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2009-11-30

人間形成


「人間とは一時間毎に、一日毎に、そして一年毎に、創られて行くものなのではないでしょうか」(「ハイファに戻って」)


【『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー/黒田寿郎、奴田原睦明訳(河出書房新社、1978年〈『現代アラブ小説集 7』〉/新装新版、2009年)】

ハイファに戻って/太陽の男たち

会合のあり方 5


 持っている力をひき出されないでいる、埋れたままになっているということは、ただそれだけではすまされない。やがて非常に大きな不幸、──脱線や狂気を生み出すわけです。埋れたままになっている力は、平穏無事に埋れているという保証はまったくないのです。それはいろいろな形をとって発現する。「無法」や「乱暴」という形をとって爆発することがあるわけです。


【『教育の再生をもとめて 湊川でおこったこと』林竹二〈はやし・たけじ〉(筑摩書房、1977年)】


「無法」や「乱暴」を、「怨嫉」や「批判」と読み換えればいい。

教育の再生をもとめて―湊川でおこったこと

2009-11-29

相対的幸福


 仮に誰も死なないものとする。そうすれば、俺だけは死んでみせるぞといって死を企てる者がきっと出てくるに違いないとう。人間の虚栄は死をも対象とすることができるまでに大きい。そのような人間が虚栄的であることは何人も直ちに理解して嘲笑(ちょうしょう)するであろう。しかるに世の中にはこれに劣らぬ虚栄の出来事が多いことにひとは容易に気附かないのである。


【『人生論ノート』三木清(創元社、1941年/新潮文庫、1954年)】


 20代で一度読んでいるが、40代で読むと新しい発見がそこここにあった。真の考は世代や時代を軽々と超越する。相対的幸福がユーモラスに描かれた秀逸な一文。不老が実現すれば、「俺だけは老け込んでみせるぞ!」という者が現れるに違いない(笑)。人々が幸不幸をじる周波数を、三木清は「虚栄」であると喝破(かっぱ)している。虚像を競うのは修羅界である。修羅は闘諍(とうじょう)――すなわち競争――を好む生命の傾向を指す。勝他のが燃え盛り、その炎に衝き動かされた状態である。修羅の大きさは無熱池(むねっち/無熱悩池とも)の水が膝に届かないほどだった。ところが帝釈天と戦って敗れた途端、修羅は蓮の中に隠れてしまった。それまで大きく見えたのは何であったのか? 大聖人はこれを「修羅のおごり」(957頁)と断じている。メディアに扇動(せんどう)される大衆消費社会は「修羅の世界」といってよい。情報という情報が欲望を刺激し、肥大させる。学校では「皆と同じ」でなければいじめの対象となる。他に遅れまいとする命も消極的修羅と呼んでいいだろう。つまり幸不幸の尺度が他人であることの限界を示したのが修羅界なのだ。虚栄に翻弄される人々を静かに見つめながら、我々は淡々と崩れざる実像のを築いてゆこう。

人生論ノート (新潮文庫)

会合のあり方 4


 たとえば、ベートーヴェンの第9シンフォニーはすばらしい。だからだれが指揮棒をとってもそれはすばらしい音楽になるといったら大笑いでしょう。曲が素晴らしいものであればあるほど、その演奏の指揮をとるものがほんとうに曲をふかく捉える力をもち曲の内部にはいりこんで、それを己のものにして、実際の演奏の中に自分の解釈を実現できなければならない(それが解釈するということです)。彼は一人一人の演奏者から彼らのもつ最善の力を引き出して音楽をつくりあげる。教師が授組織するとき、これと同じ仕事にいどんでいるのです。教材は書かれた楽譜にすぎないのです。


【『教育の再生をもとめて 湊川でおこったこと』林竹二〈はやし・たけじ〉(筑摩書房、1977年)】

教育の再生をもとめて―湊川でおこったこと

2009-11-28

ヒップホップで学ぶ日蓮

 薬王さんの記事で知った。こりゃ面白い。ソフトパワーってのは、やっぱり表現力だよなー。Micro君が曲をつけてくれたら、ブレイク間違いなし(笑)。


完全教祖マニュアル (ちくま新書)

成果主義が示すもの


イズムの罪〜「勝負主義」と「現証主義」について』の続き――


法は勝負」という切り文にすらなっていない文句をオウムみたいに繰り返す幹部は、自動ドアが開くように成果主義の扉を開く。成果主義に隠されているのは幹部の利であり、実は単なる欲望に過ぎない。


 彼等も勤行唱題を行う。しかしながら恐ろしいことに御本尊が明鏡(みょうきょう)として働かなくなる。彼や彼女は「煩悩の薪を焼いて」(710頁)更なる煩悩火が現前する結果となる。まさしく火に油を注いだ煩悩状態と化す。正義は法のためでもなく、民のためでもなく、彼のためにだけ存在する。


 明鏡に映し出されているのは、「もっと自分を大きく見せたい」「もっと自分に力があることを誇示したい」「もっと自分が凄いとわれたい」「もっと上に上がりたい」「もっと偉くなりたい」といった修羅闘諍(しゅらとうじょう)の欲望である。


 なぜこれが見えないのか? 見ようとしないから見えないのだ。彼や彼女はいつだって目をつぶったままだ。そうであるがゆえに民衆のも見えないのだ。


 社会で過酷な競争を強いられる人々が、信仰の世界で更なる競争に駆り立てられる。人々のには黒いシミのようなものが浮き出てくる。果たしてシミの正体は何だろう? それは、「孤独」という地獄だ。

マナー講座 女性鬼教官


 平林都シリーズ最終回。いやあ面白い。下手なドラマよりもカタルシスを覚える。平林の凄いところは、客が何を求めているのかを知悉(ちしつ)している点だ。彼女はそれを「出会い」であると達観している。つまり客は、「買い物を通して“よりよい出会い”」を求めているということだ。だからこそ平林は、初めて現場に入った店であっても人の流れや動きが見えている。さほど商品の知識がなかったところで、全く臆するところがない。なぜなら彼女の仕事は「商品を説明し、物を売ること」ではなく、「お客様に喜んでいただき、満足させること」であるからだ。


 一代の肝法華経法華経の修行の肝は不軽品にて候なり、不軽菩薩の人を敬いしはいかなる事ぞ教主釈尊出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ、穴賢穴賢、賢きを人と云いはかなきを畜といふ(1174頁)


 戦略としての振る舞いや、技術としての振る舞いであっても、これほど人のを動かすことができる。「精神論としての振る舞い」を説く幹部は多いが、模範となる人を見た例(ためし)がない。創価学会の副会長クラスも研修してもらうといい。


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会合のあり方 3


 しかし、授の中で子どもが集中するちからをもっているというのは、可能としてもっているので、教師がきびしく授組織するのに成功するときだけ、それは引き出されて現前する。(中略)子どもが集中する力をもっているということは、集中すべき対象があるときには集中するということで、それは同時に、その対象が欠けているときには、とめどもなく散乱する。どうしようもなく散乱するということなのです。それがすなわち子どもが集中する力をもつということなのです。集中すべき対象が欠けているときでも、「集中」しているというのはウソです。にせものです。行儀よくしていることと集中していることとは全く別の事です。


【『教育の再生をもとめて 湊川でおこったこと』林竹二〈はやし・たけじ〉(筑摩書房、1977年)】

教育の再生をもとめて―湊川でおこったこと

2009-11-27

会合のあり方 2


 授というものは、本来、子どもがもっているそれぞれの個的な、固有のたから(可能)を、引き出す作である。そのための「道具」が教材である。その道具をつかうには方法があり、技術があるだろうが、何よりも大事な、教師の条件は子どものの見えること──子どものうちにかすかに動いているものや、ことばにならないおもいをじとる人間的な資質であるだろう。それがであるわけだが、それはやさしさとは別のものではない。教師がそれを欠けば、子どものうちにある、表面には姿を見せない大事なたから(可能)は切りすてられる外ない。子どものもっている豊かな可能の貴重な愛惜すべき部分は、遠慮会釈なく学校教育の中で無残に切りすてられてゆく。この「切りすて」に抵抗すると、今度は子ども自身が容赦なく切りすてられるのである。


【『教育の再生をもとめて 湊川でおこったこと』林竹二〈はやし・たけじ〉(筑摩書房、1977年)】

教育の再生をもとめて―湊川でおこったこと

異なるテーマの結びつきが新たな地平を開く


 一見すると関係のなさそうなテーマ同士が結びつくことは、どんな学問分野においてもそうであるように、数学においても建設的な義をもっている。というのも、そんな結びつきが存在することは、両方のテーマをいっそう豊かにする基本的真理の存在をほのめかすからである。たとえば、かつて科学者たちは、電気と磁気をまったく関係のない別々の現象として調べていた。ところが19世紀になって、電気と磁気は密接に関係していることが明らかになったのだ。それによって電気と磁気のことがより深く理解できるようになった。電流は磁場を生み出し、磁石はワイアのそばを通過するときに電気を生み出す。そこから発電機や電気モーターが発明され、ついに光は電磁場の調和振動だという発見につながったのである。


【『フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』サイモン・シン/青木薫訳(新潮社、2000年/新潮文庫、2006年)】


 そしてフェルマーの最終定理の真偽は、谷山=志村予が証明できるかどうかにかかっていることをゲルハルト・フライが発表した。数学世界にも血脈が流れ通っている。国を超え、時代を超えて人と法とが結び合う様相は「縁起」そのものだ。

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-11-26

思索ノート


 ま、黙って全部読んでごらんよ。で、これを軽々しく扱ってはいけない。

敬称について


 本日より、内向けと外向けの記事に明確な線を引くことにした。外向けの記事を書く場合は敬称を略し、「日蓮」「池田」と書くゆえ、何卒ご理解いただきたい。

日蓮の文字マンダラ その一


 日蓮マンダラ(曼荼羅)が文字である味を考え続けている。マンダラとは宇宙観のイメージを図像化したものである。絵像・木像の類いはイメージの喚起力が具体的――かつ限定的――であり過ぎるために偶像崇拝と斥(しりぞ)けられる。


 日蓮は文字を重んじた。禅宗が教外別伝と称して「不立文字」(ふりゅうもんじ)と経典を無視する姿勢を徹底的に糾弾した。その真は奈辺(なへん)にあったのか探ってみよう。


 法華経の文字は六万九千三百八十四字一字は一なり(971頁)


 法華経の文字は「」である。


 文理真正の経王なれば文字即実相なり実相即妙法なり唯所詮一法界の旨を説き顕すを妙法とく故に此の経を諸の智とは云うなり(383頁)


 文字即実相であるがゆえに、文字は「諸の智」である。


 御義口伝に云く義とは観心なり、其の故は文は教相義は観心なり所説の文字を地に沙汰するを義と云うなり、就中無量義は一法より無量の義を出生すと談ず(784頁)


 文は教相、義は観心である。「地に沙汰する」とは絶妙の表現である。知識から智への変容、規範から生きざまへの変化を表すか。


 此の経の文字は皆悉く生身妙覚の御なり然れども我等は肉眼なれば文字と見るなり、例せば餓鬼は恒河を火と見る人は水と見る天人は甘露と見る水は一なれども果報に随つて別別なり、此の経の文字は盲眼の者は之を見ず、肉眼の者は文字と見る二乗は虚空と見る菩薩は無量の法門と見る、は一一の文字を金色の釈尊と御覧あるべきなり即持身とは是なり(1025頁)


