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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2009-12-31

私は変わった


 一年に季節があるように人生にも春秋(しゅんじゅう)がある。諸行は無常であるがゆえに人もまた常に変化してやまない。


 私は変わった。18歳で小説『人間革命』を読んで一変した。抑えることのできない動を次々と友達に語った。皆、キョトンとしていた(笑)。


 私は変わった。24歳から25歳にかけて1年間で5世帯の本尊流布を成し遂げる中で、勇気を奮い起こす味を知った。御安置に際して職場の上司の同を得る必要があったのだ。オシッコをちびりそうになるほどの緊張があったよ(笑)。


 私は変わった。20代から30代にかけて戦う日々が完全に常態となった。常在戦場そのものだ。覚はどんどん研ぎ澄まされ、その一方で喜怒哀楽が鈍になっていった。何度も何度も悲しみのどん底に落とされると、涙が涸(か)れ果ててしまうのだ。物事に動じることが少なくなった。


 私は変わった。江東区から八王子市へと引っ越し、初めて平均的な組織の実態を知った。一応創価学会乗ってはいるが、中身は全くの別教団であった。全国にはこんな組織が掃いて捨てるほどあるのだろう。この頃から悲惨な組織で喘(あえ)ぐ人々からメールが寄せられるようになった。学会本部は腰が重いので、こちらの労が絶えない。


 私は変わった。一冊の本と巡り会って、法の何たるかが少しわかるようになった。私の脳内ではそれまでつながらなかったシナプスが完璧につながった。戸田先生は45歳(※数え)の時、獄中で悟達された。私は46歳で目が開いた。


 今の法華経の文字は皆生身のなり我等は肉眼なれば文字と見るなり、たとへば餓鬼は恒河を火と見る人は水と見天人は甘露と見る、水は一なれども果報にしたがつて見るところ各別なり、此の法華経の文字は盲目の者は之を見ず肉眼は黒色と見る二乗は虚空と見菩薩は種種の色と見種純熟せる人はと見奉る(1050頁)


 諸行無常、諸法無我の虚空を知る学会員はいるのだろうか? 私の周囲にはいない。菩薩の瞳に色彩が映るのであれば、ここで説かれている「」とは多分「光」そのものなのであろう。「肉眼は黒色と見る」のは、反射された部分的な世界しか認識できないことを味している。虚空とは距離であり、色彩とは世界である。その向こう側に物質と時間を超越した存在がある。それは光でしかあり得ない。


「自分を光らせる」――そんな次元の話をしているのではない(笑)。生命の中には圧倒的な虚空が広がり、像を絶する色彩豊かな世界が存在するのだ。光の速度を上回るものはない。だが、そうでありながらも光に時間は存在しないのだ。つまり、永遠は光の中にのみ存在している。光において諸法は実相となる。


 それでは皆さん、よいお年を――。

「木馬」Viento


 アルバム『森の詩』に収録されているナンバー。商ベースに乗っていない音楽は、これほど純粋で美しい音を奏でる。吉川万里の無骨な指が、いまだかつて見たこともない小さなオカリナを自在に鳴らしてみせる。初めて聴いた瞬間に私はった。「なぜ『もののけ姫』で使わなかったのか」と。森の中でオカリナの音は風と化している。木々は間違いなく何らかの振動をもって応えている。


D

葛藤=断片化/「私はそれである」


K――何がその背景なのでしょう。私をして「自分はヒンドゥー教徒だ」――これは明らかに断片化のわけですが――と言わしめるのは何なのでしょうか。


S――そこです。そこが問題なのです。


K――何がそうさせるのでしょう? 私の父、私の祖父――私以前の幾世代ものあいだ、5000年あるいは1万年ものあいだ、彼らは、お前はバラモン階級なのだ、と告げ続けてきたのです。


S――あなたは自分がバラモン階級だと書くことも言うこともなさいませんが、しかしバラモン階級です。違いますか。それはまったく別の問題です。自分はバラモン階級だ、と言うわけは……


K――それはあなたが、自分はクリスチャンだと言うのと同じことです。それは何を味しているのでしょう?


S――伝統、条件づけ、社会、歴史、文化、家族、等々のすべて。


K――しかし、何がその背後にありますか。


S――その背後には人間の……


K――いやいや、理論化しないで、それを自分のなかに見出すようにしてごらんなさい。


S――そう、それは私に居場所、アイデンティティを与えてくれます。そのとき私は、自分が誰かを知り、自分の小さな居場所をもつのです。


K――誰がその居場所をつくったのですか。


S――私がそれをつくり、そして周囲に私が手を貸したのです。私は、まさにこんなふうにして協力しているのです。


K――協力しているのではなく、あなたは即それなのですよ。


S――私はそれです、たしかに。何もかもが……私を穴に押し込めるほうへと動いているのです。


K――では、何があなたをつくり上げたのでしょう? 曽祖父のそのまた曽祖父がこの環境、この文化、この、人間存在の全構造とそれに伴ういっさいの不幸、いっさいの葛藤――すなわち断片化――をもたらしたのです。


S――現代の人と同じことをしている……


K――まさにそうです。バビロニア人、エジプト人と、いまのわれわれと、何ら変わりはないのです。


【『生の全体』J・クリシュナムルティ、デヴィッド・ボーム、デヴィッド・シャインバーグ/大野純一、聖真一郎〈ひじり・しんいちろう〉(平河出版社、1986年)】


生の全体性

2009-12-30

条件づけ


 条件づけによって何を味しているか見出してみよう。われわれは、自分たちが条件づけられていることに、いつ気づくのだろうか? われわれは、常にそれに気づくだろうか? あなたは、自分が条件づけられていることに気づかれるだろうか、それともあなたは、あなたの存在のさまざまなレベルでの葛藤、闘争にのみ気づかれるのだろうか? 然り、われわれは、われわれの条件づけにではなく、単に葛藤、痛、快にのみ気づくのである。

「葛藤(コンフリクト)という言葉によって何を味していらっしゃるのですか?」

 あらゆる種類の葛藤を。国家と国家の間。さまざまな社会集団の間、個々人の間、および自分自身の内部の葛藤を。行為者と彼の行為の間、問いかけと応答との間に統合がないかぎり、葛藤はさけがたいのではないだろうか? 葛藤がわれわれの問題なのではないだろうか? 何か特定の葛藤ではなく、すべての葛藤が。観と観、信と信イデオロギーとイデオロギー、反対物どうしの間の葛藤。もしも葛藤がなければ、何の問題もないことだろう。


【『生と覚醒のコメンタリー 2 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】


 私の考えでは、「条件づけ」とは阿頼耶識(あらやしき)のことである。自我を司る末那識(まなしき)よりも深い位置を構成している。

生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈2〉

2009-12-29

真の道徳的行動は説明できない


 さて、道徳について科学的に話すのはしい。なぜなら、厳密な味では、科学的に説明可能な道徳というのは辞矛盾だからだ。「よいこと」というのは、それが単に、進化的な有利さやその他の計算可能な利益をもたらすというだけならば、本当の味での「よいこと」ではない。そうだとすると、それは利己主義の一形態になってしまうからだ。同情は外圧化された恐怖となり、親切は、やがて見返りのある投資となってしまう。共は協同のための戦略となり、愛は、ディドロが述べたように、「一対の内臓の中に起こる、地よいドキドキ」となってしまう。真の味で利他的、真の味で無私、自己犠牲的であるならば、道徳的行動は説明を超越したものに違いない。


【『人間の境界はどこにあるのだろう?』フェリペ・フェルナンデス=アルメスト/長谷川眞理子訳(岩波書店、2008年)】


「説明を超越した道徳的行動」を私は「随自意」とづけよう。の中に火が灯(とも)り、赤々と燃え広がる瞬間が確かにある。そこに存在するのは、「やむにやまれぬ何ものか」だ。真の道徳的行動は条件反射的に現れる。努力、計画、目標とは無縁のものだ。決すら介在しない。溺れている人や、道端(みちばた)で倒れている人を見て躊躇(ちゅうちょ)することがあるだろうか? この即座の行動こそが「即」であり、相即の関係縁起と呼ぶ。しんでいる人に駆け寄る時、分断・分離・分裂はどこにもない。人類が縁起を自覚すれば、本当の味で人類は一つになるのだ。戦う日常に身を置くと、いつしか敗者や弱者を見下すようになる。戦いの目的が勝負となっている限り、分裂は避けられない。我々は「法は勝負」と叫びながら、組織内の競争に余がない。勝負とは周辺組織に勝つことであり、あの支部やこの人に勝つことである。ついに「法は競争」となり、組織という組織は敗残者だらけとなってしまった。「勝負」を浅い次元で捉えた結果がこのざまだ。人と人とがを開き、を通わせ、を結び合わせるために戦え。自分自身が妙法の当体として光を放ち、妙の三義(開、蘇生、具足・円満)を吹き込んでみせろ。

人間の境界はどこにあるのだろう?

