠だった。その晩その地域で、イスラエル兵との衝突は1つも報告されていない。にもかかわらず、アサーフは明らかに拷問された揚げ句、20発以上の弾丸で、身体を穴だらけにされたのだった。(アブドゥルハミード・ハルティー、34歳)


【『シャヒード、100の命 パレスチナで生きて死ぬこと』アーディラ・ラーイディ/イザベル・デ・ラ・クルーズ写真/岡真理、岸田直子、中野真紀子訳(「シャヒード、100の命」展実行委員会2003年)】

シャヒード、100の命―パレスチナで生きて死ぬこと

2009-09-09

選挙違反と特別報奨金


 カネにまつわる検察庁の問題といえば、元大阪高検公安部長によって、調査活動費という裏経費が明るみに出たが、それ以外にもいろいろある。たとえば捜査予備費というのも、その一つだ。それは検察庁全体で2億円から3億円の年間予算があり、事件処理をする度に、そのなかから特別の報奨金が各地検に配られる。被疑者を一人起訴して公判請求すれば5万円、略式起訴なら3万円、起訴猶予でも1万円といったところだった。それらの大半が、地検の幹部の小遣いに化けるシステムである。

 つまり、各地検は扱う事件の数が多ければ多いほど、この特別報奨金が分捕れる仕組みになっている。そこで、地検の幹部たちは逮捕者の多い選挙違反を好んであげるのである。


【『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』田中森一〈たなか・もりかず〉(幻冬舎、2007年/幻冬舎アウトロー文庫、2008年)】

反転―闇社会の守護神と呼ばれて (幻冬舎アウトロー文庫)

2009-09-08

公明党/立党の精神に立ち返って


 衆院選で敗北した公明党の新しい代表に山口那津男政調会長、幹事長に井上義久副代表が就くことが、きのう内定した。10年続いた自民・公明連立に終止符を打ち、山口・井上体制で一野党として独自色を強めながら党再生を目指す。

 公明党は衆院選で太田昭宏代表、北側一雄幹事長、冬柴鉄三前幹事長をはじめ小選挙区に出馬した8人が全敗するなど歴史的な敗北を喫した。議席比例代表だけの21で解散前より10減。太田氏らは比例に重複立候補しなかったため落選した。

 投票率が70%近くまで上がり、得組織型選挙が通用しなかった。公明党が自民党の小選挙区候補を応援する見返りに比例で公明に投票してもらう「バーター」に期待したが、自民票は民主党にも流れてさほど集まらなかった。

 公明党は新執行部で来年の参院選に向けた態勢づくりに着手する。その際に不可欠なのが、自民党との連立政権に参加した10年間の検証と総括だろう。

 公明党1999年10、小渕内閣の時に「政策実現」を理由に政権入りした。地域振興券発行、児童手当の拡充、定額給付金など党独自の政策を実現させた「実績」もあったが、連立維持のため「妥協」を強いられたという印象も強い。

 同党の立党の精神は「大衆とともに」で「清潔、人権、平和、福祉」を党是としている。

 だが連立与党として、憲法改正に道を開く国民投票法、自衛隊のイラク派遣などを容認したほか、不透明さが残る政治資金規正法改正案にも賛成するなど「党是を忘れたような対応」と野党から批判を浴びた。

 自民党との関係でも、参院選で大敗した安倍晋三首相の続投を容認した直後に安倍氏が辞任し、次の福田康夫首相も公明党の頭越しに民主党との大連立を模索するなどぎくしゃくした。麻生太郎首相も解散時期について公明党の主張にを貸すことはなかった。

 最近は党の独自がやや薄れ、自民党の補完勢力のようになったため、支持母体・創価学会などからは自民党との関係見直しを求めるも出ていたが、自公そろっての衆院選敗北でいや応なく連立解消となった。

 公明党は16日の首相指選挙で、自民党総裁ではなく山口新代表に投票する。これを機に、党是に基づく路線に戻り、現場を聞きながら政策の再構築に励むべきだろう。遠慮する相手はない。納得できるまでとことん議論するよう望みたい。

 同党に注文を一つ。もっと党の決定過程が国民に見えるようにしてほしい。

 今回の幹部人事でも、外部の人間にはいつの間にかどこかで決まってしまった印象がぬぐえない。自民党が総裁選の投票資格などについて党内論議が盛り上がっているのと対照的だ。創価学会との関係も含め、政策決定や党運営のプロセスを国民の前に明らかにすべきだろう。無党派層など不特定多数への支持拡大を目指す政党にとっては、透明の確保が必要条件であることを忘れてはならない。


【河北新報 2009-09-08】


「投票率が70%近くまで上がり、得組織型選挙が通用しなかった」――とすると、低投票率こそ我々が目指すべきものなのか? 得票率が上がれば上がるほど我々の支持力は弱くなる。結果的に「随他意の構図」となっていることに気づく必要がある。