 観心にも十界の差別がある。


 今の法華経の文字は皆生身のなり我等は肉眼なれば文字と見るなり、たとへば餓鬼は恒河を火と見る人は水と見天人は甘露と見る、水は一なれども果報にしたがつて見るところ各別なり、此の法華経の文字は盲目の者は之を見ず肉眼は黒色と見る二乗は虚空と見菩薩は種種の色と見種純熟せる人はと見奉る、されば経文に云く「若し能く持つこと有るは即ち身を持つなり」等云云、天台の云く「稽首妙法蓮華経一帙八軸四七品六万九千三八四一一文文是真説法衆生」等と書かれて候(1050頁)


 文字は文字に非ず。


 何だかますますわからなくなる(笑)。では具体的に見てみよう。日蓮マンダラに書かれているのは、諸と神々の前である。

 これらが「単なる前」ではないとすると、何らかの作用や働きを示していることになる。しかもこのマンダラは立体的なピラミッド構造となっているのだ。その上、右半分と左半分とが実は向かい合う様相まで描き出している。まるで、左右に分かれている脳味噌のようだ。


 前ではないなら言葉でもなくなる。また「義は観心」とすれば、義は概なのかあるいは味なのか。それを「観る」ことにはどのような味合いや関係があるのか。


 考は言葉で行われるがゆえに、言葉に支配され束縛される。我々は言葉の外側に脱出することができない。だが考えてみよう。言葉にはおのずと限界がある。簡単な例を示そう。あなたは、美しい夕焼けに染められた空を見上げていた。この光景を電話や手紙で100%伝えることは可能であろうか? 無理に決まっている。半分も伝えることはできないだろう。


 このように五官による知覚は圧倒的な情報量を持った豊かな世界なのだ。言葉はそれを限定してしまう。しかも言葉は、双方が全く同じ語で使っていることすらあり得ない。互いが歩み寄り、探り合い、折り合いをつけながら会話は進んでゆく。時に言葉の味を誤っていることすら珍しくはないのだ。


 では、言葉を超えた向こう側に何があるのか。それはきっと「真理」とづける他ない何かなのであろう。真実は一つしか存在しないが、真理は理であるがゆえに万人が「観る」ことが可能となる。


 その真理を日蓮は「南無妙法蓮華経」と説いた。味や解釈はさまざまだ。しかし、本当のところは「南無妙法蓮華経」とづけるしかない「何か」なのだ。その「何か」を人々が見出すために、日蓮は文字マンダラを顕したのだろう。


 マンダラと言葉には驚くべき共通点がある。実はどちらも「シンボル」なのだ。つまり、文字マンダラは二重の象徴を示していることになる。

会合のあり方 1


 20代で読んだ本書は、私の深い部分に決定的な影響を及ぼした。なかんずく林竹二が説く「授のあり方」は、そのまま「会合のあり方」を示唆するものだった。短期集中連載。カテゴリーの「会合」と「座談会」も併せて読んでもらいたい。人と人とが集い合う以上、そこは交の場であり、感応(かんのう)の舞台であらねばならない。


 私が教育現場に向かって、執拗に、授を根本から考えなおすことを求めつづけて来たのは、学校教育の中の、子どもの不幸を見るにしのびないからであった。教師は子どもたちの不幸にたいして、自分に加害責任のあることをほとんど気にしていない。そこに子どもの不幸の根ぶかさがある。子どもの切りすてには種々相がある。それは、まず子どもが学校の中で切りすてられるという形態をとる。それが昂ずれば、やがて、学校からの子どもたちの切り捨てにまで進行する。だがこの二つは、本質において一つのことにすぎない。事のはじまりは、学校教育の核である授の質の低さ、底の浅さであり、それをもたらしているものは、授が教師の「務」として形骸化して、その中に子どもがいないという事態である。いま学校で行われている授によっては、子どものもつ底の知れない力(可能)は、殆んど、あるいはほんの僅かしか、しかも、極くつまらない部分しか引き出されていない。学校教育の中では、子どものもつ大きい力の大部分が切りすてられている。子どものもつゆたかな力を引き出す授の能力を教師が欠くことが、やがて教育から子どもを切りすてる行為につながってくる。

 学校教育における子どもの不幸の根本は、子どもがのかたまりという存在であるのにたいして、これを教える教師が、考えようもないくらいにを欠いている事実の中にある。

 子どもがもつのゆたかさ、ふかさ、正確さを示す一例を紹介してみよう。


 ……林先生とはなすと、発ぴょうしたくなる。

 林先生とはなすと、ほかのことをわすれてしまう。

 よそみをしないで、先生のかおを、じっとみられる。

 ほかの先生が見ているけど、あがらなかった。

 よくべんきょうがわかった。

 ビーバーのことも人間のことも、すごくわかった。(小4女子)


【『教育の再生をもとめて 湊川でおこったこと』林竹二〈はやし・たけじ〉(筑摩書房、1977年)】

教育の再生をもとめて―湊川でおこったこと

鬼の社員「接遇」教育


 平林都の凄いところは、「人間関係のない相手」に対してここまで厳しくなれるところだ。ま、私が受けてきた訓練はこの10倍以上は過酷であったが(笑)。


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20カ国中13カ国「宗教批判の権利支持」 米調査機関


 米・ワシントンに本拠を置く調査機関「ワールド・パブリック・オピニオン」(以下、WPO)が世界20カ国1万8千人を対象に特定の宗教を批判する権利について調査した結果、13カ国で過半数が宗教批判など表現の自由を支持していることがわかった。

 宗教を批判する権利を支持するという回答の割合が最も高かったのは米国で89%。次いでチリが82%、メキシコ(81%)、英国(81%)の順だった。

「特定の宗教の誉を傷つける可能がある宗教批判には、政府が金刑や懲役刑を科すべきだ」との設問に「はい」と答えたのは全体の34%だった。

「宗教批判の権利を支持しない」という回答が過半数を占めた7カ国はいずれもイスラム教色の強い国家だった。宗教批判の禁止に賛同する回答の割合が最も高かったのはエジプトで71%。次いでパキスタン(62%)、イラク(57%)の順。

 この報告は、宗教批判の禁止を訴える議案が国連人権理事会に提出されたことをうけて、WPOが今23日(日本時間24日)発表したもの。

 議案は56カ国のイスラム教国から成るイスラム諸国会議機構が提出した。議案は「あらゆる宗教、特にイスラム教とイスラム教信者に対する中傷行為、宗教的憎悪をあおる行為と効率的に戦う」よう諸国に呼びかけるというもの。

 国連は、人権団体と宗教法人に対し、「この議案は、見、信仰の自由かつ平和的な表現活動を保障する個人の基本的人権の概に反する」として条約化の阻止を呼びかけている。

 今回の議案に対する共同見書の中で、国連は「伝統的な法律は、ある事実に関する誤った表現行為によって個人を中傷することを禁じている。だが、『諸宗教に対する中傷』を禁じれば、平和的な批評さえ懲対象となるケースが出てくる」と見解を述べている。

 また、「宗教に対する中傷」という概は、国連の基礎である「世界人権宣言」が認めている基本的人権の概と一致しないとしている。

 英国の抑圧監視団体「世界キリスト教連帯」(CSW)は共同見書の中で、「このような議案が条約化されてしまえば、例えばパキスタン国内の『神への冒とく取締法』といった疑わしい法律でさえ一種の『基本的人権』として正当化される」と指摘した。


クリスチャン・トゥデイ 2009-11-25

2009-11-25

天才を理解できる人は少ない


 当時、ヨーロッパの大学教授ですらラマヌジャンの論文を理解できる人は殆ど存在しなかった。ラマヌジャンは桁外れの天才だった。数学者の藤原正彦は「アインシュタイン以上」と評価している。


 ラマヌジャンの真価を見抜く人物がインドにいなかったのも別段驚きではない。最上級の数学教育を受けたハーディは当時イギリス最高の数学者であり、最新の数学にも目を配り、しかもラマヌジャンが開拓した分野は彼の専門領域だった。その彼でさえラマヌジャンの定理に接するや、「このようなものは一度もみたことがない」と当惑したのだから。ラマヌジャンの研究を理解できず、自らの判断に自信がもてなかったのはインドの人たちばかりではない。ハーディとて同じなのだ。実のところ、今日彼の誉とされているのはラマヌジャンの天分を見抜いたことではない。懐疑主義という己の壁を自ら打ち崩したことなのである。


【『無限の天才 夭逝の数学者・ラマヌジャン』ロバート・カニーゲル/田中靖夫訳(工作舎、1994年)】

無限の天才―夭逝の数学者・ラマヌジャン

2009-11-24

「伝説のマナー講師 平林都が行く/高知 病院編」


 はてなスターを付けてくれた人のブログ(「我が日々の日記」)で知った。いやはや凄い人物がいるもんだ。人材育成には、確固たる理論と技術が必要であることを痛させられる。


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あれこれ


◎認識は考を生み距離を形成する。距離とは空間である。


◎不二とは知覚である。そこに距離は存在しない。(一如)


◎不変真如の理は時を超え、随縁真如の智は空間に行き渡る。

「引きずられた幼児性」が迷信を鵜呑みにする


 こうした(※アンケート調査で「霊は実体を持った存在である」と回答した)人々の中には、「自らの体験」だけでなく、「他者の体験」を根拠として採用する場合もある。この場合の「他者」は「自らの判断を準拠できる程度に信用できる他者」であって、あまり信頼のない他者の判断は採用されない傾向がある。すなわち、「自分から見て一枚上手(うわて)の者」「自分より優れていると一目おいている者」「人間関係において自分よりも上位に位置する者」などが準拠の対象とされ易い傾向がある。また、「(母親が)見たことがある(と言っていた)」という事実を「霊が存在する証拠」と考える考法の背景には、少なくとも、「母親が体験した(と主張している)ことは、客観的な批判の対象であるよりはむしろ、それ自身、真実であることの証である」と考えていることを示唆するものであり、母親を客体として見ることのできない、考態度におけるある種の「マザー・コンプレックス」の一形態とも言える。こうした「引きずられた幼児」は「自我アイデンティティ)の未確立」の裏返しとも解釈できるかもしれない。


【『霊はあるか 科学の視点から』安斎育郎(講談社ブルーバックス、2002年)】

霊はあるか―科学の視点から (ブルーバックス)

2009-11-23

慈悲の一念は一瞬で諸法実相を見抜く


 創価学会を知るには、池田という人物を知らなくてはならない。池田という人間は、池田と創価学会員の交流を抜きには語れない。

 池田を入会当時から知る辻武寿は、「いやりが深く、こまやかな神経の持ち主です」と、こんな話をする。

 古屋での中部幹部会の折、壇上で高等部の代表200人が合唱した。終わって、控え室に戻ると、池田が言った。

「合唱した二人の少年に、靴を買ってあげよう」

 理由は、ひとりは父のものとわれる古い先のとがったバカでかい靴をはき、もうひとりはよごれたズック靴をはいていたから、という。「二人とも自分の革靴を持ってなかったのだろう」。この話を聞いて辻は、200人中の二人の、そんな細かいところまで気がつくものか、と驚いた。


【『池田大作 行動と軌跡』前原政之(中央公論新社、2006年)】

池田大作 行動と軌跡

2009-11-22

父の誕生日


 生きていれば今日で70歳だった。今調べたところ古稀というのは69歳らしい(数えで70歳)。


 23歳で私が家を飛び出し、半年ほど経った頃に道路を挟んで父と擦れ違ったことがあった。5条と6条の境目の道路だ。高橋ふとん店を過ぎた辺(あた)りだ。互いの存在には気づいていた。目を合わせることもなく擦れ違った瞬間、自分の中で何かが擦り切れた。1の末だったとう。これがきっかけとなって私は上京することを決した。


