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2009-10-31

「ゅ党」公明 与党ではない、野党でもない 民主冷淡、自民不信…存在薄れる


 自民党とともに野党に転落した公明党がなお立ち位置が定まらず、迷走を続けている。山口那津男代表は自民党と距離を置き、「是々非々」の立場で独自色を出すことに腐。先の参院補欠選挙(神奈川、静岡両選挙区)では自主投票を決め、自民党の北鮮関連船舶の貨物検査特別措置法案の共同提案も断ってしまった。とはいえ、民主党は一瞥もしない冷淡な態度を貫いており、与(よ)党と野(や)党の間をさまようことになりかねない。


「首相から期待」


「鳩山由紀夫新首相のリーダーシップにから期待するものです」


 30日の代表質問。冒頭で山口氏がこう切り出すと、参院本会議場は「オー」というどよめきにわいた。


 こういうエールを送りながら、山口氏は八ツ場(やんば)ダムの建設中止問題などを取り上げ、「いきなり変更という結論を強要するやり方は、民主主義の精神にもとる」と批判。平成21年度補正予算の削減も「はじめに3兆円ありきだ。政治主導というの強権政治の危険すらじる」と断じた。


 それでも首相は痛痒(つうよう)をじる様子もなく「国民のを大切にして国民との契約を果たす」「国民生活に影響を与えないように配慮している」とかわした。その上で「公明党の基本政策はこの連立政権の政策とかなり近い部分がある」とほめ、山口氏を振り回した。


 だが、民主党が公明党と連携する可能は極めて薄い。衆院選で自公連立政権を否定して勝利した民主党が、来夏の参院選前に公明党創価学会とにわかに手を結べば、世論の反発は避けられないからだ。加えて創価学会に批判的な宗教団体が民主党支援に回っている事情もある。


 しかも最高実力者の小沢一郎幹事長は「党として公明党と連携や協力は一切考えていない」と公言する。小沢氏は自ら主導した旧新進党が公明勢力との衝突もあり解党したい経験を忘れておらず、参院選で自公が連携しない限り、どうでもよい存在なのだ。


聴衆わずか30人…


 一方、永住外国人地方参政権付与問題などでは公明、民主両党の隔たりは少ない。


 それでも民主党の石井一(はじめ)選挙対策委員長は30日、「外国人地方参政権の問題があっても、ただちに一緒になるなどという短絡的なことは考えていない」と公明党との連携を否定。公明党の井上義久幹事長は30日、永住外国人地方参政権付与法案の今国会提出を見送る方針を表明せざるを得なかった。


 代表質問後、山口氏は東京・有楽町で街頭演説し、「日本の局を乗り切るには与野党の建設的な議論が必要だ。公明党は国民的視野に立って是々非々で論陣を張る」と訴えた。


 だが、深々と頭をさげる山口氏を見守る聴衆はわずか30人。公明党に袖(そで)にされ、不信を強めている自民党からは「公明党の存在は小さくなり、もはや『ゆ党』になりたくても『ゅ党』にしかなれない」(閣僚経験者)と冷ややかなも漏れる。


【産経新聞 2009-10-31

日伝vs日行 上野郷の領主は南条氏から興津氏へ


 日郷は文和(ぶんな)2年(1353)に死去するが、彼の段階では駿河の大石寺に堂地をもっていた。だが活動の拠点は安房に置いており、次の代として駿河南条氏所縁の日伝を任じている。そして日伝の段階では、その大石寺東方の坊地の帰属をめぐって大石寺の日行(※大石寺4世)と相論となる。

 貞治(じょうじ)4年(1365)以後、相論は当初日伝に有利に展開され、駿河守護今川氏の安堵もなされたが、明徳年間になると室町幕府の介入もあって日行の跡を継いだ日時(※大石寺5世)に有利に展開し、応永(おうえい)12年(1405)、最終的に大石寺は日時に渡されることになった。

 じつに40年にもわたるこの相論において、上野郷の領主として大石寺に関与しているのは興津(おきつ)氏である。つまり貞治4年以前、同郷の領主は南条氏から興津氏に交替していたのである。興津氏は一貫して日行・日時側に立っており、相論の背景には、南条氏の没落と興津氏の介入が影を落としているのである。この交替の事情は不明だが、おそらく観応の擾乱にともなう紛争によるものであろう。

 内乱による領主の交替が、領内の寺院の帰属を不安定にし、相論を惹起(じゃっき)したのである。


【『戦国教 中世社会と日蓮宗』湯浅治久(中公新書、2009年)】

 文永12年(1275年)1日蓮大聖人の御代として、日興上人が故兵衛七郎入道行増の墓に代参され、時光は日興上人の教化によって、いよいよ信弘法のを燃えあがらせました。この時から日興上人を中として富士上野郷・熱原地方の折伏が進められ、時光の親類にあたる野家、興津家等が続いて入信し、出家では滝泉寺の下野房、越後房、三河房等が改宗して帰依しました。更に神四郎、弥五郎等をはじめ多くの農民が入信したのです。


創価ネット 教学関連データ


 日郷は日目上人の蓮蔵坊を譲られていたが、四世日道法主と宗義争いを起こし、一度は安房に去ったが、富士に戻り南条時綱と結託し次男の牛王丸(ごおうまる・後の日伝)を日郷の後継者とする事を条件とし、東坊地を日郷に寄進したとする寄進状を与え、寄進状を根拠に駿河国守護に訴え、大石寺に残り、日道法主に対抗した。しかし、安房の保田に退去し、保田妙本寺を開き小泉の地に道場(後の久遠寺)を建てた。蓮蔵坊にあった大聖人の御影像と「万年救護の本尊」を持ち去る。日郷の亡き後、日伝が保田妙本寺を継ぎ、大石寺との土地争いを72年続けた。そのため、大石寺は疲弊し、衰微し広宣流布が大きく妨げられた。


日蓮大聖人滅後の弟子と宗門、及び興門派形成の経緯(暫定版)】


『日興上人詳伝』によると、甲斐にはすでに南部波木井の一族、その中から播磨公・越前公が徒弟となり、同じ甲斐源氏の大井・秋山等の諸武人を化導して、秋山氏より日華が入室し、日華の弟子の日仙・日伝・日妙等が改衣、伊豆ではすでに新田家があって土佐房を出した。駿河では上野の南条七郎次郎が亡父の兵衛七郎の信仰を継ぎ、その縁辺の河西の野・興津を教導して、野より日持が富士上方の南条より日位が門下に加わり、さらには河合西山の由比家、実相寺の筑前房・豊前房、四十九院の日源、市庭寺(竜泉寺)にては日秀・日弁・日禅等、遠江の新池・相良等の武人を教化されたとあります。


正信会

戦国仏教―中世社会と日蓮宗 (中公新書)

2009-10-30

細分化された責任が視点を低くする


 最初に恋さんの書き込みを紹介しよう――


 気になるのは、「太田氏は総選挙後、山口那津男代表ら新執行部が自公連立で公明党が埋没したとの総括を試みたことに強く反発。(中略)参院選に向けて自公路線の転換を目指す姿勢がぼやけるとして参院選擁立には慎重論も強かった」。結局は「公明党単独で衆院小選挙区で戦うことはしく、自民党との関係解消には踏み切れないようだ」。こんなことで、本当に再建できるの???


創価仏法研鑽掲示板


 尚、asahi.comの同記事についてはこちらでも既に紹介した。私はこの記事から、太田の気持ちが何となくわかるような気がした。「困な舵取りを迫られる中でギリギリの選択をしたのがわからないのか?」「大体、参議員のお前に何がわかるというのだ?」といったところだろう。ま、所詮はコップの中の嵐、茶碗の中のさざ波、猫の額で繰り広げられるバトルに過ぎない。記者にしてみれば、一枚岩と言われた公明党内で見の対立が見られ、「オオッ!」と色めき立っただけの話だ。


 大組織が抱える問題は、責任が細分化されてしまって高い視点を持てないところにある――


 本当に大組織化されていって、本当に問題が本質的なものになったときには、現場の知識の寄せ集めでは本質的な解決方法が出てきません。低い視点に縛られてしまって、局部的な場面でしか通用しない解決方法しか発できません。それは真実のリーダーではないのです。


【『の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(PHP研究所、2007年/PHP文庫、2009年)】


 この文章自体は理解しやすい。確かに現場が抱える問題やトラブルの多くは些末なものが多い。地域特有の体質や文化もあることだろう。また学会員の場合は、引っ越しをしない限り、組織を比較する基準すら持てない。


 細分化の話に戻ろう。東京を例にすると学会組織は、方面→分都→総区→分区→本部→支部→地区→ブロックという構成になっている。ピラミッド型組織というのは、命令系統の効率から生まれたものだと個人的に考えている。確かに指示・伝達・打ち出しはスムーズに行われている。


 私が苫米地のテキストを読んで杞憂(きゆう)を抱いたのは、選挙に敗れても一向に組織の体質が変わらないためだ。果たして各組織で総括は行われたのだろうか? やってないね。やってないどころか、皆避けて通るね。つまり、総括ってのは道端に転がっているウンコみたいなもんだよ。


 おしなべて宗教団体というのは、無謬(むびゅう)であろうと努める。断じて間違っていない。間違っているとすれば、それは世間の方なのだ――こんな発でやっていれば、間違いに気づかないどころか、正当化する場面だって出てくることだろう。


 だが、人間という動物は間違えるものなのだ。間違えるからこそ学べるし、間違えるからこそ進歩と成長がある。大切なことは間違いに気づくことだ。そうすれば、進路のズレを常に軌道修正しながら目的地に向かって進んでゆける。


 私に言わせれば、公明党すら細分化された組織の一つに過ぎない。代議士といったところで、学会本部や組織の顔色を窺っているようなのばっかりだろう。真の政治家であれば、学会に対して厳しい見を言う場面があってしかるべきではないのか。


 戸田先生の時代には参謀室があった。池田先生を中とした若き頭脳と責任で新機軸を打ち出した。参謀室が設置されたのは昭和29年(1954年)330日のこと。この年の1122日には文化部が設けられている。この文化部こそが公明党の原点なのだ。

 言うまでもなく政治は国民のためのものである。ゆえに、公明党がいつまでも学会の下部組織であってはなるまい。55年体制が崩れ去ってから、国政は右か左かといった選択肢から、成熟した保守政治のあり方を模索するようになっている。こうした背景を踏まえると、組織型選挙それ自体が、世間から不信を抱かれる原因となっている。


 分散化された組織においては責任までもが分散化される。総括が行われない、あるいは行えないのはこのためだ。実際は、総括どころか合議すらなく、自由に見も言えない雰囲気がある。「もの言わぬ民」をつくったのは誰だ? それは、羊千匹を好む羊の親分に決まっているよ。


 師子の自覚を持つ青年がいるならば、速やかに立て! 新風を巻き起こしてみせろ!