2009-12-28

世界との断絶


 彼女はたいてい自分の病室で冷たい鉄格子に額をつけて外の世界を見ていた。世界は外で続いていた。彼女なしで。


【『喪失』カーリン・アルヴテーゲン/柳沢由美子訳(小学館文庫、2005年)】

喪失 (小学館文庫)

2009-12-27

晩飯を食うのもあと千回


 いろいろな徴候から、晩飯を食うのもあと千回くらいなものだろうとう。

 といって、別にいまこれといった致命的な病気の宣告を受けたわけではない。72歳になる私が、漠然とそうじているだけである。病徴というより老徴というべきか。

「つひにゆく道とはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしを」

 という古歌を知っている人は多かろう。この「つひにゆく」を「つひにくる」と言いかえて老いと解釈すれば、人生はまさにその通りだ。


【『あと千回の晩飯』山田風太郎(日新聞社、1997年/日文庫、2000年)】

あと千回の晩飯 (朝日文庫)

2009-12-26

『明日をつくる“教育の聖業” デンマークと日本 友情の語らい』ハンス・ヘニングセン、池田大作(潮出版社、2009年)


明日をつくる“教育の聖業”―デンマークと日本 友情の語らい


 本書は池田誉会長と、デンマークの著な教育者ハンス・ヘニングセン氏との対談集である。デンマークは、生涯教育やユニークな教育システムで知られる教育大国。ヘニングセン氏は、“民衆の大学”として有なアスコー国民高等学校の校長を長年つとめ、デンマーク教員育成大学協会の理事長などを歴任した人物である。

 対談では、教育の本質は画一的な「知識の詰め込み」ではなく、対話による「生の啓発」にこそあるとの点で一致。また、デンマークの教育革命の道を開いたグルントヴィと、“創価教育学の父”である牧口常三郎の教育やエピソードを交え、「教育の過去・現在・未来」を中に、「福祉」「人権」「環境」など多岐にわたるテーマを織り交ぜて展開される。

終章では、次代を拓く「地球市民」「平和教育」の重要に言及。平和教育は遠いところにあるのではなく、身近な人々を大切にしながら日常のなかで世界を学び、「友好の」を育むことから始まると論じている。

 教育について様々な角度から考察するヘニングセン氏と誉会長の通う対話そのものが、デンマークと日本の友好の証左であり、平和への王道としての対話の力を物語っている。


ハンス・ヘニングセン アスコー国民高等学校元校長

 1928年生まれ。54年オーフス大学大学院(デンマーク)を卒後、ロディング・フォルケホイスコーレ(国民高等学校)の教員(59〜63年)を経て、ハーザスレウ国立教員養成所の上級講師(70〜80年)、そして世界的に有なアスコー・フォルケホイスコーレ校長(80〜93年)、デンマーク教員育成大学協会理事長(93〜2003年)を務めた。さらに「全国フォルケホイスコーレ・農学校連盟」の書記長(66〜69年)、「デンマーク文化協会」運営委員長(83〜98年)を歴任し、文部大臣の任命による「教員教育への新法律準備委員会」の初代委員長(87〜90年)に。94年には、デンマーク王室よりダンネブロ勲位「国家ナイト十字勲章」を受賞。『民衆不在の民主主義』『国民高等学校の前線の闘争』『デンマークの民主主義』『ヨーロッパの教会は社会に入っていくか』『人生の啓蒙』『民主主義と実在哲学』など、教育分野と「生の啓発」に関する論文・著作が多数ある。

つまらない男


 つまらない男だとペルはった。自分以外のあらゆるものに支配されている。


【『スリーピング・ドール』ジェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳(文藝春秋、2008年/文春文庫、2011年)】

スリーピング・ドール〈上〉 (文春文庫) スリーピング・ドール〈下〉 (文春文庫)

2009-12-25

一体化


 我々は集団、組織、会社、国家に帰属することで自我の要求を充たしている側面がある。古来、我が国では見知らぬ人物に対して「どこの者(もん)だ?」と尋ねる。「誰だ?」とは訊(き)かない。重んじられるのは氏・素、家・格式という出自となっている。


 我々は御本尊に、御書に、師匠に、そして組織に依存している。大乗経典に描かれる弟子達は明らかに釈尊に依存していた。弟子達はひたすら「願わくは真実の教えを説き給え」と切望した。寄り掛かる弟子に向かって「止(や)みね善男子!」と釈尊は三度にわたって制止した。滅後末法の弘教を託されたのは今まで一度も見たことのない膨大な数の人々であった。しかも、その威風・貫禄は老いたる釈尊が子供に見えるほどであった。これが地涌の菩薩である。


 あなたはなぜ自分自身を、誰か他人や、あるいは集団、国と一体化させるのか? なぜあなたは、自分自身のことをクリスチャンヒンドゥー教徒などと呼ぶのか? あるいはまた、なぜ無数にある党派の一つに所属するのか? 人は、伝統や習慣、衝動や偏見、模倣や怠惰を通じて、宗教的、政治的にあれこれの集団と自分自身とを一体化させる。この一体化は、一切の創造的理解を終焉させ、そうなれば人は、政党の首領司祭、あるいは支持する指導者ののままになる、単なる道具にすぎなくなってしまうのだ。

 先日、ある人物が、誰某はこれこれの集団に属しているが、自分は「クリシュナムルティ信奉者(アイト)」だと言った。そう言っていたとき、彼はその一体化の味あいに全く気づいていなかった。彼は決して愚鈍な人間ではなく、読書家で教養もあるといった人物であった。いわんや彼は、そのことに決して傷的になっていたわけでも、また情緒に流されていたのでもない。それどころか、彼は明晰ではっきりとしていた。

 彼はなぜ「クリシュナムルティ信奉者」になったのか? 彼は、他の人間たちに従ったり、あるいは数多くの退屈な集団や組織に所属したりしてきたのだが、そのあげくに、ついにこの特定の人物に自分自身を一体化させたのである。彼の語ったところからみて、彼の旅は終わったもののようであった。彼は足場を築き、そして行き着くところまできたのである。彼は運び終えたのであり、いかなるものも彼を動かすことはできなかった。これからは彼は地良く腰を据えて、これまで語られてきたこと、そしてこれから語られるであろうことのすべてに、熱に従っていくことだろう。


【『生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より』J・クリシュナムルティ/大野純一訳(春秋社、1984年)】

生と覚醒のコメンタリー―クリシュナムルティの手帖より〈1〉


生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より


生と覚醒のコメンタリー 1 クリシュナムルティの手帖より


(※いずれも同じ作品)

2009-12-24

創価スピリット


 明日、「創価スピリット」を発行してからちょうど6年を数える。色々と考えたのだが明日をもって廃刊とすることにした。ご愛読いただいた全ての方々に謝申し上げる。後半は、信の基本を再確認すべく『指導メモ』というわざわざ古い指導を発信してきた。この一書にこそ、広布第二章の魂が脈動していた。私の世代は、幼児期から10代にかけて大Bで育ててもらった。大B長・大B担というオジサン、オバサンの温かな眼差しがどれほど子供のを育んだことか。


「古い指導は新しい時代に合わない」というも聞かれる。そんなことを言う者に限って指導を読んでいないものだ。古いということが通用しない理由となってしまえば、そこには存在しない。広布の潮流を知らなければ、「老いたる母の築きたる」創価を継承する資格はない。