 あの瞬間に無言の会話があった。私の捨て鉢ないと父の怒りが交錯した。そして、謝罪と配とが反発し合っていた。あまりにも長い間会話がなかったために、我々親子は情を普通に表現することが困になっていた。私は横目で父を盗み見た。父は真っ直ぐに前を見つめていた。


 17年ぶりに再会した時、父は「悪かったな」と言った。私は「いや……」としか答えられなかった。「すみませんでした」と言葉にできなかった。


 父を喪(うしな)った今、寂しいとか悲しいといった気持ちはない。多くの後輩を亡くしてきた私には、「寂しい」という情が完全に欠落しているのだ。ただ、きちんと言葉にして伝えられなかったいくつかのことが悔やまれてならない。

他者の言葉にひれ伏す者


 尚、トップページにもリンクを追加した。いやあ、たまげた。こんなサイトがあったのね。


 他者の言葉にひれ伏す者は、度し権威主義者となる。


【「思索ノート 12」小幡照雄】

地涌の菩薩の数(六万恒河沙)が示すもの


 六万恒河沙とは「60000×ガンジス河の砂の数」である。一般的には10の52乗と考えられている。ちなみに兆は10の12乗である。もう一つ薀蓄(うんちく)を述べると、Googleのインデックス数は8.1×10の9乗(2005年)となっている。70年間寝ないで1秒ごとに数をかぞえたとしても22億752万が限界だ。億は10の8乗に過ぎない。


 これまでも、何度となく申し上げてきた通り、広宣流布は、流れの到達点ではなく、流れそれ自体である。

 何か特別な終着点があるものではない。「こうなったら広宣流布」というのは、譬えでは言えるが、決まった形のことではない。

 大聖人法は「本因妙」の法であり、常に未来に広がっていく正法なのである。

 末法万年尽未来際のための法である。

 永遠に戦い続けることが、広宣流布に生きるということだ。

(※指導は「Winsdom」より拝借した)


【西日本・教育本部・学術部の合同研修会 2007-08-21】


 同様の指導が初めてなされたのは、確か正本堂完成前後(1972年/昭和47年)であったように記憶している。浅はかにも私は、「急激な拡大路線から漸進主義への転換」と錯覚していた。だが、地涌の菩薩の数が六万恒河沙であることを踏まえると、この指導は当然なのだ。なぜなら、世界中の人々全員が信したところで地涌の儀式は終わることがないからだ。つまり、六万恒河沙という膨大な人数そのものが令法久住という時間軸をも示していることが理解できよう。


 そしてここからが今日の悟りだ。言葉の発生は詞からと考えられているが、前が与えられた瞬間に、そのもの以外は捨象(しゃしょう)されるという不議な側面がある。例えば「キリン」と言葉にした途端、そこにはキリンとキリン以外のものしか存在しなくなるのだ。ま、ビールが入り込む余地はありますな(笑)。


 が世界に広がる様相をい描いた時、教団という枠組みが阻害する可能があるのではないかと、この数年間考え続けてきた。創価学会員といった瞬間に、学会員と非学会員の対立軸が形成されるためだ。学会が大きくなればなるほど、「キリスト教vs創価学会」みたいな構図ができあがってしまう。望むと望まざるとに関係なく。


 ゆくゆくは、どうなるのかわからない。しかし、典に登場する無数の地涌の菩薩は、万人を包摂しているようにじられる。そこで捨象されているのは、地涌の菩薩を観察している迹化の菩薩だけだ。こう考えると、地涌の菩薩が「末法の一切衆生」を示していたとしてもおかしくはない。


 世界は対立軸で構成されている。・信条、党派性、主義、民族、国家、人種、宗教……。そして考や概が無限に分断を促進してゆく。「わかる」とは「分ける」ことなのだ。この対立軸を、人間主義の風で一つ一つ吹き払ってゆくことが、我々の使命である。

組織は目的となりえない


 秩序と信条に代わるものとして組織そのものを置く体制において、経済的、社会的、軍事的な帰結はまさに重大である。しかし形而上的、イデオロギー的帰結はそれ以上に深刻である。

 組織は目的となりえない。組織は大衆を満足させえない。全体主義国においてさえ大衆を満足させえない。大衆は常にそれ以上のものを求める。社会の実体を求める。


【『ドラッカー著集 9 「経済人」の終わり』P・F・ドラッカー/上田惇生〈うえだ・あつお〉訳(ダイヤモンド社、2007年/岩根忠訳、東洋経済新報社、1958年)】

ドラッカー名著集9 「経済人」の終わり

2009-11-21

あれこれ


◎無識とは、自覚のないまま刷り込まれた文化・伝統・価値観などの条件づけである。


◎イメージは過去であるがゆえに、考もまた過去である。そして、生は現在を流れる。


◎過去のイメージをい描くのは記憶の回想であって、観心ではない。


◎如々として来り、如々として去る中間に自分が存在している。


◎不安・恐怖は記憶の中に存在する。楽は覚であるが自覚した途端に過去のものとなる。


如来とは、記憶の呪縛を解き放ち、現在に生きることを味している。


◎真の現在を覚知すれば、そこには圧倒的な変化や流れがあるはずだ。その時、諸行無常は諸法実相と化す。


◎自分は過去(=)によって形成されている。自分の実体は「自分としての反応」である。記憶から自由になった時、は音を立てて変化する。しかし、重度の認知症患者がそのように見えないのはなぜか?


◎人間革命とは、現在の因々、日々、瞬間瞬間に進化させてゆくことだ。

永遠は存在しない


「安易な言葉づかいを戒めるシリーズ」の続きである。エ? そんな連載がどこにあったって? ま、私の気分が何となくそういうノリだってことでご理解してもらおう。


 永遠は存在しない。観測する人、あるいは変化する物がなくなった時点で時間は消失する。永遠とは概の中にしか存在せず、実在するのは「過程」のみである。

 で、時間とは過去であり、歴史と記憶の中にしか存在しない(「時間に関する考察」)。同記事で引用した「中の理」とは「脳内」を味しているのかもしれない。


 久遠とは過去を示している。もう一つ「尽未来際」(じんみらいさい)という言葉もあるが、この言葉自体「未来の際(きわ)が尽きるまで」という有限を暗示している。


 無限は存在する。だがそれは、万・億・兆……の彼方にではない。これだと、やはり「数える人がいなくなった」時点で限界となる。無限は1と0の間に存在する。0.000……1ということだ。小数点以下の0をいくらでも増やせば無限となる。つまり、無限に細分化できるってわけだな。


 永遠に込められているのは、死に対する超越願望なのだろう。だから大半の人々は、前という記号に味を与えようとして、地位や財産を残そうとするのだ。子孫ですらそうした側面がある。文字を書くことにも、同様のいが隠されているのかもしれない。墓なんてえのあ、そのものだわな(笑)。


 自分が死んだ後に何かの痕跡を残したい。そんな切実な願望が確かにある。我々が戦争や虐殺や乗り物による事故を忌み嫌うのは、自分という固有が大量死の中に埋没してしまうためだろう。


 気持ちとしては十分理解できる。私だってそうっている。だが待てよ。ちょっとおかしくないか?


 我々は「生きる痕跡」を残すために生きているのか? その証として「資本の奪い合い障害物競走」(=資本主義の競争原理ってことね)に参加しているのか? で、春期の娘の顔色を窺いながら、加齢臭対策に余がないってことなのか?(←最後のは全く関係ない)


 物ついた頃から、「アリとキリギリス」などの童話によって、未来のために現在を犠牲にすることを奨励されながら我々は育った。で、二十歳(はたち)前後になって、バイクをブンブン乗り回したり、チャラチャラした服装で盛り場をうろついたりすると、「お前は今さえよければいいのか? 将来を棒に振るつもりか!」と刹那主義をたしなめられた。


 しかし、だ。よくよく考えてみるとこの論理はおかしい。最大の理由は、権力者にとって都合のいい考法となっている。何となく刑務所にいる囚人が出所の日を待ちわびているような情になってくる。


 では、御書をひもといてみよう――


 天台云く「今我が疾は皆過去に由る今生の修福は報将来に在り」等云云、地観経に曰く「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」等云云(231頁)


 これは数少ない未来志向だとう。基本的なスタンスは以下の通り――


 在世は今にあり今は在世なり、法華経の肝は諸法実相ととかれて本末究竟等とのべられて候は是なり(916頁)


 過去と未来と現在とは三なりと雖も一念中の理なれば無分別なり(562頁)


 所謂南無妙法蓮華経は三世一念なり(788頁)


 三世常恒なるを経と云うなり(708頁)


 そして肝なのは次の御文である――


 命已に一念にすぎざれば一念随喜の功徳と説き給へり(466頁)


 三世から見れば久遠末法であり、一生を通せば時々刻々の一念となる。つまり、「今この瞬間」の生命の実相を重んじるのだ。私が記憶するところでは、大聖人が未来のために現在を犠牲にせよと教えた箇所はないようにう。


 死んだ後に何かを残すことよりも、今この瞬間に生を燃焼させることが大切なのだ。明日ではない。今日である。もちろん、未来に向かう姿勢は堅持されるべきだ。しかし、そのために今日を犠牲にする生き方は愚かであると言わざるを得ない。今、自分自身を十全に発揮できない者が、未来になって発揮できるとは到底えない。


 結局、永遠といっても一念に収まり、我が一念から永遠を開いてゆくしかない。現在に永遠なる何かを打ち立ててゆくことが、「一念に億劫の辛労を尽せば本来無作の三身に起るなり所謂南無妙法蓮華経は精進行なり」(790頁)であり、「日日につより給へすこしもたゆむあらばたよりをうべし」(1190頁)と加速度をつけて生を充実させてゆかなければ、生命は濁り腐敗してゆくとの御指南である。


 知らず知らずのうちに、「働き蟻」のような存在となってはいけない。キリギリスの如く「自らの歌」を歌え。

連戦連勝して天下を手にしたものは少ない


 味わい深いテキストである。いかなる団体も発展すればするほど、否応(いやおう)なく守勢に立たされてしまう。


「然(しか)れども戦いて勝つは易(やす)く、守りて勝つは(かた)し。故に曰く、『天下戦国、五(いつ)たび勝つものは禍(わざわい)なり、四たび勝つものは弊(つい)え、三たび勝つものは覇(は)たり、二(ふた)たび勝つものは王たり、一たび勝つものは帝たり』と。

 是を以て、数々(しばしば)勝ちて天下を得たるものは稀に、以て亡ぶるものは衆(おお)し」と。


「実際に、戦って勝つのはやさしいが、守って勝つのはむずかしい。そこで『天下の強国のうち、五度も勝ちつづけた国は、かえって禍(わざわ)いをまねき、四度勝利した国は疲弊し、三度勝った国は覇者となり、二度勝った国は王者、一度勝っただけでその勢威を保持し得た国は、天下の統一者となれる』といわれるのである。

 むかしから、連戦連勝して天下を手にしたものは少なく、かえって滅んだ例が多いのもそのためである」


【『呉子』尾崎秀樹〈おざき・ほつき〉訳(教育社、1987年/中公文庫、2005年)】

呉子 (中公文庫BIBLIO)

2009-11-20

富木常忍


 日蓮と富木常忍は強い絆(きずな)で結ばれた師弟であった。富木氏は元は因幡(いなば)国法美(ほうみ)郡富木郷(現鳥取市)の国府に出仕していた官僚であったのが、千葉氏にスカウトされて下総国にやってきた存在であったことがわかっている。