心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション 心の操縦術 (PHP文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-10-29

人間の身体は歪んでいる


 人間のからだは本来歪んでいるものだ。上に伸びるのと、下へ休もうとするのと、二つの力の闘いの現れが姿勢なのだ、とすれば人間の姿勢は、本来、そのどちらかの力に傾くにせよ、無理があり、歪みを持つ、むしろ歪まぬからだなどない、と言った方が正しいだろう。

 だとすれば、現代の私たちは、重力と、上方志向と、的肉体的エネルギーの消費のバランスと、対人関係の恐怖と牽引と、さまざまなヴェクトルの交錯によって自分がどんな姿勢に追いこまれているかを知る必要がある。


【『ことばが劈(ひら)かれるとき』竹内敏晴の科学社、1975年/ちくま文庫、1988年)】

ことばが劈(ひら)かれるとき (ちくま文庫)

公明、太田前代表を参院比例擁立へ 自公連携の道残す


 公明党は総選挙で落選した太田昭宏前代表(64)を来年夏の参院選比例区に擁立する方針を決めた。自公連立を主導した太田氏の国政復帰には慎重論もあったが、自民党との信頼関係を断つべきではないとの見も根強く、太田氏を引退させないことにした。


 太田氏は「任期中に66歳を超える場合は公認しない」という公明党の定年制の例外扱いとする。一方、改選を迎える浜四津敏子代表代行(64)には定年制を適用し、引退させる。衆院選で落選した北側一雄幹事長(56)は衆院で国政復帰を目指す。


 太田氏は総選挙後、山口那津男代表ら新執行部が自公連立で公明党が埋没したとの総括を試みたことに強く反発。執行部では、太田氏と自民党の大島理森幹事長や二階俊博選対局長とのパイプを重視するがある半面、参院選に向けて自公路線の転換を目指す姿勢がぼやけるとして参院選擁立には慎重論も強かった。


 支持母体の創価学会でも元青年部長で学会とつながりの深い太田氏の国政復帰を望む見がある一方、「浜四津氏を引退させて同じ年齢の太田氏を擁立すれば、浜四津氏に信頼を寄せる婦人部の士気が下がる」とのもあり、見が二分していた。


 結局、各地の自公選挙協力の実績を重視して太田氏はまだ使えると判断した学会中枢の向に配慮し、執行部が太田氏擁立を決断した。公明党単独で衆院小選挙区で戦うことはしく、自民党との関係解消には踏み切れないようだ。


 公明党は参院選挙区で、07年に現職が落選した埼玉(改選数3)から撤退して東京(同5)と大阪(同3)に絞り、比例区政党の色彩を強める。埼玉で改選となる西田実仁参院議員は比例区に転出する方向だ。


asahi.com 2009-10-28

2009-10-28

マッチポンプ


「彼らは自分の家へ勝手に火をつけておいて、こんどは、それに水をぶっかけて消そうとしたんです。そして、消しそこねると、その責任を火に負わせたんです」


【『スカラムーシュ』ラファエル・サバチニ/大久保康雄訳(創元推理文庫、1971年)】

スカラムーシュ (創元推理文庫 513-1)

2009-10-27

公明、参院比例に太田・前代表を擁立方針


 公明党は21日、先の衆院選で落選した太田昭宏・前代表(64)を、来年夏の参院比例選に擁立する方針を固めた。

 支持基盤の創価学会に太田氏の早期の国政復帰を求めるが強いことに配慮した。「任期中に66歳を超える場合に公認しない」とした党の内規に抵触するが、例外扱いとする。今期限りで引退する浜四津敏子代表代行の後任の形を取る。太田氏は既に、地元の衆院東京12区の関係者に参院選出馬欲を伝えている。

 一方、同じく落選した北側一雄・前幹事長(56)は参院にくら替えせず、次期衆院選に備える方向だ。


読売新聞 2009-10-22

創価学会総関西長が退任 衆院選敗北で体制立て直し狙う


 公明党の支持母体である創価学会の関西組織を統括してきた西口良三・総関西長が退任したことが26日、関係者への取材でわかった。後任の総関西長は置かず、池田大作誉会長の長男、博正副理事長を関西トップの関西最高参与に、原田稔会長に次ぐ立場の正木正明理事長を関西ナンバー2の関西総合長とする。いずれも東京を本拠地にしたまま関西をまとめるという。

 関西の創価学会選挙での集票力の大きさから「常勝関西」といわれてきたが、8の衆院選で全敗した8小選挙区のうち六つを関西が占めていた。来年は創価学会の創立80周年で、夏には参院選を控えていることから、衆院選の敗北を受けて人事を刷新し、体制を立て直す狙いがあるとみられる。

 西口氏は71歳。77年から関西長や総関西長などを務めてきた。今後は組織運営の一線を退き、総主事となる。関西総合長を務めてきた藤原武氏は副総主事となる。

 創価学会のホームページによると、博正氏は53年生まれで東京都出身。正木氏は54年生まれで大阪府出身。


asahi.com 2009-10-27

人間が知覚しているのは0.5秒前の世界


 もっと言っちゃうとね、文字を読んだり、人の話した言葉を理解したり、そういうより高度な機能が関わってくると、もっともっと処理に時間がかかる。文字や言葉が目やに入ってきてから、ちゃんと情報処理ができるまでに、すくなくとも0.1秒、通常0.5秒くらいかかると言われている。

 だから、いまこうやって世の中がきみらの前に存在しているでしょ。僕がしゃべったことを聞いて理解しているでしょ。自分がまさに〈いま〉に生きているような気がするじゃない? だけど、それはウソで、〈いま〉とじている時間は0.5秒前の世界なんだ。つまり、人間は過去に生きていることになるんだ。人生、後ろ向きなんだね(笑)。


【『進化しすぎた脳 中高生と語る〔大脳生理学〕の最前線』池谷裕二日出版社、2004年/講談社ブルーバックス、2007年)】

進化しすぎた脳  中高生と語る「大脳生理学」の最前線 進化しすぎた脳 (ブルーバックス)

(※左が単行本、右が新書)

2009-10-26

生きるとは自分を最大限に発揮すること


 私たちは、当たり前にできること、当たり前にあるものに、価値を見い出すことができずに、新しい何かを必死になって追い求めています。

 雪絵さんは教えてくれました。

 今あるものを最大限に生かすことを。

 今あるものの価値を認めることを。

 今そばにいる人を愛することを。

 今の人生を大切にすることを。

 自分という命をまっとうすることを。

 表現するとは、当たり前にできること、当たり前にあることを大切にすること、それは、

 見事な笑顔。

 見事な挨拶。

 見事なありがとう。

 見事な見送り。

 見事な歩き方。

 見事な握手。

 見事な立ち方。

 見事な……。


 雪絵さんがその大いなる存在を通して教えてくれた大切なこと。


「生きるとは自分を最大限に発揮すること」


 これ以上の人生を豊かにする法則は他にないといます。


【『世界に一つだけのギフト』平野秀典(実之日本社、2009年)】


世界に一つだけのギフト 人生に幸運と奇跡を呼ぶ15の感動エピソード

2009-10-25

国民が多様な価値を信じれば戦争は防げる


 乱暴だが、私の論理は明快だ。戦争を起こしたり、参戦することができるのは、軍隊を持つ単位である。現在でいえば、国家だ。従って、国家が参戦の判断をしなければ戦争は起きない。では、どうしたら参戦の判断をしないのか。答えは簡単だ。国民のほとんどが賛成する状況を避ければいい。すなわち、国民の全員が同じ判断の基準を持たなければいい。多様な価値を信じればいい。それは宗教だって何だって構わない。仮にアメリカ人口の10%がイスラム教徒だったとしたら、イラク戦争は起きなかっただろう(※実際は0.3%)。


【『洗脳護身術 日常からの覚醒、二十一世紀のサトリ修行と自己解放』苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(三才ブックス、2003年)】

洗脳護身術―日常からの覚醒、二十一世紀のサトリ修行と自己解放

2012年課題図書


2012年12

ユーザーイリュージョン―意識という幻想


2012年11

ゲーデルの哲学―不完全性定理と神の存在論 (講談社現代新書)