 私がここで確認しているのは、「草創期の貧しくとも熱気に満ちたあの創価学会はどこへ行ったのか?」ということである。


 確信は絶望の山なみを超えたところにある。すなわち、大確信の人とは誰よりも絶望を知る人なのだ。人生の不遇、社会の無惨、人間の狡猾と遭遇した時、信はふるいに掛けられる。もちろん、人間だから激しく動揺する。そして揺れ動く生命の大地から新しい自分が誕生するのだ。


 とは自由自在の境涯のことである。されば我々の人生の目的は「完全なる自由」の境地にある。何ものにも妨げられることのない自分自身に目覚めることだ。ブッダとは「覚者」の謂いであり、大聖人が「開目抄」を著されたことをい合わせれば、我々の魂は眠っているのだ。


 師は何度も何度も繰り返し「悪と戦え!」と教えられている。だが、悪と戦う人はいない。悪を見抜く人すらいない。「悪って、確か富士山の麓(ふもと)にいるんですよね?」ってなもんだろう。


 ネット上における防波堤としてこのブログを続けてきたが、その役目も一段落したものと考えている。ま、細々と更新していくつもりではあるが、私が提示しているのは「ヒント」に過ぎないことを了とされたい。

熱原の三烈士


 平左衛門尉頼綱は、鎌倉法華宗弾圧の手段の一つと考えたのか酷しく神四郎等を責めさいなみ、1015日、子資宗(のち飯沼判官という)をして神四郎(兄)・弥五郎(弟)・弥次郎の3人に惨刑を加えてのち斬首した。日興の本尊分与帳に


 次在家人弟子分

 一 富士下方熱原郷住人神四郎〔兄〕

 一 富士下方同郷住人弥五郎〔弟〕

 一 富士下方熱原住人弥次郎

 此の三人は、越後房・下野房の弟子廿人の内なり、弘安元年奉信じ始め奉るところ、舎兄弥藤次入道の訴に依りて鎌倉に召し上げられ、終に頸を切られ畢ぬ。平ノ左衛門入道の沙汰なり。子飯沼判官〔十三歳〕ひきめを以て散々に射て、申すべきの旨、再三之を責むと雖も廿人更に以て之を申さざる間、張本三人お召し禁めて斬罪せしむる所なり。枝葉十七人は禁獄せしむと雖も終に放たれ畢ぬ。其の後十四年を経て平ノ入道、判官父子、謀反を発して誅せられ畢ぬ、父子これただ事にあらず法華の現を蒙れり。(『日蓮宗学全書』2巻116ページ)


 とある。


【『日蓮とその弟子』宮崎英修〈みやざき・えいしゅう〉(毎日新聞社、1971年/平楽寺書店、1997年)】

日蓮とその弟子

2009-12-23

自爆テロ


「どう言えばいいんだ、アミーン。おそらく最古参のテロリストでさえ、自分たちの身に何が起きたかなんてわかっていないよ。そしてこれは誰の身に起きてもおかしくないことなんだ。潜在識のどこかでスイッチが入ると、それですべてが動きだす。動機の温度差もまちまちだが、大抵はちょっとしたことがきっかけだ。こんな具合に」と言いながら彼は指を鳴らす。「さもなければ、いがけない災のように降りかかってくるか、寄生虫か何かのようにのなかにとりつくのかもしれない。それを境に、二度と世界は同じように見えなくなる。一つの固定観の他は何も考えられなくなる。自分のと身体を占拠したものを引き剥がし、その下にあるものを見なくてはいけない、という考えだ。そうなると、後戻りもできない。そもそも、決定をくだすのはもう本人ではない。当人は自分の頭で考えたことをおこなっていると信じこんでいるが、それは真実ではない。自分自身のフラストレーションに振りまわされる道具になりさがっている。そういう人物にしてみれば、生きることも死ぬことも、同じなんだな。以前のような生き方を、どこかで永遠にあきらめたということだ。別の次元を生きているんだ。宇宙人だよ。天国の手前で天女(フーリー)と一角獣を追いかけて暮らしているのさ。この世界のことなどに入っちゃいない。ただひたすら、一歩を踏み出すその瞬間を待っている。失ったものを取り返し、あるいは過去のまちがいを正すには、それしかないといこんでいる――端的に言えば、みずから聖人になるただ一つの方法、それが華々しく散るということなんだな。スクールバスに飛びこんで人間花火を上げるか、人間魚雷になって憎い敵の戦車に猛スピードで突っこむかだ。どかーん! 殉教者になるための一本勝ちだよ。本人にしてみれば、柩が運び出される日こそ自分の評判を高める唯一の機会だ。それ以外の日は、前もあともどうでもよくて、そもそも目に入っちゃいない。なかったことになっている」


【『テロル』ヤスミナ・カドラ/藤本優子訳(早川書房、2007年)】

テロル (ハヤカワepiブック・プラネット)

2009-12-22

片目をつぶってはいけない


 聖教新聞創価学会の機関紙である。大辞林によれば「機関」の味は次の通り――


1.種々のエネルギーを、機械的力または運動に変換することによって仕事をする機械・装置。蒸気・電気・水圧・油圧・熱・圧縮空気・原子力などの諸機関がある。原動機。発動機。エンジン。

2.〔organ〕国家・法人・政党その他の団体において、決定やその執行のために設けられた者または組織体。その行為は団体の行為とみなされる。

「議決―」「執行―」

3.特定の目的を達成するために作られた組織や施設。

報道―」「金融―」「交通―」

4.動くための仕掛けをもっている作り物。からくり。しかけ。〔4が原義〕 ――銃((きかんじゆう))のようにまくし立・てる 相手に口をさしはさむ余地を与えないほど、続けざまに早口でしゃべる。


 また、「機関」は「からくり」とも読む。つまり機関紙というのは、特定のイデオロギーに基づいて発行されており、何らかのや政治信条を知らしめるところに機関紙の目的がある。


 手っ取り早く言ってしまおう。創価学会に対して批判的な人物が聖教新聞に登場することはない。「日曜てい談」(現在は対談になっている)に出ていない著人は何らかの理由で断ったものとわれる。つまり、聖教新聞側と相手側との図や狙い、惑、駆け引きが一致しなかったということになる。本人は希望しても、プロダクションが許さぬ場合だってあるに違いない。


 私が懸するのは逆のケースだ。例えば草野厚教授(慶應義塾大学)の「連立与党の公明党の役割を見るにつけ、第3党の必要じている」という発言が、聖教新聞・公明新聞で何度も何度も引用された。まるで馬鹿の一つ覚え。「草野氏」と「慶應義塾大学」という肩書きに依存し、それを利用しているようにしか見えなかった。


 つまり私が言いたいのは、機関紙というのは機関のために有人を利用することもあれば、有人が自分のために機関紙を利用する場合もあるということだ。


 最近、聖教紙上で小林秀雄前が散見される。小林は近代文学において批評・評論を確立した。いわば、「見る」ことを仕事とした人物である。骨董(こっとう)にも造詣が深かった。その小林は先生のことをどんなふうに見つめていたか――


小林●新聞が公明党と共産党との握手というような事を言っているな。池田大作さんとは面識があるが、あの人には政治家肌という所があるな。天理教の中山正善さんも知っているが、あの人とは違ったじだな。中山みきという人は宗教家として天才だとっているが、その血を受けたじがしたな。


【『小林秀雄全作品 26 信ずることと知ること』(新潮社、2004年)】


 これを読んだ時、私は「さすが小林だな」とった(笑)。実は先生は男子部の隊長をされていた頃、王冥合の捨て石となるべく政治家を目指していた。そんな部分を何とはなしに小林は見抜いたのかなとった。あるいは文学者が、実務家のオルガナイザーに気圧(けお)されただけなのかもしれない。


 昔、先生は石原慎太郎とも対談をしたことがある。アンチの連中が石原の言葉を引用しているのもよく見掛ける。そのいずれもが言葉を額面通りに受け止めていて実に底が浅いレベルだ。多分先生は政治家モードで臨まれたのだろう。ところがどっこい、石原慎太郎という人物は文学者に過ぎなかった。今でもそうだ。政治というのは実務である。石原慎太郎や田中真紀子といった面々は、センセーショナルな言葉で政治状況を掻き回すだけの文学者に過ぎないのだ。そんな人物が先生のことを「悪しき天才、巨大な俗物」と評価したところで、こっちは痛くもかゆくもない。