自公連立「埋没した」「らしさ発揮」 公明役員会が紛糾


 公明党の新代表に山口那津男氏を内定した7日の党常任役員会で、10年間の自公連立政権の総括を巡って議論が紛糾したことが分かった。公明党が埋没したとの総括を目指す新執行部に対し、連立を主導した重鎮たちが反発。山口新体制は「連立の後始末」で波乱含みのスタートだ。

 常任役員会では、山口氏が8日の全国代表者会議で読み上げる就任あいさつの内容が議論になった。出席者によると、山口氏側が示した原案には「連立政権の中で埋没した」「この10年間で公明党らしさが失われた」「政権運営に時間を取られ、支持者への説明が十分できなかった」との趣旨の言葉が盛り込まれていたという。

 これに対し、引責辞任する太田代表が「公明党らしさを十分発揮してきたし、努力してきた。一刀両断に『なかった』というのは不本だ」と強く反発した。同じく辞任する北側一雄幹事長や、落選した冬柴鉄三前幹事長ら自公政権を主導した執行部経験者からも「連立の枠組みの中で全力を尽くしてきた」などと修正を求めるが続出。原案は修正され8日午前に改めて調整することになったという。

 山口氏は、総選挙惨敗を受けて自公路線に代わる針路を示し、来夏の参院選に向けて党の独自をアピールすることを期待されている。だが、党内には自公路線へのこだわりもなお強い。出席者の1人は「原案は山口氏を中に作成した。自公連立の負の部分を総括したい新執行部と、連立を支えてきた自負がある旧執行部の識の差が対立になって表れた」としており、党再建の行方は不透明だ。


日新聞 2009-09-08】


 太田の論理でゆけば、「公明党らしさを十分発揮して」選挙に負けたってことになるわな。旧執行部の本音は「参議院議員のお前に何がわかるんだ?」ってなことだろう。実にみっともない。

2009年10月度課題図書


人生論ノート (新潮文庫)


 死について、幸福について、懐疑について、個について等、23題収録。率直な表現の中に、著者の多彩な文筆活動の源泉を窺わせる一巻。

ダム建設と水道料金


 石井紘基(いしい・こうき)議員(民主党)は本書を出版した年(2002年)に殺害された。


 ちなみに、水道料金が世界一高い日本でも、一番高いのは宮県南郷町である。家庭用が20トンで6190円だ。南郷町は鳴瀬川から取水する1日1500トンに加え、昭和55年から漆川ダムの水を3600トン県から買っている。しかし実際に漆川ダムから必要な量は1800トンなのだ。住民は使わない分まで負担させられているわけである。

 全国の多くの自治体で、水道料金の値上げが周年行事のように行われている。最近でも、平成9年4以降、全国に約1900ある水道事体のうち約3割にあたる590が値上げした。値上げの主な原因がダム建設にあるのである。


【『日本が自滅する日 「官制経済体制」が国民のお金を食い尽くす!』石井紘基〈いしい・こうき〉(PHP研究所、2002年)】

日本が自滅する日―官制経済体制が国民のお金を食い尽くす

2009-09-07

2009年衆院選 各党得票率


政党比例区選挙区
民主42.447.4
自民26.738.6
公明11.41.1
共産7.04.2
社民4.21.9
みんな4.20.8
国民1.71.0
諸派 1.5
無所属 2.8

蛇足判決理論


 これからが大事な点ですが、裁判所は国家機関です。国家機関の権限が何となくあるというおかしな話はありません。法令によって権限を付与されてはじめて、権限を有するようになります。たとえば、裁判所が判決の理由について判断して、判決書の中に書き込むというのは、民事訴訟法、刑事訴訟法がそのような権限を付与していると考えることができます。それは民事訴訟法、刑事訴訟法が理由を判断して判決理由欄に書き込めと命令していることから、そう解釈することができます。

 しかし、いろいろな法令、たとえば、民事訴訟法、刑事訴訟法はじめ、裁判に関するいろいろな法律を眺めても判決理由欄に蛇足を書く権限を裁判所に与えるという法令はありません。ですから、裁判所は判決理由欄に蛇足を書く権限も蛇足について判断する権限も有しません。

 したがって、蛇足判決には越権の違法があります。これは重大な結論です。私は、この理論を「蛇足判決理論」と命しました。


【『裁判官が見た光市母子殺害事件 天網恢恢 疎にして逃さず』井上薫(文藝春秋、2009年)】


裁判官が見た光市母子殺害事件―天網恢恢 疎にして逃さず

2009-09-06

公明党敗北 出直しに与党経験を生かせ


 総選挙の結果は、党首と幹事長のトップ2人が共に落選するという、結党以来かつてない惨敗である。敗因を冷静に分析し、再出発の糧としなければならない。

 公明党は、8人の小選挙区候補が全員落選し、比例選のみで獲得した21議席は、衆院に初めて進出した1967年衆院選の25議席を下回った。最大の危機に直面していると言っても誇張ではない。