 このように、日蓮の周辺には国府などで経験を積んだ知識人ネットワークが存在していた模様である。日蓮の該博な知識の源泉の一つが窺えるだろう。

 その他、伝説で日蓮の出自とされる貫(ぬきな)姓を乗る人物が富木氏の周辺にいたことを示すものなど、注目すべき文書もある。紙背文書(※『日蓮遺文紙背文書』、昭和37年中尾堯氏が発見した。中山法華経寺蔵)は、以前はわからなかった日蓮伝の隙間(すきま)を埋める貴重な情報に満ちたものでもある。


【『戦国教 中世社会と日蓮宗』湯浅治久(中公新書、2009年)】

戦国仏教―中世社会と日蓮宗 (中公新書)

2009-11-19

イズムの罪〜「勝負主義」と「現証主義」について


 とは言葉である。いやちょっと違うな。訂正しよう。とは「言葉の構成」から成る。つまり、構成が変わるとは変質したことになる。「くれた」という言葉遣いを私が許さないのもこのためだ。以前から温めてきたテーマなんだが、中々発展しないので書いてしまうことにしよう。その前に以下のテキストに目を通してもらいたい――

「イズム」とは「主義」のことである。近年になって「原理主義」という言葉が出回るようになったが、原理の中に無理矢理人間を押し込む強制が嫌悪されていることが窺える。ま、「プロクルステスのベッド」みたいなものだろう。あるいは、大リーグボール養成ギブス。

 学会組織にはいつからか――実は昭和54年以降に顕著になったのだが――「勝負主義」と「現証主義」(または「実証主義」)とも言うべき価値観が横行している。私自身、多分誰よりもこれを広めた一人である(笑)。


 では、御書をひもといてみよう――


 夫れ法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞を本とせり、故にをば世雄(せおう)と号し王をば自在となづけたり(「四条金吾殿御返事」1165頁)


 大半の人が無視しているが、「本」に対して「さき」と対比する関係になっている。つまり、「さき」とは根本に対して枝葉という味なのだよ。ってこたあ、「勝負が根本ではない」という味になる。で、同じ御書にこうも書かれている――


 法と申すは道理なり(「四条金吾殿御返事」1169頁)


 じゃあ、どうして組織は「道理主義」にならないんだ? おかしいよね。「道理主義」なら個人的に一票投ずるよ。


 実はこの「勝負主義」が、「数こそ勝利」「社会的成功こそ勝利」という信仰観を生んでしまったと私は考えている。折伏、新聞啓蒙、選挙という基本的な活動はいずれも数字に追いまくられている。内容は一切問われない。いかなる形であれ(笑)、数さえ出せばオッケーだ。ここにおいて人材とは、「数字を叩き出す営マン」を味するようになってしまった。そんなわけだから、時々恐るべきインチキに手を染める組織が出てくる。選挙の投票確認は、なぜか締め切り間際に100%となる(笑)。


 聖教新聞を見よ。学会における社会的成功とは、創価の学び舎で育ち――つまり学歴としての学園、創大――一流企の管理職となるか、学究の徒となるか、中規模以上の経営者になることである。本当はそうじゃないんだけど、聖教新聞を見る限りではそうなっている。


 体験談で致命的なのは、もはや完全に「病気が治る=功徳」という図式が成り立っている点だ。このため病気が治らなかった場合、大っぴらに「敗者」と認定される。これまた、「医学レベルでの勝負主義」となっている。大聖人は、「本有の病と捉えれば、いかなる病気であろうとも、それによって不幸となることはない」と教えていなかったか?


 更に学会組織においては、故人の死相までもが厳しく判定される――

 あのね、綺麗事を言ったところで何ひとつ変わらないんだよ。だから、どんどん書いちゃうよ(笑)。大聖人は病気で亡くなっているが、これをどう考えるんだ? 戸田先生も病気だよ。牧口先生は牢獄で殺されたも同然だ。ったく、誰も何も考えちゃいないよ。馬鹿ばっかりだ(幹部の話ね)。あいつら(これまた幹部ね)が持っているのは「短い物差し」だけだ。きっと15センチ以下だとうよ。


 続いて「現証主義」――


 日蓮法をこころみるに道理と証文とにはすぎず、又道理証文よりも現証にはすぎず(「三三蔵祈雨事」1468頁)


 これについて那由他楽人君が最近書いていたものが以下――

 私がもっと簡単に言おう。現証主義がまかり通れば、「利根と通力」(16頁)が正当化できるのだ。もっと明快に言おう。開目抄で御指南されている――


 智者に我義やぶられずば用いじとなり(「開目抄」232頁)


 ここで、「我義(わがぎ)」と書かれている味はあまりにも重い。を吟味する場合に優先されるべきは、「義」であって「現証」ではないのだ。


 本当は「現証主義」でも構わない。しかしそれは「成功」といった経済レベルではなく、飽くまでも生命の次元や、生の質が問われるべきであり、「の財第一」(1173頁)主義でなければならない。


 草創期にあって「貧乏人と病人の集まり」と馬鹿にされながらも、無の勇者は堂々たる折伏を繰り広げた。「お前が満足な家に住めるようになってから出直して来い!」、「子供の病気を治してから偉そうなことを言え!」と罵(ののし)られ、蔑(さげす)まれ、塩をまかれ、唾を吐きかけられながらも、人々の幸福のために邁進(まいしん)した。このような偉大な庶民が、歯を食いしばって歩きに歩き、涙を流しながら走り抜き、傷だらけになりながらも飛翔したがゆえに現在の創価は築かれたのだ。


 はっきりと書いておこう。公明党が政権与党入りしてから、学会は草創の精神を見失った。その最大の理由は、運動にかまけて勉強しなくなったからである。学会における教学とは、「教学試験に合格するため」のものであって法研鑚とは無縁だ。そして試験の合否が再び、勝負主義・現証主義となっているのだ。


 法とは人間主義のことである。法を狭い枠に押し込め、人間主義を低い次元へ誘導する一切の主義を私は否定する。


 の行き詰まりが、信仰の行き詰まりとなっていることを銘記されよ。あとは自分で考えてくれ。

「囚人のジレンマ」から考える個人的合理性と集団的合理性

数理経済学者●いえいえ、わからないのも無理ありません。というのは、協調にしても裏切りにしても、どちらが本当に合理的な選択なのかわからないのです。その味で、囚人のジレンマは、パラドックスなのです。

 ここで重要なのは、2種類の合理が考えられるということです。それは、それぞれのプレーヤーが自分にとって最も利益の高い行動を取る「個人的合理」と、二人のプレーヤーが平等に同じ行動を取って集団全体の利益を高める「集団的合理」です。

 個人的合理と集団的合理が一致すれば、何も問題はありません。しかし、囚人のジレンマでは、集団的合理に基づく選択のほうが、個人的合理に基づく選択よりも両プレーヤーにとって有利なようになっています。したがって、お互いに協調するのが最も合理的だとわれるわけですが、そのように考えて協調した結果、相手の裏切りにあって結局は大損するかもしれない。そこがしいところなのです。


【『理の限界 不可能・確定・不完全高橋昌一郎〈たかはし・しょういちろう〉(講談社現代新書、2008年)】

理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性 (講談社現代新書)

2009-11-18

観心とは

 祝創立記日。私の入会記日でもある。そこで本日は出血大サービスだ。子供達に語ったクリシュナムルティの講話によって、私は初めて「観心本尊抄」の味がわかった――


 摩訶止観第五に云く〔世間と如是と一なり開合の異なり〕

「夫れ一に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に即三千種の世間を具す、此の三千一念に在り若し無んば而已介爾有れば即ち三千を具す乃至所以に称して不可議境と為す此に在り」等云云〔或本に云く一界に三種の世間を具す〕(※小文字の箇所を〔 〕で括った)


【「如来滅後五五百歳始観心本尊抄」238頁】


順応と反逆


 君たちは目を閉じて、とても静かに坐り、自分の思考の動きを眺めたことがありますか。自分の心が働いているのを眺めるというか、心が作動している自分を眺め、自分の思考は何か、感情は何か、どのように木や花や鳥や人々が見えるのか、どのように提案に応答し、新しい考えに反応するのかをただ見たことがありますか。やってみたことがありますか。やったことがなければ、君たちはとても多くのことを逃しています。自分の心の動きを知ることは、教育の基本的な目的です。自分の心の反応を知らないで、心が自分の活動に気づいていなければ、社会とは何かを決して見出せないでしょう。君たちは社会学の本を読み、社会科学を研究するかもしれません。しかし、自分の心の働きを知らなければ、社会とは何かを実際に理解できません。なぜなら、君の心は社会の一部だからです。【それ】こそが社会です。君の反応、信念、寺院に行くこと、着ている服、することとしないこと、考えること――社会はこのすべてからできていて、それは君自身の心で起きていることの複製です。それで、心は社会を離れてはないし、君たちの文化、宗教、さまざまな階級差別、大勢の人々の野心や葛藤の他にはありません。このすべてが社会です。そして、君はその一部です。社会の他に「君」はいないのです。

 そこで、社会はいつも若者の考えを制御しよう、形作ろう、型にはめようとしています。君たちが生まれて、物心ついた瞬間から、お父さんやお母さんは君たちに、何をすべきで、何をすべきでないのか、何を信じて、何を信じるべきでないのかを絶えず教えています。君たちは神がいるとか、神ではなくて国家があり、ある独裁者がその預言者である、と教わります。君たちは子供のときから、これらのものごとを注ぎこまれます。それは、君たちの心が幼なくて(ママ)影響を受けやすく、探求したがり、知りたがり、見出したがっているのに、その心がしだいに固まり、条件づけられ、形作られて、そのために君たちは特定の社会の型に合わせるようになり、革命家ではなくなるということなのです。君たちには型にはまった思考の習慣がすでに確立されているので、たとえ「反逆」するにしても、それはその型の中でのことなのです。それは囚人が良い食事や多くの設備を得るために反逆するようなものですが、いつも監獄の中なのです。君が神を求めたり、正しい政治とはどういうものかを見出そうとするときにも、それはいつも社会の型の中にあり、その型が「これが本当で、あれはまちがっている。これが良くて、あれは悪い。これが正しい指導者で、これらが聖人だ」と言うのです。君たちの反逆は、野心的でとても利口な人たちのもたらした革命なるもののように、いつも過去によって制限されています。それでは反逆ではないし、革命ではありません。それは単に、型の中での高揚した活動、より勇敢な闘いにすぎません。本当の反逆、真実の革命とは、型を破ってその外で探究することなのです。

 改革者は――それが【誰】であろうと問題ではありません――みんな単に監獄内の条件改善に関心を持っているだけでしょう。彼らは君たちに、順応しないようにとは決して言わないし、「伝統と権威の壁を破りなさい。心を捕えている条件づけを振り捨てなさい」とは決して言いません。しかし、それが本当の教育です。君たちがそのために詰めこみ勉強をした試験に受かったり、暗記したものを書き出すことを要求するだけではなく、心が捉われている監獄の壁が見えるように助けるのです。社会は私たちすべてに影響を与えるし、絶えず私たちの思考を形作ります。そして、この外からの社会の圧力が、しだいに内部として解釈されるのです。しかし、それはどんなに深く浸透しても、やはり外からです。そして、この条件づけを破らぬかぎり、内面というようなものはありません。君たちは、自分が何を考えているのか、ヒンドゥー教徒イスラム教徒キリスト教徒として、つまりたまたま属している宗教に立って考えているのかどうかを知らなくてはなりません。自分が何を信じていて、何を信じていないのかを、意識しなくてはなりません。このすべてが社会の型なのです。その型に気づいて、それを離れなければ、自分では自由だと考えようとも、やはり囚人であるのです。