 賢明になるための信だ。盲目的になってはいけない。ただし、女房殿を見つめる時だけは片目をつぶろう。

小林秀雄全作品〈26〉信ずることと知ること

2009-12-21

中学生が世界救世教を弾劾


 今の課題図書。評論家の小林秀雄は母親と共に世界救世教に入っていた時期がある。尚、山びこ学校は今年の春に閉校した。


おひかり様(1950年211日)


 長橋カツエ

 前田秋子


 今日おひかり様のことがもんだいになりました。おひかり様がいま村にはやっていることがもんだいになりました。みんなして、おひかり様にはいっている人が、「おひかり様にはいっていない人は昭和27年頃死んでしまう。」といっているそうですが、それはほんとうでしょうかということでもんだいになったのです。それに、おひかり様にはいると、田や畑にこやしもいらないというので、青年の中にも、どしどしはいろうという人さえでてきたことが話あいになったのです。おひかり様が、ほんとに病気をなおしてくれるのでしょうかと話をして、みんなに、「おひかり様はほんとだろうか。」ときいて、みんな、「うそだ。」といったので、決議文をつくって村にはることにきめました。壁しんぶんにすることにきめたのです。その決議文をかいておきます。


〔村にはった文章〕


おひかりさま

 おひかりさまのことが私たちの学級で問題になりました。おひかりさまにはいると肥料をいれなくとも米がとれるということはほんとうでしょうか。それがほんとうだとすれば、八貫目の炭を背負ってもおひかりさまにはいっている人は、ほかの人よりもかるくなるじゃないかということでみんなで笑いました。

 ほんとにおひかりさまはよいものでしょうか。

 私たちの組で、「おひかりさまに賛成できる人」といったら、だれもいませんでした。

 かぞえてみると、山元村では、30人もはいっているようです。1人で1万円以上かかるそうです。1人平均1万円かかったとしても、30万円もおひかりさまの札をかったことになります。山元村の今年の学校予算は14万6623円です。

 こういうふうにくらべて見て、このおひかりさまのことについては、村の人はもっと考えて見なければならないのではないでしょうか。


(山元中学校2年自治会決議)


【『山びこ学校』無着成恭〈むちゃく・せいきょう〉編(青銅社、1951年/角川文庫、1992年/岩波文庫、1995年)】


山びこ学校 (岩波文庫)

2009-12-20

健康管理という強迫観念


 11の課題図書。五陰仮和合(ごおんけわごう)への理解が深まる。


 以上のデータはバリー・グラスナーの『ボディーズ』(小直行訳)にくわしいが、その本にはもう一つ、興味深い統計が報告されている。それは1986年のギャラップ社の調査で、「病気になったのは自己管理を怠ったせい」であって、「正しい方法を守っていれば健康でいられる」という考え方に、アメリカ人の93パーセントが同しているというのである。身体管理が一つの強力な道徳になっているわけで、健康を損なうのは「克己や努力がたりない」からだという論理が強迫観のように人びとの頭にとりついている。そういう「倫理的な純粋さ」がいまのアメリカでは宗教すら帯びていると、グラスナーは指摘している。そしてそういう健康モラリズムが、一方で「美というをいただいたマゾヒスティックな自己改革のすすめ」として人びとのナルシシズムをかきたてながら、他方で社会のなかできわめて隠微に、きわめて政治的に機能するさまを次のように描きだしている。

「アメリカ国民のうち、最も運動不足で、糖分と脂肪を最も多く摂取し、肥満者の率が一番高いのはどんな人々であろうか。それは、社会の下層民であり、少数民族グループである。……20世紀末の健康モラリストたちは、20世紀初頭に禁酒運動家たちが、酒飲みの移民労働者たちを非し汚をきせたのと同じように、肥満者や運動不足の人たちに対する偏見や差別を助長しているのである(『ボディーズ』バリー・グラスナー著)」というわけである。


【『悲鳴をあげる身体』鷲田清一〈わしだ・きよかず〉(PHP新書、1998年)】

悲鳴をあげる身体 (PHP新書)

教義を日々の生活の中に蘇らせる


 青年部から質問が寄せられた。「教義を日々の生活の中に蘇らせる」というのがわかりにくい、と。

 具体的には「懐疑と検証」を怠らないことである。無疑曰信(むぎわっしん)とは強靭な懐疑の精神に裏打ちされていることを知らねばならない。


 他人の体験を聞いて、「凄いなー、私も頑張らなくっちゃ」とう人が多いが、ただ単に「釣られて」行動しているだけの姿だ。そんな行学の姿勢で信が深まるはずもない。電車の揺れに合わせて身体が動いているような状態だろう。慣性の法則。


 ここで紹介している「抜き書き」は敢えて解説することを控えている。私の仕事は索のヒントを与えることであって、手取り足取り教えることではないからだ。私は君の「お母さん」ではない。解説しなければ何も理解できない人々は、自分の頭でものを考えなくなってゆく。

「与えられた教義」をただありがたく受け入れ、ひれ伏すのは邪宗の行き方である。教義、真理を徹底的に吟味し懐疑しながら、「自分の内側に確固たる教義を再構築する」のが“生きた宗教”である。


 私の懐疑の例を挙げよう。「示同凡夫」(じどうぼんぷ)というのはインチキであるとう。この言葉の根っこにあるのは、崇(あが)め奉られたと凡夫との乖離(かいり)である。大聖人は「俺がで、お前等は凡夫だよ。俺みたいになれよ」とは一言もいっていない。「ったく、お前等凡夫はまるでなっちゃいねーな」とかもね(笑)。


 が人間でないとすれば、それは神格を与えたことになるのだ。すなわち人格神の誕生だ。というわけで示同凡夫が日蓮法の本義から外れていることを示した。三手詰めだ。


 時に強い信念が精神を曇らせ、知性を眠らせる場合があることを知るべきだ。

2009-12-19

増上慢という言葉づかいに見られる教条主義


 ブッダ法華経を説いている最中(方便品第二)に、突然5000人の人々が座を立って去って行った。これを五千上慢、五千起去という。

 慢とは「未だ得ざるをこれ得たり」(539頁、他)とのこと。つまり、5000人もの連中は「んなこたあ、知っているよ」とったわけだ。昔、「♪知っているのに 知らんぷり」という歌(「涙の太陽」青山ミチ/私の世代だと安西マリア)はあったが、「知らないのに、知っているふり」をするのだから、とんでもない話である。


 この他にも三類の強敵増上慢づけ、不軽菩薩を軽んじた人々を上慢の四衆と呼ぶ。


 ところが、学会組織の中において増上慢味は変質する。「お前は増上慢だ!」というふうに使用され、幹部の言うことを聞かないメンバーに対する最終的なレッテルと化しているのだ。しかし、よくよく考えてみると、後輩を増上慢呼ばわりする先輩の方が増上慢であることは確かだろう。


 これが教条主義の怖いところだ。や教義が死んだ理論となり、人々をはめ込む鋳型(いがた)と化す時、それは教条へ変貌する。本来は人々を救う教えだったにもかかわらず、人々を束縛するロープとなるのだ。ここに理論の落とし穴がある。


「そんなの常識だろう?」と言う時、我々は社会の奴隷となっている。社会を重んじるのは、そこに安定があるためだ。そして安定を求めた瞬間から腐敗が始まる。


「妙とは蘇生の義」(947頁)なれば、教義を日々の生活の中に蘇らせる姿勢が求められよう。そうでなければ、死んだ教義も同然なのだ。「日日につより給へすこしもたゆむあらばたよりをうべし」(1190頁)――この御文は教条主義を破折したものである。

逃げるのではなく戻る


 行き詰まると前方に道がないようにうのですが、逃げるのではなく戻るという選択肢があることを忘れてはいけません。

 困った考えにとらわれていると、選択の十字路が現れても気がつかず、そのまま行き過ごしてしまいます。一つの道を行ったら行ったきりになってしまいます。それで「困った」とか、「運がない」と言うのです。ダメなら引き返したり、別の道を選ぶ柔軟さが必要です。