 新代表には山口那津男政調会長が就任する見通しで、新執行部の最初の仕事は、来年夏の参院選に向けた体制立て直しだ。

 創価学会という強固な支持基盤を持つ公明党が大敗したのは、自民党への強い逆風のあおりをまともに受けたためであることは間違いない。

 比例選の得票が約805万票にとどまり、過去2回と比べて70万〜90万票も減った。連立相手の自民党支持層からの得票が伸び悩んだことも、敗因の一つだろう。

 それ以上に、10年にわたる自民党との連立政権下で、公明党がその持ち味を発揮できずに埋没した揚げ句、不祥事続きの自民党と同列視されたことが影響した面も否めない。

 政策対応にも、問題はなかったか。例えば、米同時テロ後のアフガン戦争やイラク戦争といった節目で、創価学会員に根強い「非軍事・平和」志向に押されるまま、自衛隊の活用に常に消極的な姿勢を取った。

 麻生政権が2兆円もの巨費を投じた定額給付金は、公明党が主導したものだ。景気刺激効果は限定的と言われ、バラマキ的政策と批判を浴びた。

 福田政権の末期には、党幹部から「福田降ろし」を促すかのような発言もあった。選挙支援を通じて自民党への影響力を強めたことで、驕(おご)りとも言える対応が増えたという指摘もある。

 反面、自公政権下の経験は、批判勢力としての万年野党的立場から、政権与党としての政治責任の自覚、現実的政策の立案や遂行、国際的視野での外交安全保障政策への対応などの面で、貴重な財産になったのではないか。

 功罪両面を持った連立与党経験を検証した上で、党再建につなげてもらいたい。

 民主党には、是々非々の姿勢で臨む方針のようだが、政策抜きで政権にすり寄る愚は避けなければなるまい。

 大衆迎合に陥らず、痛みを伴う政策への理解を国民に求める勇気と説得力が必要だ。


「社説」/読売新聞 2009-09-06

2009年9月度課題図書


レイチェル・ウォレスを捜せ (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)


スペンサー、レイチェル・ウォレスが誘拐された。すぐに来てくれ」。出版社からの電話クリスマス気分を吹き飛ばした。それより2ヶ前、スペンサーは同じ出版社の依頼で、ある女著作家の護衛についていた。だが女解放論者であり、かつレズビアンであることを公言する彼女とは肌が合わず、やがて彼女と衝突したスペンサーは解雇されてしまったのだ。その女、レイチェル・ウォレスが過激派組織に誘拐された! 彼らの目的は? 彼女は無事なのか? 単身レイチェルの足跡を追うスペンサーは、大雪に閉ざされたボストンの街を走る!

苛酷な体験


『望郷と海』には、『ノッポとチビ』に発表後の1963年以降のノートも収録されているが、箴言めいた短い分になっている。


■体験とは、一度耐え切って終るものではない。くりかえし耐え直さなければならないものだ。

■私は告発しない。ただ自分の〈位置〉に立つ。

■〈みずからに禁じた一行〉とは、告発の一行である。その一行を切りおとすことによって、私は詩の一行を獲得した。その一行を切りおとすことによって、私の詩はつねに断定に終ることになった。いわば告発の一歩手前へふみとどまることによって、断定を獲得したのである。

■詩とは〈沈黙するための言葉〉の秩序である。


 詩のみならず、「告発せず」の姿勢はエッセイにも貫かれている。『望郷と海』の諸篇で提示されたラーゲリ体験のかずかずは、激烈な告発の書となってもおかしくながい、石原吉郎は自己の内部に深く沈潜することによって、告発以上のものを表現し得た。


【『内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史』多田茂治〈ただ・しげはる〉(社会社、1994年/文元社、2004年)※社会社版は「シベリヤ」となっている】

内なるシベリア抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史


内なるシベリヤ抑留体験 石原吉郎・鹿野武一・菅季治の戦後史

2009-09-05

読書研鑚ML


 読書研鑚MLを立ち上げることにした。第一次募集は以下の通り――

2009年衆院選挙:比例区得票率


九州沖縄」「四国」の健闘が光っている。足を引っ張っているのは東京と神奈川だ。


順位都道府県得票率ブロック得票率
1沖縄17.93九州沖縄15.19
2高知17.58四国13.03
3宮崎16.71近畿12.98
4福岡16.61中国12.95
5和歌山15.66合計11.45
6長崎15.23北関東11.36
7大阪15.20東海10.67
8鳥取14.64北海道10.67
9岡山13.83東京10.35
10鹿児島13.67南関東10.03
11熊本13.22東北9.65
12大分12.77北陸信越7.37
13山口12.70
14広島12.50
15愛媛12.29
16兵庫12.27
17佐賀12.11
18埼玉12.02
1911.88
20香川11.75
21徳島11.74
22島根11.62
23合計11.45
24三重11.27
2511.07
26愛知10.81
27北海道10.67
28千葉10.62
29奈良10.61
30群馬10.49
31静岡10.40
32東京都10.35
33山梨10.35
34京都10.20
35岐阜10.14
36青森10.09
37秋田9.87
38山形9.69
39神奈川9.62
40福島9.54
41栃木9.15
42長野8.58
43福井8.32
44滋賀7.80
45石川7.52
46岩手6.92
47新潟6.48
48富山6.01