 しかし、私たちのほとんどは、監獄内の反逆に関心を持っているでしょう。私たちは、より良い食事やいま少しの明かり、もう少し空が見えるような大きめの窓をほしがります。カースト外の人たちが寺院に入ってもいいとか、いけないとかに関心を持っています。特にこのカースト制度を倒したいと思っても、一つのカーストを倒す最中に、もう一つの「優れた」カーストを生み出してしまうのです。それで、囚人のままなのです。監獄の中に自由はありません。自由は壁の外、社会の型の外にあるのです。しかし、その型から自由であるには、その内容全体を理解しなくてはなりません。それは、自分の心を理解することなのです。現在の文明や、この伝統に縛られた文化、社会を生んだのは心です。それで、自分の心を理解せず、共産主義者、社会主義者、あれやこれやとして単に反逆するだけでは、ほとんど意味がありません。それで、自覚を持ち、自分の活動と思考と感情のすべてに気づいていることが、とても重要であるわけです。そして、これが教育でしょう。なぜなら、充分に自分に気づいているとき、心はとても敏感で、とても機敏になるからです。

 やってごらんなさい――遠い未来のいつの日かにではなく、明日か、この午後に。部屋にあまりに多くの人がいたり、家がいっぱいならば、そのときは自分一人で出てゆき、樹の下や河岸に坐って、自分の心の働くようすを静かに観察するのです。働くようすを訂正せずに、「これは正しい。あれはまちがっている」と言わずに、映画でも見るようにただ眺めなさい。映画館に行くとき、君は映画に出演はしていません。男優と女優が出演していて、君はただ眺めているだけです。同じように、心の働くようすを眺めなさい。それは本当に興味深くて、どんな映画よりもはるかに興味深いのです。なぜなら、心は世界全体の残滓であり、人間の経験してきたすべてを保持しているからです。理解できますか。君の心は人類です。そして、このことを知覚するとき、君は無量の慈悲を持つでしょう。この理解から大いなる愛が出てきます。そのとき、美しいものを見るとき、君は美しさとは何かを知るでしょう。(※強調点の箇所を【 】で括った)


【『子供たちとの対話 考えてごらん』J・クリシュナムルティ/藤仲孝司〈ふじなか・たかし〉訳(平河出版社、1992年)】


 又云く「故に止観の正しく観法を明かすに至つて並びに三千を以て指南と為す乃ち是れ終窮究竟(しゅうぐうくきょう)の極説なり故に序の中に「説己中所行法門」と云う良に以所有るなり請う尋ね読まん者に異縁無れ」等云云。(238-239頁)


 問うて曰く出処既に之を聞く観心如何、答えて曰く観心とは我が己を観じて十法界を見る是を観心と云うなり、譬えば他人の六根を見ると雖も未だ自面の六根を見ざれば自具の六根を知らず明鏡に向うの時始めて自具の六根を見るが如し、設い諸経の中に処処に六道並びに四聖を載すと雖も法華経並びに天台大師所述の摩訶止観等の明鏡を見ざれば自具の十界百界千如一念三千を知らざるなり。(240頁)


 数(しばし)ば他面を見るに或時は喜び或時は瞋(いか)り或時は平に或時は貪(むさぼ)り現じ或時は癡(おろか)現じ或時は諂曲(てんごく)なり、瞋るは地獄貪るは餓鬼癡は畜生諂曲なるは修羅喜ぶは天平かなるは人なり他面の色法に於ては六道共に之れ有り四聖は冥伏して現われざれども委細に之を尋ねば之れ有る可し。(241頁)


→「自分のの反応」


 所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、又迹化の大衆は釈尊初発の弟子等に非ざる故なり、天台大師云く「是れ我が弟子なり応に我が法を弘むべし」妙楽云く「子父の法を弘む世界の益有り」、輔正記に云く「法是れ久成の法なるを以ての故に久成の人に付す」等云云。(250頁)


地涌の菩薩は、「伝統と権威の壁」「を捕えている条件づけ」という大地を割って出現した。


 経に云く「余のを失える者は其の父の来れるを見て亦歓喜し問訊して病を治せんことを求むと雖も然も其の薬を与うるに而も肯えて服せず、所以は何ん毒気深く入つて本を失えるが故に此の好き色香ある薬に於て美からずと謂えり乃至我今当に方便を設け此の薬を服せしむべし(251頁)


→「毒気深く入つて」監獄を六道輪廻


 伝教大師云く「此の法華経は最も為れ解なり随自意の故に」等云云、夫れ在世の正機は過去の宿習厚き上教主釈尊多宝十方分身の諸地涌千界文殊弥勒等之を扶けて諌暁せしむるに猶信ぜざる者之れ有り五千席を去り人天移さる況や正像をや何に況や末法の初をや汝之を信ぜば正法に非じ。(241頁)


→「本当の反逆、真実の革命」であるがゆえに、爾前教という既成概に囚われた五千人の増上慢には理解できなかった。


 当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。(254頁)


→これが「真実の革命家」の姿。折伏とは「反逆」のことである。


 一念三千は情非情に亘る(239頁)


 金■(金+卑/ぺい)論に云く「乃ち是れ一草一木一礫一塵各一各一因果あり縁了を具足す」等云云。(239頁)


 天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を得可きか。(254頁)


→「天晴れぬれば」森羅万象の諸法にありのままの実相を見出すことができる。万物のが光り輝く荘厳な世界が出現する。


 追伸――友岡さんと行き来のある方がいらっしゃったら、以上の内容をコピーしてお送り願いたい。

子供たちとの対話―考えてごらん (mind books)

2009-11-17

組織宗教からは模倣人間しか育たない


 さて、君ならどのように答えるか? 果たして完膚なきまでに反論できるだろうか? 胸に手を当てて深く慮されよ。君自身のために。


 権威への服従はまた、組織宗教に付き物である。信者たちを神地獄の恐怖で脅し、組織固有の教義、信を教え込み、特定の理を崇めさせ、そしてそれらすべてを得ている教祖や幹部の権威に服従させ、理的奴隷状態に陥れる。報いを求め、を恐れ、欲求不満を解消し、病気を免れるために信仰にすがろうとする――要するに、人間の弱さの上に組織宗教ははびこるのである。そのような環境では、依存しない、自立した強い人間を育てるという真の教育は不可能であり、そこでは無味な言葉を言われたとおりオウムのように繰り返す、模倣人間しか育たない。


【『クリシュナムルティの教育・人生論 理的アウトサイダーとしての新しい人間の可能』大野純一著編訳(コスモス・ライブラリー、2000年)】

クリシュナムルティの教育・人生論―心理的アウトサイダーとしての新しい人間の可能性

2009-11-16

斎藤秀雄賞


 1973年(昭和48年)、斎藤は文化功労者として顕彰されると、その年金を民音コンクールへ寄付した。これが斎藤秀雄賞設置のきっかけとなるのだが、自らの手でそれを授与することはかなわなかった。


【『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯』中丸美繪〈なかまる・よしえ〉(新潮社、1996年/新潮文庫、2002年)】

嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 嬉遊曲、鳴りやまず―斎藤秀雄の生涯 (新潮文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-11-15

内なる世界の本


 プシケ(心、魂)は、プシュケとも言う。


 もし、これまでにいかなる聖典も書かれなかったとしたら、あるいはもし、それらすべてが核による大火災で焼けてしまったとしたら、そのときには人間は――もし人間がなお存在していればだが――いやおうなしに自分自身の内なる蓄えに頼らざるをえなくなるだろう。信への逃げ道を奪われて、彼は自分自身の足で立たなければならなくなるだろう。彼はそのとき、読むに値する唯一の本はプシケの内なる世界の本であると悟るかもしれない。


【『気づきの探究 クリシュナムルティとともに考える』ススナガ・ウェーラペルマ/大野純一訳(めるくまーる、1993年)】

気づきの探究―クリシュナムルティとともに考える

2009-11-14

人間革命


 我々はいつだって他人の人間革命には関を抱くが、自分の人間革命には興味すら持たない。


 幹部は会員に人間革命を要求し、会員は幹部の人間革命を願っている(笑)。


 人間革命は「自ら行う」べき挑戦であったのだが、いつしか「他人に説く」ものへと変わり果ててしまった。

耳を澄ます


 読んだのは二度目である。私はギャンブルの類いを一切やらないが、それでも学ぶところが多かった。桜井章一は「現代の阿羅漢」といってもいい人物だ。


 勝負に勝つ秘訣の中に「を澄ます」というものがある。

 を澄ませば、硬さがとれて柔らかくなる。これが強さの秘訣のひとつなのだ。

 勝負に入ると、誰でも目をカッと開こうとする。「勝負師の目」などという言葉があって、みんな目を大事にっているが、目に力を込めれば込めるほど硬くなる。柔らかさを失ってしまうのだ。

 おそらく、昔の剣豪も目ではなくで勝負していたと私はう。

 を澄ませば冷静になれる。そうなれば、目ではなくてで相手や戦況を見つめられるようになる。

 人間が海や山などの自然に出かけて落ちつくというのは、ひとつには静寂がある。静かなところでを澄ませていると、が落ちついて小さな音でもきれいに聞きとれる。これがが澄んだ状態だ。

 麻雀のときでも、を澄ませば全体がよく見えてくる。必死に目で見ようとしても見えなかったものが、見えるようになってくるのだ。

 というのは、見えないものを聞こうとする力を持っているから、見えないものが見えてくる。目というのは、見えるものを見るわけだから、目に入ったものにとらわれてしまうことにつながる。たとえば、壁の向こうにある気配をじるのは目ではなくであることをえば、そのことがよくわかるはずだ。


【『20年間無敗の雀鬼が明かす「勝負哲学」』桜井章一さくらい・しょういち〉(三笠書房、2004年/『「勝負強い人間」になる52ヶ条 20年間勝ち続けた雀鬼がつかんだ、勝つための哲学』知的生きかた文庫、2006年)】

「勝負強い人間」になる52ヶ条―20年間勝ち続けた雀鬼がつかんだ、勝つための哲学 (知的生きかた文庫)

2009-11-13

ベトナム戦争


 訓戒


 ベトナムにいる兵士たちへ


 壁にかける野蛮人(クーン)の皮膚を持って帰還せよ。

 ――リンドン・B・ジョンソン

   合衆国大統領


 おれは腕や足が吹っ飛ぶところを見るのが大好きなんだ。

 ――大佐ジョージ・S・パットン

   第11機甲騎兵連隊長


【『人間の崩壊 ベトナム米兵の証言』マーク・レーン/鈴木主税〈すずき・ちから〉訳(合同出版、1971年)以下同】


ジミー・ロバーソン


 中にはそういうことが好きな奴もいた。たとえば、ミッチェルという男がそうだ。彼は大男で、6フィート以上もあった。彼は第一師団で優秀な兵士として知られていた。決して口答えしなかったし、言われたことは何でもやった。彼の主たる任務は、広域パトロールだった。それは特別な訓練を受けた兵隊で構成される特別な仕事だった。彼らはヘリコプターで運ばれてある地域に降下させられるが、ひとりひとりがある種の任務を持っていた。彼らは捕虜をつかまえ、それを連行することになっていた。すると彼らは無線でヘリコプターを呼ぶのだ。そしてヘリが、連中をひろい上げる。ところでこのミッチェルという男は完全にその仕事に打ち込んでいた。彼はつねに斧を携帯していたが、刃をまるで剃刀のように研いでいた。そして彼は薮の中にひそんでいる相手にそっとしのび寄ると、生きたまま連行するかわりに、その首を切り落とす。そして、その首を袋につめて持ち帰るのだった。第一師団では、一定数の敵を殺した者には3日の休暇が与えられたが、それには殺した相手のを持ち帰らなければならないことになっていた。ミッチェルは首を持ってくるのだった。とにかくそうやって休暇が与えられると、あまり戦闘の行なわれない場所に送られる。たまたま臼砲の攻撃ぐらいしかない海岸のようなところだが、そこには娯楽施設があった。ミッチェルはしょっちゅう勲章を与えられていた。