【『運に選ばれる人 選ばれない人』桜井章一(東洋経済新報社、2004年/講談社+α文庫、2007年)】

運に選ばれる人 選ばれない人 運に選ばれる人  選ばれない人 (講談社+α文庫)

(※左が単行本、右が文庫本)

2009-12-18

「与党時代」への反省促す 創価学会が公明党に


 公明党と支持母体の創価学会が17日、同党本部で連絡協議会を開いた。学会の原田光治・中央社会協議会議長は「自公連立に配慮しての現実的な対応は支持者から公明党らしさが失われたと受け取られ、衆院選の厳しい結果を招いた」と、与党時代の党運営への反省を促した。

 党側は来夏の参院選で東京、大阪の選挙区2議席比例代表8議席の計10議席の獲得が目標と表明し、学会側に支援を求めた。公明党山口那津男代表は、参院選の比例代表では党での投票を呼びかける方針を説明した。自民党との選挙協力についての話題は出なかった。


産経ニュース 2009-12-17


 マスコミ向けの芝居は不要だ。

断る


 私は断る。役職を断り、公明新聞を断り(笑)、成果主義に毒された活動を断り、仕事をしない幹部からの頼み事を断る。創価学会には「断れない人」が多い。奴隷には「断る自由」がないことを知るべきだろう。本来、信仰とは自由になるために行うべきものだ。革命は抑圧に対して「ノー!」と叫ぶところから始まる。それにしても何と不自由な人が多いことだろう。ひょっとして趣味はSMですか?

読書


「よくそんなにたくさんの本が読めますね」と時々言われることがある。その度(たび)に「よく本も読まないで平然と生きていられるな」とで呟(つぶや)く。私なんぞは読んでいる内に入らないよ。評論家の宮崎哲弥は日に7冊読むという話だ。彼は一時期、雑誌で新書書評を連載していて、この頃は刊行される新書の全てに目を通していたそうだ。若き先生も激闘のさなかを縫って、一日一冊の読書に挑戦されていた。どれほど多忙を極めていたとしても、年間100冊の読書は可能である。それすらしないで師弟不二を語る者が何と多いことか。

成功と幸福


 成果と成功体験功徳と信ずる全ての幹部に三木清の言葉を贈る――


 成功と幸福とを、不成功と不幸とを同一視するようになって以来、人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった。自分の不幸を不成功として考えている人間こそ、まことに憐(あわ)れむべきである。


【『人生論ノート』三木清(創元社、1941年/新潮文庫、1954年)】

人生論ノート (新潮文庫)

2009-12-17

技術革新が世界地図を塗り変える


 しかるに、1870年頃からアメリカの立地に関して革命的な変化が起きたのである。それは蒸気機関で走る鋼鉄製の船が発明されたのである。前にも触れたが、『世界経済が破綻する時(Blood in the Streets)』(J・D・デビッドソン/W・リーズ=モッグ著、鈴木主税訳、草社)は、「1870年から1900年にかけて、蒸気船の登場で、貨物輸送のコストが90パーセントも下がった」と書いている。つまり、運賃が10分の1になったのだ。

 それはまさに、革命的な技術革新であった。アメリカとヨーロッパの経済的距離を短縮し、アメリカを当時唯一の世界市場、ヨーロッパに結びつけたのである。

 アメリカは、重量が軽く比較的運賃の占める割合の低い綿花だけではなく、重量の重い小麦をイギリスへ輸出することができるようになった。(中略)代わりにイギリスの小麦市場から駆逐されてしまったのは、ロシアの小麦であった。

 この歴史的事実が、それ以後のアメリカの繁栄と帝政ロシアの経済的困をもたらしたのだろう。ロシアの困は、1880年代の「ポグロム」つまりロシア国内のユダヤ人に対する迫害や、その後のロシア革命につながった。だとすると、テクノロジーの進歩が世界の政治・経済に与えたインパクトとしては、この時代の鋼鉄製蒸気船の出現は、最大級のものであった。


【『「1929年大恐慌」の謎 経済学の大家たちは、なぜ解明できなかったのか』関岡正弘(PHP研究所、2009年/ダイヤモンド社、1989年『大恐慌の謎の経済学 カジノ社会が崩壊する日』改題)】


「1929年大恐慌」の謎

2009-12-16

考えること


小林●ぼくら考えていると、だんだんわからなくなって来るようなことがありますね。現代人には考えることは、かならずわかることだとっている傾向があるな。つまり考えることと計算することが同じになって来る傾向だな。計算というものはかならず答えがでる(ママ)。だから考えれば答えは出るのだ。答えが出なければ承知しない。


【『小林秀雄全作品 25 人間の建設』小林秀雄(新潮社、2004年)】

小林秀雄全作品〈25〉人間の建設

2009-12-15

役職マジック


 我々は知らず知らずのうちに役職で人を見てしまう。初めて会った際には、まず互いの役職を確認し、その上で自然な上下関係を築く。役職が高いと、なぜか信があるように錯覚してしまう。


 本来、役職というものは責任職であり、受け持ち範囲の相違に過ぎない。だが実際は違う。上の幹部が下の幹部を注する仕組みになっている。明らかに偉そうな顔をしているのも多い。一体なぜなのだろうか?


 例えばの話、タテ線時代に青年部で部隊長を務めていたと聞けば、私は直ちに膝を正して当時の話を教えてもらおうとするだろう。それくらい威厳のある役職なのだ。でも、違った。大したことのない人もいることが判明した(笑)。


 婦人部の本部長ともなれば、多くの人々が尊敬の眼差しで見上げることだろう。結局、このような視線やひれ伏すような態度が幹部を付け上がらせるのだ。


 ダメな本部長なんか掃いて捨てるほどいるよ。ダメな総県婦人部長もいる。現役幹部だから前は挙げないけどさ。


 上の幹部に対して我々はどうしても「それなりの戦いをしなくっちゃ、あそこまでは上がれないわな」とってしまう。役職がまるで印籠(いんろう)のように見え、パブロフの犬のベルみたいな効果を発揮する。で、涎(よだれ)は出ないものの、頭を下げるという条件反射が身についている。


 こうした考え方自体は否定される質のものではない、と考える向きもあろう。しかし、よく考えてみよう。上の幹部にかしずく者ほど下に冷たくする傾向がある。なぜなら反作用で、役職が低いメンバーに対して「どうせ、戦ってこなかったんだろ?」と蔑(さげす)んでしまうためだ。


 つまり、役職と信相関関係はないということだ。では、なぜこんなにも信の惰弱な官僚みたいな幹部が増えたのであろうか? 人がいないからだよ(笑)。人材もいなければ、人材を育てる人もいなくなってしまったのだ。


 結局、我々一人ひとりの惰がこんな組織にしてしまったというわけだよ。

矢追秀彦氏死去(元公明党衆院議員)


 矢追秀彦氏(やおい・ひでひこ=元公明党衆院議員)12日午後4時45分、不全のため自宅で死去、76歳。兵庫県川西市出身。葬儀は親族のみで済ませた。喪主は妻裕子(ゆうこ)さん。

 1965年に公明党から参院旧全国区に出馬して初当選。83年に衆院旧大阪6区にくら替えして当選。衆参合わせて6回当選し、93年に引退した。党参院国対委員長などを務めた。


時事ドットコム 2009-12-14

目的と手段


 目的は手段を神聖化しない。たとえ神の国を地上に実現しようとする場合でも。


【『正統と異端 ヨーロッパ精神の底流』堀米庸三〈ほりごめ・ようぞう〉(中公新書、1964年)】


正統と異端 ヨーロッパ精神の底流

2009-12-14

コミュニケーションの重み


 紙屋克子は、医療ではなく看護によって重度の識障害患者(植物状態)を蘇生させている人物。看護師(札幌麻布〈あざぶ〉脳神経外科病院)を経て、現在は筑波大学誉教授を務める。