他者という言葉の多義性


 他者という言葉は多義的である。私は常識の立場に戻って、この多義を尊重してゆきたいとう。

 まず第一に、他者は、ほとんどの他者は、死者である。人類の悠久の歴史のなかで他者をうとき、この事実は紛れもない。現世は、生者たちは、独力で存立しているのではない。無料無数の死者たちこそ、事物や行為をづけ、味分節体制をつくり出し、民族の歴史や民俗を基礎づけ、法律や宗教の起源を教えているのだ。否、教えているという表現は弱過ぎよう。最広義における世界存在の味分節のすべてが、死者たちの力によって構造的に決定されているのである。言い換えれば、他界は現世の味であり、死者たちは、生者たちという胎児を生かしめて(ママ)いる胎盤にほかならない。知覚や覚あるいは実証主義的考から解放されて、歴史眼をもって見ることが必要である。眼光紙背に徹するように、現世を現世たらしめている現世の背景が見えてくるだろう。

 死者が他者であることに異論の余地はない。それゆえ、他者は、現世の生者を歴史的存在として構造化する力をもつのである。

 第二に、他者は、自己ならざるもの一般として、この現世そのものを味する。歴史的に味分節化されたこの現世から言葉を収奪しつつ、また新たな味分節世界を喚起し形成しつつ、生者各人はこの他者と交流する。この他者は、ひとつの味分節として、言語のように、言語と似た様式で、差異化され構造化されている。この他者を、それゆえ、以後、言語的分節世界と呼ぶことにしたい。自己ならざるもの一般の世界が言語的分節世界としての他者であるならば、他者は、言葉の働き方に関するわれわれの理解を一歩進めてくれる。

 言うまでもなく、言葉は、各人の脳髄に内臓されているのではない。一瞬一瞬の言語行為は、発語の有無にかかわらず、言語的分節世界という他者から収奪された言葉を通じて遂行される。否、収奪そのものが言語行為なのだ。では、言語的分節世界という他者は、言語集蔵体(ママ)の如きものなのであろうか。もちろん、そうではない。言葉は、言語的分節世界という他者の存立を可能ならしめている死者たちから、彼岸から、言わば贈与されるのである。生者が収奪する言葉は、死者が贈与する言葉にほかならない。この収奪と贈与が成功したとき、言葉は、歴史的に構造化された言葉として力をもつのである。それゆえ、われわれの言葉は、識的には、主体的に限定された他者の言葉なのであるが、無識的には、歴史的に限定された死者の言葉なのである。死者の言葉は、悠久の歴史のなかで、死者たちの群れから生者たちへと、一気に、その示差的な全体的体系において、贈与され続ける。それゆえに、言語的分節世界としての他者は歴史的に構造化され続けるのである。


【『死と狂気 死者の発見』渡辺哲夫(筑摩書房、1991年/ちくま学芸文庫、2002年)】

死と狂気 死者の発見 死と狂気 (ちくま学芸文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-09-04

2009年衆院選総括


 本当は1週間経ってから書こうとっていたのだが、もうそろそろいいだろう。


 多くの学会員公明党議席が31から21となったことを敗北と考えている。ま、確かに敗北だ。それは疑問の余地がない。


 敗戦の恐ろしさは徒労にある。「我々の闘争はムダだったってわけだ」とか、「私達の努力は水泡に帰した」とか、「こんなに頑張っても最後にゼロを掛けたような結果である」といった極めて単純な考に縛りつけられてしまう。「せめて、太田だけでも」とかね。


 ヒイヒイ言いながら、やっとのいで打ち出しをこなしているような連中は、とかくこうなりがちだ。はっきり言っておくが、これでは次の勝利につながらない。「負けた時に負けた因をつくる」という敗北のスパイラルに陥っている。


 私はあなたに尋ねたい。「では、31議席を取っていたら、果たしてそれが勝利と言えたのか?」と。


 ま、内部的には会合で「勝利、勝利」と叫んでいたかもしれない。だが、勝ったにもかかわらず野党になっていたのだ。つまり、結果的に野党へ転落することが目的となってしまう。今回の戦いの目的が「政権維持」にあったとすれば、いずれにしても敗北ということだ。