2012年10

異端の数ゼロ――数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)


2012年9

心は孤独な数学者 (新潮文庫)


2012年8

あなたのなかのサル―霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源


2012年7

なぜ美人ばかりが得をするのか


2012年6

迷惑な進化―病気の遺伝子はどこから来たのか


2012年5

火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者 (ハヤカワ文庫NF)


2012年4

単純な脳、複雑な「私」


2012年3

もう牛を食べても安心か (文春新書)


2012年2

今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社文庫)


2012年1

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

2009-10-24

沖浦問題 その発祥と経緯


 抜刀隊氏が時系列に沿った検証を開始した。掲示板は議論となりやすいため、全体観に立ったフォローは大変参考になる。沖浦問題を過小に考えている学会員が多いことが実は最大の問題で、組織利用に対する曖昧な姿勢を私は懸している。とともに、ネット上で個人情報を伝えることがどれほど危険であるかを示した問題なのだ。学会員であれば誰もが知っている「熱原の三烈士」をモデルにした劇(実態は朗読劇)をプロモーションした人物がおり、ネット上でその公演に賛同する学会員が現れ、実際に静岡県内で数回にわたって公演が実施されてしまったのだ。チケットの販売価格は3000円前後で、一人の学会員に対し10枚、20枚単位で販売された。私は知らなかったのだが、「協賛金」という形で協力した人々もいたという。沖浦は「熱原公演こそ新時代の道修行」と位置づけることで、チケット購入が「御供養」であるかのような錯覚を与えることに成功したのだ。ここで見過ごすことができないのは、1回目の公演に集った魑魅魍魎(ちみもうりょう)とも言うべき人々である。元本部職員や、学会を除になった者などが複数、更には法華講員までもが動員された。少なからずこの場で情報交換が行われている形跡が確認されており、「組織組織」というよりは「不満分子」の溜まり場と化していたのである。沖浦は長野県白馬村の地元組織において「幹部も認めている」という内容の書き込みを連発しているが、長野県内の学会員には是非とも確認をお願いしたい。

【※後半で、あまりにも恣意的かつ独善的な記事となったため、リンクを削除した(11月15日)】

鳩摩羅什が漢訳した十如是


 ――それから、十如是のいつも問題になるところで、漢訳の十句とサンスクリット原典の五句、双方を辻つまを合わそうとするんですがうまくいきませんね。羅什の原典というのは、少なくとも十如是が出ていた原典というのは多分ないんでしょうね。


山●ないんでしょうね。ただ、羅什三蔵のころにはもう既に、『法華経』の本当の信者にだけそっと明かしていたような部分が、大乗の共通の宝になってしまったときから、一番の秘伝みたいなものが伝わらなくて、『法華経』の文章だけ読んでいると何か不充足なじがするから、羅什が補ったと。


 ――中村先生の『教語大辞典』では「『大智度論』にみえる体、報、力、因、縁、果、相、開通方便の九法を十如是として転用したものであろうと推定されている」というふうにかかれてますね。

 チベットの原典もやっぱり五つみたいなじですね。そうすると、これは羅什の達訳ですかね。


山●だといますね。ただ、ほかの経典というのは非常に〈増広〉(ぞうこう)とか〈加上〉(かじょう)が多いんですよ。上に加えるというのは富永仲基(とみなが・なかもと)がいい出した。例えば『般若経』や『華厳経』なんていうのは、非常に増広されたのがはっきりわかっているわけだけど、『法華経』というのは、割合そういうことがないんですよね。

 だけど、インドの中だったら、そういう増広があっても全く構わないことで、それの方が完備したいい経典だからというんで、もう一度後になって漢訳するとかいうことが起こるのです。だから、そういう味では、〈十如是〉とか〈十界互具〉というようなものは、中国で増広されたからといって、偽経とか間違った解釈だとかいうべきことじゃなくて、お経というものは、信ずる人の住む土地と歴史に従って発展していくことは、ちっとも悪いことじゃない。

 そういう味で、元来、教というものは保守主義じゃないわけですからね。


【『蓮と法華経 その精神と形成史を語る』山俊太郎(第三文明社、2000年)】

蓮と法華経 その精神と形成史を語る

2009-10-23

有名大学におけるデリバティブ汚染


 創価大学は大丈夫か? 大阪府も危ない橋を渡っているようだ。知事の前は「(危ない)橋(の)下」(笑)。


 現実に起こっていることは、日本の頭脳である有大学におけるデリバティブ汚染なのですから救われません。慶應義塾大学の365億円の損失はすでに報道されています。同大学は、今後は資産運用の路線を転換、仕組み債投資は凍結しました。

 早稲田大学は昨年度の決算で28億円の損失、現在は、評価損は81億円に達していますが、早稲田側は「証券会社が提示する参考価格は投げ売り価格で、合理的に確定された時価ではない」として「今後も為替のリスクを取りに行くことを全体で決定したうえで、その範囲で収益を上げていく方針」と言っています。さらに今までの投資を貫くという姿勢です。そして驚きは東京大学です。東大も仕組み債を5億円購入していたことを明らかにしたのです。


朝倉慶 2009-09

2009-10-22

時間に関する考察


 全然まとまってないのだが、忘れないうちにメモしておく。


 過去と未来と現在とは三なりと雖も一念中の理なれば無分別なり(562頁)


 時間について調べている中で見つけた御文。これは凄い。


「夫れ法を学せん法は必ず先づ時をならうべし」(256頁)と撰時抄にあるが、を学ぶ際にまず時間を勉強しなさいよ、って話は聞いた例(ためし)がない。流転する時代、刻々と変化しゆく人生にあって、万物は成住壊空のリズムを奏でながら諸行無常へと向かう。そして日蓮大聖人は三世常住の生命観を顕された。


 種脱相対の一面は、どっちが永遠を説いているかってな話だ。要約すると「五百塵点劫vs久遠元初」で大聖人の勝ちってわけだよ。ここで重要なことは、いずれの時間も「過去」を示している点である。現代的な覚でいうと、永遠ってのは未来を象徴しているように考えがちだ。ここで一つの結論を出しておこう。すなわち、時間とは過去であり、歴史と記憶の中にしか存在しない。これが「中の理」ということだ。


 を称する十号の中に「善逝(ぜんぜい)」とある。とは、「善く逝った」存在であるというのだ。これには、社会的差別(=カースト制度)を正当化するための輪廻転生論を破折する味が込められていた。つまり、「輪廻からの脱却」である。また、如来は元々「如去(にょこ)」と称した。ね、後ろ向きでしょ(笑)。だから、過去なんだよ。橋から川下を眺めているような位置関係だ。如々として去る――。


 ちなみに御書の検索結果は以下の通り――

  • 過去 186(過去世 2)
  • 現在 97(現世 50/今生 108/今世 20/一生 56)
  • 未来 135(来世 35/後世 54/後生 138/未萠 8/将来 6)
  • 久遠 153
  • 三世 216

 法の示す永遠が「過去への原点回帰」であることは、まだまだ索を要する。

日本経済の仕組み


「議員先生」というのは小沢一郎のこと。小田嶋隆小石川高校出身である。


 ともかく、一事が万事、こんなふうにしてこの国はできている。

 ゼネコンが役所にブラ下がり、役人がゼネコンに天下るかとえば、代議士がゼネコンにタカり、ゼネコンが代議士を使いまわす。一方では、代議士の事務所にゼネコン社員が入り浸って、選挙区関連の雑務をこなし、他方、新橋あたりの料亭では、代議士の秘書がゼネコンの営を肩代わりして役人を接待している。

 で、そうした世界のさらに末端のゴミ世界では、議員先生から寄付金をせしめた母校の後輩が、同級生にミルクティーをタカられ、その高校生は、購買部で買ったクリームパンを先輩に脅し取られている……。

 なんだか、生物の時間に習った「食物連鎖」の話をい出す。


【『無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ』小田嶋隆(翔泳社、1995年)】

無資本主義商品論 金満大国の貧しきココロ

2009-10-21

公明、参院選挙区の現職を比例に鞍替え


 公明党は20日までに、来年の参院選で、埼玉選挙区選出の現職、西田実仁参院議員を比例代表にくら替えさせる方針を固めた。衆院選大敗を受けた選挙戦略の一環だが、公明党が現職の擁立を取り下げるのは極めて異例。8の衆院選で落選した太田昭宏全国代表者会議議長(前代表)の参院への転身も検討されているが、衆院選の責任論などから最終調整に手間取っている。

 来年改選を迎える公明党の選挙区選出の参院議員は平成16年の参院選に当選した東京埼玉、大阪の現職3人。なかでも埼玉の情勢は厳しく、19年の参院選で現職が落選。衆院選でも埼玉県を地盤とする北関東ブロック候補が連続して2回落選し、「これ以上深手を負うリスクは避けたい」(党幹部)との判断に傾いたようだ。

 選挙区での候補擁立見送りは、19年の参院選で現職が落選した神奈川、愛知でも浮上、支持母体の創価学会からも「戦いを続けるのは妥当か」(地方幹部)などのが上がっている。候補擁立の見送りは緩やかな国政撤退のシグナルとみられ、波紋を広げそうだ。


産経ニュース 2009-10-21

適度なストレスが骨のカルシウム代謝を正常に保つ

 そこで、背骨の骨が歩く歩かないによって、これほど影響されるのはなぜかということになるが、廃用骨萎縮に関するいろいろな基礎研究からわかってきたのは、次のようなことである。

