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斧節【onobusi】 このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2009-12-09

六老僧


 聖人は池上に安着したが、臨終の近いのを知ってここを入寂の地と定め、同25日、諸方から参集した門下の人々に最後の談義として立正安国論を講じ、翌108日、本弟子6人を定めて滅後の法灯と定めた。


   定

  一弟子六人事 不次第

 一 蓮華阿闍梨日持

 一 伊與公日頂(にっちょう)

 一 佐渡公日向(にこう)

 一 白蓮阿闍梨日興

 一 大国阿闍梨日朗

 一 辨阿闍梨日昭

 右六人者本弟子也、仍つて向後の為めに定むる所件の如し

  弘安五年十八日

御遷化記録


 の順序は入門の若い者から記されており、不次第というのは、法華経を弘める法器に順序差別はないという味である。また枕頭に経一丸(のちの日像)を呼んで京都における開経を委嘱し、1013日、入滅に臨んで大曼荼羅を掛けさせ(臨滅度時の本尊という)、その前に年来随身した立像の釈尊を安置し、門下の読経のうち辰ノ時(9時)に寂然として遷化し、61歳重畳波瀾の人生をとじたのである。

 同14日戌ノ時(夜9時)に日昭日朗の手によって入棺の儀を終え、子ノ時(真〈ママ〉夜12時)に葬儀が行われ荼毘に付され、遺骨は遺言に従って身延におくられることとなり、19日池上をたち23日に到着、26日に納骨された。


【『日蓮とその弟子』宮崎英修〈みやざき・えいしゅう〉(毎日新聞社、1971年/平楽寺書店、1997年)】

日蓮とその弟子

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