 では、第2ラウンドに入ろう。自民と民主とがもっと拮抗した数だったら、どうなっていたか? この場合だと、公明・日本新党・みんなの党の動向が鍵を握る。しかし、3党がキャスティングボートを握るというのも何か変だ。こうなると、再び大連立の話が出やすい状況となり、公明党にとってはますます不利であろう。


 少しは問題の本質が理解できたであろうか? 要は、政治状況を決定づけるほどの議席数が公明党には元々ないのだ。つまり、政権が交代すれば自動的に敗れる運命にあったわけだ。もっとわかりやすく言おう。今回の選挙戦は、勝っても負けても同じ結果であったのだ。結局、我々の勝敗は自民党次第だったということになる。随自意ならぬ「随自民」だ。


 ところが、いかなる政治状況であろうと、我々は信で戦うしかない。確かに個々の闘争においては壁を破った人もいたであろう。劇的な出会いを重ねた人もいたであろう。そして、不可能を可能にした人もいたに違いない。だが、全体で見た時、不可能はやっぱり不可能であったのだ。


 我々学会員は、池田先生を国会へ証人喚問しようとした自民党と手を組んだ。蛇蝎(だかつ)の如く忌まわしい相手であったが、小渕が頭を下げてきたので忍耐力を総動員して与党入りを認めた。ところがその後、多くの自民党支持者が公明党を応援しなかった。「学会アレルギーが強い」と報じられていた。我々学会員の自民党アレルギーは、きっと彼等の100倍以上は強かったことだろう。


 私は今にしてう。このタイミングで公明党員と自民党員とが同じテーブルについて話し合うべきではなかったかと。彼等は我々のことを知らなさすぎる。党派を超えて、同じ地域に住む者同士が胸襟を開いて話し合えば、もっともっと理解も深まったことだろう。私も今の今までいつかなかった。


 敗れた我々に突きつけられているのは、「広宣流布の展望」であり、その中身である。多くの学会員が夢見ていたのは舎衛の三億である。国民の3分の1が学会員となり、国会の3分の1を公明党が占めることだった。この理は本当に間違いがないのだろうか。


 極端な例を示そう。国民全員が学会に入ったと仮定する。この時点で選挙は味を失う。学会本部、あるいは総県・総区で候補者を選定すれば、それがそのまま議席となってしまうのだ。いくら何でも、これはおかしいだろう。


 それなら、3分の1には正当があるのだろうか。私は「ない」とう。学会の選挙というのは、トップが決めた候補者を何も考えずに、ひたすら支持しまくる様相を呈している。竹入や矢野を出した後ですら何一つ変わっていない。会員が候補者を吟味する余地がどこにもない。これは民主主義ではなくして、ただの組織主義であろう。そうであればこそ、世間は学会を「集票マシン」と呼んでいるのだ。


 このたびの選挙で、従来のこうした手法が通じなくなっていることが証明されたと私はっている。


 太田さんは運が悪かった。党代表になるのも遅かった。この人事ミスが、今回の衆院選まで尾を引いたともいえる。


 長々と書きすぎてしまった。結論を述べよう。「創価学会公明党の関係」を変えない限り、公明党の未来はないとう。信仰と政治とは自ずから次元が異なる。我々だって仕事となれば、自分に言いわけをしながら少なからず嘘をついたり、騙(だま)したり、インチキをやったりしている。社会の実相は「競争」なのだから、そんなことは当たり前の話だ。であるならば、公明党創価学会と違っていいのだ。学会の顔色を一々窺うべきではあるまい。


 ウウ、眠い(笑)。また、何かいついたら書きます。おやすみなさい――

随自意


 あるとき、ねこは だれの ねこでも ありませんでした。

 のらねこだったのです。

 ねこは はじめて 自分の ねこになりました。ねこは 自分が だいすきでした。

 なにしろ、りっぱな とらねこだったので、りっぱな のらねこに なりました。


【『100万回生きたねこ』佐野洋子(講談社、1977年)】


100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))

公明の後任代表、山口政調会長を選出へ


 公明党は3日、辞任を表明した太田代表の後任に、山口那津男政調会長(57)を充てる方針を固めた。

 太田氏より6歳若い山口氏の起用は、世代交代による党勢の立て直しを印象づける狙いもある。新代表の任期は太田氏の残り任期である来年秋まで。7日の中央幹事会で内定し、8日の全国代表者会議で正式に選出される。

 太田氏同様、先の衆院選で落選し、辞任する北側幹事長の後任には、井上義久副代表のが挙がっている。


【読売新聞 2009-09-04】

太田公明代表が辞任表明、後任8日に選出 北側幹事長も辞任


 公明党太田昭宏代表は3日午前、党本部で記者会見し、衆院選惨敗の責任をとって辞任する向を表明した。太田氏は会見で「責任はすべて党代表の私にある。党の代表の職を辞する」と述べた。後任の代表を7日の中央幹事会で推薦し、8日に党大会に代わる全国代表者会議を開いて正式に選出する。新代表は来夏の参院選に向けて党の立て直しをめざす。