 骨には「物理的なストレス」、つまり骨に体重が加わる、筋肉でグッと引っ張られるという本来の味のストレスであるが、そのような物理的なストレスが一定量加わっているのが正常な状態で、それによって骨のカルシウム代謝が正常に保たれている。ところがストレスがなくなると、骨はどんどん破骨細胞によって壊されていくのである。

 しかし、車イスに座っていても背骨には上半身の体重、つまりストレスがかかってくる。歩くのと座っているのとどこが違うのかと私たちも不議にって考えた。すると、両者は同じではない。歩くということは一歩ごとに、床にドン、ドンと体重が落ちる。それに対して「床反力(ゆかはんりょく)」という、床からの物理的な半力が起こる。体のほうから見れば、その床反力が足から骨盤、背骨を経て頭蓋骨にまで伝わっている。この衝撃こそ骨へのストレスにほかならない。


【『リハビリテーション 新しい生き方を創る医学』上田敏(講談社ブルーバックス、1996年)】

リハビリテーション―新しい生き方を創る医学 (ブルーバックス)

2009-10-20

組織と信仰


 信仰は人間を自由にする。組織は人間を束縛する。何のための組織か? 人間のための組織ではなく、組織のための組織になってないだろうか。組織の拡大は広宣流布とは似て非なるものだ。幸福の拡大を見失って組織拡大に傾いた時から、学会全体の信は弱くなった。組織の力学を優先すれば人間は手段と化す。民に犠牲を強いる教団は邪教である。組織である以上、歯車の存在であって構わない。ただし、自分の力で回転させることを忘れてはならない。

新型インフルエンザ:報告数倍増で「注意報」


 足立信也厚生労働政務官は16日の会見で、5〜11日の1週間に全国約5000カ所の定点医療機関を受診したインフルエンザ患者の報告数が1施設当たり12.92に上り、前週(928日〜104日)の6.40から倍増したと発表した。

 推計患者数は64万人で、7以降の累計は234万人。大半が新型インフルエンザとみられる。「10」を超えると、今後4週間以内に大流行の恐れがある「注報レベル」とされる。

 厚労省によると、特に北海道、神奈川、愛知などの大都市圏で患者が急増しているという。


毎日新聞 2009-10-16

 不特定多数が集う密閉された場所から染が拡大しているとわれる。飛行機や新幹線、デパートや遊園地、学校、そして病院などが定される。罹患(りかん)した子供を病院へ連れてゆき、病院で親が染するというケースが出ているという。教学試験も延期になる可能がある。

格差社会から貧困社会の危機に覆われている日本


 小泉前政権以後続いている弱肉強食を是とする新自由主義政策のために、格差が広がり、運の悪い人は生活にあえぐという社会構造になっています。この構造を個人的努力で崩すことはできません。もはや格差社会でなく、貧困社会の危機が日本を覆っています。もうすぐ、ネットカフェなどという贅沢な場はなくなり、「救貧院」ができると筆者は見ています。19世紀イギリスの「救貧院」が刑務所よりも恐ろしい場であったということをエンゲルスは、「イギリスにおける労働階級の状態」という論文に書いています。ここでは貧困層が食す、腐った肉やレンガの粉が入ったココアを売る市場の様子がリアルに描かれているのですが、新自由主義的政策が続く限り、曽根さん(※質問者)のような状況は構造的に生まれます。これをはね返すのは組織化された運動しかないのですが、その基盤も現在の日本にはないので、現状は当面変化しないといます。


【『インテリジェンス人生相談 社会編』佐藤優〈さとう・まさる〉(扶桑社、2009年)】


 自公政権の罪をう。また、創価学会をよく知る佐藤が「組織化された運動の基盤が日本にはない」と断言している事実を重く受け止める必要がある。果たして我々は、真の味で「政治を監視」してきたであろうか。盲目的になって闇雲にひたすら公明支援をすることが、学会員の政治参加とは言えまい。ブッダとは「覚者」という味である。法の王道は、「目覚めた民衆」の連帯を築くところにあるのだ。

インテリジェンス人生相談 [個人編] インテリジェンス人生相談 [社会編]

2009-10-19

学会員からの相談に答えるクリスチャン


創価学会は素晴らしいのですが……


 私の親は、創価学会員で、私は2世として暮らしてきました。題目をあげているときは、雑が消えて、自分と向き合うことができます。しかし、我慢できないのが、ほかの会員の言動です。大した勉強もしていないクセに、ほかの宗教の悪口ばかり言っているのです。創価学会は確かに素晴らしいとうのですが、それぞれの宗教には独自に良いところがあって、頭ごなしに「自分の信仰のみが正しい」と断じるのは間違っているといます。佐藤さんは、キリスト教徒ということですが、ほかの宗教が魅力的に見えたり、改宗しようとったことはありませんか? 自分は、最近、そんな会員が嫌いで、には共しながら、活動とは疎遠になりつつあります。


【怒りん棒さん(ペンネーム) 男 自営 26歳】


回答


(中略)周囲について考えるよりも一不乱に御題目をあげたほうがよいといます。


【『インテリジェンス人生相談 個人編』佐藤優〈さとう・まさる〉(扶桑社、2009年)】


 この他にも、「両親が創価学会員であることを理由に、彼女に結婚を拒まれた」という相談が掲載されている。

インテリジェンス人生相談 [個人編]

2009-10-18

悪の元凶・山崎正友 4 実弟・山崎浩三氏が痛憤の手記


 希代のペテン師・山崎正友。その悪逆非道は、何の罪もない家族までも地獄の底に陥れるものだった。ここでは山崎正友の実弟である山崎浩三氏(岡山市在住、支部副壮年長)の手記を緊急掲載。大悪人・山崎正友の黒い正体を浮き彫りにする(見出しは編集部)。


長兄の“遺言”「正友には気をつけろ」


 昭和54年3、山崎家の信の柱であった長兄・輝男が亡くなって、今年は17回忌にあたります。その長兄が病床の薄れる識の中で言った言葉が、今も私の朶(じだ)に残って離れません。それは「正友には気をつけろ」というものでした。


 今になってえば、長兄は正友の本を見抜いていたのでしょう。しかし、京都大学在学中に司法試験に合格、弁護士をしていた正友が東京で何をしていたのか、岡山にいた家族は、ほとんど知りませんでした。私も当時は、この長兄の言葉の味が理解できませんでした。


 しかし、その直後から、この長兄の言葉通り、正友の悪事が次々と発覚。そして山崎家もまた、正友により、まさに嵐に見舞われたように、地獄に突き落とされ、家族の人生は、ずたずたにされたのです。


 私たちの母は、岡山市内で旅館などの事を営み、若干の借金はありましたが、その借金も家族皆で力を合わせて完済し、まさに一家はこれからという時でした。


 驚くべき事実が明らかになりました。何と、我が家の土地(義は母と母が代表を務めていた会社)のほとんどが、東京にいる正友個人の借金の担保にされていたのです。


 家族が知らぬ間に、兄・正友が、兄を溺愛(できあい)する母に取り入って担保保証の印鑑をつかせていたことが、「シーホース」の経営が悪化したことによって、はじめて発覚したのです。


「一体、全部でいくらあるんだ」と聞いても、「大きいんじゃ、大きいんじゃ」とうろたえるばかりの母。結局、その額は総計二億三千万円――。突然、降ってわいた気の遠くなるような借金に、目の前が真っ暗になりました。


 それからのことです。正友は岡山に帰って来ては、「早く土地を売れ。でないと俺の立場がない」「印鑑をついたんだから、出ていくしかないだろう!」と、脅すようにまくし立てるばかり。その姿は、まるで兄とはえない、やくざの取り立てのようでした。


 旅館など商売で生計を立てていた我が家にとって、その土地を手放せ、ということは、野垂(のた)れ死にをしろ、ということと同じ味でした。私は、正友の身勝手さにの底から怒りをじました。


 逮捕の直前、正友は私にいいました。「もう俺はいないとって、母の面倒をみてくれ」。正友にとって「母の面倒をみてくれ」とは、母が印をついた借金、すなわち自分の借金を私に尻拭(ぬぐ)いしろ、ということではないか。こうして、正友は巨額の借金を、私たちに押しつけていったのです。


 正友が逮捕されてからというもの、今度は金融機関から幾度となく返済の催促の電話が我が家にかかってきます。針の筵(むしろ)のような日々でした。


 私も必死のいで働きましたが、どんなに頑張ろうとも二億三千万円という額は、簡単に返済できるものではありませんでした。


 昭和54年から62年にかけて、やむなく我が家の資産のほとんどを売却し、正友の残した借金を全額返済しました。


 また、正友による多額の借金が発覚した直後、自分の将来に拭いい不安を抱いた私の妻は、「正友とつながりがあることが怖い。これ以外にも、いくら借金があるか分からない」と、小学生の娘を残して私のもとを去ってしまいました。


 彼女もまた、正友による“犠牲者”です。


 その後も、正友の影はついて回りました。金融機関に融資を頼んでも、会社に「山崎正友義の株が少額でも残っているというだけで、“山崎正友と関係がある”と見なされ、融資をしてくれないのです。正友が犯した数々の経済事犯、詐欺的行為からすれば、それも当然でしょう。


 まさに、正友により、我が家も、真っ暗な出口のない地獄に包み込まれたようでした。しかし、私には逃げたくても逃げる場所がありませんでした。残された母と娘、妹たちの生活を支えなければなりません。私は自分自身と戦うしかなかったのです。