 ベトナム人の耳を数珠つなぎにし、首からぶら下げている米兵もいた。


人間の崩壊―ベトナム米兵の証言 (1971年)

2009-11-12

貧困の本質


「――食うため、か」信吉は目をつむってそう呟(つぶや)いた。「食うために、お互いが騙し、お互いが憎み、汚(けが)しあい、……いつまでも、子も孫も、この世が終わるまで、同じことを繰り返してゆく、いつまでも、……食うために」(「嘘アつかねえ」)


【『日日平安』山本周五郎(新潮文庫、1965年)】

日日平安 (新潮文庫)

2009-11-11

治人あり治法なし


 法といっても人に極まる。「法自ら弘まらず」(856頁)。


 昔から、

 ――治人あり治法なし=人を得て治まるので、法の如何によるものではない。

 という言葉がある。


【『雍正帝(ようせいてい) 中国の独裁君主』宮崎市定〈みやざき・いちさだ〉(岩波新書、1950年/中公文庫、1996年)】

雍正帝―中国の独裁君主 (中公文庫)

2009-11-10

観心の長者から業を考える


 少し長いがしっかり読んでくれ給え――


一有大長者の事 仰に云く此の長者に於いて天台大師三の長者を釈し給えり、一には世間の長者二には出世の長者三には観心の長者是なり、此の中に出世観心の長者を以て、此の品の長者とせり、長者とは釈迦如来の事なり、観心の長者の時は一切衆生なり、所詮法華経の行者は男女共に長者なり、文句の五に委しく釈せり、末法当今の長者と申すは日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者なり、されば三の長者を釈する時、文句五に云く、二に位号を標するに三と為す、一は世間の長者二は出世の長者三は観心の長者なり、世に十徳を備う、一には姓貴二には位高三には大富四には威猛五には智深六には年耆七には行浄八には礼備九には上歎十には下帰なり云云、又云く、出世の長者は、は三世の真如実際の中より生ず、功成り、道著われて、十号極り無し、法財万徳、悉く皆具に満せり、十力雄猛にして、を降し外を制す、一の三智通達せずと云うこと無し、早く正覚を成じて、久遠なること斯くの如し、三智に随つて、運動して失無し、威儀を具して、大なること海の如し、十方の種覚共に称誉する所なり、七種の方便而も来つて依止す、是を出世の大長者とく、三に観心とは、観心の智実相より出で生じて家にあり、種真正なり、三惑起らず、未だ真を発さずと雖も是れ如来の衣を着れば、寂滅忍と称す、三諦に一切の功徳を含蔵す、正観の愛見を降伏す、中道双べ照して権実並に明なり、久く善根を積みて能く此の観を修す、此の観七方便の上に出でたり、此の観心を観ずるを上定とくれば、即ち三過無し、歴縁対境するに威儀失無し、能く此くの如く観ず、是れ深信解の相諸皆歓喜して持法の者を歎美したもう、天竜四部恭敬供養す、下の文に云く、子是の地に住すれば、即ち是れ受用し給い、経行し及び坐臥し給わんと、既に此の人を称してと為す、豈観心の長者とけざらんやと此の釈分明に観心の長者に十徳を具足すと釈せり、所謂引証の文に、分別功徳品の則是受用の文を引けり、経文には子住此地とあり、此の字を是の字にうつせり、経行若坐臥の若を及の字にかえたり、又法師品の文を引けり、所詮子とは法華経の行者なり、此地とは実相の大地なり、経行若坐臥とは法華経の行者の四威儀の所作の振舞、悉くの振舞なり、我等衆生の振舞の当体、の振舞なり、此の当体のふるまいこそ長者なれ、仍つて観心の長者は我等凡夫なり、然るに末法当今の法華経の行者より外に、観心の長者無きなり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者、無上宝聚不求自得の長者に非ずや、既称此人為の六字にを留めて案ずべきなり云云。(「御講聞書」818-819頁)


 創価学会では「御講聞書」が軽んじられている。「御義口伝」と比較しての話だ。内容もさることながら、日向が書いたものだからというのが大きい理由だとわれる。少々踏み込んだことを書いておくと、日蓮大聖人が日興上人に対して血脈相承をしたという歴史的事実はない。富士門流には二箇相承が伝えられているが、これを鵜呑みにしているのは富士門流だけである。大聖人が逝去する直前に行ったのは六老僧を定めた(弘安5年108日)ことのみで、その後で日興上人だけエコヒイキするとは考えにくい。


 ここのところ観心について考えている。あるインド家の著作に触れたのがきっかけとなった。「観心って、勤行唱題のことだろ? 観心本尊は信の本尊ってことだよな?」――その通り。そして、そこで学会員考は停止している。永遠に停止したままだ(笑)。


 字義の通りに考えると、観心は「を観る」ことになろう。実に不議な符合であるが、「開目抄」というタイトルも「見る」ことがテーマになっている。ってことはだよ、凡夫には見えてない世界があるってことになるわな。で、信してから果たして「見える」ようになったのか? ウーーーム、なったような、なっていないような……(笑)。


 実際は見てないね(←断言)。我々が見ているのは短くなりつつある線香や時計、あるいは前が記入されていない啓蒙用紙や成果のグラフだ。


 御本尊は明鏡に喩(たと)えられるが、我々の目の焦点はいつも定まっていない。鏡に付着したゴミを眺めているようなじだろう。


 本題に入ろう。人間を形成しているのは癖や習慣であり、その集積が(ごう)である――私は今までこう考えてきた。つまり、身口のバランスシートといっていいだろう。ただ、この考え方でいくと、一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩下がることの多い人生だと、いつまで経っても負債が減らないことになりはしないか? っていうか、利子が嵩(かさ)みそうな気になる。


 大聖人は長者に三種類あると説かれている。世間の長者、出世間の長者、そして観心の長者である。とすると、同じ善でも三つの段階があると考えられる。これを私は、足し算の長者、掛け算の長者、そして2乗の長者と受け止める。


 出世の長者は「三智に随つて、運動して失無し」だから、何をやってもリズムに乗ったように上手くゆく。そして観心の長者は「三過無し、歴縁対境するに威儀失無し」となっている。しくてよくわからん。でも、出世の長者よりは凄そうだ。


 結論を述べよう。私が考えるに、努力から習慣へと移行することは望ましいと多くの人が信じているが、実は結果的に「習慣の奴隷」となり、単なる惰に陥る危険がある。そこに沸き立つような歓びはない。信が歯磨きレベルになってしまうのだ。やらなくていいと言っているわけではないからね(笑)。


 観心という次元で振り返ってみよう。私は己を観じていない。今静かに見つめてみると、そこには希望や願望や欲望しかないようにじる――そうか、餓鬼界だってわけだな。


 折伏にしても同様だ。相手の幸せと自分の成果とは紙一重の違いである。観心とは、こうしたの微妙な動きを自覚することなのだろう。生命は一念三千という帯域で動き回る。そこをただひたすら見つめる。理由や味すら考えないで見つめ続ける。虫眼鏡で拡大し、スローモーションで映し出すように見つめる。すると、因果を超える瞬間が訪れる。これが直達正観(じきたつしょうかん)であり速疾頓成(そくしつとんじょう)だとう。「言語道断の経王心行所滅の妙法なり」(465頁)。


 その昔、わら一本で長者になったジイサンがいた。我々は信心一筋で長者となるのだ。


 私見に過ぎないから、あちこちで紹介するんじゃないよ。

山頂に近づくほど過酷な状況となる


 これほどの高みで戦っている人が、果たして学会に何人いるだろうか? それこそが問題だ。ひょっとして、君はまだ麓(ふもと)でウロウロしているんじゃないか?


 健康に気を配り、訓練を積み、酸素ボトルの用も怠らないベテラン登山家でさえ、高地では、たちまち混乱、吐き気、身消耗、凍傷、低体温、偏頭痛、食欲減退その他の数えきれない機能障害の危険にさらされる。人体は100通りもの方法で、海面のはるか上で活動するようにできていないことを、その持ち主にはっきりとい知らせるのだ。

「最も有利な条件下でも」と、登山家ピーター・ハベラーはエベレスト山頂の状態を記している。「この高度では、一歩一歩に莫大な志力を要する。一歩進むごと、ひとつ手がかりをつかむごとにも、自分を奮い立たせなくてはならない。いつもいつも重しくやるかたない疲労が立ちはだかっているのだ」著書『エベレストの向こう側(The Other Side of Everest)』の中で、イギリスの登山家兼映画製作者のマット・ディキンソンは、1924年の英国のエベレスト遠征でハワード・サマヴィルが「肉片のようなものが流れ込んで、気管を詰まらせたことに気づいた」ときのようすを記録している。たいへんな努力をして、サマヴィルは障害物を吐き出したが、それは「彼の咽頭の全粘膜だった」。


【『人類が知っていることすべての短い歴史』ビル・ブライソン/楡井浩一〈にれい・こういち〉訳(NHK出版、2006年)】

人類が知っていることすべての短い歴史

2009-11-09

真の懐疑は精神の成熟を示す


 青年の懐疑は不信に傾くが、壮年は信を深めるために疑う。


 純粋に懐疑に止まることは困である。ひとが懐疑し始めるや否や、情が彼を捕えるために待っている。だから真の懐疑は青春のものでなく、むしろ既に精神の成熟を示すものである。青春の懐疑は絶えず傷に伴われ、傷に変ってゆく。


【『人生論ノート』三木清(創元社、1941年/新潮文庫、1954年)】

人生論ノート (新潮文庫)

2009-11-08

『新・人間革命』第20巻


 2009年1012日発売。


新・人間革命 第20巻


 戸田城聖の後を継ぎ、創価学会第三代会長となった山本伸一の峻厳な「弟子の道」が綴られている。日蓮大聖人法のヒューマニズムの光をかかげて、世界を舞台に繰り広げられる民衆凱歌の大河小説。


各章の概要


「友誼の道」の章

 1974年530日、山本伸一は妻の峯子と共に、中華人民共和国を初訪問する。当時イギリス領・香港の最後の駅である羅湖から、歩いて国境を渡って深センに入り、中国への第一歩を印したのだ。伸一は、中国に文化大革命の嵐が吹き荒れるなかで、「日中国交正常化提言」(68年9)を発表するなど、日中の関係改善のために奮闘。72年9には日中国交正常化が実現していた。中国側は、伸一の貢献を高く評価しており、彼は行く先々で熱烈な歓迎を受ける。北京では、中日友好協会をはじめ、小・中学校、人民公社等を訪問。時には、生徒たちと卓球をするなど、親しく交わり、対話し、友誼の道を開いていった。また、北京大学では、大学首脳や学生らと懇談。教育交流のために、5000冊の図書贈呈の目録を手渡す。この伸一の北京大学訪問が、創価大学との交流の源流となっていくのである。伸一が、最もを痛めていたのは中ソ対立であった。中ソ国境では一触即発の緊張がみなぎり、北京の中学校の校庭や市内の繁華街にも、ソ連の攻撃に備えて、防空壕や地下壕が掘られていた。伸一は、中日友好協会の代表との座談会で、懸命に平和を訴えるとともに、中国には侵略のがないことを確認。また、李先副総理との会見でも、中国は強く平和を求めていることを確信する。伸一の一行は、西安へ。西安から上海に向かう途中、天候不良で急遽、鄭州で一泊することになる。現地の人々による歓迎の席で、同行の青年が熱唱する、師とのい出深き“五丈原”の歌が、悠久なる歴史の天地・中原に友誼の歌となって響いた。上海に続いて訪れた杭州でも、伸一は、雨宿りをする人々に気さくにをかけ、を結んでいく。上海に戻っての答礼宴で、学生部長の田原と中国の青年が再会を喜び合う姿に、伸一は、“日中提言”の時にい描いた夢が実現しつつあることをじる。往路と同様、歩いて香港側へ向かいながら、伸一は深くに誓う。“中ソの戦争は絶対に回避しなければならない。さあ、次はソ連だ!”