 太田氏は自身の後任について「参院選の勝利や野党という立場を踏まえないといけない」と指摘した。「党代表は国会論戦で党の主張を訴えることが重要で、特に野党の立場ではそうだ。党代表は国会議員が務めるべきだ」とも語った。

 新執行部は16日召集の特別国会までに発足させる。代表の後任には山口那津男政調会長(参院議員)や井上義久副代表、斉藤鉄夫環境相らの前があがっている。参院選に向けた党の再建に加えて、約10年間にわたって連立政権を組んできた自民党との関係の見直しや、政権を奪取した民主党への対応も課題になる。

 公明党は同日午前、党本部で常任役員会、中央幹事会を開き、太田代表の辞任を正式に了承した。落選した北側一雄幹事長の辞任も決まった。特別国会の首相指選挙では新代表に票を投じる。


【日本経済新聞 2009-09-03】

2009-09-03

自民・公明は雇用を不安定にした


2009年衆院選、大敗を喫す」の続きを――


 1985年に制定された労働者派遣法は、1999年と2003年に法改正をし規制の緩和を図った。日本経団連の向を汲んだものだ。これがいわゆる「非正規雇用問題」としてクローズアップされてきた。昨年6に起こった「秋葉原通り魔事件」を覚えている人も多いことだろう。犯人は派遣社員だった。


 法改正の音頭を取ったのはオリックス宮内義彦会長である。今はなき村上ファンドの生みの親でありながら、何のお咎(とが)めもなかった。更にその後、かんぽの宿売却に絡んでぼろ儲けしたのは有な話だ(総資産額は141億5000万円であるにもかかわらず、オリックス不動産への譲渡予定額は108億8600万円だった)。


 公明党の主導で2004年にジョブカフェ(若年者就支援センター)が全国に開設された。マッチで火を点けたところ予以上に被害が大きくなってしまったため、慌てて水を掛けたのだ。新手のマッチポンプといえよう。


 譬えば病の起りを知らざる人の病を治せば弥よ病は倍増すべし(921頁)


 公明党がやってきたことは、雨漏りしている家の中で床を拭くような仕事ではなかったか。国民が望んでいたのは屋根の修理だったのだよ。そして、屋根は直らないまま放置され続けた。遂にを煮やした国民は新築の家へ引っ越したとさ。


 雇用を不安定にしてきたが出たのだろう。政治家自身が当選したり落選したりと、まるで派遣労働者のようになってしまった。よもや自分達の雇用まで不安定になるとは夢にもわなかったに違いない。

記者クラブ開放


 なぜ、公明党はやらなかったのか?


 たとえば民主党が記者クラブを開放した時のことだ。

 岡田克也代表(当時)は、それまで院内の会議室で行っていた記者会見を党本部で開くことに決めた。これによって記者クラブ以外の雑誌やフリーの記者も会見に参加できることになった。だが岡田氏のこの英断に対して既存のメディアは冷たかった。長野県知事や鎌倉市長が記者クラブを開放した時は大騒ぎして克明に報じたが、国政になると完全に口をつぐんでいる。今日に至るまで、ただの一度も民主党が記者クラブを開放したと報じたメディアはない。よって、国民はこの事実を知らないし、驚いたことに筆者がこの話をしたほとんどの記者も、民主党の記者クラブ開放に気づいていなかったのである。

 つまり論議以前の問題なのだ。


【『ジャーナリズム崩壊』上杉隆(幻冬舎新書、2008年)】

ジャーナリズム崩壊 (幻冬舎新書)

2009-09-02

障害者にとって自立とは


「アメリカでは、障害者でも仕事に就けるんですか?」

「もちろん簡単なことではない。でも、アメリカでは『何ができないか』ということよりも、『何ができるか』が問題なのだ。だから、『できる』と主張する人には、どんな援助をしてもそうさせるだろう」

「主張すれば与えられる。主張しなければ与えられないということですか」

「その通りだ。だからこそ、主張することを恐れてはいけない。階段を昇れないなら、デスクを1階に置いてくれと頼めばいい。また、エレベーターをつけろと主張すればいい。『できない』ということに、必要以上に目を奪われてはいけない」

「エドさんにとって、自立とはどういうことなんですか」

「自立とは、誰の助けも必要としないということではない。どこに行きたいか、何をしたいかを自分で決めること。自分が決定権をもち、そのために助けてもらうことだ。だから、人に何か頼むことを躊躇(ちゅうちょ)しないでほしい。健康な人だって、いろんな人と助け合いながら暮らしている。一番だいじなことは、精神的に自立することなんだ」