 以来今日まで十余年、精米、米・酒の販売・配達、さらにコンビニエンスストアの経営と、まさに寝る間もなく働きずくめで、ようやく事も軌道に乗りました。この間、地区部長もやらせていただきました。学会から離れず、戦わせていただいたことが、私の誇りでもあります。


 それにしても山崎家の一番の“被害者”は末の妹でしょう。正友の奸計(かんけい)により昭和63年、シーホース社長のM氏と、いわば“政略結婚”をさせられた妹は、正友の事務所で秘書として働いていました。しかし、秘書とはばかりで、仕事の内容はタイプとお茶くみ。側にいた妹でさえ、正友が何をしていたのかは全く知らされなかったのです。


 そんな中、シーホースの倒産、正友の逮捕、M氏との離婚……。妹にとっても嵐のような出来事でした。まさに、自分でも何が起こっているのか分からないままに正友に翻弄(ほんろう)され、紙屑(かみくず)のように捨てられたのが妹の青春だったのです。


 ある夜、当時まだ東京にいた妹から電話がありました。い詰めた彼女は「二人の子どもを抱えて、このまま電車に飛び込む」というのです。


 私と母は必死で説得。何とかいとどまらせることができました。しかし、正友にずたずたに傷つけられた妹のの傷は、決して癒(いや)されるものではありません。


 妹の人生をここまでめちゃくちゃにした正友。その身勝手な行為は、もはや人間ではありません。その上、自分の悪行を悔(く)いることなく学会攻撃を繰り返すなど、畜生以下の所行と断ぜざるを得ない。


黒い画策は所詮“敗者の嫉妬”


 長兄・輝男の葬儀も、正友にとっては、兄の死を悼(いた)むどころか、“実力者”を気取る自らの権威の誇示の場でしかありませんでした。忙しい広布の活動の最中で、会員の皆さんに迷惑をかけてはならないと、親族だけで密葬を執り行うこととなりました。それが、短い生涯を広宣流布に生ききった長兄の遺志であると家族の皆が確信したからです。


 しかし、正友だけは違いました。正友は、今えば、彼が手なずけていた正信会の坊主たちでしょう、全国から坊さんを集め「これは、どこどこの坊さんだ」などと葬儀の場でも偉ぶるばかり。坊さんから「先生」と呼ばれ、得絶頂になっていました。また、生花を指しては「これは俺が助けてやった会社からだ」などとうそぶく始末です。


 しかし、それらも正友本人の力でも人徳でも何でもなく、すべて学会との関係を勝手に悪用してだまして手にしたものだったのです。


 最後に正友が岡山の実家を訪れたのは、平成三年の入牢の直前でした。車で通りかかった正友は、「元気か」などと告げると、逃げるように去って行きました。


 それ以来、平成5年の出所後も、正友は岡山の実家に一度も立ち寄らないばかりか、私には自己を悔いる一本の電話もありません。


 兄・正友――。あなたは、私に入会を勧めた時に自分が言った言葉を覚えていますか。一家の中で最後まで入会しなかった私に対し、あなたは「もし家族全員が学会員であることを理由に非されるようなことがあったとしたら、お前は一人だけ逃げようというのか」と罵(ののし)り、家族が皆で入会することの大切さを力説していたではないですか。


 そのあなたが、入会を勧めた学会が、もし間違っていたというのなら、なぜ真っ先に、家族に対し、なかんずく私に何も言いに来ないのか。まず家族に話しに来るのが筋ではないか。でも、そんなことは一度もなかったではないか。


 つまり、あなたの本は自分が正しいという自信がないからです。それでいて、陰に隠れてコソコソと“黒幕”を気取って謀略を続けている姿は、何と卑怯で、何と姑で、何と惨めなことか。そんな正友に、学会をうんぬんする資格など、毛筋ほどもないのです。


 間違っているのは、あなたの方であることは、家族の誰もが分かっています。その証拠に、いまだに私たち兄弟は一人も、脱会していないではないですか。


 幼少のころから母に甘えるのがうまかったあなたは、何の労もなしに育ちました。そんな中、正友の“負けず嫌い”という格は、“勝つためには手段を選ばない”という癖にねじれていったのです。


 私と将棋をしても、負けた時には盤をひっくりかえして私に殴りかかってきました。また、ボクシングを教わったと言って私を練習台にした時も、一発でも私のパンチが届いた時には、鼻血が出るまで狂ったように殴り続けました。今えば、正友の本を物語るような出来事です。


 しかし、正義のない“負けず嫌い”など、所詮、嫉妬でしかありません。あなたが池田先生、学会に対して懲りることなく繰り返す謀略の数々は、まさしく「敗者」の狂った「嫉妬」のなせる所行以外の何ものでもない。自分が「悪」であり「敗者」であることは、あなた自身が一番分かっているはずです。


「御書」より「週刊誌」の無信


 私には、忘れられない出来事があります。ある日、私が間で勤行をしていると、東京から来た正友が後ろに立っていました。私が振り返ると、正友はいきなり「浩三、週刊誌読んだか」というのです。当時、正友がマスコミを使って学会破壊の謀略を企(たくら)んでいることなど、知る由もなかったのですが、私は、この時、もはや正友の信は完全に狂っていることを実しました。


 亡くなった長兄は常々私に「暇があったら御書を読みなさい、題目をあげなさい」と指導してくれました。一方、壇の前で、御本尊に手を合わせるでもなく「週刊誌を読め」という正友。浅学非才な私でも、どちらが正しいかは比較するまでもありませんでした。私にとって、二人の兄はまさに「善」と「悪」、「正」と「邪」をはっきりと示してくれたのです。「善悪」「正邪」は学力でも、肩書でもない。ただ純粋な「信」にあるのです。そして、私は今日まで、その長兄の示してくれたの道を進んできたつもりです。もし、今、長兄が生きていたなら、正友を私以上に厳しく責めているでしょう。


 母に愛され、勉学も優秀な兄・正友に対し、二歳の時に両目の視力を失い、勉強も遅れるばかりだった私は劣等すら抱いていた時期もありました。しかし、だからこそ、努力するしかなかった。その後、視力障害も克服。あなたの残した理不尽な借金もすべて返済し、平成二年には、ささやかながら自社ビルも建て、一室を広布のために会場として使っていただいています。


 そして、私は母、娘、妹とその子どもたちの生計を支えながら、懸命に働いています。貧しいながらも、信だけは愚直に貫いてきたつもりです。


 兄・正友にたぶらかされ、学会を離れていった同志の皆さんのことをうと、我が家の不幸など、比べものになりません。池田先生、会員の皆さまには山崎正友の弟として、お詫びの言葉もありません。本当に申し訳なくうばかりです。


 山崎正友という“現代の提婆達多”を兄に持つことは、私の最大の宿命です。しかし、法は勝負である以上、断じて負けるわけにはいかないのです。


 広宣流布に進む仏勅の団体・創価学会――。この池田先生と私たち会員の絆(きずな)は、正友の黒い謀略などで切れるものではありません。私は今後も、広宣流布のため、学会のために戦い続ける決です。それが、山崎正友の弟である私にできる、唯一の“償(つぐな)い”の道であると決しています。


聖教新聞 1997-07-02】

2009-10-17

『池田大作の軌跡 4 評伝 世界が見た真実』「池田大作の軌跡」編纂委員会(潮出版社、2009年)


池田大作の軌跡 4―評伝 世界が見た真実


「一人の人間が、これほどの歴史を創れるのか」。驚嘆する情熱と行動。時代を動かす力が、ここにある――。事実と証言で綴る人物ドキュメント、待望の第4巻! 刊『潮』08年2号〜09年3号までの連載分に未収録のエピソードを加筆。


第4巻の内容


「人材の」東北 上・下

 東北を「人材で栄える」モデル地域に――牧口初代会長から脈々と受け継がれた精神は、第三代会長によって現実に花開いた。


映画人が見た池田会長

 映画『人間革命』に関わった人々に共有された熱気と動。それは「筋書きのない場面」の連続だった。


民主音楽協会を創立

「音楽は一部の特権階級の娯楽ではない」。民衆という大地に“音楽の種”を蒔くべく、「民音」は誕生した。


中近東・エジプトの旅

 アラブに和平の道を開くための平和旅。池田会長は「民間外交」の王道を貫き、中東との崩れぬ絆を築いた。


創友会とともに 上・下

学生第一」をスローガンで終らせなかった創立者の信は、創価大学の卒生たちの生き方にいかに継承されたか。


沖縄と南西諸島

 南島の宗教調査をライフワークとしたカトリック界の碩学安斎伸述懐した。「それはまるで、池田会長の足跡をたどる旅だった」と。

原島嵩の母・精子


 以下、「フェイク」の最新号(第1061号/2009-10-14)より抜粋。


 事実、昭和27年210日付の聖教新聞には注目すべき記事がある。それは「監査部指令」として文京婦人部長の原島精子に対して「辞任を命ず。会長より許可あるまで謹慎する事。又その支部員は今後その指導及び見に依存して行動した場合は同じく監査の対象とする」と記されている。 


(左の記事を参照)

 当時、監査部があって、組織を乱したり、学会精神に反する者を対象に監査して不適任者には辞任を求めたのだ。原島が辞任を命じられた理由は派閥作りであった。「派閥を断じて作るな」というのが戸田会長の厳命で、精子を「信用できない」と叱責。派閥が生まれると、そこから信の澱(よど)みをもたらす。そんな事があってはならないというのが学会指導である。


