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2009-12-31

葛藤=断片化/「私はそれである」


K――何がその背景なのでしょう。私をして「自分はヒンドゥー教徒だ」――これは明らかに断片化のわけですが――と言わしめるのは何なのでしょうか。


S――そこです。そこが問題なのです。


K――何がそうさせるのでしょう? 私の父、私の祖父――私以前の幾世代ものあいだ、5000年あるいは1万年ものあいだ、彼らは、お前はバラモン階級なのだ、と告げ続けてきたのです。


S――あなたは自分がバラモン階級だと書くことも言うこともなさいませんが、しかしバラモン階級です。違いますか。それはまったく別の問題です。自分はバラモン階級だ、と言うわけは……


K――それはあなたが、自分はクリスチャンだと言うのと同じことです。それは何を味しているのでしょう?


S――伝統、条件づけ、社会、歴史、文化、家族、等々のすべて。


K――しかし、何がその背後にありますか。


S――その背後には人間の……


K――いやいや、理論化しないで、それを自分のなかに見出すようにしてごらんなさい。


S――そう、それは私に居場所、アイデンティティを与えてくれます。そのとき私は、自分が誰かを知り、自分の小さな居場所をもつのです。


K――誰がその居場所をつくったのですか。


S――私がそれをつくり、そして周囲に私が手を貸したのです。私は、まさにこんなふうにして協力しているのです。


K――協力しているのではなく、あなたは即それなのですよ。


S――私はそれです、たしかに。何もかもが……私を穴に押し込めるほうへと動いているのです。


K――では、何があなたをつくり上げたのでしょう? 曽祖父のそのまた曽祖父がこの環境、この文化、この、人間存在の全構造とそれに伴ういっさいの不幸、いっさいの葛藤――すなわち断片化――をもたらしたのです。


S――現代の人と同じことをしている……


K――まさにそうです。バビロニア人、エジプト人と、いまのわれわれと、何ら変わりはないのです。


【『生の全体』J・クリシュナムルティ、デヴィッド・ボーム、デヴィッド・シャインバーグ/大野純一、聖真一郎〈ひじり・しんいちろう〉(平河出版社、1986年)】


生の全体性

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