「懸け橋」の章

 宗教否定の国へ、なぜいくのか。「そこに、人間がいるからです」――伸一は、中国に続いて、98日には、ソ連を初訪問する。彼の胸には、対立する中ソの懸け橋となり、世界平和の幕を開かねばならないという決の炎が燃え盛っていた。金秋のソ連の大地を踏んだ伸一は、招聘元のモスクワ大学を訪問し、ホフロフ総長と懇談。同大学と創価大学との間に、教育・学術交流への具体的な計画が検討され、議定書の調印に至る。また、民間外交機構である対文連のポポワ議長、高等中等専門教育省のエリューチン大臣、民族会議のルベン議長らとも共の対話を展開。文化省では、民音、富士美術館との交流に合ソ連科学アカデミー東洋哲学研究所との、学術交流の道も開かれた。さらに、深夜の特急寝台列車でレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)へ向かう。献花のため、第2次世界大戦の犠牲者が眠るピスカリョフ墓地を訪れた伸一は、ソ連が大戦であまりにも多くの犠牲者を出した悲惨な歴史を知り、戦争への強い憤りを覚え、平和への誓いを新たにする。再び、夜行列車でモスクワへ。療養中のため、しいと言われていた、ノーベル賞作家ショーロホフとの会見が実現する。ロシア流の乾杯から始まった会見は、人間が根本であり、精神革命こそが一切の最重要事であるなど、強く共鳴し合う語らいとなった。訪ソ最後の日、クレムリンでコスイギン首相との会見が行われた。伸一は、3カ前の訪中の折、中国首脳が他国を攻めるつもりはないと語っていたことを伝え、率直に尋ねる。「ソ連は中国を攻めますか」。首相は答える。「ソ連は中国を攻めないと、伝えてくださって結構です」。伸一の手で、中ソの対立の溝に、一つの橋が架けられようとしていた。コスイギン首相と会見した後、一層の日ソ交流促進へのを明らかにするため、一行と対文連とのコミュニケ(明書)が発表される。


「信義の絆」の章

 122日、伸一は、北京大学の図書贈呈式に招かれ、再び中国を訪問する。定期航空路が開設し、今回は、直接、北京へ入る。宿舎に訪ねてきた中日友好協会の廖承志会長に、伸一は、コスイギン首相との会見内容を、中国の首脳に伝えるよう託す。この訪問でも、北京大学での諸行事やトウ小平副総理との会談など、伸一の真の人間外交が織り成されていく。滞在最後の夜(5日)、答礼宴が終わりに近づいたころ、周総理からの会見の向が伝えられる。総理は療養中であり、病状を案じる伸一は丁重に辞退する。しかし、会見は総理の強い志であることを知り、入院する305病院へと向かう。会見の部屋には伸一と峯子だけが入った。周総理は、伸一の中日友好への取り組みを高く評価するとともに、中日平和友好条約の早期締結を切望。未来を託すかのような総理の言葉を、伸一は、遺言を聞くいで、に刻む。2人は、信義の絆で固く結ばれたのである。その後、中ソの関係は悪化の一途をたどるかに見えたが、やがて、ゴルバチョフとトウ小平の時代に、ついに両国は関係正常化を宣言することになる。

 周総理と会見した1カ後の翌75年の新春早々、伸一はアメリカへ。国連にワルトハイム事務総長を訪ね、中東和平などをめぐり見を交換。さらに、青年部の悲願が込められた、核廃絶一千万署簿を手渡す。翌日、キッシンジャー国務長官と会談するため、ワシントンへ。長官とは、かつて、ベトナム戦争の終結を呼びかける大統領宛の書簡を託して以来、何度か手紙のやりとりをしていたが、これが初の会談であった。伸一は、中東和平への提言を英訳した書簡を手渡す。長官は繰り返し書簡を熟読し、伸一の提言を大統領に伝えることを約束する。キッシンジャーと伸一の友好は一段と深まり、後に対談集を編む。長官との会談後、渡米していた大平正芳蔵相から、日中平和友好条約についての見を求められた伸一は、早期締結を訴える。また、彼は、アーリントン墓地を訪れ、かつて、会談が決まっていたにもかかわらず、実現せずに終わったケネディ大統領の墓前で、冥福を祈る。そして、第1回「世界平和会議」が開催されるグアムへ向かう。いよいよ平和の新章節の幕が開かれようとしていた。

田山情報


 沖浦父子が師と仰いでいる田山翔一(※最近、翔から翔一に改した模様)という人物だが、JunkDark君から新たな情報が寄せられた。スピリチュアル理論を用いたダイヤモンド販売を手掛けているようだ。ただし、沖浦父子がこの商売と関連しているかどうかは不明。

ロシアのエリート


 佐藤優の評価はゴルバチョフに辛く、エリツィンに甘い。エリツィン側近の高い識を見よ。学会最高幹部にこれだけの気概見識があるか? ただ残なことに、アンナ・ポリトコフスカヤによれば、ロシアは既にマフィア国家となってしまっていて、資本主義の劣悪な部分が台頭している模様。


「一番目のエリートは、〈ソ連共産全体主義体制のエリート〉だ。このエリートは古〜い機械というのはうまく動かすことができる。しかし、新しい時代に適応するとか、そういう発は全くない。この連中は改革の障害になっているんだが、レーニンが言ったように、こういうような官僚たちとか技師たちは使っていかなければならない。次に、第二のエリートグループがある。これは、いわば〈偶然のエリート〉だ」

「どういう人ですか?」

「オレだよ。オレ。オレたちみたいな奴だよ」とブルブリス先生は言うんですよ。

「先生、それはどういうことですか?」

「民主運動での繋がりとかエリツィンの地縁とかいうことで偶然エリツィンの側にいて、エリツィンが勝ってしまったから下のほうの世界からいきなりぐっと上に引き上げられた連中だよ。この連中は、そのときの政治的な遺産だけで食っている。何かやりたいとっても、機械を動かす能力がない。しかも、低〜いところから急に高いところに来たんで、特権にしがみついてそれを手放したくない。特権に執着する点では一番目の全体主義エリート以上だ。この二番目の〈偶然のエリート〉が、別の味で、改革の大変な障害になっているんだ」

「それじゃ、第三のエリートというのは?」

「そう、この第三のエリートを育てないとロシアは潰れる。三番目のエリートというのは〈未来のエリート〉ともいうべきもので、今の10代後半から20代の連中だ。それより上の世代の連中は、みんな、多かれ少なかれ旧いソ連の垢が染み付いた過渡期の人間だ。そうした人間たちに代わってもらうために、この10代後半から20代の連中を、いま勉強させている。西側にも出てもらう。それで、市場経済の仕組みもわかって、民主主義というもののおかしいところも、西側のものの考え方やの問題点も全部わかったところで、彼らが表に出てくる。少なくとも10年はかかる。とりあえず、産が上がるまで5年。どうにか表で働けるまであと5年はかかる。

 この〈未来のエリート〉をどうやって育成していくか。そこで重要なのが、一番目のエリートと二番目のエリートは狼だということなんだ。オレを含めて、みんな狼なんだ。それに対して、この三番目のエリートはまだ小さな子羊だ。狼が腹を空かしたら、子羊を食っちまう。だから今は、狼もお腹いっぱいで、子羊が食われないという状況を作りながら子羊を育成しないといかんのだ。そうしながら、オレを含む狼たちを徐々に舞台から外に出さんといかん。これがいまロシアの政治家にとって最大の課題だよ」

 彼は、そのように言っていました。

「エリツィンを含めて、オレたちがどうやって上手に去っていくか、ということが課題なんだよ」とまで言うんです。


【『国家の崩壊』佐藤優宮崎学(にんげん出版、2006年)】

国家の崩壊

2009-11-07

混沌が生むエネルギー


 組織の理軍隊であるといわれる。組織に求められるのは効率と経済だ。つまり軍隊という組織が、権力者の“志”そのものと機能することが「組織の理」と考えられているのである。ってことは「手足」なのか? 御。俺達の志はどうなるんだ? 無視。じゃあ、権力者がタコ野郎だったらどうなるんだ? 足は食べられてしまうわけだよ。こう考えると、整然とした秩序が一人ひとりの力を奪うことが明らかになる。エネルギーは混沌や矛盾の中から生まれるのだろう。それにしても何という文。


 いたたまれない気持ちを胸に、救いを求めるように、セーヌ河畔のオルセー美術館を訪れた。1900年のパリ万博時に、駅として改造されたものを、大空間を生かしたまま、1986年に美術館として再出発したものである。最上階にある、フランス印象派の巨匠達、マネ、モネ、ドガ、ゴッホなどに圧倒された。ありとあらゆる不道徳と喧騒の渦巻くパリに、どうしてかくの如き、を呑むような芸術が生まれるのか。この打ちのめすような力は何なのか。正邪美醜か、背景に抑えこまれている他国とは異なり、ここでは全てが解放され、露骨に激突している。この地で文学や芸術の傑作が数多く産まれるのは、このエネルギーのためかも知れない。私は唾棄したくなるような巷(ちまた)と、陶酔させるほどの芸術との落差に、目眩(めまい)と困憊(こんぱい)をじながら、展示場のソファに腰を下ろしたまま、半ば放状態でいた。


【『天才の栄光と挫折 数学者列伝』藤原正彦(新潮選書、2002年/文春文庫、2008年)】

天才の栄光と挫折―数学者列伝 (新潮選書) 天才の栄光と挫折―数学者列伝 (文春文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-11-06

ガンディーの非暴力は一種の暴力


クリシュナムルティ●人間は何百万(ママ)もの間、実にひどいしみをなめてきました。何が彼のしみを終わらせる助けになるのでしょう? 彼は殺し続けています。虐殺し続けています。あらゆることにおいて野的です!

 それは別種の殺人なのですが。では何が彼を止めるのでしょう。ガンディーではありません――彼の非暴力は実際には一種の暴力なのです。非暴力は概です。人が暴力的なとき、他人に言うべきことは、事実は暴力であって、非暴力は事実ではないということです。然るにあなた方は、たえず非暴力ばかり扱っているのです。なぜ事実すなわち暴力を扱わないのですか? なぜあなた方は、私の前に非暴力の絵を展示するのですか? 事実ここにあるものを扱うようにしたらどうですか?