 謹慎していた精子が、当時の文京支部幹事の口添えによって学会復帰が許されたのは約半年後の925日のことであった。


 該当記事は以下(※旧漢字を改めた)――


監査部組織再強化


粛清次々断行の方針

 今年度の各支部における整然たる組織の再強化は一段と命令権の確立が徹底し折伏行進の歩調が整えられて、今まで育って来た新進気鋭の新人が活躍する舞台面が開けて来た。

 ここにおいて学会監査部ではこの組織を乱したり、命令権の尊厳を傷つける等の学会精神に反する者を対象として徹底的な粛清を断行する方針を取り各支部にその監査の眼を光らせることになった。某支部に対して行われている如く調査も済み次第次々と発表されるであろう。


監査部指令

 左の者はその任に不適切とみなし辞任を命ず。会長より許可あるまで謹慎する事、またその支部員は今後その指導及び見に依存して行動した場合は同じく監査の対象とする。


 文京婦人部長  原島 精子


聖教新聞 昭和27年210日付】


f:id:sokaodo:20091017121725j:image


 尚、精子の読みが「せいこ」なのか「きよこ」なのかは不明(※読者からの指摘で「せいこ」と判明)。「フェイク」最新号は、「妙」に掲載された原島昭(嵩の実兄)の手記がいかにデタラメなものであるかを衝(つ)いたものだが、「昭クン」などという稚拙な表現があるため、折角の記事が台無しになっている。


 原島精子の役職解任記事で重要なことは、若き池田先生が蒲田支部において「201世帯の折伏」を推進していた時期と重なっている事実だ。そして先生は、翌昭和28年4には支部長代理として文京に入られている。

 つまり、それまでの文京支部がふるわなかったのは、原島精子による派閥作りが原因だったってわけだ。個人的な見解になるが、戦前の旧幹部が戸田先生過小評価していた可能もあったのではないだろうか。

2009-10-16

十如是の原文(サンスクリット・テキスト)


 立川武蔵の考えは、「空」に傾き過ぎるキライがあるので注が必要だ。


 ここには「是の如き」(如是)が10回現われており、「十如是」と呼ばれてきた。このことばについての考察は便宜上後まわしにし、まず「諸法実相」という表現について考察しよう。

法華経』のサンスクリット・テキストは、この羅什の訳文とかなり異なっている。まず「のみ能く諸法の実相を究め尽くす」はサンスクリット・テキストでは「すべてのもの(ダルマ、現象)を如来たちのみが知っている」である。サンスクリット・テキストには「諸法」にあたる箇所でも、「如是」にあたる表現は五つあるのみである。また、「相」「」「用」等の明確な概がもちいられいているわけでもない。


 それらのもの(ダルマ)は何であり、どのようなものであり、何に似ており、どのような特質(ラクシャナ)を有し、どのような本(スヴァバーヴァ)を有するものか。これらのものを如来のみが眼に知り直接に知っている。


 このサンスクリット原文では、如来の知る「もの」(存在)が「どのようなものであり、どんな特質や本を有しているか云々」とは述べてはいるが、羅什訳のように10もの哲学的概を並べたてているわけではない。したがって、サンスクリット原文に従うかぎり、『法華経』の編者たちがこの箇所で諸法の実相に関する詳しい考察をしようとしたとはえない。そもそも天台教学にもちいられているような味での「実相」にあたるサンスクリットの概はないようにわれる。


【『最澄と空海 日本の誕生』立川武蔵(講談社選書メチエ、1998年)】


 教が次の段階へと飛翔するためには、「漢字文化」が不可欠であったと私は考える。漢字に翻訳されることがなければ、ブッダの教えは矮小化(わいしょうか)されていたことだろう。安易に「ゲゲッ、天台の訳だったのか」などと驚くよりも、天台が炎の如き情熱をもって、悶えしむような精神闘争の果てに生み出した言葉であると受け止めるべきだ。これこそが、天台の悟りであったのだろう。

最澄と空海―日本仏教思想の誕生 (講談社選書メチエ)

2009-10-15

抑圧に対して力むことをやめる


「サーカスの象」と正反対の話で面白い。


 なにかを抑えようと考えると、そのことをもっと考えてしまうのですね。それで私はある物語をい出しましたよ。一日のほとんどを家の庭でロープにつながれている犬の話です。このあわれな犬は、どうにかして逃げようとしました。ロープをいきり引っ張りました。でも、引っ張れば引っ張るほどロープの結び目はかたくしまって、余計に身動きできなくなるんです。長いあいだそうやっていた犬は、ついに疲れきって引っ張るのをやめたんです。力むのをやめたんです。力むのをやめたら、結び目がだんだんとゆるくなって、ロープが首からすべり落ちました。そしてもうしまなくてもよくなったんですよ。


【『クラズナー博士のあなたにもできるヒプノセラピー 人生を成功に導くための「暗示」の作り方』A・M・クラズナー/小林加奈子訳(VOICE、1995年)】

クラズナー博士のあなたにもできるヒプノセラピー―催眠療法

2009-10-14

視覚障害者とATM


 しかし、銀行に行けばお金を下ろせるというのは、目が見える人にとっての常識ではあっても、視覚障害者の場合は必ずしもそうではありません。なぜなら僕たちは、つるつるの画面しかないタッチパネル式のATMではお金を下ろすことができないからです。

 凹凸のあるボタンなら、最初の1回だけ目が見える人に教えてもらって位置を覚えておけば、次からは自力で何とか操作ができます。でも、タッチパネル式の場合には、画面が平らで手で触って分かる手掛かりがないため、全盲の僕にはお手上げなのです。また、弱視の人が、一生懸命に表示を見ようと顔を近付けすぎて鼻が当たってしまい、「画面に物を置かないでください」と、ATMの音アナウンスに怒られたという話は有です。


【『怒りの川田さん 全盲だから見えた日本のリアル』川田隆一〈かわだ・りゅういち〉(オクムラ書店、2006年)】

怒りの川田さん―全盲だから見えた日本のリアル

2009-10-13

知識は使うもの


 知識の量を自慢したり、上等のことを知っているというので得になっている人がいるが、そういう人を、人として上等だとはっていない。

 たとえば大学の試験など、教科書、参考書、辞書を持ち込んでもいい。高度な学問のためには大量の知識を必要とするが、本来はそのような本を見ればすむことなのだ。社会に出たら文献はもちろん、他人の頭まで使ってよいのだ。


【『独創は闘いにあり』西澤潤一(プレジデント社、1986年/新潮文庫、1989年)】

独創は闘いにあり 独創は闘いにあり

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-10-12

小沢幹事長 公明と協力考えず


 民主党の小沢幹事長は、山梨県昭和町で記者会見し、来年夏の参議院選挙について、「党として公明党との連携や協力は一切考えていない」と述べ、公明党との選挙協力は行わない考えを示しました。

 公明党は、さきに山口代表が、自民党の連携について「それぞれの党の独自を出し合うことを踏まえ、新たな関係を目指していきたい」と述べ、選挙協力などのあり方は見直しも含めて検討する考えを示しています。これに関連して、民主党の小沢幹事長は記者会見で、「来年夏の参議院選挙で、私どもの候補者を応援してくれる人であれば、公明党であろうが共産党であろうが、大いに結構なことで、それを否定するわけではない。ただ、民主党として、公明党と話し合いをするとか、連携するとか、協力するとかということは一切考えていない」と述べ、公明党との選挙協力は行わない考えを示しました。これに先立って、小沢氏は会合で「民主党は衆・参両院で単独過半数を占めなければならず、来年の参議院選挙は、政権を盤石にするための大きな機会だ。しかし、それは、社民党、国民新党との連立を否定するものではなく、これからもいっしょにやっていくことに変わりはない」と述べ、参議院選挙の結果、民主党が衆・参両院で単独過半数の議席を確保した場合でも、社民党、国民新党との連立政権を維持する考えを示しました。


NHKニュース 2009-10-12

資産インフレ


 私があのとき(※バブル期)日銀に言ってよく話したのは「タマゴの値段が2倍になってもサラリーマンの私にとっては大したことないですよ。毎日食べているタマゴを2日に一ぺんにすればいいのです。だけど土地の値段が2倍になったら通勤距離もきっと5倍に伸びちゃって私の社会的生活レベルはものすごく落ちちゃいますよ。だから日常生活品のインフレより土地の値段を気にしてください。資産インフレを気にしてください」ということだったのです。


【『藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義』藤巻健史〈ふじまき・たけし〉(光文社新書、2003年)】

藤巻健史の実践・金融マーケット集中講義 (光文社新書)

2009-10-11

民衆の中に分け入り、戦う女性リーダー


 西水美恵子は世界銀行の副総裁を務めた人物。閣僚に起用すべきだとう。


 お茶をいただきながら女子教育はと尋ねると、女に教育は無駄と冷たい。なぜですかと問うと、コーランの教えだと胸を張る。しめたとばかり、どのスーラ(章)にそう書いてありましたっけと、手提げから取り出したコーランの頁を繰りはじめた。実は自分は読んだことがないと白状してくれるまで、時間はかからなかった。歴史的な観点から見れば、まるで女解放革命宣言ともとれるコーラン。教徒だから深くは知りませんが、と断って女子教育や女の地位に関した部分を拾い読みしながらのイスラム談義となった。(中略)

 それ以来、どこに旅しても頻繁に、慌てる同行の役人たちをなだめすかしては飛び入りの訪問のわがままをさせてもらった。普通、途上国の教師たちは田舎の学校が大嫌い。大枚を積んでまで政治家に取り入って、都会に転勤してしまう。最もひどいのは、そうでなくても不足がちな英語や数学の教師。事前通告なしの視察をするたびに見た、来ない先生を辛抱強く待つ幼い顔は、教育制度改革なしには援助融資拒否という姿勢を保つ原動力となった。