紙屋●午前中の授では、コミュニケーションということをお話したんですけれども、もう一つ最後に、ビデオの中で東京のお兄さんが病気で、札幌まで来た妹さんがいましたよね。あの妹さんが、そのお兄さんに期待していたことはなんですか。「食べたら、おいしいと言ってほしい、呼んだら返事してほしい」ということでした。

 わたしたち人間のなかでいちばん大切なことは、コミュニケーションがとれるということなんですよ。もしお父さんお母さんとコミュニケーションがとれなくなったら……。今はみなさんはあまりお父さんお母さんとお話しない年齢なのかもしれないけれども、子どもが病気になったときに、お父さんやお母さんが必ず言う言葉があります。それは、「代わってあげたい」という言葉です。「わたしが代われるものなら代わってあげたい」。すごく重い病気でも、自分の命に代えても自分の子どもを守りたい、親はみなさんを守りたいって。

 そういうご両親の考えを聞いたら、その家族の方と同じ気持ちに看護婦(ママ)がなって、「なんとしても、みなさんをご両親のもとに返してあげたい」と、みなさんが病気になったときは、そううのですね。

 もう一つ、必ず言う言葉があるの。「呼んだら、せめて返事してほしい」ということです。「Dちゃん」って、もしお母さんが呼んだら、そのとき、「はい」って応(こた)えてください。もしお母さんが病気のとき、「お母さん」って呼んでも、お母さんが返事をしてくれなかったら悲しいでしょう? だから、「一言でいいから返事をして」って言うのですね。わたしたち看護婦は、「返事ができるようにしてください」って頼(たの)まれるのです。

 家族の中でいちばん大切なもの、それから人間と人間の間でもいちばん大切なことは、そういう関係を築(きず)いていけるコミュニケーションなんだなあといます。だから、呼ばれたら返事しようね。(中略)

 人間が言葉を失ったときには、だれでもが、「コミュニケーションがいちばん大切だ」ということに気がつくのですね。


【『紙屋克子 看護のそして技術/別冊 課外授 ようこそ先輩』NHK「課外授 ようこそ先輩」制作グループ、KTC中央出版編(KTC中央出版、2001年)】


紙屋克子 看護の心そして技術―課外授業 ようこそ先輩・別冊 (別冊課外授業ようこそ先輩)

2009-12-13

受験制度という金型


 日本人のほとんど全員が受験制度は過酷であり、廃止すべきだということに同しているし、同時にほとんどの人が、今後も選別方式を変えるなんの手も打たれないであろうことも知っている。つまるところ、この制度は〈システム〉の向にもののみごとに合致しているわけだ。頭の中に詰め込まれた膨大な量のデータが、ほとんどなんの役にも立たず、学生たちが(英語の場合のように)正しく学び直すのもしい間違った癖を身につけてしまったとしても、選別されてトップまで行くような人は非常に粘り強いし、きわめて記憶力が良いことであろう。官界と経済界が高く評価するのは、創造よりも、持続、献身的な態度、そして記憶力である。


【『日本/権力構造の謎』カレル・ヴァン・ウォルフレン/篠原勝訳(早川書房、1990年/ハヤカワ文庫、1994年)】

日本 権力構造の謎〈上〉 (ハヤカワ文庫NF) 日本 権力構造の謎〈下〉 (ハヤカワ文庫NF)

2009-12-12

高齢社会


 37年も前に、41歳の有吉佐和子が警鐘を鳴らしていた。この間、政府は何ひとつ有効な手立てを講じなかった。そして日本は既に超高齢社会となった。


 さらに信利は別の知人から聞いた話もい出していた。戦後の日本では急速に人口の老齢化が起っていることを、その男はいらいらするほど正確な数字や百分比をあげて説明したのだ。本当か嘘か知らないが、今から何十年後の日本では60歳以上の老人が全人口の80パーセントを占めるという。つまり一人の若者のまわりを4人の老人が取り囲んでしまう社会が現出する。


【『恍惚の人』有吉佐和子(新潮社、1972年/新潮文庫、1982年)】

恍惚の人 (新潮文庫)

2009-12-11

正しい質問


 おたずねになりたいことはありませんか?

 質問をすることはもっともむずかしいことのひとつなのですよ。

 私たちはたずねなければならない問いを何千も抱えています。

 私たちはあらゆるものを疑わなければならないのです。

 なんに対してもただ従ったり受けいれたりしてはいけません。

 私たちは自分自身で見いださなければならないのです。

 他の人を通じてではなく、自分自身で真実を見なければならないのです。

 そして、真実を見るためには、完全に自由でなければならないのです。

 正しい答えを見いだすためには、正しい質問をしなければなりません。

 まちがった質問をしたら、必然的にまちがった答えを受けとることになるからです。

 そういうわけで、正しい質問をするというのは、もっともむずかしいことのひとつなのです。

 これはべつに、話し手があなたがたに質問をさせないようにしているわけではないのですが。

 あなたがたは、から、きわめて真剣な気持ちで質問しなければなりません。生というのはたいへん重大なものですから。そのような質問をするということは、あなたがすでに自分の精神を探り、自分自身の非常に深いところまで踏みこんでいるということです。

 ですから、知的な、それ自体を認識している精神だけが、正しい質問をすることができるのですし、それをたずねることそのもののなかに、その問いへの答えがあるのです。

 どうか笑わないでください。これはきわめてまじめなことなのです。

 というのも、あなたがたはつねに、他の人にどうすべきかを教えてもらうことを期待しているからです。

 私たちはいつも、他の人の灯で自分のランプをともしてもらいたがっているのです。私たちが自分自身の灯であることはけっしてありません。自分自身の灯であるためには、私たち自身の精神で見、観察し、学ぶことができるよう、あらゆる伝統、話し手のそれをも含めたあらゆる権威から自由でなければならないのです。

 学ぶというのはもっともむずかしいことのひとつです。質問をするのはかなりやさしいことですが、正しい質問をして正しい答えを得るというのは、まったく別のことなのです。

 さてみなさん、ご質問は?(笑い)

(※カリフォルニア大学バークレー校での講話)


【『あなたは世界だ』J・クリシュナムルティ/竹渕智子〈たけぶち・ともこ〉訳(UNIO、1998年)】


あなたは世界だ

2009-12-10

御遷化記録


御遷化記録


 御遷化記録は、聖人の伊豆伊東の流罪と佐渡流罪、身延入山、身延を出て武州池上に入るまでを略記し、弘安5年108日の一弟子すなわち本弟子六人の定めの状、同13日の入滅とこれにつづく御葬送次第、1016日付で白蓮阿闍梨日興が記録した御遺言の条目、そして葬送後に行われた御遺物配分の記録、翌年正23日は100ヵ日忌に当るから、このころ日昭日朗等を中とする諸弟子が身延に集まり守輪番を議し定めた。これらの記録を取りまとめたものを御遷化記録という。なお一弟子六人の定は「此状六人面々帯ス可シ云々 日興一筆也」と記しているから、6人がそれぞれ一部ずつ所持したようである。(中略)


 次に御遺言二ヵ条


 者〔釈迦立像〕墓所の傍に立て置く可し云云

 経者〔私集最要文 注法華経づく〕

 同じ墓所の寺に篭め置き六人香花当番の時之れを被見す可し自余の聖教は沙汰の限りに非ず云云

 仍つて御遺言に任せ記する所件の如し

  弘安五年十十六日 執筆 日興〔花押


 そして御遺物の配分は


 註法華経一部十巻  弁阿闍梨日昭

 御本尊一体〔釈迦立像〕  大国阿闍梨日朗

 御馬一疋、小袖一  佐渡公(日向

 御太刀一、小袖一、袈裟代五貫文  侍従

 衣一、小袖一、袈裟一  越前公

 御馬一疋〔鞍皆具、御足袋一、頭帽子一、小袖一〕  白蓮阿闍梨(日興)

 御腹巻、銭三貫文  伊■(予+象)阿闍梨日頂

 御馬一疋、小袖一、手鉢  蓮華阿闍梨日持

 御小袖一  卿公(日目)

(※以下略)