【『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』渡辺一史〈わたなべ・かずふみ〉(北海道新聞社、2003年)】

こんな夜更けにバナナかよ

2009-09-01

元公明議員3氏の敗訴確定=「手帳持ち去り」訴訟−最高裁


 公明党の矢野絢也元委員長宅から手帳を持ち去ったとした「週刊現代」の記事で誉を傷つけられたとして、同党の元国会議員3人が発行元の講談社と矢野元委員長らに損害賠償などを求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(田原睦夫裁判長)は1日、元議員側の上告を退ける決定をした。反訴していた矢野元委員長の訴えを認め、3人に手帳返却と300万円の支払いを命じた二審判決が確定した。

 3人は元参院議員の黒柳明、大川清幸両氏と元衆院議員の伏木和雄氏。

 一審東京地裁は2007年12、3人の手帳強奪を認めずに講談社などに賠償を命じたが、二審東京高裁は今年3、「家捜しをして無理やり持ち去った」と認定し、一審判決を取り消して請求を棄却。その上で、3人に手帳の返却と賠償を求めた矢野元委員長の訴えを認めた。


時事通信 2009-09-01


 で、この300万円って誰が支払うのだろうか?

2009年衆院選、大敗を喫す


 結果はご存じの通りで屈辱的な惨敗となった。もうね、口も利きたくないよ。小選挙区は8人が全敗で、比例区では805万4007票を獲得したにもかかわらず、マイナス2議席で21という結果だった。31議席から21議席に激減するという有り様だ。太田代表、北川幹事長までもが落選してしまった。1967年(昭和42年)に衆院選へ進出してからトップを落としたのは初めてのことだ。


f:id:sokaodo:20090831202301j:image


 太田代表は与党敗北の理由について「政権交代の波が大きく押し寄せてきた。与党の実績をもう一歩、浸透できなかった」と語っていた。敗色が濃厚となる中での発言である。「こりゃ、ダメだわな」と私は即座にった。この勘違いこそが今回の敗因といえる。


 政権与党なんだから実績があるのは当たり前の話だ。国民が求めているのは、社会の安定と生活の向上であろう。その国民の期待に応えた実績が果たしてあったかどうかが、この選挙で問われたのだ。太田代表の発言はあまりにも悠長であり、与党の驕(おご)りすらじさせる。


 さあて、今日はい酒を呑みながら悪口を書くぞ(笑)。会合で話すネタを探してもムダだ。どうせ、綺麗事を並べ立てて、最後は信にかこつけるつもりなんだろう? ケッ、冗談じゃねーよ。そんな連中のために書いてたまるもんか。


 最初にお断りしておくが、私はあなたを指導する立場ではない。当然、激励する役目でもない。私が責任を負っているのは、飽くまでも私の地域の学会員であって、そこにあなたは含まれていない。そして、私の地域の学会員はこのブログを見ていない。というわけで、無責任のレールは敷いておいたぞ(笑)。


 今回の衆院選で国民が審判を下したのは、「官僚主導政治に対するノー」であった。この一点で民主党に軍配が上がったのだ。


 振り返ってみよう。ここ数年にわたって官僚の不祥事が相次いだ。年金記録問題を皮切りに、かんぽの宿売却問題山田洋行事件田母神(たもがみ)論文問題、日銀総裁人事のごたごた、そして極めつけは官僚の天下り問題であろう。こうして国民は、政治家が決めた予算を官僚が好き勝手に使い込んでいる実態を知ってしまった。


 わかりやすく言おう。私は公明党が与党入りしてからというもの、ずっと「おかしい」とってきたことがある。それは、議員や党関係者の誰一人として「自民党がこれほど酷(ひど)いとはわなかった」とか、「官僚は腐り切っている」といった発言をしていないことだ。政権の中枢に進めば進むほど、たじろぐような場面があってしかるべきだろう。自民党の選挙協力が杜撰(ずさん)であることに対して、怒りを表明した人物すら皆無だ。


 公明党はただのお人好しだったのか? その通り。ニコニコ顔で「フレー、フレー」と自民党に向けて旗を振っていただけだ。麻生首相誕生にも一役買ったことは記憶に新しい。


 国民は官僚主導政治に対して警戒せざるを得なかった。収めたはずの年金ネコババされていたのだから、それも当然だ。その上政府与党は、国民が納得できる形で社会保険庁という泥棒をすることができなかった。信賞必こそ王法の生命線があるにもかかわらず。「王法と申すは賞を本とせり」(1165頁)。


 ある幹部は選挙結果を見て言った。「国民は本当に馬鹿だ」と。残でした。馬鹿なのはお前さんだよ。この幹部は選挙前の会合で、「公明党に投票しなければ謗法だ!」と叫んでいたと私は聞いている。程度の低い論理で学会員を動かそうと企(たくら)む姿勢こそが謗法なのだよ。