 スリランカの辺鄙な村では、もうひとも待っているのと堪(こら)えきれずに泣き出した小学1年生の教室で、じゃあ今日だけでもと臨時英語教師になりすましたこともあった。ABCを歌い、童話を読み、文の発表会をし、楽しい一日を過ごさせてもらった。

 それを「変事」と聞いて飛んできた、土地の政治家の慌てた顔に、堪忍袋の緒が切れた。明日も来てとすがりつく子供たちの前で、私腹を肥やすより国の将来をえ、君はそれでも政治家か、人の親か、と激怒した。「先生ありがとう、もういいよ」と、一生懸命なだめてくれたあの子たちの澄んだ瞳を忘れることなどできやしない。


【『国をつくるという仕事』西水美恵子〈にしみず・みえこ〉(英治出版、2009年)】

国をつくるという仕事

2009-10-10

無気力


 教化された結果の無気力


【『一九八四年』ジョージ・オーウェル/高橋和久訳(ハヤカワ文庫、2009年)】


一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

2009-10-09

日本一のチームをつくる方法


 からきし弱いアメリカンフットボールの大学チームがありました。その弱さは特筆物で、同じ大学リーグの強豪チームと戦うときは、100対0でも誰も不議がらないほどでした。

 そのチームを指導することになった新任監督は「何とか強くしてやろう」と一つの指導法を取り入れたのです。数年後、その大学はなんと「大学日本一」の栄冠を手に入れました。いったい、監督はどんな方法を取り入れたのでしょうか。

 それは1年生部員を「神様扱い」することでした。体育会系では先輩後輩の序列が厳しく、1年生は雑用係をさせられます。ところが監督は、2年生以上の部員に、1年生を神様として扱うことを命じたのです。

 具体的にはどんなことをしたのでしょうか。まず雑用はすべて4年生が引き受けた。次に練習ではホメてホメてホメまくった。その結果、1年生はめきめきと実力をつけ、数年後には強豪チームに変身してしまったのです。

 これは実際にあった出来事です。急に強くなったのは京都大学のチームです。


【『人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はそのを聴いている』村上和雄、棚次正和〈たなつぐ・まさかず〉(祥伝社、2008年)】

人は何のために「祈る」のか 人は何のために「祈る」のか 生命の遺伝子はその声を聴いている (祥伝社黄金文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-10-08

八王子・創価大学で「創大祭」−大学の垣根を越えたコラボも/東京


 創価大学(八王子市丹木町)で1011日・12日、「創大祭」が開催される。(八王子経済新聞)

 同イベントは毎年10に実施しており、今回で39回目。開催に先駆け、927日には八王子駅前の西放射線通り商店街(ユーロード)にある横山町公園(横山町)でプレイベントを実施。和太鼓の演奏やフラメンコのパフォーマンス、落語研究会による漫才など、学生たちがさまざまな催しを行った。

 今年はクラブなど約100団体が参加。それぞれが趣向を凝らした展示や店を数多く設けるほか、数多くのイベントも予定する。

 八王子を拠点によさこいを踊る「花蝶八王子乱舞会と創大生のコラボなど、地域密着の企画を用している」と同実行委員会の大塚さん。今回のイベント用にオリジナル曲「ビバ!八王子シャニンダンス」を用。「八王子のためにと、『YOSAKOI』の先生を探して作っていただいた」。このほか、同大学のボーカルグループと慶応大学(港区)のアカペラサークル「KOE」、同大学のチアリーディング部「パンサーズ」と杏林大学(三鷹市)のチアリーディング部「VIVACIOUS」など、大学の垣根を越えたコラボレーションも行うという。

 同大学が進める研究や活動の成果発表も行う。「夢があふれる未来の空間!」と付けられた企画では、同大学工学部が研究を進めている案内用ロボット「SOBIT(ソビット)」を公開。人とのコミュニケーションを目的に作られた同ロボットは、人のを認知することができるほか、発話やジャンケンなど、さまざまな行動を取ることができるという。

 11日に行う記講演ではアグネス・チャンさんを招く。アグネスさんが「世界平和」をテーマに自身の経験などを語る予定。会場は同大学大教室棟。16時〜17時30分。

 両日、リアルタイムでイベントの情報を伝えるホームページ「Teshiwork(テシワーク)」を公開。展示へのコメント投稿機能やランキング投票機能なども設ける。

 開催時間は両日共に10時〜20時。


みんなの経済新聞ネットワーク 2009-10-07

2009-10-07

消極的抵抗


 この文書の読者の多く、おそらく大部分は、どう抵抗すればいいのかわからないのだろう。方法が見つからないのだ。そこで、われわれは、誰でもこの体制の転覆に何らかの貢献ができるということを、諸君に示そうとう。個人主義的な反抗、世捨て人の世をすねるやりかたでは、この「政府」を打倒する地盤を育むことも、まして、できる限りすみやかに転覆に追いやることもできないであろう。それは信を持ち、行動力のある多くの人々、どのような手段で目標に到達できるかについて、見が一致している人々の協力によってのみ可能だ。われわれにそのような手段が豊富にあるわけではない。方法はただ一つしかない。それは消極的抵抗である。

(※白バラのビラIII)


【『「白バラ」尋問調書 『白バラの祈り』資料集』フレート・ブライナースドルファー編/石田勇治、田中美由紀訳(未來社、2007年)】

「白バラ」尋問調書―『白バラの祈り』資料集

2009-10-06

2011年課題図書

2011年12

人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)


2011年11

服従の心理


2011年10

無責任の構造―モラル・ハザードへの知的戦略 (PHP新書 (141)) 権威主義の正体 PHP新書 330


2011年9

アラブ、祈りとしての文学


2011年8

ハイファに戻って/太陽の男たち 中国・アジア・アフリカ/集英社ギャラリー「世界の文学」〈20〉


2011年7

パレスチナ新版 (岩波新書)


2011年6

ルワンダ大虐殺 〜世界で一番悲しい光景を見た青年の手記〜


2011年5

自閉症裁判 レッサーパンダ帽男の「罪と罰」 (朝日文庫)


2011年4

累犯障害者 (新潮文庫)


2011年3

急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則 (SB文庫 ク 2-1)


2011年2

複雑な世界、単純な法則  ネットワーク科学の最前線


2011年1

動物農場 (角川文庫)


ボーン・コレクター〈上〉 (文春文庫) ボーン・コレクター〈下〉 (文春文庫)

神を信じぬ者は奴隷にされた


 話はいささかそれるかもしれませんが、ここで日本人がいつから奴隷になったのか、もう少し掘り下げて考えてみたいといます。

 近代の奴隷制は、東インド会社設立にその起源を求めることができます。ことは非常に単純で、奴隷制はもともと、人間とは何かという定義から始まりました。その経緯はおおよそ次のようなものです。

 現在ではカトリックといえば博愛主義の代詞で、バチカンは世界の戦争や差別をなくす中的な役割を果たす機関となっています。ところが中世の頃のバチカンはそうではなかったのです。

 1600年、インドに渡ったヨーロッパの貿易商は肌の黒いインド人を見て、同行した神父にこう訊ねました。「この肌の黒い人は人間ですか?」。その神父はその場で答えを出さず、バチカンにその回答を求める質問状を送るのですが、ずいぶんして戻ってきた返書には「人間ではない」としたためてありました。その理由は“キリスト教徒ではないから”というものです。

 アフリカに渡ったときも、同じ手続きが踏まれました。商人から同じことを訊かれた神父が、やはりバチカンに、人間かどうかの判断を仰ぐ質問状を送っているのです。すると、こちらも「人間ではない」という回答がきちんと送ってきました。そういう記録が残っているというのです。

 こうした当時のバチカンの判断によって、奴隷制が始まったと言われています。女狩りや異端審問がピークの時代です。東インド会社が行った最大の交易は、人身売買ですが、その背景にはキリスト教徒でない者は人間ではなく奴隷であるという判断があったわけです。

 このことは、日本の場合にも当てはまるといます。

 戦国時代、日本は海外から鉄砲の調達を始めました。織田信長がその近代兵器を駆使して勝利を収めたことは有ですが、そのためには高能の火薬、つまりガンパウダーが必要になります。当時のガンパウダーの値段はどのようにつけられていたかというと、一樽につき、娘50人です。織田信長の時代から戊辰戦争の時代まで、鉄砲隊のガンパウダーは、日本人の若い女を海外に売ることで調達したのです。

 この事実は、裏を返せば、日本人の人身売買を行うにあたり、日本人は「人間ではない」というお墨付きがあったということになります。もし、人間を売買したとなると、キリスト教の教義に違反し、たいへんなことになります。しかし人間ではないから、鉄砲を求める戦国武将との間で、売買が成立したわけです。そのため、当時、大量の日本人の娘がヨーロッパに売り渡されたという記録が残されています。

 つまり日本における奴隷制は、鉄砲隊がその引き金を引くと同時に始まったと考えることができるわけです。


【『洗脳支配 日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて』苫米地英人〈とまべち・ひでと〉(ビジネス社、2008年)】

洗脳支配ー日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて

2009-10-05

化物世界誌


 ヘレフォード図は、中世キリスト教の世界観そのものである。ここでは、ヨーロッパから離れた世界には化物が棲んでいることになっている。これが「化物世界誌」。キリスト教には根本的な差別観があって、人間は絶対に神にはなれない。そこから今度は、神に近い人間と遠い人間という差別が生まれる。「宗教戦争」という言葉は、ユダヤ教とそこから派生した二つの宗教、すなわちキリスト教とイスラム教に共通するものだ。