【『日蓮とその弟子』宮崎英修〈みやざき・えいしゅう〉(毎日新聞社、1971年/平楽寺書店、1997年)】

日蓮とその弟子

2009-12-09

六老僧


 聖人は池上に安着したが、臨終の近いのを知ってここを入寂の地と定め、同25日、諸方から参集した門下の人々に最後の談義として立正安国論を講じ、翌108日、本弟子6人を定めて滅後の法灯と定めた。


   定

  一弟子六人事 不次第

 一 蓮華阿闍梨日持

 一 伊與公日頂(にっちょう)

 一 佐渡公日向(にこう)

 一 白蓮阿闍梨日興

 一 大国阿闍梨日朗

 一 辨阿闍梨日昭

 右六人者本弟子也、仍つて向後の為めに定むる所件の如し

  弘安五年十八日

御遷化記録


 の順序は入門の若い者から記されており、不次第というのは、法華経を弘める法器に順序差別はないという味である。また枕頭に経一丸(のちの日像)を呼んで京都における開経を委嘱し、1013日、入滅に臨んで大曼荼羅を掛けさせ(臨滅度時の本尊という)、その前に年来随身した立像の釈尊を安置し、門下の読経のうち辰ノ時(9時)に寂然として遷化し、61歳重畳波瀾の人生をとじたのである。

 同14日戌ノ時(夜9時)に日昭日朗の手によって入棺の儀を終え、子ノ時(真〈ママ〉夜12時)に葬儀が行われ荼毘に付され、遺骨は遺言に従って身延におくられることとなり、19日池上をたち23日に到着、26日に納骨された。


【『日蓮とその弟子』宮崎英修〈みやざき・えいしゅう〉(毎日新聞社、1971年/平楽寺書店、1997年)】

日蓮とその弟子

2009-12-08

読書グループ参加者追加募集


 読書グループ参加者を追加募集する。希望者はGメールのアドレスを取得し、「掲示板管理者へのお問い合わせ」から以下の要項を送信して頂きたい。尚、募集期間は1週間とする。ただしネット者、未来部、新入会メンバーは不可。選に漏れた場合は何卒ご容赦願いたい。

  • Gメールアドレス
  • 年齢
  • 所属組織
  • 役職
  • 教学

延命医療の限界


 近代科学の目標は「自然の征服」であり、その味では、「死」とはまさに自然に対する「敗北」なのであって、したがって1秒でも長く生を持続させるという延命医療ということが、近代科学のからは自ずと帰着する。ところが死そのものは――第一の場合の「老い」と同じように――人間が人間である以上どうあがいても不可避なのだから、延命医療は「敗北に向けての治療」という味しかもちえないという根本的な逆説に陥る。この味で、「サイエンス」はその極において自らの限界にぶつかり、「ケア」の問題に直面せざるを得ない。これが、ターミナルケアにおいて「サイエンスがケアへと反転する」ということの味である。


【『ケアを問いなおす 〈深層の時間〉と高齢化社会』広井良典(ちくま新書、1997年)】

ケアを問いなおす―「深層の時間」と高齢化社会 (ちくま新書)

2009-12-07

母が子に語る豊かな思想


 この母親は読み書きができない。そうでありながらも、ジャイナ教の不殺生戒をこれほど豊かに語っている。サティシュ・クマールは世界を股にかけて平和の巡礼を行った人物。


「あの木の上の蜂の巣を見てごらん」

 母は空の美しさよりも蜂にを奪われていた。「蜂は花から花へと飛び回り、そこかしこで少しずつ花の蜜を取るだけで、花を傷めたりしないわ。なんて優しく控えめなのでしょう。『蜜蜂(みつばち)がやって来て蜜(みつ)を盗んでいった』なんて花が文句をいったことはないわ。まるで蜂は花なしには自分が存在できないことを知っていて、花は蜂なしには存在できないことを知っているみたいね。それに比べて人間はどうなの。人間は、大地の恵を取り始めたら限度というものを知らずに、大地が枯れ果てるまで取り続けるのよ。蜂は花の蜜をどうしたかしら? 蜂はそれを甘くて美味しくて体に良い蜂蜜に変える一方で、花を受粉させもするものよ。どれだけの人がそういうことをできるでしょう? 私たち人間が自然の贈り物を手に入れるときには、すごく無駄にしたり害を与えたりするわ。私たちが自然から学びさえすれば、大地を痛めつけずに大地から受け取り、受け取ったものを蜜蜂のように何かに変え、木の葉が土に返るように大地に返すでしょう。自然には無駄ということがないのよ」


【『君あり、故に我あり 依存の宣言』サティシュ・クマール/尾関修、尾関沢人〈おぜき・さわと〉(講談社学術文庫、2005年)】

君あり、故に我あり―依存の宣言 (講談社学術文庫)

2009-12-06

「ロータス・サトラ・オブ・ザ・ワンダフル・ロウ」ネスター・トーレス&ハービー・ハンコック


 タイトルは「LOTUS SUTRA OF THE WONDERFUL LAW」で、直訳すると「妙なる法の蓮華経」といったところ。識しないで聴いていると勤行が挿入されていることにも気づかないだろう。


D


ダンスズ、プレイヤーズ&メディテーションズ・フォー・ピース

公私混同


 革命後の話になるが、かれの家族があるとき、買いものに行きたいので、チェの乗用車を使おうとしたことがある。そのとき、チェは激しく叱った。買いものは私用であり、そのためにキューバのものである車やガソリンを使うとは何事か、というのである。公私の混同が日常化している国家での話は別としても、人によっては、がつまるような堅しい男だとおもうかもしれないが、そしてまた、他の革命国家においてもこのようなお堅い話はないのかもしれないが、革命に対する献身という点で、チェはまさに徹底していたし、それが初めからのものであることは、右のエピソードからも得できるのである。


【『チェ・ゲバラ伝』三好徹(文藝春秋、1971年)】

チェ・ゲバラ伝

2009-12-05

自民党 国会ボイコットの理由は身内の大量造反


民主党は二の矢、三の矢を用


 小泉政治がまたひっくり返った。民営化ブレーキをかける日本郵政株の売却凍結法案が1日、衆院を通過したが、これに一番ホッとしているのは民主党や国民新党でなく、実は自民党だ。“造反隠し”が成功したからである。

「自民党は国会欠席戦術を決めていて、1日も本会議を欠席した。表向きの理由は、鳩山首相の献金問題で与党が集中審議や党首討論に応じないというものですが、本当は凍結法案の採決が怖いのです。自民党内には今も小泉郵政民営化に反対の議員がいっぱいいる。この採決をきっかけに、党執行部に造反してペナルティーを受け、離党しようと考えている議員もいた。そんな動きがロコツだったから、執行部は鳩山疑惑を口実にした採決ボイコット作戦を決めたのです」(自民党関係者)

 全員で採決に欠席なら、造反騒動が表沙汰にならないわけだ。執行部が恐れた造反組は「20人以上」とされ、鳩山邦夫元総務相のも挙がっていた。

 党内がバラけるのを何とか回避できた自民党は、この臨時国会は諦め、来年の通常国会でまた鳩山疑惑追及に全力投入の構えだ。

 しかし、民主党サイドだってバカじゃない。

「小沢幹事長の周辺は、自民党内が分裂しそうな“第2の凍結法案”を探しています。後期高齢者医療制度の廃止もそのひとつですし、郵政民営化関連でも、もう一度自民党を揺さぶれるネタがある。通常国会には自民党執行部が嫌がる法案がかなり提出される予定です」(政治ジャーナリスト

 揺さぶられるのは、鳩山首相でなく、自民党の方なのだ。


【日刊ゲンダイ 2009年122日掲載】

原子の99.99パーセントは空間


 文字通り「空」(くう)を示している。


 原子は直径約10万分の1ミリで、全体の99.99パーセントが空間だ。原子を一定の率で拡大して描く場合、原子核を1センチとすると、電子は髪の毛1本の直径にも満たず、原子全体の直径はサッカー場の長いほうを横にして30面並べた長さを超える。そしてその間には何も存在しないのだ。人の体のいわゆる質量と空間の関係は、2000億対1と考えられている。アインシュタインの計算によると、地球上すべての人のすべての原子の間にある空間を取りのぞいてギュッと凝縮させると、野球のボール大のものができる(重さはボールどころではないが)という。