 自分の頭でものを考えなくなった途端、人は洗脳される。盲信は打ち出し以外の情報を遮断する。狂信は良識的な見をも斥(しりぞ)けて公明党を絶対視する。このようにして、考を停止した学会員はどんどん社会から隔絶してゆく。挙げ句の果てには、敗北の責任を一身に担って我が身を苛(さいな)む。


「民主党は財源を示していない」――こんな論法に説得力は一つもない。なぜなら、民主党はおろか政府与党までもが“財布の中身”を知らないのだから。我が国にはまともなバランスシートすら存在しない現実がある。一般財源よりも巨大な特定財源が明らかになったのも最近のことだ。与党という立場で踏ん反り返って、テクニカルなテーマで野党を批判すること自体が、自民・公明の焦りを反映していた。


 実績だと? 国民は実績なんぞに関を持ってはいない。選挙の趨勢(すうせい)が実績で決まるとったら大間違いだ。選挙は遊説で決まるのだ。だからこそ、どの党の候補者も死に物狂いで遊説に取り組む。つまり国民は、自分のを打つ言葉を待ち望んでいるわけだ。いい悪いは別にして、これが日本の政治状況なのだ。


 もっと決定的なことを述べよう。公明党支持者は政権交代を認めるのか認めないのか、ってな話だ。独善的な態度に終始すれば、共産党と変わりがなくなってしまうだろう。


 ウーーーム、酔いが回ってきたようだ。キーを叩くのが面倒臭くなってきた。いつもの悪い癖だ。


 結論――今回の敗北は、自民党と組んできたことに由来する与同罪であるというのが私の見だ。友党である公明党が、自民党を変えることができなかったところに最大の敗因があるのだ。


 また、小選挙区での議席がゼロとなった味は重い。共産党が既にゼロであったことを踏まえると、組織政党の終焉(しゅうえん)とも考えられる。もっと合従連衡(がっしょうれんこう)が柔軟になるような枠組みを模索する時が来ているのではないか。党よりも政治家個人に重きを置く政治運動が望ましいとう。


 組織政党に不信が強いのは、透明を欠いた部分が多いことに原因がある。前にも書いたが、政治家を志す学会員がいたとしても立候補することは基本的に不可能だ。候補者を教団が決め、党代表は誰が決めているのかわからない――そんな公明党のあり方に不信が持たれているのは確かだろう。こうした問題に関しては、今こそ太田代表が学会首脳部に直言すべきである。


 敗北のダメージは深刻だ。私は初の小選挙区制(1996年)で負けた時のダメージをいまだに引き摺っている。戦った分だけ傷が深くなる。一度で掛かってしまったブレーキは緩むことがない。


 私が問題にしているのは「選挙に負けた」ことではない。「負ける選挙をなぜやらせたのか」ということなのだ。執行部は時局を見誤ったといえる。


 外典に曰く未萠をしるを聖人という内典に云く三世を知るを聖人という(287頁)


 我々は未萠(=未来)を知らなかった。農村票の自民離れは、従来の利権構造が機能しなくなったことを味していたのだ。また、台頭した新自由主義は世界の二極化に拍車をかけ、最終的には金融不安を招いた。政府与党は得気な顔で景気対策を「実績」と主張した。まるで、救急隊が「延命処置を施しました」と自慢しているような姿だった。問題を未然に防ぐという発が完全に欠落している。ま、国民の惨状を見てから動き出す政治ってことなんだろう。


 先に示した「撰時抄」の御文は、続けて三度の高に触れている。大聖人による政治的アプローチだ。そしてこの段を次のように結ばれている――


 経に云く所謂諸法如是相と申すは何事ぞ十如是の始の相如是が第一の大事にて候へばは世にいでさせ給う、智人は起をしる蛇みづから蛇をしるとはこれなり、衆流あつまりて大海となる微塵つもりて須弥山となれり、日蓮法華経を信じ始めしは日本国には一■(サンズイ+帝)一微塵のごとし、法華経を二人三人十人百千万億人唱え伝うるほどならば妙覚の須弥山ともなり大涅槃の大海ともなるべしになる道は此れよりほかに又もとむる事なかれ。(288頁)


 今、敗れた後の姿が問われている。打ちひしがれているだけの弱虫であってはならない。公明党が勝とうが負けようが、淡々と水の流れるが如く自分の決めた道を歩むことだ。一人の理解者をつくる人が偉大なのだ。


 我々は弟子の自覚を新たにしながら、先生のご長寿を真剣に祈って参りたい。戸田先生は、昭和32年(1957年)の大阪参院補選に敗れた翌年に逝去されている。長々と時間を掛けて書いたので非常にわかりにくい文章となってしまったが、私が伝えたかったのはこの一事である。


【※昨夜書いたものに加筆した】