 コロンブス以後、16世紀半ばまで、ヨーロッパ人の間で一番問題となったのはインディアンキリスト教を理解する能力を持っているのか否か、ヨーロッパ人と同じ理を持った存在であるのか否かという問題であった。

 ここで、先にも紹介した、アウグスティヌスの怪物的存在についての議論をい起こそう。そこでは、彼は人間を「理的で死すべき動物」と定義し、怪物の姿をしていようと何であろうと、この定義にあてはまれば、それはアダムとエヴァの子孫であると断言していた。このことは、逆に言えば、人間の姿をしていても、それが「理的」でないとしたら、それはアダムとエヴァの子孫ではないということになる。


【『聖書vs.世界史 キリスト教的歴史観とは何か』岡崎勝世〈おかざき・かつよ〉(講談社現代新書、1996年)】


 中世にあって「理」とは「キリスト教の神を信じること」であった。つまり、「神の存在を信じない者」は異端者であり、異端者は人間として認められない。この単純な論理によって、アメリカ先住民アフリカ人は殺戮されたのだった。

聖書vs.世界史―キリスト教的歴史観とは何か (講談社現代新書)

2009-10-04

私のスタンス


 まだまだ充電中の小野不一である。ひとつ注しておきたいが、下の前は「ふいつ」であって「ふいち」ではない。


 最近、いつにも増して面倒なメールが増えている。その殆どは読み終わらないうちに削除して、返事も出さないことにしている。そこで、ネットにおける私のスタンスを明確にしておきたい。


 まず基本的に私は反骨精神に満ちている。塊(かたまり)といってもいいくらいだ。若い頃からその辺の学会員の10倍以上は文句を言ってきた。班長(※現在のニューリーダー)の時に、3人の地区リーダーを潰しそうになったほどだ。そんな自分の考えを友人の前でも隠すことがなかった。これは現在でも変わらない。


「生きるということは、何かに抗(あらが)い続けることだ」――いつしかそんなふうに考えるようになった。鮭が傷だらけになりながらも川を溯上(そじょう)する姿こそ、生そのものにえた。


 登山――なかんずくロッククライミング――もそうだ。地球の引力に逆らい、人間が持つ体力の限界にまで挑戦する姿が人のを打つのだ。


 歴史という絵巻の中で私が最も動を覚えるのは、抑圧され虐げられてきた人々が抵抗する瞬間である。キリスト教のプロテスタントは宗教改革の代詞となっているが、プロテスト(Protest)は「抗議、異議、反対」という味である。


 つまり、上から「右に倣(なら)え」と言われて、右を向くような私ではないってことだ。


 で、私が図しているのは、組織内に巣食う悪しき権威主義を突くことで、創価学会の自浄能力を示し、そこからの許容を広げることにある。


 私が最も恐れるのは、ロクな訓練も受けてない者が私の文章を読んでわかったような気になることだ。「私も全く同じことを考えていました」なあんてメールが時折寄せられる。だったら先に書けよって話だわな。他人の尻馬に乗っかる連中はどこの世界でも多い。


 テキストであってもどんな人物かは直ぐにわかるものだ。何もできない人が書く文字は軽い。何を言いたいのかすら伝わってこない。それどころか、ネット者に至っては勘違いのオンパレードだ。


 とかく宗教団体というのは、「美しい世界」を維持しようとするあまり、臭いものに蓋(ふた)をしがちだ。蓋の下では溜(た)まりに溜まった臭気が圧縮されガスとなって、虎視眈々(こしたんたん)と爆発する機会を窺っている。これは個人においても同様だ。自分の中のマイナス情を抑圧しようとする人々が多い。


 こうした悪い味での組織防衛が、結果的に悪党がのさばる温床となる。「言いたいことも言えない」雰囲気が、幹部と会員との間に溝をつくるのだ。


 私が目指しているのは、「幹部と喧嘩ができる学会員」を増やすことに尽きる。

傾聴の姿勢


 なぜ相談者はそうじるのか、そう考えるのか、その過程を相談者から教えてもらうというつもりで聞き続けるということです。


【『相談しがいのある人になる 1時間で相手を勇気づける方法』下園壮太〈しもぞの・そうた〉(講談社、2008年)】

相談しがいのある人になる 1時間で相手を勇気づける方法 (こころライブラリー)

2009-10-03

自民に責任転嫁 公明党が「選挙総括」


 公明党は3日、先の衆院選で31議席から21議席に減らしたことを受け、党本部で全国県代表協議会を開き、党再建に向けた「選挙総括」をまとめた。山口那津男代表は「政権交代という大きなうねりの中に党が埋没した」と分析した。今後の自民党との選挙協力については言及せず、当初目指していた来夏の参院選候補の発表も見送った。

 山口氏は、鳩山政権について「政権が代わったとはいえ、政府が方針転換するなら国民に十分説明し理解を得るべきだ」と八ツ場ダム問題の対応などに疑問を呈したが、露骨な批判は避けた。

 選挙総括では、政権交代を求める世論の高まりと内閣支持率の低迷について「参院選後の政策対応や閣僚不祥事、首相が3人続けて変わることなどが重なって加速された」として、自民党に責任を転嫁。「解散の時期を先送りすればするほど(政権交代の)うねりは高まり、与党でありながら状況を打開できないまま選挙戦に突入した」と記し、麻生太郎前首相が衆院解散時期を先送りしたため、ダメージが広がったと分析した。

 小泉構造改革路線を自民党とともに進めたことについても「弱者の味方という役割を十分果たせなかった」と記した。

 党再建に向けて、介護分野など現政権の政策を点検し、「出前政調」と付けた地方でのヒアリング活動を取り組む。実現可能で整合の取れた政策を積極的に発信していくという。


産経ニュース 2009-10-03


「自民党に責任を転嫁」という報道は正しいとう。正義というものは、無謬(むびゅうせい)に取り憑かれた途端、独善に陥る。自民党と連立を組んだ際、「小渕首相(当時)に頼まれたから連立政権入りをした」と太田は語っていた。ということは、政権与党となったこと自体が随他意だってわけだ。この記事を読む限りでは、山口新代表の長の一念じ取れない。創価学会の言いなりになるだけの政党であるならば、国民にとって公明党存在価値は低い。衆院選に敗れても、まだ目が覚めないようだ。

公明、八ツ場ダムで責任追及 「地元の苦労踏みにじる」


 公明党の高木陽介幹事長代理は3日、TBSの報道番組で、鳩山政権の八ツ場ダム(群馬県)建設中止方針に関し、国会で政府の責任を追及する考えを表明した。

 同時に「マニフェスト政権公約)に書いてあるから中止するという言い方は地元の労や気持ちを踏みにじっている」と強調、ダム建設の必要を十分検証するよう求めた。

 さらに高木氏は「国と地元が建設に合した時は自民、社会、さきがけ3党の連立政権時代だった」と指摘。当時、新党さきがけには鳩山由紀夫首相や菅直人副総理兼国家戦略担当相、前原誠司国土交通相が所属していたとして「なぜ今中止するのか」と述べた。


共同通信 2009-10-03


 つまり、あれか、高木陽介はマニフェストよりも地元の向のほうが重いと言っているわけだな。で、「地元の労や気持ち」なあんてぬかしているが、本当は「族議員と界の労や気持ち」ではないのか? ダム建設は利権の最大の温床である。これに切り込んでいくどころか、公明党がまさか擁護するとはね。驚かされたよ。治水という美の下で貴重な環境を徹底して破壊してきたのは、電気事にまつわる利権を確保するためだった。ひょっとすると公明党は、経団連のスポークスマンを目指しているのかもね。いやあ、それにしてもたまげたよ。

2009-10-02

確信犯の善人


 歴史が教えるところによれば、世の中を誤まらせるのは、狡猾な悪人ではなく、確信犯の善人なのだ。


【『罵詈罵詈 11人の説教強盗へ』小田嶋隆(洋泉社、1995年)】

罵詈罵詈 11人の説教強盗へ

2009-10-01

絶対時間は存在しない


 ニュートンの運動法則は空間内の絶対的位置という概にとどめをさしてしまった。一方、相対論は絶対時間を排除してしまった。そこで何が起こるか、双児を例にとって考えてみよう。双児の一方が山の上に移り住んでおり、もう一方は海辺にとどまっているとすれば、前者は後者よりも速く齢をとるだろう。したがって二人が再会することがあれば、そのときには一方が他方よりも老いていることになる。この例では年齢の違いはごくわずかだが、双児の一方が光速にほぼ等しい速さの宇宙船に乗って長い旅に出るとすれば、違いはずっと大きくなる。旅から帰ってきたとき、彼は地球に残っていた兄弟にくらべてずっと若いだろう。この現象は双児のパラドックスと呼ばれているが、これをパラドックスとじるのは実は、の底に絶対時間の概が巣食っているからなのである。相対理論では唯一の絶対時間なるものは存在しない。そのかわりに、個人はめいめいが独自の時間尺度をもっているが、これはその人がどこにいるか、どのような運動をしているかによって決まるのである。


【『ホーキング、宇宙を語る ビッグバンからブラックホールまで』スティーヴン・ホーキング/林一〈はやし・はじめ〉訳(早川書房、1989年/ハヤカワ文庫、1995年)】

ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで (ハヤカワ文庫NF)

(※左が単行本、右が文庫本)