【『本当にあった嘘のような話 「偶然の一致」のミステリーを探る』マーティン・プリマー、ブライアン・キング/有沢善樹、他訳(アスペクト2004年)】

本当にあった嘘のような話 (アスペクト文庫)

2009-12-04

民主党「宗教と民主主義研究会」設立・初会合


 民主党は3日、宗教と政治の関係を研究する「宗教と民主主義研究会」を設立し、国会内で初会合を開いた。公明党とその支持母体である創価学会の実態を調査するのが狙いだ。

 同会は同じ趣旨で活動して来た「民主政治推進PT(プロジェクトチーム)」を改組したもので、メンバーはこれまでの約20人から約30人に増加。顧問に選挙対策委員長の石井一氏、会長に池田元久氏、幹事長に党副幹事長の一川保夫氏がそれぞれ就任した。

 同会は憲法の定める「政教分離原則」が徹底されているのか調査することを目的としているが、池田氏は会合後の記者会見で「公明党創価学会の問題が事実上中になる」と明言した。


クリスチャントゥデイ 2009-12-04

人事の失敗は「動かした者」の責任


 ま、実際は不問に付されているわけだが……。


 もちろん人事が失敗だったならば、元のポスト、あるいはそれに相当するポストに戻すことである。人事の失敗は、動かされた者の責任ではない。動かした者の責任だという。

 加えて、何人かの者が立て続けに失敗したポストは廃止することである。かつてアメリカ・ニューイングランド地方の船主は、何度か大きな事故を起こした船は、原因が何であれ、「後家づくり(人殺し)」として解体したという。

 これがドラッカーのいう成功する人事の原則である。


【『ドラッカー入門 万人のための帝王学を求めて』上田惇生〈うえだ・あつお〉(ダイヤモンド社、2006年)】

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて

2009-12-03

一念とは


 考はこの瞬間を保持することはできない。この瞬間は時間ではないからである。この瞬間は時間の終焉である。時間はこの瞬間には停止する。この瞬間に動きはない。したがって別の瞬間との関連はない。原因を持たないので、始めも終わりもない。空白のこの瞬間に一切のものがある。


 ――ジドゥ・クリシュナムルティ


【『キッチン日記 J.クリシュナムルティとの1001回のランチ』マイケル・クローネン/高橋重敏訳(コスモス・ライブラリー、1999年)】


キッチン日記 J.クリシュナムルティとの1001回のランチ

2009-12-02

訃報:平山郁夫さん79歳=日本画家、シルクロード描く


 現代を代表する日本画家で、教やシルクロードに題材をとった作品を数多く描き、世界各地の文化財保護活動にも尽力した文化勲章受章者、平山郁夫(ひらやま・いくお)さんが2日午後0時38分、脳梗塞(こうそく)のため東京都内の病院で死去した。79歳。葬儀は近親者だけで行い、後日、お別れの会を開く。

 広島県の生口(いくち)島(現・尾道市瀬戸田町)生まれ。旧制中学3年の時、学徒勤労動員先で被爆した。東京美術学校(現東京芸術大)で日本画家の前田青邨(せいそん)に師事。卒後、母校の助手を務めながら、日本美術院展(院展)に出品を始めた。1953年、院展に初入選した。

 当初は故郷の牧歌的な風景や人物を描いていたが、59年、典を中国に持ち帰った玄奘(げんじょう)三蔵を描いた「教伝来」で一躍注目を集めた。以来、平和を祈し、教やシルクロードをテーマにした作品をライフワークにした。

 旺盛な制作のかたわら、高古墳の壁画模写など文化財保護活動にも取り組んだ。その活動は国外へと広がり、「文化財赤十字」構を提唱。私財を投じ、中国・敦煌の石窟(せっくつ)寺院や北鮮の高句麗壁画古墳、アフガニスタンのバーミヤン遺跡など、教遺跡を中とした保護・修復活動を行った。日中友好に貢献したほか、ユネスコ親善大使なども積極的に務めた。

 後進の指導にも情熱を注ぎ、73年に東京芸大教授。89年学長に就任した。95年末でいったん退いたが、01年に再度選ばれ、05年まで務めた。96年、日本美術院理事長。98年、文化勲章。96年、フランスのレジオン・ドヌール勲章をはじめ、世界各国から文化交流の実績をたたえられた。毎日新聞社特別顧問なども務めた。


毎日新聞 2009-12-02

会合のあり方 7


 これが最終回。林竹二が追及している世界は、「虚空会の儀式」を志向している。


 授は本来、「その場で(教室で)」子どもたちの学習を組織する仕事であるのに、子どもの発言を吟味にかけるという作が欠けている結果、授は多くは、子どもたちがもち合わせの知識の多寡を競う場にすぎないものになっている。すなわち持ち合わせの情報量の多寡が物を言うから、成績の差が歴然とあらわれてくる。持ち合わせの知識量の豊富な子どもとか、頭の回転の早い子どもが幅をきかすことになる。本当にまともに物を考え、借りものの知識にたよって物を言うのを好まない子は、沈黙してしまうことになる。本当に沈潜してふかい学習をすればビックリするようなまともな追求や発見をする子がおいてきぼりになったりする。授のあと、素晴らしいが出るのは、ふつうの授の中で、陽のあたらないところに坐らされている子どもたち──成績不振児であったり、問題児であったりするという経験がくりかえされたところから、私は、深い授の中では、成績の差は消えるという結論にたどりついたのです。彼らの能力は、ふかいところにしまわれているので、浅いところで勝負を争うような授の中では、彼らが「お客様」にされるのは当たり前だといえるでしょう。深いところにしまいこまれている宝物をさぐりあて、掘り出す作になるとき、授の中で、成績の差など消えてしまう。そういう授をする力量を、教師が自分のものにすことができないかぎり、その志があろうとなかろうと教師は差別教育をやっているのです。


【『教育の再生をもとめて 湊川でおこったこと』林竹二〈はやし・たけじ〉(筑摩書房、1977年)】

教育の再生をもとめて―湊川でおこったこと

2009-12-01

ヴィーナスが誕生するところ


 私はこの詩で石垣りんを知った。ハードボイルドのような文体で、見事な女讃歌を謳(うた)い上げている。当時はまだ「家族に尽くすだけ」が女の生き方であったはずだ。それを一篇の詩で引っ繰り返してみせた。言葉が、考に革命を起こす。


「女湯」石垣りん


 一九五八年元旦の午前0時

 ほかほかといちめんに湯煙りをあげている公衆浴場は

 ぎっしりと芋を洗う盛況。


 脂(あぶら)と垢(あか)で茶ににごり

 毛などからむ藻(も)のようなものがただよう

 湯舟の湯

 を盛り上げ、あふれさせる

 はいっている人間の血の多量、


 それら満潮の岸に

 たかだか二五円位の石鹸がかもす白い泡

 新しい年にむかって泡の中からヴィナスが生まれる。


 これは東京の、とある町の片隅

 庶民のくらしのなかのはかない伝説である。


 つめたい風が吹きこんで扉がひらかれる

 と、ゴマジオ色のパーマネントが

 あざらしのような洗い髪で外界へ出ていった

 過去と未来の二枚貝のあいだから

 片手を前にあてて


【『石垣りん詩集』(ハルキ文庫、1998年)】

石垣りん詩集 (ハルキ文庫)

会合のあり方 6


 こんなを書いた子どももいます。


 私はこの「人間とは何か」を勉強してじたことは、ふつうの算数や国語などとちがうし、算数のように答えで終ってしまうんではなく考えれば考えるほど問題が深くなっていく。私は勉強していて、どこで終わるのか配になってきたほどだ。私は一つのことをもっともっとと深くなっていく考え方が、こんなにたのしいものかとびっくりした。


 主体的で持続的な、せまい枠をはめられていていない問題の追求が、どれほど楽しい営みかを、子どもは身をもってじているわけです。


【『教育の再生をもとめて 湊川でおこったこと』林竹二〈はやし・たけじ〉(筑摩書房、1977年)】

教育の再生をもとめて―湊川でおこったこと