 私はガンディーの弟子、信奉者とこの問題について何度も延々と討論したことがあります。私はしばしばかれらに言いました。「印パ戦争が起きましたが、皆さんは非暴力を説いてこられた。皆さんのうちどなたか、良的な反対者がおられましたか? 皆さんのどなたかが、平和のために投獄されましたか?」 誰一人いませんでした。非暴力は無に等しかったのです。ですから、何が非暴力の要点なのでしょう? それはたわごと、逃避なのです。もし自分が暴力的であることを知れば、その処し方が浮かんでくるでしょう。しかしあなた方はたえず、非暴力という本当でないものを私の前にぶらさげているのです。(※『イースト・ウェスト・ジャーナル』誌のインタビューに答えて)


【『私は何も信じない クリシュナムルティ対談集』J.クリシュナムルティ/大野純一訳(コスモス・ライブラリー、2000年)】

私は何も信じない―クリシュナムルティ対談集

反学会活動家と酒席でニタニタ顔・沖○克○の黒い人脈


 以下転載。見事な文章だ。ハンドルはアリスの「狂った果実」をもじったものだろう。センスがいい(笑)。


投稿者:狂ったカツジ 投稿日:2009年116日(金)01時52分43秒


病気休暇を不正取得してスキー大会に出場したことが原因で、神戸市役所を辞職した沖○克○が、10某日、大阪府内某所で、法華講連中との酒席に同席した。酒席には「れいな」の称で活動している黒川某も参加した。


 黒川某と言えば、ネットで「創価学会からの脱会を考える会」のサイトを立ち上げ、長年に渡って、池田誉会長や創価学会の中傷を続けてきた人物。他所からの論文や写真を盗用する等を続けたためか、07年には創価学会から著作権侵害で訴えられ、40万円の賠償命令を受けて敗訴をした「脱会者」だ。


 そうした脱会者と付き合う「未活動者」のレベルも、けっして高い者とはいえまい。類は友を呼ぶという言葉は、やはり真理の一端を突いているとわれるからだ。


 それにしても、沖○の場合、病休不正取得の不祥事が、妙観講の機関紙「妙」にまで報道され、神戸から事実上「遁走」。今は長野・白馬村の「自称・豪邸」に夫婦と子の3人で暮らしているが。大阪の、しかも反学会の連中が集う酒席の会に、どんな面下げて、反学会活動家らと角を突き合わせたつもりなのだろうか。


 ここには、創価学会員が陥ってはならない「反面教師」の姿がある。結局は、愚直な信を貫いてきたのか、自分を飾るために見栄を張るだけの人生を歩んできたのか、その一念の結果でしかなかろう。


 沖○克○は、その最も陥ってはならない「悪い見本」を、自らの行動で示しているというわけだ。慚愧のをもたず、厚顔無恥の言動と行動を続ける様は、すでに「山崎正友」と同じレベルに堕しているとさえ言える。


若鷹の掲示板

2009-11-05

指導のデータベースに関する覚え書き


 ユマニテさんの「聖教データベースの公開を強く望む」を読んでの所を綴っておく。


 世代が代わり、年を追うごとに、「深い洞察」を持つことはしくなるのであり、時とともに薄れゆく精神をいかに保っていくかは、創価学会の恒久化にとって大きな課題であるはずです。

 詰まるところ、頼るべきは、師のと言葉のみ。

 それは間違いのない事実です。

 その認識はほとんどの人が持っているとうのですが、果たしてどれだけの人が、師の言葉を網羅できているのでしょうか。


 この指摘は重い。重すぎて私の腕力では持ち上げることも不可能だ。そしてユマニテさんは、聖教新聞社に対してデータベースを公開するようお願いしている。ま、無理な話だ。その無理を承知でユマニテさんは問題提起をしたのだろう。


 既に酒を呑んでいるので――いつも呑みながら書いているのだが、危ない橋を渡る時はこの口実に限る(笑)――手短に書いておこう。


 まず本部職員の定義だが、これは学会本部および会館に勤務する者と聖教新聞社の人間を指す呼称である。外郭とは圧倒的な身分の差がある。で、本部職員は学会指導のデータベースにアクセスすることができる。もう一点、聖教新聞社の資料室に入ることが許されている。私が涎(よだれ)を垂らすほど羨んでいるのは後者の権利である。


 これがいかに理不尽かというと、出版センターのアルバイト学生は資料室に入ることを許されるが、どれほど広宣流布に貢献していようとも民間人は入れない。私が見たいのは聖教新聞の縮刷版である。ま、他の手立てを確立したから、別にいいけどさ。


 そして、データベースの内容の詳細は不明であるが(戸田先生の指導は入力されていないという説もある)、いずれにしても民間人はアクセス不可能だ。このデータベース作成については外部委託され、アルバイトが入力したものと私は聞いている。


 つまり学会本部としては、「本部に情報が集積されていればよいのであって、下々の者の与(あずか)り知るところではない」という姿勢を堅持していることになる。「お前らは直ぐに不信を起こすからな」「でもって、ツッコミどころ満載となったら困るんだよ」――そんな本音が聞こえてきそうだ(笑)。


 ただし、データベースは飽くまでも「使う」ものである。使いきっている職員を私は見たことがない。っていうか、そもそも私よりも学会指導を読んでいる職員に会ったことがない。


 まずい。まとまらなくなってきた。私は以前ネット上で指導のデータベースを作成すべく呼びかけをしたことがある。その結果は惨憺たるものだった――

 つまり、データベースの必要じるほど指導を読んでいるメンバーはネット上にはいないってことだ。そして、もう一つ大事なのは以下――

 データベースが使うものであるとすれば、我々はそれによって師匠の指導を「情報」として扱う危険が生じる。もっとわかりやすく言うと、自分の主張のために指導を都合よく「利用」しようとするのだ。この落とし穴が恐ろしい。


 結局のところ、受持・読・誦・解説(げせつ)・書写という五種の修行によってしか、信の骨格を築くことはできないのだろう。だからといって、学会本部の情報寡占を黙殺するつもりはない。特権階級の本質とは「情報へのアクセス権」なのだから。

あなたの価値


 世の中には、病気や過労や生活やイジメで自殺に追い込まれる人もいれば、自分の存在が何なのかわからなくなって自ら命を絶つ人もいる。自分がこの社会でどこに位置づけられているのか? 自分にはどんな価値があるのか? そんなことで生きる味がわからなくなっている人に教えよう。あなたの価値は、「葬儀費用+慰謝料+逸失利益〔(自殺前1年間の年収)×(1−生活費控除率)×(67歳−現在の年齢に対応する中間控除率)〕+弁護士費用−過失相殺額」だ。


【『自殺のコスト』雨宮処凛〈あまみや・かりん〉(太田出版、2002年)】

自殺のコスト

2009-11-04

試行錯誤


 第1回目の課題図書(2009年10分)。


「うまくいかないかもしれないけど、いくかもしれない。とにかく、やってみることだわ」


【『レイチェル・ウォレスを捜せ』ロバート・B・パーカー/菊池光〈きくち・みつ〉訳(ハヤカワ・ノヴェルズ、1981年/ハヤカワ文庫、1988年)】

レイチェル・ウォレスを捜せ (ハヤカワ・ミステリ文庫―スペンサー・シリーズ)

2009-11-03

座談会で歌ってはいかが?

 ネーネーズの「平和の琉歌」。驚くべきことに、実は桑田佳佑が作った曲である。古謝美佐子が抜けてから私はネーネーズを聴かなくなった。よもや、こんないい歌があったとは。


D


GOLDEN☆BEST/ネーネーズ 海のYeah!!

少年の怒り


 あどけない盛りの、大人に対する憎悪、世界に対する怒り、そして自分を取り巻く孤独の闇……。誰もがそんな季節を通り過ぎてきた。我々は大人となった今、子供達に同じいをさせてはいないだろうか? 子供のに憎悪の炎を点(とも)しているのは、あなたかもしれない。驚くべきことだが、この小説は実話がもとになっている。何とゾマーさんは実在の人物であった。


 むしろ一つの腹立たしい認識のせいだった。この世はいやしさにみちている。徹底して不正で、邪悪で、卑劣きわまるいやしさずくめ。そして誰もがこのいやしさに関与している。ひとり残らず、全員がそうなんだ。母さんは、ちゃんとした自転車を買ってくれなかったじゃないか。父さんだってそうだ。いつも母さんのいいなりじゃないか。兄さんも姉さんもそうだ。ぼくが(※自転車の)立ち乗りしなくてはならないのに、いつもキャンキャン吠えついてくるだけじゃないか。散歩の人たちがそうだ。用もないのに湖水のまわりをぶらついて邪をする。作曲家のヘスラーだってそうだ。手のかかる曲でしめる。フランケルさんはありもしない罪を言いたてた。嬰ヘ音のキーに鼻汁をくっつけた……とどのつまりが神さまだ。めったにないこと、せめても一度の頼みごとだというのに、押し黙っていて何もしてくれなかったじゃないか。不正な運命にもてあそばれるままにしてたじゃないか。誰もが悪辣だ。悪だくみをしている。こんな世の中に何の味がある? 何のかかわりがある? こんな世界がどうなると、何てこともないじゃないか。やつらはいやしさのままに胸をつまらせるがいい!


【『ゾマーさんのこと』パトリック・ジュースキント、ジャン=ジャック・サンペ絵/池内紀〈いけうち・おさむ〉訳(文藝春秋、1992年)】

ゾマーさんのこと

2009-11-02

同情ニューロン


 ところが驚いたことに、痛みを与えられて反応した脳部位は「痛覚経路」だけではなかった。「帯状野(たいじょうや)」や「島皮質(とうひしつ)」と呼ばれる場所も同時に反応したのだ。謎(なぞ)めいた発見だった。なんのためにこうした部位までが活動するのだろうか。

 回答は外な実験からもたらされた。これらの部位は、自分だけでなく、他人がしんでいるのを見ているときにも反応することがわかったのだ。「痛いだろうなあ」とソワソワする覚、あれを生み出すのが帯状野や島皮質の活動だったのだ。他人の痛を知する優しい神経。シンガー博士はこれを「同情ニューロン」とづけた。ニューロンとは「神経細胞」のこと。

 彼女の研究が面白いのは、しかし、ここからである。同情ニューロンが活動したのは、痛がる相手が近親や恋人だった場合のみで、見知らぬ他人の場合は反応しなかったのだ。


【『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』池谷裕二〈いけがや・ゆうじ〉(祥伝社、2006年)】

脳はなにかと言い訳する―人は幸せになるようにできていた!? (新潮文庫)

2009-11-01

一念三千


 一念三千とは、生命の「ゆらぎ」を象徴しているのかもしれない。光、風、波――自然界も一切が揺らいでいる。

「ノー」と叫ぶ身体


 メアリーのからだは、彼女のができなかったことを実行していたのではないだろうか? 子供のころは無理やり押しつけられ、大人になってからは進んで自分に課してきた執拗な要求――常に自分より他者を優先する生き方――を拒絶するということを。1993年、医学コラムニストとして初めて『グロー、アンド・メイル』紙に執筆した記事で、私はメアリーのケースを採りあげ、今ここに記したような見解を披露した。そしてこう記した。「ノーと言うことを学ぶ機会を与えられずにいると、ついには私たちのからだが、私たちの変わりにノーと唱えることになるだろう」。コラムには、ストレスが免疫系におよぼす悪影響に関する医学論文もいくつか引用しておいた。


【『身体が「ノー」と言うとき 抑圧された情の代価』ガボール・マテ/伊藤はるみ訳(日本教文社、2005年)】


 組織でこき使われている若手の婦人部によく見られる傾向だ。が死ぬ前に、身体が悲鳴を上げる。つまり、重篤な病状となって現れる。「断れない人々」は肝に命ずるべし。

身体が「ノー」と言うとき―抑圧された感情の代価

「黄金の花」ネーネーズ


 故郷(ふるさと)を離れて働く全ての人々へ贈る。初めて聴いた曲だが、わず涙が溢れた。


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GOLDEN☆BEST/ネーネーズ